惑星開発姉弟のハロウィーン

1.



「トリック・オア・トリート!」
 玄関の前に立っていたその黒衣の少女は、唐突に宇宙共用語を持ち出してきたので、まさか宙域言語が通じないのでは、とぼくは焦った。
「……どうしたの? そんな顔して。お兄ちゃん」
 すぐに少女は流暢な宙域言語で話し始めたので、安心した。これなら対話できる。
 恐らく、最初に話した共用語のそれは、何らかの風習の一端だったのだろう。
 それが分かっても、ぼくが現状の事態に混乱していることは確かだった。
 君は一体、どうしたっていうんだ。
 立ち竦んでいるぼくに構わず、玄関の正面に立つ少女は、ぺらぺらと話しだした。手に取った小さな籠を揺らすと、身に纏う黒いマントも揺れた。
 見覚えのない子だった。
「知らないの? トリック・オア・トリート。お菓子ちょうだい、銀色の服のお兄ちゃん。ハロウィーンだから。今日はね、ハロウィーンなんだよ。……どうしたの?」
 良く分からなかった。
 良く分からなかったので、ぼくは少女に詳しい話を聞いてみることにした。
 ――まず、はじめまして。
 君と恐らくその家族が向かいの家に先日越してきた事実は認識しているけれど、申し訳ないが、それ以上の情報をぼくは把握できていないんだ。
 君がぼくに明示している『それ』が、何らかの風習の一端であることは推測したけれども、残念ながら、対応のしようがない。全く、知らないんだよ。
 だから、失礼だとは承知した上で、詳しい話を聞かせてくれないだろうか。実際のところ、ぼくは困っているんだ――と。
 黒衣の少女は、ぼくの意見に対して、こくり、こくり、と無言で頷いていた。
 年齢は六、七歳程度だろうか。その頭が頷く度に、大きな黒い鍔付き帽の先がぐらぐらと揺れる。推測するに、この奇妙な形状の帽子も、彼女が僕に現在行っている風習の一部と考えられる。
 黒衣と鍔付き帽の少女は、元々丸っこい頬を一層丸く膨らませて、若干不機嫌そうな表情を見せてはいたものの、ぼくの質問に最終的には了承し、彼女が知るその背景を踏まえて、『ハロウィーン』なる風習の、彼女なりの解説を始めた。
 話が長くなりそうだったので、ぼくは自身の周囲数センチメートルに展開している個有式環境調整フィールド――ネクタル・フィールドの出力を維持レベルまで落として、階段状になっている自宅の玄関の前に座り、隣に腰掛けさせた彼女の話に耳を傾けることにした。
「えっと、ねえ」
 自分の胸を小さな手のひらで叩いて、黒衣の少女は話し始めた。話す時に口を大きく開く子だな、とぼくは何気なく思った。
「ハロウィーンはね、こういう格好するの。私がもといたお家の大気街区ではね、この服もくばってた。前の時はね、エミリイが変な黒の白い服で、わたしが、それは何ですかあって言ったら、人の骨だよ、がいこつのかそうなんだって言ってた。でも私は着たことないし、がいこつも見たことないんだ。でもねえ」
 少女の話は、やや唐突に文脈が乱れ、舌っ足らずで、かなり混濁していた。しかし、ぼくの頭脳でもなんとかその概要を理解し解釈することはできた。
 まず、彼女はアストラ星系の、それも都市アストライオスから、両親とともにこの地に越してきたことが分かった。
 アストラ星系は、ぼくたちの住むこの宙域においては最も開発の進んだ、中心星系と定義されているゾーンだった。その中心都市アストライオスにぼくは一度だけ行ったことがあるが、広大な大地に白銀の人工物が張り巡らされたその威容には驚かされるばかりだった。当然ながら、ぼくたちが所属するこの銀河系連盟の中央宙域に関する情報は完全に遮断されているために推測するしかないのだが、あの規模以上の都市が当たり前のように数多く存在すると思われるのだから、遥か遠き中央宙域の凄まじい開発ぶりは、無知なぼくでも簡単に察することができる。
 宇宙に散在する不毛の大地にヒトが降り立ち、絶え間なき開発を通して、思うがままに自らの世界を作り出していく――それが現代におけるぼくたち人類の、即ち銀河系連盟の宿命であり、必然の因果でもあった。
 ともあれ。
 焦点を、黒い鍔付き帽の少女が持ち込んできた、奇妙な風習に戻そう。
 ぼくから見ると都会っ子である彼女の話によれば、宙域中心都市アストライオスでは、『ハロウィーン』なる文化が人々に浸透しているようだった。銀河系連盟の歴史においては開発からの歴史が比較的浅いとされるアストラ星系独自のものとは解釈しにくいので、あるいは古代地球人類から連綿と伝わる風習の一解釈なのかもしれない。アストライオスのような発達した都市では太古の文化が流入し広まっている可能性は十分に考えられたし、それをぼくが知らないのも納得できる。なんといってもこの惑星は辺境で、ぼくは生まれも育ちもこのナピだから。
 隣に座る少女の話は続いた。ぼくはそれを真剣に聞く内に、ハロウィーンという文化あるいは風習について、ある程度のイメージを構築することができた。
 まず始めに、ぼくに今あらましを説明している彼女のような子供が、何かしらのルールに則った仮装を行う。そして自宅の近所の家を来訪し、共用語で「お菓子か悪戯か」と問うのだ。しかしその問いはあくまでも儀式的なものであって、住人は事前に用意していたお菓子を子供に差し出す。成果を得た子供は喜んで立ち去り、次の家に更なる収穫を求めて向かう――という一連のプロセスを、一日の内に辿る習わいのようだった。
 だから、ぼくは困った。ハロウィーンを根本的に知らなかったのだから、もちろんこの少女に与えるお菓子など用意していないのだ。
 子供の食べそうなお菓子、か。あるにはあるけれども。どうしよう。
「大体のことは分かったよ。ありがとう。パル、だったかな」
 ぼくは、自らの体験談を数多く織り交ぜながら、ハロウィーンなる文化あるいは風習について説明してくれた黒衣の少女に感謝の意を表明した。彼女の独特の曲がりくねった話から、その本名がパル・レイオン、地球年齢七歳である等の情報が副次的に取得できた。
 パル・レイオンは、にこっと屈託のない笑みを浮かべて――こんな笑みを、ぼくが彼女の 年齢の頃は浮かべていたのだろうか?――過剰なまでに、大きく頷いた。
「うん。パルでいいよ。お兄ちゃんの名前は?」
 問われたので、ぼくは自分の本名をはっきりと名乗った。
 すると、パルはありがちな反応を見せてきた。ぼくには見慣れたものだった。
「へんな名前えー」
「……いや」
 その発言に対して、ぼくは当然の反応をした。相手が七歳の子供とはいえ、いや子供だからこそ、誤った認識に基づいた態度は健全ではないと思えたからだ。
「この星においては、一般的に名付けられるファースト・ネームなんだよ。ラスト・ネームの方は、ぼくの父方の慣習に基づいた、これもありふれた名前なんだ」
「でも、へんだよー、だってえ、だってめちゃくちゃだもん!」
 顔を少し上げて、ぼくの本名を繰り返し紅い空に言い放ってから、パル・レイオンは無邪気に笑った。
 なるほど。変か。
 ここまで言われてしまうのなら仕方がない。ぼくと彼女の、この感覚の不一致の背景にあるのは、互いの認識の相違、生きてきた星系文化の相違、と表現する他にないだろう。そしてそれは、この宇宙においてはさして珍しい現象でもなかった。



 さて、と。
 状況は分かった。
 分かったので、お菓子をあげなければならない。ハロウィーンなる文化あるいは風習に従うことにしよう、とぼくは既に決めていた。来訪者パル・レイオンの所属するレイオン家は、このぼくの自宅の向かいの家に越してきたばかりで、この辺境の惑星特有の生活手法にも慣れてはおらず、きっと周囲の助けが必要になるだろう。彼女たちを快く迎え入れるのが、ぼくには正しい行いに思えた。
 黒い鍔付き帽のパルと共に座っている玄関の階段から、ぼくは自宅の内部に振り返って、
「姉さん」
 ……と、呼んでしまった後で、それに意味が無いと気付いた。
 メロウ姉さん。
 姉さんは、今日は惑星開発局支部の方に出てしまっているんだった。だから今家にいるのは、ぼく一人だ。
「ちょっと、待っていて」
 と、隣に座るパルに告げてから、ぼくは立ち上がった。
 ――子供が好むようなお菓子。
 リビング兼キッチンに歩みを進めながら、そういえば冷蔵庫のあれがいいんじゃないかな、などと思いを巡らせていた時。
 二度目の、『それ』が聞こえた。
 今度は落ち着いた声音の、宇宙共用語。
 お菓子か、悪戯か。
 それを問う声。
「……トリック・オア・トリート」
 振り返り、玄関に視線を向けると、見覚えのない新たな人物がパル・レイオンの代わりに立っていたので、ぼくは少し面食らった。
 パルよりもずっと年上と思われる、華奢なシルエットの少女だった。
 無表情――というよりは、若干のしかめっ面で、家の中のぼくを見つめていた。
 先程までぼくと会話していた七歳のパル・レイオンは、新たな少女の後ろに引っ込んで、相変わらず無邪気な笑みを浮かべている。
 ハロウィーンの風習を一緒に行う友人だろうか、でも見覚えのない子だな、とぼくが考えていると、その答えをパルが教えてくれた。
「リジィ。私の、お姉ちゃんだよ」
 なるほど、とぼくは納得した。
 おととい、ぼくの部屋の窓から見えた、新築の家の前で不動産業者からの説明を聞いていた家族は四人だった。恐らく、レイオン一家はこの姉妹と両親の四人家族なのだろう。
 新たに玄関先に現れた少女に、改めてぼくは向き合った。
 リジィと紹介されたパル・レイオンの姉は、白い衣装を身に纏っていた。裾の長い純白の古めかしいドレスに、明るいブロンドの長髪を飾る白のレースの髪飾り。首元を飾る銀色に輝くネックレスが印象的で、薄手の手袋を着けた手はお菓子を入れるためと思しき植物性素材の籠を下げていた。彼女の白衣もパルの黒衣と同様、ハロウィーンの伝統に則った何らかの意味が想定されるが、詳しくはぼくが知るはずもない。
 リジィ・レイオンは、硬い表情を見せていた。当然だろう、とぼくは思った。年の頃は、地球年齢十三歳ほどだろうか。七歳の子供らしく無邪気な妹とは対照的に、自らが大人になりつつあることを意識する年頃だ。赤の他人の家を訪ねて、お菓子をねだるという行為が、たとえ風習であっても恥ずかしさを覚えることは理解できる。
 手に取った籠を、少女は無作法に突き出してきた。
 その紺色の瞳が少しぼくを見つめてから、すぐに視線を斜め下に逸らして、リジィ・レイオンは呟くように言った。
「……わたし、もう子供ではないし。だから、こんな子供っぽいこと、やりたくないんだけれど」
 まあ、ぼくも若干同感ではあったが、追い返す訳にもいくまい。レイオン姉妹の家族は、この地に引っ越してきたばかりなのだ。恐らく、彼女たちの両親の配慮なのだろう。新しい環境における近所に住む人々と我が子たちの顔合わせのために、ハロウィーンの慣習を利用している――と、ぼくは想定していた。
 とりあえず、速やかに済ませておこうか。
 分かった、ちょっと待っていて、とぼくは白いドレスのリジィ・レイオンに告げてから、自宅の中で踵を返した。
 リビング兼キッチンの隅に急いで、冷蔵庫を開ける。
 やはり、目的のものは大量に入っていた。普段通りだ。その小さな『お菓子』を手に取って、玄関まで戻る。
 姉妹の分、二つ。
「もしかしたら、知っているかもしれないけれど」
 パル・レイオンは姉の後ろでにこにこ笑うばかりで、一向にこちらに来る様子が見られないので、両方ともリジィの籠に入れた。
 リジィは前にも増して神妙な面持ちで、ぼくが渡した『お菓子』を睨んでいる。初見なら、その反応も無理はない。
 それは、ぼくの親指ほどのサイズの、表面が合成樹脂で覆われた円筒形の物体だった。
「……何、これ」
「スパイク・スモッグ」
 と、ぼくが答えるも。
 渡された円筒が一体どのようなお菓子なのか、どうやって食べるものなのか――リジィ・レイオンは若干困惑している様子を見せていたので、教えてあげることにした。
「その黒いキャップを回して開けるんだ。少し、口を開けておいた方がいいよ」
「……こう?」
 戸惑いの声とほぼ同時に。
 薄緑色の濃い『煙』が、爆発した。
 スパイク・スモッグのケースから一挙に放たれ、白衣の少女の上半身を包み込むように急速に広がった『煙』が、リジィ・レイオンの姿を隠した。その形状は、彼女の周囲に展開され、彼女の人体を保護するネクタル・フィールドのそれに他ならない。
 リジィは突然視界が遮られたことに驚いた様子で、『煙』に包まれた細長い腕をばたばたとさせてしまっていた。大人っぽく振舞っているけれど、やっぱり子供だな、とぼくは思った。
 ぼくたちがほぼ常時身に着けているネクタル・フィールド・モジュールには、装着者の一連の情報が記録されている。それには基本的な個人の識別情報の他に、身体的特徴についてのデータも内包される。この星系近隣に流通する一風変わったお菓子であるスパイク・スモッグは、『煙』をネクタル・フィールドの内部形状に沿って放出した後、その小さな箱の外装部分に内蔵された機器によって使用者のモジュールに刻まれた情報を読み取り、対象者の口の位置を捕捉して、そこに『煙』を誘導するのだ。
 最終的に、使用者の口内に集合した無味無臭の『煙』は、そこで化学的特性を変換させる。
 ごく単純で、ありふれた『飴』のそれに。
 スパイク・スモッグの煙は、もう止んでいた。それが展開されるのは、使用者の安全性を踏まえてせいぜい七、八秒程度だ。
 恐らくリジィ・レイオンは今、自分の舌の上に小さな丸い飴が転がっていることを認識しているだろう。
 白いドレスの少女は、きょとんとした面持ちで、両の手で口を塞いでいた。
 ――ちょっと、驚かせてしまったかな。
 『煙』は薄緑色だったので、飴はマスクメロン味だろう。姉さんが大好きで、大量に冷蔵庫に保存していたものだ。
 お菓子と呼べるものが家にあってよかった。いたずらされてしまうところだったから。
「あはははっ、すごーい」
 スパイク・スモッグの演出効果を後ろから見ていたパル・レイオンが、楽しげな笑い声を上げた。
 だが、その笑いは、ふと止まった。



