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6月16日(日)
響き渡る警報と共に、飛空艇内は激しい揺れに襲われていた。
とうとう来たらしい。
きちんとこの手帳に記すのも、これが最後になるかもしれない。
写真立てから、イデアの写真を外し、手帳に挟んだ……。
甲板で繰り広げられていた情景を目にした俺は、一瞬何が起こっていたのかよく理解できなかった。
だが、ただ一つ言えるのは、俺は何もできなかったという事実。
最愛の人を守ることができなったという後悔の念。
そして、何故俺には彼女を守るだけの力がなかったのだろうかと、
己の無力さを、ただ呪うことしかできなかった。
chapter:1
「……アナゼル君……アナゼル君っ!」
「――え。あっ、はい!」
彼はそう言って席を立ち上がり、黒板に描かれている数式の問題と、鬼のような形相をした教師マヌマットを交互に見た。机に突っ伏して寝ていたせいか、かけていた黒縁眼鏡が若干ズレ落ちている。
そんな彼の様子を見てからか、周囲からはクスクスと笑い声が広がりはじめた。
「……もうよい、席に座りたまえ。最近授業中の居眠りが目立つようだが、暗黒騎士のアビリティ習得ばかりにこだわらず、ありとあらゆるジョブに関する知識を取得しなければ立派な大人には……」
アナゼルはマヌマットのご高説を全て聞くことなく席に着いた。
隣に座っていた金髪の少女がアナゼルに話しかける。頭につけている大きなリボンが特徴的だ。
「ちょっと、あれほど起こしてあげたのに無視して寝てるからこんなことになるの!」
「すまないイデア。これからは注意するよ」
アナゼルはそう言って、眠い目をこすりながら黒板に書かれている数式をノートに写し始めた。
「まぁ眠くなる気持ちもわかるけどねー。時魔道士の授業ってほんと、ちんぷんかんぷんだもんね。そもそもあのタイムリープのアビリティなんてどういう理論で成り立っているのか何度説明を聞いてもわかんないし」
フロウエル出身のアナゼル・ディーと、エタルニア出身のイデア・リーは、ノルエンデ高原にある『ルクセンダルク公立学園』という学校施設に入学していた。
二人は幼馴染の関係で、これまではエタルニアの街で過ごしていたが、聖騎士ブレイブの指示により学園に入ることになった。
この公立学園は、主にジョブの習得と職能技術者の育成を目的としており、ユルヤナの老師とレスター卿によって作られた。卒業者にはアスタリスクが付与され、各諸国を収める次代のリーダーとしての活躍を期待されている。
時魔道士に関する講義が終わり、休憩時間になったところで、アナゼルとイデアのそれぞれ後ろの席に座っていた二人が会話に入ってきた。
「アナゼル、災難だったね。まーでも正直僕もアナゼルの後ろで寝てたんだけどね」
「わ、私だってティズのこと、起こそうとしていたんですよ? でも、なんか先にアナゼル君が先生に注意されてしまって」
「アニエスー言ってることよく分かんないよー。それにいい加減アナゼルって呼び捨てで呼んだらいいのに」
「え、だってそういうのって……」
「気にしすぎだアニエス。俺たちは共に学び舎で過ごす仲間じゃないか」
「……アナゼル君がそういうなら……」
「だめだこりゃ」
後から会話に入ってきた二人は、ノルエンデ村出身のティズ・オーリアと、ラクリーカ出身のアニエス・オブリージュだ。
ティズは学園の近くに家があるため通学しているが、アニエスとイデアとアナゼルは、学園敷地内にある寮で生活している。
「まーでも最近アナゼル頑張ってるもんね。夜遅くまでノルエンデ渓谷のモンスターと戦ってるんでしょ?」
イデアか妙に輝かしい目をしてアナゼルに言った。
「ああ、実践を兼ねて暗黒騎士のアビリティをいろいろ試しているんだ」
「ええ!もうモンスターとの戦いでアビリティを使ってるの? 凄いなーアナゼルは。僕なんてとてもそんな自信はないよ」
ティズが驚きの表情を浮かべ、アナゼルを尊敬の眼差しで見つめている。
「ダメですよティズまでそんなことをしては。怪我でもしたらどうするんですか!」
アニエスは一人でオロオロしていた。
「何言ってるのよアニエスったら。そんな時に傷を治してあげるために、あんな一生懸命に白魔法の勉強をしているんじゃなかったっけ?」
イデアがニヤニヤしながらアニエスを横目に言った。
「ちょ、ちょっともうイデアったら、からかうのはやめてくださいっ!」
アニエスが顔を真っ赤にしているが、その理由に一番気づくべき相手は、残念なことにアナゼルの話に興味津々だった。それがアニエスにとって幸いだったのか不幸だったのか、複雑なところではある。
「暗黒騎士のアビリティって使いどころが難しいと思うんだけど、アナゼルはどうやって工夫してるの?」
「そうだな、暗黒剣技である暗黒や漆黒といったアビリティは、必ず自分の体力を大きく消耗する。だからその逆手をとって、サガク剣といった自分の最大体力との差分で一気にモンスターを畳み掛ける戦法をとるのが一般的なんだ」
「なるほど……たしかにそれなら、サガク剣で相手に与えるダメージが大きくなるもんね」
ティズがえらく感心している様子だ。
「でも毎回思うんだけど、暗黒騎士ってほんと命削ってるよね。そんな戦い方してたら身体がいくつあっても持たないんじゃない?」
「……そうだな。だが痛みは暗黒騎士にとって最も大きな力に変わる。でもそれだけじゃ真の暗黒騎士にはなれない。自分の心の中にある闇を利用できるだけの強靭な精神力。俺はそれを身につけたいと思っているんだ」
「ほんっと、アナゼルは真面目だよね! ま、まぁそういうところ嫌いじゃないんだけど」
何故か言葉の最後のあたりは声が小さくなっていっていたイデアであった。
「でも連戦とかになると体力が少なくなって危険性が増すのは確かだよね。やっぱり定期的に体力を回復させないと」
ティズがもっともなことを言った。
「そう……だな。自動フェニックスなどがあると便利かもしれないな」
