ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 序章「旅立ち」

10年近く前。
私が、ウルティマオンラインというゲームをプレイしていた時に、作成した作品です。
作品の内容は、今(2015年)の、ウルティマオンラインの仕様とは異なります。
作品の世界観は、当時(2004年近く)の記憶を頼りに執筆しています。
ウルティマオンラインを、当時からプレイされていて、そして今でもプレイされている方。
そして、既に引退されていて、当時を懐かしく思っていられる方。
興味がございましたら、ご一読頂ければ幸いと存じ上げます。
なお。
ウルティマオンラインの世界を、小説に転じているため、実際のウルティマオンラインの世界(仕様)とは、違う部分が多々あります。
例えば、人間は不死ではないなど・・・。
それを踏まえて、お読み頂ければ幸いです。

序章「旅立ち」 ベスパーという街がドラゴンに襲われた。その復讐の為に旅立った男女の物語・・・

このお話は、この様な世界での物語・・・。


神秘的な術と、古代の魔法から誕生した大地が、古びた写本の記述から発見された。
ソーサリア。
その大地が、魔力によって支えられているにもかかわらず、人々は魔法そのものを邪悪な存在として、忌み嫌った。
しかし、悪しき男が錬金術を巧みに操り、不滅の宝珠の力を解放してしまい、思うがままにソーサリアを支配していた。
魔法使い、モンデイン。
彼の邪悪な力は絶対であり、その支配下では希望の光すら見えなかった。
人々は異世界からの冒険者に、希望の光を託したのだ。
冒険者により、邪悪なる野望は、宝珠の破壊と悪しき男の死により潰えた。
しかし、宝珠の破壊と共に、巨大な憎悪が解放されてしまった。
たとえ宝珠が砕け散ったとしても、大地にとってその影響力は絶大であり、忌ましめから逃れることは出来ない。
モンデイン城の床に転がっている破片の中でさえも、ソーサリアは存在し続けるのだ。
ブリタニア、かつてソーサリアと呼ばれていた大地。
そして、あなたが誕生し、生活し、そして朽ち果てていくのだ。
様々な人種。歴史、運命を形成しながら複数の世界として存在するこの世界が、Ultima Onlineなのだ。



序章

 夜空には、瞬く星々が輝いていた。
星々の中には二つの月が輝き、一瞬見入ってしまうほどの光景が開けている。
だが、夜空とは裏腹に、大地には、やや強めの風が吹き、辺りには小さい砂嵐が吹いていた。
ヒューヒューと吹く風の鳴き声は、聴く者によっては、亡者の鳴き声にも聞こえる。
 風が強いとは言っても、夜空には雲一つ無く、二つの月が、静かに浮かんでいる。
月の一つは、果実が赤く熟したような色をしている。
もう一つの月は、檸檬色を反映したかのような色を浮かべていた。
両者とも、太陽の光をまんべんなく反射し、個々の美しさを競うかのように、天空に鎮座していた。

 ここは、砂漠だ。
見渡す限りの、砂の世界。
辺りには何もなく、時折ある穴だらけの岩が、風を吸い込み、ヒューヒューと不気味な音をたてていた。
 その中に、月の明かりに照らし出される影があった。
人間である。
吹きすさぶ砂塵と外気から、身を守るように、外套に身をくるみ歩いている。
夜の砂漠は、人間が活動するにはあまりに過酷な環境だ。
気温は氷点下まで下がり、地面が日中に蓄えた過剰なまでの熱を、全て奪い取る。
そして、その冷気は、人間もの体温を奪うのだ。

 よく見ると、人影は二つあった。
一人は、大柄の男。
体格は良く、風で時折めくれる外套からは、筋肉質の体が見え、所々傷跡があった。
頭髪は、金髪の、いわゆるモヒカンで、肌色は茶褐色だ。
片手には、両刃の斧が携えられ、歴戦の戦士を思わされる。
もう一人は、外套の上からでもわかる。
体つきから見て、女性だろう。
頭にかぶったキャップから覗く髪が、二つの月の光を反射していた。

 2人は、会話をすることもなく、黙々と、荒涼とした砂漠を歩いていた。
体格の良い男が、先頭に、女がその後ろを歩いている。
風は、お世辞にも弱いとは言えない。
吹きすさぶ砂嵐が、容赦なく2人に襲いかかっていた。

 そんな中、後ろを歩いていた女が口を開いた。
「ねぇ、ダルバス。まだ、歩くの?私、疲れちゃったんだけど」
女の声は、砂嵐にかき消されてしまったのだろうか。女は、前を歩く男を止めようと、小走りに近づいた。
「ちょっとっ!」
女は、頭にかぶっていた外套とキャップを取り外す。
月の明かりに、女の顔と髪を照らし出す。
「あぁ?」
ダルバスと呼ばれた男は、ぶっきらぼうに答える。
その態度に、女は不快感を覚えたようだ。
手持ちの荷物を、地面に放り出す女。
「いい加減にしてよね!いくら、行程をあなたに任せているとは言っても、砂漠を夜中に抜けるなんて、正気の沙汰じゃ無いわよ!それに、私は疲れているの!私は、あなたのような丈夫な体は持っていないのですからね!」
女は、ダルバスの前に仁王立ちの姿勢を見せる。
「うるせぇなぁ・・・」
ダルバスと呼ばれた男は、面倒くさそうに、立ち止まる。
そして、手持ちの斧を、地面にドサっと突き立てた。
 斧は大きい。
刃の部分だけでも、人間の顔くらいの大きさはあるだろう。
柄の部分をくわえると、女の身長くらいの大きさはある。
地面に突き立てられた斧は、小さい砂埃をあげた。
「な、何よ」
女は、地面に突き立てられた斧を見つめる。
「ライラよぅ。おめぇが、この旅の計画を持ち出したんだぜ?」
ダルバスは、斧の柄に捕まりながら、しゃがみ込み、ライラの視線に合わせる。
実際、ダルバスの身長は大きい。
ライラと呼ばれた女の、頭2つ位大きいのではないだろうか。
「それは・・・そうだけど・・・」
ライラは、口を濁す。
「でもねぇ。夜中に砂漠を横断するなんて、無茶しすぎじゃない?それに、私もあなたも、水は殆どないのよ?。それで、砂漠を横断?無茶しすぎだわ!まったく!」
ライラは、手持ちの水と、食料をダルバスに示す。
羊の皮で出来た水筒には、水は殆ど残っていなかった。

 通常、ブリタニアの旅人は、旅に出る時には食料と水を持っていく。
食料などは、主に乾燥パンや、干し肉。それに、チーズなどが主体だ。
水は、羊の皮を剥いで筒状に加工したものに、ブルと呼ばれる牛の油脂を表面に塗り、水筒代わりにする。
それに、必携と言っていい物が、寝袋だ。
外套を使って、雑魚寝でもよいが、やはり、寝袋は旅人の必携品となっているようだ。
旅人は、見知らぬ土地へ赴き、夜になれば、そこでキャンプをして休む。
ただし、それには十分な警戒が必要だ。
人間とは、相知れぬ者達がいるからだ。
夜になれば、夜行性の吸血コウモリや、知能の高いオークなどが襲ってくる危険性が高まるのだ。
砂漠などで特に注意しないといけないのが、サソリだ。
サソリの毒は、一瞬にして人間の生命を脅かす。
砂漠を旅する時は、毒消し薬が必携品ともいえた。

「まぁ、しょうがねぇか。今夜は風が止みそうにねぇし、ここら辺で休むとするか?」
ダルバスは、辺りを見渡す。
周りには、砂漠ならではの砂丘が広がっていた。
しかし、蟻塚のように、つんと突き出た岩は、各所に点在している。
砂漠を行く旅人は、その岩の中や側でキャンプを張ることが多い。
「もぅっ!遅いわよ!だったら、もっと早く休んでくれてもいいじゃない!」
ライラは、ダルバスに喰ってかかる。
「うるせぇっ!グダグダ言うんじゃねぇ!こっちだ。ついてきな」
ダルバスは踵(きびす)を返すと、中規模な岩塊へ足を運ぶ。
「まったく・・・」
ライラは、髪にまとわりついた砂を振り払うように、手で髪をはたく。
ライラの髪は肩くらいまでで、後部でひもで縛られていた。
ブロンズ色の頭髪は、砂をはたかれることにより、二つの月の光を受け、静かに反射する。

