クソゲーみたいなこの世界で 2


「ちょ、ちょっと、逃げないでくださいよ!」

「うるさい! 近づくな!」

 少年は海の家から飛び出した。砂浜に打ち上げられていた小さなボートの陰に隠れ、そこから少女を睨みつけていた。

「そんなに怯えないでくださいよ、ちょっとゾンビになってるだけですから」

「ちょっとなんだって!? もう一度言ってみろ、くそったれ!!」

 日の光にさらされることで、少女の姿が改めてはっきりと確認できた。
 背は一六〇センチほど、髪はショッキングな紫色で腰まで届く長髪であった。
 少しデコは広いかもしれない。服装は紺色のセーラー服に白いソックスに革靴。少しタレ目気味でおっとりとした印象を与える。
 とりあえず美少女言って過言ではないだろう顔だった。

 そう、肌の色以外は、少々ファンキーな高校生そのものであった。

「だからゾンビですって! でも怯える必要はありませんよ! 人間との違いなんて、ちょっと肌の色が違うこと……あとは脳味噌が腐ってるかどうかくらいですよ!」

「大問題だよ!」

 少年は、これは本当に現実なのか? と試しに頭をボートに打ちつけてみた。結果は、生えていたフジツボにおでこを切られた。

「とにかく! 君みたいなキ〇ガイ女じゃ話にならん! 俺は行く!」

 他にまともな人間を探すため、少年は浜を歩きだした。その言葉に少女は慌てて少年の後を追った。

「あ、ちょっとどこ行くんですか!? またゾンビに襲われますよ!? 危ないですよ!」

「うっせえ! ついてくるな、化け物め!」

 思いっきり怒鳴りつけると、リサは涙目になって砂浜にしゃがみこんでしまった。

「うぅ……おねがいですぅ……行かないでくださいぃ……」

 涙をぽろぽろと流して泣き始めてしまった。こうなると、さすがに少年も足を止めて少女を見てしまう。
 
 たとえこの女がキ〇ガイだったとしても、あるいはこの世界自体が偶然見ている悪夢だったとしても、先ほど命を助けてもらったということは変えがたい事実であった。

「三ヶ月間、もう誰とも話してないんですぅ……さびしいんです……お願いだから置いていかないでください~……」

 少年はしばらく迷っていたが、やがてため息をひとつつくと、再び少女の方に向かって戻って来た。
 それを見て、少女はぱぁっと顔が明るくなった。相変らず青い肌だが、雰囲気から喜んでいることは容易にうかがい知れた。

「あぁ! 戻ってきてくれたんですねぇっ!? ありがとうございます!」

 そういって抱き着こうと両手を広げて走り寄ってきた少女に、少年は華麗に蹴りを入れた。

「ぶべぇっ!?」

「わかったからそれ以上近づくな! いいか、最低でも二メートルは距離をとれ」

「そんな、ひどい!」

「だまれ、話をきいてやるだけありがたいと思え!」

 このキチガイ女の話に意味があるかは分からない。しかし、少しつきあうくらいなら害があるわけでもない。
 そう自分に言い聞かせて、少年はしばし、この女の……リサの話につきあうことにした。

