煮込み訴え(三題噺)

都外某所にて行われた三題噺の作品です。所要時間40分。原文からは誤字訂正のみ。

三題:筋肉/総額千万円/ごぼうさん

 あの、こんにちは、もう我慢できねぇ、お訴えします。にんじんの野郎、ぶっ殺す。殺す。サボりやがって。らくしやがって。殺す。あ、ドア閉めないでもらえませんか。変な人じゃないんで。え、ええ、あ、はい、そうです、人じゃないですね。よって変な人でもないです。わかりますよね。ああもう我慢できねぇ。わたくし、あなたの隣に住んでいるものです。ええ。やめてくださいよ。ドア。ちょっとドア。ね、ね、ちょっと、変なのじゃないですよ。変な概念って何ですか。ちょっと、確かにちょっと汚い身なりですけど、そんなこと言ったらあなたのトイレ、排水口、あ、閉めないで、足、足挟まってます。ええ。おお痛。ひでぇことしやがる。打ち身になっちゃったよ。全治三週間ですよ。え、何組? ばら組とかゆり組とか言ったら怒りますよね、え、もう怒ってる。なるほど。あいすいません。
 ところで私こんなパンフレット、あ、違くて、マジで違うんですよ。全く違う。怪しい宗教なんかじゃないですよ。むしろ卑しい閑居でございます。ええ。小市民、そう、小市民、あ、人じゃないから市民じゃない、なるほど。まあいいでしょう。それでこのパンフレット見られますか、え、これはなにか? ドアですよ。だったら帰れって私が思っていることもわかるだろ? いやいや、何をおっしゃっているんですか。私はもうがまんできないんですよ。私は集めなきゃいけないんですね。ええ。私はこの二十年間足を棒にして、いや、見なくてもいいですよ、慣用表現、働いてきたんです、真面目に。ホント真面目ですよ。私に比べればそこら辺のサラリーマンなんて、ぷ、ぷ、ですよ。疑わしそうに。
 じゃあ何をすれば信じてもらえますかね、私の真面目さ。何? 体を見せてみろ? いやね、あなた、初対面、違うな、お隣さんですよ、いやしくもお隣さんですよ、それに体を見せろってあなたね、あなた、あ、やめて、ドアはやめて、破廉恥ですよ。破廉恥。腕、まあ腕ならいいですよ、ほら、こうぐっと腕を突き出して……何笑ってんですか、貧相? 貧相ってあなた、筋肉? 筋肉は確かにありゃしませんよ。でも筋肉なんて、筋肉なんてありゃ贅沢ですよ。ほんとに。必要な分だけ物があればいいんですよ。分かりますか、あなただって別に純白のメルツェデスでセイコーマートに買い物にいきゃせんでしょう、そこの、鳥の糞が一面に突っかかったみてぇに白っちゃけた……あ、ドア、ドアやめて、痛いからね、ホント、真実をいうとすぐこうだ。誰だって真実を言うと怒りやがる。全く図星だ。
 え、私が何に起こっているかって、それを聞かせろ? へぇ、いいですとも、聞かせましょう。それがすんだらとっとと帰らせていただきますよ。
 私はにんじんさんと仕事をしております。仕事は単純ですよ。毎朝、伝票を受け取って、指定されたパーツを籠に詰めるだけです。自動で? ああ、出来ますよ。きっと出来ると思いますよ。でもじゃああなたはなんで毎日判子を二百枚も撞いているんですかね、あ、ドア、だからホントドアやめてくださいよ。足なんか真っ赤になっちまわ……。まあとにかくにんじんさんと私は結構相性がいいんですね。にんじんさんが伝票をぱっと見る、私の方に声をかける、私が棚からパッと出す、一個上がり、てな具合で……。何を詰めているかは言えませんよ。時給は千円ですね、最低賃金よりもすぅこし高い。いいことですわ。なにせ銭がもらえないよりはもらえる方がずぅううっと良いですからね。それで私達は来る日も来る日も来る日もそれをやっていたわけですわ、ホント辛いんですけどね、でもまあしょうがない。