 ダルバスは、岩塊の側まで行くと、いきなり斧をふるう。
ガキッ!と鈍い音を立てる岩肌。
いくら、岩とは言っても、砂漠という、過酷な環境下にある岩だ。もろくなっている。
ダルバスが数回斧をふるうと、岩は豪快な音をあげ、大きい空洞が出来た。
ライラは、その後ろで、落胆と軽蔑が混じったような表情を浮かべる。
「あんたねぇ。そんな斧の使い方をしていたら、壊れちゃうわよ?」
文句を言いながらも、瓦礫を取り除くダルバスをよそに、さっさと出来た空洞に滑り込むライラ。
「あんたなら、採掘師にでもなれるんじゃなくて?」
ライラの皮肉は、ダルバスには通用していないようだ。
ライラは苦笑いを浮かべると、休憩場所を提供したダルバスに礼を言うこともなく、バックパックから自分の寝袋を取り出す。
そして、ランタンを取り出すと、フタを外し、風に気をつけながら火打ち石で、火を灯した。
ランタンの燃料は動物性の油脂だ。
肉屋から余った油が、道具屋に集められ、ランタンは作られる。
一度、集めたあらゆる動物の脂を熱し、液状にする。それをランタンに仕込むのだ。そうすることにより、ランタンの芯に油が浸透するのだ。
冷めれば、油は固まるが、一度火をつければ、その熱で油は少しずつ溶けてゆく。
動物性の油故か、火をつけた時は、お世辞にも香りが良いとは言えない臭気が漂う。

「あ?それなら、問題はねぇ。この斧はな、カゲミツに作ってもらっているからよ。なんでも、バロライトっつー鉱石から作ったもんらしいからな」
ダルバスは、誇らしげに斧を自分の傍らに置く。
斧を置かれた時に舞い上がる砂塵は、斧の重さを表していた。
「ふ~ん。私には、よくわかならいけどねぇ・・・」
ライラは、ダルバスの得意満面な態度をよそに、乾燥肉を取り出す。
その態度が、ダルバスには気にくわなかったのだろうか、ダルバスは、ライラをにらみつける。
「おい。ライラよ。おめぇ、いつまで、お嬢様していやがんだ?」
ダルバスは、その場に荒々しく腰を下ろした。
巨体のダルバスが、荒々しい行動をとると、もろい岩の空洞はぱらぱらと崩れ悲鳴を上げた。
そのダルバスの様子に、ライラは悪びれる気配はない。
「何、怒ってんのよ?」
寝そべりながら、乾燥肉にかぶりつくライラ。
そのライラの態度が、ダルバスの苛立ちに油を注ぐことになる。
「おめぇは、いつまでお嬢様でいやがんだっ!」
ダルバスは、拳で壁を叩き付けた。
即席のキャンプ地は、更に悲鳴を上げる。
「ちょっと!やめてよね!生き埋めにする気!?」
さすがにライラも、ダルバスの態度には驚いた様子だ。
「おめぇ、本当にやる気があんのか?」
興奮さめやらぬ様子で、ダルバスはライラをのぞき込む。

 ダルバスの瞳は、アクアブルー系の色をしている。
ブリタニアンにしては、珍しい色をしていた。
大抵は、黒か茶色がかった瞳が多い。
ライラの瞳の色は、黒だ。
ここブリタニアでは、様々な人種がいるが、東西南北で分けると、5つの人種に分かれる。
都市は各所に点在するのだが、地域でみると大体5つ位になる。
東はマジンシア地方。西はユー地方。南はジェローム地方。北はミノック地方。
そして、その中心にある、大都市ブリテインだ。
その土地に住む人々の個性は様々だ。
マジンシアは自然豊かな孤島で、主に生産を基盤とした産業が成り立っている。
ジェロームも孤島で、主に戦士や漁師などのギルドで構成されている。その他にも、仕立屋や宝石商など中規模ながらも画期的な街だ。
ミノックは、主に鍛冶の盛んな街だ。ブリタニアへの鋳物類や武具などは、大半がここから産出されている。
そして、その中枢を担うブリテイン。
ここには、あらゆる産業が集中している。ここで、手に入らない物はないとさえ言われる。
ブリタニアの全ての分岐点箇所ともなっているのだ。
そして、ユー。
最近、ユーの良い噂は流れてこない。
数年前に、悪の魔術師、モンデインの残留思念により、呪われた街と化したという。
大地は腐敗し、風は止み、水は腐り、人間の住める環境ではないという。
だが、あくまでも噂だ。実際にユー地方へ行き、帰ってきた人も少ないのだ。

「なによ・・・」
ダルバスの、透き通ったアクアブルーの瞳を見上げるむライラ。
「確かにな、おめぇのやりてぇことは、わかる」
ダルバスは、一瞬躊躇するそぶりをみせるが、ためらわず続けた。
「確かにな。あの事件は悲惨だったよ。俺の友人だって、やられちまった。俺の両親は、俺が幼ねぇころに死んじまったから、関係ねぇが・・・」
ダルバスは、言葉に詰まる。
ライラは、黙ってダルバスの次の言葉を待っていた。
「だがよぅ・・・」
ダルバスの態度は、先ほどの荒々しい態度とは一変していた。
ライラは、それを見守っているようだ。
「おめぇの、両親まで、やられちまうとはな」
言葉を絞り出すように言いきると、ダルバスは拳を握りしめた。
その厳つい顔には、悲壮さまでが表れている。
「敵討ち・・・か。無茶なことを考えるもんだぜ!まったくよう!」
ダルバスは、目の前に置かれたランタンをにらみつけていた。
沈黙が、場を支配する。
ランタンはガラス製の容器の中に、一本の短い芯が出ている。
多少の風では、消えることはない。
「無理だとでも言うのかしら?」
ライラは、沈黙を破り、口を開いた。
その口調は、先ほどのダルバスを小馬鹿にしたような感じでは無いような気がする。
「力量どうこう言っている訳じゃねぇ。おめぇの、その態度が気にくわねぇんだよ!」
ダルバスは、吐き捨てるように呟く。
「おめぇの家は、確かに裕福だったろうな。そして、そこのお嬢様と来たもんだ」
ライラが眉をひそめるのを構わずに、ダルバスは続ける。
「確かに、おめぇは天才だよ。魔法は出来る、音楽は出来る。そして、その音楽を魔力に変える力すら持っているんだからな。ブリタニア広しとは言えど、そこまで出来る奴は少ねぇだろうさ」
ダルバスの発言を皮肉と受け取ったのだろうか。ライラは反論する。
「嫌み言わないでくれる?私は、そう言う環境で生きてきたの。あなたから見れば、裕福だったのは認めるけど、同じ人間とすれば関係ないことでしょ?」
ライラは起きあがると、ダルバスをにらみつけた。
「そんなこと言ってんじゃねぇ。俺が言いてぇのは、お前さんの自覚だ。あまりに、軽く考えすぎてはいねぇかい?」
ライラは、ダルバスの言おうとしている意味を探ろうと、ダルバスの次の言葉を待つ。
「いいか。お前さんは、わがままだ。この世の厳しさなど、な~んもわかっちゃいねぇ。敵討ちも、お前さんの力と、俺の力があれば、簡単に出来ると思ってねぇかい?ん?」
ダルバスの発言に、言葉を失うライラ。
それは、核心を突かれたからではない。
まさか、付き人からこの様な発言があるとは思わなかったからだ。
「お前は、本当に、敵を取れると思っているのかい?」
ダルバスは、黙り込んだライラに、畳み込みかけるように、問いかける。
「そんなこと、わかっているわよ!」
ライラは、投げやりに答える。
「一人じゃ、無理だからとわかっているから、あんたを頼っているんじゃないの!」
そう言うと、ライラは黙り込んでしまった。
「まぁ、あのころの俺らは、まだ未熟だったからなぁ・・・」
ダルバスは、外の風景を眺める。
風はまだ強い。砂塵が、キャンプの中まで吹き込んでいる。
気まずい沈黙が、しばらく続いた。


