3月は夜の底・・・

3月は夜の底・・・

 ねっとりとまとわりつくようにキスをした後の感覚はまるで井戸の底に残った微かな水たまりのよう。

 飛べない鳥、ペンギンがずっと空を見上げるのはかつて自由に羽ばたいた大空への憧憬。

 ひさしぶりに会った君があんなに輝いていて、僕には少しだけ眩しかった。
 ペンギンみたいに君に見惚れてしまった。

 なんで君が別れぎわにキスをせがんできたのかさっぱり分からなかった。
 ちゃんとね、上手く別れよう・・・そればかり考えていた気がする。
 君と会話しながらね・・・この場を上手く切り抜けないとまた君に恋焦がれたりしたら・・・あんな思いはもう二度とごめんだもの。

 あの頃には戻れないよね、なんて自嘲気味に囁いた君を、ちょっと力を込めた腕で抱きしめた。

 君から突然別れを告げられた時、僕はね、僕は・・・少しだけ、僕のために泣いたんだ、涙は出なかったけどね。
 うまく行ってると思っていたから・・・。

 まだ、寒い三月の夜、偶然出会うなんてね・・・神様のすることは、わけわかんないよ、ほんと。
 夜の底の底で僕は今でも君を憎んでる。憎んでも憎んでも憎み足りないくらい憎んでる。

 拒否られた携帯を握りしめながら小一時間じっと見つめてた時もあった。
 この僕の前に今まさに突っ立ている君にどれほどの恋慕を抱いていたか君はわかってるの?
 小首を傾げ前と変わらぬ仕種で君は言う。
 昔とおんなじ、僕の事情などおかまいなしだ。
 「サヨナラ」唐突にそれはやってきて去っていった。
 結局翻弄され取り残されるのは元来男の役目なんだと、わかってる、僕だってもういい大人なんだからね、

 三月の夜の底は、思いのほか寒くて僕はかじかみそうな指に息を吹きかけた。

3月は夜の底・・・

3月は夜の底・・・

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2015-02-05

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