旧作(2012年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…最終話」(太陽神編)

旧作(2012年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…最終話」(太陽神編)

TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥謎
陸‥‥現世である壱と反転した世界。

太陽は人を導き照らすもの。太陽神は人を導き照らす神。その太陽神が厄を体にため込んでいた。太陽神とは真逆の存在である天御柱神と自身の厄の根源を探す。
ヒメの紹介イラストを描き忘れました…。
サキ編最終話。TOKI物語シリーズはまだ続きます。

時間と太陽の少女~タイム・サン・ガールズ~

時間と太陽の少女~タイム・サン・ガールズ~

 「おかーさん、あたし、誰にも気づいてもらえないよ……。」
 幼い女の子は母親と思われる女に抱きついた。
 「そう……大丈夫よ……。」
 女は少女の頭を撫でながらそっとつぶやく。その女はなぜか目元がはっきりしない、曖昧な顔つきをしていた。目があるはずの部分だけ黒い影のようなものが覆っている。
 ここは山の中腹にある小さな家。裏庭には小さな祭壇があり、鳥居もある。
 「サキ、あなたは人に見えなくなってしまったようね。でも大丈夫よ。お母さんがいるからね。」
 女は少女をそっと抱くと近くにあった椅子に座らせた。
 「おかーさん……。」
 「大丈夫よ。お母さんはアマテラス大神よ。あなたはその娘だもの。人になんて見えなくても問題ないわよ。さ、ご飯にしましょうか。」
 女は幼い少女にそう言うと光差し込むキッチンで料理を始めた。
 しばらく静寂な時が流れた。気がつくと幼い少女、サキは燃え盛る炎の中になぜか立っていた。
 「私はアマテラス大神をその身に宿した巫女よ!もうアマテラス大神なのよ!あなたはね、私のすべてを壊すかのように太陽神になった……。私の力を奪って太陽神になった!あんたが憎い!あんたなんか生まれてこなければよかったのに……。あんたなんか!」
 怒りを露わにする女がサキを見下ろすように立っていた。女はサキを思い切り蹴りつける。サキは泣いていた。
……何故自分は太陽神になってしまった?お母さんとの関係を崩してしまった。お母さんはあたしを憎んでいる。お母さんがなれなかった太陽神にあたしがなってしまったから。
サキが頭を抱え込む形でうずくまる。またしばらく静寂が包んだ。サキはまたふと顔を上げる。
目の前には時神が出す時間の鎖に身体を蝕まれている母が力なく立っていた。
「お母さん!」
サキが母に向かい手を伸ばした刹那、あたりの空間は突然真黒に染まった。
「お母さァん!」
「おいおい、大丈夫か?サキ。」
すぐ近くで男の声がした。サキは全身汗まみれで浅い息を何度もつき、視点を男に向けた。男は青い着物を纏い、橙色の長い髪をなびかせ、キリッとした鋭い目つきでサキを心配そうに眺めていた。
「あ、あれ?み……みー君?」
サキは自分が寝ている事に気がついた。どうやら先程のは夢だったようだ。サキは目から溢れ出る涙をぬぐい、ゆっくりと起き上った。
……そうだ。あたし、今仮眠をとってて……
サキはぶんぶんと頭を振った。
みー君と呼ばれた男は困惑した顔をサキに向けた。
「大丈夫かよ。悪夢でも見たか?だいぶんうなされていたぞ。あまりにもひどいんで声をかけたんだが。」
「ふぅ……。大丈夫だよ。みー君。ごめんね。」
サキはふうと大きく息をつくとそっと目をつぶった。サキは十七歳の少女だ。猫のような愛嬌のある目元が特徴であり、ウェーブのかかった長い髪をオシャレのポイントにしている。見た目、一般的な少女だが彼女は太陽神をまとめる太陽のトップである。名は輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)という。
ここは神々が住む霊的太陽の中の暁の宮と呼ばれるお城の中だ。太陽神やその使いの猿は皆、ここで生活をし、仕事をしている。サキは現在、自身の寝室で布団を引いて眠っていたようだ。
そしてそのサキについてまわっているのがみー君である。彼は天御柱神という有名な厄災の神であり、今はワケありでサキと共に行動をしている。
「みー君……あたし、高天原の権力者に力を貸してもらって自分の中にある厄を払うよ。あたし、厄の根源がわかったんだ。」
サキは静かにそうつぶやいた。太陽神は人間を厄から守り、道を照らす神のはずだがなぜかサキが厄をかぶっていた。いままでみー君と共にその厄の根源を探していたのだ。
「高天原のあいつらが協力してくれると思ってんのか?また無茶な事を言いだしやがって。」
みー君は呆れた声を上げた。高天原は神々が主に住む所である。それぞれ東西南北に権力者がおり、住んでいる神の種類もそれぞれの地域で固まっている。東は東のワイズと呼ばれる知恵の神である思兼神が神々をまとめており、西は西の剣王と呼ばれるタケミカヅチ神が武の神々を守り、北は北の冷林と呼ばれる縁神が人の心に影響を及ぼす神々をまとめ、南は特に権力者はいないがその中にある竜宮で龍神達をまとめている天津彦根神がいる。後は高天原ではないが太陽神の頭、サキと同様に月には月神の頭、月照明神の姉妹がいる。
「大丈夫だよ。あたしがなんとかしてみせる。」
「お前なあ、剣王に弱みを握られたまんまなんだぞ。」
みー君は深刻そうな顔をしているサキに向かい静かに声を発した。
「そうだねぇ……。でもなんとかするよ!」
サキは剣王とのトラブルにより、剣王に『要求を飲めば許してやる』と言われたばかりだ。
「なんとかってなあ……俺は何度も言っているが計画がねぇもんはいつも失敗するんだよ。」
「……いままであの神々達にしてもらった援助を全部投げてもいい勢いでいく。太陽はまだ発展途中だけどあたしの中に厄があっては太陽にいくら援助してもらっても意味がないんだ。」
サキは力強く言葉を発し、みー君を仰いだ。
「……まあ、それはあるかもしれねぇな……。お前は本当に自分についている厄の目星がついているのか?」
みー君の問いかけにサキは大きく頷いた。
「うん。まだ解決しなければいけない事があったんだ。そしてあたしのやりたい事も決まった。」
「計画か?いままでにないくらい真剣だな……。そこまで確信持ってるなら内容にもよるが乗っかってやる。」
みー君はサキの状態が落ち着いたのを確認すると部屋から出て行こうとした。
「待って。みー君。」
「なんだよ。」
みー君は立ち止り、サキに振り返った。
「ちょっとここにいてくれないかい……。」
サキの不安げな顔を見たみー君はポリポリと頭をかきながらサキの側に再び座った。
「別にいいぞ。こんな時だけ女の顔になんじゃねぇーよ……。ったく。……さっさと寝ろ。」
「ありがとう!みー君!あたしはみー君のそういうとこ、大好きだよ!」
サキは心底嬉しそうな顔でみー君を見つめていた。みー君は調子が狂ったのか不機嫌な顔をサキに向けた。
「お前は感情表現がストレートすぎんだ!ま、まあ、悪い気はしねぇが……なあ。俺はここで寝るぞ。なんかあったら起こしていいからな。」
みー君はそっぽを向くとサキに背を向けてごろんとその場に横になった。サキはみー君の優しさに感動しながら再び布団の中にもぐりこんだ。


次の日、サキは高天原西の剣王の城で行われる会議に出席した。剣王の城は立派な天守閣で城門から何から質素だったが品があり、なかなか重みのある雰囲気だった。古い木の階段を登っていき、会議が行われる最上階の部屋へサキは向かった。サキは緊張した面持ちで最上階まで行き、墨で鳥の絵が描かれている大きな襖をゆっくりと開ける。
「輝照姫(こうしょうき)遅いYO……。」
最初に話しかけてきたのはワイズだった。ワイズは東の権力者であり、かなり奇抜な格好をしている。カラフルな帽子にサングラス、下は紅い着物だ。見た目は少女だがかなりの年月を生きている神である。
「輝照姫、私のとなりが空いている。座るとよい。」
次に声をかけてきたのは今やテーマパークとなっている竜宮のオーナー、天津彦根神だ。緑の美しい長髪と切れ長のオレンジ色の瞳をしており、整った凛々しい顔立ちをしている。頭には龍のツノが生えており、紫色の袖なしの着物を纏っていた。
オーナー天津は高級感あふれる長机にワイズと向かい合う形で座っている。サキは天津の横の開いている場所に座り込んだ。敷いてある座布団の座り心地がよい。部屋はかなり広く、下に敷かれている畳も新品のようにきれいだった。
「やっと来たわね。ずいぶんと遅いじゃない!サキ!」
天津の隣に座っていた少女、月照明神姉妹の妹月子が偉そうに胸を張る。月子は幼い少女のような風貌でかなりきつめのメイクをしていた。ピンク色の髪をツインテールで結び、カラフルなリボンをつけている。気の強そうな女である。ちなみに見た所、姉の方はいないようだ。
天津は月子をため息交じりに見つめると黙り込んだ。
「これで全員そろったねぇ。」
ワイズの隣に座っていた男、剣王が呑気に声を上げた。剣王は邪馬台国から出て来たような格好をしており、鋭い目をしているが普段は真剣な顔をする事は少ない。風貌からするとこの面々の中では一番歳上に見える。
「おい、冷林しっかりしろYO!」
ワイズが隣でぐったりしている青い人型クッキーのような生き物をつつく。見た目、ぬいぐるみのようだが顔と思われる部分は渦巻きがペイントされており、目鼻はない。
性別もわからないこのぬいぐるみは北の権力者、縁の神、冷林である。冷林はぐったりとしており、あまり動かない。
「冷林は秋頃にあった事件の処理でいまだに動けていないのか。君にあの厄の処理はかなり重荷だっただろうにねぇ……。」
剣王が冷林をため息交じりに見つめた。冷林は反応を示さなかった。
「今回の件はあたしの事だろう?剣王。」
サキは力なくつぶやいた。ついこの間、剣王が処刑するはずだった罪神をサキが救ってしまった。その罪神は剣王の部下だったため、勝手に罪神を助けたサキを剣王はよく思っていなかった。
その件でサキはこの会議にかけられたと思い、そう発言したのだ。
「いや、違うよ。はやとちりはよくないねぇ……。」
しかし、剣王は笑みを浮かべたまま、サキの言葉を否定した。
「輝照姫、何か剣王ともめたのか?」
天津は何も知らないのか不思議そうな顔をサキに向けた。サキは咄嗟に剣王を仰ぐ。剣王はサキに鋭い視線を飛ばし、『話すな』と訴えていた。今のサキは剣王に頭が上がらない状況だ。しかたなくサキは天津に言葉を返した。
「何でもないよ。」
「……。」
天津は訝しげにサキを見ていたがそれ以上何も聞いてこなかった。
「今日集まってもらったのは輝照姫がため込んでいる厄の事だ。彼女の中になぜかある厄の根本をそれがしは解明しようと思ってねぇ。君達もそれに気がついて何か活動してないかと思ってねぇ。」
剣王は緑茶を飲みながら一同を見回す。
「ここ一年間で多発した厄の事件はすべて『思い通りにならない気持ち』が負の感情となり厄に変わったものだったYO。そしてそれを解決したのは全部、輝照姫。まあ、それはいいが、私の側近の天御柱が輝照姫にも同じ厄がついていてそれが解決するたびにその分の厄が彼女に取り込まれているって言っているんだYO。」
ワイズはすかさず声を上げた。
「待っておくれよ。あたしは何にも知らないんだよ。」
サキは慌ててワイズに目を向ける。
「待て。私はアマテラスの息子だが太陽神は厄を振りまいたりする事はできん。」
天津は一同を鋭いオレンジ色の瞳で睨む。
「そんな事はわかってるわ。なんだかわかんないけど呪い的なものがサキにかかってんじゃないの?」
月子は面倒くさそうに言葉を発した。
「君だって色々厄を月にため込んでいたのにそんなてきとうに流すのかい?」
剣王がケラケラと笑いながら冷たい瞳で月子を見る。月子は顔をしかめ、そっぽを向いた。頬から汗が伝っている。彼女もこの会議に緊張感を持ち出席しているらしい。
月子は以前、月を傾かせる大きな事件を起こし、剣王とサキに救われた。姉が一緒の時は強気な月子も一人では剣王に頭が上がらない。
「その件なんだけどさ!」
サキが突然、机を叩き、権力者達の視線を集めた。
「なんだYO。輝照姫。」
ワイズがどこか必死なサキを呆れた顔で見つめる。
「あたしは自分の厄の目星がついている。だから協力してほしいんだ。」
サキの言葉に一同は驚きの声を上げた。
「もちろん、タダとは言わない。いままであんた達からもらった援助を全部返すよ。」
サキの言葉に権力者達は黙り込んだ。
「協力とは私達に何をさせるつもりだ。輝照姫。内容によるぞ。」
天津は顔を曇らせながらも話を聞く体勢になった。サキは頷くと緊張した顔で話しはじめた。
「あたしを参の世界に連れて行ってほしい。」
「なんだと!」
天津が柄にもなく声を上げた。ワイズ、剣王は呆れた顔を向け、月子は首を傾げている。
参の世界とは過去の世界の事だ。この世界は壱から陸まで世界が別れており、現世を壱として弐が霊魂の世界、参が過去の世界、肆が未来の世界、陸は壱と昼夜が逆転しているだけで壱と変わらない世界。伍は解明されていない。
サキは過去である参の世界に行くための協力を頼み込むためにこの会議に出て来た。剣王があの件で自分を咎めるかもしれないとも思ったが特に何も言ってこなかったのでサキは堂々と発言をする事ができた。
「参っていうと過去の世だNE?あー、無理無理。ふつーは時は渡れないYO。」
ワイズはサキを馬鹿にするように笑った。
「なんかそれなりの考えがないとそれがしは動かないよ。無駄足を踏みたくないんでねぇ。」
剣王は頬杖をつきながら乗り気ではなさそうにつぶやいた。
「ワイズはあたしにみー君を貸してほしい。剣王は歴史神のヒメちゃんを貸してほしい。冷林は時神のアヤを貸してほしい。そんで天津は竜宮を使って参を出現させてほしい……。」
サキは頭を下げる勢いのまま、早口でまくしたてた。
「むぅ……。竜宮は確かに参の世界に食い込んでいるとは言われているが、竜宮を使うのは大罪だ。私の事も考えてくれ。この間竜宮を動かした罪で龍神二神を罰したばかりだぞ。」
天津は眉間にしわを寄せながら低く唸った。
「えー、ヒメちゃんを貸してほしいって?ちょっとキツイお願いだなあ。」
剣王は頭をかきながら苦笑を向けた。
「天御柱を貸すのは別にいいがあまり頼りにしないでほしいYO。あれはもともと東の仲間なんだからNE。」
ワイズもあまり乗り気ではないようだ。
「で?私は関係ないわけね?」
月子がため息をつきながらサキに目を向ける。
「うん。月は関係ないからねぇ。」
「あ、そう。」
月子は何か言われるかと構えていたがサキに軽く流されたので不機嫌そうに緑茶を飲みほした。
「でも助けてもらう時もあるかもしれないからまったく無関係でもないよ。」
「えらそーに言うんじゃないわよ。」
サキの言動が勘に障ったのか月子はプイッとそっぽをむいた。
「ごめん。あたしは今必死なんだ。なんとしても参に行かないといけないんだ。」
「君がそこまで必死になるなんて珍しいねぇ……。参に行かなければ解決しないことなのかな?」
サキは冷静な状態ではなかった。それを見た剣王がお茶をすすりながらサキに質問を投げた。
「そうだよ。あんた達は何もしなくていい。あたしが言った事をやってくれればそれでいい。」
「無茶苦茶だYO……。せっかく集めた信仰心をすべて投げるって事は太陽が傾いていた時期に戻るって事だYO。馬鹿な事はやめるのをおすすめするYO。」
ワイズはそう言うと会議に出る気がなくなってしまったのか立ち上がって出て行こうとした。
「ま、待っておくれ!」
サキはワイズの前に立つと必死にワイズを止めた。
「分をわきまえろ。輝照姫。お前は私達を動かせる立場じゃないYO。お前は援助を必要とする者、私達に頭を下げる方だろう?違うか?」
ワイズがいつもの調子ではなく氷のように冷たくサキを見つめ、威圧のこもった声で静かにつぶやいた。
「輝照姫……お前が持つなけなしの信仰心程度でそれがしを動かせると思うな。お前にはアマテラスが宿っている。お前が駄目になってもアマテラスが無事であればそれでいいんだ。それから、どん底に落ちた太陽を再び救うのは誰だ?お前はそれがし達に一切頼らずに太陽を回復させると言い切れるのか?」
剣王もサキを鋭い瞳で睨みつけた。
「その通りだYO。別にお前なんてどうでもいい。お前が消えても太陽神の代わりは出てくる。アマテラスがいればNE。と言うわけだ。あまり偉そうにモノをしゃべるなYO。」
「そんな……!」
サキは今にも泣きそうな顔で天津と冷林と月子に目を向ける。冷林は何も話さず、そもそもこちらを向いてもいない。天津はじっと机に目を落としている。月子は迷っている顔をしていた。
「あんたはまだ弱い立場、月を傾かせた私と同じ。さっきの発言はいただけないわ。間違いなく失言ね。あんたは簡単に言ったけどこれはけっこう大事なのよ。」
月子はサキに向かい、そうつぶやいて障子戸の隙間から見える空を眺めはじめた。
「輝照姫、あなたが言った事は我々をすべて罪神にするという事だ。あなたが参に渡ったら色々な神が迷惑をする。この世界はすべて神と心ある生き物が繋いでいる世界だ。あなたの意見をそのまま進めたら死ぬ神も現れるかもしれない。そういう事は危険故に禁忌なのだ。わかるか?」
天津が呆れたようにサキに言葉をかけた。
「わかってるよ!でも……!」
サキは天津に向かい叫んだ。
「いや、わかっていないなあ。」
剣王がそっと立ち上がる。
「わかっているさ!」
サキも負けじと叫ぶ。
「わかってないよ。輝照姫はご乱心か。あまりいきすぎると……斬るぞ。」
剣王は静かに剣気をまき散らす。
「斬れるもんならね!あたしは絶対に参に行かないといけないんだ!お母さんと……心の中で苦しんでいる自分を救ってあげないといけないんだ!」
サキはまっすぐ剣王を睨みつけ声を張り上げた。剣王の眉がピクリと動き、咄嗟に刀に手がかかった。
「やめろ。剣王。」
天津の言葉で剣王は刀から手を離した。
「剣王、落ち着けYO。ここで輝照姫を斬っても何もないYO。むしろ、太陽から咎められるYO?」
ワイズが無表情で剣王に言葉を発した。
「わかっているよぉ。形だけ。形だけさ。」
剣王はふうとため息をつくと残っているお茶に手を伸ばした。
サキは思った。自分を心配している神はいない。権力者達はサキを心配しているのではなくこの世界を心配しているのだ。それは正しい。サキが消えても新しい太陽神が上に立ち、太陽は普通に存在し続ける。あの時もサキの母に従っていた太陽神、猿達は一瞬にしてサキに乗り換えた。もし、サキが消えても同じ事になるだろう。新しい太陽神の頭にいままで従っていた猿、太陽神達は従うだろう。
上に立つ者はいつだって儚い。
サキは自分の事ばかり考えていた。今サキが言った事は世界を歪ませる行為だ。
そして太陽をどん底に追いやる要求をしてしまった。
「あたしは本当にダメな女だよ……。でもそれしか方法が思いつかないんだ。やっぱり太陽をどん底に落とすような取引はできない。だけど協力をしてほしい……。あたしを助けておくれ。いや……助けてください。先程の非礼は詫びます。」
サキは権力者達に土下座をして震える声で謝罪した。土下座をしたのは初めてだった。負けたような気がしてなんだかとても悔しかったがサキにはもうこれしか思い浮かばなかった。
「お前の本気加減はよくわかったYO。私達もお前の厄についてずっと調べてはいる……。マイが何かしらで関わっている事も知っているYO。マイは弐の世界にいる……。」
「マイ……。」
ワイズがサキをまっすぐに見つめ、言葉を発する。
「マイはワイズの配下だろう?」
剣王はワイズに目を向け、再び腰を落ち着けた。
「その通り。だがまったく音沙汰がないんだYO。何やってんだかわかりゃしないNE。」
ワイズはサキをうっとおしそうに払うと元の席に再び座り込んだ。
サキは沈んだ顔のままそっと天津の横に腰を落とした。
「どちらにしろ、マイは罪神なんでしょう?だったらさっさと捕まえないとね。弐の世界の監視は私がやるわよ。」
月子がワイズに向かい声を上げた。
「そうだNE。まずはそこからだYO。あれの管理はすべて天御柱に任せているから捕まえたら速やかに私が罰するつもりだがあれを逃がした天御柱にも罰を与えるつもりだYO。」
ワイズの言葉にサキが反論をした。
「待ってよ!みー君が悪いっていうのかい?」
「そうだYO。天御柱がマイを配下にするって言ったんだからNE。連帯責任だろうがYO。」
ワイズは冷ややかに答えを返した。
「……ワイズ……わかったよ。じゃあ、あたしがマイを捕まえてくる。マイを捕まえたら協力をお願いしたいんだ。」
「ほお。心変わりがはやいNA。」
サキの言葉にワイズはお茶を飲みながら一言発した。
「協力内容についてはもう一度あたしの方で考え直してくるよ。」
「ふむ。確かにお前はマイが好む厄を身体に宿しているから何かしてくるとしたらお前だNE。マイを一番捕まえられるかもしれないYO。で、それは賛成だが私はお前を助けないかもしれないYO?」
ワイズはいたずらっぽく笑った。
「それでもあたしは望みをかけるよ。」
「そうかYO。お前の覚悟、立派だNE。」
ワイズはサキのまっすぐな目をしっかりと受け止めた。
「私も一度、輝照姫に助けられた経緯がある。なるだけ協力するつもりだ。」
天津は目をつぶり、腕を組んでつぶやいた。
「まあ、君はそれがしに貸しがあるから協力を得られないと思っているかもしれないけどそれがし自体は見返りがあれば協力してやってもいい。」
剣王はため息をつきながらサキを見ていた。
「……そうかい。それはマイを捕まえてからにする。」
「まあ、これは私の過失でもあるからお前がマイを捕まえてくれるのだったらお前に協力するYO。」
ワイズは最後にサキにこうつぶやいた。それから会議はサキの厄の事といままで起こった事件の事とマイについて軽く話して終わった。

二話

サキは疲れた顔で剣王の城を後にした。待機していた鶴の駕籠に乗り込む。鶴は神々の使いだ。サキは主に移動する時に使っていた。
「よよい?お疲れだよい!」
鶴が心配そうにサキに話しかけた。サキは軽く言葉を発すると落ち込んだ顔で席についた。
「おい?大丈夫かよ?サキ。」
隣にはみー君がいた。みー君はただならぬ顔のサキを心配そうに見つめていた。
「大丈夫じゃないよ……。みー君……。交渉、全然うまくいかなかったよ。おまけにマイを捕まえる約束までしちゃったし……。」
「マイを捕まえる約束だと!あいつはどこにいるかわかんないんだぞ!手がかりもないしな!あいつらに協力を仰がずにどうやって捕まえるつもりなんだよ!ワイズは確か、その交渉をするために今日、会議に出たんだぜ?お前、ワイズにいいように使われただけじゃねぇか。」
みー君は驚きの声を上げた。
「うん……だよねぇ……。一度、天記神の所にでも行ってみようかと思っているんだ。」
「天記神?なんでまた?」
「マイは弐の世界にいるみたいなんだ。だから天記神の所で何か聞けないかなってねぇ……。」
サキはかなり自信を喪失していた。天記神の所に行っても望みは薄いような気がした。
「そうか……行かないよりはいいかもな。俺も行くぞ。」
みー君はサキに何があったのか深く聞いてこなかったがなんとなくわかっているようだ。サキの肩をポンと叩き、「元気出せよ」とつぶやいていた。
しばらくのんびり駕籠が進んだ。サキはぼうっとしていたがふと鶴に声をかけた。
「あ、忘れていたよ。鶴、天記神の図書館まで行っておくれ。」
 「人間の図書館までしか行けないよい!」
 鶴がサキに呑気に答えた。
 「それでいいよ。」
 サキはため息交じりにつぶやくとみー君に目を向けた。
 「ん?どうした?」
 「みー君、マイの件でみー君もワイズに罰せられるかもしれないよ。」
 サキは暗い顔つきでみー君を仰いだ。
 「ああ、そうだな。あいつは俺の部下にしちまったからなあ。」
 みー君が呑気に言葉を話すのでサキは逆に拍子抜けをした。
 「そんな呑気な感じでいいのかい?」
 「ああ、問題ないな。さっきワイズと話してな。お前を全力で守れと言われた。その制約で俺の神力で作った鎖を巻いている。お前を守れなかった場合、その鎖がちぎれて俺は耐えがたい苦痛を味わう。それが罰だと。正直怖いがお前が無茶しなけりゃ問題ねぇ。」
 みー君はしれっとサキに言い放った。サキの顔は蒼白に変わった。
 「いつの間にそんな話を……。ちょっとみー君……。」
 「そうか。お前がマイを捕まえる事になったからワイズは俺に全力でサキを守れと言ってきたのか。納得だ。」
 「ちょっとみー君……。あたしのためにみー君が傷つくかもしれないのかい?」
 サキは青い顔で声を上げた。
 「いや、そうじゃねぇよ。ワイズはお前に無茶されるのが嫌なんだよ。お前は優しいからな、俺が傷つくって知ったら大人しくなるだろう?あれはそれを狙ったんだ。ついでに俺も罰せる。」
 「とりあえずあたしが無茶をしなければみー君は大丈夫なんだね?」
 「そういう事だな。」
 会話が切れた刹那、鶴が一声上げた。
 「ついたよい!」
 サキとみー君はすぐさま駕籠から降りた。場所はどこだかはわからないが小さい図書館だった。昼間なのである程度は暖かいがやはり冬なので寒い。
 「鶴、ありがとう。」
 「よよい。」
 サキの礼に鶴はそう返すと翼を広げ空高く飛び去って行った。
 サキとみー君は去って行く鶴を眺め、近くにある小さい図書館に入って行った。
 図書館に入り、キョロキョロあたりを見回していると素早くやってきた図書館の人が左に向かってくださいと言葉を発してきた。サキとみー君はそれに従い、歩く。
 奥の方の棚に一冊だけ真っ白い本が置いてあった。その本の背表紙には天記神と書いてある。
 「本当にどこでもあるんだな。この本……。」
 みー君は呆れながらその本を手に取る。
 「そうだねえ……。図書館ならどこでもあるって天記神言ってたけど本当だねぇ。」
 サキと一度目を合せてからみー君は白い本を開いた。
 眩しい光が包んだ後、二人は大きな洋館の前にいた。前も来た事があるがここは洋館ではなく図書館だ。あたりは霧で覆われており、なぜか盆栽があちらこちらに置いてある。
 盆栽についているコケは勝手についたのかつけたのかはわからないが手入れはしっかりされていた。
 「とりあえず、行くぞ。」
 「うん。」
 みー君はサキを促して図書館への扉を開けた。扉は重たくてかなりの年季物のようだった。
 中に入るとすぐに男の声が聞こえた。
 「いらっしゃーい。どうぞこちらへ。」
 星がモチーフの帽子をかぶった青い長髪の男性が甲高い声で近づいてきた。この男性は心は女性である。女のサキよりも女性に磨きをかけている。
 「天記神今日は話があって……。」
 サキが天記神に声をかけた刹那、サキの視界の端で茶髪のショートヘアーの少女が映った。
 「……アヤ?」
 サキはその少女に向かい驚きの声を上げた。茶髪の少女はかわいらしい顔つきをした少女でサキを見ると呆れた表情に変わった。
 「やっと来たわね。」
 アヤと呼ばれた少女はため息をつくと天記神の図書館にある椅子に座るように目で合図した。
 アヤはサキと同い年の神で時の神である。人間の時間を管轄するのが仕事だ。
 「アヤ!やっと来たってどういうことだい?」
 サキはアヤの側に素早く寄ると椅子に座った。目の前には長机がある。普通の図書館とあまりつくりはかわらないようだ。ただ、本が天高く積まれており、上の方はどうやって取ったらいいかわからない。
 「ええ。冷林からここにサキが来るかもしれないからって言われてね。」
 「冷林から?」
 サキはアヤの発言に驚いた。会議の時は何も話さなかった冷林だったがサキの要求を聞いていたのかこっそり時神を派遣したようだ。
 「なんでまた冷林が……。」
 「冷林はあなたの中にいる人間に反応したんじゃないかしら?」
 アヤはサキをじっと見つめながらつぶやいた。
 「あたしの中にいる人間かい……。なるほどね。」
 「冷林はサキに協力的だって事だな。」
 みー君はサキが座っている近くの席に腰を落ち着けた。
 「天御柱神……。す、素顔をみるのは初めてだわ。」
 アヤはみー君に怯えていた。
 「アヤ、みー君はそんなに怯える神じゃないよ。」
 「あなたね……。この神の神格わかっているの?」
 きょとんとしているサキにアヤは青い顔でつぶやいた。
 「とりあえず大丈夫だって。」
 サキはアヤにそっと笑いかけた。アヤはみー君をちらりと見るがみー君の瞳を見て震えた。
 「サキ、あなたはなんでこの神とこんなに親しくできるわけ?私なんか天御柱神を視界に入れるだけですごく怖いわ……。」
 アヤの言葉にサキは首を傾げた。いままでのみー君を見る限りだとそこまで怯えるほどの男ではない。
 「神格の違いだな。」
 みー君はアヤにそっけなくつぶやいた。アヤはまだ弱小神だ。高天原にすら入れない。みー君との神格が違いすぎてみー君が存在しているだけでアヤは恐怖を感じるようだ。反対にサキはかなり高い神格の持ち主だ。みー君と話していてもなんとも感じない。
 その違いだ。
 みー君が普通に話しかけてもアヤは酷く威圧をかけられたように感じる。
 「えー、アヤだったか?お前は俺が声を発するだけでかなり怖いと思うからな。お前とはあんまり話さないようにする。」
 みー君は素っ気なくつぶやいた。感情を入れて話すと余計アヤは恐怖を感じる。
アヤは不思議とサキとだけは通常の会話ができた。
 「ふう……で?サキ、あなたは私に何の用なの?」
 アヤは一呼吸置くとサキに目を向けた。アヤが質問をしている最中、天記神が紅茶とクッキーを持って来た。机に優しくそれらを置き、会釈をして去って行った。
 「うん……。実は参に渡りたいなと思ってたんだけどね、先に芸術神マイを捕まえないといけなくなってしまってさ……。」
 サキが顔を曇らせて言葉を発した。
 「参?私は渡れないわよ……。時神はこの世界の時を見ているだけなんだから。」
 「そうだよねぇ……。流史記姫神、ヒメちゃんも追加したら弐の世界と竜宮使って参に渡れないかな。あたしは漠然とだけどそんな事を考えていてさ……。」
 サキはボソボソと計画を話しはじめる。ちなみにみー君は頬杖をつきながら二人から目をそらしていた。
 「だいたい竜宮使うのって禁忌なんじゃないの?天津彦根神が許すとは思えないんだけど。」
 「そうなんだよ。超反対された……。」
 サキが肩を落とす。アヤは呆れた顔を向けた。
 「それはそうよ。だいたいヒメだって歴史をからめれば遠い時代から時神を呼んだり、元の時代に返したりはできるみたいだけどそれは時神限定だし……。」
 アヤがそう言って紅茶を口に含んだ刹那、図書館の重い扉がゆっくりと開いた。
 「ん?」
 サキとアヤは開いた扉の方を見る。素早く天記神が入って来た神を誘導していた。
 「栄次!」
 その神を見て驚きの声を上げたのはアヤだった。
 「アヤ?……それと太陽神か。」
 栄次と呼ばれた男は鋭い目を持つ男で茶色の髪を後ろでひとまとめにしており、袴を履き、腰に刀を差している。江戸時代あたりにいそうな侍の格好をしていた。
 サキが不安そうにアヤを見た。
 「ああ、ええと……前もどこかで話したと思うんだけど栄次は時神過去神、つまり参の世界を守っている時神なのよ。」
 アヤが丁寧に答えてくれた。それを聞いたサキは一つの希望を持った。
 「あんた、過去に戻る事ってできるのかい?」
 「……?なんだいきなり。過去に戻る?それは難しい。俺は過去になったこの時代から来た者だ。別に前の時代から来たわけではない。」
 栄次はちらりとみー君を見たが近くの席に何事もなかったかのように座った。
 「どういう事だい?」
 サキは首を傾げて栄次を見つめた。栄次に代わりアヤが口を開いた。
 「この図書館はね、人間の図書館と繋がっているでしょう?つまりリンクしてるの。この時代を平成だとしている世界が壱、平成はもう過去の世界だとしている世界が参、平成を未来だとしている世界が肆。つまり平成の時代が三つの世界にあるって事よ。過去でも現在でも未来でも壱と同じ時代なんだからある物も同じでしょ?ただ世界が違うだけで。だから人間の図書館からこの弐の世界にある図書館はリンクしちゃっているのよ。つまり、栄次は過去になってしまった平成から図書館を通ってここにきたわけ。私達は平成を現代だとしている世界からここにきたの。わかるかしら?だから栄次は参の世界から来たってだけで別に江戸時代とかそういう過去からここに来たわけじゃないのよ。」
 「……なるほど……。」
 アヤの説明を聞き、サキは残念そうに唸った。
 「で?時神過去神、あんたはなんでここに来たんだ?」
 いままで話さなかったみー君が声を上げた。栄次はみー君に威圧を感じてはいたがアヤよりは神格が高いので普通に会話をはじめた。
 「参でなぜか時間が歪んだ。俺一人ではどうすればよいかわからなかった故、この天記神の図書館で他の時神が来るのを待とうと思っていたのだ。アヤが先にいたのには驚いたが。」
 栄次はぶっきらぼうに言葉を紡いだ。
 「時間が歪んだ?それはマジか。」
 みー君はアヤを横目で見る。
 「私は知らないわよ。時間が歪んでいるなんて今知ったわ。壱はそんな事はないけど。」
 アヤは責められると思ったのか慌てて声を上げた。
 「雪が降るくらい寒い冬だったはずだが初夏あたりの季節に変わった。時間が巻き戻ったような感覚が襲った。」
 「時間が巻き戻る……。」
 サキは栄次の言葉で一つの仮説にたどり着いた。サキはそっとみー君を仰ぐ。みー君も何かに気がついたのか真剣な顔でサキを見つめていた。
 「竜宮だ……。竜宮を使った奴がいるんだ。参が関わっていて時間を戻すと言ったらもう竜宮しか思い浮かばない。」
 みー君がサキと同じ考えを口にした。
 ―天御柱!近くに輝照姫はいるかYO!―
 ふいにワイズの声が聞こえた。サキは突然の事で驚いていたがみー君は腕にはめていた高天原最新の通信機に目を向けた。
 「ワイズ?ああ、サキはいるが……。」
 ―すぐに剣王の城に来いYO!輝照姫も一緒にNE!―
 ワイズの声はどこか焦っているようだった。
 「ああ、なんだかわからないがわかった。すぐ行く。……なあ、サキ、いますぐ剣王の所に来いってよ。」
 「剣王?一体なんだい?」
 サキは不安げな表情で頭をかいた。
 「例の参の件かもしれねぇ。」
 「そうだね。……あ、アヤとえーと、過去神はここにいておくれ。ちょっと行ってくるよ。」
 サキはアヤと栄次にその場に残るようにいうと嵐のように去って行った。
 「いっちゃったわね……。上に立つ者は大変ね。」
 「そうだな。」
 アヤは紅茶に口をつけ、クッキーを口に運んだ。栄次は目を瞑り瞑想を始めた。
 「クッキーのおかわりはいっぱいあるからね。気長に待ちましょうか。」
 天記神はうふふと楽しそうに笑うと自分用の紅茶を持ち、アヤの横に座った。

