再会

 あるところに、四兄弟が住んでいました。
 四人はお父さんとお母さんの顔を知りません。物心ついた時には、彼らはもう兄弟四人きりでした。親もおらず、人里離れた寂しい森の小屋での暮らしでしたが、四人はいつも協力して獣を狩り、果物や山菜を集め、寒い日には割った薪を燃やして生活していました。
 ところで、どういうわけか彼らには、他にはない不思議な特徴がありました。ひとつは、なんでも好きなものに変身できること。これはほとんど魔法と言って良く、動物から石ころまで自由自在です。四人は暇さえあれば、「化け比べ」をして遊んでいました。
 もうひとつ、かわいそうなことに彼ら四兄弟は、生まれつきひどく醜い見た目をしていました。肌は暗い緑色で、背中は曲がっています。中でも顔は特に醜く、飛び出た両目に裂けた口、鼻のあるべきところには穴が二つ空いているだけ。四人きりで暮らしていればどうということはありませんが、ときどき森に迷い込んだ人間が、自分たちを目にしたとたんに震え上がって、
 「悪魔だ!森の悪魔だ!」
 と叫びながら逃げていくのを見ると、とても悲しく惨めな気分になるのでした。
 
 そうして四兄弟がすっかり逞しく育ったある日、長男が、
 「そろそろ森を出ないか」
 と言い出しました。彼は暗く寂しい森での暮らしにすっかり嫌気が差していたのです。次男と四男も同じでした。もともとおとなしく控えめで、やや臆病なところのある三男だけは森の小屋から出て行くのを拒み、反対しました。
 「森の外は危険でいっぱいだ。いつどうして死ぬかわからない。それに、常に人間の目があるのだから、もう二度と変身はできまい。なら俺はここにいる」
 しかし他の三人の意思は固く、結局旅立つことになりました。
 次の日の明け方。四人は小さく古びた我が家の前でしっかりと抱き合って、お別れをし、そしてめいめいに去っていきました。
 長男は探究心が強く、いろんなことを知りたがる性格でした。彼は一番に森を抜けると、
 「俺は自分の目で、広い世界を見渡しに行こう」
 と、虹色の綺麗な羽をもつ大きな鳥になりました。長男だった鳥は数回翼を振るうと、すぐに空の彼方に消えてゆきました。
 情熱的で熱い性格の次男は、
 「俺は、散々俺自身や兄弟に辛い思いをさせた人間どもに復讐してやろう」
 と考え、立派で恐ろしい黒獅子に姿を変えました。てらてらと光る牙を剥き出しにして、怒りも露わに一声吠えると、彼は人間の住む場所めざして駆けて行きました。
 感性が豊かで寂しがり屋の四男は、想像しうる限りで最も美しく、魅力的な人間の男に変身しました。
 「俺は人間と仲良くしたい。これまでは醜い見てくれのために損ばかりしてきたが、彼らと共に暮らしてみたいのだ」
 そうして彼は、次男と同じく人の多く住む所を目指して、勇んで歩いていきました。
 最後に、森にひとり残った三男は、曲がった背中をいっそう丸くして、小屋へ戻ってゆきました。
 
 四兄弟が離れ離れになってから、あっという間に十年が経ちました。四男は豪華な屋敷のテラスで、ひとり物憂げに溜息をつきました。彼の身なりは人一倍立派になっていました。四男は森を出て人間の町へ来てすぐに、彼に一目惚れした貴族の令嬢に拾われてその夫となり、今ではいち貴族として町の政治に関わるほどの立場になっていたのです。
 見た目の美しさと運の良さで気立ての良い上品な妻と地位を得、数年前には初めての娘も生まれて、四男は自分の暮らしにほぼ満足しきっていました。しかし日が沈むと彼はいつもテラスに出て、別れた三人の兄弟たちを想い、溜息ばかりついているのでした。
 この晩、優しい彼の妻はとうとう見かねて、夫の背中に声をかけました。
 「あなた、ここ最近は特に疲れているように見えるわ。お仕事も大変だろうし、差し出がましいかもしれないけれど、たまには休んだらどうでしょうか」
 四男は振り向くと、微笑みながら、
 「心配かけてすまないね。君の言う通りだ、僕は疲れてるのかもしれない。ちょっと急だが、明日は家族三人で出かけることにしよう」
 「本当ですの。それならサーカスなんていかがかしら、きっとミーナも喜ぶわ」
 妻は心底嬉しそうに返事をしました。ミーナというのは彼ら夫婦の娘の愛称で、本当はヘルミーナというのですが、父親譲りの豊かな感性と母親譲りの優しさで他の貴族からの評判も良く、また実際大変利口な子でした。
 「なるほど確かにミーナはサーカスが好きそうだ。座長は僕の知り合いだし、頼めば特等席を用意してくれるだろう。楽しみにしていてくれ」
 そう言って、彼はテラスから引き上げ、綺麗なガラス戸を閉めました。
 