 ここで、ダルバスとライラの旅の原点を振り返ってみよう。
ダルバスとライラは、幼なじみだった。
生まれはベスパー。
ベスパーは、ミノックからほど近い場所にある。
町中は、整然と整えられた水路が網目状に張り巡らされ、各所を橋で繋がれている。
この様な街の形状は、ブリタニアでも珍しく、観光客は後を絶たなかった。
各種ギルドなど、中規模ではあるが、それなりの発展を見せる地域でもある。
ダルバスとライラは、その郊外で暮らしていた。
農業を中心としたその郊外では、ブリタニアの王である、ロード・ブリティッシュが統治し、平和な時が流れていた。
 幼なじみである、ダルバスとライラは、良く一緒に遊んだものだ。
だが、ある程度物心がついてくると、お互いに一定の距離が産まれてくる。
 平民であるダルバスは、家のために、よく木こりとしての仕事をすることが多くなった。
さらに、ダルバスは12歳の時に、両親を事故で亡くしてしまった。
自立するには早すぎると思う年齢で、ダルバスは自活していくことになる。
 ライラは、ダルバスとは正反対の貴族だった。
幼い頃から英才教育を受け、何一つ不自由なく育つ。
周りには従事が付き、生活にはまったく問題が無かった。
 それでも、地元の人間として、彼らはそれなりの付き合いはしていた。
ダルバスの生活が苦しければ、ライラの家族からは、それなりの援助などをしたものだ。
そう。あの事件が起きるまでは・・・。

 それは、突然襲ってきた。
ダルバス達が22歳の時だ。
ダルバスが一日の仕事を終え、そして、ライラが今日の勤めを終え就寝しようとしていた時だった。
ベスパー郊外に、叫び声が響き渡る。
「ドラゴンだーっ!」
物見塔にいた男が、警鐘をけたたましく鳴らす。
瞬く間に、深夜の街に、人が溢れ返した。
時間は深夜。
人々は、何が起きたのかがわからず、ただ呆然と空を舞うドラゴンを見つめていた。
ドラゴンは何頭いたのだろう。
ダルバスの記憶の中には、100匹くらいの記憶があった。正直、数え切れなかったと言った方が良いかもしれない。
空は、ドラゴンの羽で埋め尽くされ、星が見えないくらいだった。

 最初、ドラゴンは何もしてこなかった。
今思えば、街のどこを狙うかを、品定めしていたのかもしれない。
ざわめく雑踏の中を、一匹のドラゴンが狙いを定めた。
何が起こったのか。
自分の周りの空気が熱くなったと感じた瞬間・・・。
物見塔は、一瞬にして火柱と化した。
物見塔にいた男は、悲鳴を上げる間もなく、ドラゴンの吐いたブレスにより炭になる。
間髪おかず、悲鳴をあげ逃げまどう人々。
この後は、まさに地獄絵図だった。
複数のドラゴンは、容赦無しに炎を放った。
ベスパーの街は、瞬く間に、炎の海と化してゆく。
街を守る、衛兵達も出動してくるが、あまりの数に追いつけない。
まして、相手は空を飛んでいるのだ。
数頭は、衛兵達は倒したのであろう。
だが、数には勝てなかった。
 ドラゴンは、容赦なく人間を襲った。
ブレスに焼かれる者、かぎ爪で切り裂かれ、握りつぶされる者。
果敢に立ち向かって言った戦士達も、ドラゴンの操る炎の前には太刀打ちが出来なかった。