三話

 サキとみー君が図書館に来る少し前、歴史神、流史記姫神、ヒメは芸術神、語括神マイを見つけていた。ヒメは幼い容貌で紅い着物を着ており、黒い長髪をなびかせた少女である。
 ヒメは厄の事件で狂わされた人間達の歴史をマイに問いただすべく、彼女をずっと探していた。
 ヒメは狂った人間達の歴史、記憶をたどり、マイがいる場所までたどり着いた。こっそり動いていたため、剣王には言っていない。まわりを欺くため、年間行事にはしっかりと出席した。
 マイは竜宮にいた。テーマパーク竜宮の地下、アトラクションを動かず機械が蠢いている部屋にマイはいた。
 「来ると思っていた。流史記。」
 マイは肩先で切りそろえられた金髪を払い、ケラケラと笑いながらヒメを見つめていた。
 「んー……ワシは狂わされた人間達の歴史についてお主とお話ししたいと思い来たのじゃ。狂わされた人間達の歴史を見るとお主ともう一神がいつも視界にはいる。」
 ヒメはマイを睨みつけながら静かに言葉を紡いだ。
 「残念だな。お前は私を追うのに夢中で私がお前の管理している歴史を壊していた事に気づかなかった。」
 マイの一言でヒメの顔色が変わった。
 「どういう事じゃ?」
 「言葉通りだ。お前が守っていた歴史を見返してみるといい。」
 マイがヒメをまっすぐ見据えて言い放つ。ヒメは慌てて自身が管轄している歴史を見つめた。
 ……なんじゃ……これは……。
 ヒメは絶句した。いままでこんな歴史はなかったはずだ。
 「あなたがいままで見ていた歴史は私がいじったウソの歴史。本当の歴史をここでみるといい。」
 マイがクスクスと笑いながら絶望的な顔をしているヒメを仰ぐ。
まず、七夕に起きた少年少女の事故の件だった。ヒメはこの事件後、歴史を元に戻すべくマイを探しはじめた。この件は知っていたのでヒメは衝撃を受けなかった。その後からだ。井戸に落ちるはずのない少女がマイの糸にやられ落下し……最後に映ったのはトモヤという少年。
 彼は武神がわけありで渡した力の使い道に悩んでいた。そこに現れたのはマイと水色の長い髪をしている女。水色の髪の女が学校の帰りを狙いトモヤに接近した。そしてトモヤの中に元々あった負の感情を暴走させ、増やした。
 ヒメはそれを見て身体が震えた。ヒメがマイを探している間、マイはヒメが管轄している歴史に割り込み、起こるはずのない事を起こさせていた。
 「馬鹿な子だ。七夕の件はわざと大きな事件にしたのだ。お前がそちらの歴史を元に戻そうと必死になると思ったからな。」
 「そんな……。」
 「私が操った人間達の歴史は私のものだ。お前が管轄している歴史は私が刻ませてもらった。お前自身も闇に落ちるといい。」
 マイがケラケラと笑った刹那、すぐ隣に水色の長い髪をした長身の女が現れた。眼力が強く、口に赤い口紅をしている。青い着物を着ており、禍々しいものが溢れ出ていた。
 「流史記が落ちるのも計算通り❤」
 女は高圧的にヒメを見ると手を前にかざした。ヒメが守っていた偽りの歴史が女によって斬り刻まれ、本物の歴史も斬り刻まれた。そしてヒメは女が発した強い厄の力をもろに受けた。
 「うう!」
 ヒメは膝をつき、苦しそうに喘いでいた。マイはヒメが管轄していた歴史を塗り替え、すべて消してしまった。元々マイが動かしていた人間達の歴史である。マイは歴史神が歴史を見るために具現化したタイミングを狙い、マイが作り上げた部分の人間達の歴史を簡単に消して見せた。
 プツンと何かが切れる音がし、歴史を持っていかれてしまったヒメは気を失いその場で倒れた。
 「ふふ。神は必ず何か目的を持って生きている。その根本、存在理由を少しでも壊せばコンピューターのようにすぐにエラーが出て電源を押してもつかなくなる。歴史の一部を壊しただけだから死にはしないだろう。後はこいつを盾に……。」
 女が不気味に笑っていると血相を変えた龍雷水天神、イドが現れた。
 「ヒメちゃん!」
 イドは気を失っているヒメを戸惑った表情で見つめていた。
 「ワイズ軍、龍雷水天神。イドさんというあだ名で呼ばれている男神。ずいぶんと西の剣王軍の流史記を心配するんだな。」
 マイはせせら笑い、蒼白のイドを見つめる。
 「ヒメちゃん……間に合わなかった……。」
 イドはマイと女を睨みつけた。
 「睨みつけたって変わらんよ。彼女を元に戻してほしければ竜宮を動かせ。お前は東の軍だが龍神だ。竜宮ぐらい動かせるだろう?お前が竜宮を動かせば参の世界の扉が開き、過去に戻る故、私が奪った歴史も元の歴史に戻るだろう。そしてその歴史はこの歴史神の元へ帰る。」
 マイはヒメを乱暴に立たせた。ヒメは光のない瞳で口は半開き、まるで死んでいるようだ。
 「ヒメちゃん……。あなた達は僕を脅す気ですか?そうは……」
 「待ちなさい。」
 イドが咄嗟に動こうとしたがマイの横にいた女に止められた。
 「動いちゃダメよ。ちなみにあんたが私達を殺しても意味はないわ。むしろマイが持っている歴史が消えるだけ。マイは好きなように今持っている歴史を消せる。この歴史はマイが作ったものだからね。マイが歴史を消せば歴史神を元に戻すのは難しくなる。……ふふふ。」
 「……!」
 イドは戸惑いながら動きを止めた。他の龍神に助けを求めようと思ったがヒメの事を思うと変な行動はとれなかった。
 「さあ、あんたは竜宮を動かすだけでいいの。動かして私達を参に連れて行ってくれれば流史記も元に戻る。」
 イドは女から漏れ出る力をわずかに感じ取った。
 「……。あなたはアマテラス大神ですか……?」
 イドは女にそう尋ねた。女からわずかに太陽の力を感じたからだ。
 「さあ、どうだか。で?どうする気なのよ?え?」
 女はクスクス笑いながらイドを見下す。
 「しかたありません。……わかりました。……開きましょう。」
 イドが怒りを押し殺した声でつぶやいた。イドは目をつぶると手を前にかざした。かざした刹那、あたりの機械が忙しなく動きはじめ、あたりを白い光で覆った。
 「よし。参が開いた。後はあなたの記憶を取り出し、参に落ちる。」
 マイは女をちらりと視界に入れた。女は大きく頷いていた。
 マイは参か壱か曖昧な世界の中、弐の世界を開き、女が演じた記憶を見つけ出した。女の記憶は歴史神と結ばれ歴史となり参の世界を作っていく。その参の世界に吸い込まれるようにマイと女は消えて行った。
そしてマイが奪った歴史は吸い込まれるようにヒメに戻って行った。そして白い空間は徐々に消えて行き、気がつくとあたりは元の竜宮に戻っていた。
「ヒメちゃんから奪った歴史を間に置いて記憶をその歴史に組み込み……参に入り込んだんですか……。竜宮を開いただけでは参には入れませんし……。」
「ん……。」
イドが困惑した顔をしているとヒメが目覚めた。
「ヒメちゃん……。大丈夫ですか?」
「イド殿?」
イドがヒメを慌てて抱き起す。イドは安堵の表情を向けていた。
「無茶しちゃダメです!ああ、あなたが無事で良かった……。」
イドはきょとんとしているヒメをあわあわと抱きしめる。
「今回、イド殿には見つからんと思ったのにのぅ……。」
「僕を欺こうとするのはやめなさい……。ろくな事にならないでしょう……。」
イドがヒメに鋭く言い放った刹那、騒ぎを敏感に感じ取った龍神達、使いの亀達が慌てて集まって来た。
「ワイズ軍と剣王軍がここで何をしている?竜宮を動かしたのか?」
龍神の一神が慌てて言葉を紡ぐ。顔には焦りの表情が浮かんでいた。
「オーナーがいない時に……。」
龍神達は動揺し、不安げに声を上げ始めた。
「ここに芸術神語括とアマテラス大神の神力を持った厄神の女が現れました。報告をワイズ達にしたい。」
イドは頬に伝う汗をグイッとぬぐった。龍神達はすぐに連絡を取ってくれた。
……竜宮も大きく変わりましたね。皆、キビキビ動く。……一体、竜宮を動かした罪は僕の場合どうなるのでしょうか。ワイズ軍ですから天津に処刑される事はないと思いたいですね。
イドは暗い顔をしているヒメを見つめながら唸った。
……しかし、先程一瞬流れたあの記憶……輝照姫の……。
「龍雷、何があったかわからんがワイズの元へ帰る駕籠を用意したぞ。今、天津様とも連絡を取る。」
イドが途中まで考えを巡らせたところで龍神の一神から声をかけられた。
「ありがとうございます。ヒメちゃん、あなたも一緒に来なさい。」
イドに手を引かれたヒメは目に涙を浮かべた。
「イド殿……うう……。ワシ、剣王に何も言わずに……。」
「大丈夫。大丈夫だから。」
ヒメは内緒で勝手に動いた事を後悔しているようだった。イドは頭を抱えながらヒメを慰めていた。

 
 「で……。また剣王の城に呼ばれたんだけど……なんだい?」
 サキはまた剣王の城の会議室にいた。真新しい畳にふかふかの座布団が置かれており、サキはそれに尻を乗せる。権力者は皆そろっていた。相変わらず冷林はぐったりとしている。
 今回はみー君も一緒にいたのでサキはなんだか心強く、ガツガツ行けそうな気がした。
 「実は……竜宮が動き、参の世界が開いてしまったんだYO。」
 ワイズが言いにくそうに言葉を発した。なぜか剣王とワイズの顔色が悪い。
 「なんだって?天津は何やってたんだい?」
 「私は先程の会議に出ていたぞ。」
 隣に座っている天津が表情なく返答した。
 「あんたが見てないといけなかったんじゃないのかい?竜宮が動いたんだろう?」
 サキは隣にいる天津に慌てて言葉を発した。
 「我が竜宮の管理体制の間違いはない。私に従う龍神達は参の世界を出す危険を知っている。私の傘下にいない龍神は竜宮を動かす事はできない。動かし方を知らない。しかし、一神だけ私の傘下におらずに竜宮を動かせる龍神がいる。」
 天津はそこで言葉をきり、青い顔をしているワイズを睨む。
 「ああ、私は彼にそんな指示だしてないYO!あいつは元々天津の傘下だった龍神だから開け方は知っているみたいだったがお前を困らせるためにやったわけではないYO。だいたい、無理に事件を起こして別の権力者に罪をなすりつけるのは私達で禁止してた事だろうがYO。」
 ワイズは早口で言葉をまくしたてた。天津はワイズが自分をハメたと思い、非常に怒っているようだった。
 「それに関してはこれからじっくり話を聞くことにしよう。」
 天津はゆのみに入っている緑茶を一口飲むとゆのみを乱暴に置いた。サキはその音に肩をビクッと震わせた。
 ……うわー…すげー怒ってるよ……。こんな天津はじめてみた……。
 サキは横目で天津を視界に入れながら緑茶を一口飲んだ。
 「確かに龍雷水天は竜宮を動かしてしまったYO。だがその前に歴史神、流史記姫が何故か竜宮でマイに遭遇しているんだYO。地下の竜宮制御室でNE。」
 「なんだと!地下の竜宮に歴史神と語括が?それはない!あそこは龍神と私以外入れないようにしているのだぞ。」
 「落ち着け。天津。すべて話すからさあ。」
 ワイズの隣に座っていた剣王が天津を落ち着かせる。天津は一呼吸置くと黙り込んだ。
 「それがしのとこの歴史神が勝手に動いた。彼女は今回動くかと思い、監視をしていたのだがそれを抜け、あの七夕に起きた巻き戻し事件の少年少女の歴史がおかしい事に気がつき、独自に語括を探していたようだ。そして歴史をたどり語括にたどり着いてしまったんだねぇ。流史記姫はそこで語括にその件を問い詰めた。」
 剣王がそこで言葉をきり、緑茶を飲む。
 「そして語括は流史記姫にこう言ったそうだ。『もう一度歴史を見なおしてみろ』と。流史記姫は慌てて少し前にあった歴史を見返した。そこではじめて彼女は秋ごろにあった少女の件と厄に侵された少年の件を知った。それは語括が起こした『人間にはおこるはずのない歴史』。それがしはあの少年の件ではっきりとわかった。あの少年がため込んだ厄は本来人間がため込める厄の量をはるかに超えていた。つまり語括が少年、少女が本来歩むべき道を消し、その消した道に勝手に道を作り、その上を歩かせた。語括が歴史を作ってしまった。」
 剣王は深いため息と共に言葉をきった。
 「語括のした事は大きな禁忌よ。でもね、彼女は厄神じゃない。」
 サキの隣に座っていた月子が呆れた顔を向けた。
 「まあ、最後まで話を聞いて。」
 剣王の言葉で月子は「はいはい。」と返事をすると黙り込んだ。
 「語括が勝手に作った歴史は語括が動かせるようでその歴史を流史記姫が具現化して見ていた時、語括が奪っていったらしい。その部分を切り取られた流史記姫は意識を保つことができず倒れた。流史記姫が言ってたのはここまでだねぇ。」
 そこからは……と剣王がワイズの方に目を向ける。ワイズはため息をつくと話しはじめた。
 「あー、な・ぜ・か……流史記姫を心配していた龍雷水天が、な・ぜ・か、竜宮に現れ、な・ぜ・か流史記姫を人質に取られ、な・ぜ・か本気で竜宮を開いたんだYO。この際、あの二神の関係は聞かないでほしいYO……。流史記姫から奪った歴史を媒介させて語括と共に動いていた謎の女の記憶を歴史にし、龍雷水天が参を開き、彼女達はその歴史の中に消えていった様子。その媒介にした歴史は流史記姫に戻ってきて流史記姫は今、元気な様子だYO……。」
 ワイズは頭を抱えながら言葉を発した。
 「その人がたどってきた本来の歴史は大丈夫だったのかい?あたしが道を照らして頑張ったんだけどさ。」
 サキは不安そうな顔でワイズを見ていた。コウタとシホ、真奈美とセレナ、そしてトモヤ……彼らの歴史が壊れていないか心配だった。
 「大丈夫だYO。歴史は過去の事。本来歴史は表に出てこないものだYO。人間の中には記憶というものがあるからNE。パソコンでいうと歴史はバックアップのようなものだYO。予備、予備。だから多少、壊れても記憶があれば大丈夫だYO。歴史神はそうはいかないけどNE……。しかも今回は語括が奪った歴史を流史記姫に返している。だから大丈夫だYO。」
 ワイズはサキに丁寧に説明した。
 「そ、そうかい。良かったよ。じゃあ、あたしが道を照らしてしまった事により歴史が変わってしまうって事はあるのかい?」
 「それはない。太陽神は道を照らすだけだ。そこから進むかは人間が決める事。」
 サキの質問に答えたのは天津だった。
 「そ、そうなのかい。」
 サキはどこかホッとした顔で天津を見上げた。
 「で?さっきの語括と一緒にいた謎の女って誰よ?わかっているのかしら?」
 月子が気になる事を質問した。
 「龍雷水天がアマテラス大神の力を持った厄神だと言っていたんだYO……。参を開いた時に見えた歴史も輝照姫のものだったようなと……。」
 「はあ?」
 ワイズの言葉に権力者達はそれぞれ驚きの表情をしていた。サキは慌ててみー君を仰ぐ。障子戸の所にただ立っているだけのみー君は曇った顔つきで畳に目を落としていた。
 「一体どういう事だ?そんな事ありえない……。」
 天津が震えた声を出しながら隣に座っているサキを見る。サキは慌てて首を振った。
 「あたしは知らないよ!」
 「天津、輝照姫、落ち着くんだYO!」
 ワイズが天津とサキをなだめる。
 「その隣にいた厄神がアマテラス大神の力を持っていたとしたらあんたの力も持っているってことなんじゃない?天津。」
 月子が蒼白の天津をじっと見つめる。天津彦根神はアマテラス大神の第三子だ。
 「だから竜宮に入り込めたって言いたいのか?」
 天津は月子に静かに言い放った。
 「そう。それに流史記姫も本当は龍史記姫とかなんじゃないの?ねぇ?」
 「あの女の子、龍神なのかい?」
 月子の言葉にサキがまた驚きの声を上げた。
 「ふっ。それはないYO。あいつはれっきとした歴史神だYO。」
 ワイズは軽く笑うと月子にそう言った。
 「じゃあ、どうやって流史記姫は竜宮の地下に入り込んだのよ?」
 「それは知らないYO。だいたい、龍雷が嘘をついている可能性もあるからこれから調べる事にするYO。だがその女に関しては本当のようだYO。」
 ワイズが言葉を濁したので月子は目を細め、怪しんだがサキが声を発したのでその他は何も言わなかった。
 「ねぇ、その女の件なんだけどさ、一度太陽の門が勝手に開いた事があったんだよ。太陽神も猿もその門を開いてなくてなんで勝手に開いたのかって皆で話し合ったなんて事があったよ。」
 サキは厄を受けた少年の事件で関わりを持っていたイクサメという武神を保護していた時があった。イクサメを連れてきたのは三姉妹の人形でその人形達は太陽の門が開いていたから入り込んだと言っていた。後で調べてみるとその時、太陽神、猿達が門を開いていなかった。門の開閉は記録をとるようにしていた。サキは門が勝手に開いた事を疑問に思っていたがそこまで気に留めていなかった。
 だがその女の事を聞き、太陽神の力があれば門を開けるのでもしかしたらその女が門を開いたのではと思い始めた。
 「本当か?」
 天津に問われサキは大きく頷いた。イクサメと人形の件を知っているのは剣王だけだ。そこにマイの糸が残されていた事を知っているのも剣王だけだった。この件は隠密に終わらせたため、ここで口にするわけにはいかなかった。
 「その女、もしかしたらあたしの中の厄と関わりがあるかもしれない。……というか、もう目星ついているんだ。あたし。」
 サキは静かにそう言った。
 「やっぱりあんたに関係すんの?」
 月子は腰に手を当て勝気な瞳でサキを見た。サキは静かに頷いた。
 「きっとあたしのお母さんだ。あたしのお母さんは人間の巫女さんだったんだけど交通事故で身体が動かなくなってさ、お医者さんはリハビリすれば治るかもって言ってたのにお母さんは巫女さんの力を使ってアマテラス大神をその身体に宿してしまったんだ。アマテラス大神は今、概念だからお母さんは纏うって感じになってたけど半分神になったお母さんはアマテラス大神の力を使って一瞬で身体を治してしまった。その後、生まれたのがあたしなんだ。」
 サキは深く深呼吸をすると暗い顔で再び話しはじめた。
 「お母さんはあたしを憎んでいた。時間をなくそうと時神を消そうとして時神から罰を受けた。力を全部剥奪されて再び現世に落ちたんだ。」
 「ああ、あれか。あれは時神に任せていたねぇ。」
 剣王はなつかしむようにサキを見ていた。
 「時間がおかしくなってて太陽と干渉ができなかったんだYO。あの時は。」
 ワイズは眉を寄せてつぶやいた。
 「そしてお母さんはあたしを人間にしようとしていたんだ。もともとあたしは人間として生まれたんだけど五歳くらいから太陽神の力が出てきてしまって太陽神になったんだ。で、あたしは太陽神としての神格を放棄していたからあの時は壱と反転の世、陸にあたしが二人いた。お母さんがあたしの神権を握っていたからお母さんはあたしの神権を奪い続けてあたしの力を弱くしてたんだ。あたしの中の厄はたぶん、陸にいた人間の方のサキが持っていた厄かもしれない。」
 サキは苦渋の顔で皆を見回した。
 「なるほどね。よくわからないけど、だからあんたは過去に行きたかったわけね。」
 月子は納得したと大きく頷いた。
 「……マイとその女が参に入ってしまったなら……サキにそれを追わせればいいんじゃねぇか?」
 ふといままで黙っていたみー君が会話に入って来た。
 「何を言っている!もう竜宮を動かすのは……。」
 天津が反論をしたがみー君が止めた。
 「そんな事言ってる場合じゃねぇだろ?その女が歴史にした記憶とやらはサキが関わっているんだ。サキ以外誰がマイを捕まえられるんだ?あいつらはもう参に行っちまったんだぞ。これから歴史が変わって流史記姫が壊れたらどうするんだ。なあ?」
 みー君がワイズと剣王をちらりと視界に入れる。剣王もワイズも困惑した顔をしていた。
 「で、剣王、あんた、流史記姫に責任を取らせたらどうだ?サキと一緒に参に行ってもらうとかな。」
 みー君の言葉に剣王は呆れた顔を向けた。
 「あのねぇ……流史記姫を参に連れて行くのはちょっと……。」
 「俺も部下の不始末はちゃんと責任を取るつもりだ。俺は全力でサキを助ける。そしてマイを必ず捕まえる。」
 みー君は剣王をじっと見つめた。ワイズは特に何も言わなかった。
 「ま、まあ、でもしかたないねぇ。いまの状況だとさ。どちらにしろ流史記姫にも罰を与えないといけなかった所だし。……もうしかたない。それがしも輝照姫に乗る。」
 剣王が頭を抱えて呻いた。それを見たサキの顔は逆に輝いていた。
 「本当かい!」
 「ああ。しかたないからねぇ。参に渡ったら歴史を変えてはいけないよ。君は影の役回りをして人間の頃の君が持っていたっていう厄の回収をするんだ。そして入り込んだ語括を捕まえる。」
 剣王は念を押すようにサキに言った。
 「わかったよ。で?どうやって戻ればいいんだい?この世界に。」
 サキの質問に冷林が答えた。冷林はぐったりしていたがワープロのような文字がサキ達の頭に届く。
 ―トキノカミガ……オマエタチヲ……モトノセカイニ……モドス。―
 「後は流史記姫が歴史を動かして綻びを治す。だがこれは君がその母親と関わった期間だけしか戻れない。流史記姫が開く歴史の扉がそこまでだからだよ。だから君の母親がアマテラスを手放すときまでが期限だ。それまでに戻らないと君の中の歴史も流史記姫もそれがし達も皆、狂う事になる。いや……もっと大きいな。壱の世界がおかしくなるんだよ。だからそれがしはできればこの方法はとりたくない。だがしかたがないので輝照姫を信じる事にするよ。」
 剣王の言葉にサキはごくんと唾を飲み込んだ。自分がしくじって期限内に戻ってくる事ができなかったら壱の世界自体がおかしくなる。
 「剣王はずいぶんと参に詳しいみたいだNE。」
 ワイズがお茶を飲みながら剣王を見た。
 「まあねぇ。流史記姫といい、歴史に関わる神も多いからねぇ。それがしの所は。」
 剣王もため息をつきながらゆのみに口をつけた。
 「サキ、やるからにはちゃんと解決して戻ってきなさいよ。」
 月子がサキに向かい声をかける。
 「わ、わかったよ!」
 サキは不安げな顔をしていたが月子に大きく頷いた。
 「じゃあ、剣王、ワイズ、冷林、天津、月に助力してほしい時がきたら教えてね。じゃ、私はお暇するわ。」
 月子はそう言って微笑むと立ち上がった。
 「ふん。偉そうな月の神め……今回自分は関係ないからってYO……。」
 ワイズが苦虫を噛み潰したような顔で残ったお茶を飲みほした。
 「天津、あんたはどうなんだ?竜宮開く気になったか?」
 みー君の言葉に天津は難しい顔をしていたが静かに頷いた。
 「皆、ありがとう。あたし頑張るよ。」
 サキが権力者達を見回しお礼を言った。月子はふふんと微笑みながら障子戸を開け去って行った。
 「頑張るじゃすまされないYO!まあ、こちらの過失は認めるけどYO……。」
 ワイズは肩を落としてつぶやいた。
 「私は大きな罪を犯す事になる……。龍神達になんと説明すればいいか……。」
 天津は眉を寄せ、気難しい顔でそっと立ち上がり、部屋の外へと足を進めた。
 「じゃあ、それがしは流史記姫を竜宮に呼ぶ事にするねぇ。」
 剣王は重い腰を上げだるそうに去って行った。
 「天御柱。お前がしっかり輝照姫を見張っていろYO。むしろお前が一緒に行かなければ私は輝照姫を参に行かせないYO。」
 ワイズは壁に寄り掛かっているみー君を鋭く睨みつける。
 「ん?ああ。心配するな。おそらく剣王も俺が行くからサキを参に連れて行く事を許したんだろうな。厄神とマイは俺が見つける。サキは自分の中にある厄を取る事に専念させる。」
 みー君はワイズにそう答えた。
 「そうかYO。」
 ワイズはそれだけ言うと「必ず戻って来いYO。」と言い残し、去って行った。
 冷林はサキを一度見ると何も言わずに部屋を後にした。
 「さて。うまくいったな。これで参に入れる。まあ、あの女とマイも参に入ったって事は過去のお前に何かするつもりかもしれないからな。俺も行くぜ。」
 みー君はサキにそっと微笑みかけた。
 「みー君!ほんと心強いよ!」
 サキの顔がいくぶん明るくなった。みー君とサキはすぐに竜宮に向かう為、鶴を呼び、剣王の城を後にした。記憶は初夏だったため、半袖の黒いボーダーのシャツと青いスカートを履いておいた。今は冬だからはてしなく寒いが少しの辛抱だとサキは我慢を決めた。

