宝くじに当たった男 第3章

これまでのあらすじ

山城旭二十六才。身長百九十八センチの大男、せっかく入った一流企業も不景気で解雇され、途方に暮れ暇つぶしに初めて競艇場に行くが、三レース連続で当ててしまう。そこで知り合った占い師の真田小次郎と意気投合。その後、街を歩いていると、ひったくり犯と遭遇し犯人を取り押さえたのが縁で、警備会社の社長に気に入られ警備会社に就職、銀行警備に就くも、ある日、銀行強盗事件が起き、女子行員の浅田美代が怪我する。責任を感じ退職をしようとするが、貴方は悪くない私を庇った恩人と浅田美代が申し出て二人の仲は急接近。
悪い事と良い事が度々続き自分の運は良いのか悪いのか、運試しに宝くじを買うが三億円が当る。いきなり億万長者になった事で誰にも言えず、せめて親孝行しようと決める。二十歳の時、父は家出し苦労した母へ親孝行しようと三百万円渡しが誤解されて結果は最悪となった。
信頼する母に誤解され、ヤケになったアキラは高級マンションに住み、車を買い、会社まで辞めて愛車で旅に出た。旅の途中、ヤクザの夫から逃げる怪しげな女と旅をする羽目になりアキラの珍道中が始まったが、良いか悪いか道中で数人の知り合いが出来た。収穫はそれだけだった。

-第三章 熱海編


アキラは昨年九月で二十六歳になっていったが当人は誕生日には関心もなく知らぬうちに誕生は過ぎ去っていた。年が空け最初に会ったのは、やはり占い師の真田小次郎と新年会と称して今年が始まった。
暇人のアキラはする事もなく、またまた銀行に行き、貸金庫を開け預けてある通帳の残高を確認し、にんまりしている。これはもう殆んど病気だ。
銀行のフロアでアキラは、昨年の暮れ浅田美代と鎌倉に行き食事した時の事を嬉しそうに美代の笑顔を思い浮かべていた。
そんな良い気分に浸っていたが、急に誰かに呼びかけられ美代ちゃんの笑顔が掻き消えた。
「あ! あんた山城さんじゃないですか」
その声の主の方を振り返った。そこには中年の男が、なつかしそうな顔で微笑んでいた。
一瞬、アキラは誰だか思い出せずに、思考回路を目まぐるしく回転させた。
「ホラッ忘れましたか? 有馬温泉のスナックで会ったでしょう。ちょうど酒の勢いで喧嘩になって仲裁に入ってくれたでしょう」
「おう、思いだした。そうかあの時のあんたか」
それは最後には名詞をくれた男の内の一人だった。
「いやあ、あの時は助かりましたよ。少し痛かったですけどハッハハ」
「偶然ですねえ。それで東京には仕事で来たのですか」
「まぁそんな処ですがね、それよりどうです一杯」
その男は右手を口元にあてて盃を飲む仕草をしてみせた。

まだ飲むと言う時間帯ではなかったが、再開を祝して飲むことになった。
東京は不慣れと言う男に代わってアキラが案内した店は下町の寿司屋だった。その店の奥に座敷があり二人は其処に座った。
「あの悪いけど、あんたから貰った名刺、持ち歩いていないので名前が? それに俺、名詞は持ってないし悪しからず」
アキラ当時の事をまったく忘れていた。あの時貰った名刺は見もせず何処に行ったか覚えてない。まさか捨てたとか無くしたとは言えない。拠って何者か知らない。
「あっじゃあ改めて」と男は名詞をくれた。
その名詞には(㈱松の木旅館、代表取締役 宮寛一)と書かれてあった。
そして住所は静岡県熱海市と書かれているではないか。
「あれ、あんた熱海なの?」
確か、その宮と言う男に会ったのは有馬温泉の筈だったが。
「あっ実は有馬温泉は私の故郷なんですよ。それであの時に喧嘩の相手は中学時代の遊び仲間で商売がうまく行かず、そんな時、奴にからかわれたのが発端で」
「なるほどねぇ今は不景気だし、どんな仕事も大変ですからね。俺なんか無職だよ。まぁ自慢にもなりゃあしないけどさ。今は何もする事なく……そうだ! アンタの所で使ってくれないか」
「はぁ? 出来れば有り難い事ですがね、もう廃業寸前なのですよ。それで先ほどの銀行へ融資をお願いに来たのですが、この銀行は開業以来の付き合いで、なんとかしてくれると思ったのですが。それが決算書を見た途端にアッサリ断られましてね、もう私は途方にくれている所なんですよ」
なんと宮寛一は目を真っ赤にして、涙をポロポロと流してしまった。
アキラは唖然としたが、その男の涙に俺がなんとかしてやらねばと思った。
あの喧嘩で仲裁に入ったのも縁とすれば最後まで責任をとるのが男だと。
(またぁアキラ、お人好しも程々にしておいた方が)

「そうかい。でっいくら融資して貰うつもりだったの」
「それが五千万なのですがね、まぁ無理とは思って来たのですが案の定ですよ。分かっていても藁にでも縋る思いでしたが……仕方ないですよ」
「でっその五千万あれば立ち直れるのかい? あんたにその自信あるのかい」
「へっ? どうしてそんな事を聞くのですか。申し訳ないけど山城さんに話してもどうなる訳でもないし、すみませんが聞かなかった事にして下さい」
確かにアキラみたいな若造にグチをこぼしても始まらない。
ましてや今は倒産寸前の旅館とは言え、経営者のプライドが其処にはあったのだ。処がアキラはガキ扱いされた事に怒った。
「あんた聞かなかった事にしろだと! おめぇ俺が若いと思って舐めてんのかあ」
またまた、アキラの単細胞が剥き出しになった。あぁどうなる事やら。
突然に変貌した姿は、あの日の夜、宮が表に放り出された時と同じだった。
そのゴリラの雄叫びは、周りいる人間さえも怯えるほどだ。
「すっすいません。つい悪気があって言った訳じゃないんです」
思わず宮寛一は謝ってしまったが、果たして謝るほどの事だったのか?
「まぁな俺が偉そうなこと言っても信用しないだろうな。そうだ宮さん俺の所に来いよ。きっとスッキリさせてやるぜ」
「はあ?」
宮寛一は怖いのが半分と、次の四分の一は勇気を絞り、最後の四分の一は、自棄気味になっていた。
「それじゃ山城さん、いいですよ。何所でも行きましょう」
開き直った宮を見てアキラは「おっ自棄になっているな」思った。
かくして二人は、山城御殿のマンションに足を向けた。
もっとも前のボロアパートなら行きたいと言っても断った事だろう。
宮寛一はアキラがどんな所に住んでいるか興味もあった。
親と一緒なら一戸建て、またはマンション。良くても中流家庭と思っていた。
一人住まいなら、この若さならアパート住まいと行った所か。だが着いた先は真新しい高層マンションだった。

