ふたりあそび

わけも分からなくなっていく予定の
恋愛小説。

01

「今度出かけるときは新宿あたりまで行って買い物したい。」

「いいよ、少しオシャレしなくちゃね。」


およそ同年代ほどの男女は閑散とした住宅地をふたり

肩を寄せあうようにしてゆっくりと足を進める。

幸せな恋人同士の会話は静まり返った夜のベッドタウンに

じんわりと溶け込んでゆくように流れてゆく。



女は肩甲骨のあたりまで伸びたセミロングの髪をトップから毛先に向かって順々に淡い栗色に染めておろしている。

恋人の方に寄り添うようにして歩くその表情は幸せな時間をその空気を胸いっぱいに吸い込んで酔ってしまっているように口角は緩み目は恋人以外の存在を全て否定しているかのようにその彼だけを写しているようである。


男は一日着ていたであろう少しよれたスーツを身に纏い、
女の表情を見てはまた幸せそうに微笑む。
組まれている腕とは反対側の手には当たり前のように男のものであろうビジネスバックと華奢な女物の鞄が握られている。

その男らしい行動とは裏腹に、その風貌はどちらかというと白い肌に筋肉質とは言い難い体躯で、背はひょろりと長いものの頼りなさそうな雰囲気がその背中からでも溢れ出ているようである。