 ダルバスも、ドラゴンに立ち向かっていった一人だった。
「この野郎っ!俺の街に、なにしやがる!」
だが、空を舞うドラゴンに攻撃できるわけもなく、急降下してくるドラゴンには、ひと太刀も与えることは不可能だった。
 その様な中、ダルバスの旧友であるズィムが、果敢にもドラゴンへ突進してゆく。
「ズィム!やめろ!お前の敵う相手じゃねぇっ!」
叫ぶダルバスの言葉は、ズィムには届かなかった。
ズィムの振りかざした刀は、軽くドラゴンにかわされ、逆に、かぎ爪がズィムの顔面をとらえる。
「ズィムーっ!」
かぎ爪は、確実にズィムの頭をとらえる。
脳漿を巻き散らかしながら、空を舞うズィム。
そして、一瞬だった。
ズィムが地にたどり着く前に、他のドラゴンが、ズィムの体を口に放り込んでしまったのだ。
目の前で、友がドラゴンの餌食になっているのに、ダルバスには、為す術がなかった。
他のドラゴンが、ダルバスを狙う。
空から襲い来る、かぎ爪と炎をかわしながら、ダルバスは逃げまどうしか方法は無かった。
 その様な中、ダルバスの隣家に住んでいる、リウが駆け寄った。
彼は、鍛冶屋の息子だった。
父の仕事を引き継ぐべく、毎日、父の元で修行を重ねていた。
「ダルバス!ここは危険だ!うちには、地下室がある!そこへ行くんだ!」
ズィムが死んだことにより、ダルバスは多少混乱しているのだろうか。
リウの言葉は、ダルバスが気が付くには、時間がかかった。
 その時、一頭の竜が、ダルバスに襲いかかった。
気づくのが一瞬遅れるダルバス。
斧を構えた瞬間には、ドラゴンのかぎ爪が、目の前に迫っていた。
「危ない!」
リウは、刀を振り上げながら、ダルバスを強引に建物の影に引きずり込む。
間髪おかず、ドラゴンのかぎ爪が、地面をえぐり取っていった。
耳が裂けると思われるほどの咆哮をあげ、ドラゴンは空に舞っていく。
 見ると、リウの刀には血が付いていた。
刀を振り上げた時に、ドラゴンの指を切り落としていたのだ。
傍らには、指が転がり落ちていて、ピクピクと、小さく痙攣していた。
「す、すまねぇ・・・。助かったぜ」
ダルバスは、立ち上がるとリウに礼を述べる。
「馬鹿野郎が!ぼーっとすんな!」
リウはダルバスを怒鳴りつけると、忌々しく、切り落としたドラゴンの指を踏みつけた。
指とはいえ、ドラゴンの表皮や骨は硬く、潰れることはなかった。
「畜生!」
無抵抗の指相手にも、馬鹿にされた気になるリウ。思わず、指を蹴り上げていた。
「もう大丈夫だぜ。すまなかったな」
荒れるリウをなだめるべく、ダルバスは静かに語りかけた。
「畜生!こいつらのせいで、俺の・・・。俺の親父達は・・・。畜生っ!」
ダルバスは、すぐに理解した。
恐らく、親父達とは両親の事だろう。
ドラゴンに殺されたのだ。
「リウよ。お前の家に行くぜ。地下室があるって言っていたよな?」
ダルバスは、建物の影から、空の様子をうかがう。
ここから、リウの家までは、隣2件くらいの場所だ。遠くはない。
「すまない。俺も混乱しているんだ。・・・。もう、大丈夫だ。行こう!」
 リウとダルバスは、ドラゴンの位置を確認する。わずか数メートルとは言え、油断は命取りになる。
 空には、ドラゴンの大群がひしめき合っていた。
場違いな疑問も生まれる。
どうして、ぶつかり合わずに飛べるのだろう。それほど、空にはおびただしい量のドラゴンがいる。
ドラゴンは、何種類かいるようだ。それは、色でわかった。
夜とはいえ、ドラゴンの吐くブレスと、燃えさかる町並みの明かりで、ドラゴンの色は鮮明に見比べることが出来る。
ドラゴンは、赤、茶、白、黒の4種類が殆どだった。
ただ、群れの中には、一頭だけ、単色ではないドラゴンが舞っていた。
黒っぽい胴体に、桃色の羽を持つドラゴン。そして、それは他のドラゴンより、人一倍大きかった。
ダルバスは直感する。
恐らく、単色でないドラゴンが、この群れのリーダーなのだろう。
だが、今はその様なことを考えている場合ではない。
「よし、今だ!」
どちらともなく声をかけ、リウの家に駆け出す2人。
 家の前に来て、ダルバスは愕然とした。
入り口の前には、2人の人間が、焼け崩れていた。原型はほとんど無く、男か女かもわからない。
リウの両親達だろう。
恐らく、騒ぎに気が付き、外に出てきた途端に、やられてしまったのかもしれない。
リウは一瞬躊躇するが、ためらわず家の中へ飛び込んでいった。ダルバスもその後に続く。
 家の中事態に、損傷は無かった。
家の壁が、石組みであることも幸いしているようだ。多少の炎であれば、しのげるに違いない。
「こっちだ」
リウはそう言うと、床にある、重い石蓋を開ける。
ランタンに火を灯し、地下へ向かう2人。
 地下室は、武器庫のようだった。
父親が作ったのであろう。様々な武器や、防具が並んでいた。
 いくら、ブリタニアが平和とはいえ、武具の需要と供給は盛んだった。
武器を振るう対象となるのは、人間ではない。
生活をする人々の中には、洞窟などに巣くう、オークや蛇、トカゲ族などを狩って生活の生計を立てる人も少なくなかった。
トカゲや蛇などから取れる皮などは、生活の中で使う道具に加工され、需要も多かった。
オークなどは、ある程度の知能があるために、色々な資材を集めていることがある。巣にある資材は、人間が加工すれば使える物も多い。
 しかし、人間が狩られる場合は、よほどの事が無い限りあり得なかった。
そう。今回のように。
「これで、しばらくは安全だ。ダルバスも、休むといい。・・・あれ?お前、負傷しているじゃないか!」
リウは、驚いたように、ダルバスの右腕と右足を見つめた。
ダルバスの右上腕部と、右足のふくらはぎには、大きな切り裂かれたような跡があった。
「なに?痛みは感じねぇが・・・」
ダルバスはそう言いながら、左手で患部を触ってみる。
手のひらには、べっとりとした血がしたたり落ちた。
恐らく、先ほどドラゴンに襲われた時に、かわしきれなかったのだろう。
不思議なことに、傷に気が付くと、痛みを感じ始める。
「傷は、浅くはないな。ちょっと待ってろ。上から薬と包帯を持ってくる」
そう言うと、リウは階段を駆け上っていった。
「気をつけろよ!家の中でも、油断は出来ねぇからな!」
ダルバスは叫ぶと、床に崩れ落ちるように座り込んだ。
今になって、急に傷口が痛み始めるのだ。
 程なくして、リウが戻ってくる。
ドラゴンに襲われた様子はないようだ。
「大丈夫か?今包帯を巻いてやるから」
リウはそう言うと、瓶に入った、黄色がかった液体状の薬を取り出す。
 ブリタニアで使われている傷薬は、大抵がこの薬だ。
薬は、錬金術師が、様々な薬草を調合して作り出す。
傷薬は、薬用ニンジンを調合して作り出される。
他にも、滋養強壮剤などもあり、これはマンドレイクの根などから調合されていた。
薬草は、道ばたに良く生えており、これらを採取し、錬金術師へ売りながら生計を立てている人もいる。
 傷の治療には、薬の他に、魔術を用いて行うこともある。
魔術に長けている者は、地水火風の4大精霊の力を借りて、魔力を発するのだ。
だが、魔法そのものが忌み嫌われているブリタニアでは、魔法を使いこなせる者は少ない。
 リウは薬のフタを取り外すと、ダルバスの傷口へ直に塗布した。
「っつ・・・」
鈍い痛みが、体を走り抜けた。やはり、傷は浅くはない。
「よし。あとは、包帯を巻いておこう」
リウは、手持ちの包帯を、傍らにあった刀で適当な長さに切ると、ダルバスの患部に巻き付ける。
ジワリと血がにじみ出すが、当面は大丈夫だろう。
「それで?これからどうするんだ?」
ダルバスは、痛む傷口を押さえながら、斧をたぐり寄せる。
リウは、部屋全体を見渡していた。
「ここには、これだけの武器がある。親父が作った武器だ!俺は・・・戦う!」
部屋の中には、あらゆる武器が置かれていた。
刀や槍、斧、弓。他にも、あまり見たことのない様な武器や防具も置かれていた。
「リウよ。両親が亡くなったのは、辛ぇ事だとは思う。だがよ、冷静になって考えてみろや?奴らの強さを見たろうよ?街の衛兵ですら、歯がたたねぇんだぜ?」
ダルバスは、静かにリウをなだめる。
その様なダルバスに、腹を立てたのか、リウは叫んだ。
「お前なぁっ!いつから、そんな腑抜けになったんだ!?俺らの街を、そして、親父達や、俺たちの友人の敵を討ちたいとは、思わないのか!いつもの強気のお前は、どこへ行ったんだよ!」
感情むき出しのリウに、ダルバスも思わず声を荒げた。
「馬鹿野郎!俺だって、おめぇと同じ気持ちなんだよ!俺だって、ズィムや、お前の両親の敵を討ちてぇよ!だがなぁ、冷静になって考えてみろや。今、俺たちがドラゴンと戦ったって、勝ち目はねぇんだ!勇気と無謀は違ぇんだよ!無駄死にしちまったって、何の解決にもならねぇじゃねぇか!」
ダルバスは、既に戦うことを諦めていた。
それは、ダルバスにとって、死んでしまった方が良いと思える位の屈辱であり、苦痛だった。
自分の力のなさ、そして、友人を守りきれなかったこと。
しかし、今のダルバスには、耐えることしか出来なかった。
「そんな事、言われなくてもわかっている!でも、俺たちは男だ!ここで諦めてしまっては、ただの腰抜けだ!」
リウはそう言うと、傷ついた防具を脱ぎ捨て、新しい防具を身につける。
「おい!死にてぇのか!行くんじゃねぇっ!」
起きあがり、リウを止めようとするが、ダルバスの全身に激痛が走った。
「ぐぁっ!」
その場に転がり込むダルバス。今になり、傷口の痛みが、ダルバスを支配していた。
リウは、ダルバスの体を抱え、床に座らせた。
「いいか、ダルバス。俺は行く。お前は、戦える状態じゃない。代わりに、俺が戦ってきてやる。お前は、ここを動くんじゃないぞ」
リウはそう言うと、地下室を駆け上がっていった。
「行くんじゃねぇっ!行くなあぁーーっ!」
今のダルバスには、リウを止める事も出来なかった。
己の力のなさに、悔し涙を流すダルバス。
外からは、相変わらず人々の牽制や悲鳴が響き渡り、ドラゴンの咆哮が鳴り響いていた。
やがて、ランタンの火は消え、辺りを闇が支配する。
ダルバスは、傷口の痛みと疲労のせいか、意識は、闇の中へと消えていった。


 その頃、ライラは、自宅の中で待機していた。
家の外からは、人々の悲鳴や雄叫びが聞こえ、窓からは、ドラゴンより放たれたブレスが、眩しいばかりに輝いている。
「ライラや。ここで、待っているのですよ?」
ライラの母である、セルシア ルーティンは、ライラを説得していた。
セルシアの血を、ライラは引き継いだのだろうか、セルシアの髪は、美しいブロンズ色の髪をなびかせていた。
「でも・・・」
ライラは、困惑していた。
産まれてから、この様な事態や、まして、この様な大きい事件などは遭遇したことが無かったのだ。
「大丈夫だ。ライラ。従事達もほとんど避難させた。お前は、残りの従事達と、地下室で待っていなさい。お前は、私たちが守る」
父である、ロラン ルーティンは、ライラの肩を握りしめる。
ロランの体は、たくましかった。ライラの肩に置かれている手も、力強い。日に焼け、茶褐色の顔に、黒い瞳が良く映えていた。
「ライラ。そんなに心配しなくてもいいのよ?私たちが、あなたを守ってあげますからね?」
セルシアは、ライラをなだめながら、呪文書とハープを手にする。
セルシアは、音楽を魔力に変えて、相手を魅了するという、技を持っていた。
ライラは、全部を見たことはないが、セルシアが持っている呪文書には、現在ブリタニアで確認されている呪文の全てが記述されていると聞いたことがある。
幼い頃。一度、読んでみようとこっそりと、呪文書を覗いたことがあるライラだが、見つかってしまい、お説教を受けたことがある。呪文書を完成させるには、自分の力でやりなさいと、怒られてしまったのだ。
 魔法を覚えるのは、容易ではない。
簡単な魔法であれば、素質のある者であれば、容易に拾得出来るが、高位魔法になると、そうもいかない。
高位魔法を取得するには、ムーングロウにある、ライキューム研究所へ行き、数年に渡る魔法学の勉強をしなければならない。
そして、なにより、魔法を使う人間の、魔法力が一番ものをいうのだ。魔法力が弱い人間には、いくら魔法の知識があっても、魔法を使いこなす事は出来ないだろう。
魔法力が高い人間は少ない。修行を重ねて魔法力を高める人間もいるが、素質が無い人間には、いくら修行をしても無駄だという。

