今日の天気 第3章 ~RED&BLUEハリケーン~

既定の文字数におさまらなかったので二つにわけただけで、明確な前後編というわけではありません。

また、少々……いえ、かなり複雑な戦いが展開されるこの第3章。
「わけわかめ!」という事も多々あるでしょうが、勢いだけでも感じて頂ければ幸いかと。

今日の天気 第3章 ~RED&BLUEハリケーン~ 前編

桜が満開である。新しい生活が始まることを祝うかのようにこの時期に花開く彼らもどこかの誰かのイメージのもとにこういう形になっている。

 ゴッドヘルパーという存在がいる。神様がこの世界を構築するあらゆる法則を管理するために作りだしたシステム、それの観察対象としてその身にシステムをつなげる存在を天界の住人はそう呼んでいる。ゴッドヘルパーは自分がそうであると自覚した瞬間にそのシステムを自分の管理下におく。つまり、一つの法則……《常識》を支配するのだ。

 私はいつもの通学路を歩いている。いつもと言っても昨日まで春休みだったのでとても久しぶりの道だ。ふとまわりを見ると私と目的地を同じくする人が見える。制服を軽く着こなしている人と妙に制服がピカピカしている人がいる。後者は新入生であるわけだ。
「……力石さんも来るわけだ……」
……年下に「さん」は変か?しかし、最初に使った呼び方というのはなかなか変えられないもんだ。
私はなんとなく空を見る。私の友達、空。最近は雲の上にのって誰かと話す夢ばかり見る。そして私はその誰かを空なのでは?と思い始めている。私は《天候》のゴッドヘルパー……故に空への強い気持ちがある。それに空が答えてくれているのでは?うん、そういうことにしよう。その方が嬉しい。

 学校につくと昇降口の横にある掲示板に人が集まっているのが目についた。
「ああ……クラス割りか。」
はてさて、私は何組かな。見に行こうとしたら突然後ろから制服の襟をつかまれ、私は首がしまった。
「晴香はあたしと同じクラスよ。」
私の首をしめたのは親友、花飾 翼だった。あの会議……というか顔合わせから、ほぼ毎日、みんなで遊んでいたので久しぶりという感覚はない。だが、翼の制服姿は久しぶりである。メガネをかけた委員長キャラの外見は健在であった。
「二年一組。鎧もいっしょよ。やったわね!」
「そうか……それはよかっ……あれ?翼……それは……」
翼が手にしているのはメモ帳。またあっちこっちから情報を得ようとしているのか。新聞記者のようだな。
「新入生、編入生、新しい先生!新学期はネタの宝庫ねぇ~。」
「なんに使うネタだよ。」
「別になんにも。ただあたしが知りたいだけ。」
翼と一緒にこれから一年間お世話になる教室、二年一組に向かう。この学校は一年生から順に、上から階が決まる。ここは五階建てなので去年までは五階までえっちらおっちら階段をあがっていたのだが、今年からあがる階が一つ減るわけだ。よかったよかった。
 クラスに入ると知った顔と知らない顔が見える。うんうん、新鮮だなぁ。
「おはよう、晴香。」
一人の女子生徒があいさつしてきた。はて?誰だったかな……
「……」
「は……晴香?どうしたんだ?」
「……ああ!しぃちゃんですか!」
「ひどいな!!」
いやいや……わからなくて当然。しぃちゃんは遊ぶ時も常にあの……道着というか袴というか巫女さん服というか……とにかくあれを着ているので今の格好はあまりに新鮮なのだ。
「いえ……しぃちゃんが制服着てるの初めて見たので……一瞬、誰だかわからなかったんです……というかなんで制服着てるんですか?」
「いくらわたしでも校則は破らん!」
「ああ……制服着用って校則だったんですか。あまりに当たり前に着てるから知らなかった。」
「あたしと晴香の中じゃ……鎧=袴なのよねぇ……うっわ、すんごい違和感!このあたしが言うんだから相当よ?この《変》のゴッドヘルパーがね!」
「……どうすればいいんだよ……」

 わいわい話していると担任の先生が入ってきた。去年と同じ先生だ。みんなが席についたのを確認して先生は口を開く。
「えー……君らの担任になった有馬だ。詳しい自己紹介は後にして、とりあえず……始業式がすぐに始まっから、廊下に並んでくれ。今は適当でいいから。」

 始業式というのは実に疲れる。ただ立って話し聞くだけなのだが……それだけだから非常に退屈なのだ。何かその時だけの楽しみを見つけないとやってられない。
「では、校長先生の話です。」
「え~……とりあえず新入生に、ご入学おめでとう。え~……そして今年新たな学年になったみなさん……」
よし、今日は校長先生が何回「え~……」と言うか数えよう。ちなみに……ちらりと後ろを見ると、翼は自分のメモ帳を眺めてうんうん唸っていた。しぃちゃんは……立ったまま寝るという芸当をしていた。
 校長先生の長々とした演説が終わり、各クラスの担任、教科ごとの先生、新任の先生等が紹介される。今回はいなくなる先生はいないようだ。ちなみに有馬先生は数学の先生である。
私は数学好きじゃないので毎回フツーの点数を取っている。テストと言えば……翼は実は頭がいい。ただ、基本的に勉強以外のことに全力を注いでいるのであまり目立たない。いつも中間テストではひどいありさまなのだが期末は馬鹿みたいに高得点を取るという勿体無いことをしている。
「ふんふん、社会の新任はきっとあれね……生物の先生はなんか雰囲気変わったわね……この春の間に何かあったと見た!」
その翼はぶつぶつ言いながらメモ帳に何か書いていた。楽しそうだが……そのエネルギーを最初から勉強に使おうとは思わないのだろうか。
しっかし……ゴッドヘルパーのことを知ってからというもの、色んなことをゴッドヘルパーとつなげて見てしまう。国語の先生は《国語》のゴッドヘルパーじゃないのか?といった感じに。きっと校長は《退屈》のゴッドヘルパーだろう……あんなに退屈な演説ができるのだから。うん?《演説》のゴッドヘルパーかもしれないな……
 そんなことを考えている間に始業式は終わった。

 始業式の日は早く帰れるので良い。まぁ……逆にこのためだけに来るのはどうなんだろうとも思うのだが。簡単な自己紹介と明日の予定が軽く伝えられるだけで今日は終わった。翼は早速情報を集めるとか言ってどこかへ消えてしまった。そしてしぃちゃんは部活に行った。剣道部は始業式から活動するのかと聞くと、「早い新入生はもう見学に来るんだ。」とのこと。
私は一人で帰路につく。本格的に学校が始まったら力石さんを探してみようかな……何組だろうか。先輩は何組だろう?そんなことを考えながら歩いていると、とある光景が目に入った。曲がり角である。春休み前、ここを曲がった時に……ルーマニアに出会った。真っ黒な怪しい男……そんなに日も経ってないのに懐かしく思う。それだけルーマニアと出会ってからの日々が密度の濃いものだったのだなぁ……口元に笑みを浮かべながら角を曲がると、危うく人にぶつかりそうになった。
「あ……すみません。」
軽く頭を下げてからその人を見た。
「よう、雨上。」
……ルーマニアだった。あの時とは違い、ちゃんとした服……怪しくはない服を着ている。相変わらず髪はとんがっているが。
「何してるんだ?」
「ああ……ちょっとこいつらにな、お前との出会いを話してたんだ。」
ルーマニアが指差した所には一人、女性が立っていた。短く切りそろえられた髪、青い瞳、お洒落な服。ルーマニアより少し背の低い……きれいな人である。
「紹介すんぜ、オレ様の同僚のマキナだ。」
「よろしく。」
どこかムスッとした声でマキナさんは答えた。どうも機嫌があまりよくないらしい。
「どうも……雨上 晴香です。」
ルーマニアの同僚……つまりは天使か。ルーマニアに用でもあったのかな?
「マキナは……雨上、お前を調べに来た。第三段階になったお前を。」
ルーマニアが少し真剣な顔で言った。そういえばそんなことを言ってたな。……あれ?さっきルーマニア「こいつら」って言わなかったか?
「んで……こいつは何か知らんがここにいる。」
「やっほー!あーたーしだよ?」
ムームームちゃんがルーマニアの背中にへばりついている。見えなかった。
「……」
あ、なんだかマキナさんがムスッとした雰囲気をさらに悪くしている!
「あの……調べるって……具体的に何するんですか?」
きっと忙しい中来ているのだろう、あまり時間を取らせても悪いと思って本題に戻す。
「あなたの……中を見る感じ。大丈夫、ちょっと頭に手をのっけるだけ。ちょっと時間がかかるけど……」
「それじゃ……うちでやりますか?この時間親はいないですし。」
「そうしましょう。」

ルーマニア(+ムームームちゃん)とマキナさんを連れて家に入る。ルーマニアから世界の仕組みを教わったリビング、今回はソファに座る。隣にマキナさんが座り、ルーマニアとムームームちゃんは立って眺めている。
「それじゃ……パパッとやっちゃいましょ。」
マキナさんは例の通信機のような腕輪をはめ、私の頭に手をのせる。なんかドキドキしてきた。
「行くわよ。」

 オレ様は二人を眺めていた。マキナは目をつぶって雨上の解析に集中している。
マキナはオレ様の頼み通り雨上の調査に立候補し、見事のその役目をゲットしてきた。あとで例を言わなくちゃな。しっかし……マキナのやつはオレ様が雨上の話をすると不機嫌になる。さっきも雨上が帰って来るまでの時間潰しにと思ってオレ様と雨上の出会いを話していたんだが、「ふーん」とか「あっ、そう」とかしか言わなかった。よくわからん。
前に雨上に嫉妬してるみたいだったからオレ様のこと好きなのかとからかったことがあったが……はてさて。オレ様はそういう恋愛に関しては疎いからなぁ。今度アザゼルにそういう感性を伝授してもらおう。この前、「俺私拙者僕は数多くの女の子のルートをクリアした!だからもう恋愛の達人なのだよ!」とか言ってたし。
「それはまちがいだと思うよ?ルーマニア♪」
隣に立つムームームが突然話しかけてきた。
「んな!?ムームーム、お前また勝手に心を……」
「「はてさて」あたりからしか読んでないけどさっ、恋愛のことをアザゼルに聞くのはどうかと思うよー?」
「なんでだよ。」
「だぁって……アザゼルの経験って全部ゲームじゃん♪」
「いや……そうだがよ……」
「ゲームでの攻略と現実の恋愛を一緒にしちゃぁいかんぜよ!」
にゃははと笑うムームームはてこてこ歩いて勝手にキッチンに入り、ジュースを飲みだした。
 ……さて……マキナの調査によって何がわかるのか。第三段階になる条件というものが判明するのだろうか……?したらしたで今より面倒なことになりそうだよなぁ……


 プルプル♪
電話がかかってきた。全身を赤で統一した赤い男はポケットで鳴るケータイを取り出す。
「うぃ。」
『うっす。こちら鴉間っす。元気っすか?』
「元気ですよ。」
赤い男がいるのは高度一万メートル、たまたま飛んできた飛行機の上に寝っ転がっている。とんでもない速度で飛行しているはずなのだが、赤い男は平然としている。
「さすがは俺の女が作ったケータイ!どこでも電波がはいるぜ!」
『ホントっすね。そっちはどんな感じっすか?』
「とりあえず……《すごいぞ強いぞ頼りになるぞスーパーハイパーアルティメットジャスティスな私たちはみんなの笑顔を守るため悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒し平和で愉快な世界を作ろうとがんばる絶対無敵の救世主だぜいぇい》の連中にあいさつをば。一発ぶち込みましたけど……まぁ、生きてるでしょうね。」
『なかなか大胆っすね。ま、君には大抵の力が効かないっすから……でも、油断は禁物っすよ?あそこのリーダーはすごく強いっす……って、要らぬお世話っすね……』
「いえいえ、鴉間さんに心配されるなんてうれしいですよ。うちらの中で最強のゴッドヘルパーにね。んで……まさかこっちの健康状態を聞くために電話くれたわけではないんでしょう?」
『一応、伝えておかないとと思ったんすが……君がこっちで手を焼いていた天使側のゴッドヘルパー……どこにもいないんすよ。』
「いない?でもあいつらはイギリスのその辺りを担当してるから……いるはずですけど?」
『見つからないんすよ。もしかしたらなんすが……君を追いかけてそっちへ行ったかもしれないっす。』
「ああ……やりそうだなぁ……あのお嬢様なら……うげぇ、まじですか。」
『ははは、頑張るっす。それじゃ。』
赤い男は鴉間との電話を切り、ため息をつく。
「ったく……イギリスにいろっつー話だぜ……」
ただでさえ今回の任務は厄介なのだ。話によれば例の《天候》と《金属》はクリスを圧倒したとか。油断のできない相手……できればそちらに集中したいところである。
「……」
赤い男はケータイの液晶を見て、登録された番号にかける。相手はコール音一回で出た。赤い男はいつものセリフを口にする。
「やぁ、マイスウィートエンジェル。」


 五分ぐらい経っただろうか。マキナは変な顔で雨上に「もういいわよ」と告げてため息をもらす。
「おう、終わったか。おつかれ、マキナ。雨上は何ともないか?」
「ああ……私としてはただ座って目をつぶってただけだから。」
ちゃんと使ったコップを洗ったムームームがわくわく顔でマキナに尋ねる。
「それでそれで?どんなことがわかったのぅ?」
オレ様も視線でマキナに聞く。
「えっと……それは……」
何となくバツの悪そうな顔をしたマキナを見てオレ様とムームームはとっさに目配せをする。
「あ、そーだ♪雨上ちゃんはプラモデルが趣味だって聞いたよ?見せて見せて♪」
「えっ……でも……」
「ほらほら♪」
ちらりとオレ様に何か言いたそうな視線を送ってきたがムームームに服を引っ張られ、雨上はムームームを連れて二階にあがる。
「……良くない話なのか?」
「もしかしたら……ね。」
マキナがソファーに座っているのでオレ様もソファーに座る。マキナはまじめな顔で話し始めた。
「ゴッドヘルパーは……システムとつながっているから……時々システムに干渉する。そして自覚したなら、そのシステムはゴッドヘルパーの制御下に置かれることとなる。」
「あぁ?んだよ突然……んな、今さらのことを。」
「あんたの報告によると……雨上 晴香……彼女は自覚する前から……感情によって天候を変えていた、そうよね?」
「ああ。悲しくなったりしたら雨が降った。怒ったら雷が鳴った。それがどうした?感情の変化でシステムに影響を与える自覚してないゴッドヘルパー……第一段階なんていくらでもいるだろう?」
「そうなんだけど……彼女は少し特殊な場合なのよ……」
「?」
「確かにね、ゴッドヘルパーってのはシステムとつながってるから……そのシステムが管理する《常識》に対して特別な感情を持つ。彼女もその口なんだけど……彼女が特別な感情を持ったのは天候ではなく空。別にこれは不思議でもなんでもない……天候を空の顔として見ている人なんていくらでもいる。でもね、それはあくまで比喩。でも……彼女は《天候》のゴッドヘルパーだった。人とは違う空に対する感性を持つ彼女は自分の感情に反応してその顔を変える空を……一つの生き物として認識していたのよ。」
「ああ……そういや「私が空を泣かせた」とか言ってた時もあったな。」
「そこが問題なのよ。」
「……どうして?」
「いい?彼女にとって、空は生き物だったの。いつ頃からそう思い始めたのかは知らないけど、たぶんずっと長い間。それがね……あんたによってそうではないと教えられてしまったの。空の顔はただ単にシステムが自分のこころに反応して作ったものだと。」
「……」
「たぶん、表には出さなかっただろうけどこころの奥底……本人も自覚しないレベルですさまじい葛藤があったと思う。そして最終的に……やっぱり空は生き物という結論になったの。」
マキナが困惑を顔に浮かべてオレ様を見る。
「さっきマキナはね、彼女の中を覗いてるときに「あなたはだぁれ?」って声をかけられたの。彼女とは異なる声……「あなたこそだれ?」って聞いたら何て答えたと思う?」
「「私は空です。」……か?」
「そう……その声の主は自分を「空」と呼んだのよ……信じられないでしょ?空っていうのはただの空間を指す言葉なのよ?」
「なんとなく理解できてきたぞ……つまり……ゴッドヘルパーであることを自覚して、システムにより強く干渉できるようになった雨上が……「空は生き物」と結論付けたから……「空」が生まれたのか。でも何でだ?雨上はあくまで《天候》のゴッドヘルパーだぞ?」
「彼女にとって天候は空の顔……表情なのよ。表情だけで存在するものなんてイメージできる?彼女の「天候という表情を持つのは空」というイメージ……いや、当たり前という考えの下に「空」は生まれたのよ。」
「なるほどな……んでその「空」は……どこに存在してんだ?」
「存在しているのは彼女のこころの中……って感じかな。」
「ふん……それで……「空」の誕生が生む問題はなんなんだ?ただいるだけなら特に問題じゃねーだろ?」
「マキナは「空」にね、彼女のことをどう思っているのか聞いたの。そしたら「空」はこう答えたの……「雨上 晴香は私の《親友》であり《神》だ」ってね。」
「親友……神……?」
「「空」はね、彼女を「自分を生んでくれ、かつ友達になってくれたすばらしい存在」と思っているのよ。」
「……そういや空を友達だと思ったらどうだって言ったのはオレ様だな……」
「……「空」は……彼女のためなら何でもすると言った。神様のお願いとして、親友のお願いとして。たぶんこれが第三段階の条件なんだわ。」
「はっ?何でそこがそうつながるんだ?」
「あのねぇ……《天候という表情を持つ「空」という存在》と《天候を生みだすシステム》は同じ意味なのよ?今やシステム=「空」なの。彼女がそういう風にシステムを変えたの。」
「はぁ!?んじゃなにか、雨上の願いを受けてシステムが自分自身の存在を書き換えたってのか!?」
「そうよ。そして「空」と名を変え、姿を変えたシステムは彼女のためになんでもすると言ったのよ?ピンチになれば全力を持って彼女を助け、彼女が力を望むなら喜んで与えるの。親友だから。神だから。それが意味すること……わかるでしょ?」
「……!……システムが持つ全ての力を使えるってことか……!」
「本来ならすさまじいイメージ力や集中力がないと起こせないような現象も……システムが喜んで起こしてくれる。彼女のために。」
「つまり第三段階っつーのは……システムの持つ可能性を完全に掌握した存在……」
「そういうこと……そりゃ強いに決まってるわよ……システムは神様が作ったもの、それを完全完璧に掌握したってことは神の力を行使できるってことに等しいんだから。システムに影響を与えて現象を引き起こす程度の第二段階なんかとはレベルが違う。」
なんつーことだ。第三段階とは神の作った事象を完璧に支配する存在なのだ。そう、自由自在に。どんなゴッドヘルパーでもこころの中の《常識》が邪魔をして「できること」と「できないこと」が生まれる。
《光》のゴッドヘルパーが屈折という現象を体験して上手く光をコントロールできなくなったように。
《硬さ》のゴッドヘルパーが複雑な硬め方をする時には手を使わないとそれができなかったように。
いかにその《常識》を操れると言っても他の操れない《常識》が邪魔をするからだ。その邪魔を押しのけるのは想像力。自分の強烈な思い込みを《常識》にまで昇華させた時、初めて邪魔をはらえる。それを通り越し、もはやシステムの方が事象を与えてくれるレベルにまで深くつながったゴッドヘルパー……それが第三段階。
「……なんにせよ……この「空とは生き物」という《常識》は影響力が絶大よ。第三段階のゴッドヘルパーが決めたことだからね。人間はいろんな物質を空にばらまいてるでしょう?そのうち「空」が怒って人間に攻撃してくるかもよ?」
「……それはそれで人間が反省するいい機会になるかもしれねーがな……」
普通、ゴッドヘルパーは自分にとっての常識しか操れないが……第三段階ともなれば、つまりシステムを完全に掌握したなら、世界の常識でさえ変えることができるわけだ。
「……一応……このことは包み隠さず上に報告するわよ?」
「ああ……構わん。とんでもなくメンドクサイことが起きそうだがな……」
オレ様は今のことを雨上にも伝えなくてはならない。きちんと第三段階としての力を制御してもらわんといかんしなぁ……とりあえず、ムームームを呼び戻すか。
オレ様は階段を上り、雨上の部屋の前に立つ。
「雨上?入るぞ?」
扉を開き、オレ様が目にしたのは……いろいろなプラモデルを誇らしげに見せる雨上と目をキラキラさせてそれを見ているムームームだった。
「ルーマニア!あーたーしは知らなかったよ!こんなにすばらしい世界があったなんて!」
「わかってくれますか、ムームームちゃん!」
「師匠と呼ばせて下さい!」
ムームームがプラモデルワールドへと旅立つ瞬間を、オレ様は目撃した。


 翌日、始業式の次の日から早速授業を始める我らの学校にみんなが文句をぶーぶー言っているお昼休み。私はしぃちゃんと翼と一緒に学食にいた。
「なぁ、花飾。」
「あに?鎧。」
二人はまだ互いを名字で呼んでいる。まぁ、この二人は私を通してここに集まっているようなものだからな……時間をかければすぐに名前で呼ぶような関係になるだろう。
「空手部の部長について知っていることはあるか?大会実績とか。」
「んん?あんでそんなことを知りたがるのよ?」
翼の問いかけにしぃちゃんはため息交じりに答える。
「うん、実は昨日な、我ら剣道部は新入部員を得るために勧誘活動をしていたんだ。わたしが道場に直接見学に来る新入生の対応をし、副部長と何人かが外に出てチラシを配ったりしていたんだが……副部長たちが空手部とぶつかってしまったんだ。」
「ぶつかる?」
私が理解できていないのを見て翼が説明する。
「ぶつかるってのはつまり……チラシを配る場所の取り合いってことよ。やっぱりさ、そういう勧誘活動をするのに向いている場所ってのがあるのよ。正門前とか、下駄箱前とかね。」
「うん、そういう場所で勧誘活動をしようとしたら……ちょうど空手部もそこを狙ってやってきたわけだ。そして……まぁ、ケンカになったんだ。そして誰が提案したんだか、剣道部と空手部で勝負をして勝った方がそのポジションを使えるということになってしまったんだ。」
「勝負ですか……」
「わたしはそんなことやめようと言ったんだが……部員全員がね、「そんなんじゃダメですよ!」って怒るんだ。」
「空手部の部長はそのことを……?」
「あっちの部長もその時は道場で新入生の対応をしていてな……現場にはいなかったし、わたしと同じように反対したそうなんだが……やはり部員に押されたんだと。」
「ははーん。つまり、互いの部の部長は乗り気じゃないのに他の部員がヒートアップしちゃってどうしようもなくなったわけね。」
「そうだ。しかも勝負は部長がすることになってな……」
「一番乗り気じゃない二人が勝負するわけですか……」
「うん……だがこうなった以上、負けることはできない。だから少しでも情報をと思ってな。」
「まさか……「剣道」対「空手」をするわけ?」
「さぁ……どうなるかは決まってない。」
「ふぅん……まぁ、どちらにしても面白そうね!ちょっと待ってねぇ……」
翼が鞄の中をがさごそとかき分ける。
「あぁ、あったあった。これに部長に関する情報は書いてあんの。」
一体どれだけのメモ帳を持っているんだ?というか過去のやつを常に持ち歩いているのか?
「空手部部長……勝又 匡介……あれま、あたしたちと同学年だわ。こいつも入部そうそう暴れたのかしらね?書いてない……」
翼が過去の自分を責めるように目を細める。
「大会実績は?」
「ん~とね……ありゃ、こいつもあんたと同じ全国レベルだわね。小学生の時に日本一になってる。中学でも出る大会全てにおいて全国にあがってる。残念ながら高校の実績は調べてないみたいね。というかこれから調べる予定。」
「いや、そこまでわかればいい。」
なんとなく……しぃちゃんの顔がわくわくするそれになった。やっぱり強い人と勝負するのには燃えるのだろうか。

 放課後、気になったので私はしぃちゃんについて(もちろん翼もいる)道場に行く。すると人がたくさんいた。どうも剣道部と空手部の部員以外もいるようだ。……というかそっちの方が多い?
「あ、部長。」
「……これはどういうことだ?副部長。」
副部長と呼ばれた男子生徒は誇ったように語る。
「いや~、この勝負はいい宣伝だと思いましてね。昼休みに一年の教室をまわって言ったんですよ。「剣道部と空手部が勝負する」って。案の定一年がいっぱい来ましたよ。これでうちらが勝てば部員も増えるってもんです!」
しぃちゃんは副部長に軽くチョップをいれた後、ため息をついた。
「ま……来てしまったものはしょうがないか。それで?空手部は?」
しぃちゃんがそう言うと人ごみの中から男子生徒が一人出てきた。
「……勘弁してくれ……こんなに人を集めて……」
「君は?」
「オレは勝又 匡介。空手部の部長。」
「そうか、わたしは鎧 鉄心。剣道部部長だ。……お互いに面倒な部員を持ったな……」
「ホント。まじで勘弁して欲しい。鎧さんのうわさは聞いてる……勝てるわけないでしょ。」
別に戦うわけではないだろうに(たぶん)……しかし、勝又と名乗ったその男子生徒はなかなかがっしりとした体であり、強そうだ。だいぶだるそうな顔をしているが。
「ふぅ……それで?副部長、わたしたちは何をするんだ?」
「……何をしましょうかね。」

 結局、まわりにいた新入生とかの意見も聞き入れた結果、戦うわけにもいかないから純粋な体育競技で競うこととなった。
「そーんじゃ、第一種目は~《百メートル走》!」
いつのまにかこの勝負の進行役となった翼が叫ぶ。
グラウンドの端っこ、陸上部が練習をしているその場所を一時的に借り、部長二人は白線の手前に立つ。「やっぱり道着着ないと!」と言われて道着に着替えた二人がスタートラインに立っているのだから変な光景だ。うん、服装的には……どっちも走りやすいとは言えない服だな。
「よ~い……ドン!」
次の瞬間、二人はすさまじい力で地面を踏み込み、風のように私の視界を駆け抜けた。えっ?あの二人実は陸上部じゃないの?と思うほどの速さだ。

 クリスとの戦いの後、私とルーマニアで一応、しぃちゃんが無意識に行っている行為を教えてあげた。しぃちゃんは《金属》のゴッドヘルパー。故に血中の鉄分をコントロールできてしまう。しぃちゃんは激しく動く時、無意識に鉄分を引っ張ることで血液の流れるスピードをあげ、驚異的な運動能力を実現させていたのだ。しかしそれはもちろん体に負担をかける。しぃちゃんとしてもそこは望まないとこだったので「うん、了解した。必要な時以外は使わないよう気をつけるようにしよう。」と言ってくれた。だから今のしぃちゃんはめったなことがないとあれを発動させない。

 「なのに……」
私の目に映るしぃちゃんは十分人間離れした速さだった。もともとの運動能力が高いのだ。……ちょっとその能力をわけてほしいとこである。
「ゴールッ!結果は……おおぅ、鎧の勝ちぃ!」
翼がストップウォッチ片手に騒ぐとまわりの人もざわつく。
「ほらほらぁ!やっぱり剣道部ですよみなさん!」
「まだだ!次の種目では勝つ!」
その後も、あんまり運動には向かない服を着た二人の部長は平均台の上を逆立ちで歩いたり(この場合歩くと言うのか微妙だが)、幅跳びしたり高跳びしたり、馬鹿みたいに高く積まれた跳び箱を跳んだり……体育でやるようなことは全てやった感じだ。しかし……
「う~ん……実力拮抗とはこのことね。勝ったり負けたり……今んとこ結果は互角よ。」
「翼、どうするんだ?」
「そうね~やっぱり戦うのが一番なのかも。」
「剣道対空手をやるのか?いくらなんでも……そもそもルールが違うだろう?」
「どっちのルールも採用しなけりゃいいのよ。「剣道」対「空手」ではなく!「刀」対「徒手空拳」と考えるのよ!ようはどっちが強いのか、それがみんなの知りたいこと。」
そう言うと翼はどっから出したのか、竹刀をしぃちゃんへ投げる。
「戦うのよ!」
「竹刀を投げるな……まぁ、わたしもなんだかそれが一番のように思えてきたがな……」
しぃちゃんがちらっと勝又さんを見る。勝又さんもそう思ったのか、軽く頷いて道場へ向かって歩き出す。
 かくして、ここに「剣道」対「空手」……もとい、「刀」対「徒手空拳」の戦いが実現した。
「手加減は無用。わたしは君が防具をつけていないことをきにせずに刀を振るう。君も寸止めにはせず、撃ちこんでこい。」
「……勘弁してほしいなぁ……でもまぁ、おもしろそうではあるかな。」
 先生に見つかったら止められだな、この戦い。
互いに思い思いの姿勢で構える。しぃちゃんの構えは……たぶん《雨傘流》のそれだ。勝又さんは……自然体というやつだろうか?あんまり詳しくないからよくわからないが余裕のある姿勢を取っている。
「んじゃぁ……始めぇ!!」
翼の合図で先に動いたのはしぃちゃんだった。クリス戦で見せた動き……ぴょんと相手の方へ跳んで空中で一回転しながら竹刀を振るう。勝又さんはすっとしゃがんでそれをかわし、しぃちゃんの着地を狙って鋭い蹴りを繰り出す。空中では自由に動けない……はずなのだが、しぃちゃんは柔らかい動きで竹刀を蹴りの向きに合わせ、それをいなす。そして……ああ、だめだ。もう説明できない。とにかくよくわからない……戦いがそこで起きている。アニメのワンシーンを見ている気分だ。とりあえず……二人ともすごい速さで攻撃し、防御している。
「でたらめな奴らねぇ……」
翼が呟く。いやまったく。

数分後……二人の部長は互いに「やるなぁ!」などと言い合い、握手を交わした。素人の私たちにはわからないが……この二人の達人は相手の実力をきちんと理解したらしい。「勝敗を決めるのは無粋だよ。」などとしぃちゃんが言うものだから……結局勝負は引き分けとなった。各部の部員は納得のいかない顔をしているが見学していた新入生は満足しているようだ。
「ま……どっちの部に入ってもすごい人の下でその技術を学べるとみんな理解できたし、結果オーライなんじゃないかしら?」
「そうだな。私はあの二人が同じ高校生だっていうことにびっくりしたよ。」
「今さらねぇ……ま、残念なことにこれで一つ、面白いことが終わったのよね。さみしいわ。もっといろんなことを誰かやってくれないかしら?あたしは存分に学生を楽しみたいのに。」
「……翼から起こそうとは思わないのか?」
「あたしが起こすことは全て……変……なんでしょ?」
「私はもう慣れてるから……存分に起こしていいぞ。」
翼はほほ笑む。私も笑う。うん……今年も楽しくなりそうだな。

ちなみに、今年度の「剣道部」と「空手部」の新入生の数は例年の倍になった。


 数日後、新しいクラスにも慣れ、ゆっくりと空を眺めることができるようになった私のもとにハイテンションの翼がやってきた。朝のことである。
「神様はあたしに楽しみを大売り出ししてるみたいよ!」
「……なにか買ったのか?」
「ノンノン。お約束よ、お・や・く・そ・く!」
しぃちゃんが教室に入ってきたのを見るや否や、翼は私としぃちゃんの腕をつかんで走り出した。
「な?なんだ、おい!花飾!」
「翼?」
「見なきゃ損よ!?高校では小説とか漫画の中でしか登場しない伝説の存在がやってきたんだから!」
二年三組の教室の前、男子女子問わず、多くの生徒がクラスの中を覗いている。「かっこいいー!」「外人さんかな?」などと言っているのが聞こえる。ははぁ、なるほど。
「転校生か。」
「そうよ!あの伝説の転校生よ!」
小学校、中学校はともかくとして、高校に転校生が来るというのはなかなか無い。なぜなら、高校は義務教育ではないので編入試験を受ける必要があるからだ。それに、高校は基本的に入りたいと思ったところに入る。めったなことがなければ転校はしないのだ。
「はいはい、しつれ~い。」
翼が教室の入り口からこそこそと中を覗いていた生徒を押しのけてずかずかと入っていく。ああいう遠慮のないところは一種の才能だよなぁ……残念ながら私にはそんな才能はないので外から眺めることにする。
「晴香、花飾のやつは一体どうしたんだ?」
「転校生ですよ……外人さんらしいですね。こっからはちょっと見にくいですけど……」
「転校生で騒ぐのは漫画の中だけだと思っていたが……」
ごもっとも。私は軽く背伸びをして中を覗く。翼がなんの躊躇も無く机の上につっぷしている転校生に話しかけている。
長い銀髪である。眠そうにあげた顔はものすごくだるそうだ。……だるそうだったのだが、翼を見て一瞬目を見開いた。緩慢な動作でまわりをキョロキョロする。すると私と目が合った。そしてその転校生はにっこりとほほ笑んだのだった。
「……?」
翼がメモ帳片手に何か聞こうとした瞬間、チャイムが鳴った。

 一時間目の授業は数学。担任の有馬先生が担当だ。先生は「とりあえず君らの実力を見せて欲しい」とか言っていきなりテストを始めた。まぁなんとかなるかなと思って何気なくしぃちゃんを見る。……顔面蒼白。もしくは絶句という表現がぴったりの顔をしていた。大丈夫かな……

 テストが終わると、つまり一時間目が終わると翼は目にも止まらぬ速度で教室から姿を消す。この一時間目と二時間目の間の短い休みに情報収集をしに行ったのだ。私はしぃちゃんのところへ行く。
「どうでした?」
「……晴香……インスウブンカイってどこの国の言葉なんだ?」
「……それ本気で言ってます?」
「……半分冗談だ。」
しぃちゃんの学力は計り知れない。
「次は……英語か……わたしは英語はきらいだ。」
「苦手を通り越して嫌いですか。英語のどこが嫌いなんですか?」
「文字が二十六個しかないところ。」
なんて微妙な……
「考えてみろ晴香!我々は五十……いや、漢字を入れれば数千という数の文字を使ってやりとりしてるんだぞ!?それでもまだ完全なる意思疎通ができないというのにたった二十六で何ができるんだ?意味がわからん。」
……残念ながらしぃちゃんが何を言っているのか理解できなかった。とりあえず何だか論点が違うということは感覚でわかったが。
 短い休み時間が終わる数秒前、翼が帰って来た。なんだか……非常に楽しそうな顔だった。

 お昼休み、みんなで食堂に行く。そこで当然のように翼が収集した情報をしゃべりだす。
「あの銀髪の転校生のことがある程度わかったわ!」
あの数分で……すごいなぁ……翼は。
「やっぱり外国人だったわ。イギリスから来たんだって。名前はなんだか変わっててね……その名もアザー・ゼルくん!」
……なんだって?今、アザゼルと言ったのか?
「へんちくりんな名前だな。外人ということは……ゼル家のアザーさんということだろう?」
アザゼル……私は知っている。軽く神話に首をつっこめばすぐに出てくる名前だ。アザゼル……かの有名なあの天使と並ぶ……堕天使だ。
「アザゼル……か。」
「んん?違うわよ晴香。アザー・ゼルよ。」
「さすがルーマニアくんのパートナーなのだよ。」
「「「!」」」
三人で反射的に声のした方を見る。なぜかというと、ものすごく近くで聞こえたからだ。
「ははは。いい反応なのだよ。」
銀髪の転校生……アザー・ゼルは……私のとなりに座っていた。
「ばかな……このわたしがこの距離で気づかないわけが……」
しぃちゃんが心底驚いている。別にしぃちゃんみたいな達人でなくても……隣に人が座ったことくらいはわかったはずだ。しかし……まったく気付かなかった。
「ふふふ。この技術部開発の特性指輪の効果はすごいのだよ。さすが!」
この感じ……独特の人間離れした気配というか、なんというか……
「……天使……」
私の呟きに二人は目をまんまるにする。アザー・ゼルはにこにこしている。
「正解なのだよ。俺私拙者僕の名前はアザゼル。天使なのだよ。」
「……なんで天使がここにいんのよ……」
「まぁまぁ。それを話すのにはだーいぶ時間を必要とするのだよ。俺私拙者僕も俺私拙者僕で君たちに言いたいことがあるし……放課後にまた会うのだよ。うん……屋上がいいのだよ。」
「……屋上は普段開いてないですよ……?」
「えぇっ!?そんなバカななのだよ!俺私拙者僕は数々のゲームをやってきたのだよ!?どのゲームでも学校の屋上は常に開いていたのだよ!そしてそこは主人公とヒロインが人目を気にせず、いいムードでお話ができるすばらしく、かつゲーム進行には必要不可欠なところなのだよ!そこが開いていないなんてありえないのだよ!」
……なんだろう……やっぱりというかなんというか……この人は変だ。
「なに?こいつオタク?」
翼が変なものを見る目でアザゼルさんを見る。
「うう……じゃあ……いや!やっぱり屋上がいいのだよ!憧れなのだよ!俺私拙者僕がどんな手を使ってでも開けるから放課後は屋上に来るのだよ!」
……今さらだがすごい一人称だ。


 力石 十太はそわそわしていた。先日の顔合わせで出会った三人の先輩。雨上 晴香、鎧 鉄心、花飾 翼。同じ高校に行くということは彼女たちも知っている。だが……
「やっぱ……挨拶とかするべきだよなぁ……ううだめだ、緊張する。」
お昼休み、一年四組、教室の隅っこの席で力石は買ってきたパンをかじりながら考えていた。共に戦うこともあるであろう先輩方に改めて挨拶をする。なにも難しいことはないのだが問題は相手が全員女子だということ。
「うう……もしも話してるとこをクラスの奴に見られたら……絶対変なうわさがたつ……!どーしよう……かといって挨拶しないのはやっぱり礼儀がなってないような気がするし……「礼儀がなってないな。」とか絶対鎧さん言うし!怒られる!オレはどうすれば……!」
外見はちびっこいが頼りになる相棒、ムームームは今はいない。
「校門で待ち伏せるか……?いやいや、それじゃ先輩に思いを告げる後輩だ!くっそぅ……こういう時に……このマイナスな感情を前へ進むエネルギーに変えたい……!でも今のオレは物理的なエネルギーしか操れない……もっと修行しとけばよかった……」
うんうん唸っているとクラスのまだ名前も覚えていない女子生徒が力石を呼ぶ。
「力石くーん。お客さんだよー。」
「お客……?」
顔をあげ、扉を見ると鎧 鉄心が立っていた。
「うぎゃぁ!迷ってる間にお叱りがきたぁ!」
……とこころの中で叫んだ力石はおどおどと歩き、鎧の前に立つ。
「えぇっと……なんでしょうか……」
「花飾の情報力はすごいんだな……ホントに一年四組にいた……やあ、力石くん。鎧だ。」
「はい……」
「ん?なんでそんなにおどおどしてるんだ?」
「あ……いえ……そんなことは……」
「しゃきっとしろ、男の子。」
「は、はい!」
「よし。えぇっとだな……一番脚の速いわたしがこうしてお昼を抜けて君へ知らせる係になったわけだ。わたしはさっさと戻ってみんなとご飯を食べる。いろいろと伝えることがあった気もするがお昼を優先しよう。力石くん。」
「はい!」
「放課後、屋上に来るんだ。では。」
そう言って鎧は瞬く間に力石の視界から消えた。横を見るとすごい速さで駆け抜ける後ろ姿が見える。
「……なんだったんだ……?」
クラスの面々から奇異の目で見られながら自分の席に戻る。
「屋上……はっ!まさか!」

「力石 十太!君は先輩に挨拶に来ることもできんのか!その貧弱な精神、わたしが叩きなおす!」
「え……なんですかこれ……うわっ、木刀!?」
「構えろ!行くぞ!!」
「う、うわあああああ!」

