俳壇で咳一つ 秋

我ながら句を詠む器がない故に漸く俳会で貰った、たった一席で
我武者羅の一句

俳壇で詠む句浮ばず咳一つ

感受性なき者の淋しい秋が深まって行くのでした。

秋、連日の疲れ癒える休日。昼過ぎて暇を道ずれふらりふらりと門出す我。行く宛てなし、ただ歩きてすることなし其が我が休暇の極意なり。道行きてつれずれなるままに、心遊ぶままに目に移りゆくよしなしごとの底はかさを嘗めて過ごせば苦しゅう処も忽ち癒え萎えゆき思いは空なり、長々と
其を言葉とせんと俳句練り、我道を歩きて暢月の西日。はらから落ちる銀杏、
熱心にそれ掃く子らに向けて咳一つ

掃く子らは西日背にせし銀杏かな

銀杏燃やすところ我心に描きて、焼き芋などもうまきかなとほくそ笑む内に
腹の虫は待っていたとばかりに相の手入れ来る。仕方なしや、と虫を宥めて石焼芋の屋台を探す。
西日大分傾く頃にようやく屋台に巡り合いておっさんお芋、ああ芋芋。最後の売れ残り我に当たりて
舌の鼓を打ち、その至福噛締め咳一つ

食む芋の紫甘き暮色かな

見上げれば美しく紫立ちたる雲の細く棚引きたる。鴉ども空飛び急ぐ中に柿銜えて行くものあり
何処へ行くか見送るうちに秋感じ唐の国にて秋司る帝ありと聞きしこと思い出す。秋の夕空、隠れゆく天照それに重なりて御使い鴉の行方尋ねん

白帝や暮鴉は何処へ秋運ぶ

日入り果てる頃、心家路に着かんと欲す。行く宛てなしの長歩きの果て、
空には秋月。その満ちたるを見、今日を締め逝く句を詠まんと願えど浮ばず。
悩む我を月明かり仄かに打ち照らし、その出来たる影と語らいて悶々。
ふつと影、暗き所に呑みこまれ月光眼前に途切れたる。見上げるに教会のマリア像。その陰に我いりて
暫し聖母の顔を拝みたり。その優しき笑みの月を背にせし御姿に恐れ多くも咳一つ

月明り聖母の微笑み落つる陰

人の原罪赦したる人類の母、その愛の深きは月の光に似たりと見ゆ。
その句によりて我心の許しを得、安んずる所へ還りたり

何をするともなく唯心に移り行き過ぎゆきたる時は
欲なき時にあらざらん
その句、今枕と並べ過ぎゆく秋の虫どもの声を聴きながら
今宵の一句一咳す前に重き瞼の幕が降りゆく

俳壇で咳一つ 秋

平和な日常、退屈な風景というテーマ

俳壇で咳一つ 秋

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2010-12-21

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