スライムはナイトに再会する
菅原鈴
生まれつき緑色が好きでたまらないのも、もち肌に生まれついたのも、理由があるって知っていた。
けれど、それがどうやら常識的にはおかしいことだと私は早々に気がついたので、そのことは誰にも言わなかった。ついついスキップしてしまう癖も直したし、手があることをつい忘れて、なんでも口でつかんでしまう癖も直した。
緑色の服ばかり選んでしまうのは、結局直っていないのだけど、落ち着くのだから仕方ない。まだ前世の記憶が残っている私にとって、人間に囲まれて、人間として暮らすのは、ストレスで一杯なのだから。
どうやら、にへらっと笑ってしまうのも直っていないらしいのだけれど、こればっかりはどう直していいかわからない。それに、こんな笑い方くらいで、自分の正体がばれるとは思わない。思わなかったのだ。
危険でいっぱいの人間生活を乗り越えて無事に大学生になり、新しい友達に強引に連れて行かれた合コンで、内藤貴士くんはつぶやいたのだ。
「すらりん……」
と。
内藤貴士くんのことは、ずっとずっと気になっていた。フェンシングをやっていることも、ちょっとがに股気味の歩き方も、花粉症の季節がすぎてもずっとマスクをしていることも、それが「落ち着くから」という理由でそうしているのだと人づてに聞いたときも。だってそれは、わたしの
「ナイト様」
を思い出させたから。
思わず漏れてしまった私のつぶやきに、内藤くんも目を丸くした。
「すらりん?」
それは今度こそ、聞き間違いようがなかった。だってそれは、私の名前だったのだから。
「ナイト様?」
内藤くんの目は、今度こそ喜びに輝いた。
「すらりん……」
「ナイト様……」
「すらりん!」
「ナイト様!」
そして私たちは手に手を取り合って、合コン会場を後にしたのだった。
休息のとき
「な、い、と、さ、まー」
自分の横幅の大きい体をぶりぶりと滑らせて石造りの入り口をくぐり、すらりんは詰め所に転がり込んだ。
「ああ、すらりんか。交代までまだ一時間ある、ゆっくり食ってて大丈……あー、そのまま、そのまま。よいしょっと」
詰め所に置いてあったベンチと壁の間に運悪くはまり込んだスライムを、ナイトは席をたって引き抜いた。
「大丈夫か? すらりん」
すらりんは目を回しながら、やさしいみずからの主に「ありがとうございます」と言った。動けない場所で下手にもがいたせいで、三半規管がかきまわされてしまったらしい。まだ天井がまわっている。
「だからこの位置どうかなって言ったんだよなあ。また向こうに寄せとくな」
「す、すみません」
すらりんはちょっと照れながらそういった。すらりんは他のスライムよりもちょっとだけ、本当にちょっとだけ横幅が太めだったのだが、そのちょっとだけが、狭い詰め所と、外部の者には見えないように作られた関係者用通路では不便のもとなのだった。
そのことをずっと気にしているすらりんが
「やっぱりダイエットしようかな……」
と、ひっそりつぶやくと
「すらりんは元々そういう体型なんだから気にすることないぞ。無理なダイエットは体に悪いし、俺は体が大きいから、すらりんじゃないと乗れないしな」
と、ナイトが言う。そうするととたんに、すらりんは自分の大きな体をちょっと自慢に思い始めるのだった。
この優しいナイト様が、騎乗用スライムすらりんの名付けの親であり、相棒だった。
銀色の兜と軽い鎧に身を固め、緑色の騎乗用スライムにまたがり、ダンジョンを侵入者から守る。それがスライムナイトだ。
スライムは意外と強いジャンプ力をもつが、いかんせん体がやわらかく、体当たりによるダメージには限界がある。つるんとした丸い体には、もちろん武器を持 てるような手はないし、その柔らかさを生かしてジャンプするため、鎧のようなものを着せると機動力が極端に落ちてしまう。
そこで騎士を騎乗させるという方法がとられた。力強い跳躍、その落下の勢いと共に強く振り下ろされる剣の威力。自身とスライムの体を盾で守り、それでも負傷してしまったときは回復魔法をかける。まさに、長所を伸ばしあい、欠点を補いあう関係なのだった。
すらりんはそんなスライムナイトになれたことを、そして、自分を選んでくれたナイト様がとても気の良い青年であることも、とても誇りに思っていた。
もっとも、青年であるかは知らない。銀色の兜は彼の頭にハマりっぱなしで、はずされたことがないからだ。
とにかく、男なのは間違いないと思う。声も低いし、体格も男の人だと思うし、裸の女性の絵が描かれた本なんか、ときどき眺めているからだ。
