本当に効くサプリ

 某大学の基礎医学研究室。デスクに座った白衣を着た高齢の人物が、入って来た若い男に尋ねた。
「ああ、篠田くんか。卒論のテーマは決まったかね」
「一応決めたのですが、このテーマでいいのか、ちょっと悩んでいます」
「ほう。どんなテーマかね」
「浅野教授は、マゼランというサプリをご存知ですか」
「いや、初耳だ。そのサプリがどうかしたかね」
 篠田はちょっとためらい、少し声を落とした。
「このサプリは『本当に効く』と、ネットで話題になっているんです」
「それならいいじゃないか。改めてきみが調べる必要もないだろう。それとも、まだ知られていない副作用の心配でもあるのかね」
 篠田は首をかしげた。
「それはまだわかりません。それより、問題なのは『本当に効く』ということです」
 浅野教授は苦笑した。
「まるで、効き目があってはいけないようだね」
 すると、篠田は『成分分析』と書かれた紙を教授に渡した。
「見てください。こんなものが効くなら、清涼飲料水だって効きますよ」
「ほう。ビタミン、ミネラル、ブドウ糖果糖か。なるほど」
「多少はプラシーボ(思い込み)効果もあるのでしょうが、そんなもの長続きはしません」
「それで、『本当に効く』とは、どの程度なのかね」
「ぼくがネットで調べた限りでは、それこそ風邪からガンまで、あらゆる病気が治っているようです」
「まさか。そんなことはありえんだろう」
「ぼくもそう思いました。それが事実なら、もっとマスコミが騒ぐはずだ、と」
「単なるデマじゃないのかね」
「いえ、そうとは思えないんです」
「だが、メーカー側が意図的に噂を流しているのかもしれんよ」
 篠田はまた首をかしげた。
「それが変なんです。これだけ効き目があるのなら、もっと大々的に宣伝しても良さそうなものですが、ごく普通の『マゼラン飲んで元気になろう』というCMしか流れていないんです」
「それはきみ、薬事法に引っかからないよう、気を付けているんだろう」
「そうかもしれませんが、もっとプッシュしてもいいような気がします。いずれにせよ、もう少し詳しく調べてみたいんです。卒論のテーマにはならないかもしれませんが、いいでしょうか」
「まあ、気が済むまでやってみたまえ」

 一ヶ月後。明らかにやつれた篠田に浅野教授が尋ねた。
「どうかね、何かわかったかね」
 篠田は周囲をキョロキョロと見回し、声をひそめた。
「大変なことがわかりました」
「ほう、何かね」
「これを見てください」
 篠田は柔らかいカプセル状の粒を教授に渡した。
「ふむ」
「それがマゼランの実物です。ソフトカプセルの中にサプリメントの溶液が入っているという、よくある形です」
「そうだね」
「ぼくは最初、中身の分析ばかりしていました。しかし、どんなに微量な成分を調べても、何も出てきませんでした。その時、ふと思いついて、ソフトカプセルの方を調べてみたんです」
「ふーん。何か見つかったかね」
「驚きました。多分ある種のウイルスだと思うのですが、上手に結晶化して混ぜてありました」
「病原性のあるものかね」
「いいえ、逆です」
「逆、とは?」
「マウスを使って実験してみました。このウイルスに感染した細胞は非常に元気になるんです。それだけではなく、特に免疫系の細胞を活性化し、自然治癒力を何倍にも、いえ、何十倍にも高めるんです」
「それは、いいことじゃないかね」
「でも、おかしいとは思いませんか。なぜ、コソコソとカプセルに混ぜ込んだりするんです。そんなに効き目があるなら、正式に医薬品として販売したらいいじゃないですか。それに、こんなノーベル賞級の発見が、なぜマスコミに発表されないんですか。まあ、マスコミはともかくとしても、どこの研究室だって、調べればすぐわかることじゃないで…」
 しゃべり続けていた篠田は、浅野教授の白衣のポケットに透けて見える、最近見慣れたパッケージに気が付いた。
「ああ、これかね。妻にすすめられて、先週から飲んでいるよ。篠田くんも飲んでみたまえ。きっと、元気になるよ」
 そう言うと、浅野教授はニヤリと笑った。
(おわり)

本当に効くサプリ

本当に効くサプリ

某大学の基礎医学研究室。デスクに座った白衣を着た高齢の人物が、入って来た若い男に尋ねた。「ああ、篠田くんか。卒論のテーマは決まったかね」「一応決めたのですが、このテーマでいいのか、ちょっと悩んでいます」「ほう。どんなテーマかね」「浅野教授はマゼランというサプリを…

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ホラー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-27

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