The Alchemist (Paulo Coelho) [抜粋]

The Alchemist (Paulo Coelho) [抜粋]

Paulo Coelho 作

今回抜粋した部分は、主人公の羊飼いの少年:サンチャゴ がある町で老人と出会うとことから始まる。

己の運命

 …この老人は僕に言ったんだ。
 「私は、セーラムの王である…。」

 僕はただの羊飼いだ。王様?セーラムの…なら、なぜ?不思議だった。僕は彼に訊かざるを得なかった。
 「王様、なんであなたは、私のような1人の羊飼いに話しかけるのですか?」
 髭を持ち上げ、彼は口を開く。
 「いくつか理由とやらはあるのだが、しかし、一つ君に伝えておきたいことがあったのだ。」
 僕はまじまじと王様を見つめた。どんな言葉が飛び出してくるのか、僕には分からない。緊張して、そして彼は続ける。
 
 「最も重要なこと…それは『己の運命』というものを君は発見することができたのだ…ってことだ。私はそれを君に伝えたかった。」
 
 僕の動きが止まってしまったのも無理は無い。すぐには理解できなかった。まず言葉の意味とかそういう点で。僕はこの老人の言う『己の運命』とは具体的に何なのか、全く分かっていなかった。老人は微笑んでこちらを見ている。
 「簡単なことさ、つまりは、君らが常に成し遂げようと望んでいるもののことさ。」
 僕の不思議そうな顔が、重くて軽そうな王様の口を開かせて、換言してくれたのだが、やはりよく分からない。さらに彼は続けた。
 「みな、子供のときに、自分自身の『運命』とはどういうものなのか知っているのだよ。」
 単純な理解はできた思う。けどやはり、ここで話が終わるわけがない。
 「それぞれの立場、感覚、視点から見てごらん。全てが単純で、全てが可能なのではないかと思えるはずだ。そして子供たちは、夢を恐れてはいないし、将来、彼ら自身に起こるであろう全てのことを、特に彼らが望んでいることを、恐れるようなことはきっとないはずだ。」
 「つまり、子供は将来に対して恐怖心が無い…ということですか?」
 「簡単に言えば、確かにそういうことだ。…だが君はもう、子供というにはわりかし年をとっているから分かると思うが、時が経つにつれて、君たちは大人になる。そうすると『己の運命』なるものは実現しようがない、ということにも気づくようになるのだ。『不思議な力』によって。」
 ますます少年には、老人の言葉に惑わされていった。分かるようで分からないような。でもこの王様は僕に何かを授けるために、ここに来たのだと感じる。
 老人が何を言っているのか僕にはしっかりとは理解できないのだろうけど、きっと、この話を商人の娘の彼女に話せば老人が何を話しているのか、また『不思議な力』の意味さえ理解してくれるんだろうと思う。実際にそれを知りたくもあった。

 老人はうなずくようにしてからまた口を開いた。
 「一見、この『不思議な力』というものはネガティブな力のように感じるかもしれないが、違う。実際には、君に真の『己の運命』を見せてくれるものなのだよ。君の強い精神や意志をも用意してくれる。なぜなら、この世界、宇宙には1つの大事実があるからなんだ。君が誰であれ、君が何をしようとしているとあれど、君が何かを本気で望むのならば、その君の欲求は、この『世界の魂源』になるものだからなんだ。つまり、それこそ君に課せられた地球からの使命ってことさ…。」

 いきなり話が壮大になったようだが、つまり、僕のつまらない欲求がこの世界をつくるって言うのは大げさではないだろうか。変に老人の言うことに逆らいたくなった。話の穴探し、いやあら捜しというやつか…。身近な僕の欲求を老人にふとぶつけてみる。