四話

 鶴に竜宮の手前の海で降ろしてもらい、そこから亀で海の中を行き、竜宮を目指す。亀が進む道は水の中であるが息ができる。亀はテーマパークの方の門ではなく裏門からサキ達を中に入れた。裏門はただの鳥居のみ置いてあり、亀がその場で自身の名前を言う。名前を言った刹那、鳥居が白く光りだし、サキ達は気がつくと事務室にいた。
「いつも思うが不思議だよなあ。ただ、海の中に漂っている鳥居に関係者が名前言うと事務室に繋がるとかなあ。」
 みー君が事務的な椅子と机しかないシンプルな部屋を眺め、サキにささやいた。
 「だねぇ……。竜宮は謎が多いよねぇ……。太陽もね、ちょっとおかしくてさ、熱量減らそうと思ってエスカレーター部分を階段に変えようと試行錯誤してたらさ、陸から壱に移動した時、一瞬だけ宮が消えるんだけどまた現れたら階段になってたんだ。もう考えないようにしてたけど不思議だなあって。」
 サキがぼそぼそと小声でつぶやきながら亀の後を追う。
 「いわゆる怪奇現象だな……。そのレベル……。面白すぎるぜ。」
 みー君がクスクス笑いながら事務室から廊下に出る。色々な龍神とすれ違い、亀達は丁寧にお辞儀をしてくれた。事務所の一階部分まで階段を降りたサキ達は亀に指示された通り、さらに下に続く階段を降りはじめた。そこから先、亀はついてこなかった。結界が張ってあるのかもしれない。
 階段を降り切ると一つのドアが現れた。そのドアの目の前に天津が立っている。ドアは木製だったが頑丈そうなのでかなり重いはずだ。
 「待っていた。」
 天津はそう一言だけ言うとドアの目の前に浮かび上がった電子数字をタッチパネルのように動かしはじめた。
 「パスワードか?」
 みー君の問いかけに天津は軽く頷いた。
 「神力の提示だけではなくパスワードも設置しておいた。防犯対策はまだまだだと悟ったからな。」
 「パスワードかけすぎじゃねぇか?」
 みー君は呆れた声をあげた。天津は今、五つ目のパスワードを入れている。
 最後は電子数字ではなく電子仮名だった。
 ―このたびは……幣もとりあへず手向山……紅葉の錦……神のまにまに。―
 天津は日本語でそう打ちこんだ。
 「なんで最後だけ百人一首なんだよ……。」
 みー君はそう突っ込んだ。
 「この会話……前もしたような気がするねぇ……。」
 サキが何かを思いだそうとしていると目の前のドアが自動で開いた。
 「入れ。」
 天津が顎で中に入るように指示をする。サキ達は天津に従い中に入った。
 「おう。サキ!お久しぶりじゃのう!」
 「ヒメちゃんだっけ?そういえばあたし達、一回会っているんだったねぇ……忘れてたけど。」
 目の前に赤い着物を来た女の子、流史記姫神ヒメちゃんが手を振っていた。
 龍雷水天神のイドさんは見当たらない。
 「……ではさっそく開く。輝照姫、その母親とやらの記憶を一部使うぞ。流史記姫、頼む。」
 天津はサキとヒメを交互に見、そっと手を前にかざした。ヒメちゃんはそっと目を閉じ、歴史を具現化する。サキは特に何もしなかった。
 しばらくするとあたりが白い靄で覆われた。具現化された歴史と記憶が結びついていく。ビデオの巻き戻しのように情報が逆に流れてきた。
 「……お母さんのわからずやっ!」
 泣いているサキが一瞬で通り過ぎる。
 「あら、サキ、人間にはなれた?」
 「なれるわけないさ。お母さん。あたしの力を返して。」
 サキはまっすぐ母親を見つめていた。
 「何言っているのよ。これは私の力よ?あなたに貸した力が私に戻ってきただけよ。」
 「お母さんは……あたしを道具な気持ちで産んだんだね……。よくわかったよ。」
 サキは母親を無表情で見つめる。
 「そんなことあるわけないじゃない?親の愛よ。」
 「やっぱり人間には神の力は異物なんだ……。お母さんを狂わせたのはアマテラスだよ。」
 「あなた、いつからそんなに口が悪くなったのかしら。」
 母親の憎しみの顔がはっきりと映る。
 サキにとっては思い出したくない過去だった。時間はどんどん巻き戻る。
 ……参に入り込むってこんな感じなんだ……
 サキは頭が痛くなるような感覚を覚え、白い空間の中へ落ちて行った。


 「あーもう……。」
サキは唸った。美容院でやってもらったパーマがうまくいかなかったからだ。
髪は日本人のポリシーとして黒を推奨しているため染めたりはしない。肩先まである髪をパーマしてもらったが髪の量が多いため爆発した髪になった。
ちりちりとまではいかないが友達に見せたら笑われてしまうだろう。
「ったく、こんなんじゃ学校いけないじゃん。」
サキはぼそぼそとつぶやいた。彼女は上下ジャージとラフな格好をしている。まわりは山ばかりでほとんど遊ぶ所はない。こうやって美容院に行くのだけで三十分は歩く。
「あーあー、帰って寝よ。」
サキは最早登山と呼べる道を歩きながら大きく伸びをした。今日は日曜日だ。
よく考えたら土曜日何をしたのか思い出せない。一日中寝ていたような気がする。
今は初夏なので寝心地は抜群なのだ。
虫の鳴き声や鳥のさえずりを聞きながらサキは山の中の自宅へと入って行った。自宅には誰もいない。父も母も生まれた時からいなかった。どこにいるのかは知らない。物心ついたとき近くの家の人に育ててもらっていた事に気がついた。
それも今となっては曖昧な記憶。
サキは自室に布団をひき横になった。まだ午後二時だと言うのに眠くてしかたなかった。
「今日もあったかくていいなあ……。昼寝。昼寝。今日は七時前には起きる~……。」
七時とは朝の七時ではなく夜の七時である。彼女の昼寝は長い。ほぼ一日寝ている。
今日も昨日と同じくすぐに眠りにつけた。
しかし、昨日のようにぐっすりは寝むれず、途中で変な声で起こされた。
「おぬしはこれから神じゃ!」
「あーはいはい。」
サキは夢の中で返事をした。
「聞いておるのか!ええい!起きるのじゃ!」
サキは急に一回転した。
「んおう?」
何者かが布団をひっくり返したのだ。サキは寝ぼけ眼で眠りを邪魔した者をぼうっとみつめた。目の前には幼い女の子が立っていた。ヒメである。
「ええと……電波な人、こんなところにもいるんだなあ……。」
サキはそれだけ言うとまた布団にくるまろうとした。
「電波の人て……。あ!待つのじゃ!寝るのではない!」
ヒメは素早くサキから布団を奪う。
「ああ……安眠妨害……。ん?」
しばらくしてサキは目がさえてきたのか今度は驚いて言葉を発した。
「って!あんた誰?」
「今頃そんな反応かえ……?」
「ちょっと、なんで勝手に入って来ちゃってんの?ここうちなんだけど。」
「うむ!お邪魔したのじゃ!あ、ワシは流史記姫神(りゅうしきひめのかみ)!ヒメちゃんじゃ!」
ヒメは腰に手を当て胸を張った。
「うわー……自分でヒメちゃんとか言っちゃってるよ。こりゃあ、相当いってるねぇ。君。」
「とりあえずヒメちゃんじゃ!」
……ごり押しだよ……。まあ、いいけど。
「てか、何の用?おばちゃんとかが勝手にうちに入り込んで涼んでいる事はあるけどこんなガキンチョはなかったわ。」
「が……がきんちょ……。おぬしはおなごとしての品がないの……。」
ヒメはあきらかに落ち込んでいた。がきんちょが効いたらしい。
「ああ。えっとごめんよ。お子様ね。お子様。で?何しに来たの?お菓子はないよ。」
サキはまだだるいのか横になりながら質問をする。
「おぬしはどんだけ干物なのじゃ……。まあよい。おぬしはこれから神様になったのじゃ。じゃが何の神だかわからぬ。この世は八百万の神がおると言われる。実際信仰のなくなった神は消えてしまうが生まれる神も多い。おぬしは生まれた神じゃ。」
ヒメはまじめにサキに言葉を紡ぐ。
「ごめん。なんのアニメだかわかんない。ネタがさあ、わっかんないんだよね。何?ずいぶんコアなファンなの?そっちの友達つくりなよ。うちなんか来ないでさ。」
「おぬしの言っている事の方がワシにはわからぬ……。」
「うーん……そう?」
サキはまたウトウトし始めた。言葉も支離滅裂になってきている。焦ったヒメは両手を前にかざした。すると横になっていたサキがふわりと浮いた。
「うわああ!」
サキは驚いて目を覚ました。
「寝るなと言っておろう!この高天原最新機器の腕輪でおぬしなど……。」
「何これ!何これぇええ!て、手品……じゃないっすよねえ……?」
サキは目を見開いて手をバタバタさせている。
「ワシは歴史を守る神、流史記姫神!ヒメちゃんじゃ!」
「も……もうわかった!そのネタはわかったから!降ろして!」
興奮気味のヒメを見ながらサキは懇願した。
「うむ。」
ヒメはサキをゆっくりと下に降ろした。
「あーびっくりした。で、結局君は何しにきたんだい?」
冷や汗をかきながらサキはヒメに質問をする。
「ワシはおぬしを守りにきたのじゃ。おぬしはなぜか神様になってしもうた。じゃがなんの神だかわからぬ。ワシが心配しておるのはそれ故に信仰が集まらずそのまま消えてしまうのではないかという事じゃ。」
「消えるって何?まさか死……」
サキはちょっと顔を青くした。
「人間では死ぬというが神々は消えると言う。」
「え?じゃあ、何?あたしは人間じゃなくて神だって事?」
「先程からずっと言っておろう……。正確に言えば今から神じゃ。」
「……は?」
ヒメの心配そうな顔を見ていたらなんだか気が遠くなってきた。
「しっかりせい!まだ消えるでない!神になったばかりだと言うに!」
もうヒメの声は届かなかった。サキは完全に落ちた。
サキはなんだかわからないが気絶した……。


「うー……さぶっ……初夏じゃないのかい……。上着がほしい……。ちょ、ヒメちゃん、ヒメちゃん……。」
 サキは気絶している自分を運んでいるヒメに声をかけた。
「なんじゃ?サキ。」
「よくもこう……初めて会った風に会話ができるねぇ……。」
サキの質問にヒメは唸った。
「ワシは歴史神じゃ。この時代に生きていた歴史神とリンクしておる。この時代にいる歴史神と今のワシは同一人物じゃ。」
「ええ!?」
「まあ、未来にいる自分とはリンクできんがのう。歴史になった部分はリンクするのじゃ。」
サキの驚きの声を耳を塞ぎながら聞いたヒメは暗くなりつつある道路を歩く。コンビニを通り過ぎ、住宅地を抜ける。静かな街並みの中にひときわ古そうなアパートが立っていた。
「さて。おぬしはここで待っているのじゃ。」
「お?ここはアヤの家?今は引越ししたって聞いたけど前はこんなところに住んでいたのか。歯科医院でバイトはじめて今はずいぶん生活が楽になったみたいだねぇ……。このアパート見ちゃうと……。」
ヒメがサキをその場に置いて気絶しているサキの方を背負いながらフラフラとアパートの中に入って行った。
刹那、一陣の風がサキの側を吹き抜けた。
「よっ。」
「みー君!」
サキの目の前にいつの間にかみー君が現れていた。
「サキ、この空間、なんか変だぜ……?時間が止まっちまったみてぇに感じる。だいたい初夏じゃねぇのか?なんで雪降ってんだよ。壱と季節変わってねぇじゃねぇか。」
みー君はあたりを見回しながらサキに暖かそうな上着をかぶせた。
「……あ、みー君ありがと。あたし達が壱から参に来たからおかしくなっちゃったのかねぇ?」
サキは少し焦った表情を見せた。
「さあな。こんな状態だったら時神が黙っちゃいねぇぞ。」
「そ、そうだねぇ。今、ヒメちゃんが入って行ったのはアヤの所みたいだけどさ……。」
 サキとみー君が会話をしているとヒメがアパートから出て来た。サキがいない所からするとアヤの部屋に置いていったようだ。
 「とりあえず時神のアヤの所に預けたのじゃ。……やはりワシらがここに来たゆえに参の時間のゆがみが酷くなってしまったようじゃな……。もちろん、ワシを使ったあやつらも時間を歪ませた。あやつらはもしかすると陸の世界にいる可能性があるのう。こちらにいるサキは人間に近いが向こうにいるサキは太陽神の神格を捨てたサキじゃ。つまり、向こうにいるサキが本体。もともと生まれた時にサキは人間の力を持った神じゃった。成長するにつれて人間の力が消えて行き、太陽神となる。それをおぬしの母親が神権を放棄し、サキに太陽神としての力を失わせた。それにより、人間だった頃のサキがこちらの世界に出現してしまったという話じゃろう?太陽神は壱と陸に一神しかいないからのう。」
 「うん。それをお母さんは何回もやってたみたいだよ。太陽神の神格をあたしに戻したり、あたしから剥奪したり……ね。それを繰り返す事によって人間のあたしと太陽神のあたしの力を混ぜてたんだ。一つになったり二人に分かれたりしてたから人間の力と神の力がぐちゃぐちゃになって……あたしはすんごく弱ってた。それであたしの太陽神としての力がぎりぎりになった時に、こっちの世界で人間だったはずのあたしが神力を持って出現してしまった。それが今、アヤの部屋にいるあたし。」
 サキとヒメの説明を聞いていたみー君は首をかしげていた。
 「なんか複雑すぎてよくわからないな……。」
 「とりあえず、マイと謎の女は陸にいる可能性が高いんだね?」
 サキがヒメに確認をとる。
 「そうじゃのう。少し、ワシが調べてみるのじゃ。おぬしらはこちらにいるサキを監視しているのじゃ。」
ヒメはそう言うとぴょんぴょん飛び跳ねながら夜の町へ消えて行った。
とりあえずみー君とサキは近くの植木の影に隠れる事にした。さすがにサキ同士が会ってしまったらまずい。
しばらくするとアヤと参のサキが外に出て来た。
「もうすっかり冬ね。」
「ん?」
アヤの発言に参のサキは首を捻った。
「何よ?」
「冬?そんなだっけ?なんか暑かったような……。」
「あんた、そんな格好して寒いでしょ?なんでそんな格好してんのよ。」
参のサキは上下薄手のジャージだ。確かに寒い。反対にアヤはセーターにマフラーにと防寒対策万端だ。ちなみにまわりを見ると歩いている人は皆、暖かい格好をして歩いている。
みー君とサキは二人の後をこそこそと追った。
「いやあ、だってさっきまで……。ん?コンビニあった。」
「あら?コンビニこんなところにあったかしら?」
アヤは不思議そうな顔でコンビニを見ていたが何事もなかったかのように参のサキとコンビニへと姿を消した。
「そういえば、アヤの家に行く時、こんなにコンビニ近くなかったよ?」
サキがみー君を仰ぐ。
「ふむ。流史記姫が何かやった可能性もあるな。」
「そっか。」
みー君とサキは再びアヤ達が出てくるのを待った。
「ところで気になっていたんだが……ここは参の世界だよな?なんで現代神がいるんだ?」
みー君が寒そうなサキを心配しながら聞いてきた。
「うーん……あたし達からしたらここは参だけど……アヤ達からしたらここは壱なんじゃないかい?そんであたし達は未来、つまり肆から来たって事?」
「なるほど……壱、参、肆ってかなり曖昧な世界だって事だな……。こりゃあ、流史記姫がいねぇと世界がわかんなくなるわけだ。時を渡るっていうのはあれだな……下手したら自分達が狂っちまうな。」
サキが曖昧に返答したのでみー君もそれ以上考えるのをやめた。しばらくするとアヤ達が出て来た。
アヤ達はコンビニの袋を持ちながら過ぎ去っていった。サキ達も後を追う。
しばらく歩くとアヤ達の前に導きの神が現れた。サキが聞き耳を立てているとどうやらアヤと参のサキが時を歪ませたという事で罪に問われているらしい。導きの神とやらは天狗のお面をかぶっており、表情はわからない。
 「あなたは猿田彦神(さるだひこのかみ)?」
アヤが天狗に話しかける。
「……の系列である。導きの神である。君らの道を正しにきたのである。」
天狗は感情のこもっていない声でアヤに答えた。
「道?」
「そこの黒髪の女、元凶の正体であるな。」
アヤの質問を無視した天狗は参のサキを指差すともっていた棒を構え、突っ込んできた。
「うわああ!何?」
危険な予感がしたアヤは参のサキの手を引いて走り出した。
「逃げるのよ!」
「な、なんで?」
「わかんないけど!」
アヤ達は走った。どこに向かっているかはわからない。
「しょうがない。ちょっとやるわ。」
アヤは手から鎖を飛ばした。鎖は天狗に巻きつくとすぐ消えた。鎖が消えたとたん、天狗は動かなくなった。
「な、なんだい?あれは。」
「時間停止。長くはもたないわ。」
「ふえー。何この世界。夢?」
二人は再び走り出した。刹那、後ろから突風が吹き、何かがアヤ達の前を塞いだ。
「おっと待つのでござる。」
アヤ達の前に立ちふさがったのは天狗ではなく別の男だ。男は緋色の着物を着ており、茶髪だが髷を結っている。目はやたら横に細く、見えているのか謎だ。
「……?」
「あららら、お嬢さん達、ずいぶん思い切った事したでござるな。太陽を隠すなんてなあ。」
「は……?」
男の言葉に二人はぽかんと口を開けた。
「私達は何にもしてないわ。太陽を隠す?」
「お兄さんは誰?あたし、なんか神になったみたいなんだけどなんでか知ってる?」
二人の反応を見て男は頭を捻った。
「やっぱり、太陽を隠すなんてできっこないでござる。時神となんかの神が。あ、小生はサル。日の神の使いサルでござる。」
「サル……。」
アヤと参のサキは呆然とサルを見つめていた。
「サルはここで出会うのかい。」
サキは影に隠れながら不安そうにつぶやいた。みー君とサキは道路わきにある家の壁に身を隠していた。
「俺達の方が天狗に捕まったらやばかったな。サキ、話が続いているぞ。」
みー君は不安そうなサキを一瞥するとアヤ達の方を向いた。
「時神、この雪を見てなんとも思わないのでござるか?」
「雪?冬なんだから雪くらいふるんじゃないかしら?」
アヤの返答にサルは頭を抱えた。
「変だと思わないと……。時神もだますとは……いよいよ時のゆがみが本格的になってきたという事でござるな。」
「時のゆがみ?」
「ま、今は逃げるのが先決でござる。天狗殿は道をまっすぐに戻す作業でとりあえず動いているだけだから気にしなくていいのでござる。」
サルはさっさと歩き出した。アヤ達もなんとなくそれに従う。
アヤは突然ハッとした表情になると頭を抑えた。今は冬ではなく初夏であるという事に気がついたらしい。
「なんで気がつかなかったの……?」
「時のゆがみがここだけひどいからでござる。感知できないくらいゆがんでおり神も含め、皆これが普通だと思っておるのでござる。」
「まあ、あたしはなんで雪降ってんだよって思ったけど。」
参のサキの言葉にアヤは驚いた。
「あなたは知っていたの?」
「知ってるも何も変だなあって。」
参のサキはぽりぽりと頭をかく。
「時のゆがみがひどいせいで天候もめちゃくちゃでござる。そして今は朝の七時半。なのにこの暗闇でござる。」
「え?……夜じゃないの?」
「夜ではござらんよ。本来は。太陽が月のまんまなだけでござる。」
アヤは慌てて空を仰ぐ。雲が多くて月も確認できないがあきらかに太陽はない。
「何よ……これ……。私知らないわよ……。知らない。」
アヤは狼狽していた。サキはアヤの狼狽ぶりを見てあやまりたくなった。サキは自分達がこちらに来たから時間がおかしくなったと思っていたからだ。
「知らないのはわかっておるのでござる。日の神々は混乱状態でござる。時間も止まっておる。」
「サキ、あなた、なんか知っている事ないの?」
「え?何の話してたのか聞いてなかった。ごめん。」
「なんで聞いてないのよ!」
「なんかアニメの話かと思ったからさー。あたし、アニメわかんないし。」
「なんであなたはこの状況を電波だと思えるのよ!」
アヤの睨みが怖かったのか参のサキはしゅんと肩をすくめる。それを眺めながらサキは頭を抱えた。
「壱の世界のあたしってこうもやる気がなかったのかい?」
「まあ、成長って言葉があるだろ。今は違うんだからいいじゃねぇか。」
みー君は対応が面白かったのかケラケラと笑っている。緊張感がないみー君にサキは怒ったがサルの方は参のサキに呆れた声を上げていた。
「うむ……一人緊張感がないでござるな。」
「……そう?」
参のサキがトーンのない声でつぶやき、ふと上を見上げるとアヤが住むマンションの前にいた。
「今日は泊まらせていただいてもいいでござるか?」
「え?ちょっといやよ……。見ず知らずの男性を泊めるなんて……。それに今、朝でしょ?」
「ここでは夜でござる。別に小生に下心などないでござるが……。」
「別にいいんじゃん?あたしは別に男がいようがいまいが寝るとこがあればいいや。」
参のサキはさっさとアヤの部屋へと向かう。
「あなたの家じゃないんだけど……。えっと、それからうちは狭いから寝るところないかも。」
アヤは遠ざかる参のサキを呆れた目で見た後、サルに向き直る。
「大丈夫でござる。」
サルはそう言うと人型から猿に変わった。
「猿になれるのね……。じゃあ大丈夫だわ。」
「基準がよくわからぬが……よろしくたのむでござる。」
サルを連れたアヤはマンションの中に入って行った。
「まあ、これで一応、朝まで部屋から出ないかな?」
サキは先程と同じ植木の所に身を隠しながらみー君を見上げた。サキの本体は陸の方でサキ自身、壱に出現した時の記憶などはほとんど残っていなかった。壱と陸のサキが同化した時、記憶はかろうじて残ってはいたものの時が経つにつれてなくなっていった。今はほとんど壱のサキが何をしていたのか思い出せない。
「うっすらとだが……過去神と未来神の気配を感じるな……。あの二神もこの世界に来てるのか?」
みー君が顔を曇らせながら気配を追っていた。
「時間がおかしくなっているって言ってたから時空の歪みとかで来ちゃったのかもねぇ……。」
「そんな簡単に来れるのか?時神のシステムもよくわからねぇな。」
サキとみー君はアヤのアパートに入って行く事もできず、植木の側でじっとしていた。

五話

「あなたの望みをかなえてあげる。」
水色の長い髪をしている女はアマテラス大神を纏っている巫女、サキの母にそう言った。
ここは山奥のサキの家。陸の世界だ。サキの母親は陸の世界で本体のサキと共に暮らしていた。
「……。」
サキの母は警戒のまなざしを女に向けていた。
「私はあなたの未来よ。どうしようもなくなって消えてしまったあなたの無念の心が私を作り出した。私はあなたに会いたかった。私もあなたの一部。あなたと同化させてほしい。」
女はサキの母にそっと笑いかけた。
「消える?どういう事よ。」
サキの母は警戒を緩めずに問いかけた。
「あなたの力はすべてサキに帰る。そうなりたくないでしょう?壱の世界に現れたサキは歴史神が守っているわ。本番のサキはこの世界……陸の世界のサキ……。私と同化すればサキに太陽神の力が戻ったとしても完全な太陽神にはさせない。あなたの心、つまり私が彼女の内部に入り込み、彼女を蝕んでいく。そして太陽の力はまた、あなたに戻ってくる。」
女の言葉にサキの母はにやりと笑った。あまり信じてはいなかったが不思議と手が伸びた。差し出した女の手とサキの母の手が重なる。女はサキの母へと吸い込まれて行った。
「お母さん、アイス食べていい?」
ふと気がつくとまだ幼いサキがオレンジ色のワンピース姿でアイスをかざしていた。
「ん?ええ。いいわよ。」
サキの母はサキに向かい満面の笑顔で答えた。


サキ達が住んでいる山奥の家の屋根の上でマイはクスクスと笑っていた。
「やっと参に入って来れた……。ここからセイの笛を探さないといけない……。ライには迷惑をかけられないからな……。偉い神々の出鼻をくじきたいっていうのもあるが……私の本当の目的を忘れないようにしなければな……。」
マイは水色の髪の女と一つになったサキの母を見下ろしながらそうつぶやいた。


