宝くじに当った男 第2章

第2章 アキラ旅に出る

第一章のあらすじ

山城旭二十五才。身長百九十八センチの大男、せっかく入った一流企業も不景気で解雇され、途方に暮れ暇つぶしに初めて競艇場に行くが、三レース連続で当ててしまう。そこで知り合った占い師の真田小次郎と意気投合。その後、街を歩いていると、ひったくり犯と遭遇し犯人を取り押さえたのが縁で、警備会社の社長に気に入られ警備会社に就職、銀行警備に就くも、ある日、銀行強盗事件が起き、女子行員の浅田美代が怪我する。責任を感じ退職をしようとするが、貴方は悪くない私を庇った恩人と浅田美代が申し出て二人の仲は急接近。
悪い事と良い事が度々続き自分の運は良いのか悪いのか、運試しに宝くじを買うが三億円が当る。いきなり億万長者になった事で誰にも言えず、せめて親孝行しようと決める。二十歳の時、父は家出し苦労した母へ親孝行しようと三百万円渡しが誤解されて結果は最悪となった。

アキラ旅に出る

 第2章 アキラ旅に出る

 当った宝くじの一部三百万を母、秋子に喜んで貰おうと渡しが、悪い事をして稼いだ金と誤解され実家を飛び出したアキラ。板橋のボロアパートに戻って来たアキラは深く傷ついていた。
 「なんだいお袋の奴! ようし、こうなったら好きな事をしてやるぞ~~」
 真面目で純粋ではあるが単細胞の持ち主である。
 ついに自暴自棄になったアキラ。ゴリラと異名をとるアキラは檻から放たれた野獣となるのか?
 折角、浅田美代と社長である相田剛志の恩恵を受けながらも退職する事に決めた。人の親切を無にする行為とは分かっているが最愛の母から疑われた事が許せなかった。

 翌日、西部警備の本社へ出向き、あの嫌な総括部長に退職届を提出した。
 それを見た総括部長がまた、嫌味でも言うのかと思ったが
 何も言わずに怪訝な顔をして受け取った……いや言えなかった。
 今日はとても嫌味なんか言えるような雰囲気ではなかったアキラだ。
 アキラの殺気めいた顔をして、総括部長を睨むように渡したのだから。
 アキラは総括部長にペコリと頭を下げると、そのまま本社をあとにした。
 総括部長は、さすがにアキラを一人の判断で採決出来ずに社長室を訪れた。
 「失礼します」とノックする。社長室の奥から入るようにと声が聞こえた。
 「おはようございます。社長……実はですが……」
 そのまま越を折り曲げて社長の机にアキラから預かった退職届を置いた。
 「退職届? なにかねこれは君が辞めると言うのかね」
 「しゃ社長! めっそうも有りません私のじゃなく、あのゴリ……いや、やっ山城くんの物であります。社長の温情も考えずに失礼にもホドがあります」
 「よしっ分かった。しかしだな、君も社員に怒鳴るばかりじゃなく、ひとりひとりを把握して相談に乗ってやる事も君の役目じゃないのかね」
 「ハッハイ申し訳御座いません。これからそのように致します」
 総括部長にはとんだ、とばっちりだ。百十度に越を折り曲げて社長室を出て行く。
 社長宛てに退職届けの他に一通の詫び状が入っていた。

 (先日の社長と浅田さんの御好意には大変感謝しております。 そして生涯忘れる事の出来ない程に心が癒され胸がいっぱいでした。 私も社長の期待に応え頑張る覚悟でありましたが、今回の退職は家庭の事情に依り、自分の人生に疑問を抱いております。 改めて見つめ直し時間が必要と感じました。誠に身勝手ではありますが、 いつの日か恐れ多い事とは思いますが機会があったら相談に乗って頂ければと存じます。いずれ心の整理が出来ましたら、ご挨拶に伺いたいと存じます。社長のご好意に背く形となり申し訳御座いません。繰り返すようでは有りますが社長と浅田美代さんへのご温情は今でもそしてこれからも胸に刻まれる、お言葉でした。きっといつかは、そのご恩に報いたいと思います。そして本当に、本当にありがとう御座いました)  
山城旭

 かくてアキラは九月一日より無職成金は二十六歳の誕生日を迎えた。
 依然として宝くじが当った事は誰一人として知らせてはいない。
 ただ、宝くじ売り場のおばさんと、受け取りに行った銀行関係者以外は……
 アキラは、あの宝くじのおばさんに百万円相当の商品券を渡そうとした。
 もちろん謝礼など一切渡し義務はないのだが、アキラはその辺の気配りは心得ていた。
 処がおばさんは頑として受取らなかった。夢を売る商売が当った人から御礼されては、商売が出来なくなると拒んだ。分るような気がしたアキラは食事くらい一緒でもと誘った。 それには、おばさんも喜んで応えてくれた。
 それ以来、宝くじ売り場に顔を出しては冗談を言い合う仲になっていた。
 ここでアキラに関わった人物を整理してみると。
 占い師の真田小次郎 推定年齢六十才
 銀行員の浅田美代、推定年齢二十四才
 西部警備社長 相田毅 推定年齢五十八才
 勿論、母である秋子は当然であり、他にも沢山いるが、この先の人生に関わるかどうか疑問なので省いておこう。アキラはインチキ占いこと真田の、とっつぁんを適当な理由を付けて誘った。
 それがいつも行く安い居酒屋ではなく、銀座の高級クラブだった。
 その前に、とっつぁんに今日は何も言わず一番いい背広を着て来てくれと言ってあった。
 待ち合わせた有楽町の駅前に、とっつぁんは、まったく似合わない背広を着て待ち合わせ場所にアキラが来るのを待っていた。
 その姿を見たアキラは、「ひゃあはっはっは! 良く似合うぜ」とからかった。
 しかし、とっつぁんは悪びれることもなく。
 「あたりまえだ。こう見えても昔はオナゴを泣かせたもんだぜ」
 アキラは百九十八センチの長身、それに似合う背広はイージーオーダーしかなく、いつもピツタリとフイットしている。もっとも高くはついたが、そのゴツイ顔を除けば、なかなかのダンディである。

 二人は高級クラブに入った。しかし二人とも初めてだ。
 店内の豪華さと華麗な姿のホステスに圧倒された。
 しかし一流どころ、その辺は客の扱いはプロだった。
 『貴方達、来る場所間違ったじゃない。ここは一流クラブよ』
 なんて事は言わない。
 ひときわ、際立つ美女に二人は案内されて豪華なソファーに座る。
 「いらあっしゃいませー」
 アキラと真田小次郎の間に一人とアキラの隣に一人。
 銀座の夜にふさわしい美女たちに持て成された。
 「お客さま、お飲み物は何をお持ち致しましょうか?」
 まぁ、なんて上品のしゃべりかただろう。居酒屋とはまったく別世界だ。
 「そっ、そうだな。ドンペリでも持ってきてくれ」
 「おっおい山ちゃんいいのかぁ」小次郎は驚いた
 「まぁ、お客さま。よろしいでしょうか。少しお高いですよ」
 ホステスはやんわりと言った。やはり一流のホステスともなれば客の観察力は優れている。
 どの程度の地位の人間か、すぐに見抜く。
 つまりアキラと真田は身の丈に合わない場所と言うことだ。
 何か良い事があったか競馬で儲けたか? ホステスにはそんな事はどうでも良い。金を沢山落して満足して帰ってくれれば良いことである。
 多分二度と来店しないと思うがリピートもない訳ではない。
 しかし客に対しては決して嫌な気分にさせない事でも一流である。
 多分この店ではドンペリ一本五十万円は下らない飲み物だ。
 今日のアキラは、ほとんどヤケになっていた。オードブルも豪華なものばかり注文した。
 小次郎は支払いが気になって、もう酔うどころか心臓の鼓動が波うっていた。
 しかしアキラは一向に、気にすることもなく陽気に飲みまくった。
 ホステスとどんな会話したのか覚えていない。いつも下品な話しをしている居酒屋ではない。ホステスもどんな会話をして良いか悩んだ事であろう。
 だがアキラは一向に気にせずホステス達を笑わせた。確かにアキラの話しは面白い。ホステス達の態度から見て本当に楽しんで会話しているようだ。新しいアキラの魅力に真田小次郎は驚き『この男、人を惹きつける魅力を持っている』そう感じた。お陰で(貴方達場違いよ)思われる事もなく楽しめた。一時間半ほどして、アキラと小次郎は帰ることにした。小次郎はアキラに小声で語りかけた。
 「オイッ支払いどうすんだ俺三万しかないぜ」
 もっとも高級クラブではとても三万じゃ座るだけで消えてしまいそうだが。
 「とっつぁん心配すんなって、今日は俺にまかせとけって!」
 「しっしかし、山ちゃん……」 
 「大丈夫! まかせろって」
 なんとアキラは、胸のポケットから会計の百五十万円を現金で支払った。
 小次郎はアングリと口をあけたままだった。
 ホステスの笑顔に見送られて二人はクラブをあとにした。
 「やっ山ちゃん、どっどうしたんだい。その大金は? そうか競艇で大もうけしたのか」
 しかし、アキラはニャツと笑うだけで「まぁそんなところだ」
 「ごちそうになっても悪いんだけど、生きた心地しなかったよ」
 「まぁ一生に一度くらい、いいじゃないか。これも人生さ!」キザなセリフを吐く。
 しかし、心は癒された訳でもなく、ややアキラの歯車が狂い始めていた。

