億歳奇譚

第1章 やってきた漢

私は不愉快でした。
世間では春も終わり夏を迎える季節になりました。
ひらひらと舞っていた桜の花びらがやみ、葉桜になって青々と茂っています。
私は景色を見ながら湿り気の多い暖かい風が、ゆっくりと肌に絡みつく心地よい感覚を感じていました。
さっきまでは…。
私の隣に座っている男の横顔を見るまでは、大層機嫌よく幸せな気持ちで一杯でした。
神社の境内につながる階段の1番上で、この男と並んで座った事が失敗の始まりでした。
普段は横に並ぶことなんて絶対にしないのに気持ち良い空気に騙されて、うっかり座ってしまったのです。

『やってしまいました』

と心の中で呟くと私はため息をつきました。
男は真剣な顔で悩んでいるようです。こうやって見ると景色に溶け込んで美しくも見えるのですが、時々途轍もない下卑た表情を浮かべています。女性にいいよられる妄想でもしているのでしょう。絶対に嫌らしい事を考えています。たちの悪いバカずらをみなければいけない自分に不愉快さを感じたのです。
気を取り直して、視線を神社につながる石畳にもどすと少女がゆっくりと登ってくるのが見えます。
小さな可愛いらしい女の子さんです。
高校生でしょうか。制服がよく似合っています。
この神社の階段は、長く続いていて登るだけでもひと苦労でした。
隣の男は、やれキツイだの疲れただのブツブツ言いながら歩いていました。
やっぱり帰ろうと言う始末で、ほとほとあいそがつきました。
私が一生懸命なだめて、やっと境内までたどり着いたくらいです。
それでもしばらくは、私に聞こえないように文句を言っていました。
それに比べ女の子さんは、足どりも軽やかに周りの木々の様子を堪能しながら登ってきています。大きなクリクリした目をいっぱいに広げて、素敵な笑顔で辺りを見回しています。
最近の制服は奇抜なものが多くて、女の子さんも白いブレザーと白いミニスカートで首元には、赤いスカーフを巻いています。
髪の毛は後ろをリボンで束ねています。ポニーテールというものでしょうか。
それに前髪の右側を少し長めに垂らしています。
発育も良く張りのある胸が自己主張して、出るところは出て締まる所は締まっている理想の体型です。難があるとすれば、ちょっと寸が足らないかなってところぐらいです。
女の子さんは私たちが見える位置まで登って来ました。
やはり、隣の男を見て一瞬ビックリして、その後に訝しげな目つきをして足早に通り抜けようとしました。これが普通の反応です。
隣の男は、上着はスカジャンで下はビンテージのジーンズにスニーカーといういでたちです。
それもよりによってスカジャンの背中の刺繍は、ウサギの耳をつけた裸のお姉さんをあしらっています。両胸には、髑髏の刺繍があるなんて更に悪趣味極まりないです。ビンテージのジーンズも破れているのが価値があるはずですのに何故か破れを隠す為にクマとかハートのアップリケを縫い付けています。
初めてこの姿を見せられた時の彼の勝ち誇った顔は一生忘れないでしょう。本当に見苦しくダサい。殺したいくらい気持ち悪いです。
美しさの化身と言われた私が、なぜこのような悪趣味なゴミ虫と一緒にいないといけないのか、我が身の不幸を呪います。男の髪型も変です。これは生まれつきだそうだから仕方ないのですが…
彼の髪型は、左右を後ろに撫でつけ前髪を少し垂らしています。ただ、異彩を放つのは左右の髪の毛の色が銀色な事です。以前、白髪かと思い寝ている間に一本抜いて確認したことがあります。獣の毛の様な銀色でした。
後ろに流しているので綺麗な銀色の帯ができていますが、長髪にしたらどうなるのでしょうか。是非、見て笑いとばしたいです。
そして、性格は最低で最悪です。人の嫌がることを率先してやるタイプで、他人を不幸にして悦に入っています。下品で助平で変態な所も付け加えておきます。そんな最低男なのですが、顔は美男子と言えるでしょう。今風に言えばイケメンです。整った顔立ちと切れ長な目元と少し赤みがかった瞳で人目を引きます。
ただ、口元が常に下品にニヤついているので、全体的に残念に見えてしまいます。結局、素材の良さを自ら損なっているいい例です。
そう言えば紹介がまだでしたね。
この変態男の名前は、紅全次と言います。
物語に出るようなふざけた名前ですが、本名とのことです。それと遅れましたが、私は億歳(おくとせ)と申します。全次のお世話とお目付役をやらせていただいております。よろしくお願いいたします。
私は普通に美人です。胸は大きな方で、全次に言わせるとHカップらしいです。もちろんスタイルには自信がございます。
それと不本意ですが、全次の好みで良く着物を変えています。今日は神社なので巫女さんの姿をとっています。髪型もちゃんと合わせています。しかし、何故か非常に丈が短く下着が見えそうで、襟元も大きく開いています。
全次からはこれが日本神話の天鈿女命から続く正式な巫女衣装だと言われました。
そして現在においてブームが復活したらしく、ある一部の都会や盛大なお祭りでは好んで着られていると聞き仕方なく着衣しました。

先ほどの女の子さんが私たちの横を通り抜けようとしているところで、全次の性癖がまた出ました。

「綺麗だな」

まっすぐに麓の街を眺めたまま誰に言うともなく呟きました。取ってつけた様に真面目な顔をしています。
逃げられるのが嫌で、綺麗と言ったのが景色とも女の子さんともどっちとも取れる姑息な言い回しをしています。
顔は正面を向いたままさりげなく女の子さんの反応を見ています。必死さが哀れで涙が出そうです。
女の子さんはビックリして全次を振り返り、頬を紅く染めました。
全次は心の中でガッツポーズをとっているでしょう。頬の筋肉がピクピクしています。一生懸命、にやけるのを我慢しているようです。ただ、全次の服装に警戒しないこの女の子さんもいかがなものかと思います。
身を守るためには不審者には近づかないようにと誰か教えてあげるべきです。

「えっ?」

女の子さんは周りを見て、他に誰もいないことを確認してからやっと反応しました。私はこの鬼畜が何かをしたら殴り飛ばしてやろうと身構えていました。
もうお分かりかと思いますが、女の子さんには私の姿は見えておりません。基本的に人間には見ることも触れることも話すこともできないのです。時々、私の姿が見える方もいらっしゃるようですが。
妖精とか精霊の一種だと思って下さい。全次からは悪霊だの妖怪だのと言われて、ショックのあまり殴りつけた事もあります。私は心清き乙女のような美しい妖精か女神か天使です。
ですから、女の子さんからみるとこの場には全次と二人きりということになります。変態に返事をして怖くないのでしょうか?