ふたりは小綺麗なアパートの前で立ち止まると
男の手から女の手へゆっくりと鞄が手渡される。


「じゃあ、気をつけてね。」


「ありがとう。すぐそこが玄関ですから、大丈夫です。」


困ったように笑う男に女もまた、苦笑いを浮かべる。
お互いに話す言葉を失ったようにうつむき女の部屋の玄関先で立ち止まっている。
困ったように男は再び笑うと。


「じゃあ行くね、おやすみ。」


そう言って女の元から立ち去ろうと背中を向ける。


「待って、」


男が振り返るよりも早く女は男の背中に抱きついた。
そして至近距離にいる男にもやっと聞こえるほどの小さな声で背中に囁く。


「好きです、優大さん。」


優大に届いた声はかすかに愛をささやき、そして優大は女の方へ向きなおすと強く抱きしめる。

女の髪から香る甘い匂いに誘われるように女のうなじに顔をうずめると女同様彼女の耳にだけ入る声量で優しい声音で囁く。


「僕もだよ、葵ちゃんの事が大好きだ。」


しばらくそうした後どちらからともなく離れると互いの顔は見れずに


「じゃあ、また連絡します。」


そう言って葵は鍵を鞄から取り出して手を振った。

優大もまた、葵に手をふり返すとドアの鍵を開け部屋に入っていった葵を見届けてから
自分の帰路に着いた。

2

ドアを閉めてそのままもたれかかって

胸の中に詰まっていたものを一気に吐き出すと

この1kの広くはない部屋全体に

桃色の霧のようなものがかかったような気分になれた。

幸せだ。ここ最近には全くなかったほどに。

「大好きだって。」

さっきまでの情景を思い出すだけで、

こんなにも笑みが止まらない。


彼との出会いは偶然そのものだった。

駅のホームで肩がぶつかって、

「すいませんでした。大丈夫でしたか?」

そう声をかけてくれて。

私は恥ずかしくてただ「大丈夫です。」としか答えられなくて。

そのときはそのまま、連絡先も聞かずにかれと別れて。

連絡先ぐらい聞いちゃえばよかったって後から後悔したりして。

それから毎日電車に乗って駅のホームに降りるたびに、

またあの人が私にぶつかってこないかななんて

期待したりもして。一週間。

うちからの最寄り駅のホームで、彼と再会した。

彼は定期券を落として。

私はそれを拾って追いかけて、彼に話しかけた。


「あの、定期落としましたよ。」

あの時に肩がぶつかったものですだなんて言えるわけもなく

初めてあったようなふりをして声をかけると。

「すみません、ありがとうございます、大変な事になるところでした。」

そして申し訳なさそうに私から定期を受け取ると

ハッとしたように私の顔を覗き込んだ。

「君、この間ここでぶつかった子だよね?」

覚えていてくれた、それだけでもう心は舞い上がるように軽くなった。

「は、はい。覚えてたんですね。」

でも舞い上がる心とは裏腹に声は緊張で震えないようにするのがやっとやっとである。

「覚えてるよ、毎回恥ずかしいところを見られちゃってるな。」

へへへ、と困ったように笑うその表情はどんどん私を引き込んで行った。

名前も知らない彼に

「あ、あの」

24にもなって男の人に声をかけるのに声が震えるだなんて

恥ずかしくて友達には言えないけれど。


「ん?どうかした?」


「連絡先、教えてもらえませんか?」

どうしてなのかわからないくらいに

この時私は、彼に惹かれていて。


「もちろん、このお礼に今度どこか美味しいところにでも。」

そう言って彼は自分のスマートフォンを差し出してくれて。

私も慌てて自分のスマートフォンを差し出して。

連絡先を交換してお互いの方向の電車に乗り込んだ。

それから連絡を取り始めて、

彼が波多野優大という名前だという事。

同い年か少し年下かと思っていたら3つ上だった事。
童顔である事を気にしている事。

彼女はいない事。

とにかく色々な話を聞いた。

そしてそれから3回ぐらいデートを繰り返した後。

私から告白する形でお付き合いを始めて、もうすぐ3ヶ月。

お互い社会人ということもあって、あまり会う回数は多くないけれど。

会うたびに好きになっていくような。

学生時代に戻ったような

彼の一挙一動にドキドキして

飛び回りたくなる。

そんな恋をしている。

3

長い一週間が終わり、

お互いに同じところで休みになった日曜日。

丸一日使ってデートができる機会はあまりないので

買い物は今度にして

初めて優大さんの車に乗せてくれるということになって。

いつもよりなんとなく気合の入ってしまった服装を鏡の前で再確認しながら。

彼の車が近づいてくる音を待つ。

どんな車なのだろう、きっと彼の乗る車なら。

どんなものでもカッコよく見えるのだろう。

もう何度目なのかもわからないくらい鏡を見ているが

どうしても不安が残ってしまう。

少し化粧濃くしすぎたかな?

でも薄すぎてももういい年だし。

「年は取りたくないもんだ。」

そう独り言を吐き出したと同時に

玄関ドアのチャイムが鳴る。

慌てて荷物を持ちドアを勢いよく開けると少し驚いた様子の優大さんのが立っていた。



「おはよう、葵ちゃん」


日曜日の午前中の平日とは違う爽やかさを持った風と一緒に

優大さんの香水の香りがふわりと香ってきて


「お、おはようございます。」

なんだか恥ずかしくてたまらない。

「今日は俺が運転だし、行きたい場所とかあったら教えてね。」

「はい。」

ドアの鍵を閉めながら返事をするものの、

久しぶりに見た優大さんの私服と笑顔で動悸が止まらない。

「ん、貸して」

そういって当たり前に私の荷物を持ってくれる優大さんについていくと

アパートの前に深い青色をした車が一台止まっている

「これが、優大さんの車ですか?」

「そうだよ、一昨年我慢できずに買っちゃったんだよね。」

「そうなんですね、なんか可愛い。」

それをきくと一歩前を歩いていた優大さんがこちらに振り向いて

私の両手を握ると目を見たことないくらいに輝かせて

「そうでしょ?俺も一目惚れだったんだ。」

こんなに嬉しそうな顔ははじめてみたかもしれない。

会うたびに新しい一面を見つけられる気がする

付き合いたての特権だ。


「私も好きです、この車。」

「ありがとう、葵ちゃんに気に入ってもらえてよかった。」

そういってわざとらしく丁寧に助手席のドアを開けて
空いている手を差し出して

「どうぞ?」

とふざけてみせる。

「あ、りがとう、ございます。」

ぎこちなくその手を取って車に乗り込むと

緊張しているのが伝わったのか頭を撫でられる。

「閉めるよ」

と声をかけられて車が一瞬密室になると

車の芳香剤とは別に

さっき香った優大さんの香水の香りがするような気がした。


「さて、どこに行こうか。」

エンジンを入れながら声をかける優大さんにさらにドキドキしてしまいながら。


「私は車の免許も持っていなくてドライブコースとかはわからないので、

もしよければ、優大さんの勧めのところでお願いします。」


「そっか、免許取ってなかったんだっけ?