「的なことに……?やばい、殺される!」
力石の持つ鎧のイメージはそんな感じなのだった。


 放課後。屋上。アザゼルさんが何かしたのか、鍵は開いていて普通に屋上に出ることができた。私としぃちゃんと翼は柵によりかかるアザゼルさんに近づく。隣にはしぃちゃんが呼んだ力石さんもいる。力石さんはなぜかびくびくしている。はて?
「うんうん……とりあえずゴッドヘルパーは揃ったのだよ。あとは天使なのだよ。」
「まだ誰か来るんですか?」
「うん……とりあえず君たちのパートナーは来るのだよ……っと、うわさをすればなのだよ。」
私たちが立っているところから少し離れた場所に突如として三つの人影が現れる。
「うっす。待ったか?アザゼル。」
「いやいや。」
「つーか……ぷっ!だっはっはっは!アザゼル!良かったなぁ!ひひひ、制服が似合ってるぜ!あははは!」
「好きで着てるわけではないのだよ……」
アザゼルさんがやるせない顔になる。
「あーたーしはうらやましいなぁ♪制服ってなんか憧れるの!」
「けっ!てめぇみたいなちんちくりんが着ても面白くねーよ。やっぱ似合う人が着るべきさ!ねぇ、つ・ば・さ。」
「……」
「あ……あのぅ、翼さん?無視されるの結構悲しいんですけど……」
ルーマニアとムームームちゃんとカキクケコさんがそろって登場する。ムームームちゃんはなぜかまたルーマニアの背中にへばりついている。
「うんうん、みんな揃ったのだよ。ではでは、このアザゼルが説明しましょう!今起きていることを!なのだよ。」
今起きていること……?
「まず……俺私拙者僕がここにいる理由から。もともと俺私拙者僕はイギリスのとある地域担当なのだよ。それが俺私拙者僕のパートナーのちょっとしたわがままで日本に来たのだよ。ルーマニアくん達はクリスと戦ったのだよね?」
「ああ。」
「クリスは……今回の事件の《犯人》の一味。この騒ぎを起こしている奴の思想に共感し、協力するゴッドヘルパーがいるわけだね。そいつらは各地に散らばり、《犯人》が与える情報をもとにゴッドヘルパーに接触、自覚させるという仕事を担っているのだよ。自覚させるには実際にゴッドヘルパーの力を見せるのが手っ取り早いからね~。」
なるほど……そうやって自分に従う部下に自覚させるという作業をやらせてるから……《犯人》を捕まえられないのかもしれないな。姑息なやり方だ。
「ここ日本にクリスという《犯人》の一味がいたように、イギリスにもいたわけなのだよ。実際、俺私拙者僕たちはそいつと何度も戦っているのだよ。だけどこの前、そいつは突然……イギリスから姿を消し、日本に現れたのだよ。おそらく目的は……雨上ちゃん、君なのだよ。」
「え……私ですか?」
「《犯人》側からすれば天使側に第三段階がいるというのは非常にやりにくいこと。だから……その力が定着する前に潰しに来たのだと思うのだよ。」
「私を……・」
「……そのイギリスからこっちに来たやつは……めちゃくちゃ強いのだよ。だからそいつに君を倒す任務が下りたのだと思うのだよ。うん……そこまではまぁいいのだよ……」
「まぁな。こっちに来たなら来たでオレ様たちがそいつを倒すだけだからな。お前が来る必要がない。つーか逆にそいつがいない間に自覚して暴れてるゴッドヘルパーを全員やっつけちまえばとりあえずイギリスに平和が訪れるだろうに。」
「うん……でぇぇぇもねー……俺私拙者僕のパートナーが負けず嫌いでねー。「このままでは何だか勝ち逃げされた気分ですわ!完全勝利しなければ気がすみませんわ!」とか言ってねー……こっちまでそいつを追うこととなったわけなのだよ。」
「なるほど?んで……お前が制服着てる理由は?」
「……そのことを上に言ったらさぁ……「そいつはどうせ《天候》を狙うのだからお前は《天候》の傍にいることになる。ならば……しばらくの間お前に監視役の任を与える」とか言ってね……学校に潜入して監視するはめになったのだよ……」
つまり……アザゼルさんがこうなったのは私のせいか……
「……何かすみません……」
「いやいや……雨上ちゃんが謝ることではないのだよ……」
「つーか……上の連中はよっぽど雨上を信用してないんだな……仕方ねーとは言え、むかつくぜ。」
そこでしぃちゃんがすっと手をあげる。
「結局の問題はなんなのだ?」
「うん……そのイギリスからの刺客が強いということなのだよ。世界中に散らばる《犯人》一味のゴッドヘルパーのなかじゃ……《空間》に次ぐ実力を持つと思うのだよ。」
「《空間》……?ああ、あれか。カラスか。」
しぃちゃんは話で聞いただけで会ったことはない。それでも名前は聞いているはずなのだが……「鴉」の部分しか覚えていなかったらしい。まったく、歴代の戦隊の必殺技は全て覚えているのに……
「鴉間 空ですか……やっぱり《空間》はトップクラスの力なんですね。」
「《空間》に次ぐ力って……いったい何なのよ、そいつの……操る《常識》は?」
翼の問いにアザゼルさんは深くため息をついた。
「それが……不明なのだよ。何か……こう、未来の兵器というか、腕にキャノン砲をつけて背中からはウイングをはやしてる奴なのだよ。ジェットで空を飛ぶのだよ。」
「あによそれ……?」
「確かに……なんだそれ?」
ルーマニアがあごに手を当てながらうーんと唸る。
「その……未来の兵器を作るような力がそいつの操る《常識》なのか?」
「うん……普通はそう考えるよねぇ。でもね、戦うとそうは思えなくなるのだよ。その二つの兵器を除いてもかなり強いのだよ。」
「?」
「こちらの攻撃を……まるでそれがゆっくりに見えてるかのように華麗にかわすのだよ。人間には視認すらできないような攻撃をね。」
「それって……」
そこまでずっと黙っていた力石さんが発言する。
「そいつの力って……《時間》なんじゃないですか?」
「何でそう思うのだよ。」
「未来の兵器っていうなら未来に行ってとってくればいいし……時間をゆっくりにすれば攻撃をかわすことなんて……」
「おおぅ……一理あるのだよ。」
「でもよー……それだと相手側に《時間》と《空間》の二柱があることになるぜ?絶望的だなぁ……考えたくねぇ……」
《時間》と《空間》……そういう力を操る存在はどんなゲームでも漫画でも「最強」として扱われる。そんな存在がダブルで敵?いやだなぁ……
「まぁ……明確な答えはあいつしか持ってないのだよ。だから考えたってしょうがないのだよ。」
「そうだな……ひとまずそいつの話は置いといて……つーか……名前は知らねーのか?」
「知ってるのだよ。」
「……それを最初に言うのが普通じゃね?」
「……言われてみればそんな気がするのだよ。そいつの名前はリッド・アークなのだよ。全身を赤色で包んだ男なのだよ。」
リッド・アーク……その人が今回の……敵……か。
「ねぇねぇアザゼルゥ♪」
「なんなのだよ、ムーちゃん。」
「《ム》が二個足りないよ?うんとね、アザゼルのパートナーはどこにいるの?」
「……いいホテルを探してる頃だと思うのだよ。彼女は気まぐれわがままお嬢様なのだよ。」
「……お嬢様だと!?」
変なとこにカキクケコさんが反応した。
「アザゼルのくせにそんないいパートナーを……!?うらやましい……!」
「……」
翼が人を殺せそうな目をする。
「うん?あ、いや、翼!べ、別に君に不満を持ってるわけでは……」
「うっさい。」
翼のその言葉の後、突然カキクケコさんは額を地面にこすりつけるほどに深い……土下座をした。普通に翼に謝っているのだと思ったが……カキクケコさんは何も言わない。変に思って翼を見る。
「自分が土下座をしていないことに強烈な違和感を持たせたわ。」
……つまり土下座しているのが普通という感情を持たせたのか……恐ろしい。
「……とりあえず……雨上ちゃんは気をつけるのだよ?」
アザゼルさんの言葉でその場は解散となった。


 赤い男……リッド・アークはとある建物の屋上から隣のビルの中の一人の男を見ていた。男は英会話教室で中年の男に英語を教えている。男の名は……クリス・アルガード。
「《硬さ》のゴッドヘルパー……そうか、こいつは自覚する前はこういう仕事をしてたのか。なるほど、それで日本にいたのか。」
リッドは視線をクリスから空へ移す。
「……俺はああはならねぇ……そうだろ?マイスウィートエンジェル?」
一人ごとを呟きながら懐から数枚の写真を取り出す。
「ゴッドヘルパーってのはこの世の《常識》の数だけ存在する。つまりたくさんいるわけだ。ただこういう……「戦い」に向くか否かでその強さが決まってしまうという話。しょうもないものを支配してもしょうもない。だからあまり重視されない。」
写真に写るのはどれも若者。学生服を着ている者もいる。
「だがそれは高ーいお空の上から見ている神共の考え。現場の天使や俺たちはわかっている。一つの《常識》を支配することがどういうことなのか。」
数枚の写真から三枚引き抜き、他をしまう。
「この俺がそうであるように……どんなにしょうもない力でも、応用の仕方によっては……化け物となる。」
リッドは両手を空へ向けて広げる。その手にはキャノン砲はなく、ただただ世界に伝えようとしている。
「ふふっ!さぁさぁ、かき回すぜ?散らかすぜ?暴れるぜ?我らの偉大なボスのため!世界征服をするため!俺は邪魔ものを蹴散らすぜ!そして同時に見せてやる、教えてやる、示してやる!如何なるゴッドヘルパーも……最強の称号を手にすることができるということを!!見ていてくれよマイスウィートエンジェル!」
リッドの叫びに応じるように、あたりの地面から異形の存在が姿を現す。黒い体に黒い翼。赤い目を爛々とさせ、低く唸るその存在は……俗に言う悪魔そのものだった。
「わりぃな!今回はちっとばかし力を借りるぜ!」
合計で三体出現した悪魔はリッドからそれぞれ一枚ずつ写真を受け取り、軽く頷くと……幻のようにその場から消えた。
「ふふっ……ふふふっ!笑いが止まんねぇ!こんなにでかいランチキ騒ぎは初めてだ!楽しむぜ?遊ぶぜ?はーっはっはっは!イッツァショウタァイム!」


 次の日からアザゼルさんは私たちの友達としてふるまうようになった。なぜ外国からの転校生が突然ここの生徒と仲良くなったのか、まわりの目は不思議なものを見るそれだがアザゼルさんはまったく気にしない。
「雨上ちゃん、ここにはミスコンがないっていうのは本当?」
「普通はありませんよそんなもの……」
「なんてこったなのだよ!屋上の件といい、ミスコンといい……ゲームは嘘ばっかりだったのだよ!うぅ……俺私拙者僕の想像がことごとく破壊されていくのだよ。」
「まぁ、そんなもんよねー。ゲームとか漫画の世界にあるような学校なんて実在しないんじゃない?」
「むむむ?いやいや……少なくともここにそんな存在がいるのだよ?」
「……何のことですか?」
「メモ帳片手に走る情報屋さんとサムライガール。」
「サムライガール……なんだかかっこいいな……わたしは気にいったぞ。」
「あんたの存在が漫画みたいって言われたのよ?」
「かっこいいからいい。」
みたいな会話を休み時間にする。ううむ、短い間に話す友達が増えたな。今までは翼とだけだったからなぁ……だからか、なんとなく翼と話す時と他の人と話す時では言葉遣いが変わってしまう。
「あ。そういえば何か伝言をルーマニアくんから頼まれていたのだよ……」
がさごそと胸ポケットから紙を取り出すアザゼルさんを見て……私は思い切って聞いてみた。
「アザゼルさん……」
「ん?」
「その……ルーマニアの本名ってなんですか?」
言った瞬間、アザゼルさんは普段のおちゃらけた態度からは想像ができないような表情になったが、すぐにいつもの笑顔になった。
「気になる?」
「……まぁ……」
「確かに。ルーマニアって国名だもんね。あたしも気になるわ。」
「む?本名じゃなかったのか?」
アザゼルさんはふふふと笑って私を見据える。
「雨上ちゃんに一つの真実を教えてあげるのだよ。」
「真実……?」
「今……人間界で語られている「神話」っていうのは……九割方……事実なのだよ。」
「え……」
「神話に詳しい……というか俺私拙者僕の名前がわかる雨上ちゃんならこの意味がわかるよな?」
アザゼルさんの……雰囲気が変わった。
「アザゼル……確か……堕天使の名前ですよね?」
「だてんしってあによ、晴香。」
「……神様に反逆した天使のことだ。」
「反逆!?アザゼル殿が!?」
「ああ。俺はむかーしむかしに……神に反逆し、一時悪魔の力を手にした存在だ。今はその罪を償うためにこうして働いている。本来なら……こんな現場に送られるような位じゃないんだがな。」
「ふむ……神話が本当ということは……ヤマタノオロチとかも実在したのか?」
「ああ……いたと思うぜ?担当したのは俺じゃなから見たわけじゃないが。」
「おおぉ……」
「鎧……もっと他に聞くことがあるでしょう?」
「……なんだ?」
「見てたらわかります……アザゼルさんとルーマニアは友達なんですよね?」
「ああ。親友だ。いつも一緒に行動してきた。」
「つまりルーマニアも堕天使……」
「ルーマニア殿も!?」
「……ルーマニアは名乗る時に「オレ様の名前はル……」って言って少しつまったんだ。ルから始まる名前の堕天使で……アザゼルさんクラスとなると……一人しか思い浮かばない……」
「な……なんなのよ……」
「ルシフェル。神話だと……諸説あるけど……神に反逆して地獄に落とされて……悪魔の王となったとも言われる存在だ。」
「悪魔の王だと!」
しぃちゃんが勢いよく立ちあがった。信じられないという顔だ。
「まぁ……詳しいことはルーマニアくんに聞くのだよ。」
アザゼルさんが元に戻った。いや、皮をかぶったというべきなのか……
「あーあぁ……この話の元凶が俺私拙者僕と知ったらルーマニアくん怒るだろうなぁ……」
アザゼルさんは紙を広げる。
「うん……ちょうどいいのだよ。ルーマニアくんが仕事の話をするそうなのだよ。今度の土曜日に鎧ちゃんの家に集まっておいてってさぁ?」

 土曜日。まぁ……天界には曜日なんてないが……オレ様はマキナから渡された資料を片手に鎧の家へと向かう。何か知らんがアザゼルのやつが「頑張るのだよ?」とか言ってきたが……あれはどういう意味なんだ?
「よっと……」
姿を消す魔法を解いてオレ様は鎧家の庭に姿を現す。縁側には雨上、鎧、花飾がいた。
「……花飾はカキクケコの協力者だから別に来なくても良かったんだが……」
「ん~っとね……大事な話があるからいるのよ。」
「?」
「ルーマニア……」
なんだ?雨上が暗い顔してる……
「そろそろ話してくれないか?……お前の……ルシフェルのことを。」
……最近めっきり聞かなくなったオレ様の本名を雨上の口から聞くとはな……
「アザゼルめ……こういうことかよ。」
オレ様は目の前の三人のゴッドヘルパーを見る。真剣な顔だ。まったく……
「ま、アザゼルがお前らと絡みだしてから……こうなるとは思ってたがよ。」
「ルーマニア……私は……その、無理に聞こうとは……」
「いや……構わねーよ。オレ様たちの敵が敵だからな……いずれ話さなきゃならん話だったんだ。いいぜ……話してやるよ。オレ様の……堕天使ルシフェルの物語を。」
「……ああ。」

 私たちは縁側に、ルーマニアは私たちの正面に腕を組んで立った。おそらく……これから語られる物語は一部の人間が必死に探しているであろう真実だ。私は一言も聞き逃すまいとルーマニアを見つめる。
「昔、オレ様は天使の中じゃ最上級の位で神の傍に立っていた。そして……当時の人間は……雷とか嵐とか……疫病とかを神の怒りとして捉えていた。だから人間はそういうのが続く時は神に生贄をささげて怒りを鎮めようとしていた。まぁ実際はそういうもののゴッドヘルパーの影響なわけだが。」
「私みたいな……か。」
「そうだな。……そういう風に神を人間が捉えていたあの時代のとある日、一人の人間が現れた。その人間はその力や思想から「神の使い」とされ、人間の中でも特別な扱いを受けていたんだが……そいつが言ったのさ……「神は我々を愛して下さっている。神が我々にこんな苦難を与えるわけがない」……とな。」
……神の使い……愛……おそらくその人間というのはたぶんあの人なんだろうなぁ……
「当時の人間は安心した。なんだ、神は怒ってはいないのか。よかったよかった。……だがここで人間達の頭に疑問が浮かぶわけだ。じゃあ一体誰の仕業なのかと。そこで犯人にされたのが……オレ様だったんだ。」
……神の怒りに見えたその行為が神の仕業でないとするなら同等の力を持つ誰かということになり……神の傍に立つほどの存在だったルーマニアが注目されたのだろうか。
「正確な理由は知らんがとにかく人間達はオレ様の仕業とした。……今のオレ様なら……いや、今の世界なら、オレ様も「ははっ、何言ってんだこいつら」ですませただろう。だがあの時代はそうもいかない時代だった。」
「どういうことよ?」
「あの時代は……今の人間達が「ファンタジー」として扱うような存在、現象が闊歩している時代だった。だからオレ様たち天使も多くの仕事があった。暴れ出した竜の鎮圧とかそんなんがな。だからオレ様達には……戦う為の力が必要だったんだ。……戦うっていう行為はすさまじくエネルギーを使う。いつもは必要としないような能力も発動させたりするからな。……当時のオレ様達は「信仰の力」を戦う力に変えていた。」
「信仰の力って……?」
「《信仰》……ゴッドヘルパーもちゃんと存在する世界の法則の一つだ。当時の《信仰》は「自分を信じるものが多ければ多いだけ力が増す」というものだった。」
「そういうものにもゴッドヘルパーはいるのだな……」
「無論、神はみなから崇められている。故に絶対的な力を持っていた。オレ様も同様に、多くの信仰するものがいたからすげぇ力を持っていたんだがな……その、オレ様が雷とか疫病を起こす犯人とされてからはどんどん力が減っていった。自分たちに辛いことを課すような存在を信仰するやつはいねぇからな。当時のオレ様は焦ったさ……みるみる力が減ってくんだからな。このままでは神の傍という地位も失うかもしれない……そう思ったオレ様は……そりゃぁイライラしていた。んで……その内にこんな考えが浮かんだ。「何故神はそこまで絶対的に信じられているんだ?」ってな。」
その時……ルーマニアの顔はいつか見た苦い顔だった。堕天使ルシフェルの物語は……この瞬間から始まる……
「一度思ってからはもう止まらなかった。全てのイライラが神に向いた。なぜてめぇばかりこうなんだ?不公平じゃねーか!……そしてオレ様は初めて神に意見をし、反抗した。その時神は言った……「余を信じるのです」ってな……その一言だけで片付けられてしまった。オレ様のイライラは溜まるばかり……そんな時に一人の天使が声をかけてきたんだ。「実は俺も神に対して怒りを覚えている」ってな。」
「……天界も一枚岩じゃなかったってことね……」
「ああ。集めてみたら結構な数がいた。その時オレ様は思った。「なんだ。神も大したことないな。天界の住人ですらまとめきれていない。だったら……その神っていう役割……オレ様がやってもっと世界を良くしてやろう」って……な。」
ルーマニアは軽く鼻で笑う。まるで自分を馬鹿にするかのように……
「オレ様は……同じ意見を持った奴を集め、天界で史上初の……「反逆」を起こした。力を失っているとはいえ、オレ様はそこまでの地位にいた天使だ。その辺の天使はゴミのように消すことができた。多くの天使を殺し、血を浴び、オレ様は神の前に立った。そして……オレ様は神に敗北し、一緒に戦った奴らと共に地獄に落とされた。」
神話によると……神は片手で……軽くルシフェルを地獄に落としたとか。
「あっけなかった。一瞬だった。だからこそオレ様の怒りはさらに膨れ上がった。そしてその怒りを……地獄の連中は歓迎してくれた。オレ様は地獄でそいつらの持つ邪悪な力を得て……全員を統率し……地獄の王……最強の悪魔となった。」
「悪魔……」
「そして地獄の底から指示を出し、神の部下である天使たちを殺してまわった。「神よ、オレ様はお前には勝てないのかもしれん。だから……お前のまわりを消していくことにした。お前の作ったものは全て消してやる。」ってな。」
「……」
「だが神も……オレ様たちが殺したら殺した分だけ新たに作る。殺し、作り……そんなことが延々と続いていた。本当に……延々と。だが、そんなことは気にすることなく……人間は進化していった。そして……いつのまにか、技術を手に入れていた。」
「技術……?」
「ああ……信仰に変わる新たな人間の拠り所だ。その技術が発達すればするほど、信仰の力は無くなっていった。天使はもちろん……悪魔にもその影響はあった。悪魔は人間が恐れ、その存在を信じるという《信仰》を力に変えていた。そう、神側もオレ様側も……戦う力が無くなっていったんだ。そして……《信仰》を管理するシステムが……時代に合わせて大きな変革を起こした。「信じるという行為が力になることはない」という改革をな。」
今の人間社会を見ればわかる。昔は神様が信じる人間が多かったが今は逆が多い。システムが《常識》を時代に合わせるものなら……それは当然の結果だ。
「戦う力を失い、地獄で怠惰にすごしていたオレ様は気付いたんだ。「オレ様はなにをしているんだ?」って。ずいぶんと……バカなことをしているなぁと思ったんだ。最初に思うべきことを……そこでやっと思ったわけさ。」
一時の感情で起きた戦いが……冷静になった瞬間に冷めるのはよくあることだ。ルーマニアの場合……それの規模が大きかった。ただそれだけだ。
「そしてオレ様は……神に……人間の言うところの「自首」というか「投降」?をしたんだ。そして言った、もう一度チャンスをくれってな。」
「……そうしてルーマニアは……神の傍という立場から……今の立場になって……頑張っているんだな。」
「そうだ。……以上が堕天使ルシフェルの物語だ。」
「アザゼルさんは……?」
「あいつは……というかあれだ、オレ様には親友が二人いてな。オレ様が神に反逆する道を選んだ時、一人は傍で見守ってあげるっていってついてきて、もう一人は帰る場所を残しておいてあげるっていって神側に残った。ついてきたのがアザゼルで残ったのが……ムームームなんだ。」
「……いい……友達だな。」
「ああ……感謝してる。」
「いやーはずかしいのだよ。」
「照れるなぁー♪」
私たちとルーマニアは突然耳に入ってきた声に驚き、あたりをキョロキョロする。するとルーマニアの立つ位置から少し離れた所に唐突に二人が現れた。
「……!?おめぇーら……まさかずっと……!?」
「「隠れてましたー(♪)(のだよ)」」
ルーマニアはみるみる顔が赤くなっていく。
「いやいや……ちょっと心配でね、見に来ちゃったのだよ。」
「うんうん……んでんで?そちらの三人は今のを聞いてどう思う?」
ムームームちゃんがわたしたちを見る。にこにこしているのだが……その目は真剣だった。
「私は……別に。どちらかというとやっとルーマニアの話が聞けてスッキリです。」
「あたしはイマイチぴんときてないのが本音ねぇ。だってあたしの前にいるのはこのルーマニアなんだもの。」
「わたしは深く感動した!一度悪の道に入って……改心して戻ってくるパターンの話が現実にあるなんて!実は四代目戦隊の」
「いい人たちで良かったね♪」
軽くしぃちゃんの話をさえぎり、ムームームちゃんがルーマニアに飛びつく。少し悲しそうな顔のしぃちゃんは哀愁たっぷりだ。
「うるせぇ……」
「めっちゃ喜んでるくせに♪」
「おま!またこころを!」
「こころ……?」
私が聞くとアザゼルさんが笑って答えた。
「ふふふ……ルーマニアくんはね、神様に反逆した時にムーちゃんが敵にまわったと思ってね、「もうオレ様とお前は友達じゃねぇ!見ろ!」っていってムーちゃんに自分のこころの中を見せたんだよ。怒りに満ちたこころをね。おかげでムーちゃんはルーマニアくんのこころ覗き方を知ることができてしまったんだよ。」
「そうなの。あーたーしにはルーマニアのこころの中が手に取るようにわかるの。」
「あー!!うるせーうるせー!この話終わりだ!おーわーりー!」
ルーマニアが暴れる。なんだろう、やっと……素を見ている気分だ。
「つーかもういいだろ!ルーマニア言うな!オレ様は!ルシフェル!」
雨:「もういいんじゃないか?」
翼:「あたしはルーマニアって呼びたいなー」
鎧:「そうだ!ルーマニアとして過去の自分と決別して新しい一歩を!」
ア:「だってマキナちゃんが……」
ム:「だぁってマキナが……」
「……・もう……いい……」
肩をがっくりと落とすルーマニア。だがその顔には笑みがこぼれている。
「ええぇい!うるさい!……オレ様がここにきた本来の目的を言う!」
なんだかもうやけくそだ。
「ムームームとアザゼルは帰れ!自分のパートナーのとこに行きやがれ!」
「ふっふっふー。了解なのだよ~」
「はーい♪」
言うや否や、二人はその場から消えた。
「ったく……んじゃ……仕事の話をすんぞ……」
「うん……よし。切り替えよう。うん、いいぞルーマニア。」
「今度はどんな悪党なのだ、ルーマニア殿。」
「……一応あたしも聞いとくね、ルーマニア。」
「…………・・前回の超怪力強盗みてぇに……すでにこっちで騒がれてる奴が相手だ。」
「騒がれてる?ん~っとぉ……ここらで騒がれてたのは「超怪力強盗」と「天誅切り裂き魔」と……ああ、「エロウィンドウ」ね。」
「それだ。そのエロウィンドウが今回の相手だ。」
「エロ……不埒な。何をしているのだ?そいつは。」
「下着泥棒。」
「破廉恥な!」
「……どの辺にゴッドヘルパーの力を使っているんだ?それ。」
「下着を干そうとしている最中でもお構いなしに盗っていくんだ。突然風が吹いたと思ったら下着がなく、ふと見ると遠くに下着を持ったやつが走ってる……そんな感じだ。」
「《風》のゴッドヘルパー……か?」
「かもしれねぇな。だとすると、雨上以上にこまかく風を操れるから……厄介かもしれん。」
「う~ん。とりあえず……どうやって見つけるんだ?そいつを。」
「残念ながらオレ様には下着泥棒の心理はわからんからな……主にそれを話し合おうと思ってきたんだ。今日は。」
「ん~……そうねぇ……これはおとり作戦しかないわね。」
「誰かの下着をさらすってのか?」
「別に誰かのでなくてもいいわよ。その辺で買ってくればいいじゃない。」
「……うまく行くとは思えねぇなぁ……その作戦。」
ルーマニアがあごに手をあててうなる。確かに、誰を狙うのかは犯人の気まぐれだ。
「ルーマニア、前みたいに事件の起きた場所を地図にマークしてみたらどうだ?犯人の傾向とかがわかるかもしれないぞ。」
「ああ……そういやそんなことしたな。よし、やってみるか。」


 「めんどくさいなぁ、もう。なんで私がこんな島国に。」
「こんなって……お前の国だろが。」
リッドは目の前に座る男に突っ込みを入れる。ここは喫茶店(エクスカリバー)、隅っこの席に赤い男と暗い男が座っている。赤い男はリッド。暗い男は……
「だいたいな、俺はこの仕事を鴉間さんから頼まれたんだぜ?うちで最強のあの人に。人材は惜しむことなく使うことができんだよ。お前に否定する権利はないぜ?」
「めんどくさいなぁ……」
暗い男は深くため息をつく。リッドとは対照的に全身を暗い色の服で包んでおり、眼鏡をかけている。色だけ見れば鴉間と同じような感じなのだが、その雰囲気は異なっている。
「私はただただのんびりとしたいのに……力だって戦いに向かないのに……いつだって背後に潜んでいるのに……なんで今回はこんな前線に……」
「ちょっといろいろあってな。お前の力が必要なんだ。」
「めんどくさいなぁ……」
「めんどくさがってても決まったことはくつがえらんぜ?あきらめろよ加藤。」
「はぁ……わかりましたよ……何をすれば?」
「こいつらの感情を操ってくれ。」
「……三人も……?リッド、一体何をするつもりなんですか?」
「……俺に下った任務は《天候》を倒すことだが……俺もこのチームに入って長いからな、この任務の意味がわかるんだよ。」
「意味もなにも倒すんでしょう?」
「チッチッチ。考えてみろよ、第三段階なんだぜ?できればこっちに引き込みたいじゃねーか。でも《天候》は天使側についてるからこっちに引き込むとなると俺らにもそれなりの被害がでる。だからな……はたして《天候》はそうまでしてこっちに引き込む価値があるのかどうかを俺らのボスは知りたいのさ。だから俺をぶつけようとしてるんだ。」
「なるほど……」
「へへっ、嬉しいじゃねーの、俺はそれほどの実力者として見られてるんだぜ?」
「……逆にいらないと思われてるのかもしれないですよ?」
「んなわけあるか。あの鴉間さんが直々に頼みにきたんだぞ?」
「へぇ。」
「んまぁ、だからな、できれば《天候》と一対一でやりたいわけだ。」
「……了解しました。この三人は私が管理しますよ。……力の最適化はするんですか?」
「ああ。そろそろマイスウィートエンジェルが必要なものを持ってきてくれる。」
「こわいこわい。」
暗い男……加藤と呼ばれた男は笑いながら席をたち、《エクスカリバー》から出て行った。
「……加藤……こわいと言えばお前もこわいんだがな。俺らの中で最悪の感情系のゴッドヘルパー……」
そしてリッドは目の前の二つのコーヒーカップを見る。
「……さりげなく俺におごらせるとこもな……」


 「てんでバラバラだな……」
みんなで赤い印がついた地図を睨む。どこかに集まることなく、印はバラバラに広がっている。私の住むこの町を含めて広範囲で下着泥棒をしているようだ。
「……地道に探すしかないのか?めんどくせぇなぁ……」
みんなの顔が暗くなったとき、私は一つの情報を思い出す。
「あ、そうだ。なぁ、ルーマニア、《情報屋》に聞いてみたらどうだ?」
「んん?《情報屋》のこと、誰から聞いたんだ?」
ルーマニアが少し驚いた顔で聞いてくる。
「えぇっと……最初に聞いたのはチェインさんからで……この前は音切さんから。《情報屋》って天使も御用達なんだろう?」
「まぁな……」
「あにそれ?」
翼が初めて聞いたという顔で尋ねる。
「《記憶》のゴッドヘルパー……他人の記憶を覗き、つなげ、連鎖的に莫大な情報を一瞬にして手に入れる力を持つ奴だ。」
「すごいじゃない。何でそいつのことを言わないのよ。」
「……《情報屋》はな……今回のゴッドヘルパーの事件が始まった直後に姿を消したんだ。以来、どこにいったか不明だ。」
「行方不明ということだな?ふむ、天使が見つけられないのをわたしたちが見つけられるとは思えないな。」
しぃちゃんが難しい顔で呟き、ルーマニアと翼がため息をつく。
「……それは変だな……だって音切さんはつい最近その《情報屋》から情報を得てるんだ。」
「あぁ?まじか!?」
「その情報をもとに私たちとクリスの戦いを見たって言ってたし。」
「オレ様たちが見つけられないのに音切が……?いや、《情報屋》が故意にオレ様たち天使を避けてんのか?」
「とりあえずさ!どうして見つけらんなかったかはともかくとして、音切勇也は居場所を知ってんでしょ?今んとこ手はそれだけだし……晴香、聞いてみたら?」
「そうだな。……音切さんも土曜日は休みかな?」
私は携帯を取り出し、登録されている番号に電話をかける。しばらくのコール音の後、さわやかな声が耳に入る。
『もしもし』
「もしもし、雨上です。」
『おおぅ、雨上くんか。どうしたんだ?』
「音切さんが前に言ってた《情報屋》についてなんですが……今大丈夫ですか?」
『今俺がなにをしているかというと、いい歌詞を思いつければと思って山を登っているんだ。』
「……頑張って下さい。」
『《情報屋》……安藤のことか。』
「……安藤っていうんですか?」
『いや、呼び名は毎回変わるな……この前は《こめかみ》と呼んでくれと言ってたし、その前は《納豆》だった。』
「……変な人ですね。」
『変というか……仕方ないんだ。』
「仕方ない……?」
『安藤は《記憶》のゴッドヘルパー……その力を存分に発揮して《情報屋》をしているわけなんだが……一度に膨大な情報量を得るから安藤自身の趣味とか性格とか思考の仕方とかにも影響が出るんだ。会うたびに別人さ。』
「それでよく仕事できますね。」
『それが不思議なとこだ。一応俺だってことはわかるし、お得意さんということで認識してくれるし。んで安藤がどうかしたのかい?』
「実はその……《情報屋》の情報が必要になりまして……どうも天使たちは居場所をつかんでいないようで。」
『そうなのか。うん、構わないさ。ただ場所はね……口で説明できないから……そうだな……二日待ってくれるかい?山下りてそっちに行くから。』
「はぁ……わかりました。連絡下さい。」
私は電話を切る。瞬間、翼のチョップが私の頭を直撃した。
「……なんだ……」
「なんで晴香が音切勇也の電話番号知ってのよぅ!あたしにも教えなさい!」
ああ……そういえば音切さんは歌手だった。


 夕方、私と翼は家に向かって歩いていた。とりあえず音切さんが山から下りてこないと話にならないので今日は帰ることとなった。まぁ、本来の目的であったルーマニアの過去を聞くことはできたので良しとしよう。そのルーマニアは例のごとく、天界で情報を集めると言って飛んでった。……天界の情報っていうのはどんな人が管理しているのだろう?
「二日っていうと月曜日になるわね~。」
「そうだな……確か授業は……五限まであるな。」
「大変だわ……ま、楽しいからいいけどさ。」
翼は悪だくみをする子どもみたいに笑う。
「んじゃ、月曜日ね。」
「ああ。またな。」
翼と交差点でわかれる。私は一人暗くなりつつある町を行く。だんだんと日が伸びているとはいえ、それなりに暗い。
「……日の長さって……私は操れるのかな……?さすがに天候じゃないか。となると……どういう《常識》の管轄なんだろう。」

「《自転》とか《時間》じゃねーかな。」

……なんというか……突然声をかけられことが最近とんと増えた。さすがに慣れた私はゆっくりと振り返る。
「でもまぁ……第三段階となったお前なら……コントロールできるかもな。」
異形だった。漫画の中から出てきたのではないかと思う姿の男がそこにいた。片腕に大きなキャノン砲をつけ、背中から機械的な翼をはやしている。派手な赤いアロハを着た赤い男。
「……リッド・アーク……!」
「んん?なんだ、もう俺のこと知ってんのか。ああ、あのお嬢様だな……ったく。」
リッド・アークはキャノン砲の付いていない方の腕……左腕を空にかかげる。
「んまぁ……とりあえず。」
パチンと指を鳴らす。瞬間、私はめまいを覚える。以前にもこんな感じのものを経験したような……?
「おお!さすがマイスウィートエンジェルの作ったメカ!鴉間さんの力のままだぜ。」
鴉間……そうだ、この感じは鴉間の言う四次元空間に入った時の感覚と同じだ。
「これで……今この空間には俺とお前だけだな。」
鴉間の《空間》の能力が……鴉間のいないこの場で発動してるってどういうことなんだ……?
「……何かようですか……」
「強気だねぇ?ま、おどおどびくびくされるよりは話しやすいがな。」
リッド。アークははっはっはと笑う。私を倒しに来たのだろうか。いや……それよりも私には気になることがあった。クリスとの戦いの後、なんとなく疑問に思ったことがリッド・アークを目の前にして急に気になってしょうがない疑問へと昇華した。
「リッド・アーク……あなたは……日本人じゃないですよね。」
「……?ああ。俺はイギリス人だが……それがどうした?」
「クリスと戦った時も思ったんですけど……あの人も日本人じゃないですよね?なんでそんなさも当たり前のように日本語ペラペラなんですか……?」
リッド・アークは目を丸くする。
「……この状況でそんな質問ができるのか……すげぇな。」
いい加減私もこういう状況に慣れつつある。
「えぇっとだな……鴉間さんは知ってるよな?《空間》のゴッドヘルパーの。鴉間さんは……俺らの中じゃ最強だから……まぁ、なんとなくリーダーみたいになってるんだ。あの方は滅多に姿を現さないし。」
あの方……というのがたぶんこの事件の元凶だな。ルーマニアも過去を話してくれたから元凶の心当たりも話してくれるかもしれないな。今度聞いてみよう。
「しかも《空間》の力って瞬間移動ができるから俺らは結構お世話になるんだ。あっちこっち移動するからな。だから鴉間さんと絡む機会が多い。そしてその鴉間さんは……まぁ名前からわかるように日本人。鴉間さんは日本語しかしゃべれないから……俺らの仲間になったやつはとりあえず日本語を学ぶんだ。」
……結構しっかりとした理由があった。てっきり《言語》のゴッドヘルパーとかがいるものだと思っていた。……というか「学ぶ」って……この人たち実は真面目な人たち?
「さて。本題に戻ろうか。まず先に言っておくが、お前の仲間……《金属》、《変》、それと一応(エネルギー)のもとには刺客を放ったからお前を助けには来れない。」
「なっ!」
「お前の相方の天使も同様だ。何が言いたいかっていうと、助けは期待すんなってこと。」
「なんでそんなことを……!」
「全てはお前とゆっくり会話するためさ……《天候》?」


「隔離された。」
こういう状況は何度か……戦隊シリーズでもあった。味方との連絡が遮断される。例えば八代目の戦隊の《猛獣戦隊 ガオレンジャー》では……ああ、いやいや!それを考えるのは後にしよう。わたしは油断なく周囲を警戒する。
鎧家の庭。みんなが帰った後、かるく素振りをしていたら突然めまいを覚えてここに来た。いや、庭から移動したわけではないのだがさっきまでいた庭とは明らかに異なる空間だった。
「……そこにいるな。」
視線を送ったところに幻のように一人の人間が出現する。
「!君は……!」
「勘弁して欲しい。よりにもよって鎧さんなんて。でもオレは優しいから、鎧さんと戦うよ。」
道着でも制服でもなく、普段着なんだろうか。上にシャツ、下にジャージを着た……先日わたしと戦った空手部部長、勝又 匡介がそこにいた。
「……君の仕業なのか……これは。ということは君はゴッドヘルパーなのか?」
勝又君は黙ったまま、拳を構える。
「くっ!」
わたしは振っていた木刀を構える。この庭には金属はない。
「鎧さん……あなたはオレには勝てないよ?」
「どうかな?」
事情はわからないが構えた勝又君から発せられる「攻撃の気配」は本物だ。
先手必勝!わたしは踏み込み、勝又君の方へ跳ぶ。だが跳んだ瞬間、わたしの視界は勝又君の姿で埋まった。
「!?」
そしてものすごい衝撃が腹部に走った。
「がはっ!?」
何だ!?何が起きた!?勝又君との距離は五メートル以上はあったはず。跳躍によって今まさにわたしが縮めようとしていた距離。それが……一瞬で勝又君の拳の届く距離に縮まった。
「わたしは……動体視力はいい方なんだがな……」
まったく見えなかった。なんという速度だ。これが勝又君の能力なのか……?
「空手に先手なし……知ってる?」
勝又君はこの前見た構えでさっきと同じ位置に立っている。……うん?さっきと同じ位置?
「空手は……いや、全てに当てはまるんだけど……武術ってさ、防御から入るんだよ。」
わたしはわたしが立っている場所を見る。おかしい……腹に勝又君の拳を受け、少し後ずさったはずなのに……さっきの位置よりも前にいる。
「そもそも武術は弱い人が強くなろうとして作ったものだから。当たり前なんだけど。だってそうだろう?弱い人から先に仕掛けるなんて無謀だ。武術は、強い人が繰り出す攻撃の間をぬってわずかな勝率をつかむものなんだ。」
勘違いしていた。今の一瞬、移動したのは……高速で移動して距離を縮めたのは勝又君ではなく……わたしだ。
「こういう攻撃が来たらこうする。あれが来たらこの動き。そういう……《型》が空手にはある。」
「型?演武のことか?」
わたしは晴香みたいに賢くない。だから相手がわざわざ話してくれている情報は確実に頭に入れなければならない。能力については後回し……というか勝又君の発する言葉からヒントを探す……!
「そういう意味もあるけど……オレが言いたいのはこういうこと。」
勝又君がわたしを見る。瞬間、わたしの視界が瞬く間に変化し……いつの間にかわたしは勝又君の前に立っていた。そして……
「!?なんだこれは……!?」
何故かわたしは……木刀を振り上げている。力を入れれば木刀は勝又君の頭を直撃する。
「《型》に……はめさせてもらった。」
わたしは即座に離れる。型にはめる?どういうことだ?
「さっきも言ったけど……空手に先手はない。なら先手を取ろうとしたら何をすればいいのか。簡単なこと、相手にこっちが技を入れやすいポーズを取ってもらえばいい。」
取ってもらえばいい……?確かに、相手がわざわざそんなポーズを取ってくれるなら……空手における全ての技が最大の威力を持って相手に入ることに……なる……まさか!
「オレは《型》のゴッドヘルパー。ものの形なんかをオレの望む型にはめて変形させることができる。四角を丸に。星型を三角に。そして……相手をこっちの攻撃のしやすい形に……!」
再び、わたしの立ち位置は勝又君の目の前に移動し、知らぬ間に木刀を振るい……
「っつ!」
流れるような動作で勝又君の攻撃を受けた。
「は……ははは。これは……反則だな。全国クラスの空手家がこんな力を持っている……無敵じゃないのか?」
防御なんかしてる暇はない。何せ気付いた時には相手の攻撃が始まっているのだから。防御は相手の攻撃が始まる前にするものだ。相手のちょっとした動作を見逃さず、動きを予測し、対処する。それが基本、それが鉄則。なのに勝又君はそれを……させてくれない。
「オレがお願いされたのは……鎧さん、あなたを行動不能にすること。同じ武道家としてなんだか嫌だけど……オレは優しいから……お願いをきく。指や腕の骨を折れば……刀は振れなくなるだろう?」
まずい……つまりわたしは……型にはめられたその瞬間に自分のとっている格好と勝又君の構えを確認し、そこから繰り出される攻撃がわたしに届くよりも先に……攻撃しなければならないわけだ。防御は無理だが……幸い、あれだけ近くに移動すれば当然ながらわたしの間合いでもある。
「速さが……いるな。」
今は使う時だ。わたしは血液を加速させる。そうだ、もしかしたら……型にはめるのにもなにかしらの条件が必要かもしれない。例えば勝又君の視界に入っているとか。
「何だ……意外と希望はあるじゃないか。逆に喜ぶべきかな?空手の真髄……真の威力、速さを知ることのできるチャンスだと……!」
勝又君が少し笑う。ふふふ、そちらが見せるなら……わたしも見せよう、《雨傘流》の全てを!


