好き、しよ!

狭雲月 十悟

  1. 1.はた迷惑な猛烈アタック
  2. 2.彼女がオレに惚れた(?)理由。その一
  3. 3.彼女がオレに惚れた(?)理由。その二
  4. 4.ヤバイ、オレの生活、段々侵食されてないか?
  5. 5.風雲急な心模様とその信頼に応える覚悟
  6. 6.大馬鹿者は誰だ、我がままに振り回してしまうのは
  7. 7.見えない答えと、出た答えと
  8. 8.変われたのは、彼女かオレか、その両方

1.はた迷惑な猛烈アタック


「ねぇ、しよ?」


 目を潤ませて、こっちを見てくるのは、同級生の女子、兵梨(ひょうり)結亜(ゆうあ)
 目の前でめくらなくてもパンツが見えそうなほど短いチェックのスカートをめくりあげて、見せるのは両サイドリボン結びしている紐パン。
 じっくり見るわけにもいかず、オレは反射的に目をそらした。

「ゆうあのここ……ひっ、ぱっ、て?」
「……ここ教室だから、っていうか、理一(りいち)いるんだけど」
「あ、俺のことは気にしないで続けて続けて」

 オレ達以外に、いないとはいえど。ここは放課後の教室。
 親友の横谷(よこや)理一に数学を教えているオレに、構わず迫ってくる兵梨に、呆れた目を向ける。

「見られながらするエッチもすっごくいいよ?」
「いいよじゃないっ!」

 丸めた教科書で、スパーンと兵梨の頭を軽くはたく。
 もうその手つきはなれたもんで、よどみがない。
 いたぁい!と、大げさに頭を押さえる兵梨に冷ややかな目を向けて、オレは完全無視で理一に数学を無心で教え続けた。いろんな意味で、気にしたら負けだ。
 構ってよ~という兵梨を無視し続ける。
 ここで、同情は禁物だ。
 小動物を虐待しているような罪悪感に陥るが、小動物はセクハラはしない。
 兵梨はオレの様子に、しゅんとしてあきらめたように教室から出て行った。

 嵐が去った。

 ほっと、ため息をついてると、数学を教えてもらいながらも面白そうに見ていた理一が言った。

「何でやんねーの?」
「何で、って好きでもないのに、そんな付き合いできねーよ」
「あらら、これだから童貞ちゃんは……別にヤリ捨てればいいじゃん、向こうがいいってんだから」
 いつでもできる便利ちゃんだろ? と、意地の悪い顔でいう。
「お前のそういうところは、少し嫌いだ」
 不機嫌そうに言うと、あらら、と理一は子供のわがままを聞いているかのような余裕のある表情をする。
「しっかしまー。お前があのビッチで有名な兵梨にマジボレされるとはね」
「……オレだって信じられないよ、お前ならともかく」

 目の前の親友は街を歩けばナンパされ、モデルの事務所のスカウトはくるはで、人の多い場所ではあまり遊びたくはない。それぐらい、外見はいい。
 「別にアンタじゃなくても、俺に付き合ってくれる女いるから」という、いつか背後から刺されても仕方ないセリフを吐いても、女の子は引きも切らずについてくる。

 ――あれ、なんでこんな奴とオレは親友をやっているのかよくわからなくなってきたぞ。

 とにかく、そんな誘蛾灯のような男がそばにいるので、オレの恋愛遍歴は……ほとんど片思いで終わっていた。
 だから、可愛くて積極的な兵梨がオレなんかに猛烈なアタックをしてくるのが、なぜなのかよくわからん。
 しかも、アタックの仕方が露骨にエロい。エロすぎる。
 オレも健全な男子高校生だから、抱きつかれたり、胸を押しつけられたり……今日はパンツ見せられたりすると、たまらなくなるけどさ。



 兵梨がこんなになったきっかけは、数日前に遡る。

2.彼女がオレに惚れた(?)理由。その一

 兵梨(ひょうり)のことは、噂では知っていた。
 誰とでもエッチなことする女……それが彼女の評判だった。


 初めての接触は、廊下ですれ違った時。
 小さい背、長いゆるいパーマがかかった、いい匂いのする髪。
 まつ毛が長くて、大きくてくりっとした目に、高校生にしてはバッチリとされた化粧。
 校則をはるかに破る短い制服のスカートから、すらりと伸びた足。
 そこら辺のアイドルよりも可愛くてスタイルもよく、理一(りいち)と並んでも遜色ない高レベル女子。

 かわいい子だなぁ。
 ま、オレには関係ないだろうけど……。

 それが第一印象。
 でもオレも男なのでつい目で追っていたら、他のクラスの奴に「アイツはやめとけよ」と言われた。
 いわゆる誰にでもさせる子だって有名らしい。

 信じられなかった。
 噂とはいい加減で……曖昧で。
 まぁ、時折真実も混ざってるけど。
 そんなことは理一を友人に持った時に、よくわかっている。

 兵梨のクラスとはほとんど離れていたので、それきりだったが、ある日の買い物帰り。
 理一に「一緒にナンパしにいこうぜ」と誘われたがナンパしてもお邪魔なのはオレになるわけで……振り切り、いつもは通らない裏通りに入った。
 そこはうらぶれたラブホとかが、ぽつぽつとある場所で。
 小心者のオレは何だか悪いことをしている気になって、足早に通り過ぎようとしていたら、そこで言い争う声が聞こえた。
 女の子と、複数の男の声。
 どうやら男数人で、無理やりラブホに女の子を連れ込もうとしていた感じで。
 オレは反射的に、やばいと思って、見て見ぬふりをしようと思った。
 だって普通そうだろう? ここで実は俺が格闘系の段位もちでしたとかだったら……颯爽と助けられるんだろうけど。
 こっちは非力な一般市民。
 女の子を無理やりラブホに数人で連れ込もうとするやばい奴らなんか相手にできるはずもない。
 一度、通り過ぎようとして…………でも見て見ぬふりなんてできないというジレンマで足が止まる。
 オレは仕方なく、女の子を助けることにした。
 国家権力に頼って。