「そ、それ一回死んでるからね」
ティズがアハハ……と渇いた笑いをこぼし始めた。
「それならイデアが傍で回復してあげたらいいのでは?」
おそらく、それが最も一番まともで、誰もが思いつくアドバイスだったに違いない。しかし、この場にいるメンバーの中で、それが禁句であることを、アナゼルもティズもよく知っていた。もちろん、アニエスも知っていたはずだった。それでも、つい言ってしまうのはアニエスの悪い癖の一つでもあった。
「え、回復って白魔法でしょ? ムリムリ、あたしにはとうてい使えないよー。あたしは幼い頃から師匠に剣技を教わったから剣の扱いには自信があるけど、魔法なんてぜんぜん理解できないし。その中でも白魔法は一番苦手だもん」
「それじゃあイデアはどんな戦い方が一番ベストだと思う?」
恐る恐るティズがイデアに聞いてみた。
「そりゃーもちろん、フルブレイブからの4回連続踏み込む! これで決まりでしょ!」
その後、三人のため息が教室中に広がったのは言うまでもない。
chapter:2
その日の講義は全て終了し、それぞれ帰り支度を済ませて帰路についた。
ティズだけが通学しているため、寮まではアナゼルとイデアとアニエスの三人が一緒だった。
「アナゼルは今日も渓谷へ行くの?」
「ああ、そのつもりだよ」
「そ、そうなんだ」
イデアは節目がちな目をしてうつむきながら歩いている。
「ん、何かあったのかイデア?」
「んーん、なんでもないよ。気を付けないよ。後なるべく早めに切り上げて、今日は早めに寝なきゃダメなんだから。明日また講義中に居眠りしちゃうよ?」
「わかってる。それじゃ、また明日」
アナゼルはそう言い残して、男子寮のほうへと歩いていった。
心配そうな目をしてアナゼルを見ているイデアの姿をみて、アニエスは何かを決心したかのように口を開いた。
「い、イデア。よかったら私が白魔法を教えましょうか?」
「え? な、なんでそうなるのよ」
「だって、本当は何か彼の助けになりたいって思っているのですよね?」
「ちょ、ええー!」
イデアは驚きを隠せない様子だった。
「彼と一緒に渓谷に行ったら、自分がどんどんモンスターを撃退してしまうから、一緒に行っても迷惑をかけてしまうと思っているのでしょう?」
「あ、アニエスって意外とそういうことハッキリ言うのね……てっきりそういうのには疎いのかと思ってたのに」
「そういうのって何ですか?」
「なんでもないですごめんなさい」
「では早速私の部屋にいきましょうか」
アニエスはイデアがようやく素直になったのだと思い、今後アニエスが毎日イデアに白魔法を教えることになった。
「むぐぐーただでさえ学園の講義で十分苦行なのにぃぃ」
「いい加減素直になりなさい!」
「アニエスには言われたく無いー」
*
その日の夜――ノルエンデ渓谷ではアナゼルが暗黒剣を片手にモンスターと対峙していた。
「来い。そう、もう少しだけ引きつけて……今だ! 漆黒!」
闇属性の衝撃が、周囲のモンスターを粉砕した。その最中、アナゼルはすかさずモンスターの群れへと駆け出す。
「サガク剣!」
先ほどの漆黒の攻撃で生き残ったモンスター達に、次々とサガク剣で一層していった。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
長く深い呼吸を繰り返しながら、アナゼルは額に汗を浮かべている。
その時、岩陰に隠れていたボウゴブリンが、アナゼルに向けて弓を引いていた。
そのことにアナゼルは全く気づいていない。
ボウゴブリンが矢を放ったときには既に遅く、アナゼルには矢を振り払うだけの体力が残されていないようだった。
矢尻がアナゼルの肉体に突き刺さろうとしたその瞬間、どこからともなくナイフが飛んできて、矢は軌道をそらされ、地面に突き刺さった。
ボウゴブリンはいつの間に逃げ出したのか、既に姿はなかった。
「誰だ!」
アナゼルが言い放った。その言葉は誰もいないはずの渓谷に響き渡る。
「……闇雲に暗黒剣技を振るうだけでは、真の暗黒騎士にはなれない」
どこからともなく声が聞こえてきた。
「何者だ! 出てこい!」
アナゼルは周囲を見回すが、一向に相手の姿を確認できない。
「体力を奪われるだけでなく、やがてその闇は己の精神をも喰らいはじめる」
「うう……」
「何のために暗黒騎士を極めようとしているのか、そのことを決して忘れるな」
そう言い残し、声の持ち主の気配はその場から消え去った。
「ううう……」
アナゼルは困惑していた。
自分は何のために暗黒騎士を極めようとしているのか。
その問いに、アナゼルはすぐに答えることができなかった。
その事実に、彼はショックを受けていたのだった。
chapter:3
翌日の朝。教室ではある話題でもちきりだった。
「ねえねえ聞いた? なんか今日、うちのクラスに転校生がくるらしいよ!」
「えーそれ本当なの? ぜんぜん聞かされてなかったよね!」
ちょうど女子達の噂話を耳にしていたイデアとアニエスであったが、二人ともそれどころではなさそうだった。
「あれ、今日は二人共ずいぶんと辛そうだね。昨晩何かあったの?」
何も知らないティズが二人に対してそう言った。
「え、ええ。ちょっとした予習・復習を……ね」
「そ、そうなのです! 二人でずっと勉強をしていたのですよ」
「え、二人で寮に帰ってから勉強って……そ、そうなんだ」
ティズはとても信じられないといった表情をしていた。
「アナゼルおはようー昨日はちゃんと寝たの?」
イデアがとても眠そうな声で、先に席に着いていたアナゼルに言った。
「あ、ああ。というかそういうイデアこそちゃんと寝たのか?……いや、聞くまでもなかったか」
「うるさいなーまったく誰のせいだと思って……」
「何か言ったか?」
「なんでもないですよーだ!」
イデアはそう言って、アナゼルがかけている眼鏡を素早く奪った。
「あ、ちょ、イデア何をするんだ!」
「返して欲しかったらあたしから奪い取ってみなさいよー」
二人がイチャイチャ……もとい、騒がしくしているところで、担任教師であるホーリー・ホワイトが入ってきた。