 「誰よあんた。」
晴香と別れて少し歩いたところで……あたしはめまいを覚えた。んで、突然目の前に男が現れた。
「あら……?あんたどっかで見た……ような気が。」
「自分も覚えがある。随分前に取材だとか言って話した気がする。」
取材したのか。なら名前を聞けば……
「あんた、名前は?」
「石部。石部 渓太。」
「……ああ。ラグビー部の部長。」
ラグビーと聞くとがっしりとした男が体をぶつけあう競技というイメージがある。だけどこの部長はどちらかというと細身で水泳とかしてそうな体だ。そんな男が部長である理由は確か……
「花飾 翼。《変》の力は相手を見ることで発動するとか。失明でもさせればお願いを聞いたことになるかな。でもまぁ……目を狙わなくても体をボロボロにすればいいか。自分は優しいから、それですますよ。」
「……!?あに言ってんのよあんた。《変》って……あんた、ゴッドヘルパー!?」
「《太さ》のゴッドヘルパー。加藤さんのお願いであんたを行動不能にする。」
「加藤?加藤って誰よ。四組のデブ女?六組のロン毛のキザ?それとも三年のアホ?加藤なんてたくさんいるのよね~。」
「……たぶんあんたの知らない加藤さん。」
「てか……《太さ》?随分弱そうな《常識》ね。ダイエットしてる女相手に商売したら?一瞬で細身に!みたいに。」
軽く相手をからかいながらあたしは考える。さっきのめまいは知ってる。《空間》のつくった四次元に入る時に感じたやつだ。ということはここは四次元空間。たぶん……カキクケコも来れない。何て役に立たない天使だろう。晴香ならたぶん入れるだろうけど……あたしだけをこうやって襲っているとは考えにくい。たぶんみんながこんな感じで襲われているだろう。つまりここはあたしだけの力でなんとかしないといけない。
ゴッドヘルパー戦において重要なのは相手の管理する《常識》を知ること。幸いこいつはさっき《太さ》とばらした。これで幾分か作戦を考えられるはず。まずは相手がどういう攻撃をするかを見なければならない。
「どうしたの?あたしを行動不能にすんでしょ?」
「ああ。」
さぁて……どんな攻撃を……
「よっ。」
ボコッ。
「……はぁ!?」
石部が何をしたかと言うと……傍にあった電柱を引っこ抜いたのだ。
「ちょっ!?あんたさっき《太さ》って言ったじゃない!」
「……《太さ》だけど。」
言うや否や、石部は電柱片手に身を低くし、ものすごい速度で走りだす。
「……!」
必死で石部の目を見て違和感を起こそうとするが石部はジグザグに動いてそれをさせない。
この細身の男がラグビー部の部長である理由。それは、抜群の加速力、脚の速さ、そして瞬発力と敏捷性。フィールドを走るこの男は誰にも止められない。ある意味、あたしの能力的に一番の天敵となる。目を合わせられない。

あたしの能力、《変》は基本的に発動の条件がない。相手を視界に入れるだけで発動はする。ただ、そいつが今まさにやっている行動に違和感を与えるとなると……かなり大きな違和感を相手に与える必要がある。いつもならカラーコンタクトをつけたり、変な格好をしたりして相手にあらかじめ変という感情を与えた上でやるから問題はないんだけど、普通の状態からそこまで持っていくとなると……相手と時間にして一秒以下だが見つめ合う必要がある。

 「ふんっ!」
石部が電柱を勢いよく振る。死んだと思ったけど道幅を考えないで振ったせいで壁に当たって電柱は止まる。
「あはは!ばーか!」
あたしは必至で走る。とりあえず考える時間が欲しい。今のままじゃ勝てない。


「十太。あーたーしのことは見える?」
「?見えるよ。どうかしたの?」
「……気付かないのぉ?鈍いなぁ……」
「えっ?えっ?何だよ。」
オレとムームームがいるのはとある山の中。家からだいぶ離れたとこにあるのだが「力の練習にはもってこいだよ♪」とかいってムームームが見つけてきた。最近はどうも誰かが使っているようで時々草が妙に荒れていたり、雨なんて降ってないのに濡れていたりする。今日もいつもの日課で力を使う練習をしていた(ムームームは外見からは想像できないほどに厳しい)のだが、突然ムームームが周囲を警戒しだしたのだ。
「今あーたーし達はさっきと違う空間にいるのよ。」
「なにをファンタジーなことを……」
そこまで会話して、オレは少し離れたとこに誰かがいるのに気付いた。
「……誰だ?」
すらっとした細身の男。筋肉がシュッと引き締まった感じのアスリートみたいな体で、片手にラケットを持っている。あれは何の競技で使うラケットだったかな?
「?あいつもここで練習してんのか?」
「気をつけて十太。あいつゴッドヘルパーだよ。」
敵……!オレは身構える。(といっても何か構えが必要な能力ではないのだが)
「うん……写真の人と一緒だ。力石さんだね?俺は大石、大石 竜我。同じ高校の二年生だ。」
「オレと同じ高校?んでその大石さんがオレに何の用なんだ?」
「ちょっとしたお願いをされてさ……力石さんを行動不能にしてくれって。」
「!……なるほど……敵からの刺客ってわけか。でも……果たしてあんたにオレが倒せるかな?そのラケット……どのスポーツかわからんけど、オレは《エネルギー》のゴッドヘルパーだぜ?何を打ってこようと無駄だ。運動エネルギーはオレのコントロール下にある!」
「……何自分から能力バラしてるのよ……知らないかもしれないでしょう?」
ムームームがため息をつく。……そういやそうだ。やっちまったか?
「確かに。普通なら力石さんの力でどうとでも出来てしまうだろうけど。でも……これならどうかな?」
大石さんがすっと構え、何かを上に投げる。ボールじゃないな……あれは確かバドミントンで使う……なんだっけ。
「ほっ!」
キュンッ!
ビシッ!
「……」
……何だ?今……打ったのか?残念ながらオレには何も見えなかったな……
「……十太。後ろ。」
ムームームが後ろの木を指差す。見ると先ほど宙に投げられたあれが木に突き刺さっていた。
「……はぁ!?」
「バドミントンのシャトルってさ。初速は四〇〇キロを超えることがあるんだ。まぁ俺はそんな速度だせないけど。今なら出来るんだ。」
「それがあんたの力……?」
「いや、それは加藤さんがくれた機械の力で出してる。」
加藤さん?そいつも同じ高校の奴か?
「……でもさっき初速って言ったよね?初速が四〇〇でも……あんな風には刺さらないよ……」
ムームームが呟く。
「そこが……俺の力ってわけさ。」
大石さんがシャトルを手に笑う。
「俺は優しいから、教えてあげるよ。俺はね、《自我》のゴッドヘルパー。物に自我を与えることが出来るんだ。」
物に自我……?なんか聞いたことあるな。

 オレは自分の管理する常識が《エネルギー》であるため、物理に関しては人並み以上に興味を持つ。中学の時はそこまでやらなかったが、高校に入ってから物理という教科が出てきたのでオレは習うことを夢中で覚えている。そんな中、この前先生がこんな話をしていた。
「万有引力……重力の考えが確立される前。人々は物が下に向かって落ちる理由をこう考えていた。『物体は地面に落ちて、安定したい、安息したいと思うから下に落ちる。』ってね。」

物に自我を与えるとはつまりそんな感じのことなのか?
「俺は……このシャトルに『速さを保つ』という自我を与えた。だからこのシャトルは初速を保とうとする。……初速の四〇〇キロを。」
……四〇〇キロ。単純計算で秒速一一〇メートル。……そうか、いくらオレがエネルギーを操るゴッドヘルパーでも、オレ自身がそれを捉える事が出来なければ……無意味。
「どうしたらいい?ムームーム……」
オレは小声で小さな相棒に問いかける。
「十太はまだ……手で触れないとエネルギーをコントロールできないから……厄介だね。見えないんじゃどうしようもないもん。」
「ど……どうしよう……」
「……あーたーしが障壁で何とか防ぐから……その間に解決策を考えてね。」
ムームームが両の手を前に出す。大石さんはラケットを構える。どうしよう。マジでどうしよう……


 「《天候》、お前、こっち側に来る気ねーか?」
無駄だとはわかっているが……ケータイで翼とかに連絡を入れるがつながらない。一応例の腕輪は持ち歩いているのでルーマニアにも連絡を入れようとするが、応答はない。そんな私の無駄な行為を意地の悪い笑みを浮かべて眺めていたリッドが言った。
「俺が受けた命令はお前を倒すことだ。第三段階の能力を完全にものにされたら厄介だからな。でも本音を言えば……その強大な力をこちら側に引き込みたいわけだ。つーか……なんでお前はそっち側についているんだ?」
「……わかり切ったことを。私がルーマニア……天使たちに協力しているのはお前たちが世界を混乱に」
「違う。世界を乱す悪者を倒すため?ゴッドヘルパーの力が人間には有り余る力だから広めちゃいけない?自分は何とか出来る力を持っているからしなくちゃいけない?違う違う違う!そんな建前はいらねーんだよ。人間はな、純粋な欲のためにしか動かねーんだよ。聞かせろよ。お前がそっち側にいる理由を。本当のわけを。お前は何がしたくてそっちにいるんだ?」
「だ……だから私は……」
「お前のことはある程度調べた。最初の敵が《光》……お前の知り合いだったそうだな?呪いでおかしくなった……そんな知人を助けるために戦った。最初の戦いはそれでいいさ。ホントの理由なんて知らねぇ。大事なのはその後から今までだ。クリスと戦った理由は?そして今俺に敵対する理由は?言ってみろ。」

最初……私は何て言ってただろうか。
「別に私は非日常を求めてはいない。静かに平和であるのが一番さ。でもそれが今崩れようとしてるんだろう?」
「きっと私にしかできないことあるんだろう?」
自分にしかできないことがある……そんな使命感で動いていた。そしてその後、先輩と相対した。止めなくてはと思った。いけないことだと教えてあげなくてはと思った。

しぃちゃんと出会った。とても面白い……楽しい人。友達になった。しぃちゃんは正義に満ち満ちたこころを持っていた。超怪力強盗を捕まえると言った。そしてそいつはゴッドヘルパーとわかった。しぃちゃんもゴッドヘルパーだった。その時私は…………そうだ、しぃちゃんといっしょに事件を解決して平穏を町に取り戻すと……そう思ったんだ。

違う。

戦いの後、翼もゴッドヘルパーとわかった。翼は……非日常を求めて戦っていた。しぃちゃんはこの先も正義を胸に戦うと言った。顔合わせでたくさんのゴッドヘルパーと出会った。その時私は……世界を平和に戻す仲間がこんなにいるのだと知った。私もやらなくては……

違う。

第三段階というものになった。すごい力だとルーマニアは言った。私はそれを手に入れた。この騒ぎを越している者たちを倒すことのできる力……やらなくてはと……思っ……た……

違う!
私はそんな大それた理由でここにいるんじゃない!最初はそうだったかもしれない。でも今は違う!違う!違う!私は……私はただ……
「私がこっち側にいるのは……」
「うん?」
「……友達が……こっち側にいるからだ。」
私はリッド・アークを睨む。リッドは鋭い目で私を見ていた。
「私の友達は……あなたの言う純粋な欲に従ってこっちにいる。正義を行うために。非日常を楽しむために。」
しぃちゃんの正義に従えば明らかにこっちが正義だから、しぃちゃんはこっちにいる。翼が非日常を楽しむためには日常が必要だから……常に非日常となるあっちにはつかない。
「私はただ……その友達を失いたくないんだ。」
先輩の力を見た時、ものすごく恐ろしかった。しぃちゃんと出会ったとき、しぃちゃんがあんな世界に入るのが嫌だった。でも止まらない……そういう目をしていた。だってしぃちゃんは正義の味方だから。だから私は……しぃちゃんを助けたくて戦ったんだ。翼もそうだと知った時、私はこの二人を失いたくない一心で……こちら側で頑張ろうと思ったんだ。
「これが……私がこっち側にいる理由です。」
「……」
「……」
「……くっ!」
しばらくの沈黙の後、リッドは腹を抱えて笑いだした。
「はっはっはっは!友達がいるからか!はっはっは!傑作!まるで小学生、いや幼稚園児か!?ぶははは!」
リッド・アークは大笑いしているが私は真面目だ。そうだ、なんだかうやむやだったが今ここでこころの整理がついた……!
「だが!それでいい!それがお前の……戦う理由というわけだ!よかったぜ、それなら俺も全力でやりあえるってもんだ!」
リッド・アークは両腕を空に向けて突き出す。
「ああ!ああ!こりゃぁ無理だわ!お前はこっちには来ない!絶対に!はっ、命令の裏を読み取って話してみても結局は命令どおりのことをするわけだ!」
すごく楽しそうだ。まるで……これが望んでいた結果のような……?
「こうやって改めて考える機会を私に与えたのは……なぜですか?」
私が最初に言おうとした理由を否定しなければ……もしかしたら私はそちら側に行ったかもしれないというのに。
「俺はな、あやふやなもんが嫌いなのさ。はっきりと!明確なものを!俺は好む。一+一=二!酸素と水素で水!原因と結果がなんの寄り道もからまわりもなく直列する!すばらしい!そうは思わねーか?」
「……そのあなたの考え方は……あなたの管理する《常識》が影響してるんですか?」
「おお!まじかまじか!そういう見方が既に身についてるのか!確かに、ゴッドヘルパーの戦いにおいて大事なのは相手の管理する《常識》を知ることだかんな。どんなファンタジーな現象であろうと、それが一つの《常識》で成り立つのなら対処の方法はいくらでも見えてくるってもんだ。」
なんだか……突然じょう舌になったな……
「その通り!俺のこの性格はシステムの影響だ。さぁ、当ててみろよ。俺の管理する《常識》をよ!」
リッド・アークはまた両の腕を開き、楽しげに言う。
「お前の選択肢は二つだ。俺に捕まって……こっち側で働くか、俺から逃げるか。」
「……?矛盾してますよ?あなたさっき……私はそっちに行かない。無理だって……」
「矛盾はしていないぜ?俺はただ……このままではお前はこっちに来ないと言ったんだ。なら無理やり連れて行くしかないわけで、俺は結果としてお前を一度倒す必要がある。ほれ、命令通り。」
「命令を随分回りくどく解釈したんですね……洗脳でもしようってわけですか……」
「ん~……ちょっと違うな。洗脳って俺らのいいなりにする感じだろう?違う違う。人が何かをする時、自分の意思で何かしようとしてやるのと、誰かに命令されてするのじゃ「すること」の質が異なるだろう?そもそもお前は第三段階、そんな真似したらいつ能力が暴走するやら……気が気じゃねーよ。」
「なら……」
「こっち側にはな……最高にして最悪の感情系ゴッドヘルパーがいるのさ。ちょこちょこっとその人間の《常識》をいじって……善意で俺らに協力するようにするんだ。」
なるほど……感情系のゴッドヘルパー……戦いを戦わずして終わらせる最強に近い《常識》……そういう使い方もあるのか。
「ほんじゃ……始めっか?俺とお前の戦いをよ。」
リッド・アークがこちらに右腕のキャノン砲を向ける。見るからに威力の高そうな武器。でも……残念ながら、私には心強い仲間が……友達がいる。
「行くよ……」
『はい。』


 あの日、マキナさんが私を調べてムームームちゃんがプラモデルに目覚めた……あの日。二人が帰った後、私はルーマニアから全てを聞いた。
「雨上。お前は「空」という存在を創造した。《天候》の力で。」
私は無意識に、「空」という存在を作りだした。そしてその「空」が私のために力をふるってくれる。それが第三段階だということらしい。
「まぁ……これはあくまで雨上の場合であって全部が全部そうとは限らんがな。」
「そうか……じゃああの夢の人は……きっと「空」なんだな。」
「夢に……?なるほど、マキナの言った通り、「空」はお前の中にいるんだな……」
「でも……いいのか?その、勝手に……「空」を……その……」
「創造したことか?いいんだよ別に。」
「い……いいのか……」
「そもそもゴッドヘルパーの役割っていうのはシステムの観察対象。その時代を生きる生物がそうあることを望む傾向が強いなら、《常識》をできるだけそっち方向に変革する……それがシステムの仕事。今、《天候》のゴッドヘルパーはお前だからいいんだ。ほれ、考えてもみろよ。「空」が感情を持つ一つの生命として存在するんだぞ?大気汚染とかに「空」本人から文句を言われたりしたら人間の環境意識も一歩良くなるってもんだ。ま、まだ世界中の《常識》を変革するには至ってないが……いずれはそうなるだろう。」
「そ……そうか……」
「お前が心配するべきことは一つ。力の制御だ。」
「制御……?」
「今は……さっきも言ったが「空」はお前を友達であり、神として見ている。お前がピンチとなればその力をおしみなく使うだろう。結果お前は救われるだろうが……相手を殺してしまうかもしれない。それは雨上、お前の望むところでもないだろう?」
「ああ。」
「だから、「空」と対話するんだ。力の加減を教え……できれば神という概念を除いてやるんだ。友達……きっとそれが一番平和だ。」


 あの日、ルーマニアが帰ったあと。私は「空」と会話した。強く呼べば……いや、呼んだらすぐに出てきてくれた。頭の中に声が響く。瞼を閉じるとそこには一人の女性が立っていた。青空色の長い髪。晴れた日の雲のような真っ白なワンピースに身を包んだ……きれいな人。私と彼女は友達になった。いや……会話する前から……すでに親友。なぜなら「空」は……私にとっては随分前から……
「力を借りるよ、空。」
『はい。はるか。』
「あ。」
私と「空」が臨戦態勢に入った瞬間、リッドが何かを思い出したみたいに声をあげた。
「いやー……今回は……ほら、なるだけお前にはケガをさせたくないわけよ。こっちに引き込みたいわけだしな。さっき全力で戦えるって言ったがよ……すまねぇな。だからお前に降参をしてもらいたいわけで。」
「……まだ何もしてないのに降参するなんて……」
「まぁまぁ。俺はな……お前の弱点を知ってるんだ。」
「!?……私の……弱点……」
「ああ……そうだなぁ……よっし。俺によ、出来るだけ早く雷を落としてみろ。」
「……後悔しないで下さいよ……」
私は「空」と友達なのだ。雷を発生させるスピードも格段に上がっている……!
「はっ!」
リッド・アークの上空に意識を送る。一瞬で黒い雲が発生し帯電、そして雷が……
ドン!
「……えっ……?」
落雷の……音ではない。雷は……発生していない。なぜなら……
「どうよ。俺の早撃ち。」
『はるか……いま……その……』
「空」が驚いている。私も驚いている。リッドは……雷が発生する前に……雲をキャノン砲で撃ち貫いたのだ。一秒もなかったと思うのだが……
「これがお前の弱点だ。《天候》。」
キャノン砲を上に向けて、発射する。その動作をまばたきの時間程度でやってのけたのだ。
「お前は……相手を攻撃する時……何かを準備しなくちゃいけないんだよ。《電気》とかのゴッドヘルパーなら直に発生させられるだろうが……お前は《天候》……雲を作るという動作が必要になってくるんだ。風もそう。風を起こすための状況を一度作ってからじゃないと発生しないんだ。気圧とかさ。まぁこっちの場合は《風》のゴッドヘルパーも同じことだが、それが専門でない分、やはりいくらか遅い。」
「遅いって言っても……」
「確かに。普通の奴なら与えられてもまばたきぐらいしかすることが見つからねー微少の時間。だが俺は……その時間をまばたき以外に使うことのできる能力を持っている。」
実際にやってのけられてしまったのだから何も言えない。何てことだ。たぶん……しぃちゃんとかがいればリッドも私に集中できずに雷をくらうだろう。でも今は……そういったサポートをしてくれる人がいない。「空」はあくまで私の中の存在……リッドをかく乱させることはできない。
「お前の攻撃は……全て、起こる前に止められる。チェックメイトだと思うがなぁ?」
……どうしよう。
『どうしようか。』


 見たくない顔だ。かつてのオレ様を知っている奴ら。天使の側に戻った……ある意味で裏切り者であるオレ様を……こいつらは尊敬の眼差しで見てくる。
 上空。雨上の住む町に……同時に四次元空間が四つも出現した。鴉間かと思ったが……情報をくれたマキナによると「《空間》が作ったなら察知できなかったわよ。なんか今回できた空間はね……粗いの。」だそうで。まぁ緊急事態には変わりない。すぐに雨上のとこへと向かったのだが……こいつらに捕まった。
「お久しぶりです。ルシフェル様。」
「かつての貴方様のご活躍……今もこの胸に。」
「我々は我々の改革者……ルシフェル様を永遠の英雄としております故、そちら側にいたとしても我々の尊敬の念はついえることありませぬ。」
三体の……悪魔。位にして中級というところか。そこそこの戦闘力があり……こう囲まれるとどうしようもない。
「お前らが出てくるってことは……この事件の首謀者は……やっぱり……」
「そうです。かつて貴方様の右腕と呼ばれたあの方。」
「あの方は貴方様のご帰還を望んでおります。今、我々がここにいるのは貴方様を足止めする目的よりもこちらの方が主でございます。ルシフェル様、こちらに……戻ってはくれませぬか。」
「……言っとくがな、オレ様はこっちに戻ったとは言えまだ……あの頃の力は使えるんだぞ?オレ様はあいつより強い。そっちに戻ると嘘をついてそっちにもぐりこむとか考えねーのか?」
「杞憂でございます。今のあの方は……ルシフェル様以上の力を得ております故。」
「なにっ!?」
「あの方は……今やゴッドヘルパーの一角です。」
……?なにを言ってるんだこいつは。ゴッドヘルパーは……というかシステムはその時代時代で求められる《常識》の性質を出来るだけ求められる形に変えようという考えのもとにある。よって下界の生き物を観察対象として存在する……故に下界の生き物以外が……天使や悪魔がゴッドヘルパーになることはありえないはずだ。それがなったということは……
「ちょっと待て……まさか……奪ったのか!システムを!ゴッドヘルパーから!」
「正確には取り込んだに近いですが……」
「おい、少ししゃべりすぎだ。」
「あぁ……いや、しかし……ルシフェル様が目の前にいると思うとどうも……」
システムを奪う……その考えは……発想は……!


 「……あっれぇ?」
俺私拙者僕は屋根の上にいる。もちのろんろんで魔法をかけて誰にも見えない状態であるので誰かに見られて「きゃー、しょうけらよー!」なんて騒がれる心配はないのだ。
「というかしょうけらを知っている人はそんなにいないと思うのだよ……」
なぁんてひとりツッコミしてみたり。俺私拙者僕は日々成長しているのだ!もうルーマニアくんと漫才もできるのだよ!
「……とにもかくにも豚の角煮。」
俺私拙者僕のパートナーを見失ったのだよ。彼女はとっても脚が速い……わけではない。ただ単に俺私拙者僕が途中で「あれは未確認飛行物体か!?」って飛行機を眺めていたら先に行ってしまったのだよ。
「せっかくマキナちゃんが連絡をくれたっていうのに……俺私拙者僕は何もできない……」
ボケっと空を眺めていると視界のすみに何か動く物を見つけた。んまぁ夕方だから人がいてもおかしかないけんども……
「……ゴッドヘルパーなのだよ……」
何となく気になったから追いかけることにしたのだよ。後ろ髪を引かれたわけではないのだよ?どうも男の子みたいだし。ただ……俺私拙者僕は一時悪魔側にいた。だから悪いことをしようとする雰囲気というか、オーラ?気?そんな感じのものがわかるのだよ。
「まぁ……あっちはルーマニアくんが何とかすると思うのだよ……」
……しっかし……さっきから……なんなんだろうな?
「ルシフェルくんのいる方になつかしく、思い出そうとは思わない気配がするんだがなぁ?」


 ちょっと何が起きたのかわからなかった。私と「空」は目の前で起きた不思議現象にあっけにとられている。リッド・アークが《天候》の弱点を言い、どうしようかと思っていたら突然……リッド・アークの後ろの空間に亀裂が入り、それに気付いたリッド・アークが後ろを向いた瞬間、高速でとんできた何かがリッド・アークに当たって今度は私たちのいるこの空間全体に亀裂が入って砕けた。そして私は……四次元ではなく三次元に戻った。
「あぁ!?なんだなんだ!今めっちゃ大事なところだったのに!」
リッド・アークが何か壊れた機械を手にしてわめいている。亀裂からとんできた何かはどうもあの機械に当たったらしい。

「見つけましたわ!リッド・アーク!!」

アニメとかでしか聞いたことのない口調が聞こえた。声のした方を見るとそこには……あれは拳銃?を両手に持った金髪の女の人がいた。きつい釣り目でキッ!とリッド・アークを睨んでいる。口調に合ったフリフリのお人形さんみたいな服を着て、髪型はこれまたアニメでしか見たことのない……こう……竜巻みたいなのが左右についてる。確か翼があの髪形の名称をいつか教えてくれたな……なんだっけか。
「リッド・アーク、勝ち逃げは許しませんのよ?カンネンしてこのアタシに敗北しなさい!」
え~っと……なんだったかなぁ……のど元まで出かかってるのに……
「こんなとこまで追いかけてくるとは……さては俺に惚れたな?あいにくだが俺にはこころに決めた女がいるんでな。」
食べ物の名前だった気がする。確かパンだった気がする。
「あらあら、自信過剰ですのねぇ?このアタシがあんたみたいなビックリおもしろ人間に心ひかれるなんて全宇宙の星が直列に並ぶ以上にありえませんわ。」
「あぁ、クロワッサンだ。」
そうだそうだ。クロワッサンだ。ふう、すっきりだ。
あれ?金髪の人が不思議そうに私を見ている。
「……あなた誰ですの?どうしてこのアタシの名前を知っているのかしら?」
「……えっ……?」
「はい?」
互いになんだか噛み合ってない。私が言ったのはクロワッサンのはず……そんな面白い名前なのか?この金髪の人は。
「このアタシの名前はクロア・レギュエリスト・セッテ・ロウ!あなた今「クロアさん」って呼びましたでしょう?」
「……えっと……」
『ふふふ。そういうことにしておくといいとおもいますよ?』
「空」がくすくす笑っている。確かに……ホントのこと言ったら怒られる気がするな……
「ま、あなたのことはとりあえず置いておいて……今はリッド・アークですわ!」
「いちいちフルネームで呼ぶなよ……お前はじゅげむさんもフルネームで呼ぶのか?」
「誰ですのそいつ。そんな奴知りませんわ。」
イギリス人のリッドさんは何でじゅげむを知っているのでしょうか?
「ったく……お前が来たから台無しだぜ。《天候》、また今度仕切り直しとしようぜ。」
「ちょっ」
クロアさんが手をのばしてリッド・アークをつかもうとしたが、リッド・アークの背中のウイングが瞬間的に爆発のような炎を噴き、リッド・アークの姿は一瞬にして視界から消えた。
「なんて加速力……」
と、私が呟くとクロアさんが私の方を見る。リッド・アークと何かしらの因縁があるみたいなのにいなくなったらいなくなったで今度は私に興味が向いたらしい。切り替えの早い人だ。
「あなた誰ですの?あなたもゴッドヘルパーですの?どこでこのアタシの名前を?」
「えぇっと……」
ものすごく……高圧的に尋ねられた。なんだか答えなければいけないと思ってしまう。いや別に答えたくないわけでもないが。
「私はあま」
「あなたまさか!この事件を追っているゴッドヘルパー!?このアタシの名前は……アザゼルから聞いたのですね!?」
「アザゼル?アザゼルさんと知り合」
「あの馬鹿天使!このアタシとの約束を破るなんて!信じられませんわ!!このアタシのことは秘密にと言ったのにぃぃぃっ!!」
だめだ。一人で会話しているぞ、この人。
ピッピロリ♪
「!」
電話だ。ポケットのケータイが鳴っている。
「はい、もしもし。」
『晴香!?あんた、大丈夫!?』
「翼か。大丈夫って……そっちは大丈夫なのか?」
リッド・アークによると刺客を送ったらしいし。しぃちゃんと力石さんも気になるところだ。
『なんか知んないけど、突然石部のやつの攻撃が止めてさ。気付いたらもとの空間にいるし、石部もいないし……一体何だったのよ、あれ。』
「いしべ?とりあえず……合流するか。さっき解散してなんだけど……」
『そーね……』
私は翼との会話を終え、しぃちゃんに連絡を入れようとする。正確には鎧家。しぃちゃんはケータイをもっていないのだ。
「しぃちゃん家の電話番号は……」
「ちょっと!」
登録されている電話番号を見つけたとこでクロアさんが怒鳴った。
「このアタシが話しているのよ?なんで電話なんかしているの!」
「なんでって言われても……」
「とにかく!まずこのアタシの話を聞きなさい!そしてこのアタシの質問にさっさと答えなさい!」
「さっき答えようとしたんですが……」
「はぁ!?何でやめたの!」
「あなたが遮ったんですが……」
「このアタシがそんなことするはずないでしょう?あなた意外と脳が小さいのね?」
「するはずないって言われましても……私はあなたのこと知りませんし……」
「さっき名前を知っていたじゃない!」
「それは聞き間違いです。」
あっ。しまった、ばらしてしまった。
「こ……このアタシが聞き間違いなんて……するわけありませんわ!」
「いえ……現にさっき聞き間違いを……」
「してませんわ!」
「……そうなるとあなたの名前がクロワッサンになりますけど……」
「ほーら!クロアさんて言っているじゃないの!」
「クロアさんじゃなくてクロワッサンです。」
「……えっ?」
「クロワッサン。」
「……!!」
「ほら、聞き間違いですよ。」
「ち……違いますわ!聞き間違いなんてしてませんわ!このアタシがそんな年寄りみたいな行為をするわけありませんわ!」
「……じゃあ……あなたの名前はクロワッサンなんですね……」
「そ……そうよ!このアタシの名前はクロワッサンですわ!」
「へぇ、それは知らなかったのだよ。」
突然違う声が入りこんで来た。独特なだるそうな声の主はアザゼルさん。私の背後にいつの間にかいた。
「アザゼルっ!!」
クロアさん……クロワッサンがアザゼルさんに殴りかかった。
「うわわわ、何するのだよ!」
なんか柔らかい動きでさらっとかわすアザゼルさん。
「なんでこのアタシの名前をこの女が知っているのですか!!」
「?教えた覚えはないのだよ?というか君の名前を今初めて知ったのだよ、クロワッサン。クロア・レギュエリスト・セッテ・ロウは偽名だったのかぁ……」
「なっ……いえ……それはこのアタシの本名……」
「やっぱり聞き間違いしたんじゃないですか。」
「だ……だから、このアタシがそんなことを……」
「ということはやっぱりクロワッサンなのだよ。」
「ちが……でも……それは……」
クロワッサン(クロアさん)があたふたし出した。私とアザゼルさんは目が合ってふふふと笑う。
「……!何を笑っていますの!!もう、今日は疲れましたわ!帰りますわっ!!」
ぷんぷん怒りながら顔を真っ赤にしてクロワッサン(クロアさん)はスタスタと行ってしまった。
「ちょっといじめすぎたのだよ。雨上ちゃん、詳しいことはまた今度話すのだよ。」
「わかりました。」
アザゼルさんの姿が幻のように消える。魔法を使ったのだろう。
「さて……私は……」
お母さんに少し遅くなることを電話で伝えながらしぃちゃんの家へと急ぐ。


突然あいつらが撤退をした。追いかけようとも思ったがやはり例の空間が気になったのでとりあえず雨上のところへと向かったのだが、途中その雨上から連絡をもらった。ざっとことのあらましを聞き、ムームームに連絡を取って……今、オレ様を含めた全員が鎧家にいる。
「つまり……こういうこと?晴香の力が目当てでリッド・アークやって来た。二人っきりで話すため、あたしと鎧、力石にゴッドヘルパーを差し向けた。晴香と二人っきりになったリッドはいろいろと話をしていたが、突然あらわれた……アザゼルのパートナーに邪魔をされてやむなく退いた。そうなるとあたしたちを足止めする理由もないから刺客も退散した……って感じ?」
「オレ様のとこには悪魔が来たぜ。アザゼルのパートナーについては……まぁ、あいつから話がくるだろう。問題はリッド・アーク。」
オレ様は鎧を見る。今回の襲撃で一番のダメージを受けたのは鎧だ。ムームームが治療の魔法を使って傷をいやしている。パッと見てダメージは無いように見えるが、人間の急所……正中線辺りを丁寧に打たれている。内臓にダメージがあるのだ。ついさっきまで息が苦しそうだったが魔法のおかげでだいぶ楽になってきたようだ。
「不覚だ……わたしが……武道で負けるなんて。これでも自分の剣術はなかなかの域に達していると思っていたんだがな……鍛錬が……足りなかったようだ。」
「勝又 匡介……しっかしなんなのかしらね?今回の刺客とやらは……全員うちの生徒だわ。」
「あぁ?まじかそれ。」
「まじよ。鎧を襲った勝又は空手部部長、力石を襲った大石はバドミントン部の部長、あたしのとこに来た石部はラグビー部の部長よ。」
「《型》、《自我》、《太さ》……か。それ単体なら大したことない《常識》なんだがな……」
「大したことない?あに言ってんのよ、あたしは大苦戦よ?結局()の感情を引き起こせなかったし……逃げっぱなしよ……」
「相性だね。」
ムームームがオレ様からのパスを受け取って説明する。
「《型》、《自我》、《太さ》の三つと《金属》、《エネルギー》、《変》の三つ。これだけ見たらそりゃ後者の方が強いよ?でもね、前者の三つは……自分の力を存分に発揮できる状態を作り上げて、自分の力が最も効果を発揮するであろう相手を選択しているの。」
「そうか……剣士のしぃちゃんが《金属》であるのと同じようなことなんだ。空手を学んだ人間が《型》……スピードを持続させる《自我》でバドミントン……あれ?ラグビーはなんなんだ?」
「あたしの情報によると……」
花飾がメモを開く。
「石部はね、その抜群の……瞬発力で部長の座にいるの。ただ、そのスピードの変わりにぶつかり合いはあんま得意じゃないらしいわ。筋肉っておもりになるしね。……でも、そのスピードだけの男が電柱を軽々と引っこ抜くほどの筋力を有したのよ……たぶん《太さ》の力で。」
「つまり石部という男は……ゴッドヘルパーの能力で自分の欠点を補っているのだな。」
今度は鎧がしゃべりだす。
「ゲームじゃないから……人体の能力というのは全てのパラメータをマックスにすることはできない。スピードを作りだすには筋力が必要だが、筋肉をつけ過ぎて体が重くなるということもある。だからバランスが大事で……何かのパラメータをマックスにすると他の何かがダメになる。それが欠点というものだが……それが欠点でなくなるとなると……言いたくはないが……最強という称号を手に入れることになる。」
「でも……《太さ》で筋力が上がるってどういうことなんですかね?」
力石が首をかしげる。それはオレ様も気になる所だ。オレ様は雨上を見る。なんだかんだ言って雨上は賢いからな。
「う~ん……あれかな。筋繊維とか……そういうものの《太さ》を変えて……筋肉の量はそのままで発揮される力を急増させてる……とか?」
「……頭いいですね……雨上先輩。」
変なひらめきがあるオレ様の協力者である。
「しっかしよー……下着泥棒どころじゃなくなってきたな……音切の奴は山から下り損になるんじゃねーか?」
「いいんじゃないか?リッド・アークの操る《常識》を情報屋に教えてもらえるかもしれないし。」
雨上がさも当たり前という顔でオレ様を見る。
確かに……実際に見てはいないが雨上によるとリッド・アークはだいぶおかしな力を使っている。なんの《常識》かわかれば今後、だいぶ楽になるだろう。
「そんでそんで?どうするの?この後は♪」
「そうだな……ちょうどいいことに学校にはアザゼルがいるしな。いくらなんでも学校にいる時に狙ってはこないと思うが……」
「でもさ、先の刺客はみんな雨上ちゃんたちの学校の生徒なんでしょ。大丈夫かな……」
「こっちから接触しなければ無理には来ない……と思う。」
正直、自身はない。相手はどういう仕組みなのか、鴉間の四次元を発生させることができるからあまり場所の制限がない……というか……それ以前の問題として、花飾たちをおそった面々はどうも変らしい。特に鎧が言うには「以前手合わせした時とは何か違う。」だそうで。全員が雨上の学校の生徒というのも偶然とは思えない。仮に雨上たちに「同じ学校の人だから戦うのはなんだか嫌だ」という感情を与えるために仕組んだのだとしたら……今回の刺客は誰かに操られている可能性が高い。
「よっし。こうなったら……あーたーしたちも学校に入りこもう♪」
「……転校生になんのか……?」
「姿消すんだよ……このタイミングで転校したら怪しすぎるでしょ……」
「それぞれのパートナーの天使がついててくれるってわけ?やーよぉ!あたし、カキクケコと学校でも会うなんて……」
「……そういやカキクケコの奴はどこにいんだ?」
「いいわよ、いなくて。」
「……なんかさ、ルーマニアが雨上ちゃんと鎧ちゃんと花飾ちゃんのパートナーになりつつあるじゃなぁい♪」
「……やめてくれ……三人なんて大変すぎる……」
「あによそれー!あたしがそんなにメンドクサイの!?」
「そうじゃねーが……一つの事件が終わるごとにな、協力者の能力の状況を詳しく報告しなきゃなんねーんだよ……ただでさえ雨上の《天候》は強力で報告大変なのに《金属》が加わってその上感情系だぁ?無理だ。オレ様が過労死する。」
「うぅ……なんかあたし疎外感を感じる……」

「翼ー!!」

噂をすればなんとやら。鎧家の庭にカキクケコが突然現れた。
「ごめんよー!マキナちゃんから連絡は受けてたんだがよー!セレンちゃんがね、俺ともっと話してたいって言うもんだからぼぅわぁぁ!」
花飾のとび膝蹴りがカキクケコの顔面をえぐった。


 「失敗した?何やってるんですか。」
暗い雰囲気の男が暗い服を着て壁に寄りかかっている。場所は先ほどリッド・アークと雨上が相対した路地から少し離れたところ。ケータイで電話をしている。
『いやいや……あれは予想外だ。』
「三人も同時にコントロールさせておいて……まったく。」
『おう、それについては感謝だ。毎度毎度……恐ろしく思うぜ?加藤。お前の力。』
「恐ろしいのはあなたの力でしょう、リッド……空飛んで大砲撃って。」
『これはマイスウィートエンジェルと俺の愛の結晶さ!』
「……今どこですか?」
『どこでしょう。』
「……それで?三人のゴッドヘルパーはどうするんですか?まだ使うんですか?」
『使う。あのお嬢様が参戦したってことは俺のできることがだいぶあっちに伝わるってことだからな……少しでも戦力は欲しいとこだ。……つか俺の居場所についてはいいのかよ。』
「じゃあまだコントロールしとかないといけないんですね……了解です。学校には行かせていいですよね?というか行かせないと三人の親とかが出てきて面倒ですし。」
『ああ。……何を隠そう俺の場所は』
「ではまた。」

 「……切りやがった。」
リッド・アークはケータイをしまい、辺りを見回す。とても美しい……目の前にはバカでかい青色の球体。他は黒色で塗り潰された空間。しかしその黒の上には所々に光がある。残念ながら地上で見るものと違ってまたたいてはいないが。
「《天候》……空を統べるゴッドヘルパー。あの青が全てお前の支配下か……」
目の前にある青色の球体に手をかざす。
「……ん?いや、あれは海か。くそ、かっこいいセリフなのに台無しだぜ。」
あたりには誰もいない。セリフを聞いているのは本人のみ。
「……空……か。はっ、あの青よりも多いじゃねーか。地面から少しでも離れればそこは空だ。そしてそれは宇宙との境目まで続く。支配するもののでかさが……規模が……力が違う。俺とお前。強者と弱者。いや?違うよな。俺の方が……強い。」
いつもの六分の一ほど軽い体を起こして立ち上がる。
「うさぎは寝てんのかね?てっきり俺にもちを出してくれると思ってたんだがな。」
軽いジョークをひとりで呟き、なんだか悲しくなったのでリッド・アークは黒い空間へジャンプする。
「さって……日本は……ああ……あれか。」
ジェットを噴射し、流星のごとく飛んで行く。満ち欠けの衛星から青い惑星へ。


 「……ホントに大丈夫なのか……?」
私は隣を歩くルーマニアに問いかける。月曜の朝、制服に着替えて家を出るとルーマニアがいたのだ。
「あぁ……とりあえず今はお前にしか見えないようになってる。……だからあんまオレ様に話しかけると変な人に見られるぞ……?」
先日のムームームちゃんの提案が何とルーマニアの言う「上の連中」に認められたのだとか。
「第三段階があっち側に行ってしまうのは非常にまずい……アザゼルだけでは心配だ。数は多い方がいい。……だとよ。ったく、アザゼルだけでは心配って一体何様なんだ?あいつら……」
「……ルーマニア。お前の昔話も聞けたことだから前々から気になっていたことを聞いていいか?」
私は前を見ながら小声で話しかける。
「気になってたこと?」
「その「上の連中」っていうのはなんなんだ?神様のことか?」
「神様はもっと上の方にいる。んで基本的に何もしねー。オレ様が言っている上の連中っていうのは……そうだな、オレ様が悪魔側につく前にいた地位に、今現在ついている奴ら……とでも言えばわかるか?」
「なるほど……」
「能力……つーか、あれだ。天使としての力?そういうものはオレ様やアザゼルに比べるとカスも同然なんだがな。オレ様達は今罰を受けてる身だからな……まったくむかつく。」
しばらくルーマニアの愚痴を聞きながら歩く。こいつ……授業中とかどこにいるつもりなんだろうか。教室のうしろに立ってたりするのだろうか?気になってしょうがないな。……あれ?そういえば今日は体育があったな。ルーマニアの奴、その気になれば着替えを覗けてしまうぞ……!これは大変だ。
「そもそもな、現場に一回も出たことのないような素人が上に立つってどーゆーこったって話だ。あいつらは……」
「おい、ルーマニア。」
「あぁ?」
「お前は人間の女性には興味あるのか?」
突然の話題転換に動揺しつつ顔が赤くなっていくルーマニア。
「な……なんだよ突然……」
「いや実はな……」
「おはよー晴香。」
私の言葉をさえぎって翼が世にも不機嫌な顔で挨拶してきた。気付けばもう校門だった。
「おはよう……どうしたんだ?」
「こいつよこいつ。」
翼が自分の後ろを指差す。そこにいるのは見慣れない男子だ。
「……ストーカーか?それともまた新しい彼氏か?」
「冗談やめてよ……いくら晴香でも怒るわよ……なんであたしがこんなやつと……」
……?変だな。少し会話がかみ合ってない。後ろの男子は翼から五メートルくらい離れている。だからこの場合「あんなやつ」と言わないか?「こんなやつ」じゃまるですぐ後ろにいるかのような…………ああ、そうか。
「ごめん翼。たぶんそこにいる人は私には見えてない。」
「?…………えっ、あっ、そうなの?」
一瞬の間の後、翼の後ろにカキクケコさんが現れた。
「わるいわるい。つばさにしか見えない状態だったんだ。ってことは……おい、ルーマニア。」
「あんだよ。」
「わ、ルーマニアだ。いたのね。」
やっぱり翼にはルーマニアが見えてなかったようだ。ややこしいな……始めからちゃんと準備をしてから私たちの護衛についてもらいたいものだ。
「うぅん?おい、ルーマニア。おめー、もう一人担当してただろ?《金属》のやつはどうしたんだ?」
「さすがのオレ様も分身はできねーんでな……通学の間はアザゼルの奴に頼んだ。学校に来てしまえばオレ様だけで十分だが。」
校門前で立ち止まるのはかなり邪魔なのでとりあえず私たちは教室へと向かう。後ろでルーマニアとカキクケコが何やらしゃべっているので私は先ほど思ったことを翼に話す。
「天使が人間の女に興味あるかって?あるわよ。だからあたしは困ってるんじゃない。」
そう言いながらカキクケコをちらりと見る。
「じゃあ……やっぱり着替えの時は注意しないと。ムームームちゃんに見張っててもらうか。」
「着替え?」
「今日、体育があるだろう?ルーマニアもカキクケコさんも姿を消せるから簡単に覗けてしまう。」
「!そういやそうね!よし、あたしの力でうんと感情を捻じ曲げておくわ!」

教室に入るとクラスメートがなんだかざわついている。
「あ、おはよう晴香、花飾。」
「おはようなのだよ、雨上ちゃん、翼ちゃん。」
しぃちゃんとアザゼルさんが挨拶してくる。そういえばアザゼルさんは話題の転校生だった。たぶんしぃちゃんと仲良く話しているのが目立ったのだろう。
「……あんた達……あたしらの呼び方統一しなさいよ……」
「そ……そんなこと言ってもなぁ……晴香は晴香がそう呼べと言ったわけで……花飾はまだ少し照れくさいというか違和感があるというか……名前で呼ぶにはまだなんか……な。」
「俺私拙者僕は二人のことを聞いた時の呼ばれ方で呼んでるだけなのだよ。ルーマニアくんが雨上と呼ぶから雨上ちゃん。カキクケコが翼と呼ぶから翼ちゃん。ちゃんをつけるのは男として女の子を呼ぶ時には当然!……と何かのゲームで言ってたのだよ。」
「アザゼルさん……一応海外からの留学生?という設定なんですから……「俺私拙者僕」ってまずくないですか?」
なんとなく気になったので言ってみる。するとアザゼルさんは少しあごに手を当てて考え、何かをひらめいた。
「俺私拙者僕は日本に来てびっくり!だって自分を表す言葉がいっぱいあるのだもの!一人称でイメージとかも大きく変わる……これは迷っちゃうな……どれを使おうかな?これもいいなぁ……あれもいいなぁ……ええい、面倒だ!全部つなげてしまえ!…………こうしてアザゼルくんは自分のことを俺私拙者僕と呼ぶようになったのでした。めでたしめでたし。」
「……しぃちゃんの護衛はアザゼルさんがしたんですね。」
「そうなのだよ。いやいやドキドキだったのだよ。なんたってサムライガールだからね!こんなにゲームっぽい人もそうはいないのだよ。これはもしやゲーム通りのお約束展開があるのではないかとワクワクだったのだよ!ちょっと庭を覗けばお庭で「朝の稽古で汗だくになって服が透けている」鎧ちゃんに遭遇か!?と思って覗いてみたら……これがびっくり!鎧ちゃんと鎧ちゃんの弟くんがくんずほぐれつの……」
「くんずほぐれつ!?あによあによそれ!姉と弟の禁断の関係!?」
「くんずほぐれつの大喧嘩だったのだよ。」
翼が盛大にずっこける。
「というか鎧ちゃんが一方的に弟くんをボコボコにしてたのだよ。」
「しぃちゃん……」
「まてまて!誤解だぞ晴香!ただの《雨傘流》の朝稽古だ!一方的なのは剣のやつが弱すぎるからだ!」
剣……ああ、しぃちゃんの弟さんの名前だ。おじいさんの名前は……なんだったかな?確か宮本武蔵というか佐々木小次郎というかそんな感じの名前だったような?
「……あれ?ルーマニアとカキクケコさんは……?」
「あの二人はね……今頃ムーちゃんのとこなのだよ。」

 「さて。俺たちは何をしてっかね。」
「教室にいるわけにはいかねーからな。とりあえず屋上に来たが……これならいてもいなくても同じなんじゃねーかとオレ様思うんだが……」
「すぐに行動を起こせるっていうのが大事なんだよ、ルーマニア♪」
オレ様とカキクケコとムームームはこの前アザゼルが話をした屋上にいる。
「ま、あーたーしとしては二人がぴちぴちの女子高生の着替えとかスカートの中とかを覗かないように見張る役割があるんだけどね♪」
「しねーよ……つかやるならとっくにやってるだろ。」
「えっ……ルーマニアよ、お前はなんて失礼なやつなんだ。この世の女性全てに謝れ!」
「なんで謝んだよ……」
「女性の着替えとかを覗けるのに覗かないなんてその女性に魅力を感じないと遠まわしに言っているようなものだぞ!」
「カキクケコは翼ちゃんの何かを覗いたりしたの?」
うお!ムームームが軽く殺気を出してやがる!