サキとみー君はアヤ達が出てくるのを待っていたがもう落ち着いてしまったのか出て来なかった。
「サキ、これからどうする?」
みー君が退屈そうな顔をサキに向けた。
「あ、あたしは寒いからあったかい所に行きたいよ……。」
サキは先程から身体を震わせている。みー君がどこからか持って来たあたたかそうな上着を着てはいるが寒い。
「サキ、天御柱……。」
ふと電信柱の影からヒメが現れた。
「ヒメちゃん!アヤ達はあそこからしばらく出て来なそうだよ?」
「うむ。今は時空を歪ませてしまった故、アヤの部屋に時神の未来神と過去神が出現してしまったようじゃ。」
ヒメの言葉を聞いたサキは顔を青くした。
「それはまずいんじゃないかい?あたし達、なんか色々常識壊しているような……。」
「大丈夫じゃないのじゃが一応大丈夫にはしておる。お店を一つ楔にしたのじゃ。この空間におさまるように彼らを隔離し、ワシが歴史を織り交ぜてこの辺の空間を止めたままにしておる。この楔周辺はワシが歴史のない空間にしたのじゃ。歴史がないので先にも進まぬ。隔離しておるのでサルも太陽へ帰れんし耳障りな太陽神からの命令も届かない。サキを守れるじゃろ?」
ヒメは得意げに話しているがサキは驚愕の表情でヒメを見据えた。
「お、お店ってコンビニかい?それはもっとダメなんじゃないのかい!ほら、なんか色々と!」
「もちろん、これは禁忌じゃ。参に渡るとはこういう事じゃよ。被害を最小限に抑えた結果がこれじゃ。でも大丈夫じゃ。ワシがもし高天原に捕まってもおぬしらが来てしまった事は言わん。」
「ヒメちゃん……。」
サキはヒメの覚悟をしっかりと受け止めた。
「ま、とりあえず、陸の世界に行った方が良さそうじゃな。ここは置いておいても大丈夫そうじゃ。それよりも陸に渡った神がいるらしいのじゃ。」
「陸に渡るって……そんな簡単に渡れるのかい?」
「天記神の図書館から太陽の門を開いたらしいのじゃ。天記神が言っておった。」
ヒメが難しい顔でサキとみー君を見上げた。
「じゃあ、お前はさっきまで天記神のとこにも行ってたんだな?しかし……太陽の門を開くってことは太陽神なのか?」
みー君の質問にヒメは大きく頷いた。
「太陽には似つかない禍々しいものを持っていたがアマテラス大神の力を感じたとの事じゃ。天記神が水色の髪の女と金髪の髪の女を見ておる。」
「金髪?そりゃあマイか。冷静に考えればマイは太陽に行けても地上には出られないはずだ。陸の世界にも自分がいるからな。ん?でも待て……そしたら参に降り立った時点で自分に鉢合わせする可能性が出て消滅してしまうな……。俺達も……。」
みー君の言葉にヒメはポリポリと頭をかいた。
「それなのじゃが……この世界の者ではないと判断されて別神にカウントされておるらしいのじゃ。壱と陸は一つの世界じゃがその他の参、肆は別の世界となっておるらしくての……。ワシらは肆からきた者となっているからこの世界で陸に渡る事はできるらしいの……。まあ、自分に会ってしまったら消滅してしまうとは言われているがのぉ……。」
「なんだかよくわからないけどあたしらも太陽の門を開けば陸に行けるって事だね?」
サキが興奮気味にみー君とヒメの間に入って来た。
「ま、まあ……そうなのじゃが……参の世界の太陽がどうなっておるのかワシにはわからんのじゃ。」
「とりあえず、その謎の女とマイが陸に行ったんだったら追いかけないといけないじゃないかい。うう……寒い。」
サキは身体を震わせながら困惑しているヒメを見据えた。
「そうだな……俺もここにいるよか追った方が良いと思うぜ。」
みー君が満天の星空を眺めながらつぶやいた。
「ワシもそれに賛成じゃが……心配じゃ。まあ、覚悟を決めるのじゃ!」
ヒメは心配そうだったがサキとみー君を手招き、図書館へと向かった。
天記神の図書館へはいつも通りの手順でふつうに行けた。今とは一年くらいしか変わっていないので天記神の図書館はほぼ変わっていない。まわりに並べてある盆栽が少し違うくらいだ。
サキ達が図書館の前に現れた刹那、天記神が図書館のドアを開けて外に出て来た。
「ヒメちゃん……なんだか壱の世界がおかしいみたいなのよぅ……。」
天記神の雰囲気はあまり変わっていないが何か顔に翳りを感じた。サキに明確な理由はわからなかったが向こうの世界の天記神がスッキリした顔をしていたのでこの一年の間に何か悩みを解消したようだ。これはアヤが関わった事件だったので今回は説明しない。
「うむ。まあ、それはこれから何とかするのじゃ。問題はない。」
ヒメは曖昧に流すとサキを見た。
「ああ、太陽の門を出せばいいのかい?」
サキの言葉にヒメは頷いた。
「太陽の門?あら、あなた太陽神さん?」
天記神はサキの事を知らないようだ。
「そうだよ?太陽神の頭、輝照姫大神。」
サキはおかしいと思った。最初に会った天記神は自分の名前を知っていた。
「あら!太陽の姫様ね!……ん?あなた達、肆から来たのかしら?」
天記神が首を捻る。
「そうだねぇ……。……って、そうか!」
サキが頷いた時、突然、天記神の事について思い立った。
……ここ、過去であたしが天記神に会っているからハムちゃんの時にあたしの事知ってたんだ……。
天記神はサキが驚いた顔をしているのでそっと微笑みかけた。
「まあ、大丈夫です。もし未来であなたに会った時、うまくやりますからね。」
天記神はそう言うとヒメに目を向けた。
「ああ、ワシらは勝手にやる故、図書館に戻っても良いぞ。」
ヒメが天記神を安心させるため、優しく声掛けをした。
「そう?あまり無理はなさらないように……。わたくしはここにおりますからね。」
天記神はそう言うと少し迷いながら図書館へと帰って行った。
「さて。サキ、ささっと太陽の門を出すのじゃ!」
「本当に大丈夫なのかい?門開いたら太陽神達に捕まるとかそういうのないよねぇ?」
サキが不安げにヒメを見るがヒメはまっすぐ上を見上げていた。
「サキ、俺が高速で陸に降りてやるから安心しろ。猿や太陽神達に神力は感じとられてしまうだろうが目には映らねぇはずだ。」
みー君がサキを見て頷いた。サキはそれなら平気かもとつぶやき、太陽の門を出現させた。真っ赤な鳥居が現れ、階段が太陽に向かいまっすぐに伸びる。階段の両端には灯篭が浮いていた。
みー君は太陽の門が開いた刹那、サキとヒメを抱え、風になりつつ駆けた。
「うわわわ!」
サキは驚きながらあっという間に過ぎ去る風景に少し酔い始めた。ヒメも抱えられながら気持ち悪そうにしている。遊園地のコーヒーカップのハンドルを思い切りまわした時の周りの風景に似ている。もう何がその場にあるのかまったくわからず、ただ、色の線となって通り過ぎて行く。
「サキ、もう一度陸に入る階段を出せ。」
みー君に言われ、サキはくらくらする頭のまま再び門を出した。みー君は開いた階段から大きく空を飛んだ。階段を普通に降りるのではなく、飛び降りたのだ。サキとヒメはさらに吐き気が襲ったが必死で耐えた。
「うっし。」
みー君が一言そう発するとヒメとサキを地面に降ろした。
「き……気持ち悪い……。」
「目が回ったのじゃ……。」
サキとヒメはフラフラとその場を徘徊するとぺたんと地面に座り込んでしまった。みー君は腕をまわしながらため息を一つついていた。
「ふう。さすがに人間と同じ体重の奴、二人抱えて全力疾走は死ぬぜ……。」
「みー君……助かったけどさ……あたし達も死にそう……。」
「うむ……。」
サキとヒメはだんだんと感覚が元に戻ってきた。まわりの音や風景がやっと頭に入るようになった。
 鳥の鳴き声と虫の鳴き声が聞こえる。そして異様に暑く、眩しい太陽の光がサキとヒメとみー君を照らしていた。
 「暑い……。」
 サキは着ていた上着を素早く脱いだ。あたりを見回すと青々とした木々が立ち並び、舗装されていない道路が坂となってまっすぐ伸びている。山道のようだった。
 「初夏じゃな……。そしてここはサキの家に続く道路じゃ。」
 ヒメは額に滲む汗をぬぐい、ゆっくりと立ち上がった。
 「うまく陸に入れたみたいだな。で……あっちに帰るには天記神の図書館をまた探せばいいってか。」
 みー君の言葉にサキは首を横に振った。
 「弐の世界から太陽に戻る事はできるけどさ、それは本当に大変な時だけだよ。弐の世界は不確定要素が多い世界だから弐から門を開くのはけっこう危険で魂とかそういうものが間違えて入り込んでしまう可能性もあるんだってさ。だから普段は太陽神の称号を持つ神社から太陽の門を開いて帰るのが普通。」
 「そうか。だからお前達は鶴でわざわざ神社まで行ってから戻っているのか。」
 みー君の言葉にサキは小さく頷いた。
 「さて、これからどうするかのう?」
 「どうするってサキの家に行けばいいんじゃねぇか?」
 みー君が声を発した刹那、サキ達の後ろで真黒な球体が突如現れた。
 「!」
 その黒い球体は結界のようであり、実体はない。サキ達は突然現れたそれを戸惑いながら見つめていた。
 「これは……お店に張った楔が取れてしまったようじゃ!時神、未来神と過去神、現代神が集まった時に出現するという時間のない空間が出てしまったようじゃ……。未来でもなく過去でもないそして現代でもないそういう空間じゃ……。あのお店に時神達が入り込んでしまったようじゃな……。」
 ヒメがサキ達を仰ぐ。サキ達はよくわからず首を傾げていた。
 「つまり……なんだい?」
 「あの神達と向こうのサキを隔離する結界を歴史を織り交ぜて作ったのじゃが本来会うはずのない時神三人が楔にしていたお店の内部に入り込んでしまったため、それが壊れ、時間のない世界が広がってしまっているという事じゃ。そしてその術を使ったワシが陸に来たので壊れた結界の一部が陸に現れてしまったようじゃ。つまり、むこうと時間のない真黒な空間を挟んで陸が繋がってしまっておる。ふう……会うはずのない三つの世界の時神が会ってしまうと未来でも過去でも現代でもない空間が出てしまうという事じゃ。これは時神の能力のせいじゃな。」
 ヒメが難しい顔で唸っている。正直、サキ達には何を言っているのかよくわからなかったがこれはよくない事だという事はわかった。
 「とりあえず、おぬしらはこちらのサキに会わぬようにサキの家に行ってみるのじゃ。近くにマイ達がおるかもしれん。」
 「ヒメちゃんはどうするんだい?」
 「ワシはこの空間をなんとかせんといかん故、少しばかり消えるのじゃ。時神三人とサキを隔離するはずだった結界は失敗だったようじゃな……。一度消してくる。」
 ヒメはそう言うと真剣な面持ちで黒い球体の中に入って行った。
 「ちょ……大丈夫かい!?」
 サキが手を伸ばしたがヒメに届く事はなく、ヒメは黒い球体の中に吸い込まれていった。
 「まあ、流史記姫はそれなりに大丈夫だろう。幼いがかなりの能力を持っている神だ。」
 みー君がため息交じりにそうつぶやいた。
 「そ、そうかい?じゃ、じゃあ、とりあえずヒメちゃんは置いておいてあたしらは……。」
 サキはみー君を一瞥すると急な坂道に目を向けた。
 「ああ、行こうぜ。」
 みー君はサキを促し、坂道へ足を進めて行った。

 
 みー君とサキが陸に入ろうとしていた時、アヤ達は何故かこちらに来てしまった過去神、栄次と未来神、プラズマに戸惑っていた。そして時間が歪んでいる事を知り、原因の究明をしていた。
 時間を歪ませられる神は少ない。絞り込んだ結果、アヤはサキを連れてきた歴史神、ヒメが怪しいと踏んだ。アヤはプラズマ、栄次、そして先程あったサルと参のサキを連れてヒメを探すため、外に出た。
 サルは先程から太陽神と連絡を取ろうとしているが音信は不通だ。
「だが……やはりここは違和感でござるな……。」
 アヤ達はコンビニの前にいた。天狗はもういない。コンビニは変わらずひっそりとあった。
 「じゃあここから調べていこう。」
プラズマはアヤ達を促し、コンビニに足を踏み入れた。アヤも中に入る。明るい店内だが客の姿はない。よく見ると店員もいない。何もないひっそりとした空間だった。
「昨日までは普通のコンビニだったのにいつから……ここのコンビニはおかしくなっ……。」
アヤがそこまで言いかけた時、店内の空間がぐにゃりと曲がったような気がした。横で栄次が刀の柄に手を当てる音がした。気のせいではない。栄次のさらに横でプラズマが固唾を飲む音も聞こえる。
……やばい……
アヤは咄嗟にそう思った。なんだかわからない不安にかられた。サルと参のサキもおかしいとは感じているが時神達ほどではなさそうだ。
ここに足を踏み入れてしまった事で……時間に関係する何かを大きく崩してしまったような気がする……
「はっ!」
アヤはそこで我に返った。
そ、そうだ!……じ、時間は?時計は?
なぜだか時計を確認しなければ不安で押しつぶされそうだった。
「サル!サキ!誰でもいいから時計を……時間を確認して!」
「……!?わ、わかったでござる!」
サルは慌ててつけていた腕時計を見る。サルは着物でいままで見えなかったがなかなか高級な時計をしていた。
「何?なんなわけ?あたし眠いんだけど。」
参のサキはうとうととしている。アヤは参のサキをチョップして起こし、サルに時間の確認を急がせた。
「……。時間が……完全に止まっているのでござる……。」
サルは顔を青くした。
「そんな……なんで今更……。」
焦っているアヤの横で栄次が口を開いた。
「……楔だ。楔がはずれたんだ。」
「楔?」
「本来、俺達時神は会ってはいけない。過去、現代、未来の時間が混ざり合ってしまうからだ。そしてそれが混ざり合う事で虚無の空間ができる。過去でも未来でもなく、もちろん今でもないそんな空間ができてしまう。」
「ああ、それはそうだね。確かに本来は会わないもんなあ。で、楔って何?」
プラズマは目を忙しなく動かしながら栄次の言葉の続きを待つ。彼もかなり動揺している。
「今出ているこの空間は過去でも今でも未来でもない。俺達が会った段階でこの空間が出てもおかしくないのだがなぜ今頃になってこんな事になったのか。」
栄次の言葉にアヤはハッとした。
「……誰かがこのコンビニを楔として作り、この空間が出ないようにしていたって事?」
「じゃないのか?」
「このコンビニに時神三人が入ってしまった事によって楔が壊れちゃったのか。」
プラズマも首をひねりながら考えている。
「えー……そうなると、夜の空間を作った者とこのコンビニを楔にした者は別者って事でござるな?夜にした者は時神をこの夜の空間に集めたかった……。その野望を知っていた者が阻止しようとコンビニを改造した……でござるか?」
サルは眉間にしわを寄せながら唸る。
「いや、俺にはそうは見えないね。夜にしたやつとコンビニを改造したやつ、どっちも同じやつなんじゃないか?」
プラズマの発言でアヤ達はさらに頭を抱えた。
「何のために?時間止めたかったんじゃないの?コンビニ改造したら私達が集まっても時間が止まらないじゃない。」
「なんか夜にしなきゃなんない理由があって、時空のゆがみをいち早く感知するだろう俺達がこの時代に来ることを想定してコンビニを改造した……とか。」
プラズマは未来神であるため、時たまある一つの未来が横切る事があるらしい。何かを見たのかもしれない発言だった。
「じゃあ、犯人は時神をここに集めたかったわけじゃないのね。夜のままにしておくと時神が来てしまうだろうと判断した。その防御策でこの空間が出ないようにコンビニを……。」
アヤはプラズマを仰いだ。プラズマは頭をかきながら唸っていた。
「なーんか難しい話でよくわかんないけど帰って寝ていいかい?」
参のサキはのほほんとした顔で焦っているアヤ達を見ている。
「帰るってどこによ……。」
周りは混沌としており、コンビニの面影はなく、ただ真っ暗な空間だけが果てしなく広がっていた。この空間が過去、現代、未来が入り混じった世界なのだ。宇宙と似ているかもしれない。
宇宙は過去であり、現在であり、未来である。宇宙を調べる技術、光や空間の研究が進めば人間だって未来に行けるかもしれない。そんな希望を抱き、現在の地球から過去の星々を眺める。可能性を秘めた宇宙……。それに似ているがここは違う。この空間は絶望的だ。希望ではない。
「おい、これからどうするんだ?」
栄次が誰にともなく聞く。皆黙り込んでしまった。
「とりあえずここは三人くらいずつに分かれて出口を探したほうがいいんじゃないか?」
「まあ、ここにいるわけにもいかないしね。」
プラズマとアヤは頭を抱える。
「じゃあ、時神殿はあちらの方を散策してほしいでござる。小生とサキ殿はこっちを……。」
サルははじめに指差した方と真逆を指差した。
「それよりなんで時神三人セットなのよ?」
「この空間が出た以上は時神をばらすのが怖いのでござるよ。時神は本来三人で一人。分けるべきではござらん。」
アヤの言葉にサルは目を細めた。
「まあ、いいわ。とりあえず行きましょう。」
アヤは目で促し、プラズマと栄次は深く頷いた。アヤ達は二手に分かれてこの真っ暗な空間を歩き出した。


参のサキとサルは真っ暗な空間をただひたすら歩いていた。
「真っ暗だねえ……。あー、だるい。」
「ほら、頑張って歩くでござる。」
サルはやる気のない参のサキを励ましつつ足を前に出す。このままどこまでもこの空間が続いていそうだ。すべてにおいて先が見えないと人はやる気をなくす。だが参のサキの場合ははじめからやる気がない。
「ちょっと疲れた。寝る。」
「ああ!コラ!こんなところで寝るのはダメでござる!」
サルは横になりはじめた参のサキを無理やり起こし歩かせた。
「あ……?」
サルがため息をついていた時、参のサキが急に走り出した。
「んん?今度はなんでござるか!サキ殿?サキ殿!」
サルは慌てて参のサキを追うがなぜかいっこうに参のサキに追いつけない。参のサキは何かに導かれるようにある一点だけを見つめながら走っていた。どう見てもあきらかに何かを見ていた。でもサルには何を見て参のサキが走り出したのかわからなかった。目の前には何があるわけでもなくただ真っ暗な空間があるだけだ。
そして時間と空間がおかしいからなのかサルの動きは鈍い。それに比べサキはどんどん加速している。追いつけないと悟ったサルは届くわけないサキを掴もうと手を伸ばした。
刹那、目の前に白い光が現れ、サキはその中に吸い込まれて行った。サキが消えたと同時に空間はもとの真っ暗闇に戻ってしまった。
「さ、サキ殿!」
サルは足をとどめ、その場に立ち尽くした。

六話

 参のサキはサキを見ていた。
 ……なんであたしがあそこに?
 光の先に立っている自分を不思議そうに見ていた。
 「うわっ!なんかあたしがこっちに向かって来る!」
 サキは慌ててみー君を引っ張り近くの木の陰に隠れる。参のサキは黒い空間を抜け、太陽の光が照らす陸に足をつけた。
 参のサキは空間を抜けた所で足を止めた。視線を空へと向ける。太陽と青い空が目に飛び込んできた。そして気がつくと参のサキは自宅への道にいた。
……暑い……
……あれ?あたし何してたんだっけ?なんか今まで夢の中にいた気分だ。
……とりあえず家帰って寝よう。
参のサキはフラフラと登山道のような道を登る。もう、サキを見たことを忘れてしまったらしい。時空と歴史が混ざり、彼女自身の記憶があいまいになっているようだ。
参のサキがしばらく歩くと前から小学校低学年くらいの女の子が歩いて来ていた。赤いランドセルにリコーダーを差し、ランドセルのフタを閉めていないのかフタの部分がパカパカと動いている。黒い髪にオレンジ色のワンピースを着た女の子……。
参のサキは目を見開いた。
……え……?あれはあたし?
しばらく目を離せなかった。空虚な目をしたその女の子は参のサキの横を顔色一つ変えずに通り過ぎた。まるで参のサキが見えていないみたいだった。
「ちょ……ちょっとあんた!」
参のサキは女の子の肩に手を置いた。
「ん?」
女の子はこちらを振り向いた。
「あ、あんた……な、名前は?」
「……?サキ。」
焦っている参のサキとは正反対に小学生の女の子は無表情で答える。
「サキ?い、家はどこ?」
「家?この上。おねぇさん誰?」
女の子は参のサキを空っぽな瞳で見つめる。
「さ、サキだよ。あたしもサキ!」
「ふーん。」
女の子は別に驚く風でもなくサキを見据えている。
「あ、あんた、学校?」
「うん。朝の八時になったから登校する。」
女の子は事務的に口を動かす。
「お、おかしいだろ……これ。な、なんなんだよ……あんた……なんであたしがいるんだよ……。」
「おねぇさん、頭大丈夫?病院行った方がいいよ。」
女の子は頭を押さえている参のサキを無表情で眺めている。
「そんな……小学生?あたしは高校生だった……はず……?え?あれ?え?」
……何これ……
参のサキは無表情の女の子を怯えた目で見返した。瞳同士が合った時、参のサキは思い出した。
……そうだ……
……あ、あたしはまだ……
……あたしはまだ……
……小学生だったんだ!


「あれが幼い時のお前か?」
「そうだねぇ。あの小さい時の自分はあたしだからよく覚えているよ。」
みー君とサキが参のサキを追ってこそこそとしていた時、前から幼いサキが歩いてきた。
「何か……ごちゃごちゃになりそうだな……。お前、今三人いるぞ……。」
みー君がなんだかおもしろい顔をしてこちらを見ている。サキは頭を抱えた。
「あたしもわけわからなくなってきたよ……。でもこうやって隠れてたら大きい方のサキの中にある厄を取る事ができないよ……。」
「まあ、待てよ。歴史は変えちゃいけねえんだろ?ここでお前が登場したらそこからどうするつもりだよ。チャンスが絶対ある。今出ていくな。」
みー君の言葉にサキは頷いた。その通りだと思った。
「うん。たしかこの時思っていた事は……そうだ!向こうのサキはあたしが神権の放棄をしたことで生まれてきた神だから元々太陽神のあたしは一人だから……えーと……。」
サキは声を発しながら頭で考えている事を整理する。
「お母さんがあたしの神権を放棄してあたしが太陽神じゃなくなったときに向こうに現れたのがあの大きいサキ。あの大きいサキはあたしが太陽神のままだったら一生現れなかった神。だからあのサキは時間干渉を受けない……そんで世界から異物扱いをされているから陸にも渡れるって考えててあのサキを太陽の力で呼び寄せたんだ!小さい時のあたしが。……あの時は知らないふりをして向こうのサキを家に連れて行く考えだったなあ。」
サキはとりあえずみー君を仰いだ。
「……よくわからないがあのちびっこのお前が人間か神かもよくわからないお前を陸に呼び寄せたって事だな?……しかし……俺はあそこにいるお前から厄を感じ取れねぇぞ。」
「え?それは本当かい?」
みー君の言葉にサキは驚きの声を上げた。
「ああ。人間か神かよくわからない方のお前には……何もないな……。」
みー君は顔を曇らせた。
「何もない?じゃあ、あの人間だった方のあたしには厄がついてなかったって事かい?」
「わからない。……なあ、あの人間だった方のお前は何か人に恨みを持っていたりとかそういうのがあったのか?」
みー君の問いかけにサキは首をひねった。
「……いや、たぶんないね……。」
サキは薄々感じていた。もしかすると厄を貯め込んでいたのは人間だった方のサキではなく、自分自身だったのではないかと。
「俺は疑いたくないが……これはあのちびっこの方、つまりお前が貯め込んだものなんじゃないのか?残念ながらあのちびっこの方は太陽の力が邪魔して断定できないが。」
「……。」
みー君の言葉でサキは黙り込んだ。幼いサキと参のサキは何の会話をしたか不明だが一緒に歩き始めた。ふと空を見上げると先程まで真上にいた太陽が何故か沈みかけている。
「サキ、まだ朝なのに太陽が沈んでいるぜ?これも時渡りしたせいか?」
みー君がぼうっとしているサキに声をかけた。サキはびくっと肩を震わせ我に返った。
「え?いや……どうなんだろうねぇ……。あたし達がおかしくしてしまったのは参だけだろう?ここは参の世界の陸だし……別世界だから関係ないんじゃないかい?」
「じゃあ、流史記がなんかしたのか?」
「とりあえず、歩いて行ったあたしを追おうよ……。」
難しい顔をしているみー君にサキは元気なくつぶやいた。


ヒメは楔がはずれドーム状の暗い空間に取り残されていたアヤ達を救い出した。猿とも合流し、時神の時間干渉とヒメの歴史を織り交ぜ、なんとか暗い空間から出る事ができた。時神達が出した時間がない空間を消す事はできなかったが後で時神を元の世界に返せば消えるだろう。
今は先程のコンビニではなくまったく別の所にいた。暗い空間をアヤ達はかなり歩いたらしく、元いた場所からだいぶん離れているらしい。静かな路地に家が連なっている。ここは壱の世界の住宅街のようだ。
「これからどうするの?」
アヤのつぶやきにヒメは首をかしげる。
「うーむ。あの空間はいまだにあの場所に出ておる。時神三人集まると今度はここにそれが出てしまう恐れがあるのぉ。もう一度、楔をつくる故、しばし待たれよ。」
ヒメは路地裏にあった自転車を触り、何かもごもごとつぶやいた。
「何しているの?」
「今度はこの自転車が楔になるように設定したのじゃ。時神三人が触らんかぎりあの空間は出ん。」
「なるほど。」
「時神三人の空間に歴史を織り交ぜる事でうまくこの世界の帳尻を合わせたのじゃ!だからあの空間が出んのじゃよ。」
ヒメはえへんと胸を張った。
「それはいいがサキ殿を早く探さないとでござる……。」
サルは焦りながらヒメに詰め寄る。
「わかっておる。……む!」
ヒメが何かを感じ咄嗟に後ろを向いた。栄次が刀の柄に手を伸ばす音が聞こえる。
アヤも恐る恐るヒメの方を向いた。
「元凶は君らであるな?」
暗くて顔は良く見えなかったがこの声で誰かすぐにわかった。
「あなた、天狗……。」
「見つけたのである。あの娘を使い、何を企んでいるか。歴史の神よ。」
天狗はアヤを見向きもせずヒメちゃんを凝視している。
「降参じゃ……。バレてしもうたか。じゃが、事態はもっと大きいぞい。今回は壱と陸をまたがる大騒動じゃ。そしてワシはあの娘とは無関係じゃ。だがあの娘を守り監視しておる。」
「守り……?」
「とりあえず審議のため来ていただくのである。」
ヒメと天狗の声が静かな路地裏に響く。
「彼女が連れてかれるのは今少し困るのだが。」
栄次がヒメをかばうように立った。
「よい。」
ヒメは栄次の身体を柔らかく押しのけ、天狗に向かい歩き出す。
「ちょっとあんたがいないと俺達どうすればいいわけ?あんた、なんか知ってんだろ。」
プラズマが慌ててヒメに手を伸ばした。
「どうにかして陸に行くのじゃ。もうサキもおらぬ事だしこの夜を解除する故な。そしてサル。おぬしは何を言われても太陽神の命令は聞くでないぞ。そしてなんとしてもサキを守るのじゃ。」
「……っ!」
ヒメの言葉にサルは眉をひそめた。
「まずは夜を止めていた経緯について聞くのである。ついて来ていだだこう。」
天狗はしびれを切らしている。
「わかったのじゃ。本当はこんな事をしておる場合ではないのじゃがなあ……。この世界の神達に説明しなければならぬか……。めんどくさい故、最小限でなんとかするつもりじゃったがサキが向こうに行ってしまったからにはしかたあるまい。後は権力者会議で未来を変えずにどうやって罪をなくすかを考えなければの……。」
後半はかなり小声で言ったので何を言っているのかおそらくアヤ達には伝わっていない。ヒメはちらりとアヤを見た後、天狗の方へ向かって歩いて行った。天狗はヒメの手を取ると跡形もなく消えた。
「……なるほど……何か太陽の方で面倒事が起きているようね。そしてサキもそれに関与している。」
アヤがサルに目を向ける。
「そのために小生をこの空間に隔離したのでござるか。小生達サルは太陽神の命令に逆らえないのでござる。だから通信を切るために小生を……。」
サルがそこまで言った時、急に光が射した。太陽が昇り始めたのだ。つまり夜明けになった。
空は黄色のような濃い蒼のような色に染まっている。
「夜明けだ。太陽がすごく眩しく感じるな。」
 栄次は登る太陽を見ながら目を細めた。
「私達にとっては夜の時の方が安全だったって事よ。……歴史の神に守られていたからね。今はそうはいかない。」
「そうだな。何が起こるかわからないって事だろ?夜明けがきれいだとかなんだとか言ってらんないな。」
プラズマはアヤの言葉にやれやれと手を振った。
「太陽神の命令は聞くなと……酷な事を言うでござるな……。陸に渡るには太陽に行かねばならぬというに……。」
「でも一つだけ気がついたわ。今、陸は夜なわけよね?太陽神達が敵だとするなら今、サキは安全って事よ。向こうは月が出ている。」
頭を抱えているサルを励まそうとアヤは口を開いた。
そうでござるな。何故、歴史の神が太陽神からサキ殿を守ろうとしていたのかはわからぬがとりあえず今は安全でござるな。あの神はなかなか頭がいいでござる。」
「とにかく太陽に行けばいいのか?どうやって?」
栄次は渋面をつくりながらサルを仰いだ。
「普通に行けるがそれには日没を待つ必要があるのでござる。早めに行っても陸に渡れるのはこちらで太陽が沈んでから……。太陽が大変な事になっておるのならなるべく今は身を隠して渡れるべき時に渡った方がよいと小生は思うのでござる。」
「正論だな。」
「そうね。」
栄次とアヤはサルの言葉に納得した。
「それより、俺達時神は元の世界に帰れるのかい?そっちのが心配だが。」
 プラズマはぽりぽりと頭をかきながらアヤを見る。
「まあ、今はこの事件を終わらせてから考えましょう?」
「まあ、いいけど。」
「とりあえず、ここがどこだかわからないけど身を隠せる場所を探しましょう?」
アヤはプラズマから目を離すとサルに目を移す。
「そうでござるな。」
サルはゆっくり頷いた。アヤ達はお互い頷き合うと身を隠せる場所を探すため動き出した。
アヤ達は壱から太陽を渡り陸に降り立ち、陸にいる参のサキを保護するつもりのようだ。


