すれ違う日々
リクエスト☆不知火夢
1
私の恋人は、忙しい。
そんなの。誰にでもあることかもしれない。
でも…そんな一言で片付けられるほど、私はまだ、大人じゃない─
『おはよう一樹』
「おう、おはようさん」
『また新聞見ながらコーヒー?それだけじゃ身体壊しちゃうよ。
私が今ご飯作っ…』
「いや、悪りぃ。もう出ないと」
『……そ、そっか!じゃあ…行ってらっしゃい』
パタリと新聞をたたんで眼鏡を外し、玄関へと向かう彼。
最近は連日朝早くから夜遅くまで家におらず、休日はその疲れからか死んだように眠っていることが多い。
曰く、仕事が忙しい、んだそうだ。
『…そんなこと、わかってるよ…』
私だって仕事が忙しい。だからあまり話もできないし、出掛けにもいけない。
けれども大事にしてくれている…のだと思う。
別に、何かモノが欲しいわけじゃない。
ただ少し、ほんの少しだけでいいから、甘えさせて欲しい。
『…なんて、子供じゃあるまいし。わがままいってもダメだよね…』
落ちそうになる涙を拭い、有理もまた自身の仕事の支度に取りかかった。
顔を洗って、髪をとかして食事。
そして着替えて化粧。
『…赤いの取れないなぁ』
鏡に映る自分の目。いつもと変わらない、けど少し赤く腫れている。
一樹は気付かなかった、涙の跡。
『あーもうっ!暗くなっちゃダメダメ!』
頬をぴしゃりと叩いて喝を入れ、今日も一日が始まった。
**
「あ、やっときた。お久しぶりです、有理さん」
『?青空くん、こんな時間にどうしたの?』
残業を終え家に帰ろうと外に出ると、青空くんがいた。
ちらちらと雪が降る中立っている彼は、線が細い分とても寒そうだ
「いえ、たまたま近くに来たもので…お仕事お疲れ様でした。いつもこんな時間なんですか?」
『うーん…いつもはもう少し早いかな。
っていうか青空くん風邪引いちゃうよ、よかったらうち来る?』
「え、でも…不知火さんは…?」
『一樹は多分、今日も遅いから。
…あ、別に他意はないよ?ただ、お風呂でも入ってゆっくりあったまって行ったらどうかなって』
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
2
「お邪魔します」
『散らかってるけどどうぞ、今着替えてご飯作っちゃうから…先にお風呂入る?』
「では、そうさせてもらいます」
『着替えは一樹のでいいかな』
「ふふ、ありがとうございます」
湯船にお湯を張り、バスタオルと着替えを準備する。
着替えてパスタを茹で、ホワイトソースを絡めて…
『よし、できた』
**
「わぁ、いい匂いがすると思いました」
『味の保証はないよ?』
お風呂上がり、まだ濡れた髪でパスタを一口頬張ると、彼は優しく顔を綻ばせた
「美味しいです」
『本当?よかった』
「有理さんはいい奥さんになりますね」
『…うん、でも…』
そんな相手いるのだろうかと口に出そうとした瞬間、ドアの開く音がした
ガチャ
「はー寒い…って有理、まだ起きて…颯斗!?」
「おかえりなさい」
『お、おかえり。パスタあるけど…』
「おう…あーじゃあもらうかな」
『あ、その前に、風邪引いちゃうからお風呂ね?』
「はいよ…あ、鞄の中身!ぜっっったいに見るなよ」
『?うん、わかった』
そう言い残し浴室へと消えていく一樹に、有理は少しもやっとしながらもパスタを茹でた。
「いただきます」
『もう、ちゃんと髪乾かさないと風邪引くよ』
「あぁ…っつか本当、なんで颯斗がいるんだよ」
「少し心配になったもので」
「はぁ…ったくこんなんじゃ渡すモンも渡せねーだろうが」
小声で言った最後の方は聞き取れなかったが、今日の様子はなんかおかしい。
やけにチラチラと視線を感じるし、そわそわしている
「…なぁ有理、お前今度の日曜日さ…」
『その日は仕事』
「はぁ!?日曜に出勤かよ!」
『…だって一樹どうせ家でずっと寝てるだけじゃん』
「あれはその…いや、まぁ。じゃあ明日は?」
『明日も仕事…なんなのもう』
「…………あぁもう!こうなりゃ颯斗、証人やれ」
「え?」
『なんの…っ』
ぐいっと手を引っ張られたかと思えば、唇に温もりが伝わる。
すぐ離される短いものだったが、胸の騒ぎようは収まらない
すると一樹は鞄から小箱を取り出した
「これ」
『な、なに…?』
「開けてみて」
中には、ドラマで見たようなキラキラ光る指輪が入っていた。
思考がぐるぐるする。今日は誕生日じゃないんだけれど
『こ、これ、なっ…』
「…俺と結婚してくれ…って意味の、指輪」
『いつの間、に』
「お前がさみしがってる間に。…ごめんな、いつも我慢させてばっかで」
こぼれそうな涙を拭ったのは、彼の手だった。
そのまま抱きしめられ、頭を撫でられる
「結婚、ってなるとさ、貯金とか頑張らねーとって思って。
でもさ、有理がいつも明るく声かけてくれるから、…頑張れたんだ」
『そ、んなの…言ってよ…言ってくれなきゃわかんないよ…』
「サプライズで指輪渡すのに、事前に言うわけないだろ?」
『そうだけど…っ…』
「まぁ、言葉が足りなかったのは悪かった。不安にさせたよな、ごめん
…で、返事は?俺と結婚してくれるか?」
『…喜んで』
嗚呼、やっぱり私はこの人が好きなんだ。
いつも忙しくて、仕事ばっかりになりがちで、言葉が足りなくて。
でも、そんな彼がどうしようもなく愛おしい。
「愛してる、有理」
End
*おまけ*
「あの、僕そろそろお暇しますね」
『うわあぁ青空くんごめん!!』
「悪りぃ颯斗、忘れてた」
「気にしないでください有理さん」
「俺は?」
「じゃあ有理さん、ご飯美味しかったです。また連絡しますね」
「なぁ颯斗俺は?」
(忘れられていた青空くん)
すれ違う日々