 しかし、それは幼い頃の話だった。
今のライラには、自信があった。
「冗談でしょ!?私も、戦うわよ!私じゃ、役に立たないとでも、お思いかしら!?」
両親に、地下室へ押し込まれることに納得がいかないライラ。
ライラは、既に子供ではない。
逆に、ライラのプライドに傷を付けることになったのかもしれない。
それに、それなりの自信もあった。
「お前は、地下室にいるんだ。地下ならば、あいつのブレスも大丈夫だろうからな。大丈夫、我々にはオリジン神のご加護がある」
ロランは、再度ライラへ地下室へ行けと命じる。

 ちなみに、オリジン神とは、ブリタニアで信仰されている神の事だ。
ブリタニアの各地には、神殿が設けられ、そこにはオリジン神の象徴である、アンクが祀られていた。
だが、神とは言っても、人々の信仰心は、それほど高い物ではなかった。
主に、神を崇める人達は、魔術を使う人達や治療院、それに、パラディンと呼ばれる聖職者などだ。
ブリタニアには、宗教の規律はなく、誰が何の神をあがめていようと、問題はない。
 ただ、このブリタニアには、グランドマスターと呼ばれる伝道師がいて、オリジン神の教えを解いているという。
人前に姿を現す事は少なく、大きな祭り事などが無い限りは、目にする事は難しいと言えた。
普段は、赤い外套をまとい、人気の無いところで、静かに暮らしているという。

「ふざけんじゃないわよ!親が戦うというのに、私は何も出来ない訳!?これが、私が赤ん坊だったら、まだわかるけど、私はもう、大人なのよ!一緒に、行かせてよ!」
ライラが叫んだその時だった。
「大馬鹿者!」
言葉と同時に、ロランの平手が、ライラの頬を捉えた。
ライラは、一瞬何が起きたのかがわからなかった。
今だかつて、親に手を挙げられた事がなかったのだ。
頬の痛みを感じながら、ライラはロランを見つめる。
「自惚れるな!お前はまだ、半人前だ!それを、今、空を舞っているドラゴンなどと戦えると思っているのか!」
ロランは、ライラを叱咤する。
その目には、うっすらと涙さえ浮かんでいた。
だが、この時のライラには、親であるロランの言おうとしている意味を、理解することは出来なかった。
「何言ってんのよ!私は、親が心配だから、一緒に戦おうって言ってるんじゃないの!私の気持ちがわからない訳!?」
ライラは必死だった。
このままでは、両親が死んでしまうかもしれない。
その一心だったのだ。
「叩いて悪かったな、ライラ。いずれ、私たちの気持ちがわかってくれると信じているよ」
ロランは、優しくライラに話しかける。
今のライラには、それが気味悪くも感じた。
「そうだ。ドラゴン共をやっつけたら、明日は休日だから、ブリテインにでも行って、買い物をしよう。ベスパーを守った記念にもなるだろうしね。明日が楽しみだろう?だから、いい子だから、地下室で待っていてくれないか?」
セルシアは、この成り行きを黙って見守っていた。
自分たちの覚悟を、一人娘であるライラが、どこまで理解してくれるのだろう。
その様な眼差しで、ライラを見つめていた。
ライラは、この時悟った。
親は、死ぬ覚悟で、自分を、そして、故郷であるベスパーを守るのだと。
「ライラ。明日が楽しみだな。ムーンゲートが開いていれば良いんだがなぁ・・・。では、地下室に行く方々よ、ライラを頼むぞ」
家に残った従事達は、ライラの両親の気持ちを察しているのだろう。
ライラをつかみ、地下室へ誘導し始める。
「いやぁーっ!馬鹿っ!馬鹿馬鹿馬鹿!私を置いていくんじゃないわよ!何考えているのよ!この大馬鹿親!気が違っちゃったんじゃないの!?行かないでよっ!」
半ば、半狂乱になるライラを見つめながら、ロランは、準備を整える。
ロランは、愛用の弓を片手に、矢を持ちきれんばかりに背負う。
そして、ライラへ一言付け加えた。
「うーん。お前は、その口の悪さをなんとかしたほうがいいかもしれんなぁ。そんなんでは、男もよりつかんぞ?ま、お前が連れてくる男を、私が納得出来るかは、わからないけどな」
ロランは、従事に捕まれているライラを見ると、苦笑いする。
その瞳には、明らかに決意が見られているのだが。
「ま、お前が連れてくる男だ。きっと、いい男に決まっているだろうけどな?幸せになるんだぞ?いいな?」
ロランはそう言うと、従事にライラを地下室へ連れて行くように命令する。
ライラには、ロランの言葉が、最後のような気がした。
「さ、ライラ様。地下室へ」
従事達は、力ずくに近いくらいの手段で、ライラを地下室へ押し来む。
「いやあぁーーっ!行かないで!私も一緒に・・・っ!お母様あぁっ!」
地下室へ通じる床の扉が閉じる寸前、母であるセルシアの瞳から涙がこぼれ落ちるのを、ライラは見逃さなかった。
セルシアの美しい瞳から流れ落ちた涙。例え一瞬とは言え、この一瞬をライラは生涯忘れられない事になる。

 しばらくすると、外での牽制がひときわ激しくなった。
「こいつ!ただのドラゴンじゃない!」
「そうだ、こいつは・・・古代・・・、ぎゃああぁっ!」
 逃げまどう人々の声が響く中、ライラは薄暗い地下室でじっと耐えていた。
石造りの家とはいえ、どこまで耐えられるのか・・・。
ドラゴンの炎に耐えたとしても、倒されたドラゴンが、この家の上に落ちてきたらどうなるのか。
それ以前に、両親達は無事なのか。