「煙。煙……か」
 透き通るような声が、人気のない居住区に木霊した。
 ぼくの正面に立つ、リジィ・レイオンからのものだった。
 彼女は、ぼくからのスパイク・スモッグの効果に驚いて、楽しんではいなかった。むしろ、逆だ。
 白いドレスの少女は、ひたすらに真剣な面持ちで、ぼくを見つめていた。
 最初は怒りの感情を抑えているように思えたが、どうやら違う、とぼくは理解した。
 ただ、真っ直ぐな、眼差しだった。
「あなたは、思うことはない?」
 リジィは、まるで詠うような、それでいて淡々とした口調で。
 ――ぼくに向けて、言った。
「この世界のすべてのものが、ある時突然、まるで煙のように、ふっと消えてしまうんじゃあないか――って」
 陽の差す居住区に、奇妙な静寂が降りていた。
 白衣の少女の言葉が続く。それは大きな声ではなかったが、妙に良く届くように感じられた。
「……この星って、草も木も少ないし、人も建物も少ない。あなたには申し訳ないけれど、何もないように見える。でも、あなたはここに住んで、ずっと生きてきたんでしょう。だから、知りたいの」
 そして、一呼吸置いて。
 ぼくに、問うた。
「私、この星で、どうやって生きていけばいいんだろう?」
 リジィ・レイオンは、その『質問』を放ってからは、口をつぐんだ。
 ぼくは言葉に詰まって、彼女の前に立っているしかなかった。
 白衣の少女は、ぼくを見ている。
 それはやはり、真っ直ぐな、眼差しだった。
「……今日は、ありがとう」
 小さく一礼してから、リジィ・レイオンは踵を返した。
 透明素材のハイ・ヒールを履いた細い脚で遠慮無く歩を進めて、その背中がみるみると小さくなっていく。
 妹のパル・レイオンも、姉に付いて行った。「またね、銀色の服のお兄ちゃん」と、ぼくに手を降りながら。彼女は困ったような表情をしていた。
 姉妹に取り残された形になったぼくは、玄関の前で突っ立っている。もし周りから見られているのなら、結構間の抜けた絵面ではないだろうか。
 ――弱ったな。
 と、ぼくは思った。
 白いドレスの少女――リジィ・レイオンは、慣れない環境の中で、慣れない人物と相対して、緊張しているのだと思っていた。スパイク・スモッグはその緊張をほぐすのに好ましいお菓子であり、リジィはその演出効果に驚き、きっと喜んでくれるはずと、ぼくは誤解していたのだ。
 これでは、まるっきり逆効果じゃないか。
 

 2.



 ぼくたち人類の居住する無数の星々には、もちろんそれぞれ固有の公転・自転周期等のリズムが存在し、年月や一日の時間は全く異なる。しかし星間の交流において支障を来すために、年齢等については人類の母星である地球の転回周期に変換した数値で表現することが一般的だった。例えば、地球年齢で表現すると、ぼくは十九歳と九日という年齢になる。その時間をこの惑星ナピの周期で表現するならば、六歳と二百十五日という数値に替わる。ナピ表記は個人的には愛着があるものの、この辺境の星の住人以外にはまず対応できないので、一般的に用いられることは少ない。人類が銀河系及びその近隣にまでその生物圏を拡大し、大半の人々が自らの種の母星を直接目にしたことがないとされる現代においても、こうして地球の単位は生き残り続けている。
 ハロウィーン等の習慣や習わしも、広義ではそうした地球単位の仲間と表現できるかもしれない。ヒトは地球からどれだけ物理的に離れても、精神的に完全に離別することは出来ないのだろうか。
 少しだけ、ぼくたちの住むこの惑星、ナピの話をしよう。ナピの自転周期は地球における一日の約百三パーセントで、平均表面重力は約九十五パーセント、赤道傾斜角は約十四.二度。ナピの位置は銀河系連盟の辺境とされるこの宙域の中でも更に辺境に当たるけれども、長期居住を目的とし、ヒトが住みやすい環境へと変える『惑星開発』の対象としての条件は十分に満たしていた。現在の平均的な環境はヒトが生身の状態で生存するには高温かつ低気圧で、大気成分は二酸化炭素の比率が大きすぎるが、一般的に普及する個有式環境調整システム、即ちネクタル・フィールドを人体の周囲に展開していればまず生存活動に問題はない。ナピの昼の空は太陽光線及び大気の性質のために、淡い橙色をしている。三つの自然衛星が周囲を回っているが、うち一つは非常に小さいので肉眼で見えることはない。自由移住の開放から地球単位で二十九年が経過しており、現在の人口は二千七百人前後を維持している。これは典型的な辺境かつ小規模の新規開発惑星におけるパラメータと言える。
 現代における惑星開発の手法についても、簡単に説明した方がいいかもしれない。このナピのように、ヒトが移住できると宙域政府によって認定された星は、まず初歩的な大規模開発が機械的に施される。そうしてネクタル・フィールドを前提としたヒトの一定期間の生存環境が確保されると、各種機能を有する人工天体や宇宙との移動施設等が設置され、他の星に住んでいた人々が移住を開始する。新たに開発が始まった星に集う彼らの思惑は多様だが、大きな尺度で見れば惑星の開発そのものとそのバックアップ業務に関わることがほとんどとされる。新規惑星は何もかもが未開発の世界なので、当然といえば当然だ。
 外部環境・設備・産業等において、ある程度の開発の進行が認められた星には、『惑星開発者』と呼ばれる、宙域政府によって特別権限を与えられた人間が、一名以上送られる。強大な『力』を有する惑星開発者は、その星の開発における権限のほとんどを有することになる。
 そして、ナピにおける唯一人の惑星開発者が、ぼくの姉、メロウ姉さんだった。



『……なるほど。『人類が地球からどれだけ物理的に離れても、精神的に離別することは不可能なのか』か。興味深い観点だ』
 ここは、ぼくの自室。
 ぼくが向かい合う百二十度曲面モニターに、ロイ・デルトモント教授の顔が映っている。
「ありがとうございます」
 ぼくが礼を言い終わらない内に、教授は流暢に話しだした。
『さて、そうした議論は、実のところ宇宙進出の極初期の時代から検討がなされるテーマとされている。人類は宇宙に進出し、この銀河系全体、更に周囲の銀河までに自らを拡張し続けることで、事実上無限の地理的資源を得た。それは旧時代に比しての劇的な飛躍を我々人類にもたらした一方で、地球文化の束縛は現代においても残り続けている。その矛盾は、いくつかの軋轢を生んだ』
 老いてもなお健在の教授はぼくに言いながら、伸びた顎鬚を左手の指先でくるくると回している。ビデオ授業内でも頻繁に行う、彼の癖だった。それがリアルタイムで見られるのはちょっと嬉しい。
 モニターの中の教授は、鋭い目付きでぼくに告げた。
『君のような一般学生がどこまで調べられるかは、正直に言って疑問ではあるが……それはさておいて。このテーマの意義を抑えつつ、宇宙開発初期と現代における人類の意識の比較検討を行えば、中間リポートとしてはまあ上出来だろう。さて、資料について知りたいのだったね。必要ないならもう通信を切るが』
「いいえ、必要です」
 ……やはり、こうして直接話してみると分かる。ロイ・デルトモント教授の書籍や授業の内容は非常に興味深いものなのだが、まあ端的に言って、あまり性格のいい人ではない。
『地球文化に関する資料は決して多くはないが、『宇宙進出初期における文化概観』の授業で取り上げた資料の一部が役に立つだろう』
「第二回、ですね」
『ふむ、『地球相対主義』や『アースィズム・ムーブメント』といった単語で、それらの資料を検索してみるといい。いいかね、各時代における人類の意識の比較検討が重要だ。面白いリポートを期待しているよ』
 デルトモント教授とのリアルタイム対話が終了した。モニターから教授の映像が消え、暗黒に替わる。
 ぼくは対面中に聞いたいくつかの要素のメモを入力してから、コンピューター端末の隣に置かれた専用回線の終端装置の電源を落とし、回線を物理的に遮断した。星系間を介する公的学習回線網の利用には、必ずこのプロセスを要する。
 ……さて、と。
 椅子に改めて腰掛けて、ぼくは深く息を吐く。
 教授が興味深いと言うのなら、まあ悪いテーマではないのだろう。
 とりあえず、中間リポートに必要な最低限の情報は整理しておこうかな。
 一般的なローカルウェブ回線に接続し、教えられた資料にアクセスする。手元の操作パネルを指先で操って、曲面モニター上に資料をポップアップさせていく。
 専門用語と訳語がやたら多いなあ、と思いながらその文面を見つめていると。
 ――部屋の扉を開けて、メロウ姉さんが現れた。



 ぼくの部屋にメロウ姉さんが来る時に、ノックがないのはいつものことだった。
 軽く振り返ると、姉さんはにこやかな笑みで応答してきた。
「ケィヴィ君、授業は終わった?」
 言いながら、デスクに歩み寄ってくる。
「……もうすぐ、片付くけれど」
 メロウ姉さんがぼくを呼ぶ時は、必ず『ケィヴィ』なる呼称を用いる。この単語は、ぼくの本名とは一切関係ない。姉さんがかつて惑星開発者教練施設にいた頃に、『土から巣を作って生活するねずみ』を見かけたことがあり、それがケィヴィという種だったらしい。ナピに降り立った後、この星の土由来の建築素材で造られたこの家で生活するぼくを見た時から、メロウ姉さんはぼくをそう呼ぶようになった。これは若干理不尽な呼称で、土由来の素材を用いて住居を作ることは、この星ではありふれたことなのだ。だからナピに住む者の大半が『ケィヴィ』となってしまう。ぼくがそうした理に適った主張をしても、姉さんは呼称をひたすらに替えなかった。結局ぼくが折れる形で、姉さんはぼくをそう呼び続けている。
 メロウ姉さんは、ぼくのデスクに片手を乗せて体を傾げると、ゆっくりとした語調で訊いてきた。
「ケィヴィ君に聞きたいこと、あるんだけど。分かるでしょ?」
 何だろう、と思ったので、ぼくはそのまま、
「何だろう」
 と言った。
 姉さんは、眼を細めてぼくを横目に睨んでいた。口元を笑みに歪めて。
 メロウ姉さんの外見については、『自律的意思を有した高度なコンピューターが、ヒトを精巧に真似て造り出した人形のよう』という印象をぼくは抱き続けている。輝く程の白色の長い髪を腰の辺りまで伸ばして切り揃えており、姉さんが動く度にそれはさらさらと揺れる。眉の上できちんと先端を揃えた前髪も同様だ。姉さんはその白髪を、自身の拠り所のように好んでいた。後頭部に回ると、その髪から突き出た形で斜め下に二つ伸びる、髪飾りのような突起が見えるはずだ。
 姉さんの年齢は地球年二十四歳で、ぼくより五つ上になる。その歳は、姉さんの属する職務においては非常に若いとされていた。
 前述の通り、メロウ姉さんはこの惑星ナピの開発にまつわる特別権限を有する、唯一の『惑星開発者』だった。それは極めて重要な立場なのだが、姉さんの業務は決して忙しいものではないようだ。三日に一度ほどの頻度で、ナピの街にある惑星開発局支部で報告等のために外出するが、その他の時間は基本的に自由らしい。この家の自室の端末を介しても報告を行っているけれど、それは任意のものと聞いている。この星に来てから地球年でおよそ一年半、メロウ姉さんは惑星開発者としての業務上において特にトラブルもなく、気ままに暮らしている。カレッジの学業を続けているぼくの方が忙しいんじゃないか、とさえ感じることもある。
 メロウ姉さんは、椅子に座っているぼくの眼を、しばらく意地悪そうに見据えてから。
 ふっ、と息を吐いた。
「まあいいや、ご飯の時に話そ。シャワー入ってくるわ。ケィヴィ君は」
「言うまでもなく、分かっているよ」
 ぼくは曲面モニターの端の時刻を見ながら、姉さんに言った。
 忘れるはずもない。その予定を前提として行動しているのだ。
 もうすぐ、ぼく自身に刻み込まれている、『日課』の時間だった。



