蒼い青春 十四話 「晴れ着」
前篇
捜査から外された園田にとって、毎日がまるで非番か休日に思えた。 昨日遅くまでかかって捜査資料を片づけた彼は、もう12時になろうと言うのにぐっすりと爆睡している。 そんな彼を目覚まし時計の代わりに起こしたのは、玄関で桁ましく鳴り響くインターフォンのチャイムだった。 昨日のスーツのまま床に入っていた園田は、スーツのヨレを軽く直すと、寝癖隠しの帽子と口臭防止のマスク姿で玄関のドアを開けた。 真昼間から変な男に出くわした配達員は少しびっくりした様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、完全防備の園田に一枚の白い封筒を渡した。 「え、これだけ?」 受け取った封筒と配達員の顔を見ながら、園田が聞く。 「ええ、それだけですよ。」 「ふーん、ポストにでも入れておいてくれればよかったのに・・・ ご苦労さんね。」 そう言う園田に配達員が答えた。 「だってお宅、ポストが壊れてて、郵便物を入れても全部出て来ちゃうんですから。」
愛車BMWを車検に出してしまった園田は、バスを乗り継いで駅前のホームセンターに足を運んで、新しいポストを注文していた。
そんな時、園田の携帯電話に一本の電話が入った。 見れば剛からだ。 「もしもし?」 「俺です。 今どこですか?」 「ああ、南条駅の前のホームセンターだけど、どうかしたのか?」 「ちょうどよかった、先輩、その並びにスーパーマーケットあるでしょ?」 「ああ、アクセススーパーだろ?」 「そう、そこでイタリア産のプロシュート、赤いラベルの奴買ってきてもらえますか?」 「おいおい、俺をパシリにするつもりか? 冗談じゃねぜ、おい。」 「だって今日博子さんの誕生会だから、どうしても買ってきてもらわなきゃなんですよ。」 「そんなの、自分で行ってくれよ。 俺だって忙しいんだからさ。」 「でも俺が今からそっちに行ったら、誕生会に遅れちゃうんですよ。 頼みますよ、先輩。」 「分かった分かった、イタリアのプロシュートだな。」 「そうです、赤いやつ。」 そう言って剛は電話を切った。 「全く、俺が暇だからってなあ。」 園田はブツブツと文句を言いながらも、スーパーマーケット・アクセスへととぼとぼと歩いてゆくのだった。
中篇
余計な買い物を頼まれた園田が、スーパーマーケットを出たのは、予定より10分遅れてのことだった。 「参ったなぁ・・・」 10分も遅れてしまうと、元々乗る予定だったバスは既に出発してしまっているし、次のバスを待っていたら、博子の誕生会にだいぶ遅れてしまう。 時間に律儀な園田には、なんとしてもそんなことは避けたかった。 あいにく、途中で博子にプレゼントを買うためにガッポリ金を持って来ていた彼は、仕方なくタクシーを捕まえることにした。 「へ、ヘイ、タクシー! ヘイ! へ・・・ おいっ!」 驚くことに、タクシーの運ちゃんが意地悪なのか、園田に犯人は捕まえられても、タクシーを捕まえる能力がないのか、一向にタクシーが止まってくれないのだ。 このままだと、次のバスを待って乗った方が早くつくことになりかねない、そう考えた園田は、バスを待つため遅れると、博子に一本電話を入れようと携帯電話を取り出した・・・ と、その時だった。 どこからか、排気ガスをバンバン排出していそうな、改造車のエンジン音が響いてきた。 「これだ!」 その音を聞いて、なにか案を思いついた園田は、心の中で、『神様、この園田康雄のご無礼、どうかお許しください』とつぶやいて、改造車が来るのをじっと待ち続けていた。