 飲んでも飲んでアキラはスッキリしない。
 そしてハシゴ酒となり結局はアキラと小次郎はいつもの居酒屋で飲み直しことになった。
 「やっぱり俺には此処が似合っているよ。根っからの貧乏性かもな」
 小次郎はいつもの梅サワーを飲みながら生き返った顔をした。
 「とっつぁん聞いてくれるかい。俺さぁ、お袋とケンカしてさぁムシャクシャして、この間、会社辞めたんだよ。で相談出来るのは、とっつぁんしかいないんだ」
 真田小次郎は、アキラがいつも違うのは分かっていたが、まさか会社まで辞めるとは思っていなかった。
 「そうか、何かはあると思っていたのだがな。まぁ相談事は得意分野だ。なんでも相談に乗るぜ。こう見えても、ちょっと前はセンセイをやっとったわい」
 「えっ、ほっ本当かよ! 先生って学校の……へエー驚いたなぁ」
 「まぁな、別に自慢するほどのもんじゃないが二十年間、高校教師だった」
 「で、なんで辞めたんだい?」
 「それを聞かれるとなぁ……好きな女に振られてよ。みんな捨てたって訳さ」
 「好きな女って? とっつあんいくつの時だい」
 「それを聞くな。年齢は関係ない。まぁあれが最初で最後だ。もういいよ、一人の方が気楽さ」
 「そうか、それにしても思い切った事したもんだなぁ。一世一代の恋だったんだ」
 「オイオイ、俺の話をしてどうなるんだ。悩みがあるの山ちゃんじゃなかったのか?」
 「まぁな、でもさぁ、とっつぁんと話てると悩みが吹っ飛ぶぜ」
 「いやいや今日はとんでもない大金使わせて」
 小次郎は、あの大金どうしたかと聞きたかったが控えた。
 多分聞いても答えないだろう。悪い金じゃなければ聞くこともないと。
 「とっつぁんは、今一人で住んでいると言っていたよな?」
 「ああ、そうだがそれが、どうしたんだい」
 「どうだい俺と一緒に住まないか、あぁ金は全部俺が出すから」
 「……どうしてまた? やっぱりなんか今日はヘンだなぁ」
 アキラも大金の理由を打ち明けたかったが、どうしても切り出せない。誰でも、そう思うだろう。俺、三億円当ったなんて言ったら大変な事になる。親にでさえ言えず誤解されて喧嘩になったのだから。しかしアキラはそれが故に苦しかった。
 小次郎に話そうと喉まで出かかっているのに言えない大金ってヤッカイなものだ。
 「俺と一緒に住もうってか? それは有難い話だが……俺はどうやら一人暮らしが合っているみたいだ。出来ればこのままがいい。親子ほど年が違うがな、お前はいい奴だ」
 しばし沈黙がつづく、やがてアキラは吹っ切れたように語る。
 「そうだな、俺もセンチになっていたみたいだ。まぁ気が向いたら遊びに来てくれ」
 その日は、その居酒屋で小次郎と別れた。

 アキラは高島平近くのアパートに帰って宝くじが当ってから今日までの事を考えてみた。
 結果として大金が入った事で、自分の人生が狂いかけているような。
 お袋と喧嘩をした。会社を辞めた。ガラに合わない店で大金を使った。
 もうすでに、数週間で三百万円あまりの金が消えた。その金はアキラにとって一年半以上の給料に相当する。三億円の大金からすれば百分一の金だが、どうってことはない。こんな事をやっていたら普通のサラリーマンだったら破産する。しかし今のアキラは自分をコントロールする術がなかった。
真田小次郎に相談しかけたが、かろうじて思いとどまった。やはりそれ以上の話はどうしても切り出せなかったのだ。
 アキラは今の環境から抜け出したかった。母とギクシャクした事が原因だ。
 これでは金があるのを除けば、あの浪人生活となんら変らない
 アキラは思った。『どうせ無い金と思えばいい』そう決めた。
 翌日アキラは不動産屋を訪ねていた。環境を変える事で自分も変る。
 そう心に決めた。
 (確かにそうだけどアキラ何か違うんじゃないの?)
 アキラは北区赤羽駅近くに家賃二十万円のマンションを借りた。
 よせばいいのに家賃一年分を前払いで払った。敷金、礼金一年分の家賃合わせて三百万が消えた。
部屋は十二階建ての最上階、二十畳のリビングに八畳の洋室と八畳の和室とクローゼットがあり、前のボロアパートとはまるっきり違う豪華さだった。
 時代は平成十七年だから、この当時としては赤羽周辺で高いビルと云える。
 そのマンションからは晴れた日には富士山が見える。右手には新宿の高層ビルが眺められ、夜には都内のネオンが宝石のようにキラキラと輝いて見える。
 まるで別世界だ。アキラは金の力を、まざまざと感じたのだった。
 ついでに家具から電気製品、寝具類と揃えた。念願の携帯電話も手にした。
 その金額二百万円成りアキラはリッチな気分になった。幸せだあ。
 しかし、しかし何かが足りない心に隙間風が入るのだ……。
 (そうだ。アキラ人間、働かなくては駄目。目的がなければ)

 しかしアキラはそれに気付いていないのか、分っているのか?
 あれ以来、お袋の秋子とは連絡はしていない。電話も掛かって来ない。音信不通になっている。ただ何故かアキラはお袋が住んでいる赤羽に引っ越した。違うのは、お袋は西口で居酒屋を営み、アキラは東口のマンションである事だ。昼頃まで寝てから一日が始まる。そして時間は無駄に過ぎて行く。
アキラの中では完全に時間が止まった状態である。まったくもって目的が見え出せない。これでは浮浪者と同じだ。流石のアキラも贅沢な生活に慣れないのか少しウンザリしていた。
 そこでアキラは車を買う事にした。四WDの四千CC、砂浜や山道も登れる車に総費用割引で六百万をキャシュで買った。何も面倒なローンなんか組む必要がない。
 すでに一千五百万円が消えていた。まるで湯水のように使い捲くる。
 別に明日の予定もない明日どころか一年先さえ何もないのだから。
 晩秋の日本、季節は十一月を向えていた。
 待ち望んだ車が納車された。翌日に必要な旅用具を車に載せて新車のハンドルを握る。新車どくとくの匂いが最高だ。一瞬の至福の時だった。アキラは充てのない旅に出ようとしいる。
 何かを探しに、南に向かって目的のない旅に出るアキラだった。

 山城旭二十六歳と二ヶ月、青春まった中である。
 とにかく今は幸福の頂点にいる。但しこの幸福とは金があるからで、真の幸福を意味しない。ただ先のことは神のみが知る。目的地のない終点のない旅、言い換えればメチャクチな旅だ。
 今回の旅は真田小次郎以外、誰にも知らせていない。マンションも前払いで留守とは言え、とやかく言われる事はないがマンションの管理人には、しばらく留守にする事は伝えておいた。
 特に何もないとは思うが念の為、携帯電話の番号を知らせてある。
アキラの新車は新車特有のいい匂いがする。もちろん新車を買うのは初めてだが。アキラは都内から第三京浜道路を、横浜から国道一号線を西へと向かう。急ぎ旅じゃないので高速道路ばかり走る理由もない車は湘南海岸へと出た。空は晴れわたっていた。
 海岸を見るとウェットスーツを来た若者がサーフィンをしている。
 そろそろ木枯らしも吹く季節というのに、まったく関係ないらしい
同じ世代のアキラは特に寒いだろうかと言う思いはなく勝手にやってろだ。
 しばし車は海岸添えに湘南バイパスを走る。
 そこから暫らく走ると小田原市に入った。その先は箱根方面に進路を変え一時間半ほどで芦ノ湖湖畔にさしかかった所で車を降りた。季節外れのせいか、あまり観光客はみあたらない。
 紅葉も終り掛けているが此処だけではあざやかだ。カエデが見事な赤い葉に変って心をなごませる。アキラは今日の宿泊を此処でとることに決めた。予約はしてないが部屋は空いていた。

 ここは有名な温泉地ではないので風呂は期待できないが、それなりの客を満足させる料理と湖畔の眺めだった。昨日は久しぶりの運転のせいか良く眠れた。朝九時にチェッアウトして支払いを済ませた。その金額二万七千六百円。いまのアキラには、ほんの小銭にすぎない。金銭価値が麻痺しているようだ。最初に解雇された頃は一万円が大金だったのに、人間こうも変るのか?
 アキラは再び南に向かって車を走らせた。なんの目的もなく、何も考えずに心の赴くままの旅は始まったばかりだ。車は箱根を越えて静岡に入る。東海道五十三里のコースだ。
 ここで少し東海道五十三里のコースに大まかに触れて見よう。
 まず基点は日本橋-川崎-藤沢-箱根-沼津-吉原-丸子-掛川-浜松-岡崎-桑名-亀山-草津-京都と続く。昔は数々の宿場町が賑わったと言う。車は沼津に差し掛かった。ここには武田勝頼が戦国時代に戦略の 為、海岸にあった松を全部切り倒したと言う。それにより海から風をモロに受けた。
 漁民たちが大変な苦労をしたとか。のちに寺の住職を先頭に、お経を唱えながら一本、一本植えて行ったと言う。それが千本松の由来とか。千本松から沼津から田子の浦まで今でも延々と続く、それはそれは素晴らしい眺めである。

 時折り休憩しながらのノンビリ旅、やがて車は浜松市内を抜けて浜松市の外れ舞坂に着いた所で今日の宿を探しことにした。宿はすぐに見つかった。西に浜名湖と東は太平洋が見える七階建ての立派なホテル風だ。窓からは松の木が見える。その先に砂浜と波しぶきが見える。
 部屋からは見えないが後ろには浜名湖が見えるはずだ。
 ここは、うなぎの養殖場が沢山あり景観は最高だ。
 昨日と同じようにビールと料理は旅の楽しさを満喫させる。
 まだ若いのに定年退職した人の人生を振り返る一人旅ようだ。
 翌朝、アキラは大浴場の朝風呂に入り、九時過ぎチェックアウトを済ませてロビーを出掛かった時、後ろの方で何やら泊まり客が騒いでいた。
どうやら風呂から上がって出ようとしたらサイフが無くなったと言う。
 なにせ、アキラは成金の暇人だ。よせばいいのに興味本位にアキラの好奇心が邪魔して騒いで居る方に引き返したのだった。
  (あ~~ぁまた、この男、問題を起こしそうな予感が)

朝のこの時間はチェックアウト時間が迫ってくるとフロントは忙しい。
そこに客がフロントに来て騒ぎ立てたのだから尚更だ。
フロントスタッフは、他の客の手前もあり対応に困っていた。
其処に野次馬根性丸出しの、大男の暇人が来た!!
「どうしたのです?」
アキラは大騒ぎしている女性に訊ねた。
と、いきなり、その女性は「あ~アンタが盗ったのね、早く返して!」
「ちょ、ちょっと何、言ってんですか」アキラは慌てた。
 (ホラッ見ろ、言わんこっちゃないかアキラ)
そこにフロントスタッフが割り込んだ。
「まぁまぁお客様、すぐ探しますのでこちらへどうぞ」
案の定、フロントの周りは黒山の人だかりとなった。
「ねぇねぇ、どうもあのデカイ男の人が盗んだらしいよ」
そんなヒソヒソ話が、あっちこっちで囁かれていた。
アキラにその囁きが聞こえ、ピクッと頭のなかで爆発した
「誰だぁ俺が盗ったとか言ったのは!!」
とっギロッとその方向を睨む。

 まさにそれはゴリラだ。
 「すっすいませぇ~ん」と一斉にその場にいた客達は逃げていった。
 「ちょっと~~コレってホテルの責任でしょう! どうしてくれるの?」
 女はフロントの係りに大声で、吠えまくった声がフロア全体に響く。
 アキラも、とんだ濡れ衣を着せられたが、君子危うきに近寄らずだが。
 流石のアキラモ退散。巻き込まれかけたアキラはホテルを出た。
 遠巻きにしていた客はアキラが犯人じゃないことが分かり何故か、ガッカリしたように散っていった。
    (格言)# 野次馬根性 馬に蹴られても保証なし#