「はいはい、そこの仲良し二人組は大人しくしてな! 転校生を連れてきたから挨拶させるよー」
突拍子もなくホーリーが言うと、続けて転校生が教室に入ってきた。
その瞬間、さきほどまでざわついていた教室が一気に静かになった。
皆、その転校生の顔を、じーっと見つめていた。
「フ。女子の眼差しが一斉に俺に向いているな。まぁ、当然と言えば当然、か。なにせこの美貌なのだからな。君たちがずっと俺のことを見つめていたい気持ちはわかるが、まずは自己紹介させてもらおうか」
「……え?」
さすがのイデアも、アナゼルから奪った眼鏡を両手に持ったまま、固まってしまっている。そして何度も転校生の顔とアナゼルの顔を見比べていた。
アナゼルが眼鏡をしていない所為で、余計にその疑惑が教室中に広がってしまったのだ。
「俺の名前はリングアベル。今日からこの学園に入ることになった。よろしくな!」
彼はそう言って、すかさずイデアの前まできた。
「え、え?」
イデアは思わずアナゼルから奪った眼鏡を自分につけてしまっていた。
それを見たアナゼルはちょっと可愛いな、と思っていたが、それよりも今まさにこっちに近づいてきているリングアベルの事がずっとひっかかっていた。
なぜなら、リングアベルの顔がアナゼルの顔と瓜二つだからだ。
「眼鏡をかけても全然違和感がないな。素晴らしい。やはり素材が違うと何を身につけても美しいのだな」
リングアベルはそう言って、イデアの隣の席に座った。たまたま空いていたのだろう。
ちなみにどういう状態になっているかというと、アナゼルとリングアベルの間に、イデアが座る席があるという配置になっている。
「あーみんな混乱しているようだからあたしから説明するよー。リングアベルはそこにいるアナゼルと双子の兄弟なんだとさ。まー顔がまったく一緒だから色々と面倒だろうけど、中身がまったく違うから間違えるようなことはないでしょ」
と、ホーリーは適当に説明した。
「双子の兄弟……だと? そんなバカな。俺はそんなこと全く知らな――」
「はいはいーそこまで。細かいことは気にしない。俺もお前も、孤児だったのだから、それぞれ引き離されて、お前は聖騎士ブレイブ・リー殿の家に引き取られ、俺はまったく別の家に引き取られた。んで、今日に至る、と。ただそれだけの話だ」
「そ、そう……なのか?」
確かにアナゼルは孤児だった頃の記憶は曖昧で、正直よく覚えていなかった。
こうして、同じ顔のクラスメイトに挟まれる形でイデアが座っているという、とても奇妙な状態で、この日の講義が始まっていった。
アナゼルとリングアベルは顔こそまったく同じだが、クラスの皆がそれぞれに対して接している内に、この二人は大きく異なる部分があることが見事に露になってしまった。
まず、アナゼルは眼鏡をかけていること。これで大抵は間違えられることはない。
服装などの身なりもかなり異なる。
アナゼルは襟元を正し、ネクタイもしっかりと締めている。
対してリングアベルは、ネクタイは緩みっぱなしで、シャツもズボンから出していることが多かった。
口を開けばアナゼルは真面目で誠実な態度なのに対し、リングアベルは可愛い女子を見つけては声をかけ、常に女子の傍にいることが多かった。
このように、二人は外面も内面も大きくことなる。
違う意味で本当に双子なの? と疑いたくなるような状態である。
そんな二人の違いが最も明るみとなったのが、フィオーレ・ディローザによる赤魔道士の講義の時である。
「黒魔法が白魔法か。どちらか一つしか使えないなんて、おじさんには我慢できなかったわけ。赤魔道士ならばどっちとも使える。これは言わばおじさんのテクが成せるワザってことなのだよ。君たちにはまだ早かったかな?」
女子生徒のほとんどは、かなり胡散臭そうな目でおじさん……もといフィオーレを見ていた。
「あたし、ぜったいあの赤魔道士のおじさんとは気が合いそうにないわー。白黒はっきりさせられない男なんて、中途半端で優柔不断な感じで、あんまり好きじゃない」
イデアは誰にも聞こえないほどの小さな声で、ぼそぼそとつぶやいていたのだが、となりにいたアナゼルの耳にはしっかりと届いていた。
アナゼルが机の下で、密かにガッツポーズをしていたのは誰にも見られてはいない。
暗黒騎士一筋でブレない姿勢をとっている自分自身に、何か思うところがあったのだろうか。
そんな中、リングアベルだけが過剰な反応を示した。
「て、テクだと!? 先生! テクとはなんですか!?」
その発言と同時に、リングアベルはイデアから勢い良くノートで叩かれていた。
「リングアベルは黙って!」
「……」
後頭部をさすりながらもリングアベルはすんなり黙ってしまった。
「ふむ。リングアベル君はおじさんのテクに興味津々、というわけかな? いいね。まぁ自分で言うのもなんだが、おじさんのテクは極上なんだ! 君になら特別に課外授業(保健体育)で教えてあげてもいいよ」
「ほ、本当ですか先生! 是非お願いします!」
パーンと再びイデアがリングアベルを叩いた音が響いた。
こんな二人の様子が、もはや当たり前のようになりつつあった。
アナゼルとしてはイデアとリングアベルのやり取りを隣で見ているのが、とても面白くない様子だった。
*
昼休みになり、ティズはいつものようにアナゼルを誘って屋上で一緒に食べようと思っていた。
「アナゼル、パン買ってきたから一緒に食べようよ」
「あ、ああ。いいね。行こうか」
「ん? どうかしたの? 何かいつもと様子が違うみたいだけど」
「い、いや。そんなことは無い。それより、今日はなんのパンを買ってきたんだ?」
二人は屋上で座り込み、カレーパンを食べていた。
「そういえばリングアベルって面白いよね。双子って話だけど、そういえばどっちが兄で弟なんだろう」
「ああ、俺が兄なんだ」
「え、アナゼルがリングアベルのお兄さんなの?」
「あーいや違うな。リングアベルが兄……だと思う。いや正直、俺もよく覚えてないんだがな」
