せかいのおと

香坂水波-こうさかみなみ-
近衛大翔-このえひろと-
矢吹朱音-やぶきあかね-

水波は何の変哲もない女子高生。
大翔は学園の人気者のイケメン。

お互い悩みを持っていた。
そしてその悩みは、奇妙な一致を見せる。
高校2年に上がる瞬間に出会った二人は、少しずつ距離を近づけていくが―――

音楽が好き。
音楽は自分と世界の狭間に立って分離する。

世界が嫌いなわけではない。
ただ、苦手なだけだ。


学校が近づき、自分と世界を繋げなくてはならなくなる。
香坂水波は耳のイヤホンに手を掛ける。
しかし、自らが意図する前に世界と繋がってしまった。

「あっ…」

誰かの鞄が引っ掛かり、イヤホンと音楽プレーヤーが切り離される。
そして音楽プレーヤーはポケットから勢い良く飛び出し、地面に落ちる。

拾おうとしても急に認識した人ごみに落ち返されて上手くたどり着けない。
そんな時、そのプレーヤーは拾い上げられた。

「これ、君の?」
「あ…ありがとー、ございます。」

差し出されたプレーヤーを受け取る。

「そう硬くなんないで、同い年なんだしさ。」

水波が通う学校は制服に付いたピンで学年わけされている。
襟元に付いた学年ピンを見ると、確かに今日から同じ2年を示すカラーをしていた。
そしてやっと、水波は背の高いその人の顔を認識した。

「あ、俺近衛大翔。よろしくね。」

知らない人ではなかった。
学年一のイケメンで人気者、と友達が噂するほどの人間だ。
警戒心を感じさせない無邪気な笑顔を向けられて、水波は目をそらした。

「…香坂、水波です。」
「香坂さんって、あの学年トップクラスの香坂さん?!」
「…ま、まぁ一応…」

どこにでも居るような普通の女子高生。
水波が自身に下した結論はずっとそれだった。
取柄といえば、学年トップ3に入るほどの学力くらい。
しかしそれのせいで、周りからの評価は"真面目"
そういう自分で居なければいけなくなってしまった。

「すげーなぁ、俺には無理だよ。」
「近衛くんだって…そんな順位低いわけじゃないでしょ?」

そんな会話をしながら、水波は大翔の少し斜め後ろを歩く。
きらきら輝く人気者の横など歩けなかった。

「そいえば、さ」
「何?」
「さっきちょっと見ちゃったんだけど、【mm】って知ってんの?」

大翔からその単語が出てきて、水波の表情が変わる。
先ほどまでの距離を置いた面持ちとはまるで違う、楽しそうな顔。

「近衛くんも知ってるの?私【mm】大好きなんだ。
でもインディーズだからあんまり周りに知ってる人いくて…」
「それ俺も解る!すっげー良いのに知名度低いんだよね~…ちなみに何の曲が好き?」