 とりあえずリサを正座させた。少年は二メートルきっちり距離を取って胡坐をかいた。

「あたしはリサ、十五歳です! 蝶が舞うほど美しい、花も恥じらう乙女です!」

「ハエしか舞ってないけどな、さっきから……それで?」

「あ、でも、もう死んだから、享年で一五歳ですかね?」

「そこはどうでもいい、話を進めてくれ」

「あ、はい……えぇと……あ、その前に確認なんですけど、あなたってもしかして……」

 少年は期待の混じった少女の視線に気が付き、ふふん、と自慢げな顔をした。そう、すっかり忘れていたが、自分は有名人なのだ。

「そうだよ、僕は……」

 女性のキャーキャーという悲鳴には慣れている。当然次に来る反応を予期して、少年は身構えていた、が。

「たしか、オカマ太郎さんですよね?」

「ちがあああああああぁぁぁ!!」

 『オカマ太郎』
 小学生のあだ名なみのセンス。
 その言葉に、少年は激昂した。

 少年の脳裏には、小学校の時代のトラウマが一気にフラッシュバックした。
 親がつけてくれた名前、そのせいで散々いじられた日々。それが一瞬で蘇る。

「いいか! よく聞け! 一度しか言わないぞ! 僕の名前は……穂茂鎌太郎だ!」

 『穂茂』とは稲穂が茂る豊かな実りを意味する。
 そしてそれを収穫するための道具である『鎌』の一字を入れ、男の子なので太郎を入れた。
 しっかりとした意味の込められた名前なのだ。その読み方は『ホモ カマタロウ』であった。

「ホモ……カマ太郎?」

「……なあ、もしもだ……もし、これが現実ではなくて……小説の世界だったとして……いま君が僕の名前を……万が一にもカタカナで発音していたとしたら……きっと僕は、いまここで……君のことを殺しているだろう」

「なんのことです?」

 なにを言ってんだかわからない、という顔のリサ。穂茂は荒い息を整えて、なんとか高ぶった興奮を収めた。

「……いや、なんでもないよ……そう、僕の名前は穂茂鎌太郎だ」

「知ってますよぉ! 宇宙飛行士なんですよね、三か月前に、テレビで見ました!」

「そうか、ありがとう」

 なんだか、もう喜ぶ気力が全くわかなかった。

「あたしも死ぬまでに一度は宇宙に行ってみたいです!」

「それは無理だと思うよ、いろんな意味で……で、いったいなにがあったんだ、僕がいない三カ月の間に」

 ようやく話が戻った。リサは「そうそう、それですよ!」といかにも噂好きな近所のおばちゃんの様に手をパタパタ振った。
 この動きって、なんなんだろ?
「えぇと……どこまで話しましたっけ? たしか、名前はお互い名乗って……あっ! あたしの趣味はダンゴ虫の収集です!」

「それは要らない情報だ。おまえの個人情報はいっさい要らない。三か月前に地球で何が起ったか、そこだけでいい」

 リサは腐った脳味噌をフル回転させながら、一生懸命に三か月前のことを思い出そうとしていた。

「えっとぉ……まずは……えっとぉ……たしかぁ……ポッポが……ゾンビパウダーを……ばらまいてぇ……」

「ストップ!!」

 穂茂は頭を抱えた。なんだか頭がズキズキと痛いような気がした。

「正直言って質問するのが怖いんだけど……まず……ポッポってのはなんだ?」

「ポッポですか? ポッポはですねぇ、悪い魔法使いです!」

「ま……ほう……つ……かい?」

 まほうつかい → 魔法使い。

 英語でいうと……ウィザード、ウィッチ、マジックユーザー……。

 その言葉を脳内変換するのに、およそ一分の時間がかかった。

「……オーケー、ポッポは悪い……魔法使いなのな……オーケーオーケー……」

 落ち着け穂茂……まだ慌てるような時間じゃない……深呼吸だ……ラマーズ法だ……。

「……よし……次だ……ゾンビパウダーって聞こえたけど、聞き間違いだよな?」

「ゾンビパウダーですよ?」

 ゾンビ……パウダー……。

 日本語で言うと……いや、もうどうでもいい。

「……その……ゾンビ……パウダーってのは……なんだい……?」

「死体をゾンビにする粉です」

 穂茂はもう一度頭を抱えた。今度は明確に頭が痛かった、ついでに本日何回目になるかわからない吐き気もしていた。

「……オーケーオーケー……わかった、わかった、常識はいったん頭の中からアディオスアミーゴ……よし、話を続けてくれ」

「ポッポは世界にゾンビパウダーをばらまいたんです。それでみんながゾンビに襲われて、襲われた人もゾンビになってしまいました」

「……ゾンビってのは……そう、ゾンビってのはいったい、どういうやつらなんだい?」

「知らないんですか、ゾンビ?」

「いいから説明しろ」

 もちろんゾンビが何かはなんとなく知ってる。映画やゲームで見たことはある。しかし、説明を求めずにはいられなかった。

「えぇと……ノロノロ歩いて、噛まれるとゾンビになって……知恵がなくって、人間を襲って……あ、ちょっと肌が青いです!」

「質問だが……リサ、おまえもゾンビなんだよな?」

 余談ではあるが、穂茂のリサに対する呼び名が、いつのまにか『君』から『おまえ』に変化していた。それはおそらくは親しみからではない。完全にバカを相手にしている気持ちからであった。
 