改造車が来たのを確認すると、園田は体を少し道路側に出した。 こうして居ると、カーブの道なので走っている改造車にとって、園田は邪魔になる。 それを利用して、園田は一か八かの大勝負に出ようとしているのだ。 園田の予想通り、改造車は凄いエンジン音を鳴らしながら、ブレーキもかけず園田を軽くひっかけて曲がろうとした。 「うわっと、あぶねえな!」 そう言って園田が、車をよけると同時に、走り去ろうとする改造車のリアフェンダーを思いっきり蹴り飛ばした。 ボコっと鈍い音がして、べコンとリアフェンダー凹む。 その音を聞きつけたのか、車は急停車し、中からガラの悪そうな連中が5人出て来る。 「おい、おっさん。 ここ凹んでんじゃねえか。 えぇ? 弁償してくれんだろうな・・・ あぁ?」 車を運転していたチンピラが、園田に迫る。 「おいおい、弁償してやるのはいいけどよ、こっちも危ない目にあったんだぜ? そいつを誤ってもらうとかぁ、慰謝料ぐらい出してもらわねえわけにゃあ、金なんかだせねえな。」と、園田も強気で迫って行く。 「なんだこの野郎!」 チンピラがいきなり、園田に殴りかかって来た。 とっさに左腕で避ける。 「痛てぇ。 折れてるかもしれねえな・・・」 拳を受けた左腕をさすりながら、園田がわざとらしく言う。 左手だったからいいものの、顔面にまともに受けて居たら、鼻血くらいは出ていたかもしれない。 「やりやがったな・・・」 そうつぶやくと、園田はチンピラの顔を一発、思いっきりぶん殴ってやった。 仲間の攻撃を見ていたほかのチンピラが、一斉に園田に跳びかかる。 「よし、来た!」 園田はその様子を見ると、一歩後ろに下がって、『あしたのジョー』の矢吹丈のようにファイティングポーズをとる。
ボカッ うへぇ バキッ ボカンッ ぐはっ 園田は10人のチンピラの間をまるで風のようにすり抜けながら、一人一人に強烈なパンチをお見舞いして行く。
ある者は腹を、またある者は鼻の骨を折られ、ある者は顔が虫に食われたようにはれ上がってノックアウトした。
一人だけ、彼の攻撃を受けなかったチンピラがいた。 男は小柄の園田よりもはるかに体が大きく、手にはナイフを握っていたが、怯えているのは体の震えを見ればわかる。 園田はそんな彼を見て、にっこりと笑い、手招きをした。
「ウオーッ」 男が野獣のような声を上げて、園田に迫って来た。 「いまだ!」 そうつぶやいて、園田が思いっきり手を伸ばす。
カタンッ 小さな音を立てて、ナイフが地面に落ちた。 園田はナイフの握られた手を掴んで、瞬時に関節技を決めたのだ。 「お前をこれ以上傷つけるつもりはない。 だが俺の言う通りに車を動かしてもらうぞ。」 そう言って園田は残ったチンピラを運転席に押し込むと、自分も助手席に乗り込んで車を発進させた。
中篇Ⅱ
「おい、もっとスピード出ねぇのかよ。」 「せ、制限速度が50キロですから・・・」 「バカヤロウ、こっちは急いでんだよ。 もっと出せや。」 「はい。」 「バーカ、何で70キロも出すんだよ。 制限速度50だろうが。 てめえナメたことしてっと、ブタ箱ぶち込むぞこの野郎。」 「へ、ヘイっ。」
なんだかんだで長澤邸まであと少しの所で、園田はある「忘れもの」に気がついた。 「おい、どこか近くに宝石屋かなんかないのか?」 「ジュエリー・ショップですか?」 「ジュエリだか何だか知らねえけど、とにかく宝石売ってる店だよ。」 「まさか、泥棒の片割れなんて御免ですよ。」 「バーカ、刑事が何で強盗やるんだよ。」 「へ、へい。 あ、そこに」 「よし、停まってくれ。」 園田は宝石屋の前で車を止めさせると、急ぎ足で店内に滑り込んだ。
