持仏たち(三題噺)

都外某所で行われた三題噺です。所要時間40分。

三題:蛍雪の功/付け髭/くせっ毛

 こいつは、『お客さん、すごいくせっ毛ですね』と言う。僕は予想する。そしてそのとおりになる。彼はこんな時にも復号が必要な形式にして、いちいち僕に解除キーを要求させる。サービス料としていくばくかのカネがインターネットバンキングを介した処理によって、僕の場所から彼の務める店の場所へと送られる。ただし、それはいかなる意味でも『手元から手元に』送られているわけではない。彼の顔はサンプルタイプのBKブロックから選ばれていて、ランダマイズが強くかけられている。不快感のない程度のオリジナリティが付与されている。両親はおそらくアーティストか学者だ。
「そうですよね。うちの母親がオーガニック主義で」
 そしてこいつは残念そうな顔をして、「こいつからはカネを搾り取れない」という表情を浮かべた後に、「それは……」というだろう。そして、実際にそうなのだ。ミレニアムから百年も立たぬうちに僕達の倫理観は完全に崩壊しているし、それは決して単純な悪のスキームでは捉えられぬものだろうと僕たちは思っている。そこまでに崩壊している。自己批判性が健全な文明の必要条件ならば、ある時代において最も進んだ文明は全て健全な文明ではありえない。僕はレーザーカットの散髪前サンプリング用の光が耳の後ろを駆け抜け、3Dのカッティング技術が僕の髪の毛を見る間に整えようとしているのを感じる。店員は僕の注文を聞きながらパラメータを設定し、モデルを再構築し、レンダリングをして、さらに再探査する。暇になって店員の個人フィーチャーをもらって確認すると、いくつかのデモ情報がサジェストされた。自然主義者をぶちのめす話だ。
「じゃあ縮毛矯正もひとつやったほうがいいんじゃないですか。維持費用はある程度かかりますけど、別に高いってほどじゃないですよ」
「その言い方はやめてもらえないかな。何か高いものがあるように聞こえる」
 店員はぎこちなく笑った顔をエモーション・サーフェイスに浮上させ、返答の代わりにした。僕はやはりそれを解除するためにささやかだがゼロではないカネを払った。そして彼は僕の様子を肯定だと受け取ったようだった。僕の頭を包み込む光が瞬いて、消えた。その一拍後にまた別の種類の光がチラリと見えて、密閉が再び最適化された。
「……多分時間がかかることを見越して聞くけれど、君達は何かを作ることをしているのか、それともなくすことをしているのか?」
 店員は深く悩んだ。縮毛矯正において彼がやることは終わったあとにいかなることをするかを考えることで、別にどうやって縮毛を矯正するかを考えることではない。間違ってもくせっ毛が生まれてくる端緒となった自然物主義者たちについて悪意を持つことでもないし、今週末、生体認証技術をかいくぐれるバイザーを付けて自然物主義者の家を焼くデモに参加しようと決心することでもない。しかしながら一部の人間はそう考えてしまうし、結果として僕の家は完全に消滅したし、たんすや本棚などの家具よりも生き残る確率が高くなるような要素を僕の両親は持っていない、正確に言えばいなかった。
「私見ですが――」
「私見以外の意見をもつならば、できればそれを先に言ってくれないか。おそらく次に来る君の意見をもっと面白く出来るに違いない」
 彼はむっとした感情をE/Sに貼り付けて、僕の返答とした。そして語りだした。暗号化に時間がかかりすぎるらしく、今回は平文が送られてきた。
「遠い昔にいた、木彫職人のようなものだと思っています。私達の役目は木から神聖物を掘り抜くように、私達もあなた達の髪の毛からそれにあった髪型を切り出しているのだと思います。そして、その切り出しがうまくいかないならば、私はあなたの頭に毛を埋めますし、例えば付け髭だってつけましょう。もしあなたがパーティに出るというのなら」
 沈黙が降りた。正確にはそれは彼にとっては沈黙ではない。ミュートソフトを起動させている僕にとっては、店内の無害で耳障りではないただ情動を鎮めるためだけの音楽は耳に入らない。神聖物、と僕は頭のなかで繰り返して、ひどくうんざりした気分になった。彼らは僕の個人情報を知らないし(僕が公開設定にしていない)、当然自然主義者である父親のことなんて知るわけもない。だから僕の父親がその『神聖物』(仏像という言葉が完全に死んだ瞬間だ)を刻する仕事をしていたことを彼は知らないし、僕がそれらを大切に保存し、適切なタイミングで適切な人間に売っていることを知らない。しかし……。
「ありがとう。そういえばパーティに行くんだ。付け髭を頼むよ」
 彼のE/Sが一瞬乱れ、また平静に戻った。職業訓練がよくなされているが、まだ老獪というレベルには程遠いし、職業人としてのレベルから特別突出できているわけでもない。
 縮毛矯正が終わる。僕の髪の毛はいわゆる一般的な髪質へとリコンフォームドされたが、僕の中のデオキシリボ核酸はそれを意に介さない。三十兆個の『自然物主義細胞』たちだ。
「では付け髭を……」
 彼は半ばあきらめたように3Dモデリングを動かして、ほとんど投げやりに付け髭を選び、そして僕につけるよう機械に命じた。そこが違うのだ、と僕は呟いた。君達は僕と同じ場所にいるんだ。決して僕の父親と同じ場所ではない。
 また光が僕の頭を包み、三十秒も経たずに髪を整えた。そしてそのシェルが降下して、僕の顔を包み込む。最後に笑ってやるとしよう、と僕は思う。彼はここまで我慢してきたのだし、彼はここまで僕を騙せた(と思い込んでいるのだし)、彼はここでやっと自分が認められる機会を得たのだ。
「自然物主義者は後どのくらい居るんだ?」
「もう千を切っている。あんたたちの時代じゃないんだよ」
「知っているよ。しかし、君達がこの光り輝く球体の中で髪を切っている間、僕たちは太陽の光でも、月の光でも、電球の光でも、そしてもし蛍の光でも、その光があるときに、自分の手で切っていきたいと思っていたんだよ」
 この店を遠くから眺めた時のことを思い出した。それはモンスターになったホタルが群生し、そのたもとで人々が脳を強化しているようにも思われた。新たな時代の蛍雪の功。
 ようやく店員が意を決し、安全出力を少なくとも二百倍は超過したレーザー光が僕の網膜を焼き、視神経の束を焼き切り、LGNを焼き切り、そして大脳の白質を焼いていった。

持仏たち(三題噺)

持仏たち(三題噺)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-20

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