「あれは人間の男性の習性なのよ!」と、物知りのエリザベス(同じ騎乗用スライムの友人だ)が教えてくれた。
ベンチに座って本を広げたナイト様の手元を覗き込むと、今日もその手の本のようだ。
「ナイト様、今日も読書でらっしゃいますか?」
「うむ」
「ずうっと聞きたかったんですけど、それは、どういうふうに面白いのでしょうか?」
ナイト様はときどき気を利かせて、退屈しているすらりんに、ハラハラドキドキの冒険譚や、内臓がよじれるような笑い話を聞かせてくれる。そういった話の一部はこのような、本というものに書かれているらしい。
しかし、どうもこの桃色に塗られた本に、そういったものが書かれているようには思われない。そういう話に、裸の女性が出て来たことがないからだ。
「そうだなあ。一度死んでからはそういった欲求もそれほどないんだが、なんていうか、たまに見たくなるっていうか、懐かしいっていうか、癒されるっていうか……まあ、そんな感じだな」
ふうん、と答えたすらりんは、ちょっと寂しいような気持ちで桃色のページを眺めた。いつも明るいすらりんのナイト様も、ノスタルジーに浸るときがあるのだ。
スライムナイトのナイトはたいてい、人間世界から引き抜かれた人材だ。もちろん生きている人間が魔王に膝を折るはずがない。死んで、今なおこの世に執着をもつ者達を、蘇らせて、訓練を受けさせるのだ。
ナイト達が兜をとらないのもそのせいだ。どうやら生前とは少し違うお姿になられているので、嫌であるらしい。
ナイト達は、人間だったときの自分について、どう考えているのだろう。それに、人間世界は、モンスターにとっては地獄だが、人間達にとっては楽しいところだと聞いたことがある。
「ナイト様は、人間だったころが懐かしいですか?」
「まさか。もう政治の駒になるのはゴメンだ、名誉なんて幻だよ」
ナイト様はヤダヤダ、といったかんじで手をふると、また本に視線を戻した。すらりんはほっとしたような、やはり寂しいような気分で、もう一度、彼の手元をそっと覗いた。相変わらず桃色である。
「ナイト様、これはなんの絵ですか?」
「おしりだ」
「ふーん」
すらりんは、本に描いてある絵をじっくりと見た。女性というのは、すらりんとはずいぶん違う形をしているが、こうやってお尻部分を拡大してみてみると、ちょっと親近感があるかもしれない。
「ナイト様」
「なんだ?」
「女性のおしりというのは、なんというか、非常にぷるんとしていそうですね」
「まあ……うーん、ちょっと違うけど、そうだなあ、そう思ってもらってもいい、だいたい」
「ナイト様は、ぷるんとしたものに安らぎを感じられるのですね?」
「まあ、そうだろうな、だいたい」
「ナイト様。お疲れのときはいつでも、わたしをお触りになり、女性のおしりを思い出して癒されて下さい」
ナイト様がまじまじとすらりんを見下ろしたので、すらりんは、どうぞ! とばかりに身を乗り出す。ナイトは少し迷った後、手をさしだしてすらりんの頭をもんだ。
それから、チョップした。
「バカ」
すらりんはすごすごと詰め所を退散し、見回りに備えて、もう一度食事をとっておくことにしたのだった。
菅原鈴 2
とりあえずお腹すいてるよね、ということで、わたし達は手近なレストランに入った。
今日はおしゃべりしたいのでご飯は軽めに、ポタージュとサラダ三種を注文したわたしに、ナイト様は笑って言った。
「変わんないなあ、すらりんは」
草食なとこも、食いしん坊なとこも、ぽやーんとしてるとこも、笑い方も同じなんだもんなあ、と続ける。それからわたしの服を指差して、また笑うのだ。
「おまけに緑」
「ナイト様だって変わんないですよ。歩き方とか、昔とおんなじです」
「そうか?」
「おまけにフェンシングをなさっていると人づてに聞きました」
「ああ、あれは今年から始めたんだよ。小中高は剣道やってて」
「顔まで隠してる」
「ああ、これな……いや、なんかな、外すようにしてるんだけどな、なんかなあ」
まだ顎のあたりにたごまっていたマスクを、ナイト様は照れくさそうに外した。
ナイト様の顔は、じつはずっと見てみたいなと思っていた。目ん玉がとれていても、しわしわの干物のようになっていても、べつにぜんぜん構わない。ナイト様の方が気にしてるかなと思って、あの頃は言い出せなかったのだけど。
いま目の前にいるのは、意外と努力家だったナイト様にぴったりのぴしっとした雰囲気と、陽気でよく冗談を言ったナイト様にぴったりのおちゃめそうな目を持っている青年だった。
「お顔ははじめて拝見しました。素敵なお顔ですね」