「君、中学生?一人でこんなところに来るのは危ないよ」

全次が向き直り畳み掛けるように言いました。女の子さんはちょっと不愉快な顔をして答えます。

「これでもこの春から高校生です。この神社にはいつも来ているのでご心配無用です」

やってしまいました。年齢当て失敗です。でも、この時期の高校1年生って…
全次はヤバって顔をして次の言葉を考えています。女性は年が若いほど上に見られたがれ、老いて行くほど若く見られたがるものです。私のような永遠の美貌を持つ乙女には関係の無い話ですが。

「やぁ、ごめんね。あまりにも可愛いから。ここにはよく来るんだね?」

更に全次はやってしまいました。この場合の可愛いは幼いって事と同義になってしまいます。私は全次がどんな酷いこと言われるか、ドキドキして女の子さんの反応を待ちました。
全次は私の方を見て助けを求めています。もちろん私は無視して、小鳥と戯れていました。
都会の女の子の扱いは慣れているのに田舎では勝手がいかないのでしょうか?

「いえ…。はい。家が近いので。それと願かけに」

顔を紅らめて、モジモジと返事をします。予想に反して女の子さんには好感触です。可愛いと言われたのが嬉しかったのでしょう。純朴で感情が表に出るタイプのようです。ますます心配になりました。
もちろん、私から見ても可愛いです。連れ去って神隠しにでも合わせようかと思ってしまいます。いえ。私は美しく心優しい天使なのでしませんが。
全次は何時の間にか立ち上がって、女の子さんに少し近づいています。そして、精一杯の笑みで微笑みかけています。女の子さんは、ちょっと引き気味にでも全次の笑顔に見とれています。

「そうなんだね。俺は引っ越して来たばかりなんだけど…。この街は良いところかな?」

そろそろ危険です。全次の目が怪しく光り始めました。

「のどかでいい所ですよ」

女の子さんは安心した笑顔で答えています。全次ペースにはまっています。全次が調子にのり始めました。

「道案内とかしてほしいな。まずはゆっくりお茶とかできるとこは…イテッ!」

私は思いっきり全次のお尻を蹴り上げました。この衣装を着らされた腹いせもこめています。せっかく着たのに全くこちらを見ようともしないなんて失礼です。

「億歳!やめろよ!」

ヒソヒソと全次が呟きます。私は向こうを向いて無視しました。突然、のたうつ全次を見てびっくりし、我にかえったかのように女の子さんは数歩下がりました。明らかに変な物を見る目です。

「大丈夫ですか?ごめんなさい。今、急に用事ができたので!」

脱兎の如く女の子さんは階段を降り始めました。

「俺は全次!紅全次って言うから!今度お茶しようね」

振り向きもせずに女の子さんは走り去って見えなくなりました。全次の言葉が誰もいない境内に虚しく響きます。これで彼女も変な服装の怪しい男には近づいてはいけない事を学習したでしょう。

『ご主人様。今のは如何なものかと思いますが』

私は残念そうに項垂れている全次に冷たく声をかけました。

『何故、そんなに女子に見境がないのですか?それで何度失敗しましたか?あなたはバカですか?』

容赦なく全次にたたみかけます。日頃の鬱憤を晴らすいい機会です。

「いや。まだ何もしてないし!それと言い過ぎだと思うけど…一応、俺は主人なんだし」

正座をして下を向いてぶつぶつといつもの文句を言い始めました。
鬼女がどうのと言っているので更に側頭部に蹴りをいれさせていただきました。全次は半べそになって謝っています。そんな全次を無視して私は街を見下ろしました。

『ご主人様、明日から学校です。今日の宿はどうしますか?』

このまま言い合いをしていても埒があかないので、現実的な事を伺います。

「今更階段を降りるのは面倒だからここでいいんじゃないか?晩飯はあるし、荷物も持って来てるから」

そう言うだろうと思っていましたので、あらかじめ辺りを散策し目星はつけています。まぁ、雨露がしのげればそれでいいのですが。幸い小さな神社ですので宮司様も管理する人もいないようです。その日は全次と神社の社務所に泊まることにしました。
鍵がちゃんと掛かっていましたが、私たちにとって鍵なんて無いようなものです。社務所内を整理して寝床を作ります。いつまでこの街にいるつもりかは分かりませんが、ちゃんとした居場所を確保しないといけないなと考えていました。
全次は明日の登校がよっぽど嬉しいのかワクワクして落ち着かない様子です。何度も学生服を脱いだり着たりして鬱陶しいので、後頭部に蹴りを入れて大人しくしてもらいました。暗闇の中でしばらく全次のすすり泣く声が耳障りでした。

第2章 下駄を鳴らして来た漢

朝の光が体を照らし始めました。今日はいい天気になりそうです。社務所の窓にはカーテンが無いので光がそのまま差し込んできます。遮蔽物が無いために日光で体が暖かく心地よいです。
いつものように胸に温かみを感じます。私は寝る時には全裸です。全次はトランクスだけで寝ています。そして一緒に寝ることが多いです。全次は何故か一人で寝ることを嫌います。怖がると言った方が良いかもしれません。人肌の温もりがないとダメなようです。
何かトラウマがあるようですが絶対に語らないです。私のふくよかで形の良い胸の間に顔を埋めています。右手は腰を抱き、左手は私の右胸を掴んでいます。いつも傲岸不遜の全次がこの時だけは可愛く見えます。
ただ、一線は越えたことはありません。何故か全次は私に手を出すことは絶対にありません。美しく完璧なプロポーションの私に手を出さないなんて、少しプライドを傷つけられます。
体を起こして全次を覗き見るとぐっすりと寝ているようです。全次を起こさないように慎重に手をどけ、寝床から抜け出します。全次の大好物な裸エプロンに着替え朝食を用意します。社務所には幸い小さな流し台がありましたので簡単なものを作りました。全次を起こして用意をし、朝食をとります。