 さて次の日。四男たち家族は、町外れに建てられたサーカス一座の大きなテントを訪れました。四男はまっすぐ座長のもとへ向かいました。座長は四十格好の痩せた、品のいい男で、ちょうど空中ブランコ乗りたちにあれこれと指導している最中でした。しかし四男の姿を認めるとすぐに歩み寄ってきて、丁寧に帽子を取りました。
 「これはこれは、初めてご挨拶して以来ですな。いかがなさいましたか」
 座長は何週間か前、サーカスの公演を始める許可をもらう際、彼と顔を合わせたことがあったのです。四男も帽子を取って、
 「今日は私用でね。妻と娘のために一番いい席を空けてもらえないか、頼みに来たのだ。もちろん代金には色をつけておくが」
 それを聞くと座長はにっこりと笑って、承知しました、と答えました。彼はすぐそこを通りかかった調教師を呼び止めると、すぐに四男と家族をステージがよく見える座席まで案内させました。
 しばらくして、公演が始まりました。ピエロがちょこちょこと歩み出てひとしきり観客の笑いを誘ったあと、先ほどの空中ブランコ乗りたちが見事な演技を繰り広げます。ものすごく体の柔らかい女の人達が、背中を反らせ輪のようになったまま目の前を転がっていくのを見て、幼いヘルミーナだけでなく妻も喝采を浴びせます。そんな様子を隣で眺めながら、四男は少し心が軽くなったような気がしていました。
 いよいよ最後の演し物になって、調教師が鞭を持って現れました。ステージの真ん中から、舞台袖の方に合図を送ります。すると、飛び出てきたのは一匹の逞しく黒いライオン。四男は思わず目を疑いました。それは紛れも無く、十年前に別れた彼ら四兄弟の次男が化けた、あの黒獅子だったのです。
 困惑する彼を余所に、黒獅子は次々と見事な演技を披露します。床を転がったかと思うと、調教師の男を乗せて縦横無尽に走り回り、ついには火の輪くぐりまで完璧にこなしました。会場からは割れんばかりの拍手が贈られました。四男の妻や娘も夢中で手を叩いていました。
 しかし四男だけは、誇らしげに袖へ戻ってゆく兄の姿を、しまいまで呆然と眺めているのでした。 
 公演が終わると、四男は妻に「娘を連れて先に帰っていてくれ」と頼み、早足で控え室へ向かいました。団員たちは止めようとしますが、彼の鬼気迫る表情を目にすると、結局道を開けてしまいました。
 檻の中には、立派な黒獅子が横たわっていました。四男は脇に屈みこむと、漆黒の絹のような背中に呼びかけました。
 「兄さん、あなたは兄さんだろう」
 声を聞いた黒獅子はぱっと跳ね起きて、ただでさえ丸い目をさらに丸くすると、
 「その声、そのやたらに派手な化け姿は、うちの末の弟じゃないか。立派になったなあ」
 そして二人は格子越しではありますが、十年ぶりの抱擁を交わしました。思わぬ形ではありましたが、彼らの間には未だ変わらぬ兄弟の情があったのです。そのまましばらく再会の感動を味わったのち、腕をほどいた四男は涙を拭いつつ尋ねました。
 「しかし驚いた。あれほど人間を憎んでいた兄さんが、こんなところで人間のために鞭打たれて火の粉を浴びて走り回っているなんて、誰が想像しただろう。いったいこの十年の間に何があったんだ」
 次男は押し黙ったまま、その縄のような尻尾をきゅきゅいと振っていましたが、やがて口を開き森を出てからの十年間について、静かに語り始めました。