満足な気持ちでいっぱいで、わたしが微笑むと、ナイト様はちょっと困ったようにテーブルの上に視線をさまよわせ、ふざけたように肩をすくめた。
「いやあ、あの頃は、T山明の絵みたいな顔してたって。目もぱっちりしてて」
「ほんとかなー? ナイト様、話盛るからなー」
「向こうにT山明がいれば、肖像画を描いてもらったんだがなー」
「……それじゃ、わたしだってお目目ぱっちりになるじゃないですか!」
「ああ、そうそう。お目目ぱっちりのスライムな」
軽めのつもりだったのだけど、サラダは案外盛りがよく、お店を出る頃にはお腹いっぱいになっていた。ひっきりなしに笑っていたので空気も一緒に飲んでしまったのかもしれない。気持ちの方も、満足感でいっぱいだった。
ナイト様はコーヒーとサンドイッチを軽く食べたくらいだったが、わたしは食べながら笑って喋っていたので忙しかった。いろいろ話したのだが、いつまでも犬食いがなおらなかったわたしが「手って便利!」と叫んだ日が我が家で記念日になっている話が、ナイト様には一番ウケていた。
駅についたとき、とっても名残惜しかったけど、これが今生の別れというわけじゃないから、頭をさげて挨拶した。
「今日はありがとうございました。また明日……」
ナイト様は、別れはまだ早い、というふうに手をふる。
「送ってくよ」
「家までですか? ……でもうち、駅からちょっと遠いんです」
「送ってくよ。ナイトだからな」
ナイトだからな、と言ったとき、ナイト様はちょっぴり寂しそうな顔をした。たくさん話をしたけれど、最後の話は一切しなかった。お互い、つらい話だから。
でもひょっとしたら、まだナイト様は気にしていらっしゃるのかもしれない。なんにも気にする必要なんてないのに。
家の側まで送ってもらった別れ際に、わたしはいった。
「わたしは最後の最後まで幸せでしたからね」
念だって押しておく。
「最後の一息までです」
ナイト様は子どもみたいに頷くと、マスクですっぽり顔をおおって、鼻をすすりながら帰っていった。見送るわたしをちょっとだけ振り返って、
「また明日な」
と言った。
最後のとき
今度の侵入者が普通の冒険者ではないことは、嫌でもわかった。
医務室は負傷者と死体で溢れかえり、治療担当のスライム達がお互いの腕が絡まりそうな勢いで走り回っていた。関係者用通路も、負傷者の搬送で行き来もままならない。
ボスは「死んでいるもの、助かる見込みのないものは、その場に留め置け」と指示していたが、みんな長年パーティを組んでやっている。異種同士で組むことも多いのだから、気の合わない相手と一緒にいられるはずもない。そう簡単に割り切れるものではなかった。ボスもわかっているが、いかんせん機能不全に陥っていた。
「スライムナイト。二十八隊、集合せよ!」
ナイト長から呼び出しがかかる。さっきからひっきりなしに出撃しているのだ、待ちくたびれたくらいだった。自分達のスライムのそばで待機していたスライムナイト二十八隊のナイト五名が、ナイト長の前に整列する。
「出撃を命ずる。裏通路が使えないため、表階段を使って現場に向かえ。敵は現在、四階に踏み入れたところだ。負傷者からの情報によると敵はおそらく、魔法剣士一名、戦士一名、魔法使い一名、僧侶一名の計四名。魔法剣士の魔法系統は不明だが、回復魔法の使用を確認している。敵は舐めるようにダンジョンを探索しているため、交戦予測地点は四階から五階。敵が引き返す可能性も考慮し、警戒を怠るな。発見次第、交戦。質問は?」
全員、無言。情報は十分。不十分でも、やることはわかっている。
「ただちに出撃!」
ナイト達は、すぐさま相棒のもとへと駆け戻り、その背にまたがった。木の影にかくされた、表への扉が開く。
先頭はピエール。次にすらりん、エリザベス、ジェシカ、ころたん。
「途中で鉢合わせすることになるかもしれない。すらりん、気を抜くなよ」
「はい、ナイト様」
「俺たちはいつものメンバーだ、いつも通りやればいい。敵もそれなりに消耗してるはずだ。震え上がらせてやろう」
「はい、ナイト様」
殺してやろうとは言えなかった。本当はそうしてやりたい。だが、これだけの被害が出ているのだ、楽観視出来る方がおかしい。相手はこちらの実力をなんらかの方法で見越した上で、周到な準備をしてきている。
だが、消耗していることも確かなはずだった。仲間達が命の限り戦ったのは、間違いないのだから。
「怖いか?」
「大丈夫です。わたし、スライムナイトだから……ナイト様がいますから」
すらりんのナイトは、幸福だと思った。アホ貴族の見栄に引きずり回されて、みじめに死んだときよりも、ずっと幸福だった。