更にマンションの豪華なエントランス、安っぽいマンションとは作りが違う。
そのマンションの部屋に案内された宮寛一は驚いた。
なんと言っても、まだ三十には程遠い年齢で無職とくれば貧乏長屋を想像していたからである。
アキラは宮の驚く表情を見て、優越感に浸っていた。
「どうだい宮さん俺がアンタに五千万円貸してやると言ったらどうする」
「えっえっ! 山城さん。ごっ五千万ですよ。五万円じゃないんですよ」
「分かっているよ。宮さん俺だって大人をからかう気なんて毛頭ないよ。訳は言えないが、金は俺が出してやろうじゃないか。おっと言っておくが決して悪い事して貯めた金じゃないぜ。どうだい信用するかね」
宮寛一は次の言葉が出ない。どう信用しろって言うのだ。
まさか旅館を乗っ取ろうなんて考えてはいまいかと、ほんの数秒の間に宮は、あらゆる想像をしてみたが無職の若造が金持ち? やっぱり理解不能の答えが出た。
しかも得体の知れない人間から大金を借りる訳には行かない。
まして素性すら良く分らない人相も良くない。何故それなら自分の住処を教える必要があるのだろうか。
入る時に確認した表札も間違いなかったから山城の部屋だ。
返事に困っている宮を見てアキラは、やっぱり信用しろって方が、無理がある。
立場が逆でもアキラ自身も同じだろう。さてどうやったら信じて貰えるだろう。宝くじの当選金と言えば納得するだろうか。
しかし、母にも友人も言えない事を他人に言える訳がない。

今度はアキラの心の中で葛藤が始まった。
考えているうちに、アキラの単細胞血管が切れそうなってきた。
「まあ無理もないなぁ、信用して貰うには、やっぱりアンタの所で働くしかないんじゃないか。給料はいらないけど泊まる所と飯が喰えればいい。金を返し時は旅館経営が上向きになった時でいいから、どうだい」
「はぁ、それは有り難いですが、山城さんのご両親とかに承諾を取らないと……」
「そうか来たか。親の承諾もいらないし親に文句は言わせない。自分の金をどう使おうと自分で自分の責任を取れるから関係ないよ」
確かに子供でもないし立派な大人だ。そんな考えもあるかぁ?
宮寛一は倒産するかどうかの瀬戸際だ。
アキラの話は、宮にとって何ひとつ損する事はない。
損するのはアキラの方で、話が旨すぎるから気持ち悪いだけの話。
こんな美味しい話を蹴ったら、一月後には倒産が待っているだけ。
失敗したから金を返せと言っても、旅館さえも抵当権が付いている始末。
一円たりとも戻って来ないだろう。まさか命を取ろうって事はないだろう。
恨まれる覚えもないし、殺すくらなら金を貸す意味がない。
どうせ降って湧いた夢の金。勝負を掛けるしかなかった。
「わかった山城さん。その有り難い話を受けさせて下さい」
「そうか信用してくれるか、念を押すが俺の金は悪い事して得た金でないし安心してくれ。いずれ話し機会があったら話すが信用して貰うしかない。よし! そうと決まったら宮さん近日中に振り込むから届いたら連絡をくれ、その後に熱海に行くが、その条件でいいかい」
「勿論です。あまりにも突然で嬉しさよりも怖さがあったんです。それにしても山城さん大金持ちのお坊ちゃんでは」
「俺が、お坊ちゃん? まぁ勝手に想像してくれ」
「山城さん、本当に本当にありがとう。アンタは神様みたいに見えて来たよ」
かくして神様となったアキラは近日中に熱海へ向うことになった。

はてさてアキラの暇潰しに一時の光が見えたのか、それはアキラ次第。
それから三日後に宮寛一の口座に、なんと五千万円の大金を振り込んだ。
残りの金額二億二千万円と減った。でもまだまだ億万長者だ。
一方、宮寛一は指定した銀行に振り込まれているか、確認するに行った。
間違いなく通帳には五千万が振り込まれていた。
なんという事だ。あの時は振り込むと約束してくれたが半信半疑だった。
いやそれよりも『バ~カ本当に信用したのか、からかっただけだよ。オメィも目出度い奴だね』そんな事が脳裏に浮かんだ事もあった。
なんと云うことだ。地獄に仏とはこの事か、良かった、これで旅館を立ち直さなくては従業員にそして山城という男の温情に背く事になる。頑張ろう。そう誓った。

真田小次郎に熱海に行くと伝えたが、やはり五千万円を貸したなんて事は言わなかった。旅で知り合った人の紹介で働くと言ってある。
数日後、愛しの人、浅田美代と食事をしていた。
今日はまた淡いブルーのワンピースが良く似合うが、相手のアキラも服装は今の若者らしくラフで良いのだが、その風体が犯罪に近いから? 他人から見れば不似合のカップルと思われても仕方がない。
「あのですねぇ浅田さん。僕は今度知り合いの旅館で働く事にしました」
「あらっ本当? 良かったですね。でも随分と畑違いのお仕事ですね。場所は何処なのですか都内ですか」
「いや、それがね。熱海なんですよ。若いうちにいろんな経験も良いかと思って、どうもまだ定職に着くのは先のようですけど」
「熱海なのですか……少し遠くなりますね」
美代は少しだけ気が沈んだ。気を取り直して話を続ける。
「でも山城さん、何処でも行けてどんな仕事でも出来るから羨ましいわ」
「そんな事ないです。結構必死なんで浅田さんに嫌われないように頑張ります。落ち着いたら是非とも熱海へ遊びに来てください」
「嫌いになんてなりませんわ。そうですわね、熱海も暫く行ってないし今度きっと伺います。案内してくださいね」
アキラと美代は再び会うことを約束して甘~~いデートの時間が過ぎていった。
二時間近くも食事の時間を取ったのに二人には、それでも時間が短く感じたのは何故だろうか。
翌日、宮寛一から電話が入った。振り込まれたと、そしてアキラを迎える準備が整ったから来てくれと言う事だった。
宮の声は明るかった。その宮は今、神様を迎えようとしている。

二度しか会った事ない男から五千万円もの金が振り込まれた。しかも二度とも偶然に会っただけだ。そんな関係なのに五千万振り込むなんて男が居るなんて、神様としか言えようがない。まるで天から金が降って来たような出来事だ。
アキラから融資すると約束されても、実際に口座に入るまで信じられなかった。まさに宮にとっては神様そのものだった。
ただ神様もいつ悪魔に変貌するか、一抹の不安は残っていたが。
その神様が熱海に車で颯爽と乗込んで来た。
勿論ヤクザが借金の取立てに来たのではない。
熱海温泉と言えば、昔は新婚旅行とメッカとして名高いリゾート地だった。
それと同時に金色夜叉でも知られる、お宮の松、そして寛一お宮の恋愛話は有名だ。 
金色夜叉で映画やドラマで話題を呼んだがそれは遠い遥か昔である。