 そもそも。オレ様とアザゼルの関係は高位の天使同士ということでわかる。ではなぜムームームと仲良くなったのか?みたいなことをマキナに聞かれたことがある。
 ムームームは別に高位の天使ではない。しかしその戦闘技術がハンパないのだ。
当時、位の低い天使は参加することを禁止される程の強敵が出現した時、オレ様とアザゼルは主力として参戦は当たり前だったが、そのあまりに高い戦闘技術のためにムームームも一緒に戦ったのだ。実際、オレ様はムームームと戦って勝てるとはあんまり思わない。

 「いや……つばさの奴はマジで俺のことを嫌っていてな……常に俺に対して能力を発動させているというか……そういう行為をしようとすると途端にものすごい違和感をぶぁああ!?」
カキクケコがムームームに蹴り飛ばされた。しかしそれだけで終わるムームームではない。ものすごい速度で飛んでいったカキクケコに超速で追い付き、カキクケコの腹にその小さい手をめりこませて上空に飛ばす。随分時間が経ってからカキクケコが落下してくる。そして屋上に落ちるタイミングに合わせて目にも止まらぬかかと落としをカキクケコの顔面にたたきこんだ。結果、カキクケコは頭が屋上の床に埋まる形となった。
「……死んだ?」
「まさか。この程度じゃ死なないよ♪」
「……オレ様はたぶん死ねるからやめてくれよ?」
「やんないよ。こころの中も見たけどホントにやってないみたいだし。」
「疑ってたのか……悲しいぜ?オレ様は……」
「アザゼルは疑ってないよ?」
「いや……あいつは何というか……口ではああ言ってるが……そもそも次元が違うというかなんというか。」
「おおぅ、ルーマニアはうまいこと言うね♪確かに次元が違うね♪」
はて、なんか言ったのか?オレ様は。


 五限が終わった。つまり今日の授業は全部終わった。結局、あのいろんな部の部長たちは私たちの前に現れなかった。敵が近くにいるというのはなかなか落ち着かないが、ここは学校。仕方がない。
この後は音切さんに会いに行く。ついさっきメールが来て《エクスカリバー》で待ち合わせることとなった。私としぃちゃんとルーマニア、翼と何故か顔面に包帯をぐるぐる巻いているカキクケコさんが会いに行くメンバー。力石さんとムームームちゃんはなんだか特訓があるとか。見かけによらずムームームちゃんは結構厳しいらしい。
「というか逆らっちゃいけない奴ナンバーワンじゃねーのかな。」
「マキナちゃんといい勝負なのだよ。」
そう言ってアザゼルさんは帰っていった。こっちはなんだかクロワッサン(クロアさん)に呼ばれたらしい。……だめだな……私の中ではあの人はもうクロワッサンだ。
「クロワッ……アザゼルさんの協力者ってどんな《常識》を操るんだ?」
歩きながらルーマニアに尋ねるがルーマニアは首を振る。
「んあぁ……それがな、何か知らんがその協力者の方が自分の情報をこっちに教えるなとアザゼルに言ったらしくてな……オレ様も知らねーんだ。」
「……それはめずらしいことなのか?」
「めずらしいことだな。天使に何を知られようとこっち……下界にはまったく影響が出ないし。」
「ねぇねぇ晴香。」
「ん?」
「音切勇也とはさ……こ、個人的に会ったりしてんの……?」
横目で翼が聞いてくる。
「そういうのはこの前……音切さんがゴッドヘルパーであることを教えてくれた時が初めてだな。基本はパソコンのメールでやり取りしてる。それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって……あんたね……あたしは今、ものすごくドキドキしてんのよ?あの音切勇也と会うんだから!」
「この前の集まりで会っただろう……」
「それでもよ!てかフツーそういうもんよ!晴香はねぇ、自分が如何にすごいことをしているかを知るべきよ。ファンの中には生で見ただけで気絶する人だっているんだから……」
「へぇ……」
「なるほど、その気持ちもわからんでもないな。わたしも小さい頃に遊園地で十五代目の戦隊、《電磁戦隊 デジレンジャー》のレッドと握手した時は一週間くらい手を洗わなかったし。」
「なんか違う気がするけど……まぁいいわ。」
「あ、そういえばルーマニア。音切さんのパートナーになる天使は見つかったのか?」
「一応上には話を通した。《音》だからな、強力な力だっつって喜んでいたが……実際問題、音切が有名人だというのがネックになってな……なかなかそれでもいいっていう奴が出てこない。言い方が悪いが……正直有名人を協力者にするのは面倒だからな。」
「そうか……」
そんな話をしていたら《エクスカリバー》が視界に入る。さて、音切さんはどこにいるんだろうか。この前みたいにお姉さんが出てくるのかな……?
プップー
しばしまわりをキョロキョロ見ていると突然車のクラクションが響いた。同時にケータイに電話が入る。音切さんだ。
「もしもし。」
『今クラクションを鳴らしたのが俺だ。車まで来てくれ。』
はて、どっちから聞こえたっけな?と思考するのに応えるように、再度クラクションが鳴る。どうも《エクスカリバー》の前に止まっているバンから鳴っているようだ。人数を考慮して大きな車で来てくれたらしい。

 「《情報屋》……鎌倉と会う時の注意がいくつかある。」
コンパクトに見えたバンだったが中はなかなか広い。シートが三列あったので一番後ろにルーマニアとカキクケコさん、その前に翼としぃちゃん、助手席に私という形で座った。
「あれ?この前は安藤じゃありませんでした?」
「昨日アポを取ったら「今の私は鎌倉ですぜ!」って言ってたんだ。」
「ホントに毎回変わるんですね……」
「ま、俺はいい加減慣れたけど。さて話を戻すよ。鎌倉は初対面の相手にはなかなか酷いことをしてくる。」
「ひ……ひどいことってなによ……なんなんですか?」
翼が音切さんを見て語尾を変える。確かに、だいぶ緊張している。
「記憶を……頭の中を覗いてくる。」
「覗いてくる?」
「あいつなりの挨拶なのか……こっちが覚えてもいないことをペラペラと言ってくる。ちなみに俺はこの前小学生の時に初恋の人に書いたラブレターの内容を言われた。」
「うわぁ……すごい嫌ですね。……音切さんは《情報屋》との付き合いは長いんですか?」
「いや?つい最近だよ……ホントに偶然あいつの仕事場を見つけて……そろそろだな。」
音切さんの運転する車は大通りから一本奥に入った所に建っている古いビルの前に停車した。いろいろな会社が入っているビルで案内板にはたくさんの会社の名前が並んでいる。その中になんとも堂々と「情報屋……何でも知っています」とか書いてあった。
「うさんくさいわねぇ……」
翼がもっともなことを言う。しかしこの「何でも知っています」というのはきっと事実なのだろう。まさに知る人ぞ知る《情報屋》。
「こっちだ。」
エレベーターに乗って情報屋の階に行く。エレベーターの扉が開くと「情報屋」という看板が目に入ってきた。なんの飾りもない質素な看板、その隣のドアを開けて中に入る。
「……あれ?」
音切さんが首をかしげる。ここに来たことのない私も首をかしげる。見るからに人がいない。というか……本当にここで「仕事」という行為が行われていたのだろうか?使われなくなってからだいぶ経っている……そんな感じだ。
「おーい、鎌倉ぁ。おかしいな……いつもはここにいるんだけど……」
『こっちだぜ。』
奥の方から声がした。見ると部屋がある。音切さんが部屋に近づいてドアを開ける。そして中を見て目を丸くした。
「……!これは一体どういうことなんだ?」
音切さんが私たちを手招きする。ぞろぞろと部屋の中に入る。部屋の中には人数分のパイプいすとテレビがあった。画面の中には一人の人物が映っている。
『まぁ……座ってくれ。』
私たちは秩序なく置いてあるパイプいすを思い思いの場所に移動させて座る。画面の中の人物はビシッとしたスーツを着て、紙袋を頭にかぶって椅子に座っている。紙袋には穴があいていてそこからこちらを覗いているようだ。怪しいことこの上ない。テレビの上にカメラが付いているので恐らくそこからの映像を見ているのだろう。
「鎌倉。これは一体どういうことなんだ?」
音切さんが画面の中の人物……《情報屋》鎌倉に話しかける。
『最初の頃に話しておけばよかったな。私は天使側と今回の事件の犯人側に見つからないようにしているんだ。』
「なんでだ?」
『私は《記憶》のゴッドヘルパー……その情報量は圧倒的だからね、ついた側をすさまじく有利にする。だから……どちらかにつくともう片方が私を片付けに来るだろう?天使側につけば犯人側が、犯人側につけば天使側が。無論、私がつけばついた側は私を全力で守ろうとはするだろうが……それも完全ではない。だから私はどちらにもつかないようにしているんだ。とは言っても?どちらも私の存在は知っているからその情報を得ようと私を探すから……結果、こうして逃げ回っているわけだ。』
「俺が天使を連れてきたから……こういう状態になっているのか。」
『そう。いつもなら何も言わずにいなくなるんだが……お前は最近のお得意さんだったからな、これぐらいの礼儀はつくさないとと思ってな。天使とつながりを持ったお前にはもう情報をやることはない。これが最後だ。』
「……だそうだ。」
つまり……聞きたいことはここで聞いておかないとチャンスはないわけだ。えぇっと……そもそも何で私たちは《情報屋》の情報を求めたんだったかな?
『下着泥棒のことを聞きに来たんだ。』
「……えっ……?」
あれ?私は今、口に出してしゃべってたかな……?
『雨上くん、君をプラモデルの道に引き込んだおじいさんは今きゅうりを食べているぜ。』
「!?」
なんだ……?確かに私がプラモデルに興味を持つキッカケをくれたのはおじいちゃんだ。おじいちゃんの作る大きな船のプラモデルに感動して……って……なんでそのことを……しかもきゅうりって……?
『なんでって……私は《記憶》のゴッドヘルパーだぜ?』
「……私の頭を覗いたんですね……カメラごしでも出来るんですか……」
『私がそこに脳みそがあると判断すれば覗ける。今、私の目の前には君らが映ってる画面があるんだが……その平面の世界の存在となっている君達にも脳みそはある。当たり前だろう?テレビに映る芸能人を見て「ああ、映像だから今この人たちの頭の中には脳みそはないんだな。」なんて思う奴がいるか?その場に存在していなくても存在しているなら覗ける。』
なんてややこしい……
『おや?君のおじいさんは君があまりに静かな性格だから将来お婿さんが出来るのか心配らしい。いやはや、私も心配になってきたぞ。君の初恋は小学二年の時の隣のクラスの中山くん……その子が引っ越してから君には好きな異性が出来てないな。』
「……・!!」
「ちょっとちょっと!」
私が顔を赤くしていると翼が鎌倉さんを指差す。
「あんたホントに《記憶》?晴香の初恋の話は記憶でしょうけど……晴香のおじいさんがきゅうり食べてるとか、おじいさんが晴香をどう思ってるとかはあんたの能力の外じゃないの!「記憶」がなんで「今」を覗けるのよ!それにおじいさんの頭の中をどうやって覗いたのよ!おじいさんの写真でも持ってるの、あんた?」
言われてみれば……翼の言う通りだ。なんで私が「今」考えたことを覗けたんだ?
『雨上くんを初めて見た時「なんて不思議な雰囲気の人なんだろう……それに綺麗……」と思った花飾くんの質問は以前音切くんがして、既に答えた。音切くんから聞いてくれ。メンドクサイ。』
「ちょっ……!!」
翼が顔を真っ赤にする。私と目が合うとさらに真っ赤になってうつむいた。……なんか私も恥ずかしいな……
「えぇっと……」
音切さんが説明をする。
「簡単に言えば……鎌倉は対象の姿を見ることが出来れば頭の中を覗けるんだ。写真でも映像でも……正確なら絵でもできるとか。雨上くんの記憶の中にはおじいさんがいて、その姿も記憶されているから……そこから覗くんだ。俺たちは毎日会っている人の顔も正確に思い出せないけど、頭の中には確かに映像として残っているんだってさ。」
ということは……私の頭を覗くだけで翼やしぃちゃん、両親、おじいちゃんおばあちゃんなんかを覗くことができ、そこからまた広げていけば……全世界の人の頭を覗ける……!
「んで……今、考えたことなんかを覗くのは……正確には今とは過去のことだから。記憶には二種類あって、長期と短期があるんだ。長期は……たぶん俺たちが主に記憶と呼ぶもの。短期はホントに数秒しか記憶されないようなもの。例えば俺が「リンゴ」という単語を思い浮かべる。するとそれは「思い浮かべたもの」として短期記憶となる。覚えようとしなくてもね。数秒しか記憶されなくても記憶は記憶。鎌倉はそれを覗くことができる。だから正しく言うと、考えたことを読まれているわけではなく、一瞬前に考え、短期記憶となった内容を読まれているんだ。」
平たく言えば……全部記憶されてしまうから結局は全部お見通しと……
『説明ありがとう、音切くん。そういえば君のお姉さんはまた胸が大きくなったよ。いいねぇ。』
「!人の姉を何勝手に覗いてるんだ!」
音切さんが顔を赤くする。そういえばお姉さんは結構スタイルよかったな……
「プライバシーもなにもあったものではないな……」
しぃちゃんが呟く。確かに、この人の前ではあらゆる隠し事ができない。隠すということは記憶すると言うことだ……
『そうでもないぞ、鎧くん。何でも知っているとは言っているが実はわからないこともある。君がブレイブレンジャー、変身ブレスレットを当てるために五十六通ものはがきを出したことはわかるよ?君の弟くんが最近思春期のせいか鎧くんの胸元なんかに視線を送るようになっていることも、君のおじいさんが今度はフランス料理に挑戦しようとしていることもわかる。』
弟さんのくだりで顔を赤らめ、おじいさんのくだりで「そうなのか!」と、嬉しそうになったしぃちゃんだったが……
『だがしかし、君の最愛のご両親が君をどう思っていたかはわからない。さすがにこの世にいない存在の記憶までは読めないのでね。』
瞬間、しぃちゃんの顔が暗くなった。しぃちゃんの家にお邪魔した時に思ったことだが……やはりそうだったのか……
「恥ずかしい記憶はともかく……つらい記憶を読むのはどうなんだ?《情報屋》。」
ルーマニアが鎌倉さんに厳しい視線を送る。
『はっはっは。悪いねルシフェルくん。今の私にはそういう感性はない。いくらでも言えるよ?君が元同僚だった天使を如何に残虐な方法で殺したか詳しく言おうか?君が神に吐いた暴言の全てを言おうか?』
ルーマニアの表情が険しくなる。怒りを抑えているような……いや、恐れ?
「いい加減にしろよお前。」
今度はカキクケコさんが声を荒らげる。
『何度も花飾くんの入浴シーンを覗こうとしているカルバリオキクケゴールくん。いい加減もなにもないのだよ……これが。』
翼の人を殺せる視線をガンガン浴びるカキクケコさん。
『人には知られたくない辛い過去?恥ずかしい記憶?それがどうしたんだ?私はね、自分がゴッドヘルパーであると自覚した瞬間から何千、何万もの記憶に触れたんだ。最初はうまくコントロールできなくてね、際限なく他人の記憶が入ってきたよ。君たちは泣ける映画を観たことがあるかい?感動的な小説を読んだことがあるかい?何故人はそれで涙を流す?それはね、滅多に起きないことだからさ。だから感動できる。それがどうだい、いざ他人の記憶を覗いてみたら。現実は小説よりも奇なり、悲しいなり、不条理なり。よっぽど泣けるストーリーがごろごろ。こんだけ大量に触れればそりゃあ慣れるさ。残酷な話も、辛い話も何もかもに慣れたよ。だから口にするのもためらわない。』
なんだろう……少し感情が交じった言葉だな。こうは言っているけど鎌倉さんはいろんな経験をしているんだよなぁ……
『おっと。雨上くんが私のことを理解しようとし始めたよ。いかんいかん。本題に入ろうか。』
画面の中の怪しい男は脚を組み直して問う。
『さぁ……何を知りたい?』
「その前に。」
先生に質問する生徒みたいにビシッとまっすぐに手を挙げて音切さんが言う。
「いつもは直接会うから良かったが……今回はどうするんだ?情報料は。」
『この状況だからね。お金は受け取ろうにも受け取れない。だから今回はタダってことになるかな。』
「いいのか?」
『君からの電話をもらった時よりも前の時点で私が、君が天使とつながっていることを調べなかったのが悪い。だからいい。』
意外とちゃんとした商売人だな……
『そうだ……質問を聞く前に言っておこう。私に質問できるチャンスは一度きりだ。』
「……一つしか尋ねられないってことですか?」
『私の言った言葉を良く反芻しなさいな雨上くん。チャンスが一度なんだ。』
「?」
『私はね、何かの質問に答えてあげた後にその私の答えを受けての質問をされるのが嫌いなんだ。例えば人探しでね、「Aさんの居場所を教えて!」と言われて教えてあげた後に「その場所へはどうやって行けばいいんでしょうか?」とか聞かれるのが大嫌いなんだ。質問は一回でまとめてしてほしい。質問の数はいくらでも結構だがね。』
私は他の五人を見る。(正確には三人と二柱)
「えぇっと……何を聞けばいいんだ?」
「最初の目的は下着泥棒についてだったが……今はリッド・アークか?」
ルーマニアの問いかけに翼が答える。
「でも後々に結局必要となるんだから聞いておいても損はないわよ。」
翼がメモ帳を出して必要なことをまとめる。
「とりあえずリッド・アークの管理する《常識》、下着泥棒の……《常識》ぐらいかしら?」
それを聞いてしぃちゃんが難しそうな顔で呟く。
「居場所はいいのだろうか……?」
「リッドはジェットがついてんのよねぇ……あっちこっち飛び回ってたりするかもしれないわね。たぶんあっちから近いうちに接触してくるだろうし。リッドはいいでしょうね。逆にややこしくなるかもだし。下着泥棒は……聞いておいてもいいかも。犯行はあたしたちの街近くで起きてるからあの辺りに住んでるんじゃないかしら?」
「さっすがつばさ、頭いい!」
「……」
「つ……つばさぁ?」
カキクケコさんを無視する翼。無視されたことにショックを受けながらもカキクケコさんも意見を言う。
「その辺のこともいいが……もっとこの先大切になってくることを聞かなくていいのか?敵の本拠地とかよ。」
「そうだな……そういうことも聞いておくといいかもしれねーな。」
「敵のボスとかいいかもしれないわね。」
翼の呟きにルーマニアが答える。
「それは……この前わかった……」
「えぇ!?そうなの!?誰よ。」
「話すと長いから……それに関してはオレ様が質問する。」

  こうして。
「じゃあ……鎌倉さん。質問します。」
『ああ。』
「まず……下着泥棒の管理する《常識》と居場所を教えてください。」
『ふぅん……名前とかは聞かないんだな。』
「あ。」
私を含めた全員が呟いた。そういえばそうだ!
『残念。それを聞くのは二回目になってしまうから私は答えない。』
鎌倉さんがくすくす笑う。紙袋かぶったままなのでだいぶ怖い。
『下着泥棒の管理する《常識》というか……正確には下着泥棒とつながっているシステムの管理する《常識》だが……まぁ大目に見よう。下着泥棒……こいつは《速さ》のゴッドヘルパーだ。』
「《速さ》……」
風と共に下着を奪っていく。なるほど、《速さ》か。
『こいつの居場所だが……家を教えるとこいつだけでなく……家族にも迷惑がかかる。商売人としてはそれはいただけないので……こいつの学校を教えよう。こいつは君らの通う高校に一番近い中学に通っている。』
中学生だったのか……情報は翼がメモっている。
「次は……リッド・アークの……リッド・アークにつながっているシステムが管理する《常識》を教えてください。」
『ふっふっふ……これだけ知っても奴の能力の全てを知ったことにはならないがな……いいだろう。リッド・アークは……《反応》のゴッドヘルパーだ。』
……?《反応》?それで腕の大砲とかが説明できる……のか?
『この情報はかえって君らを混乱させるな、ふっふっふ。』
確かに……大混乱だ。いや……考えるのは後にしよう。
「えっと……次に……敵の本拠地はどこですか!」
『本拠地と呼べるものはない。特定の場所に集まって活動しているわけではない。』
あ……そうか。そういう答えもあるのか。
「敵の……数……ゴッドヘルパーの数は!」
『不明。』
……え?
『あちら側に属しているゴッドヘルパー全員が自分の属している組織の構成メンバーを熟知しているわけではない。そして……唯一熟知しているボスの頭の中は……その能力故に私では覗けない。』
「覗けない……」
『不甲斐ないが……私でもわからないことはある。』
「つーことは……」
ルーマニアが入ってくる。
「そいつの管理する《常識》も……誰から奪ったのかもわからないのか……!」
私たちにはわからない質問内容。ルーマニアが鎌倉さんを睨む。
『すまないが……不明だ。鴉間あたりなら知っているかもと思ったが……どうやらボスと直接会ったの一回だけで……何の力も見せていないようだし。実質、組織内で知っているものはいない。交戦したことのある奴らもいるが……能力不明のまま敗走しているな……』
「……っ!」
ルーマニアが苦い顔をする。
『他は?』
「勝又、石部、大石を操っている奴は何者ですか。何の《常識》を……?」
『操っているのは……加藤。加藤 優作という男だ。リッド・アークの仲間。《優しさ》のゴッドヘルパーだ。』
やっぱり……あの三人は操られているのか。ルーマニアの推測に従って聞いてみて正解だった。しかし……《優しさ》か。それでどう操るんだろうか……?
『……これで全部か?』
聞くべきことはきっとたくさんあるんだろうけど今思いついて有用な情報は全部聞いた……あ、そうだ。
「チェインさんの組織にはどんなゴッドヘルパーがいるんですか。」
「……?誰だい、晴香。そのカッコイイ名前の人は。」
しぃちゃんと翼が首をかしげている。そういえばこの二人には話したことなかったかもしれないな。
『なるほど。今後こういった厄介な敵が出てくる可能性はある。メリーの組織とパイプを持つことは大事だな。そしてどんな奴がいるかを知っておけば……いや、ちがうな。これは君の個人的な興味だね、雨上くん。』
鎌倉さんはパンパンと手を叩く。
『いいねぇ……純粋な興味。なんの利点も有利な事柄も絡まない単純な疑問。君らにはわからないだろうが、私としては何かの目的を頭に思い浮かべながら質問されるよりも突発的に浮かんだ疑問に答える方が好きなんだ。《記憶》の力を使ってその答えを見つけてあげたいと思ってしまうんだな。』
人には理解できない感性。そういうものを持つということはゴッドヘルパーであることの証だ。
『実は私もあちらに誘われた時があったんだがねぇ……やっぱりどこかの組織についてしまうと仕事はできないと思って断ったんだ。おっと、悪い悪い。質問に答えたいと思う。』
以前(エクスカリバー)でチェインさんと話をしたとき、チェインさんは自分の連絡先を教えてくれた。今回の敵はうちの高校の生徒まで巻き込んできた。とても厄介。できれば力を借りたい。
『チェイン……《食物連鎖》のゴッドヘルパー。雨上くんは……チェインがもっとも脅威となる場所を海や川と言い、チェインもそれを正解と言ったが……残念。チェインは嘘をついているぞ?まぁ、それはいいか。今現在、あの組織……《すごいぞ強いぞ頼りになるぞスーパーハイパーアルティメットジャスティスな私たちはみんなの笑顔を守るため悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒し平和で愉快な世界を作ろうとがんばる絶対無敵の救世主だぜいぇい》にはチェインを含めて五人のゴッドヘルパーがいる。ホっちゃん、ジュテェム、リバじい、メリー。どんなと聞かれたから私の個人的な感想を述べよう。ホっちゃんは歩く爆弾だな。《天候》に次ぐ、人類では抗えないものを操る……まぁ私たちも強制的にそれを操ることはできるがね。ジュテェムは《天候》以上に抗えない。ジュテェムが望めば地上のありとあらゆる物体を一掃できる。あいつは……掃除によく使っているしな。リバじいは……まっすぐな紳士だ。うむ……言い得て妙だ。メリーは……そうだな……見た目に騙されるなとだけ言っておこう。はっはっはっうわ!?』
鎌倉さんが笑っていると突然画面がひっくり返った。鎌倉さんの姿をこちらに送っているカメラが倒れたようだが……どうしたんだ?ひっくり返ったせいで鎌倉さんは画面から消えた。
『お前たち……なんでここに……あ、こら!私のカメラ!こわすなあああああ!?』
画面が真っ暗になった。届いているのは鎌倉さんの声のみ。
『よくも私のカメラを!このクソババア!あっ!ちょっ!ごめんなさい!口がすべっ……あんぎゃああぁああぁぁぁぁあああ!!』
ブツン。
音声も途切れた。一瞬にして静寂になる室内。
「……鎌倉の奴……大丈夫か……?」
音切さんが恐る恐る呟く。
「悲鳴から察するに、そこまで大変な状況じゃないと思うわよ……ギャグっぽい悲鳴だったから。」
翼が深々とため息をついた。……さて、気持ちを切り替えて……情報の整理をしなくては。


 「この事件の犯人について話そう。」
情報屋から得た情報。その中のひとつ、「リッド・アークは《反応》のゴッドヘルパーである」についてしばらく考えてみたがやっぱりわからない。そもそも私は戦ってはいないから考えるための材料がないわけで。ここはやはり何度も戦っているアザゼルさんとクロワッサン……もとい、クロアさんに尋ねるべきだろう。《反応》と聞いてなにか気付くことがあるかもしれない。そう思ってルーマニアに情報屋から得た情報をアザゼルさんに教えたらどうかと言った。そしたらルーマニアが「まとめて話した方が早いな……」とか呟き、土曜日に私、翼、しぃちゃん、力石さん、カキクケコさん、ムームームちゃん、そしてクロアさんとアザゼルさんが集まった。場所はしぃちゃんの家。
「なんかことあるごとにここを集合場所にして悪いな、鎧。」
ルーマニアがしぃちゃんに申し訳なさそうに言う。
「いやいや、わたしとしては作戦会議がうちというのは嬉しいんだ。なんだかうちが正義の基地みたいじゃないか。」
「そ……そうか……」
「それで?こんな古臭いところにこのアタシを呼ぶってことは価値のある話をするってことでいいんですわよねぇ?」
今みんながいるのは無駄に広い畳の部屋なのだが、クロアさんは「地べたに座れと言うの!?このアタシに!?」とかわめいてしぃちゃんが持ってきた椅子に座っている。「畳に跡が付いてしまうな。」としぃちゃんが椅子の下に座布団をかませたのでとてもおかしな光景である。
「もちろんだ……」
ルーマニアが暗い顔でため息をつく。この前、自分の過去を話した時の顔だ。
「……オレ様が悪魔側についた時……オレ様と同じように堕天した天使は結構いた。その中でオレ様は悪魔のトップになり、あと二人の天使がオレ様の補佐役……ようは幹部として高い地位についた。一人は……アザゼル。」
「そんな話は聞きましたわ!本人から!そんなことを聞かせるためにこのアタシを」
「最後まで聞くのだよ、クロアちゃん。」
見るとアザゼルさんもいつものおちゃらけた感じでなくなっている。
「もう一人の天使。こいつはオレ様とアザゼルが神の側に戻った時……自分の居場所はそっちにはないと言って……悪魔の側に残った。そもそもオレ様が神に反発した時に実は自分も神にはいい感情を抱いていないと最初に打ち明けたのもこいつでな、神に対する怒り、恨みは群を抜いていた。その理由は……未だに不明だがな。」
「俺私拙者僕とルーマニアくんが戻ったあと……彼は悪魔のトップとなったのだよ。」
ルーマニアの暗い過去。それを分け合って痛みを小さくしようとしているかのように、アザゼルさんも説明に加わる。
「この前聞いた通り、その時にはもう《信仰》の力はなかったのだよ。だから神様も彼がまとめることで悪魔が鎮まるなら……と言ってそれを認めたのだよ。」
「そして……長い間静かにしていたそいつは……今、再び神に挑もうとしている。」
「つまり……その天使が今回の事件の首謀者なのか……」
私の呟きにルーマニアがうなずく。
「名を……サマエルという。」
サマエル……それが倒すべき相手……になるのか。
「《信仰》の力が無くなったこの時代、神に挑む力はサマエルにはない……そう思われていた。」
「そこでそのサマエルが目をつけたのがゴッドヘルパーってわけね?」
翼が言うとルーマニアは首を振った。
「いや……そもそも最初に目を付けたのはオレ様だ。」
……?どういうことだ……?
「昔、神への攻撃方法を考えていたとある日。オレ様はアザゼルとサマエルに一つのアイデアを話した。ゴッドヘルパーとつながっているシステムは神が作ったもの……簡単に言えば神の力に等しい力なわけだ。だからオレ様はそれを利用する案を二人に提案した。」
「だけどもその案は使われなかったのだよ。なぜなら……システムがゴッドヘルパーから離れるのはその生き物が死んだ時であり、また次にどの生き物につながるかはランダム。なにより……天使や悪魔にはつながらないからなのだよ。」
「そう……だが……オレ様達が戻った後……サマエルは気付いたんだろう。今アザゼルが言ったシステムの性質は……つまりシステムの《常識》であると。」
《常識》……ゴッドヘルパー……!!
「《システム》と言うよりは《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパー。そいつに《常識》を変革させれば天使や悪魔もゴッドヘルパーとなることが出来る。」
《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパー……私たちがおこなっている《常識》の上書き、変革そのものを管理する存在。
「この前オレ様の前に現れた悪魔の言ったこと。そして情報屋が「記憶を覗けない」と言ったことから確信した。サマエルは……この時代の《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーを見つけ、何らかの方法を持ってして《常識》を変革させ……その《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーからシステムを奪い……自分が《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーとなったんだ。」
「えっ……つまり……」
力石さんが情報を整理しながらまとめる。
「その……神の力に等しいゴッドヘルパーの力を管理する存在が……敵のボスってことですか?」
鎌倉さんが記憶を覗けなかったのも……前にチェインさんが話していた「力が効かない」というのも全ては《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであるが故……というわけか。
「変な話……というかそのサマエルとかいうのはアホなのかしら?」
クロアさんの呟きに私は頭を傾げる。
「《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパー……確かにゴッドヘルパーに対しては無敵かもしれませんわね。でも……それでは神に対抗できませんわよ?」
言われてみればそうだ。サマエルはなんで《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーになったんだ?
「それは……やつの目的を達成するのに一番都合がいい力だったからだ。」
「目的ですって?」
「サマエルが今していることは……ゴッドヘルパーであることを多くのゴッドヘルパーに自覚させることだ。そのせいで起きる騒ぎを解決するためにオレ様達は動いているわけだが……オレ様達が動く理由は実はもう一つあるんだ。」
「もう一つの理由?あによそれ。」
「ゴッドヘルパーの存在理由は……時代に合わせて《常識》を変えてより良い世界にすること。だがな、あまりに急激に多くの常識が変革することは多くの混乱を招くだろう?」
確かに。ちょっとずつ何かが変わるのなら慣れる時間も十分だが……急激に変わると混乱する。
「それを防ぐためにな、自覚したゴッドヘルパー……第二段階がある一定数を超えると発動するシステムがあるんだ。」
「それを俺私拙者僕たちは……《常識》のゴッドヘルパーと呼んでいるのだよ。」
「《常識》のゴッドヘルパーですって……?」
そういえばクロアさんの管理する《常識》を聞いていなかったが……今はそれどころじゃない。
《常識》のゴッドヘルパーだって!?
「正確にはシステムだけだがな。《常識》という常識を管理するシステム。これにゴッドヘルパーはいないんだが……オレ様達は便宜上そう呼んでいる。多くの常識を一度に変えられると困るから……これが発動すると強制的に全てのシステムがその時のゴッドヘルパーから離れ、別の生き物につながる。平たく言えばゴッドヘルパーの総リセットだな。」
「私の《天候》や翼の《変》とかが別の生き物に移るってことか。」
「そうだ。そして……このシステムは……難しい話なんだが……簡単に言うと世界の性質のひとつとして存在しているから……普段は如何なる手段を持ってしてもそのシステムに触れることはできない。」
「わかったぞ!」
突然しぃちゃんが立ちあがった。
「つまり、その悪の親玉サマエルは第二段階のゴッドヘルパーを増やし、《常識》を管理するシステムを発動させようとしているのだ!そして……発動した瞬間、つまり触れることが出来るようになった瞬間に《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーとしての力でそのシステムを手に入れようとしているのだな!」
「……恐らくな……」
ルーマニアが目をまんまるにしている。私もびっくりだ。
「ふっふっふ……こんなシナリオ、戦隊ものでは良くある話さ!例えば二代目の……」
「それで?そのサマエルが《常識》のゴッドヘルパーとなると何が起きるんですの?」
しぃちゃんの話はスルーされた。
「まさか……全ての《常識》を支配するとか……?」
力石さんがおそるおそる聞く。
「いや……そもそもの話をすると、《天候》も《変》も《金属》も《エネルギー》も、全ては元々(常識)の一部だったんだ。それが分離して今の形になっているわけだから……《常識》のゴッドヘルパーになったとしても全てを支配するわけではない。」
「じゃあなんの利点があるんだ?結局手に入るのはリセットする能力だけなのか?」
「……《常識》と呼ばれるものはな……別に下界だけに存在するのではない。天使や悪魔に関する《常識》もあるんだ。」
「ルーマニアたちの常識ってことか?」
「ああ。ゴッドヘルパーという制度は下界をよくするためのもの。だから天界や……地獄とかにはゴッドヘルパーの制度はない。よくするもなにも……そうであると神が決めてしまった世界だからな。変革の必要が無いんだ。だからオレ様たちに通ずる《常識》は……未だに《常識》を管理するシステムの中にある。」
「《常識》のゴッドヘルパーになるっていうことはね、天使、悪魔……しいては神様にすら影響のある《常識》を支配するってことなのだよ。」
神に影響する?それは……何か矛盾している気がするが……
「さっきも言ったが……システムは神に等しい力だ。神が作ったものであることには変わりないが……神に影響を及ぼす程の力を秘めているのも事実。神や天使が使用する魔法の《常識》を変革するだけでも十分な脅威となる。サマエルはな……《常識》のゴッドヘルパーとなって神を倒そうとしているんだ。」
それが……敵の目的……
「神が倒されても一度作られたこの世界が消えるなんてことはない。そのままサマエルが神になることも可能なんだよ……」
「せ……世界征服……!」
しぃちゃんがフルフルとふるえている。少し楽しそうなのは置いておこう。
「世界征服……確かにな。世界は世界でも全宇宙も含んだ……完全完璧な世界征服だがな。はっ、こんだけでかい野望だ……サマエルに付いていこうと思う人間がいてもおかしくない。」
「それが鴉間さんやクリス、リッド・アークなんかのゴッドヘルパーなんだな……」
「あっはっは!なんだなんだ!わたしがしてきたことは間違いではなく!これからしようとすることも変わらないのだな!世界を手に入れようとする悪党を倒す!うん!うん!!」
しぃちゃんの興奮がマックスに達したらしい。突然部屋から飛び出し、庭で「うおおおぉぉおお!」と叫び出した。
「ま……それなりに価値のある話でしたわね……」
クロアさんはフンッと腕を組む。すると翼が手を挙げて言った。
「あのさ、敵の目的とかわかってとても良かったわ。だけどあたしがそれ以上に気になるのはそのお嬢様?アザゼルの協力者のことなんだけど。」
……そういえばきちんとした自己紹介もせずに話を始めてしまっていた。私はクロアさんを見る。
「そう……このアタシのことを知りたいのですわね?あなたたちみたいな平々凡々な平民なんかをはるかに超える力を持つこのアタシを!!」
クロアさんは座っていた椅子の上に立つ。
「このアタシの名前はクロア・レギュエリスト・セッテ・ロウ!感謝しなさい!このアタシと会話できるだけでも幸運なんですのよ!」
「クロア……レギュエリスト……セッテ・ロウ!?」
翼が異様に驚いている。
「知ってるのか?」
「ロウ家っていえば……世界でも五本の指に入る大富豪よ!?」
「そうなのだよ。頑張ってお嬢様を探していたらちょうどゴッドヘルパーであるクロアちゃんを見つけたのだよ。」
「頑張ったな……んで、なんの《常識》を操るんだ?」
「ふふん。そもそもこのアタシは――」
「ちょっと待ったクロアちゃん。」
アザゼルさんが間に入る。
「えぇっと……ほら、クロアちゃんがわざわざ説明することはないのだよ。俺私拙者僕にお任せをば。」
「あらアザゼル、あなたもようやくこのアタシとの接し方がわかってきたようね?」
「ほら……えっと……こんな古い家にいたから……少しお庭に出て新鮮な空気を吸うのだよ。」
「ええ、そうさせてもらうわ。」
クロアさんがしぃちゃんが叫んでいる庭へと移動する。私たちはアザゼルさんを見る。
「ごめんなのだよ。ちょっとね……」
アザゼルさんは軽くため息をつき、クロアさんが庭に出たのを確認すると、とてもめんどくさそうに話し始めた。
「えぇっと……うん、順を追って説明するのがいいのだよ。まず、クロアちゃんの……クロアちゃんにつながっているシステムが管理する《常識》は……《ルール》なのだよ。」
「《ルール》?……それは何ができる能力なんだ?」
ルーマニアが腕を組む。ルーマニアは……聞けばそのゴッドヘルパーができることをある程度は教えてくれるのだが……ルーマニアも知らない《常識》ってことなのか?何か特殊なのだろうか?
「うーん……言い方が悪かったのだよ……《ルール》というか、《規則》というか、《当たり前》というか……そんな感じのもののゴッドヘルパーなのだよ。」
「はぁん……」
「えっとね……いや……先にクロアちゃんのことを話すべきだったのだよ。さっき翼ちゃんが言った通り、クロアちゃんは大富豪の娘なのだよ。そして……そうであるが故の強みであり弱みのために……本人の前では話せないのだよ。」
「どういうことですか……?」
「クロアちゃんは……生まれた時から今まで、何不自由なく育ったのだよ。どんな問題もロウ家が持つお金と権力で解決。ふつうならみんなが守るような《ルール》も……ロウ家の力で何度か無視して……随分とわがままというか……自由奔放というか……そんな感じで育ったのだよ。だから、クロアちゃんにとっては……《ルール》は守るものではなく、破るものなのだよ。この思想はクロアちゃんの根底の思想……今さら変えることもできないクロアちゃんの絶対的な性質なのだよ。」
《ルール》は破るものか。漫画みたいな考えだなぁ。
「そして俺私拙者僕が自覚させ……《ルール》のゴッドヘルパーとして目覚めたクロアちゃんは何ができるようになったかというと……やっぱり《ルール》を破ることなのだよ。あぁ……いや、破るというよりは否定なのだよ。まぁあんな性格だから……」
「《ルール》を否定する。それは具体的にどういう現象なんだ?」
「ルーマニアくんのパートナー、雨上ちゃんを例に取ってみるのだよ。例えば雨上ちゃんが雲をもこもこ発生させて雷を落とすとするのだよ。「《天候》のゴッドヘルパーは天候を操ることができる」……この《当たり前》をクロアちゃんは否定できるのだよ。すなわち……雨上ちゃんの「雲を発生させる」という行為が無効化されるのだよ。」
「なんだそりゃ。まるで《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーじゃねーか。」
「それだけじゃないのだよ。雨上ちゃんの雷をクロアちゃんがくらっても……無傷でいられるのだよ。」
「なに!?雲までは《天候》の力によるものだが……発生した雷はただの自然現象だぞ!?それじゃ……無敵じゃねーか。」
「雷の直撃をくらったら人間は死ぬ。そういうイメージがあるのだよ……いや、実際死ぬと思うのだよ。クロアちゃんは「雷の直撃をくらったら死ぬ」という《当たり前》を「そんなこと、誰が決めたのかしら?あはは!」みたいなノリで否定できるのだよ。」
「……最強じゃないですか。じゃあクロアさんにはあらゆる攻撃が効かないってことに……」
「うん……これだけなら確かにそうなのだよ。」
「あぁん?どういうことだよ?」
「さっきも言ったけど……《ルール》は破るものという思想はクロアちゃんの絶対的な性質なのだよ。だから……どんな時でも《ルール》の否定をしてしまうのだよ。」
どんなときでも否定する。……別に問題ないように思うのだが……何か問題があるのだろうか?
「例えば……敵が……クロアちゃんにデコピンをするとするのだよ。もちろんデコピンなんかじゃ人間は死なないのだよ。でも……クロアちゃんはそれを否定して……デコピンで死ぬことが出来るのだよ。」
つまり……えぇっと……「デコピンをくらっても人間は死なない」という《ルール》というか《当たり前》を「そんなこと、誰が決めたのかしら?あはは!」みたいなノリで否定して……「デコピンをくらうと人間は死ぬ」というものに変えてしまうということか……!
「ちょっちょっ!あによそれ!デコピンで人間の生死を考える奴なんかいないわよ!せいぜい痛いか痛くないかの違いでしょ!?」
「今のはあくまで例なのだよ。でも戦闘となると……どのような攻撃であれ、頭はその攻撃をくらった時のダメージとかに思考が行ってしまうのだよ。「この攻撃をくらうとやばい。」「この攻撃はくらっても大丈夫だから無視する。」とか。」
「ま……まぁそうだけど……」
「幸い、今のところ……敵に何のゴッドヘルパーであるかがばれたことはないのだよ。だから敵はとりあえずこちらにダメージをあたえようと攻撃をしてくる。それを見たクロアちゃんも「あれをくらうとヤバイ。」というイメージをしてくれているから……能力が良い方に働いているのだよ。でももし、敵がこちらの能力に気付き……「この攻撃をくらっても何のダメージもない。死なない。」なぁんて言いながら石ころを投げてきたら?クロアちゃんはそれを否定して……大きなダメージを受けることになるのだよ。」
「そうか。それで本人の前では話せないわけか。」
ルーマニアが苦い顔をする。
「本人にこのことを話してしまうと……余計に意識してしまい……例えば敵の攻撃で壊れた何かの破片なんかでもダメージを受けかねないから……こうしてこっそり話してるわけか。」
「クロアちゃんには……何も言っていないのだよ。本人が本人で思っているのはたぶん「このアタシは無敵!」ってことなのだよ。」
「なるほどな。……つーか……この能力だけじゃ……攻撃が出来ねーな?どうしてんだ?」
「ルーマニアくんには前に言ったのだよ……二丁拳銃を使うのだよ。」
「そういや……言ってたな。」
拳銃て……こんな単語が普通に出てくるとは……
「もちろん……その拳銃……というか銃弾もクロアちゃんの力を受けて……百発百中なのだよ。」
きっと……「銃弾は重力を受けて放物線の軌道を行く」という《当たり前》を否定して……自分の狙ったとこに行くようにしているんだろう。
「それでも……単なる銃であることには変わりないのだよ。リッドはくらってもピンピンしているのだよ。そしてリッドも……クロアちゃんの能力がわからないから……とりあえず攻撃をしてくるために……クロアちゃんには効かないのだよ。だから決着がなかなかつかないのだよ。」
「あ……でも、リッドの能力が《反応》ってわかったんですから……それを否定すれば……」
「それがねぇ……俺私拙者僕たちも《反応》って言われてもピンと来ないのだよ。何をどうやったらあんな漫画の中の人みたいになるのやら……結局のところ、何を否定すればいいのかさっぱりなのだよ。」
「情報屋は……《反応》がリッドの能力の全てではないとは言ってたが……」
「あによ……それじゃぁ……そのサマエルの《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーの力で……二つ以上の《常識》を操れるようになってるとか……?」
「できないこともねーが……それって逆に弱くなるぜ?」
「どゆこと?」
「ゴッドヘルパーの力は……別に超能力じゃねーんだ。《常識》の上書き、変革によって不思議な現象を起こしてるんだ。システムとゴッドヘルパーをつなぐ……まぁケーブルみたいなものはな、ゴッドヘルパーから情報を得るためのものだから……基本的にいつも開いている。だから……えぇっと……つまりな……」
「ルーマニアは説明下手だね♪あーたーしがやるよ。」
ムームームちゃんがニコニコしながら話す。
「例えば……《天候》と《金属》、それぞれを管理するシステムと同時につながっているとするね。今、雨を降らそうとして雲の発生という現象を願う。するとその願いはケーブルを通って《天候》のシステムに行くけど……同時に《金属》にもいっちゃうんだよ。ルーマニアの言った通り、ケーブルは常に開いているからね。どちらのシステムもゴッドヘルパーからの情報を得ようとするから……ゴッドヘルパーの願いは両方に行くわけ。さてさて、《天候》はもちろん雲を発生させようとするよね?《天候》だから造作もないこと。でも、《金属》にはそんなことはできない。だから……システムからゴッドヘルパーに帰ってくる返事は「了解」と「無理」の二つ。結果、出来る出来ないの現象が絡みついて……何も出来なくなるんだよ。」
「……両方のシステムに出来る事しか出来なくなるってことですか。」
「そうだね♪」
「じゃぁ……リッドの他の能力ってなんなのかしらね。」
考えてもわからないだろうな。アザゼルさんたちがわからないなら私たちでわかる道理もない。
「いよっし!」
突然カキクケコさんが声を張り上げた。……というかいたのか。
「結局わからんことだらけってことだろう?それじゃあよ、今後どうするかを話そうぜ。」
「カキクケコにしちゃあいい事言うな。まぁ確かにそうだな。どうする?」
私は情報を軽くまとめる。
「リッド・アークの居場所は不明……というか特定の場所にいるとは思えないし。あっちから手を出してくるのを待つしかない。すると今できるのは……下着泥棒ってことになるなぁ……」
「そうねぇ……とりあえず当初の目的だった下着泥棒を捕まえるとしますか。」
「とりあえず……近くの中学校に行くとするか……」
「放課後とかに校門あたりで待ち伏せてさ、ルーマニアとかにゴッドヘルパーかどうかを確認してもらえばいいから……簡単だわ。」
「そう簡単に行くかな。だって……ゴッドヘルパーってたぶん私たちが考えるより数は多いだろう?見分けがつくのか?ルーマニア。」
「まぁ……な。説明し難いんだが……自覚してるゴッドヘルパーはそうでないゴッドヘルパーとは気配が違うんだよ。こう……自覚していない時よりもはっきりするというか。確かにゴッドヘルパーの絶対数はかなりのもんだが自覚してる……第二段階となると数は一気に減る。」
「それなら大丈夫ね。あ、でも中学の授業が終わるのってあたしらより早いわね……ルーマニアに見張っててもらう?」
「そうだな……もし私たちが合流するよりも早く帰っちゃったら……尾行して家をつきとめておいてくれれば……なんとでもなるし。」
「情報屋は変なとこで商売人だったからな……ま、しょうがねーか。オレ様にまかしとけ。」
「よし、月曜になったら早速行動開始だ。」