「そっかー。まぁ確かにリングアベルのほうがお兄さんっぽいよね。ああやってはっちゃけたりするけど、でもどこか達観している雰囲気もあるというか」
「……」
アナゼルはティズの言葉を聞いて、思わず黙ってしまった。
「僕にもティルっていう弟がいるんだけどね、やんちゃで手がかかる弟なんだ」
へへ、と笑いながら、ティズは嬉しそうにして話している。
「そのわりには楽しそうに話すじゃないか。俺も正直、いまさら兄やら弟やら言われても、よくわからないんだがな。でも、肉親がそばにいるっていうのは、とてもいいことのように思うよ」
「そうだね。僕もティルがそばにいてくれるとなんか嬉しいんだ」
「ティズ。弟のこと、これからも大切にな」
アナゼルは神妙な面持ちでティズのことを見つめながらそう言った。
「え? うん、もちろんだよ!」
ティズは明るい笑顔で笑ったのだった。
「まぁティズは、弟の前にもっと大切にするべき相手が傍にいるよな」
アナゼルのこの発言に、ティズは思わず食べていたパンを吐き出しそうになった。
「な、なんのことだよアナゼル」
「またまた。ティズはわかりやす過ぎだ。女性に対してはそう簡単に心の内をさらけ出してはいけない。タイミングが必要なんだ。ここぞという時にこそ、自分のほとばしる思いを相手に注ぎ込むのさ!」
「よ、よくわからないけど、頑張るよ」
アナゼルは自分の発言に酔いしれているようで、ティズの恋愛事情について深く追求するついもりはなさそうだった。
「そうだ、僕飲み物買ってくるね。アナゼルはコーヒーでよかったよね」
「ああ、エタルニア産のコーヒーで頼む」
ティズは片手で了解の合図を送って、走り去っていった。
「ふう」
彼はため息の後、そっと眼鏡を外した。
「しっかし、眼鏡をかけているだけで、こうも見事にわからなくなるものかね」
先ほどまでティズと話していたのは、アナゼルではなく、眼鏡をかけたリングアベルであった。
眼鏡をかけて黙っていれば、たしかにアナゼルと外見上はほぼ同じだ。
リングアベルは立ち上がり、空を見上げる。
平穏で、平和で、何事もない。どこまでも広がる、ルクセンダルクの空を。
「そりゃまぁ当然、か」
chapter:4
その日の夜――もはや日課となりつつあるほどに、イデアは毎晩アニエスの部屋で白魔法の勉強を習っていた。
「ですからここは術式を構築する工程の中で組み上がる部分で~ここからは~」
アニエスは丁寧に白魔導の基礎理論からイデアに教えていた。
「むぐぐーどうしてこんなにややこしいのよー。魔法ってクリスタルの力でこう、カッ!て感じで杖を振りかざしたらさ、キラーンみたいな感じで発動するもんなんじゃなかったの?」
「……そんな簡単にできるわけがないです」
「そうなんだ……ホーリー先生もかなり大雑把な感じするけど、白魔法の先生なんだもんね」
「人は見かけに寄らないというのは、イデアも同じですよね」
「……ほんと、たまにアニエスが怖いって感じる」
「ええー」
そんな会話を交えながらも、イデアは必死にアニエスのノートを書き写していた。
黒魔道士や白魔道士が使う魔法は、たしかにクリスタルの恩恵を受けて発動しているが、実際に発動させる者の能力にも大きくその効果は左右する。
魔法を発動させるためには人の体内に蓄積されている魔力値を消費するため、マスターの域に達すると、より効率的に、そして魔法の範囲は拡大して発現させることが可能となる。
それらのスキルやアビリティなどは、やはり基礎知識からしっかりと学び、何度も実践を重ねて身につけていくしかない。
イデアが言うように、振りかざせば魔法が発動するといった簡単なものではないのだ。
「そういうアニエスは最近どうなのよ? ティズとは仲良くやってるの?」
「え? イデアったら何を言っているのですか? わ、私はとティズは別にそんな関係では……」
「ほんと、アニエスの反応は分かりやすいわー。それで、二人きりで会ったりとかしてるの?」
イデアの手がすっかり止まってしまっているのだが、アニエスは自分のことで精一杯の状態だった。
「イデアも知っているように、ティズはノルエンデ村で過ごしていますから、学園帰りではなかなか会う時間は少ないですよ。教室では……その、隣の席ですけど、講義中はおしゃべりできないですし……」
「ほんと、可愛いなーアニエスはー」
イデアは肘でアニエスを小突きながら、さっきからニヤニヤしっぱなしである。
ちなみにアニエスのほうがイデアよりも2つ年上なのだが、イデアはエタルニアでたくさんの人との関わりを通じて世間慣れしており、アニエスに対してもすっかりタメ口である。
「や、やめてくださいイデア。こう見えても真剣に悩んでいるんですよ」
対するアニエスはイデアに対しても敬語を使っている。
クリスタルの巫女としての生き方を強いられる、オブリージュの名を冠する者として、彼女は常にクリスタル対して献身的でなければならない。
そのような環境が、彼女の性格を形成している一要因になっているのは事実だろう。
「そうだなーティズは鈍感だからなー。でも分かってるけど、あえて知らないフリをする腹黒さもあると思うのよね……」
「腹黒さって……」
アニエスはちょっとムッとした表情になった。
「だから、アニエスは今より少しだけ、積極的になったほうがいいよー。講義中におしゃべりできないのなら、手紙とかでやり取りするとかさ。あと、ノルエンデ村にあるティズの家にも訪ねたらいいよ! ティズは女子寮には入れないんだからさ。逆にティズが男子寮にいないおかげで、アニエスはティズの家で会うことができるんだから」
「それはさすがに積極的過ぎやしませんか? そんないきなりお家にお邪魔するだなんて、そんな勇気は私にはありません……」
「いちいち固すぎよアニエス! いい加減ティズに対しては心を開いてもいいと思うな」
イデアはぽんぽんとアニエスの肩を叩いて慰めて(?)いた。
「うう……ありがとうイデア」
「そうそう、今日はもう休んだほうがいいよ。ささ、ベッドに入って」
「うん、わかった。おやすみなさい」