 朝と夕の、一日二回。
 自宅の周囲に設置した、環境測定装置の移動。
 それは、このナピにおける今日までの二千二百五十五日間においてほぼ毎日続けている、ぼくの半ば日課となっている行為だった。
 環境測定装置はぼくよりもかなり背丈の大きな直方体型の機械で、やや反射率の高い白色の耐候性金属で覆われた無骨な箱だ。一つの側面に小さな黒い丸と長方形の僅かなへこみがあり、詳しくは知らないが、それがセンサーの一部らしい。この箱の中に二十種を超える環境観測用センサーとその結果の演算処理装置、環境測定局への特殊通信規格用アンテナ、更に自己診断システムや自律電源装置等が組み込まれているそうだった。しかし時間帯に合わせて自ら移動するようなシステムは一切付いていないので、レンタルしているぼくが自力で動かす必要がある。あくまで環境測定装置なのだ。
 環境測定装置の移動はもはやぼくの日課のようなものではあったが、完全に趣味でやっている訳ではない。ナピの街にある環境測定局から任意で受けている継続的な依頼であり、ある種の内職だった。この惑星ナピの『実生活に近い場所』における環境測定が目的であるために、観測者であるぼくの自宅周囲を観測対象として設定している。
 この白くて四角い装置を毎日二度、ぼくがドーム状の自宅の周囲を往復するように移動させて、昼の太陽光線を観測できる位置に据えておく。もし動かさなかった場合、装置が取得するはずの環境観測情報が不十分なものとなってしまう。それでも決して大きな支障はないらしいのだが、もちろん観測情報は最大限正しいことが好ましいし、その対価である毎週のキャッシュがより正確かつ多くの環境情報の出来高制であることもあって、ぼくは必ず移動させるようにしていた。いや、移動させる習慣が体に染み付いてしまっていると言っていいだろう。この測定装置について言えば、ぼくが移動できずに観測情報が不十分となってしまった事態は、この二千二百五十五日においてたった四度しかない。
 ふと、周囲を見渡す。
 ナピの太陽が、薄い雲を突き抜けて紅い輝きを放っている。陽光が照らす居住区に人気はなかった。赤く平坦な大地に広く頑丈な道が敷かれ、あまり遠くはないナピの街区に通じている。ぼくたちの住むこの土造りの家は居住区の中央部に近い場所にあるが、住居の数は多くはなく、居住区外部の地平線まで見渡せた。おとといに越してきた新たな住民――レイオン家が越してきた向かいの家が視界に入り、先程の顛末を思い出してなんとも言えない気分になる。
 沈みゆく夕陽の眩しさを手で隠しながら、ぼくは環境測定装置に近づいた。
 環境測定装置の隣には、ごく単純な造りの合金製台車が置いてある。
 ぼくはそのハンドルを握って台車を前に動かし、測定装置下部の地面との設置面にある小さな窪みに通した。
 この台車に乗せて、測定装置を所定の位置まで動かして、斜めにならないように地面に置くのがワンセットだ。
 指先から踵までの全身に力を加えて、台車のハンドルをぐっと押し込む。台車には簡素な滑車が付いているけれど、測定装置の質量は二百キログラムを超えているため、ややぼく自身の筋力を用いるし、移動は慎重なものとなる。
 普段通り、環境測定装置を家の逆側に移動させた後。
 ぼくは、台車の汚れと痛みが酷いなあ、と改めて感じた。
 単純な土埃程度の汚れなら水と洗剤を使えば落とせるけれど、特に太陽光線による表面のコーティングの劣化が激しく、所々の剥がれ落ちた部分が真っ黒な断面を見せていた。
 ぼくたちヒトや居住等に用いられる建築物の内部はネクタル・フィールドの調整保護を受けているが、ナピの太陽から地表に降り注ぐ光は、本来は生物にもその他の物質にも熾烈なものだった。それは太陽光線を調整する大気状態が不完全な開発中の惑星ではありふれた環境であり、ぼくの目の前にある環境測定装置は、その太陽光線の特性を長期間に亘って観測することがその主たる使命の一つでもあった。
 測定装置本体は専用の高級品であり、耐候性金属で作られた表面のダメージはほとんど見られない。しかしそれを動かすための台車はかなりの安物のようだった。特殊な仕様だし、環境測定局から装置と一緒にレンタルしているものなので、勝手に買い換える訳にもいかない。色褪せてコーティングが落ちて、手のひらに触れる取っ手が嫌な感触になってしまっているこの台車を、ぼくは使い続けるしかないのだろうか。それは少し嫌だな、と思った。
 ――今度、環境測定局の人に交換を要請してみようか。壊れている訳ではないし、難しいかな。
 紅い夕陽が落とす影の中で、古ぼけた台車を眺めながら、ぼくは思った。



「メロウ姉さんは、『ハロウィーン』って知ってる?」
「知ってるに決まってるじゃない」
「決まってるって……」
 姉さんは知っているのか。ふうん。そうなのか。
 陽が落ちた後。ドーム型の土造りの家のリビング兼キッチンで、ぼくと姉さんはテーブルを挟んで夕食を摂っていた。
 今日の食事当番はぼくなので、街の市場から買い置いていた材料でシチューとサラダを作った。昔から料理は嫌いではない。カップからはハーブティーの湯気が立っている。
 無闇やたらとドレッシングを振り掛けたサラダ――既に塩を振ってあるし、そんなに掛ける必要はないとぼくは思う――を飲み込んでから、メロウ姉さんは逆に訊いてきた。
「ケィヴィ君、あなたハロウィーンを知らなかったの?」
「ナピにいる人は、ほとんど知らないと思うよ」
 知る必要もないし、と付け加えながら、ぼくは自分が作ったシチューを口に運んだ。我ながら、悪くはないかな。
「……あのさあ、ケィヴィ君、いつものことなんだけど」
「何」
 真正面に座る姉さんはサラダをつつきながら、ぼくに告げた。
「君の料理、味気ないよ。特に甘みがない」
「メロウ姉さん。これはぼくからも、いつものことなんだけれど」
「何よ」
「過剰な糖分摂取は体内機能のリスクを高めてしまうし、味覚に好ましくない『慣れ』をもたらしてしまうよ」
 メロウ姉さんは強烈な甘味好きだ。喉に糖分が押し込まれているからか、会話するといつも甘い匂いがする。姉さんにはその甘い香りが常に僅かながら漂っているので、特殊な香水を使っているか、もしかしたら糖が全身に染み付いているのかもしれない、などと思うことがある。姉さんは、定期的に甘ったるいクッキーや妙なキャンディといった砂糖菓子、ナピの市場では目にしない甘味料等をどこからか大量に買い込んできて、愉快そうにそれを頬張る。ナピの街のどこにそれらを売る店があるのだろうか、とぼくが訊いても、姉さんはまともに答えなかった。
「私の体の心配なんて。ケィヴィ君、それこそ、余計なお世話」
 と、にこやかな笑顔でぼくに釘を刺してから、メロウ姉さんは自分専用の砂糖用皿から匙いっぱいに白双糖を掬い出すと、ハーブティーに入れてかき混ぜ始めた。まったく、そんなことをしたらティー本来の風味を損ねてしまうだろうに。
「ところで。さっきケィヴィ君に訊きたかった話、なんだけどね」
 砂糖をシチューにも振り掛けながら、メロウ姉さんは何気なく切り出した。
 そういえば、姉さんは何か尋ねようとしていた。
 何の話だろう。素直に分からなかった。
「――今日の午後にさあ、ケィヴィ君」
 姉さんは、平然とした様子でぼくに訊いてきた。
 にやにやと、楽しげ笑みを浮かべながら。
「『あの引っ越してきた女の子』に、私のスパイク・スモッグ渡してから、最後になんて言われたの?」
「……!?」
 えっと。ちょっと待って。
 軽く咳き込んでしまった後、ぼくは姉さんの笑顔を見つめた。
 どうして、それを知っているの。
 今日の昼下がり。奇妙な衣装を纏い『ハロウィーン』の習わしを求めたレイオン姉妹とぼくが対面したあの時には、姉さんを含む、他の誰の姿も辺りには見えなかった。メロウ姉さんは開発局支部に定期報告に行っていたはずだし、他に人がいなかった以上、姉さんが誰かから聞いたとも思えない。
 ……いや、待てよ。誰も見ていなかったとしたら。
 ぼくは万が一の可能性を考慮に入れて、有り得そうな予測を導き出した。
「玄関の、防犯カメラ? でもあの映像は、ぼくしか開けないように……」
 レイオン姉妹との会話は玄関の前でのことだったから、その場所の撮影を常時行っているカメラの映像を姉さんが見ていれば辻褄は合う。しかしカメラの映像記録と操作を行う専用サーバーにアクセスするために必要な唯一の鍵は、ぼくの左眼を用いた網膜虹彩認証なのだ。メロウ姉さんのコンピューター技術はぼくのそれを遥かに上回るが、網膜虹彩認証を突破するのはいくらなんでも無理ではないか。じゃあ別の方法でサーバー情報にアクセスしたのだろうか。でも、どうやって……。
 焦っているぼくを、相変わらず楽しそうな面持ちで眺めながら、姉さんは寝間着の胸ポケットに入れていた、『それ』を何気なく取り出した。
「これ、造ってもらったんだ。材料のせいで精度が微妙だったんだけど、楽勝だった。あの認証端末、もう古いから交換した方がいいよ」
 メロウ姉さんが指先に取って掲げた『それ』は、表面の白色が目立つ小さな球体だった。白でない部分は、濃い色彩が二重の円形を象っている。
 姉さんが手を僅かに傾げると、『それ』――模造眼球の瞳と、ぼくの本物の瞳が相対した。
 ぼくは、そのダークブラウンの色彩を知っている。いつも鏡で見ているから。
 メロウ姉さんが持っているのは、ぼくの左眼球の精細なレプリカだった。
 これで、防犯カメラサーバーの網膜虹彩認証を直接突破したのか。
「……いつ」
 しばらくの間、ぼくは自らの偽造眼球と向かい合ってから、それを持つ姉さんに問うた。
「どうやって、造ったの」
 姉さんは目玉を持たない方の手で前髪を梳かしながら、何気なく答えた。
「この間暇だったからさ、ちょっとケィヴィくんが夜寝てる内に、部屋に入って左眼の瞼開けてスキャナーに掛けたの。サーバーのキーが左眼だってことは知ってたから。あの時のケィヴィ君。寝ながら口元歪めてて、何の夢見てるんだかって、笑っちゃった」
「……どこで、造ってもらったの」
「お菓子屋さん」
 さも当然のように、メロウ姉さんは言った。
 もちろん、お菓子屋さんなどであるはずがない。惑星開発者であるメロウ姉さんの持つ独自の『つて』だろう、とぼくは推察した。肉体代替物の調整者なら街に何名かいるのを知っているけれども、三次元情報から偽造眼球を一から造るような技術者など、このナピにはいないはずだった。それならば、別星系しか有り得ない。
 姉さんの悪戯は今に始まったことではないが、今回は特に手が込んでいる。
 そこまでして、この家の防犯カメラのサーバー情報が見たかったのだろうか。ごく普通の玄関の前の映像があるだけで、そこで特に何かが起きる訳でもない。姉さんが興味を持つ情報など、無いはずなのに。
 ――いや、違う。
 ぼくの左眼の偽物を手の平で転がしながら、にやにやと笑っている姉さんの姿を見て、ある確信がぼくの脳裏に固まった。
 単純にメロウ姉さんは、ぼくが驚いている顔を見たかったんだ――それだけ、なんだ。
「話、戻すね」
 呆れて無表情になっていたぼくに、特に偽造眼球についての説明もないまま、メロウ姉さんは本来の質問をぶつけてきた。
「今日の午後のことなんだけど。音声を抽出して増幅させても、あの最後の所、良く聞こえなかったんだよね。風のノイズが大きくて。ケイヴィ君さ、スモッグをプレゼントした後に、あの白いドレスの子になんて言われたの?」
 ――随分と無遠慮に、色々聞いてくるものだね。今に始まったことじゃあないけれど。
 ぼくは愉快げな姉さんを一瞥してから、ハーブティーを少し飲み込んで、言った。
「……その偽造眼球を、処分してくれたら教えるよ」
「うん、分かった。試しに造ってもらっただけだったから。でも、あの認証システムは新しくした方がいいよ?」
 話しながら、メロウ姉さんは、さも当然のことのように。
 シチューの入った皿に、ぼくの左眼の偽物を入れて。
 スプーンに乗せて。
 食べた。
 薄い唇を開いて、赤い舌の上に乗ったぼくの眼球をぼく自身に見せつけてから、姉さんは口腔の中にそれを入れて頬張った。
 愕然としているぼくを前にして、みちゃ、もぎゅ、と咀嚼し始めた。ぼくを見つめながら。ぼくの本物の瞳を、メロウ姉さんがその灰色がかった瞳で見つめながら。
 偽造眼球を飲み込んだ後、姉さんはあっけらかんと言った。
「ケィヴィ君、そんなに驚かなくったって。これ、お菓子だから。言ったでしょ、『お菓子屋さん』に造ってもらった――って」
 メロウ姉さんは、長く美しい白髪を揺らしながら、あははははっ、と軽快に笑った。
 ぼくは、どんな表情になっているのだろうか。返す言葉が見つからなかった。
 ……姉さんには、とても付いていけない。



 『偽造眼球を処分すれば話す』と約束してしまった以上、ぼくは姉さんに話さざるを得なくなった。今日の昼下がり、ハロウィーンの習慣に沿ってぼくを訪ねたレイオン姉妹の姉、リジィ・レイオンが、別れの際にぼくに言い放った『質問』について。
 完全には覚えていないけれど、と断った上で、ぼくは白衣の少女の言葉をなぞった。

『あなたは、思うことはない? この世界のすべてのものが、ある時突然、まるで煙のように、ふっと消えてしまうんじゃあないか――って』
『……この星って、草も木も少ないし、人も建物も少ない。あなたには申し訳ないけれど、何もないように見える。でも、あなたはここに住んで、ずっと生きてきたんでしょう。だから、知りたいの』
『私、この星で、どうやって生きていけばいいんだろう?』

「……なんか、いいわねえ。若いって感じで」
 と、姉さんは二杯目のハーブティーを口に付けてから、マイペースに言った。シチューとサラダの皿は既にぼくが片付けている。
 確かにね、とぼくは応じた。
 ぼくもリジィ・レイオンのような年齢には、その台詞に表れているような、理由のない虚無感を覚えたようなこともあった。ぼくの場合は当時の事情もあって、少し違うかもしれないけれども、きっと近いような感情は抱いていたと思う。ローティーンとは、概してそういう時節なのだろう。
「この星の開発者としては、『草も木も人も建物も少ない』ってのは耳が痛い意見ね。まさしく、それが現段階の課題だったりするから……」
 メロウ姉さんは、黒い表紙の本に視線を落としながら、独り言のように呟いた。
 姉さんは『紙で造られた本』を好み、この辺境の惑星ナピでも可能な限り頻繁にそれを取り寄せていた。一定の大きさの四角い紙に文字が直接印刷されており、それが綺麗な形で綴じ込まれている――という代物だ。この世界では珍しいものだった。最初は骨董品のコレクションなのかと思っていたが、姉さんはそれらを実際に読むのだ。
 片手に取っている本のページを捲って、姉さんはぼくに告げた。
「……でも、相当脈あるわね。ケィヴィ君」
「え?」
 意味が分からないので聞き返すぼくに、メロウ姉さんは視線を向けている。何故かその瞳には、満足げな色があった。
「そういうことを初っ端から言い出してきたのは、そのリジィちゃんがケィヴィ君のことを気に入ったから、じゃないの。可愛らしい娘だし、嫁に貰っちゃえば?」
「冗談にもならないよ」
 呆れて、思わず溜息が漏れた。
 リジィ・レイオンは地球年齢十三歳前後なので、宙域法では婚姻可能な年齢に当たる。『現代の科学において健康な母体としての条件を満たし、精神的にも自らを律することが可能な年齢』――だったかな。しかし、彼女のような年頃の人間が他者との結婚という選択を採るのは、いくらなんでも早過ぎるのではないか、とぼくは個人的には思っている。精神的に自らを律することが可能な年齢――果たして、そう断言できるだろうか。
 いかにも進歩的なメロウ姉さんが言いそうな冗談だな、と思いながら、紙の本を凝視するその横顔を、ぼくは睨んだ。
 

 3.