 何? それでにんじんさんが楽にしているのを見て恨んでいる? わかったから帰れ? そんなことありませんよ。ええ一切ありません。にんじんさんが楽しているなんてありえませんよ。にんじんさんはね、私は字が読めないんですよ、ええ、小学校なんて給食食べて帰りゃ終わりですよ、ええ、それでにんじんさんが字を読んで、私が入れて……てな感じです。にんじんさんは一切悪くない。私はにんじんさんに感謝しているんですよ、本当に。だから殺すなんでありえないってわけ、わかります。わからないならなんでもええですけんど。そんで、そう、にんじんさんはいいにんじんですよ、ほんとに。あの人も全然筋肉なんてねぇ。ギリッギリに痩せて、いやあ倹約。え、倹約、そりゃ知ってますよ、あんまし舐めないでくださいよ、だから泥は入れませんって。
 ところがある日ですよ、私がようやくちょっとずつ読めるようになった数字をたどっていると、変なことがわかってくるんですよ、何? 銀行の地下で? みみずと戦う? 馬鹿言ってんじゃあ無いよ。あほたれ。あ、ドア、完全に、痛いって、ああ、痛かった。冗談でも閉めちゃいけない。私が不具になっちまう。んで、私がその、明細? っていうんですか、それをたどっていたらですよ、あいつの、あいつの方にちょっとずつ余分に入っているんですよ。ほんのちょおおっとですけど、私達が何年やっていると思います? 多分あなたが思う以上、その十倍はやっているんですね、それで、総額千万円、にんじんさんが私から奪ったんですよ、折半じゃねぇ。折半じゃねぇ、折半じゃねぇんだ。裏切りだ。こいつは裏切りだ。千万円の裏切りだ。しかもあの野郎、あの野郎、折半じゃないだけじゃない、それ以上だ。千万円どころじゃない。ええ、千万円なんてどうでもいい。私はにんじんさんとうまくやってきた。別にこれからも同じでいい。時給が千円でもいい。何が千万円だ! 馬鹿にするな! 千万円ごときで私とにんじんさんがどうにかなるとでも? 私はにんじんさんと仕事がしたいんですよ、分かりますか? にんじんさんはいいにんじんです。それはあの人が勝手に千万円取っていようが変わりゃしない。ふざけるなよ、カネなんざくれてやる。銭でも何でも持って行きやがれ。でも私とにんじんさんの仕事だけは奪えないはずだ。千万円ごときじゃ。でも奪える。バカタレ。奪える。奪えるんですよ。馬鹿。死ね。にんじん、ええ、殺してやる。何だと思います? 知るわきゃねぇ。あんたみたいな夫に黙って若い男を連れ込んでいるような不貞のクソ女にわかってまるか。わかるわきゃねぇ。千万円、別の場所への旅行費ですって、ええ、何だと思います。カレー。はああ? いみわかんねぇよなあ、はあああ? カレー? 馬鹿にしていやがる。何がカレーだ。馬鹿じゃねぇの。にんじんはアホだ。アホのクズでグズで私から千万円を、千万円はどうでもいいんだよ! カレーだ。カレーって知ってますか、そこではムンムン暑い中で、くそ、これ以上は言えねぇ、にくい、クソ、にくい。アホ、死ね、殺してやる。ええ、カレーになんざ行って私を裏切ったにんじんを殺してやる。ね、だから奥さん、にんじんのやつを殺してやってくださいよ、あいつはあんたの行くスーパー岡で安売りされているんだから。後ちょっとでセールですよ、できれば私も一緒に炊いてきんぴらに。
 ええ、言い忘れておりました。私はごぼうさん。茨城県産のごぼう。

煮込み訴え(三題噺)

煮込み訴え(三題噺)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-20

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