『ご主人様、今日の着物はいかがいたしましょう?』

全次と私の恒例の朝の挨拶です。

「やっぱ、学校だからセーラー服かな。スカートは短めで上もおへそが見えるくらいがいいな。当然、ブラ無しな。んで、白い靴下を」

さすが変態です。的確に希望を述べていきます。この男は私に何を求めているのでしょうか?私もセーラー服と言うものを着てみたかったので準備します。
私は何でもできる超美人の素敵な妖精さんですから、魔法少女のように変身することができます。一瞬でコスチュームチェンジが完了しました。

『いかがですか?エロおやじ』

くるりと回って満面の笑みで全次に問います。必ず、絶賛し褒めちぎるのはわかっているのですが、乙女としては気になるところです。

「ん、昔のビニ本みたいだな」
『それは褒め言葉ですよね!加齢の女性が無理して若作りをし、セーラー服を着用して裸を露出しているものだというのですか?』
「的確な表現だな。億歳は美人だからセーラー服の持つ幼さに勝っていると言うか…」

全次はしどろもどろに言い訳をし始めました。この男は本当に人の気分を害するのが得意です。
ビニ本とはその名のとおりビニール袋に包まれて販売されている大人向けの本です。今でも少しは存在しているようですが。DVDも無くビデオテープが出始めた時代に全盛を博しました。ビデオソフトが1万円以上、レンタルビデオが1泊500円以上した時代に若者にとって欲求を満たすお手頃なものがビニ本でした。

爆音が街中を走り抜けています。登校中の学生さんたちが何事かと振り返ってきます。全次は気持ち良さそうな顔で風を切ってハンドルを握っています。
私と全次は、バイクに乗って通学しています。全次が言うには、はーれーだびっどそんの改造車らしいです。排気量が普通の自動車以上で、頑張れば空も飛べるとほざいていました。昔、たまたま仲良くなった、でえいびっとさんにいただいて一緒に改造したらしいです。下駄を履いてバイクの運転がよくできるものです。実際、はーれーだびっとそんの様なバイクはギアチェンジが踏み込みなのでできるようです。

「ご主人様、バイク通学はよろしいのでしょうか?」

全次を背後から抱きしめ耳元で尋ねます。全次は軽く首をまわしてニヤリと下品な顔を見せます。

「いいんじゃね。だいたい、高校1年生じゃバイクの免許はとれないし」
『そうですね。ご主人様は今回は不良を目指していましたね。蝿というかウジ虫野郎ですね』
「ん?」

全次の耳は、全次イヤーと言われ自分に不都合な事は聞こえない仕組みです。
今まで何度も転校を繰り返してきた全次は、その都度キャラクターを作ることにしているそうです。今回は、1970年代から1980年代の古き良き昭和の不良をイメージしているようです。
校門をくぐるとバイクに乗ったまま校庭で回り始めました。

「俺は腐ったミカンじゃねぇ!」

と意味不明な事を叫んでいます。校内は何事かと騒然としていますが、気が済んだのか当人は全く気にせずに駐輪場に向かいます。そして置かれている自転車の列にちゃんとバイクを並べて停めました。その後、職員室ですったもんだあったすえに担任の山田先生に連れられて1-Bの教室に向かいました。

「えっと、転入生の紅全次君です。皆さん仲良くしてください」

山田先生はなるべく事務的に話そうとしています。ご学友の皆さんはポカーンと口を明けて全次の姿を見ています。

「そんなに見られると照れちゃうな。えへへ」

この男は絶対に勘違いをしています。もう人気者の気分が最高潮です。皆さんが驚いているのは、全次の姿だと思います。
上は長ランと呼ばれる変形学生服です。丈は全次の膝下まであり、襟は通常よりも数センチ高くなっています。ボタンは金色で今は外しています。
チラチラと見えている裏地は、右側に龍を左側に虎をあしらった刺繍がされています。ちなみに見えていませんが裏地の背中の部分には、裸のお姉さんの刺繍が施されています。本当に裸好きの助平野郎です。他にも秘密のギミックがあるのですが今回は割愛します。
ズボンはボンタンと言われるもので、脹脛の部分の横の長さが50センチ近くあります。剣道の袴の裾を絞ったような形状になります。このズボンの正式名称はスペシャルボンタンと言うそうです。何がスペシャルなのか…
そしてベルトの上には更に布が足され腹巻のようなものがあります。だいたい、おへその位置くらいの高さです。ハイウェストというもので長いほどカッコいいらしいです。鞄は糸で縫い付け極限まで薄くし、取手の部分は赤いビニールテープを巻きつけています。最近はボストンバッグが主流なのに昔の皮の鞄です。
ちなみに赤いテープは喧嘩上等の意味らしいです。昨晩はご機嫌そうにテープを巻いていました。
学生服の中には赤いトレーナーを着込み例の髪型ですから、どこから見てもまともな人物には見えません。意表を突くという彼の目論見だけは成功したと言えるでしょう。堂々とニヤケ顏で立っている姿は、私を恥ずかしくさせます。

「ご紹介に預かりました。紅全次です。皆さん仲良くしてください。特に女子の方々は気軽に声をおかけください。紅全次、紅全次をよろしくお願いします」

先生に促されて自己紹介を始めましたが、最後は選挙のお願いみたいになってしまいました。バカを露呈させた瞬間です。結局、名前以外は何も紹介していません。
山田先生が恐る恐る皆様の疑問を口にしました。