そこからは2人の語り合いだった。
【mm】とは、最近現れたインディーズバンド。
知名度こそそこまで高くないが、コアなファンが多いグループである。

「ホントに好きなんだね。」

語り合った最後に大翔が水波に言った言葉はそれだった。
テンションが上がって話をしていた手前、急に羞恥を感じる水波。

校門が近づく。
ここに至るまでに沢山の人に声をかけられる大翔は、やはり住む世界が違う人間だと水波は改めて認識する。
社交的で笑顔が素敵、話も上手い…

「羨ましー…かな。」
「ん?何か言った?」
「な、なんでもないよっ」

門をくぐると大翔の友人が近寄ってきて肩を組む。

「待ってたぞー!同じクラス、1組だ!」
「お、まじで?よろしくな!」
「行こうぜ~」

ずるずる連れ去られていく大翔。
去り際に「またね」と合図を送るが、水波には何も返せなかった。

「嘘でしょ…」

一人クラスの掲示してあるところへ向かって、思わず声が出る。

「みーなみっ、同じクラスだね~!」
「朱音…そうだね、よろしく!」
「まさか近衛くんも同じとはね~楽しくなりそうだね」

楽しそうに笑顔を向けるのが、矢吹朱音。正真正銘、水波とは幼なじみである。

「近衛くん…いい人だった」
「話したの?珍しいなぁ」
「ちょっとした事故みたいな…」

更なる出来事は続く。

「ねぇ、水波。席も隣じゃない?」
「…ほんとだ。」

「あっれ?香坂さん隣じゃん!よろしく~!えーと…」
「矢吹朱音、よろしくね近衛くん。」

お互い自己紹介を始める二人。端から見ればなんてお似合いな二人だろう。

「じゃー改めてよろしくな!朱音ちゃん、水波ちゃん!」

水波ちゃん

そういきなり呼ばれて、思わず大翔を見返す水波。

「あ、ごめん。嫌だった?」

しゅん、とした顔でこちらを見てくる

「そんなこと…ないよ。ただ、そんな風に呼ばれたことなくて…」
「俺が一番?それは嬉しいなぁ~」

目を見て笑顔を向けてくれる。
きっとこの笑顔に皆が魅了されているのだろう。
周りが騒ぎ立てる気持ちもわかる気がする。だけど…
どこまでが本当の近衛大翔なのだろう?

そこから、近衛大翔と香坂水波の交流が始まった。
お互い好きな音楽の話、ときには水波が勉強を教えることもあった。

「ここが、こうなって…こうだから…」
「あぁ~なるほど!」

あっ
とお互い目を見合わす。
気付けば随分近い距離にいた。

「ごめん、近衛くん。」
「大翔。」
「え?」
「大翔でいいよ」
「そんな急に…あんまり名前で人のこと呼んだことないのに…」
「知ってる、だから呼んで?」

いつにない真面目な目付き

「……大翔、くん」

顔が蒸発しそうなくらい真っ赤だ。

私には住む世界が違う人

「大翔また勉強してんの?」
「水波ちゃん教えかた上手いからさ~」

いつもの放課後。毎週水曜は大翔が水波に勉強を教わる日だった。
普段は教室には誰もいないが、たまたま大翔の友人がやってくる。
友人は水波をいったん見て、興味なさそうに大翔に向き直った。

「香坂さんが真面目なのは似合うけど、大翔が真面目って似合わねーなっ」

そういって、その友人は出ていった。

「…ごめんね?気にしないで」
「私、真面目って言葉、嫌い」

そういうと、キョトンとした顔をする大翔。

「たまたま、最初の試験で学年上位を取っただけ。それだけなのに、そういう自分じゃなきゃいけないイメージに縛られて、窮屈になるから。」

そういう話をすると、大翔は真面目な顔をして口を開いた。

「俺もだよ」
「え?」
「人気者とかイケメンとか言われて、今まで何人もと付き合って泣かせてるとか勝手なこと言われんだよ?俺彼女とかいたことないのにさ。」

その口調や雰囲気が、明らかにいつもの大翔とは違っていて戸惑う。
なぜこんな話をするのか。

「居ないんだ、彼女とか」
「水波ちゃんは?居るの?」
「私なんかに居るわけないよ。」
「なんで?」
「皆みたいに可愛くないし、"真面目"だし、話もうまくないしね」
「そうかなー?水波ちゃんは自分で思ってるより…」