「あれ?つばさぁ?俺は……」

「話はまとまったのだよ。クロアちゃん、帰るのだよ。」
庭に出たしぃちゃんとクロアさんはなにをしているんだろう?そう思って見るとなかなか面白い光景が飛び込んできた。
「知りませんでしたわ……この控えめな甘さ。そして緑茶との相性……」
「もったいない。和菓子のおいしさを知らずに育ったとは。まぁ、話を聞いているとだいぶお金持ちの家庭に生まれたみたいだからな……そういう家はだいたい伝統を重んじるから……海外のお菓子とかには関心が行かなかったのかもなぁ。」
しぃちゃんとクロアさんは縁側に座ってお茶をすすりながらようかんを食べていた。
「あれま。クロアちゃんが普通に会話しているのだよ……いつも高飛車なのに……びっくりなのだよ。」
「あれかしらね。良家の生まれ同士。」
翼が興味深そうに眺めている。確かに……しぃちゃんは……というか鎧家はこの家を見ればわかるが、なかなかの歴史を持つ家だ。しぃちゃんもそれなりの礼儀、作法というのを習ってきているのだろう。共に大きな歴史を持つ名前を受け継ぐものとして……何か通じるものがあるのかもしれない。

「あのぅ……」

「ごちそうさまですわ。またお話をしましょう、鉄心。」
「うん。またな、クロア。」
名前を呼び捨て合っている……正直クロアさんとの接し方がわからなかったからこの先が思いやられてたんだが……しぃちゃんとクロアさんがああなったから少し不安はなくなった。
「行きますわよ!アザゼル!」
「俺私拙者僕にもああいう風に接して欲しいのだよ……」
アザゼルさんとクロアさんが鎧家から去っていった。
「それじゃ……あたしたちも帰ろうか、晴香。」
「そうだな。ルーマニア、月曜はよろしくな。」
「ああ。またな。」
ルーマニアの姿がその場で消えた。私と翼は家に向かって歩き出す。

「あれ……?目から汗が……」
「あはは♪完全に忘れられてるね、カキクケコ♪」
「ムームーム、オレ達も帰ろうぜ。」
「十太、君はあーたーしにちょっかい出しちゃ駄目だよ?カキクケコみたいになっちゃうからね♪」
「ちょっかいて……オレはロリコンじゃねーからムームームには興味な痛っ!」
「レディーに向かって失礼だよ。」
「レディーて……オレからすれば妹ができたみたいなノリ痛っ!」
「それくらいにしようか?お兄ちゃん……?」
「ひぃ!ごめんなさい!てかムームームにそう呼ばれるとなんかオレがイタイ人みたいだ!やめてくれぇ!」

「目から……汗が……止まらない……きっとこれは雨なんだな……うん……」


 日曜日。私は机に向かっていた。プラモデルを作っているのではなく、宿題をやっているのだ。教科は国語。内容は古文。
「これほんとに日本語なのかなぁ……」
古文は……だいたいは今と同じ意味で同じ言葉が使われるが、時折まったく違う意味で登場するから困る。
「古文学者の訳し間違いなんじゃ……どうしてこんなに意味が変わるんだよ……」
だいたいこんなん将来使わない!なんで習う必要があるだ。古文だけに限らず、全ての教科で言えるぞ!スーパーとかで「√二割引き」とかないだろうに。いつ使うんだよ√……
「ああ……だめだ。やる気がでないや。息抜きしよう。」
そう思ってプラモデルに手を伸ばそうとした瞬間、
ポーン
「!」
パソコンにメールが来た。音切さんかな。
「えぇっと……うん?知らないアドレスだな……sugoizotuyoizotayorininaruzo……ってあれ?……《すごいぞ強いぞ頼りになるぞスーパーハイパーアルティメットジャスティスな私たちはみんなの笑顔を守るため悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒し平和で愉快な世界を作ろうとがんばる絶対無敵の救世主だぜいぇい》……か……長いアドレスだな。」
まぁ……どう考えてもチェインさんのとこからだ。どこで知ったんだ?私のアドレス。
「えぇっとなになに?……」

『こんにちは。プラモデルに手を伸ばしたところ悪いのだけれど、今からこのメールに添付した地図の場所に来てくれないかしら?』

……どうして私の行動を知っているんだ?隠しカメラでも……
ピッピロリ♪
電話だ……
「……もしもし。」
『もしもし、ハーシェル?電話の方が早いから説明はこっちにしたわ。』
「……チェインさん?」
『そうよ。お久しぶりね。』
「何なんですかこのメール……何で私の行動が……」
『それはね、今やあたくし達にわからないことなんてサマエルの頭の中だけになったからよ。』
チェインさんからサマエルの名前が出るとは。あ、いや……チェインさんは敵のボスをすでに知ってるんだった。戦ったこともあるみたいだし……
「それで……何ですか?」
『大事な話。送った地図の場所に来てくれればわかる。』
「電話じゃダメなんですか……?」
『うちの組織のメンバーに会わせたいのよ。できればルシフェル……ルーマニアも連れてきて欲しいんだけど。』
ルーマニアを連れて来いということは……ホントに大事な話のようだ。私は添付されている地図を画面に表示する。そんなに遠くない。自転車で行ける距離だ。
「……わかりました。今から行きますね……」
『待っているわ。』
電話が切れた。
「さて……」
春とはいえ、まだ少し肌寒い。地図を印刷した後、薄い上着を羽織って私は下に降りる。リビングではお母さんがテレビを見ていた。
「あら?晴香、どっか行くの?」
「うん、ちょっと出かけてくる。」
「ふぅん……あなた……ちょっと変わったわね。春休みあたりから。」
その言葉に内心ドキッとしつつ私はお母さんの方を見る。
「そ……そう?」
「休みの日に出掛けるなんて……友達が誘いに来なきゃほとんどしなかったでしょう?それが最近はしょっちゅう出かけて……何か楽しいことでも見つけたの?」
そうか。言われてみればそうだ。ゴッドヘルパーのことに関わってから外に出る機会が多くなったからなぁ。さて……何て言ったものかな。
「あ。まさか恋人でも出来た?紹介しなさいよ?」
お母さんがうふふと笑う。
「いや……そうだね……ある人の言葉を借りれば……私の欲望に従っているだけ……かな。」
「なにそれ?」
「ふふ、行ってきまぁす。」
扉を開けて外に出る。玄関前に置いてある自転車に乗り、私は走り出した。


 走りながらルーマニアを呼び出し、私は地図が示す場所を目指す。ルーマニアは私の上を飛んでいる。もちろん他の人には見えない。
「調べてみたんだがな。」
「何をだ?」
「その……すごいぞ強いぞ云々っつう名前の組織についてだよ。」
声を出してしゃべるとだいぶ変な人に見られるので今は例の腕輪で会話をしている。
「何度か天使側とも接触があるんだ。時には力を貸してくれたりもしたそうだが……この組織の目的はゴッドヘルパーの存在を世に認めさせてより良く生活しようってもんだから……オレ様たちの考えとは基本的には反する。だから多少の小競り合いもあったらしい。」
「その目的さ……《常識》のゴッドヘルパーが発動して結局ダメになるんじゃないか?そのことは知ってるのかな。」
「知ってる。だから……発動しないぎりぎりのラインで達成しようとしてるんだ。だがそんなことをすればホントに限られた人間にのみ与えられた力と認識されてしまい……世の中に混乱を生む。あいつらはゴッドヘルパー専用の警察とかを作ればいいとかなんとか言ってるがな。」
「組織自体はいつできたんだ?」
「それなんだが……オレ様もびっくりだ。なんと百年以上前から存在してるんだ。」
「百年!?どういうことだよ……」
「どうもこうも……百年前にできた組織が今もあるってことだよ……だが驚くのはまだ早い……この組織のトップはな、昔から変わっていないんだ。」
「つまり……トップの人間は百歳ってことか!?」
「そうなる。」
「トップ……つまり……メリーさんって呼ばれるゴッドヘルパーか。すごいおじいさんかおばあさんってことになるなぁ……」
「ああ。オレ様もちょっとどきどきしてる。生まれた瞬間に自覚するもんでもないからな。そのメリーさんって奴は軽く百歳を超えてるってわけだ。何もんなんだろうな……」
「何の《常識》を操るんだ?」
「それが謎なんだよ。もちろん直接会ったことのある天使とかもいたんだがな、そいつの記録によると……ゴッドヘルパーの気配がしないんだそうだ。意味わかんねーだろ?」
「……じゃあゴッドヘルパーではない……ってことはないか。気配を消す手段があるのかな。」
「たぶんな。だが、そうまでしてオレ様達に何のゴッドヘルパーかを隠してきたのに今回オレ様を呼んだんだろう?ものすごく緊急事態なのかもしれねーな。」
「そうかもな……着いたぞ。ここだ。」

地図が示していた場所。そこには紫色のマンションが建っていた。七……八階建てだ。ふとエントランスの方を見るとチェインさんが手を振っていた。
「うん……時間通り。よく来てくれたわね。」
「こんにちは。えぇっと……こいつがルーマニアです。」
ルーマニアが姿を現す。
「わっ。驚いた。ま、とりあえず来て。」
チェインさんがマンションに入っていく。私たちはその後に続く。中に入ってエレベーターに乗って八階まで上がり、隅の部屋の前で止まる。表札には竹下とある。
「さて……ようこそ、あたくし達の……仮アジトへ。」
中に入るとなかなか喧しいことになっていた。
「それはミーのトマトサンドだぁ!よこせ!このハゲ!」
「誰がハゲじゃ!良く見んかい!ふさふさじゃろうが!」
「ジュテェム、そこのクリームパン取ってくれ。」
「だぁめぇ!それはあちゃしのにゃのぉ!」
「メリーさん、クリームパンばっかり食べすぎですよ。たまにはこういうものも食べないと栄養が偏りますよ?」
リビングに大きなテーブルが置いてあり、それを五人の人がソファーで囲んでテーブルの上のパンとかおにぎりとかを取り合っている。
「なんだこいつら……」
ルーマニアが呆気にとられている。私もだが。
「みんな、ハーシェルとルーマニアが来たわ。」
「はーしぇるぅ?ヘイヘイ、チェイン。そいつのネームは雨上晴香だゼ?」
「折角のコードネームにゃんだからちゅかわにゃきゃ。」
……あれ?今私の名前を言った人……どっかで見た。というか確実に見た。なぜならその人はビシッとしたスーツを着ていて頭に紙袋をかぶっているからだ。
「……鎌倉さん?」
「ノンノン。今のミーはジョン・ジョナサンだゼ!」
《情報屋》鎌倉……もとい、ジョン・ジョナサンがいた。誰かに襲われたようだったが……
「また会うことになるとはね。ミーも驚いているよ。あぁ!どさくさにまぎれてミーのカツサンドを!」
……音切さんの言っていた「会うたびに別人」というのはこういうことか。
「それじゃあ……とりあえず二人とも座って。最初にあたくしたちの紹介をするから。」
私とルーマニアはキッチンの前に置いてあるテーブル(たぶんご飯を食べる用のテーブル)の椅子に座った。
「まず、あたくしはチェイン。ご存じ《食物連鎖》のゴッドヘルパー。」
そういえば鎌倉さん……ジョン・ジョナサンさんが言ってたが……チェインさんの能力が最も猛威をふるうのは川とかではないらしい。《食物連鎖》にはもっと強力な要素があるのだろうか。
「こっちから順番にいくわね。この普通の人がジュテェム。」
「よ……よろしくお願いします!ハ……ハーシェル?雨上さん?えぇっと……どっちがいいんでしょうか……?」
何故か顔を赤くしてあたふたしているジュテェムと呼ばれた人はチェインさんの紹介通り、普通の人だ。服装も普通。顔も普通。体格も平均的。これと言った特徴のない人だ。だがジュテェムさんを一言で表すのなら「普通」ではなく「好青年」とかになるだろう。さわやかでいい人そうな印象を受ける。……アザゼルさんじゃないけど……女の子ばっかり出てくるゲームとかの主人公みたいだ。血のつながらない妹とかいそうだなぁ……
「わ……わたくしは《重力》のゴッドヘルパーです……はい。」
そんな普通の人からとんでもない単語が出てきた。《重力》のゴッドヘルパーだって!?
「〇Gはもちろん、一〇G、一〇〇Gと重力を操れます。大きさだけではなく、方向も自在です。」
照れながら話しているがそんなほんわかな能力でもないと思うのだが。この人の手にかかればどんな重たいものでもあっという間に宇宙の彼方へ飛ばせるわけだ。逆にペッシャンコにも出来る。戦いとなればこれほどすごい能力もないのではないか?
「それで、そのジュテェムの隣のわるそーな奴がホっちゃん。」
「おう、よろしくな。……つかわるそーってなんだよ……」
鎌……ジョン・ジョナサンさんが「歩く爆弾」と称した人。これまたチェインさんの紹介通り……わるそーな人だ。髪の毛が少し金色の交じった茶髪で光っているし、目つきも悪い。皮のジャンパーを着て穴のあいたジーパンをはいている。街なんかで見かけたら目をあわせないようにしてしまうな……
「おりゃは……《温度》のゴッドヘルパーだ。」
お……おりゃ?意外と田舎の方の人なのか?いやいや、その前に……《温度》?それと爆弾は何がつながるんだ?
「ヘイヘイ、ホットアイス、雨上くんが不思議がってるぜ!《温度》の何がすごいのか教えてやれよ!」
ジョン・ジョナサンさんが笑いながらたまごサンドを食べている。どうやってたべているかというと紙袋の口を少し広げて下から口元へ押し込んでいる。紙袋とればいいのに……
「あー……こいつらはホっちゃんって呼ぶが、おりゃの名前はホットアイスだからな。「ホっちゃん」って名前じゃねーからな。」
こんな悪者みたいな姿で「ちゃん」づけってすごい違和感だ。
「《温度》……おりゃはその辺とかあの辺とか、一定の空間、物の温度を操れる。温度の変化速度は一瞬。だから爆発を起こせるんだ。」
……・?ちんぷんかんぷんだ。
「見るからにわからないって顔だな。いいかぁ?爆弾が爆発すっとすごい衝撃がくんだろ?爆風とも言うが……爆弾の一番の脅威はその爆風だ。それでまわりのものを破壊する。んでその爆風が発生する理由って知ってっか?爆風ってのはすなわち火薬によって急激に熱せられた空気の瞬間的な膨張なんだよ。つまりだ、おりゃの力でどっかその辺の温度を急激にうん千度とかに上昇させっと……ボンってわけだ。」
ああ……そうか。なんだ、よく考えたら《温度》ってすごくないか?ジョン・ジョナサンさんが言った(言った時点では鎌倉さんだが)「《天候》に次ぐ、人類では抗えないものを操る……まぁ私たちも強制的にそれを操ることはできるがね。」という意味がこれでわかった。確かに私たちはクーラーとかストーブとか……もっと簡単に言えば服などで自分が感じる《温度》をコントロールできているが……根本的な温度は変わっていない。夏場、クーラーをガンガンにかけても、その部屋から一歩出れば熱はそこにあり、冬、どれだけ厚着をしようともそれを奪われれば凍えてしまう。目にも見えず、触れることもできない《温度》という存在は、確かに人類では抗えない。それに《天候》も《温度》に左右される。寒くないと雪は降らない。おぉう、考えれば考えるほどすごいものだな。
「その隣のおじいさんがリバじい。」
「うむ。」
リバじいと呼ばれた人は平たく言えば執事だ。スーツというよりはタキシード?に近い服を着こなし、モノクルを左目につけている。鼻の下の立派なひげが目立つ、私の脳内の執事そのままである。
「わしの名前はリバース。みなからはリバじいと呼ばれておるがの。」
リバース……それだけで能力がわかりそうだ……
「わしにつながるシステムが管理しておるのは……《抵抗》じゃ。」
《抵抗》……空気抵抗とかだろうか。
「《抵抗》とは……何か力が加わった時にそれと逆方向に働く力のことじゃ。摩擦による抵抗、空気による抵抗……それに加え作用反作用の反作用も抵抗に入るのぅ。」
……《硬さ》とか《エネルギー》とか……物理的な《常識》を操る人はやっぱり強い。私たちの動きを支配する法則だから当然なのだが……《抵抗》はどうやって戦うのだろうか。
「ヘイ!雨上くんがどうやって戦うのか疑問に思ってるぜ!」
またジョン・ジョナサンさんに記憶を読まれた……
「わしは……主に高速の連続攻撃かのう。」
……《抵抗》で……?
「ある程度の速度で運動する物体が壁に当たると跳ね返るじゃろう?それは反作用に他ならないのじゃが……それを利用するのじゃ。まずは地面と足の裏の摩擦をゼロにし、スケートのように滑る。無論空気抵抗もゼロにするので速度が落ちることはない。滑りながら敵に近づき、攻撃をしながら敵の横を通り過ぎる。その後、空気の抵抗を極限まであげて壁のようにしてそれにぶつかる。反作用をコントロールしてわし自身にダメージが行かないようにしつつ、速度を落とすことなくはね返る。そうしてまた攻撃。これを繰り返すわけじゃな!」
なるほど。それは確かに強力だ。……リバースさん、なんでこんなに楽しそうに話すんだろう?もしかして戦いとかが結構好きなのかな?
「でもリバじいの本領はやっぱバリヤーだよな。」
ホットアイスさんがひっひっひと笑いながら言う。バリヤー?
「まぁ……簡単に言うと……ものすごい《抵抗》を持つ空間を作るんじゃ。敵の攻撃を何でもはね返す……みたいな感じじゃ。」
それはもっとすごいな……防ぐだけでなくはね返すとは。
「んで……リバじいの隣の奴が……情報屋。こいつは知ってるわね。」
「知ってますけど……何でここにいるんですか?」
「あちゃしがちゅれてきちゃの。必要になりゅかりゃね。」
ジョン・ジョナサンさんの隣で可愛らしくおにぎりをほおばっている女の子が呟く。
「……その小さい女の子が……あたくし達のリーダー。メリーさん。」
……あれ?メリーさんって……百歳を超える……
「こんにちは。あちゃしがメリー。みんにゃメリーさんって呼ぶの。」
百歳……には見えないなぁ……
「しょうね……まじゅあちゃしの能力かりゃ。あちゃしが操るのは《時間》だよ。」
……!?
「《時間》!?」
「《時間》だぁ!?」
私とルーマニアが同時に叫ぶ。そりゃ叫ばずにはいられない。だって……《時間》……普通に考えて最強の《常識》だ。
「できりゅことは……漫画とかアニメの世界のそれと同じだね。あちゃし以外の時間を止める、進める、戻す。プリャス、時間の進んだ世界、戻った世界を見れりゅのよ。」
時間の進んだ世界を見る……そうか。チェインさんと会った時、「あたくしたちの組織は……資金を賭けごとで稼いでいるの。」というのはこういうことか。結果を知っているのなら賭けごとは余裕だ。
「うーん……どこから説明すりぇばいいのかにゃあ、チェインお姉ちゃん。」
ほっぺにご飯粒をつけながら首をかしげるメリーさんはだいぶ可愛い。見た目はムームームちゃんと同じ感じだが……ムームームちゃんよりも小さいかな。動きやすそうな服装、適当に切りそろえられた短い髪。まだおしゃれに興味を持っていな小学校低学年の女の子……みたいな感じだ。
「そうですね……とりあえずここに連れてこられた理由が気になる所でしょうから……そこから話そうかしらね。」
チェインさんが私の方を見る。
「……今現在この国に来ているサマエル側のゴッドヘルパー……リッド・アーク。彼が問題だからこうしてあなたたちを呼んだの。」
当然のようにサマエルの名前が出てきた。つい最近まで知らなかった私としては変な感じだ。
「前回のクリス・アルガードは慎重な奴だったし鴉間がいたから……あいつらとあなたたちの戦いは日常の裏で行われたけれど、リッドはそんなことお構いなし。下手すれば真昼間の街中で戦いかねない……というか確実にそうなるわ。メリーさんが見たから。」
時間の進んだ世界……未来か。
「でも……この組織の目的はゴッドヘルパーの存在を知らせることですよね……?」
「そうよ。でもあたくしたちはゴッドヘルパーとそうでない人の平和な共存を望むの。リッドとの戦いがきっかけになってしまったらゴッドヘルパーの第一印象は最悪よ。それはあたくしたちの望むところではないわ。」
「ああ……そうですね。」
「そこでこういうことを計画したの。あなたたちはリッドと戦う。街中での戦闘……建物が壊れるかもしれないし……巻き込まれた人が死ぬかもしれない。でも……構わない。」
「構わないって……」
「戻すわ。壊れた建物も……死んだ人も……時間を戻して元に戻す。それで解決よ。」
「それは……そうですけど……でも……」
「そうだぜ。つかそもそもよぉ、《時間》、《抵抗》、《温度》、《重力》、《食物連鎖》……こんだけのゴッドヘルパーがそろってんだからてめーらで倒せばいいだろうがよ。別に事が治まるなら倒すのは誰でもいいんだぜ?」
ルーマニアの言う通りだ。なぜ私たちが倒す必要があるのだろう?
「いくらメリーさんでも一度に戻せる時間には限りがあるわ。全世界の時間を戻す必要があるからね……」
「全世界!?」
「今は情報化社会よ、ハーシェル。戦っているところをビデオとかカメラで記録された場合、一瞬で全世界に広がるでしょう?インターネットで。」
「あ……なるほど。でも……倒してから戻せばいいじゃないですか。戦闘は一時間も続きはしないでしょう……」
「戦うと力を使うことになるでしょう。仮にメリーさんが一度に戻せる時間が一時間としても……それは全力の状態での話。戦って消耗した状態ではすぐには時間は戻せないの。回復するのに時間がかかる……もし回復するのに時間を使ってしまって一時間を過ぎてしまったら?放たれた情報は放たれたままになり……最悪の形でゴッドヘルパーの存在が公のものとなるわ。」
「そうか……《時間》ですもんね。ちょっと使うだけでだいぶ疲れそうですし……」
私も《天候》の力を使うとだいぶ疲れるし……ん?
「……なんですか……?」
何故かみんなが私を興味深そうに見ている。なんだ?変なこといったかな。
「……さすが第三段階じゃの。」
「そうですね。そういう感覚が身についているんですよ。」
えっ?えっ?なんのことだ?私が困惑しているとルーマニアが呟いた。
「普通……ゴッドヘルパーは《常識》を改変しても疲れないんだよ。」
「……は?」
「まさか……お前、オレ様が自覚させた時……つまり……《光》との戦いの時から疲れを覚えていたのか!?」
「え……まぁ……普通じゃないの……か?」
「すごいわねハーシェル。その時点ですでにその段階までいっていたなんて。どれだけ空のことを想っていたのかしらね。」
「えっ……はい?」
「雨上。前にも言ったが、ゴッドヘルパーは超能力者じゃないんだ。あくまで《常識》の改変、上書きをするのはシステムだ。ゴッドヘルパーがすることはイメージすること、考える事、信じること。《常識》の改変でゴッドヘルパー自身が疲労を覚えることは……ない。」
「え……じゃあ……私は……?」
「第三段階みたいな状態……システムとのつながりがめちゃくちゃ強い状態になるとな、もはやゴッドヘルパー=システムになるんだ。《常識》を改変する時にシステムが受ける負荷をゴッドヘルパーも受けることになるわけだ。」
「へ……へぇ……」
「ま……疲労を感じるようになることと引き換えに強大な力を得るわけだが。そういう段階のゴッドヘルパーはそんじょそこらのそれとは格が違うからな。」
「最強である第三段階の唯一の弱点ってわけなのよ、疲労は。」
チェインさんがにっこりと笑う。そうか……みんな疲れないのか……いいなぁ。……んん!?ということはメリーさんは……
「あちゃしは第二段階よ。それなりにいろいろできるけど……そこまでは至ってないにょ。」
「……?」
「別に第三段階でなくてもシステムとのつながりが強ければ疲労は覚える。第三段階が一番疲労を覚えるってだけだ。」
ルーマニアが補足する。そしてメリーさんを見る。
「つまりお前は時間を戻すだけの力を温存しとく必要があり……その間無防備になるこいつを守るために他のメンバーが動くから……戦う係がいるってわけで……オレ様たちがそれってわけか。」
「そにょとおり。」
「あたくしたちも出来る限り力をかすけども……主に戦うのはそっちになるわね。敵がリッドだけとは限らないから。」
「あぁ?未来を見れるんだろう?」
「そこまで見えるわけではにゃいにょ。確かなことはリッドが街中で戦いをふっかけてくるってことだけ。」
「……ジョン・ジョナサンさんはわからないんですか?」
「ミーは聖人君子ではないぜ?商売をする人間さ。リッドの力の全ても、何人でしかけようとしているのかも、どこでやろうとしているかも、いつやろうとしているのかも全て知っている。だーけーどー!やすやすと情報は提供しないさ!欲しければ同等の代価を払ってもらわないとね!」
「折角ここまで連れて来たけど……ずっとこの調子なのよ……こいつ。」
ああ……チェインさんたちもそういうことが知りたくてジョン・ジョナサンさんを連れてきたのか。
「いくら脅してもねぇ……結局あたくしたちが手を出せないことを理解してるから……ダンマリなのよ。」
「そうさ!しかもミーは逆に君らを脅せるんだ!雨上くん、君はここに集まっている奴らが見た目通りの年齢だとは思わないことだよ。みんな《時間》の力で老いが止まっているからどぅわっ!」
ジョン・ジョナサンさんがホットアイスさんのパンチを食らった。
「おしゃべりはいけねーなぁ……情報屋。」
「別にいいじゃないですか、実年齢くらい。」
ジュテェムさんがなだめる。そして私の方を見る。
「わ……わたくし、あなたには嘘をつきたくないので言います!」
顔を真っ赤にするジュテェムさん。なぜだろう?
「わたくし……外見は……そうですね、大学生くらいに見えるでしょうか?しかし実の所、四十間近の中年です!」
……そう言われても実際大学生くらいにしかみえないから困る。
「まったく……あたくしはそうねぇ……外見より二歳ほど年をくっているわ。」
「二歳って……それだけですか……」
「みんなメリーさんに会った時の年齢で止まっているの。あたくしがメリーさんとであったのは二年前ってこと。」
「おりゃがメリーさんと会ったのは……ざっと十年前か。」
「わしは五十年前じゃな。」
「それで……あちゃしが時間を止めたのはだいたい百年前。止めている時間はあちゃしが一番だけど……実際、一番の年上はリバじいだね。一番若いのがチェインお姉ちゃん。」
「なんで時間を……」
「全てはあちゃしの……あちゃしたちの理想のため。」
理想のため……か。この人たちが同じ考えに行きつき、時間を止めてまで成そうとするというのは……きっと同じような経験をしたからこそなのだろう。変えなくてはならない、変えたい。想像の域を出ないが……ここにいる五人はゴッドヘルパーのことで何か辛い経験をしたのではないだろうか。だからこそ……ここまで出来るのではないか……
「……うん?ちょっと待て。」
ルーマニアがメリーさんをじーっと見る。
「その姿が時間を止めた時の姿っていうことは……メリー、お前はそんな幼い時にゴッドヘルパーであることを自覚したのか?」
「しょうよ。」
「十歳いくかいかないかって年で自覚するとはな……《時間》のシステムはすんげー影響力を持ってんだな。」
「あはは。あんにゃにいらいらさせられたら誰でも自覚するにょよ。」
「イライラ?」
「あちゃしの視界に入る時計という時計が、人間が《時間》というものを刻みだした時に設定した時間とどれだけずれているかがわかりゅのよ?あの時計は何分何秒何々遅れている。こっちの時計はコンマ何秒早いとかね。」
ああ……それは確かにイライラするかもしれない。
「しょんにゃ中にいたから……ある日願ってしまったにょよ。「ちょっとそこの時計さん?あなたは少し早いからもうちょっと遅くなってくださいな。」ってね。そしたら……まわりの《時間》がゆっくりににゃった。そりぇが始まり。」
「……何で自分の時を……つか老いを止めたんだ?」
「子ども心に……思ったかりゃよ。大人ににゃったらにゃんだか忙しそう。遊ぶ時間はにゃいの?にゃんでも自分でやらなくちゃいけにゃいの?おかしは買ってもらえにゃいの?だったりゃ……あちゃしは大人ににゃりたくにゃいってね。」
それ……すっごくわかる。私もそんな感じだった。子どもには二通りあって、早く大人になりたい子と子どものままでいたい子に分かれる。この分類はどんな違いから生まれるんだろうか?はてさて。しっかし……メリーさんのこの舌っ足らずなしゃべり方は何からきてるんだろう……

 その後、メリーさんの百年の思い出を聞いたりして私たちは親睦を深めた。いや、しかし……この人たちが味方につくなら怖いものはないんじゃないか?《時間》て……


 「お久しぶり、加藤ちゃん。」
暗い男、加藤は目の前に座る女のその発言に世にも不機嫌な顔をした。
「あ~らら?そ~んな顔しないでよぅ、加藤ちゃん。」
「帰る。」
「ああん、いけずぅ。数少ない同郷のメンバーなんだからん、優しくしてよん。優しくするのは加藤ちゃんの得意技でしょん?」
大通りから少し離れたところにあるファミレス。その一席に黒くて暗い男と長い黒髪を後ろで一つに束ね、青いTシャツに青いロングスカートを着た青い女が向かい合って座っている。
「……いつからこっちにいたんだ?」
「マイダーリンと一緒に来たのよん。きゃっ。」
「……どこにいたんだ?」
「地下よん。ほら、あのクソ長ったらしぃ名前の組織。あそこをマイダーリンと襲撃したのよん。足元からビームをぶち込んでやったの。」
「ということは……あれは今この国にあるわけか。最適化のツールもそこで作ってたわけか。」
「そうよん。あれからどう?あのツールは。正常に動いているかしらん?」
「完璧だ。お前自身はともかくお前の作るものには絶対の信頼を置ける。」
「んもぅ、ひどいわねん。」
加藤の嫌味にも慣れているのか、特に反論もせずに紅茶に口をつける。が、加藤の後ろに最愛の人物の姿を確認し、乱暴にカップを置いて目を輝かせる。
「マイダーリーン!」
「マイスウィートエンジェル!」
バカみたいなやり取りを大声でやるものだから店中の視線がこちらに向いた。
「待たせたな、結(キリリッ)」
「いいのよん、リッド(エヘッ)」
「……」
青い女が乱暴にカップを置いた時に顔にはねた紅茶をふきつつ加藤は二人を睨む。
「……静かにしろ、こっぱずかしい奴らだな。」
「お、ついでに待たせたな、加藤。」
リッドは青い女の隣に座る。無論、今はウイングもキャノン砲もつけていない。
「んで?俺と結を集めたってことは……許可が下りたのか?」
「……確かに話題はそれだが……話を進めるのは私じゃない。そろそろ来るんじゃないか……?」
ピーンポーン。
店に客が来た時に鳴る音。リッドと青い女が入り口の方に目をやり……その表情を驚愕のそれにした。
「おひさっす。」
《空間》のゴッドヘルパー、鴉間 空がそこにいた。
「鴉間さん!?」
「どうしてここにん!?」
鴉間は加藤の横に座ると自分を囲む三人のゴッドヘルパーを眺める。
「そうそうたる顔ぶれっすねぇ……心強いっす。」
「……今回の戦い……リッドの提案の「街中で騒ぐ」というもの……それを話したら鴉間さんが直に話すと言ってな……」
「先に言いなさいよん!あ~びっくりした……」
「それで……どうなんですか。鴉間さん。」
「うん……」
チョコパフェを頼んだ後、鴉間は三人を見る。
「あの方からの命令を下すっす。我らが同胞、加藤 優作、リッド・アーク、青葉 結。三人に《天候》とそれの仲間の殲滅を命じるっす。」
「殲滅ですか……」
「リッドからの報告から《天候》はこちら側に落ちる可能性はゼロと判断し……」
「ちょっ……私の力でどうとでも……」
「確かに、《天候》一人なら加藤の力でこちら側に引き込めるっす。でも……《天候》の中には独立したもう一つの人格があるっす。その名も「空」……あの方によると空の在り方に変化が起きているみたいで……あっしらにはまだわからないっすけど「空」が人格を持ち始めているそうっす。その「空」という人格が感情操作を妨害するっすから……《優しさ》はおろか、全ての感情系の力が効かないそうっす。」
「空……ってことはあれですか。個人的な《常識》ではなく……世界の《常識》が(天候)の影響で変わろうとしてるってことですか……」
リッドの顔色が変わる。それが如何にとんでもないことかわかっているのだ。
「それが第三段階ってわけねん……なるほどん。早めに潰すのが吉ねん。」
「そして。今後、こういう存在……つまり第三段階のような障害が出現する可能性を考慮し、計画を少し早めるっす。具体的に言えば……世界にゴッドヘルパーを認知させるっす。」
「第二フェーズってわけか。しかし……私は納得がいきません。第三段階が出現する可能性なんて最初からあったでしょうに。」
「天使側についているってことが問題なんす。今まで第三段階は完全に謎の存在だったっす。でも今回、天使の協力者の中でそれが出現したっす。もちろん天使側は第三段階の詳しいことを調べているはずっす……可能性として、故意に第三段階を作りだす方法が見つかってしまっていたら……」
「なるほど、天使の奴らが俺らに対抗するために第三段階を量産するかもしれないってことか。」
「無きにしも非ず……ってとこねん。……第二フェーズに進むってことは、今回の戦いは……」
「うん……街中でド派手にやってもらうっす。」
「おっしゃ!心おきなく建物とか吹っ飛ばしていいんですね!」
「いや~……この前のロンドンみたいに後始末する必要がないっすね。」
「うっ……あれは……すんません……やりすぎました。」
「結局街とかはすぐに直ったっすし……第一段階のゴッドヘルパーのいい刺激になったっすから結果オーライっす。それよりも戦力は十分すか?相手は第三段階の《天候》……それに集めた情報をプラスすると……他にも《金属》、《変》、《ルール》、《エネルギー》、《山》、《明るさ》、《数》、《視力》、《音》……単体では弱くてもこれだけのゴッドヘルパーがいるっすから……どんなことができるやら……」
「大丈夫ですよ。俺と結だけでも余裕なのに加藤までいて、さらに三人のゴッドヘルパーがいるんですから。というかイギリスはどうなんですか?あのお嬢様がこっちにいましたけど。」
「おかげで仕事はしやすい……と言えればよかったんすけどね。ちゃんと天使側も代わりを派遣してきて……でもまぁそれほど問題でもないっす。心配ないっすよ。……いやいやそうじゃなくって、ホントに心配なんすよ。三人が。」
言いながら鴉間は自分と加藤の間の空間に手を突っ込む。するとその場に亀裂が入り鴉間の腕は途中から消える。その空間の穴から出てきたのは紙の束。
「リッド。あっしのこれ読んだっすか?」
「……こっち来る前に「例の組織についてっす。」つってくれたやつですよね。報告書みたいな。ええ、読みましたよ。」
「メリーさんと呼ばれていたゴッドヘルパーの所を覚えているっすか?」
「確か……《模倣》のゴッドヘルパーじゃないかって書いてありましたね。」
「そこなんすが……もっととんでもない力の可能性が出てきたんす。このことをあの方にも教えたんすが……《模倣》ではないって……」


「……というわけなんすが。」

ほう……こんなとこにいたとはな。驚きだな。

「?知ってるんすか?メリーさん。」

知らん。だが探していたことは確かだな。鴉間、そいつは《模倣》ではないぞ。

「え……でもあっしの空間をことごとく……」

《模倣》のゴッドヘルパーであれば、確かにあらゆることをマネできるだろうが……ゴッドヘルパーの力は例外だ。例えばだ……プロ野球選手のバッティングをマネするとする。バッティングと一言でいってもその中にはいろいろな法則が飛び交う。ボールを捕らえる視力、タイミングを測るリズム、つま先から指の先まで流れるように連動する筋肉、その動きを伝える電気信号とさまざまだ。《模倣》はその全てを「バッティング」としてマネをするのであって個々の動作を一つ一つマネしているわけではない。要は動作、反応のつながりをマネしているんだ。仮に個々の動作をマネするものがいるのなら、それはそれのゴッドヘルパーでしかありえない。いくら《模倣》でも他のシステムの管理下である《常識》はマネできんよ。

「それじゃぁ……このメリーさんってゴッドヘルパーは一体何なんすか?」

はっはっは。《空間》に対抗できる絶対的な力なんて昔から決まっているだろう?