 翌朝。
 メロウ姉さんは珍しく二連勤務で、ぼくが目覚めた時には既に外出していた。
 普段通り家の隣に置かれた環境測定装置を動かし、簡単な朝食を摂ってから、カレッジに提出する中間リポートについてぼんやりと考えを巡らせていた時、来訪者が現れた。
 玄関の前に立っていたのは、ある家族だった。
 昨日、同じような具合でぼくの前に現れたパルとリジィの姉妹と、その両親――レイオン一家だった。
 ぼくが挨拶すると、レイオン夫妻は慇懃に対応してくれた。大柄の父親は穏やかそうな風貌で、母親は優しく気が利きそうな印象を受けた。
 妹のパル・レイオンは、「銀色の服のお兄ちゃん、おはよう!」と言って笑っていた。何が楽しいのか、この子は笑ってばかりだな、とぼくは思った。
 対する姉のリジィ・レイオンは、訪問した相手に取り繕うようなこともせず、どこか決意を固めたようにさえ見える面持ちで、ぼくを窺っていた。
 簡単に自己紹介を済ませた後に、レイオン氏がぼくに話を切り出した。
 ――今日のことなのですが。私たち二人とも、まだこの星への転入の手続きがあちこちで残っていまして。もし、お暇だったら、でよろしいのですが。
 ぼくは、何を言い出すのだろう、と思った。



 レイオン氏のお願いをかいつまんで表現すれば、娘を連れてこの惑星ナピを夕方まで巡って、施設や居住地域についての簡単な案内をしてほしい、とのことだった。
 案内、といえば案内にもなるだろうけれども、きっと子守役なのだろう、とぼくは推察した。
 子守の経験がない訳ではなかったし、カレッジの各科目のリポート提出期限はまだ遠い。問題ありませんよ、と夫妻に意思を伝えた。
 ということで、ぼくは姉妹を連れて、あちこちを歩き回ることになった。
 レイオン姉妹の様子は、実に対照的だった。パルはとても楽しげに、リジィは始終真面目な表情で、ぼくの後ろを付いて歩き、ぼくの紹介を聞いていた。
 姉妹の格好が、昨日ぼくの前に現れた姿――ハロウィーンの仮装のままなのが、若干気になった。遥か彼方に存在するヒトの母星と、この惑星ナピの一日に要する時間はほぼ同じ。つまり地球時間においても、ハロウィーンの日はもう過ぎたはずなのに。
 そのぼくの質問に対して、リジィ・レイオンは、引っ越しの始末で外着の準備が整っておらず、移住とともに持ってきたこの衣装しかなかった――といった趣旨の回答をした。リジィはやはり白いドレス姿で外を出歩くのが恥ずかしいようだった。この星はその性質上色々な格好の人がいるから、それほど気にする必要はないよ、とぼくが告げると、一応納得してくれた様子を見せた。案内を進める内に、リジィも自らの服装を気にしなくなっていった。
 『惑星案内』といっても、そう大したものではない。というか、なりようがない。まずぼくたちの住む居住区を周り、その全体像や公園等の施設の案内をした。そして居住区と密接しているナピ中心街に行き、市場や商業区を巡って、軽く買い物をする。一応、送配電施設や水処理施設に植物プラント、軌道エレベーター基地や環境測定局等も紹介しておいたけれども、パルが退屈そうになっていたので速やかに切り上げた。



 ナピの街の案内が一通り終わり、ダイナーでの昼食も済ませたので、ぼくは『ある場所』に姉妹を連れて行くことにした。この星を案内してほしいというレイオン氏の提案を聞いた時から、そこには行くつもりだった。
 街からは少し離れた荒野の中にあるので、ホバー・サイクルを使って移動する。ホバー・サイクルは、サドルの上にまたがるように載って、ホバリングを用いて地面の十センチメートルほど上を安定浮遊して移動する、単純でありふれた乗り物だ。
 姉妹にその旨を話した時には、三人乗りの機体が必要だな、とぼくは思っていたのだけれど、それは見込み違いだった。
 パル・レイオンが、子供用のホバー・サイクルに載って、ダイナーから歩き始めたぼくとリジィ・レイオンの前に笑いながら現れた。今さっき、自宅から乗ってきたのだ。
「お母さんにねえ、誕生日のプレゼントにね、買ってもらったの」
 ぼくに言いながら、小石やへこみも多い紅い大地の上を、黒帽子の少女はサイクルに搭載されたホバリング機構を利用してすいすい回転している。これなら問題はなさそうだ。
「リジィは、一人でサイクルに乗れる?」
 と、ぼくが後ろを歩く少女に尋ねると、白いドレスを纏ったリジィは顔を曇らせて、首を小さく横に振った。
 妹がホバー・サイクルに乗れるのに、六つ上の姉――リジィは地球年齢十三歳と聞いている――が乗るのを拒む、というのは少し妙だけども、もちろん適性は存在するし、ぼくも子供の頃はサイクルが怖かった。それに、移り住んできた新環境においてサイクルに乗るのに気が引ける、というのはむしろ自然な感情だろう。地面の造りも、重力さえもかつてのアストラとは違うのだから。
 パルの方はというと、一体何が面白いのか、満面の笑みを浮かべながら、サイクルでぼくたちの近くをくるくると回っていた。



「ああ、そうだ」
 レンタ・サイクル・ショップの店主である老人が、二人用ホバー・サイクルを倉庫から引っ張りながら、父の名を借りてぼくに話しかけてきた。
 ぼくが生まれ育ったこのナピの現在の人口は二千七百人前後で、その大半がこの中心街で生活している。だからぼくはこの街に住む人々の多くとは顔馴染みだったし、この主人もその一人だった。
「あの、君のお姉ちゃんのさあ、惑星開発者の……」
「メロウ姉さんが、どうかされましたか」
 『君のお姉さん』という言葉から即座に、ああ、とぼくは思った。またメロウ姉さんが人様に迷惑をかけたのだろうか。
 ホバー・サイクルのチェックを済ませながら、老人は言った。
「ダンが言ってたよ。あの姉ちゃんが昼間に通りかかると、ダンの所の技師たちが騒ぎ出しちゃって、仕事に支障が出てるって。街を歩くのはもちろん自由だけどさあ、あの格好はねえ、確かにね」
「はい。ぼくから姉に言っておきます。すみません」
 良く分からないが、どうやらメロウ姉さんは、ナピの若者たちの目を惹きつけてやまない存在になっているらしい。確かに姉さんはアストラ星系の都会的なファッションを纏ってこの田舎街を平然と歩き回っているし、その服はやや肌の露出が激し過ぎるようにぼくには感じられた――これは、ぼくのような辺境の人間の感覚と言えば、それまでなのかもしれないけれども。
 いくら惑星開発者専用のネクタル・フィールドが体を守護しているとはいえ、陽光が強力な開発中惑星において肌の無闇な露出は避けるべきでは、とぼくが提言しても、一向に姉さんは聞き入れてくれない。そもそも、姉さんの方がそれらの知識についてはずっと詳しいので、それ以上ぼくが言うこともできなかった。服装の趣味嗜好そのものについては、ともかく。
 そもそも。メロウ姉さんの人形のような外面は、あくまで外面に過ぎない。姉さんの容姿に頬を緩めてしまう技師たちも、あの人と少しでもまともに会話すれば、とても自分が異性として相手にするべき対象でない事実が理解できるだろう。一緒に住んでいるから、ぼくは姉さんの滅茶苦茶な性格を知っている。
 ――きっと、昼食を摂る技師たちの前に突然現れて、にこっと笑って、チャオ、とか言ってるんだろうなあ。
 なんだか、腹が立った。
 

 4.



 紅い大地を、それよりも紅く広大な空が覆う。
 両者の隙間を、ぼくたち三人は進んでいる。
 惑星ナピの荒野は、小さな石の撒かれた赤黒い地面が見渡す限りにおいて続く。街の周辺地域については、大規模な傾斜や断崖、巨大な岩石等は存在しないので、危険はほとんど皆無と言っていい。その引き換えに、景色としては退屈になってしまうけれど。
 ホバー・サイクルの運転は、体重移動を利用するとても直感的なもので、パル・レイオンのような七歳の子供でも慣れれば容易に操れる。足で直接踏み込んで動作系に出力するペダルは緊急制御用の装置で、ほぼ使わないために通常は車体内部に収納されている。
 大地を吹き抜ける穏やかな風を受けながら、時速十五マイル程度を維持してぼくたちは進んだ。ハンドルの間に備えられたナビゲーション装置のマップでは、ぼくの指定した座標に向けて予定通り進行している。
 ぼくとリジィ・レイオンの二人乗りホバー・サイクルから少し離れた位置を、パルの子供用サイクルが走行している。パルは実に運転を楽しんでいる様子だった。きゃっきゃと子供らしく笑いながら、時折ぼくたちに語りかけてくるパルの姿を見て、ホバー・サイクルが好きなのだろうな、とぼくは思った。
 姉のリジィは、ぼくの後ろにいる。二人乗り用サイクルの後部座席から、やや緊張した面持ちで、周囲の代わり映えしない荒野を眺めていた。きっと、ホバーの感覚が苦手なのだろう。
 街を離れてから、しばらく彼女は無言を貫いていた。
 しかし、ふと、「昨日のこと」と、前で運転するぼくに向けて切り出した。
「案内されている間も、食事の時も。ずっとあなたに、謝らないといけない――と思っていたの。あの、煙のお菓子の仕掛けには驚いたし、楽しかった。だけど、あの時はなんだか……ナーヴァスに、なっていて」
 とんでもない、とぼくは思った。
 不慣れな環境に戸惑うリジィに良くない刺激を与えてしまったのは、ぼくに他ならない。
「ぼくの方こそ、申し訳ないと思っているよ」
 リジィは、ぼくを見て静かに頷いた。
 ぼくを見る彼女の表情から、ある種のこわばりが取れたような印象を受けたので、ぼくは安心した。
 荒野の風の中で、白衣のリジィは言葉を続けた。
「あなたの、お姉さんに会ったわ」
 ぼくは少し驚いたので、問いの言葉にもそれが滲んでいたと思う。
「メロウ姉さんに会ったの? いつ?」
「今朝早くにやってきて、私たち家族に挨拶してくださったの。『姉弟揃って不束者ですが、どうぞよろしくお願いします』――って、言っていたわ。あなたのお姉さん……なんだか、面白い方ね」
 この子たちと両親に挨拶してくるなんて、姉さんからは聞いていない。
 後部座席の白いドレスの少女は、顔を軽く傾けて、辺りの紅い風景を眺めながら、ぼくに言った。
「さっきから、思っていたんだけれど……。お姉さんは、あなたのことを、その、ケィヴィって呼んでいた。私も……あなたの本名は、なんだかしっくり来ないし……ケィヴィって、呼んでもいい?」
「それは、もちろん。構わないよ」
 と応えて、ぼくは頷いた。
 正直言うと、あまり良くはなかった。できれば、ぼくはより多くの人々に本名で呼んで欲しいと思っている。でも、それを強要することはもちろんできなかったし、彼女がそう呼びたいのであれば、その意思に準じよう。
「銀色の服のお兄ちゃん、速いねえー」
 ぼくとリジィの隣を走っている、小さなホバー・サイクルに乗ったパル・レイオンが言った。補助ブースターの駆動音が僅かに聞こえる。乾燥した大地を進みながら、パルはその丸っこい顔に笑みを浮かべていた。
 パルのぼくに対する呼称は、どうやら『銀色の服のお兄ちゃん』で固定されたようだった。ぼくが基本的に常時着用している耐候性スーツの特性に由来した名称だ。
 これで、リジィには姉さんの『ケィヴィ』が伝染して、パルには独自の呼称が発生したということになる。誰か、ぼくを本名で呼んではくれないのだろうか。
 ……それにしても、姉さんが今朝早くにレイオン姉妹の家に行ったのだったら、伝言くらいは残して欲しかったな。
 ぼくがそう考えた次の瞬間、自らの思考と記憶が、思いもがけない場所で噛み合うのを感じた。
 ――もしかして、レイオン姉妹の両親にこの『惑星案内』を提案したのは、他ならぬメロウ姉さんだったのではないだろうか。良くない状態で始まってしまったぼくと彼女たちの関係性に、何らかの回復の機会を持たせるために。
 邪推かもしれなかったが、そう考えれば、今朝のレイオン家の訪問と、レイオン氏が娘の姉妹に対するナピの案内役をぼくに委ねたことが、やや唐突に感じられたことにも合点がいく。
 メロウ姉さんの抜け目の無さに、ぼくは思わず溜息を吐いてしまった。