 各して濡れ衣が晴れたアキラは再び車で一人旅が始まる予定だったが?
 ホテルの駐車場に向かって歩き出したアキラの後ろから声が掛かった。
 「ちょっと待ってえ~~~」それは先ほど問題を起した女性だった。
 「さっきはゴメンナサイ。私、気が動転していて本当にゴメンナサイ」
 アキラはその女性をマジマジと見つめた。
 年の頃は三十ちょっと。水商売でもしいる雰囲気もあるが、さっき怒鳴った時の態度は怖いお兄さんで尻ごみするくらいの迫力があった。多分、ホテル側もこの迫力に押されたのではないか。
 先程まで、ムカついていたアキラも(ごめんなさい)に態度がコロッと変った。
 もともと単純だから、すぐに許す。いい男……かは分からないが。
 「いやなんとも思っていませんよ。なんなら近くの駅まで送りましょうか」
 「えっ、よろしいのですか? じゃお詫びに私、御馳走するわ」
 かくして、謎の女性を載せて車は東海道を西へ西へと走るのだった。
 「ところでサイフは見つかったのですか?」
 「それが見つからなくて……アタシ付いてないわ」
 「じゃあホテル代は、それとこの先どうするのですか?」
 「だってホテルの責任でしょ、警察呼びなさいよ! てっ言ったら向こうが落ち度を認めてタダにして貰ったわ。ネッ! 当然でしょ」
 「ホテル代がタダでも、この先どうするんですか。電車代とか必要でしょ」
 「それは大丈夫。旅をする時はサイフを二個持って歩くから。でもそれを言ったらサイフを無くしてないと誤解されるでしょう」
 「それは用意周到で宜しいですが……」
 「いいのよ。あっちはほんの少しだし、ただね、あのホテル感じ悪いから騒ぎ立ててやったのよ」
 さすがのアキラも返答に困った。どうもこの女は自己中心的な発想だ。
 「まっまあ、そうかも知れませんねえ」 
 なんとアキラ! 同調してどうする。
 「でっ、どこか近い駅で降ろしますか?」
 「そうねぇ京都駅でいいわ」 
 「えっ京都って」
 「ウフッだから京都まで乗せて行って……オ ネ ガ イ」

 謎の女、得体の知れない女、なのにアキラはデレ~~とっして
 「まかせなさい! どうせ俺も宛がある旅でもないし」
 「アラッありがとう。あっそうそう私、松野早紀よろしくね」
 アキラよりは五才ほど上の姉さんだがフェロモンがムンムンするいい女だ。
 なんとなく水商売風にも見えるが、悪く言えば〔女狐〕的な小悪魔かな? いや悪女かも。まあアキラには人のことをとやかく言える容姿でもないが。
 「あぁ俺、山城旭デス……でどちらからですか?」
 「ふふっ あたしは北からよ」
 まったくもって怪しげな女だ。北って言ったって まさか北朝鮮かぁ!!
 「はぁ? 北ですか」アキラは思った。
 じゃ俺は東かぁ。まぁ無理には詮索しまい。
 それから車は名古屋に差し掛かった頃には昼をとうに過ぎていた。
 その間、松野早紀なる女の口数は、ほとんど閉ざされたままだった。
 アキラは甘いアバンチュールを描くが、これではシャボンの泡と消えそうだ。
 「どうですか、もう昼も過ぎたし飯でも食べませんか?」
 アキラは早紀に声を掛けた。それまで無表情だった早紀は
 「あっ、もうそんな時間なの? じゃあキシメンでも食べましょうか」
 どうもこの女まったくもって怪しげだが、謎めいた所が魅力的でもあった。
 (アキラ! 君子危うきに近寄らずじゃ忘れたのか?)

 二人は名古屋名物のキシメン専門店に入った。しかし、しかし目線を合わせる事もなく二人は食べ終わった。あのホテルでの騒動からは考えられない程、別人に見えた。何か物思いに更けて過去を思い出しているのであろうか。気性の荒い女であることは間違いないようだが。アキラが支払いを済ませている間に早紀はアキラの車の方に向かっていた。そこに突然、早紀の前に黒いベンツが急停車して男が三人出て来た。
 「姉さん、探しましたぜぇ」
 アキラは支払いを済ませて出てきたが見た光景に唖然とした。
 「なんなんだ、こいつらは?」
 どうも見ても堅気には見えない。多分ヤクザだろう。早紀の顔色が真っ青になっている。恐れていたものがやって来たかのように。アキラの姿を見た早紀は、アキラの後ろにサァーと隠れた。
 こんどは驚いたのは三人の男の方だった。突然ゴリラが現れたから、いやいや百九十八センチの巨体が現れたからだ。
 「おっなんだ? テメェ姉さんのなんだぁ」
 「姉さん? じゃあアンタは弟か」
 「ふ、ふざけた事を言ってんじゃないぜ兄さん」
 「兄さん? 俺には弟なんかいないぜ!」
 相手は三人、しかもヤクザと思われる怖い男達にアキラは一歩も引かない。
 人相の悪い男達を怖がるどころか逆に、おちょくるアキラを無視して早紀に語りかける。
 「この馬鹿と話しても無駄だ。姉さん帰りましょうや、兄貴が心配しておりますぜ」
 「じょ冗談じゃないわ。帰ったら殺されるに決まっているんじゃないのよ」
 穏やかじゃない言葉が飛び出した。どうやら危険な匂いがプンプンする。
 今度はアキラに向って男は吠えた。三人いるから有利と見て威勢がいい。
 「でっ、オマエかぁ姉さんを連れ出した色男は」
「なんだぁ~? そんなに俺は色男かぁ、まぁそうかもな。やっと俺の魅力が分かったらしい」
 アキラの冗談とも本気とも取れる言葉に三人の男は、おちょくられた事を知った。
 「ふざけんじゃねぇ!!」
 いきなり一人の男がナイフを取り出した。
 「オイ! てめえらっ俺を本気で怒らせるんじゃないぜ、何があったか知らんが俺様に刃物を向けやがって刺せるもんなら、やってみな!」
 「何を言ってやがる。オメィが少しデッカイからって甘くみてじゃないぜ!」
 互いに啖呵を切った男のメンツに掛けても後に引けない。
 アキラは元々ケンカには強かったが、短期間とはいえ空手を身に付け更にパワーアップしたのだ。
     
 とっ! 男が本当にナイフを持って突っ込んで来た。
 「野郎!!」 
 ナイフがアキラの腹まで五十センチと迫った。だがナイフ持った男の手がそこで止まった。その手前でアキラの長い手が男の頭を押さえつけた。その猛獣のような手が頭骸骨を片手の指で締め付ける。
 「ガァ~~」
 男が悲鳴をあげる。物凄いアキラの指の握力だ。
 次の瞬間に長い足が男の顔面を蹴りあげた。男は三メーターも吹っ飛んだ。
 残った二人はアキラの迫力に臆したか二、三歩後ずさりする。
 完全に頭に血がのぼったアキラは二人の男を捕まえた。
 捕まえかたが普通じゃない。片方ずつ先ほどの男と同じように頭蓋骨を押さえ付けて、同時に二つの頭を強引に衝突させた。ゴツ~~鈍い音と共に二人は伸びてしまった。先に蹴られた男が、どこか強打したのか呻き声を出していた。もう完全に野生のゴリラと化したアキラは、とどまることを知らない
 「テメィさっき言った事をもう一度、言ってみやがれ!」
 また、その男の顔面をジャイアント馬場のような十六文キックを浴びせた。

 ※ちょっと此処で十六文キックの由来を説明しよう。
 馬場がロサンゼルスで購入した靴に十六というラベルが貼ってあったことに由来。実際の馬場の足サイズは十六文(約38.4センチ)でも、十六インチ(約40センチ)でもなく三十四センチだった。因みにアキラも足のサイズは三十四センチである※
 あまりの破壊力に三人とも完全に気を失ってしまった。
 先ほどまで怯えていた早紀が、悲鳴に近い声を発した。
 「もうヤメテッ死んでしまうわ!」
 尚も襲い掛かろうとしたアキラを必死になって止めた。
 これがアキラの野生ゴリラと言われる由縁である。
 恐るべし! 山城アキラ 怖くて冗談も言えない。
 これ以上ここに居ては警察に通報される恐れがある。
 アキラと早紀は気絶している三人を、そのまま残し車をスタートさせた。
 「松野さん大丈夫ですか。あいつ等は松野さんの知り合いみたいだが訳を言って下さいよ。俺は刃物を出されちゃ黙っていられないでね」
 まだアキラの怒りは収まってないようだ。
 身体は大きいけど、ホテルで見た気弱そうなアキラとは別人に見えた。
 車を急発進させた。アキラは、まだ苛立っていた
 助手席に座っている早紀はアキラを見て怖さよりも男の逞しさを感じた。
 早紀は知らないがこれで二回目だ。あの銀行強盗の時と同じだ。
 アキラは浅田美代にケガをさせた事を未だに悔やんでいる。
 ふっと頭に浅田美代のことが頭に浮かんだ。彼女どうしているかなぁ。
 彼女の温情を踏みにじってしまって後悔している。
 謝りたくても美代の電話番号も知らないし、職場に電話しては迷惑掛けるだけだ。そんな事を考えていたら助手席に座っている早紀が言った。
「あの~~本当に迷惑ばかりかけて御免なさい」
 早紀が遠慮がちに言葉をかけた。
「いや、成り行きですから気にしないでください。それより事情を話してくれませんか、このままだと又、同じことが起きますよ」
「そっそうですね。先ほどの人達は主人の……組の人達で」
「組って? あのヤクザの組ですかぁ」
ほら見ろアキラ、やはり怪しい匂いプンプンしただろう。
早紀は組の話は出したくなかったらしいのだが。
ネイさんとかアネサンと何度も呼ばれては察しが付いたろうと諦めてアキラに本当のことを話し気になったらしい。
「長崎で小さな組員二十人ほどの梵天(ぼんてん)組の組長が私の主人なんです。最初の頃は主人も優しかったけれど、最近では私に暴力ばかりで他に女を何人も作って、嫌になって逃げ出したんです。それで多分、組の人達を探しに来させたと思うのです」
 驚きはしなかった。普通ならヤクザと聞いて関わりたくないと思うのだがアキラは組と喧嘩する気はないがチンピラ二-三人なら恐くもない。 
「まぁ、そうかなと思ったけどね。でっこれからどうするのです」
「高知に友達がいるので其処にと考えていたけど、まさか組の人にこんなに早く見つけられると思ってなかったのよ」
どうもアキラは困っている人は、ほっとけない性格だ。
特に女となれば尚更のこと、それに自分にはタップリ時間もある。
「じゃ松野さんは、どうしれば満足出来るのですか。俺がその願いを叶えてやりましょうか」
 あ~あ、アキラ本当にいいのかい知らんよ。ホントに。