ヒメは高天原ワイズ領のワイズの別荘にいた。ここは会議室だ。高そうな机と椅子が北、南、東、西、月、太陽の分がある。この会議に出席しているのは五神。ワイズと剣王と天津と冷林とヒメである。
「月照明神姉妹は相変わらず出てこないねぇ……。」
剣王はため息をつきながら椅子に座っていた。冷林は何もしゃべらない。
「太陽もまったく顔をださないNA。ここ数年、太陽神が弱っていっていると聞くYO。一応、頭はいるみたいだが何かしらのアクションを起こしてこないと不気味だYO。で、今、なんだか不気味な事件が起きているが……これは時神の管轄の話だYO?」
ワイズは剣王とヒメを交互に見た。ヒメは考えをめぐらせながら席についている。ヒメをちらりと見た天津は重い口を開けた。
「太陽の場合、門を開いてくれないと太陽の内部にも入れない。私は今は竜宮のオーナー、龍神だ。アマテラス大神の息子であり、太陽神でもあるが私はもう完璧な太陽神ではないので門を開くことができない。太陽に干渉する事は不可能だ。」
「まあ、君を責めようとは思わないけどねぇ。」
青い顔をしている天津に剣王が不敵に笑いながら声を発した。
「で、太陽がおかしなことになる以前になんでこんなわけわからない時間干渉になったか説明願いたいYO。流史記姫。」
ワイズは渋面をつくっているヒメを睨みつける。
「うむ。事態は少々複雑なのじゃ……。ワシは太陽神の頭を夜を止めて保護しておった。現在太陽神の頭は女性でなぜかものすごく弱っておる。太陽によからぬ事が起こっている故、彼女を太陽に返す事ができず苦肉の策として歴史を使い、周辺の歴史を失くしたのじゃ。そして時神が来てしまった事により時間が歪みあの状態になってしまったのじゃ。」
ヒメの言葉に権力者達の顔が曇った。
「なぜ、流史記姫が太陽の頭を知っている?」
天津の問いにヒメは迷いなく答えた。
「それは歴史を見たのじゃ。彼女は太陽神であるが弱りきっており、本来壱、陸合せて一神しかいない太陽神が陸にも出現してしもうた。太陽の姫が弱り、太陽神の力をほぼ失っておる。この姫、元は人間として生まれたようじゃ。それでの、太陽神の力を失ってしまった事により、人間だった時の太陽の姫が壱に現れたのじゃ。ワシはそれで歴史を見る事ができた。ワシは人間の歴史しか見る事ができぬからのう。」
ヒメは嘘をつかずに話した。
「そこまでわかっていたんならなんでそれがしに言わないのぉ?一応、君はそれがしの領土に住む神でしょうが。」
剣王が呆れた顔でヒメを見た。
「話せぬ理由があったからじゃ。すまぬ。ワシが色々と今話すと時空や次元がおかしくなる可能性があるのじゃ。そこはご理解していただきたい。」
ヒメは歴史の神だ。時神同様、特殊な神である。時間関係や次元関係がおかしくなると言っておけば権力者達は深く追求して来ないだろうと踏んだ。
「ふむ。君……そういえば性格が少し変わったような気がするねぇ。」
剣王の言葉にヒメはびくっと肩を震わせた。実はヒメはこの事件後に人をすべて消そうと動くかなり大きな事件を起こす。この時代のヒメと心かわりをしたヒメではやはり少し違う。
「そう思えるかのう?」
「君はもっとワガママで自分本位だったじゃない?急にそこまで変わると不可思議だなあ。それがしは部下を信じているけど……ちょっとねぇ……。」
剣王はヒメをちらりと視界に入れる。ヒメの頬に汗が伝った。今のヒメはこの時代のヒメの身体を借りて動いているようなものだ。歴史神は過去に戻ってもリンクするだけだ。禁忌だが歴史神はこういう仕組みらしい。
「ならばわかったじゃろう?ワシの心が少し変わったとするなら考えてみればわかるぞい。ワシが何とかする故、おぬしらにはここから先、手を引いてもらいたい。」
ヒメははっきりとは言わなかったが剣王は何となく自分の管轄外だと悟ったようだ。
「お前に任せたら事態は収まるのかYO?……お前が何かを背負って動いている事はわかったYO。まあ、天狗に聞いたら流史記姫は時神達に協力していたみたいだNA。時神を守るために尽力をつくしていたようにも聞こえたYO。何かよからぬ事をしようとしている感じではなかったから私はお前に任せてみる事にするYO。」
ワイズも納得のいっていない顔だったが手を引くことにしたらしい。
「では、私も流史記姫に任せる事にしよう。」
天津は短くそう言うと机にあった緑茶を一口飲んだ。
「それがしはちょっと月照明神の事で手一杯だから君に任せるよ。」
剣王はヒメの耳にそっとささやくと静かに席を立った。
冷林は結局何も話さずに剣王の後を追い、去って行った。
「冷林はほんと意見を言わない奴だYO……。ほんと、めんどくさいYO……。……ああ、鶴?カゴ四つよろ。さっさと来るんだYO。」
ワイズは不機嫌そうにつぶやくと鶴の手配を始めていた。それを見ながらヒメはそっと部屋から退出した。
……まあ、未来が変わるような事態にはならんじゃろう……。
少し不安はあったが大丈夫だと自分に言い聞かせた。

七話

少女のサキと参のサキは特に何も会話せず山の中にあるサキの家にたどり着いた。その後をサキとみー君が続く。サキとみー君は道ではなく草木が覆い茂る危ない所を進んでいた。万が一、見つかってしまったら色々とまずいからだ。
「サキ、大丈夫か?」
「あたしは大丈夫だよ。」
サキは荒い息を漏らしながらみー君を見た。二人はようやくサキの家付近まで来ることができた。木々の中に隠れ、家の様子を伺う。
「張り込みって言ったらアンパンと牛乳か?」
みー君が少女のサキと参のサキを観察しながらつぶやいた。
「アンパン、牛乳なんて古いよ……。今はおにぎりとかがいいんだってさ。腹もちがいいしねぇ。」
サキはてきとうに会話をしながら家の中に入って行く少女サキと参のサキを見ていた。
「……そうかよ……。なあ、あの家の中で変な神力がするんだが……。」
みー君がぼそりと言葉を発した。
「変な神力だって?あの家の中には今、あたしが二人とお母さんがいるだけだよ。」
「二人のサキの方じゃない……。あれの神力は感じ取れる。もう一人の神力だ……。お前の母親か……。アマテラス大神の神力の他に厄神の力を感じる……。」
「……厄神!」
サキは目を見開いた。この時のサキは少女のサキの方だ。部屋の中の状態は知っている。この時は参のサキと少女の時のサキとアマテラス大神を纏っていた母だけだった。ずっとアマテラス大神を纏っていたと思っていた母は厄をも持っていたという事か。
「はっきりとした事はわからんが感情を負の方向へ動かす厄神のようだな。」
「お母さんが厄神の力も持っているって事かい?」
サキの問いにみー君は顔を曇らせ首を傾げた。
「それはわからない。そう感じる程度だ。」
「そうかい……。とにかく調べるしかないねぇ……。」
 サキは何とも言えない顔で自分が住んでいた家をじっと眺めた。
 日も完全に沈み切り、月が顔を現した頃、幼いサキが外に出て来た。
 「……お母さんが太陽神と猿に禁忌、鏡の間を命令してた……。」
…このままじゃ時神が危ない。何とかして助けないと……。でもあたしはお母さんを裏切りたくない……。とりあえず、宮に顔を出してみよう。
……でもどうやって顔を出せばいい?ここは陸だ。
幼いサキは困っていた。
「まったく!何やってんだい!この時のあたしはコンパクトミラー使って暁の宮に顔を出したんだよ!時神がちょうど今、大変な事になっている時期だ。急がないと。」
サキは少女サキが何もしないのをイライラしながら眺めていた。
「サキ、カリカリすんなよ。」
みー君はとなりで呆れた声を上げていた。
「ああ、もうイライラするよ。強行に走るよ!」
サキは咄嗟に自分が持っていたコンパクトミラーを投げた。
カツンと地面にミラーが落ちた音がし、幼いサキは落ちたミラーに気がついた。
「鏡……。」
幼いサキは鏡をじっと見つめた。この鏡からは太陽神の神力を感じた。当然だ。これはサキの持ち物。サキがため込んだ太陽の光も一緒に鏡に入っていた。
「凄い……。鏡が光っている。よし。この鏡なら虚像として太陽に顔を出せるかもしれないね!」
 幼いサキは鏡から溢れ出る眩しい光をそっと抱きしめた。
 「ふう。あの鏡、役に立ちそうで良かったよ。まあ、あの鏡自体、あたしがアヤを助けるために必死で探して拾った鏡なんだけどねぇ。」
 サキは安心したようにみー君に笑いかけた。
 「いや……サキ……。」
 みー君は今のサキの話で一つ明確になった事があったがサキが気がついてなさそうだったので黙る事にした。
 ……お前が拾ったっていう鏡も未来のお前が投げた鏡だったんじゃないのか……とみー君は心の中でつぶやいた。


 参だが壱の世界。太陽が昇り、お昼をまわっていた。突然、アヤ達の前に太陽神達、使いの猿が現れた。太陽の者達はアヤ達を殺そうと必死になって襲ってきた。夕方になるギリギリまで身を隠して太陽に侵入し、陸に降り立つはずだったアヤ達は出鼻をくじかれた。とりあえず太陽までもう行ってしまい、危険だが暁の宮で身を隠し、陸へ行く予定に変更した。
 何故、時神を太陽神達が消そうとしているのかはよくわからないが陸に行ってしまった参のサキが重大な手がかりであるとアヤ達は思っていた。
 現在、アヤ達は太陽神達の攻撃を必死でかわし、暁の宮に入り込んだばかりだ。
 不思議な事に誰もいない。この時の暁の宮は自動ドアとエスカレーターがある最新式の設備であった。エスカレーターだけが静かに動く音がする。
「で、ここのエスカレーターの三階にワープ装置があるのでござるが……静かすぎて怖い……。」
サルが不安げな顔で時神達を見回した。
「確かにな。なんか罠にでもはまっているのか?」
栄次が不吉な事を言うのでサルの顔がさらに青くなった。
「命令が変わったんじゃないの?だってさっきまで追って来た太陽神が追っかけてこないじゃない。」
「小生には何も命令が聞こえんでござるが……。」
サルはそわそわと耳を傾ける。
「当然じゃない。あなたは命令を破ったんだから。」
サルは不安そうにアヤを見た。しかし、なぜか言ったアヤ本人が動揺していた。
「え、今の私じゃないわよ。私の声だったけど私、しゃべってないわ。」
「おいおい……冗談よせよ。じゃあ、今の誰なんだよ。」
プラズマも驚いた目でこちらを向いた。
「……。鏡と影……でござるな。」
サルが細い目を少しだけ開いてあたりをうかがった。
「鏡と影?」
気がつくとアヤ達の周りを丸い鏡が浮遊しながら複数まわっていた。
「なんだこれは……。」
「なんかやばそうだぞ。」
栄次とプラズマはまわる鏡を油断する事なく目で追った。
「影がその人の形をつくり、鏡が光を反射させて色をつける……太陽神の高等な術でござるな。」
「つまり何なのよ。サル。」
「……クローン。同じ者同士で殺し合うための術でござる。」
そうこうしている間に鏡からアヤと全く同じ人物が現れた。続いて栄次、プラズマも出現する。
「鏡は本来、神への……太陽神への供え物だったがこんな事に使われていたとはな。」
「この術は禁忌のはずでござる。」
サルは刀を構えた栄次に弁明した。
「とりあえず、敵は俺達の足止めか同士討ちを期待しているらしいな。」
栄次の声と同時に自分の分身が襲ってきた。四方八方は鏡に覆われて逃げ出す事はできない。
「そうでござるか。この宮自体がもしや鏡……。」
サルは分身の攻撃をかわしながらつぶやいた。
「宮自体が鏡だって?じゃあ、まんまと罠にはまったわけだね。」
プラズマは正確に銃を扱ってくる分身を避けながらサルの近くによる。プラズマはある程度弾丸を予想して避けている。いつ当たってもおかしくない状況だ。
「さすが自分だけあって脳天ばかり狙ってくるな。」
「うむ……この状況……どうすれば好転するのでござるかなあ。」
サルは剣と鏡の盾で分身と応戦している。
「なんかこの術を止めるパスワードとかないのか?だいたい、術なら解除の方法があるはずだ。」
「うう……それは太陽神しか知らぬ極秘のものでござる故……。装置は五階にあるのでござるが……。」
プラズマとサルは肩で息をしながら攻撃を必死で避けている。
「この中で一番、安全なのは……私よねぇ……。」
アヤは状況を見ながら分身と対峙していた。アヤの分身は何もしてこない。当然だ。彼女はもともと何もできないただの高校生だ。性格まで受け継いでいるのだったら戸惑って何にもしてこないだろう。これは間違いなく太陽神達の盲点であるはずだ。
「アヤ……お前は平気なのか?」
分身とつばぜり合いをしている栄次が近くで立っているアヤを横目で見てきた。
「え、ええ。別に……。」
「じゃあ、今のサル達の話聞いたか?」
「え?ええ。なんかパスワードがあるとかないとか……。」
アヤは戸惑った顔を栄次に向けた。
「術を止めに行って来てくれないか?」
「え?私が?」
「アヤしかいない。」
「できないわよ。パスワードわからないじゃない。」
「すまない。動けるのはアヤだけだ。」
確かにこの状況で動けるのはアヤだけだ。アヤは少し迷ってから走り出した。
「……っ。どうなるかわからないわよ!」
捨て台詞のようにはいてアヤはがむしゃらに走った。四方八方にある鏡を避けながら廊下に出る。パスワードは知らない。でも何かできるかもしれない。特に計画があるわけではなく、当たって砕けろ精神でアヤは駆けだしたのだ。
「危険な予感を感じたらすぐに戻って来い。」
栄次の声を聞き流しながらアヤは走った。分身のアヤが「ちょっとまちなさい。」と叫んでいたが追っかけてくる様子はなかった。そのままエスカレーターの階段を駆け上がる。サルが言っていた『この宮自体が鏡』という言葉が気になったが今は考えずに五階へ走った。五階まで誰にも会わなかった。太陽神どころか猿もいない。非常に静かでエスカレーターが動く音しか聞こえなかった。
「……不気味だわ。なんの音もしない……。誰もいないの?」
アヤは五階の部屋を一つ一つ開けて行った。廊下を挟んで両脇に障子戸が連なっている。ここは沢山の部屋があるらしい。障子戸を開けると畳と机しかない小さな部屋が現れた。アヤは今開けた障子戸で半分くらいは部屋を見たが状態が違った部屋は一つもない。
「どこで術をかけているのよ……。」
もしその部屋が見つかったとして、それからどうするのかアヤはまるで考えてなかった。もしかしたらそこの部屋に大量の太陽神がいるかもしれない。それと対峙しながらわからないパスワードを入力するとなると不可能に近い。
「あそこ……怪しいわね。」
アヤはある一つの障子戸の前で止まった。物音ひとつしないのでわずかな音にもすぐ反応できる。この部屋からカチカチと不気味な音が聞こえていた。アヤは恐る恐る、なるべく音を立てないように障子戸をスライドさせた。中を覗くと誰もいなかった。
「誰もいないじゃない……。」
中は他の部屋と大差はなかったが机の上に一台のノートパソコンが置いてあった。アヤはそっと中に入ると障子戸をゆっくり閉めた。これで背中を向けていても障子戸の開閉の音で敵が入って来たといち早く気がつく。アヤはパソコンに近づき、中を覗き込んだ。
「何これ……鏡?」
パソコンの画面は鏡だった。今は自分の顔が映し出されている。動いていないのかと思ったがカチカチとここから音が出ているので動いているようだ。
「……これ……よね?もうこれしか考えられないわ。」
「確かに術の解除にはこれがいるね。」
後ろから誰かに声をかけられた。アヤの背筋が凍った。咄嗟に逃げる事と死ぬ事を考えた。それからゆっくりと声の方を向いた。足音も障子を開ける音も何一つしなかった。『彼女』はアヤのすぐ後ろに立っていた。
「……っ!さ、サキ?」
「うん。まあ、そうだけど。」
サキはアヤが知っているサキとは違った。外見がまるで子供だった。まだ顔つきがあどけない少女だ。でも顔つきでサキだとアヤはわかった。
「あなた、なんで……。」
「おねぇちゃん、あたしを知っているのかい?」
「え……?」
少女サキの質問にアヤは首をかしげた。質問の意味がわからない。
「あたし、今、こっちの世界にいないんだ。だから鏡を使ってこの宮に顔を出したんだけどこの宮も虚像なんだね。あ、あたしは完全な虚像だからここから動けないし物に触れられない。」
いままでのサキにないくらいこちらの状況がわかっている。あの時の彼女は神の存在も何もかも知らなかったはずだ。
「あなた、本当にサキなの?」
アヤは疑ってかかった。
「ああ、そうか。もう一人のほうのねぇ。」
「もう一人……。」
そこでアヤは気がついた。
「もう一人!そうか!あなたは陸の世界のサキ!」
「そう。この術の解除の仕方教えるからその通りにやって。」
アヤの知っているサキではなく、もはや別人と呼んでいいくらいだった。
「あなた、なんでそんな事知っているのよ。」
「あたしは太陽神。知ってて当然だよ。」
「太陽神?おかしいわ。太陽神は二つの世界を一人で行き来するんでしょう?この世界にいたサキは……。」
アヤは目を見開いたが当の本人は呆れた目を向けてきた。
「そう。まあ、色々疑問あると思う。……でも、今はさ、そんな事説明している場合じゃないんだ。お母さんに見つからないようにあたし、鏡を使っているからあまり時間ない。説明は省く。」
「お忍びでここに現れたってわけね。なんでそこまで術の解除を手伝ってくれるの?」
「お母さんを止めてほしいから。あんたらお母さんと対立してんでしょ?この術にハマってるってことは。」
「止めてほしい?対立って何よ?」
アヤが質問をしようとした時、サキの顔色が変わった。
「だからー、こんな無駄話している場合じゃないんだ。今、物音がしている。お母さんが来るのも時間の問題だ。その前に……。」
「わ、わかったわ。今はあなたに従いましょう。」
アヤは一度、疑問を捨ててパソコンに向かった。
「まず、キーボードでO❘Qと打つ。これは『鏡に光が反射する』という太陽神達の中での合言葉のようなもの。」
アヤはサキの言葉に従い、O❘Qと打った。すると、鏡だったパソコンがオレンジ色に染まった。
「そうしたら、次にO><。これは『鏡に光が多数反射した』という太陽神達の第二の合言葉。それでやっとパソコン内に入れる。これは一か月毎くらいに変わるんだけど、たぶん、今はこれ。」
「けっこうめんどくさい管理しているのね。パソコンに入るのに二回もパスワードがいるなんて。」
アヤはそうつぶやきながらO><と入力した。すると今度は青色の画面に変わった。
「なんか文字が書いてあるわ。私には読めない。」
文字は暗号で書かれており、アヤには読めなかった。
「これは『現在、鏡の間を展開中、パソコンをシャットダウンしますか?』って聞いてる。」
サキは表情を変えずアヤに答えた。
「パソコンをシャットダウンしちゃったらいままでの意味ないじゃない。」
「それが罠。ここでシャットダウンしなければパソコン本体が扱っている側を異物と判断する。これが読めない奴は当然異物だけど、読めたからってそのまま続行しようとした奴も異物と判断する。つまりここは一度シャットダウンする。」
「だからそれ、意味ないじゃない。同じことを繰り返すだけよ?」
「いいから大丈夫。」
サキが落ち着いているのでアヤはそれに従う事にした。
「シャットダウンしたわよ。」
アヤが若干むくれたように言った時、パソコンがまた動き出した。シャットダウンしたはずなのに動き出したのでアヤは驚いた。
「そのまま。46秒待機。ちなみに46億年……太陽の年齢だね。」
サキが黙っているのでアヤも黙った。しばらくの間、無言だったパソコンにゆっくりと白いラインが現れた。真黒の画面の中、静かに浮かぶ白いラインをアヤは不気味に思った。
「これ、何なのよ……。」
「これが本来のパスワード。ここまで来てやっとシステムの中に入れる。」
「めんどくさいわね……ほんと。」
「じゃあ、続いてここにSOL1392000と入れる。SOLはラテン語で太陽、1392000キロメートル。太陽の直径。」
アヤは頭がくらくらしてくるのを抑えながら数字を入れた。今度は真っ赤な画面が現れた。その真っ赤な画面からまた白いラインが浮かぶ。
「また入れるわけ……?」
「うん。次は6000―200。6000℃は太陽の温度。そして200万℃は太陽の周りを覆うコロナの温度。」
「……。」
もうなんだか疲れてきた。ため息をつきながらアヤは頑張って入力した。
「最近の太陽神は人間達の情報を使うのが好きみたい。合ってても間違っててもいいんだ。じゃあ次だね。」
次のパスワード画面は今までとは少し違った。なぜか白いラインが二行だ。
「これ、けっこう長いんじゃない?」
「これは蝉丸の歌を入れればいいんだ。」
「蝉丸?」
「うん。これで最後。『世の中は とてもかくても同じこと』まで上の欄に入れて下の欄は『宮も藁屋(わらや)もはてしなければ』と入れる。」
「なんでここだけ新古今和歌集なのよ……。」
アヤは頭を抱えながら日本語変換した言葉を入れていく。これはどう頑張っても一人ではできなかった。
この歌は知っていた。『世の中は とてもかくても同じこと 宮も藁屋もはてしなければ』。
訳はこうだ。この世はどう過ごそうと同じ事だ。華やかな宮殿も粗末な藁屋も最後にはなくなってしまうのだから……という歌である。入力したら『止める』というプログラムが出た。
「なるほど。この宮も現れた分身も最後にはなくなるって事をかけたつもりなわけね。」
「感心している場合じゃないよ。この空間が消えて元の宮に戻る。つまり、ここは太陽神であふれ、あちこちに太陽神がうろつく。早くここから離れた方がいいよ。あんたは太陽神から逃げているんだろ?……お母さんが来る。じゃあね。あ、言い忘れてたけどこっちのサキは元気だよ。」
少女のサキはそう言うと煙のように消えた。彼女の存在がいまいちわからないままアヤは立ち尽くしていた。それからハッと我に返り、慌てて立ち上がると部屋を飛び出した。声があちらこちらから聞こえてくる。まだ声だけだがおそらくこれから姿が現れる。声からするにかなり沢山の太陽神がいるようだ。 
「術が破られた!」
「なんでだ?」
 動揺の声を耳で聞き流しながら必死でエスカレーターの階段を駆け下りる。その中、奇妙な発言が耳に入った。
 「こんな禁忌に手を染めてよかったのか……。」
 「私にはもう……できん。」
 「向こうに罪はない……従わざる得ない自分が恥だ……。」
 何かに怯えている太陽神達の顔が映った。その顔はアヤを見つけるたびに暗く沈む。
 ……何かしら……
 そう思ったがアヤには確認している余裕はなかった。仲間が心配だったからだ。
 一階にたどり着いた。まだ一階は誰もいなかった。霧がかかったようにまわりが白くもやもやしている。これから徐々に元の宮に戻っていくのだろう。アヤは時神達とサルを探した。


 少女のサキがほっとした顔で鏡をパチンと閉じた。刹那、何かを感じたサキの母親が外に出て来た。
 「あら、サキ、こんな遅くに何をしているの?」
 少女のサキは鏡を素早くポケットにしまった。そして話しかけてきた母親に笑いかける。
 「星空を見てたんだ。お母さんは太陽しか見てないと思うけどあたしは一日中ここにいる太陽神だからね。当然、夜の闇を知ってる。」
 あたりは暗闇に包まれており、けものの鳴き声が聞こえる。ここは山の中なので街灯もなく、星がとてもきれいに輝く。暗くなり、隠れているサキとみー君はあまり目立たなくなった。
 「私だってここにずっといるわよ。まあ、とりあえず早く寝なさい。明日は……」
 「学校?八時になったらちゃんと行くよ。行くだけだけど。」
 少女サキは自分の母親の顔をまじまじと見つめた。
 ……相変わらず目元がはっきりしない……
 「違うわ。」
 「え?目元が?」
 ぼーっと考えていた事が口から出てしまった。少女サキは慌てて口を塞いだ。
 「違うわよ。学校はもういいわ。学校に行っていたという記憶をあちらのサキに充分植える事はできた。うまく流史記姫神、歴史神を欺けたわ。」
 「まあ、なんだかわからずランドセルしょって高校に行ってたけどそれでよかったんだ……。」
 「本当はちょっと違うんだけどねぇ。で、明日は太陽へ行くわ。お客さんをむかえに行くのよ。」
 「……。」
 母親はケラケラと笑っている。それを眺めながら少女サキはそっと目を細めた。
 …あっちのサキも人間になったり神になったりの繰り返しで大変だねぇ……。あっちのサキが高校生なら十七、八だ。あたしの外見はもうこれであっちのサキとだいぶん差がついた。もう、そんなに経ったんだ。
 「寝る。」
 「そう。おやすみ。」
 少女サキは母親に背を向け家の中へと消えて行った。母親はその小さいサキの背中を眺めながら含み笑いを漏らしていた。
 「みー君、どうだい?お母さんから何か感じるかい?」
 サキは自分の母親を苦しそうに見つめていた。もう今はいない母親の姿を見るのはサキには耐えられない苦痛だった。
 「……厄は感じる……。だが大きなものじゃない。中に何かがいる……。」
 みー君はサキを気遣いながら言葉を発した。
 「中に何かいるって?厄神かい?」
 「わからない。だがおそらくそうだろう。」
 みー君は戸惑いの表情でサキを見据えた。
 「……早く解決しないと……もうお母さんに会えなくなる……。明日、太陽に行ってお母さんは時神に……。」
 「落ち着け。まだお前の中に入り込んだっていう厄が見つからない。お前の母親の厄がお前にいったかどうかもよくわからない。よく監視して俺がお前と同じ厄を見つけてやる……。だから今は落ち着け。」
 サキは気が気でない表情で今にも飛び出して行きそうなのでみー君はサキを必死で落ち着かせた。
 「うん……。あたしが今、行っても混乱するだけで良い方向にはならないか……。」
 サキは一呼吸置くと近くの木に寄りかかった。
 「しばらくこのまんまだな。下手な行動はできないしな。」
 みー君も近くの木に寄りかかるとまだ明かりが灯っているサキの家をじっと見つめた。
 ふとみー君の視界に金色の髪が映った。
 「!」
 サキも家の前を横切る金色の髪に気がついたようだ。
 「マイだ!」
 マイはどこか焦ったように家の前を通り過ぎこちらに向かって来た。みー君達は神力を極限まで下げているため、マイには気づかれなかったようだ。
 「セイの笛が無くなる前に……私が盗んでおけばいい。この笛さえあればセイは……。」
 マイは懐に小さい笛を抱えて独り言をもらしていた。
 「待てよ。」
 サキにその場にいるように言ったみー君は堂々とマイの前を塞いだ。
 「!」
 マイは驚いたように足を止めた。
 「ずいぶん無茶苦茶やってくれたじゃねぇか。語括。」
 みー君は怒りを押し殺した声でマイを睨みつけた。
 「まさかあなたがここにいるとは……。太陽の姫だけがこちらに来たかもしくは参の壱にいるのかと思ってたぞ。」
 マイはクスクスと笑うとそっと手を前にかざした。すぐさまみー君はマイの腕を掴み、木に押さえつけた。
 「ぐっ!」
マイの手から糸と傀儡人形が落ちた。
 「おっと。その手にはのらねぇぜ。」
 みー君は低く鋭い声でマイに威圧をかけた。しかし、マイは何とも思っていなそうだった。
 「なんだ?今度は私をちゃんと殴るのか?」
 「お前、俺に殴られたいのか?変わった性癖だな。殴られたらイテェだけだぞ。」
 みー君はマイの挑発を軽く流した。
 「あなた……なんだか少し変わったようだな。」
 「……ん?なんだこれは。笛か?」
 みー君はマイが持っていた笛を奪い取った。奪い取った刹那、マイの表情が変わった。
 「それを返せ!」
 はっきりとした怒りの感情がマイを渦巻いた。押さえられていない方の手でみー君が持っている笛に手を伸ばす。
 「この笛が何だって言うんだ?」
 「あなたには関係がない!」
 「お前……何かを背負ってやがるのか?」
 みー君はマイに笛を返してあげた。
 「私はあなた達を上の座から引きずり下ろしたいだけだ。」
 マイは不敵に笑うとみー君から逃げようとした。
 「おっと。逃がさねぇよ。まったく、どこまでも反抗的な部下だ。俺はお前に情けをかけるつもりはない。お前がやった事は大きすぎる。高天原で罰を受けろ。俺から逃げられると思うなよ。」
 みー君は凄味をきかせマイを黙らせた。
 「ふん……屈辱だな。このまま笛を壊して果てるのもいい。」
 マイがそうつぶやいた刹那、みー君が思い切りマイの口に指を突っ込んだ。みー君は焦った顔でマイを見た。
 「馬鹿。……舌を噛み切ろうなんて思うなよ……。」
 みー君がそっとマイの口から指をはずした。
 「馬鹿だな。舌を噛み切って死ねるのはドラマだけだ。汚い指を私の口に入れるとは。」
 「……っち。」
 マイはケタケタと楽しそうに笑っている。みー君の頬に冷や汗が伝った。
 ……こいつ、本心が見えない……。やる事がすべて本当の事のように感じる……。これが演劇の神か。完璧に俺をおちょくってやがるな。
 みー君は仕方なしに自身の神力をマイに巻きつけ抵抗できなくした。マイは罪神が着る真っ白な着物に変わり、鎖が身体中に巻きついていた。
 「いいか。死のうなんて絶対考えるな。」
 「ふふふ。あなたの表情の変化はいつみても面白い。」
 みー君は顔をしかめながらマイを引っ張ってサキの所まで連れて行った。
 「マイ、あんた、ずいぶん簡単に捕まったんだねぇ……。」
 サキの言葉にマイは含み笑いを浮かべた。
 「さすがに天御柱に勝てる気はしない。こうなってしまったらもう負けだ。見つかった時点で負けが確定していたんだ。」
 マイはどこか清々しい顔をしていた。あれだけの事をしておいて何の感情もないのかとサキは少しだけ怒りを覚えた。
 「なんの謝罪もないのかい?あんたのやった事は許される行為じゃないよ!」
 「ふん。私はこの世界の事などどうでもいい。私は私利私欲のために生きると決めたのだ。あなたに何を言われようが知った事はない。」
 マイの返答にサキは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 「サキ、こいつに何を言っても無駄だ。人でも神でも何を言っても変わらない奴もいる。こいつは高天原で俺の部下として裁かれる。それでいい。それ以外の感情は持つな。面倒なだけだぞ。」
 みー君がたどり着いた答えはこれだった。
 「そんなの……悲しいじゃないかい……。わからせて過ちを認めさせないとマイは先に進めない。」
 サキは酷く悲しい顔でみー君を仰いだ。
 「俺はこういうやつを沢山見てきた。ヒーローものみたいに世の中は簡単じゃねぇんだ。俺も昔は罪を認めさせようとあれこれやったさ。罪を認めた奴は基本、何も言わなくても自分がした過ちを悔いる。だがこういうやつは最後まで狂ってやがる。」
 みー君は冷酷な笑みを浮かべているマイに目を向けた。
 「あんたは……本当に何も感じていないのかい?」
 サキはマイに問いかけた。
 「太陽の姫が私にモノを言うのか。……別に後悔はしていない。」
 「……。」
 マイがしれっと言葉を返してきたのでサキは何故か悔しさに囚われ唇を噛みしめた。
 「語括神マイは俺達が心底嫌いなようだな。しかし、何かの目的を達成したといった顔をしている。こいつもこいつなりに何かあったんだろう。」
 みー君はサキの肩を叩き、おとなしくさせた。
 「あたしはマイの尻拭いをしただけって事かい……。」
 「そう落ち込むな。お前は被害者達を救ったんだ。あの人間達の笑顔を思い出せ。あの笑顔はお前が守ったんだ。」
 「……。」
 「それは俺にはできねぇ事なんだよ。俺は人から厄を起こすなと恐れられて祈られている神だから。だがお前は俺が出来ない事をやれる。お前は胸を張っていいんだ。」
 サキが下を向いているのでみー君はサキの肩をそっと抱いた。
 「みー君……なんかすっごい優しく見えるよ!そしてすごいカッコいい男に見える……。あたしはみー君のそう言うとこが大好きなんだよ!」
 サキが心のそこからみー君に笑みを向けた。
 「うるせぇな!なんでお前はそういう恥ずかしい事を……。」
 みー君は顔を真っ赤にしながらサキから素早く目を離した。
 「ずいぶんと仲がいいんだな。」
 マイが楽しそうにみー君とサキを眺めていた。
 「お前もうるせーよ!黙ってろ!」
 みー君はマイを睨みつけ黙らせた。
 サキはみー君のおかげで少し、心が救われた気がした。だが、マイの感情はまったく理解できなかった。おそらくサキには一生わからない事だろう。私利私欲の為に生きる者と人の為に尽す者、わかり合う事はとても難しい。
 ……お母さんとあたし、あの時、わかり合えたのかな……。やっぱり無理だったのかな。
 「みー君、ありがと。」
 サキはぼそりとつぶやくと切ない瞳で自分の家だった所を眺めた。
 「お、おう。」
 みー君は小さい声で返事をすると木の根に腰を下ろした。