 携帯って、便利だな。
 携帯を振りかざして、「警察に電話しました!」と大声で叫んだら……本物さんではなかったのか。
 「ヤベェ」とかいう小物っぽい捨て台詞を吐いて、男たちは女の子を離して、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 男たちが完全に視界から消えたことで、やっとオレの緊張の糸が切れ、道路にへたり込む女の子を見る。その顔を見て驚いた。

「兵梨……さん?」
「……滝口くん?」
「え、あ? なんでオレの名前!?」

 いや、問題はそこじゃない。
 でもオレは知り合いでもなんでもない彼女がオレの名前を知っているのかということに、またまた驚いた。


 
滝口漣(たきぐちれん)くんでしょ?理一くんとよく一緒いるよね?」
「あ、うん」

 淡い期待は、あっさりと裏切られた。
 まぁ、そうだよな、それが普通の反応だよな。
 やっぱり理一関係か。
 少し期待してしまっただけに、オレはがっくりと来た。

「あ、それにしても本当にありがとう」
「ん、あ、別に……オレ何にもしてないし。そうだ、警察!本当に行かなくていいのか?」
「ううん、いいの、あの人達元カレだから」

「へ、元彼……?」

 少なくとも四人は、いたよな? と言いかけて、あの噂がよぎってやめた。
 いや、人をうわさで判断するのはよくない。

「久しぶりに、したいって言われて来たら、四人でいるんだもん。
 3Pならともかく、無理だって言ったのに無理やりホテルに行きそうになったから助かったよー」
「…………」

 三人ならいいのか。

 オレの常識の範囲外のセリフに、一瞬思考が止まった。
 やっぱり、兵梨って。と深く考えるのは怖かったんで、関わり合いになる前にオレの理性は『逃げる』事を選択する。

「じゃ、じゃあ……オレはこれで!」
「ま、待って。滝口君」
「きょ、今日の事なら、誰にも言わないから! じゃ!」
「ち、違うの……その、服破られちゃって」
「!」
「さすがに私もこの格好で帰れないから、服貸してもらえないかなぁ?」
 「この格好」につい反応してオレは視線を向けてしまいそうになるが、あわててそらした。
「え、あ……じゃあとりあえずオレのジャケット貸すから、うち来る? ちゃんと服かすから」
「いいの?」
「まぁ、仕方ないだろ」
「ありがとう!」

 そう笑う兵梨は、さっきまでホテルに連れ込まれそうになっていた事は忘れたのか……すごい可愛かった。

3.彼女がオレに惚れた(?)理由。その二

 下心的な意味ではなく幸いにも、家には誰もいなかった。

 何にしてもこの状況、説明するにはめんどくさすぎる。
 いつもならこの時間いるはずの母さんは、買い物かきっと奥様友達連中の誰かの家に遊びに行ってるんだろう。
 兵梨(ひょうり)をオレの部屋に入れると、オレはクローゼットの中を適当に物色する。

「もうテキトーにジャージでいいか?」
「うん、お礼しなきゃね」
「いや、別にいいよ、これくら……」

 ちょうどよさそうな洗濯済みのジャージを引きずり出し、兵梨に振り返ると……。
 そこには服を脱ぎ、下着姿になった兵梨の姿が見えた。

「ちょ!脱ぐの早い!オレでで出ていくから、それから着替えろよっ!」

 初めてまじかで見る、同年代の女の子の下着姿。
 すぐにまたクローゼットのほうに向きなおるが、一瞬で、目に焼き付く。
 白い肌に……薄いピンクのレースで黒のフリルが付いた上下おそろいの下着。
 胸は大きくもなく小さくもなく……ちょうど揉み心地のよさそうな肉が、下着で隠され切れていない。

「違うよ、お礼だよ?」
「え?」

 からかうように、笑うように兵梨はそう言う。
 あわてて後ろを向いたオレの背中越しにあたるのは、柔らかい感触。
 もしかして、もしかしなくてもこの感触はおっぱ……。

 

「この下着、お気に入りなんだぁ~どう?」
「どう……って」
 瞬間的に血が沸騰するような……。
 ためらいなく兵梨はオレに後ろから抱きつき、手をズボンのチャックに……。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 オレは勃ちあがりかけた自身に喝を入れると、前かがみになって耐える。
「ちょ、兵梨っ……冗談きついよ」
「冗談じゃないよ、しよ?」
「なんでそうなるんだよっ……!」
「だって、私これぐらいしかお礼できないよ? 大丈夫、みんな気持ちいいねってほめてくれるよ?」
 確かに、慣れてるみたいで。力を入れられず抵抗するオレの体を、まさぐっていく兵梨の手はよどみなくオレの熱をあおっていく。
「滝口くんも、知ってるんでしょ? 私のウワサ」
「そ、そりゃあ知ってるけど。こんなの違うだろっ!」
「私、誰とでもするんじゃないよ、いいなって思う男の子としかしないよ?」
「え……?」

