蒼い青春 十二話 「トカゲの尻尾は切られたか・・・?」
登場人物
・長澤博子・・・この物語の主人公。 心優しい17歳だが、事故で白血病を患ってしまう。
・河内剛・・・博子の恋人で、捜査一課の刑事。 常に真実を追い続ける。
・園田康雄・・・剛の先輩刑事。 役職は警部補。 かなりのやり手だが、やり方が少々手荒なため、「横須賀のハリー・キャラハン」の異名をとる。
・蛯原慎吾・・・12年前博子を誘拐した犯人だったが、出所後は彼女のよき協力者だった。 しかしローブの怪人によって狙われた博子の犠牲になり、命を落とした。
・斎藤素子・・・博子の専属カウンセラーだが、怪人の被疑者として警察に睨まれている。
前篇
蛯原の葬儀の後、博子は一人、港の近くを歩いていた。 柵に手を掛け、海を見つめる。 ちょうどあの日、蛯原と出会ったのもここだった。 思い返せば、広い海の向こうに蛯原との思い出がよみがえって来る。
「旨いな、あんた、よく出来た娘さんだね。」 そう言って、即席のランチプレートを食べてくれたこと、怪我で入院した時、花束を持って見舞に来てくれたこと、向こうのビルに怪人が現われた時、危険も顧みず飛びかかって行った時のこと、デートで、ラーメンをおごってくれたこと、信頼も全部失う覚悟で、全てを打ち明けてくれたこと、そして怪人が再び現れた時、最後まで自分が盾になって、守り抜いてくれたこと・・・ 全てが立ち込める霧のように現われては、犬の遠吠えのように遠くへ消えてゆく。 自然とあふれ出てこぼれた涙が、博子のパンプスのつま先を濡らす。 と、その時誰かが肩を叩いた。 剛だった。 博子は思わず剛の胸に顔をうずめて、彼の胸板を厚い涙で濡らす。 声を上げて泣く博子に、剛がそっと腕もまわし、その背中を優しくたたいてやる。 そんな二人をじっと見つめていた園田は、無性に煙草が吸いたくなってポケットを探ってみるが、どうにも煙草が見つからない。 すると横から手がニョッキリとのびてきて、園田にゴールデンバットを差し出す。 「おっ、どうも。」と言って園田が煙草を受け取り、差し出されたライターで火を点けようとして、ハッと何かを思い出し、「いいえ、禁煙中なので・・・」と言って、手の主に煙草を返した。 手は拒むこともせず煙草を受け取ると、またするりと引いて行った。
翌日、剛と園田はメモを片手に、東京のビル街を歩いていた。 「東京は嫌になるぜ。」 ぼそっと園田がつぶやく。 「何でですか? 僕は好きだな、東京。」と剛。 「なんかよ、東京ってよぉ、こう、ギスギスしてるじゃねえか。 俺はそれが嫌なんだよ。」と園田。 「ふーん、確かに横須賀よりはギスギスしてますね。」 「おう。」 そうこうしているうちに、二人は目的の場所、「ニッカクリエイティブ」に着いたのだった。
「ロット番号、4998 1270ですね。 少々お待ち下さい。」 応接間に通された二人は、主任に生前蛯原がメモしておいたロボット頭部のロット番号から、購入者、すなわち被疑者を割り出そうとしているのだ。 数分して、主任が資料を持って戻って来た。 「こちらが資料です。」 主任の差し出した資料を見る二人。
「田辺幸恵・・・ よし、剛、メモ取ってくれ。 ええっと、購入日が六月の、七日と、ああっと、金額が34万8千・・・ ああ、めんどくせえや、主任、これお借りできますか? 後で預かり証書くんで。」 園田が頭を掻きむしりながら言う。 「ええ、どうぞ。」 「どうも、剛、悪いな。 じゃあ、後で郵送させますんで。 行くぞ。」 そう言って荒々しく出て行く二人の背中を見送りながら、主任がつぶやいた。
「刑事ってあんなもんか・・・? まるでありゃ、ダーテーハレーだ。」と。
中篇
「なんですって、田辺幸恵が・・・。」 署に戻った二人が耳にしたのは、あの田辺幸恵が、崖から落ちて死亡したことだった。 「ええ、ついさっきですよ。 死亡推定時刻は12時12から14分の間、まさに白昼の出来事ですな。」 現場に向かった剛に、鑑識の中村が説明する。 「目撃者は?」 「いいえ、なにしろ場所が場所でして、目撃者もないことや、争った形跡がないことから、事故死と断定したようで・・・」 中村の言葉を聞いて、剛は悔しそうに唇を噛みながら、幸恵が落ちた崖の下を見つめるのだった。
署に戻った剛は、幸恵の一件で、終始うつむき、頭を抱えていた。 周りの仲間は彼の心情を考慮し控えめな態度を取っていたが、どうにも園田の姿がない。 いつもの彼だったら、男だったらシャキッとしろと活を入れるだろうが、どうしたものかどこにもいないのだ。
