火のクニの詩(七)とろみ
風の強い日であった。少年は小さな明り取りの隙間から曇天のムラの風景を眺め、そこで起こったすべてを目に焼きつけた。
それはまだ若い彼の母親の背であったり、年老いて枯木のように背中の曲がった、父や、叔父の姿であったりした。彼らはみな虚ろな目で野良仕事に励み、時折、呆けたように口を開けて空を仰いだ。
彼の乳母がどこかで、歌を歌っている。彼女は恨みと哀愁のこもった歌詞の意味を知ってか知らずか、たいそうなだらかに、優しく、掠れた声で歌った。彼女のムラは昨年の秋、山火事に遭って燃え尽きた。彼女の故郷はもう、あの歌の中にしかない。
父らの振り上げる鎌は鋭かった。刈られる穂もまた、細く、真っ直ぐに立って恐ろしい。ムラの奥に聳える峻嶮な峰の影も恐ろしい。何の言葉も宿らない、母の顔も恐ろしい。乳母の歌声の、低く震える調子も恐ろしい。暗い森は鬱蒼と群がり、ざわざわと、ごうごうと、硬い葉を揺らしてムラを囲い込んでいる。
少年はぽつぽつと静かに燃える、病に燻られて傷んだ己の身体を納屋の中に横たえた。その息にまじって妙な音がした。ごぽっ、という、地獄のから、何かが溢れでたような音だった。
嵐はまだ来ない。
人々は働く。まだ生きている。
灰色の空の下、徐々に、徐々に、何が溶けていくのだろう。
数少ない、貴重な命はとろとろとこぼれて、地べたを這っている。
火のクニの詩(七)とろみ