昨日の僕へ
短編小説となっています。
1.
もしも、昨日の自分の話ができるなら何を話すだろう。
これだけは明確にわかることは、きっとこの絶好の機会をのがさまないと適当な話は絶対にしないだろう。僕だって、誰だってそうするはず。そしてその絶好の機会のために考えるだろう。
まずは昨日のことを。
昨日、自分が何をして、どんな行動をし、どんな言動をとり、どんな風に生きてきたか。その中の後悔や心残りを見つけ出す。
そしてここで気がつくことがある。自分の性格をしっかりと一から隅々まで見直すからだ。普段の一日常の中で、ここまで自分を見つめなおすことはそうそうないだろう。だからこそ気がつくのだ。今までの自分の後悔や、改善点、課題点。それがいやというほどに自分に降りかかってくるのだ。自分の最悪な性格や、知りたくはなかった心のうちの奥潜む悪。
ここでさらに気がつくことがある。これは人間のことだ。つまり人はこの事実から目を背けているのだ。
自分がどれだけのことを今までしてきたか。それを考えたくはないのだ。考えたくないし、知りたくはないのだ。だから人は改めることをしない。改めて自分を見つめなおすことをしない。毎日のように昨日の自分や今日の自分を振り返りたくはないのだ。この事実を知りたくないから。
しかし、振り返るのくらいなら今を見つめろ。そういう人だって少なくはない。確かにそれはあながち間違えではない。振り返っている時間があれば今の状況を変えてみろよとも思う。でも振り返ってこその今だ。たとえ振り返らないとしても昨日やおとといがあるから今という自分がいてこの今の状況があるのだ。
つまりだ。今より昔の自分を見つめなおすことは今の自分を変えるもっとも身近な最善策であるのだといえるだろう。
ここで改めて言うが、あくまでこれは僕の意見だ。
話が大分反れたが続けようとしよう。
さて、昨日の自分を見つめなおし、考えたところでどうする。
今更ながらに言うが、ここでの昨日は平日でもあり、休日でもあり、祝日でもある。しかしだからといって何がある。
ひとつ聞こう。
過ぎ去りし日々の中で、光のような速度で進み続ける毎日の中で、イベントがある日はどのくらいだ。
簡潔に聞こう。
イベントがある毎日なんてないだろう?
そんなものないのだ。聞くまでもない。
年末年始か毎日あるか?バレンタインデーやホワイトデーが毎日あるのか?誕生日が毎日来るのか?
違うだろう。
つまり、大半の毎日がごく平凡で何一つ動きのない、ただの日常なのだ。
毎日が特別な日だという人もいるだろうが、僕はそこまで考えるほど生きているわけでもないし、これを読んでいる人だって大半がそうだろうと僕は推測する。毎日が特別だという人であれ、それは日常の特別感であって、何かのイベントの特別ではないだろう。
そう、僕の言いたいことは。
その大半の日常の中で後悔や心残りは見つけにくいのだ。
毎日のように絶望は来ないだろう、誰にだって幸せになる権利くらいあるのだから。毎日のように幸福はこないだろう、毎日のようにこないからこその幸福なのだから。
毎日のようには幸せだって絶望だって来ないのだから。
そんな中で公開と心残りを捜せといわれたら無理な話だ。いきなり昨日の自分に一言言えるんだ。考えて考えて、考えても後悔なんて心残りなんて見当たらない極普通の日常を過ごしていた昨日の自分に何を伝えられるというのだ。何を言いたいんだ。
特に何もないだろう。
こうして考えてみると以外にも人生に後悔が起こる回数なんて少ないものだ。もちろん、幸せにだって同じこと。
とはいったはもののそれを言っては本末転倒である。何も特に特別ではないからといって昨日の僕に何も言わないというわけにはいかない。
では、何という?
