前人未踏のハイジャンプ……
例えば類人猿が片手に木の切れ端を持ち、それを天空に放り投げ、あるいは、それを武器として使用した時から人類の新たなる歴史、
進化と言い変えてもいい、とにかく、それは始まったのだ。
進化の連鎖は留まることを知らず、驚くべき速度で人類を高みに押し上げた。
しかし、かつてない程の繁栄はその影に、常に崩壊への序曲を、1歩、1歩、確実に終焉を孕んでいることを、人類は知っている。
このままの、この浪費を、この現代的な暮らしを維持し続ければ間違いなく、地球の資源は枯渇し、
60億あまりの人類は死滅する。これは予言でもなんでもなく事実である。ただ、先延ばしにしているだけなのだ。
矛盾を先送りした結果がこの現実なのだ。
人類は進化したのではなく、浪費し、死期を早めるために生きていると結論付けることもできる。
なぜなら、人類という種族は懲りないからだ。何度も犯す間違いを、修正すること、反省することはできるけれど、
忘却の彼方でまた懲りずに繰り返すのだ、同じ過ちを、何度も、何度も……。
人類の終焉は間違いなくやってくる。我々はそれを知っているけれど、現実には、太陽がやがて赤色矮星となり、
その活動を停止する50億年後などと同等の距離感で、思考しているけれど、もっと、もっと近くにその終焉があることなど、日常の中では考えうるべくもない。
それは、今の20代30代がまともに貰えない年金と等しいほど近いのかもしれないのだ。
しかし、そんな世界の終焉を声高に論じたとしても、耳を貸すものはいない、現にこうして、この戯言を書いている僕ですら明日にはもう忘却の彼方で日常を営々と営んでいるんだから。
「あなたの悲観的なってか、ネガティブなってか、終末論って、もう聞き飽きたわ……」
ユミは怒ったように僕の傍らで言った。
「今、現実に私たちってあなたはどう思っているか知らないけれど、曲りなりにもデート中なのよ、そういう認識ないわけ?あなたは……」
8月の陽射しは眩しくこのタンポポが一面に咲き乱れた丘に、陽炎を揺らした。
「いや、だからさ人類がさ、今までの傍若無人な進化、あるいは進歩を悔い改めてね、意識の革命が必要なんだよね、生き残るためにね、前人未踏のハイジャンプでもしない限り生き残れる道はないわけでさ……」
「だって、きっと、そんな現実なんて何千年もね、先のことでしょ、私たちがどうこうできるってもんでもないわけでしょ……」
立ち上がったユミの影が僕の顔を踏んづけた……ような気がした。
「でもさ、終焉を迎えようとする人類の最後の一人がさ、この人類滅亡の原因は、2005年までの愚か者の浪費の末の結末だと考えたらさ、
僕らにも何がしかの責任があるわけでさ……」
「全人類に対してなんで私やあなたが責任取らなきゃならないわけ……この一面のタンポポ畑で私が朝早く起きて作ったお弁当を食べてるってのに、
なんで、そんな話になるかなあ……」
真夏の絹雲が天空高くそびえ、アゲハチョウが蜜を求め飛び回っている、このタンポポが咲き乱れる丘に、
そんな余りにも平和な光景の中にいったいどんな終末があるというのだ。
現実は僕らの予測よりも、もっと、もっと、早くやってきた。
2020年 地球の人口は100億に達し、食料の争奪戦が各地で内紛となって現れ、それはまたたくまに地球規模に発展し、第3次世界大戦へと拡大していった。
そして、僕が丁度35歳になった年、100発の水爆によって全人類のあらかたは死滅した。
生き残った僕らも地球規模でばら撒かれた放射能によって死を待つのみだ。
僕は、ユミを探しつづけたけれど、生死すらわからないままだ。
死を待つのみの日々を、僕の意識はあのタンポポの丘に戻ってゆくのだ。
あのユミと食べた弁当の味を、アゲハの群れを、青い8月の空を、あの平和だった日々の思い出を……。
そして、愛する人の傍らで、結局人類は前人未踏のハイジャンプするしか生き残るすべはなかったのだと苦笑しながら、ゆっくりと眼を閉じたのだった……。
前人未踏のハイジャンプ……