教官

私は極度のオヤジ萌えである。


21の夏の終わり。私は山形に向かうべく新幹線に飛び乗った。
運転免許を取得するべく合宿に出かけたのだ。

山形には20の終わり頃一度来たことがある。趣味の遠征で来た。
約1年ぶりだが、どちらにせよ単独である。私には友人が居ないと思われがちだが、高校時代から一人で行動することが多く、長時間友人といるほうがかえって疲れて段々気まずくなるから友人との旅行は苦手だ。 当然だが教習所では二人組やグループで合宿しに来た人も多く、決められた計画表に沿って行動した。寂しいとは思っていない。

いくら山形の教習所とはいえ、教習生はほぼ県外の人間が多く、山形弁を聞けるのは教官や事務員だけである。方言を聞くことは、地方に遠征しに来た時の楽しみである。
そのほかに市内にはホテルの外に足湯スポットも多く、毎日全スケジュールが終わると、合宿所から自転車を借りて20分ほど漕ぎ足湯に入った。負担は掛かるがこれも楽しみだった。



あと、もう一つ楽しみがある。
………それは教官の追っかけである。

「受ける学科わかってても項目わかんないんじゃあ話にならないよ」

響きわたる厳しい教官の声。教本を開くように指示している。
教官は40半ばくらいの中年男性。かっちりした体型だが、中年太りが気になる。顔はふっくらしているのに何故それを選んだのか?って思う丸メガネが掛かっており、ゆったりとした山形弁を話す黒髪の真ん中分けのおじさんだった。
一目見て私はまずいと思ってしまった、そのおじさんを素敵だとおもってしまったのだ。いわゆる一目ぼれ。
名札も付けておらず、知り合いもいなかったので名前も分からず、運転教習のときも当たったこともないので結局、見かけるたびに『丸メガネの彼』と呼んでいた。
一目ぼれしてしまった私は、第一段階修了検定の技能テストの際、案内走行を担当したそのメガネの彼がマニュアル車を運転していたが、真剣に見守る生徒とは違い私は見とれていた。

合宿も折り返しに着くと路上教習にていろんな教官と当たるようになった。
そこで口々にある人物の名前が挙がる。当然当たったことのない人なので誰それ?状態だったが、ある日その人物の路上教習があたることになった。配車表見る限りだと読み方の分からない苗字なのでその人かどうかは定かではないが。
噂に聞くと、運転の師匠、運転に厳しい、その人が教習所内のプリントのデザインは某冊子のパクリをする、など。若干怯え気味で臨んだ。


呼ばれたので、呼ばれた先を見ると、メガネの彼がいた。
辻褄があった。たしかに学科で厳しく指導してもらったから覚えてる、怖い人だ!と。
思ったのは最初だけで、実際はものすごく優しくてびっくりした。思わず無駄ににやけながら運転していたと思う。助手席に座る教官は無口なわりに話すとユーモア、しかも丁寧に教えてくれて、どきどきしてしまった。

「あの、苗字…あれで何と読むのですか?」

教習終わりにすこしだけ話がしたくて、読み方調べたから知ってるけど確かめたくて、名前を聞いた。すると彼はさあ?と笑いながら首を傾げた。その意地悪さがたまらなかった。
また次あたったら名前を呼んでやろうかとおもっている。

これは恋ではない、単なるオヤジ萌えである。

教官

教官

単独遠征での楽しみ

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-30

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