 兵梨が選ぶ相手には、兵梨なりの流儀があるようだ。
 まぁその「いいな」の範囲が普通の人よりも「かなり」多いだけであって。ある意味一途なのだろう。
 と、言うことは。
 オレはかっと血が上る。
 オレの事、少しは……イイって思ってくれてることで。
 衝動的になりそうな気持ちをぐっとこらえて、オレは言う。

「ちょっといいな?と思ったぐらいでオレはできねーよ」

 兵梨の腕の中で、ぐるりと回ると、向き合う形になり。肩をつかんで体を引き離す。
 瞳をそらさず、まるで動物に言い聞かせるようにオレは兵梨に言った。

「ほかの奴とはしたくなくなるほど……一番いいな、って思う男としろ」

 目をそらしたら、ダメだと思った。理屈じゃなく本能で。
 大きな目を瞬きの音が聞こえそうなほどぱちくりとさせて、呆気に取られた顔をした兵梨に見つめられる。
 相手が下着姿だとか関係なく、人と見つめあうのは勇気がいる。
 思考が違う相手に、通じるとは思わないけど。
 本気だった。

「……うん、わかった」
 兵梨は意外にも素直に、こくりと頷いた。
 わかってくれたか……と、ほっとした瞬間。

「じゃあ、滝口くん、しよ?」
「はぁ?!」

 だぁぁぁぁぁ!!!
 わかってないっ、わかってない!!!
 何がどうなって「じゃあ」なのか、お前の思考回路はどうなってんだ!

 オレは兵梨を引きはがそうとする。
 それを無視して、向こうは抱き着こうと手を伸ばしてくる。
 そのしぐさが、胸を寄せた感じになってオレはうろたえた。

 マンガやグラビアで見るポーズが現実に……いや、深く考えたらだめだ。
 こいつの思うつぼだ。

「ゆうあ、滝口くんの事、ずどんって胸にきちゃった!……こんなの初めて」
 そう言う兵梨の声はさっきよりも甘える口調で、しかも自分の事名前で呼び出したよこの人。

「兵梨……」
「ゆうあって呼んで?」


「もう、お前ジャージ貸すから帰れ」

4.ヤバイ、オレの生活、段々侵食されてないか?

 っていう思い出してもすごく疲れる事があり。

 「私はもう滝口くん専用なんだ!」と元カレと下心アリアリの男子達を兵梨(ひょうり)が追い払ったせいで、オレは学校中の噂の人となった。
 理一(りいち)がからかって言うよりも、もっとえげつない言葉で嫌みを行ってくる元カレたちや、噂だけで兵梨の事を判断してる奴らの野次に、オレはうんざりした。
 しかし理一にカノジョを取られた男達に厭味を言われるのは結構あるので、それはいい、慣れている。
 それよりも、なんかズレた兵梨のアタックの方が疲れる。
 あぁ、オレがいることで、不特定多数の奔放な関係をもたなくなっただけでもいいのか……。
 早くオレ以外の、しっかりした本当にいい男を捕まえてくれればいいのに。
 そう思ってセクハラまがいの好意を拒否し続けるのだが、兵梨の態度は益々ひどくなる。
 教室でオレだけじゃなく、理一もいるのにパンツ見せてくるなんてどうなんだ。

 ……はっ! いやいやいやっ!!
 オレだけだとしても簡単にパンツ見せちゃいかんだろう!

 理一にやっと数学を教え終わると、「お礼~」と言って差し出されたので、飴かなんかと思って何となく受け取ると、それはコンドーム。
 投げつけて返してやったら「おおー。生でヤルつもりなのか鬼畜ぅ~」とからかわれたので、もう勉強教えないからなと言い捨ててやった。
 ぶーぶーと文句を言う声が聞こえるが、男がやっても可愛くない、知るか。
 教室から出ると、少し離れたところで兵梨が待っていた。
 オレに気付くと、うれしそうにぱっと表情を輝かせるが、さっき怒られたことを思い出してすぐにしゅんとして、オレの顔色を伺うように、おずおずと上目使いで見つめてくる。
 のは……可愛い。
 可愛いんだけどさ。

「ねぇ、漣くん」
「何?」
「漣くんって、もしかして理一くんとできてるの? だからゆうあじゃダメなの?!」
「…………はぁ?!」
「男同士だと、AFかぁ……ゆうあやったことないよ」

 おいおいおいちょっと待て、お前一体どんな想像を?
 ちょっと想像して、鳥肌が立った。
 もちろん悪い意味で。

「でも、漣くんが好きだっていうならっ、今度のお小遣いで色々買って予習してくるから! 理一くんより漣くんを満足させ……」
「いや努力の方向性が違うから、っていうかキモい妄想するなよ、理一とは普通に友達だ」