 ぼくとレイオン姉妹の三人は、その山の麓に辿り着いた。
 山と言っても、それほど大したものではない。呼び名も定義されていないし、標高は二百メートルにも届かないだろう。ただ、ひたすらに平地が広がる紅い大地の上では、そのなだらかな形状も良く目立つ。
 ナピの紅い太陽は着実に傾きつつあった。ぼくの惑星案内が思いのほか長くなってしまい、故にダイナーでの昼食が遅かったために、時刻は午後の昼下がりになってしまっていた。とはいえ、ぼくたちはそれほど長居するつもりもないので、特に問題はないだろう。
 実際のところの目的地は、山自体ではなく、その中にあった。ぼくは姉妹を連れて、ちょっとしたサイクル・クライミングを始めた。障害物もなければ傾斜も緩いので、ホバー・サイクルに乗った状態でも移動は容易だった。
 山の中腹付近に、目的の入口は見つかった。穴だ。人が入るには十分な大きさの横穴が一つ、山の断面に暗い奥底を見せていた。
 二台のサイクルを入口の近くに停めて、ぼくとレイオン姉妹の三人は洞穴に向かい合った。ぼくが「ここに入るよ」と言った時には、姉妹はそれぞれの手法で若干の拒否の態度を見せていたが、その後のぼくの説得もあって、二人ともぼくに付いて進むことになった。
 天然の洞窟の中に照明はない。ぼくは用意していた簡易なトーチをバッグから取り出して、姉妹に渡そうとした。しかしパルは「私は私のがあるよ」と拒否して、自分のホバー・サイクルの前部に取り付けられていたトーチを取り出すと、自慢気にぼくに見せてきた。用意がいいんだな、とぼくは感心した。
 他に必要な数種類の道具を自分の服のポケットに入れてから、姉妹とともに洞窟の中へと入った。



 簡単な洞窟探検だった。
 分かれ道等はなく、ほぼまっすぐの道が続いているだけだ。測ってはいないが、全長は二十メートルにも満たないだろう。それは、この小さな山の中心部へと伸びる、自然的に作り出されたささやかな道だった。
 『ある場所』で空間は大きく開けており、それが同時に洞窟の終端でもある。ぼくたちは、すぐにそこに辿り着いた。
「あそこに行くまでに、トーチの光度をなるべく落としておいて欲しい。ただ、足元には気を付けて」
 短い洞窟の先に待っていたのは、黒い岩石に覆われた、それなりに広大で、かつ暗い空間だった。もう外光はほぼ届かないため、ぼくたちの周囲は純然たる暗闇と言っていい状態になっている。この洞窟の末端箇所が円形の『部屋』のような形状をしていることを、ぼくは既に知っている。
 ぼくの提言にレイオン姉妹は戸惑いつつも、手持ちのトーチの光度を最低限まで落として、足元の暗い色の岩を照らしながら、ぼくの背中に付いてきた。
 ……さて。この辺りかな。
 『部屋』の中心付近と思しき場所で、ぼくたちは立ち止まった。
 ぼくは姉妹に振り向いて、安心して、と告げた。
 折角ここまで来たのだ。二人を楽しませられればいいのだけれど。
 ぼくは耐候性スーツのポケットから、指先で掴める程度の、小さな球形の道具――携帯型完全燃焼式フレアを取り出した。若干物々しい名称だが、ナピの街でも探索用として店先に置かれている、ごく一般的な光源用の道具だった。小型かつ無電源で使用できるため、今のぼくたちのように街の外部を探索する際には、緊急時の光源として持っておくことが推奨されているものだ。
 ただ、この洞窟での使い方は、少し趣が異なる。
 ぼくは、フレアの先端に付けられた安全ピンを抜いて作動コードを引き、ぼくたち三人から少し離れた場所に投げ置いた。
 暗闇の中の、一呼吸分の不思議な沈黙ののち。
 地面に落ちたフレアから、光が溢れ出して。
 ――ほぼ同時に、それが始まった。



 暗黒そのものだった『部屋』が、突如、輝かしい青の光に満ち満ちた。
 視界全体から放たれる、淡く美しい光芒が、ぼくとレイオン姉妹の三人を、一瞬前まで闇が覆っていたこの洞窟の全体を青色に照らし出し、その姿を露わにする。
 あらゆる壁面と天井が優しい光を放ち、きらきらと輝き、見る見る内にその光の形状を少しずつ変えていく。ぼくは顔を上げて、その光景を視界に収めていた。
 レイオン姉妹の姿が見えた。二人の少女も、感嘆の声を上げて、青い輝きに満ち満ちた洞窟の姿を眺めていた。
 ぼくは、この場所を『青い反射石の部屋』と個人的に呼んでいた。
 『反射石』は、この惑星ナピの一部の地層に限定して見られる結晶物質だった。いわゆる反射材の素子に近い性質を有しており、外部から入射した光をほぼ完全に内部で反射し、その性質に応じた色彩の光を放つ。この『部屋』は、その内部壁のほぼ全面が多分な量の青色の反射石を含んでいた。
 地面に置かれた携帯型完全燃焼式フレアは、その質量の大部分を占める化合物の反応によって、周囲一体に熱さのない火花を長時間放ち続ける。このフレアこそが、いい具合に光源が散らばり、また光度の大小を繰り返すため、もっとも綺麗な反射現象を見ることができる道具――と、ぼくは考えていた。
 何もかもが、青く見える。
 ぼくたちの姿はもちろん、光源である完全燃焼式フレアでさえ、周囲の全面から溢れる反射光に押されて、青色に染まっていた。
「……きれい」
 と、リジィ・レイオンが呟いた。装飾された手袋をした手で口元を押さえ、その両の目を見開いて、洞窟を眺めている横顔が見えた。パル・レイオンは、「すごーい」と声を上げて、その大きな帽子の鍔をひらひらと上下させながら、青に満ちた空間を歩きながらはしゃいでいた。
 よかった、とぼくは思った。
 この『青い反射石の部屋』は、ぼくが発見してから今までに誰にも教えていない、言わば秘密の場所だった。たまにこの洞窟を訪れては、輝きの中でくつろいでいたりしたのだ。
 反射石やそれを見られる洞窟自体はこの惑星ナピにありふれているけれども、ここまで見事な『反射現象』を観察できる場所を、ぼくは他に知らない。
 レイオン姉妹がこの洞窟に驚き、喜んでくれていたのが、ぼくには嬉しかった。
 ぼくの二人への惑星案内はベストではなかったと自覚しているけれども、これできっと、ほんの少しは、いい思い出になってくれるかもしれない。
 ――燃焼式フレアの光が弱まったら、あと一、二個を使って、それから街に帰ろう。
 青い光の中で、そんなことを、ぼくが呑気に考えていた時だった。
 前兆など何もなく、洞窟が揺れ始めた。
 視界の中の青い輝き――部屋を覆う岩石がおもむろに裂けて本来の黒い闇を覗かせ、重く激烈な音響が聞こえたと同時にぼくの全身が揺さぶられるのを自覚し、レイオン姉妹に何かを言う暇さえ与えられない内に。
 ぼくの足元が、根底から崩れた。
 

 5.



 ――僅かな時間、ぼくは気絶してしまっていたようだった。
 真っ暗な空間だった。
 誰かの吐息が、近くに聞こえる。レイオン姉妹のどちらかだろう。
 ……どうやら、ぼくたちは自然発生した落盤に巻き込まれて落下し、青い反射石の部屋の下部に存在した、この『空洞』に入ってしまったようだった。そしてこの空洞は、外部の光が一切入らない空間なのだと思われた。
 持っていたハンディ・トーチは落下の際に取りこぼしてしまったらしい。しかし完全燃焼式フレアを保有していたのが幸いした。ポケットから一つ取り出して、近くの地面に投げつける。燃焼する発光体を中心として、黒い地面に座り込んでいたリジィ・レイオンと、ぼくの腕が視界に浮かび上がった。周囲に反射光は見られない。この空洞は上部とは一変して、反射石が一切ない地層に位置するらしい。
 ぼくはすぐにリジィの様子を確認し、状態を訊いた。ハロウィーンの衣装――純白のドレスのフリルと、細い脚を覆う同色のタイツの膝の部分が少し破けてしまっているが、大きな怪我は見られないし、体に痛みも感じないそうだった。彼女の持つネクタル・フィールドの耐衝撃機能が上手く動作したのだ。ぼくは、ひとまず安心した。後はパルの方だが、リジィの近くにはおらず、声も息も聞こえない。まずい。
 リジィ・レイオンは、息を荒げながら、ぼくに対して、大丈夫か、怪我はないか、問題はないのか、と切羽詰まった口調で訊いてきた。ぼくは、いい子だな、と思った。君がぼくを心配する必要も義理もないのに。
 落盤の可能性を見過ごして、この危険な洞窟に君たちを連れて行ったのは、完全にぼくの責任だ。
「少し、肩に怪我をしただけだよ」
 と、パルの姿を探しながら、ぼくはリジィに答えた。
 大した怪我ではなかった。左の肩関節が前方に脱臼しているだけだ。
 ネクタル・フィールドは万能ではない。ぼくたちの人体を覆うこの特殊な力場は、単なる環境維持の他に衝撃緩和機能も有するが、もちろん一定以上の撃力は対処しきれない。今の落下速度とぼくの人体へのダメージは、その一定を超えていたのだ。
 ぼくは、視界の下部に投影されたフィールド・モジュールからの情報に目を向ける。動作ログによれば、突然の落下を感知してフィールドはその保護レベルを最大まで上げていた。ぼくは、フレアの光に照らされた岩の『出っ張り』を傍らに認識している。この先端が、ぼくの肩の後ろに衝突してしまったらしい。運が良かったな、と思った。衝突部位によっては即死していた可能性もあった。
 左肩の脱臼箇所から明確な痛みを感じるが、今はそれどころではない。暑くもないのに体中から妙な汗が吹き出ているけれども、それも仕方がないことだ。
 投影された情報を視線で追いながら、ぼくはフレアに丸く照らされた、空洞の暗い地面の端を見渡していた。まずい。パル・レイオンの姿が一向に見えない。声も聞こえない。声さえ出せない状態になっているかもしれない。
 だが、その心配は杞憂となった。
「銀色の服のお兄ちゃーん、リジィおねえちゃーん」
 ぼくとリジィを呼ぶパル・レイオンの声が、上方――恐らく、ぼくたちが元々いた『青い反射石の部屋』だろう――から、反響を伴って聞こえた。
 今、君がどういう状態なのか説明して欲しい旨を、ぼくは大声でパルに訊いた。なんとなく、久しぶりに大声を出したような気がした。首を上に曲げると、左肩の痛みが倍加して、ぼくは思わず目を瞑ってしまう。
「がたがたって揺れてから、穴が開いてねえー、お姉ちゃんたちが落ちちゃったの。上からも岩が落ちてきて、塞いじゃった。私は落ちてないから大丈夫。洞窟の出口が見えるから、私は出られるよ」
 良かった。とりあえず、状況は最悪ではない。
 すぐに街に戻って、救助を呼んできて欲しい、街の方向はサイクルのナビゲーションで分かるはずだ、とぼくは彼女に告げた。
 パルは、うん、と応じて、洞窟を去っていったようだった。
 この場所の空間座標は記録されている。パルがサイクルで街に戻り、「姉たちが落盤に巻き込まれて閉じ込められた」事実を誰かに告げれば、必ず救助は来る。
 問題は、それまでの時間だった。
 さて、と。
 ぼくは、立ち上がっていたリジィ・レイオンの顔を見た。設置された完全燃焼式フレアの白い灯りに照らされた彼女の表情から、ぼくはその疲労を読み取った。ぼくを見つめながら、少し困惑しているような様子も見て取れた。体のダメージは小規模で済んだ反面、精神的なショックが多大だったのだろう。突如落盤に巻き込まれて、この暗い穴に落とされたのだ。無理もない。
「落ち着いて、救助を待とう」
 と、ぼくは告げた。彼女を安心させることが必要だと思われた。リジィは、やや不安げな面持ちで、ぼくを見つめていた。
 問題は、時間だ。
 ぼくのネクタル・フィールド内に投影されていた情報に、改めて視線を走らせる。ぼくたちのいるこの空洞の有する環境情報と、フィールド・モジュールが保有する大気調整用圧縮分子情報。その二つが示す事実が、現時点で最も重大な問題を突き付けていた。
 この空洞の明確な大きさと形状はぼくの持つ装置では分からなかったが、ぼくたちの声の反響具合から、かなりの広さがあるように思われる。気温と大気圧はナピにおける通常の領域内にある一方で、その分子構成が興味深いと同時に恐ろしかった。二酸化炭素と窒素がほぼ百パーセントを占めていたのだ。なんとこの空洞は、今までほぼ密閉状態にあったらしい。銀河系連盟のこの宙域政府による、つまりヒトによる開発がなされる以前の、原初のナピの大気環境を保持していたのだ。ぼくとリジィが閉じ込められてしまった事実はさほど問題ではなく、その密閉状態こそが最大の問題だった。
 ぼくたちの周囲を覆い、人体に適応した環境に補整するネクタル・フィールドは、その内部における大気分子の割合を本体モジュール内に保存された圧縮分子によって調整している。この星ナピにおいては、その大気が既に地球に近い形で供給されているために、その住民のモジュールの大気調整用分子は通常量しか含まれていない。
 ヒトはその生存において、外呼吸を通じて体外の酸素分子を体内で二酸化炭素に換え続ける。この空洞内には酸素がごく僅かな割合しか存在せず、その為に、ぼくとリジィ・レイオンの二名は現在、ネクタル・フィールド・モジュールから放出された酸素分子のみを消費して生存している状態にある。そして、その量は限られている。
 即ち、酸素不足による酸素欠乏症及び二酸化炭素中毒による致死の危険性があった。
 モジュールの算出した情報によれば、ヒトが健康体を維持できる通常の大気環境は、あと二時間と保たないそうだった。それでも幸運だった。ぼくたちのネクタル・フィールド・モジュールに保存された調整用圧縮酸素は、このような事態――無酸素状態の大気に入ることを最初から考慮していない量なのだ。ナピのようにある程度進んだ居住段階の惑星においては、このような大気構成を持つ空間はほぼ存在しないとされているし、ぼくも地球年で十九年間生きていて、これが初めての経験だった。
 どうしよう。
 ぼくは、良くもない頭をなんとか回して、少しでも生存可能性が高まる手段を考えようとした。
 正直、ぼくはこの状況に焦りを覚えていた。左肩からの断続的な痛みも、冷静な判断を妨げているような気がした。すぐに歓迎すべきではない方向に考えがふらついてしまう。それでも、考えなければ。
「……そうだ、言い忘れてた!」
 ぼくの滞る思考を割って入るかのように、パル・レイオンの声が、再び安全な上層から聞こえた。まだ行っていなかったのか。
「今日は、楽しかった! お姉ちゃんたちを、これからもよろしくね、じゃあね、銀色の服のお兄ちゃん!」
 すまないけれども、早く街に戻って伝えてくれ、と言おうとしたが、声が出せなかった。パルがいると思われる空洞の上層に首を向けた途端、脱臼した左肩から猛烈な苦痛が走ったのだ。つい膝を地面に落として、息を荒げてしまう。慌てた様子で手を差し伸べるリジィに、問題ないよ、とぼくはなんとか告げた。
 それから、パルの声は聞こえなくなった。今度こそ洞窟を抜けて、街に向かったらしい。