今、上司は彼らを信頼し、判断を尊重して、必要な情報を持たせて送り出してくれる。緑色の、かわいい相棒もいる。
「震えてるぞ」
「……これは血行を促進してるんです!」
「やる気満々だな。行こう」
扉は開ききった。どう、と腹を蹴ると、スライム達が力強く跳ねる。
剣を取った時点で、死ぬ覚悟は出来ている。どう死ぬかだ。
※ ※ ※
「な、ないとさま……ないとさま、たいへんです……ないとさま」
聞き慣れた声で、ナイトは目を覚ました。全身がずきずきと痛む。首をもちあげると、相棒の顔がすぐそこにあった。
「すらりん……俺は?」
聞きはしたが、すぐに自分で思い出した。怒りがわきあがってくる。自分に対して、だ。
冒険者は予想通り手だれで、慣れた様子だった。叩いても叩いても倒れない。圧倒的戦力差に愕然とした。しかしそれでも、魔法使いは明らかに魔力を温存している様子で、僧侶もさして疲労しているようには見えなかった。
ピエールとそのナイトが戦士に胸をつぶされて倒れ、固まっていた後衛三人は火にまかれ、エリザベスところたんが動けなくなった。ジェシカも瀕死だった。
「ジェシカ、離脱しろ」
二人はもう十分戦った。だがナイトもスライムも首を振った。「時間をくれ!」
すらりんとナイトはわかったと頷いた。飛んで来た一撃をうまく避けられた二人には、まだ十分な体力があった。
ジェシカのナイトが回復魔法を唱える時間をかせぐため、敵の注意をひきつける。すらりんのナイトは盾さばきにも自信がある。すらりんはナイトの盾を信じて、なにもつけていない体でも臆せず、敵に向かって大きく飛んだ。それなのに。
戦士の強い一撃は、ナイトの盾の隅をつきやぶり、思い切りすらりんの体に打ち付けられた。すらりんとナイトは吹っ飛び、壁に激突した。
つまり、今の今まで、ナイトは気絶していたのだ。なんてことだ。
まわりは静かだった。壁にぶつかったときに死んだと思って、立ち去ったのだろう。ということは……。ナイトは周りを見渡した。
丸く焼けこげた床の上には、二人のナイトが転がっていた。かれらの相棒はもう外皮が完全にやぶれ、身もぐずぐずになって崩れ落ち、ほとんど水溜まりのようになっていた。
その向こうに、勇ましかったピエールとそのナイト。ジェシカだったであろう水溜まりから少し離れたところに、彼女のナイトが首のない状態で横たわっていた。
自分だけ助かってしまった。気絶していたなどという、つまらない理由で。
「くそっ」
怒りをあらわにするナイトに、すらりんがにじりよった。
「な、ないとさま、にげてください……て、てきが、またここにきます……て、てきはれべるあげで……いきてるもんすたーを、さが、さがして……ないとさまが、いきてるってわか、ったら」
ナイトは力なく震える相棒をみて、頷いた。すらりんはダメージを受けている。いまはとにかく、すらりんに治療を受けさせなければ。
「ああ、わかってる。情けない相棒ですまない。とりあえず戻ろう、すらりん」
「わ、わたしは……ここに、いま……」
「なに言ってんだ、すらりんがいなきゃスライムナイトじゃないぞ。ただの、よろいだ」
その瞬間、すらりんの体がぐずぐずっとしぼんだのを見て、ナイトはぎょっとした。慌ててすらりんの体を見渡す。血の気が引いた。
うしろがざっくり切られていた。体液が大量に床に染み込み、すらりんの体はもう半分ほどにしぼんでいた。おそらく吹っ飛んだあと、後ろから斬っていったのだろう。
冒険者たちは、これでもう助かる見込みはないとふんで立ち去ったのだ。
ナイトは半分ほど飛び出ている消化器をすらりんの体にもどし、もうぶよぶよになってしまっている外皮を手で押さえた。半分になったとはいえ、騎乗用スライムのすらりんはかなり大きい。だが無理でも運んでみせる。
「痛いだろうが我慢してくれ。それまで、俺の治療じゃ頼りないだろうが……」
「は、はやく……」
「ああ、もちろんだ」
ナイトは慌てて回復魔法をかける。大した効果はないものだが、外皮を回復させるくらいは、と思ったのに、体液の流失は止まらなかった。
手で押さえたままいくしかないだろう。幸い、内臓はまだ形がある。まだ助かる見込みがある。すらりんの体を両手でつつみこむように持ちあげた。かなり重い。
「……大丈夫だ、すらりん。ひとっ走りだからな、がんばれ……」
「ち、ちが、……わたしは、も、もう、だめで……な、ないとさまだけ……」
「喋るなよ、傷が開いちまう」
