さびしがりやのニック

さびしがりやのニック

『さびしがりやのニック』

 カモメのニックは夕ぐれになると、きまって入り江の入り口にある鐘の上を飛んでまわりました。鐘の近くには水族館があります。水族館に遊びに来たたくさんの子どもたちが鐘を鳴らして、集まってきたカモメたちにエサをやるのでした。
 ニックの友だちはみんな、よろこんでエサのパンをもらいました。でも、ニックだけは、ぜったいにエサをもらいませんでした。
「ねぇ、どうしていつも君はたべないの?」ある日、よく遊びに来る男の子が、ニックにききました。ニックはくるくると男の子の上を飛びながら、ぷいっと横を向いて、こう答えました。
「気分じゃないんだ」言うなりニックはひょうと風にのって、たちまち遠くへ飛んで行ってしまいました。
 けれどもニックは、次の日も、その次の日も、太陽が沈むころになると、鐘のところへ飛んで来ました。
 ニックの友だちたちはふしぎに思って、ニックをからかいました。「おまえ、エサを食べないのに、どうしていつも来るんだ?」「ひとりでさびしくないのか?」「いっしょに食べないと、つまらないぞ」
 ニックは、すました顔をして、言いかえしました。「さびしくなんかないや。ぼくは、ぼくの好きなときに、好きなところにいるだけだ」ニックはそれから、友だちたちよりも高いところに行ってもどって来ませんでした。カモメたちはあきれて顔を見あわせ、もうニックのことは放っておくことにしました。
 朝になって、水族館が開く時間になると、また子どもたちが鐘を鳴らしにやって来ます。カラン、カランと、入り江中に鐘の音が響きわたり、食いしん坊のカモメたちが、エサをねだりにやって来ます。
 ニックは、昼のあいだは鐘に行きませんでした。エサをもらわないので、昼は毎日、沖に出て魚をとらなければならなかったのです。
「やい。じゃまだから、入り江にエサを食べに行けよ」通りがかりのサメに話しかけられたニックは、言いました。「君は、どうしてほかのサメみたいに、ぼくを食べないの?」サメが答えるに、「鳥を食べると、からだがかゆくてたまらなくなるのさ」「ふうん……。君は変なやつだね?」「そうか? おれはほかの何だって食べられるから、かまわないけどな」サメはふいとしっぽを振って向きを変えると、魚のむれを追って泳いで行きました。
 ニックは、水族館が閉まって、鐘にだれも来なくなって、友だちのカモメたちが、みんな家へ帰ってしまっても、まだずっとひとりで飛び続けていました。
 夜になると冷たい風が吹いてきます。海はどこまでも広くまっ黒で、夜空には、こまかな、数えきれないほどたくさんの白い星が、ちらちらと燃えていました。
ニックはお月さまに向かって、つぶやきました。「あのね、お月さん。ぼくも、君のところに行きたいのだけれど、どうしたら行けるのかな?」お月さまは眠たそうに目をこすって答えました。「来ても、何にもないよ」「何にもない方がいいんだ。ここにいたって、どうせ、ぼくはパンなんか欲しくないんだから」
 お月さまは困ってしまいました。お月さまのいるところは、ニックにはとても来られないほど高いところでした。それにそこには、ニックが食べる魚は一匹もいません。
「残念だけど、君にはむりだよ」お月さまが告げると、ニックはがっかりして、こうこぼしました。「ああ、いっそ、ぼくも君みたいに、何にも食べずに、浮かんでいられたらいいのに」ニックは力なく羽ばたくと、しょんぼりと家へと帰って行きました。
 その次の日、ニックは、波止場の方に出て、鐘にむらがる友だちたちを見やりました。そしてみんなが楽しそうに話しているのを聞きながら、つまらなさそうに、魚を探しました。けれどもどうしてか今日は、魚はちっとも見つかりませんでした。
ニックは、なんだかとても悲しくなって、しくしくと泣き始めました。ぽろぽろ、ぽろぽろと涙がこぼれて、どうしようもなくなってしまいました。
夕方になるまで、ニックはそうして波止場で泣いていました。涙は、そのうち、すっかり枯れ果ててしまいました。
じわりと日が暮れかかってきたころ、ニックのもとに、だれかがやって来ました。ニックが振り返ってみると、そこには、よく鐘に遊びに来るあの男の子が立っていました。男の子は魚の身を丸くこねただんごをニックに向かって差し出すと、優しく言いました。「ほら、食べなよ。これならへいきだよ」
 ニックは男の子に近づいていき、おそるおそる、だんごをつつきました。だんごは新鮮な魚の味がしました。パンを食べた時みたいに、気分が悪くなったりはしませんでした。
 ちょん、ちょん、と、ニックがつつくのにつれて、男の子の顔に笑顔が広がっていきます。ニックは、おいしいのと、心のあたたまるのとを、いっぺんに感じました。
 赤い日が水平線に沈みます。帰り道を飛ぶカモメたちは、そんなニックたちを見下ろしながら、聞きました。「おうい、ひとりぼっち。何をしているんだ?」
 ニックはもう、ひねくれたりしませんでした。さびしくないなんて、大うそでしたから。「魚を食べているんだ。実は、ぼくは、魚しか食べられないんだよ」
 カモメたちはしばらくそのあたりを飛びまわっていましたが、やがて戻って来て言いました。「そうか。そうだったんだな。それなら、今度は、いっしょに魚をとりに行こう」「いっしょに食べるのも、楽しいぞ」
 ニックはうれしそうに飛び上がりました。
 月明かりの下を、むれとなったカモメたちが飛んで行きます。お月さまはそれをにっこりながめると、しずかに目をつぶりました。          

さびしがりやのニック

さびしがりやのニック

水族館の近くに住むカモメたちは夕暮れになると、入り江の近くにある公園の鐘に集まってきます。水族館へ遊びに来た子供が、そこでエサをくれるからです。 ですが、そんな中で、ニックというカモメだけはなぜか、頑なにエサをもらおうとしませんでした。 ニックには友達たちに言いにくい、ある秘密があったのです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-31

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