八話

 みー君がサキの母親の厄について探っていたが何の動きもなかった。気がつくと朝を迎えていた。
 眩しい日光がサキ達に降り注ぐ。知らぬ間に夜鳴いていた虫達の声はなくなり、姦しい鳥の鳴き声に変わった。今日も暑いような気がする。
 「朝を迎えちゃったねえ……。みー君、本当に何にもないのかい?」
 サキが眠そうな目でみー君を見た。
 「本当に……何にもない。アクションを起こすならこれからだな。お前の話だとこれから太陽に向かうんだろ?」
 「そうだねぇ。」
 みー君は腕を組みながら険しい顔でサキの家を見つめていた。マイはおとなしくみー君の横に座っている。もう何もする気はなさそうだった。
 「おい。動き出したぞ。」
 みー君がつぶやいた刹那、サキの母親と参のサキと少女のサキが外へ出て来た。三人は裏庭にある小さな社に向かう。小さな鳥居はサキの母親が作ったものらしい。サキを祭るために作ったのかそれとも自分を祭るためかわからないが太陽神の為の社のようだ。少女サキは戸惑う参のサキを引っ張り、サキの母親に続く。サキの母親はその鳥居に自身が持つ鏡の盾をかざした。刹那、鳥居が光りだし、太陽へ続く門が開いた。鳥居の先に階段が続き、まっすぐに太陽まで伸びている。まわりは何故か灯篭が浮いていた。三人は鳥居をくぐり階段を登って行った。門はすぐに閉まってしまった。
 「太陽に入ったね……。追うよ。みー君。」
 「ああ。」
 サキはみー君を一瞥した。みー君も頷き、立ち上がった。サキとみー君はマイを引っ張りながら裏庭まで進む。
 サキはスッと手を鳥居にかざした。すぐに鳥居は反応し、光り出した。
 「お前は鏡の盾とやらを使わなくてもいいんだな。」
 「そうだねぇ。あたしはあの太陽の頭首だからさ。」
 みー君とサキが短く言葉を交わした時、目の前に階段が現れた。
 「さ、行くよ。」
 「待つのじゃあ!」
 サキ達が門に入ろうとした刹那、聞き覚えのある声がした。
黒髪をした少女、歴史神ヒメだ。
「あれ?ヒメちゃん。」
「遅くなったのぅ。ワシも一緒に行くのじゃ。ああ、ワシはこれからアヤ達に会わねばならぬのじゃが、太陽の門から入ったとは言えないのじゃ。ワシは太陽神ではないからのう。何か言い訳を考えてほしいのじゃ。太陽に入れた言い訳を。」
ヒメは現れた早々、早口で言葉をまくし立てた。
「え?それは歴史的にヒメちゃんがアヤに会わなくちゃいけないって事かい?」
「うむ。」
サキの言葉にヒメは大きく頷いた。
「とりあえず、太陽に入ろうぜ。」
みー君とマイが先に鳥居をくぐりサキとヒメを促した。
「そ、そうだねぇ。」
サキはヒメを連れ、さっさと門の中に入り、太陽の門を閉めた。
「で、歴史が変わらないようにすればいいのか?」
「うむ。」
みー君の言葉にヒメは頷いた。
「ああ、じゃあ、月姫の所の少女ウサギがワープ装置を発明してて月から太陽に渡れたって言えばいいよ。凄いメカ好きの子ウサギがいてねぇ、ほら、月と太陽が夕方付近と明け方付近に一度一瞬だけ同じ世界にくる時間帯があるだろう?あの一瞬だけだけど月から太陽にワープできる装置をこないだウサギが発明したって言っていたよ。いずれできる物なら言っても対して問題になんないんじゃないかい?」
サキの発言にヒメはなるほどと声を漏らした。
「何も言わないって手はないのかよ。」
みー君に問われ、ヒメは唸った。
「何も言わないって手もあるのじゃがそれは時神には通じるじゃろう。時神達はワシが来た経緯などあまり興味を示さん。しかし、歴史を見るとその場に猿達や太陽神達もおるんじゃ。しっかり説明できんと……。」
「ふむ。なるほどな。じゃあ、これを使え。」
みー君はヒメにブレスレットのようなものを手渡した。
「これは……なんじゃ?」
「高天原のワープ装置だ。お前がいきなり現れた方がワープしてきた感じがして説得力があると思うぞ。ここはもう太陽の中だ。太陽の中だったら時神の神力を探してワープする事ができるだろ。使い方は一個しかついてないそのボタンを押して時神の神力を思い出せば飛べる。」
みー君は丁寧に説明してやった。さすがに範囲の指定があるが太陽の中だけならワープは可能だ。近くの場所で早く行きたい時にだけ使う道具だ。もちろん、高天原から太陽へ飛ぶなんて事はできない。門が閉まっていたら入れないと言うのもあるが範囲指定が極度に狭いのだ。
「ふむ……。ワシは使った事はないがこれなら使えそうじゃ。」
ヒメはブレスレットを腕にはめながら階段を登る。
「もう使って飛べよ。太陽の内部だから行けるぞ。」
「うむ。ではさっそく使わせてもらうのじゃ。後、サキ、言い訳のネタ、ありがとうなのじゃ。それからワシの神力がする方には来てはいかんぞい。参の世界の者とバッタリ鉢合わせしてしまうからの。」
ヒメはサキを見、微笑むとブレスレットのボタンを押し、消えて行った。
「……俺達が肆からくる事も歴史に組まれてたって事かよ……。」
みー君は階段を登りながら一人つぶやいた。
「そうかもしれないねぇ……。」
サキはあの時、少女のサキに投げたコンパクトミラーの事を思い出した。
……あたしが投げたコンパクトミラーは当時のあたしが拾ったコンパクトミラー……。
……もうわけがわからない。参と肆と壱と陸は普通に過ごすと別々に感じるけど実はけっこう混ざっているのかもしれない。
「マイ、お前と一緒にいたという水色の髪の女はどこへ行ったんだ?」
みー君はハッと思い出したようにマイを見、声を上げた。
「水色の髪の女……ああ、あれは太陽の姫の母君だ。母君の無念が形となり厄神になった。もともとアマテラス大神を纏っていた方だ。アマテラス大神の派系で厄神の力を持っている神が生まれてしまったようだな。私はただ、彼女の手伝いをしていただけだ。」
「!」
マイの発言で戸惑いを表情に出したのはサキだった。
「お母さんが作った神……。」
サキは心の中で母を救わねばと思った。
……あの時もあたしはお母さんを救おうとしていたんだ。でもお母さんが禁忌に手を染めたからあたしはお母さんを助けられなかった。でも今回は……その神を追いだしてしまえば助けられるかもしれない。
サキの足取りは徐々に早くなっていった。
 「おい!サキ!」
 みー君は慌ててサキを追いかけて行った。


 時神達、過去神栄次と現代神アヤと未来神プラズマは太陽神達に見つかり、囲まれていた。アヤは無事、仲間と再会する事ができたがそれはつかの間の安堵だった。太陽神達はサキの母の命令により、時神を殺そうとしていた。暁の宮、畳の部屋の一角に追い詰められたアヤ達はただ、太陽神達を睨みつけていただけだった。太陽神達は命令が不適切だとわかっていたのか囲んでいるだけで襲ってくる気はない。しばらく静寂が包み込んだ。だれも何も話そうとしない。
 「太陽神様方にこんな酷い命令を出しているのはどちら様でござるか?」
 サルが誘導尋問にかかろうと考えていた時、太陽神達の雰囲気ががらりと変わった。その原因はすぐにわかった。
 「私だけど生意気な下僕ね。」
 サルの頬に汗が伝った。凄い力を感じる。太陽神達が次々と道を譲っているのが見えた。その後すぐに太陽神達は一斉に膝をついた。アヤ達の目の前に立っていたのは女だった。長い銀髪をひとまとめにしている。顔は微笑んでいるが不気味な事に目だけ黒ずんでいてわからない。
 「……っ!」
 サルはあまりの気迫に膝をついた。立っていられなかった。よく見るとまわりの太陽神も震えている。太陽神がこんな状態ではその配下のサルがかなうはずがない。
太陽神達は怯えているが不思議な事にアヤ達は何も感じなかった。この力は太陽神にしかわからないらしい。
 「何をしているの?さっさと時神を殺しなさい。私の命令が聞けないの?ねぇ?」
 女、サキの母は跪いているサルの側に寄ると顔をそっと撫でる。底冷えするような何かがサルの心をなでた。
 「サル!しっかりしろ。」
 栄次とプラズマがサルに呼び掛けるがサルに反応はない。
 「よくこんな堂々と命令違反をしてくれたわね。どうなるかわかっているのかしら……。」
 微笑んでいた女の顔が怒りへと変わった。
 「……。何故……何故……このような事を……。」
 振り絞るようにサルは女を睨みつける。それが女の怒りをさらに増徴させる原因になった。
 「私に質問しようって言うの?なんて生意気。あなたなんてね、すぐに殺せるのよ……。」
サキの母は手をかざした。サルの身体は途端炎に包まれた。サルの悲鳴が部屋に響く。
 「サル!」
 アヤ達が寄ったところでサルは助けられない。熱風にさらされサルに近づくことすらできなかった。まわりの太陽神達はその光景を見る事なくただ、下を向いて肩を震わせている。
 「ただ、殺すとコマが一つ減ってしまう。それは困るから半殺し程度で済ませてあげるわ。」
 サキの母はまた冷徹な笑みを浮かべると指を鳴らした。炎は跡形もなく消え、身体中を焼かれたサルが無残に転がる。
 「さ、サル……。」
 アヤはサルに近寄り抱き起した。サルはかろうじて生きている状態だった。栄次とプラズマは武器を構え、サキの母を睨みつけていた。
 「こんな小娘が時神?後ろの方達はなんとなくわかるけどねえ。」
 サルを抱きしめてこちらを睨んでいるアヤをサキの母は馬鹿にしたように笑う。
 「そう……わかったわ。太陽は恐怖政治を行っているのね……。そういうの長続きしないわ。」
 こんな無茶苦茶な相手にアヤは自分でも恐ろしいくらい強気だった。恐怖よりも怒りの方が勝っていた。
 「何にもできないただの神が偉そうにしゃべるんじゃないわ。」
 サキの母はアヤを蹴り飛ばした。
 「アヤ!」
 その行動に栄次とプラズマの表情が変わった。アヤは顔を蹴られていたがそのままサキの母を睨みつけた。その時サルが言葉を発した。
 「小生……彼女を知らないのでござるが……それは小生があの夜にとらわれていたからでござる。そのわずかな間で……太陽は彼女が仕切るようになった……という事……か。」
 それは独り言のようなものだったがアヤはそれに答えた。
 「力で抑えつければ誰だって王様になれるわ!あなたはそうやって即席で王女様になった。」
 「口の減らない子ね。今、ここで殺してもいいのよ。三人いっぺんに消そうと思っていたけどやめるわ。」
 サキの母はアヤに手をかざした。栄次とプラズマが動こうとした刹那、サキの母は手を引っ込めた。そしてゆっくりと後ろを向く。
 「あら?やっと来たの?サキ。」
 「こっちのサキが言う事聞かなかった。」
 小学生のサキが高校生のサキを連れて部屋に入ってきた。障子は開け放たれていて廊下にもあふれるくらいの太陽神がいた。その中を掻き分け、サキが二人現れた。
 「なんだい。これは。あれ?アヤじゃん。一日ぶり。こんなとこで会うなんてねぇ。……あたし、よくわかんないんだけどここに連れて来られて……」
 参のサキは呑気に言葉を紡ぐ。アヤ達は言葉がなかった。今ここでサキに会うということは……サキはもうすでに敵の手に渡っているという事だ。アヤ達は陸に行ってしまったサキをもう一度見つけ出すために太陽へ入り込み、陸へ渡ろうとしたのだ。しかし、参のサキはもうすでに主犯格と一緒に行動をしていた。
 「もういいわ。一度眠りなさい。サキ。」
 サキの母は参のサキの頭に手を当てた。参のサキは気が抜けたようにその場に倒れ込んだ。倒れ込んだサキを少女のサキは無表情で見つめる。
 「あなた……何者なの……?」
 アヤはただ立っている少女のサキを見つめた。こちらはサキの母よりも遥かに凄い力を持っていた。これはアヤ達時神にも伝わる力だ。しかし、なぜだろうか。その濃い力の源がとても弱々しい。
 「あ、アマテラス様?」
 太陽神達、猿達は少女のサキを見てそう口にした。太陽神達にはアマテラスの加護がどういうものかはっきりとわかっている。少女のサキからはアマテラスの強力な力を感じた。
 「……いや、今は太陽神ではなくてただの神……。」
 その先を言おうとした少女のサキをサキの母が止めた。
 「そろそろ行くわよ。サキ。その寝ているサキも連れて来なさい。」
 「……わかった。」
 サキの母は堂々とアヤ達に背を向けると歩き出した。その後を少女のサキが参のサキを担いで続く。最後にサキの母は一言だけ凄味のある声で言った。
 「何をしているの!さっさと立ち上がって時神を殺しなさい。それとも私に……アマテラスの力に逆らう?それはそれでもいいけどね。」
 それを聞いた太陽神達の肩がまたビクッと動き、一人また一人と立ち上がる。手に剣と鏡の盾を持っている。
 「猿よ、我らの命に従ってくれ……。」
 太陽神達はあきらめたようにつぶやき猿達を立たせた。
 「命に従えぬ者はここで処刑だ……。いいな!」
 猿達は震えながら立ち上がった。そして次々に剣を構える。
 「俺達をここで殺すつもりなのか。」
 「まずいな。このままではサキを守れん。」
 栄次とプラズマも武器を構える。
 「私達は太陽神達に勝てないわ。これじゃあ逃げられない。」
 アヤ達はひん死のサルをかばいながら太陽神達と対峙していた。なんとかしなければ時神はここで全員消える事になってしまう。そうなるとこの世界、時間がどうなるかわかったもんじゃない。
 さすがの栄次、プラズマも焦っている。太陽神達は半ば自暴自棄で襲ってきた。栄次が刀をふりかぶり、プラズマが銃を撃った。
 「ちょっと待つのじゃ!」
 これから乱闘が起こる直前、とても聞き覚えのある声が聞こえた。
 「この声……歴史神?」
 「うむ!」
 目の前にいきなり歴史神、ヒメが現れた。
 「天狗からは解放されたのか?」
 プラズマは救いを求めるような目でヒメを見つめた。
 「まあ、そうじゃな。あんなものはただの情報交換にすぎぬ。それで……」
 ヒメはプラズマから目を逸らすと太陽神達に目を向けた。
 ……ここでワシは太陽神に女の事を説明する。
 「太陽神殿、あの女は巫女。つまり人間じゃ。アマテラス様をその身に宿す事ができる神童じゃった。ただそれだけじゃ。何をそこまで怯えておる。」
 ヒメの言葉に太陽神達の動きが止まった。
 「おい、どういう事だ?」
 栄次がヒメを横目で見る。ヒメはポリポリと頬をかくと頷いた。
 ……ここは考えてある言い訳を言う!
 「実はの、ここまであの女をつけていたのじゃ。おそらくそのままつけただけだったらすぐに見つかってしまったじゃろうがあの小さきサキが見つからぬように色々やってくれたのじゃ。その隙にワシはあの女の情報を……歴史を引き出した。あの小さきサキが何者なのか、サキも何者なのかいまだわからぬが……あの女だけはわかったのじゃ。」
 ……混乱している時神達に未来の歴史を見たと言ってもわけがわからないだけじゃし、これでよい。
 ヒメは太陽神に背を向け、今度はアヤ達を見た。
 「まあそれはいいとして……あの女をおとなしくさせるため、時神が必要じゃ。」
 「?」
 「あの女が何をしたいのかはわからぬ。じゃがアマテラス様を切り離せばその思惑は終わるじゃろう。残念ながら奴の人間の時の記憶までしか引き出せんかった……。での、アマテラス様は概念じゃ。概念には時間はない。じゃがそれを扱う人間の方には時間の鎖が巻かれている。しかし長くアマテラス様をその身に宿しているとだんだん、扱う人間も概念になってくるのじゃ。……それ故、彼女は目元がはっきりせん。年齢も止まっておる。彼女はそうしてアマテラス様とだんだん融合していき、最後は概念に成り果てる。それが目的かどうかはわからぬが、あの女が概念になっても困る。故、その前に時神がもう一度あの女に時間の鎖を巻く必要があるのじゃ。」
 ヒメの説明が静かな部屋に響き渡った。
 「時間の鎖……。やり方がわからんな。そういう事はやった事がない。」
 栄次は頭を捻った。太陽神達は時神とヒメの会話を戸惑いながら聞いていた。もう襲ってくる気配はなさそうだ。皆、救いの目をこちらに向けている。
 「大丈夫じゃ。時神はこの世界の秩序を無意識に守る。故、その秩序を乱す者を許すはずがない。本能に逆らわなければ女を枠に戻そうとするはずじゃ。後はそれに従えばよい。」
 アヤはヒメの言葉を聞いて先程の事を思いだした。いままでの自分にないくらいの強気であの女を睨みつけていた自分。怖がるはずなのになぜか怒りの感情を持った。それもなんで自分がこんなに怒っているのかわからないくらいのだ。おそらくこれは感情的にではなく、本能的に怒っていたのだ。
 「で?俺達はあの女をとりあえず追えばいいのか?」
 「うむ。」
 プラズマの質問にヒメは単純に答えた。
 「ところで歴史の神はどうやってこの宮に入ったの?」
 アヤが訝しげな顔でヒメを見ていた。
 ……来たのぅ、この質問。
 「月の宮から来たのじゃ。夕暮れになると太陽と月が一瞬だけ同じ世界に被る時があるのじゃ。月神、その配下の兎達に協力してもらい、まず夕暮れの時間、壱の世界に月が現れたと同時に門を開いてもらい、月の宮へ入る。太陽が陸へ消える前に月から太陽へワープできる装置を使い太陽へ侵入、多少の時間差がしょうじたもののうまく陸の世界の太陽へ顔を出せたという事じゃ。月から太陽へワープできる装置は兎達が最近つくったもので試運転もかねてという事で使わせてもらえたのじゃ。太陽と月が被る時のみ使用可能らしいがの。ほとんどお互い干渉がないため太陽に興味を抱いた兎が興味本位と猿に対するいたずら目的でつくっていたのが最初だったとか。まだ幼い少女の兎じゃった。まあ、その少女はそのことが知れ、月神達からこっぴどくお叱りを受けていたようじゃがワシは助かったぞい。」
 ヒメはアヤに向かい笑いかけた。ヒメの頬に汗が伝うがアヤ達は普通に信じてくれた。
 「なるほどね。やっかいな兎に助けられたと……。」
 「そういう事じゃ。とりあえず、あの女を追うのじゃ!」
 ヒメは不安そうな時神達を押し出した。太陽神達は何も言わずに救いの目をこちらに向けながら脇へ逸れた。アヤ達は太陽神達に避けられながら歩き出した。

九話

 アヤ達はエスカレーターを登り、サキの母を探す。アヤの感覚ではサキの母は上の階にいるようだった。気持ちが焦り、三人はエスカレーターを走り抜ける。
 「待ちなよ。」
 しかし、アヤ達の歩みはこの一言で止まった。
 「サキ!」
 エスカレーターを登った先に少女のサキが立っていた。少女サキはただならぬ気配を出している。
 「ごめん。こっから先は行かせらんないんだ。」
 無表情のサキをアヤはまっすぐ見つめた。
 「あなた、邪魔をするの?どうして?あの時助けてくれたじゃない。お母さんを止めるんでしょ?」
 「止めたいよ。だけどね、殺させはしない。たとえお母さんがあたしに振り向かなくてもあたしはお母さんの娘でいたいんだ。」
 少女のサキはどうしたらいいか迷っている顔をしている。
 「殺す?なんであなたのお母さんを殺さなければならないのよ?私、殺人はごめんだわ。」
 「お母さんは時を乱しただけでなく人間から時間を奪おうとしているんだ。そんなお母さんを時神が許すわけないじゃん?お母さんは止めたいけど時神は制裁としてお母さんを殺す。お母さんはあんたらを消したいみたいだけど、もしお母さんが負けたら……。」
 少女のサキはこちらを睨んできた。
 「お前は外見に合わずけっこう生きているだろう?神だからな。その割にはずいぶん子供じみた事を言うんだな。」
 プラズマの言葉に少女サキは目を伏せた。
 「あたし、外見は変わらないけど歳はまだ十七、生まれて十七年しか経ってない神。アヤと同い年だよ。太陽神は成長が遅いんだ。……もう一人のサキ、彼女があたしの外見年齢。」
 「お前が太陽神なら、じゃあ、もう一人のサキは何なんだ?」
 「あたしは今、太陽神の称号を捨てている。今はただの神。そして産まれたばかりの頃……あたしは人間だった。」
 「人間だと?」
 栄次は驚いて聞き返した。
 「栄次、今はあの女を追った方がいいんじゃないか?この子の話を聞いててもしょうがない。」
 プラズマはサキの時間稼ぎに気がついていた。
 「そうだな。進もう。」
 「ダメだ。進みたいならあたしを倒す事だね。」
 栄次とプラズマが足を踏み出した時、少女のサキの気配が凄い勢いで広がった。
 「つ……強い……。」
 栄次の頬に汗が伝った。アヤも粟粒のような汗が噴き出してきた。
 「小娘だからって気を抜いていたら俺達が死にそうだ。」
 プラズマが銃を構えるがその手が震えていた。
 「一体、どうして人間の子がここまでの威圧を出せるのよ……。」
 「そんなのあたしが知りたいよっ!」
 アヤの言葉に少女のサキは叫んだ。
 ……あたしが人間だったらきっとお母さんと平和に暮らせていけたんだ!お母さんも普通の家に生まれたら普通に生きてた!普通に暮らす事をどれだけ祈ったかわからない。神であるのに祈りを捧げている自分に悲しくなった。
 「サキ……。」
 アヤの呼びかけに少女のサキは一言「ごめん。」とあやまるとアヤ達に襲いかかってきた。


 サキが太陽神になってしまったのは五歳の時だった。サキの母がアマテラスを宿したままサキを産んだ。その時サキは神になる事はなく、ちゃんと人間として生まれた。家系が家系なだけに巫女の力は強かった。その強い巫女の力が突然五歳の時、神の力に変わった。人間だったサキはどうすればいいかわからなかった。外を歩いても誰にも気がついてもらえなかった。ただ、母だけが自分の存在に気がついてくれた。母は自分を抱きしめてくれた。その時はもうすでに母の目はなかった。
しばらくして原因を独自に調べてみた所、サキが神になってしまった原因はやはりアマテラスだった。サキはもともとアマテラスの加護を受けた太陽神として母に宿っていた。しかし人間の中にいたため、生物の理として人間につくりかえられて産まれたのだ。その人間としての力は人間の母から離れた段階で徐々になくなっていった。そして五年の歳月を経てサキの人間としての力は完全に消滅し、神として生まれ変わった。
 サキは母がよからぬことをしようとしているのだろうと思っていた。しかし、それを止められなかった。母親を怒らせたくなかったし、悲しませたくもなかった。当時のサキはずっと悩んでいた。
 「なんであなたと対峙しなければならないの?サキ。」
 少女のサキが炎を振りまいた時、アヤが複雑な表情でこちらを見ていた。
 ……わかっているんだ。あたしだってわかってんだけど……。
 少女のサキは炎の中から剣を取り出した。
そしてまわりを炎で囲んだ。一対三になるのだ。万が一、走り去られたらいけないと思っての事だ。
 少女のサキは栄次をまず狙った。この強い剣客は早く消しておいた方がいい。横を見るとアヤが不安げにこちらを見ている。アヤは放っておいてもいいだろう。プラズマもサキが剣を出した事に戸惑いを感じている。こちらを強いまなざしで見つめているのは栄次だけだ。この男は戦慣れをしすぎている。
 ……ほんと、あたし何がしたいんだろ……。
 少女のサキは剣を振るった。この剣は剣術をやるというよりは炎を扱うのに近い。風をうまく使い、炎の行き先を決める。少女のサキの剣は軽々と栄次に避けられてしまった。栄次が先程までいた所に火柱が通りすぎる。
 少女のサキは薙ぎ払うと同時に剣から手を離した。剣は炎を上げながら消えた。
 「!」
 その消えた剣が今度突然栄次の後ろから出現した。少女のサキが指を動かすとその剣は栄次に向かい飛んで行った。
 「栄次っ!」
 プラズマの声で栄次が気づき、体を捻らせて避けた。剣はまた炎に包まれ消えた。
 「なるほどな。その剣は炎なわけだ。それがお前の能力か。」
 「一発でわかったのかい?やっぱり剣客は騙せないか。」
 「アヤ、プラズマ、あの女を追え。」
 栄次はサキから目を離さず静かに言った。
 「お前、まさかこの小さい女の子を……。」
 不安げにプラズマは栄次を見つめた。
 「……大丈夫だ。手加減は知ってる。だが問題は俺が大丈夫かという事だな。」
 「でもこの炎の中……。」
 アヤがオドオドとつぶやいた時、プラズマがいきなりアヤの手を握って走り出した。先程持っていた銃とは別の銃を取り出し炎に向かって発射した。その銃口から爆風が飛び出し、炎の一部を消した。
 「栄次、死ぬな。」
 プラズマは栄次の方を見てにこりと笑った後、アヤを強引に引っ張り走った。
 「ちょ……まちなさいよっ!」
 アヤは戸惑いながらプラズマに連れ去られた。
 「行かせないってば。」
 少女のサキがアヤ達に突進しようとした時、栄次が横から刀を振るった。サキが着ているワンピースの肩先が少し切れた。布がヒラヒラと静かに飛んで行く。
 「止まったのは賢明な判断だ。動いていたら肩先、斬れていたぞ。」
 「っち……。まいったねぇ。」
 サキが止まった一瞬にアヤとプラズマは炎を抜けていた。サキは頭を抱えて栄次を見つめた。
 「悪いな。俺で良ければ相手する。」
 「冗談じゃない。あんたなんか相手にしていたら命が足りないよっ!」
 少女のサキは叫ぶと逃げようとした。しかし、栄次の刀が風を切って襲ってきた。少女のサキは剣で刀をかろうじて弾く。
 「俺としては逃げられても困る。」
 「まったく、あんたに全部ペースを持ってかれたよ……。やるしかないね……。」
 少女のサキは剣をゆっくり構えた。
 「……武人を相手にするという事は死を覚悟するという事だ。お前にそれができるか?」
 「できるわけないじゃん……。あたし、武人じゃないし。」
 「そうか。」
 栄次は無表情のまま剣を構えるサキを見据えた。

