また、会いましょう
“また、会いましょう”
なんて言いながら、
それっきり二度と会わないこともあります。
建前で言っただけの時もあれば、
本当に再び会うつもりでいたのに
予期せぬことで叶わなくなる時もあります。
いつもは気にも留めない言葉なのに、
あれが最後に交わした言葉だったのかと思い返すと
途端に残酷なものに見えてきます。
だからいつもこの挨拶を交わす時、
本当にまた会えるのかなと
ほんのちょっぴり不安になって
そして切なくなるのです。
「明日、出立します」
諸葛亮は、関羽にそう挨拶した。
青天の霹靂であった。龐統が、死んだのだ。
彼の代わりに諸葛亮は急遽、荊州から益州へと向かうことになった。
「ああ」
関羽は彼に目もくれず、自室の椅子に座って青龍偃月刀の手入れに勤しんでいた。
その素っ気ない態度はいつもの事で、諸葛亮は眉一つ動かさずに話を進めた。
「発つ前にひとつ、お話が御座いまして。荊州の守りですが」
「我では、不相応と仰りたいのか? 軍師殿」
関羽は手を止めると、眼前に立つひょろりと背の高い男を睨んだ。
此の方は、わかり易い方だなあ。
諸葛亮はそう思いながら、溢れる笑みを羽扇で隠した。
「とんでもございません。要所の荊州を死守出来るのは、天下広しといえども髯殿しかおりませんから。しかし」
彼は困りきったように眉を歪ませた。
「荊州は今や、狗の群れに放り込まれた羊。いつ賊に食い荒らされてもおかしくはありません。そのような危険の中、髯殿を独りにしてしまうとは。己が不甲斐なさを嘆いている次第で御座います」
「軍師殿の所為ではない。そなたは安心して出立召されよ。この虎が、狗共を蹴散らしてくれるわ」
機嫌を直した関羽は、高らかに笑った。しかし諸葛亮は、浮かない顔をしたまま偃月刀の切っ先を見つめた。
確かに、関羽は猛虎の如く強かった。
だが、その強さが彼の首を絞めてしまうのではないかと、諸葛亮は案じていたのだ。
「そなたと共に、幾度も修羅場を乗り越えて来ましたなあ」
突如、関羽は懐かしげに話しだした。
「最初は、そなたを好くは思っていなかった。しかし判ったのだ。そなたと我は似ている」
「え?」
素っ頓狂な声を出してしまい、諸葛亮は居心地悪げに目を伏せた。
関羽は偃月刀を傍の壁に立てかけて立ち上がった。白の混じったひげが揺れる。
「我等は兄者しか見えていない。真っ直ぐに、純粋に。頑固者とも言えよう。我も、そなたもな」
確かに。諸葛亮は微笑みかけた。
「我は、死にませんぞ。兄者の天下を見るまでは」
ぐいと顔を近づけて、関羽は諸葛亮に言い放った。厳つい顔を目の前にしても動じずに、諸葛亮は静かに頷いた。
口約束などあてにならないものだと、諸葛亮は知っていた。言葉巧みに騙し合うのが、彼の仕事だからだ。
だが、頑固者の言葉を、信じてみたいと思った。
わたしも頑固者ですからね。
「そうですね。わたしの杞憂で御座いました。失礼致しました」
「兄者を頼みましたぞ」
「云われずとも」
彼の拱手する姿に、関羽は満足気にひげを撫でた。
「では、失礼いたします。 再見 」
別れの挨拶を交わす。
「軍師殿、達者で。 再見 」
そんなささやかな約束さえも、叶う事は無かった。
また、会いましょう
諸葛亮と関羽の最後のやりとりを、勝手に妄想してみました。
※便宜上、「再見」の訳は、上記の通りにさせて頂きました。