イデアに促されるがまま、アニエスはベッドに入り、そのまま眠ってしまった。
その後、イデアはどうしたかというと、いつのまにか帰り支度を済ませてあったので、そそくさと自分の部屋へと帰っていったのだった。
はたして、イデアが白魔法を使えるようになる日は訪れるのだろうか……。
chapter:5
季節は夏になり、学期末の試験が近づいてきていた。
学園では年に3回、講義で得た知識などを試す公の試験が行われることになっている。
その結果は各国の教育機関にも展開されるため、生徒たちはとても手を抜ける状況ではなかった。
担任教師であるホーリーが教室に入ってきた。
「はいはい、夏の学期末試験の内容を説明するよー」
それまでざわついていた教室の中を、一気に緊張感が広がっていく。
「今回の試験は、ノルエンデ高原の北方あたりに最近出没し始めている、新種のモンスター退治を実施してもらうことになったみたいね。色々と試させられることになるから、皆覚悟しておくんだよ!」
またしても大雑把な説明でホーリーの話は終わり、引き続き副担任のオサマールが詳細な説明をし始めた。
今回の試験は、エリア毎に二人一組のチーム分けがされるとのことだった。新種のモンスターということもあり、何があるか分からないため、エリア毎にアスタリスクを所持した先生が配置されるとのことだった。
そして、最後にチーム分けの内容が発表される。
【ルクセンダルク公立学園 第3期生学期末試験チーム分け表】
●アナゼル・ディー : イデア・リー
●ティズ・オーリア : アニエス・オブリージュ
●リングアベル : キキョウ・コノエ
「わぁ、アナゼルと一緒じゃん! 頑張ろうねアナゼル!」
「ああ。よろしくなイデア」
イデアとアナゼルの二人は、緊張感の高まる試験を前にしても楽しそうだった。
「アニエス、僕たちも頑張ろうね」
「え、ええティズ。足を引っ張らないように気をつけます」
ティズとアニエスの二人は、まるで試験当日かのように緊張感が走っていた。
「ちょ、ちょっとまってくださいよ先生! 俺のパートナーってアスタリスク所持者の先生じゃないんですか?」
リングアベルが早速抗議の申し立てをし始めた。
たしかに、リングアベルとチームを組むキキョウ・コノエは、忍者の講師を担当しているアスタリスク所持者である。
ちなみに彼女は普段変装して講義をしているため、生徒の中では誰も本当のキキョウの姿を見たものはいない。
「あーそのことだけど、お前は急な転校生だったからさ。人数が合わなかったんだよね。しかたないじゃないのさ」
ホーリーは適当に回答した。
「くそ。何か納得いかないが、まぁキキョウ先生の本当の姿を拝める、またとないチャンスだと思えばそれはそれで……」
「ほんと、リングアベルってただでは転ばないよね」
イデアが呆れた顔をして見ていた。
こうして試験当日まで、それぞれの準備期間が始まった。
chapter:6
ある日の夜、ティズは装備品のチェックをしていた。
試験で使う武器や防具、アクセサリーを大事に扱っているティズは、どれも新品同様に磨かれている。
「お兄ちゃん、誰か来てるよー」
ティズの弟のティルの声が聞こえてきた。
「え、こんな時間に誰だろう」
ティズは家の玄関口まで行くと、そこにはアニエスがたっていた。両手には布に包まれた箱を抱えている。
「え、アニエス? どうしたのこんな時間に」
「あ、ティズ。その、突然お邪魔してごめんなさい。迷惑でしたか?」
上目遣いでティズを覗き込むようにして見るアニエスの仕草に、ティズは思わずドキっとしてしまった。
「い、いやいやそんなことないよ。ささ、家に上がってよ」
「あーいえ、こ、ここでいいのです。今日は渡したいものがあっただけですから。夕食はまだですよね? ティズは弟さんと二人暮らしと聞いていましたので、よかったこれ弟さんと一緒に食べてください」
アニエスが持っていた箱の中身は、どうやらお弁当のようだった。箱の大きさからしてかなりの量のようだった。
「ありがとう! すごく助かるよ。それにしても、寮で暮らしているのによく作れたね」
「ええ、食堂を借りることができましたので」
「そ、そうなんだ」
通常であれば食堂の調理施設を寮生は使うことはできないのだが、そこは言わばアニエスの人望や人柄があってこそだったのだろう。
「さすがにこの量は僕と弟のティルだけじゃ食べきれないから、よかったら一緒に食べようよ」
「え、そんな……いいのですか?」
「全然かまわないよ。なぁティル?」
いつのまにかティルがティズの傍にいて、ずっと二人の会話を聞いていたようだった。
「もちろん、僕はぜんぜんかまわないよ! でも、実はお隣のマリーちゃんに誘われてて、これから行かないといけないんだ。だから二人で食べてていいからね」
この、なんともいえない配慮……とは信じがたいものがあるが、ティルはそそくさとその場から離れ、隣のマリーちゃんの家に向かって走り去っていった。
「まったく、折角アニエスが作ってきてくれたのにね」
「え、ええ。そうですね」
ティズはそんなことはお構いなしで、アニエスを家の中に招き入れた。
「うわ、凄い豪華だね。まるでご馳走だ」
箱の中には、あらゆる種類の料理が敷き詰められていた。
焼き魚に肉、野菜、果物など、栄養価も申し分ない。
「私は普段、肉や魚は食べないのですが、ティズが喜ぶかなと思って、その、色々教えてもらいながら作ってみましたので、あまり味には自信がないというか、その……」
アニエスがもじもじしている間に、ティズは「いただきまーす」と言いながら食べ始めていた。
「うん! 美味しいよアニエス」
「そ、そうですか? それならよかった……」
アニエスは心底ほっとしたようだった。
二人は食事をしながら、たわいもない話をしていた。
これまでの生活の話や、これからの事など、色々なことを話した。
そして、話題は今度の試験の話になった。
「ティズ、あそこに立てかけてある剣は、最近購入したものですか?」