「《時間》のゴッドヘルパー。あの方はそう言ったっす。」
「じ……やばいですね……それ。」
「……?どうしてそれで鴉間さんの力が効かなくなるのよん。根本的に違う力なんだからそんなことありえないわよん?」
「お……おう。俺もそう思います。だって《時間》じゃあ鴉間さんの瞬間移動についていけないはずですよ。でもその報告書にはついてきたって……」
「あっしの瞬間移動は……厳密に言うと自分のいる所と行きたい所をつなぐトンネルを作ってくぐるという行為っす。だから……あっしがくぐる瞬間に時間をゆっくりにでもすればあっしがくぐろうとしているトンネルをくぐってあっしが移動しようとしている所に移動できるんす。回避不可能の攻撃でも……自分に攻撃が届く前という過去から自分の立っていた位置を攻撃が既に通り過ぎた未来へ移動すれば……外見上はすり抜けた感じになるっす。」
「どう対処すれば……そのメリーさんとかいう奴も今回の戦いに?私たちではどうにもならなくないか?」
「リッドが街中で戦おうとしていることを知っているなら……こちらに攻撃してくることはほぼ確実っすよ。あちらさんの目的はゴッドヘルパーと普通の人間の共存っす。リッドが暴れることが普通の人間とゴッドヘルパーのファーストコンタクトなんて印象最悪っすからね。」
「ど……どうすんのよん!さすがに《時間》には苦戦必至よん!?」
「いや……あっしと戦ってる時、そのメリーさんはだいぶ疲れているみたいだったっす。第三段階に近いってことっすけど……なにしろ扱うのが《時間》っすから、並な疲れではないはずっす。だから攻撃はしてこないと思うっす。」
「なんでよん。」
「リッドの攻撃は派手っすからね。建物の一つや二つ崩壊するっす。あちらさんにとっては……そういう「ゴッドヘルパーが暴れた痕跡」を一つでも残すことは目的達成が不可能になるってことっす。だから、リッドを倒した後に建物や人の記憶の時間を巻き戻して無かったことにしなくてはならないっす。しかし《時間》の力は体力を消耗する……ということは戦いそのものに参加してしまっては時間を巻き戻す体力がなくなってしまうわけなんすよ。」
「……鴉間さんって頭いいですよね。といことは……問題はそのメリーさんの取り巻きですか。」
「何度か私たちをじゃましてきた《抵抗》、《温度》、《重力》、《食物連鎖》か。めんどくさいなぁ。」
「まぁ……大丈夫でしょん。」
「……そうっすか。」
鴉間は何ともおいしそうにチョコパフェを食べる。他の三人はふうっとため息をつく。
「そういえば鴉間さん。他のメンバーの仕事の具合はどうなんですか。」
「順調っすよ~。《常識》のゴッドヘルパーの発動も近いっすね。ロシアの辺りではミスター・マスカレードが頑張っているっすね。アフリカでは執筆者、編集者ペアが天使側のゴッドヘルパーと暴れているっす。相変わらず楽しそうっすよ。アメリカの方じゃバベルがコソコソと動いてるっす。」
「そうですか……」
「ふふっ……最悪の感情系とレッド&ブルー……ここも楽しくなるっすね。」
その時の鴉間の笑みに三人は寒気を覚える。なつかしき騒乱、狂乱を思い出した鴉間という名の化け物の笑みはサマエルと出会う前にいくつもの集落や人を消し飛ばして笑っていたとある殺戮者のそれだった。


 市立丸伐中学校。この中学を私の高校で知らない人はいない。卒業生のほとんどが今現在私が通っている高校に進学するからだ。漫画なんかに登場する高校生が歩いて行ける距離の高校に進学する理由は「近いから」だが、私の高校の場合は違う。平均よりふた回りほど偏差値が高いという理由で多くの中学生がここを目指すのだ。そんなハイレベルの高校に一つの中学の卒業生のほとんどが行くとなると驚く人は多い。実際は丸伐で私の高校を受験するための対策をそこらの塾なんかとは比べ物にならないほどにするからなのだが……はてさて、何故に一つの中学が一つの高校限定で対策をとるのか。それは丸伐の中学と私のとこの校長が親友だということに起因する。だから……そう、世に言うなんたら高校付属中学みたいな感じになっているのだ。……なにが言いたいかというと……私も丸伐からこっちにきた人間だから……この校舎を見ると少し思い出がよみがえるわけだ。
「なつかしいなぁ。」
月曜日。授業が終わった後、私と翼は下着泥棒……《速度》のゴッドヘルパーがいるという中学……丸伐中学に来ていた。しぃちゃんは部活、力石さんはムームームちゃんの特訓に行っている。まぁ……大人数で待ち伏せてもあれだからこれくらいがちょうどいいのだが。
ルーマニアが先に来て見張っていたのだが……第二段階の気配というのを持ったやつはまだ見ていないとのこと。つまりまだ校舎にいるというわけだ。
「へぇ。雨上はここの卒業生なのか。花飾もか?」
「あたしは外から。ぎりぎりこの中学の学区から外れててさ。んで高校は近場のあそこにしたのよ。」
「丸伐の卒業生があの高校に入るのは別に普通なんだけど……外から来て入るってことはすごいことなんだ。翼はこう見えて頭いいんだ。」
「こう見えてというか……少なくとも外見は頭良さそうだがな。メガネだし。」
「ああそっか。じゃあ翼は見た目通りか。性格以外は。」
「そうだな。性格以外だな。」
「失礼ねぇ……」
ちなみに。カキクケコさんはここにはいない。翼に無視されっぱなしだったのが相当のダメージでしょんぼりと引きこもっているのかと思ったのだが……どうやらルーマニアの言う「上」から呼ばれたとか。
「ねぇ晴香。前に言ってた中学の時の友達ってうちに来てるの?」
「いや、違うとこに行ったよ。中学で私が友達と呼べるのは二人だったんだけど……どっちもうちよりも賢いとこに。」
「ふぅん……気になるわね。今度詳しく教えなさいよ?その友達。」
「ああ……いやしかし……なつかしいなぁ……私は天文部だったから屋上に行くともっとなつかしいんだろうなぁ。」
「なつかしいっつってもほんの二年前だろが。オレ様がどこかの場所をなつかしいと思うには二百年はいるぜ?」
「お前と私の時間感覚をいっしょにするなよ……」
「てか晴香って天文部だったの!?」
「言ってなかったっけ?観測会はいつも晴れだったからいろんな星を見たよ。……まぁ今にして思えば私が《天候》のゴッドヘルパーだったからなんだよな。」
私が天気予報を見た時、私が「ああ……明日は雨か。なんとか晴れてくれないかなぁ……」とか思うと晴れていたわけだ。……みんなに晴れの代金とか請求できたんだな。(笑)
「!……来たぞ。」
ルーマニアの表情が変わる。どうやら第二段階が来たようだ。(ちなみにルーマニアは今フツーの格好をして私たちの横に立っている。みんなにも見える状態である。)
「……あいつだな。」
ルーマニアがそれとなくとある生徒を指差す。
一言で言えばイケメンというやつか。整った顔立ちにお洒落なメガネをしている。服はもちろん学生服だが、何を着ても似合いそうだ。ほぼ完璧なのだが……唯一の欠点というかなんというか……背が低い。長身のルーマニアと比べると頭一つ分ぐらい違うかもしれない。
ふむ、あの男子生徒が……と私が眺めているとその男子生徒と目が合う。瞬間、私の脳内でその男子生徒が色々な記憶と共に思い出された。……あれっ?
「……!?雨上先輩!」
「速水くん……」
ルーマニアと翼がびっくりして私を見る。
「いやぁ~、お久しぶりです。こんなとこで会うとは……何か用ですか?」
「ちょ……ちょっとルーマニア!ホントにこいつ!?」
「あ・・ああ。確かにこいつだが……雨上、知り合いか?」
「ああ。天文部の後輩だよ。二つ下だから……今三年か。なんだか思い出すのに時間がかかったなぁ。」
「ひどいっすよ先輩。」
 笑いながら速水くんは私の横に立つ翼とルーマニアにぺこりと頭を軽く下げる。
「ども。速水 駆です。そちらは先輩の……?」
「友達だよ。」
速水 駆。天文部の後輩。その中でもとびぬけて記憶に残っている奴だ。なぜならば……
「へぇ~……そちらのメガネの人は美人ですねぇ。ちなみに胸のサイズは?」
「……は?」
翼が突然のことに呆ける。そう……こういう奴なのだ。
「速水くんはな、出会う女子生徒はもちろん、先生にまでこういう質問をするんだ。「今日の下着は何色ですか?」とか……まともな方だと「好きな男性のタイプは?」とかもあったか。とにかくエロス一直線の健全過ぎる男子だ。」
「いやはや……雨上先輩には敵わないですね。オレのこういう所をそんな風に流すのは今んとこ先輩だけっす。つーか実際このメガネの人は美人ですよ!スタイルもいいし……気にならないわけがないですよ。」
翼は汚物を見るような目になっているが……はてさて。ルーマニアによると速水くんが《速さ》のゴッドヘルパーとのことだが……?
「速水くん……君は……」
「いやぁ、びっくりですよ。先輩が最強の晴れ女であることは知っていましたけど……まさか《天候》のゴッドヘルパーだったなんて。」
「!……それをどこで……?」
「立ち話もなんですから……あそこ行きません?」
速水くんは以前と変わらぬ笑顔でそう言った。

 ちょっとした話をする所として、私たちが行く所というと《エクスカリバー》かあの公園だが(地域の人の要望により、公園は早急に修繕され、以前と変わらぬ風景でそこにある。いやはや申し訳ない。)、丸伐からだと少し距離がある。丸伐に通う学生がそういうのに利用するのは《ハラヘッタ》という名前のファミリーレストランだ。(一応全国チェーンの店だ)チョコパフェがとてもおいしいところである。

 「オレが天文部に入ったとき……つまり一年の時ですね。天文部は毎月一回の観測会と長期休暇の合宿を主な活動としてるんですが……その一年の間は……全ての観測会、合宿は快晴の下に行われたんです。雲ひとつない最高のコンディション……素晴らしかったですよ。でも二年になってからはちょくちょく雨が降ったり、雲で見えなかったりしたんです。「こりゃぁ、去年卒業した先輩の中に晴れ男、晴れ女がいたんだな。」って話になって……オレらの代みんなで調べてみたんすよ。そしたら……その卒業した先輩たち……つまりオレらが一年の時の三年だった人たちは……その中学三年間、全ての観測会、合宿が快晴だったことに気付いたんですよ。やばいですよね。さらに調べると……三年間、全ての観測会、合宿にきちんと参加しているのは一人だったんです!それが雨上先輩ってわけです。」
こちらとしてはゴッドヘルパーの話を聞きたかったんだが……速水くんが私のことについて語るので翼が興味津津なのだ。
「さっすが晴香ねぇ……ちょっと疑問なんだけど。そのエロスの塊であるあんたは何で天文部に入ったのよ。」
「最初はスポーツ関係の部活に入って応援してくれるチアの……こう、脚をあげた瞬間のパンチラを拝もうかと思ってたんですけどねぇ……あれは所詮見せパンですから……やっぱ見るなら生のパンツだと思いましてね。いい部活はないかと探していたら……天文部に出会ったんです!部活紹介を聞いてたら「観測会はみんなで屋上に行って、シートをしいて寝っ転がって星を見ます。」ときたもんですよ!この同年代の女子が集まる学校であっても、目の前で女子が寝っ転がる光景なんて……せいぜいマット運動の時にしか見ないですからね。その場合は体操着だし。しかし!観測会の時は基本制服ですから!何かのはずみで転んだり、風が吹いたりなんかしたら……と思って天文部に入りました。」
「……晴香のとかを覗いちゃいないでしょうねぇ……?」
何故か翼が殺気を全身から吹き出す。
「実際はそんな暇は無かったんですよ。あの快晴の夜空で見た星。そんなものに興味なんかなかったオレですけど……一発でこころを奪われました。スカートの中を覗くことなんか頭からとんで行きましたよ。今じゃどこに出しても恥ずかしくない天文マニアです。……エロスの精神は健在ですけどね。」
翼から殺気が引っ込む。そして仏頂面で聞いていたルーマニアが本題に入る。
「んで?お前はどうして雨上のことを?どこまで知ってる。」
「アザゼル師匠から聞いたんです。」
アザゼル師匠!?なにをやってるんだあの人……もとい天使は!?
「まぁ……なにを隠そうオレが今世間を騒がす下着泥棒……エロウィンドウなんですけど……あの夜、いつも通りオレの内に溜まるエロスを解消するために獲物(下着)を求めて歩いてたんすが……天から師匠が舞い降りて……「現実世界に君の求めるエロスはないぞ!真の女神は己が内にあり!」というありがたいお言葉を……」
「あにそれ……」
「ああ……ヴィーナスの話だな。」
「ヴィーナス?アフロディーテのことか?あのあばずれがどうかしたのか?」
ルーマニアは本物のヴィーナスのことを言っているらしいが……違う違う。
「ミロのヴィーナスのことだよ。ルーヴルにあるやつ。あれが美しいとされるのは両腕がないからって考え方のことだ。」
「腕がないと美しいの?あにそれ?」
「えっと……ほら、理想の異性っているだろう?誰でも持ってる「こんな人がいたらなぁ」っていう奴。その人にとってはその想像の異性が最高であり、それを超えるものはないわけだ。つまり想像を超える美しさはないってこと。ヴィーナスは腕がないから、見る人はどんな腕だったんだろう?と想像するわけで……その想像の腕が付くからこそ、ヴィーナスは美しいとされてる……って話。」
「さすが雨上先輩。そうです、想像を超えるエロスはないと……アザゼル師匠から教わりまして。弟子にしてくれと頼んだら……オレの力を借りたいって……それでアザゼル師匠の仲間を聞きまして……そこで先輩の名前が。」
「ってことはお前はオレ様たちの仲間……ってことでいいのか?」
「はい!雨上先輩がやってるのならきっと大切なことなんです!オレもやりたいです!」
「私がやってると大切なことなのか?」
「本人の前で言うは恥ずかしいんですけど……オレ、雨上先輩に憧れてたんですよ?ボケっと空を眺めてると思ったらやるべきことはやっていて……というか何をするべきかをわかっているというか……想定外のことが起きても冷静で……オレらの間じゃ雨上先輩と遠藤先輩のやることには間違いがないって言ってたんですよ。」
照れながら言われると私も照れるなぁ。
「まぁそれは後でもいいんだが……とりあえずお前は何ができる?《速さ》のゴッドヘルパー、速水 駆。」
「オレができるのは……一言でいえば加速度?の制御とか音速を超えて衝撃波を出したりですね。一瞬で時速うん百キロって速さになれますからほとんど瞬間移動。」
「一瞬でって……お前、そんなことしたら慣性で潰れねぇか?」
「ああ……慣性。それなんすがね、オレは慣性って考え方がいまいちわかんないんですよ。なんですか、見えない力って。意味わかりません。まぁ……そういうものだということでテストとかはやってますけどオレは慣性っていうものを信じません!謎すぎる。止まったら止まるでしょうが。電車とかでいくら体感してもオレはそれを見えないなにかとして考えるのは嫌なんです。絶対何かある!」
「なるほど。お前のその「慣性ってなんだよ」って思考が何百キロって速度での移動を可能にしているわけか。つまりお前には慣性は働かない。お前がそう感じているんだからな。お前が「慣性とは」っていう答えを見つけない限りお前に一生慣性は働かないわけだ。」
便利なのか不便なのかわかりかねるなぁ……
「衝撃波は?どうやって起こしてんのよ。」
「どうやってって言われても……オレ、衝撃波のことはよくわかんないんですが……速く動くと発生するんですよね?こう……音速を超えるパンチとかすると離れたところを攻撃できるって感じ。」
……恐らく速水くんは衝撃波が高速で動く物体の前に働くものと考えているな。衝撃波……ソニックブームは物体の後ろに働く圧力波だ。これで攻撃するなら相手の横を通り過ぎる必要があるが……速水くんの今の考えならそうはならないみたいだな。なぜなら彼が《速さ》のゴッドヘルパーだから。
「ふむ。なかなかの戦力になりそうだな。リッドともいい勝負ができるかもしれねーな。頼もしいこった。」


 俺私拙者僕が今まさに、ラストダンジョンのボス、魔王ガルメデスを倒そうと最後の魔法を撃とうというその瞬間に、部屋にカキクケコくんとマキナちゃんが入ってきた。
「アザゼル、ちょっといい?」
「ダメなのだよ。」
「問答無用。」
マキナちゃんがゲーム機の電源を切る。
「ぎゃああああああああぁぁぁぁああ!?何するのだよ!というか問答無用なら「ちょっといい?」なんて聞くななのだよ!ああ、俺私拙者僕のセーブデータ……消えてないかな……んもう!もし消えてたら怒るのだよ!!まったく……最近ルーマニアくんが構ってくれないからって俺私拙者僕に八つ当たりは止めて欲しいのだよ……って待って!待つのだよ!その手に持ったハンマーを俺私拙者僕のゲーム機に叩きつけようとしないでなのだよぉぉ!!」
全力の防御壁を出現させてゲーム機を守る。こんな防御壁、悪魔側にいた時に天使たちが魔導兵器のフルバーストを撃ってきたのを防ぐのに使って以来なのだよ。
「で?一体何なのだよ。」
「《反応》のゴッドヘルパー、リッド・アーク……というかサマエルから手紙。」
「サマエルから?」
俺私拙者僕はマキナちゃんが持つ手紙を見せてもらう。

『本来ならルシフェル様に送るところだが……突然の手紙なんぞ失礼極まりない。だからお前に送った。久しぶりだな。』
「はい、お久しぶりなのだよ~」
『まず最初に言っておくことがある。オレはお前とルシフェル様を恨んではいない。最終的に神の側についていようとも、お前とルシフェル様がオレの怒りや憎悪を形にしてくれたのは事実だ。また、ただあるだけだった悪魔という存在に意味を与え、悪魔の止まったままだった時を動かしたのはルシフェル様だ。恨むどころか感謝と尊敬の念を抱いている。だが当時のオレにはお前やルシフェル様のような力がなく、神には届かなかった。オレが足手まといとなったのだろう。しかし、オレはルシフェル様が提案した方法を実現させることによってそれを補った。それどころか神の力さえ手に入れようとしている。ゴッドヘルパーの力は素晴らしい。この力を利用すればオレたちが全てを支配できる。』
「そうか。やっぱり君はルーマニアくんのアイデアを……」
『だがしかし、お前とルシフェル様はそちらにいるからイマイチわかっていないんだろうな。力っていうのは味方側にあるときよりも敵側にあるときの方がそのすごさを感じる事が出来る。きっとお前とルシフェル様は本当のゴッドヘルパーと戦ったことがないから……その力で神を倒せるとは思えないんだ。だから圧倒的な力を持っている神の側についているんだろう?所属するなら強い方……当たり前の考えだ。』
「ふぅむ……何か勘違いをしているのだよ……君は。」
『だからオレはお前とルシフェル様に教えようと思う。ゴッドヘルパーの真の力を。近々ルシフェル様が担当している地域でオレの同胞が騒ぎを起こす。オレの目指す世界に賛同してくれた人間たちだ。そいつらにお前とルシフェル様は全力で挑むんだ。そうだな……可能な限り全ての戦力で挑んで欲しい。そして……オレの同胞が勝利したなら、理解できるだろう。神を倒せると言える理由をな。そして……また一緒に神を殺しにかかろうじゃないか。ああ、日時は追って知らせる。それじゃな。』
「……なるほどな。」
俺は普通にサマエルが恨んでいるんじゃないかと思っていたが……あいつはそんなことよりも厄介な方向に勘違いをしているわけか。
「アザゼル……その手紙さ、あんた宛てだったからマキナは読まなかったんだけど……何が書いてあったのよ。」
「……一つの勘違いと近々大きな騒ぎを起こすってことが書いてある。たくっ……前からあいつは俺とルシフェルにものすごい尊敬のまなざしを送ってたからなぁ。」
「ぅお……アザゼル、急に口調を変えるなよ……ビビんだろうが。」
「悪い悪い。しっかしこれは正直まずいかもな。あいつ、ルシフェルの担当地域で騒ぐってよ。」
「?なにか問題があんのか?いくら強いやつでも……例えばの話、関東担当のゴッドヘルパーを終結させたりすれば余裕だろう?」
「バカ。んな簡単な話じゃない。サマエルは《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパー……力の最適化の方法を誰よりも理解できている。そんな奴が率いるゴッドヘルパーは半端じゃないぞ。」
「最適化?」
「……例えば今回の敵の《反応》……《反応》と聞いて思い浮かぶものなんか化学反応とかが関の山だろう?普通の知識だけではそれくらいしか思いつかないからそれで戦おうとする。だが、《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであるサマエルは《反応》の可能性を知っているわけだ。俺たちが思いもつかないような応用をかましてくんだよ。最適化ってのはそういう……そのゴッドヘルパーの思考や常識の捉え方を理解した上でそいつが最も脅威となる力の応用をそいつに教えることだ……」
「最適化かぁ……それってマキナたちにはできないのかな。」
「できるとは思うが……そのゴッドヘルパーの全てを理解することが前提だからな……時間がかかる。だから……力のかけ合わせをやった方がいいだろうな……」
「かけ合わせって……ようは力を合わせることでしょう?」
「ああ……単体では十分な力がでないゴッドヘルパーも他のゴッドヘルパーの力を借りることでそれを補える。こっちにはそれなりの数のゴッドヘルパーがいるからな……組み合わせさえ的確ならすごい力を出せるだろう……」


 今、私の前には私の歴史上、もっとも難しいパズルがある。
「……なぁルーマニア。なんで私なんだ?」
速水くんと再開した翌日、学校が終わって家に帰るとルーマニアがいた。あ、いや、別に部屋の中にいたわけではない。窓の外に浮いていたのだ。そしてルーマニアはサマエルから挑戦状がきたことを教えてくれた。そして、ルーマニアの言う上の連中が関東総力戦を決定したらしい。恐らく……メリーさんの提案を天界の方々も良しとしたのだろう。最終的な目的は違えど、「ゴッドヘルパーの存在を公にする」ことには反対なのだ。時間を戻してくれるのなら乗らない手はない。唯一の心配事は総力戦=関東の天使側ゴッドヘルパー全員なので……戦っている間に騒ぎを起こされることだが……
「ああ……それはたぶん大丈夫だ。サマエルは「同時進行」っていうのが大嫌いなんだ。あいつ自身からの挑戦だからな、あいつはこの戦いに集中すると思うぜ?たぶん……姿も表すんじゃねーかな……」
なぜに同時進行が嫌いなんだ?と尋ねると、
「曰く、神みたいに傲慢だからだと。」
そうして私が今何をしているのかというと……作戦を練っているのだ。ゴッドヘルパーは他のゴッドヘルパーと力を合わせると……相性によってはすごいことになるとか。まぁ確かに……私の知るゴッドヘルパーだけでも……力石さんとホットアイスさんの組み合わせはすごいと思う。《温度》と《エネルギー》。一定の空間や物体の温度を上昇させる力はすなわち無限のエネルギーだ。つまりはそんな感じでいい組み合わせを組む仕事が私にまわってきたわけだ。何故か知らないが。
「なんでって……お前が一番いいひらめきを持っている気がするからだ。」
「気がするって……」
うーん……困ったなぁ……どうすればいいんだろう?
「……よし……とりあえず誰がいるのか書いてみよう。」
私はルーズリーフにつらつらと書いてみた。

《天候》のゴッドヘルパー・雨上晴香&ルーマニア
《金属》のゴッドヘルパー・鎧鉄心
《変》のゴッドヘルパー・花飾翼&カキクケコ
《エネルギー》のゴッドヘルパー・力石十太&ムームーム
《ルール》のゴッドヘルパー・クロア・レギュエリスト・セッテ・ロウ&アザゼル
《山》のゴッドヘルパー・山本岳(たかし)&ジオ
《明るさ》のゴッドヘルパー・清水灯(あかり……だったはず)&セイファ
《数》のゴッドヘルパー・南部(なんべ)カズマ&ナガリ
《視力》のゴッドヘルパー・愛川透&ランドルト
《音》のゴッドヘルパー・音切勇也
《速さ》のゴッドヘルパー・速水駆

「これと……」

《時間》のゴッドヘルパー・メリーさん
《温度》のゴッドヘルパー・ホットアイス(ホっちゃん)
《重力》のゴッドヘルパー・ジュテェム
《食物連鎖》のゴッドヘルパー・チェイン
《抵抗》のゴッドヘルパー・リバース(リバじい)
《記憶》のゴッドヘルパー・安藤……鎌倉……ジョン・ジョナサン……情報屋

「……敵が今のところ……」

《反応》のゴッドヘルパー・リッド・アーク
《優しさ》のゴッドヘルパー・加藤優作
《型》のゴッドヘルパー・勝又匡介
《自我》のゴッドヘルパー・大石竜我
《太さ》のゴッドヘルパー・石部渓太

《空間》のゴッドヘルパー・鴉間空

「……こうやって見るとなんかすごいな。」
「どうだ?なんかいい作戦は思いつけそうか?」
「うーん……とりあえず……みんなができることを把握しないとなぁ……よし。」
私は文明の利器、ケータイをとりだし、片っ端から連絡をとることにした。


 あれからしばらく経ったある日。天界に一通の手紙が来た。宛先はオレ様とアザゼル。差出人はサマエル。内容は決戦の場所、時間。人のたくさんいる場所で人がたくさんいる時間帯だ。
まったく……メリーがこっちにいて良かった。ゴッドヘルパーの存在がむやみやたらに知れ渡るのは勘弁だ。
ゴッドヘルパーのリセット。《常識》のゴッドヘルパー。全てのゴッドヘルパーがリセットされる時、《常識》のシステムはその姿を現し、サマエルはその瞬間を狙っている。あいつはそれを手に入れてもう一度神に挑もうとしている。そして……残念ながらそうなると神にも「負ける可能性」が出てきてしまう。まったく……面倒なことだ。

今日の天気 第3章 ~RED&BLUEハリケーン~ 後編

 多くの人が行きかい、地方から出てきた人はその人の多さに「お祭りでもあるのか!?」と誤解するというかの有名な交差点……渋谷スクランブル交差点。私も来るのは初めてなのでだいぶ驚いている。お祭りでもあるんだろうか?
「ここで……?」
隣に立つルーマニアを見る。ルーマニアは初めて会ったときの格好だ。全身真っ黒の悪魔みたいないで立ちに通り過ぎる人たちは奇異の視線を送っている。
「ああ……」
みんなでどこかに集まってから来るという案もあったのだが……仮にまとまってぞろぞろと歩いているところを先制攻撃されたら……という意見があったため、私たちはサマエルが指定した時間……午後一時にここに集まるということにした。
ちなみに私たちといっしょにしぃちゃんもいる。しぃちゃんはルーマニアの協力者ということになっているし。まぁ、だから翼とカキクケコさんはいっしょではない。そういや音切さんはどうやってここに来るんだろうか?一応連絡した時は「俺も行くぞ!」と言ってくれたけど……あんな有名人がこんなとこに来たらバカみたいな騒ぎが起きる。ここにたどり着く前にファンに捕まってやしないだろうなぁ……
「……人だらけだな。サマエルはここでどうやって戦うつもりなんだ?」
「リッドの大砲の一発でみんな逃げるんじゃねーか?」
「許せんな。こんなとこで……関係の無い人を巻き込むとは……!」
私は腕時計を見る。現在午後十二時五十分。あと十分か……
……ィィイン……
「?なんの音だ?」
私がキョロキョロと周囲を見た瞬間、
ズドォオン!!
交差点へと続く道路に火柱が立った。
「っつ!来やがったな!」
続けて数回爆音が響き、全ての道路と交差点の境目から煙がもこもこと立ち込める。平たく言えば……交差点の部分がまわりの道路から独立した感じだ。
「「「きゃあああああああっ!!!」」」
何人かの女性の悲鳴を引き金に、交差点にいた人たちは一斉に逃げまどい始めた。
「う……うわ……」
「行くぞ。」
人ごみに流されそうになる私としぃちゃんの手をつかみ、宙に浮くルーマニア。何人かが目を丸くして驚いていたが皆逃げる事に忙しく、案外なにを言われることなく、私たちは人のいなくなった交差点に着地する。
「派手なこった。《時間》がいなかったらオレ様たちがこれの後始末を任されてたろうな……こわいこわい。」
ルーマニアが半目でため息をつく。まわりを見ると他のメンバーも人ごみをかき分けて私たちのいる場所に向かってくる。

「すごっ。ぼく、この交差点から人がいなくなるの初めて見た。」
「笑うしかないくらいの人の数ね。みんな何をしにここにくるのかしら?」
南部さんとナガリさんだ。南部さんは無地のシャツにパーカーでジーパンをはいている。あれでリュックとか背負ったら大学生という感じになるな。ナガリさんはカキクケコさんと初めて会った時に着てた……というかいつも着てるヴァチカンにいる教皇とかが着ているような白い服だ。もしかしたらあれが天使の基本服装なのかもしれない。

「うわぁ……なんかすごいことになってるけど……これもなかったことに出来んのか。スゲー。」
「そーだね。戦いが始まる時間と終わる時間が同じになるわけだね♪」
力石さんとムームームちゃん。力石さんはなんか英語がプリントされた半袖のシャツにだぼっとしたズボン。ムームームちゃんは……あれ?可愛らしいワンピースだ。あの白い服じゃないなぁ。……まぁムームームちゃんにはあれはあんま似合わないし。

「はぁ……私の力がまったく使えない場所ですねぇ……」
「あの作戦にかけるとしよう。」
山本さんとジオさん。山本さんは……「今から山ですか?」と聞きたくなる……なんかやたらとポッケが付いてる服だ。ジオさんは例の白い服。やっぱりあの服が基本服装なんだな。

「わぁ。渋谷なんて初めて来たよ。ねぇセイファ、終わったらいっしょに見てまわろうよ。」
「あはは。勝利は確定なのね。ま、当然だけどね。」
清水さんとセイファさん。清水さんは清水さんらしいおちついた服で……セイファさんはおしゃれな上着にロングスカート。さすが女性ペア。……あの白い服を着るのは自由なんだな。

「うお!あの女の子可愛いぜ!見ろよランドルト!」
「緊張感のねーことだなぁ……」
愛川さんとランドルトさん。愛川さんは何故かスーツだ。ネクタイもビシッとしている。メガネも合わさってなかなか似合っている。ランドルトさんは例の白い服。

「おひょー。美人な人が多いなぁ。天使ってどんな下着をはくんだろう?」
「人間と同じだ。つかそもそも天使の文化がお前らに伝わったんだから同じで当たり前だがな。」
「あんたたち最低ね。」
翼と速水くんとカキクケコさん。速水くんはおうちが翼の家の方向だったのでいっしょに来たのだ。速水くんは……丸伐中の体操着だ。半袖半ズボン。確かに動きやすいけど……そこで着てくるところがすごい。カキクケコさんはいつもの白い服で……翼はなんなんだ?ツインテール+ポニーテールの髪型。目が痛くなりそうな原色、派手派手のシャツに穴の開いたズボン(まぁズボンの方はたまに見かけるファッションだが)、左右で色の違うスニーカー。極めつけは……「1990」という形のメガネ。「9」の穴の部分から翼の目が覗いている。年越しの日にしか売られなさそうなお祭りメガネだ。

「なんなんですの、この人混みは!このアタシが来たら道をあけるのが道理ではなくて!?」
「みんな逃げるのに必死なのだよ。」
クロアさんとアザゼルさん。クロアさんは相変わらずフリフリのついたお人形さんが着るような服で……アザゼルさんは……ルーマニアが着てる黒い服と似たものを着てる。はて?この黒い服も天使の基本服装なのかな?

「ふぅ。着いた着いた。」
……音切さんがマンホールから現れた。(そうきたか。)服装はフツーである。そういえば音切さんが派手な服を着ているとこはみたことないな。歌手なのに。

「若いもんばっかりじゃのう。」
「ここは若者の街。流行の震源地ですからね。」
「ただのごちゃごちゃしたとこだろ?」
「あたくしは嫌いではないけどね。」
「あ、みんにゃいりゅよ。」
リバースさん、ジュテェムさん、ホットアイスさん、チェインさん、メリーさん。この前会ったときと同じ服だ。……みんな同じ服しか持ってないのかな?ちなみに……情報屋さんはいないみたいだ。

 交差点のど真ん中。普通なら迷惑極まりない場所に大人数が立っている。この面々で挑む相手はまだ姿を見せていない。どこからくるのか。やはり空だろうか。
『はるか。うえ。』
頭の中に声が響いた。私の中にいる空だ。私は空の言葉に促され、上を見る。
「……なんだろう?」
青い空の中にぽつんと黒い点が……というかだんだんと大きくなってる……って!?
「みんな!何か落ちてきます!」
私が大声で叫ぶとみんな上を見て驚愕する。
「なんと……ゆーふぉーなのだよ。」
アザゼルさんのすっとぼけた呟きが終わると同時にものすごい音が響いた。
ドゴォオン!
「あによこれぇ!」
地面にいくつもの亀裂を生みだした落下物は……見たところコンテナだ。

「おまたせ。」

コンテナの中からくぐもった声がし、コンテナの壁が煙をあげて開いた。
「よう。」
コンテナの中から……何人か人が出てきた。一番前に立つ人は異形であり、背中にウイング、片腕に大砲を装着している。
「リッド……アーク。」
私が呟くとリッドはにんまりと笑った。そしてリッド・アークは両手を広げる。
「記念すべき日だ!」
リッドの後ろから人が三人現れる。それぞれがそれぞれの種目のユニフォーム……種目は「空手」、「バドミントン」、「ラグビー」。……勝又さん、大石さん、石部さん。《優しさ》に操られているゴッドヘルパー……
「うむ。リベンジだな。勝又くん。」
しぃちゃんが不敵に笑う。だがしかし、話しかけられた勝又さんは無反応だ。
「……?」
しぃちゃんが不思議そうにしていると三人の背後からもう一人現れた。
「残念だけど……余分な感情は全て私が支配した。そっちにも感情系がいるからな……」
暗い男だ。鬱々とした雰囲気にマッチした黒い服。メガネの奥にあるのは非常にめんどくさそうな目……今の発言から考えて……この人が《優しさ》のゴッドヘルパー……加藤優作だ。
「……えぇっとさ、俺のセリフを言っていいか?」
両手を広げたままのリッドが背後の加藤に話しかける。
「……大げさな挙動が好きだな。」
「ものごとの始まりはそれとわかるようにしなきゃな?」
《反応》のゴッドヘルパー、リッド・アークは私たちの方を見る。
「今日!この場所から!歴史が変わり、俺たちの伝説が始まる!あの方が……いや、サマエル様が最強となり、神を殺し、世界を支配する!喜べお前ら!歴史の生き証人となれることをな!」
「イヤンッ!すてきよ、マイダーリン!」
まだ誰かいたらしい。リッド・アークの背後から人が出てきた。……ってなんだあれ。
「んもう!惚れ直しちゃったわん。」
声は……確実に女性なのだが……出てきた人はリッド・アークに負けず劣らずの……変な格好だった。ライダースーツというんだろうか?体にぴったりとフィットする服に関節とか心臓を守るようにプロテクターがついている。そして頭には……フルフェイスのヘルメットをすごくかっこよくデザインし直した感じのものをかぶっている。ようは顔が見えない。うぅん……全体的なデザインを一言で言うなら……「バーチャル世界のヒーロー!」……みたいな。
「ふふ、マイスウィートエンジェル。ここから俺たちの幸せな世界が始まるんだぜ!」
「そうねん。」
「恥ずかしい奴らだ……とっとと始めるぞリッド。」
「なんだよ、嬉しくねーのか?加藤。」
「主賓の紹介もしないで盛り上がるなって話だ。」
加藤が上を見る。つられてその場の全員が上を見た。目に映るのは空……だったが、刹那、虚空に亀裂が入った。
「……懐かしい気配だな。アザゼル。」
「そうなのだよ……久しぶりなのだよ……」
亀裂の中から出てきたのは若い男だった。音も無くリッド・アークの横に着地したその男が顔をあげた瞬間、ものすごい悪寒を感じた。体が固まる程の寒気。あの男から漏れ出るのは……怒り?憎しみ?
「お久しぶりです……ルシフェル様。」
うやうやしく一礼をする男。真っ白なスーツを着ている。汚れの一つも見当たらない眩しいくらいの白。金髪で……その瞳は左右で色が異なっている。向かって左が鮮やかな赤。右が輝いて見える黄色。
「この再会は世界を変える。オレ……いや私は確信しております。この戦いでルシフェル様に気付いてもらえると。再び神を殺すチャンスが巡ってきたのだと。」
澄んだよく通る声。その体から発せられる凶悪な気配を除けば……感じのいい青年だ。だが、わかる。誰だってこの状況を見れば理解できる。そう……この男こそが私たちの敵の……親玉。

堕天使サマエルなのだと。

 「ひとつ……言っておかねばならないことがある。」
サマエルはその口調を変え、私を睨みつけた。
「……かりそめとは言え、貴様は……ルシフェル様のパートナーとして存在している。ルシフェル様に協力するゴッドヘルパーとして横に並んでいる……」
瞬間、サマエルからものすごい殺気が発せられる。あれ?私死んだ?生きてるよな?
「貴様のような下種の種族がぁ!少し秀でていることで勘違いしおって!貴様がルシフェル様の横に並ぶなどどれだけの時を代価に支払おうとも!釣り合うことなどありえんのだ!」
明確な殺気というものを感じた。先輩が私に放っていたそれとは比べ物にならない程のプレッシャー。全身を貫く怒り。私は倒れそうになる。
「……なら私も……言わなきゃいけないことがあります……」
飛びそうになる意識を精いっぱい抑え込み、私は自分の思っていることを告げる。
「あなたは勘違いしている。……わ、私の横に立っているこいつは……!その昔!ちょっとした感情を抑えられなくて……それに任せて暴れてしまって!長い時間をかけてやっと自分の過ちに気付いて……今!全力で反省してるまぬけな天使だ!あなたが崇めるルシフェルなんかとはかけ離れたバカな天使……こいつの名前は……私が協力している天使はルーマニアだ!」
柄にもないことを言った気がする。私のキャラじゃないと思う。でもこれだけは言わないといけないと思ったのだ。ルーマニアは自分の過去を気にしている。でもそんなのはカンケーないってことを私はルーマニアと……サマエルに伝えなきゃいけないんだ。
「……はっ……」
しばらく呆けた後、サマエルは片手を額に当てる。怒り狂うかと思ったのだが……私の予想の斜め上を飛ぶ現象が起きた。
「あっはっはっはっはっはっは!!」
大爆笑だ。サマエルは大笑いしている。
「予想外だ。くっくっく、怒りも超えたバカバカしさだ。まさかそんなことを言い返されるとはな……」
さんざん笑った後、サマエルはさっきとは打って変わる……とても優しい目で私を見てきた。
「オレは……ルシフェル様を救う手段が……ゴッドヘルパーの力を見せるだけだと思ったが……違ったようだな。存在はまわりの存在に染まる。一+一=三と世界のほとんどの人間が言えば……一+一=二と言うやつも=三と言うようになるだろう。まわりが「ルーマニア」と呼ぶ故、ルシフェル様は本来の存在が「ルーマニア」という間抜けに侵食されつつあるわけか。ルシフェル様と共に行くには……それも何とかする必要がある。……感謝しよう、《天候》。いや、雨上晴香。オレがしなければならないことに気付かせてくれたな。」
驚きを隠せない。ホントにこいつはさっき私に殺気をぶつけてきた奴なのか?なんだかサマエルの性格が読めてきた気がする。つまりこいつは……狂信者なんだな。
「殲滅を命じたが……惜しいな。雨上晴香よ、こちらに来る気はないか?」
「ありません。」
即答。それを聞いてサマエルはほほ笑んだ。
「予定通りだ、リッド。よろしく頼むぞ?」
「了解です。」
リッド・アークがにやりと笑う。そうだ。私たちの今の敵はこいつだ。始まるんだ……戦いが……
「ああ……ちょっと待て。」
臨戦態勢が崩れる。サマエルはリッド・アークの肩に手をのせた。
「この作戦の目的にはゴッドヘルパーを公のものにするっていうのがあるだろう?それが……リッド、お前の砲撃で情報を伝えるべき野次馬がいなくなってるじゃないか。」
「あ……すみません。」
「だから最初は……野次馬共に飛び火しない規模の戦いをしろ。一対一形式がいいな。ちょうどそこに三つ駒があるわけだしな。」
サマエルは視線で勝又さんたちを指す。
「大ごとの前には前座がいる。その駒を一つずつぶつけてけ。」
サマエルは「どうだ?」という目で私を見る。私はルーマニアに視線を送った。
「こちらとしちゃぁありがたい話だ。実質、あの三人は人質だからな。このまま混戦に突入して、もしリッドとかがあの三人を盾に使ったら?あの三人は突き詰めりゃぁ「無関係」だからな。先にこっち側に持ってこれるならその方がいい。」
「でも……例えこちら側で保護しても……感情系で操られたままなんじゃ……」
「感情系にも弱点はある。」
最近めっきりとその存在が薄くなっているカキクケコさんが答える。
「感情ってのはそいつが起きてるとき……意識のある時に働く要素だ。だから……感情系のゴッドヘルパーはな、気絶とかした相手は操れないんだ。だからあいつらを一度気絶させれば……《優しさ》の支配下から外れる。」
「ちょうどいいじゃないか。」
しぃちゃんが一歩前に出る。
「殺すのではなく倒すのが目的だからな。わたしにはちょうどいい。一対一というのも素晴らしい。さぁ……リベンジするぞ、勝又匡介!」

 両陣営、交差点の隅へ行く。真ん中で相対するのは……しぃちゃんと勝又さん。勝又さんは《優しさ》の力の影響なのか……うつろな表情で立っている。道着を着ているが構えもしていない。まるで人形だ。
「操られる者というのは大抵こんな感じさ。でも、彼は武の道を行く人だから。心弾む相手には感情を抑えられないに違いない。まずはそこからだ。」
と、しぃちゃんは言っていたが……なにか解決策があるのだろうか。私も含めてしぃちゃん以外は誰も勝又さんの戦いを見ていない。前回、どのように負けたのかも知らない。だからこの戦いは純粋に……しぃちゃんのものなのだ。
 解決策のひとつなのか、しぃちゃんは何故か鉄パイプを何本か抱えている。どんな戦いが起きるのか。私にはまったく予想できない。
「では……ゆくぞ、勝又君!」
しぃちゃんは持っていた鉄パイプを上に放り投げる。あんなにたくさんの鉄パイプ……重いはずなのに軽々と投げたな……
「むん!」
しぃちゃんの掛け声と同時に、宙を舞う鉄パイプは一瞬で刃へとかわる。ちょうど……日本刀の「持つ」部分がない状態……ホントに刃だけの状態だ。そしてその無数の刃は地面に突き刺さっていく。まるでしぃちゃんのまわりにいくつもの墓標が立ったかのようだ。
「勝又君。わたしは真剣を使うが……君の命を奪おうとかは思っていないから安心してくれ。」
と言ってしぃちゃんは日本刀を取り出す。その一本だけ感じが違う。どっかで見たかな?……ああ、しぃちゃん家の道場に飾ってあったやつだ。
「……か……はめ……る……」
しぃちゃんが構えると勝又さんが何か言った。
「《型》に……はめる。」
瞬間、しぃちゃんが何の予備動作もなく、とんでもないスピードで勝又さんの方に跳んでった。
「甘い!」
そう叫ぶと同時に、しぃちゃんが勝又さんが立っている所よりも二~三歩手前で突然止まった。何だかよくわからないな。自分で跳んだわけではなかったのか?
突然停止したしぃちゃんはダンっと地面を蹴り、勝又さんとの間合いを詰める。勝又さんはそれに対応できず、しぃちゃんの一閃をその身に受けた。
「……!?」
無表情ながらも少し驚きつつ、勝又さんはポンポンとステップを踏んで後ろにさがる。道着の胸辺りが切れて素肌が覗いている。
「ふっふっふ。もう君の《型》は通用しないぞ!」
《型》……一体どういう戦法で戦っているんだ?勝又さんは。
「……」
勝又さんがゆらりとゆれ、キッとしぃちゃんを睨む。するとしぃちゃんがまたもやすごい速さで跳ぶ。そして……途中でしぃちゃんは停止した。今度は斬りかかることなく、停止した場所で優雅に構えている。
「……な……んで……」
勝又さんの顔には困惑の表情。信じられないという顔だ。恐らく……あのしぃちゃんが跳んで行く動きが勝又さんの仕掛けた攻撃なのだろう。動きの意味はよくわからないが……

「……ちっ……」
かすかな声が聞こえた。ふと前を見ると、敵陣営にいる加藤の表情が歪んでいる。はて?