昨今は都会化が進むに連れて本来の温泉地の情緒が、やや失われたのか不景気の煽りもあり客足は遠のき、最近は閉鎖されたホテルや旅館が寂しく灯火が消えて昔の華やかさを偲ぶように、今もそのまま暗い影を残している。
熱海に沢山の神社や祭りがあるが、その中でも湯前神社は熱海を発展させるに欠かせない神社だ。
四代将軍家綱の頃(十七世紀後半)から、毎年数回お湯を江戸城に送るようになり、昼夜急ぎで将軍の浴場へ運ばれたそうだ。その行事を偲び毎年二月十日と十月十日、同神社で江戸絵巻のような献湯祭が行われている。遠い昔から熱海は江戸から昭和へと親しまれて来た温泉地である。

その湯前神社に近い所にその松の木旅館はあった。
アキラの車を見た宮寛一と妻と子らしき人物が旅館の前で出迎えた。
「やぁ山城さん。お疲れ様でした」
早速通された場所は旅館とは離れになっており、宮家の個人宅になっていた。
四十才過ぎの奥方であろうか、にこやかに挨拶してくれた。
「この度は多大な御融資を戴きまして、なんてお礼を申し上げて良いやら主人も生き返ったように元気が出て、ホッとしております」
その隣に居た中学生くらいの男と女の子が座って挨拶してくれた。
アキラにとっても新天地、期待にワクワクしていた。
松の木旅館の部屋数は十五部屋、旅館にしては、まぁまぁと言った処か
しかしアキラが、この旅館に着いたのは夕方の五時だった。
客が宿泊に到着する時間帯の割には活気が感じられない。

平日とはいえ、部屋が埋まったのは三部屋で八人の泊り客だけ。
松の木旅館は、板前さんが四人と仲居さんが六人。雑用係り兼、送迎運転手一人。それに宮寛一と女将 計十三人で構成されていた。
これでは素人でも赤字になるのは分る。人件費だけで赤字の状況だ。
しかし、こんな暇な旅館に来てアキラは何をしようと言うのか。
アキラの当分の住まいとして、旅館にある十五室ある内の一部屋がアキラの為に宮寛一が提供してくれた。
本来なら旅館の商品で金を稼ぎ出してくれる宝物の一室だが、なにせこの一年満室になった事は一度もないと言うからアキラも遠慮なく使わせてもらう事にした。
なにかアキラはシックリと来ない。本来ならそうあって欲しくないものだが。
どうやら宮家の人はアキラを客人扱いで何かと気を使ってくれた。
取り敢えず今夜はその行為に甘える事にしたが。

翌日にアキラは宮に自分の仕事を申し出たが、宮は。
「山城さん気持が有り難いのですが、なにせこの有様で、もっと沢山のお客さんが来てくだされば、お願い出来るのですが」
「まぁそうだなぁ、あっ待てよ……俺の知り合いに来てもらおうか」
「えっそれは有り難いですが」
「別になにか問題でもある? 一人でも多く泊まってもらおうよ」
とっアキラの単純な閃きで早速アキラは旅館の電話を借りて片っ端から電話を掛ける事にした。

まず一番手は真田小次郎にだった。
「あーとっつぁん俺だ。元気かぁ、どうだ。熱海に遊び来いよ」
「アキラか元気も何もこの間逢ったばかりじゃないか」
「どうだい忘年会で易者の集まりで盛り上がっては」
「なに? 忘年会。まだ春になったばかりだろうか」
「へっへへ、それなら同窓会とか易者会とあるだろう」
「なんでぇアキラ早速客引きかぁ、まぁ考えて置くよ」
そして次に掛けたのはなんと、あの高知のヤクザの所だった。
 (おいおいアキラ 誰でもいいのかぁ)

 気が付けばもう高知に電話していた。
「久し振りです。山城旭と申しますが、そちらにお世話になって居る松野早紀さんは元気でしょうか」
「なにっ山城? 何処の組の者だ」
普通なら此処で怖気づく所だがそこはアキラ、身の程知らずだ。
「オイオイ兄さん俺は組のもんじゃないぜ。そちらに世話になっている姉さんをお宅に連れてった者だよ。覚えてないかい。チトばっかり背がデカイ奴だよ」
「……? あっ思い出した。あの兄さんか、どうも失礼しやした。ちょいお待ちを」
「あっあたし早紀よ。山城さん元気? おかげで当分、愛子の所で世話になる事にしたのよ」
「そうかい、それは何よりです。今ね熱海の旅館で世話になっていて。なにせ不景気風に吹かれて旅館も大変なんですよ。もし宴会の予定でもあればと、まぁ其処は遠いから無理とは思うが元気な声を聞くついでに電話入れたんです」

「まぁそれはいいわねぇ、愛子に話しておくわ。色々あったけど山城さんとの旅は楽しかったわよ。愛子に話したら是非とも竜馬隊に入れたいと言ってたわよ。どう山城さん真面目に考えてみない」
なんと今度は逆スカウトの話だ。ヤクザの世界ならアキラもきっと出世するかも。
「へへっそれは有り難いけど、まだお袋を泣かせたくないもので」
「ハッハッハ冗談よ。でも貴方が居たら百人力なんだけどね」
「でも松野さんに困った事あったら飛んで行くから。じゃ隊長によろしく」
どうもアキラの性格らしい少しでも自分と関わった人間を助ける所は。
それから数件アキラきは思い当たる所へ電話し続けた。
翌日も知人や学生時代の友人に電話した。
なにせ暇な旅館だ。自分の働き場所がアキラは欲しかった。
このままでは金を貸した事をいい事に、ただの居候にすぎない。

アキラは恩着せがましい事は大嫌いだ。体形と顔に似合わず、その点はいい男だ。アキラは宮寛一にある事を申し出た。
それはお客さんの駅までの送り迎え。観光地の駅で見かける旗を持って客引きするアレだ。
宮は申し訳ないと遠慮したが強引に承諾させるのだった。
翌日、熱海の駅前に大柄で、いかめしい顔の男が松の木旅館の旗を持って立っていた。
ゴツイ顔を恵比須顔に変えて? それでもアキラなりに一生懸命だった。
なんと言っても一際目立ち百九十八センチの巨体は目を引く。
アキラのその表情は、他人から見ればコッケイそのものだが。
しかし、そう簡単に客は取れない。
それでもめげずに午後二時を廻った頃、若い二人連れの女性に声を掛けられた。
「ねえねえ、おじさん。お部屋空いている?」
と、まだ二十六才なのに、おじさんにされた?
なんと言われようが、お客様は神様。せいいっぱいの笑顔を作って。
「ハイハイお客様の為に特別室を空けて置きました」
その若い客二人はキャッキャッと喜んだ。
アキラの下手なジョークに笑って泊まる事になった。
(素人は怖いもの知らずだねぇ、アキラ初めて外交戦略に成功せり)