本来、過去を振り返ることをしない人間が。特別な毎日が来ない人間が。何を言うのか。何を言えばいいのか。
そんな答えはどこにも存在しない。明日の僕だって、昨日の僕だって、漁っての僕も、明々後日の僕も、一昨日の僕もそれは答えられないのだ。
結局のところ。
意外にも、ありきたりな答えしかできないのではないだろうか。
僕はそう思う。そう思った。
俺もそう思う。
2.
僕は歩いていた。なんとなく、することもなく、ただ学校の廊下をひとり歩いていた。
ここでいきなり話を変えるがほとんどの学校には公衆電話があるだろう。現代日本、スマートフォンが世界に多く普及し、今となっては小学生からお年寄りにいたるまで広まった。それによりついこの間まで道を通ればすぐに見当たるはずだった公衆電話がなくなっている。しかし、あまり使われなくなった公衆電話でも学校にはなぜか外されておらず、使えるのか使えないかの狭間。唐突だが、作者の中学校ではすでに使えなくなっていたが、だが、それでもそれを先生や共闘などに知らせれば業者が直しにやってきた。つまり、作者の憶測ではあるが学校には公衆電話がなくてはならないのだ。多くの人々に普及したスマホでも、学校には持ち込めるようにはなったはものの、担任の先生に下校の時間まで預けるシステムだ。ということは持っていても学校で使えないのなら意味がない。若い世代なら一回はやったことがあるだろう。忘れ物を親に学校まで届けてもらうことを。しかし、先生にそれはあまり知られてはならないために普段使うことのない公衆電話を使うだろう。もっとも、作者の世代には今ほどの携帯普及率がなく、ほとんどの生徒がテレフォンカードを持っていた。今となっては使われないテレフォンカードを現代の小学生は知っているのだろうか。学校においてある公衆電話とは生徒にとっては親を呼び出す道具でしかない。それしか使う用途がないからだ。でも、学校にはわざわざそんな理由で公衆電話をつけたわけではないだろう。これも憶測だが皆さんは公衆電話のおつりの入り口下に消防や救急車、警察を呼び出す赤いスイッチがあるのは知っているだろうか。知っているていで話を進めるがこれは学校に何かあったときのために押すものだろう。子供は一度は押してみたいと好奇心をくすぐられるものだが、ほとんど押すものはいない。押したものは先生に怒られていただろう。つまり、大事なと以外で押してはならないスイッチ。何か緊急があるかもしれないに備えたスイッチ。僕はこのスイッチのために公衆電話があるのではないかと思う。
話が長くなってしまったが、今僕の歩く廊下には公衆電話がある。緑のあの公衆電話。さすがにもう、ダイヤル式ではない。
その公衆電話がひとりでに鳴っていた。
あるだろう、そういうこと。まれにある光景。どこかのホラー映画にありがちなシチュエーションだが以外にも身近にあるためそこまで恐怖を感じない。しかし、さすがにその電話に出るのは怖いだろう。大方間違い電話の類であるのは確かなのだが、でもどうしても怖いだろう。わかっていても、普段かける側でしかない公衆電話がなっていたら誰だって怖いだろう。でも、お化けよりは怖くないだろう。
好奇心。探究心。子供のころの冒険心。
僕は中学生にもなってそんな心たちに心振り乱され、僕はその電話を取った。
「・・・・もしもし?」
出てきた言葉は以外にもありきたりな言葉。でもしかし、その言葉は電話でも基本。
「どちらさまですか?」
呼吸の音も、空気の音もなかった。
一気に背中につめたい水が流れ落ちた。
「・・・・はい。」
受話器を離そうとしたその瞬間、声が耳元で聞こえた。
「俺はお前だ。」
そんなことを言われた。
信じられないのが当然だろう。しかし、僕のようなその声は僕のことを俺と言う。
僕は僕、俺は俺なら、俺は僕ではない。
やはり間違え電話だろうか、公衆電話に出た僕への冷やかしだろうか。