アキラは三億円を手にして働く意味を見失っていた。
平均年収六百万としても五十年間その間、働かなくても生活出来る計算だ。
上司に文句を言われ熱が出ても我慢して働く、それになんの意味があると言うのか。それでは生きている意味がない。その答を探し為の旅でもあったのだが単細胞なアキラは暴走する旅となりつつあった。
「でも貴方には迷惑かけられない。それにあの人は凶暴だから危ないわ」
まぁそれはヤクザで優しくて、お人好しはいないだろうが。
アキラの怖さ知らずは天下一品だが、ちょっと無謀すぎるような。
「まぁね怖がっていたら何も先に進みませんよ」
「それはそうなのですけど」
早紀は言葉に詰まった。
「でっ、これから松野さんはどうするって言うのですか?」
「いっその事、あの人が届かない外国にでも逃げたい気持よ。でもそんなお金や知り合いも居ないし、もう無理ね」
「僕といつまでも一緒って言う訳にはいかないでしょう。何処か知り合いの人で、かくまってくれる友人はいないのですか、その高知の人とか」
「うーん、彼女にも迷惑掛けるし……」
「でも其処が一番いいんじゃないですか。そこへ行きましょうか」
早紀は考えていた。アキラにも迷惑が掛かるから分かっていても簡単に訪ねる訳には行かなかった。
そこはアキラの早合点、勝手に自分で決めてしまう悪いクセがある。
「松野さん、他の方法がないんだから其処に行きましょう。万が一断られたら又、しばらく一緒に旅をしればいいんじゃないですか」
「でも……そうね。考えても仕方ないものね。じゃあ、お願いします」
「でっ友達って同級生とか?」
「まぁ同級生ではないけど、似た物同士の友人かな」
初めて早紀は笑った。かくて京都どころか四国の高知までの旅が始まるのだった。
「あのう~~もし急ぐのでしたら新幹線で行かれたらどうです」
ヤクザはどうでも良いが、いつまでも女性と一緒というの気が引ける。アキラの体に合わない初心の一面が見えた。
アキラの良いところは正義感が強く人情に弱く女に優しい。
これで二枚目だったら女にモテっぱなしだったろうが残念でならない。
もっとアキラ自身は二枚目だと思っている、渋い二枚目だと?
他人から見れば、その渋さ加減が微妙に違うのだが。
車は名古屋を出てから二時間が経過していた。
アキラは時々サイドミラーで後方を確認する。
ひょっとして尾行されている可能性もあるからだ。
先ほど痛めつけた奴等もオメオメと組みに帰れないだろう。

ヤクザはメンツを大事にする。相手に舐められてはヤクザとしてやって行けないからだ。昔みたいな任侠とも違う。最近のヤクザも、ただ腕と度胸だけではやっていけない。
れっきとした一流大学を出た人間も沢山いる。ハイテクヤクザなのである。
それに渋い二枚目で身なりや着こなしも一流が多い(誉めすぎ?)
コンピューターを操るのは常識、その人探しの捜査網は警察に匹敵するとか。
アキラもその世界の事は多少詳しい。
大学に居た時の友人には二人ほどヤクザの組長の息子がいた。
奴らは男らしいヤクザと言っても人間味のある者と、どうにもならないのが居る。一般社会と同じで、千差万別と言うことだ。
その彼等にスカウトされた事もあった。
ちょうど大学を中退する事になった時、良かったら俺のところに来ないか、と誘われた。
体格と度胸を買われて、しかしそれでは、お袋が泣くだろうと止めたが。
結局、早紀はアキラと車で行く事にした。
車は四日市の辺りに差し掛かる。今日はここで宿をとることに決めた。
「松野さん、どうですか観光クルーザーに乗りませんか、気分スッキリしますよ」
「えっ? そうねぇいつまでも暗い顔していてはね。ハイお願いします」
海岸近くの駐車場に車を停めてクルーザーに乗った。
なかなか快適だ。まだ新しい双胴クルーザーだ。
船の底の両脇が突き出て真ん中が低くなって安定性が高い。
早紀も笑みが零れた。アキラも海に出て気分が爽快になった。
そしてアキラは思った。そうだクルーザーもいいなぁ。
オイオイ、アキラまさかクルーザー買うなんて事はないよね。

四日市市は祭りが多い事と、桜の名所でも有名だ。
どんと祭り、狐の嫁入り道中。喧嘩祭りなど年中祭りがある。
いっ時の海の匂いを楽しんだ二人は近くに海が見えるホテルを宿にした。
だからと言って部屋は一緒じゃない。例え誘われても断るつもりの予定?
アキラは二部屋を頼んだ。人助けにつけこんでは男がすたると思った。
アキラは大浴場で旅の疲れを癒していた
そんな時、浅田美代の顔が浮かんだ。
『俺って何やってんだろう。美代さんはどうしているだろうな。きっと黙って辞めたことに怒っているだろうなぁ』
アキラは風呂から上がって大食堂で早紀と一緒に食事をした。
早紀の浴衣姿がまぶしい。ビールを飲んだ後の早紀は、ほんのりと顔が赤い。
二人はそれぞれの部屋に戻った。アキラは明後日までには高知に着きたいと思っている。
早紀を其処で降ろせば自分の役目が終ると考えていた。
そこへコンコン……コンコンとドアをノックする音が部屋に響く。
怪訝に思ったがアキラはドアを開けた。早紀の姿が其処にあった。
「あっ松野さん、どうかしたのですか」
「えぇ、ちょっと心配で眠れなくて一緒に飲もうかと思って……」
アキラは心臓の鼓動が高くなった。いくら眠れなくても二人っきりの密室では。
「は、はぁ、そうですねぇ。それじゃ飲みましょうか」
アキラはドギマギしながら早紀を部屋の中に招き入れた。
二人はウエスキーの水割りを作って飲んだ。それから、たわいのない話が続く。
またまた早紀の顔が色っぽく赤くなって部屋がムンムンして来た。
「あたし……何だか酔った見たい」
 ホラホラ怪しげな女の妖艶が? アキラ責任はとれるのかぁ
早紀の目が怪しい色に変わって来た。さすがに鈍いアキラでも雰囲気で分かる。
据え膳食わぬは何とか、しかしアキラは男だ。男のメンツが立たぬ……が?
メンツが立たなくても別なものが立ったらどうするのじゃアキラ。

「まっ松野さん……いや早紀さん。ぼっ僕は……あの~~その~~」
「ねぇ~~~アキラちゃん私を介抱してくださるかしら」
(ちゃん)に変っている?
アキラは早紀の色気に翻弄された。酒に酔った勢いで……な~~あんて。
「さっ早紀さん。もっ勿論です。でもどうやって介抱すれば良いので?」
アキラは酔いと興奮で目がグルグルと回る。
「介抱って言ったら介抱でしょう」
早紀の甘い声が耳元に聞こえる。
やかで静かになった。アキラは夢の世界へ招かれた。いや筈だったが。
部屋に朝の日差しが差し込んでくる。しかしズキズキと頭が痛む。
アキラは目が覚めた。なんだかオデコに紙が張り付いている。
それは一枚の紙に文字が書かれていた。
 (バ~~カ 意気地なし)
つまりアキラは酔いと興奮で(御馳走)を目の前にして寝てしまった訳で。
その結果、早紀がアタックに失敗。無念のオデコへの張り紙だった。
 アキラ敵前上陸失敗。直前にて沈没せり

やがて四日市の怪しげな夜は、幻の如く平穏に終わった。
朝食はバイキング式だった。早紀と顔があったが昨日の事など微塵もなかったように、「おはよう」と早紀。
まさに真夜中の顔と昼(朝)の顔は別の顔であった。
何事もなく、何事もなく車は一路高知に向けて走り出した。
アキラは四日市から高速道路に乗り入れた。
さすがに高速は早い。当初の目的地京都を通り過ぎた。本当はここで京都の秋を見物したかったのだが。
でも車だと高知まで、あと一泊が必要だ。さて今夜は……
何故か、アキラは夜になるのが怖かった。早紀の夜の顔が怖いが嬉しい?
車は一気に京都を通過したが、そこから徐々に混みだした。
早紀がアキラの横顔を見つめる。その視線が熱い。
「ねぇ~お願いがあるんだけど少し寄って行きたい所があるの」
「えっ其処って何処ですか?」
  まぁよく引っ張り回し女だなぁ。それに付き合うアキラも暇だねぇ。
「あのね、有馬温泉なんだけど……駄目かしら?」
「いや僕は一向にかまわないですよ。暇ですから」
かくして予定変更、そう言えばまだ有名な温泉には入っていない。
車で大阪から約一時間で有馬温泉に着くはずた。
その有馬温泉の付近で宿を探す。近く観光協会の看板が見えた。
そこに行ったら親切に教えてくれた。
アキラと早紀は今夜の宿となる真新しい観光ホテルに入った。
チェックインを済ませて取り敢えず、部屋に入る前にロビーで疲れを癒す為に二人はビールを頼み椅子に腰掛けた。
その時、早紀と目が合った。アキラはドキリとした。
その瞳がメラメラと燃えているような怪しい視線?

 ♪ウララッウララッ~~ウラウラよ~~♪
そんな歌謡曲が頭に浮かぶ。まさに妖艶のまなざしであった。
早紀は昨夜の無念の仇討ちを? 晴らそうかと思えてならない。
今夜もまた、昨日と同じように二部屋取ったがアキラはまだ酔ってはいない。昨夜のように翻弄されてたまらない。年上で色気たっぷりの女は怖い。
アキラは夕食が終ると、早紀には内緒でホテルから飛び出して夜の湯の街に繰り出した。冷たい風が肌を突き抜ける。
適当なスナックを見つけてドアを開けた。
なっなんと「いらっしゃませ~」の代りにビール瓶が飛んで来た。
危うく避けたものの、店の中は大喧嘩の真っ最中だった。
客同士の喧嘩だ。アキラもどういうわけか、こんな場所によく出会う。
あの、お袋の店でもそうだった。だが此処はお袋のとは無縁の店。
見ず知らずの連中に自分が、ただ酒を飲ませて仲直りさせる気はない。
これも旅の良い所。普通の人間なら別な場所に飲みに行くがアキラは、野次馬根性が大好きで、怖いもの知らずだ。喧嘩を見るの楽しみのひとつ。
その喧嘩真っ最中の中に、構わずに中に入って行った
目の前では、互いに襟を掴みガップリと組み合っていた。
アキラは、真っ最中の二人を構わず前を進む。
「オイッちょっと通してくれよ。邪魔だ」と二人を押しのけた。
周りに居るママやホステス達は、オロオロと怯えていた。
さてさて、いったい何がこれから始まるのやら。
アキラは昨夜に続き、忙しい夜になりそうだね

アキラが喧嘩の真っ最中の中に平然とカウンターの席に座った。
そこにオロオロしていたママがアキラの巨体を見て頼みに来た。
「あの、お願いです。あの二人を止めて貰えませんか」
「あぁいいですよ。でっどう言う風に収めれば良いのかな」
「どう言う風にと言っても……」
「つまり表にほっぽり出しとか、警察にまかせるとか」
「ハッハイ警察沙汰は困ります。出来れば穏便に」
「分かった。少しあらっぽい穏便になりますけどいいですね」
荒っぽい穏便って? そんなの あるのかぁ

