蒼い青春 十五話 「殉職」

蒼い青春 十五話 「殉職」

登場人物
・長澤博子・・・この物語の主人公。 心優しく清らかな少女だったが、事故により被曝し、白血病を患ってしまう。 
・河内剛・・・博子の恋人で若手の刑事。 常に真実を探ろうとする熱血漢。
・園田康雄・・・剛の先輩刑事。 やり手だがその荒いやり方から、「横須賀のハリー・キャラハン」の異名をとる。
・木村茂則・・・警視庁警務部人事二課のベテラン。 園田をなんとか警視庁に引き込もうとする。
・大河内知樹・・・横須賀署の署長。

前篇

その日朝早く、園田は自宅で荷物をまとめていた。 がらんとした部屋の片隅の机の上に置いてある、「辞表」と書かれた紙が、園田の心を締め付ける。
「君が捜査から外されたということは、君は横須賀署にとって、不要な人材と見なされたということだ。」 「俺は自分の請け負った仕事は、どんなことがあっても自分で片付けようと思います。」 「さっき署から電話があって、先輩の警視庁捜査一課緊急人事異動が決定したって・・・」 剛や木村と交わした会話が、頭の中を駆け巡る。 異動になるくらいなら、横須賀を離れるくらいならばいっそのこと、刑事なんてやめてしまおうかと考えた。 しかしそんな事をしては、自分を最後まで信じ続けてくれた博子や剛に、申し訳ないではないか。 何があっても、どんな事があっても、今回の事件はこの手で解決しなければいけない。 その気持ちだけが、ここまで園田を支え続けてくれたのだ。 悩んでいる場合ではない。 あいつを倒すため、腕を上げなければいけないのだ。 銃の腕を・・・
裏にある雑木林は、園田にとって恰好の射撃場だった。 地面にしっかり足をつき、15m先の木の葉に狙いを定める。 
キューンッ 44オートマグの銃の不具合ではない。 彼の葛藤が、園田に銃の腕を落としたのだ。 再び銃を構えなおし、じっと標的を狙う。 
結果は同じだった。 やはり弾丸は木の葉を落とすことはなく、雑木林の向こうへと消えて行った。 少し落ちつく方が優先だろう。 そう考えて銃を仕舞おうとしたその時だった。 
なんという偶然だろう。 いや、運命だったのかもしれない。 彼の前にあの憎きローブの怪人が現れたのだ。 園田の傷ついた心をあざ笑うように、仮面の下の口が三日月形に笑っているのだ。 その瞬間、園田の中で全ての怒りが爆発した。 この事件の終焉は、この怪人を倒すことにあるのだ。 今こそ、自分を信じてくれたものを苦しめる全てに、終止符を打つべき時なのだ。 そう考えた時、園田の足は動いていた。 足早に逃げる怪人と、それを追う園田。 しかし相手の方が一つ上手だった。 複雑な雑木林の中で、園田はすっかり怪人の姿を見失ってしまった。 拳銃を片手に周りを見渡してみるが、怪人の姿は見当たらない。 
と、その時だった。 一本の太い木の影から銃を構えた怪人が姿を現わした。 園田からちょうど15mくらいの距離の所だ。 「この野郎・・・。」 そう言って銃を構える園田。 
ズキューン 弾は命中しなかった。 やはり彼の腕は鈍っていたのだ。 怪人を睨みつける園田。 「ケケケケケ」 怪人は不気味な笑い声を立てて、拳銃を構えた。
薄れゆく意識の中で、園田の目に移りこんだのは博子や剛の楽しそうな笑顔だった。 自分は死ぬのだ。 憎きあいつに殺されたのだ。 

中篇

剛は心配そうに園田を見つめていた。 園田と連絡を取れないことを不自然に思った剛が、園田の家へ行ったところ、雑木林で倒れている園田を発見したのだ。 すぐに救急搬送されたが、容態は重く、医者からは「2、3日が峠でしょう。 何しろ傷が酷いですから。」とまで言われていた。 ベッドの上で酸素マスクをして横たわる園田の姿が、剛にはとても小さく見えた。 身も心も傷つき、疲れ切って眠っているようにさえ見えた。
しかし園田はタフガイだった。 無意識の中に、生きようと言う気力が生きていたのだ。 博子のために、剛のために、生き続ければならない。 その精神が、彼を回復に向かわせたのだ。  
園田を目を覚ましたのはちょうど一週間後のことだった。 「先輩、よかった・・・。」 見舞いに来ていた剛がそう言って、うっと言葉を詰まらせる。 「おい、どうしたんだ剛?」 園田は驚いたように声を上げ、剛の顔を覗き込んでハッとした。 彼は涙を流していたのだ。 「やめてくれ、こっちまで泣けてくるよ。」 そう言って園田が笑った。 笑っていないと涙が出てきてしまうような気がしたからだ。 自分は非情人間で、「横須賀署のハリー・キャラハン」だ。涙何ぞ見せるわけにはいかない。 そう考えた彼は、懸命に笑顔を作り続けた。 