「紅君の学生服は奇抜なのだね。なぜかなぁ?」

多分、ご学友の皆様は心の中で山田先生の勇気に拍手したことでしょう。同じくらいそこに触れるなよと思ったはずですが。

「これは、死んだじいちゃんの形見なんです。それに学校指定の学生服を買いたかったのですが、貧乏でその日の食事代にも困るくらいなんで…両親もいませんし」

嘘八百言っています。

「でも、勉学だけはしておけとひいじいちゃんの遺言で、高校くらいは行きたいと思いました。花園を目指してラグビー部を更生させるのも夢です」

皆さんちょっと感動しています。先生もうんうんと頷き全次の肩に手を回して窓の外を指差しています。皆さんも潤んだ瞳で窓の外を見ています。私には何も見えませんが…大丈夫なのでしょうか?
全次は指定された窓際の1番後ろの席に進みます。その時さりげなく山田先生が触れた部分をゴミでも払うかのようにしています。相変わらずクズです。
全次の後を私もついて行きます。もちろん、どなたからも見えません。正確には認識されていません。せっかくのセーラー服が残念です。

1時間目は問題なく終わりました。全次も珍しく大人しくしていました。ただ、ご学友が誰も全次に声をかけてきません。それどころか野獣を見るような恐れた目でチラチラと様子を伺っています。
休憩時間になって全次が不意に立ち上がりました。教室内に緊張が走ります。先ほどの自己紹介の時の一体感は何だったのでしょうか?

「なんでかなぁ?なんか失敗したかなぁ」

全次はしょんぼり廊下を歩いています。全次が通る際には人ごみは割れ、皆さんが窓にへばりつくように避けます。

『これからですよ。皆様がセコくて汚いご主人様の害虫のような本性に気づかなければ、きっと奇特な方が出てきます』

的確なフォローをしておきます。全次の弱った姿を見ると清々しい気持ちになります。トボトボと全次は階段をあがり屋上へ続くドアに手をかけました。

「おっ?これは」

騒がしい気配を感じたようです。全次の感覚は野生動物並みですから、少しでも異変があると察知します。今回のは私にもわかる異変でした。数人が争っているようです。
全次はそのままドアを開けて屋上にでます。異変の正体がわかりました。3人の男の子が1人の女の子に乱暴を働いているところです。
女の子は猿轡をされ、両手を頭の上で縛られていました。必死に体をよじって抵抗しています。目からは涙が溢れていました。

「こりゃ、いいとこに来たのかな?」

全次は平然といってのけます。男の子たちは一斉にビクッとして振り向きました。

「誰だ!お前は?」
「鍵閉めてなかったのかよ?」
「ふざけた格好しやがって!」

口々に男の子たちが怒声を浴びせます。こういう時の言葉ってパターン通りなのですね。ちょっと感心しました。

「無理やりはいけねぇよ。やっぱりエッチは同意のもとじゃじゃないとね。それともその子はそういうのが好きなのかな?」

いつもの下卑たニヤニヤ顏で話しかけています。女の子は涙目で全次を見つめ首を横に降り続けます。

「強姦かぁ…あんた達最低だね」
「うるせぇ!黙って出ていけ!ガキが!」
「写メ撮ってるんだけどどうする?」

全次の得意のはったりです。携帯は教室においています。
血相をかえて男の子たちが立ち上がり全次に近づいてきます。一触即発の空気が漂います。

『ご主人様、相手はただの人間です。ほどほどにお願いします』

少し目を細めた全次は何事も無かったかのように右手を振ります。その動作に合わせて男の子たちは後ろに弾き飛ばされます。

「これぞ、空気投げってね」

笑顔のまま全次は立っています。男の子たちは自分に何が起こったかわからない様子で唖然としています。しばらくして恐怖が湧き上がったのか、何事か喚きながらドアに向けて走り出しました。
お分かりのように全次は異能の力を持っています。以前、理由や原理を聞いたのですが、よくわかんないけど使えるから使っているとのたまっていました。やっぱり、バカだなと思いました。まぁ、私もそうですから理由が無いと使っちゃいけないってことはないですよね。

「あらら、みんな逃げちゃったよ。んじゃ、続きは俺が」

ゆっくり全次は女の子に近づいていきます。女の子は目を見開いて怯えています。間髪いれずに私の延髄切りが炸裂しました。

『バカですか?クズですか?ゴミですか?助けてあげてください。それから死んでください』
「冗談だよ。冗談」

後頭部をさすりながらヘラヘラ笑っています。改めて女の子をみると非常に可愛くてスタイルのいい子でした。ただ、乱暴された際に服が破かれボロボロになっています。セーラー服は前がはだけ、ブラジャーもちぎられています。形の良い胸が露わになっています。スカートは布切れのようです。安心したのはパンティがちゃんと所定の位置にあったので、最後まで行為が行き及んでないと確認できたことです。

「大丈夫?じゃないよな。怪我はないか?」

手を締め付けていたロープと猿轡を外しながら問いかけます。ショックのあまり泣くだけで何も言えません。全次は学ランを脱ぎ女の子にかけます。大きすぎて毛布のようです。その後は女の子が落ち着くまで、全次は何も言わずに隣に座っていました。

「あの人たちに何をしたのですか?」

混乱した頭でも全次が不思議な事をしたようだと感じたみたいです。

「このままじゃ、教室にはいけないよな。保健室に行こうか?着替えないといけないしな」

女の子の言葉を無視して全次にしては、とびきりの優しさで語っています。やればできる子だと私は感涙しそうでした。女の子は泣きながら頷きます。ただ、学ランが大きくてこのままじゃ歩いて行くことはできません。おんぶも難しいでしょう。
ごめんと言いながら全次は一度学ランをとります。女の子は怯える仕草をしました。そして学ランを羽織ると全次は女の子をお姫様抱っこの要領で抱き上げます。
その後に学ランの前のボタンをしめます。これで、女の子の顔だけが全次の胸から出ていることになります。もちろん全次の腕は学ランの中です。なんか変わった二人羽織のようになっていますが、外から女の子の体を見ることはできません。
抱きかかえる時に女の子は抵抗しましたが、全次の必殺の素晴らしい笑顔に騙され大人しくなりました。

「ちょっと恥ずかしいかも知れないけど。勘弁な。顔は俺の胸につけていれば見えないから。変な所を触ったらつねっていいよ」
「はい。あなたは?」

少し落ち着いた女の子は、一生懸命笑顔で答えようとします。

「俺は全次。紅全次っていうんだ。今日、転入してきたばかりの1年生」
「私は、吉井麗華です。1年A組です。本当にありがとうございます。重くないですか?」
「よろしく。軽いよ。それにしてもいい乳だな」

