白い朝

 目が覚めた時、僕は真っ白な世界にいた。
 比喩的な意味ではなく、それは本当に真っ白な僕の部屋だった。テレビも天井も、今寝ているベッドも、1週間前に買った石油ストーブも、おととい買ってきたリンゴも、全て石膏のように真っ白になっていた。ベランダに出る窓は開け放たれ、外から冷たい空気が入り込んでいた。外の世界もこの部屋と同じく、雪に覆われたみたいに真っ白だった。
 夢の続きにしろ、こんな真っ白な世界の夢なんて見た覚えがない。それとも僕はまだ眠っているのだろうか。昨晩は少しばかり泣きすぎた。それで変な夢を見ているのだ、きっと。
 ふと隣に目をやると、そこには悠紀がいた。おはようと悠紀は言った。いつもの寝起きの声で、僕の髪に触れて微かに微笑んだ。

「どうしてこんなことになったんだろう?」

 僕の声が滅菌された真っ白い部屋にコンと響いた。

「頭の中も真っ白になってしまったみたいだ、こんなことになってるのに全く動揺しないんだ」

 その時ふと、思い出した。さっきまで見ていた夢のことを。

「君が消えてなくなる夢を見た」

 それで昨晩はあんなに泣いたんだっけ、そう思って隣を見たとき、僕は悠紀がアルビノみたいに、真っ白なことに気付いた。髪も睫毛も肌も、唇も、全て石膏みたいに真っ白だった。

「悠紀はこの世界の一部なの?」

 私はこの世界の一部なの、ここは猶予。
 あなたが色のある世界に戻るまでの猶予。

「猶予?」

 夜が来たらちゃんと眠れるように、と悠紀は言った。

「朝が来たらちゃんと目を覚ませるように」

 僕がそう言うと、ありがとう、と言って、真っ白な世界に真っ白な悠紀は消えていった。目を覚ますと、真っ赤なリンゴが目に入った。悠紀が死んでしまう前日、二人で買いに行ったリンゴだ。
 僕は鮮明に覚えている。悠紀の黒髪を、茶色い瞳を、赤い唇を。

白い朝

白い朝

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-18

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