ママの了解が得られれば大義名分が立つ。アキラは行動に移った。
まさに修羅場となったスナックの店内は飲み物やコップが散乱していた。
アキラは二人の間に入って、二つの頭を上から押さえつけた。
アキラの手は大きいから片手の指五本で頭をすっぽり包む込むほどだ。
次の瞬間に二つの頭を強引にぶつけた。ゴッツーと鈍い音。
人には見えなかったろうが、二人は目のあたりから火花が出たことだろう。
二人はフラフラ~~とその場に倒れた。
アキラは二人の腰にあるベルトを掴んで二人を持ち上げた。
まるで子供を持ち上げるように。
そしてスナックのドアを押し開けると道路に二人を放り投げた。
二人は何がなんだか分からぬまま道のアスファルトに転がされた。
二人は相手との喧嘩どころじゃなかった。
どちらからともなく「なっなに、しんじゃい……」と吠えた。
が、見た相手は人間とは、思いないほどの巨漢でゴリラのようだった。
「なんだと! お前達のおかげで他の客が迷惑だって分んないのか!」
と言うか言わぬかの間に、アキラは二人の顔をパンパンと二発叩いた。
「アワワッ、やめてくれ~~」と二人は戦意喪失。
「あんたらなぁ、店がメチャクチャになってママが泣いているぜ。分んないのか」
なんとアキラの説教が延々とつづく。

それから二人は黙ってアキラの説教を二十分も聞かされた。
余計なお世話だなんて言ったら半殺しにされかねない。
アキラの前に正座されられている。
二人は渋々ゴリラの説教を聞くしかなかった。そうこれがゴリ押しだ。
酔いが冷めて、恐怖と反省にすっかり大人しくなった。
アキラに強引に仲直りさせられた二人は、ママに壊れたグラスなどの
弁償と飲み代金を支払って帰ろうとした……が。
「あんたらっ、まだ本当に悪いと思っているんだったらもう少し付き合いよ」
とんでもない事を言い始めた。
ママや他の客も揉め事を起した二人には居なくなった方がいいのに。
そう思っていたのに、周りの人は怪訝な顔をしてアキラを見る。
 これでは、喧嘩した二人は地獄だわなぁ

しょうがなく、二人はアキラの前で下手な説教地獄を聞かされた。
だが時間が経つにつれて、アキラの本音を理解し始めた。
アキラは二人がこのまま帰ればシコリが残り、いずれはこのスナックにも来なくなり店も嫌な雰囲気だけが残ると、リピーター客があるから店は繁盛する。
やがて周りの客やママにホステス達も本来の明るさを取り戻した。
 「ねえ、考えてみると喧嘩の理由も他愛のない事だったのねぇ~」
 ママがその喧嘩した二人に優しく声をかけた。
「いやママ、本当にすまないストレスが溜まっていたのかも知れない。それから宮さん、今日は俺が悪かった」
「いや、俺の方こそ話合ってみればアンタいい人だ」
かくして今宵のスナックは笑い声に、溢れる暖かい空気が流れていた。
アキラはママに感謝され、喧嘩を始めた相手にも感謝されあげくに、二人はアキラの手を取って「ありがとう」と言われた。
二人から名詞まで渡されたのだった。
のちに、この名刺をくれた一人の男と再会するが、今はまだ気付く筈もなく。

アキラは閉店近くまで店で飲んでホテルに戻る事にした。
「山城さん、また来てね。今度きたら、お店を無料貸切で飲みましょう」
ママに最大限のありがたい言葉を貰って、スナックをあとにした。
アキラは旅に出てから最高に気分が良かった
ホテルの部屋に入って、ひと風呂浴びてから寝ようとしたが?
少し松野早紀の事が気になった。
こんな時間に女の部屋をノックするのも気が引ける。
夜這いに来たと思われないかと、仕方なく部屋へ内戦電話を入れた。
プープープー何度電話しても出ない。もう寝たか?
しかし気になってフロントに電話を入れた。
「あーもしもし、七百十二号室の松野さんは?」と聞いた。
「あーそれでしたら友人の方達と一時間ほど前に外出しておりますが」
「えっ、それは男ですか」
「ハイ三人程の男性の方達ですが」
アキラは舌打ちした。しまった! ヤラレタッ。
アキラは隣の七百十二号室を開けて欲しいとフロントに頼んだ。
その部屋の中は案の定、物が散乱していた。

あの三人組に違いないアキラは夜中にも関わらずホテルに宿泊費を前払いして荷物を置いたままホテルを出て車に飛び乗った。
しかし何処をどう探せばよいのか時間は深夜の二時、街は人の通る姿もなく、時おり車がすれ違うだけ。
あせったアキラは『やっぱり一人にするのじゃなかった』と後悔した。
数時間も湯の街を探したが、まったく分からない。
まして深夜に、その辺にタムロしている筈もなく。
アキラは駅の前に行ってみたが夜中に電車が運行されているわけもなく、こちらも手がかりは皆無だった。
アキラは、まさか組の姉御なら殺されることもあるまい。
そう思ってホテルに引き返した。
翌日の朝、ホテルに話して彼女の荷物を持って行く承諾を得てアキラは有馬温泉に別れを告げて再び車を走らせた。
本来なら旅での知り合い。探す義務はないのだが高知にいる友人の所まで連れて行く約束がある。きっと彼女はアキラに助けを求めている。アキラは応えた。
それも「まっかせなさい」とアキラは男で御座る約束は命をかけても守る。
 もう任侠の世界だなぁ、アキラ男だねぇ

約束を守りたくても、何処に消えたか連れて行かれたのか見当もつかない。
☆閃いたぁ。そうだ真田小次郎のインチキ占いに聞いてみよう。
こうなったらワラにでも縋りたい気分だった。
早速とっつぁんの携帯電話にコールする。
しかし出ない、三回電話してやっと受話器から声が聞こえた。
それも迷惑そうに「だれ?!……」と来た。
「とっつぁん俺だ! アキラだよっ。なんだ寝てなのかぁ」
「誰かと思えばアキラかぁ、あんなぁこっちは夜中の商売だ。まだ眠ったばかりなのに一体どうしたんだ」
「そうか、とっつぁん悪かった。朝だと思ったが熟睡している時間だな。起きたついでに悪いんだけど頼みがあるんだ」
「なんだい頼みって、金が以外だったら相談に乗るがな」
「ヘヘッ、とっつぁんらしいや。でさぁ頼みは人を探しているんだけど。それを占って欲しいだ。とっつぁんは都内一の占い師だから」
アキラは心にもない事を言って受話器の前で、笑みを浮かべた。
アキラは簡単な、経緯と松野早紀の特徴を話した
真田は少し時間を置いて電話を掛け直しと言って一度電話を切った。
十分ほどして電話がアキラに掛かって来た
「あぁ分ったぞ。たぶん京都じゃ! 近くお寺がある」
「とっつぁん、なに言ってるんだ! 京都は寺ばっがりじゃねぇか」
「おう、そうじゃったなぁ……川が交わった辺り……その辺だ」
「そっそうか? 他には? 建物の特長とか」
「そこまでは分かんないよ。そうだアキラ浅田美代って知ってっか?」
「美代さんの事かむ知ってるよ。ホラ俺の為に社長に取り入ってくれた人だよ」
「その人が俺とアキラが知り合いだと、どこで聞いて来たのか電話があって」
「ほっ本当か! それでなんて言ったんだい」
「今、旅に出ているって言ったよ。携帯の番号教えたけど、不味かったかなぁ」
「ヘヘッとっつぁん気が利くじゃないか。ありがとうよ。じゃ又電話する」

おもわぬ朗報だった。アキラは心の中で彼女の事がモヤモヤと燃え上がっていた。
真田小次郎の占いはあまり信用出来ないが人間は信用できる。
しかし今は真田を信じて、また逆戻りして京都に向うしかない。
アキラは車に備え付けてあるカーナビを見た。
京都の川が流れている所、そして川が交わっている場所……
今出川・出町柳この辺しかなかった
アキラは目的地をナビに登録して京都へと車のスピードをあげた。
車は今出川通りに差し掛かった。左に京都大学、右に知恩寺が見える。
そこを過ぎたら私鉄の出町柳の駅がある。
その先に鴨川? あった! ここで川が交差している駅、駅? もしかしたら。
アキラは車を端に寄せると駅に走った。
辺りを見渡した……居ない? ……いや何処かで見た顔が?
居た! あの時の三人組の一人だ。まさに奇跡。 
いや天才真田占い師様。今はそんな気分だ。
アキラは、その男の後ろに廻り背中越しに肩を抱いた。
仲間のように「おい俺だ」
男は驚いて声をあげそうになったが。仲間どころか、あの時の大男が不気味な笑みをして立っていた。
「オイッ元気か! 動いたらこの場で絞め殺しぜっ」
 その一言で男はおとなしく首を縦に振った。蛇に睨まれた蛙と同じだった。
まさか、まさかの大当たり。真田小次郎の占いが当った。
大まぐれか、はたまた神業か。占いは当るも八卦、当らぬも八卦と云われる。
それが当ったのだから、不思議と云えば不思議だ。
「オイッ、姉さんは何処に居るんだ。案内しろ!」
どうして分ったのか、男は信じられない表情でコクリと頷いた。
アキラの怖さは充分に知っている男は逆らうことさえ出来ず素直に歩き始めた。
居た! この男の仲間一人が時刻表を見ている。長崎までの特急の時間を調べているのか?
もう一人が松野早紀の腕を抑えている。早紀は顔を強張らせている。
アキラは小走りに二人に近づくと電光石火の如く早紀の手を取っている男の腹に強烈なパンチを浴びせた。
駅には二十人ばかりの人が居た。
余り見せたくない光景だ。アキラ男を殴っておいてこう言った。
「オイッ大丈夫か!」と酔っている友人を快方しているように見せかけた。

意識が朦朧としている男を構内の隅に寝かせた。周囲の人は気分が悪いのかと思うだろう。
もう一人は時刻表に気をとられていて気がつかない。
アキラは素早く後ろに忍び寄った。すかさずアキラの得意技が飛び出す。
頭を取って自分の方に引き寄せ頭突きを喰らわせた。
男は声を発する事も出来ずアキラの前に崩れ落ちた。この間数秒の出来事だった。
早紀は何が起きたのかと後ろを振り返った。そこには大男が不敵な笑みを浮かべ手招きしている。
アキラと早紀は脱兎のごとく走り出して停めてある車に辿り着いた。
周囲の人は唖然として倒れている男達とアキラ達を見比べた。
まさにアキラの超が付く早業救出劇である。