大翔は前のめりになって、至近距離で水波を捉える。

「ずっと綺麗だ。」

ああ、なんて単純なんだろう。
こんな自分が、なんの取り柄もなくて、朱音みたいにかわいくもないし友達も少ない私が

学校一のイケメンに

鼓動を高めるなんて

他人からの評価というのはいつだって残酷で
それが誤解を招くこともある

だから逃げた


「はぁ…」
「ため息ついてどうしたの?
ねぇ、たまには放課後デートしようよー。」

昼休憩に机に向かい合って話すのはいつもの光景。
いつだってわくわくして楽しそうに過ごす朱音を見て、水波は羨ましく思う。

「どこかいいところあるの?」
「駅前なら遊べる所も色々あるし、甘いものでも食べてお悩み解決ーってね」

だが水波は知っていた。
こんな天真爛漫で皆に好かれる朱音にも、隠したい過去があること。
だから敢えて少し離れた高校に通っていること。

「悩みってほどのことでもないけど…。」
「お姉さんがあてて差し上げましょうか?」

おどけた口調で言う朱音に、誕生日は私のほうが早いのに、とひそかに思う。
朱音に隠し事をするつもりはないが、如何せん何事も整理がついてからではないと何もできない。

「私は―――」

「おーっ、朱音ちゃんに水波ちゃん。二人そろって相談ごと?」

世界に割って入ってきたのは、大翔。

「むぅ、どうやら水波嬢にお悩みがあるらしく、それを当てようかという話をしていたのだよホームズ君。」

警察か探偵のつもりなのか顎に手を当てて大げさに悩むフリをする朱音。

「ほほぅ、何か心当たりはあるのかね?ワトソン君」

同じポーズで二人は水波を見る。
なんだかんだと相性のいい二人だな、と妙に感心しながら水波は席を立ちあがった。

「別に、悩みとかじゃ…ないから」
「あっ、水波どこ行くのー?」

朱音の言葉を振り切って、水波は教室を出た。

今までと何も変わらないはずなのに、何かが少しずつ変わってる気分である。

「んー俺水波ちゃんに嫌われてんのかなー?」
「…どうかな、それは違うと思うけど」

いつも以上にニコニコした顔がそこにあった。
意図は解らなかったが、朱音が嫌ってないというなら、大丈夫だろうと大翔も安心する。

「本当に嫌いなら、あの子は最初から関わらないよ。」
「どういうこと?」
「あの子の世界は狭いの。」

その狭い世界が私に安らぎを与える。

「少し…不安だけど」

だけど私があの子から離れたらあの子はどうするのだろう?

「水波ちゃんは、君が思うほど弱くないと思うけど?」
「…あの子も早く、友達とか彼氏とか作ればいいのに…と少し思ってしまうのだよ、ホームズ君」
「君に恋人がいない理由はそれかな?ワトソン君」

返事はただただ笑顔だけだった。



残りの休憩時間を一人図書館で過ごした水波は、予鈴を聴いて教室へ向かう。

「ってめぇ、ふざけんなよ!」

普段穏やかな教室から、聞き慣れぬ男子の声が聞こえて、ドアから中を見ると、見知らぬ男子が大翔の胸ぐらを掴んで目を真っ赤にしていた。

「だから、誤解ですって、ね?」

相変わらずの余裕な表情の大翔だが、相手を余計逆撫でた。
よく見ると、相手は3年である。

「お前のせいで俺はあいつに…!」
「待ってください!だから、俺はなにも知らないって!」

相手の男は手を振り上げた。
水波が大翔を見ると、相手に気付かれないように顔を若干下に向け、苛立ちの表情を見せた。

きっとこんなことばかりに巻き込まれているのだ

と水波は瞬時に思う。
以前、自分が真面目が嫌いだと言う話をしたとき、同意したあの顔に似ている。

「あの、」

一歩踏み出していた。

「そこ、私の席なんですけど。」

巨体を見上げた。

「もう授業始まりますよ。」

誰もが唖然として何も言わない。

「そ、そーですよ!聞いてたらなんだか誤解?みたいな感じですし、先輩も落ち着いてください、ね?」

仲裁したのは、朱音だった。
3年はばつが悪くなったのか、大翔を一瞥して教室を出ていく。
何事もなかったかのように、クラスメイトたちもざわつきを取り戻し、日常に戻った。

「朱音、ありがと」
「全く、果敢過ぎない?」

そういって笑う。

「…二人とも、ありがとう。」

真面目な顔の大翔がそこにはいた。
朱音は、ただ笑顔を向けてその場を去った。

「大変だよね、外側と…内側のギャップって。」
「えっ?」
「本当の大翔君は…あの時苛立ちを見せた大翔君、かな?」
「…気付いてたんだ」
「どんな君でも、君は君だと思うけど」

それだけ言うと、水波は自分の作業に取り掛かり、タイミングよくチャイムが世界を割った。


--そういってくれるの、水波ちゃんだけだ。--

大翔は小さなメモ書きを水波の机の上に置く。
返事はなかったが、水波は笑顔をむけた。



このささやかな事件は、一斉に広がる結果を生む。
しばらくして、多くの目線が香月水波に集まるようになる。


「ねぇ、ヒロトの周りから離れなさいよ!」


漫画やアニメで行われる、定番の展開。
学校の裏手に呼び出しを食らって、女の先輩に囲まれて、話題は大翔のこと。
このような事態が自分に降りかかろうとは、まったく予想していなかった。
自分がなるはずもないと思っていた主人公の気持ちが少しわかる気がする。


「用件…それだけですか?」
「そういうところが生意気なのッ。頭いいからって調子乗ってるの?!
ヒロトに勉強教えてるとかそんな噂もあるし!」
「それは…大翔君が聞いてくるから。」
「~~~とにかくっ」

