火のクニの詩(十二)赤横丁

『赤横丁』

 横丁の軒先には乾いた黒猫が干されていた。通りは夕闇の中でほんのりと明るく、死とその間際で這う生は、軒下や、家と家の隙間、土間の端などの影溜まりで、どんよりと安らかに、掬いようもなく、淀んでいた。
 痩せた猫が一匹、通りを歩いてくる。やがて立ち止まり、にゃあと鳴いた。ぐりぐりの餓鬼の目がそれを見ていた。猫はまた用心深く歩きだし、去っていく。
 カラス除けの光物が夕陽に照らされて、鋭く、一筋輝いた。光は虚空を貫いて、結局、どこにも届かなかった。ただ静かに、横丁は染みるような茜色に浸されていく。
 表の都の悲惨な飢えはここにはなかった。宮廷を包む退廃も、民を奔らせる狂気も、この赤い静寂を決して脅かしはしなかった。通りにあるのは一縷の、透き通った、あえかな魂だけだった。
 横丁に集う、罪深く、禍々しきものたち。けして救われぬ彼らは、淀みの中で死に、殺され、微睡み、溶けた腐肉をすする。
 彼らはどうしようもなく、生きている。紛れもない、業の屍である。彼らは巡ることもできず、流れることもできない。祈りを知らないために。
 一縷な魂は宵の前に、真っ赤になる。通りに飛び出てきた子供が、叫んだ。
「赤い! 赤い!」
 別の家の子供が、黒ずんだ裸の子供が、また通りに出て同じことを騒ぎ出した。そんな子供たちの声はいつしか大勢になって、やがて夜の薄闇の中に消えていった。
 闇の軒先には干からびた黒猫が、相変わらず、黙って、か細い手足を垂らしていた。

火のクニの詩(十二)赤横丁

火のクニの詩(十二)赤横丁

混沌とうねる思念はやがて詩となり、編まれた詩はいずれクニを造る。世のどこかに浮かぶ「火のクニ」で伝わる、神話めいたいくつかの物語。 ……都のどこかにある、『赤横丁』の風景。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-08

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