侯爵夫妻の密かな楽しみ
公爵夫人のご趣味
「失礼いたします」
ノックの音を遠慮なく響かせて、ノアルは部屋に入ると、無表情な顔をますます強張らせた。
この部屋の主は、天蓋付の広いベッドの上だった。
ただし、一人ではなくメイドと一緒だ。
そのメイドは……一糸まとわぬ姿で、美しい顔を涎をたらしながら愉悦に染め、あられもない恰好をしている。
清楚で理知的な印象を与えるブルネットの髪が乱れていた、愛液と涎と汗で肌に張り付き、何とも言えない色気を醸し出す。
しかも、この部屋にいるのは三人ではなく、四人。
ベッドのそばに控えているのは、主お気に入りの美青年の使用人だ。
「奥様っ……奥様ぁ……!」
「うふふ、可愛らしいこと」
「奥様っ……私っもうっ!!」
ベッドの上でお愉しみなのは、女二人。
それを傍らに控える青年は、雄の本性を抑え込むような、熱っぽい目で見つめている。
ノアルはそんな淫猥な雰囲気の中、顔色は変えずに、言いつけられたレモネードをサイドテーブルに置いた。
その間にも、メイドは奥様の手で、蜜壺を遠慮なくかき回され絶頂を迎えようとしている。
が、奥様はその手を卑猥な水音を立てて、急に引き抜いた。
その優雅な手から、似つかわしくない淫靡な愛液が光りシーツに滴り落ちる。
乾いたら洗濯が大変だ、とノアルは思った。
「あ、ふぅん。奥様ぁ止めないで……ぇ」
メイドは恍惚から冷め、責めたような、切ない目で奥様を見つめた。
「もう、十分濡れたわね。さぁ、この男と交わりなさい」
「……ぇ?」
「わたくし、貴女と彼の子供が欲しいの」
奥様の顔に浮かぶのは妖艶な笑顔。反対にメイドの顔に浮かぶのは、絶望だった。
「……いやぁ、奥様じゃなきゃいやぁ」
メイドは奥様に甘えたようにすがりつく。それを聞いていたノアルはどんな懇願も無駄だと知っていた。
「ふふ、わたくしでは、貴女のココを喜ばせられなくてよ?」
奥様はメイドのお腹を円を描くように撫でる。
それだけで、メイドはイってしまいそうになっていた。
「それで、もっ……」
「フフ、お道具で処女を喪失したいの? とんだ淫乱さんね……そんな子も嫌いじゃないけれど」
「だったらっ……」
「でも"わたくしの言うことを聞けない悪い子"は、嫌いよ?」
「き、嫌わないで、奥様っ……私を嫌わないでぇ」
「じゃぁ、分かるわよね?」
「…………はい」
今にも泣きだしたい、消え入りそうなメイドの声。
なんて、悪趣味な。
そう思いながら脱ぎ散らかされた衣服をもくもくと畳むノアル。
「大丈夫よ、子供ができたら、わたくしの子供として育ててあげる、から。安心しなさい」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、約束」
心を折ってから、見せる慈悲。
メイドの唇に舌を這わせ、キスをしながら奥様は極上の笑みを浮かべると、メイドから体をゆっくりと離し、ベッドから立ち上がった。
その愛液に塗れた……均整のとれた美しい体に、着る意味もないほど薄く、透き通ったガウンをノアルはかぶせる。むしろ着ている方が、性的な興奮を起こさせる作りだった。
体を拭けばいいのにと思うが。発情した雌のフェロモンは奥様のお気に入りの香水だった。
性的欲求の薄いノアルには、すえた臭いにしか思えない。
奥様はまるで絵画の女神のようにカウチに寝そべると、水分補給のレモネードを飲みながら鑑賞を始める。
ノアルは、きまりでこの奥様の趣味が始まると……終わるまでは、部屋から出ることを許されていない。
奥様に体を離されて、不安がるメイドを、青年はやさしく言い聞かせるように抱き始めた。
メイドは初めは嫌がって、拒絶の言葉を繰り返していた。しかし奥様に許しを請い、破瓜の痛みをあげた後は、開発されていた体は、奥様の名前を呼びながら嬌声を上げ続ける。
男の方もよく萎えないものだ。
――――いや、むしろ燃えるのだろうかこの状況?