「ゴメン遅くなりました。松野さん怪我はなかったですか」
早紀はあまりにも突然の救出に声もでなかった。
「いや昨夜はちょっと気分を変えて飲みに行ったら松野さんが居ないんでね」
早紀はヤクザの亭主の舎弟に捕まった以上、もう無理だと諦めていた。
またあの夫の監視の下で玩具のような扱いを受けた生活に戻るのだと。
「ほっ本当に何度も助けてもらって……でもどうして分ったの」
アキラは困った。どうしてと言われても信じてもらえる訳がない
まさか占い師に占って貰ったなんて、しかも電話でだ。
「まぁそれは勘ですよ。ただの勘ハッハハハでも巧くいって良かったです」
車は花園から嵐山を左に曲がって川添えに走る西京極から国道一号線へと向ってホテルに立ち寄り荷持ちを受け取り、其処から三十分ほど走り高速道路に乗った。
もうすぐ大阪に入る。またまた渋滞にはまったが、なんとか大阪から神戸に入って来た。まさか奴らは此処まで来ないだろうと思ったが、あの執念深さは侮れない。彼等も組長の女を逃した。なんて事になったら手ぶらで帰れないだろう。
多分それほど怖い組長かもしれない。早紀でさえ怯えているくらいだから。
車は淡路島に入った。あの阪神大地震で多くの人が犠牲になった。
もう十年以上が経つのに今も当時の凄さを物語る爪あとが残されている。
高台の原っぱには地震の亀裂が所々に見られる。
淡路島は東京二十三区かシンガポールの面積とほぼ同じである。
その淡路島を一気に抜けると四国の玄関口、鳴門海峡に架かる鳴門大橋。
あの鳴門の渦潮で有名な場所だ。遊覧船が出ているがいつでも渦潮がある訳じゃない潮の流れによって違う。
遊覧船は大人千五百円くらいで乗れるが決して高くはない。
それほどに見る価値があると言う事だ。
アキラと早紀は船には乗らなかったが渦潮が見える高台の公園で車を降りて休憩を取った。観光地らしく沢山の店がある。

鳴門と言えば数年前の二月二十日に第百二十三回ロトシックスで一等三本のうち二本が鳴門市内の同じ窓口で出た。
その金額が一本二億四千五百万円も出たそうだ。
もし同じ人なら役五億円近い金額になる。あぁ羨ましいかぎりだ。
「何度か私ここに来たけど此処は壮大で大好きよ」
久し振りに早紀は海峡を眺めて気分が落ち着いたのかアキラに語りかけた。
「さあて出発しようか、早く行って友達に逢ったら安心するでしょう」
アキラは少しだけの休憩だったが、モタモタしていたら何が起きるか。
いくらアキラでも、そうそう揉め事ばかり起していられない。
車を高速道路に乗せて走り出した。高知まで時間にして二時間三十分で着く予定だ。上板、土成、阿波、脇町、美馬、三好~そして、はりまやをアキラはノンストップで走った。
「早紀さん場所、分りますか?」
「えぇこの先にある競馬場の近くです」
やっとの長旅は早紀の目的地、友人の居る高知に着いた。

浦戸湾の先に名所、桂浜がある。それを見下ろしように坂本竜馬の銅像が高台に建っている。
そこから五分程走って目的地に到着する筈だ。
春野総合運動公園入り口に差し掛かると早紀は「あっここよ」と言った。
「ありがとう山城さん。ちょっと待っていてね。行って来るわ」
早紀は走ってその家に入って行ったが、その家を見たアキラは……
アレッと思わず声が出た。アキラが見たものは?
なんだか立派な看板が玄関にあった。普通の家にしては大き過ぎる。
なんの看板かな? アキラは身を乗り出した。
『竜馬隊』と立派な金文字の看板だった。なるほど坂本竜馬の資料館かな?
やがて十分後、松野早紀と落着いた和服姿の女性が近づいて来た。
その女性が早紀の友人らしいが、年は早紀と同じ三十歳くらいだ。

「ご苦労様です。この度は早紀が大変お世話になりました。どうぞ中に入って旅の疲れを癒してくださいませ」
なかなか女性にしては貫禄が感じられ威圧感さえ漂っていた。
「初めまして山城旭です。松野さんとは縁ありまして一緒に旅をさせて貰いました。急ぎ旅でもないので気にしないで下さい」
アキラは案内された駐車場に車を停めた。
それにしても黒塗りのベンツが数台も置いてある。
相当な家柄なのかも知れないと最初は思ったのだが、資料館でないようだ。
とっ玄関が近づいて来ると、いきなり七~八の男が玄関の両側に整列した。
なっなんだあ~~この連中は? アキラは呆気にとられた。
どうやら其処は、またしても竜馬隊と言うヤクザの組事務所ようだっだ。

 類は友を呼ぶと云うがヤクザの友はヤクザだった。
両側に整列した恰幅のいい男達、どう見てもその筋の人間達だ。
「ご苦労様です」と大きな声で、応援団のように両足を広げて腰を折り曲げ歓迎の儀式を受けて中に入った。
だが、そのヤクザ達より更に威圧感のあるアキラの大きな体格に彼らもきっと驚いている事だろう。
中に通されると応接間と思われる立派な和室があった。
その広さは三十畳もあろうかと思われるほど広く床柱も黒光りしている。
上座にあたる正面には大きな掛け軸に『任侠道』と書かれていた。
大広間を通り過ぎて入った部屋は一転して二十畳ほどの洋室だ。
豪華なソファーとテーブルが置かれてある。
落ち着いたところで松野早紀が話し始めた。
「改めて紹介するわ。私の友人の坂本愛子。彼女とは高校時代からの親友なの見ての通り愛子は私と同業者よ。でも彼女は六代目隊長よ。でも普通のヤクザ組織とは少し違うけど。あとは愛子が説明して私には難しいわ」

「山城さんって本当に大きい方ですねぇ、早紀も安心していられたでしょう。そうねぇ、訳があって父が亡くなってから私が引き継いでいるけどこの『竜馬隊』明治時代から、坂本竜馬の末裔と言われているの。同じ坂本の姓だから、竜馬隊になったかは分らないですが、まぁヤクザと言われてもしょうがない家業ですが表向きはテキヤ家業です。私達は任侠道を大事にしているわ。一般の方に迷惑かけない主義よ。地元にも貢献しているし街の人達にも信頼されて居るから今日まで続いてるのよ」
どうもアキラはヤクザと縁があるのか学生時代からだから、それほど驚く事もないが敵に回さなければ悪くはない人達だ。
むしろ遊び相手としては飽きることがないだろう。

何はともあれアキラの役目は終った。
松野早紀の旦那がこのあと、どんな行動を取るかは知れないが、なんたって坂本竜馬の末裔と言われる竜馬隊だ。問題ないだろう。
きっと早紀を竜馬隊の威信に掛けて守ってくれるだろう。
坂本愛子から名刺と、立派な添え状を貰った。
 その添え状は山城旭なる男は『竜馬隊』の客人であり竜馬隊同様に手厚く、御持て成しを願います。と書かれてあった。つまり何処の地の組に行っても厚い持て成しを受けられる有り難い添え状である。
 だがヤクザでもないアキラが、一宿一飯で世話になる事ないだろう。
 ただ最大の厚い誠意は嬉しかった。
アキラは坂本愛子の丁重な御持て成しを後に竜馬隊を出た。
 かくしてアキラは自由の身となった。アキラも色んな意味で収穫があった。
 旅に出る前のモヤモヤも消え、一路アキラは東京に帰る事決めた。

 アキラは帰る途中含み笑いを浮かべていた。
早紀と出会え振り回されヤクザとの格闘、飲み屋で喧嘩の仲裁など、アキラとしては充分に楽しめた旅だった。
だが三億円当ってから、自分の歯車が狂い始めて来ている。
アキラは働くことへ意欲をなくした訳ではないが、働く理由に疑問を感じていた。
一生懸命に働いても月二十五~三十万、会社にいくら汗水流して貢献してもそれだけの報酬だ。
しかしアキラは運だけで労せず三億円を手に入れた。
地味に暮らせばと仮定して五十年間暮らして行ける。
なら他人(会社)の為に汗水流して働く意味がない。
そんな疑問が頭の中をよぎり、未だに心は燻ぶっている。
結局は高知まで来て多少のトラブルはあったが、求めていた答えが出ない。
アキラは高知から東京まで出ているフェリーに車を乗り入れた。
あとは運転する手間も省け特等室でのんびりと船旅を楽しむ事にした。
船室に荷物を置いてアキラは甲板に出ると風が冷たい。
まもなく十二月が入ろうかと言う季節、空は真っ青に澄み切っていた。
その時アキラの携帯に着信メロディが流れた。
相手の名は携帯の登録者以外の人間からだった。誰だろう?

「ハイ山城です……」 
「あのう……私、浅田美代ですが分りますか」
忘れるはずがない。しかし彼女の好意を無駄にしてしまって、つい今まで申し訳ない気持がモヤモヤとしていたアキラだった。
「あーどっどうもご無沙汰しています。貴女に誤らければと思っていました。つい言えそびれて旅に出てしまって本当にすみません」
「いいえ、それより急にごめんなさい。占い師の真田さんから番号を聞きました。ですから私そんなつもりで電話したんじゃないです。ただ急に退職なさり、何があったのかと心配しておりました。心配事があるなら。もし私で役に立てることがあるなら、あの時のお返しが出来ればと」
 なんと思いやりのある言葉だろうか。アキラにとって、まるで女神の囁きに聞こえるのも無理はない。
「俺。いや僕は今フェリーで東京に向かっています。明日の朝には東京に着く予定です。もしその時にでもお詫びを兼ねて食事などいかがでしょうか」
「あっそうですね。もしお疲れでなければ構いませんですよ」
なんとアキラは躊躇なく美代を食事に誘った。以前のアキラでは考えられないことだ。
あの怪しげな女、松野早紀との珍道中で女性の免疫が出来た為だろうか。
アキラは船で何もする事はないし疲れる事もない。
もし死ぬほど疲れていても、ぜんぜん疲れていませんと答えるだろう。
アキラの陳道中もやっと終幕を迎えた。
予定通りフェリーは早朝、東京に入港した。アキラは自宅の豪華マンションに帰宅した。
さてさて、その旅で得た事は? 松野早紀に振り回された事だけだった。
他には、これからの自分に役立ことは皆無に等しかった。
時間と金の浪費に終わった。母親が聞いたら、さぞかし嘆くだろうよアキラ。
その日の夕方七時に待ち合わせた池袋のレストランに向かった
アキラが案内されて席に着くと間もなく浅田美代が現れた。