絶対に触っています。この最低野郎が!麗華様も諦めたのか疲れたのか抵抗しません。全次と麗華様は話しながら保健室に向かいます。全次は保健室の場所がわからないので麗華様が案内をしてくださいます。

「ところで紅君」
「全次でいいよ。なに?変な所触ってる?」

こいつはドサクサに紛れて、また嫌らしい事をしているのかと睨みつけます。

「いえ、それは大丈夫です。ところで、あなた方は明神様のお使いですか?」
「明神様って不動明王とか?なんで?」

麗華様は私をじっと凝視しています。

「なぜってあなたの後ろにとても美しい方がいらっしゃるので、てっきり…」

えっ?私が見えていたのですか?美しいのは私だけですし。たまに見える人がいますけどなんてことでしょう。全次と私は顔を見合わせます。

「なにかなぁ?幽霊かな?俺には全然見えないよ。女の幽霊なんて」
「やっぱり、見えているのですね?女の人ってわかっているじゃないですか」

全次は、諦めたようです。

「こいつは幽霊じゃないよ。俺にとりついた悪魔みたいなものだよ。鬼女とも言うけど」

パコーンと全次の頭を叩きました。その様子を見てプッと麗華様が吹き出します。

『誰が鬼女ですか!その目は空洞ですか?私は、永久に美しく華麗な女神、億歳と申します。ご主人様がいたらないことをしないか監視するのがお勤めです』
「だいたい、お前は、女神なのか妖精なのか精霊なのか天使なのかはっきりしろ!いつも違うこと言いやがって!」
「仲がいいのですね。良かった悪霊じゃなくて。ほんとうに美人だなぁ。億歳さん。こちらこそよろしくお願いします。でも、明神様のお使いじゃあ無かったのですね」

人外のものを見慣れている人の反応です。悪霊という言葉の出た時の反応が少し気になりますが。それ以上に可愛いお嬢様に美人と言われた事で舞い上がりそうでした。美人なのは分り切ったことですが。

「その明神様について詳しく聞かせてもらえないかな?」
「1年ほど前からこの街に悪霊や魔物が出るようになったのです。悪霊に取り憑かれて乱暴する人や魔物が人を襲い始めました。その時に明神様が現れて悪霊や魔物を退治してくださるようになって、被害も少なってきました。それから明神様を街ぐるみで崇めるようになりました」
「宗教か…警察とか国は何もしなかったのか?」
「田舎ですし、警察の方も明神様を信じてしまって」

その後も色々とお話ししました。麗華様もすっかり落ち着いたようで、笑顔がこぼれます。ただ、明神様の件が気になります。全次は少し考え込んでいるようでしたが、気にしないことに決めたようです。こういう時、バカは楽で羨ましいです。
喋っている間に保健室に到着しました。全次と麗華様は保健の先生に事情を話し対処してもらうこととなりました。事が事なので色々とあるでしょう。全次には口止めがされました。麗華様が何度もお礼を言っていましたが、全次は気にしないように伝えています。2時間目が始まってだいぶん経ちましたが、全次は大人しく教室に戻るようです。

第3章 神と会った漢

午前の授業は滞りなく終わり、お昼休みになりました。今日は私の豪華手作りお弁当のつもりでしたが、あいにく昨日は神社の社務所にお泊りしましたので作れませんでした。仕方が無いのでコンビニのお弁当です。まだお友達のいない全次は、一人机で淋しくお弁当を広げています。さぁ、食べようと箸を伸ばした時に慌ただしく教室のドアが開きました。

「転校生はいるか?」

大きな体の方が怒号を響かせます。その後ろには5人ほどお友達がいるようです。ご学友の皆さんが一斉に全次の方を振り向きます。

「お前か?ふざけたなりの転校生って言うのは」

体の大きな方が近づいてきます。全次は全く気にせずに食事を続けています。ハエが飛んでいて煩わしいなって顔をしています。

「あいつです。合田さん」
「転入生は俺ですけど。なんすか?」

6人に囲まれて面倒臭そうに返事をします。

「お前、こいつらに何かしたらしいな?」

こいつらとは屋上で麗華様を襲っていた人たちでした。たぶん、全次は顔も覚えてないと思います。

「誰?」
『ご主人様、麗華様を襲っていた方たちですよ。相変わらず男の人の顔は覚えないですね。記憶力がミジンコ並みですね』

そっと全次に耳打ちします。なーんだって顔して全次は食事を続けながら

「卑怯者の先輩たちですかぁ。お礼参りですか?」
「あぁ、先輩を可愛がってくれた1年生に教育をしてやろうと思ってな」
「それにしては遅かったですね。もっと早くくるかと思ってましたよ。授業にちゃんと出る不良ですか?笑っちゃえますね」

つらつらと全次が語り始めます。目はにやけて口元には犬歯が覗いているようです。こうなった全次は止められません。相手を叩きのめすか言い負かすかするまで残虐かつ姑息な手段で痛めつけます。
相手は怒りのあまり今にも向かってきそうです。

「とりあえず、ご教授いただきます。校庭でいいですか?」

そう言うなり、全次は窓から飛び出しました。

「紅君!ここ三階だよ!」

ご学友のどなたかが制止します。
全次は空中でふわりとトンボを切って地面に降り立ちました。怪我も無く軽く柔軟体操をしているくらいです。私も全次のもとにいきます。

「億歳、必ず見物人の中に興味のなさそうな奴がいるからそれを調べてくれ」
『お申し付けしかと賜りました。狐達を使わせていただきます』

そういうと私は両手を広げます。脇の下から小さな白い塊がいくつか現れます。
私が使役している管狐です。情報の収集、撹乱用の妖怪で意識は私とつながっています。狐が見たもの聞いたものは、瞬時に私に伝わってきます。
その中の赤褐色の毛皮を持つ一匹が全次に近寄ります。この子は狐ではなく貂です。以前、管狐をスカウトに行った際に見つけた珍しい子です。貂は狐より霊力が強く化たり火を放つ能力が長けています。名前はコロリとつけました。コロリは全次の前に行くとポンっと少女に変化しました。
1メートル足らずの身長で、赤褐色の髪を頭の両端で結んでいます。まん丸の目玉と獣の耳、フサフサの尻尾が愛らしいです。服装はまだ肌寒いのにホットパンツとチューブトップです。胸が幼女にしては大きく突き出されています。