 しかしリサはそれに気が付かない、実際にバカだからである。

「そうですよ? 最初に言ったじゃないですか?」

「もう一度ゾンビの定義を言ってみな?」

「テイギ?」

「……ゾンビの特徴を言ってみな?」

「えぇと……ノロノロ歩いて、噛まれるとゾンビになって、知恵がなくって、人間を襲って……あれ?」

 しばらく不思議そうな顔をしたリサは、やがて呑気な顔で穂茂に質問した。

「あたし、ゾンビですよね?」

「知るかボケっ!! こっちが聞きたいわ!」

 ひいっ! とリサは怯えた。

「お前は日本語話してるだろ! 僕を食べてないだろ!」

「うわぁ、怒鳴らないで下さぁい……あたし、頭良くないんですぅ……偏差値だって35だったし、先生はお前に行ける高校は日本にはないって言われるしぃ……脳ミソ腐ってるしぃ……」

 呼吸が荒くなっている穂茂は「落ち着け落ち着け……」と必死に自身を宥める。血圧が上がりっぱなしで頭の血管がやばかった。

「……よし……で、その話だと……ゾンビが世界を制しているようだが……人間は全滅したのか? みんなゾンビになってしまったのか?」

「そ……それは……ですねぇ……あのぉ……」

 なんだか言いにくそうな顔になった。なんだよ、とさらに問い詰めようとした、その時だった。

「ヒャッハハハー!! ヴェーイ!!」

 そんな頭の悪い声とともに、海岸線の国道から何者かが姿を現した。

「な、なんだ!? あれは!?」

 それはバイク……いや、違う。自転車に乗った数十人の集団であった。
 彼らはなぜかそろいもそろってモヒカン頭で……手には釘バットやら日本刀やらヌンチャクやらホウキやらフライパンやら……とにかく物騒な物を各々が振り回しながら、キコキコと油の足りないペダルをこいでいた。

 リサはその集団を見て「うわぁ! 来た!」と怯えた表情で穂茂の後ろに姿を隠した。

「おい、なんだよあいつらは!? 人間か!?」

「人間? はん! あんなやつらをあたしは人間とは認めませんよ! あいつらは世界が崩壊する時に現れるという呪われし部族、世紀末モヒカンです!」

「……ほう、それで?」

 冷めた目の穂茂に対して、リサは困ったように笑みを浮かべた。

「いや……まぁ、ぶっちゃけた話、あたしのことを狙ってきたゾンビ狩りの連中です」

 そうこう言ってるうちに、モヒカンたちは二人の目の前までやって来た。
 そいつらは途中で何度も砂に自転車の車輪をとられては転び、めげずにこいでやって来た。

 外に置いてくればいいのではないか?
 と穂茂は思っていたが、すでにツッコミ疲れていたので、その気も起きなかった。
 
 さて……近くで見ると改めて、本当に不気味な連中であった。

 素肌にジーンズのベスト……さらに全身に鎖を巻きつけ、鶏冠の様なカラフルモヒカンカット。
 構成員の半分くらいは目がどこかに逝っている……クスリのやりすぎか、はたまたただのバカか……まぁ両方であろう。
 筋肉と言うよりも、贅肉の多い、だらしない肉体であった。

