4(おこったマホロアとちょっとあわてるマルク)
・会ったばかりのふたりとかいう勝手な妄想です
・途中からはじまってます
・なんかの拍子でおこらせちゃったようです
・マホマル前提です
・ハルカンドラにいます
「いい加減ニしてクレ!」
綿のたっぷり詰まっていそうな柔らかい彼の両手が、
周囲に書き散らされた”子供のいたずら書き”を乱暴に投げ落とす。
縦に引き伸ばされたトパーズ色の楕円が2つ、はち切れんばかりの怒りに淀んだ。
この世界ではやけに目を鋭く射抜く、身に纏われた白と金が波打っている。
床に叩きつけられた円と詠唱のための言語が、乱れた彼の心拍に合わせて光りはじめた。
(これ、……今までの言い訳のような魔術じゃないのサ)
しまいこんでいる、今は無いはずの翼にまで、この場の重みがズンと鈍く伝わってきた。
まずいことをしたかもしれない。
直感的にそう感じた。
確かに、他者の持つマイナスな感情を糧に生きていると、時たまこのようなミスを犯すことがある。
それは、あの桃色をした悪魔に対しても同じことだった。
あれはさすがの自分でも命の危機に身を固めたが、それ以外であれば、生き物の怒りなど40分ももたない。
大抵その場を去ることで解決する。
だが、去ることすらできない現在の状況ではどうしようもない。
(縫い留めたのか)
空気中を泳ぐいくつかの粒子が光る蜘蛛の糸を編み、
無意識に、だがそれなりにガードを張っていたはずのマルクの両足を絡め取っていたのだ。
じわじわと、そして確実に、フラット(硬直化)のスペルが爪先を蝕んでいく。
久々に面と向かって突きつけられた怒りと痛みは、
斜面から転げ落ちる雪玉のように膨れ上がり、今のところ止まる様子はない。
「ソウさ!ボクはキミと違っテ、陣形なしニは何にモ出来ナイ魔術師ダ!似非魔法使いダヨ!」
埃と金属の粉と魔方陣を描いた石クズと、
とにかくそこら中に打ち捨てられた”ニセモノの魔法”のかけらが、
押しつぶされてひしゃげそうな足元から、揺すり響く地鳴りを受けて、怯えるように震えだした。
「だかラ何だっテ言うんダ!ボクはボクだけガ認めテいさえすレバいい!」
「ヘイ!落ち着けよ、マホロア!僕も悪かったのサ、ちょっと言い過ぎたって」
「黙レ!お前みたいナ天才、最初カラこんなゴミ捨て場なんカに来るベキじゃなかったんダヨ!」
怒り。これは怒りだ。それと、溜めに溜めこんだ嫉妬の矢尻。
背筋が凍え、しかしすぐにそれは強大な期待感となってマルクの両翼を引きずり出した。
ぐちぐちと疼き出した爪が、これからへの好奇心で輝く。
ゴミ捨て場。上手い喩えだなと純粋に感心した。
知識への信頼感と、生き物にも関わらず生き物を見下すこの星の住民。
魔術は過程がなければ始まらない。
それは、ハルカンドラを髪の毛一本で支えているテクノロジーそのものなのだ。
自らの使っているものの原理すら忘れてしまった魔術師の民が、息をひそめてうごめく星。
知ろうとすることを知らない彼らになど、生き物たる資格はない。
(まさにゴミそのものなのサ)
始めてここに降り立った時の何とも言えない不快感を思い出して、
マルクは左右のプリズムを忌々しげに揺らした。
呆けたようにその煌めきを見つめるマホロアを、定めない視点で見つめ返す。
「キミって本当にかわいそうなまほうつかいなのサ。
ま、僕だって本当はこんなゴミの山なんかにいるべきじゃない。
けれど、それはキミだって同じサ、マホロア。
ここを出たいだろう?もっと知りたいだろう?
そんなアカンボみたいな願いひとつ叶えられないまほうつかいにさせられるなんて、
この星のチカラはある意味魔法以上かもな!
ああ可哀そうなマホロア!
キミのこと、本当に本当に本当に、本当に哀れでしかたないのサ」
「―――――――!!!!」
一時は凪いだように見えた、両目の金色が再び燃え上がる。
声にならなくなった怒りが、ついに彼の集大成を喚び出した。
目の前でもがき動くのは、文字をひとつずつ貼り合わせて写したのかと思うほど美しい魔方陣だ。
うんざりするほど整った円の太さは、かえって威力の脆弱さを物語っている。
これほど綺麗に線を引けるのは、こちらの銀河で探し回っても彼一人のものだろう。
丁寧に、逸らさぬように、かつ引きこまないように描かれたスペルの群れ。
魔力を単純に押し出すだけの魔法とは違い、
魔方陣には、読んできたものの質がそのまま出てくる。
(50200冊ちょいってところなのサ)
積み上げると言うより、構築できそうな量の導書、操書を貪ってきたのだろうか。
一瞬だが見惚れてしまうくらいの完璧な言語の集合体が、マルクを取り囲んだ。
星だ。
ひとつひとつに吸い込む力はきちんと存在しているが、如何せん微弱で使いものにならない。
マルクの顔色がひとつも変わらないと分かると、今度は縫いつけられた足に小さな蔦を生やしていく。
蔦の表面には無数の棘。折れそうにか細く、先端はゴムのようにぐにゃりと曲がってしなびていった。
目元の辺りがチリチリと痛い。かろうじてその光でレーザーと分かった。
光っては消えて、淡くともしびを燻らせては滅していく。
それでも彼は手のひらでの主張を止めない。
ひとつひとつに、彼がこれまで積み上げてきた悲しみと、憎しみと、
ほんの少しの達成感が籠っていた。
***
――時間にして47分12秒と少し。
ついに、彼のミトンがペソッという音を立てて、残った魔方陣の紙の上へと力なく墜落した。
形だけ見れば愛らしい両耳が後ろへと倒れ込み、次に羽織ったマントが優雅にその揺らぎを止める。
「もう終わりなのサ?」
マホロアは何も言わなかった。
口元を隠したベルトは何度も上下して、荒い呼吸を形づくる。
深いローブの奥に押し隠した感情の起伏が、
徐々に落胆へと変わっていくのを知ったマルクもまた、それ以上何も言わなかった。
爪先の、縋りつくような束縛は、いつの間にかあっけなく解かれていた。
4(おこったマホロアとちょっとあわてるマルク)