しかし、それだけではなかった。そんなアキラの冗談が受けて中年夫婦がぜひ泊めてくれと願いでた。アキラは感謝感激だった。
早速に松の木旅館に電話を入れる。
「ああ女将さん今からお二人さんを二組ご案内しますので部屋の準備お願いします」
「えっ? そっそうですか。ハッハイすぐご用意します。アキラさんありがとう」
暫く女将の声がそのまま途絶えた。驚きとアキラのその努力に女将は心が熱くなった。
不景気にしっかり暗くなっていた宮夫妻だったのに。
そして、いくら金を融資してくれた恩人とは言え人柄まで分らなかった。
例え長く居候しようとも我慢するしかないと、心に決めたいたのだったが、それがゴリラとも思える大男に怖そうな感じの男だ。夫はヤクザの高利貸しから金を借りたのではないかと、内心穏やかじゃなかったのが本心だ。
しかし外見とは裏腹に、ここ数日でアキラの優しさに女将は涙するのだった。
松の木旅館のマークの入った送迎車が旅館の前に到着した。
旅館の従業員が女将をはじめ総出で玄関の前に整列していた。
「お疲れ様です。お客様ようこそ松の木旅館へ只今お部屋へご案内します」
みんなは、なんだか活気づいて見えた。久しぶりに笑顔が揃った日だった
その深夜、アキラと宮寛一と女将が三人でなにやら話し込んでいた。
「もう今日は驚いたわ。アキラさんに私達に欠けていたものを教わったわ」
なぜか、山城さんからアキラさんに呼び名が変わっていた。
それはもう女将がアキラのことを信頼した何よりの証であった。
「俺も山城さん、いやアキラさんと呼んでいいかな。久しぶりに活気のある松の木旅館でしたよ。板前さん仲居さんも明るかった。なんたって今日は十三部屋も埋まったし、半数以上がアキラさんのお陰です。もうなんて言っていいか」
ついに主人の宮まで涙ぐんでしまった。

「ヘヘッそんなに褒められては照れるなぁ宮さん。俺はズブの素人だからね。それに事情を知らない板前さんや、仲居さんに嫌われたくないし、俺が少しでも役に立てれば皆さんにも受け入れて貰えると思ってね。それと……俺が純粋に旅館で働いて見たかった。でも宮さんや女将さんに気を使われては困るんだ。金の事は気にしないで欲しい。監視役見たいに思われたくないんだ」
アキラの気遣いに宮夫妻は改めてアキラの優しさに触れた。

外見とはまったく別人のアキラだった。だが一旦キレたら、これまた別人である? まさに二重人格的な人アキラであった。
こればっかりは簡単に直らないだろう。
アキラの思いがけない手助けで松の木旅館も、やや持ち直して早十カ月が過ぎあっと言う間の正月だ。
アキラは会社勤めしている時は、正月休みはあったが、ここ熱海はいわば稼ぎ時だ。しかし思った程に泊り客は少なかった。
そうそういつもアキラの客引き作戦がうまく行く訳がない
正月も過ぎて、やっと従業員達の正月休みが与えられた。
正月明けの、この時期はどうあがいても客足は伸びない時期だからだ。
久し振りにアキラも東京に帰京する事にした。美代ちゃんに逢いに?

愛しの浅田美代との再開である。なんとアキラ今日はビシッと決めて来た。
またいつものレストラン。来た! その美代ちゃん見事な振袖姿で登場だ。
その振袖姿を見たアキラは、見惚れてだらしなくポカ~ンと口を空けて、今にもヨダレが口元から零れそうなアキラ。
もうなんと締まりのない顔していたが、 フ~と我に返った。
「山城さん。おめでとうございます。どうかなされましたの?」
しっかりと、だらしない格好を見られてしまったようだ。
「あっいや……浅田さんの振袖姿に、つい見とれてしまってハッハハ」
「またぁ、山城さんがお世辞を言うなんて」
アキラはお世辞なんか言える柄じゃないのは分かって言っている美代だが。
その美代も実は照れくさかったようだ。
「浅田さん正月はいつも振袖なのですか。しかし綺麗だなぁ」
これもお世辞ではないが、アキラはありのまま言っただけだった。
「もう、それは褒め過ぎですわ。振袖がきれいなのでしょ?」
「いや振袖を着た浅田さんが綺麗なんです」
 (あ~ぁ、この二人いつまでも勝手にやってろよ)

とっまぁ二人は、熱い恋の炎が燃えている事は確かであろう。
食事を終えて二人は何故かその後、後楽園ホールに向かった。
後楽園ホールの隣には野球のメッカの東京ドームがあり、その他に場外馬券場、後楽園遊園地、東京ドーム、ホテルなどがある。
その後楽園ホールは雑居ビルの中にあり、ホールは体育館のような感じだ
ボクシングのメッカである少し狭いが三千人前後が収容出来る。
世界タイトルマッチもやった事があり、新人王戦なども行われる。
なにせ格闘技好きのアキラの事、そんな話題を出したら止まらない。
美代も興味を惹かれて一度見たいと言い始めたのである。
どちらかと言えば和服が似合う、しとやかな女性と思われたが美代の意外な一面を見せられたような気がしたアキラだった。
興味と怖さを同時に味わった美代はしっかり堪能したようだ。
その後、アキラと美代は近くの店で軽く飲んで、いい雰囲気なのに馬鹿真面目なアキラは夜遅くなるといけないと誘う事もなく別れた。
それがアキラの人が良いのか、オクテなのか気付かないのかは不明だが。
恋愛とは名前の如し、恋して愛する事だ。
付き合ってすぐホテルに行くカップルも昨今は珍しい事ではないが本当に愛するなら、その恋人を大事にしたい気持ちがあるなら簡単にホテルに誘うなんて出来はしないと思う。綺麗な花は摘み取ってはいけない。眺めているの一番だと。
愛の形とは、己の感情よりも相手の感情を優先するものであり決して見返りを求めるものではない、常に相手に奉仕するのみ、愛の形は違うが自分の子供に愛を注ぐのは当然の事であり、子供に愛の報酬を求めて育てる親はいない。
子供が大きくなり、その子供が親孝行するのが愛ではないだろうか。
恋愛とて同じこと、愛して愛される。そのバランスを崩してはならない。
 