「信じられないか?」
僕を名乗る俺が僕にそう告げる。
「・・・まぁ、そうですね。」
受話器から小さく笑い声が聞こえた。
「まぁ、俺も信じられないな。」
笑い方は人それぞれだ。僕自身、自分の笑い方など気にもしたことはないが、極たまに、あぁ、この人の笑い方は特徴的だなと思うときがある。
だからこのときの小さな笑いに僕は敏感に反応した。
声は確かに僕のものだった。客観的に自分の声を聞いてみて、自分の声が思ったものよりも違うことは多々あるだろう。でもそのとき思うだろう。
これが僕の声なのだと。そう思うだろう。嫌でも、自分から発せられるものであってそれは自分そのものなのだから。嘘ではないのだ、それは紛れもない真実なのだから。
信じたくはなかったが、僕だった。
「でも、今さっき告白したばっかりだろって言えばいやでも信じるだろ?」
受話器を持つ手に力がはいった。少し開いている唇が乾いていることに気がつき、僕はそれを舐めた。
電話口の僕を名乗る俺は皮肉っぽく僕にその現実を突きつける。
そう、僕は告白した。
同じクラスで、今は席も隣の女の子に告白をした。
好きだったから。
この思いを告げて、付き合いたいと思うほどに。
でも、今さっき僕は振られた。だから今好きときかれれば過去形になるかもしれない。
「俺はお前の明日だ。そう、お前は昨日の俺だ。」
「・・・・昨日の僕?」
「そう。今日振られたばかりの僕がお前で昨日振られたばかりの俺が俺だ。」
「つまり同一人物?」
「そういうことだ。」
俺と名乗る僕ははっきりとした声で僕に説明をした。
そんなことは僕自身わかっているはずなのにその説明を僕は受けた。
はっきりした物言い、一人称の俺。
ふと、僕は明日になっていきなりこんなにも大人っぽくなるのだろうか。そんな疑問が頭に浮かんだ。
「時間がないから、昨日の僕への明日の俺からのメッセージ。」
いきなりの電話、いきなりの未来の自分。すべてが唐突過ぎてでもそれが現実で。
俺は何を言うのだろうか。僕だったら何を言うのだろうか。そんなことを馬鹿らしく考えているうちに俺は言葉を口にした。
その声は確かに僕だったが、きっと僕ではない。
「頑張った、だからもっと頑張れ。」
その一言に、僕は小さく笑ってしまった。
馬鹿だなと、愚かだなと、単純だなと。
俺は僕なんだと。僕は俺なんだと。
「あぁ。」
息をめいっぱい吐いた。
「じゃあな。」
電話口からは小さな笑い声が聞こえた。そしてその電話はあっけなく切られた。そして二度とその電話がかかってくることはなかった。
結局俺はありきたりの言葉しか口に出せない。でもそれが僕なのかもしれない。
もし、僕だったら俺になんていうのだろうか。俺のように頑張れとしか言えないと、僕は思う。きっとそれは俺だってそう。
考えても、悩んでも、結局行き着く先は頑張れしか言いようがないのだ。
だって、明日になればきっといやでも明日の俺になっているのだから。
明日になれば人が変わったように、変わるのだから。
いつ何時だって同じ自分はいないのだから。
そうして僕は俺になった。
次の日、俺は女の子からモテるようになっていた。
昨日の僕へ
もしもあの時、あの瞬間やり直せたらな・・・なんて思い出皆さんにはありませんか?後悔のない人生なんてありませんよね。あったらほしいものです。そんな経験を今回の小説にこめました。昨日の自分に電話をかけることができたのなら。皆さんはどんな言葉をかけますか?作者としては結局はありきたりな言葉しか並べられないような気がしてこの終わり方にしましたが人の考え方はみなそれぞれです。よかったら一度でもいいから考えてみてください。もしかしたら何か発見があるかもしれませんよ。その発見が自分のためにあり、そして自分への成長へとつながるかもしれません。この小説の僕のように。
最後にここまで読んでくださった皆様本当にありがとうございました。