一歩、一歩。のろのろとしか進まない自分が情けなかった。体液で塗れた鎧から、すらりんがすべっておちてしまいそうだった。裏通路を使いたいが、おそらくいっぱいだ。侵入者を翻弄するため、複雑に入り組ませた表通路が、今は憎たらしかった。
びちゃびちゃっ、と、足下から音がした。体液をとめるために掴んでいた外皮が、ずるずるっとすべってちぎれ、ナイトは体を低くしてすらりんの体を膝で受け止めた。
「すらりん!」
彼は慌てて、回復魔法を連呼した。水音はとまらない。ゆるんでしわしわになった外皮のなかから、すらりんはつぶらな瞳をナイトにむけた。口元は微笑んでいた。
「……すら……いむは、たく、さん、います……かわりの……すら……」
「すらりんの代わりなんているわけないだろ!」
足音が聴こえた。壁の角から、あの戦士達が顔を覗かせる。
剣を抜くことは出来なかった。両手に持ったすらりんを地面に投げ捨てるくらいなら、黙って切られたほうがましだった。
内藤貴士
子どもの頃、枕を涙でびっしょり濡らして目が覚めることがよくあった。
すらりん。とぼけた顔の、明るい緑色の相棒。ぬけていたが生真面目で、ぷるんとしているが意外と筋肉質で、自分をのせて力強く跳ねてくれた。
その頃の俺にとっては、あいつの夢はごくありふれたもので、その夢の中の存在たちをかつてあった現実なのだと感じていたが、それでも過去のことだった。
すらりんの死の夢をみて哀しみに襲われた日も、俺は明日はすらりんとの楽しい思い出の夢をみられることを願って眠りについた。ごくふつうの、幸福な子どもだった。
転機が訪れたのは、友達の家でテレビゲームを見せてもらったときだった。
俺はどちらかというと外で暴れ回っているほうで、ときどき玩具屋でコントローラーを握ってみるくらいだったので、その日を楽しみにしていた。
レースゲーム、アクションゲーム、パズルゲーム。一通り触らせてもらった後で、友人が見せてくれたのは、彼が今絶賛攻略中だという、ロールプレイングゲームだった。
そこに、すらりんが、いや、俺たちがいたのだ。
スライムナイトだ!
目覚めた状態で見る懐かしい緑の微笑みに、俺の心は喜びに輝いた。
そして、すぐに曇った。
友人のあやつる人間のキャラクターは、やたらめったら強かったのだ。
人様の暮らすダンジョンに侵入し、宝物とレベル上げのために舐めるように隅々まで歩き回り、必死で襲いかかってくるモンスターたちを雑作もなく剣の露にしていく有様は、いやがおうでも、あの夢を思い出させた。
すらりん。あの頃の俺たちが、あいつらに勝てたとは思わない、でも。
すらりん。俺に幻滅しているだろうか。気絶さえしなければせめて一緒に、誇り高く死ねたかもしれないのに。
すらりん、俺に幻滅しているだろうか。
あの頃のことが、ありありと蘇って来た。すらりんの死は、たんなる悲しい過去ではなく、生々しい後悔として、俺の心にせまってきた。
その週の土曜。いつもはしぶしぶついていく母親の買いものに、俺は「荷物持ちするから」といって連れて行ってもらった。そしてソフトクリームと筋トレの本を買ってもらったのだった。
そうだ。もう、あんな思いはしたくない。
すらりんにあんな思いをさせたりしない。
そして出来れば、もうあんなことは起こさない。俺は最後まで戦い、無慈悲な冒険者を屈服させる力を身につける。
そしてすらりんと、田舎で穏やかな老後を過ごすのだ。
もっとも俺は、この世にスライムがいないことは知っていた。すらりんはどこかの世界でとっくに死んでいて、戻って来てくれないことも。
それでもそれは十分、俺が体を鍛えるための理由になったのだ。
菅原鈴のことは、つとめて気にしないようにしていた。いつも着ているすらりん色の服がやたら目にとまっても、しっとりした肌の調子をみてつい「お、今日も元気そうだな」などと思ってしまっても(肌の調子はスライムの健康のバロメータだ)、食いっぷりがよくても、なんかやたらサラダばっかり頼んでいるような気がしても、彼女は普通の女の子であって、すらりんではない、と。サイズも違うし。
だが、合コンには行った。菅原鈴が来るというので。
まあ、俺も年頃の男なのだし、理由はなんであれ、ちょっと気になるもち肌の女の子と話をしたところで、構わないだろうと思ったのだ。話せばすらりんじゃないと解るだろうし、とも思った。
しかし無事に菅原鈴の向かいの席を確保し、かるく挨拶しようとしたとき、あぜんとしてしまった。
菅原鈴がにやんと笑ったのだ。笑い方までそっくりだ。笑い方というか、なにもかも。「ナイト様」という声まで聴こえた気がした。すらりんは、体の大きさのわりに、か細い可愛い声なのだ。
うん?