ノアルは冷めた目で見ていたが、奥様は満足げに……この種付けを鑑賞していた。奥様曰く処女が強姦される方が妊娠率は高まるらしい。
「中で、だしますよ?」
「いや、いやぁ赤ちゃんできちゃうっ……!あぁァ、んッ、んッ、痛っ!」
「そんなことを言っていいのですか? 奥様に、嫌われてしまいますよ?」
それなら私も協力しなくてもいいんですね、と青年が自身をあっさりと引き抜くと、メイドは、あわてて自分の本心を撤回する。
「あ……ぁぁ、赤ちゃんの種、くださいっ……私の、このお腹にっいっぱい、いっぱい産み付けてくださいっ……」
奥様の為に。そういって、好きでもない男に体を許す屈辱と快楽の板挟みになりながら、自らの血と愛液でテラテラと濡れそぼつ陰部を、辛そうに指で開いて青年の雄を誘う。青年は覆いかぶさり……容赦なく突き入れた。
また、水音が聞こえるほど激しい挿入を繰り返す。
熱い雄に中をかき回され、理性を無くし上がるメイドの嬌声に、奥様は感想を一言。
「ふふ、わたくしなんてもう必要がないみたいね?」
「そ、そんな奥様ぁ……あッ!あッ!わたしは、奥様がぁっ……あ、ひっ、んっ」
青年の腰が動くたびに、悲鳴に近い声をメイドは上げる。
奥様はそんな弁解を聞かずに、無情にも部屋から出て行った。
より心を揺さぶり、虚脱状態にさせて、これでまた妊娠率が上がるかもしれないわね、とほくそえんでいることなど、茫然自失で犯されているメイドにはわからないだろう。
青年は奥様のお望み通り、メイドが気絶するまで何度もお腹に精を放ち……犯し続けた。
「あの人の方は、どうなの?」
奥様の寝室に戻ると、湯あみを済ませた奥様は、同時に水で洗い流したように、メイドのことなど忘れているかのようだった。
「旦那様は、ルチェとデントの交配をお済ませになりました」
「そう、今度はどっちが勝つかしら?」
「…………さぁ、こればかりは生まれてみないと」
「まったく、貴女は面白味のない回答をするわね、そこが気に入ってるのだけれど」
「恐れ入ります」
貴族の趣味には、もはや趣味ともいえないほど家名も財産も注ぎ込んだ道楽がある。
それは、自らの所有する馬のなかから最速の馬を作り出す、いわゆるブラッドスポーツだ。
しかし、この家の侯爵夫妻は……一風変わったブラッドスポーツをしていた。
お互いに美男美女を選りすぐり、美しい、理想の人間を作り出すこと。
つまりは、馬ではなく人間でするブラッドスポーツ。
気の遠くなるような、時間と手間とお金をかけた趣味。
若いが幼いころから長年勤務し、冷静なノアルはその見届け人となっていた。
夫妻お互いがズルをしないようにと、その血統を確実にするための監視役。
侯爵夫妻がこの趣味に手を染めた頃、初潮もまだで性の目覚めもなかったノアルはあまりの生々しさに毎日吐きそうになるほどの衝撃を受けた。
しかしこの若輩の身の上では、紹介状も書かれずに解雇されてしまうと、雇ってくれるところなどない。死活問題で辞めることができないうちに、今では少しは動揺してしまうもののルーティンワークとなる程この状況にも慣れた。
まだ若いのに……トラウマで枯れている自分が少し悲しい。
何ともおぞましい夫妻の趣味だった。
が、意外にも作った結果も出来不出来に関わらず見ているという、一面もあった。
それも道楽の一部だろうが。
だからこそ、ノアルも自らの腕を頼りに他の仕事ができる年となったが、このろくでもない主を見捨てないで、たくさんの坊ちゃまやお嬢様たちのお世話を引き受けている。
夫妻の努力の甲斐?があってか、お子様たちは天使のような美しい外見の子供たちばかりで、性格は血がつながらないと言えど、この方たちを親に持つとは思えない素直で純粋だ。
特に一番美しく、賢く、長男として引き取ったお坊ちゃまは、ノアルの事を使用人としては光栄なほど慕ってくれている。
この趣味さえなければ、領民にも使用人にも優しく、賢い領主である。
侯爵夫妻はさすがに、子供には淫猥な面を見せていないようだったので、口が堅く、この趣味に関わってもまともな価値観を持ち続けられる使用人は、管理者として重宝された。
「貴女は容姿が、それほどでもないのが悔やまれるわ、さぞかし面白い子が生まれたでしょうに」
「それは、残念ですね」
侯爵夫妻がこの楽しみに目覚める前に、雇い入れられたのでこの"趣味"に参加する資格がないほどの容姿でよかったとノアルは胸をなでおろす。
自分が手を出されていないことに、外見の他にも意味があることを彼女は知るはずもなく。
ノアルがもし子供を産んだとしても、ニンジン頭でそばかすで、ちんちくりんしか生まれないだろう。と、彼女は思っていた。
「さて、次はどの使用人がいいかしら? 今回があの人のブルネットだったから……わたくしの金髪がいいわね……
銀も好きなのだけれど、わたくしの血統にもあの人の血統にもいないから残念だわ、あ、そうだわあの人の私生児として引き取るのも手ね!」
「さすがに私生児は……差をお付けになるとお子様がお可哀そうです」
種馬達はあくまでも自主的に、この手管に落ちて行ったのだから仕方のない事だが。
しかし、作られた子供たちは違う。
その子供たちの平穏を守るのが、真の仕事だ。と、ノアルは密かに思っている。
ノアルは手遅れかもしれないが今日もギリギリのところで、侯爵夫婦の暴走を食い止めるのであった。
侯爵夫妻の密かな楽しみ