翌日に一番の気が許せる真田小次郎とまた安酒を飲んでいた
「どうだいアキラ。旅館の方は馴れたかね。若い内はなんでも勉強だよ」
さすが元、学校の先生らしい一面を見せた。
「まぁな、でも意外と面白いよ。面白いんだが商売となれば、こりゃあまた別問題なんだけど、やっぱり全体的に世の中、景気が悪いのかな」
「おっそうだ。今度な易者仲間で新年会をやろうって事になって折角だから熱海に一泊してする予定なんだが、どっかないか?」
「ヘッヘヘとっつぁん。どっかないかはないだろうがコノ~」
「まぁそう言う事だ。平日だけど頼むぜ」
「よっしゃあ! 平日なら願ってもない。でっ何人なんだ」
「まぁざっと二十人くらいになるかなぁ」
「へぇそんなに居るんだ。随分と居るもんだなぁ」
「まぁな、なんたって不景気になれば逆に将来が不安な人が多いからな」
「流石はとっつぁん。恩にきるぜ。これでまた喜んで貰える」
「しかしアキラも随分と熱心だなぁ、なんで其処まで頑張るんだ」
「まぁな、色々と訳があって旅館の大将に頑張ってもらわないとホラッ売上が伸びると俺の給料も上がるだろうよ」

とかなんとか言って細かい事情は、はぐらかしたが金を返して貰うのが目的ではなく宮寛一に旅館を盛り上げて欲しい気持ちだけだった。
どうやらアキラはリスクの高い投資だが夢を買ったようだ。
アキラのそんな思いが、付き合って行く人に好感を与える。
人は外見だけでは判断できないものと改めて感じた真田だった。
それにしても不思議な男アキラ、真田は何度か聞きたかったがアキラが必死に何かを隠している。ひょっとしたら大金持ちのボンボンなのか?
決して悪い事をするような人間ではないのは分かっていたが。
真田は本当に息子のように思えてならない。だからいつ間にか下の名前でアキラと呼ぶようになった。アキラの為に何かをして上げたいと感じる真田だった。
それが今回、熱海の一泊予定の易者仲間を集めての新年会だった。
真田も新年会やるにあたっての苦労があった。
片っ端から電話をかけまくって知人などにも協力を仰ぎ、最初は仲間内でも
「なんで熱海なんだ。遠く迄行ってやらなければならんのか」
と不思議がられたが、一人の若者を喜ばせたいと素直に頼み込んだ。
そんな真田の努力の結果が生んだアキラへのプレゼントだった。
遅い正月休みを終えたアキラは宮と女将の喜ぶ顔を目に浮かべて松の木旅館に帰ってきた。交代で正月休みを従業員が取ったが、まだ二人ばかりは休暇で仕事には着いてはいなかった。
それでも正月が終ってから訪れる観光客は少なく、旅館もひっそりと、いつもの不景気風が吹き荒れていた。
「ただいまぁ女将さん! おみやげ買って来たよ。といっても東京土産なんて特にないけど、雷おこしだけど皆さんで食べてくださいよ」
「あっアキラさんお帰りなさぁい。ゆっくり出来ましたか?」
「ええまぁ、毎日飲んでばかりですが、身体に良くないっすよねぇヘッヘヘ」

そこに宮夫妻の子供、信二と舞子が「お兄ちゃんおめでとう」と挨拶してくれた。
「おう信二に舞子ちゃん、いい土産買って来たぞ。二人で一台だ。悪いがな」
なんとそれはノートパソコンだった。二人の兄妹は手放しで喜んだ。
最近の中学生でもパソコンも使う時代になったようだ。
「えっ! うそぉ~それパソコンじゃないの? 凄いそんな高いのくれるの」
驚いたのは子供ばかりじゃなかった女将の貞子も驚いてしまって嬉しさは元より申し訳なそうに何度も頭を下げて、子供のはしゃぐ姿を見てまたまた涙ぐんでしまったのだった。
「あれ? 宮さんはお出かけですか」
「えぇ旅館組合の会合です。なにせ今は正月明けで暇ですからね」
「あっそうそう他に土産があるんですが、土産と言っても物じゃないんですがね。来週月曜日二十名の団体客の予定入れて大丈夫ですか」
「えっ二十名様の団体さんですか! まぁアキラさんの知り合いの方?」
「まぁちょっと変った客で東京の易者の団体なんですけどね」
「アキラさんって易者さんとも知り合いの方がいらっしゃるのね」
「それが、ひょんな事から意気投合しまして、父親に近い年の人ですけど、まぁ飲み仲間ですが」
そしてその月曜日がやって来た。最低でも五部屋が埋まる事になるのだが。
正月から二週間経っていた。空気は冷たいが熱海港は日差しが海に注ぎキラキラと輝いていた。穏やかな新春の晴れ間である。
午後三時過ぎ易者一行は熱海駅に到着した。
予め駅に到着したら知らせる事になっていた。
アキラと宮寛一が送迎車二台で駅に迎いに出た。
「とっっぁん、お疲れ。皆さんようこそ熱海へお待ちしていましたよ」
アキラは、にこやかに易者一行に挨拶し、宮も同様に恵比寿顔で応えた。
「よ~アキラ世話になるぞ、みんな楽しみにしているからな。頼むよ」
「おう、任せてくれ出血大サービスするからよ。へへっ」
「なんでぇ、それじゃパチンコ屋じゃないかハッハハ」
「どうです皆さん。まだ時間も早いし観光案内させて戴きますよ」
アキラのその言葉に一行から拍手が沸きあがった。
「よっ兄さんサービーがいいなぁ、小次郎さん息子が出来たって喜んでいたぜ」
「へっへへ出来の悪い息子ですが、てもねぇこのとっつぁんが父じゃ仕方ないでしょう」
一向はアキラの軽口に大笑いした。
易者一行はアキラと小次郎の関係をよく聞いているらしい。
「へへっまぁそんな処です。とっつぁんより息子の方が威張っていますがね」
「話には聞いていたけどアンタは本当にデッカイねぇ頼もしいなぁ」
そんな会話を続けながら易者一行は、松の木旅館に到着した。
「ほう落ち着いたいい所だ。俺達には合っているよ。なぁみんな」
易者の人たちは五十後半から六十代と年配の人ばかりでホテルタイプより和式形式の旅館を好む人が多かった。その点では松の木旅館はうってつけだ。