用件はどこまで行っても、大翔のそばにいる水波の存在が許せないの一点張りだった。

「じゃぁ、私が離れたらあなたたちは大翔君と付き合うんですか?
大翔君を支えるっていうんですか?」
「それは…!」

「何も知らない癖にッ…勝手なことばっかり…あなたたちがそんな感じだから……!」

自分でも不思議なくらい
冷静さを失っていた

「あっれー?なにやってんのー?」

そこに現れたのは、大翔だった。

「ヒロト…!この子が!」
「ねぇ、俺先輩たちのこと知らないんスけど。誰っすか?」
「そんなっ…」

今まで大翔がこんな口調を取ったことはなかった。
女の先輩たちは涙目である。
人気者でいるために、誰にでも優しくしてきた彼なのに。

「まじやめてほしいんスよね。そうやって俺の知らないところで、こそこそすんの。まぁ堂々とされても…ウザいけど。」

その一言で、彼女らは居なくなった。

「…ごめん、俺のせいだ。」
「…いいの?あんな言い方して」
「水波ちゃんみてたら、今までの自分を少し反省した。俺のために怒ろうとしてくれてありがとね」
「なんで、あんなこといったのか解らない…」

本当は怖かった。

「水波ちゃん、今度さ…」
「ごめん、私…っ。」

大翔の言葉を遮り、走り去る。
怖かった
誰かと触れあう度、裏切られる恐怖が付きまとう。

音楽が遮断してきた世界。
広げるのは怖かった。

「私ーー」

気付けば大翔から目を離せない自分がいる。

「そんなの…無理。」

定例の勉強会、放課後の教室
最近はそれすら避けてしまっていた。
席替えをしてからは席も離れ、接点は無くなる。

「みーなみっ、今日は放課後デートしよ!」
「…いいよ、どこ行く?」

朱音と二人だけの世界。そう、いままで通り。

二人は珍しく駅前のゲームセンターに来ていた。

「あ~っ惜しい!」

楽しそうにはしゃぐ朱音。
こんなに可愛ければ、私だって違う人生だったのかな?

「ねぇ、水波?」
「何?」
「大翔くんのこと、好き?」

思いもよらなかった朱音の一言に、水波は一瞬思考が停止する。
あれから、考えてこなかった事だ。

「…私は」

その朱音の向こうに、さらに思いもよらない光景が映る。

「大翔、くん…」

えっ?
と間の抜けた声と共に朱音が振り返ると、大翔は知らない女の子と二人でプライズゲームを楽しんでいた。

「水波…?」

気付いてしまった。
この異常なまでの嫉妬感に。

「…こんなの、可笑しい。」
「どうして?」
「だって…私なんかが…。」
「でも、水波は学校の誰よりも大翔くんを知ってると思うよ?」
「ただの…友達だよ」

あんなに大翔は楽しそう。
女の子といる時に浮かべる楽しそうな笑顔を浮かべている。
それは凄く、自然に見える。

「あの子みたいに、可愛くないし…。」
「そう?水波は自分で気づいてないだけじゃない?」
「朱音といることが不思議って言われてるんだよ…。
真面目なだけが取り柄、他にいいところなんて何もない。」

どんどん気持ちがネガティブになるのが解る。
だけど、ここまで感情的になるのも久しぶりだ。

「でも、こういう気持ちって、伝えないと伝わらないよ?」
「…伝えろって、言うの?」

朱音はニコニコ笑顔だった。

「私だって、伝えたいなーって思う人はいるわけで。」

初めて聞く話だ。

「…疾風くん?」

成瀬疾風-なるせはやて-。
昨年同じクラスで、朱音と凄く仲の良かった男の子である。
大翔と同じくらいに明るく、女子たちには騒がれる存在である。
大翔と違うと言えば、それにまるで無理がなく、何事も上手く生きている。
何より彼の実家は大きな企業で、彼は大企業の社長の3男。
2男のお兄さんが家を継ぐ予定で、そこそこ自由に生活しているようである。

「御名答!…水波も大翔くんに思いを伝えるなら、私も頑張ってみようかな?」
「…なにそれ、ずるいよ…。」

だけど、そんな朱音の傍にいたら、それもできるような気がしてくる。

「でも…頑張って、みよう…かな。」

朱音はニコリとうなずいて、二人はゲームセンターを出て帰路についた。

せかいのおと

学園ものでベタ設定が好きなので、取りあえずそんな感じで。
ただ、もともと短くするように作ったので、お話自体はぶっ飛ぶのでよろしくお願いします。
よければ最後までお付き合いくださいませ。
(2月17日更新しましした。章立てにしてあります。)

せかいのおと

初投稿の学園ものです。 イケメンと普通の女子高生が心を通わすお話。 設定はスーパーベタです(笑 でも、案外こういう悩みを持つ人って多いんじゃないかなー とか勝手に思ってます。 (2月17日更新)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-02-15

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND