たとえば朝のバス停で……
行き交う人々の息がまるで、車の履き出す排気ガスのように白く凍って見えた。
12月のある日、魔女の乳首みたいに冷たい朝。
同じ時間、同じ行き先のバスを待つ僕の前に君は同じマフラーと、同じ黄色の手袋で寒そうに身を縮めていた。
朝冷えの晴天の青空からゆっくりと落ちてくる産毛のような雪が、君に落ちてゆくのを眼で追う。
路上には溢れた車が、運転手の頂点に達した苛立ちを投影して、まるで猛牛のように威嚇しあう。
鳴り響くクラクションに君は一瞬驚いたように辺りを見回す。
視線が交差し、その瞳にはにかんだ笑みを浮かべる。
毎日会うわね。うん、僕は、ずっと以前から君を見つめていたよ……そんな眼で見ないで。いけない? さあ、わからないわ。
気にしないで、僕はこうして君を見ているだけで……。
会話があるわけでも、お互いがどこのだれであるかも、知らない同志が待つ朝のバス停。
定刻よりも15分も遅れて到着した満員のバスに乗り込む。
すし詰めの車内で、人込みに紛れて、僕は君の視線に気付く。
絡んだ視線の先に君の瞳があって、僕が見つめると君はゆっくりと眼を伏せた。
……五人分の距離の先に君がいて、その短い距離は縮めることなど到底できないようにも思える。
いつか、君と話したい。私もよ、ほんの少し勇気を出して……でも、このままでもいいとも思ったりね。そうね、
それも選択肢の一つね……君の瞳がほんの少し笑ったように見えた。
僕が降りるバス停の二つ手前でいつものように君は降りた。
立ち止まる君がゆっくりと行過ぎるバスを見つめる。
……ここで、僕がバスから無理やり降りて、君にこう言うんだ。
「君のことをずっと見ていた、君のことが気になって仕方がないんだ」
彼女はゆっくりと凍った路面に注意しながら横断しようとしていた。
僕はまた明日も同じ時間にあのバス停で君の後ろに並ぶ。
それだけだ、そして、また君の視線を追い、はにかんだ君の笑顔に幸せな気分で、その日を過ごす。
満員のバスも、退屈な仕事も、無味乾燥な日々の繰り返しも、きっと朝のバス停、それだけで、帳消しんになるんだ。
……明日も同じ時間にね。そうね、会えるといいわね、寒いよね、きっと……寒いよ、風邪引かないでね。大丈夫、休んだら君に会えないもの……。
たとえば朝のバス停で……