旅館の受ける方も正月明け最高に活気付いて、板前も仲居も女将さんも
大忙しだ。やはり活気があってこそ旅館は盛り上がる。
この忙しさを宮夫婦は、さぞ心地良く汗を流しているだろう。
そしてアキラと言う福の神に毎度、感謝するのみであった。
そんな旅館のあわただしさを後に、アキラは熱海城や熱海の名所案内をして
易者一行を楽しませていた。アキラもまた真田小次郎が斡旋した易者仲間に喜んで貰わなければ、真田の顔を立てなくてはと一生懸命だった。
易者一行は大男でゴツイ顔とは裏腹に冗談を交えて巧みにガイド務めていた
意外とアキラは客商売が向いているのでは自分自身も感じはじめて居た。
結局アキラの珍道中の旅も決して無駄ではなかった事になる。
だから今の生き生きとした今のアキラの存在があるのだから。
その副産物として松野早紀や竜馬隊の隊長、坂本愛子等もいるが。
まぁ竜馬隊は任侠道の昔ながらのヤクザだ。あんまり収穫と言えるかどうか
いずれ、その収穫? と再会する事になるのだが、それはもう少し先の話。
かくして易者一行は宴会の時間の一時間前に旅館に戻って来た
これから多分、楽しみの一風呂浴びてから宴会という事になる。
特に日本人は、このパターンが大好きだ。

アキラは旅館の中での仕事はない。アキラは易者一行のサービス係りを務めた。その夜は女将の気配りで一段と豪華な料理が並んだ。
それも易者一行が喜ぶものばかりズラリと並んでいた。
それもその筈アキラが熱海の観光案内している間に、さり気なく好物を聞いて女将に電話を入れてあった。連携プレイの賜物であった。
その至れり尽くせりの松の木旅館やアキラのサービスぶりに一行は、こう言った。
「いゃあ俺も結構旅行しているけど、こんなサービス受けたの初めてだ。どうも食べ物の好物聞くのかと不思議だったがアンタが気配りしたんだな」
アキラの方を見て、その男は嬉しそうにアキラに会釈して笑った。
真田小次郎も喜んだ。真田もみんなから感謝されたらしい。
翌日、易者一行と真田は松の木旅館を出発することになった。
「どうも世話になりました。最高の新年会が出来ました又寄らせて貰いますよ」
「どうも皆様ありがとう御座いました。またのお越しをお待ちしています」
女将の挨拶や仲居に見送られて易者一行は帰っていった。
アキラも序々に旅館業の面白さを覚えて来た。
しかし面白いと客が入るのは、また別問題である。
この厳しい不景気な時代を生き抜くのは並大抵ではない
その宮夫婦の苦悩がいまアキラには分かりかけて来たような気がする。

アキラも宮もあらゆる努力はしているが、そうそう毎日忙しい訳ではない
いくらアキラが努力しても、単発的に客足が伸びても旅館業は毎日が忙しくて初めて経営状態が上向くのであってアキラや宮の懸命の努力で赤字ではないが、黒字にもなっていない。今は直接返済していないが返済用に少し貯金していた。
返済に充てる金が出来た事は喜ばしい。つまり経営は上向きしつつある。
季節は三月を迎えて気温も穏やかになって来たが穏やかじゃないのが松の木旅館の経営状態は横ばいが続くようになって来た。
どうしても二月、三月は客足が落ちるのは仕方がないが、それでもアキラが来てから以前ほどは悪くない。春になればと溜め息をつく宮寛一と女将であった。
アキラも手を尽くしたが、これと言った妙案が浮かばないままだ。
どんな商売でも浮き沈みはある。何かがある筈と考えたがアキラの場合は旅館の従業員でもないから、少し抜けようと思えば、それも可能であった。
それならばと又きまぐれ旅行しても意味はないが。
環境を変えることにより新しい案が浮かぶかも知れないと。
そういえば、お袋とも喧嘩して家を飛び出したきり逢って居なかった。
このまま又、帰れば喧嘩になるかも知れない。
息子の自分が折れれば問題ないだろう。
気の強いお袋にも花をもたせてやってもいいかと、少し躊躇ったが久し振り逢いに行くことに決めた。
宮寛一と女将に実家へ行ってくると話したら「それはいい事だ」と。

実家に帰ると聞き女将は、なんと沢山の干物やらお土産を持たせてくれた。
しっかり松の木旅館の一員となったアキラであった。
しかしお袋と仲直りと言っても、三百万の大金を理由もなしにあげたのが原因で今度ばかりは、宝くじに当った事を説明しなければ、お袋も納得しない事だろう。
アキラは正直に話をするしかないと決めた。
でもお袋はなんて言うだろう。宝くじに当ったのはいいが既に八千万円が消えていたのだ。まぁ五千万円は人助けだが返して貰える保証がない。
またまた、お袋と喧嘩になるのがアキラは忍びなかった。
その翌日アキラは熱海を後にした。
アキラの乗るランドクルーザーは、言わば山登りなどに適した車だ。
好みはそれぞれだが、独身のアキラには丁度いいタイプの車らしい。
湘南バイパスを走り続けて右手には湘南の海が見えてきた、もう此処を何度通ったことだろう。小春日和の日差しを浴びて海がキラキラと輝いている。

まだ寒いのにウェットスーツを着たサーファーが何人も楽しんでいた。
おかげでこの辺のレストハウスは夏ほどではないが常に客足が絶えないらしい。熱海と違って羨ましい限りだ。
車はやがて都内に入って来た。相変わらずウンザリするような渋滞。
馴れているとは言え、気分はゲンナリとなる人も少なくないだろう。
やっとの事で自宅のマンションに帰った。さすがに気分がいい。
どうしても板橋に住んでいた頃のボロアパートと比較すると、満足この上ない。
お袋の住む(居酒屋秋子)とアキラのマンションは同じ北区赤羽にあった。
やっぱりアキラは心配だったのか、なんとなく同じ街に住んでいる。
しかし駅を挟んでアキラは東口。居酒屋は西口と離れていた。
不思議なもので駅を境に街が分断されると東口と西口の交流まで分断させられる。何も西口から或いは東口に買い物に行かなくても生活に支障がないからだ。そのせいか、まず母と街で出会う事はなかった。
お袋もアキラが近所に住んでいるとは夢にも思わないだろう。
早速シャワーを浴びてから、それからお袋の所へ出かけようかと思ったが、まだ電話も入れてはいない。いつものようにノソッと行った方がよいか、それとも丁重に電話を入れたてから出かけるべきか迷った。
どうもアキラはお袋が苦手だ。大袈裟に言えば、この世で一番怖い相手だ。
アキラは迷ったが結局は、いつもどおり突然訊ねる事にした。