「女の子が喜びそうなプレゼントあるかい?」 近くに居た女性店員を捕まえて、園田が尋ねる。 「そうですね、こちらなどいかがでしょう?」 店員が持って来たのは、赤いルビーか何かがついているネックレスの様なものを持ってくる。 「うん、これでいくら?」 「えーっと、コチラは8万4899円になります。」 「ふーん、まあいいや。 それもらうよ。」 そう言って茶封筒を取り出すと、なかから8万500円取り出し、店員に渡す。 「包装はできるだけ早くしてね。 急いでるから。」 園田は店員にそう言うと、少し店内を見て回る。 どれもこれもデカくて高い物ばかりで、自分の買ったネックレスなど安物である。 「お客様、こちらになります。」 店員が持って来た包みを受け取ると、園田は車に戻って行った。 「待たせたな。 車出してくれ。」 助手席に座って園田が言う。 「へい。」
「それ、いくらくらいしたんですか?」 少し走ったところで、運転していたチンピラが聞く。 「ああ、八万と弱くらいだな。 でも他の物に比べりゃ安い方だぜ。」と園田。 「ふーん。」 チンピラは納得したように頷いただけだった。
長澤邸の前に車を止めさせた。 「お付き合い御苦労。 こいつはタクシー代と慰謝料だ。 さっきの場所に戻って、まだおねんねしてる野郎を拾って、病院連れてってやんな。 せいぜいあばらの骨折くらいで済んでるだろうけどな。」 そう言って園田が茶封筒に入った札束をチンピラに渡す。 チンピラは恐る恐る封筒を受け取ると、大急ぎで車を走らせ、逃げるように去って行った。 「やれやれ。」 そうつぶやいた園田が時計を見て、あわてた様子で長澤邸に駆けこんで行った。
「どちらさまでしょう?」 受付嬢が園田を見て尋ねる。 「ああ、招待状をもらったんだ。 これね。 ん? あれ?」 招待状は確かに持って来たはずなのに、どこにも見当たらないのだ。 「ああ、そうだ。」 きっとあのチンピラの車の中で落としてしまったのだ。 「どうやらなくしちゃったようで、あ、顔パスです、顔パス。」 そう言って苦し紛れに園田が顔を近づけるが、受付嬢は顔を曇らせ、「ちょっとそれは難しいでしょうね。 旦那様に招待状をお持ちでない方は入れないように言われてますので。」 園田は内心唇をかんだ。 あの怪人物から博子を守るため、警備を徹底しているのだろう。 「うーん、じゃあ、客の中に河内っていう若造がいるから、そいつを呼んでくれ。 俺の同僚なんだ。」 「かしこまりました。 少々お待ち下さい。」 そう言って受付嬢は内戦を通じて中に電話を掛ける。 何か話していたようだが、むろん内容は分からない。 電話を終えた受付嬢は園田の方を見て、「どうぞ」とつぶやくように言った。
後篇
「先輩、遅いじゃないですか。」 会場に入った園田を見て、剛が駆け付ける。 「ああ、ちょっとゴタゴタがあってな。」 そう言って園田が笑う。 「あら、いらっしゃい。 こんにちは園田さん。」 二人の元へ博子、五郎、たか子がやって来る。 「やあ、どうも。 ご無沙汰してます。」 そう言って園田が頭を下げる。 「ご立派な会ですな。 結構お金がかかっているでしょう?」 料理を皿に盛って、園田が五郎に声を掛ける。 「ええ、でもこれも娘のためですから。こんな風に会を開けるようになったのも、斎藤先生のおかげです。」 「ああ、彼女は実に残念でした。 ご冥福お祈りするばかりです。」と園田。 博子が対人恐怖症をみごとに克服したのも、素子の実力なのだ。 「博子ちゃんも元気そうで、何よりですよ。」 そう言って園田が博子の肩をたたく。 と、その時、剛が物々しい雰囲気で園田の所へ来ると、彼に耳打ちをする。 「さっき署から電話があって、先輩の警視庁捜査一課緊急人事異動が決定したって・・・」
その言葉を聞いてた園田は、失望と怒りのどん底に突き落とされた。 彼はあの木村人事官の思惑に、まんまとはめられてしまったのだ・・・ つづく
蒼い青春 十四話 「晴れ着」