エミリ

 太陽はあと1週間で燃え尽きると、ニュースは繰り返し伝えていた。
 10年先とも、1ヶ月先とも言われていたけれど、具体的な時間が示されたのは今回が初めてだ。チャンネルを変えると、今まで起こった世界の出来事の、特集が組まれていた。人は何かが終わりに近付くと、思い出を振り返りたくなるものなのかもしれない。

 太陽は、いずれ死を迎える――その事は、昔から分かっていた。
 僕たちの産まれる前から、この世界では人間の生産抑制が当然の様に行われていた。僕たちが思春期を過ぎた頃からは、完全な生産中止となり、今では人工中絶は福祉サービスの一環だ。

 太陽が消えたとき、人間は滅びる。
それは幼い頃から、恐竜の絶滅、古代都市の消滅などと同じように教育されている事実だった。それが訪れたとき、混乱が起きるのを防ぐために人間の数はごく自然な方法で減らされ続け、今では地球上の人間は数十人しかいない。
 太陽が消え、やがて地上は闇に包まれ、零下何十度にまで冷え切って雪が吹き荒れようとも、地下に築かれた明るく快適なこの都市で、人間は静かに包み込まれるようにして、最後の息を吐き出すのだろう。

 エミリが温かい紅茶を運んで来てくれた。金属と樹脂でできた体、ICの脳と神経を持つ、たった1人の僕の家族。
 僕はそれを受け取り、テレビを見ながら口に運んだ。
「エミリ、規定の量は守らないといけないよ」
「ごめんなさい。あまり入れると、紅茶の味が落ちてしまうでしょう?あなたは紅茶が好きだもの」
いたずらっぽく笑って、エミリは肩をすくめた。太陽が消えても、少しの間は生きていられるけど、食物にもエネルギーにも限りがある。苦痛を味わわなくて済むようにと、政府からは達死剤が配られていた。毎日、規定量を飲めば、安らかな死が迎えられるけれど、飲みやすいように余計な甘味がついているから、食べ物に入れれば味が変わる。エミリはそれを気にしていて、時折、毎日の規定量を達成しない事があるのだ。

 「まあ、太陽が消えるのを見てからにしたいけどね」
僕が言うと、エミリは寂しくなるわ、と言う。
「カイが居なくなれば、このコミニュティで知り合いはいなくなるもの」
「すぐに友達もできるさ」
そうプログラムされているのだから。そう言おうとして、止めた。

 僕とエミリはテレビで、太陽の燃え尽きるのを見ていた。
「これで思い残す事は無くなったよ」
「そう?じゃあ、これで最期のティータイムね」
無糖の紅茶と、達死剤入りの甘いパイ。
「美味しい?」
そう訊かれて、頷くと嬉しそうに、エミリは意識を失う僕に笑いかける。
「それじゃあ、さようなら、エミリ。今までありがとう」
「ええ、さようなら」

 意識を失った僕は、エミリの手でコミニュティの共有空間に運ばれ、回収される。僕の皮膚はランプシェードに。髪の毛は織物に。
体内の微量金属や様々な資源を取り出すために細かく砕かれ、分けられて、また幾人もの「エミリ」の中に組み込まれる。

 自己発電の機能を持ったエミリは、磨耗し消滅するまで働き続ける。けれど、全ての「エミリ」が消えてしまう前に、この知能は自らを保持する方法を見つけ出すだろう。

 有機物でも、無機物でも。
 繰り返し。ただそれだけの事だ。

エミリ

エミリ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-20

CC BY-NC
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