 ――落ち着いて聞いて欲しい、と告げてから、ぼくはリジィ・レイオンに現在の知りえる状況を説明した。ぼくたち二人が落ちてきてしまった、この空洞の閉鎖環境について。そして、ネクタル・モジュール内の残存酸素について。
 リジィは、特にショックを見せることもなく、淡々とした表情でぼくの言葉を聞いていた。
 もしかしたら、あまりの唐突な出来事に、彼女は現実味を感じていないのかもしれない、とぼくは思った。少なくともぼく自身はそうだった。酸欠で死ぬ危険性が現れているという状況を、データ上でそうであると認識できても、差し迫る事実として捉えることにかなりの難しさを感じていた。
 死ぬのか。ぼくたちは。
 ぼくは、ゆっくりと息を吐いて、呼吸を整える。
 絶対に、防がなければならなかった。
 少なくとも、リジィについては。



 完全燃焼式フレアには、本当に助けられる思いがした。まさしく、緊急用の道具として、フレアは本来の利便性を果たしていた。
 暗黒の空洞の中のいくつかの地点で灯りを照らしている内に、この空洞の底面にある程度の高低差と傾斜が存在し、中に小山のような地形があることにぼくは気が付いた。
 そこに登って大気構成を確認すると、ぼくの予測が好ましい形で当たっていた。大気中の気体酸素濃度が、ぼくたちの落下地点である小山の下の部分より少し高かったのだ。恐らく、先程の落盤でぼくたちが入り込んでしまった際に、多少の外部の空気もこの場所の原始的な大気と混合し、比較的軽い気体酸素が空洞の上部に溜まっていると考えられた。ヘリウム風船が一般的な大気中において浮力を持つのと同じだ。風船のような明確な境界がないために、酸素の拡散傾向は強いだろうけれど。
 ぼくはその旨を説明して、リジィを小山の上まで連れて行き、更に肉体の酸素消費量を僅かでも減少させるために、二人で体を横にした。その体勢でも酸素を含む上部の空間に収まるのが幸いだった。
 小山の上には、ぼくたち二人がちょうど寝そべられる程度の広さの平たい面があった。ぼくは前方に脱臼している左肩関節を痛めないように注意しながら、右側を下気味にして、隣のリジィの方を向いた。痛みが薄れつつあるのは、いい兆候なのだろうか。
 自然的に形成された寝床は決して広大ではなかった。ぼくたちは五十センチメートルほどの間隔を開けて、その間にフレアを置いて灯りにすることにした。こうして、底深い闇の中で、横たわったぼくとリジィの一面のみがフレアの白い火花に照らされ、互いの視界に入るという状態が形成された。



 いつ外部からの救助があるか分からない現状で、眠って意識を失う訳にはいかなかった。ぼくとリジィは、しばらく話をすることにした。その方向性は、ほぼ自然的に決まった。
 結果として、あの『質問』のことについて訊くことになるのは、半ば必然のことだったのだろうと、ぼくは思う。



「……どうして、あの質問をぼくに?」
 昨日の今頃――よりも、少し前のことだろうか。
 ぼくとメロウ姉さんの家の玄関先で。ぼくの前に初めて現れたリジィ・レイオンは、ぼくが無遠慮に渡してしまったスパイク・スモッグの『煙』を食らった後、ぼくを真正面に見据えて、訊いたのだ。
 『私、この星で、どうやって生きていけばいいんだろう?』、と。
 ――リジィ。どうして、あの時、あんなことをぼくに訊いたの。
 もちろん、話したくないならば、それでも構わない。
 でも、答えてくれるのならば、教えて欲しい。
 ぼくは、隣に寝るリジィの瞳を見つめながら、そう訊ねた。
 言わばそれは、質問に対する質問だった。
 ぼくを見るリジィ・レイオンの表情に目立つ変化はなかったが、その視線には、ある種の驚きと疑念の色が、僅かながら表れていた。彼女の紺色の瞳の輝きが、「本気なの?」と、ぼくに尋ねているようにも感じられた。
 本気だよ、と応えたかったから、ぼくはそのリジィの視線をまっすぐに受け止めた。
 ――私、どうやって生きていけばいいんだろう?
 あの『質問』は、単なる無軌道な子供の意地悪な軽口などではなく、リジィ・レイオンにとって、代わりが見つからないほどに大切な上に割り切れない問題の、その一端を示しているように、ぼくには感じられたのだった。
 ぼくは、リジィの『質問』に対して、ぼくなりの回答を彼女に与えたいと思っていた。しかしその為には、答えを考えるための背景となる情報が足りなかった。ぼくにその問を呈した、リジィ自身についての情報が。
 フレアの光に照らされたお互いの顔を無言で見つめ合う、静かな時間が過ぎた。
 リジィ・レイオンは。
 ふう、と息を吐いて、ぼくから視線を逸らすと。
 この闇ばかりの空洞の、少しだけ突起のある形状がフレアに照らされている天井の方に、顔を向けて。
 まるで独り言のように、語り始めた。
「……私の父さんは、本来の仕事を辞めさせられて、私たちを連れて、この星に来たの」



 ――まるで赤の他人について語るような、淡々とした口調で、仰向けになったリジィ・レイオンは言葉を連ねた。
「父さんは、ついこの間まで、アストライオスの素材を扱う会社に勤めていた。良くは知らないけれど、財務監査を担当していたみたい。……アルゴノートっていう会社なんだけど、ケィヴィは知ってる?」
 もちろん、とぼくは答えた。
 アルゴノート素材社といえば、この宙域全体の素材商社の中でも指折りの大手に当たる。リジィの父がそのアストライオスにある本社の財務監査担当だったのであれば、かなりの権限を持つ人物であったことは想像に難くない。
 そんな人が、どうして会社を辞めてナピに――と疑問に感じると同時に、ぼくは最近のアルゴノート社にまつわる、あるニュースを思い出した。確か、ある幹部社員が社内の財務情報を書き換えて、『宙族』との悪質な不正取引に関与していた嫌疑が掛けられていたのだ。まさか、その社員が。
 今朝、リジィとパルを引き受けた際に、ぼくは彼女たちの父親であるレイオン氏と顔を合わせている。宙族と裏取引をして不当な利益を得ようとするような人物には、ぼくは思えなかった。
 宙族とは、この宙域や銀河系全体を放浪しては訪れた星の人々を略奪・誘拐等の手段で脅かす、ならず者たちの総称だ。彼らがこのナピに来たことも、実際にぼくが遭ったこともないが、その蛮行は度々伝えられている。宙族は、行為のみならずその存在そのものが宙域法に反していた。『宙域内のあらゆる情報を宙域政府の許可なく他宙域に伝えてはならない』という、現代ではごく当然の原則を平然と踏みにじるとされる一点においても、彼らは脅威的な存在と言えた。
 リジィの父が、宙族との不正取引疑惑の責任を取る形でアルゴノート素材社を辞職し、家族を養うために自らの能力を役立てようと、この開発中惑星であるナピに妻と娘とともに越してきた――そのようなレイオン家の事情は、娘のリジィが語らずとも、ぼくには簡単に想像できた。そういうものを抱えてやってくる人々が、この辺境には少なくないからだ。



 ――私の父さんが、そんなことをするはずがないのに。どうして。
 話を、聞いている内に。
 リジィ・レイオンの声と表情は、いつの間にか変わっていた。
 疑念をそのまま言葉に換えるように、白衣の少女は暗闇に声を開放する。
 リジィによれば、彼女の父親は周囲の何者かに陥れられ、不正の容疑を転嫁させられたのだという。
 静かな、しかし怒りを滲ませた語調で、少女は言葉を重ねる。
 曇った表情を、空洞の天井へと向けたまま。
 ――父さんはね、本当に優しくて、真面目で、正直な人。母さんはその性格に惹かれて、父さんと一緒になったって聞いてる。私も、そんな父さんが好きだし、いつまでも信じていたい。
 だから、そんな取引とは、無関係なのに。
 本当に悪い誰かに騙されて、一方的に悪人にさせられてしまった。
 父さんは。私の父さんは、悪くないのに――。
 リジィ・レイオンは、小さな、しかし確固たる苦渋と怒りを宿した声音で、暗闇の支配する虚空に、祈りのような、あるいは呪いのような言葉を投げかけていた。
 そんな彼女の横顔を、ぼくは見つめている。それしか、できなかったから。
 ぼくは、ただの田舎に住む一人の学生に過ぎず、故に報道の表層的な情報しか知らない。だから、リジィの父が本当に宙族との不正取引に関与していたか否かについて、ぼくに正確な判断が可能には思えなかった。
 酸素の無い空洞の暗闇の中で、怒りと諦めをともに抱えたような面持ちで、独り言のように「父さんは悪くないのに」と呟くリジィを、ぼくはただ無言で見つめるしかなかった。掛ける言葉が、見当たらなかった。
 慰めのために、君のお父さんは悪くなかったんだよ、と断言しても、嘘をつくことになってしまう。だからといっても逆に、君の父さんは犯した罪を償うべきだ、と眼前の少女に言える根拠も、その度胸も、ぼくは持ち合わせていなかった。
 葛藤を吐き出し終えたからというよりは、それを吐き出すことの無意味さを再認したかのように、リジィが言葉を止めて――闇の空洞に、静寂が戻った。
 重い静寂だった。この空洞の外部よりもやや重たい大気が、今初めてぼくの全身にのしかかってきたかのようにさえ感じられた……ぼく自身の心因的な錯覚であることは、もちろん分かっているのだけれど。
 どれだけの時間が経っただろうか。
 ぼくは、リジィの横顔に向けて。
「……きっと、君の家族には、君が必要だよ」
 と、告げた。
「なぜ、そう思うの」
 当然の疑問として、リジィは顔を上に向けたまま、問うた。
 ぼくは、答えようとして。
 そこで初めて、困ってしまった。
 ――リジィの家族には、リジィが必要だ。
 なんともばつが悪いのだが、どうして自分はそう思ったのだろう、とぼくはその理由を考え始めることになってしまった。たった今、隣のリジィに告げたばかりの言葉なのにもかかわらず。ぼくらしくもない、それは半ば直感的な言葉だったのだ。
 格好悪い息継ぎのように、そうだね、とリジィにひとまず言って。
 そうしてから、暗闇の中で、ぼくは自身の記憶への思索を巡らせ始めた。



 信じられないほどの静寂さを通して、二人の呼吸音だけが聞こえている。
 ぼくたちの間に置かれていた設置式完全燃焼フレアが光を失いつつあったので、ぼくは動く右手だけを使って、新しいものに取り替えた。白い火花が散乱して、フレアは再びぼくたちと周囲を照らし出す。酸素が極めて少ないこの環境においても、その化学照明が力を発揮する事実に、妙な頼もしさを感じた。
 空洞の深い暗闇に包まれる中、フレアの灯りのみに支えられて、黒い小山の上を、ぼくとリジィ・レイオンの体は仰向けに隣り合っている。互いの意識を支えるために続いていた会話の途でも、残存酸素は着実に減少の一途を辿っていた。
 奇妙な環境だった。
 今のぼくは、他人に話そうと思う機会がまず無いような事柄も、リジィ・レイオンに話したくなっていることを自覚していた。
 理由は、もちろん分かっていた。この今こそが、ぼくが他の誰かに何かを語る、最期の機会になる可能性を認識していたからだ。
 リジィは、それを表面的には押し隠しているが、間違いなく死の恐怖を感じ取っていた。迫る絶対的な死の力を前にして、怯えていた。だからこそぼくは、自分について隠し事なく、彼女にきちんと話さなければならない、と思い始めていた。
 ……どういうことを、どのような順番で彼女に語るのが望ましいのか、大まかな概観を浮かべながら。
 ぼくは、話し始めた。
 まるで、自分自身に語るかのように。