 一体、どんな努力を。

 その想像を打ち消すように、ごすっと、結亜(ゆうあ)の額にチョップをする。
 が、兵梨は今度は動じず、じっとオレの顔を見た。

「本当?」
「それ以上言うと、兵梨と口も利きたくなくなる」
「そうなんだ、よかったぁ。じゃあ……一緒帰ろ?」
「別に……いいけど」

 だからなんでじゃあなんだ。

 すごくうれしそうに笑う兵梨に。
 オレと帰るのが、何がそんなにうれしいのか本気でわからなかった。



 一緒に下校しながら、兵梨は上機嫌だった。

 胸をぎゅうぎゅうと押し付けて、無理やり腕を組んでくる。初めは振り払おうとしていたオレだったが、あきらめて好きにさせることにした。
 兵梨は制服のシャツの胸元のボタンをかなり外していて。ブラがチラチラどころか……オレの視点からは、かなり見えていた。
 今日は黒とエメラルドグリーンのストライプで、縁取るように黒のフリルが付いている。
 黒いフリルが好きなのか?

「おい……見えてるぞ」
「みせてるんだよ~かわいいでしょみせブラ!」

 自信ありげにいいきったよ、こいつは……。
 ちょっとウンザリしたオレのオーラを感じ取ったのか。

「あれこの色。き、嫌いだった?ピンクの方がいい?あ、もしかしてノーブラの方がスキ?じゃあ外すね」
 道の真ん中にも関わらず脱ぎかけたので、またまたチョップをお見舞いする。
 今度は、結亜はわざとらしく痛がった。
 オレは理一をみて培った知識を総動員し、胸元のボタンとスカートの長さを、常識の範囲内に納めることに誘導する事にした。
 「オレの好みじゃないから、変えろ」というモテ男にしか言えない我儘なセリフ。
 まさかオレごときのレベルで、理一テクニックを使えるような事態に陥るとは。通用するかはわからんが。

「スカート短いな」
「うん、短い方がカワイイし……足見せたいんだもん!あ、今はモチロン漣くんにだけ、だよ?」
 なんでも可愛い=エロいが基本なのか。
 なにかを期待するように、首を傾げながら兵梨はこっちを見るが、オレは心を鬼にして言う。
「オレ、実は短いの好きじゃねーんだよ」
「え?」
「制服もネクタイしてる方が、かわいいと思うし」
「そ、そうなの?」

 ネクタイしてたら、まだ胸元空かないしなという本音は隠す。

「漣くんって……チラアリズム萌え? パンモロよりパンチラ派? じゃあ、明日からしてくるね!」

 うわぁ、理一テクニック本当に通用した。
 結亜の斜め上の反応はともかく、何だか……感動してしまう。

「あ。でも使わないから無くしちゃった……買いに行きたいから付き合って、くれる……かな?」

 オレの一言でわざわざ買うのか。
 少しびっくりしてオレは慌てて言った。

「じゃあオレ何本か持ってるし、やるよ」

 無言。

「あ。嫌だったか?」
 兵梨が固まる。
 うちのガッコのブレザーはネクタイとセーターは校則で自由だから何着てもいいけど。まぁオレの学校指定のネクタイなんて兵梨には趣味じゃねーんだろう。

「ううん!すっごくうれしい~えへへぇ」

 オレが声をかけると我に返ったように、兵梨はとろけるように喜んだ。
 マジで顔がゆるゆるだ。
 使い古しのネクタイごときでこんなに喜ばれるとは……と、その時は思っていたが。
 次の日に理一から「あーカレカノでネクタイ交換するの流行ってるよな。俺はキリ無いんで断ってるけどさー結局交換しすぎて、女の子同士が交換することになっちゃうし、はは」といわれ。
 そんなつもりは一切なかったオレは、途端に恥ずかしくなった。
 反対に兵梨は上機嫌だ。


 それはまるで彼氏に指輪でも買ってもらったような勢いで。


 それを見てると……オレも仕方ないか。と、思いながらもどこか自然と胸の鼓動が早くなっているのにそれを見て見ぬフリをした。

5.風雲急な心模様とその信頼に応える覚悟

 そんなこんなで、軽い女から一転。
 オレに一途になった兵梨(ひょうり)

 そしてその相手のオレが、冴えない草食男子で、しかも猛烈なエロアタックを必死で交わしている……うちに周囲の偏見は緩やかになり。
 最終的には、生暖かい目でバカップルを見るような、そんな雰囲気になってきた。
 オレとしては更正させている保護司のような心境なんで、不本意だが。兵梨にはいい傾向な気がする。
 それにこんな茶番が長く続く訳もない。
 兵梨がオレに飽きれば噂も消えるだろう。
 ……オレには誤解されて困るやつもいないし、それまでは仕方ない。



「あー嫁さんやばくね?」

 廊下を歩いていたら、他のクラスのやつからいきなり声をかけられた。
 いつものオレなら「嫁って何だよ」とつっかかるけれど、それよりもヤバイと言う単語の方が気にかかる。
「んーなんか、D組の田丸とさ、体育館倉庫のほう歩いて行ったから。一応旦那に報告……」
 オレは嫌な予感がして、そいつの言葉を最後まで聞かないうちに走り出していた。田丸ってよくオレに兵梨の事でつっかかってきたやつだった。


「前と同じで、楽しくやろうっていってんだろ!」
「や!」
「オレの一番おっきくて凄いイイっていってたじゃん。滝口程度の男なんて満足できねーだろ」
「やだってば!もう私は漣くんだけだもん……きゃ!やだぁやめてよそんなの押し付けないで!」
「うれしいくせに、何言ってんだ」