「簡単なことだよ、勝又君。」
しぃちゃんは私たちをちらっと見る。そしてふふんっ♪と腰に手をあてて説明し出した。なんだか犯人を言い当てようと自分の推理を語る探偵みたいだ。
「勝又君は《型》のゴッドヘルパー。わたしを空手の《型》にはめ、攻撃を一〇〇パーセントの威力と命中率でもって当ててくる。一瞬で勝又君の間合いに移動させられ、わざわざ攻撃を打って下さいという格好にさせられるわけだ。勝又君は空手の実力者だから……そんなことをされるとどうしようもなく一方的にやられてしまう。」
ああ……わざわざ私たちに説明してくれている……きっと自分たちの攻撃の意味とかをぺらぺらとしゃべる戦隊ものの悪役の影響なんだろうなぁ……
「なんとかして《型》を攻略しなければならないわけだが……わたしは気付いたのだ!《型》にはめられた時、わたしはなにも瞬間移動して勝又君の前に移動するわけではないことに!だったら話は簡単だ!《型》にはめられる前に何かほかの物に体を固定すればいいのだと!」
しぃちゃんは片腕を広げ、まわりに立ちならぶ刀を指す。
「その刀からは極細……目には見えない極薄の刃がのびていて……わたしにからみついている。」
極細極薄の刀。確かしぃちゃんが離れたところを攻撃する際に飛ばすやつだ。
「君の方に移動させられても、この刀が私を引き止めるのだ。もちろん刃の向きを調節してわたしにふれるのはみねの部分だからわたしが斬れることはない。」
つまり……勝又さんの力で強制的に移動させられるのを……極細の刀、言ってしまえばワイヤーで体を固定することで回避しているわけだ。
「まぁ?もちろんまわりに刺さっている刀をどうにかすればこの作戦は破られるわけだが……どうにかできるわけもない。なぜならあの刀は《金属》。わたしの……管理下にあるのだ。外見を変えるだけの《型》よりも、そのものの本質を管理しているわたしの望むことを形にしようとするはずだ!だからあの刀は決して「形が変わる」ことも「地面から抜ける」こともない。わたしがそう決めたのだから!」
クリス戦の時よりも……ゴッドヘルパーの力のコントロールが上手くなっている。……しぃちゃんはああいう性格だから、ゴッドヘルパーのことを理解すれば強くなるとは思っていたけど……すごいな。
「さぁ!どうする?君は自分からこちらに来なければなくなった。しかし君の腕の長さよりもわたしの刀の方がリーチは長い。その分間合いも広い。普通に来れば確実にわたしの方が攻撃が速いぞ?」
そもそも……徒手空拳と武器有りでは武器有りが圧倒的に有利なのだ。それを今までくつがえしていた手段が封じられたとあっては……勝負ありではないか?
「……は……あははは。」
勝又さんの無表情が崩れ、笑顔になった。
「さすがだなぁ……いやー、わくわくする。」
さっきまでの無反応がうそのようだ。《優しさ》の支配が弱まったのか?……そうか、これがさっきしぃちゃんの言っていたことか。「心弾む相手には感情を抑えられないに違いない。」

 「くそ……」
「なんだよ、加藤。お前の支配が弱まってんぞ?」
「……所詮は《優しさ》を上書きしたに過ぎないからな……私のお願いをきく《優しさ》。かなり奥の方まで支配したんだがな……あいつの湧き上がってきた感情を抑えられなかった。」
「んじゃ支配が解けんのか?」
「そこまでは至ってない。支配率が下がっただけだ……」

 わたしは強い。そう言われてきた。大会で出会った人たちは言う。「強いね。」「すごいね。」と。だがわたしは知っている。大会に出場していないだけで、わたし以上の強さを持つ者なんていくらでもいることを。目の前の男もそうだ。「道」は違えど、純粋な優劣を考えるなら……彼はわたしより強いかもしれない。だけどきっとそれは彼も思っていることだ。自分よりもこの女は強いかもしれないと。
武道の道には極稀に、こういう相手と巡り合うことがある。というか、そういう出会いを求めてわたしは修行しているのかもしれない。だからわたしは嬉しいのだ。彼と戦うことが。例え武道にはないゴッドヘルパーという力が混ざっていようとも、もとから志す武道が違うのだから気にしない。わたしは全力で……目の前の達人に挑む……!

「確かに。オレのこの戦法は封じられたね。でもさ、オレも……オレの出来る事を鎧さんに全て見せたわけではないからさ。」
「それはもちろんだろうな。奥の手、切り札というのは最後に初めて出すからそう呼ばれるんだし。」
さて、どう来る?わたしなりに考えた結果、勝又君はわたしの……体の一部だけを《型》にはめるようなことはできないようだ。できるのなら初めて会った時……あ、いや、初めてゴッドヘルパーとして対峙した時に腕とかを折りにきたはずなのだ。それをしなかったということはできないのだ。つまり……《型》っていうのにはめる「元の形」っていうのは……それ一つで……えぇっと……そう、独立していなければならないんだろう。まぁ、そんなこんなで勝又君にできることはわたしとわたしが作った刀と……その他の金属以外の物の形を変えることだけだ。だけど他の形を変えようとも、空手の力が発揮される状況を作ることはできない!……はず。
「それじゃ……行くよ!」
瞬間、わたしの視界は勝又君の姿で埋まった。
「なっ!?」
放たれる蹴りを刀の腹で受け流し、すかさず反撃。しかしわたしの攻撃は空を斬る。いつの間にか勝又君はさっき立っていた場所に戻っている。
「そんな!君の《型》にはめる行為は封じたはず……!」
「違う。鎧さんが封じたのはあくまで「鎧さんを《型》にはめる」ことだけだ。自分の立っているところを良く見なよ。」
わたしは足元を見、まわりの風景を見る。……あれ?移動していない?わたしが立っている場所は……変わっていない?ならば今のは……
「一体……」
視線を勝又君の方へ向ける。しかしそこに彼はいなかった。
「《型》にはめられた時ってさ……すごい速さで移動するでしょ。」
真横から声が聞こえる。勝又君が横にいるのだが……待て待て、一体いつ移動した?気配も何も感じられなかったぞ?
「それを応用してさ。自分の移動方法として使っているだけだよ。」
わたしの視界内で、勝又君が高速移動した。右に移動したと思ったら後ろ、前、左と……あまりの速さに勝又君が複数に見える。もはや瞬間移動だ。
「そこまでの距離は移動できないけど……すごいでしょ?」
「……自分を《型》にはめているわけか。」
《型》にはめる。物の形を好きに変えられるという能力。形が変わる途中の過程を移動方法として利用する……か。
 勝又君の姿が消え、わたしの横に現れる。急所めがけて放たれる拳をかわし、刀を振るう。刀は再び空を斬る。わたしの背後に移動した勝又君が蹴りを放つ。軌道を読み切れず、わたしは脚に衝撃を受ける。態勢を崩して倒れるわたしの正面に移動した勝又君が鳩尾に拳を放つ。
「くっ……!」
とっさにわたしに巻きついている刃を操作し、後ろへ引っ張る。わたしは勝又君から少し離れた場所で刀を構えなおす。
「ああ……そういえば鎧さんには刀?が巻きついてるんだっけか。」
「……瞬間移動か。厄介極まりない。でも……たった今、いい作戦を思いついたよ。君の技をマネしよう。」
勝又君の方へと走る。油断なく構える勝又君の手前、的確な狙いと速度で迫る拳を真横に移動して避ける。
「……!?」
勝又君がわたしを追って繰り出した蹴りを真上に跳んでよける。
「ここだ!」
私が着地する場所へ攻撃を仕掛ける勝又君。だがわたしは空中で方向を転換し、勝又君の後ろに着地、出来る限りの威力のみね打ちを勝又君の横っ腹に叩きつけた。
「ぐぅあ!?」
勝又君はごろごろ転がるが、瞬間移動でわたしから十分に離れたところに移動して態勢を立て直した。
「はっはっは。わたしに巻きつく刃を引っ張って、移動手段としたよ。」
「……なるほど。」

 私の目にはすごい光景が映っている。二人の人間が物理法則を無視した戦いをしているのだ。《型》にはめるという行為で瞬間移動をする勝又さんとまわりに刺さっている刀からのびる極細の刃を操作することでヘンチクリンな動きをするしぃちゃん。地上から跳び、空中でも動きまわる二人の戦いはなんともバカバカしいものだった。しばらく攻撃を仕掛ける、かわす、仕掛ける、かわすの繰り返しが続き……二人は停止した。
「……どうやら……わたしに利があるようだな。」
「く……」
勝又さんは道路の上に立って上を見上げる。しぃちゃんは空中に静止している。
「わたしは……刀からのびる刃を硬くしたり曲げたりすることで……空中に足場を作れる。だが君は空中に跳んで行っているにすぎない。空中戦では……満足な踏み込みもできまい。」
この世に生みだされてきた数々の武術。その全ては……地面があることを前提としているはずだ。当たり前のことだが……今回はそこが影響したようだ。空手は、先人が感覚的に、科学的に得た形でもって拳や蹴りを放つから威力があるわけで。ただ振りまわすだけではそんなに威力はない。だけど刀はただ振りまわすだけでも脅威だ。……んまぁ、空中なんかで戦わなければ関係のないことだけど。
「それに。わたしは断言しよう。勝負はついた。わたしの勝ちだ……」
……あれ?なんかしぃちゃんの声のトーンが落ちた……?
「……?鎧さんともあろう人がそんなことを。勝負は最後の一瞬までわからないよ。」
しぃちゃんは構えていた刀をおろす。
「!……このっ!」
勝又さんがしぃちゃんを睨む。何度目かの……《型》にはめる攻撃。しぃちゃんが再びなんの予兆もなく跳んで行く。そして途中で止まる。
「無駄だよ、勝又君。」
しぃちゃんは停止している。だが体が少しゆれている。勝又さんの方を見ると、まだしぃちゃんを睨みつけている。どうやら《型》にはめると言う行為をし続けているらしい。だがしかし、しぃちゃんは極細極薄の刀が巻きついている状態なので引き寄せる事が出来ない。
「その様子だと……もう何の策もないんだな。降参するんだ、勝又君。」
なんだろう……なんだかしぃちゃんがすごく冷めている。至極つまらないものを見るような……そんな目。さっきまですごく楽しそうだったのに。
「……能力を使って戦うのもいいかなと思ったけど……こんな興ざめになるとはなぁ。やはり己の技のみで戦うのが良いんだなぁ……うん、一つ学んだよ。」
「勝ちを確信するのは……オレが倒れてからにして欲しいなっ!!」
勝又さんが両腕を前に出す。さらに力をこめる。
「っっつああああぁぁぁああっ!!」
ビキィッ!!
「え……?」
私は思わず声をもらす。しぃちゃんが立っている辺りの地面に亀裂が入ったのだ。
ビキビキ……
「《型》に……はめる!」
勝又さんの叫びと共に、しぃちゃんが何本もの刀を刺した地面が砕けた!
地面に刺さった刀は金属。しぃちゃんが付加した性質はおそらく実現している。「形が変わる」ことも「地面から抜ける」こともない……それは確かだ。だが、刺さっている地面は金属ではない。ならば……地面ごと引っぺがしてしまえばいい。地面の形を《型》にはめることで砕いたのだ!
「しぃちゃん!」
刀を構えてもいないしぃちゃんは《型》にはめられ……今度は止まることなく勝又さんの方へ飛んで行く。だめだ……地面が砕けて、刺さっていた刀が浮いている状態では巻きつく刃を短くしようとも意味がない……!固定されていないのだから……
「でぇああぁぁああっ!」
驚異的な速度で放たれる蹴りがしぃちゃんを襲う。しぃちゃんは無防備。しぃちゃんがやられる…!?
「……すまないな。」
迫りくる蹴りを気にせずにぼそりと呟くしぃちゃん。
ザシュッ
「!?」
完璧な角度で放たれた蹴りは空を切った。突然……勝又さんの軸脚……蹴りの態勢を支えているもう一方の脚がガクンと崩れたのだ。そして……地面に赤い液体が落ちる。
「後で天使に治してもらってくれ。」
しぃちゃんが着地すると同時に……勝又さんが倒れた。
「姿勢を保つのに必要な筋肉を切断した。」
「な……どうやって……」
勝又さんは心底驚いているようだ。
「どうやってか。わたしもこの事態を予測していたわけではないんだ。」
刀を鞘におさめながらしぃちゃんはつまらなそうに言った。
「君の《型》にはめる攻撃の攻略のために用意し、張り巡らせた極細極薄の刃。刀が刺さっていた周辺はその刃だらけなわけだ。……君が自分を《型》にはめてこっちに移動した時にね……君にも刃が巻きついたんだよ。」
ああ……そうか。しぃちゃんとしては《型》にはめる攻撃をクリアするためのものだったのに……勝又さんが瞬間移動を始めた瞬間に……刃が勝又さんにも巻きつき……その瞬間に勝負が決まってしまったのか。そもそもあの刃はしぃちゃんがコントロールしているからこそ、しぃちゃん自身は斬れないんだ。本当なら勝又さんは瞬間移動でしぃちゃんに接近した時点で切り刻まれたはずなのだ。
「あっけないというか……結果としては最悪だろう?だから君に巻きついた刃もコントロールして君が斬れないようにし、体を引っ張らないように伸ばしたり縮めたりしたんだけど……途中でね……つまらなくなって。」
たぶんしぃちゃんは同じ武道家として戦いたかったんだろう。できれば楽しみたいと思って勝又さんが斬れないようにしたんだ。でもやっぱり……相手を気遣いながら戦うのはつまらないと感じたんだ……
「この勝負は無かったことにしよう、勝又君。わたしは純粋な戦いをしたいと思う。だから……ここで君は退場だ。」
しぃちゃんがすっと手を振る。すると勝又さんが一瞬びくんとして……気絶した。
「……こっちに運ぶ。」
ルーマニアがすたすたと歩いていき、勝又さんを抱えて戻ってくる。
「ムームーム、頼む。」
「うん。」
ルーマニアが勝又さんを床に横たえ、ムームームちゃんが傷の治癒を始めた。
「……何をしたんですか、しぃちゃん。」
「首に巻きついていた刃で首をきゅっと絞めた。ようは……「落ちた」状態だな。」
ムームームちゃんが勝又さんのお腹をバシバシ叩いている。勝又さんは何度かせき込んで動かなくなった。…………あれ?
「ちょ……ムームームちゃん?」
「うん。眠ってるだぁけ。」
あ……よかった。

 「あーあ。けがの一つでも負わせられると思ったのになぁ。おい加藤、お前の支配が深すぎて考える頭もまひしてたんじゃねーのかぁ?」
「……」
「?どうした。考える人のポーズなんかして。」
「かっこつけねん。」
「静かにしてくれ。今……頭痛がやばいんだから……」

 「あれ?」
ふと向こう側を見ると《優しさ》のゴッドヘルパー……加藤が頭を抑えている。
「何があったんだ?」
「ああ……感情系の弱点よ。」
翼が隣に立って教えてくれる。
「こう……現在進行で感情のコントロールをしている奴が……あんな感じで突然気絶とかするとね、なんていえば言いかなぁ……え~っとねぇ……」
ほっぺに人差し指をあてて首を傾げる翼。……こんなヘンチクリンな格好でなければ絵になるんだが。
「例えるなら……電話中に突然コードを引っこ抜かれる感じ?ブツンって感じの音というか……感覚が頭に来るのよ。あたしも一回だけなったことあるんだけどさ、あんま気分いいもんじゃないわよ。」
「へぇ。なかなか理解できない感――」
「次はオレだぁ!!」
私の言葉を遮って力石さんが叫んだ。
「鎧先輩に続くぜ!前回はほとんど何もできなかっけど今回は違う!勝負だ、大石先輩!」
「ははは。威勢がいいね。」
力石さんの呼びかけに応じて、大石さんがこちらに向かってきた。それに対するように、力石さんも前に出る。
「おい!支配力が弱まってんじゃねーか!」
「だから静かにしろと……こんなに頭痛がひどいとは。ちょっと集中が続かないんだ。」

大石さんは……すごいなぁ。なんだあのかっこいい格好は。動きやすそうなユニフォームに何だかイカしたシューズに……手袋みたいなのして……肘あたりに……サポーターだったかな?そんなものをつけている。プロ!って感じだ。
「頑張ってね、十太。」
「おう!」
力石さんが腕をあげて気合を入れる。するとルーマニアが変な顔をした。
「あぁ?あれは……」
ルーマニアの視線は……どうやら力石さんの腕についてる腕輪に向いているようだ。別に変なものには見えないが……
「おい、ムームーム。あれはお前が渡したのか?」
「そうだよ。十太は《エネルギー》のゴッドヘルパーだからね♪」
「?あれはなんなんだ?ルーマニア。」
ルーマニアがどこか懐かしそうに言う。
「あれは《ルゼルブル》、昔、天使が何か強大な存在……例えば大暴れしてるドラゴンとかと戦う時なんかに使用した装備品でな。あれにはオレ様たちの力……魔力とかそういうものを溜めておけるんだ。負傷したときなんかに使用する治癒魔法のための魔力をあらかじめ溜めておいて万全な状態で戦うために作られたんだ。」
「あっはっは。でもルーマニアくんはもっぱらパワーアップのために使ってたのだよ。戦いの前日とかにルーマニアくんの全魔力の五〇パーセントを溜めておいて、一晩寝て魔力を回復させて……結果的に一五〇パーセントの力で戦ったりしていたのだよ。」
アザゼルさんもどこか懐かしそうにしゃべる。……この人たち……もとい天使たちが懐かしそうにするってことは相当大昔なんだろうな。
「十太が操れる《エネルギー》は今のところ位置エネルギー、運動エネルギー、熱エネルギーの三種類。とりあえずあの《ルゼルブル》には熱エネルギーが入ってるの。」
「……ちなみにどれくらいの量が入ってんだ?」
「技術部の魔力炉に三日間放り込んでおいた。」
「魔力炉ぉ!?あそこの温度ハンパねーだろ!そこに三日間!?」
ルーマニアが軽く青ざめた。
「一体どれだけのエネルギーが入ってんだよ……」

 「オレは一つの結論に達した!大石先輩、あなたの放つシャトルは今のオレには捉えられない。少なくともオレ一人ではな。だから……オレはシャトルの運動エネルギーを利用しての反撃をやめ、全力で避けることにした!」
「……そうか。でも、避けてばっかりじゃ……攻撃できないんじゃないかな!」
大石さんが慣れた手つきでシャトルを放り投げる。流れるようにラケットを構え……
シュパンッ!
空気を突き破って飛んでくるシャトル。もちろん、私の目には見えないスピードだ。地面に突き刺さったシャトルを見て初めて飛んできたということを理解する。
「……あれ?力石さんは……」
力石さんが消えた。
「!」
大石さんが何かに気付き、ちょっと人間にはあり得ない速度で横に移動した。一瞬大石さんのスピードに私の頭はビックリする準備をしたが、直後、さっき大石さんが立っていた場所に力石さんが出現したことで私の頭は停止した。……なんだこれ?
「……勝又先輩のせいで二番煎じだ、くそぅ。」
力石さんがため息をつく。
「大石先輩。あんた今……とんでもない動きしましたよねぇ……?」
「青葉さんのおかげだよ。」
あおば?誰のことだろうか。ふと疑問に思っていると敵陣の中に動く影があった。
「あったしのおかげで今やそいつの脚の速さは世界記録をも上回っているのよん。」
発言したのはフルフェイスヘルメットらしきものをかぶったライダースーツの人物だった。
「各種サポートツールで強化されたそいつが己の能力でもってバドミントンをするなら……そこに生まれるのはどこに出しても恥ずかしくない戦士よん。」
言い終わると同時に、大石さんが走りだした。片手にシャトルを三つ持ち、同時に放り投げると、目にも止まらぬ速さでラケットを振るった。銃弾といっても過言ではない速度のシャトルが力石さんを貫くかと思った瞬間、再び力石さんが消えた。
「そこ!」
大石さんがシャトルを上空に向かって打つ。その先には……なぜか空中にいる力石さんがいた。
「おっと」
力石さんが……消え、先ほどよりも高い位置に移動した。シャトルは何もない空間を駆けた。
「瞬間移動……」
さっきも聞いた単語を私は呟いた。その呟きを聞いてか、ムームームちゃんが言った。
「正確には位置エネルギーの操作だよ。」
「位置エネルギー……?」
「どこかの位置を〇として、そこからいくらか離れた高さにあるものには位置エネルギーが与えられる。位置エネルギーは質量と重力加速度と高さで決まる。十太の体重と重力加速度は変化しないものだから……位置エネルギーが変化すると……自然と十太のいる高さが変化するの。」
……それで瞬間移動か。流行ってるなぁ……実は全てのゴッドヘルパーがやりようによっては瞬間移動ができたりするのかな……?いや、それはないか。
「……なるほどな……これは一瞬で勝負が着くタイプか。」
ルーマニアが呟く。確かに……そうかもしれないなぁ。力石さんは大石さんを捕まえてそれなりの高さに移動して大石さんを落とせばいい。大石さんは一発でも当てれば……ほぼ勝負は決まったも同然だ。あんなバカみたいなスピードで飛んでくるシャトルだし。
「加速!」
力石さんが地面から少し浮いた状態で大石さんの方に飛んで行く。位置エネルギー+運動エネルギーかな?それに対して……
「はぁっ!」
大石さんはさっきからどこから出してるのか不明だが、シャトルを数個放り投げてラケットを振る。そしてラケットを振った慣性で回転し、タイミング良く再びシャトルを投げ、打ち、投げ、打ちと……クルクルまわっている。
ものすごい数飛んでくるシャトルを瞬間移動や急激な加速で回避しつつ、力石さんは大石さんに迫る。
「……なんかああいう戦い方ってかっこいいなぁ。私も空ぐらい飛びたいな。」
「おま……何言ってんだ雨上。」
「生まれた時から飛べる種族にはわからないと思うよ……空を飛びたいってのは。」
「別に力石は飛んでるわけじゃねーだろーが。」
「似たようなもんだ……」
「ふぅん。つか……オレ様が思うに、《天候》は空と密接なカンケーがあるし、今や空はお前の中にいるんだろ?やり方さえわかりゃぁお前も飛べる気がすんだがな。」

 「十太。この前はどーして負けたか理解してる?」
大石先輩に手も足も出せずに敗北した(敗北っつってもあっちが勝手にやってきて勝手に退却したから微妙だが……)あの日の翌日。いつもの特訓場でオレはムームームから戦い方を教えてもらった。
「オレが……あのスピードで飛んでくるシャトルを捕らえられなかったから……」
「違うよ。十太は《エネルギー》のゴッドヘルパーなんだよ?どんな速度であろうと、どんな重さであろうと、どんな物質であろうと、それが《エネルギー》を持って運動しているのなら十太の障害にはならないんだよ。昨日の敗因は……十太の力不足。システムの力を出し切れていないってところにあるんだよ。」
「確かに……今のオレは手で触れないと《エネルギー》の操作ができない。もっと頑張れば……体のどこに触れようとも……もっと言えば触れなくても……ってことか?」
「それもあるけどね。今何とかしたいのは……十太の考え。さっき「捕らえられなかった」って言ってたけど……あーたーしの記憶によれば……昨日、十太は一度も飛んでくるシャトルに手を向けていない。手を開いて、その手に触れたシャトルの《エネルギー》を操る……そういう行為をしようとしてなかったよね?どーしてかな?」
ルーマニアさんによるとムームームはかつて、ものすごく強い天使だったとか。あ、いや、今もか。言ってしまえば戦闘のプロ。ルーマニアさんとかが内に秘める強大な力を使って戦い、恐れられていたのなら、ムームームはそのずば抜けた戦闘技術で恐れられたんだとか。実際、特訓中のムームームは「鬼教官」とか呼ばれそうな厳しさだ……外見とのギャップがすごい。
「……それは……」
「怖かったんだよね。あんな速度で飛んでくるものに手が触れても、《エネルギー》のコントロールを始める前に手のひらを貫くんじゃないかって。」
その通りだった。オレには不安があった。どんな速度で飛んでこようとも、運動エネルギーを奪えば止まる。手に触れた瞬間に奪えばいい。理屈はわかるが……怖い。
「たぶん今の十太じゃぁ……勇気を出して触れても貫かれるだろうね。「触れた瞬間に《エネルギー》を奪える、操作できる」っていう確信がないから。きっと奪えないし、コントロールも出来ない。十太、きみがそう思っているのだからね。」
「わかってるよ……でもさ、それはもうどうしようもないっていうか……訓練とかで治るもんじゃないだろ?」
「十太のそれは恐怖というよりは体の防衛本能だからね……感覚がマヒした戦闘バカじゃないとその考えは塗り替えられないだろうね。」
「んじゃぁ……どうすんだよ……」
「防御も反撃もできないなら回避するしかないよ♪」
「避けろってか!?あのスピードを!?」
「出来ない話じゃないよ。実際、卓球とかテニスとかじゃぁ相手のフォームや腕の角度とかでボールの軌道を推測するんだから。」
「それは長年やってる人だからだろう?一朝一夕で身に着くわけねーじゃん。」
「難しい言葉知ってるんだね十太は。……プロの人たちはその方法を体で覚えたから時間がかかってるだけだよ。あのバドミントンくんと再戦するかはわからないけど……少なくともバドミントンとかならコツを覚えればなんのことないよ。それに……何も普通に回避しろとは言ってないよ。」
「?」
「十太にしかできない回避方法……手段があるでしょ?」

 「腕の角度やフォーム……ねぇ。」
オレの目の前でバドミントンしてるやつはクルクルまわってるわけだが。
今のオレには自信がある。ムームームがくれた《エネルギー》の倉庫、ムームームが教えてくれた移動方法。二つの武器に裏打ちされたオレの動きには迷いはない。視界に入ったシャトルを無意識化で判断し、シャトルの飛んでこない空間に移動する。きっといつものオレなら、
「いやぁ……無理だろ。」
とか言ってるだろう。まったく……こころ持ち一つでここまで変わるなんてな。ゴッドヘルパーの強さっていうのはこころの強さにつながるんじゃねぇかな。自分の信じる《常識》を、相手の作りだす《常識》に飲み込まれずに《常識》とする。
「っと……」
顔の横を半端ねぇスピードのシャトルが通過した。あぶねーあぶねー。
しかし……実際どうするべきか。相手を気絶させる方法が思いつかない。オレは鎧先輩みたいに人のおとし方は知らないし……首をチョップして気絶させる光景は映画とかで見るけど……オレには無理だろう。仮に……相手をこ……殺すことが目的なら大石先輩の背後にまわって一〇〇メートルくらい上に移動させればいい。だが殺すのはまずい……というか嫌だし。
「さっきも言ったけど!逃げてばかりじゃ……勝てないよ!」
さらに加速する大石先輩。シャトルの弾切れを考えたりしたが……さっきから止まる気配がない。あの青葉とかいうのが……なんとかしたんだろう。きっとシャトルに制限はない。バカバカしい話だけどな。
「じゅーたぁー!」
ふと耳に聞き慣れた声が入ってきた。視界の隅でムームームが何やら叫んでいる。
「きみにできることはなんだい?きみが操れるのはなんだい?思い出すんだよぉ!」
妙にニコニコした顔と間延びした声で叫ぶムームーム。オレにできること……?
「オレは……おっと……《エネルギー》の……よっ……ゴッドヘルパー。」
と言ってもオレが今操れるのは運動エネルギー、位置エネルギー、熱エネルギーだけ。この三つは実体がない。目に見えない。だからとてもイメージしやすい。《エネルギー》なんてもともと見えないものだから……逆に見えるものはどうしても余計な考えをしてしまう。

電気エネルギー?やっぱりあのビリビリバチバチした雷みたいなものを想像してしまう。電気エネルギーを手に入れるってことはどういうことなんだ?オレが感電すんじゃないか?
化学エネルギー?イメージは化学反応で生まれるエネルギー。実は違うかもしれないがオレにはそういう風にしかイメージできない。となると反応する物質がないと始まらないんじゃ?これを操るってことはその物質も操ることになんのか?
光エネルギー?光るのか?オレが発光するのか?

「運動、位置、熱……」
運動エネルギーと位置エネルギーは物理攻撃的な手段になる。それは無理だしわからんということがわかってる。となると熱エネルギーを使えと?大石先輩を温めろとでも言うのか?よし……熱で思いつく言葉を考えるんだ。
「風邪。」
……病気かよ。意味わかんね。
「フライパン。」
うお!何でこんなもんが思い浮かんだ?料理しろってか?
「熱帯魚。」
文字入ってるだけじゃねーかぁ!落ち着けオレ!落ち着け力石十太!
「……温度!」
うーん……当たり前すぎるなぁ……だからなんだという話になるし……
うん?温度?温度と言えば……
「サーモグラフィー。」
温度を視覚化する機械。温度計よりも温度の差がよくわかる機械だな。温度の高い所が赤くなって低いところが青くなる。……あっ。
「そういえば……!よしこれだ!」

 避けてばかりだった力石さんの動きが変わった。
「おりゃぁぁあああ!」
飛来するシャトルを避けながら前進、大石さんの背後に移動し、
パァンッ!
大石さんの背中を叩いた。
「……!?」
大石さんは前に倒れそうになるもダメージはほとんどなく、すぐにラケットを振るう。
「……何をしてるんだろう?」
その後も何度か大石さんに接近しては体のどこかを叩いていく力石さん。
「くっ……なんのつもりだ!」
大石さんもわけがわからずにラケットを振るう。同じくわけのわからない私が眉をひそめる横でムームームちゃんが呟いた。
「その調子♪」

 「あららら。」
「?どうしたんだマイスウィートエンジェル?」
「加藤ちゃん。もうすぐあのバドミントン少年は気絶するわよん。んん?気絶とは違うかなん?」
「……はぁ?」
「この青葉結特性バトルスーツにはいろんな機能がついているのよん。今あったしが見ているのはサーモグラフィーによる映像なのん。」

変化が起きた。いや……変化というよりは……ミスが起きた。大石さんがシャトルを落としたのだ。その光景に力石さんはニッと笑い、大石さんは驚愕する。
「なんだ……これ。手が震える?」
手と言うよりは……全身が震えている。大石さんは今震えている。とても……寒そうに。
「グルグル回って疲れたでしょう?先輩。」
力石さんが大石さんに肉薄し、肩を叩いてまた元の場所に戻る。
「うっ……寒い……もっと寒くなった。な……何をしたんだ……」
ラケットすら落とし、大石さんは両腕で自分の体を抱く。
「イマイチ割合がわからなかったら何回にもわけたんだけど……うん、こんなもんか?」
力石さんは腕を組んで棒立ちになる。もう戦う必要はないと言わんばかりに。
「オレは先輩から……熱エネルギーを奪った。要は……体温を。」
体温を奪った?大石さんが寒そうにしているのは……何のことはない、実際に寒いから?それに何の意味が……
「ほら、よく言うでしょ。「寝たら死ぬぞ」って。」
寝たら死ぬ。それは……例えば雪山で遭難した人とかが言うセリフだ。ドラマや映画で寝そうになっている仲間を揺すって寝かせまいとするシーンはよくある。
「いやー、今回は偶然でした。よくもまぁ覚えていたなって自分を褒めたい。オレ、あの言葉の意味を調べたことがあるんです。人間は……いや、全ての生物に言えるのかな?忘れたけど、とりあえず人間はね……体温が下がると眠くなるんですよ先輩。随分とグルグル回ってましたから……疲労も重なって心地よい睡魔が先輩を襲ってるでしょ?」
見ると大石さんは何度もまばたきをしている。眠気をこらえる人みたいに。
「雪山とかだとですね、一度眠ってしまうと体温の低下が止まることなく起きるから死に至るんです。それで言うわけだ。「寝たら死ぬぞ」って。」
言うや否や、そこで大石さんは倒れた。つまりは……寝た。
「……」
力石さんが目線を加藤に向けた。私もつられて見る。そこにはさっきのように頭を抱える加藤がいた。
「ふぅ……」
力石さんは眠った大石さんに触れる。するとその体が五センチほど浮き、ゆっくりとこちらに向かって移動し出した。それに合わせて力石さんもこちらに来る。
「んふふふ♪よくできました、十太。」
「いや……さっきの助言がなかったらどうなってたか。というか気絶じゃなくて睡眠だからな……ちゃんと支配が途切れるか不安だったんだけど……よかったよかった。」
「まぁ……夢とかを見てる時はともかく、寝た瞬間は何の感情も存在しないはずだからね。操りようがないんだよ。」
これで……勝又さんと大石さんは戻った。あとは石部さん。
「あたしの出番ね。」
翼が得意そうに笑う。ヘンチクリンな格好なのでとても変だが……
「ま……石部との勝負はもうついてるのよね……問題は加藤。」
翼が不思議なことを言いながら前に出る。あちらからはもちろん石部さんが出てくる。さっきの大石さんみたいに腕とか脚とかにサポーターみたいなものをつけて歩いてくる。きっと恐ろしい運動能力を手に入れている。翼はどう戦うつもりなのだろうか。
交差点の真ん中で二人は対峙した。

 「この前は逃げてばっかりだったけど……今日はどうなのかな?何を見せてくれるのかな?」
石部さんがそう言いながら身をかがめる。ラグビーのタックルでもしそうな構えだ。だが翼は腰に手をあてて立っているだけだ。
「この前は……なんの準備もなしに戦ったから逃げる事しかできなかったけどねぇ……今回は違う。既にあんたは負けているのよ、石部。」
「何を言って……」
「あんた、あたしの格好を見てどう思う?」
「まぁ……変な格好だ。」
「はい、あんたの負け。」
「は?」
「……ねぇ石部。なんであんたは戦おうとしてるの?それって……《変》じゃない?」
瞬間、石部さんがビクッとなり……かがめていた腰を戻し、腕をぶらんとさげて……要は直立した。
「……そうだな……なんで戦いなんか?《変》だなぁ……」
《変》のゴッドヘルパー、花飾翼。翼の手にかかれば……どんなことにも違和感を覚えさせることができる。今その人がしようとしていることは《変》なことだと思わせることができる。翼が操るのは《変》という感情だ。翼は言った。予め《変》という感情を植え付けておけば……操るのは簡単だと。そのための変な格好。これが翼の戦い方。
「……すごい……」
私がそう言うとしぃちゃんが反応した。
「確かに。戦意を奪うという行為は……戦いそのものを否定することだからな。花飾は……感情系のゴッドヘルパーというのは……恐ろしい存在なんだな……」
一瞬で勝利した翼は私たちの驚きをよそに、静かに呟いた。
「……こっからが本番ね。」

 接続。感情領域に侵入。成功。意識を移動。
風景が変わった。白い空間。ドーム状の天井には時折電流が走り、床には……世界地図のように、いくつもの線が走り、丸い床をいくつかに分割している。
「……なるほど。」
あたしの目の前に男が一人。石部ではない。全身を暗い色と雰囲気で包んだ……《優しさ》のゴッドヘルパー、加藤優作がそこにいた。
「私が支配している石部の頭に侵入して……直接私と戦いに来るとはね。」
「この石部の頭をハブにしてあんたの感情も操ってやるわ。」
「それにはまず……石部の頭の中における感情の支配領域を私より大きくしなければならない。きみは自覚してから少ししか経っていないが……私はこの力を随分と長く使っている。いわば素人とベテランの戦いだ。勝ち目があるとでも?」
線によっていくつかに分断されている床がそれぞれ光り出す。色は……黄色。最終的には床の総面積の半分以上が黄色く光っている。
「感情系にしかわからない感覚。対象の脳内に存在する感情領域という概念。きみには理解できるだろう?この光る床の意味が。」
……あたしのような感情系のゴッドヘルパーが主に操作するのはこの、感情領域と呼ばれる空間だ。「対象を支配する」とは「感情領域を自分の操る感情で半分以上うめる」ということだ。だが、さっきのように少し感情を操作する程度なら五パーセントほどをうめれば可能だ。つまり、今現在、この石部の感情領域における私の陣地は五パーセント。それに対し、今現在石部を支配している加藤の陣地は……みたところ七〇パーセントほど。おそらく勝又が最初に見せたあの無反応の状態が一〇〇パーセントなのだろう。《優しさ》のみで動く状態。加藤のお願いを叶える《優しさ》に支配された状態。
あたしが今からすべきことは……石部の感情領域を《変》で半分以上うめ、一度石部をあたしの支配下に置くこと。そうすることで気絶させることなく、石部を加藤から引き離せる。そしてその後に加藤の感情領域に侵入して、加藤も支配する……!
「どうするんだ?きみの陣地は五パーセント。私の陣地は七二パーセント。圧倒的に私が優勢。このままきみに侵入してきみを支配してあげようか?」
「確かに……あたしの陣地は小さいわね。でも……あんたの陣地はそれ以上広げられないでしょう?完全支配なんて片手間にできることじゃない。相手の目を見てじっくりと行うものよ。だけどあんたは今石部からだいぶ離れたところに立っている。だから完全支配のやり直しは不可能。同じ理由でこの石部に《優しさ》という感情を起こさせて領域を広げるという行為もできない。」
「広げられない。だが小さくなることもないぞ?」
加藤が両腕を広げる。すると加藤の足元から何かがせり上がって来た。
「感情領域は脳内の領域。すなわちイメージの世界。RPGで言えば……陣地はMP。陣地が大きければ大きいほどに、イメージの具現化が強力になる。さぁ……戦いの始まりだ。」
せり上がってきた何かは……いくつもの砲台。あたしはとっさに両手を前に出す。すると一瞬であたしの前に壁ができる。
「発射。」
凄まじい轟音が幾重にも響き、あたしが作りだした壁に直撃する。
「……!!」
だけど、砲弾を受ける度に壁は崩れて行き、二~三発防いだところで壁は完全に砕けた。
「きゃぁあああっ!」
あたしは飛来した砲弾を受けて後ろに吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
「へぇ……すごいじゃないか。」
あたしは立ち上がる。そもそもここはイメージの世界。あるのは意思の強さのみ。だけどダメージがないわけじゃぁない。事実、あたしはものすごい頭痛を覚えた。そう……脳内の話、脳内の現象なのでダメージは脳に行く。だからあまりダメージを受けると……意識が保てなくなる。脳が破壊されるなんてことはないけど、気絶ぐらいはすると思う。
「もともと……ここで戦いをするつもりはあんまないのよね!」
あたしは陣地をほぼ全て消費して壁を作った。
「うん?いいのか?陣地が随分小さくなったぞ?それが壊れたらきみの支配領域は〇となり……石部の支配は継続され、しかもきみの頭に侵入するための道を開くことになるぞ?」
「どうかしら?」
そう言ってあたしは意識を外へ戻した。残念ね、加藤。《変》と《優しさ》じゃぁ……はなから勝負にならないのよ。

 目をつぶったまま微動だにしなかった翼が目を開いた。なんだ?今まで何が起きていたんだ?そんでこれから何が起きるんだ?
「すぅー……はぁー……」
翼が深呼吸をする。そして叫んだ。
「石部!!」
うつろな目をしていた石部さんの目に光が戻る。
「な……なんだよ……」
何が起きているのかよくわからないという感じの石部さんに向かって翼は真剣な顔で……再び叫んだ。

「あんたは実は宇宙人なのよっ!」

…………なんだって?
「あんたの母親はトラブル星のナンテコッタ星人の女王様!父親はハラペコ星のハラヘッタ星人の平民!」
突然のことに翼の変さに慣れている私でさえ思考が停止する。石部さんなんか「へっ?」って感じの顔をしている。
「種族の違い、身分の違いを乗り越えて!互いが互いの星を捨て!たどり着いたこの地球で暮らすことを決意したのが今から四〇〇年前!」
「つ……翼……?」
「種族の違いから子どもが母親の胎内にできるまで時間がかかり、あんたの大元である受精卵が完成するまでに三〇〇年!胎内で外に出れるようになるまでに八〇年!ナンテコッタ星人専用の出産機器を取り寄せるのに三年!そうしてあんたは生まれたのよ!」
最早その場にいる人間+天使の全員が唖然としていた。
「途中、父親であるハラヘッタ星人を主食とするボーイン星のボーショク星人に襲われたり、トラブル星の王様が母親を取り戻しに来たりと多くの事件があったわ!それでも二人は耐えて耐えて……今の幸せを手に入れたのよ!」
「……何言ってんだ……お前……」
石部さんが大いに呆れた顔で翼を見た。

「な……!?なんだこれは……!」
加藤は心底驚いていた。陣地の力を全て消費して作られた強固な壁をもう少しで破壊というところで……相手の陣地が急速に広がったのだ。一〇……二〇……三〇!?
「バカな!こちらの陣地も侵略されている……!?何が起きている!?」
止まらない……相手の陣地の広がりが止まらない……!?