 リジィ。
 少し遠回りになるし、きっと退屈だろうけれど。
 これから、ぼくについての話をするね。
 ……まず、君がそうしてくれたように、ぼくも、自分の親の話から始めよう。
 ぼくはこのナピの生まれだけれど、両親は違う。父さんはある田舎の星系の出身で、宙域の色々な場所を渡りながら大規模機械のメカニックをしていた。母さんは法務の専門教育を受けていて、法にまつわる仕事をしていたらしい。そういえば母さんは、君たちと同じアストライオスの出身なんだよ。父さんと母さんは、ある星系移動船の中で偶然知り合ったって聞いているけれど、詳しくは知らない。大恋愛だったらしいけど、実際はどうだったんだろう。
 二十三地球年くらい前に、父さんは技術者としてナピの開発にまつわる大きな仕事を任されて、婚約した母さんと一緒にこの星に移住した。当時造成されたばかりの居住区に家を持ってね。それが昨日君が訪ねてきた、あの家だよ。
 最初は、とてもうまく行っていたらしい。仲のいい夫婦で、子供も産まれて、大切に育てて。父さんの仕事も順調だったって、父さん自身が言っていた。当時のことを知っている街の人は、ぼくの両親は本当に仲良しだったって言ってる。
 でも離婚したのは事実で、その理由は単純に二人の性格が合わなくなっていったからとか、育児の方針が違っていたからとか、父さんの収入が悪くなったからとか、母さんのやりたい法律の仕事が田舎のナピではできなかったからとか、色々なことをぼくは聞いている。でも残念ながら、本当の理由は今でも良く分からない。
 とにかく二人は婚姻関係を解消した。母さんは故郷のアストライオスに戻った。一方の父さんは取り組んでいた仕事もあったし、ぼくと一緒にこのナピに残ったんだ。それが十八地球年前のことで、ぼくが一歳の時だった。
 一歳の時だったから、ぼくは母さんのことを良く知らない。実際に顔を見た記憶もなくて、父さんのコンピューターに少しだけ残っていた画像と映像だけしか感覚情報もない。父さんはいつも別れた母さんのことを、『頭が良くてずるい女』って言っていた。だからといって、もちろん母さんがずるい性格だとはぼくには思えないし、思いたくもないけれども、あまりにも父さんがそう繰り返していたものだから、その印象は妙に残ってしまっている。
 父さんはシングルになってからも、ぼくのことを良く育ててくれたと思う。開発用大規模装置のメカニックとして働きながら、家事もして、息子のぼくともきちんと接して、遊んでくれた。街からずっと離れた区域まで行って、一緒に探検したのが、七、八歳の時だったかな。山と谷を下った先に、ここよりもずっと長い洞窟があって。二人だけで奥まで進んだんだ。あれはとても楽しかったなあ。
 ぼくが十三歳の時に、父さんは仕事中に怪我を負った。それが、非常にまずかった。いや、父さんは頑健を絵に描いたような人だったし、怪我そのものは決して大きくはない切り傷だったらしいんだけれど。問題なのは、父さんのその左脚の傷に運悪く工業用の擬似液体金属の一種が入ってしまったことだった。血管内に入ってしまった液体金属の毒性は、父さんの左腿から下をすぐに壊死させた。神経系を大規模に壊してしまったから、神経接続系の肉体代替物も使えなかった。だから父さんはごく単純な義足を付けて歩くようになって、仕事もできなくなって、それから、おかしくなってしまった。
 左脚が義足になった父さんは、家にこもって、VRに傾倒していった。仮想現実デバイスなんて、それまではほとんど触りもしなかったのに。ぼくは驚いたよ、あまりにも急激な変化だったから。父さんがデバイスと一緒に痛み止めの薬を過剰に飲むようになってからは、別星系から取り寄せたらしい向精神薬との併用も、時間の問題だった。他の何よりもVRを優先させて、没頭していて、ほとんど食事さえ摂らなくなってしまった。怪我してからの父さんは一地球年の半分ほどしかぼくの前にはいなかったけれど、あの時の父さんの顔を、変化を、今でもたまに夢に見る。
 後に聞いた扶助機構の人の話によれば、あの父さんの状態は、改善不能なダメージを負ってしまった人にありがちな症状らしい。でも、ありがちと言われても、その父さんの息子で、唯一の家族だったぼくには、ありがちだから、で済ませられるような話ではない、と思う。
 ある日のことだ。ぼくが日用品の買い物から帰ると、父さんが頭を洗面台に突っ込んで、体をだらん、とさせていた。父さんの首からVRデバイスの端が見えた。最初は、何をしているのか良く分からなくて、ぼくはどう言葉を掛けていいのか、少し考えた。父さん、と呼んだ。でも返事がない。まったく返事がなかったから、ぼくは近づいて、洗面台が青く濁った水で満たされていることに驚いて、父さんの体を動かそうとした。怪我をしてから、父さんは一気に痩せ細っていたけれど、当時のぼくは今より小さかったから、それでも動かすのに苦労した。父さんをなんとか動かして、洗面台の前の床に寝かせて、それからしばらくして、父さんがもう二度と動かないことを知って、それからまたしばらくして、手を洗って、医者を呼んだ。
 父さんは自殺した。いや、自殺だったと判断されたけれど、あれがそうだったのかは、父さんの最期を見たぼくにも分からないでいる。数日前に父さん自身が、自分の生や死について知り合いに言いふらしていたのが法的判断の決め手になったようだ。でも、VRと薬の影響で、一時的におかしくなってしまっていたのかもしれない。事故かもしれない。そうでないかもしれない。
 ……まあ、それはいいんだ。
 その後の話をしないと。ぼくは両親がいない状態だと判断されて、別の星系から扶助機構の人が来て、ぼくを施設に保護できる、と話してくれた。でも、ぼくは自分の生まれたこのナピで暮らしたかったから、拒否したら簡単に引き下がった。当時のぼくは十三歳で、保護を拒否する権限はあったんだ。怪我をしてから、明らかに父さんはぼくに無関心になっていたけれども、死亡時の保険金は解約されていなかった。多くはないけど貯金もまだあったから、ぼくは学校教育を受けて、しばらく生活できる、という立場になった。
 父さんの貯金を切り崩しながら、子供でもできる仕事で最低限の生活費を補いつつ、ぼくは一人で暮らし始めた。まず、環境測定局から観測装置を家に設置してもらって、その測定データの提出を毎日行うことにした。それは日課のようになっていて、今でも続けている。スクールの教科が空いている時は、朝から晩まで街の店の手伝いをして回った。
 そんな生活が、しばらく続いた。
 あの時は、ぼくの十九地球年、六ナピ年の人生の中でも、もっとも辛かった時期だと思う。父さんの遺した貯金は決して多くはなかったし、かなりまずい状態だった。毎日が、疲れていた。
 もうすぐ貯蓄も尽きて、スクールの在籍もできなくなってしまうから、ぼくが別の手段を考え始めていた時だった。まるで見越していたように――もちろんそうでないのは分かるんだけれど――アストライオスの母さんから、ぼくに連絡があった。最初は、その星系間メールを冗談か何かだと思った。十四年前にこのナピを離れて、父さんの葬儀の時も含めて、一度も連絡をくれなかった母さんが、ぼくに今更メールを寄越すなんて、とても信じられなかったから。母さんによれば、ぼくの状況を把握したばかりだったらしい。
 それからすぐに、ぼくが使っていた父さんの口座に大量のキャッシュが振り込まれた。特別実習を受けている私の娘から、と母さんが文面で伝えてきた。
 ぼくに実の姉さんがいることを知ったのは、その時だったんだ。
 メロウ姉さんは、六歳までこのナピで両親と暮らしていた。ぼくが一歳の時に離婚した母さんと一緒にアストライオスに移住して、そこで母さんのかつての仕事仲間だった大学教授に才覚を見込まれたんだ。惑星開発者としての才覚を。その教授の推薦で、姉さんは英才教育を受けて、すぐにその頭角を現していったらしい。母さんは故郷で再婚していて、その相手がどういう人なのか、ぼくは今でもほとんど知らないのだけれど、どうやらその人の助力もあったようだ。
 生前、父さんはメロウ姉さんについて、ぼくにまったく話してくれなかった。どうしてなのかは、もう永遠の謎だ。母さんとの最大の思い出であるメロウ姉さんの存在を、忘れようとしていたのかもしれない。
 惑星開発者の教育コースについて詳しくは知らないけれど、メロウ姉さんは前例のないような速さで飛び級をしていって、十八歳で惑星開発者候補資格を得て、二十歳で惑星開発の実習を行っていた。それは惑星開発者としての実際の任務を伴うもので、ナピであまり良くない暮らしをしていたぼくに振り込まれたキャッシュは、その時の報酬の一部だったんだ。
 ぼくはメロウ姉さんのことを全く知らなかったけれど、姉さんはぼくのことを覚えていた。ナピにいるぼくのことを。母さんのメールによれば、ぼくに給料を送ることは、姉さんの意向だったそうだ。
 姉さんからの援助がなければ、ぼくは高等教育はまず終えられなかっただろうし、カレッジにも入学できなかった。学校の休暇を見計らって、ぼくは連絡船を乗り継いでアストライオスまで行って、公認の惑星開発者となったばかりのメロウ姉さんに会いに行った。残念ながら、母さんは再婚相手と別の星系に長い旅行に行っている時だった。
 アストライオスの機械と金属に囲まれた街中で、ぼくは初めてメロウ姉さんと待ち合わせて、白い髪に象徴されるその変わった姿を見た。
 その時、メロウ姉さんは、何故か悲しげな微笑みを浮かべて、「変わってないね」と、ぼくに言った。
 それがおよそ地球年で一年半ほど前のことで、それからすぐに、惑星開発者としての姉さんの配属対象がこのナピに決まった。姉さんの希望だったらしい。ナピの惑星開発者の席はずっと空いていたし、この小規模開発惑星が、姉さんの年齢と経験を踏まえても丁度いい、と判断されたそうだった。
 ぼくはメロウ姉さんと再びあの家での生活を始めて、カレッジに所属した。
 姉さんは滅茶苦茶な性格で、甘い不健康なお菓子をいつも食べているし、変な悪戯もしてくる。……そうだね、お菓子か悪戯か、のどちらかじゃない、どちらも取る人なんだ、メロウ姉さんは。……だけれど、一緒にいるのは、決して嫌ではない。少なくとも、ぼくは。
 そして君たちが来て、ぼくは格好悪い失敗をして、この事故に巻き込んでしまった。
 ……簡潔だし、なおかつ分かりにくかったかもしれないけれど。
 ぼくにまつわる話は、これで終わり。



 語りながらも、ぼくは途中で気が付いていた。
 五十センチメートルほどの距離を開けてぼくを見据える、リジィ・レイオンの変化に。
 その、『表情』に。
 ぼくは、そんな彼女に対して、心の底から、真率に思った。
 ――どうして、そういう顔をするの、と。
 そういう顔を、して欲しくはなかった。
 リジィには、率直に聞いていて欲しかった。
 昨日初めて出会った時、ぼくに生きることへの問いを言い放ったあの時のように、真面目そのものの、あの表情で、ぼくを見ていて欲しかった。
 ぼくに今、見せてくれているような、そういった要素を含めて、聞いて欲しくはなかったんだ。
 リジィ。
 『何か』を、このぼくに感じてくれる必要なんて、ないんだよ。
 ……もちろん、すべてがぼくの考える通りになるはずがない。それは、言うまでもなく、もちろんだ。
 だが、やはり、ぼくはリジィの表情を見て残念に思った。強烈な、寂寥を覚えた。
 どうして自分がそう思うのかも、今ひとつ納得のできる結論は出せなかった。ネクタル・フィールド内部の維持酸素濃度の低下のために、かなり精神状態が不安定になっているのかもしれないな、とぼくは推測した。



 ……リジィ。
 話を、元の場所に戻そう。
 『私、この星で、どうやって生きていけばいいんだろう?』
 初めて会った時、君は、ぼくにそう質問した。
 この問いは、単純に聞こえるけれど、実際のところは非常に込み入った問題で、厄介なものにぼくには思えた。だから、その質問の持つ重要性に対して、強い正確性や正当性を持つ答えをぼくが君に与えられる自信は、正直に言って、ない。
 しかし、哲学者でも医者でもないこのぼくが、なんとか辿り着いた、それも捉えどころのないような、はっきりしない回答でいいのであれば、もちろん君がそれに対して肯定的な態度を取るかは不透明だけれど――答えを、言おうと思う。



 闇の中で、設置式完全燃焼フレアの火花が、ぼくとリジィを照らしている。
 何呼吸かの間隔を置いてから、ぼくは彼女に向けて、言葉を続けた。
「……ぼくは、この星に生まれてからずっとここにばかり住んでいるから、ナピに移り住む人たちのことを、多少は知っている。本当に事情は多様で、君の父さんのように、かつて生きていた場所で何らかの失敗をしてしまった人も、逆にとても成功していた人も、もちろんどちらとも言えない人もいた。そして、所属する組織の都合とかで来た人はともかく、自らの意思でこの星に移り住んだ様々な人たちに唯一共通する要素が、『かつての場所にはいられない、自分は別の場所で生きたい』という衝動を抱いていること――に、ぼくには感じられてならない」
「……それって」
 ぼくの声の反響が消えかかった頃に、リジィが尋ねた。その声音には、ある種の疑念と嫌悪が篭っているように感じられた。
「『皆、逃げ出したかった』ってこと?」
「そうとも解釈できる」
 ぼくは答えながら、視界下部に表示されている、ネクタル・フィールド・モジュールの圧縮酸素容量を再確認した。数値はもう本来の三割を切っていた。
 ……まずいなあ。
 これでは、場合によっては、リジィの生存を最優先させないといけないかもしれなかった。環境委譲機能は動作可能と表示されている。
 頭の片隅でそんなことを考えながらも、ぼくはリジィに告げた。
「――重要なのは、動機や原因はネガティヴだったのかもしれないけれど、だからといって、その後に取った行為や、それが残した物事のすべてが、何もかも後向きなものだとは、とても言えないということだと、ぼくは思う」
 暗黒の空洞に、本来の沈黙が降りた。
 リジィの瞳が、つまりどういうことなの、と訊いているように見えた。
 だから、ぼくは「そうだね……」と応じて、少し考えてから、より直接的に答えを言った。
「君の父さんは、何らかの形で失敗してしまって、きっと後向きな感情を抱いて、君を連れてこの星にやって来た。ぼくの父は、この星でひどく失敗して、命を絶って、ぼくを遺した。でも、それらの悪いことによって、他の何もかもが破滅してしまったわけではないし、彼らの子供である君やぼくは、こうしてなんとか今も生きている。ぼくたちの人生は、もしかしたらここで終わるかもしれないけれど、これまでについては、決して悪いことばかりではなかったはずだ。少なくとも、ぼくはそう思う。……だから、と言えるかどうかは、もちろん難しいけれど。『後向きから生まれる世界』も、あっていいんじゃないかな。むしろ、そうであることこそが、この宇宙においては自然で、あるべき状態の一つなんじゃないか――って。ごめん、曖昧で、論理性に欠けるけれど……これが、君のあの、『この場所で生きること』に関する質問に対しての、今のぼくができる、可能な限りの答え」
 話を終えてから、つい、ほっと息を吐く。
 言いながらも、あまり自分らしくない主張だな、とぼくは思っていた。曖昧で、論理性に欠ける上に、実に感情的だ。
 でも、ぼく自身がそういったことを思っている事実は、確かだった。
 ふと、呼吸音が聞こえた。
 リジィ・レイオンが首を曲げて、ぼくを見ていた。
 眼前に、淡い色の髪が掛かった、彼女の整った顔立ちがあった。そこには、良く見せていたやや不機嫌そうな表情もなければ、残念ながらぼくからの回答に納得したような表情もなかった。
 ただ、何かを覗うような、理解しようとするような視線で、ぼくを見つめていた。
 しばらくしてから、彼女はどこか爽やかな微笑みを浮かべて、言い放った。
「ケィヴィ。あなた、変ね」
「こんな時に、それも今更言われても困る」
 ……ぼくたちは、しばらく、小さく笑い合った。
 岩山の底にある、誰も知らない大きな暗い空洞の端で。
 仰向けに寝転んで、指一本動かせない状態で、深い闇の中に僅かに突起が見える天井を眺めながら。
 ぼくたちは、笑い合っていた。