 ライラの心配をよそに、セルシアとロランは、ドラゴンと一進一退を繰り返していた。
「あなた!今から、ドラゴンたちを沈静化させるわよ!その間に、おねがいね!」
セルシアは、そう叫ぶと、手持ちのハープを演奏する。
美しい音色には、魔力が籠もっていた。
それを聴いた者は、一瞬だが、我を失ってしまう。
 ブリタニアには、魔法を忌み嫌う人が多い。
従って、演奏を魔力化すると言うことを、オカルトめいた目で見る人も少なくなかった。
ただ、効果があるのは確かで、これを完全否定するのは難しい。
 ブリタニアの科学者は、これは、突然聞こえる、聴いたことのない旋律に相手がとまどう現象なのだと解く人もいる。
極端に言えば、演奏が下手、もしくは音痴だから、相手がとまどうのだという科学者もいる。
色々な説が飛び交い、賛否両論の所もあるが、事実、ここでは威力が発揮されていた。
 セルシアがハープを奏でると、近くにいるドラゴンたちは、一瞬動きを止める。
だからと言って、羽ばたくのをやめて、落ちてくる訳でもない。
戦意を喪失させるという方が、正しいかもしれない。
ロランは、間髪おかず、弓矢をドラゴンに向けて射る。
 ロランが使用している弓は、クロスボウと呼ばれるものだ。ボウガンとも呼ばれる。
通常の弓と違い、利き手で弓と矢を引いて射るものではなく、一度弓本体に矢を装着し、引き金を引く事により矢は射られるのだ。通常の弓より、遙かに威力はあるが、装着するのにそれなりの腕力が必要なのと、連射が出来ないのが難点ではある。
 しかし、相手はドラゴンだ。
固い表皮には、クロスボウとはいえ、まともに矢は刺さらない。
「ならば・・・」
ロランは、ドラゴンの目に狙いを定める。
バヒュッと、鋭い音をたて、矢は大気を引き裂く。
飛び回っていない分、狙いはつけやすい。
彼の放った矢は、寸分違わず、ドラゴンの右目に突き刺さった。
悲鳴を上げるドラゴン。
沈静化が解け、手当たり次第に、ブレスを放った。
「セルシア!気をつけろ!建物の影に隠れるんだ!」
ロランは、セルシアと一定の距離を置きながら、ドラゴンの炎をかわす。
炎がロランの脇をかすめると、チリチリと防具が焦げる匂いを発している。
「あなた!援護して!」
セルシアはそう言うと、魔法の詠唱体制に入った。
「わかった!」
ロランは、ドラゴンのターゲットを自分に向けるべく、燃えている民家の炎から弓矢に火を移し、空に向かって射った。
光の弧を描きながら、それは、ドラゴンに命中する。
怒り狂ったドラゴンは、一気にロランめがけて急降下を始めた。
と、その時。
魔法の詠唱を終えたのだろう、セルシアが右手を空にかざすと、轟音をたて、一筋の稲妻が、ロランを目指しているドラゴンに突き刺さった。
セルシアが使った魔法は、高位系魔法だった。稲妻を操れる。
稲妻の直撃を受けたドラゴンは、力無く羽ばたくと、ロラン頭上へ落下してきていた。
まだ、死んでいる訳ではない。
ロランは、すかさずその場から離れると、落ちてくるドラゴンへ向け、矢を放った。
矢は、ドラゴンの喉元を捉え、ドラゴンは断末魔を上げると、地面に激突し、息絶えた。
「よし・・・」
ロランは、ドラゴンが死んでいる事を確認すると、セルシアの元へ駆け寄る。
「セルシア!大丈夫か?」
その目には、愛する妻への慈愛が込められていた。
「ええ。私は大丈夫。それより、まだ、ドラゴンは沢山いるわ。気を引き締めないと・・・」
セルシアがそう言いながら、ハープを持ち上げたその時だった。
ひときわ大きい影が、2人の頭上を通り抜けた。
「あれは・・・!」
ロランは、すかさずクロスボウを、影の通り過ぎた方へ構える。
ロラン達の眼前には、ひときわ大きい竜が、はためいていた。
「こいつは・・・。古代竜だ!」
ロランは叫ぶ。
 古代竜は、あらゆる種族のドラゴンを、統率する竜と言われている。
だが、その姿を見たものは少なく、仮に、その姿を見られたとしても、生きて帰ってこられる者は少ない。
ロランも、実際にその姿を見るのは初めてだった。
いままで、色々な話を聞いて、目の前にいるドラゴンが、古代竜だという事がわかったのだ。
 古代竜は、他の竜に比べ、ひときわ大きかった。
普通のドラゴンが、一般の民家の半分くらいとするならば、古代竜は、家一件分の大きさはある。
ロラン達は、古代竜を見上げるような形になっていた。
「セルシア!」
ロランは、ハープを演奏するように、セルシアに促した。
「わかったわ!」
音色を魔力に変え、古代竜を鎮まらせようとするセルシア。
だが、一向に古代竜は鎮まる気配を見せない。
「なんで・・・!」
驚きの表情を見せるセルシア。その瞳には、明らかに困惑が見られた。
「音色が届かないのか?それより、何故攻撃をしてこない!」
ロランは、すかさず弓矢を放つ。しかし、矢は竜に刺さるどころか、固い表皮にはじかれるだけだった。
古代竜は、2人の前で、静かに羽ばき、そして、2人を見つめていた。
まるで、自分の力を見せつけるように・・・。
「セルシア!もう一度だ!」
再度、沈静化をするように、セルシアを振り返る。
セルシアは、無言で返事を返すと、ハープを奏で始めた。
と、その時だった。
古代竜は、ふわりと羽ばたくと、一瞬にして、2人の背後に回り込む。
そして、回り込み際に、古代竜の尾が、うなりを上げた。
振りかざされた尾は、近くの民家を軽々と粉砕し、そして、民家を振り抜けた尾は、そのままセルシアを跳ね飛ばした。
民家の瓦礫と共に、ハープは砕け、セルシアの体は宙を舞った。
「セルシアーっ!」
すかさず、ロランはセルシアの元へと駆け寄る。
しかし、ロランがセルシアを抱え起こした時には、既にセルシアは絶命していた。
口元からは、多量の血が溢れ出し、服は裂け、骨は折れ、ロランが体を持ち上げると、セルシアの体は不自然な方向へ折れ曲がっていた。
古代竜は、更に攻撃をくわえるでもなく、ただ、2人の前で羽ばたいていた。
不思議な事に、他のドラゴンたちは、この2人の事を攻撃しようとはしなかった。
「なぜだ!何故、お前達は、私たちの街を攻撃する!何故、セルシアを殺した!」
ロランはセルシアの亡骸を静かに地面へ置くと、目の前にいる古代竜を睨みけ、怒りの言葉を放つ。
古代竜は、静かにロランを見つめているようにも見えた。
「私たち人間に、何か恨みでもあるというのか!何を求めているというのだ!」
そう言うなり、ロランはクロスボウを構える。
「お前達を、私は許さない!」
そう叫ぶと、ロランは古代竜へ駆け寄り、あらぬ限りの速度で、矢を古代竜へと放った。
だが、矢は全てはじかれ、古代竜への、決定的な傷を負わせる事はなかった。
やがて、矢は尽き、荒々しいロランの息づかいだけが残っていた。
「なぜ・・・、お前達は・・・!」
ロランが言葉を放った時だった、古代竜の口元が眩いくらいに輝いたと感じた瞬間。紅蓮の炎がロランを見舞った。
ロランは、悲鳴を上げる暇もなく、その場に焼き崩れた。
古代竜は、燃え上がるロランの様子を見極めるまでもなく、そのまま天空へと羽ばたいていく。

 街は、炎に包まれていた。
ドラゴン達の攻撃が止む事はなく、それは、日が昇るまで続いた。
日が昇ると、ドラゴンたちは、どことも無く飛び去っていった。
辺りには、焼けこげた無惨な残骸がどこまでも広がり、まさに、戦場の跡のようだった。
なぜ、ドラゴンたちが人間を攻撃したのか。なぜ、対象がベスパーだったのか。
理由は、誰にもわからなかった。
死者は、ベスパーの住民の3割にもなったという。負傷者は、ほぼ全員に近かった。

 ダルバスとライラが、地下室から出てきた時には、既に街は壊滅し、負傷した人々が助けを求めて、うめき声を上げていた。
医療施設も破壊され、水の供給は止まり、薬もない。
活動出来る人々は、救援が来るまで、手持ちの資材で、けが人の看病に負われる事になる。
 後日、各都市から救援隊や物資が届けられるが、それまでの間に、更に多くの命が落とされる事となったのだ。
 ダルバスは、リウの行方を捜したが、どこにも見つからず、人の話によれば、ドラゴンにかみ殺されたらしいという噂を聞く羽目になった。
この事件は、ブリタニア史上最大の事件となり、後世に語り継がれていく事になる。
 それから3年後。ダルバスとライラは、旅立つ事となった。


長い沈黙が続いていた。
ダルバスとライラは、黙ったまま、何も喋らない。
ランタンの炎は小さく揺れ、空洞の中の2人の影を揺らしている。
その沈黙を、ライラが最初に破った。
「あーもうっ!何、しらけてんのよ!私、こういう雰囲気は苦手なのよね!」
ライラはそう叫ぶと、突然干し肉をかじり始める。
「なんて、固い肉なのかしら!火であぶらないと駄目ね。ね、ダルバス。ちょっと、そこら辺から薪でも拾って来てよ」
突然のライラの反応に、驚くダルバス。
が、ライラの機転をすぐ察したのだろうか、ダルバスは苦笑いする。
「わかったよ。ちょいと待ってな」
そう言うと、ダルバスはノソノソと、キャンプを離れていった。
「なるべく、早くね」
 ダルバスを見送るライラの瞳には、一筋の涙があった。
やがて、涙は一筋から二筋へと増えていく。
ライラは、両膝を抱え、うずくまると、低い嗚咽を上げた。

ライラ自身も、辛いのだろう。気丈に振る舞ってはいるが、本心は悲しみに満ちているのだ。
あの時の悲劇は、今でもライラとダルバスには忘れられない。
そして、2人の心の奥底には、いつしか、復讐、と言う念が根付いてしまっていたのだ。
 そして、実際に復讐の計画を考え出したのは、ライラだった。
当時、お互いに22歳だった頃から、3年が経過した。
25歳になったライラは、ついに、古代竜討伐の計画を考える。
その間の3年間。ライラは、血のにじむような努力をしてきた。
再びライキューム研究所へ通い、ありとあらゆる知識を身につけた。
母の技を継ぐべく、音楽の練習もした。
そして、ベスパーでは、右に出るものはいないと言うほどの実力を身につけたのだ。
 だが、いくら実力や知識を身につけたところで、一人ではどうにもならないのはわかっていた。
そこで、幼なじみであり、同じ事件を経験しているダルバスを誘ったのだった。
 ダルバスも、似たような事は考えていたようだった。
だが、あの時のあまりの恐怖と、自分のふがいなさに、半ば諦め気味だったダルバス。
それでも、ダルバスの戦士としての力は群を抜いていた。
彼の振り回す斧の一撃は、達人の剣士といえど、太刀打ち出来るものではなかった。
 ライラは、ダルバスを説得し、今回の旅が始まったのだ。
一度ダルバスが本気になれば、活動は早かった。
旅の行程を決めるのも、所持品を決めるのも、全てダルバスが行った。
逆に、ライラはそれに着いていく様な形になってしまっている。
そんなダルバスを、ライラは頼もしく思えているのも事実だ。多少、ダルバスのする事には、無理はあるようだが。

