火のクニの詩(九)マガツカミの種
『マガツカミの種』
マガツカミは凶事を司る。
大火の日も、嵐の夜も、戦の年月も、マガツカミは影のごとく世にあった。彼とその眷属は災いの傍らで、人知れず――――と言うより、目を背けられながら――――深く息づいてきたのであった。
古の常闇より零れ落ちた彼の種は、長い日々のうちに、世を渡るあらゆる霊魂に根を張るようになった。そうして黒々とその実と枝葉とを繁らせ、結実した実を、さらなる眷属として従えていた。
ヒトの命はかそけきものである。それゆえ、その霊魂は複合的、多層的であった。ヒトの霊魂はその端に一つの形を作る。そしてそこから、海のように広大な時空を経て、無数の端へと伝って行ける。
マガツカミの種は、そんなヒトの霊魂を特に好んだ。
ヒトの霊魂は脈々と続き、時空の海は枯れることなく、滾々と湧き上がってきた。豊饒な混沌の土壌は種に複雑な成長を遂げさせ、それまでにない、不思議な形の実を結ばせた。
だが新しい実は、マガツカミを悩ませた。
紛れもなく己の眷属でありながら、ヒトに宿る彼の息子らは、あまりに自分たちの在り方とかけ離れていた。彼らは宿主に似ていた。彼らはあたかも自分がヒト自身であるかのように、振る舞い、言の葉を繁らせた。
彼らは霊魂に留まらず、世に形として現れ、災厄をもたらした。(いや、世にとっては、彼らこそが災厄そのものであったと言えよう)新しい実のやり方は通例と違っていたが、マガツカミの眷属はその顕現した災いを見て、彼らを一族のものと認めざるを得なかった。
ただマガツカミだけが、最後まで悩んでいた。己とあまりにもかけ離れた息子らが、凄まじい速度で成長するので。
新しい実の中にはやがて育ち、樹となるものが現れた。
マガツカミはその成長していく姿を目の当たりにして、新しい実を、我が手で扱い切れぬ凶事を、畏れるようになった。
日に巣くい、夜に潜む無数の災いは、災害の日に乗じて一際激しく暴れ出す。収まらぬ戦火は今日も世をあまさず覆っていく。
ある日新しい樹は、マガツカミの幹に斧を食い込ませた。新しい樹の言の葉はいつしか鋭い刃へと姿を変えていたのだ。マガツカミはそうして絶命した。同じようにマガツカミの古い眷属も、新しい樹の振るう言葉の鉈で次々となぎ倒されていった。
新しい樹々はいよいよ繁茂し、やがて世を硬く鋭利な言の葉で覆い尽くした。
ヒトはふいに、己のクニの内に何か、別の存在を感じる。だがそれが何であるか、どこから来たのか、いつからいるのか、知ることができない。ただヒトは世を覆う言の葉のさざめきに耳を澄まして、時折混じる、異質な響きに恐怖するのみである。
火のクニの詩(九)マガツカミの種