火のクニの詩(十五)竜の形

 ある時ふと空を仰ぐと、高いところで竜が泳いでいることがある。それはおよそこの世に生を受けたいかなる生物よりも美しく典雅で、何か、この世の理を超越したものであるかのように見える。
 だがしかし、竜は実のところ、そうした生物では全くなかった。竜はその命の様態からして、生物とは言い難い存在であっただけだった。
 かつて竜の群れを見た者があった。竜の群れは滅多に見られる光景ではない。一般に竜は互いに遠く離れて一匹だけで行動するものであり、それも何百、あるいは何千年にも渡ってそのように過ごすために、竜が群れる様子などは、まず誰にもお目に掛かれないのである。だがもし非常に運が良ければ、彼らが集うわずかな時間……ほんの束の間である……に居合わせて、彼らの真の姿を目の当たりにすることができる。
 目撃者は竜らの圧倒的な神々しさに息を飲み、寄り集まった彼らが、果たしてどこへ向かうのかを突きとめてみたいという気持ちに駆られた。竜は東に向かって、凄まじい勢いで飛んでいた。まだ日も出きる前で、薄紫色の空はほんのりと明かりに染まりながらも、まだ多分にじっとりとした夜の気配を残していた。
 その者は人であったゆえ、ついて走ることは叶わなかったものの、それでもなお、竜たちの行方を観察しようと目を凝らした。
 竜は日に向かって、真っ直ぐに伸びて行った。一方日は、竜を己の内に溶かし込むように、キリキリと輝いていた。
 徐々に日が姿を現してくるにつれ、竜の影がぐんぐんと小さくなって、やがて遠い山脈の彼方に消え失せてしまうまで、もうそんなにはかからないと、見ていた者は残念に思った。
 平野を越えて空の果てへ。誰も知らぬ天上の巣へと、彼らは帰って行くのだろう。観察者がそう結論付けて見物を諦めかけた、その時、ふいに、点となった竜の影のひとつが、ぽっと黒く燃え盛った。次いで後から飛んできた竜たちがどんどんと、その黒い火に飛び込んでは、同じように燃え上がった。火はそうして次第に大きくなっていった。
 観察者はあっけにとられて事態を見守っていた。影が燃える……。そんなはずはないと思っていたが、視線の先にある黒い炎は、まさに影の炎と呼ぶのにふさわしいものだった。美しいと呼ぶには、あまりにも薄汚かった。逆光の中で実際に何が起こっているのかは見えねど、その状況が、人の次元とはまた別の、平面とも四次元ともつかない、夢のような空間で起こっているのが感じられた。
 炎は、最後の一匹を呑みこみなり、煤のように細かな火花を巻き散らしながら、あっという間に消滅した。
その後はいつも通り、日が昇った。陽光は何事もなかったかのように空中に満ち満ちて、水の張られた水田を静かに煌めかせた。
 観察者はふと自分の上に影がかかるのを感じた。だが見上げた時には、そこには竜の姿はおろか、一羽の鳥の影さえも見られなかった。
 と、急に東から強い風が吹き、観察者の頭上を、おびただしい数の影が飛び去って行った。観察者は驚いて再び空を探し回ったが、やはりそこには、何も浮かんではいなかった。ただひらひらと、舞い上がった黒っぽい木の葉だけが彼の元に落ちてきた。
 観察者はその葉を手のひらに受けてみたが、すぐに、それが木の葉ではないと気付いた。葉だと思われたものは、実は、竜の鱗であった。薄く透き通った黒い鱗には重さらしい重さがなく、握ろうとした途端に、ふぅと燃えるように溶けてしまった。
 観察者は幼少のみぎりに拾った、頁岩に似た真っ黒な竜の鱗のことを思い出していた。それがいつまでも消えずにいたことと、今しがた、竜が失せて生まれたことについて、彼は何も言わずに頷いたのだった。

火のクニの詩(十五)竜の形

火のクニの詩(十五)竜の形

混沌とうねる思念はやがて詩となり、編まれた詩はいずれクニを造る。世のどこかに浮かぶ「火のクニ」で伝わる、神話めいたいくつかの物語。……その竜は空に住んでいた。竜がいずこで生まれ、いつ果てるのか。それを知るものは滅多にない。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-09

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