 なけなしの体力をふりしぼって、その場所につくと、案の定言い争う二人の声が聞こえてくる。

「テメーは時代劇の悪代官かよ」

 オレがそう言うと、二人が振り返る。
 しかし、オレの息は整ってなくて、カッコ悪い登場の仕方だった。

「オレの下半身事情なんかお前に心配してもらいたくねーわ、兵梨をはなせよ」
「漣くんっ!」

 田丸に壁際に追いやられて、スカートのをめくりあげられ。
 立ちながら犯されそうになっているというのに……兵梨はオレの顔を見るなり笑顔になった。
 絶対的なオレへの信頼。

「滝口何だよ。コイツはこうやってつかうバカ女なんだよ」
「つかうって何だよ、今も昔もそんな女じゃねーよ」
 オレは田丸の肩を掴んだ。そしてオレより背も高くガタイのいいコイツを睨み付ける。
 オレがそうやって反抗してくるとは思ってもいなかったのか、田丸はひるんだ顔を見せた。


 兵梨と長い間一緒にいて、分かったことがある。
 それは……。

 彼女は本当に相手が喜んでくれると思って、エロいことを仕掛けてくるってことだ。
 オレには「それ」が通用しなくて戸惑っていたようだが。



「兵梨はな、好きな奴から求められたいから、好きだからエロいこと喜んでやってるんだよ。お前も好かれてたんだから、分かってるだろ!」

 馬鹿…を言い換えれば純粋。
 好かれたいから。
 喜んでほしいから。
 それで何故エロ方面なのかは……きっと歴代の彼氏達は肉食系男子。エロを喜ぶ奴が大半だったんだろう。
 オレも……あんなことがなければ。もしかしたらぐらりと来て流されていたかもしれない。
 一瞬、過去のトラウマを思い出しかけて、田丸の肩に置いた手の力が緩む。

「何、カッコつけてんだよ、腑抜けが」
「!!」

 油断した。
 オレはあっさりと殴られて、地面にしりもちをつく。
 口の中に広がる鉄の味。

「コイツはな、ただの淫乱なんだよ、ほら何人の男咥えこんできたんだよ、言ってみろよ。こんな奴と本気で付き合ってた男なんかいるか、ただ体の上を通り過ぎるだけだろ」
「……っ、漣くんっ……!」

 ぐらぐらと揺れる視界の中で、兵梨が泣いてるのが見えた。
 ああ、そんな顔するなよ。

「コイツなんてすぐやらせてくれるぐらいしか価値ねーよ。お前だってヤッてんだろ? こんな女と本気で付き合うなら、お前もそういうプレイが好きってか?その レベルの男って見られるぞ」

 ぱしん。

「れ、漣くんの事、悪く言わないでっ。た、田丸君なんか、大嫌いっ!!」
「! この女っ……!」

 自分の事は何を言われても怒らなかったのに、兵梨は田丸を平手で叩いた。
 田丸が激高して、兵梨に殴りかかろうとする腕をオレは抱きつくように止める。
 強い力で振り切られて、オレはまた、壁に叩きつけられた。
 ごんっと強く頭を打つ、鈍い音が響き渡る。

「れ、漣くんっ……!!」
「お、俺が悪いんじゃないんだからなっ!!」
「漣くんっ、大丈夫!?漣くんっ……」


 ああ、オレかっこわりぃわ。

 悪い、兵梨。
 偉そうな事言ってて、何も出来ないよ。



 薄れゆく意識の中、オレは兵梨が無事なのか……それだけ考えていた。



 何だか気持ち悪い……あれ?

 何だかあったかい……気持ちいい?

 オレは無意識に、暖かくて、柔らかくて……気持ちいいモノに縋り付く。
 それはいい香りがする……どこかで嗅いだよう、な?

 あれ、何でオレ寝てるんだ?

 目開けて急速に現実に引き戻されると、その気持ちいい感覚は急に霧が晴れたように消えていった。
 視界に写ったのは……見慣れない白い天井。

 ここは?

6.大馬鹿者は誰だ、我がままに振り回してしまうのは

「お前アホだろ…」
理一(りいち)?」
「頭四針縫ったけど、脳の方には異常はないってさ。頑丈に生んでくれたおかあさんに感謝だな」
兵梨(ひょうり)は!?無事なのか?」
「……だから、お前アホだろ」

 いつものチャラさはどこに行ったのか。
 理一は自分の容態よりも、兵梨を心配するオレに真面目に呆れていた。

結亜(ゆうあ)ちゃんは無事だよ。倒れたお前見て田丸はヤバイと思って逃げたらしい。その後で俺の携帯にかけてきて、俺ん家に連れて来たってわけ」

 お前が検査してるうちに、タクシーで自宅に送り届けてきた。
 そう説明する理一を見て、そうかここは理一の家の病院かと、兵梨が無事だとわかるとだんだんと頭がはっきりして来る。
 でも無事の一言だけでは、やっぱり心配だったオレは理一に尋ねる。