 「…じゃあ、王様、僕がどこかへ旅に行きたいと願うこととか…、たとえば、もし、僕が、あの織物商人の娘と結婚したいと願うことでもですか?それが世界・宇宙の根源になるというのですか?」
 「ああ、いかにもそのとおりだ。もちろん、君が財宝を見つけて大もうけしたいと願ったとしても、結局は同じことだ。」
 僕はこの老人が一瞬バカなのかと感じてしまった。どうしてって、それは羊飼いでこんなちっぽけな僕の欲求が世界と密接に関係しているとは到底思えなかったからだ。何を根拠に老人はこの文言を羅列しているのか分からない。長老の知恵というものなのだろうか。聞かないで良いとも思う、思うけど、なぜか無性に話の続きが気になるのだった。こんな好奇の欲求も老人のいう「それ」なのだろうか…?
 「『世界の魂源』となるものは、主に君らの幸福によって育まれるものだ。そして、それは幸福だけなのではない、不幸でも羨望でも嫉妬でも…全ては同じだ。君が自身の『己の運命』に出会うことこそ、人間の唯一の義務であると言えよう。」-「…全ては一つである…」
 世界を創造したのが神だと言えるならば、僕たちはその作品の中で動き続けていることになるのだろう。そうしたら、僕たちと世界とは同一であるとの考え方でさえ生まれてくる。いわゆる「平等」というやつになるのか…?神の下において僕たちは世界という作品を作り上げているのか…?欲望を持つことで。

 僕はある意味悟った気がしていたのだ。この老人が言いたかったことを、僕に伝えたかったことを。そして、老人は続けたのだ。
 「…だがそれだけじゃない。相互…というものかな?」
 王様には不釣合いな言葉ではないかと思う。だが老人は、僕が口を挟むのをその曇りない眼差しで阻んだ。

 「君が何かを望むとしたら、この世界・宇宙全てが君の望みを全力で援助してくれるに違いない。」

 彼ら2人の間には少し沈黙の時が流れた。そして、ふと辺りの広場や町の人々を眺めた。
 ここまで町が寂しくも豊かに見えるのはなぜだろう。老人の言っていたのとは違うけれど、とても不思議な力に襲われている感覚であった。ちょっとして、老人は髭をさすってから口を開く。
 「なぜ、君は羊飼いをしているのですか?」
 「唐突な質問ですね。そうですね…、なぜかと訊かれたら、私は旅が好きだからです。」
 そう答えて僕は老人の顔を静かに覗き込んだ。すると、さっきまで僕と周りの風景ばかりを見ていた老人は、ある一点に目線をくべていた。

 老人は広場の角にあるパン屋の窓にいた一人の男性を指さした。たまに見かける中年のおじさんであった。
 「君は知らないだろうが、あのパン屋の男は子供の時、とても旅が好きで、旅を心からしたがっていたんだ。…そう君と同じように…。しかし、彼は昔、突然ベーカリーを買ったんだ。当時はほんの少しの金だけを持って。…そして私に言ったんだ、彼がもう私のような老人になる時には、ひと月をアフリカを旅して過ごそうと決めている、と。」
 さらに老人は続けた。
 「彼は人生のいかなる時にも、各々が夢見ることを、私たち人間が実現させることができると気づいたことは、ほんの一回もないのですよ…。」


(End)

The Alchemist (Paulo Coelho) [抜粋]

(訳者)
 私はこの作品をある英語の恩師に教わりました。彼の最後の授業、私は彼の教育理念というのでしょうか、彼が生徒に求めていることを聞きました。そしてその時に紹介されたのが今回の一節であるPaulo Coelhoの『The Alchemist』だったのです。
 この話の直前に恩師は世界史で登場する「ニーチェ」の思想を話に交えました。『力への意志』これはニーチェの有名なせりふの1つです。これはニーチェの思想の中で登場する文言で、またその思想にはこのようなものがあります。
 「私たち人間は、悪い記憶であろうと、良い記憶であろうと、過去を振り返る意味は全くといってない。むしろ反省などしなくて良い。している時間が無駄である。つまり、将来をより良くするために、我々が最もすべきことは過去を顧みることではなく、いま現在の自分自身が何かに向かって努力することである。過去を反省するのは死ぬ間際でよかろう、その時少しでも良かったと思えるものがあったならばそれで。」
 この「いま現在の自分自身が何かに向かって努力すること」これをニーチェは「力への意志」と名づけたのです。
 換言すれば、私の恩師は、このニーチェの「力への意志」がまさによく描かれているのが、この「The Alchemist」の一節だと私たちに伝えたかったのです。
 夢を実現させるには、今の努力しかない。それこそが時を超えた私への伝言だったのです。

The Alchemist (Paulo Coelho) [抜粋]

’’Paulo Coelho’’原作の「The Alchemist」の有名な一節を抜粋し和訳 人間の「夢」とは何なのか、それを読者に問いかける不朽の作品です かなり短く抜粋してありますので気楽にご覧ください

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-22

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work