 「……俺は森を出ると、一番近い村へ走っていき、怒りに任せてそこの民に襲いかかった。手当たりしだい噛み付いて、この大きな前足でぺしゃんこにしてやったよ。最高の気分だった。今まで俺たち兄弟を蔑み、恐れ、嘲笑ってきた奴らをボロボロにする間、俺はずっと燻ぶっていた憤怒に加え、新たに覚えた獰猛な野生の悦びに浸りきっていた。
 だが、ちょっと調子に乗りすぎたんだな。三つめか四つめの村を襲ったとき、不覚にも撃たれてしまったんだ。後ろからね。全員やっつけたと思って村を去ろうとしたら、生き残っていた奴が銃で、バン!」
 ここで一旦言葉を切ると、次男は首をぐいと捻って右肩の後ろを舐めました。そこには確かに生々しい傷跡が残っていました。次男は再び四男のほうへ向き直り、続きを話します。
 「おかげで俺は虫の息さ。鉛の弾が肉の中に残ってしまって、傷は塞がらない。おまけに寝てる間もずっと痛むんだ。数日荒野をさまよっていたが、ついに俺は行き倒れてしまった。その時だよ、俺がこのサーカスに拾われたのは。たまたま通りかかっただけだったのに、座長は地面に転がった俺を見るなり、すぐに『こいつを荷馬車へ乗せて看病してやれ』と言ったんだ。俺の命は彼に救われたんだよ」
 「それからずっとサーカスで演技を?」
 四男が訊きました。
 「まあな。俺は座長とここの人たちに救われた。だから一座のために、自分から働こうと思ったのさ。憎しみは捨てて、恩返しをしようと」
 次男は目を細め、檻の外をじっと見つめました。その金色の瞳は、弟である四男ですらもかつて見たことがないほど優しげで、落ち着いていました。しかし十年前までの情熱的な輝きもまた、失われてはいないようでした。四男がたてがみを触ると、あちこち焼け焦げた感触が手のひらに伝わってきます。彼が思わず、
 「つらかったろう」
 と尋ねると、 
 「つらかったとも。調教師の野郎、痩せ過ぎで尻の骨が俺の背中に刺さるしな」
 黒獅子は牙を剥き出しにして、真っ赤な口の中を見せました。どうやら笑ったようでした。
 「お前と一緒にいたのは、娘と奥方だろう。すごく喜んでくれていたな。……お前たちのような家族を楽しませられるなら、人間に従って見世物になるのも、そんなに悪くないんじゃないか。今の俺はそう思っているのだ」

 最後にもう一度抱き合ってから、四男はサーカスを離れることにしました。
 「弟よ、つらいかもしれないが落ち着いて聞いてほしい」
 立ち去ろうとした弟の背中を見つめて、次男が言いました。四男は怪訝そうに耳を傾けました。次男は少し苦しそうに目を瞑ると、彼に悲しい事実を告げたのでした。
 「俺たちの尊敬した長兄は死んだ。田舎者の猟師に弓矢で射落とされたあと、剥製にされ、売られたそうだ」
 四男はしばし呆然としていましたが、とうとう泣き出しました。黒獅子はうなだれたままで、泣き止むまで黙っていてやりました。そして彼が落ち着いたのを見計らうと、
 「兄はこの町の博物館にいるらしい。俺は行けないが、せめてお前は顔を見せてやってくれ」
 そう言ったきり、元のように檻の中で寝転がって、喋るのをやめました。
 テントを出たとき、四男の顔にはさっきまでの嬉しそうな笑みはありませんでした。待たせていた馬車に乗り込み、御者に急ぎ博物館へ向かうよう言いつけて、座席に深々と沈み込んでしまいました。
 馬車が博物館に着いた頃には、だいぶ日が傾いていました。四男は馬車から降り、重たい扉を押し開けました。博物館の中は埃と古い紙、土の匂いでいっぱいです。入口正面には受付係がいて、熱心に鼻毛を摘んで抜いていました。四男は受付係に歩み寄ると、
 「珍しい鳥の剥製はあるかい」
 受付係は慌てて作業をやめ、質問に答えます。
 「ここの鳥の剥製で一番の目玉でしたら、廊下を突き当たり右です」
 四男は礼を述べ、教わったとおりに進んでいきました。曲がった先には大きな部屋があって、その中心に立派な台座が置かれていました。台座の上には、素晴らしい虹色の翼をもった一羽の鳥が、躍動感溢れる姿勢で飾られていました。彼には一目で、それが自分の長兄であることがわかりました。
 「兄さん、俺だよ。十年ぶりだね。こんな姿になってしまったのか、可哀想に」
 四男が話しかけます。長男は、いや、長男だった展示物は返事をしません。構わず彼は呟きました。作り笑いがひどく寂しげに見えました。
 「でも、望みは叶ったんだね。ここには古今東西の知識が保存されている。好奇心旺盛だった貴方なら、きっとここで眠れることを喜んでいるだろうな」
 そして彼は涙を何粒か落としました。涙は剥製に滴りましたが、羽はそれらをみんな弾いてしまいました。