「で、兵梨はどんな感じだった?」
「……あのさ、俺が言えることじゃないけど。お前の面倒見のいいところは俺もよく知ってるし、"そこ"がお前のいいところだってわかってる」
「なんだよいきなり」
「でも、本気じゃないなら。これ以上彼女に関わらないほうがいい」
「なんでだよ!?オレがほっといたら兵梨は……」
「あのさ、お前が本気なら、死にかけようが俺は止めないさ。お前がやってる事は、野良猫にただ餌やってんのとかわらないから言ってんだ」


 ――――おいしいところだけ持っていって、肝心の飼い主にはならない狡い行為。


 これからもああいうことは起こるだろう。
 そこまでして兵梨を庇って……オレと兵梨の関係は?と言っても……何だろう。
 そんなあやふやな関係を続けるのは、今回の件ではっきりしろ理一は「無責任だ」と言いたいようだ。

 女の子を取っ替え引っ替えしている理一のほうが「無責任」じゃないかと、普通の人間なら思うだろう。
 でも理一をよく知るとそうじゃない。
 理一は始めから線引きをしていて、そこを踏み越えるのを絶対に許さない。割り切っているからぶれることが無い。
 中途半端に手を出して、相手に期待させる事は一切しない。
 理一がオレに親切なのは、オレに「親友」というラインまで許してくれているからだった。

 そんな理一だからこそ……先伸ばしにしていた現実を、オレに突き付ける。


「兵梨はオレに……本気じゃないよ」
「お前は、まだそんなこと言うのかな」
「ただ。誘惑が効かないから、その興味を恋に履き違えてるだけだ」
「本気?」

 いつになく真剣で、少し怖い声に、オレは理一の目が見れない。下を向く。
 やっとのことで顔をあげた時、理一は意地の悪い笑顔でこう言った。

「だったら、結亜ちゃんの事オレが試してやるよ」

 試してやるよとは、一体なんなんだ。
 いきなりの言葉に、頭が上手く反応できずにいると。理一は携帯を取り出すとメールを打ち出す……。
 その姿に違和感を感じると、理一がメールを打ち終わった頃気づく。
 違和感の正体。それはオレの携帯だ。
 奪い返そうとするとあっさりと渡された。慌てて何をしたのか確かめると、明日朝早い時間に学校のあまり人気のない資料室に兵梨をよびだすメールだった……オレの名前で。
 今のは理一が打ったメールだと、電話をかけようとすると、「病院内での携帯電話の使用はおひかえください~」と理一はいつもの調子でからかうように携帯をうばう。
 そして「結亜ちゃんの気持ち、知りたかったら来いよ」と言って病室から出ていった。
 オレは急いでベッドから飛び起きると、急に起きたせいで少しめまいでふらつく。
 理一を追い掛けたが、もたもたしていたせいですでに廊下には誰もいない。

「……あいつは、一体何がしたいんだ」

 携帯がなければ兵梨の連絡先は知らずなにもできなくて。
 こういう時、文明の利器に頼りっぱなしなオレに嫌気がさす。

 オレはその後。理一からオレが階段から落ちたと連絡を受けたと言って迎えにきた母さんにこってりと絞られた。
 母さんにごまかしてくれた事には感謝だ、けど。

 次の日の朝。

 理一が兵梨に何をしでかすのか心配で、メールで読んだ約束の時間より少し早くその場所に行ってみる事にした。

 ドアの前に立って漏れ聞こえてくる二人の声。

「本当に……漣くんがそんなこと言った、の?」
 俺が何を言ったって言うんだよ。
 兵梨のショックを受けたような声に、それが何か確かめようとして、ノブに手をかけかけたオレに聞こえてきたのは。

「あぁ。アイツ俺に結亜ちゃんとやっていいって言ったんだ」

 オレは急にドアを開けたくない気持ちに襲われる。
 既視感……。
 二人の話す声だけが、頭に響く。

「嘘っ!……漣くんが……そんな、ことっ」
「でも漣からメールきただろ?」
「きた……けど……」
「俺とヤった後なら、結亜ちゃんとヤル事考えてもいいって言ってたぜ? 漣。俺の言うこと何でも聞いてくれる親友だからさ」


 ――――なんだそれ。

 それを聞いたオレはその場に怒鳴り込んで、理一を殴ってもよかった。それほどの……冗談でも笑えないセリフだった。
 よかったはずなのに足が吸い付いたように床から離れないし、ノブもまわせない。
 理一が兵梨と……そう考えただけで、オレの何もかもが止まった。

「昨日の入院代かなりかかったんだよ? 知ってる? 頭の検査ってびっくりするほど高いんだ。それ俺がたてかえたし。原因って結亜ちゃんだよね?」
「……私、が払うからっ」
「高校生のお小遣で簡単に払えると思ってる? 俺みたいに金持ちならともかく」
「……ごめんなさ……い。私が絶対お金貯めて払うから」
「漣も無事だったけどさ、流石に結亜ちゃんの事怒ってたよ」

 理一の声は冷たい。
 オレにはそんな喋り方しないけど、線引きの外にいる人間には容赦なく使う声だ。

「俺、気が短いんだけど。さっさと決めてくれる?」


 嫌だ嫌だ

 イヤダ



「うん、わかっ……た」


 かなりの時間が経って兵梨は決心したようにこう言った。

 オレは声を失ったように、口を開けたまま。酸素がうまく吸えない。のども嫌に乾いている。
 「あの時」と同じようにいや「あの時」よりも酷くショックを受けた。
 ショックを受けるのは……何故だ。
 きっと断ると思ったからで。
 断ると思ったのは何故だ。

