雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。 【番外編2】

雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。 【番外編2】

~ 動物園に行こう ~ ■ 前 編

 
 
『ほら、動物園行くぞっ』 そう言って伸ばしたアサヒの手を、ナツは嬉しそうに
日焼けした小さな手でしっかり掴んだ、日曜2時の紫陽花まえ。
 
 
 
はじめて、休日に待合せしてデートをする。
ナツのリクエスト通り、今日、ふたりは動物園に行くのだ。
 
 
しっかり繋いだ手をぐんぐん引っ張り、ナツは相変わらず落ち着きのない様子で
その目的地へやたらと急いている。

『動物園は逃げないってのー・・・。』 半ば笑いながら、アサヒが引っ張られる手を
やんわり引き返すも、ナツは口を尖らしてまるで足踏みでもするようにジタバタする。
 
 
 
 『もぐもぐタイム、終わっちゃうかもしんないじゃないですかー・・・。』
 
 
 
なにやら動物の ”エサ遣りタイム ”をどうしても見たいらしいナツ。

『終わっちゃってたら、超ショックーぅ・・・。』 ブツブツと呟くその子供のような
まんまるな頬をアサヒはやさしく見守っていた。
 
 
 
 『もし終わってたら、また来ればいいだろ~?』
 
 
 
『またって? いつ?来週??』 間髪入れずに返って来た必死の言葉に、
ぷっと吹き出したアサヒ。
 
 
 
 
  (小学生かよ・・・。)
 
 
 
 
ナツが、愛おしくて愛おしくてたまらない。

だらしなく緩む頬を隠すようにそっと俯き、しかし堪えられない気持ちに思わず繋ぐ手に
ぎゅっと力を込めると、先を行くナツが振り返った。
そして嬉しそうに頬を染めて指を差した先に、やっとお目当ての動物園のゲートが見えた。
 
 
平仮名丸文字の ”どうぶつえん ”と記されたカラフルなゲートにマスコットキャラクターが
可愛く描かれている。
小さな子供がお日様みたいな笑顔で、嬉しそうに駆け出すのが視界に入った。

ふとナツを盗み見ると、全くおんなじ顔をして今にもゲートに突進しそうな気配。
 
 
『入園券買ってからだぞ~?』 クっと軽く手を引くと、

『・・・分かってるってば~。』 ジロリ。アサヒを睨んで照れくさそうに口許を緩めた。
 
 
 
 
 
 『年間パスにすっか?』 

ゲートのカウンターに立ち、アサヒが目の前の入場料パネルを見て呟く。
年間パスポートの方が、2回来園すればもう元は取れてどう考えてもお得だった。
 
 
隣りに立ち、待ちきれずに動物園のリーフレットを真剣に熟読していたナツが
『えっ?!ほんとっ??』 目をキラキラさせて、アサヒから渡された年間パスを
大切そうにその手に包んだ。 1年間いつでも来られるという事が嬉しくて仕方ないらしい。

『失くしたら大変だ・・・。』 後ろにまわしていた肩掛けカバンを前に持ってくると
財布やパスケースを次々引っ張り出し、どこにそれをしまっておこうか真剣に悩んでいる。
 
 
その様子に、本当に失くし兼ねないと心配になったアサヒ。

『ん。』 と、大きな手を差し出す。
『ん?』 ナツが不思議そうにアサヒを見上げる。
すると、その年間パスをナツの手から奪い笑った。
 
 
 
 『俺がふたり分、預かっとく。 お前、ほんっとに失くしそうだからな~。』
 
 
 
ズビシッ。 ナツの頭に、軽く垂直チョップをお見舞いしながら。
 
 
 
 
  (ココ来る時は、必ず ”一緒 ”ってことだ・・・。)
 
 
 
 
照れくさそうに口を尖らせたナツ。 『・・・サ~せぇん。』

そして、ニヤっと笑うと『お父さんみたいだ~。』 と、嬉しそうに頬を染めた。
 
 
 
 
 
園内マップのパネル前で、腕を組み何やらナツが真剣な表情を向けている。

『ん~?』 後ろに立ちナツの肩から顔を出しアサヒが覗き込むと、目をすがめマップ横の
案内板を指差した。
 
 
 
 『今日のもぐもぐタイムは12時だったー・・・

  でも、ほら!これ・・・ ペンギンのおさんぽタイムは3時から! 間に合うっ!』
 
 
 
そう言うと、マップで ”おさんぽルート”を確認し慌ててアサヒの手を取った。
『急っげ!急っげ!』 まるで号令のようにそう繰り返し、駆け出すナツ。
なにやらきちんと場所取りをして、ベストなポジションでペンギンのお散歩を
見なければならないらしい。

引っ張られて走るアサヒは、笑いが止まらず足がもつれて転びそうだった。
 
 
 
無事、おさんぽタイムをいいポジションで見ることが出来、写メもたくさん撮って
ナツはご機嫌だった。 

まだペンギンしか見ていないというのに、すっかり笑い疲れてしまったアサヒ。
ナツに頼み込んで、少し休憩することにする。
 
 
園内の所々に点在するフードカートは、軽食からスイーツまで様々だった。

散々走り回ったふたり。 冷たいものが食べたいとアサヒの頭をよぎった瞬間、
目の前のソフトクリームのカート前で立ち止まったナツ。
振り返ってアサヒを伺うように送る視線に、『うんうん。』 と、アサヒが顔を綻ばせて頷き返した。
 
 
ふたり並んで頭上のメニューを眺めると、思ったより結構種類が多い。

”バニラ ” ”チョコ ” ”ミックス ”の3種類くらいをイメージしていたのだが
”いちご ”やら、”抹茶 ”やら、”コーヒー ”やら、全部で20種類くらいあるそれ。
 
 
 
 『えええ・・・ 何にしよう・・・。』 
 
 
 
困惑顔で迷いまくっている様子のナツ。

それでなくても優柔不断で全く決められないのに、こんなに種類があったら悩んでる間に
動物園が閉園時間になってしまう。
 
 
『どれで迷ってんだよ~?』 アサヒが少し背を屈め、顔を覗き込んだ。
2種のミックスを別々に買えば、4種類は味わえることになる。
最低でも候補を4つに絞れれば良いのだ。
 
 
すると、『全部。』 真顔でナツが即答した。

その即答にアサヒは一瞬かたまり、そして体をよじらせ大笑いした。
再び、やさしく垂直チョップする。
 
 
 
 『どうせ来週も来るんだろ~?

  今日は取り敢えず、左端のにしとけ~

  毎週来れば、すぐ全種類なんか制覇できんだろ・・・』
 
 
 
アサヒのチョップする手を頭上でぎゅっと握って、照れくさそうにコクリ。ナツが頷く。
 
 
 
 
  (いま、毎週、ってゆった・・・。)
 
 
 
 
メニュー左端のバニラとその隣のチョコを注文すると、アサヒが『どっち~?』
ふたつを差し出して訊く。

またもや眉根を寄せて悩む顔に、『お前なぁ~・・・』 笑いが止まらないアサヒ。
『やべ、落とす落とす・・・。』 笑って震える手を慌てて鎮めた。
 
 
 
日曜の午後の動物園は、小さな子供を連れた家族の姿がやはり多い。
父親と母親の間に幼い子供が立ち、両手を繋いでゆらゆらとその手を揺らしている。
 
 
ふと、ナツを盗み見た。
 
 
 
 
  (コイツも、いつかはお母さんになるのかなぁ・・・。)
 
 
 
 
ナツが小さな子供の手を引く姿を想像して、ぷっと笑ってしまった。
どっちが母親でどっちが子供か分からないような構図が、いの一番に浮かぶ。

なんだか、それはあたたかい風景だった。
あたたかくて、やさしくて、胸にじんわりと込み上げる。
 
 
 
  その隣に、そっと自分が佇む景色を想像してみた。
 
 
 
急に、胸がくすぐられたようにこそばゆくなって、慌ててかぶりを振ったアサヒ。
赤くなってゆく頬をナツに気付かれないよう、必死に手の平で風を送った。
 
 
 
ナツがチョコ、アサヒがバニラのソフトクリームを持ち、ベンチに腰掛ける。

ベンチのすぐ後方にある桜の木が、大きく枝を広げ木漏れ日を作り出す。
セミの鳴き声は定番の夏空のBGMのように規則的に流れ、なんだか小気味よい。
 
 
半分ほど食べた頃合いで、アサヒが『ん。』 と、自分のそれを差し出した。
すると、ナツが右手にチョコ、左手にバニラを掴んで交互に舐めた。
 
 
 
 『おいっ!』
 
 
 
ナツはまるでアサヒなど目に入っていない風に、涼しい顔を向け両方食べている。
 
 
『俺にもチョコくれよー!』 しかしナツは両手に持ったそれを死守してアサヒに
渡そうとしない。
アサヒがムキになってチョコを奪おうと襲い掛かる。

赤い顔で笑いを堪えながら、腕を遠く伸ばしてアサヒからそれを遠ざけるナツ。
アサヒが脇腹をくすぐると、『えっちー!!』 と叫びながら、ソフトクリームを
落とさないよう体をよじりながら、大笑いした。
 
 
 
 『まったく・・・ お前といると、笑ってばっかで腹いてぇわ・・・。』
 
 
 
やわらかく微笑むアサヒを、ナツが満足気な笑みで見つめ返した。
 
 

~ 動物園に行こう ~ ■ 中 編

 
 
のんびり一通り園内を見てまわると、動物園の一番奥にまるでラスボスのように
そびえる観覧車に向けてアサヒの手を引いたナツ。

『あたし、観覧車大好きー!』 と、にこやかに口角を上げるナツとは対照的に
アサヒはそれに近付くにつれ、どんどん口数が減っていった。
 
 
 
 
  (の・・・乗んの・・・? アレ・・・。)
 
 
 
 
実は高所恐怖症なアサヒ。

遊園地の回転系は得意だが、高所系だけはなにをどうしても苦手だった。
しかし、そんな恰好悪いところはナツに見せたくない。
ましてや今日は初デート。 怯えて震える姿など、絶対に見られたくない。

なんとか涼しい表情をつくり、なるべく景色は見ないように注意して観覧車のゴンドラに
恐る恐る乗り込んだ。
 
 
ゆっくりゆっくり空へ吸い込まれてゆくゴンドラ。
 
 
なるべく景色を見ないよう、ナツの顔だけに集中しようと必死なアサヒを余所に
ナツはやたらと、ちょこまか動き回る。
 
 
 
 
  (ムダに動くなってぇぇえええええ!!!)
 
 
 
 
この時ばかりはナツの落ち着きのなさを、本気で叱り飛ばしたいくらいだった。
身を乗り出して外の景色を眺めているナツ。 動きまわる度に小さくゴンドラが揺れる。
 
 
アサヒはガッチガチに固まり、両腕を各々伸ばしてサイドバーを掴もうとするも
片手しか届かない。そろりそろりとお尻をズラして右側に寄ると、右サイドバーを
手汗でぐっしょりの右手で握りしめた。

『象が小さい』 やら『あのビルより高い』 やら、呑気にまくし立てるナツの言葉に
適当に相槌を打っていた。 殆どナツの言葉は聞いてなどいなかった。
 
 
ほんの一瞬、横目で景色を見たアサヒ。
ガラス張りのそれは、情け容赦なく地上から高く遠く離れている事を知らしめる。
 
 
 
 
  (・・・や、ばい!!!!!)
 
 
 
 
思わず肩に力を入れ、ぎゅっと目をつぶった。
途端に足がガクガク震えだした。
膝の上で拳にした手も汗で濡れて、小刻みに震えている。
 
 
すると、ナツがその拳にそっと触れた。
 
 
 
 『もしかして・・・ 高いトコ、苦手・・・?』
 
 
 
心配そうに顔を覗き込む。
 
 
『あー・・・いや、ぁ・・・、うん。 実は・・・ あんまり・・・。』 
もごもごと歯切れ悪く口ごもるアサヒに、『ごめんね!』 とナツが申し訳なさそうに呟いた。
 
 
そして、ゆっくりゆっくりゴンドラが揺れないようにアサヒの隣に座ると、
もう一度やさしく手をにぎり、それをぽんぽんと叩いた。
 
 
 
 『だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・。』
 
 
 
おまじないのように小さく唱える。
 
 
 
 『怖えぇよぉおおお・・・。』 
 
 
 
高所が苦手なのがもうナツにバレてしまったので、誤魔化す必要もなくなったアサヒは
まるで泣き出しそうな子供のように、小さく震えるその体を隠そうともしない。
 
 
 
 
  (先輩のこんな顔、はじめて見た・・・。)
 
 
 
 
思わず、ナツがそっと抱きしめた。
小さなナツに抱きしめられた、大きなアサヒ。
 
 
 
 『だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・。』
 
 
 
筋肉質のキレイな背中をナツの小さな手がトントンと叩いて、まるで子供をあやす母親の様で。
 
 
すると、ふっと我に返ったナツ。
自分の頬と、アサヒのどんどん熱を帯びてゆく耳が触れ合っている、その距離。
 
 
『ぅ。』 ひとこと発すると、無意識に自分のとった結構なレベルの大胆行動に
途端に真っ赤になり慌ててアサヒから離れようとした。

しかしその気配を察し、ナツの体にしっかり腕をまわして離さないアサヒ。
 
 
 
 『怖いからもう少し、こうしててよ・・・。』
 
 
 
アサヒの小さな呟きに、一瞬戸惑い、しかしコクリ。ナツが赤い顔で頷いた。
そして、ぎゅぅぅうう・・・っと、その腕に力を込めるアサヒに抱き締められていた。
 
 
 
  ナツのシャンプーのかおりは、アサヒの鼻をくすぐり、

  アサヒの整髪料のにおいは、ナツの頬を赤くした。
 
 
 
相手の胸を打つやたらと速いリズムが、直接自分の胸に響いている。
それは、自分のリズムも相手に響いているという事で。

それくらいに、ぴったりくっ付いた胸と胸。
恥ずかしくて恥ずかしくて、呼吸が満足に出来ない。
高所は苦手じゃないはずのナツも、どんどん震えだしてゆく。
 
 
 
 『ねぇ、先輩・・・?

  あの場所で・・・ ”ごめん ”って言ったの、

  ・・・あれ、どうゆう意味なんですか・・・?』
 
 
 
あまりの恥ずかしさを紛らわそうと、ナツが気に掛かっていた事をぽつり口にしてみた。

『あぁ・・・。』 アサヒが思い出し笑いをしながら、尚もナツを抱きしめる。
耳のすぐ横で聴こえるアサヒの低い声色が、ナツの小さな耳にくすぐったい。
 
 
 
 『お前が入学する前にさ・・・ 

  あそこで、俺・・・ ひとめ惚れした子がいてさ・・・
 
 
  雨の日に傘さして紫陽花みてて・・・

  カタツムリつついて、笑ってたんだー・・・

  俺、そん時。 心臓全部もってかれたかと思うくらい、掴まれて・・・

  なんか・・・ 忘れらんなくなってさー・・・
 
 
  で。 お前たちが入学して、 

  俺・・・ 

  勘違い、しちゃったんだよなぁー・・・
 
 
  お前、あの時、もっと髪長かったよな・・・?

  今みたいに、ショートじゃなかったろ~・・・?』
 
 
 
ナツが慌てて体を離して、アサヒを見つめる。
その顔は、驚きで目を見張っている。
 
 
 
 『・・・え? ・・・ひとめ惚れ、って・・・?』
 
 
 
コクリ。頷くアサヒ。 照れくさそうに目を伏せ、『お前、だった・・・。』
 
 
パチパチとせわしなく瞬きをするナツ。
頬が、耳が、焼けるように熱い。
じんわりと目頭も熱くなってゆく感覚を憶える。

すると、照れくさそうに頬を緩め、『胸に名札でも付けとけば良かった~。』 と笑った。
 
 
 