 何日か経って、四男はひとりで馬を走らせ、故郷である森を訪れました。残ったもうひとりの兄、つまり三男に会って、自分や他の兄二人について話そうと思ったからです。森へ入るのも十年ぶりですが、育った我が家への道は体が覚えていたので、難なく辿り着くことが出来ました。
 「兄さん、俺だ。末の弟だ。帰ってきたぞ」
 彼はすっかり古びたドアをノックしました。返事はありません。しかし小屋の中には、確かに誰かの気配がありました。何度かしつこくノックし続けると、突然ドアの向こう側から怒鳴り声がしました。
 「今更なにしに来たんだ、この愚図め!さっさとケツ捲って帰りやがれ!」
 せっかく会いに来た相手からこんな罵りを受けると思っていなかった四男は、びっくりして言いました。
 「十年ぶりに顔を見せに来ただけじゃないか。あの後俺たち三人がどうなったかを知らせようと思ったんだ」
 「お前らがどうなったかって?へっ、聞くまでもねえ。知りたがりで出たがりな一番目は丸焼き、短気で野蛮な二番目は野垂れ死に、そんでお前は哀れな乞食……」
 我慢の限界でした。自分はともかく兄二人を馬鹿にされたのは、四男にとって許せないことでした。彼は脆いドアを蹴破って、
 「卑怯者が!」
 と怒鳴りました。同じ兄弟の間柄でありながら、何も知らないくせに自分たちを嘲っている三男を絞め殺してやろうとさえ思いました。怯えきった悲鳴が聞こえます。
 「やめろ、俺が悪かった、だから命ばかりはよう」
 四男は鼻息も荒く、テーブルの下を覗き込みました。そこには、世にもおぞましい人型の生き物が隠れていて、ぶるぶる震えながらこちらを見返していました。
 「頼む、頼むよう。悪気はなかったんだ、ただ俺を取り残して行ったお前らが憎らしくて仕方なかったんだ」
 醜悪極まりない顔を更に歪めながら、必死に命乞いを続ける兄の姿に、四男は憐れみを抑えきれませんでした。冷静さを取り戻した彼が口を開きました。
 「ここに残ったのはお前の意思だ。お前自身の選択だ。確かにひとりぼっちにしたのは悪かったと思っている。でもお前は自分がより一層醜く、卑しい姿になったことに気づいているのか?」
 厳しい問いかけに、三男の肩がびくっと震えます。しかし四男は責めるのをやめません。
 「きっとお前は、俺たち三人を恨んで生きてきたんだろう。そして危険を恐れて大人しく家に残った自分が最も賢いと、自身に言い聞かせたんだろう。お前がますます醜くなったのはその結果だ。……一番上の兄さんは猟師に撃たれ、剥製になって博物館に飾られた。だがあの懐深く学ぶことを何よりの喜びとした長兄だから、古今東西の書や遺物に囲まれ、なおかつ人々の目を楽しませられることを喜んでいるだろう」
 三男はすすり泣きながら、黙って聞いていました。
 「二番目の兄さんは今や、サーカスで鞭打たれる身だ。しかしあの人はかつての激しい憎しみを捨て、命を救ってくれた主のため、そして子どもたちを楽しませるために、今日も舞台を駆けまわっているんだ」
 そこまで一気にまくし立てると、四男は一度黙りこみました。暫くの間、静かな小屋に響くのは三男のすすり泣きだけになりました。
 やがて四男は彼に背を向け、最後に一言、
 「なるほど確かに、お前のほうが賢かったんだろう。でもな、他の兄さんたちは自分で外の世界と交わろうとした。自分で進む道を決めた。一歩も外に出ようとしなかったお前より、ずっと立派だったよ」
 と言い残して、小屋から出て行きました。
 森は再び静かになりました。それから四男が小屋を訪れることは、二度とありませんでした。

 夜、四男が屋敷へ戻ると、妻と娘が出迎えてくれました。
 「お父様、どこに行っていたの?お母様もミーナも、メイドたちもみんな心配してたのよ」
 娘のヘルミーナは言うなり、大好きな父親の胸に飛び込みました。妻も、疲れきった様子の彼に寄り添います。四男は力なく笑ってみせました。
 「お前たちには、いつか話すかもしれないな」
 それを聞いた二人は、ちょっと不思議そうな顔をしていましたが、すぐに気を取り直してメイドに食事の用意を命じました。
 それから彼は愛おしげに娘を抱き上げ、その頭を撫でながら、
 「サーカス、また見に行こうな」
 とだけ言いました。ヘルミーナは天使のような笑顔を浮かべて、嬉しそうに何度も頷いていました。
 

再会

再会

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-28

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