 嫌だと思うのは……。

7.見えない答えと、出た答えと

「早く服脱いでよ」

 俺は我慢の限界だった。
 まるで何かから解き放たれたように、ドアを勢いよく開ける。

理一(りいち)!!」
「やっぱり漣くんじゃなきゃ、イヤぁ!!」

 オレの声と兵梨(ひょうり)の声が同時に響く。
 必死になって入ってきたオレが見たのは、泣きそうな顔で拒否ってる兵梨と、そのネクタイに手をかける理一。
 そんな必死なオレにむかって、理一はこの場にそぐわない笑顔を向けて迎え入れた。

「兵梨、大丈夫か!? 理一っ!お前一体どういうつもりだよ!」
「遅かったな、漣」
「はぁ!?お前何言ってっ……」
結亜(ゆうあ)ちゃんイジワル言っちゃってゴメンね、今の冗談だから」

 そう言って、ゆっくりと兵梨のネクタイを離す。

「冗談って! お前タチ悪すぎるぞ!」
 オレの怒りや兵梨の戸惑った顔なんてなんのその、理一は完全にスルーだ。
「じゃ、言うべき事分かってるよね、俺の役目はおわったわー」
「理一?」

「答え……でただろ?」

 意地の悪い顔でそう言うと、ポンとオレの肩を叩き、部屋から何もなかったように出ていく理一。
 取り残されるオレと兵梨。
 オレはハッとする。

 理一お前まさか……試すってこう言うことか!

 理一の言葉が、怒りのために鈍くなった頭にやっと浸透する。
 冷静に思い返して見れば、さっきの理一はこれは無茶ブリだろっていう言動と……全く普段のアイツらしくない行動だった。
 オレオレ詐欺のように、冷静に考えれば荒唐無稽な話。
 でもオレの怪我で動揺している兵梨は本気にして、そして断れなかっただろう。
 そして何より。
 アイツは嫌がる女の子に無理強いはしない。
 それは絶対だと知っていたにも関わらず、嘘だと思わなかったのは。

 オレがそんな親友を疑ったのは。
 冷静になれなかったのは。

 相手が兵梨だったからで。



 答えが出た。



 その「答え」を意識した途端、かっと頭に血が上る。
 戸惑った兵梨が泣きそうな顔になっているのを見て、やっと我にかえった。

「漣くん……怪我、大丈夫っ……?」
「あー平気、平気。検査の結果何もなかったし」
「ごめんね、本当にごめんねっ……」
「あやまんなくていいよ」
「だって、理一くんとエッチできなくて……怒ってるよね」
「え。そっち? いやいやいやあれは、理一の嘘だから……オレそんな事言わないから」

 兵梨は混乱してて、さっきのあれがまだ本当だと思っているようだった。
 むしろ、断ってくれて……すごい嬉しかった。
 そういって、兵梨を安心させようとしたのに、兵梨はイヤイヤと首を振る。

「やっぱり私、漣くんじゃないといやだよぉ……」
「兵梨、あれは」
「初めは漣くんの為だったらできるって思ってた、けど……漣くん以外からこのネクタイを外されてるって思っただけですごくイヤだったよ。漣くんのお願いでも他の人となんてでき……ない」

 兵梨の胸元を飾るのは……オレがあげた何の変哲もない学校指定のネクタイ。
 兵梨はそれをぎゅっと握りしめて、オレの言葉を聞かずに、オレに嫌われたくないとだけ切々と訴える。

「漣くん言ってくれたよね。他の奴にさせたくないほどの男としろって……それが今のゆうあには、漣くん、なのっ」

 兵梨はぽろぽろと涙を流す。
 反則だろ、この可愛さ。

 何度か兵梨を可愛いと思ったことはあったけど、今までにないぐらい兵梨を可愛いと思った。
 ダメだ、自覚したら――――止まらなくなった。
 ここまで必死にオレの事を好きだと訴える兵梨を、オレは初めて自分から抱きしめた。
 小さくて、柔らかい体。
 抱きしめれば、いい匂いがする。
 それは……昨日の懐かしい香り。

 なんで今まで、兵梨の誘惑に触ることを我慢できていたのか不思議なほどの感触。
 びくりと体を震わせる兵梨に、嫌がられた? と不安になったが、もう自分をごまかすのはやめたとばかりにオレは力を込めると、体を預けてくる。
 その感覚に何とも言えない嬉しい気分になった。

 兵梨の気持ちが本気だって気がついてた。
 それに気がつかないふりをしてたのは……傷つきたくなかったから。
 臆病な自分。

「ごめん兵梨」

 そう謝ると、腕の中の兵梨が弾かれたようにオレを見た。

8.変われたのは、彼女かオレか、その両方

 オレが女の子相手に臆病になったのは中学の頃だった。

 クラスに好きな女子がいて。
 でもその子とは友達の関係を崩したくなくて……いい雰囲気だよなって勝手に思ってて告白できないままだった。

 そんなある日。
 理一(りいち)の家に遊びに行ったオレは……その子と理一がエッチしてる現場に出くわしてしまったのだ。

 ごめん。お前が好きな子だって知ってたら、手え出さなかった。
 流石にこの時ばかりは、「女なら誰でもいいんだし」とは言わず、理一は真剣な顔でオレに謝った。
 悪いのは理一じゃない、悪いのはオレ自身だ。
 そうだ、オレはなにもしなかった。
 告白もせず勝手に好きになって、相手にされなかっただけ。
 いつもの事だ。
 でもただそれだけの事なのに、どうして胸がここまで痛いんだ。悔しいんだ。思考がぐちゃぐちゃになる。
 理一も、勿論彼女も悪くない。