お袋の営む(居酒屋 秋子)は夜十二時近くまで営業している。
あんまり早く行っても仕事の邪魔になるだけと思いながらアキラは夜の十一時四十分頃マンションを徒歩で出た。
アキラは気が重かったが、まもなく目の前に居酒屋の灯りが見えてくる筈だが閉店時間が近いから暖簾を下げている頃だろうか。
しかし(居酒屋 秋子)は灯りが入っているどころかシャッターが閉まっていた。十二時閉店としても後片付けなのでまだシャッターを閉めるのは早いが。アキラはアレッと思った。
店の裏口に廻ってみた。裏戸に付いているブザーを押したが返事がない。
仕方がなく「かあさんアキラだよ。居るのかぁ!」と呼ぶ。
暫くして裏戸のカギが外され音が聞こえてきた。
「アキラか……どうしたんだい。こんな時間に」
相変わらず息子が久し振りに帰って来たのに愛想がない。
まぁお袋の事をとやかく言える立場ではないが似たもの親子だ。
そんなアキラでも『アキラ良く帰って来たのね。さぁお入り』と暖かい言葉を掛けて欲しいと思っている。
そして自分も、そんな声を掛けられれば、きっと優しく接しる事が出来たのに。親子三人子供の頃は楽しい日々だったのに今は昔、その楽しかった家庭は崩壊してしまったのだ。すべてが父と母の離婚で始まったのだ。
子供に取って二人とも、かけがえのない親ではないか。
例えいくつになっても子供には親の存在は大きく、それだけに心に残る傷は大きいのだ。
そんなお袋もやはり何か寂しく感じるのだ。
「お袋こそどうしたんだい? 店なんか閉めて具合でも悪いのか」
「あぁ、ちょっとね。体調を崩してしまって三日ばかり休んでいるんよ」
「そうかい、あんまり無理するなよ。若くないんだからさ」
「でっ今日はなんか用があったのかい。まぁ用がなくたっていいけど」
「別に用があるって程でもないけど、この間の事もあるし……あの金の事で説明しなくちゃいけないかなぁと思って」
「あんまり脅かさないでくれよ。こっちこそお前を疑って後悔していたんだから」
「無理もないかも知れない、ろくな仕事もしてない俺が大金を持って来たんだものなぁ、本当はその話をしたくて来たんだよ。驚かないで聞いてくれ母さん。実はあの金は宝くじで当てた物なんだよ。それも三億円。散々迷ったよ、母さん」

アキラの母秋子は、三百万をポンと置いて行った時は驚いた。
てっきり悪い事して手に入れたと思いアキラを疑い、それに怒ったアキラとは疎遠になっていた。一度はまさかと考え事はあったが自分の息子が三億円も当っていたなんで秋子は言葉が出なかった。
秋子は何も言わずにアキラと自分にお茶を入れて静かに飲んだ。
そして気持ちが落ち着いたところで語り始めた。
「母さんは今、心臓が飛び出しほど驚いているんだ。けど冷静にならなければと一生懸命なんだよ。今少し落ち着いたからね。今その金はどうしてあるんだい」
「うんそれは後で話よ。母さんに一番先に話さなければと迷ったよ。しかし怖かったんだ。そんな大金は人に話せないし、当ったのは昨年、いやあれから色々あったから一昨年の夏のサマージャンボ宝くじだよ。ハッキリ言って大金を手にして苦しかった。そして自分が今なにをすれば良いのか迷ったよ。そしてあの時、母さんに逢いにきたんだ。でも言えなかった。結局は母さんに誤解させるような結果になったけど、あのあと大金を手にして働く意味が分からなくなって会社を辞めたんだよ。でもその内に自分まで見失うようになって旅に出たんだ。何かが得られればと思ってさ、大した収穫はなかったけど人との繋がりが、いかに大事か気がついたような感じがしているだ」

アキラは今まで胸に溜めていた事を一気に話した。
「アキラ良かったね。本当に良かった。お前には苦労させたくなかった。母さんが離婚して、お前はどんな寂しかっただろうね。良かった良かったよ。アキラ」
母 秋子はアキラの前で大粒の涙を出して泣き始めた。
そんな母の姿を見たのは生まれて初めてだった。
其処には我が子の幸せを願う母の姿があった。
「かあさん!」思わずアキラは母の手を取ってアキラも幼い子供の時のように泣き出した。
「かあさん……ありがとう」
その親子の美しい再会が、母 秋子の疲れた身体を癒してくれた
「あれっ? 母さんどこか体調悪かったんじゃないの」
「あっそうだったねぇ、あんまり驚いてしまって忘れてしまったよ。ハッハハ」
何はともあれ親子が水入らず笑えたのだ。
「それで母さん。今は熱海の旅館で働いているんだけど、その人は旅先でひょんな事から知り合った人なんだけど、それが今、熱海で旅館業をしているんだ。でも倒産寸前だったんだ。母さん怒るかも知れないけど俺はほって置けなくて五千万円貸してあげたんだ」
そこまで言ってアキラは、母の顔を覗き込んで顔色を伺う
ひょっとしたら又カミナリが落ちるかも知れないと思ったアキラだった。
やはり母親の前では、とてつもなく大きくゴリラと噂されるアキラも小さくなった。
「アキラそれは、お前のお金だよ。自由に使えばいい母さんに気兼ねすることない。でもね、お金に振り回されていけないよ。目的を持って使わなければ、まだお前の人生はこれからなんだ。自分の人生に役立つように、そして将来を見え透いて上手に使いなさい。だがね、お金の貸し借りほど怖いものがないと言う事も覚えて置きなさい。人に金を貸し時は返って来ないと思いなさい。その位の覚悟がなければ貸さない事。決して後悔しないように相手を見極める事も忘れてはいけないよ」

やはり母は年の功だ。金の貸し借りは心得ているようだ。
「そうだな、持った事ない大金を手に入れて本当に自分が分からなくなった。その旅館を経営している宮寛一と言う人なんだけど、本当に真面目で銀行にも断られ、いよいよ倒産かと覚悟を決めていたそうだ。だからほって置けなかった。だから後悔はしていないよ。それと今、その旅館で働いて新しい自分を見つけられそうなんだ」
「そうか、お前は根が優しい子だから母さんは信じているよ」
「ありがとう母さん。それでね、俺も苦労した金じゃないけど一億円を母さんの為に使おうと思うんだ。貯金して置いてもいいけど」
「ハッハハ気持は嬉しいけど、そんなお金を貰ったら母さんだって、おかしくなっちゃうよ。お前の人生は長いんだ、きっと困った時が来る。その時の為に貯金し置けばいいよ」
そんな穏やかな会話が夜遅くまで続いた。
アキラは何年ぶりかに母の家に泊まる事にした。
「母さん無理して働かなくていいよ。もっとお洒落して楽しめばいいよ」
 「私はね、お金の為じゃないの。人生を楽しむ為に働いているの。酔っ払い相手だけど、常連さんとの会話も楽しいものだよ。何もしなかったらそんな楽しみもなくなるからね。後はお前の優しさと健康であればそれでいいの」
「わかった母さん。も一億円は母さんの為に俺が預かって置くよ。いつか役立ち時がくればいつでも言ってくれ、それでいいかい」
アキラは社会に出て初めて母の生き方に感銘した。
翌日アキラは母に見送られて「居酒屋 秋子」を後にした。