「ヴェーイ! そこのお前!」

 集団の先頭にいたモヒカンが、こちらを指差して叫んだ。 

「……僕か?」

「そーだYO!」

 穂茂は目の前に止まったその数十人の珍走団の一人に答えた。

 ひときわ体が大きく見える……というよりか、体格以上にそのモヒカンが尋常ならざるほどにでかかった。
 たぶん他の奴らが十五センチからせいぜい三十センチほどのモヒカンなのに対して、こいつだけ一メートルくらいある。

 まるでコックの帽子であった。

「そうだ、おまえだ! てめぇ、ほら、あれだろ! えぇと……ホモだろ!」

「殺すぞ」

 穂茂はいまさらながら先祖の名乗った我が姓を呪った。

「お前の発音は、カタカナか? それとも漢字か?」

「あん? なに言ってんだ?」

「いや、なんでもない……そうだ、僕は穂茂だ」

 モヒカンは「やっぱりそうか!」と汚い歯を見せてニヤリと笑った。

「おめぇあれだろ! 宇宙飛行士だろ、テレビで見たぜ! カッコいいじゃねえかYO!」

 なあ、みんな! とその男(僕はそいつを以下、『モヒカンリーダー』と呼ぶことにした)が他のモヒカンたちに声をかけると、全員が「ヴェーイ!」という謎の掛け声とともに両手の人差し指と薬指をたてる奇妙なサインでそれに応えた。
 
 どうやら、彼らにとっての拍手的な意味合いをもつ行動らしかった。まるで未開の部族の儀式でも見ている気分であった。

「それはどうもアリガトウ……それで、みなさん、なにか僕にご用でしょうか?」

「お前さんにはなにも恨みはねぇ……俺たちが用があんのはそのゾンビ女だぁ!」

 ゾンビ女……リサは「穂茂さん! こいつら悪い奴です!」と背中から叫んでいた。まぁ、優等生ではないだろう。

「さあ! そいつをこっちに渡してもらおうか!」

 穂茂は後ろに控えていたリサを見た。リサは……あっかんべー、をしていた。

「だれがあんたたちなんかに捕まるもんですか! 穂茂さんは強いんですからね!」

「ちょっと待て、なんで僕がおまえを守るかのような口ぶりになってんだ?」

「え!? 守ってくれないんですか!?」

 信じらんない! という顔であった。信じらんないのはこっちなのに……。

「なんで僕がお前を守らにゃならんのよ?」

「だって! こんないかにも頭空っぽな野獣どもが可憐な少女をよこせって言ってんですよ!?」

「なんだと!?」

 頭が空っぽ呼ばわりされたモヒカンたち(その点は穂茂も共感していたが)は激怒した。

「あいつらの目を見てくださいよ、まるで発情期の犬ですよ! 狂ってますよ! マズイでしょう、貞操的にも! あたし、あいつらの欲望のはけ口にされちゃいますよ! 守るべきでしょう!?」

「だれがてめえみたいな生ゴミに興奮するか! 俺たちは地球を綺麗にするために日々てめえらみたいなゾンビを狩って回ってるんだぞ! 正義の味方だぜ!?」

 なぁっ! とモヒカンリーダーが叫ぶと、大勢のモヒカンたちは再び「ヴェーイ!」とそれに答えた。

「だからそいつを渡しな!」

「何言ってんですか! ゾンビだからって殺すっていうんですか!? あたしは人を襲ったりしてないじゃないですか! ゾンビだからって一律に狩ろうってほうが野蛮なんですよ! ……ねぇ、ホモさん?」