 
 「大丈夫かの?」
 ヒメはサルを治療していた。と言ってもサルの歴史を戻す作業だ。怪我をする前に戻せばサルは元気になるという仕組みである。もともと霊的空間に生きる猿達には現世の歴史は関係ないので邪魔もなく歴史を戻せる。
 「うう……痛いでござるなあ……。」
 「もう元気じゃろうが。」
 サルはもうぴんぴんしている。怪我もさっぱりなくなった。まわりの太陽神達は戸惑いと後悔で皆沈んでいた。自分達は神でありながら人間の時を守る神を消そうとしていたのだ。人間を見守るはずの神が人間を狂わせようとしてしまった。
 「あれでござる……。Repentance comes too lateでござる。リペンタンス カムズ トウ レイト、後悔先に立たず。」
 サルはヒメに目を向ける。
 「まだ後悔するのは早いのじゃ!ワシが来た事によっておぬしらは間違いを犯さず済んだ。これからは後悔を引きずるのではなく時神に何かないように全力で守るのじゃ!つまり予防策を考えろということじゃよ。」
 ヒメはサルだけでなくすべての太陽神、猿を見回した。
 「……そうでござる。まだ終わってはいない!小生は時神を助けにいくのでござる!Prevention is better than cureでござるな!プリベンション ベター ザン キュアー!転ばぬ先の杖!」
 「なんかちょっと違う気もするのじゃが……。そしていちいちうるさいのじゃ。わかったから早く行くがよいぞ。」
 ヒメの言葉で急に元気を取り戻したサルは慌ててバタバタと太陽神達を押しのけて走り去って行った。実に単純な男だ。
 「おぬしらもあのサルを見習ってなんか行動を起こしてみたらどうじゃ?のう?」
 ヒメは太陽神達に笑顔を向けた。太陽神達の顔に光が戻った。
 「その通りだ!まだ終わっていない!全力で時神をサポートするぞ!」
 太陽神は急に気合の入った顔で立ち上がると猿達に指示を始めた。まったく太陽神とは単純な神様だ。神様の中では非常に純粋な者達だからしかたがない。
 「うむ!神助けじゃ!良い事をしたぞい!ワシは良い事をしたのじゃ!」
 ヒメは叫ぶと神力をまき散らし、サキとみー君に居場所を伝えた。ヒメは太陽神と時神に事態を説明すると言った。つまりサキとみー君はこの部屋付近を通ってサキの母を追うのではなくまったく別の方向から母を追わなければならないという事だ。サキとみー君が参の世界の太陽神に会うのはまずいからだ。
 「お、おい!もしかしてお前は剣王の……。」
 「ん?なんじゃ?」
 「い、いや、なんでもない。」
 太陽神は何か言いかけたが口をつぐむと作業にとりかかった。太陽神達はうすうすヒメが剣王の側近だという事に気がついたらしい。
 ……サキ達にうまく伝わればいいのじゃが。
ヒメは太陽神達を一カ所に集めるべく色々と奮闘した。

十話

 「ん?流史記の神力だな。」
 みー君は歩きながらヒメの神力を感じ取った。もう階段は登りきっている。今は門から中へ入ろうとしているところだった。
 「だねぇ。ヒメちゃんの神力の方には行ってはいけないって言ってたから裏門から入ろうか。」
 サキは暁の宮の表門ではなく裏門の方を指差した。裏門も表門と同じくきれいに装飾されている。
 「で?お前は母親の位置、わかっているのか?」
 みー君は裏門に向かいながらサキに質問を飛ばす。暁の宮はかなり広い。長く暁の宮に出入りしたみー君もまだすべての場所を知らない。
 「うん。なんとなくだけど。」
 サキが短く言葉を返した刹那、暁の宮最上階で瓦屋根が吹き飛んだ。かなり大きな爆発だったのか炎があたりを渦巻いている。かなりの衝撃と音がサキ達を貫いた。
 「なんだ!」
 「もうそんな時間帯なんだ!あそこにお母さんがいる……。時神も。」
 「ふふふふ!」
 みー君とサキが爆発した場所を同時に見上げた時、マイが不気味に笑った。
 「……?」
 サキは突然笑い出したマイを訝しげな目で見つめた。
 「まあ、行ってみると良い。」
 マイの発言にみー君は顔を曇らせた。
 「どういう意味だ?」
 「そのままの意味だ。」
 みー君とマイはお互いを睨みあう。
 「みー君、とりあえず最上階まで連れて行っておくれ。」
 サキはまっすぐ最上階の屋根付近を睨みつけていた。
 「連れて行ってくれって……中に入らないのか?」
 「お母さんは最上階の部屋にいるんじゃない。この時は屋根の上に時神といたんだ。」
 「そうなのか?……それじゃあ飛べば行けるな……。」
 みー君はどこか必死の表情を浮かべているサキにそっとつぶやいた。
 「頼むよ。みー君……。」
 サキに向かい頷いたみー君はサキの手をとると大きく地を蹴った。みー君は風となりサキとマイを空へ巻き上げる。風は台風のようだったがサキはみー君にしっかりとつかまっていた。
 竜巻に巻き込まれたかのようにサキはグルグルと回っていたが気がつくと瓦屋根の上にいた。
 「うう……気持ち悪い……。みー君、なんとかならなかったのかい?」
 「悪いな。俺は厄災の神なんで前も言ったと思うがこういう風になる。」
 サキは吐きそうな顔でみー君を見上げたがみー君はケロッとした顔をサキに向けていた。
 「ここは最上階じゃないのかい?」
 「一つ下だ。いきなり最上階に行ったら時神とかに会う可能性があるんだろ?」
 「そうだねぇ。」
 みー君の言葉にサキは軽く頷いた。
 「弱々しいがお前の神力も上から感じる。……お前の母親から厄が出て行った形跡はない。お前の母親は相変わらず厄を持っている。」
 「じゃあ、あたしの中にある厄っていうのはいつ……あたしの中に……。」
 サキは焦りの表情を表に出した。もうそろそろこの歴史は終わってしまう。解決できずに終わるのはサキの選択の中になかった。
 「もう少しだ。もう少しであなたは面白いものが見れる。」
 マイがクスクス笑いながら険しい顔をしているみー君を見上げた。
 「……なんだと……。お前、何か知ってやがるのか?やはり。」
 みー君がマイを問い詰めようとした刹那、マイがオレンジ色の空を指差した。
 「見ているのだな。はじまるぞ。」
 「……。」
 マイの言葉を最後にみー君とサキは言葉を失った。


 みー君とサキが最上階付近にくる少し前、アヤとプラズマは最上階にいたサキの母、アマテラスと対峙していた。栄次は少女のサキと現在交戦中だった。サキの母は意識のない参のサキを連れ時神二神、アヤとプラズマに余裕の笑みを浮かべていた。
 「お前、何しようとしてるんだ?これは色々禁忌だ。人間が神に関わると傲慢になったりするから困りもんだよな。」
 プラズマがサキの母を睨みつける。
 「私はアマテラス神よ?誰に向かって口聞いているのよ。人間?笑わせないで。」
 サキの母、アマテラスはクスクスと笑っているが目元がはっきりしないためかなり不気味な笑みになっている。
 「まず、そっちのサキを返してもらうわよ。」
 アヤはぐったりしているサキを指差した。

※※

 現在、栄次がアヤとプラズマを先に逃がしたことにより、少女サキとの一騎打ちとなっている。
 「っち……ダメだ。全然力が入らない。」
 少女のサキは本気で炎を飛ばしていた。栄次は避けるが無傷ではない。
 「なんだ。先程と炎が変わらんぞ?本気なのではないのか?」
 「……。」
 本気のつもりだが力の使い方がいまいち思い出せない。これ以上の力を纏う事がなぜかできない。自分はこんなもんじゃなかったはずだ。
 ……本当はあたしが太陽神のトップに立つはずだったんだ……。でも……お母さんが……。
 栄次の刀が少女のサキに伸びてきた。
 ……避けないと……
 そう思っていた刹那、サキに吐き気が襲った。咳き込み膝をついた。風の音が耳元でする。
 ……まずい。斬られる……。
 少女のサキは手を口に当てたまま強く目をつぶった。すぐに鋭い痛みを感じるかと思ったがしばらくたってもなんともない。サキは恐る恐る目を開けた。
 「大丈夫か?」
 栄次は鋭い目をこちらに向けながらぶっきらぼうに一言言った。ふと横を見るとサキの首筋に触れそうな所で刀が止まっていた。少しサキが動けば斬れてしまうくらいの距離だ。
 「……寸止めかい……さすが……」
 「俺は小娘を蹂躙する趣味はない。」
 少女のサキはまた咳き込んだ。口を押さえていた手を見ると血がついていた。
 「……!」
 「おい。しっかりしろ。どうした?」
 少女のサキは栄次を見上げた。栄次はサキの顔を見てはじめてサキが血を吐いた事に気がついた。サキの口からは血が漏れ、顎をつたい、服や床を汚す。かなりの出血量だった。
 「おい!」
 栄次は刀を鞘に戻すと少女のサキの側に寄った。なぜ吐血したのかもわからず栄次はサキの背中をさすった。
 「ち……血が……逆流してる……。な、なんで……うう……。」
 サキはしゃがんでいる栄次の袖を掴んだ。
 「血が逆流だと……!」
 「あたし……もう……戦えない……先に行ったら……どうだい?」
 うつろな目をしているサキを栄次は仰向けにさせた。
 「こんな状態で放っておけないだろう!」
 「何……言ってんのさ。あたしは……敵……」
 「いいから黙っていろ!」
 サキは苦しそうに息をしている。まわりを覆っていた炎は消えたように小さくなっており、栄次を襲う予定だった炎も塵のように消えた。
 栄次がどうすればいいか困っていた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
 「栄次殿!無事でござるか?……さ、サキ殿!」
 声の主はサルだった。サルはサキの状態を見て絶句した。
 「さ、サル!お前、怪我してたのでは……まあ今はいい!娘がいきなり血を吐いた!どうすればいい!」
 栄次は珍しく焦った表情でサルを見た。
 「サキ殿は……太陽神としての力が著しく低下しているのでござるな……。サキ殿は我々を統べる太陽神……一番、アマテラス様の力を受け継いだお方でござる。全力で守らねば……。間違いなくこれは人間の血が太陽神の力と反発を起こしているのでござる。おそらく無理やり人間になろうとしたのが原因でござるな。そういう事があったのではござらんか?サキ殿。」
 サルはサキを抱き起した。
 「あたしが……人間になろうと……したわけじゃないんだ……。違うんだ……。」
 サキは目に涙を浮かべていた。
 「やっぱり今はしゃべらない方がいいのでござる。お話ならば後でゆっくり聞く。」
 サルはサキに頭を下げ、目を閉じた。
 「何をやっているんだ?」
 栄次が無言で頭を下げているサルに声をかけた。
 「忠誠を誓っているのでござる。太陽神の使いが頭を下げるのは太陽神だけでござる。彼女に神格を取り戻してもらうため……なけなしかもしれぬが……。」
 しばらくしてサルのまわりに太陽を模した魔法陣が現れた。その魔法陣から放たれた光りがサキを包んでいく。サキの表情が少し和らいだ。
 「これで少しは人間の力が無くなったかと思うのでござるが……。どうしてこんなひどい状態に……。」
 「し、知らないよっ!あたしは……お母さんに悲しい顔させたくないだけなんだ……。」
 涙を流しているサキをサルが優しくなでる。
 「サキ殿はお優しい……。だがサキ殿の母上はもう禁忌の先へ足を踏み入れてしまったのでござる。残念ながらサキ殿の母上は罰を受けるしかないのでござる。」
 「……。い、嫌だよ……。お母さんどうなるの?ねぇ!なんとかしてよ……サル……。」
 サキの叫びにサルは無言で首を横に振った。
 「ねぇ!サル!なんとか……してよぅ……!」
 「……。」
 サルは目をつぶった。こんなに苦しんでいる主を見たくはなかった。
 「ねぇってば!……なんかしゃべってよ……。お母さんはね、本当は……すごく優しいんだ。優しいんだよっ!だから!」
 サキは口から血をこぼしながら叫ぶ。サルはサキを抱きしめた。
 「すまない……。優しいというのは罪を消す理由にはならないのでござるよ。……サキ殿、いや、サキ様、少し眠られるとよろしいのでござる。次に目覚めた時、すべてが終わっていますように……。」
 「そんな……お母さん……。……お母さん……。」
 サキはその一言を泣きながらつぶやき意識を失った。
 「ここを任せてもいいか?俺は行かなければならない。」
 栄次はサキを心配そうに見つめながらサルに言葉をかけた。
 「……大丈夫でござる。サキ様は小生がお守りするのでござる。作戦にうつっている太陽神様達、猿は作戦が終了した段階でサキ様の介護を全力で行ってもらうのでござる。」
 「作戦という事はなんかするんだな?」
 サルは栄次に頷いた。栄次も頷き返し、そのままさっきアヤ達が走り去った方へ走って行った。
 サルはそれを見届けてからサキを抱きかかえ栄次とは逆の方向に歩き出した。
 
 
 「……ひっぱられる……。」
 少女の方のサキは夢か現実かわからないままそんな言葉を口にした。
 ……もう一人のあたしが呼んでいる……?
 サキはそこで気がついた。
 ……そうか。壱と陸を行き来する太陽、それに一神だけの太陽神。あたしはもう一人のあたしと一つになるんだ……。本来あたしは一人しかいちゃいけないんだ。太陽があたし達の矛盾を直そうとしている……。
 はっと目を開けると真っ白な空間にサキは浮いていた。目の前には大きくなった自分がきょとんとしたマヌケ面でこっちを見ていた。
 「お母さんはこれであたしにトドメをさすつもりだったんだ。太陽にあたし達を連れて行ったのはあたし達をひとつにしてあたしが受けたアマテラスの加護を奪おうとしているんだ。」
 ……あたしはアマテラスの加護がない、人間にもなりきれない太陽神になるってわけか。
 ……すなわち消滅。
 「なにぶつぶつ言ってんのさ。ねぇ?」
 「……。お母さんは……あたしの事……なんて思っていたと思う?」
 サキは目の前にいる自分にそう問いかけてみた。
 「さあね。でもあたしはなんかあの人に会っちゃいけないんじゃないかって思ってたよ。」
 目の前の自分はそう言って幸せそうに笑っている。
 「あんたの勘は当たるんだね。……ねぇ、あんた、もしもうすぐ死ぬって言われたらどうする?」
 「死にたくはないなあ。うん。死にたくないね。だけどそう言われたらしょうがないよね。」
 「……やっぱりそうなんだ。」
 自分にこんな事を言わせている自分が悲しくなってきた。
目の前にいる彼女はもう意思を持っている自分ではない自分だ。だが自分と同じことを思っている。やはり自分なのか。
 でも彼女に罪はない。むしろ酷な事をしてしまった。
 「ああ、そうそう、話変わんだけどあたしさ、こないだパーマかけに行ったんだよ。そしたらさー、こんなんなっちゃって。変かな。やっぱ。」
 目の前にいる自分はサキを他人として思っているようだ。まだ自分自身であるとわかりきっていないのかもしれない。
 同時に別の事も考えた。彼女は自分の意思で美容院に行った。やっぱり自分とは違うのか。
 考えても答えは出ない。
 「ねぇ?大丈夫かい?聞いてる?」
 「え?……うん。」
 「ならいいけど……。」
 彼女の顔を見ていたらいたたまれなくなった。
 「ごめん……。サキ。ごめん。ほんとにごめん。」
 「何?いきなり。やっぱさっきの話聞いてなかったのかい?」
 サキはもう一人の自分に頭を下げてあやまった。
 「違う……そうじゃなくて……違うんだ。」
 どう説明すればいいのかわからなかった。サキはいままで彼女を自分だからどんな扱いをしても大丈夫だとそう思っていた。だが、彼女には彼女なりの意思があり、同じところもたくさんあったが彼女は自分ではない。同じ名前で同じ顔だけど違う者。別人だ。
 だいたい、オウム返しではなくこうやって会話になっている事がお互い別の意思を持っている証拠なのではないか。
 「違うんだ……。」
 「わかっているよ。」
 サキが言葉を発した時、もう一人の自分は表情を消してぼそりとつぶやいた。
 「え……。」
 サキは驚いて彼女を見返した。
 「状況はよくわかんないんだけどさ、あたし、この世界にいちゃいけないんだろ?」
 彼女は空虚な目でサキを見据えていた。ずっと昔から気がついていた事らしい。
 「……。」
 「はっきり言いな。」
 「そう……だよ。あんたはこの世界にいちゃいけないんだ。あんたはあたしなんだから。」
 サキは唇を噛みしめ、こぶしを握りしめた。なんだかとても苦しかった。
 「そっか。」
 次の反応が怖かったサキは拍子抜けした。彼女はただ、一言そう言っただけだった。
 「やっぱり、あたしとあんたは違うのかな。」
 「一緒だったら気持ち悪いだろ。この状態でも十分気持ち悪いんだけどね。」
 「……うん。やっぱり違うんだ。……じゃあ、もう一つ、明らかにしたい事があるんだ。」
 サキは目をつぶった。
 「なんだい?」
 「あたしは悪い事をしているおかあさんを止めるべきか、ほっとくべきか。」
 「そんなの知らないよ。あんたが決める事じゃん。」
 彼女は呆れた目をしてこちらを見た。サキはそれを見て大きく頷いた。
 「わかった。ありがとう。」
 サキがそう言った時、彼女は消え始めた。足先から徐々になくなっていく。
 「こんな安らかに消えられるなんて幸せだよ。まったく。」
 「サキ……。」
 「ああ、一つだけ言い忘れてた。あんたはあたしみたいになっちゃダメだよ。ダラダラ生きていると何にも楽しくない。あたしはすぐにやる気なくなっちゃうけどさ、あんたはもうちょっと頑張ってみたら?」
 「え?」
 サキは足先から彼女の顔へと目線を向けた。
 「だってさ、あんたはあたしなんだろ?」
 「!」
 彼女はそう言って笑いながら消えて行った。
 ……あたしの代わりに頑張れって事か?
 彼女が消えてからサキは真っ白な空間にただ取り残された。彼女とはもう会う事はないだろう。
 神格を放棄できるほどの神格をもう持っていない。
……こないだの神権放棄であたしはぎりぎりだった。
 ……そしてあたしはアマテラスの加護を失った太陽神としてただ消滅を待つ存在になる。
 いま、あたしは彼女と一つになった。実感はないけどおそらく彼女があたしになった。あたしの神格は今どん底だ。もう這い上がれないだろうな。あたしはお母さんにいいように使われて殺されるのか……。
 あんまりだな……。
 サキはその白い空間の中でだんだんと意識を失っていった。
 

最終話

 後から追って来た栄次により時神が三神そろった。時神が三神そろった刹那、時間の鎖が飛び、戦うまでもなくサキの母、アマテラスを絡め取った。
「おい。これからどうすればいいんだ。」
 栄次が誰にともなく声を発した。
 「知らないな。ここまでできただけでも凄いんじゃないか?俺達。」
 プラズマがため息をついた時、アヤが声を上げた。
 「どうした?」
 「サキが……サキが!」
 アヤはアマテラスの横で消えていくサキを指差した。
 「!」
 プラズマと栄次も気がついたがどうすればいいかわからなかった。
 「あら……あら……私の娘と一つになったみたいね。これであの子が消滅するのも時間の問題かしら……。それとも上手に人間になれたのかしら?ふふ。」
 アマテラスは鎖に巻かれながらも笑っていた。
 「あなた、最低だわ……。」
 アヤはそう言ってみるが実際これからどうすればいいかわからない。なんだかわからない悔しさがアヤの胸に広がる。
 「ほんと、最低だよ。お母さん。」
 聞き覚えのある声がすぐ後ろから聞こえた。アヤは振り向き、叫んだ。
 「サキ!」
 「うん。あんたの事、向こうのサキの記憶でなんとなくわかったよ。あっちのサキがお世話になったね。」
 少女だったサキはアヤに笑いかけた。今はもう一人のサキと合わさり、少女ではなくなっていた。
 「あなた……大丈夫なの?あそこにいたサキとは違うの?あなたは……。」
 アヤが不安げにサキを見つめた。
 「大丈夫。あっちのサキは無事だよ。彼女はあたしなんだ。」
 外見十七歳になったサキを眺めながらプラズマも言葉をかける。栄次は特に何も言わなかった。
 「あの小さい方はどうしたんだ?」
 「それもあたしさ。あんた達は気にしなくていいよ。」
 「一人に戻ったって事か。」
 「もともとあたしだからね。」
サキはめんどうくさそうに言葉を発した。あまり触れられたくない話なのかもしれない。
アヤ達がサキに話しかけようとした時、サルがやってきた。
 「サキ様は後で小生らが大切に扱うのでござる故、今は何も聞かないでくれぬか?」
 「……。」
 時神達が納得いかない顔で睨んでいたのでサルは付け加えた。
 「大丈夫でござる。サキ様は二人ともあのサキ様の中にいるのでござる。」
 「それってやっぱり……。」
サキは他の面々が何かを言う前に飛び出した。上空にいる自分の母親目がけてまっすぐ飛んで行く。アマテラスが呼んでいるのか引き寄せられるように空を飛べた。アマテラスは上空で鎖に巻かれながら笑っていた。
「あら、サキ、人間にはなれた?」
 「なれるわけないさ。お母さん。あたしの力を返して。」
 サキはまっすぐアマテラスを見据えた。
 「何言っているのよ。これは私の力よ?あなたに貸した力が私に戻ってきただけよ。」
 「お母さんは……あたしを道具な気持ちで産んだんだね……。よくわかったよ。」
 サキはアマテラスを無表情で見つめる。
 「そんなことあるわけないじゃない?親の愛よ。」
 「やっぱり人間には神の力は異物なんだ……。お母さんを狂わせたのはアマテラスだよ。」
 「あなた、いつからそんなに口が悪くなったのかしら。」
 アマテラスの雰囲気ががらりと変わった。憎しみか怒りか目元がはっきりしないためよくわからないがたぶんそういったものだ。
 「お母さん……鎖の締め付けが強くなっている事に気がついているかい?」
 「!」
 アマテラスはサキの言葉で気がついた。自分の力がじわじわと抜けていく感覚がアマテラスを襲った。
 「太陽神達が術を使ってアマテラス大神に間接的に話しかけて元の状態に戻してるんだ。つまりアマテラス様を元の世界に返しているんだよ。わかるかい?お母さん。」
 猿達、太陽神達が何をしているのかはなんとなくわかっていた。呪文みたいなものを永遠としゃべっていたがそれは呪文ではなく、陣をつくりアマテラス大神に話しかけ、本来あるべき場所に誘導しているのである。
 「何言ってるの!私がアマテラスよ!」
 アマテラスはサキに鋭い声で叫んだ。
 「お母さんはアマテラス大神じゃない。アマテラスを憑依させた巫女。人間。お母さん、いい加減気がついてよ。」
 「私はアマテラスよ!時神を消して人間に太陽を拝ませるのが使命なの!」
 叫んでいるアマテラスをサキは呆れた目で見つめた。
 「お母さん、太陽神の誰もがそんな事思ってないんだよ。」
 「思っているわ!だから皆私に従った!私はアマテラス。私の言った事がすべて。」
 そう言っている間にアマテラスはアマテラスではなくなっていく。顔にしわが増え、目元も徐々に明らかになっていく。年相応に戻っていた。今や概念のアマテラス大神が抜けていき、人間だった時の母が現れる。
 「ごめん。お母さん、いままで間違った道を歩ませちゃって……。」
 「触るんじゃないわ!」
 サキは母を抱きしめたが母は拒絶した。こんな状態で親の愛なんて感じられるわけなかった。いままでの母の行為はすべて上辺だけで本当は自分を憎んでいたのだ。
 なんとなくわかった。
 ……お母さんは本当の神になりたかった。なれない事に気がついていた。あたしが人間として生まれた時はきっと幸せだったに違いない。太陽神になってしまった時からお母さんはずっとあたしを恨んでいたんだ。あたしが……本当は生まれた時から太陽神だったって事が許せなかったんだ。あたしは何の苦労もなく神になったんだから恨まれてもしょうがないか。
 そしてお母さんはきっとアマテラスを憑依させすぎて少しおかしくなっちゃったんだ……。
 そう、そうだよ。……アマテラスを憑依させすぎたんだ。きっとそれが原因なんだ。
だからお母さんは……。
 サキは目からこぼれる涙に気がつかなかった。なんで泣いているのか気がつきたくはなかったが気づいてしまった。
 ……あたしはお母さんに愛されてなかったんだ……
 目の前で時間が動いている母をサキはただ眺めていた。目の前で母が苦しんでいる。母が苦しむだけ自分が楽になる。とてもかなしかった。
 「何見てるのよ!私をどうしようっていうの?できそこないの太陽神がっ!」
 「……。うん。そうだね。あたしはできそこないだ。もっと早く……お母さんを連れ戻せたら……違ったよ。きっと幸せだったよ。」
 サキと母の会話をアヤ達は黙って見ていた。
 「ねぇ、私達ってこれでよかったのよね。」
 アヤが誰にともなくぼそりとつぶやく。
 「……たぶんな。」
 「……ああ。」
 栄次とプラズマの表情は暗い。だが時神にも時神の仕事がある。どうしようもなかった。
 サキの母は神の世界を変えてやろうと思っていた。怠慢な神達の上にたってやる。そしてこの世界、人間にもう一度神を信じさせる。辛い時だけ神を信じ、神に祈るなんてずうずうしいにもほどがある。
 ……私は太陽神達を統べる力を持っている。なら、やる事は決まる。
 「お母さん、お母さんは間違っていたんだ。神達は怠慢ではないし時神を消したらどうなるかっていうのもわかってるんだ。それと神達が人間に手を差し伸べるのは人間がつらいと思っている時だけじゃないか。人間が幸せを感じている時はただ見守る。それが神と人間のバランスなんだよ。感謝の気持ちが信仰心に繋がるんだ。」
 サキはもう消えてしまいそうな母にそう伝えた。
 「ただの一太陽神が偉そうにものを言うんじゃないわ。サキはこの世界をきれいにとりすぎなのよ。」
 母はそう言った。サキの言葉はまったく届かなかった。もしかしたら考えを変えてくれるかもしれないと思ったがそれも無理そうだった。
 「お母さん……。」
 サキはさみしそうに母をみた。母は足先から消えていた。その範囲はどんどん広がっていく。
 母は笑っていた。
 「ねえ、お母さん、最後に聞かせてほしいんだ。お母さんはこのままでいいのかい?」
 「何言ってるのよ。いいわけないじゃない。あの時神達を消して太陽の尊厳を取り戻さないと……。私はアマテラスなのよ。」
 まだ母は意見を変えなかった。サキは怒りと悲しさで胸が締め付けられた。
 正直、母の考えている事はよくわからなかった。母としては何も達成していないのにずいぶん楽観的だ。もうアマテラス大神も母の側にはいないのだが。
 「じゃあ、なんで笑っているのさ!お母さんはもうアマテラスじゃないんだよ!なんでわかんないのさ!お母さんのわからずやっ!」
 サキが泣き叫んだ刹那、母は笑いながら塵のように消えた。母は特に何も言わなかった。
 最後に母の愛がほしかった。だが母は自分を憎んだまま消えた。
 何を考えていたのか聞き出す事もできず母は消えてしまった……。母の感情は謎のままだ。
 「うっ……うう……。なんでわかんないんだよ……。自分が消えるって事もわかんなかったって言うのかい……。」
 これが母との最期の会話だと思いたくなかった。サキは泣いた。体の中から感じる温かい光に抱かれながら泣きじゃくった。
 アマテラスの力はすべて自分に宿った。自分の母と自分の運命を狂わせたアマテラスの力が今サキの中にある。アマテラス大神に罪はない。だが、憎まずにはいられなかった。


 さてさて……どうかしら。あっちのサキも……そろそろ気づくはず。
 サキの母が消えてしまった場所に一瞬だけ風が通り過ぎた。その風は呆然と立ち尽くす参の世界のサキに向かい吹き荒れた。
 ……アマテラス大神を恨む太陽神サキ、この負の感情が私を呼ぶの。私は簡単にサキの中に入り込める……。
 