 鈍い足音が聞こえる。ダルバスだろう。
ライラは、強引に涙を服で振り払うと、何喰わぬ顔でダルバスを迎えた。
「遅いわねぇ。早くって言ったじゃない?」
ライラは、ダルバスと、なるべく顔を合わせないように悪態をついた。
「仕方ねぇだろ!この砂漠のど真ん中に、薪を探せっつーほうが難しいんだよ!」
ダルバスの両腕には、大小の枯れ木が抱えられていた。
「はいはい。ご苦労様。じゃ、ダルバス様?火をつけて頂けるかしら?」
ライラは、表情を隠そうと、皮肉めいた口調で、ダルバスをからかう。
「ったくよぅ。注文の多いお嬢様だぜ」
ぶつくさ文句を言いながら、ダルバスは薪に点火を試みる。
が、風が舞い込んでくるのと、火打ち石だけでは、簡単には火はつかなかった。
「ちっ。しょうがねぇなぁ。ランタンよこしな、それで火ぃつけるからよ」
ダルバスは、ランタンをつかもうとする。
「ちょっと!ランタンまで消えたら、どうするのよ!」
ライラは、ランタンを奪い返す。
「いいじゃねぇか。そうしたら、もう一度火をつければいいんだからよ」
ダルバスは不思議そうだ。
「わかってないわねぇ・・・。私はね、ランタンに火をつけた時の匂いが嫌なの。臭いったらありゃしないわ」
 ライラの本音は違う。
ランタンに火を入れた時に、最初に燃え上がる時、ひときわ強い燃え上がり方をするのだ。
それは、この空洞内を、一瞬とはいえ、明るくする事になる。
そうすると、ライラの顔は、先ほど泣いていた時の名残を見せる事になるからだ。
「おめぇ。わがまま言ってんじゃねぇぞ?そんなんじゃ、これから先・・・」
文句を言うダルバスをよそに、ライラは口を挟む。
「いいから、その薪をこっちによこしなさいな?まったく・・・役にたたないんだから」
そういうと、ライラはバッグの中から何かを取りだし、小さい声で詠唱を始めた。
程なくして、ライラの手のひらには、小さい火の玉が浮かび上がってくる。
「魔法か」
ダルバスは、感心した目でライラの手のひらを見つめる。
ライラが、薪の下に手を差し込むと、パチパチと小気味の良い音を上げながら、薪に火はついてゆく。
「おめぇよぅ。こんな事が出来るんなら、最初からやれよ?」
文句を言うダルバス。
「馬鹿言ってんじゃないわよ!魔法を使うにはね、私の持っている秘薬を使わないといけないの。おいそれと、簡単に使う訳にはいかないのよ」
ライラは、そういうと、バッグの中にある秘薬をダルバスに見せつけた。
「秘薬って、あの薬草の事を言ってんのか?はーん、俺には良くわからねぇけどなぁ」
 ダルバスは、ライラのバッグをのぞき込む。
が、それがライラにとって仇になった。
「ん?おめぇ、泣いてんのか?目が赤いぞ?」
バッグをのぞき込むダルバスの視点からは、ライラの顔を、下からのぞき込むような形になっていた。
デリカシーのないダルバス。それは、再びライラの怒りに火をつける事となる。
「ふ、ふざけんじゃないわよ!泣いてなんて、いるわけないでしょ?馬鹿言わないでよ!」
ライラは、飛び跳ねるように、秘薬バッグを奪うと、ダルバスから離れる。
「あんたねぇ。あんたには、女心ってもんが、わからないわけ!?そんなんじゃ、一生結婚なんて出来ないわよ!?」
実際に泣いていたと、暴露したも同然の発言に、ライラは気が付いていない。
「いや・・・。おめぇに、言われたくねぇがなぁ・・・」
ダルバスは頭をかく。
「とにかく・・・。あぁ!もういいわ!もう、寝るわよ!」
そう言うと、ライラは寝袋に滑り込んだ。
「あ?肉を焼いて喰うんじゃねかったのか?」
ダルバスの問いに、ライラは沈黙で答える。
ダルバスも、ライラの意図はわかったのだろう。
「すまねぇな。じゃ、俺も寝る事にするわ」
ダルバスは、自分のバックパックから寝袋を取り出すと、その中に入り込む。
 静かになったキャンプに、焚き火の音だけが、パチパチと鳴り響いていた。
そんな中、ダルバスは、口を開く。
「ライラよぅ。明日は、ブリテインだ。そこから、ムーングロウへ渡る訳だが・・・。先は長いぜ?頑張ろうな」
背中合わせに寝ているライラに、ダルバスは呟きかける。
「・・・。わかっているわよ。もう、遅いわ。寝ましょう・・・」
2人の会話はこれだけだった。
2人は寝入ったのだろうか。安らかな寝息と、砂漠を吹きすさむ風の音が入り交じる。
夜は、静かに更けていった。


 翌日。
風は止み、天気は晴天だった。
だが、これは、灼熱の砂漠を意味した。
朝とは言っても、まだ、辺りは漆黒の闇だった。
砂漠の気温が上がるまでに出発しないと、体力の消耗が激しいからだ。
「あーよく寝た」
ライラは、のびをすると、外の様子を伺う。
水平線には、うっすらと太陽の光が見え始めている。
「お?ようやくお目覚めですかい?お嬢様?」
ライラの声に気が付いたダルバスは、寝袋の中で早速ライラを茶化す。
「あんたねぇ。今、私が起きなければ、あんたは起きなかったでしょ?何言ってんのよ」
ライラは、自分のおかげで、ダルバスを起こしたと言いたそうだ。
ダルバスは、苦笑いしながら、寝袋から這いだしてくる。
だが、ライラは知らない。
ダルバスは、熟睡していなかった。
砂漠の危険地帯。何があるかわからないのだ。
サソリ一匹だけでも、命を落としかねないからだ。
ダルバスは、寝袋の中で、殆ど眠らず辺りに注意を向けていたのだ。
「うっせぇなぁ。そんな事、どうでもいいじゃねぇか。さて、朝飯を食ったら、早速出発しようぜ?」
ライラの皮肉を軽く受け流すダルバス。
ダルバスは、薪のくすぶっている中に、乾燥肉を放り込む。
そうする事により、固まった肉の脂が溶けだし、食べやすく、柔らかい肉になるのだ。
「何言ってんだか・・・。まぁ、いいわ。それで?これからどうするのかしら?」
ライラは、ダルバスの用意した肉に着いたススをはたくと、早速頬張る。
「もう少しで、この砂漠は抜けられる。いいか。この砂漠には、慈悲の神殿がある。そこを通過すれば、この砂漠はおしまいだ」
ダルバスはそういうと、地図を広げた。
「いいか。ここが俺らの故郷、ベスパーだ。俺らはここから西へ赴き、慈悲の神殿がある砂漠にいる。そして、今日はここから更に南下し、ブリテインに向かう。途中、大きな沼地があるが、そこはまともには歩けねぇ。蛇やトカゲ共がたむろしてるからな。多分、迂回する必要があるだろうな。わかるか?」
ダルバスは、地図を指でなぞり、行程をイメージさせる。
「大体、道順はわかるわ。私も、行った事があるもの」
ライラは、過去に何度かブリテインに行った事がある。
だが、それはムーンゲートと言われるものを使っての移動だった。