そう。なんか、言ってたような気がする。目の前の菅原鈴が。口も動いていたような気が。
「すらりん?」と思わず呟くと、返ってくる。
「ナイト様?」
俺の直感は、間違っていなかったのだ。
「すらりん!」
「ナイト様!」
※ ※ ※
と、いうわけで、俺はすらりんに再会した。
すらりんとはとても気が合う。それはもちろん、すらりんだからだ。
もっとも、ナイト様呼びは現世人としてとても恥ずかしいので、ナイト君に改めてもらった。都合のいいことに俺の名前は内藤なので、人からは「内藤君」に聴こえるということで。
恋人に昇格した今は、正直、名前のほうで呼んでほしいと思わないこともないが、すらりんとしては昔の呼び名に愛着があるらしい。気持ちはわかる。しばらく我慢だ。敬語もやめてくれと言ったのだが、こちらは単にクセになってるだけとのこと。努力するそうだ。
さて、菅原鈴は見込み違わぬもち肌だった。それはもちろん、すらりんだからだ。冷え性で、手をにぎるといつでもちょっとひゃっこいところも完璧にすらりん。だが旧すらりんより筋肉がついていないせいで、ふわふわ感がプラスされた。
そんなわけで現在、俺はなにかというとすらりんをつついている。
「ナイト君」
「うん」
「癒されます?」
「うむ」
昼食後、ベンチに座ってのすらりんつつきは、癒されるひとときである。すらりんは草食系とはいえ食いしん坊なので、太っているというほどではないのだが、まあ、いい感触なのだ。
おまけに着やせするタイプだった。太っていないのに着やせするとはいかなることかについては推察されたい。女だって赤ん坊時代にはお世話になったはずだ。
すらりんはカフェオレをちゅーとすすりながら、スズメなんかボンヤリ眺めていたが、ふとつぶやいた。
「自分がまさか、あのおしりの持ち主になっちゃうなんて思ってなかったなあ」
ああ、と答える。
「俺も、またすらりんに乗れる日が来るなんて思ってなかったよ」
とたん、すらりんのまるっこい目が、きっ、と厳しくこちらを向く。彼女はもはやスライムではない。だがだからこそ期待が高まるのである。
俺は新しい遊びを覚えてしまっていた。
「エロい意味で」
俺が言うが早いか、びしっ! っと飛んで来るのはもちろん手ではなく頭である。ビンタではなく頭突きである。
それはもちろん、すらりんだから。
二十年近く人間をやっておきながら、スライムの習性がぜんぜん捨てきれてないすらりんの行動は、やたらめったら面白いのだ。
飛んで来た頭を手で押さえてげらげら笑っていると、攻勢がゆるむ代わりにむくれだす。
「もう、ナイト様ってぜんぜん変わってない!」
「話ふったのはすらりんだろー」
「エロと関係ないおしりの話もあるんです!」
「あの文脈なら関係あるだろ、誰が見せてやったとイタタタタ、イタイ、イタイってごめんって!」
そういうわけで、すらりんとのんびり田舎で暮らす夢を、俺はまた再び持ち出している。
(おしまい)
(番外編)千田勇
千田勇(せんだ ゆう)は、ちょっと困った子どもだった。
けして悪い子ではなく、どちらかというと正義感のあるタイプだったのだが、所有の観念に問題があった。
人の家のものでも「必要」と思ったら遠慮なく使い、ことによると持って来てしまった。その反面「自分より友達が持っていたほうがいい」と彼が判断すればどんな高価なものでもあげてしまったし、「荷物がいっぱい」だと思えばその場に捨てて来てしまう。
店のものを盗んだり、友達のものを無理にとりあげたりはしないものの、両親はしょっちゅうあちこちに頭をさげてまわり、半場途方にくれながら息子を叱るのだった。
両親はけしてオカルティストではなかったが
「必要な人のところにあったほうがいいと思ったから」
と混乱したように言う息子を見ると、彼はきっと所有の概念などが薄い平和な少数民族かなにかが前世だったのだろう、なんて気になるのだった。
そんな彼の渾名は「勇者」だった。
どんな人間にも緊張せず話しかけ、どんな大舞台でもあがらず、躊躇ゼロでバンジーを飛んだから、というだけではない。
それは中学生の頃、クラスのアイドルだったKさんが、海にいくときに着ていく水着について友達と話をしていたときだ。千田勇はさっと携帯をとりだし、躊躇ゼロでその水着をおすすめした。
あぶないみずぎだった。
そのときである。彼の渾名「勇者」が、名実共に確定的になったときは。
正義感にあふれコンプレックスのない彼には、スケベな心を後ろめたく思う感性も備わっていなかったのだ。彼は勇者だった。こわいものなどなかった。
さまざまな伝説を作りながらも、大学生になった千田勇。
だが彼は、自分のとんちんかんな感性を放置していたわけではなかった。彼には向上心があった。伝説をつくるたびに、それがいかにとんちんかんであるか、いかに直せば良いのかをリサーチし、一歩一歩、常識人の階段を登っていた。
