彼女

机に肘を付き、教師の退屈な説明に耳を傾けるのをやめる頃、視線は二列前の席の彼女の方を向く。
瞬間、彼女と目が合った。
美しく、長い髪を翻し振り向くと、間もなく元に戻す彼女。それは本当に一瞬だったが、とても長い時間に感じられた。
私は、気がつけば、いつも彼女を見ていた。
彼女の髪を撫でる仕草、黒板を見つめる目、真剣にノートにペンを走らせる姿、どれをとっても私には一つの芸術作品のような高尚なものに思えた。
思えば、私は彼女と話したことがない。というのも、同じ空間で多くの時間を過ごしているのにも関わらず、彼女に対し、まるで美術館のロープに囲まれた彫像を眺めるかのような距離を感じていたからだ。
魅力をいくら感じても、そこに手が届くことはない。どんなに彼女を見つめても、決してこちらに歩いてくることはない。しかし、そこに存在しているだけで満たされる。私にとって、彼女はそういう存在だった。
ふと、黒板に目を向けると、そこには国語の教科書から引き抜かれた恋に纏わる話が、端から端にまで並べられていた。彼女を見ている間に、随分と授業が進んでしまっていたようだ。
ノートを取るべく、私は授業のはじめに書かれたであろう一行の文を暗唱する。
「ここでいう恋とは、憧れである。」
*
「ここでいう恋とは、憧れである」
黒板に書かれた文字はそれだった。
この文を見て、私は彼女の事を思い出した。
私と彼女はよく目が合う。いや、もしかするとよく目が合うというわけではなく、単に私が彼女のことを意識しているだけなのかもしれない。
彼女の真っ直ぐな目は、惹きこまれるような、とても綺麗な眼差しで、私はその目が好きだった。
私は彼女に対して憧れの念を抱いている。目だけではない。彼女の笑顔も、声も、私の身体の隅にまで響くような心地良さがあった。
これは、もしかして恋ではないだろうか。何度もそれを考えてきたが、その度に頭の中で言い訳を作り、否定してきた。女同士など異常だと、常識に反していると。
しかし、黒板に書かれた文字を見て、その疑念は頭から飛び出しそうなほど大きくなっていく。
堪らなくなった私は、振り返り、彼女の方を見た。
偶然か、そのとき彼女と目が合った。すぐに視線を元に戻したはずだったが、その一瞬だけ、時が止まったような錯覚さえ覚えるほど長い時間だったような気がした。なぜなら、彼女はいつもと変わらぬ真っ直ぐな目でこちらを見ていたからだ。
私は確信した。やはり、これは恋なのだと。
もう、常識も異常も関係ない。この想いを伝えよう。
私は、シャーペンで鼻を軽く叩きながら、小さな決意を固めた。
*

彼女

彼女

百合

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-08-15

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