「……えっ!? 僕か?」

 僕に振るなよ……と、穂茂は実に迷惑そうであった。モヒカンたちもこちらに視線を向けている。なにか言わねばなるまいか……。

「あ~……まぁ、たしかに僕は……さきほどこいつに助けてもらったのでして……どうやら無差別に人間を襲うわけでもないようですし……できれば見逃してもらえれば?」

 だが、その紳士的な申し出は、あっさりと却下された。

「へいへいブラザー、そいつは出来ない相談だぜ? ヴェーイ!」

 モヒカンたちのヴェーイ! の大合唱。なんだこれは、新手の宗教か?
「はぁ、別に僕としてはどっちでもいいんですけど……どうしてですか?」

「こいつはなぁ、新しくできた東京都の条例で決まったことなんだよ。『ゾンビは死刑!』ってなぁ!」

「え!? 都の条例でっ!?」

 驚きであった、いつの間にそんなに頭の悪いことになっていたのだ、東京都は。

「都知事はそれに納得したのか!?」

「当たり前だろ! この都知事である……俺様が決めたんだから!」

「おまえが都知事いぃ!?」

 驚きであった、いつの間にこんなやつが都知事になっていたのだ!?
 都民め、ついに正気を失ったのか!?
「ていうか、ここって東京都だったのか!?」

「そうさ! ここは第三新東京都だ!」

「初耳だね!?」

 またおかしな事態になって来た。どういうことだ!? と後ろに控えたリサに詰問すると。

「えぇとですね……実は、三か月前のゾンビ発生のどさくさにまぎれましてどっかのバカな国が東京に向けてミサイル撃ち込んで来ましてぇ……首都機能が壊滅したんでぇ……勝手にここに引っ越してきた人間たちがぁ、新しくここを東京都にしちゃったんですぅ」

「ここって……どこだよ!?」

「オダワラです」

 小田原……神奈川県か、ここは。

「それにしても! なんでこんなやつが都知事なの!?」

 モヒカンリーダーをこんなやつ呼ばわりすると、後ろに控えたモヒカンたちが「なんだとぉ!?」と騒ぎ始めた。

「てめぇ! リーダーをディスってんじゃねえぞ!」

「そうだ! リーダーはとっても頭が良いんだぞ! なめんな!」

 頭が良いだと……!? おそらく本日一番の驚愕情報だった。

「リーダーは高校行ってたんだぞ! しかも普通学科だ!」

「中卒と中退しかいない俺たちの中で、唯一卒業したんだぞ!」

「九九だって言えるんだぞ!」

「リーダー! なんかすごいこと言ってくれ!」

「ヴェーイ!」

 謎のヴェーイ! コールが始まると、モヒカンリーダーは満更でもないという表情であった。

「よぉし、てめえら! 江戸幕府のボスは誰か知ってるかぁ!?」

「え……エドバクフ?」

「お、おい知ってるか?」

「し、知らねえ……新しいポケ○ンか?」

 ざわつくモヒカンたちに「落ちつけよ、ブラザー……いいかよく聞けYO……」ともったいぶっていた。

「江戸幕府のボス……そいつぁなぁ……」

「ごくりっ!」

「……I・E・YA・SU☆だぜえっ!!」

 一瞬の沈黙ののち……うおおおぉぉぉ!! と割れんばかりの歓声が響いた。

「すっげえ!? リーダーまじすっげえ!!」

「アインシュタインみてぇだ!」

「ていうか、アインシュタインって誰だ!?」

「俺も詳しく知らねぇ! テレビで言ってた! たぶんサッカー選手とかじゃねえかな!?」

「セリエか!」

「セリエだ!」

「ヴェーイ!」

「ヴェーイ!」

 大盛り上がりのモヒカンたちの前で、穂茂は静かに泣いていた。生き残った都民が、これであった。

「あぁ、人類は終わった……」

 絶望していた。人類の未来は、真っ暗であった。しかし、そんな穂茂の背中を腐った手が優しく叩いた。そう、リサであった。

「ふふふ、ホモさん。そんなに悲しむ必要はありませんよ」

「なに言ってんだ、こんなやつらしか生き残りがいないんじゃあ……もう、無理だよ人類は……お終いだよ」

 もう一度、原始時代からやり直しだ、そう思う以外にはなかった。

「そんなことありませんよ、なぜなら……」

 リサはごそごそとセーラー服の中からなにかを取り出した。それは、ボロボロの紙切れであった。

「こいつがありますからね!」

 それは、羊皮紙であった。ずいぶんと時代がかったそれにはインクとペンで日本語が書かれている。細かく、小さな神経質な文字であった。

「なんだ? これ?」

「ポッポの挑戦状です!」

 その謎の紙切れには……ある注目すべき単語が書かれていた。

「……ゾ……ゾンビ治すパウダー?」

 意味のわからぬ、ひたすら頭の悪いネーミングセンスであった。

「そうです、ゾンビを治すためのパウダーです!」

「なになに……『世界の勇者よ、集え! 自分を倒したら、世界にゾンビ治すパウダーを散布して世界を戻してやろう。東京にて待つ ポッポ』……だと?」

「そうです!」

「これを……ポッポが自分で配ったの?」

「はい、二か月ほど前から、全国に配布されたんです!」

「……」

「すごいでしょう!」

「……困った」

「なにがです?」

「……思考が現実に追いつかない」

 なんとか言葉を編み、そしてようやく口に出たのは……。

「……え、ギャグか?」

「事実です!」

 現実を受け入れたくない、もう脳のキャパが限界を完全に突破していた。

 何故こんなものを配るのか?
 なぜ自分を倒せというのか?
 ていうかゾンビ治すパウダーって……。

 呆然としている穂茂に対して、モヒカンの一人が声をあげた。

「はん! 黙って聞いてりゃおめぇらよぉ! なぁにがポッポを倒すだぁ! そんなの無理に決まってんじゃねえか!」

 そうだそうだ、ヴェーイ! とあちこちから声が上がる。

「これまでどんだけたくさんの奴らがポッポを倒しに東京に向かったと思ってんだYO!」

「そうだそうだ! リーダーの言うとおりだ! 結局誰も戻って来なかったじゃねぇか!」

 非難の声にリサは涙ぐんで反論した。

「う、うるさいですね! ホモさんはあんたたちとは違うんです! だいたいあんたたちも倒しに行けばいいものを、なんでこんなとこでうろうろたむろってんですか! このバカニート!」

「あぁん? だって面倒くせぇもん!」

 言い切った。面倒くさいと言いきった。もう、爽やかさすら感じる答えだった。

「歩くのしんどいしよぉ!」

「東京は遠いんだよぉ!」

 だるいだるい、と口ぐちに叫ぶ。世界の平和よりも、だるさが勝った。

「あ~、もう情けない! なんなんですかあんたたちはもう! そんなカビの生えたギョーザみたいな髪型して、カッコいいと思ってんの!?」

「なんだと! カ、カビの生えたギョーザだろ!?」

 たしかに似ていた。カビの生えたギョーザのような髪型であった。

 的確すぎる指摘にさしものモヒカンリーダーも慌てた。なにか反論しようとしていたが事実は強し、結局ただの悪口しか返せなかった。

「バーカ!」

「なんですって! このアホ!」

「マヌケ!」

「うるせえええぇぇっ!!」

 ビクッ、とモヒカン、そしてリサは固まった。突然の穂茂の怒声に、そしてその獣のような目つきに、その場にいた全員が背筋を伸ばした。

「ガタガタガタガタ、うるせえうるせえ……なんなんだこの世界は、なんなんだこの頭の悪い事態は……誰か教えてくれよ!」

「あ、あの……穂茂さん?」

 おそるおそる声をかけるリサに、穂茂はジトッとした重い目を向けた。

「確認だ……このポッポとかいうやつを倒せば、本当に世界は元に戻るんだな?」

「え……あ、はい……まぁ……そういうことだと思います、はい……」

「よぉし……わかった……」

 穂茂は決意した。世界を救う勇者足らんと。この……バカげた世界を救おうと。

「僕は……ポッポを倒す!」

 それは、なによりも己自身のための、悪夢を振り払う決意であった。

クソゲーみたいなこの世界で 2

続きはしばらくしたら、またあげます。

クソゲーみたいなこの世界で 2

偏差値35のゾンビ娘(脳みそ腐ってる)と、偏差値40の人類(ほぼモヒカン)しかいない地球の明日はどっちだ!?

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • ホラー
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-08-10

Copyrighted
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