「全次さまぁ。コロリ、ガンバルね」
「おう、頼んだぞ」

コロリは私よりも全次に懐いています。時々、私に対する視線が危険な時があります。雇用主は私のはずなのに。

「ガンバルからぁ。ちゅーしてくんないかなぁ」

こうやってとんでもない事を言い出します。解雇通告をしたこともあるのですが、全次がまぁまぁと間に入って首にはできませんでした。実際に能力が高いので、全次が離したくないのもわかります。理由はそれだけではないようですが。

「ほっぺならいいぞ」

本当に全次は女の子には甘いです。それも幼女とちゅーなんて変態です。コロリはぴょんと全次の首にしがみつくと唇めがけて接吻をしました。さすがにこれには全次もびっくりしています。無理やり剥がそうとしていますが、コロリは手も口も離しません。どうも舌を絡ませているようです。全次の口の中では何らかの攻防が起きているようです。やっとふりほどいて唇を離します。キラキラと2人の唇から唾液が糸のようにひかれていました。コロリは非常に残念そうに全次を上目づかいで見ています。

「お前、何しやがる!ほっぺだろうが、ほっぺ!」

私は意識が少し飛んでいたようです。現実がわからなくなりそうでした。

「全次さまのお力を別けていただこうと思ってぇ。お嫌でしたぁ?」

全次の首に手を回して片腕で抱きかかえられたまま、極悪そうな笑顔でこちらを見ています。

「い、嫌とかじゃなくてな。お前は億歳の使い魔だろう。力は億歳から貰ってるんだろ?」
「だってぇ、全次さまのお力は凄くていっぱい感じちゃいますから」

ぽっと頬を赤らめモジモジしています。幼女の愛好家には堪らない仕草でしょう。
頭を抱えていた私が顔をあげると、全次の右手がコロリのチューブトップの中に入っています。全次はとうとう性犯罪者になったようです。私たちの世界では見た目の年齢が実年齢であることは少ないのですが、コロリは幼い時に引き取ったのでまだ充分幼いといえます。そんな年端もいかない娘の胸を弄るなんて、私たちの旅の終わりを感じました。全次を殺して私も死のうとこんな鬼畜を野に放っていては危険すぎます。ただ、私の力では全次を殺す自信はないです。寝込みを襲おうと心に決めました。

「お前!何で俺の手を掴んで服の中に入れるんだ」

説明口調で全次が言い訳しています。でも、コロリならありえます。

「全次さまぁ、大胆なんだからぁ。今晩からコロリが一緒に寝ましょうか?」
『それは、絶対に許しません。ご主人様の寝屋を守るのは私の責務です。目を離すとすぐに徘徊しますから』

激しい口調でコロリを諌めます。

『もう、ご主人様に構わずに仕事に向かいなさい!』

しぶしぶ全次から降りたコロリの衣装が、動きやすく危険の少ないものに変わっていました。
こいつは完全に確信犯で私に対する兆戦だとつくづく理解しました。

「全次さまぁ、行ってくるね」

笑顔で手を振りながら飛んで行きました。

「億歳、後はよろしく頼む。俺はなるべく派手に喧嘩しておくから」

先ほどまでの事を無かった事にしています。

『再三、申しますが、相手は人間ですのでお手柔らかにお願いします。技も使わないでください。それと事が終わったらゆっくりお伺いしたい事があります』
「わかってるよ。お前は俺の母親か?嫁さんか?相手が人間かどうかはわかんないけどな」

最後に発した言葉を聞いてなんとなく察しました。私は狐たちを学内の各所に移動させます。
おっとり刀で先輩方が降りてきました。よっぽど急いだのか息を切らしています。

「こんな所でやるのか?」
「はい。俺は派手好きなもんで」

すでに辺りには野次馬が集まっています。教室の窓から乗り出して見ている方もいらっしゃいます。

「タイマンとか面倒なんで一斉にかかってきちゃってください」

そう言いながら全次は学ランを脱ぎ空中に放り投げます。一瞬、裸のお姉さんが宙を舞いました。
先輩方は全次を取り囲んでじわじわと距離を詰めてきます。合田様以外は手に金属バットや鉄パイプを握りしめています。
全次は動きません。それを見て怖がっていると判断したのか、右側の先輩が鉄パイプを振り上げ殴りつけてきました。全次は鉄パイプを左手で何事もなかったように受け止めました。クルッと体をよじらせムチのようにしなった右足で相手の脇腹を蹴り上げます。それだけで相手は身動きできなくなったようです。別の方が横から拳で殴りつけてきました。その拳目掛けて全次も拳を殴りつけます。パチンと音がして殴りつけてきた先輩は右手を抱えてうずくまります。全次はためらわずにうずくまった先輩の顎に蹴りを入れます。その瞬間、全次の後頭部に金属バットが叩き込まれました。

「あぁ、いてぇじゃねぇか」

そう言って振り返った相手の目が虚ろです。何かに取り憑かれているような生気のない顔をしています。よく見ると強姦魔の一人です。全次は相手の顔に思いっきり拳を叩き込みました。相手は、よろけただけで立っています。全次の拳をしのぐ人間なんて滅多にいないはずです。

「しゃーねーな」

全次は相手の後ろに素早く回り込み、右手で相手の首を抑えます。そのまま背骨付近に膝を蹴り入れ、更に左手で相手の足を掴みます。相手はエビぞった状態になりました。力をいれあげていくと青白かった顔色が更に白くなってきます。泡も吹き出し始めました。そこで全次は手を緩めました。相手は失神しているようです。
私は見逃しませんでした。彼から黒い煙のようなものが出てくるのを。全次も気づいているはずです。立ち上がった全次はむんずとその煙のようなものを握りました。そして、ぐっと握り潰しました。煙のようなものは霧散し中空に溶け込んでいきます。あれは悪霊の類でしょう。他の方々には見えていないはずです。悪霊を握り潰すなんて非常識な事が出来るのは、やっぱり非常識で変態の全次くらいなものです。
全次は自分の手を見つめいかにも残忍な笑顔をしました。獲物を見つけた野獣の目です。相手をいたぶり尽くすまで許さない時の表情だと私は知っています。全次は今まで動かなかった合田様に向き合いました。