「ああ、いや。実はこれは貰い物なんだ。ノルエンデ村出身で今はカルディスラの騎士の人から譲ってもらったものなんだよ」
「ええ、とても使い込まれたようには見えません。まるで新品のように綺麗です」
「その譲ってくれた人がね、僕に言ってくれたんだ。騎士にとって剣とは己を移す鏡なんだって。だから常に磨き、切れ味を保つことで、それを扱う自分自身も研ぎ澄まされていくんだよってね。何かあったとき、自分自身を、救いたい相手を守るのは、この剣なんだって」
ティズは剣身に映る自分の顔を見つめながら話した。
その横顔を、アニエスはとても忘れたくないと思っていた。そして、ティズはこの剣を次の試験で使うことになるのだと、改めて認識していた。
「わ、私は貴方の……ティズの隣にいて相応しい人になりたい」
「え?」
アニエスの思い切った発言に、ティズは若干戸惑いを見せていた。
「私はまだ、クリスタルの巫女としても、一人の人間としても未熟です。胸を張って、貴方を守るだなんて言えません。でも、それでも私は、いつか胸を張って貴方の隣に居たいと、そう思うのです」
アニエスの瞳が少しずつ涙目になっていった。
ティズは、こんなときどうしたらいいのか、何て声をかければいいのか、少し混乱しそうだった。
「大丈夫だよアニエス。僕はいつだって君の傍にいる。僕だってまだまだ未熟だし、弱い部分だってある。だからこそ、僕はアニエスを守るために強くなりたいって思うよ。だから今は、二人で強くなっていこうよ」
精一杯の思いを、言葉にしたつもりだった。
そしてその思いは、しっかりとアニエスに届いたようだった。
「ティズ……ありがとう」
*
その頃、ノルエンデ渓谷では……。
「うおおおおおッ!」
全身に黒紫色のオーラを漂わせながら、モンスターを一層していくアナゼルの姿があった。
すでにアナゼルは、暗黒騎士が習得するほとんどのアビリティを身につけていた。
いまは冥暗を使用した後、どの程度暗黒剣技の威力が上がるかを試しているところだった。
「相変わらず精が出るな。そんなんで試験まで身体が保つのかね」
「誰だ?」
アナゼルが振り返ると、そこにはリングアベルが立っていた。
いつのまに来ていたのか、アナゼルもまったく気づいていなかった。
「そこまで気配を消して近づいてこられるなんて、お前も随分とやるようだな」
「俺のことはどうでもいい。それよりひとつ聞かせてくれないか。お前はどうして暗黒騎士になった。単純に戦うだけなら、他にも最適なジョブはいくつもある。自らの体力を削り、己の精神を蝕んでもなお、それでも暗黒剣技を使い続けるのは何故だ」
普段のふざけた調子のリングアベルではなかった。その表情は真剣なものだった。
「お前に言う必要があるのか? 俺の双子の兄などと偽ってまでイデアに近づくのは何故だ」
アナゼルは、確信めいた発言をリングアベルに投げかけた。
「さすがに気づいたか。まぁ、聖騎士殿に聞いてしまえば一瞬でバレてしまうからな。別にお前には知られてもいいと思っていたんだがね。問題は周囲に混乱を招きたくなかっただけなんだが……今はそんな話はいい」
「話すつもりはない。お前が自分の正体について語れないように、俺にも人に話せない事くらいある」
リングアベルは思わず鼻で笑った。
「本当に言いたくないから言わないのか? 実はまったくその理由に気づいておらず、言いたくても言えないんじゃないのか?」
「黙れ!」
アナゼルはリングアベルに対して、暗黒を放った。
リングアベルは瞬時にその場から移動し、暗黒の波動はノルエンデ渓谷の壁に向かって衝突した。
「怒りをあらわにするのが何よりの証拠だな。別に俺はお前を虐めにきたわけじゃない。本当にわかっているのかと確認しにきただけだ。暗黒騎士の真髄。お前は頭では理解しているはずだ。暗黒の力は痛みの反動。人は痛みを感じることで力を増幅することができる。その対象を憎み、同じ思いを味あわせてやるという闇に飲まれた力だ。暗黒騎士とはその闇の力を逆手に利用する騎士のこと」
「そんなことはお前に言われなくともわかっている」
「知ってるよ。だが肝心なのはこの先だ。人は痛みを知って始めて理解することもある。痛みを知る者だからこそ、できることがある。悲しみを、苦しみを、新しい何かに変える力だ」
アナゼルは黙ってしまう。彼自身、それを追求してきたのだ。だが、いつまでたってもその正体について分からずじまいだった。
「……それがいったいなんなのか、俺にはわからない」
「そうか。そうだろうな」
リングアベルは、まるで何もかもわかっているような口ぶりだった。
「だからお前にひとつだけ言っておくよ」
リングアベルはアナゼルをじっと見つめて言った。
「――それではイデアを守ることはできない」
chapter:7
そうして、試験当日。
ノルエンデ高原の北方に特設された会場に、多くの人数が集まっていた。
「ええーそれでは試験開始に先立ち、会長から挨拶があるので心して聞くように」
騎士アルジェント・ハインケルの冒頭説明の後、ルクセンダルク公立学園会長であるユルヤナ老師の挨拶が始まった。
「ええー今回のチーム分けは男女一組となっていると思うのじゃが、男子生徒諸君は死んでも女子生徒諸君を守るように! 以上じゃ!」
どこからともなく拍手が起こり、それに呼応して皆拍手を始めた。
もちろん、最初に拍手したのはリングアベルである。
「今回のチーム分け、決めたのは絶対にあの老師よね。間違いないわ」
イデアがぼそっとアナゼルにつぶやいた。
アナゼルとしては全然不都合などなく、むしろイデアと一緒に試験に挑むことができることに充足感を覚えていた。
早速試験開始に向けて準備が始まった。
各チームが決められたブロックに配置することになっている。
それぞれのブロックには予めモンスターが配置されており、一定量のモンスターを撃破すれば試験は終了となる。
「ティズ、いったいこのモンスターたちは、どうやって配置されたのでしょうか」
アニエスがもっともな疑問をティズに投げかけていた。
「言われてみればそうだよね」