アキラは席を立って美代に軽く会釈して彼女に椅子を勧めた。
周りの客がアキラに視線を送る。やはり百九十八センチは目立つのか?
体重が百五キロなら、かなり太っていると思われるが、そこは二メートル近い長身。以外とスマートで筋肉で覆われた肉体はガッシリとしいて、威圧感を感じさせる。
最近まで空手道場に通っていたので体重も百五キロになったが身体が締まっていた。
「どうも、お久し振りで浅田さんの好意を無駄にしてしまって申し訳ないです」
「本当に気になさらないで下さい。それより何かあったのかと心配していましたのよ」
それは確かにあった。それも大有りだ。話せば楽になるが。
それを聞いた人は「あー良かったね」で終わらないだろうと思っている。
特にアキラ見たいな文無しには人生を大きく左右する大金であった。
二人が逢うのは三ヶ月ぶりの事だった。
浅田美代は女性には最近見られなくなった控えめな態度で、物事を冷静に見る判断力と知性があり、素晴らしい女性である。
美人と言うよりもキュートで可愛らしい女性であり、まさにアキラの理想的なタイプの女性であった。
「浅田さんも、この若さで無職ではと呆れているでしょうが、ちょっと事情がありまして、本当は話せれば楽になるのですが今は親にも言えない悩みが……まぁ取り敢えず食べるには今の処は心配ないのです。いずれ分るかも知れませんが今はまだ申し上げられない事をお許し下さい」
「そうですか山城さんも色々と事情がおありでしょう。本当は私なんか差し出がましい事なのですが、山城さんが元気でいて下されれば私が特に心配する事もないですよね。お節介でごめんなさい」
そう言って浅田美代は照れくさそうに下を向いた。
なんと奥ゆかしい女性だろう。多分アキラの心の中は熱い恋の炎で煮えたぎっている事だろう。
「とんでもない、お節介だなんて僕の事を気にかけて頂けただけで僕は幸せです。ましてや浅田さんのような綺麗な女性に」
「まぁー山城さんって、お世辞が上手なのですね」
「いや、お世辞なんかじゃありません。本当の事ですから」
ついアキラは弾みで言ってしまったが、それは本心であり美代に惹かれている事には間違いない。

浅田美代と初めて出会ったのは銀行強盗が起きてパニック状態の時だ。
それが最初で浅田美代には、その大きな体で必死に、かばってくれた人は、なんと言おうと自分の身を危険に晒してまで守ってくれた命の恩人である。
千、万の言葉よりも行動で語ってくれた。それは逞しく優しい人だった。
たしかにアキラは優しい、もし心が顔に出るならアキラは間違いなく美男子になるだろう。
アキラは決して、お世辞で言った訳でもないし元々お世辞なんか言える柄でもない。そんなアキラを見抜いた美代は少しハートが熱くなった。
「ありがとうございます。私……なんだか恥かしい。そしてとても嬉しいです」
美代はアキラの言葉を素直に受け止めて、胸に大事に閉まって置きたいと思った。
アキラの夢のようなひと時が、美代との食事の時間であった
アキラと浅田美代は再会を約束してレストランを後にした。
とにかく次も逢う約束した。もう友人と言えるのか?
赤羽のマンションに帰ったアキラは、美代とのひと時の余韻に浸っていた。
その広いリビングのソファーに横になって旅の出来事を思い浮かべてみた。
その旅も松野早紀に振り回されて、なんの収穫にもならないような気がした。
宝くじで大金を得たが為に本来の自分を取り戻せないでいる。
もっとも宝くじが当ってなくても、あの警備員で長い年月と共に年を重ねて行くだけで、将来が明るい人生とは言えないだろうが。

アキラは誰かに相談したかった。こんなにも貧乏人が大金を手にする事は辛いものなのか、いや辛いと言うよりも、この金を有効に使える方法に苦悩しているのである。
他人から見れば、そんなは贅沢な悩みだ。の一言だろう。
旅行に行く前に二千五百万円を使っていた。二週間弱の旅行で百五十万円の浪費。
あまりにも無謀な使いかたであった。
こんな使い方をしていたら数年で使い切ってしまいそうだ。
当選金額の一割近く使った事になる。それもまだ四ヶ月で。
翌日に久し振りに真田小次郎と一緒に飲む事にした。
真田小次郎の要望で、いつもの居酒屋に決まった。
やはり銀座で超一流のホステスに囲まれてドンペリを飲む柄じゃない。
いつものように、気さくに焼酎割りを飲む方が性に合っているらしい。
長年親しんだ生活レベルを変える事は身体に変調をきたすだろう。
子供の時に育った環境はなかなか抜け出せないもの。
アキラはそれと同じで金の使い方が分らない。やっかいなものだ。
居酒屋で待ち合わせ先に入っていたアキラは、そんな物思いにふけっている時、真田が居酒屋に入って来た。
「よう~とっちぁん久し振り! いやいや先日驚いたよ。よっ日本一のいや世界一の占い師」
「やっと俺の凄さが分かったか。久し振りじゃのう。相変わらずデカイのう」
「何を言ってんだ。身長が変る訳ないだろう。どうせ言うなら一段と男前になったなぁと言って貰いたいもんだぜ」
二人は相変わらず冗談で再会が始まった。
親子ほども年が違う二人だが呼吸が良く合う。
アキラはビールを、真田は焼酎の梅割りでグラスをカチンと合わせた。

「しかし驚いたなぁ、とっつぁんの占いにはピタリと当てるんだもの」
「だろう。こんな占い師、世界中探しても居ないぜ。正直、俺も驚いているけどな。ハッハハ」
「それってどう言う意味だい。あれはやっぱり、まぐれか」
「ヘッヘッヘどう思う? あのなぁそれ以上は聞くなよ」
どうやら予想通り、まぐれらしい。
アキラは結局まぐれでも助かった訳で、真田に花を持たせる事にした。
「そうだ。あの彼女から電話がいったか」
「あっあ~帰りの船に乗っている時に、ヘヘッまぁとっつぁん飲めや」
「そうか、今時珍しいくらい、しっかりした子よなぁアキラと丁度いい組み合わせだと俺は思っているいけどなぁ」
真田の言葉は、息子に彼女が出来たような言い方だった。
決して、面白半分にアキラをからかって居る訳ではないようだ。
アキラもその真田の優しさが嬉しかった。
 旅に出て何か変わったか考えても収穫は何ひとつなかったように思える。
 無駄な時間と浪費に終ったのか? ただあの時お袋に疑われ絶望し旅に出た。
 あのまま我慢してマンションに閉じこもっていたら気が触れたかも知れない。
 アキラは仕方がなかったと思っているが、まだ後の事ではあるがアキラには大きな転機を迎える切っ掛けになっていたのである。
 そして今日もまた予定のない朝を迎えた。
 今日は何曜日かさえ分からない日々を送っている。
 その時、アキラの携帯から着信のメロディが流れた。

 なんと先日逢ったばかりの美代ちゃんからだ。
 アキラの目が輝いた。
 「はっはい山城です」
 「先日はご馳走様でした。今度の土曜日か日曜日お時間ありますか」
 「もっ勿論です。時間はタップリとあります」
 その声を聞いた美代は苦笑気味にクスッし笑った。
 「もし宜しかったら何処か、お出かけしませんか」
 アキラは天にも登る思いだった。憧れの美代ちゃんから誘って来たのだ。
 そう云えば誘うのはいつも浅田美代の方だった。
 アキラから一度も誘った事はない。いや誘いたいのは山々だったが、アキラには余りにも高嶺の花と思い込んでいたのだ。
 たからアキラは女心には疎いのであろう。
 アキラいい加減に 美代ちゃんの心に気付けよ。

 「えっ本当ですか? 僕みたいな男でいいんですか」
 「何を仰います。山城さんと一緒だから楽しいじゃありませんか」
 「ありがとう御座います。こんな嬉しい誘いはありません」
 大袈裟なアキラの言葉にまた美代はクスッと苦笑する。
 「良かったです。では土曜日はいかがでしょうか」
 「分かりました。それで何処か行きたい所はありますか」
 「そうですねぇ、いつもお食事してお別れしているので海が見たいです」
 「海となると千葉か湘南、鎌倉、遠い所で鹿島灘ですかね」
 「そうですね。鎌倉ではいかがでしょう」
 「鎌倉いいですね。では鎌倉にしましょう。待ち合わせ場所は何処にしますか」
 「私、世田谷ですが山城さんは何処にお住まいですか。方向が違うと遠回りさせると申し訳ないですし」
 「僕は赤羽です。鎌倉に行くには通り道ですから浅田さんの、お近くまで行きますよ」
 「ありがとう御座います。では東急世田谷線の世田谷駅前に十時で宜しいですか」

 美代ちゃんから突然の誘いでアキラは天にも登るような気分だった。
 翌日、世田谷駅にアキラは真っ白な車体の愛車トヨタランドクルーザーで出掛けた。デートに使う車としては似合わないが仕方がない。どちらかと云うと悪路や山道を走る時はその力を発揮するもので女性を乗せるには向かない。
これは長距離旅行を想定して買ったもので、車高がやや高いので見通しは良い。
この車に更に二十四ボルトから家庭用に百ボルトの電気に返還し、携帯電話の充電や小物の電気用品が使える。
当時の価格は四百万から六百三十万円まであり勿論アキラは最高級車を使用している。

三ヶ月前に買ったばかりで、いきなり高知まで行ったが、まだ走行距離三千キロと新車特有の匂いがプンプンする。
 今朝は七時に起きて洗車し、車内も磨きに磨きあげた。
 予定時間の十分に環七通りを左折して間もなく世田谷駅に到着した。
 てっきり改札口から美代が現れると思ったら、駅近くの路上から歩いて来た。
 その時、美代は黒塗りの高級外車の運転手に手を振るような仕草をしたように見えた。アキラは怪訝に思ったが、勘違いかも知れない。
 アキラは白のランドクーザーで行くと伝えてあったので美代はそれに気付いたらしく小走りで歩み寄って来た。
 それに気付いたアキラは車から降りて「おはよう御座います」と挨拶した。
 「おはよう御座います。今日は宜しくお願いします」
 今日の美代は今まで見た事がないカジュアルなスタイルで下はリラックスパンツに上は淡いブルーのシャツに同色のカーデガンを羽織っていた。
 相変わらずの美しさにアキラは思わず小さな溜め息をつく。
「こんな車で申し訳ありません。乗用車と違って乗り心地は良くないですが」
「いいえ、でも車高が高くて良く前が見えます。助手席に乗るのも初めてで、なんだかワクワクします」
「そんなものです? それでは車の免許はお持ちじゃないのですか」
「ハイ今時としては珍しいですよね。取りたくても父が危ないからと許してくれないです」
「それだけ貴方を大事にしているからでしょう」
「言い換えれば過保護かも知れませんけど。鎌倉も久し振りですが海を見るのは久し振りです。楽しみです。今日は改めて宜しくお願いします」
 「こちらこそ。僕も鎌倉は久し振りで、と云うよりも小学生のとき以来ですよ」
 「あら、私もです。ではお互いに親と行ったのでしょうかね。私も家族で来たきりで、何処に何があるか記憶にはないですのよ」
 アキラも記憶は薄れがちだが、あの時は父も母も仲が良く楽しいひと時だった記憶は残っている。いま振り返ると一番幸せな時だったかも知れない。
 今は父が家族を捨てて未だ行方知れず。自分も大学を中退せざるを得ない状況に追い込まれアルバイを続けながら、なんとか就職出来たのも束の間、不景気風に見舞われ、クビ同然に追いだされたのだ。
 「山城さん? どうかなさったの」
 「ああ、いいえ家族と来た時の記憶を思い出していたのですが、殆どおぼろげで、思いだせないですよ」
 「無理もありませわ、私も小学二年生くらいでしょうか、大きな大仏を見て凄いなぁと思った事くらいです」
 「せっかくですから、取り敢えず由比ガ浜の方に行きましょうか」

季節は師走に入り寒さも厳しい季節となるが、それで海を訪れる人が多い。
 その代表的な遊びはサーフィンを楽しむ者達だ。彼らには寒さは無縁のようだ。
 由比ガ浜より少し先の片瀬海岸ではサーフィンスクールがあり二万円前後で一通り指導してくれるそうだ。
 やがて海岸近くの駐車場に車を停めて由比ガ浜の海岸へ下りて行った。
 「わあ、やっぱり海は気持ちがいいわね」
 「本当ですね。決して綺麗な海ではないけど都会のより視界が広くて爽快ですね」
 二人は砂浜を歩いた。時折り大きな波が打ち上げて来る。
 その都度、美代はキャアキャアとはしゃぐ。まるで子供のように、あの知的な美代が童心に返ったように波打ち際で戯れている。
 ついには靴を脱いで走り出した。アキラはどう対応して良いか分からない。
この冷たい砂浜を裸足で走ると驚きだ。
 自分も一緒になってはしゃぐべきなのか、しかしこの身体、そんな事をやったら誰もが白けてしまいそうだ。
 「ねえ山城さん、靴を脱いで。海水はそんなに冷たくなく気持ちいいですよ」
 そう言われればもはや「僕は遠慮します」なんて事は言えない。
 美代ちゃんが喜んでくれるならそれでもいい。
道化役者でもなんでもやってやろうではないかとアキラも靴を脱いだ。
確かに海水は思ったほど冷たくはなく砂浜を走り体が温まったせいか寒くない。
美代の側に駆け寄って行くと美代はアキラに海水を手で救って掛けた。
美代は完全に童心になりきっている。

アキラも「ああ~やったなぁ」と遠慮がち美代に海水をかけた。
すると負けずと美代もかけてくる。
もうアキラも我を忘れてはしゃぎ始める。
何も気取ることはない。アキラはまだ若い青春まった中なのだ。
美代の年齢は聞いていないし、聞くのも失礼だがアキラよりは一才か二年下ではないかと思われる。つまり二十四才前後であろうか。
アキラは女性というものが益々分からなくなった。
これまで美代と知り合ってから、初めて見せた美代の無邪気に走り回る姿。
銀行員という事もあり知性的で、まったく隙のない感じだった。
普段の彼女は多分そうであろう。ましてや男の人を誘うなんて事は考えられず逆に誘われても断わったであろう。
周りの男どもには高嶺の花であったに違いない。
いくらアキラが恩人としても、大会社の警備会社社長に会いに行き、山城さんを辞めさせないで下さいと、アキラに非はないと訴える為に出向いたのだ。
その行動力と勇気はただ者ではないような気する彼女だ。
それが今、子供のように砂浜を走り回っている。
すべてを曝け出す美代の姿にアキラは愛おしく、夢の世界なら覚めないで欲しいと願うばかりであった。

アキラは夢のような世界を彷徨っている。
でも現実であり、海の匂いも波の音も子供のようにはしゃぎ廻る美代の声も聞こえる。
『なんて幸せなのだろう。これが恋と言うものなのか。これで彼女を失ったらショックで自殺したくなる。失恋した人の心境が今なら分かるなぁ』
妄想にふけっているアキラの頭に突如海水を浴びせられた。
「もう山城さんたっら、なにを考えているのですかぁ」
美代に見惚れていたアキラは現実に引き戻された。
「あ、いいえいいえ楽しいなぁと思って……」
「本当ですかぁ? ごめんなさい調子に乗って、お洋服少し濡れましたね」
「いいえ、こんなのすぐ乾きますから。それより浅田さんは濡れていませんか」
「大丈夫ですよ。だって山城さん遠慮してほとんど濡れていませんよ」
そんな他愛もない時間が過ぎて行った。
美代は時計を見た。
「あら、もうこんな時間。何処かでお食事しませんか」
「そうですね。でも浅田さんが気に入るような店があるかどうか」
「あの、私、知っているお店がありますが、いかがでしょう」
「そうなんですか、でも鎌倉は小学生以来と仰っていましたが、良くご存知で」
「ええ、実は友人の親がオーナーのお店です。友人がそれならと電話を入れてくれと置くと言っていました」
「そうですか、それなら是非そのお店に行きましょう」
なんと段取りが行き届いている。先ほどの無邪気な彼女からいつもの美代に戻っていた。

店の住所をカーナビにセットして、その店に向った。
フランス料理専門店であるが、昼はバイキング方式で好きな物が選べて好きなだけ食べられる。アキラにとっても願ってない店であった。
残念ながら車を運転しなければならないのでアルコールは飲めない。
美代が店に入ると、シェフなのだろか深々と美代に頭を下げている。
「いらっしゃいませ。お話はオーナーのお嬢様から伺っております。どうぞ窓際の席を用意して御座います」
「ありがとう。彼女にも宜しくお伝えください」
「はい、浅田様のお父様には時々ご利用頂いております。お蔭様で店の宣伝までさせて頂き本当に感謝しております」
美代はそれには応えず、何故かアキラを気にしているように見えた。
果たして美代の父とはいったい何者だろうか。
「さあ、山城さん」
そう言って美代は先に歩き出した。
何故か美代の仕草、言葉使いといえ、ただの銀行員とは思えない。
格式の高い家で育った上流階級の人に思えてならない。
アキラはそう思ったが、そんな事を詮索してはならない。誰でも秘密にしたい事がある。自分もそうであるように、そして深入りしてはならない。
何か警告が心の中に芽生えていたアキラだった。

二人は海の見える窓辺の席に案内された。
ともあれ二人は好みの食べ物を皿に盛り、ワインの代わりにフルーツジュースを入れたグラスを軽く合わせた。
「今日は私の我が侭に、お付き合い戴きましてありがとうご御座いました。こんな事を言うのも恥ずかしいですが、私、山城さんと居ると心が休まるし自分を曝け出せるの、そういう気持ちにさせてくれるのも山城さんの魅力ね」
これはどう解釈すれば良いのか、アキラはどう返事をすれば良いのか困った。


自分を曝け出すと言った美代。女性とあまり話した事のないアキラは男してこれ以上、嬉しい言葉はない。いくら女性に疎いアキラでも分かる。
こんな俺に? 相手を間違えているではないかと思うが、誘うのはいつも美代の方から、アキラだって誘いたいが、やはり自分に自信がないのが分かっているから誘えない。
普通の女性なら俺なんかの側に寄って来ないと思い込んでいた。
美代も、あんな事件に合わなかったらアキラを知る事もなかっただろう。
だが美代は外見だけで人を判断しなかった。
それは、あの警備会社の社長室でアキラの態度と言葉で分かった。

あの相田社長が自ら雇ったと聞いた。それはつまり社長が認めた証。
アキラは人を惹きつける何か持っていた事になる。
美代もアキラと数回の食事で感じていた。
最近の若い者に多いチャラチャラした所は見られない。
なんとか自分をアピールして女性に売り込もうなんて事もしない。
アキラは美男子でもないし、お世辞も言えないが何か違うものがある。
アキラは気付いていないが、人を惹きつける魅力を美代は感じとっていた。
とにかく女性に対しては真面目過ぎる。そんな初心な所が気に入っている。
先ほどの返事にアキラは応えていない。どう切り出せば良いのか分からない。
だから美代が曝け出すなら自分も本音を言おうと思った。

「あの~男としてどう応えれば良いのか感動で胸が詰まっています。僕は女性と付き合った事もなく、貴女が目の前にいるだけで天にも登るような気分です。勿論、愛を口にする自体おこがましく、そんな資格が自分のあるのかと思ってしまいます。でも許されなら一言、言わせて下さい。今は幸せです」
「資格なんて、そんな事を言わないで下さい。それより私の方が困らせる事を言ってしまいしまた」
「そんな事はありません。嬉しくて言葉に出来ないだけです。僕から見た浅田さんは綺麗で優しく気遣いもしてくれて全てが魅力的です。嫌われるのを覚悟で言わせて下さい。宜しかったらこれからも付き合って下さい」
「ありがとうございます……素直に嬉しく思います。私の方こそ宜しくお願いします」

現代の若者には考えられない初心な会話であった。
結局二人からは、好きとか愛しているという言葉は出て来なかった。
でもそれ以上に深い愛の告白ではないだろうか。
帰りの車の中での会話は少なかった。でも二人共それで充分だった。
あのレストランで、遠まわしながら愛の告白をしたのだから、今日はそれを壊したくない。大事に胸に閉まって置きたい気分なのだ。
 夕暮れ時、美代を世田谷駅前で降ろし次の約束を取り付け別れた。
しかし美代は月曜日から金曜日まで仕事である。いつも逢えるわけもない。

相変わらず暇な山城旭、無職成金、暇人間は今日の予定もある筈もなく、自分の借りている貸し金庫のある銀行に出かけた。
そこには重要な書類や貯金通帳、印鑑を保管してあった。
なんと言っても、まだ二億七千万円の高額預金者である。
 無職暇人間が、その銀行に訪れて貸し金庫を開ける手続きをしていた。
 金庫から取り出した通帳の残高を見る。間違いなく定期と普通預金合わせて二億七千万円ある。アキラには至福のひと時である。
ついでに百万円ばかりの現金を引き出した。特にこれと言って使う予定がある訳でもなく。もはやアキラは金の価値観が麻痺されかけていた。
突然大金が転がり込んだアキラは完全に自分を見失ってコントロール出来ない状態にある。
 辛うじて暴走しないのは占い師の真田と浅田美代の存在があるからだ。
 今は美代とは淡い恋にも満たない状態だが、恋は確実に芽生えている。
 恋の蕾はやがて花が咲く事だろうか。
 今年は色々とあった。良い事、悪い事、大金は手に入れたが、また無職に戻り今年が終ろうとしている。このままで良い訳がない。無職で先の見えない自分はいずれ美代に嫌われに決まっている。来年こそ、そう願うアキラであった。

アキラ旅に出る 終り

宝くじに当った男 第2章

次回第3章は
熱海旅館奮戦記です。

宝くじに当った男 第2章

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-24

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