「お前もか?」

問いかけに合田様は答えずニヤついています。自分のお仲間が倒されたのに全く関係ない顔をしています。合田様はみるからに柔道などの格闘技をしている体格で、身長が2メートルは超え体重も100キロクラスでしょう。格闘家に良く見られるように首は太く短いです。
対して全次は175センチの60キロ程度なので大人と子供くらい差があります。私はちょっとだけほんの少しだけ全次の負ける姿を想像して喜んでしまいました。いけない美しい妖精です。
合田様が全次に向けて突進してきます。猛牛が突っ込んでくるような感覚でしょう。全次は軽く横に逃げ、足を掛けます。通常だとこれで突進の威力を持て余しバランスを崩すところです。でも、バランスを崩したのは全次の方でした。弾かれて後ろにつんのめるように下がります。

「ほぉ、面白い」

全次は楽しんでいます。体制を整え終わる前に合田様は再度突進してきました。今度は掴む気で両腕を前に伸ばしています。全次は掴まれる瞬間にすっとしゃがみました。懐に入ったかと思ったら左手で合田様の右手首を握り締めます。そのまま右肘を鳩尾に叩き込みます。衝撃で前かがみになった時に左手を力強く引きます。柔道の一本背負いのように合田様の体は宙を舞います。
全次は獰猛な笑顔のままで瞳が紅く輝いています。頭から地面に落ちていく合田様の側頭部に右足で蹴りを放ちます。容赦が全くありません。鍛えてない方にすると命に関わるでしょう。合田様は背中から地面に叩きつけられて動かなくなりました。一連の動作は一瞬で行われました。何が起きたのか理解できた方は少ないと思います。
ギャラリーの皆さんは突進してきた合田様に全次が潰されたと見えていたことでしょう。それが気付くと逆に合田様が地面に叩きつけられて伸びているのです。魔法としか思えなかったと思います。
のびている合田様からも黒い煙が逃げるように湧き出してきました。もちろん全次は軽く握りつぶして処理しました。

「億歳、俺は何人倒した」
『5人でございます』
「奴らは何人いたかな?」

5人の先輩方がのびています。全次が本気を出していれば血の海になっていたことでしょう。ギャラリーがいた事は先輩方にとって幸いでした。残忍になった全次は手足をもぐ事くらい躊躇なくやってしまいます。以前も悪魔達と闘争した時は、全員の首をもいでいました。その時は子供が昆虫の足をとるくらい気楽な顔をしていました。
本来、全次には異能の力があるので逃げることも体を使わずに倒すことも簡単にできます。屋上でやったように手を振るだけで相手の戦意を喪失させることもできるのです。しかし、あえて格闘し相手を完膚なきまでに叩き潰すことに無上の喜びを見出しているようです。極悪な変態のドSです。だから私がお目付役を申し遣ったのですが。
全次が指を指して私を促します。指先に示す場所には最後の一人の先輩がへたり込んだまま逃げようとしている姿があります。全次はゆっくりと近づいていきます。

「先輩、一人だけ逃げちゃいけないでしょ。あんたが主犯ってわかってんだから」

そう、その先輩は乱闘を最初から遠くで見ていました。確かに麗華様を襲っていた時も指示をしていたように見えました。

「なんか臭えんだよね。あんたから嫌な匂いがプンプンするよ。これは魔物の匂いかな?屋上の時は女の子がいたから無視してたんだがね」

先輩は顔をうつむけたままスクッと立ち上がりました。

「お前があの紅全次だな?噂通りの鬼畜だ。今まで何匹、いや何人殺した?潰したと言った方がいいかな」
「あのかどうかわからないけど、紅全次様ですよ。先輩は踏み潰した蟻の数とか数えていますか?」

なんだか定番のやりとりが行われています。お二人ともヘラヘラ笑いながら怖いことを言っています。正直に申しますと、とっととカタをつけたらいいのにと思っていました。ギャラリーの皆様も立ち見には疲れたことでしょう。

「紅全次の実力を見せてもらおうか!」

先輩は勝ち誇ったように叫びます。それを聞いて私は、いや、もう5人倒しているので実力は見たでしょうと小さな声で突っ込みました。あなたはゲームの魔王かとも突っ込みそうになりましたが我慢しました。何故か全次はノリノリな顔をしています。お互いバカなのですね。

「かかってこいやー!」

全次はこのセリフが言いたかったのだと思います。中腰になって両腕をすくい上げるような仕草をしています。
先輩は突然震え始め前かがみになりました。そして体がジワジワと大きくなっていきます。背中が特に大きくなり制服がはち切れてしまいました。その中から緑色のヌメヌメした皮膚が見えます。更に体の皮を脱ぐように別の生き物が中から現れてきます。全身が出てきた時は脱いだぬいぐるみのように足元に先輩だったものの皮が落ちていました。
出てきたのは、深緑色の鱗に覆われた3メートルほどの魔物でした。あの体のどこに詰まっていたのでしょう。頭にはツノが生え黄色い瞳とワニのように突き出した口には無数の牙が生えています。手足は長く指先は鋭利な刃物のように鋭く尖っています。見たままの魔物です。本当に良くあの体に収まっていたなと感心します。よっぽど窮屈だったのか魔物の先輩は全身を伸ばして吼えています。
しかし、さっきの啖呵からもっと高位な魔物かと思いましたが、全次にとっては小者としか言えません。全次は喧嘩を売ってきたものは全力で叩き潰します。すでに臨戦態勢を整えています。
辺りではギャラリーの皆さんが悲鳴をあげて逃げ出しています。蟻の子を散らすとはこのことでしょうか。