そしてあの真田小次郎と新年会に大勢の人を引き連れて来てくれた、お礼を兼ねて飲むことにした。結局は飲むことが目的のようだが。
当然最後は浅田美代とのデートとなった。二人の関係はデートの回数が増す度に親密化して行った事は言うまでもない。
その浅田美代から以外なことを聞いた。その以外な事とは……
「ねぇアキラさん」
あれ? いつの間にか山城さんからアキラさんに呼び方が変わっている。
そしてアキラも「なんだい美代ちゃん」となっていた。
「あのね。ホラッあの西部警備の社長さんがアキラさんどうしているかって 私の所に直接電話があったのよ。熱海の方で働いていると言ったけど」
「へぇー驚いたなぁ大会社の社長が俺のことを気に掛けてくれたなんて」
なんだかアキラの蒔いた種が、人柄からくる人脈が芽を出し始めている。
その一番の理解者、親は別として浅田美代と真田小次郎だろう。
いずれ西部警備の社長、相田剛志には挨拶に行こうと思ったアキラだった。
母親、秋子とも親子の絆をしっかり確認したアキラは熱海に帰って行った。
勿論、美代とのデートを重ねる事が一番の幸せであるが。

アキラが松の木旅館に帰って真っ先に出迎えてくれたのが宮寛一の子供たち信二と舞子だった。
「お兄ちゃんおかえり~~」
もうアキラは宮家の一員だった。それ程までにアキラは慕われていた。
「あっアキラさんお帰り、お母さんはどうでしたか」
女将まで嬉しそうに声を掛けてくれた。
「お土産を沢山もらって宜しくと言っていました。ありがとうございます」
もう熱海も桜が咲き始めた。熱海は花も沢山咲く一月末には、もう梅祭りが開催される。
熱海は関東ではないが東京近辺で一番近い温泉だから関東の一部と思っている人が多い。その熱海、比較的気温も穏やかな場所で梅祭りを見に東京近郊からも大勢訪れる。
しかし相変わらず松の木旅館だけじゃなく全国的に不景気は変らない。
景気回復を考えてはいるが新しいアイデアはそうそう浮かんでこなかった。
アキラは新しいアイデアは何かないかと常に考えている。
今のアキラは、ほとんど居候状態になっているが、アキラの事を誰も邪魔者だと思う人はいなかった。
これまでの努力は松の木旅館の誰もが分かっていた。それだけに息苦しさも感じていた。

また旅をしたくなったが、無意味な旅ばかりでは仕方がない。
ハッキリしている事は、今の自分はこのままでは進歩がないと思っている。
母親に一億円をあげたつもりだが、実際はアキラの口座に入ったままだ。しかしそれは母の物と決めている。
残り金額は、お袋の分を除き一億二千万だ。二年も経たぬ内に半分以下になったのだ。しかしアキラは気にして居なかった。
ゼロならゼロなりに生きて行けば良いと、恵まれた身体と若さと巡り合った友人で充分に生きて行けると感じていた。
以前のアキラにはない自信が漲っていた。
しかしアキラはまだ将来自分の進む方向が分からない。
もちろん旅館業も悪くはない。ただ自分で出来る訳もなく資金だってまったく足りない。商売を始めるにしても資金は勿論のことだが、そのノウハウが重要な問題だ。そして協力者も必要だ。
アキラは運を貰った好運な人間なのだ。その運も全ては自分に引き寄せるか、
また何もしないでノホホンと暮らせばある程度の暮らしが出来るだろう。
しかし折角、生まれて来た人生だ。楽しまなくてはいけない。
いわば人生はギャンブルだ。自分の知恵と運を掛けたギャンブルなのだ。
当然ギャンブルには当れば今の何倍いや何千倍の富を手に出来るかも知れない。そしてギャンブルにはリスクが付き物だ。
失敗すれば逆に無一文になるか、あるいは借金の山を築くかもしれない。度胸が必要だと。
スリルがあって楽しいと、また危険だから怖いと心が別れるだろう。
しかしアキラには、やり直しの効く若さと元々無一文だった度胸があった。
アキラは決めた。どうせ生きるなら自分の存在を多くの人にアピールしよう。
いつの日か人生を振り返る日が来た時に、自分の人生に悔いなしと。
そんな風に腹をくくった人間は強い。何せ失うことが怖くない人間は強い。
下手に富を築くと以外と守りに入る人がいる。
守ろうとする人間よりも攻める人間の方があきらかに有利だ。アキラは決意した。
もう少し社会勉強したい。その為に色んな事を知る事だ。
松の木旅館だが以前と比べて閑古鳥が鳴くような事はなくなった。
宮寛一と女将の努力は少しずつ実っていた。やはり今は宣伝の時代だ。
駅前で客を呼び込む努力は勿論だが、旅の雑誌に広告を載せるのも効果があるが、そんな金はない。無いなら相手から取材に来させる魅力ある旅館にすることだ。そういえばこんな事があった。
『熱海駅前の名物お兄さん』そんなタイトルの記事が載った事がある。
勿論アキラの事だ。背の高い男が旅館の客引きで評判になり記事されたことだ。
その成果が出始めて来たのである。アキラも一安心した所だ。
アキラは胸に秘めていた事を話した。宮と女将は少し淋しいがアキラさんが何か見つけて来てと送り出してくれた。アキラは旅が終ったら必ず戻ってくると約束した。
問題は浅田美代だ。何と説明すれば良いのだろう。
東京に戻ったアキラは翌日、美代と話しあった。
「え~~また旅に出るのですか」と、淋しそうな顔を浮かべた。
「ごめんね。松の木旅館で働いて旅館業の面白しろさを知りました。将来そんな仕事に就きたいと云うか、出来るなら旅館業をやって見たいと夢が膨らんできたんです。それで沢山の旅館などを見て回ろうと思っているんだけど」
「ふうん、アキラさんの夢で壮大ですね。で、どのくらい?」
「長ければ三ヶ月から半年、収穫が無ければ一ヶ月で帰って来ます」
「ちょっと淋しいけど男の人は夢がなくてはね。いいわ、応援いるわ。でも約束して時々、メールか電話してね」
「勿論です。毎日します」
二人は暫しの別れを惜しんだ。
アキラに再び旅立ちの時が来た。しばし東京とも熱海ともお別れだ。
美代と別れるは辛いがアキラは新たな世界へ旅立その行く先は?


 第三章 熱海旅館奮戦記 終

宝くじに当たった男 第3章

次回は第4章
北の大地編でする

宝くじに当たった男 第3章

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-12

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著作権法内での利用のみを許可します。

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