実は園田は、資料室に一人閉じこもって、死んだ幸恵の身辺調査をしていたのだ。 彼は今や、暗い裸電球に照らされて、何かに取りつかれたように、獲物に食らいつく獅子のように、一人作業を続けるのだった。
「おい、剛。 ついにやったぞ。」 園田がコピーした資料を片手に興奮した様子で戻って来たのは、実に彼が資料室に入ってから3時間もした時のことだった。 「これを見ろ。」 園田が差し出した資料のコピーを、剛が受け取る。 そこに書かれていたのは、田辺幸恵の実の姉が斎藤素子のマネージャー・田辺なみ、つまり被疑者である死んだ幸恵と博子は、専属のカウンセラー・斎藤素子によって繋がっていたのだ。 「剛、こいつは事故なんかじゃないかもしれねえ。 もしかしたら、トカゲの尻尾切りかもしれねえぞ・・・」 剛の耳元で園田が囁いた。 「尻尾切りってことは・・・ 黒幕はまだ生きてる・・・」 剛の言葉に、園田がゆっくりとうなずいた。
後篇
「よし、こうなったら二人を徹底して洗うぞ。」 二人は早速、翌日の朝早くから二手に分かれ、園田は素子を、剛がみなを監視することに決めた。
翌朝8時、通行人を装って素子の家の前を通過し、家の前を掃き掃除をする素子をじっと監視する。 すると、驚くことにチラリと園田を見た素子が、いそいそと道具をしまって家の中には行ってしまったのだ。 「ああ。」 そんな彼女の姿を確認しながらも、彼は令状を持っていないため踏み込むことができない。 いや、いつもの彼だったら迷うことなく踏み込んでいるところだが、今回は少し訳が違う。 独断で勝手なことをすれば、剛や博子にまで迷惑かかる。 園田は携帯電話を取り出すと、部長にあらかじめ話しておいた通りに捜査令状の要請を行い、令状が届くまでじっと待つことに決めた。
そうして過ごすこと2時間、待ちくたびれて拾った空き缶で危うくマグナム44で「缶撃ち」を行いそうになった園田の元に、捜査一課の新米刑事が令状を持ってやって来た。 「おい、君。 いったい何時間待たせるんだい。」 実際には2時間待たされた園田だったが、彼に中ではもう5時間待っている感覚なのだ。 「いや、すいません。 道に、迷ってたもんで・・・」と新米。 「何、ここら辺の土地勘ないの? じゃあ何で来たの?」と筒状にした令状で新米の頭を園田が叩く。 「すいません・・・ってそれ、令状じゃないすっか。」 「令状じゃないっすかじゃねえんだよバカ野郎。」ともう一発。 「あ、痛った・・・」 「痛ったじゃねえんだよ。」ともう一発。 「もういいや。 お前、俺と一緒に来い。」と新米を急かして玄関まで行かせると、「おい、お前呼び出してみろ。 ん、ちょっと待てよ・・・ お前、拳銃とか警棒とか持って来たか?」と園田が尋ねる。 「いいえ、だって僕令状持ってけって言われただけですから・・・」と言う新米に、「バカ野郎、現場(ゲンジョウ)に令状だけ持ってくる奴いるかよ。 まあいいや、お前、とりあえずインターホン押して、居ますかって声かけてみろ。」と叩きながら言う。 「はい、うっうん・・・」 「うっうんはいらねえんだよ。 早く」 「はい、あの~警察ですけど、斎藤さん。」 「バカヤロウ、相手は大量殺人の被疑者だぞ。 初めっから警察だって言ったら、逃げるか殺されるかのどっちかだろ。」 「はあ~、さ、殺人鬼なんですか?」 「バーカ、被疑者だよ。 いいや、俺がやる。」 そう言って園田が44マグナムを取り出す。 「ちょっと、それはヤバイですって。 だってそれ、マグナム44じゃないですか。」と新米。 「バカ、もしかしたらこの後すぐにでもこいつをぶっ放すかもしれねえ状況なんだぜ。 今更ヤバいですって、マグナムより今の状況の方がよっぽどヤバいだろ?」 そう言って園田は44マグナム持ち直すと、インターホンに向かって「おい、警察だ。 入るぞ。」と言って、ドアノブを回した。
ガチャッ・・・ 緊張が頂点に達し、一気にほどける。 ドアにはが掛かって無く、ドアの向こうはしんとした空気がどんよりと流れている。 「おい、行くぞ。」園田を先頭に、二人が部屋の奥にと進んでいく。
リビングまで来た二人が、思わず息をのんだ。 そこに転がっていたのは、顔が無残なまでに切り刻まれた、体のない死体だった。
つづく
蒼い青春 十二話 「トカゲの尻尾は切られたか・・・?」