そこに現れた、新たな課題。
それは大学の廊下で、黄緑色の服をまとった女性とすれ違ったときに起こった。
彼女は、彼を見るなり、さっと顔色を変えて立ち止まった。千田勇はとっさに、自分がなにかをしてしまったらしい、とわかった。しかし、原因がわからない。
社会の窓は閉まっている。昨日も風呂に入ったからくさくもないはず。香水もつけない。寝癖もついてない。今日は朝からなにも食べていないので口にゴハンがついていることもない。ペンキをかぶった覚えもない。着ているシャツも飾りは絵だけなので、過激な外国語が書かれていた、などということもないはずだ。話しかけてもいないしガンつけてもいない。ファッションも普通のはずだ。少なくともヤクザなファッションではない。
見開かれた目、ぽかんと開けられた口、青ざめた肌。立ち止まったというよりは、足がすくんでしまったという感じだった。
原因がわからない、となれば、千田勇のすることはひとつだ。
本人に聞く。
すれちがいものラブロマンスに最も縁遠い男。それが千田勇である。
「こんにちは。どうかしましたか?」
千田勇はとんちんかんな男だが、人当たりだけは良い、という評判だった。よくわからないが、たぶんそうなのだろう、と思えるくらいの体験はしてきていた。
しかし、目の前であんぐりと口を開けていた小柄な女の子は、びくっと震えて口をつぐむ。恐る恐る、といった感じで目を合わせて、すぐ逸らすのだ。
唇が震えている。何か言おうとしているように見えたが、待っても一向に何も聴こえてこないので、彼はもう一度話しかけた。
「僕をみてびっくりしたように見えたんで、何かしてしまったかと思って」
「あ、あ、あ、え、あの、あの……」
「気分が悪いの?」
「わっ……わた、わた、わたし……わる、わるいすら、いむじゃ……」
彼女はただただうろたえるばかり。目に涙までにじんで来た。
なにより次に叫ばれた言葉に、千田勇は目を丸くした。
「殺さないで!」
展開が把握出来ない。ぼろぼろ泣き出してしゃがみ込む緑づくしファッションの女の子を前に、さすがの勇者も呆然とするしかない。
そして新たな疫災が、彼にせまっていた。
「すらりいいいいーんっ!」
廊下の向こうから謎の言葉を発しながら走ってくる男は何だろう。明らかにインドア派ではない体格のその男はあっという間に二人の元に辿り着き、しゃがみ込む女の子の肩を抱いた。
そして彼女が涙にくれていることに気がつくと、途方にくれる千田勇を鋭い目つきで見上げた。
「貴様、なんですらりんを泣かし……」
しかし、その男までもが、彼を見て目を見開いた。信じられない、といったように眉をよせる。心無しか、青ざめているようにすら見える。
そんな男を見ながら、千田勇はぼんやりと、日本語は通じているよな? と思った。さすがの彼でも体験したことのない事態に、彼らは何か特殊な風習を持つ異国人なのではないか、と考えはじめていた。たとえば、彼の着ているTシャツに描かれた目玉のおやじは、彼らの国では悪魔の印である、とか。
そうだ、それだ。
千田勇が希望を見いだした一瞬の間に、また例の男も勇気を取り戻したらしい。痛みをこらえるような表情で立ち上がると、千田勇の胸ぐらを指差していった。
「大学で暴力沙汰は起こしたくない。が、二度とすらりんに近づくな。そのときは俺だって考えがある。昔の俺だと思うなよ……」
男は三白眼で睨みながらそう言い捨てると、女の子の肩を抱いてその場を後にした。
すらりんって何?
そんな疑問を抱きながら立ちすくむ、千田勇を置いて。
幸いというべきか、残念ながらというべきか、その日は二度と二人に会うことはなかった。次の日も次の日もだ。珍妙な二人組に悩まされなくて良かったといえば良かったかもしれないが、千田勇の向上心はまだ折れていなかった。
本人に聞く。
徹底的に聞く。
納得出来るまで聞く。
この世のすべてはコミュニケーションからはじまると彼は信じていた。
そんなわけで、事件から四日後の食堂で、あの緑色の女の子をみつけたとき、彼はまっさきに彼女のところにすっとんでいき「ここ開いてるかな?」とやった。
女の子は前と同じように、ぎょぎょっ、という顔をして視線を泳がせたが、しばらくして頷いた。
座って彼女の手元を見ると、溢れかえるようなサラダ。ダイエット中なのだろうか。それにしても、ちょっと多い。ドレッシングとか、わりとヘルシーじゃないんじゃないだろうか。なんだか、ちょっとおかしくなってしまった。
「野菜好きなの?」
「ははは、い。き、じょうようなので、体を大きくするためには、植物性が中心の食事を、すす、するんです」
なんか上手く漢字変換出来ない単語があった。が、まあいきなり泣き出されたこないだと比べればかなりの進歩だ。今日は話が出来そう。