 
 
そっと見つめ合った、ふたり。
その目には互い以外、なにもそこには映っていない。
 
 
ナツの火照ったまるい頬にそっと手を当てた。
そして、ゆっくり顔を近付けてゆく。

”その気配 ”に慌ててナツがぎゅっと目をつぶった。
緊張してガッチリつぶった瞳、鼻にまでシワを寄せている。
 
 
 
 
  (力、いれすぎだろ・・・。)
 
 
 
 
思わず目を細め、鼻と鼻がくっ付きそうな距離でその顔を見つめていた。
愛おしくて愛おしくて、仕方がない。
 
 
 
 
  (やべぇ・・・ 心臓いてぇ・・・。)
 
 
 
 
いつまで経っても ”それ ”が無いことに、ナツがそろり片目を薄く開けると、
アサヒが笑いながら見ている事に気が付いた。
 
 
 
 『ちょっ!!! ひどいー!! バカぁぁああああ!!!』
 
 
 
真っ赤になって拳を振り上げるナツ。
アサヒのボディーを狙って、闇雲にグーパンチを繰り出す。
 
 
『やめれ! 揺れる、揺れる!!』 笑いがおさまさないアサヒ。

『もぉおおお!! 見んなぁぁああああ!!』 尚もナツはジタバタと暴れた。
笑いながらそのナツの両手首をそっと掴んだアサヒ。

そして、少しだけ身を乗り出してナツのおでこに小さくキスをした。
 
 
 
 『・・・やばい。』
 
 
 
『ん? やっぱ怖い・・・?』 おでこのキスに照れまくりながら、アサヒを上目づかいに覗く。
 
 
『ん・・・ ある意味、怖い。』 そう呟くアサヒに、
『ある意味・・・?』 ナツが小首を傾げた。
 
 
すると、アサヒがもう一度、ナツをぎゅうううっと抱きしめた。
 
 
 
ゆっくり体を離すと、アサヒはナツを見つめて再び頬に手を当てた。
そっと顔を寄せ、キスをしようとした。その時・・・
 
 
 
園内の賑やかな雑踏が、段々近付いてきた。
  
 

~ 動物園に行こう ~ ■ 後 編

 
 
『ぁれ・・・ もう、地上・・・?』 拍子抜けした感じでキョロキョロと見回すアサヒ。

小さかった地上に立つ係員の姿が、段々大きく、等身大に近付いてくる。
 
 
 
『降りなきゃ・・・。』 ナツが降りる準備を整えている。
 
 
 
 
  (え・・・ まだ・・・ キ、キス・・・。)
 
 
 
 
戸惑っているうちに、アッサリ地上に着いてしまった。

ほんの少しゴンドラを押さえ気味にして速度を緩める係員が、外からの鍵を開け
扉を開けた途端、アサヒが早口で言った。 『もも・・・もう1周します!』
 
 
 
『え? 怖いんじゃないんですか?』 ナツが心配そうな目を向ける。
 
 
 
 
 (だって・・・ まだ、・・・して、ないじゃんか・・・。)
 
 
 
 
 『一旦、ベンチで休んでも良かったのに・・・。』
 
 
 
 
 (だからー・・・ まだ、キス、がー・・・。)
 
 
 
 
 『無理しなくても・・・。』
 
 
 
 
 (無理じゃないっての、まったく・・・。)
 
 
 
 
 『先輩、ちょっと震えてるじゃないですか・・・。』
 
 
 
 
 (高いってだけで震えてる訳じゃないんだって・・・。)
 
 
 
 
 『ねぇ・・・ 先輩?』

 『もう・・・少しは黙ってろ! 口ふさぐぞっ!!』
 
 
 
その言葉に驚いてかたまるナツ。
パチパチと高速で瞬きを繰り返している。
 
 
そして、少しだけ不満気に口を尖らせ小さく漏らした。
 
 
 
 『・・・ぜんぜん、ふさがないくせに・・・。』
 
 
 