「はぁっ、はっ、はっ、は。皆さん、落ち着いてください!もう心配はいりません」

高い位置から爽やかな声が響いてきます。

「明神様だ。もう大丈夫だ」

口々に明神様の名前が呼ばれギャラリーは立ち止まり始めました。ギャラリーは落ち着きを取り戻し拝む方もいました。それもそのはず明神様は、空中に浮いてこちらを見ています。背中に光が舞って羽のように見えます。真っ白な学生服に真っ白な羽で神々しいです。私はついイリュージョン?と言ってしまいました。全次も魔物の先輩も明神様を見ていますが、特に全次は睨みつけています。邪魔されたのが不本意だったのでしょう。

「白ランかよ!ずりぃなぁ。やっぱかっこいいなぁ。俺も白ランにしたほうがよかったかな?でも、かぶっちゃうといやだしな」

そこかよっと思わず突っ込んでしまいました。やっぱり、自分より派手な登場が気に入らなかったようです。本当に心の狭い男です。それにしてもお二方のセンスを疑ってしまいます。明神様は澄まし顔で全次と魔物の先輩の近くに降り立ちます。

「そこの魔物!見逃してやるから立ち去って下さい。紅君もいいですか?」

自身溢れる堂々としたもの言いです。全次はいたずらっ子のように目をクリクリ光らせています。

「OK!天使のにいちゃん。Youに全て任せるぜ!」

いつもなら獲物を取られると激怒して獲物ととった相手の両方を叩き潰すのですが…明神様によっぽど興味を持ったのでしょうか。もしかすると白ランに敬意を払ったのかも知れません。

「全次さまぁ、怪しい人がいました。パァーッと光ってスーッと降りてきましたぁ。あっ!この人です」

いつの間にかコロリが全次の足にしがみついて、明神様を指差しています。

『皆さんも見ていたからわかっています。わざわざそんな事を言いに来たのですか?』

私はコロリの意図を感じて注意します。召喚すると色々理由をつけて全次の近くに居たがるのです。今後は召喚を控えないとと心に誓いました。

「まぁ、億歳。コロリも頑張ってるんだから」

この幼女好きには困ったものです。すぐにコロリの味方をします。

「紅君、羨ましいですね。美しいお嬢様方に引っ張りだこなんて。うん。羨ましいです」

やはり、明神様は素晴らしい方です。私を美しいと認めて下さいました。チンチクリンのコロリと一緒にされたのと全次を奪い合っていると言われたのは不本意ですが…。

「ありがとよ。でも、お前さんも人気者みたいだな」

魔物の先輩を無視して話しが盛り上がろうとしています。私たちの会話に見とれていた魔物の先輩も、自分の職務を思い出したのか大声で吠えました。

「俺の相手はどっちだ!二人がかりでもいいぜっ」

魔物の先輩は精一杯の虚勢を張っているようです。どうみてもこの2人に同時にかかってこられたらやられると逃げられないと分かっているでしょうに。見苦しい顔面に油汗のようなものが滴っています。
明神様がすっと私たちと魔物の先輩の間に割り込みました。自分が闘うということでしょう。
全次は少し下がって様子を伺っています。いつの間にかコロリは全次の背中にしがみついています。魔物の先輩は、明神様が相手でちょっとホッとした表情をしました。人外のものに対する全次の冷酷さを聞き及んでいるからでしょうか。

「よくもうちの生徒に化けて襲おうとしましたね。特に転校初日の生まれたての仔犬のような紅君を狙うなんて、そんな悪い子には神の裁きを差し上げます」

明神様は以外とお茶目さんみたいです。でも、どこから見ても全次が生まれたばかり仔犬には見えないと思います。全次も初めて仔犬と言われて動揺して頭を抱えています。その頭をコロリがよしよしと慰めるように撫でています。私は爆笑していました。全次が仔犬って。

「ふざけるな!」

魔物の先輩が明神様に両手を挙げて突進して来ます。毒を吐くとか火を噴くとかの攻撃はできないようです。全次ならカウンターで脳味噌を抉り出すでしょう。
明神様は魔物の先輩に向けて右腕を伸ばしました。そして指をパチンと鳴らします。あと少しで届く所まで来ていた魔物の先輩の動きが止まります。みるみると魔物の先輩の周りに光の玉が出来て包みこみます。玉の中では電気の放電のようなものが発生しています。花火のようで綺麗です。そしてグッと玉が小さくなっていき魔物の先輩ごと消えてしまいました。あっけないものです。

「大丈夫ですか?紅君。怪我はありませんか?君の美しい顔に傷でもついたら世界の損失です」

爽やかに振り返り全次を見つめます。若干、その目が妖しいです。

「大丈夫だ。損失はしてねぇから、損害賠償も請求しなくて済んだよ。あんたなかなか凄い力だな。神さまか?」

全次は鋭い目つきで明神様に問います。明神様はしらっとした顔で全次に近寄ってきます。

「皆さんはそう呼んでいますね。君にはどう見えましたか?忌み名の全次君」

明神様は魔物か業界の人しか知らない全次の通り名を言いました。

「何でその呼び方を知っている?」
「神ですから。そうそう、紅君。今度うちに遊びに来ませんか?歓迎しますよ。その美しいお嬢様がたも一緒にどうぞ」

そう言い残すと走って群がってくる生徒と明神様は校舎に向かいました。いつの間にか倒れていたはずの先輩方もいなくなっていました。全次は微妙な目をして明神様を見送っています。

「億歳、他に怪しいやつはいたか?」

こちらを振り向きもせずに聞いてきました。

『はい。コロリ以外の子たちは数人の不審な人物を見つけたようです。騒ぎも逃げもせずにこちらを見ていたそうです』

コロリをけん制して言いました。コロリは全次の背中にへばりついたまま不愉快そうにこちらを見ています。

『狐たちがまだ見張っています。後をつけさせますか?』
「そうだな。しばらくそのままで頼む」

全次は極めて不機嫌そうです。こういう時はそっとしていないといけません。

億歳奇譚

億歳奇譚

どこからか転校してきた漢がいた。漢には誰にも見えない女性が付き従っている。漢の目的はなにか?謎の女性の独り語り。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-02-28

CC BY-NC-ND
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  1. 第1章 やってきた漢
  2. 第2章 下駄を鳴らして来た漢
  3. 第3章 神と会った漢