「はじめてじゃないよね。すらりん、って君の渾名?」
そう。彼も、ひょっとしてあの謎の単語が、渾名の一種ではないか、ということぐらいには思い至っていた。女の子はこっくり頷く。正解だ。
「は、はい。すす、菅原鈴です」
「ああ、それですらりんか。ガワが抜けちゃったんだ?」
疑問がひとつ溶け、彼は機嫌良く微笑んでそう言った。しかし何故だろう、目の前の菅原鈴の目に、みるみる涙が浮かんで来るのは。
「あ、え、が、がいひは……体力が低下すると、う、薄くなるので……さ、さわると、やぶ、やぶけちゃ……」
「えっ? えっ、ちょっ、泣かないで!」
千田勇は混乱した。漢字変換出来ない単語がある。
いやそんなことより、なぜ泣いているのか。一体なにが起こっているのか。渾名の話をしていただけなのに、どうして泣かれなければならないのか。新手のイジメか。それとも恋か。いやちがう、デジャヴだ。
「すらりいいーん!」
向こう側からかけてくる男。彼は緑の女の子にかけよって泣いていることを確認すると、三白眼で睨んだ。こわい。
「またおまえか!」
こっちの台詞である。
「くそっ、またすらりんを泣かしたな……!」
そうだ。なんでまた泣いてるのか教えてくれ。
千田勇はそう思ったが、この男も気が利くところがある。椅子にすわってべそべそやっているすらりん(でいいだろう、もう)に「すらりん、俺がついてるぞ、どうした?」と聞いてくれた。そうだ。なぜなんだ。
すらりんはポケットからティッシュを取り出すと、ちんとかんでから答えた。
「あ、ちち、違うの、内藤君、いじわるされたわけじゃなくって、す、すらりんの、ガワがどうしたかって聞かれて……」
そう、自分は悪くない。よかった、と千田勇は胸を撫で下ろす。すらりんは涙腺はゆるいようだが、非常識な人ではない。これで男の方もひとまず落ち着くと思った。
思ったのだが。
内藤君はすらりんの言葉をきくと、蹴飛ばされたかのように立ち上がり
「くそ、なんて残酷なことを!」
と叫んだのである。
なんと。収拾の気配なしである。
内藤君は、軽くはおっていた上着を脱ぎ捨てた。胸板厚いなあ。それから腕まくりする。うわあ、筋浮いてる。
体脂肪率何パーセント?
などと、聞く間もなく殺されそうだった。
なぜこんなことになったのか、と嘆く悪役は多いだろうが、今の自分に比べれば易しい問題だったはずだと千田勇は思った。
内藤君は、椅子の上で凍り付く千田勇を、すさまじい三白眼(逆向き)で睨みつけて言った。
「でんせつのゆうしゃだかなんだか知らないが、ちょっと貴族だ運命だにチヤホヤされたからって調子に乗りやがった、田舎者が……」
「ちがっ、千田勇だよ!」
「いいか、昔の俺だと思うなよ……」
「ちょ、待って、誤解だって!」
説得を試みる千田勇。そう、これは誤解だ。なんのかはよくわからないが、とにかくに何かの誤解なのだ。
いちおう、すらりんも「内藤君! 内藤君!」と呼びかけてくれてはいたのだが、彼の耳には入らないようだった。
内藤君は、彼をびしっと指差して言った。
「前世の恨み、晴らしてくれる!」
説得不能。
そう判断した千田勇は、走って走って走り抜けた。勇者に躊躇は不要。走るのが最善だと判断したら、恥も外聞も、お昼ご飯も放棄して走るべし。
あの筋肉の内藤君から信じられないことに逃げ切ったが、後日、内藤貴士(というそうだ)と菅原鈴の共通の友人に聞いたところによると、千田勇を追いかける内藤貴士を追いかけていたすらりんが途中で転け、慌てて戻った内藤貴士と
「やりかえしてくれるより、そばにいてくれるほうがいいです。そうじゃないとスライムナイトじゃないから……わたしはずっと、内藤くんとスライムナイトでいたいです」
「すらりん……」
「内藤くん……」
「すらりん!」
「内藤くん!」
がしっ、というようなやりとりを経て、平和が訪れたらしい。
なんだかさっぱり解らないので、さらに詳細を訪ねる。
「スライムナイトって何?」
「有名ゲームの雑魚キャラだって。知らない?」
全然知らない。だいたい、千田勇はゲームは一切やらない男だった。子どもの頃みせてもらったが、なんだか「こういうのはもう十分」という感じがしたのだった。なにが十分なのかはよくわからないが、とにかくやりたいとは思わなかった。
彼が攻略すべきは現実世界である。
「なんでスライムナイトなの? なんの比喩なの?」
そう言い募る千田勇に彼女は困ったように首を竦め、
「さあ。……ま、あの人達は、いっつも二人の世界を築いてるから」
と言った。
それで千田勇は、ひとまず納得した。常識を追い求めるあまり、いたずらに異世界の扉を開いてはならないのだ。
人の子よ、バカップルに近づくなかれ。
そして千田勇はまたひとつ常識の階段を登る。変人は、自分以外にも存在するのだと。
(おしまい)
スライムはナイトに再会する