さなぎ
君がその姿で、そこに留まっている理由を僕は知っている。
辛抱強く君は待ち続ける。
君が君のあるべき姿を取り戻すまで君はさなぎのままそこにいる。
まだ何も始まっていないのだと君は思う。
覚醒の時はまだまだ遠く、陽炎が揺らめく彼方なのだ。
一体いつの頃からこうしているのかさえ、もう思い出せない程、
君は余りにも長くその姿を留め続けている。
時々、完璧な孤独の息苦しさに君は薄目を開ける。
しかし、そこは暗闇。漆黒の闇が支配する世界。
一瞬もがくけれど、君は諦め、また眼を閉じる。
そして、固く閉ざされたままの幸福の香りをそのセピアに変色した記憶から嗅ぎ取るのだ。
ほんの束の間の幸福、愛されていたんだ、と君は反復する。
こんな姿になる前は、本当に愛されていたんだ、と声にならない声で君は叫ぶ。
置き去りにした愛するものへの懺悔。
そして後悔の念に苛まれながら、断末魔の悲鳴に君は耳を覆う。
例え、固く心を閉ざしたとしても、強固な殻に閉じこもろうとも、
忌まわしい過去の記憶の呪縛から逃れることはできない。
美しいアサギマダラの羽根を引き千切る。
何度も、何度もその行為を繰り返す。
まるで、その行為が目的かのように、捕まえては引き千切る。
真夏の陽射しに雲母のように輝く透明な羽根に埋もれて君は激しく射精するのだ。
若い芝生の匂い、新芽の香しさに君は眩暈すら覚える。
空は抜けるように蒼く、そして雲は真綿の感触で君を夢心地に誘う。
夏の記憶……鬱蒼とした森に反響する蜩の泣き声、不気味に沈黙する夕暮れの神社、
物悲しい風鈴の音色、安楽の淵で打ち水する老婆の姿。
いつもの遊び場だった小川のせせらぎは束の間……さなぎ、水面が揺れる。
断末魔の叫び声……さなぎ……母の胎内のように暖かく、羊水に守られた……さなぎ。
終わりも始まりすらない場所、漆黒の闇に閉ざされ、カオスが渦巻く場所。
君がそこにいることを僕は知っている。
知っていることすら忘れてしまいそうだよ……さなぎ……。
さなぎ