 ……さてと。
 そろそろかな。
 ぼくは、リジィ・レイオンに悟られないように動く方の手を伸ばして、自身の腰に装着されているネクタル・フィールド・モジュールのキャップの端に触れた。そのキャップを開くと、『滅多に使用しない機能』を開放する一連のパネルが現れる。
 ネクタル・フィールドの環境委譲機能がそれに含まれている。
 この状況の場合、それは即ち、人体が消費する圧縮酸素の委譲となる。
 このままでは、二人とも死ぬ。
 だが、どちらか一人に酸素の残存分を集中すれば。
 その一人が生き残る可能性が、多少は高まる。
 ぼくの隣の、リジィが生きる可能性が。
 ――いや、何も、ぼくはここで死にたいわけではない。
 銀河系連盟が掲げる人類全体の拡大と存続という観点においては、比較して年齢の若い彼女の方が生き残るのは理に適った話だ。それにさっきぼくが言った通り、リジィ・レイオンの家族には彼女が必要だ。言うまでもなく、パルにも姉が必要だろう。死んだら悲しむに決まっている。きっとあの子は大泣きする。
 対して、ぼくの方は。
 父は他界し、母は別の星で楽しく暮らしている。
 そして、メロウ姉さんは。
 姉さんは、ぼくが死んだら多少は悲しむだろうと推測され得るが、精神の強靭な姉さんのことだ、きっとすぐに立ち直ってくれるだろうし、そのダメージは、姉さんの人生全体を揺るがすような衝撃では決してあるまい。
 姉さんは、ぼくが死んだから危険な状態になるような人間ではない。
 姉さんは、強いから。
 だから、ぼくのこの選択は、正しいのだ。
 残存酸素濃度が、着実に下がっている。
 リジィ・レイオンには、環境委譲の直前まで事を知られるのを避けたい。きっと困惑するだろうし、何らかのトラブルが発生する可能性も考えられる。
 ぼくの指先が、ネクタル・フィールド・モジュールのキャップに触れて、それを開けようとした。
 その時だった。
 ――洞穴が、揺れた。



 岩山全体が急激に振動する低く激しい音が、暗闇に響き渡る。
 しかし、今回はそれだけではなかった。
 ぼくの聴覚が、別の何かを捉えている。
 ――『奇妙な音』が、確かに聞こえていた。
 それは、ヒトの可聴域ではかなり高い周波数の音響だった。何らかの複雑な法則に則ったリズムで、高音と低音が交代し合い、また交じり合い、分散したかと思うと、消えて、また現れる。それを繰り返す。
 その独特の音を、ぼくが認識した瞬間に。
 すべてが、決着していた。



 ……ぼくの指先は、未だにネクタル・フィールド・モジュールのキャップの端を撫でている。
 撫でて、しまっている。
 ぼくが指先に感じていたのは、言わば自己犠牲的ヒロイズムの残滓だった。今となっては、とてつもなく虚しいものだった。とても大切に感じられていたのに、あっという間に、くだらないものに、陳腐に変わってしまったものだった。



 耳をふさいで、と隣のリジィ・レイオンに精一杯叫んだ。
 ほぼ時を同じくして。
 轟音――いや、爆音と称していいだろう。爆裂的な大音響と共に、凄まじい質量が一挙に無理矢理動いた際に発せられる地面と大気の振動が、全身の神経に響き渡る。ぼくたちの近くにある、凄まじく巨大で重い何かが――この岩山の一帯の丸ごとが、有り得ないような速度で、ぼくたちの側から吹き飛んでいったのだ。後に、爆発して消え飛んだそれが、洞窟に入る前にぼくたちが登ったあの岩山そのもののほぼ半分の質量だったことを知ることになる。
 暗黒に満ちていた世界に、ふと、強烈な光が差し込んだ。
 ナピの太陽の、紅い光だった。
 視線を向けると、この空洞の側面を切り抜くようにして、横穴がぽっかりと空いている。人が十分に入れる大きさだった。今の衝撃で開いたものであると、ぼくは確信していた。
 ネクタル・フィールド・モジュールが刻む環境情報表示に目を配る――見る見る内に、大気中の酸素濃度が上昇していく。かつてのナピの大気構成を有していたこの危険な『空洞』は、もはや古来の密閉空間ではなくなっていた。
 リジィ・レイオンは、変わらずぼくの隣で横になっていた。意識はあったが、今の衝撃の影響のためか、放心状態で呼吸を繰り返していた。体力的にも、かなり消耗しているのはぼくも同じだった。
 彼女がとりあえず無事であることを確認した後に、酸素は回復したからそこで待っていて、外の様子を見てくる、とリジィに告げて、ぼくはなんとか自分の体を起き上がらせた。
 どうしてもゆっくりとならざるを得ない動きで、陽の差し込む穴に向けて、ぼくは足を進めていった。



 ナピの荒野に、暖かい風が吹き抜けている。
 陽はすっかり傾いて、遠い地平線に沈みかけていた。
 岩山の断面に開いた穴から、這い出るように現れたぼくの眼前に、鮮血のように紅い陽光を背後にして、すらりとしたシルエットが佇んでいた。
 その正体は、見るまでもなく分かっていた。
 メロウ姉さんだった。
「ケィヴィ君」
 と、紅い夕陽の中の影が、ぼくを呼んだ。
「陽が落ちそうなのに、家の環境観測装置が逆側に動かされていなかったから。きっとここの洞窟だと思って、飛んできた」
 強烈な疲労感から、両の手を地面に付けて立ち上がれないでいるぼくを前にして、平然とした声音で、メロウ姉さんは告げた。
 岩山の崩れる衝撃音とともに聞こえた、あの奇妙な高い音響。それを聞いた瞬間に、ぼくはメロウ姉さんが助けに来たのだと知っていた。
 あの音は、姉さんの『力』の作用なのだ。
 周辺一帯の物質への全面的な大規模干渉により副次的に生じる波の一部が、大気の周期的な振動として反映されたもの。
 ぼくは夕陽の眩しさを感じながら、姉さんのシルエットを見上げている。
 メロウ姉さんの濃い灰色の瞳が、ぼくを真っ直ぐ見据えていた。
「……また」
 言いかけて、ぼくは軽く咳き込んでしまう。
 ――脳神経系に直接接続された特殊アンテナを用いて、ナピを巡る複数の衛星装置に干渉し、その莫大なエネルギー照射を自由自在にコントロールする。
 それこそが、選ばれし『惑星開発者』の権限であり、力。
 力と言っても、銀河系連盟が有する力に対しては、些細なものだ。
 この惑星の最大の大陸を、一呼吸の内に沈められる程度の。
 ごく、些細なもの。
「……また、調整せずに力を使ったね」
「君のためだから、急いだ」
 掠れた声で言ったぼくに、メロウ姉さんは、やはり平然とした態度で答えた。
 メロウ姉さんの頭蓋骨は、その大半が人工物に代替されている。姉さんの後頭部から斜め下に伸びる二つの金属突起は、髪飾りなどではない。脳に直接接続する集約装置である代替頭蓋骨から伸びた特別信号の専用アンテナの先端に他ならない。
 跪いた姿勢から動けないぼくは、メロウ姉さんを見上げている。激しい陽光の中でも分かった。姉さんの眼が、少しだけ血走っている。
 惑星開発者がその能力を使用する際には、事前に調整を行わなければその脳神経系に相応の反動を受けることを、ぼくは知っている。
 開発者の平均寿命は、他の人々に遠く及ばない。
 それが、姉さんたちが聖職と呼ばれる所以でもあった。
「……急がなくても、良かったのに」
 夕陽を背にした姉さんの影に向けて、ぼくは小さな声で言った。命の恩人に対して、吐き捨てるような声だな、とぼくは自覚していた。
 それと、同時に。
 『いつものこと』が起きていた。
 ぼく自身に。
 それは本当に、いつものことだった。
 自分でも、理由は分からない。
 ぼくの二つの眼球の上に存在する涙腺が、ぼくの血液を濾して、弱アルカリ性を有する透明の液体を造り出す。その体液が涙道を介してぼくの眼球を濡らして、それだけでは飽きたらず、両の瞼から溢れて頬へと流れていく。その熱を、ぼくは肌で感じ取っていた。
 液体は眼球近くから分泌されるために、ぼくの視覚情報を乱してしまう。しかし霞みゆく視界の中にも、確かに、メロウ姉さんの影が見えた。
 理由は分からないのだ。
 とにかく、メロウ姉さんがその圧倒的な能力を行使するのを目にする度に――ぼくは、こうして泣いてしまうのだった。
「どうして、泣いているの」
 と、姉さんは問うた。
 当然の疑問だった。
 ぼくは、何故自分が顔を歪めて、涙を流しているのか、ぼく自身にも分からない。
「……ぼくが」
 分からなかったので、その旨を、姉さんに答えた。
「嬉しいからでも、悲しいからでも、悔しいからでも、怒っているからでも……ましてや、姉さんが羨ましいからでも、ないよ」
 あるいは。
 もしかしたら、そのすべてなのかもしれなかった。
 紅い夕陽の差す荒野を、暖かい風が吹き付けている。
 陽光を背にした姉さんから、言葉は無かった。
 ただ、力強い眼差しで、泣き続けるぼくを見つめていた。
 真っ直ぐな、眼差しで。
 ねえ、
 メロウ姉さん。
 ――ぼくの言葉は、姉さんに聞こえている?



 その直後、医療処置の知識を有するメロウ姉さんが、速やかなヒポクラテス法によってぼくの左肩の脱臼を治した。
 激烈な痛みで、ぼくの涙はようやく止まった。


 

 Epilogue.


 ぼく自身やリジィ・レイオンに何らかの病状の自覚は存在しなかったが、異常環境と人体の接触時にまつわる法令に則って、また念の為に、ナピの街のメディカル・センターで体調の検査を受けることになった。
 センターの待合室に、ぼくとリジィ・レイオン、そして保護者としてメロウ姉さんが座り、会話を交わした。ちなみに姉さんは一般的な医療処置の対象ではない。
 劇的、ではなかった。
 その『矛盾』は、徐々に形を表していった。ぼくたち三人が会話を続ける内に、その理解不能の状況の奇妙な輪郭が、ゆっくりとぼくの前に姿を見せていったのだ。
 要約をすると。
 そこで初めて、ぼくはリジィの妹である『パル・レイオン』という名の少女が、三年前にホバー・サイクルの事故で死亡しており、この星に存在しないということを知ったのだ。
 つまり、ぼくの前に、あの無邪気な笑みを浮かべるパル・レイオンは、いなかった。
 最初から、いなかったのだ。
 メディカル・センターの待合席で、自らの心中を渦巻く混乱を整理するのに、ぼくは大いに苦労した。自らの記憶を疑い、認識能力を疑った。
 リジィによれば、あの空洞の中に落ちた時、ぼくが『いないはずの誰か』と何度か話しているように見えたという。あの空洞の酸素不足と怪我のショックが原因の一種の錯乱だと思っていたらしい。ぼくは、心の中でリジィの発言を否定した。違う。ぼくは洞窟に一緒に来て、崩落による落下を免れたパル・レイオンに、街まで向かうように言ったんだ。でも。しかし……。
 困惑するぼくは、記憶の糸を恐る恐る手繰っていく。
 つまり、最初から、おかしいということになる。
 昨日の昼下がり。黒い帽子と衣装でぼくの前に現れて、愉快なエピソードを添えながら『ハロウィーン』という習慣をぼくに教えてくれたのは。
 あれは一体、誰だったんだ。
「星の悪戯ね」
 と、後ろの席に座っていたメロウ姉さんが、頭を抱えるぼくに静かに言った。
 死した人物との邂逅。
 そういった特別な出来事は、非科学的事象や、未確認超常現象と呼称される――俗な表現をするのならば、奇跡、とも。
 科学的解釈が成し得ない現象の遭遇事例は、人類が発達した科学技術にその身を委ねる宇宙時代に移ってから、むしろ増加したと言われている。特に新規の居住星において生じたそれを、人々は自らの住む星への一種の憧憬と重ねて、『星の悪戯』と呼ぶのだった。
 実際に自分で体験しても、とても信じられるものではなかった。
 メディカル・センターでの診断では、ぼくに大きな怪我や感染症等の問題は見られず、肩の痛み止めのパッチ剤を処方された程度だった。
 しかし、ぼくはそれからしばらくの間、自分の前に現れて、ぼくだけに見えていたらしい、あの少女の姿をした存在について、思考を巡らせることになる。



 ぼくが認識していた『パル・レイオン』は、最後に「お姉ちゃんたちを、これからもよろしくね」と告げていた。
 後に調べたところによると、古代地球文明におけるハロウィーンの原型は、死した家族の亡霊に対する鎮魂の意義を有していたとされる。
 パル・レイオンの亡霊は、遠きこの惑星ナピに居所を移した自らの家族を案じて、ぼくの前に現れたのかもしれなかった。
 (完)


 

惑星開発姉弟のハロウィーン

惑星開発姉弟のハロウィーン

向かいの家に越してきた少女は、「お菓子か悪戯か」、と問うた。 それは、『ハロウィーン』という、古来から人類に伝わる文化の一端らしい。 しかし残念ながら、ぼくとメロウ姉さんが共に住み、開発を進行させているこの辺境の惑星ナピにおいては、それは全くと言っていいほど浸透していなかったんだ――。 ハロウィン・SF・ノベル。

  • 小説
  • 中編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-11

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