 そしてオレはそれから恋に臆病になった。
 そして生々しい事も。

 だから……

 オレは一つ深呼吸をして、兵梨(ひょうり)に言った。

「好きって言うのは凄い勇気がいる事で、兵梨はすごいやつだと思う」
「す、すごくないよ。ただゆうあは漣くんがスキなだけだもん!」
「ごめん一杯、好きって言わせて」
「あやまらないで」
「本当にごめん」
「あやまらないでよぅ……」
 オレが謝るたびに兵梨はまた泣きそうになってるのか涙声だった。
「兵梨のそんな精一杯を。いままでかわして、ごめん」
「だから……謝らないで漣くん」

 兵梨は、なぜかオレの言葉の先をはぐらかそうとしている。
 でも、オレは聞いてほしかった。

「聞いてくれ」

 オレは抱きしめていた兵梨の両肩を掴むと、体から離す。
 顔を見て言いたかった。
 今の体制は、あの時兵梨に「大事な一人だけとしろ」と言い聞かせた体勢と一緒だ。

 オレも勇気を出さなきゃいけない。

「こんな愛想尽かされても仕方ないオレだけど、間に合うか?」
「?」
「兵梨、オレ兵梨の事……好きだ」

 泣きそうに歪んでた兵梨の表情が一瞬固まる。

「嘘……」
「オレも兵梨の事好きだ……付き合ってくれ」
「………………」

 無言。

 その無言の時間が、じりじりとオレを攻め立てる。



「よかったぁ」


 そういって兵梨はマジ泣きした。

「謝られるから。今度こそはっきりと振られるのかとおもったぁ」
 そんなつもりは全くなかったオレは、兵梨の態度に納得する。
「今までね、漣くんが優しいから……断らないでもらえればそばに居れるって思ってた……それであんな事になっちゃってもう嫌われたかと思っちゃった。でも、こんなゆうあでもいいの?」
「いや、兵梨こそオレなんかで本当にいいのか?」
 どう考えても散々格好悪かったオレは、兵梨に好かれる要素なんか見当たらなくて、聞き返してしまう。

「うん、漣くんじゃなきゃダメなの……好き。大好き」

 大きな目が、オレを見つめてる。その瞳に映るのはオレ。
 急に意識すると恥ずかしくなって、オレは兵梨と距離をとった。
 これ以上密着は、危険だ。
 危険すぎる。

「……オレも、好きだ」

 テレて、目線を外すオレ。
 でも兵梨はお構い無しにオレに抱きつこうとする。それを拒否する恰好もあの日と同じ。
 だけどお互いの気持ちは確実に違ってて、特にオレの方はというとその誘惑に屈しそうになる。
 マテマテここは学校で朝で。いや場所や時間が問題ではなく、冷静になれオレ。
 ネクタイをあげたときよりも惚けた顔で、兵梨はオレを嬉しそうに見つめる。こんな顔されて我慢できる訳が。ない。

「漣くんがすき、しよ!」

「……………」

 我慢しろ、オレ。

 いつもの調子でチョップすると、それでも兵梨は笑顔だった。
 えへへ~と締まりのない顔でへらへらしている。

「何がそんなに嬉しいん……だよ」
「だって今のチョップキレがなかったし、間があった、から……漣くんちょっとは考えてくれたのかなぁって」

 ちょっとどころかすごいこと考えてましたよ、ああ。
 なんでいつも鈍い癖にこんな時だけ鋭いんだ……オレは顔が赤くなるのを止められない。

「あ~もう、わかった、わかったよっ……兵梨、目閉じて」
「うん!」

 完全にキス待ちポーズ。
 読まれてるのが悔しくて、それよりも唇にする勇気がなくて、オレは頬に掠めようとしたのに。

「!!」
「えへへ、漣くん大好き」

 薄目を開けていた兵梨は頬をずらして、お互いの唇が触れる。
 その唇は柔らかくて……。
 もっともっと触れていたい、貪りたいと思いながらも、やっぱり臆病なオレは反射的に兵梨から離れた。

「や、やっぱり、当分こういう事はナシ、ナシだ!!」
「えーっ! やだやだっもっとラブラブしたいよ!」

 両思いになっても、やっぱり勇気の出ないオレ。
 でも兵梨は文句を言いながらも、すごくうれしそうで。


「うっそ、あんだけお膳立てしたっつーのにチュウだけ!?」

 と、理一にいい病院紹介しようか? と、からかわれたのは言うまでもない。

好き、しよ!

好き、しよ!

草食系地味メンのオレは最近困っていることがある。それはある美少女同級生の猛烈なエロアタック……普通の男ならうれしがるところだが。オレは素直に喜べなくて。【第一部完:次回連載再開は未定・現時点ではR15程度?】(タグ:恋愛 男性視点 学校 ビッチ 学生 草食系男子 )

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted