ひとがら屋

 らっしゃいませ。ご注文は? へい、ラーメンね。
 今夜はちょいと冷えますねえ。熱々のをお作りしますから少々お待ちを。
 だいぶご機嫌じゃありませんか。踏切を渡っておいでになるのをここから見てましたけど、つまずきゃしないかとハラハラでしたよ。かわいいコのいる店を三軒ハシゴ? そりゃ豪気だ。四軒目、あたしみたいなムサい親父のラーメンでシメちゃっていいんですか? こりゃどうも。
 いや、ここにはちょくちょく出てますよ。電球が暗くて目立たないんですかねえ。変な場所に屋台出してるって、よく笑われます。電車が来るたびうるさいし、人や車は通りませんし。
 でも、こうしてふらりと寄ってくれる方がありますんで、ありがたいことですよ。お客さまと二人三脚、これがうちのモットーでして。
 うちはほら、意外とメニューがいろいろそろってるから、常連さんがね。ギョウザ、レバニラ、エビチリ……。流しのラーメン屋は仮の姿、はたしてその正体は本格中華料理店、なんちゃって。でもレトルトじゃありませんよ。材料だっていいの使ってるんだから。
 でも最近は、メニュー札より余計な貼り紙がベタベタ増えちゃってどうにも……。商売柄、お上に頼まれちゃイヤともいえず、弱ったもんです。これなんか気の毒ですよ、まだ若い娘さんなのに。先週の木曜日、このあたりで行方不明になったんだとか。踏切に残ってた血が本人と一致したとかいう話。物騒ですねえ。
 こんなチラシが今月だけでもう三枚、ちょいとケバいけど若くて髪の長い美人ばっかり。貼ってくれって頼まれたきり、見つかりましたって話を聞かないでしょ。このまま女の子の写真が増えてったら、なんだか別の店になっちまいそうで。
 お客さんも最近よくお見かけするお顔ですよね。なにかご存知だったら連絡してやってくださいな……。

 へい、ラーメンおまたせいたしました。割り箸はそちら。
 スープはしょうゆじゃありません。色はちょいと似てるかもしれませんがね。そのかわり背脂はたっぷり浮かせてあります。
 え、チャーシューにピアスがぶらさがってる? へへ、オツなもんでしょ。……あれ? マニキュアつきのメンマ、お気に召しませんか。
 麺のなかに長い毛が入ってた? 冗談じゃない、よく見てくださいよホラ。麺なんか入っちゃいません、ぬばたまの黒髪百パーセント。ツヤのある喉ごしがたまらないってフアンが多いんです。
 ここでやってると、新鮮な食材がよく手に入るんでさ。ええ、先週の木曜日、ちょうど今じぶんでしたよね。あたし? もちろんここで店出してました。お客さんが気付かなかっただけじゃないですか。一部始終を拝見させていただきましたよ。あなたみたいな方がまさかねえ。ゆきずりのホステスを線路に……ヒヒ、ああ恐ろしい。あの子で何人目ですか?
 おっと、ご心配なさいますな。うちはおたくみたいな方々が頼みの、しがないラーメン屋なんですから。これをご縁にごひいきを。二人三脚、一蓮托生ってやつですよ。
 そんなことより店の名前に偽りなし、ダシにもこだわってるんですから冷めないうちに、さ、さ。

【終】

ひとがら屋

ひとがら屋

お喋り好きなオヤジがやってる屋台には、ちょっと変わったお客さんが引き寄せられる。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ホラー
  • コメディ
  • 成人向け
  • 強い反社会的表現
更新日
登録日
2012-04-07

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