じゃあとりあえず適当に走っちゃおうかな、葵ちゃん緊張してるみたいだし。」

車がゆっくりと発進し、住宅街から少し広い道路に出る。

いけない、ばれないようにごまかそうとはしていたものの。

まるで二人でいるのが嫌みたいな態度に取られてしまっただろうか。


「すいません、一緒にいるのが嫌とかそういうつもりじゃないんです。」


「いや、せめてるんじゃなくて。

俺はゆっくり慣れてもらえたらいいと思ってるから。

俺も一応年上だし、大人の余裕みたいな、さ。」


はっとして隣を見ると前を向いているはずの優大さんと目があう。


「あ、その前向いてください。」

「ごめんて、可愛かったからさ。」

「そんなことありません。」

「そんなことあるよ、葵ちゃんはすごく可愛いよ。」

「そうやってからかわれると、恥ずかしくて話せなくなっちゃうんです。」

「あ、そうだったの?それは気がつかなかったな。ごめんね」

「もう。」

いい年して もう はないだろうとは思った。

若干自分でも引いた。

実際拗ねて窓の外をながめている私の横で

楽しそうにけたけた笑っている。

引かれるよりはマシだろうけれども。


「まあそんなに拗ねないでよ、

これからはキザな言葉は控えるように気をつけるからさ。」


「是非ともお願いいたします。」

「承知いたしました。」

それから30分ほどたってから駐車場に車が止まり降りてみると

そこは海浜公園で、

小さい子供から散歩する老夫婦などいろいろな人たちで賑わっていた。

「すごい、車だとこんなにすぐ海に着いちゃうなんて知らなかった。」

「そうでしょ?もう必死に探し回ったんだから。」

「ありがとうございます、コーヒーとお茶どっちがいいですか?」

「お茶がいいかな、ありがとう。」

お茶を一口飲んで大きく背伸びすると

「ちょっと歩いてみようか?」

といって先を歩いてゆく優大さんに置いて行かれないように。

小走りで後を追いかけた。



楽しい時間というものはいつもあっという間に過ぎて行く

そばにいたい人との時間というものはいつでも短くて。

「今日は楽しんでもらえたかな?」

「はい、もちろん楽しかったですよ」

家を出た時は朝だったはずなのに

もう日が落ちかけていて

ビルの向こうに消えかけている夕日は

恋人同士の甘い時間を演出する。

「よかった、そろそろ帰ろうか?」

「そうですね。」

腰を下ろしていたベンチから立ち上がって駐車場へと歩みを進める。

いつまでもあの陽がビルとビルの間にいたらいい

そんなにも輝いて

私達を照らすなら

いつまでもそこにいたらいいのに。

「葵ちゃん?」

立ち止まってぼうっと遠くを見つめる私に

優大さんが寄り添って顔を覗き込む

私はオレンジ色に照らされるその横顔を見つめて

ああ、心がそのまま見せられたらいいのに。

こんなにも貴方に焦がれる私を

長いとは言えない私達の一緒にいる時間の中で

どれだけ私が

貴方に恋をしているのかも、

知られてしまったらいいのにと願ってしまうのだ。

「優大さん」

「ん?どうした?」

好きも

愛も

言葉でしかない。

言葉でしか伝えられないというのに

私の中にこの想いを適当に表現できるものは

存在しない。

だから見つめることしかできない。

「葵ちゃん」

「なんです?」

見つめ合っていれば

心も身体も近付いて行く

そう、視線と身体で貴方は私を抱くの。

私は胸に顔を埋めて

貴方の香水の匂いを

胸いっぱいに吸い込んで

貴方は首すじから私のシャンプーの匂いを嗅ぐの。

それからまた見つめ合えば。

二人の距離は

ゼロになる。

「帰ろっか?」

「はい。」

心ではこんなに思っているのに。

私の何かが邪魔をする。

口には出せないから。

今はできるだけ

貴方を見つめていたい。



この目の奥に

私の本心が映って

貴方に届くように。

ふたりあそび

ふたりあそび

藤田葵(25) 一般的OL 波多野優大(28) 葵の恋人

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-29

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