「俺は、もう歩けないんでしょ?」 ふと園田がそう尋ねた相手は、見舞に来ていた博子だった。 「え?」っと言葉を詰まらせる博子。 「いいよ、隠さなくたって。 聞こえたんです、先生と剛が話してるのが。 脊髄をやられて、今は杖ついて歩けても、だんだん足が動かなくなって、車椅子になるって。」 そう言った園田の目は、窓の外に向けられていた。 目の前には病院の中庭で元気にはしゃぎまわる子供の姿があった。 「運命って、憎いですよね。 分かっていれば、もっと自分の足で歩いたり、走ったりしたのに。 後で後悔するんだ。」 窓の外を見つめたまま、園田がつぶやくように言った。 博子はなにも返せなかった。 下手に返せば彼を傷つけてしまうかもしれない。 そう考えたからだった。  「私、もう行きます。」 枯れた花を持って部屋を出て行く博子を、園田は窓の方へ目をやったまま黙って背中で見送るのだった。

後篇

翌日、スーツ姿の男が横須賀署に訪れたことで署内中がにぎわっていた。 男は杖を突きながら不自由そうな足取りで署長室に入って行く。 園田だった。 「やあ、ハリー。 久々だな。」 「お久しぶりです、大河内署長。」 園田は署長の大河内知樹と握手を交わす。 大河内はでっぷりと太った眼鏡の男で、典型的な「官僚」と言った感じだった。 「皆驚いているよ、お前が戻ったってな。 しかしジャケットの内側に手を突っ込んでいるところを見ると、お前の異動を許した俺の頭を懐に隠した44マグナムでぶっ飛ばすか、もしくは・・・。」 「その、もしくはです。」 大河内の言葉を制するように言った園田の言葉に、しばし沈黙が起こる。 「辞表なら出さなくていい。 横須賀のハリーの最期は、誰も見たいもんじゃない。」 「辞表じゃあないんです。」 「え?」 園田の意外な言葉に、思わずすっとんきょな声をあげる大河内。 「剛に、こいつを渡してもらいたいんです。」 そう言って彼はジャケットの内ポケットから茶色い封筒を取り出して机の上に置いた。 大河内は分かったと言うように何も言わず、その茶封筒を机の引き出しにしまう。 「外に木村人事官がいるはずだ。 君はもう組織人じゃない。殴るなりなんなり、好きにするといいさ。」大河内がドアの方に目をやりながら、つぶやくように言った。 「そうですね…。」 その言葉に頷いた園田は、大河内に一礼して部屋を後にした。
案の定、木村は壁にもたれ掛かるようにして園田を待っていた。「我々警察も、惜しい人材を亡くしたよ。」と木村。 黙ったまま木村を睨み続ける園田に、彼は続ける。「大河内君は私を殴れと言ったかね? 私を殴りたいかね?」 しかし園田は首を横に振った。 「大河内さんはそんなこと一言も言ってないですし、第一俺もあんたを殴ろうなんて考えてはいませんよ。 俺が憎いのはアイツだけですから。」 そう言って再び歩きはじめる園田に、木村が引き留めるように言う。 「君はもう一般人だ。 一般人がどうやって奴等と闘うんだ?」 そんな彼の言葉に、園田が笑顔で返した。 「所轄を離れた時点でもう、俺は一般人ですよ。 言ったでしょ、どんな手を使っても、今回の事件を解決させるってね。」
警察のバッチを捨てた園田の後ろ姿を見送りながら、木村は唇を軽く噛むのだった。
つづく

蒼い青春 十五話 「殉職」

蒼い青春 十五話 「殉職」

警視庁に異動が決まった園田は、その準備期間として一カ月の休暇を取っていた。 大人しく異動命令に従うか、辞職するか・・・ 決断に迷っていたある日、裏の雑木林で射撃練習を行っていた園田の前に、あの憎むべきローブの怪人が現われる。 怒りにまかせて怪人を追いかける園田だったが、葛藤から園田は射撃の腕が落ちて・・・ 心の葛藤を落とし穴に、園田を襲うさらなる悲劇とは何か? 園田康雄編最終章!

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • アクション
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-28

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  1. 前篇
  2. 中篇
  3. 後篇