 ムーンゲートとは、年に数回、現れる。
ぼんやりと白く発光した楕円形状のゲートに入ると、ブリタニア各地に点在するムーンゲートとの行き来が出来るのだ。
だが、出現は希で、今現在でもはっきりした事はわかっておらず、解明が進んでいた。
ただ、月の周期と関係しているのではないかと解く学者もいた。
ムーンゲートが現れる時は、必ずと言っていいほど、二つの月が満月の時だった。
だからといい、満月の時に、いつもゲートが現れるかというと、そうでもないのだ。
しかも、何故この様な、人間の人知を越える物があるのかもわかっていなかった。
少なくとも、今の人類が作りだした物ではないのだ。
 それと、今のブリタニアの発展を見ると、ムーンゲートを中心に栄えたのではないかという見方をする学者もいた。
事実、各都市の側には、大抵ムーンゲートがあり、場所によっては、町中に存在する場合もあるという。
 ムーンゲートを利用したい人達は、各都市にある、ムーンゲートを見張る番所へ行き、確認する事が必要だ。
だが、これは殆ど、賭けに近い。
満月を見計らって行っても、必ずムーンゲートが現れるとは限らないからだ。
ムーンゲートが現れた時は、町中に号外が配られるようになっていた。
ムーンゲートが出現している時間は、ほぼ1日だ。それを逃すと、次を待たなくてはならない。
 ムーンゲートの使い方自体は、簡単だった。
ムーンゲートの前には、行き先を決める石版があり、その上には、水晶が置かれていた。
その水晶を、行きたい場所に配置してから、ムーンゲートに入れば、目的のムーンゲートに入れる訳だ。
 ムーンゲートが出現した時は、沢山の人々が溢れ返すため、ゲートキーパーと呼ばれる役人が、行き先を管理していた。
ブリテインに行きたいのであれば、まずその人達から最初に通し、他の行き先の人達は、待機する形になる。
 石版の水晶が、ムーンゲートの鍵になっているため、悪意ある悪戯や、盗賊達から守るため、ゲートキーパーが、ムーンゲートが出現した時にだけ、用意する形になっていた。
過去に、盗賊が水晶を盗み出し、大騒ぎになったことがあるが、衛兵達の一斉捜査により解決したこともある。
 それと、このブリタニアには、任意的にムーンゲートを作れる人がいるという。
だが、存在は確かではなく、殆ど、伝説に近い存在だと言われていた。


「おめぇ、道はわかっているっつったって、ムーンゲートを使っての移動だろうがよ。わかるはず、ねぇじゃねぇか。歩いて行った事はねぇんだろ?」
ダルバスは、ライラをいぶかしむ。
「うっさいわねぇ。地図を見れば、こんなの一目でわかるじゃないのよ。それより、あんたの方向音痴の方が心配なのよ」
ライラは、つっこみを入れるダルバスに、ひるむ様子もない。
「な、何で、俺が方向音痴になんなくちゃなんねぇんだ!ここまで、まったく道に迷わなかっただろうが!」
ライラの言葉に、ダルバスは言葉を荒げた。
 ダルバスは、幼い頃、ライラや他の友人と遊んでいた時に、迷子になった事があるのだ。
かくれんぼをしていて、ダルバスは鬼の役になってしまった。
近所の森の中で、遊んでいたのだが、ダルバスは、誰も見つけられず、更に森の奥へ入り込んでしまい、迷子になってしまった事がある。
いつまで経っても、自分たちを見つけてくれないダルバスを、子供達は不安に思い、大人達に助けを求めたのだった。
 騒ぎは大きくなり、街全体での捜索が始まり、結局ダルバスが見つかったのは、翌日の朝だった。
その時のダルバスの様子は、あまりの恐怖に泣き崩れ、母親にしがみつき、しばらく離れなかったという。
 当時の記憶は、ダルバスの親しい人達や衛兵達には、今でも語り継がれ、そして、からかわれる材料となっていた。
 ライラが今言っている、方向音痴とは、そのことを言っているのだ。
「はいはい。しっかり、私を目的地に導いていくのよ?」
ライラは、クスクスと笑うと、荷物をまとめ、キャンプの外に出る。
早朝の砂漠はまだ冷え込んでいる。
だが、太陽が昇れば、瞬く間に灼熱地獄と化すだろう。
それまでに、この砂漠を抜けなければならなかった。
「ちっ。あれは、俺らが、ガキの頃の話だろうが!・・・まぁいい。そろそろ、行くぜ」
ダルバスは、自分の荷物を乱暴にバックパックに放り込むと、空洞を後にする。
 ちなみに、キャンプをした後、薪などの燃えかすはそのままにしておくのが、旅人のマナーだった。
他の旅人が、このキャンプ地を見つけた場合、この場所は安全であると言う事がわかるからだ。
逆に、キャンプ地に人間の死体が転がっていたり、明らかにおかしい荷物が散らかっている場合などは、何者かに襲われたであろう、危険な場所を意味している。
「ブリテインにたどり着いたら、どうするのよ?」
明け方の砂漠に足を踏み出す2人。
「そうだな。まず、次の目的地はムーングロウだ。ブリテインから、ムーングロウへ渡る定期便を探さなくちゃらなねぇな」
「ムーングロウには、私も何度か言った事があるわよ?静かで良いところよね」
ライラは、過去に、魔法学を学ぶために、ライキューム研究所へ通っていた事がある。
「ムーングロウにはな、俺がかつて世話になった人がいるんだ。伝書は送ってあるんで、内容は伝わっているとは思うんだがな」
「どんな人なのかしら?なぁに?それは、ダルバスの大切な人なのかしら?」
「ばぁか。奴らは、夫婦だ」
茶化すライラに、ダルバスはひるむ様子もない。
「じゃ、行こうぜ。遅くなると、砂漠で干上がっちまうからな」
ダルバスは、再び砂漠の中へ歩を進める。
それに続くライラ。


 細かい砂塵の中へ、彼らは消えていった。
古代竜討伐。
無謀とも言える挑戦に、彼らが、これから迎える運命は、誰にもわからない。
しらみがかった空には、星々が消え入ろうとしていた・・・・・・。



編集後記

 初めての、ウルティマオンラインの小説になります。
読んで頂いて、おわかりになった方もいるかと思いますが、ゲーム内での設定とは、かなり違った部分があります。

1.世界観
 世界観は、トランメルとフェルッカの概念はありません。単純に、一つのブリタニアとして考えています。勿論、人殺し(PK)も出てくるかもしれませんし、その他の犯罪もあるかもしれません。

2.人間は不死ではない
 基本的に、死んだ人間は生き返りません。ゲーム内では、死んだら簡単に蘇生が出来ますが、それを許してしまいますと、シナリオに無理が生じますので・・・。

3.移動は徒歩
 ゲーム内では、ムーンゲートやゲートトラベル、リコールなどを使い、ブリタニア中を飛び回れますが、この物語の中では、原則として、移動は徒歩か船旅になります。このシナリオの中にも、ムーンゲートの存在は出してありますが、使用頻度は、極端に下げてあります。少し出してある理由は、過去のウルティマや今のUOから切り離せない存在になっているからですね。

4.用語の違い
 ゲーム内で言う、ゲームを管理するGM。これは、ゲームマスターの略である事は言うまでもありませんが、このシナリオの中では、グランドマスターとさせてもらっています。ゲーム内では、スキルが100になった事をいいますが、この中では、神の使い=グランドマスターとさせてもらっています。

5.魔法について
 このシナリオでは、魔法を使える人は、希少価値にしてあります。ゲームの中では、魔法は必携であり、ありがたみも少ないですが、それを許してしまうと、皆が無敵になってしまうので・・・(汗
もちろん、バードの能力(シナリオでは、バードとは言っていません)もそうです。

6.バグではなく・・・
 そのほかにも、ゲーム内の設定(イメージ)と違う部分が多々あります。それは、バグではなく仕様だと思ってください(アイタタタ・・・


まだ、序章でしかありません。
この後は、中章と終章があります。
この先、どうなるのか?
お楽しみ頂ければと思います。

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 序章「旅立ち」

序章は終了しましたが、この後、中章、終章へと話が続きます。
彼らの旅の結末がどうなるのか。
興味のある方は、お楽しみ下さいませ。

ウルティマオンライン ブリタニアという大地の風 序章「旅立ち」

ウルティマオンラインという世界の中での、お話となります。 モンデイン城にある、宝珠の破片。 その中にある、ブリタニアという世界。 ベスパーという街がドラゴンに襲われました。 このお話は、そこから始まります・・・。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-10

Copyrighted
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