ティズはそもそも疑問にも思っていなかったようだった
そこに、近くを歩いていたリングアベルが割り込んできた。
「何やら、魔物を操るジョブを持つ人がいるらしい。そんな人がいるなら、世の中もっと平和になってもいい気がするがな!」
なにやら少しイライラしている様子だった。
「そ、そんな人がいるんだね。それにしても、リングアベル何か機嫌悪そうだね」
「そんなことはないぞ。ちょっと脇腹が痛いだけだ」
さっきからリングアベルは右脇腹のあたりを手でさすっていた。
何やらリングアベルのパートナーであるキキョウに執拗に言い寄っていたら、無言で肘鉄を食らったらしい。
「……」
キキョウはずっと黙ってリングアベルの傍を歩いていた。
女性との会話を何よりの楽しみとしているリングアベルにとって、これほどまでに沈黙を決め込んでいる女性が相手だと、ストレスが溜まってしかたがないのだろう。
「それにしても、リングアベルに言われるまで、あの人がキキョウ先生だなんて気づかなかったよ」
「ああ、まぁー俺もキキョウ先生とは知らずに口説いてしまったんだがな……」
「ああ、それで肘鉄なんだね……」
妙に納得したティズであった。
第一ブロック。ここに配属されたのは、アナゼルとイデアの二人だ。
アナゼルはもちろん暗黒騎士をメインに、サブは何もつけていなかった。
イデアはナイトで両手持ち。サブは……。
「え。イデア……サブは白魔道士なのか?」
「な、なによ悪い? これでもかなり勉強したんだから」
「そうか。期待してるぞ」
「あんまり期待しすぎちゃだめよー」
そう言いながらも、イデアはどこか嬉しそうだった。
第一ブロックの試験が開始され、アナゼルとイデアの二人はいっきに前方へ駆け出した。
先手必勝の策である。
モンスターが攻撃する間も与えずに倒していく。攻撃的な二人には最適な作戦だった。
お互いの背中を預けるような位置取りで、残りのモンスターと対峙していく。
「さすがアナゼル。日々の鍛錬の賜物ってわけね!」
「イデアこそ剣筋にブレがほとんど無い。的確な攻撃は相変わらずだな」
二人は順当に次々とモンスターを倒していった。
並行して第二ブロックの試験も開始されていた。
ティズはメインジョブがナイト、サブはモンクという攻守優れたバランスの良いステータスとなっており、アニエスはメインジョブが白魔道士で、サブは黒魔道士という、魔法でティズを支える形となっていた。
試験開始後、ティズが常にアニエスの前に構える陣形のまま、特に突進することなく、モンスターを迎え撃つ形をとっている。
ティズが近づいてくるモンスターを迎撃すると同時に、アニエスが中距離に位置しているモンスターを牽制する目的で、黒魔法を放つ。二人の息は見事にピッタリだった。
第一、二ブロックの試験が開始された状態で、遠巻きに監視していた二つの影があった。
「いかがなものですかな老師。今回の試験は」
「おおーレスター卿。今回はいろいろと手を煩わせてしまったのう」
「いやいや。この程度のモンスターの数、用意するのはたやすい。それに今回は、闇の者たちが中心の編成だからな」
ヴァンパイアのアスタリスクを持つレスター卿は、ルクセンダルク公立学園の出資者である。今回の試験の準備にも、協力をしていたようだった。
「ほう、これはまた、対極的な2チームの試験が始まっているようだね。敢えて防御を捨て、攻撃に特化した先手必勝の策。それに攻守一体で迎え撃つ効率的な策。これは面白い」
「ふむ。だが第一ブロックのほうは苦戦するかもしれんのう。今回は新種のモンスターが相手となっておる。レスター卿が従える闇のモンスター。果たしてどうなることやら」
ユルヤナの老師が予想したように、アナゼルとイデアは若干ジリ貧状態になっていた。
意外にもモンスターの数が多いことと、闇属性耐性を持つモンスターが相手のため暗黒剣技がなかなか通らないことが理由だ。
対してティズとアニエスは、常にティズがモンスター単体と戦うという形をとっているため、疲労も少なく、常にアニエスの回復魔法があることを思えば、ティズの心的疲労も少なかった。
そうしている間に、第三ブロックの試験が開始されていた。
リングアベルとキキョウの二人がチームのブロックだが、何故かずっとリングアベルが一人で戦っていた。
「ちょ、ちょっとキキョウ先生? なんで何もしないんですか?」
「……」
「おいおい冗談だろう? まさか先生だから試験には一切関与しないとかそういう……」
「……」
「そんなのパートナーでもなんでもないじゃないかー」
リングアベルは悲しみとも憎しみとも言えない複雑な感情を抱きながら、次々とモンスターを倒していった。
先に試験が終了したのは、ティズとアニエスのチームだった。
特に何の問題もなく、無事に終了した形となった。
「アニエスやったね! 無事に試験は終了だよ」
「ええ、これもティズがずっとモンスターを相手に戦い続けてくれたおかげです!」
「いやいや、アニエスが後ろにいてくれたからこそ、安心して戦えたんだよ」
二人の周りには、なにやら幸せムードが漂っていた。
「はいはい、試験が終わったらすぐに移動すること。ったく熱いったらありゃしない」
シッシッ、と手を振りながら、担任教師であるホーリーがティズとアニエスの二人を注意していた。
いまだに試験が続いているのは、第一ブロックと第三ブロックだけだった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
アナゼルの息切れが激しくなってきていた。
「はぁはぁ。あ、アナゼル大丈夫?」
イデアも大分疲れが蓄積されているようだった。
ちなみに、イデアの白魔法はいまだに一度も発動されていない。
すっかりモンスターを倒すことに集中していまい、白魔法のことなどすっかり忘れてしまっていた。
「大丈夫だ。モンスターが闇属性耐性を持つ以上、暗黒や漆黒は使えない。このままの状態でサガク剣を使い続けたほうが有効だ」
「それはそうだけど、さすがのアナゼルでもその状態で戦い続けたらもたないよ!」
「心配ない。相手の攻撃を喰らわなければどうということはない」
そう言いながら、アナゼルはサガク剣で攻撃し続けている。
しかしサガク剣も魔力を消費する技であることはイデアも知っていた。
いずれ魔力が尽きれば、サガク剣も使えなくなる。
そうして、アナゼルの前に複数のモンスターが襲いかかってきた。
「あぶない!」
イデアが全力でアナゼルをかばう。
そして、モンスターの攻撃を受けた衝撃で、そのまま後方へと吹き飛ばされてしまった。
「イデア!」
アナゼルは必死にイデアの元へ駆け寄った。イデアは苦しそうに倒れたままだった。
「な、どうしてこんな」
「馬鹿ねアナゼル。ナイトのジョブは仲間をかばうのが仕事なのよ? そんなことも知らなかった?」
イデアは目を閉じた。気を失ったようだった。息はある。
それでも、その状態を目にしたアナゼルは、とても正気ではいられなかった。
「うああああああああああーッ!」
ほとばしる黒紫色の光がアナゼルの身体から溢れ出し、闇の力が具現化した。
*
「まさか、暴走?」
遠巻きから見ていたレスター卿は、アナゼルから立ち上る黒紫色の光を見ていた。
すぐさま現場へ駆けつけようとしたレスター卿を、ユルヤナの老師がもつ杖が制した。
「……どういうつもりだ?」
「まだじゃよ。いま彼らに手を出すのは無粋というものじゃ」
第三ブロックの試験をなんとかして一人で終えたリングアベルも、第一ブロック方面から上がっている黒紫色の光を見ていた。
「……あのバカ野郎がッ」
そう言いながら、リングアベルは素早く第一ブロックの方向へ駆け出した。
「イデアに何かあってみろ。絶対に許さないからな!」
chapter:8
アナゼルの暴走により、周囲にいたモンスターは一瞬にして消し飛んだが、依然アナゼルは正気に戻っていなかった。
その状況下で、イデアは意識を取り戻し、アナゼルの方を見た。
「……ったく、手がかかるんだから」
イデアは白魔法の詠唱を開始した。
毎日のように、アニエスに教えてもらっていた白魔法。
イデアの脳裏にアニエスの言葉がフラッシュバックされる。
“「イデア、たしかに白魔法には基礎理論の理解が欠かせませんが、一番大切なのは癒してあげたい相手のことを想うことです。その気持ちがクリスタルへと願い届けられ、癒しの力が現れるのだと、私は信じています」“
「あの時のアニエスの言葉、今ならよくわかるよ。いまあたしの目の前には、どうしようもなく自己犠牲的で、自分が背負う傷なんてなんとも思ってない、どうしようもなくバカで、救いようもない奴がいる」
イデアが紡いだ白魔法の術式が、次々と構築され、魔力が紡がれていく。
やがてそれはイデアの身体の周りを包む波紋となって形成されていった。
「それでも、なんとかしてあげたいって、心の底から彼の助けになりたいって思っているあたしがここにいる!」
眩いほどのエメラルドグリーンの光が、イデアの身体を包んだ。
「受け止めなさいアナゼル! これがあたしの白魔法よ!!」
イデアから放たれた白魔法は、アナゼルの身体を包む黒紫色の光を、少しずつエメラルドグリーンの癒しの光に染め変えていった。
暴走によって瀕死の状態まで体力を消費したアナゼルは、もう立っていることもできない状態だったはずだったが、先ほどのイデアの白魔法によりほぼ全回復されていた。
アナゼルは正気に戻り、すぐさまイデアのもとへ駆け寄る。
「すまない。すまないイデア。俺は……俺は!」
「ほ、ほんとにバカね、アナゼルは。い、いつだって自分のことで精一杯のくせに、カッコつけるんだから。す、少しはあたしを頼りなさい。はぁ……はぁ…。あたしはいつだってアナゼルの為に、な、何かしてあげたいって思ってるんだから」
そういって、イデアは心底疲れ果てたのか、目を閉じて寝息を立てていた。
「そう……だな。いまようやく思い出した。俺はお前が、イデアの家族が、羨ましいとずっと思っていたんだ。だから、俺が守らなきゃって、恩を返さなきゃって、何かに追われるように自分を追い詰めていたんだな……」
アナゼルはイデアを両腕で抱えて、その場から離れることにした。
彼らの二人の近くまで駆けつけていたリングアベルは、じっと二人の様子を見守っていた。
「……そうだアナゼル。お前は誰よりも痛みを知っている。だからこそ、自分ではない誰かを守れるはずだ」
リングアベルは満足げな顔をして、その場を去った。
「これで安心、だな」
その後、彼の姿を見たものは誰一人としていなかったという。
こうして、学期末試験は終わりを迎えた。
chapter:9
しばらく月日が流れ、春を迎える直前の頃。
ルクセンダルク公立学園は急遽、第3期生の卒業式をもって廃校となることが決定された。
それは、ユルヤナの老師の一存であり、理由としては極秘扱いとされていた。
卒業生たちは、その後もそれぞれの場所で活躍することが約束されている。
アナゼルとイデアの二人は、聖騎士ブレイブの元へ戻り、エタルニア公国の発展に向けて尽力していくことになった。
アナゼルは暗黒騎士のアスタリスクを取得し、六人会議のメンバーとして受け入れられた。その後しばらくして、イデアは空挺騎士団の一員として、騎士ハインケルの配下に加わることになる。
ティズはノルエンデ村に残り、ティルと二人で村を栄えさせるために日々を送っていた。
アニエスはクリスタルの巫女としての任を与えられ、日々クリスタルに祈りを捧げている。
――そして、春が過ぎ、夏が過ぎて秋も深まってきたある日のこと、
カルディス地方全域を大地震が襲い、ノルエンデ高原から真っ白い閃光が立ち上り、
そこには大きな穴が空いた。
その穴が空いた場所には、ティズやティルが暮らすノルエンデ村があった。
こうして――勇気を持って、果たすべき約束・責任を放棄する者たちの物語が始まる。
――――――It results to BRAVELY DEFAULT. closed.
It results to BRAVELY DEFAULT