 「!」
 みー君が咄嗟に飛び出した。風となり呆然と立っている参のサキの前を横切る。そのまま『何か』を掴んだまま、未来から来た方のサキとマイがいる場所に『何か』を叩きつけた。
 「元凶だ……。」
 みー君は冷たく言葉を発する。
 「元凶って……。」
 サキは押さえつけられている『何か』を怯えた目で見つめた。その『何か』は水色の髪の女だった。
 「こいつがお前に取りつこうとしていた。現段階、お前はこいつの厄を身体にため込んでいる。」
 みー君が睨みつけた先で水色の髪の女はケタケタと笑った。そのままみー君をはねのけ悠然と立ち上がる。
 「見つかってしまったわね。でもそれでいいの。私はあなた達と同じ、未来から来た厄神。あなたの母親の心が作り出した……そうね、最早あなたの母親だわ。ふふふ!」
 「……っ!」
 サキは母にそっくりなその女に怯えていた。考えたくない事が頭をよぎってしまう。
 「……!」
 みー君はハッと目を見開いた。この女が何を思ってサキにとりついたかわかってしまったからだ。
 マイが不気味に微笑んだのをサキは見た。
 「私はね、あなたが来ることを知っていたのよ。」
 厄神はまっすぐサキを見つめ、ニコリと笑った。
 「……あ……。」
 サキは咄嗟に耳を塞いだ。
 ……聞きたくない……。もう……これ以上傷つきたくない……。
 「あの時、消える時の私の感情はあなたを苦しめたい……。それは私が消える事によって達成できる。未来の私があなたをどん底へ突き落としてあげる……。正直、あの時あなたは私に勝ったと思っていた事でしょう。馬鹿な子。これで私が笑った理由がわかったかしら?」
 「……。」
 サキは母親の前に膝をついた。
 「サキ!しっかりしろ!おい!」
 みー君はサキに声をかけ続けたがサキは何の反応も示さなかった。
 ……この女……未来から過去へ飛び、サキの母親に入り込んで母親が消える時にサキに乗り移りやがったのか。そして目的は未来のサキを絶望に落とす事。つまりこの時だ。サキを内部から破壊していたのは自分だと気づかせることでサキの中の感情を負に動かす。
 ……そして…サキの中の厄を増大させる。そしてサキは……壊れる……。
 「そんな……お母さんは……。」
 サキは泣き崩れた。声にならない声でサキは泣き叫ぶ。
 「この時を待っていたわ。あなたが輝けるわけないもの。私があなたを壊していたんだから。」
 母はサキに冷笑を向けた。
 「もう……これ以上、何も言わないで……お母さん……。」
 サキのか細い声は風に流れて消えた。サキの瞳は黒く濁り、心に入り込んだ厄神が徐々に大きくなっていく。
 「私はあなたが持った大切な物を全部壊したい。……太陽もあなたから奪ってやるわ。」
 母の声のみが静かにサキの心に届く。サキは震えながらその場にうずくまり泣いていた。
 偽りでも楽しかった母親との思い出がサキの目の前を走り抜ける。
 ……お母さんとはわかり合う以前の問題だったんだ……。過去に戻ってもしかしたらもう一度お母さんと話せるかもしれないと少し期待していたんだ……あたし。お母さんが太陽に一生懸命だったからあたしもお母さんの意思をついで頑張ろうと思っていたんだ……。なのに……こんな……。
 「そうはさせない。ここには俺がいるぜ。」
 ふとみー君の声もサキに届いた。
 「厄神に何ができるというの?」
 「わからないがサキは俺を救ってくれた。厄神の俺すらも救った。だから俺もサキを救う。」
 みー君は厄神にはっきりと言い放った。
 「みー君……。」
 サキの力ない声がみー君の耳に届く。みー君はサキを睨みつけ叫んだ。
 「俺はな、お前と母親の事は知らねぇ!だがな、こいつはお前の母親じゃねぇ!」
 「ふっ、何を言い出すかと思えば……。」
 厄神はみー君に冷酷な笑みを向けた。
 「お前の母親は時神に裁かれた後、現世で記憶を失い人間として生きているんだろう?こいつじゃない!」
 「……。」
 みー君の言葉にサキが顔を上げた。涙で濡れた顔は太陽の神とは思えないほど沈んでおり、瞳には光がなかった。
 「しっかりしろよ!サキ。こいつは確かにお前の母親から生まれたもんかもしれない。だがな、過去で生まれたもんだ。今は違うかもしれねぇだろ!主観で判断するな。客観的にモノを見ろ。」
 「みー君……みー君はお母さんを知らないからそう言えるんだ。客観的に見ろなんて言わないでおくれよ……。」
 サキは再び沈んだ顔をみー君に向けた。
 「じゃあなんだ?お前は色んな奴に進む道を提示してきたっていうのにお前自身はここで止まるのか?止まるなよ!お前は止まっていい神じゃない!こんな事で立ち止まるな!」
 みー君が声を荒げた刹那、サキの平手がみー君を打った。
 パァン!と乾いた音が響く。
 サキは震えながら怯えた目をみー君に向けた。みー君は大きく体勢を崩したが立ち止り、叩かれた左頬を撫でた。
 「こんな事……だって?みー君にはあたしの気持ちなんてわかんないんだ!あんたに偉そうに言われたくないよ!」
 「イッテェな。ふん。元気じゃねぇか。その意気だ。お前に沈んだ顔は似合わねぇ。」
 みー君はサキに笑みを向けた。
 「みー君……。」
 「この厄神は人間の念だ。お前の念でもある。お前が前に進まなきゃこの厄神も救われない。」
 サキは拳を握りしめたままうつむいていた。
 「お前がここで立ち止まるなら俺はもう何も言わない。……俺を殴れる余力があるならもう少し頑張ってみたらどうだ?」
 「……。」
 ……あんたももうちょっと頑張ってみたら……
 あの時のもう一人の自分から言われた言葉を思い出した。
 ……消えてしまった方のサキは……あたしの中にいる……。
 「私はあなたを壊したい。そして厄にまみれたあなたを見たい。苦しんで死んでいく様をみたい。」
 厄神は突然、サキに襲いかかった。厄神は太陽神が持つ剣を手に出現させ、サキに振りかぶった。
 「サキ!」
 みー君が止めるよりも先にサキが炎でできた剣を出現させ、厄神の剣を弾いた。
 「……。お母さん……あたしはすごくむなしいよ。お母さんが考えている事ってさ、すごく小さい。それにマイとやった行動はただの迷惑だ。お母さんがあたしを恨んでいる事も愛してくれていない事も知ってた……。でも……こんなに失望させないでよ……。」
 サキは再び剣を構えると光のない瞳で厄神を睨みつけた。厄神はケタケタ笑いながらサキに剣を振りかぶる。サキの感情は怒りへと変貌した。
 ……あたしは誰の為に頑張ってきた?誰をずっとかばってきた?お母さんはあたしに何をしてくれた?何もしてくれなかった。勝手に恨まれて勝手に殺されかけて……。あたし、なんでこの人をかばっていたんだい?
 ……許せない……
 「うわあああ!」
 サキは厄神を睨みつけると剣を振るった。厄神は剣を受け弾く。二神は激しいぶつかり合いを始めた。剣と剣がお互いを切り裂く。
 「おい!サキ!これは違う!」
 みー君はサキを止めようとしたがマイに止められた。
 「行くな。ここにいろ。」
 マイは薄ら笑いを浮かべ、みー君を引っ張った。
 「うぐっ!」
 みー君は何かに思い切り引っ張られ、近くの壁に激突した。
 「馬鹿な男だ。太陽の姫に気を取られて油断するとは。」
 「……つぅ……マイ……てめぇ。」
 みー君はマイを睨みつけた。みー君の身体には知らぬ間に沢山の細い糸がからまっている。
 「心配するな。罪神の証であるこの鎖、もうはずせない事は知っている。私はもう逃げない。」
 もがくみー君の横にマイはそっと座った。
 ……サキ……その感情は違う!お前が持つべき心はそっちじゃねぇ!このままじゃサキは厄に飲み込まれる……。
 しばらく激しい打ち合いをしていたサキと厄神だったがサキの方が上手だった。サキは厄神の剣を遠くに弾き飛ばし、厄神の女を押さえつけ、剣を首元に突き付けた。
 「はあ……はあ……。」
 サキの身体は切り傷だらけで血が身体を汚していた。瞳は憎しみにあふれており、瞳孔は開いている。
 ……殺してやる……
 サキは震える声で小さくつぶやいた。厄神の女はサキの様を見て楽しそうに笑っていた。
 サキはもう、太陽神としての尊厳も威厳もすべて忘れてしまっていた。優しさすらももう心にはなかった。ただ、黒くなっていく瞳に身を任せていた。
 ……コロシテヤル……
 サキは狂気的な雰囲気のまま厄神に向かい剣を振りかぶった。
 「やめろ!お前は人を救う神だ!俺達の方に落ちるんじゃねぇ!」
 みー君はマイの糸を神力で切り、サキを思い切り突き飛ばした。サキは瓦屋根の上を転がり、勢いよく倒れた。サキが持っていた剣はサキの手から離れ、みー君の近くに突き刺さった。
 「みー君……何するんだい!あたしが殺して……。」
 「ばかやろう!太陽の姫が……そんな顔で殺してやるなんて言うなよ……。頼む……。俺達の方へは来るな!負の感情に負けんじゃねぇ!」
 みー君は苦痛の声を漏らした。
 「……そんな事……そんな事言ったって……。」
 サキは酷く切ない顔でみー君を見上げた。その時、サキはみー君の腕から血が滴っているのを見た。
 「けっこうイテェな……。腕飛んじまったかと思ったぜ……。」
 みー君は痛みに顔をしかめ、そうつぶやいていた。ふとサキは思い出した。みー君がなんでサキについてきたのか。
 ……あたしを守れなかったら……みー君が傷つく……。
 みー君はワイズとの罰により自身の神力の鎖を巻いている。サキを守れなければその鎖がちぎれる仕組みだ。そしてみー君は耐えがたい苦痛を負う。
 「みー君……腕……。」
 サキがみー君に手を伸ばしたがサキの手はみー君には届かなかった。
 「あなたは本当に厄神なの?」
 厄神の女はみー君を見つめ、冷たく笑った。
 「ああ。俺は厄神だ。こういう役回りはサキがやるもんじゃない。俺がやるもんだ。これ以上、太陽の姫を壊すなよ。サキはな、優しい奴なんだ。」
 みー君は厄神の女に近づくと手から風で作った槍を出現させた。槍は鉄のように固く、刃物の様に斬れる。
 「みー君!まっ……」
 サキが最後まで言い終わる前にみー君の槍が厄神の女の首元を貫いた。急所だった。血がサキの足付近まで飛び散る。サキの瞳に動揺の色が浮かんだ。
 厄神はケタケタと不気味に声にならない声で笑っていた。
 …私が死んでもあの子は一生苦しんでいくわ。いい気味……ね。…
 厄神がつぶやくように言った言葉は途中で切れた。みー君が風の槍でトドメを差したからだ。厄神の女は不気味に笑いながら風に溶けるように消えて行った。
 「……お前はこいつを殺したかったんだろ。殺してやったぜ。」
 みー君は風の槍を消すとサキに向き直った。サキは震えていた。みー君は神を一神殺したのに平然としている。なぜそんな事を平然とできるのか……。サキは目の前にいる男神を初めて怖いと思った。
 「……違う……違うよ。みー君……。これは違う……。」
 「何が違うんだ?言ってみろよ。お前はあの厄神を消したかったんだろうが。」
 みー君は鋭い瞳でサキを見据える。サキは自分が一体どういう気持ちでいるのかよくわからなくなっていた。
 ただ、この行き場のない感情をどこかにぶつけたかっただけだ。
 「でもやっぱり……これは違う……。」
 「俺がやった事はさっき、お前がやろうとしていた事だぞ。」
 「!」
 サキは気がついた。自分は先程、みー君と同じことをしようとしていた。あの厄神を殺そうとしていた。
 ……負の感情に支配されて厄に落ちると……もう……光の中を歩けない……。
 「……だから俺達の方には落ちるなと言ったんだ……。」
 サキは厄神がいた場所を見つめながら呆然としていた。いつものサキの面影はない。サキの目から涙が落ちるたびに太陽神の力は衰えていくようだった。
 「サキ、あれはお前の母じゃない。お前の母が生み出した厄だ。あの厄神は消えた。……後はお前次第だ。後はお前が人間に戻ったお前の母親を助けてやれ。お前はすべての生きる物に道を照らす神だ。人間になったお前の母親がお前を頼っているかもしれないだろうが。お前は殺す神じゃない。生む神だ。」
 みー君はサキに向かいそうつぶやいた。サキはうつむいているだけだった。
 「そろそろ時間じゃぞい。」
 いつの間にかヒメがサキ達の前に現れていた。高天原のワープ装置を使ったらしい。
 ヒメはサキの様子とみー君の怪我を見て何かあったのかと怪しんだがサキ達を元の世界に戻す方向に頭を切り替えた。
 「語括もつかまったんじゃな。……解決は……したのかの?」
 ヒメはサキを一瞥し、歴史を具現化した。
 「ああ、した。問題ない。」
 みー君はそっけなくつぶやいた。
 「向こうでアヤが道を開いてくれておるらしいのでな。今が戻れるチャンスじゃ。」
 「わかった。」
 みー君はヒメに一言答えると空虚な目をしているサキと拘束したマイを引っ張り、真っ白に染まっていく世界をじっと見つめた。
 サキとサキの母親の歴史がここで終わった。白い空間の中、サキは自分の記憶を見ていた。
 五歳になるまでサキと母は幸せな日々を送っていた。しかし、幸せな日々はサキが太陽神になってしまったあたりから崩れ、どんどんと酷くなっていった。
 ……お母さんはあたしを恨んでた。お母さんは勝手だ。お母さんはあたしの事をなんにも考えてくれなかった。やっぱり……こういう気持ち嫌だけど……許せない。
 「!」
 その中でサキは見た。人間に戻った母が病院のベッドで太陽を優しげな顔で見上げていた。
 その笑顔は太陽に向けたものかサキに向けたものかはわからない。
 サキは遠ざかる母の映像をずっと見つめていた。年相応に戻った母の表情は弱々しくせつなげだった。
 「お母さん……。そんな顔しないでよ……。許せなかったはずなのに……。」
 サキは母親に手を伸ばしていた。しかし、サキの手は母には届かず、母は太陽の光に抱かれながらベッドの上に横たわっているだけだった。
 ……あたしはあの人も太陽の光で守ってあげないといけないんだ。もうあの禁忌を起こさせないためにあたしが正しい道にお母さんを導かなくちゃいけないんだ。あたしはあの人の娘で……太陽神の頭なんだから……わかっているよ……。わかってるんだ。
 ……でも、じゃあ、あたしの気持ちは……?この気持ちはどこにぶつけたらいいんだい?
 ……あの人を許してあげたい気持ちと許せない気持ちがあたしの中でまわっているんだ……。
 「許せなくても助けてあげな。あんたは色んな人を幸せにする神だ。……あんた自身が壊れそうな時は色々な人達から優しくしてもらえばいいと思うよ。あたしの分も頑張ってくれんでしょ。あんたがそんなんじゃ、あたし、あんたの中にいらんないんだけど。」
 ふとサキの頭に声が響いた。それは自分自身の声だったが今のサキとは別人だ。
 ……もう一人のあたし……。
 「それにあんたには沢山仲間がいるじゃん。特にあんたの側をいつもちょろちょろしているあのイケメンさんとかさ。あんたはどれだけ感じているかわからないけどあの男、けっこうあんたの事を心配しているし自分もやばいのにあんたを助けるし……ああいう奴を大事にして……お母さんお母さん言うのをやめな。あんたは酷い事をした母親でも平然と守れるような女になりなよ。それが素敵でかっこいいじゃないかい。」
 ……サキ!
 もう一人のサキの声はここで途切れ、風に流れて消えて行った。
 ……サキ……もう一人のあたし……。あんたはなんでそんなに強いんだい……?
「あたしは……あんたなんだってば……。あんたは強いんだよ……。」
最後にもう一度サキの声がふと聞こえた。
 ……あたしは強い……か。
 サキが心の中でそうつぶやいた刹那、空間が歪んだ。
 「戻って来たか。」
 気がつくと竜宮の制御室にいた。声を発したのは天津のようだ。
 「天津。じゃあ、俺達は戻って来たのか。」
 みー君は釈然としない顔で唸っていた。
 「みー君。」
 ふと隣にいたサキがみー君の着物を引っ張っていた。
 「……どうした?」
 みー君は優しい声で問うとサキに目を向ける。
 「みー君……色々ごめん。本当にごめん。それと……ありがと。みー君に神殺しの罪を負わせてしまっておいて言えないけど……あの感情であの厄神を殺さなくて良かった……。」
 サキはそうつぶやくと叩いてしまったみー君の左頬をそっと撫でた。
 「ああ。今は無理に元気出さなくてもいいぞ。」
 みー君はそうつぶやき、サキの頭をポンポンと叩いた。
 「あたしのせいでみー君が……。」
 「ああ、大丈夫だ。今は痛くない。」
 みー君はサキにそっけなく言った。サキは苦痛の表情でみー君を見上げていた。
 「良かった……。うまくいった。」
 天津の横に立っていたアヤがサキに抱きついてきた。
 「アヤ?」
 「特別に竜宮に入れてもらったのよ。あなた達を壱に呼び寄せるために。栄次には元の世界に戻ってもらったけどね。もう一度天津彦根神が竜宮を開いて私が時間の鎖を使ってあなた達を導いたの。うまくいくかはわからなかったんだけど。サキ……戻ってきて良かった。怪我しているじゃない……。すぐに手当をしないと……。」
 「……アヤ……。」
 サキはアヤのぬくもりと優しさを感じた。
 ……あたしは人にこういう優しさを与えられていたのかい?
「ねえ、アヤ……あたしがいままでやった事ってアマテラス大神に動かされていただけなのかな?」
 サキは涙を堪えながらアヤに小さい声で問う。
 「……私は……あなたの優しさがあなたを動かしたんだと思っているわよ。あなたは強い。それに優しい。だからあなたはこれからもずっと自分の判断を信じて進めばいいと思うわ。迷った時は相談。いつでも助けになってあげるわよ。」
 「……ありがとう……アヤ。」
 サキはアヤにすがるように泣いた。
 しばらくして天津が耐えきれなくなり声を発した。
 「話が終わったのならワイズと剣王と冷林にしっかり説明をしなければな。」
 「そうだねぇ。」
 サキはアヤから離れると一言言葉を発した。サキは少し落ち着いたようだ。瞳に光が戻り始めている。
 「うむ。ワシも行くのじゃ。」
 いままで事の成り行きを見ていたヒメはみー君を仰ぎ頷いた。
 「俺もマイを連れてかないといけないから一緒に行くぜ。」
 みー君はすぐ横に立っているマイを一瞥した。マイは何も話さず無表情のままみー君を見上げているだけだった。
 「……ん?お前……笛は?」
 みー君はマイが大事に持っていた笛が無い事に気がついた。
 「笛か。あれは参から壱に行く過程で捨ててきた。あの笛は大事なものだ。あなた達、上司に持っていかれるのが嫌なんでそれなら捨ててしまおうと考えた。」
 マイは含み笑いを漏らしながらみー君を見ていた。
 「ふん。どこまでも俺達が嫌いなんだな。お前。」
 みー君の言葉にマイは反応を示さなかった。
 「じゃ、そろそろ行くかの。」
 ヒメは天津にぺこりと頭を下げると制御室から出て行った。
 「あ、待てよ。」
 その後をみー君が追う。
 「サキ……、母親との事……なんて言ったらいいかわからないけど私はあなたに味方するからね。」
 「……うん。アヤ……ありがとう。嬉しいよ。」
 アヤが不安そうにサキを見るのでサキはアヤにそっと笑いかけた。アヤやみー君の優しさにサキの心は救われていた。
 それと同時にもう一度ちゃんと母親と向き合おうと思った。もうサキの母親はサキの事を覚えていないがそれでも心は通じ合えるのではないかとサキは思い始めた。
 ……もうお母さんにはこだわらないつもりだけどいつか通じ合える時がくるはず。
 ……傷つくかもしれない。でもあたしはあの人の娘だからあたしはあの人が迷っていたら道を照らしてあげなければいけない。
 サキは一度目を閉じ、そしてゆっくりと目を開いた。
 「サキ、行くぞ。」
 遠くでみー君の声がする。
 「天津、二回も禁忌を起こさせてしまってすまないね。」
 「ああ。今回は構わん。他の権力者達が色々と尽力してくれた。私の罪は軽い。……次の会議で会おう。」
 天津はサキの事を深くは聞いてこなかった。サキは大きく頷くと制御室を後にした。

 
 高天原東、ワイズの居城。客室の内の一室で剣王とワイズと冷林はサキの帰りを待っていた。
 「輝照姫、解決したのかい?」
 剣王が傷だらけで戻ってきたサキを何とも言えない顔で見ていた。
 「……うん。まあ、解決はしたよ。」
 「語括は捕まったし、お前の厄もなくなっているYO。成功だNE!」
 ワイズは沈んでいる顔のサキにはおかまいなしに楽観的に笑っていた。
 「じゃあ、とりあえずこの世界の歴史関係はそれがしが何とかしておくねぇ。冷林は時間関係をよろしく。」
 剣王の言葉にとなりにいた冷林はコクンと頷いた。
 「後は天津が竜宮のメンテナンスをすれば壊れてしまった部分はうまく元に戻せると思うYO。」
 天津はすでに竜宮で整備の最中だった。故にこの場にはいない。
 「しかし……語括神……マイ、お前、飛んだことをしてくれたもんだNA。」
 ワイズはみー君の隣に座っているマイに近づき、持っていた軍配で殴り飛ばした。軍配は鉄でてきているのかとても固く、マイの額からは血が流れていた。
 みー君は顔をしかめながら目をつぶっていた。冷林も剣王も特に何も言わず、マイを冷めた目で見つめていた。
 ワイズはマイを軍配で叩き続ける。非情なまでにマイは殴られ顔は血にまみれ腫れていた。
 「ちょっと……やめておくれ!何やってんだい!相手は女の子だよ!」
 ワイズが何度目か、軍配を振り上げた時、サキがマイの前に入り込んできた。
 「どけYO。今回こいつのせいでどれだけ世界が狂ったか……。高天原で裁く前に私個神としての仕置きをしないとすまないYO。」
 「ワイズ、もうやめてあげておくれ。もう彼女は抵抗できないんだからさ。」
 サキは必死になってワイズを止めた。
 「ふっ……。太陽の姫はこんな私にまで情けをかけるのか……。本当にお優しい。」
 血にまみれているマイは力なく笑っていた。
 「なんであんた達も止めないんだい!」
 サキはマイの笑みを無視し、みー君と剣王、冷林を睨みつける。
 「ワイズが部下を折檻しているからだ。ワイズの部下である俺も口出しできない。」
 みー君はマイを見て見ぬふりをしていた。
 「その通り。それがしの部下ではないから干渉できないねぇ。罪神はいつも悲惨なものさ。」
 剣王は机の上に置いてあった緑茶に口をつけている。冷林は無反応だった。
 「こんなのただの暴力じゃないかい!あたしはやだよ!」
 「折檻は暴力のようなものだYO!……お前はこの神に何度殺されかけた?このままじゃおさまらないだろうがYO!」
 サキの叫びにワイズが怒鳴り、再びマイを鉄の棒化している軍配で思い切り殴る。
 マイがあまりの痛みに小さく呻いた。マイは血にまみれその場に倒れていた。客室の床はマイの血でだいぶん汚れている。
 「確かにマイは許せないけどあんたの行為も見過ごせない!」
 サキが再び叫び、ワイズが何かを言おうとした刹那、ワイズの軍配をみー君が奪い取った。
 「お前……。」
 「ワイズ、もうやめときな。そろそろ俺も耐えられない。サキに免じてお前個神の折檻はそこまでにしておけ。」
 みー君はワイズに一言そう言った。
 「っち。」
 ワイズはみー君から軍配を奪い取ると素直に引き下がった。
 「天御柱が止めるなんてめずらしいねぇ……。そんなに太陽の姫がお気に入りなのか?」
 剣王が揶揄するようにみー君に言葉をかけた。
 「うるせぇよ。お前には関係ない。」
 みー君は剣王に冷たく言い放った。
 「つれないねぇ。……じゃあ、それがしは仕事をしないとならないんでお暇するよっと。輝照姫、あんたは立派に太陽神だ。もろもろの交渉の件については後日話そう。それがしと君の話はまだすんでいないからねぇ。まずはしっかり手当してもらうんだな。」
 剣王は不敵に笑うときらびやかな装飾がされている客室から外へと消えて行った。冷林も何も言わずに去って行った。
 「さて。私はこの女を裁く準備に入るYO。……輝照姫、鶴を呼んでおいた。安全に太陽へ帰れYO。怪我、早く手当してもうんだNA。」
 ワイズはサキを心配そうに見上げると怪我をしているマイを乱暴に引っ張り客間から出て行った。
 「後、忘れてたYO。天御柱、お前の罰はここまでにするYO。お前の神力の鎖、解除していいYO。どうやら腕の方の鎖が切れたみたいだがお前なら怪我の手当で済むはずだYO。傷を癒せ。」
 「どうも。」
 ワイズの声にみー君は軽く返事を返した。
 マイはうつろな目でサキを一瞥したが特に何も言わずに消えて行った。
 「さて、行こうかサキ。」
 みー君が誰もいなくなった客室を見回しながらサキに声をかけた。
 「みー君、さっきはありがとう。」
 「……少しあれはワイズがやりすぎていた。……俺もそう思った。それだけだ。」
 みー君はそっけなくつぶやくとサキを促し、客間を後にした。

 
 「よよい!」
 「またあんたかい。」
 金閣寺を悪い意味で進化させたようなワイズの城を後にしたサキ達は目の前で頭を垂れている鶴を呆れた目で見ていた。
 「太陽まで送るよい!」
 「……また敵の術にハマるんじゃないよ!鶴……。」
 サキはなんだか嫌な事を思い出した。
 「あー、そういやあ、この展開、俺がお前とはじめて会った時の感じと似ているな。いやー、あんときはなかなか楽しかったぜ。もう一回、ライに襲われねぇかな。」
 みー君の呑気な言葉にサキはため息をついた。
 「もう勘弁しておくれ。」
 みー君とサキは素早く駕籠に乗り込んだ。
 「では行くよい!」
 鶴は大きく羽をはばたかせると大空へ舞って行った。サキはしばらく流れる雲を眺めていたがふと、隣にいるみー君に顔を向けた。みー君はポケットゲーム機でなんかのゲームをやっている。
 「ねぇ、みー君、あたし、みー君も全力で助けるよ。あんたは他神に助けられる神じゃないけどねぇ。」
 「ああ?なんだよ。いきなり。俺の事を助けるとか。」
 「厄神だって光ある道を歩かせてみせるよ。あたしは。」
 「やめろよ……。お前とは属性が違うんだからな……。ま、でもその意気だぜ。サキ。」
 サキはみー君をじっと見つめた。みー君はじっと見つめられて恥ずかしくなったのか顔を赤くする。
 「な、なんだよ……気色悪いな。」
 「みー君……なんか変わったんじゃないかい?」
 「ん?そうか?……変わっていたならそれはお前のせいだ。厄神の俺がお前の力に負けちまったんだな。きっと。」
 みー君はどこか清々しい顔で遠くを見つめていた。
 「……そうかい。」
 サキも流れる雲をそっと眺めた。
 「あーっ。くそ、腕痛すぎてゲームできねぇ……。」
 みー君は沈黙に耐えきれず声を上げた。
 「みー君、あたしが無茶したからだ。ごめんね。太陽で手当てしようじゃないかい。」
 「ばっ!触んな!まじでイテェんだよ!」
 サキはみー君の腕を優しく撫でたがみー君は涙目で悶えていた。
 ……あたしにはまだやらなきゃなんない事がいっぱいあった。落ち込んでいてもしかたないんだ。
 ……人間に戻ったお母さんに会うのは怖いけど……一度会わないと前に進めない気がする……。
 ……ちゃんと自分がやるべきことを……あたしは確認しなければなんないんだ。
 サキの瞳に再び力強い光が宿った。


 しばらく時間が経った。サキは現世に降り立っていた。ビルが立ち並ぶ大都会だ。冬も終わり、公園の植木の桜が満開だった。花弁は儚く散っていく。
 みー君の傷は腕だけだったがかなり重かった。自身の神力で傷をつけたようなものなのですぐには治らず、生身の人間のような完治の速度だった。だが今はもう何ともない。もちろん、サキの傷もきれいに治っている。
 「……ここか。おい、サキ、本当にいくのか?」
 桜を黙って見上げているサキにみー君は心配そうな顔で問いかけた。
 「うん。ちゃんと確認しないとあたし、前に進めない気がする。まあ、お母さんからすれば知らない人が訪ねてきたって感じになっちゃうと思うけどねぇ。」
 サキは苦笑しつつ二神に目を向けた。
 「私も一緒にいこうか?」
 みー君の隣にいたアヤも不安げな顔をサキに向けている。
 「大丈夫だよ。ここまで来てくれてありがとう。できたらあたしをここで待っていてほしんだ。あんた達がいると心強いし。」
 「サキ……。」
 「頑張って来い!」
 アヤが心配そうな顔をしている中、みー君が突然叫んだ。
 「ふふっ……頑張るって何をだい?でも気持ちはわかったよ!ありがとう……みー君。」
 「お……おう。」
 サキは手を振るみー君とアヤにそっと手を振りかえすと大学病院の前に立った。
 ……お母さん……。あたしはあんたを許せない。だけどあたしはあんたの娘だからどんなあんたでもあたしは救うよ。だから絶対にわかりあってみせる!面会拒絶されても行くからね。
 サキは胸に言葉を秘めると悠然と歩き出した。
 桜が舞い、サキの頬を優しい風が撫でる。高天原の権力者との付き合いはまだまだこれからだがサキはなんだか少し強くなれたような気がした。
 ……これを分岐点にあたしはもっと強くなる。この結果がどうなってもあたしは後悔しない。
 ……悩んでもあたしには大好きな仲間がいる。
 ……だから……もう負けない。太陽……背負って歩くよ。
 サキの身体からは眩しいほどの力が沸きあがっていた。
 「さて……。じゃあ行くかい!」
 サキは自分の母だった者がいる病室のドアの前で一息漏らすとそっとドアを開けた。


 太陽の姫は仲間に手伝ってもらいながら自分の感情と向き合った。心優しい太陽の姫はこれからも沢山の人間を救い続ける。その陰には必ずある有名な厄災の神の存在があったのだがその神はおそらく表に出る事はない。
 「だがまあ、俺はそれでいいのさ。あいつが元気ならな。」
 みー君はフッと軽く笑うとそっと目を閉じた。

旧作(2012年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…最終話」(太陽神編)

三部ゆめみ時…へどうぞ!!

旧作(2012年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…最終話」(太陽神編)

流れ時、最初のお話に戻りますがサキ編から読んでもおそらくわかると思います。タイム・サン・ガールズと一部かぶりますがタイム・サン・ガールズの裏を書きました。太陽は人を導き照らすもの。太陽神は人を導き照らす神。その太陽神が厄を体にため込んでいた。 サキ編最終話。TOKI物語シリーズはまだ続きます。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-27

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

CC BY
  1. 時間と太陽の少女~タイム・サン・ガールズ~
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 十話
  11. 最終話