そう言って、真っ赤になってナツが俯いた。
言われて、アサヒも真っ赤になりながら、ぽつり。
 
 
 
 『だーからー・・・ もう1周、したんだろー・・・。』
 
 
 
互い、照れまくって無言になった。
再び、ゆっくりゆっくり空へ吸い込まれてゆくゴンドラ。
 
 
つないでいた手をそっと離すと、アサヒが少し震えるその日焼けした手をナツの頬に当てた。

再びぎゅっと目をつぶるナツ。
やはり鼻にシワが寄っている。
小さく微笑んで、鼻の頭に短くキスをした。
 
 
そして、静かに顔を傾けて寄せ、ふたりの唇と唇がゆっくり触れた。

熱い息が遠慮がちにかかる。
それは、やわらかくて、あたたかくて、涙が込み上げる程やさしい感触だった。
 
 
 
気が付くともう、空はやわらかい橙色に包まれていた。
ゴンドラがゆっくりと天辺までいざなわれると、遠く、夕陽が目の高さに見えている。
 
 
そっと体を離すと、微笑み合うふたり。

ふたりの顔も夕陽の色に染め上げられ、眩しさにそっと目を細める。
指を絡めてつなぐと、互いの右手首のお揃いのミサンガが小さく揺れた。
 
 
 
 『あたしも・・・。』
 
 
 
『ん?』 ナツの言葉に目を向ける。
 
 
 
 『あたしも・・・ ひとめ惚れ、だったと思うんです・・・。』

 『・・・え?』
 
 
 
 『入学式の、朝・・・ ダッシュ、した。 あの時・・・。』
 
 
 
 (ケッコー速いじゃーん。 ・・・陸上やってたの?)
 
 
愉しそうに笑う陽だまりみたいにやさしくて温かい表情を向けた、
あの日のアサヒを思い出す。
 
 
『あぁ・・・。』 アサヒが嬉しそうに目を細め、頬を緩める。
『なんか・・・ 照れんな?』 小さく、微笑んで。
 
 
そしてもう一度、顔を寄せキスをしようとした時、また地上の雑踏が耳に入った。
顔を見合わせ大笑いする、ふたり。
 
 
 
 『どーする?』

 『・・・もう、1周・・・?』 ナツが照れくさそうに肩をすくめた。
 
 
 
 『えー・・・ チュウ、せがまれてるー!!

  このヒト、チュゥしようとしてまーーーーーーーっす!!』 
 
 
 
アサヒが大袈裟に茶化し、係員に聞こえそうなボリュームで叫ぶ。

『ちがっ!そんなことゆってないでしょ!!』 真っ赤になってナツがまた拳を振り上げた。
 
 
 
 
 (もー・・・ 心臓やばいって・・・。)
 
 
 
 『・・・どーしてくれる。』
 
 
 
アサヒの呟きに、ナツが『やっぱり降りる?』 覗き込んだ。
 
 
 
 『ん・・・ 怖い。 やばいくらい怖い・・・。』
 
 
 
ナツを強く抱きしめ、小さく耳打ちをした。
そして、もう一度やさしくキスをして微笑み合った。
 
 
 
アサヒの言葉に、花が咲いたように笑うナツの瞳から大きな雫がひとつ零れた。
 
 
 
 
  ”ナツが ・・・好きすぎて、やばいよぉ・・・。”
 
 
 
 
 
夕暮れの観覧車で3周した、ふたり。
抱きしめ合うふたりの幸せそうなくぐもった笑い声が、狭いゴンドラに響いていた。
 
 
 
                         【おわり】
 
 

雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。 【番外編2】

雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。 【番外編2】

『雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。』の番外編2です。 アサヒとナツの、はじめての動物園デート。 相変わらず笑ってばかりのふたりが、目を伏せた瞬間・・・。 本編【雨くゆる、日曜2時に紫陽花まえで。】 【番外編1】 【スピンオフ】も、どうぞご一読あれ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-26

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. ~ 動物園に行こう ~ ■ 前 編
  2. ~ 動物園に行こう ~ ■ 中 編
  3. ~ 動物園に行こう ~ ■ 後 編