ずるいひと。

リクエスト*長谷部夢

1

『長谷部』


主の凛とした声が俺の名を呼ぶ


「なんでしょう、主」

『お買い物に行きましょう』

「買い物…ですか?」


微笑みながら頷かれる。
主の綺麗な髪がさらりと揺れ、思わず目を奪われた


『嫌かしら』

「あ…いえ、そのようなことは。では、参りましょう」


慌てて目を逸らし、主のえすこぉとをする。
(燭台切から「男ならしっかり女性をえすこぉとするんだよ」と散々聞かされたのが、まさか役に立つとは思わなんだ)


『あったかくなってきたわね』

「えぇ、もうすぐ祭りの時期でしょう」

『あら、それは楽しみ』


主の浴衣姿はきっと、何物にもにも劣らないほど美しいだろう。
願わくばその隣を歩くのは自分であって欲しい。
…と思っているが、そんなのは夢のまた夢だ。
刀が夢を持つとは、世も末かもしれない。


『長谷部、どうかした?』

「なんでもありません、…主、何をお買い求めになられるんですか?」


主は口元に手をやり、妖艶な仕草で考える素振りを見せた。
その一挙一動に、たまらなく心臓が早鐘を打つ。

こんな感情、持ってはいけないのだけど。
そう思えば思うほど心苦しく、貴女を求めてしまう


『…少し、長谷部と二人で歩きたかっただけなの。迷惑だったかしら』

「─っ…」


そんな俺の心を知らず、そんなことを言う。
戸惑ってしまう。自分だけが特別なのかと、勘違いしてしまう。

勘違いしてはいけない。
きっと主はそんなつもりはないのだから。


「─いえ、主命とあらば、何処までもお供致します」


だから、平常心を保って。
悟られぬよう、気取られぬよう。

そうすれば、近侍としてずっと貴女のそばにいられるのだから。


『主命、…』

「主?」


少し眉を下げ、こちらを見遣る主の瞳のなんと美しいことか。
困った顔をさせてしまったことよりも、その瞳に気がいってしまう


『…主命じゃなければ、一緒に歩いてはくれないの?』

「そ、それは…」


そんなことは、決してないけれど。
軽々しくそう言うことを言われると勘違いしてしまうから。


『…なんて、少しからかってみただけ』


くすり、と小さく弧を描く口元に、また心臓が跳ねた。
大人しくて小さいその体で、自らも知らぬ間に他人を翻弄している。
危ない人だ。まったく。


「…あなたは全く、狡いお人だ」


その声は、きっと主の耳には届かない。
けれどいつか、耳元で囁いて見せましょう。


End

ずるいひと。

ずるいひと。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-21

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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