「これがあんたとあたしの差よ。」
あたしは作った壁を砕いて登場する。なかなかイカした登場ね。
「おまえ!何をした!」
「何って……石部に《変》という感情を抱かせたのよ。」
「こんなに急激に陣地が広がるわけ……」
「やれやれねぇ……まったくさ、あんた基準で考えないで欲しいわね。あんたが使うのは……《優しさ》でしょう?」
あたしの言葉に加藤が目を見開く。
「さて問題です。初対面のAさんとBさんが会話をします。Aさんは何かしらの行動をしてBさんに感情を抱かせるとします。その場合、Bさんに抱かせやすい感情は……《優しさ》と《変》の二つならどちらでしょう?」
「!!そ……そんなことの差で……!?」
「この差は大きいわよ。《優しさ》を抱かせるにはその人とある程度の付き合いが必要になる。もしくは優しくしたくなるような外見や言動を持っている必要があるわ。でも《変》は違う。《変》なことを言えばいいだけ、すればいいだけ。感情系のゴッドヘルパーとしての経験や技術なんかじゃ埋められない差。その感情が抱かせやすいものか否か。この点で考えるとねぇ……あんたとあたしじゃ勝負にならないのよ。さらに追い打ちをかけるならね……全ての感情と呼ばれるもののなかでトップクラスの「抱かせやすさ」を持つのは……そうね、《恐怖》とか《面白い》あたりでしょうけど……《変》は別格だと思うのよ。だって……道行く知らない人にさえ抱かせることが出来るんだから。」
「そ……そんな……」
「あーらま。あんたの陣地……一〇パーセントぐらいになったわね。あたしは……うん、六〇パーセントくらいか。さっきの《変》な言葉で《疑い》や《憐れみ》とかの感情も生まれちゃってるわね。何であんなこと言ったのかという《疑い》と……頭がおかしい人に向けられる「かわいそうな人……」っていう《憐れみ》……なんかむかつくわね。」
あたしはさっき加藤がしたように両腕を広げる。あたしの足元からせり上がるのは……
「へぇ……そっくりだわね。」
晴香だ。
「さぁ晴香!親友のお願いを聞いてちょーだい♪」
「あいつを倒せばいいのか?」
「お願いね。」
「ああ。」
晴香は片手を上に挙げる。瞬間、黒い雲が出現し、帯電する。
「ちっ!」
加藤が自分の体に意識を元に戻そうとする。が、
「遅いわよ。」
電光石火、刹那の瞬間に轟いた雷は加藤を貫いた。

 意識を戻したあたしの視界に写るのは呆けた顔の石部。
「……しまった。加藤を操ろうと思ったのに……気絶させちゃったか。」
石部の後方、倒れている加藤が見えた。まぁ……操った所でなんもできないか。リッド・アークにパンチの一つくらいはできたかもしれないけどね。
「えっと……自分はここで何を……?」
……起こしとくのもめんどうね。
「石部石部。」
「誰……?あ、見たことあるな。確か……」
「あんた、どうして起きてんの?どうして寝てないの?それって《変》じゃない?」
「うん?そうだな。《変》だな。」
バタリ。
石部は眠りについた。しばらく起きないでねぇ♪

 「加藤の奴……気絶しやがった。」
「ん~……感情系独特の感覚とかはよくわからないけど……きっとあっちの感情系とやり合ったんでしょ。そんで負けたのよん。」
「ふぅ……んじゃ。こっからは俺たちだけだな、マイスウィートエンジェル。」
「そうねん。」
「……場は整ったようだな、リッド。まわりを見てみろ。」
「……おお。野次馬がたくさん。サマエル様の言う通りですね。」
「しかし……面倒なのも来たな。先にあれを片付けるとしよう。」
「あったしにまかせてん。」

 「すごいな、翼。」
「ふふふ。まぁ、ざっとこんなもんよ。でも……こっからが本番よね……」
これで相手は……サマエルとリッド・アークと青葉とかいう人。でも……サマエルはきっと見ているだけだろう。ルーマニアに「ゴッドヘルパーの力を使えば神様を倒せる」と気付かせるためにこの戦いを起こしているわけだから……本人が出て行ったらゴッドヘルパーの力のアピールにならない。
「こっちは……メリーさんたちも入れればゴッドヘルパーだけでも十六人。対してあっちは二人。でも……油断はできない。」
「そうだな……でもな雨上。実際お前の考えた組み合わせ……作戦はすごいと思うぜ?あれでひと泡ふかせられることは確実だ。」
「……ああ。……あれ?なんだあれ。」
私は視界に多くの人を確認した。どうやら……リッド・アークの砲撃で一度は散った人たちが戻ってきたみたいだ。そうか……さっきまで一対一の戦いだったから……自分たちに被害がこないと思ったんだな……
「まずいな……あれ見ろ雨上。」
ルーマニアが指差す方向には……白と黒と赤色の光が並んでいた。サイレンである。つまりは……警察だ。

『全員両手を頭の上に!君たちが行っているのは犯罪だぞ!器物破損だけではない!このような公共の場所で……映画の撮影か何かでもしているのかもしれないが――』

「なんなのかしらあれ。何の事情も知らない一般人がこのアタシを犯罪者呼ばわりですの!?この国の警察はバカの集まりなのかしら!?」
「まぁまぁ。彼らも彼らなりの正義を行っているのだよ。というか逆に事情を知ってたら困るのだよ。」
私はリッド・アークを見る。警察が邪魔とか言って砲撃しやしないかと思ったのだが……何もせずに突っ立っているだけだ。となりに青葉もいる。あっち側は何かをする気はないのかな……
「……おいおい、んだありゃ……」
ふとルーマニアが空を見上げる。見るとそこには……
「えぇっ!?」
巨大戦艦が浮いていた。真っ黒な……宇宙が舞台のアニメに出てきそうな砲台がハリネズミのようにあちこちの装備された戦艦。
『あーあー。警察の皆さんに警告するわよん。』
スピーカーでもついているのか、巨大戦艦から声が響く。声の主は青葉だろうか。
『そこで見てる分には構わないわん。でーもー……こっちに来て手を出そうというのなら……全員痛みを感じる暇も無くぶっ殺すわよん。』
『な……なんだと!』
警察の方にもプライドはある……というか事情を知らない人には意味不明だから……反論する。
『ふざけたことを言ってないでおとなしく――』
警察の人の言葉が終わる前に、巨大戦艦の砲台がひとつ稼働し、一筋の光が発射された。
音は無い。光は正確に一台のパトカーを包みこみ……消滅させた。
『ひぃっ』
バリケードっていうんだったか。そんな感じの陣形をとっていた警察の皆さんがばらけた。
『お分かりですかなん?次は当てんぞ、このクズどもが。』
辺りが静まりかえる。
「リッド・アークのキャノン砲といいウイングといい……仕舞いにゃ巨大戦艦だぁ!?ふざけんのもいい加減して欲しいぜ……」
ルーマニアのボヤキはもっともだ。馬鹿げている。恐れるべきはそのバカげた科学力なのやら《常識》なのやら……何に対して怒ればいいんだか。とりあえず……青葉という人間……ゴッドヘルパーが一番厄介なのかな……?


 私たちは横二列に並ぶ。前にゴッドヘルパー。後ろに天使。交差点の真ん中。相対するは二人のゴッドヘルパー。二人の後ろにはサマエル。
「……ちょっと違うな。」
サマエルが呟いた。私たちの視線はそちらに向く。
「ルシフェル様。私はルシフェル様に身を持ってゴッドヘルパーの有用性を知って欲しいわけではありません。あくまで……ルシフェル様には戦いを見て欲しいのです。ルシフェル様ならそれを見るだけで理解できます。それに……ルシフェル様に攻撃の手を向けたくありません。また、この戦いには他の天使の手出しもいらない。ゴッドヘルパー同士の戦いを見ていただきたい。故に……天使の相手を用意しました。ああ、ご安心を。ルシフェル様ならあいつらの相手など片手間にできましょう。戦いを見るのに支障はありません。なぜならあいつらは……ルシフェル様を「裏切り者」とよぶゴミどもです。事のついでとして……ルシフェル様に処分をして頂こうという気持ちもあります。どうかあのゴミどもの命に終幕を。」
「オレ様への怒りをえさに……悪魔をオレ様達にぶつけるってわけか。つーか……思うにオレ様を裏切り者って考えてる奴の方が多いんじゃねーのか?」
「いえいえ。全体の七割はルシフェル様の偉業を胸に、尊敬の念を忘れずに、今もルシフェル様の帰還を待っております。」
「……悪魔全体の三割をここでぶつけるってか?」
「ルシフェル様なら余裕でしょう。アザゼルもいますしね。」
「俺私拙者僕も認められているのだよ……びっくりなのだよサマエル。」
「お前とオレ。それこそがルシフェル様の左右を固める形だ。」
サマエルが片手を上にあげ……指を鳴らした。すると、サマエルの背後に……俗に言う魔法陣が展開された。巨大な……光の輪っか。そして……
「―――――――――――――――――」
言葉に表現できない雄たけび。次の瞬間、輪っかの中からまるでそれを出口にするかのように……異形の存在がにじみ出た。
どうも今まで実感がなかった。天使や悪魔が実在すると知っても……ルーマニアら天使は人の形をしている。だから……実感がわかなかった。だけども……これで実感した。ああ……そうか。これが……
「ルシフェル!この反逆者がぁ!」
「最早首の一つですむと思うなよ!」
「全身を切り刻み、砕き、溶かし、その全てを我々で喰らってくれようぞ!!」
ルーマニアに罵声を浴びせる存在の姿は……まるで空想の世界の住人。脚が何本もあるもの。眼球が体の外にあるもの。顔がいくつもあるもの。雷をまとうもの。炎をまとうもの。異形、異形、異形。ゲームやアニメ、漫画にしか登場しない異形のオンパレードである。
「そして……このためだけに来た奴。」
サマエルが再び指を鳴らす。するとサマエルの横に突然人が現れた。真っ黒なスーツに身を包み、サングラスをかけ、オールバックの髪型に耳にピアス。
「お久しぶりっすね。初対面の人は始めましてっす。んん?初対面の方が多いっすかね?まぁいっか。《空間》のゴッドヘルパー、鴉間空っす。」
鴉間は一礼をした後、楽しそうに言った。
「あっしもこの戦いは見たいんすが……あっしはあっしでやることがありましてね……今回やることはこれだけっす。」
鴉間が指をパチンと鳴らした。四次元空間か!?
「……?」
しかし、何も起こらなかった。
「んじゃ、あっしはこれで。頑張ってくださいっす。」
そう言うと、鴉間はその場から姿を消した。
「……まさか……」
隣に立つルーマニアが私を見る。ルーマニアは手を伸ばして私の頭に触れ……あれ?
「なるほどな……オレ様達とお前らを別々の空間に置きやがった。」
ルーマニアの手は確かに私の頭に触れている。触れるどころかルーマニアの手は私の頭の中に入ってしまっている。しかし私には何の感覚もない。試しにルーマニアにパンチしてみたが、それも見事にルーマニアの体をすり抜けた。
「それでは……開戦と致しましょう。ルシフェル様、どうぞお楽しみ下さい。」
サマエルは宙に浮き、さらに後ろにさがり空中の一点で静止する。
「……みんな……作戦通りに。」
私の言葉にみんなが頷いた。
「いいか?いいな?いいよな?んじゃあ始めんぞ。歴史を変える一戦をよ!」
ウイング展開。リッド・アークは一気に上昇し、その右腕のキャノン砲を構える。
「ファイヤッ!!」


 聞こえた発射音は一つ。しかし発射された砲弾の数は十六。一人に一つずつ砲弾が撃ち込まれた。
ズドドドォッ!!
一瞬で視界が砂煙で埋まる。私は風を起こし、それをはらう。
……いやはや……私が考えた作戦だが……すごいな。
「まじか。」
空中のリッド・アークが呟いた。そして面白そうに叫ぶ。
「この初撃で終わるのもつまんねーなぁとは思ってたんだが……実際、その能力じゃどうにもならないっていう奴がいるのも確かだった。避ける奴、防ぐ奴は数人かなーなんて思ってたんだがよ……まさか、全員避けるたぁな……」
「すごいわねこれ。晴香、あたし今なら何でもできそうだわ。」
「私も正直驚いてるよ……」


 みんなは何ができるのか。それを聞いてまわっていた時のこと。

《視力》のゴッドヘルパー・愛川透の場合
「動体視力?」
『んああ。おれは《視力》だからな。バカみたいに動体視力を上げることができんだ。パチンコのスロットなんかが止まって見えるぐらいに。たぶん銃弾とかも視認できるようになると思うぜ。』
「すごいじゃないですか。それならどんな攻撃も愛川さんには当たりませんね。」
『いや。あくまでおれが上げるのは《視力》だけだぜ?例え見えたとしてもそれを避けるだけの運動能力がおれにはねぇからな……無理。』
「それは……惜しいですね。」

《数》のゴッドヘルパー・南部カズマの場合
「世界……なんですか?」
「《世界方眼紙計画》。ぼくの必殺技?みたいなものだよ。』
「なにが起きるんですか?」
『測定や計算でその数値を割り出すことのできるものを全て視界内に表示するんだ。目の前に大きな岩があるとして、その岩の重さ、体積、密度なんかが一瞬でわかるんだよ。』
「へぇ。《数》のゴッドヘルパーはそんなことができるんですか。」
『《数》で表されるものなら何でもわかる。投げられたボールの軌道でさえ見えるんだ。計算で割り出すことのできるものだからね。』
「……リッド・アークの砲弾とかも避けれるようになったりするのかな……」
『砲弾か……そうだね……もしかしたら避けれるかもしれないね。でも……軌道が見えたとしても避けれるかはわからないし……それに《世界方眼紙計画》はぼくにしか作用しないからね……みんなの力になるかどうか。』
「そうですか……」

《速さ》のゴッドヘルパー・速水駆の場合
『あ、先輩。何ですか?んでもってずばり今日の下着は何色ですか?』
「無色でないことは確かかな。実は速水くんに聞きたいことがあってね。」
『オレには彼女いませんよ。』
「そうだろうとは思ってたよ。速水くんは《速さ》を操ることで何ができる?この前も聞いたけど……改めて。」
『そうですね……この前は自分の能力アップを話しましたから……んじゃ今回は他人にできることを。オレはオレ以外の人の加速度も操れます。運動が苦手な雨上先輩でも一〇〇メートルを五秒ぐらいで走れるようにできたり。』
「……その場合も慣性は無視されるのか?」
『無視ですね。オレがそう決めたんですから。』
「ふぅむ……その加速度の操作って脚にしかできない?」
『いえいえ、《速さ》を持つのなら何でも。全身を対象にすればものすごく素早く動く人の誕生です。』
「つまり……運動能力が上がるってことか。」
『まぁそうですね。』


 「南部さんが《世界方眼紙計画》を発動させる。そして南部さんの見ている世界を愛川さんの《視力》の力で全員に共有させる。同時に全員の動体視力もアップさせて……速水くんが全員の運動能力を上げる。これでこの場にいる全員は飛んでる砲弾がゆっくりに見えるし、その軌道も見える。そしてそれを避けることもできるようになる。」
「戦うための基本能力はゲットしたってわけね。」
「まぁ……後日、ものすごい目の疲れと筋肉痛が襲うみたいだけどな。」
「それは考えないようにしましょう?そんじゃ……あたしも作戦を発動させるわね。」
「ああ。頼む。」
翼は一瞬で移動し、山本さんの所へ行く。
「山本のおじさん、やるわよ!」
「よしきた!やってくれ!」
《山》のゴッドヘルパーである山本さんは本来この場では完全な無力だ。だってここは街中。山なんてない。しかし……
「答えなさい!ここには山はある?」
「ないです!」
「ホントにない?」
「ないです!」
「あれまぁ……それは《変》ね。」
そもそも山の定義なんてあいまいだ。日本で一番低い山は五メートルくらいだし。つまり、この街中……この交差点が山だと思わせることはそんなに難しいことではない。翼の手にかかれば。


 「《山》の力は生かしたいな。」
ルーマニアは教えてくれた。《山》のゴッドヘルパーが如何に強大な戦力になるかを。
「感情系みたいにゴッドヘルパーはいくつかに分類されるんだが……その中に場所系と呼ばれるものがある。特定の場所、名前がつけられている空間の《常識》を管理するシステムを持つゴッドヘルパー。《山》はもちろん、《海》とか《森》とか《砂漠》とかな。ちなみにお前もこれに当たる。」
「えっ?私も?」
「第三段階となった今となってはあんまり関係ないんだが……オレ様と会ったばかりの頃はたぶん、お前は屋外でないとシステムを操れなかったはずだ。《天候》には空の存在が必須だからな。」
「んん?それなら《空》もいるんだよな。」
「いるんじゃねーかな。」
「会ってみたいな……」
「まぁ……それは置いといてだな。とりあえずこの場所系の特徴なんだが。」
「んなの言われなくてもわかるよ。その場所にいないとまったくの無力なんだろう?」
「そのとーり。だが逆に言うと……その場所にいるとありえないくらいに強い。《山》を例にしてみるか。」
ルーマニアはポケットから手帳を取り出し、何も書かれていないページに山の絵を描く。
「これが《山》。」
「……ひらがなの「へ」を書いただけだろう……」
「やかましいっ。とにかくだ……これを支配するということは同時にいろいろなものを支配するということだ。」
言いながらルーマニアは《山》に木を描く。
「《山》にあるもの……と言うよりは《山》を構成する要素か。こういった木とかの植物はもちろん、地面を操って一瞬で落とし穴作ったり、岩雪崩を起こしたり。」
「へぇ……」
「その《山》に住んでいるのなら動物も操れる。」
ルーマニアが《山》に動物を描き足す。
「……それは何だ?」
「……狼だ。」
「そうか。私には芋虫に見えるけどな。」
「…………仮に《山》のゴッドヘルパーがお前の敵にまわって、そいつが「山の天気は変わりやすい」という考えを当然のものにしていた場合……お前は《天候》を操れなくなるかもしれない。」
「うへぇ……すごいなぁ。」
「とにかくマルチにいろいろできるわけだ。お前が風とか雷とか雨とかいろいろできるのと同じように。これを使わない手はない。なんとかして使えるようにしてぇなぁ……」
「……仮にだけどさ。使えるようになったとして……山本さんはすごく強くなるんだろう?サマエルも倒せたりしないかな。」
「前も言っただろ?あいつは《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパー。ゴッドヘルパーじゃあいつには勝てない。「ゴッドヘルパーは自覚した瞬間にシステムをコントロールできる」っていう《常識》を否定されたら終わりだ。」
「何か勿体無いなぁ。折角敵の親玉が出てくるのに。」
「しょうがねーんだよ……今のあいつは強すぎる。現役の悪魔の王であり……今もまだ神を呪って日々精進している……」
「精進って……」
「あいつは神を殺すためには何も惜しまない奴だからな……天界でうだうだしてたオレ様なんとは……実力が違いすぎる。直接会って会話が出来るだけラッキーってもんだ。今回はリッドらを倒すことだけ考えろ……」


 「行きますよー!!」
ルーマニアの忠告を思い出し、サマエルの方を見ていた私は山本さんの声で我に帰る。
翼にお願いしたのは山本さんにこの場所を《山》ではないと思うのは《変》であるという感情操作。つまり、今山本さんはここを《山》として見ている。するとここは《山》になる。形に変化がなくとも、《山》のゴッドヘルパーがそう思っているのだからそうなるのだ。
「噴火っ!!」
山本さんがそう叫ぶと、コンクリートでできた道路に亀裂が入り、そこからマグマが噴出した。
「うおわっ!?」
突如地表からそそり立った真っ赤な柱を空中であわててよけるリッド・アーク。
そう、山本さんはどんな山でも火山に変えることができるのだ。
「まだまだっ!」
ドンドンドンドンッ!
地面を突き破ってくるマグマは正確に空中のリッド・アークをとらえ、その方向に噴出していく。
「くっそ!いくら俺でもこんな高温のものを被ったら死ぬ!」
とんでもない攻撃をバカみたいな機動性で避け、リッド・アークは一気に上昇した。
「さすがにこの高さにはってうおっ!」
リッド・アークは突然飛来したでかい物体をかわす。
「……岩……?あんなんどっから……」
ふっふっふ。なかなかに驚いているな。作戦はうまく行っているみたいだ。

マグマは噴火すると冷やされて火山灰やら火山ガスやらにその姿を変える。山本さんが前に言っていたように、マグマ自体は《山》の管理の外にある。マグマの噴出による攻撃はすごい威力なのだが後にはこっちが不利になるようなものが多く残ってしまうのだ。それを解決しているのが……
「熱エネルギー、吸・収!」
力石さんが噴出するマグマに片っ端からタッチしていく。噴出した後、重力に引かれて落ちるはずのマグマは一瞬で冷えて固まって岩の塊と化していく。火山灰とかになる前に瞬間的に熱エネルギーを奪っているのだ。そして、
「エネルギー変換!発射!」
吸収した熱エネルギーを運動エネルギー+位置エネルギーに変換して固まったマグマに返す。すると固まったマグマはもともとの温度が温度なだけにすごいスピードで飛んで行く。もちろん狙いはリッド・アーク。
「へっへーん。スゲー速さのものをとらえることにはまだ恐怖が残るけどよ、熱に関しては完璧なんだなーこれが!」
触れた瞬間に奪う。一口に言ってもいろいろと難しいことらしい。だけど熱エネルギーだけはもう慣れているとのこと。どうやらムームームちゃんの厳しい指導があったらしい。エネルギーとして一番扱いやすく、イメージしやすいのが熱らしく、それだけは真っ先に慣れさせられたとか。

「なるほどな……対俺用の対空射撃は完璧ってか?」
「このアタシを忘れないで欲しいですわね!」
ガンッ!
「っつ……!?なっ!?」
リッド・アークは衝撃を受けてよろめく。前の二つの攻撃よりも今のクロアさんの攻撃に一番驚いているようだ。それもそうだろう。なにせクロアさんとリッド・アークは何度も戦っている。相手の攻撃力は理解しているはず。だが……今の攻撃は過去の対戦では一度も受けたことのない威力だったのだ。
「おいおいお嬢様。一体いつから得物を銃から大砲に変えたんだ?」
「あなた目が悪いのね。いつものやつと同じですわよ?」
「……まじか?今まではハエの体当たりくらいの威力しかなかったのによ。今のはプロ野球選手の投げる球ぐらいはあったぞ……」
「このアタシは常に進化しているのですわ。」
……というのはまぁ嘘であり……実際は速水くんの力のおかげなのだ。銃弾のスピードを上げて音速を超える速度を実現。そして……速水くんの勘違いというか勉強不足というか……衝撃波が物体の前方に出るという現象がプラスされ、クロアさんの撃ち出す弾丸はクロアさんの力も加わることで百発百中+砲弾並の威力を可能にしている。

《数》+《視力》+《速さ》で戦うために必須な能力を手に入れる。
《山》+《変》+《エネルギー》、《速さ》+《ルール》で対空射撃。
うん、我ながら上出来だ。……速水くんが仲間になってくれてよかった。下着泥棒も捕まえてみるもんだ。

「っつ!」
まるで空を行く小型飛行機を一つの軍事基地からの一斉射撃で撃ち落とそうとするかのように、地表から放たれるマグマと巨大な岩と砲弾並の銃弾はリッド・アークを飲み込む。
「なかなかねん。」
自分の作戦の効果を見て満足していた私は甘ったるい声を聞いた。
「あなたでしょん?この作戦を考えたのはん。」
とてもかっこいいフルフェイスヘルメットと所々プロテクターみたいのがついているライダースーツ的なもの装備している人が私の横、一〇メートルぐらい離れたところに立っている。
「どーもん。あったしは青葉 結。よろしくねん。」
青葉 結。さっきの発言を聞く限り……この人はあの空に浮かぶ戦艦を操っているようだ。一体なんの《常識》を……
「晴香。」
しぃちゃんが私の横に並び、刀を構える。大量の鉄パイプは見当たらない。全部凝縮して一本の刀にしたのだろう。
「……どうして私がこの作戦を考えたと思ったんですか?」
「だってあなた、クリスが何のゴッドヘルパーであるかを見破ったんでしょう?それだけでも高い評価に値するのよん。」
クリス・アルガード。刀で斬りつけても無傷、空中を歩き、見えない武器を振りまわし、仕舞いにはビルを片手で倒壊させた男。その正体は《硬さ》のゴッドヘルパーだった。
「クリスは組織のなかでも上位に入る実力者だったのん。あいつと戦って、その不可解な攻撃に振り回されて敗北する奴は多かったわん。」
「……そうですか。」
「あんまり関心ないみたいねん。んじゃあ一つおもしろいことを教えたげるわん。」
青葉は片手を腰に当てて話し出す。
「クリスはあと少しで……この世界に存在する如何なるものをもってしても傷をつけることのできない存在になれたのよん。」
「……?」
「硬いという言葉に結びつくイメージってなぁに?それは「傷つかない」でしょん?ということは……最高硬度っていうのは何をされようとも傷のつかないことを意味するわん。クリスのイメージがもっと強いものだったなら……あいつの最高硬度は例えヒーローの必殺技でも破れなかったと思うわよん?目の前で核爆弾が爆発しようと、超新星爆発が起きようとも無傷でいられるんだからん。」
それはある意味クロアさん状態だ。……いや、それよりも上位の状態か。まさに最高の防御力。
「しかし、あいつはわたしたちに敗北した。それだけが事実だ。」
しぃちゃんが青葉を睨む。
「まぁねん。」
青葉はあははと笑いながら腰の後ろに手を回し、懐中電灯みたいな棒を取り出す。
「話を戻して……あったしは実際あなたの作戦を警戒しているのよん、《天候》。だってまだ何もしていない人がいるものねん?」
私はぎくりとなる。青葉は指を指しながら淡々と語る。
「実際……あなたが事前に戦うと知っていたのはマイダーリンと加藤と加藤の手駒。もちろん、新たな敵が来ることは予想していたでしょうねん。つまり、今何もしていな人間がその新たな敵のための戦力と考えることが出来るわん。でぇもぉ?変よねん?あなたと《金属》はここにいるからいいとして……問題はあの二人。」
青葉がリッド・アークと翼たちが交戦している場所から離れたところに立っている二人を指す。《音》のゴッドヘルパーの音切さんと《明るさ》のゴッドヘルパーの清水さんだ。
清水さんは音切さんの後ろに隠れるようにして立っており、音切さんは真剣な顔でカスタネットを鳴らしている。
「あの二人だけ……戦う気がないように見えるのよねん。恐らくぅ……あの二人がこの作戦の最後のかなめとなる……そうでしょん?」
「……答えるわけないじゃないですか。」
「まぁそうよねん。現状、あの程度の攻撃じゃあマイダーリンは苦戦もしないわん。だからあの二人の存在が心配なのよねん。《明るさ》はともかく……あのカスタネット鳴らしてるのは《音》でしょん?そんな強力な《常識》を操るゴッドヘルパーがカスタネット鳴らしてるだけなんて変でしょん?」
私は横目で音切さんを見る。カスタネット……鳴らすのは五秒に一回といったところか。真剣な顔でじっとあるものを見ている。
私の作戦通りのことをしてくれているわけだが……成功させるには音切さんに敵を向かわせてはいけない。いや……むしろ……音切さんの後ろの清水さんに向けてはならない。音切さんの役目として、あの作業と同等の意味を持つのが直接的な攻撃力を持たない清水さんを守ることがある。
「ふぅん?反応を見る限り……やっぱりあの二人が重要みたいねん?となるとあったしがやることはあの二人の殲滅ねん。そしてそれを邪魔するのがあなたたちってわけねん。」
青葉は懐中電灯みたいな棒を振る。すると棒の先端から光が出現した。光は一定の長さで停止する。
私「……ライトセーバー……」
しぃちゃん「ビームサーベル!?」
同時に呟くと(しぃちゃんは叫んだに近い)青葉はそれをクルクルまわしながら言う。
「この武器の説明は不要のようねん?でも……さすがのあったしも二人を同時には相手できないからん……」
青葉はライトセーバーを持っていない方の手を高くあげる。

「コマンド:オートモード!」

私としぃちゃんが困惑していると青葉があははと笑う。
「これで……あれはあったしが命令を送らなくても動くようになったわん。」
「あれ……?」
「あったしとマイダーリンの愛の巣、《カルセオラリア》。」
青葉が指差したのはあの戦艦だった。
「あったしとマイダーリンの家よん。」
「家!?あれが!?」
思わずツッコム私。
「内装はそこらの高級ホテルを凌駕する最高級!広いお風呂に多機能なキッチン!運動場やプールなんかもあるわん。そして一番の注目はあったしとマイダーリンの部屋。もちろんいっしょの部屋よん。そ・し・て……ふかふかのベッドん。」
……マイダーリンというのはリッド・アークのことらしいから……そうか……そういう関係なのかこの二人は。
「ベッド……」
何故かしぃちゃんが鼻血を垂らしている。
「《カルセオラリア》の標的はあなたよん、《天候》。」
「なっ……」
「これであったしは《金属》と一対一で戦えるわん。」
私はあの戦艦と一対一!?いや……でも実際、あんなのと戦えるのは私くらい……なのか?いやでもいくらなんでもあんなのと……

「手を貸しますよ。ハーシェル。」

ふと後ろをみるとジュテェムさんが立っていた。
「あらん?そっちの奴らは今回手を出してこないと思ったんだけどなん?」
「今回の戦いではメリーさんを死守する必要がありますからわたくしたちはメリーさんを守ることに専念します。未だ姿を見せない敵がいるかもしれませんからね。……とは言ってもですよ、さすがに何もしないのは気分が悪いですし。特にあの戦艦の攻撃は広範囲っぽいですから……メリーさんを守るという意味でも破壊する優先度は上ですよ。」
「あ……ありがとうございます。」
ジュテェムさんはふふっと笑う。
「そもそも……天使たちと分断されることは予想外でしたからね。天使たちの力を借りれないのなら代わりに誰かが行動しなくては。」
「わかりました。よろしくです。」
「え……ええ。こちらこそ、ハーシェル。」
「……その呼び方、なんだか恥ずかしくなってきたんですけど。」
チェインさんに何て呼べばいいか(コードネームとして)を聞かれた時に言ったのはまぎれもなく私なのだが……実際に呼ばれると恥ずかしい以外の何物でもない……ということをこの前チェインさんに呼び出された時に思った。
「そ……そうですか。じゃ、じゃあ……あ、あ、あま……雨上……さん?」
「呼び捨てでいいですよ。」
「……!!」
「……?ジュテェムさん?」
「……イキマショウカ……・あ…………あま……・・雨上。」
「はい(?)」
私と何故か顔の赤いジュテェムさんは空中の戦艦を睨みつける。

「予想外ねん……まぁ、あったしがとっとと終わらせればいいだけよねん。」
「わたしを甘く見るなよ。」
「……《金属》ねぇ。《硬さ》もうらやましく思ったけど《金属》も魅力的ねん。」
「?」
「ねぇあなた……今からでもこっち側に来る気はないかしらん?」


 「くっそ……雨上たちは大丈夫か……」
「心配ないのだよ。みんな強いのだよ。それよりも問題はこっちなのだよ。」
オレ様たちの前にいるのは見慣れたかつての同胞。悪魔。
「実際、戦闘というものを一番経験してんのはルーマニアとアザゼルとムームームだからな。お前らの指示で動くぜ?」
カキクケコがなんとなく不満そうに腕を組みながら言う。
ここにいる面々は別に弱くない。ジオ、セイファ、ナガリ、ランドルト、カキクケコの五人だってそれぞれに得意な魔法や技がある。だが確かに実戦を多く経験してんのは……オレ様とアザゼルとムームームだ。
「どうすっかねぇ……」
「とりあえず……元悪魔の王さん、こいつらの中では誰が一番強いのよ。」
ナガリがさらりとそう言った。
「おま……その呼び方……」
「いいじゃない。事実でしょう?」
くすくす笑いながら言われてもなぁ……バカにしてるようにしか聞こえねぇ……
「元悪魔の王、ぶっちゃけこいつらにオレらは勝てんのか?」
「ランドルト……」
「んあぁ?わかったよ……んじゃルーマニア、こいつらにオレらは勝てんのか?」
「勝てる勝てないじゃなくて勝つんだよ……つかてめぇ!何だその必死で笑いをこらえてる顔は!」
「はっはっは。仕方ないと言えば仕方ないのではないか?」
「ジオ!てめぇまで!」
「ふふふ。だって……あのルシフェルがそう呼ばれているんですよ?人間に。」
セイファがニコニコしながら言う。
「いくら悪魔側から戻ったとはいえ、やっぱり私は怖かったです。たぶん、みんなそう思っていたと思いますよ。天使の裏切り者とか思う以前にその圧倒的な力に恐怖していたのです。」
「それが気がつけばルーマニアだもんね。みんなマキナから言われたときはびっくりしたんだよ♪」
「なるほどなのだよ。ルーマニアという名前が親しみ易さを生んだのだよ!」
「そーかよ……」
この場合、誰に感謝すりゃぁいいんだぁ?ま、いっか。

「我々を前にして……余裕だな。ルシフェル。」

オレ様たちの前に立つ悪魔の面々。その先頭に立つ悪魔が言う。……聞き覚えのある声だ。
「ファルファレロ……」
異形の中では目立つ比較的普通の姿。西洋の甲冑がそこに立っている。ただし、その甲冑には中身が無い。刀身が三メートルはある剣を肩に担いでユラユラと揺れている。
「裏切り者。これはお前のための言葉だな。」
「……そういう反応が普通だよなぁ?」
「理解しているわけか。お前がしたことの意味を。」
「……はっきり言ってやろうか……」
「ああ。言ってみろ。それぐらいは覚えておいてやる。」
オレ様は深呼吸する。
「オレ様がしたことはなぁ……神に対して怒りを覚え、一時の感情で反逆して、悪魔と呼ばれる種族を巻き込んで、神と戦って、反省して、神に謝って、今……罪を償うために働いているってだけだ。」
「……だけだと?」
ファルファレロが震える。言葉からにじみ出る感情は怒り。
「お前の事情に悪魔の全てを巻き込んで!気がすんだから捨てたことが!その程度の言葉で表現されるような些細なことだと言うのか!ふざけるのも大概にしろ!」
「あんだよ……捨てられた女みたいなこと言いやがって。残念ながら……オレ様自身はその経験のおかげで今とても楽しく生きてんだ。オレ様としては……まぁそうだな、あれはいい思い出だ。」
「ルゥシィフェルゥッッ!!」

ファルファレロがルーマニアくんに斬りかかる。ルーマニアくんは片手を前に出す。すると久しぶりに見るものがその手から噴出し、ファルファレロを元いた場所に押し戻す。
「怒んなよ。オレ様はオレ様が満足してるからいいんだよ。オレ様が人間に何て呼ばれてるか知ってるか?「傲慢の悪魔・ルシファー」だぜ?」
ルーマニアくんの手にあるのは……炎。ファルファレロはその炎で押し戻されたわけだけど……うんうん、いつ見ても「いつ見ても」って言いたくなる炎なのだよ。

天使の中に「七大天使」って呼ばれるお方がいるのと同じよーに、悪魔にもそういう存在がいるのだよ。いや……「いた」かな?ただただ、悪魔の方はちょこっと違う感じで分けられてるのだよ。
七大天使は簡単に言えば「すごいことしたからすごい感じにまとめとこう」みたいな感じなんだけどもぉ……悪魔でいうそれは「悪魔の力の源を具現化した存在」であーる。人間の皆さんが「七つの大罪」と呼ぶものがそれにあたるのだよ。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の七つが人間の罪であり、悪魔の力となる要素なのだよ。その七つの内のどれか一つの感情を持ちすぎて、もしくは世界がそうと認めるくらいな生き方をしている悪魔が七つの力をそれぞれ宿したのだ!うん、似た感じ……それぞれの罪のゴッドヘルパーとなってしまったみたいな勢いである。そうしてこうして、「神に逆らう」という何様っぷりをみんなに見せつけたルーマニアくんは傲慢の力を宿したのでした。

「傲慢はプライド。んまぁ一人称が「オレ様」な時点で納得なのだよ~」
「アザゼル……お前は一人で何を言ってんだ?」
「いやいや、相変わらずの炎だねぇって話なのだよ。傲慢の象徴。絶対的な支配、その具現化。いつ見てもすごいのだよ……その「黒い炎」は。」
ルーマニアくんの手にあるのは赤でも青でも黄色でも緑でもない……黒色の炎。その黒さは漆黒の宇宙を凌駕するほど。見ていると吸い込まれてしまうんジャマイカと感じるほどにヤバイ感じなのだよ。そして……外見のインパクトに劣らない攻撃力を持っているのだよ。
「さてと、ファルファレロ。オレ様はオレ様の仕事をするぜ?オレ様の過去から出てきたゴミ掃除をよ。」
「殺す!!」
ファルファレロの一言を合図に悪魔たちが襲いかかる。
「おいこらルーマニア!結局どいつに警戒しろだとか聞いてないぞ!」
カキクケコのわめき声を聞きながらルーマニアくんは笑う。
でもでも……俺私拙者僕にはわかりんす。今ルーマニアくんはとても悲しい顔をしているのだと。
「無茶しちゃって♪こころにも無いこと言っちゃってまぁ。」
ムーちゃんがボソッとルーマニアくんに呟く。
「これでいいんだよ。万の言葉を並べても所詮は言い訳にしかなんねぇ。だったらオレ様は微妙な雰囲気を作るよりはあいつらの敵としてありてぇんだ。」
「あっはっは。何様なのだよルーマニアくん。」
「オレ様だ。」

オレ様たちのもとに迫る悪魔たち。いや……正確にはオレ様のもとにか。その数はとんでもない。悪魔全体の三割っつうのは数字に表せばバカみたいな桁数になる。視界を埋め尽くすほどだ。
「ルーマニアくん。俺私拙者僕たちはこの悪魔たちを……」
「……言いたいことはわかる。神の考えは「とりあえず大丈夫」だ。今現在悪魔を率いているのはサマエルであり、サマエルに従う悪魔たちはきちんと統率がとれているからサマエルがしようとしなければ神に挑んだり、下界で騒いだりもしない。そしてそのサマエルは神の力を十分に理解している。そもそもサマエルは今のままじゃ勝てないとわかっているから《常識》のゴッドヘルパーになろうとしてるわけだしな。だから……サマエルの言葉を借りるのなら、「全体の七割」はやたらめったらに殺さなくていいわけだ。だが……残りの三割、つまりは目の前のこいつらは統率のとれていない厄介な連中。サマエルが王になってから今まで起きた悪魔絡みの事件はこいつらの仕業。だから……」
「殺していいっていうことだね。俺私拙者僕は彼らも救いたいと思ったりなんなり。」
「……強欲なやつだな。」
「マモンほどじゃないのだよ。」
アザゼルが迫りくる悪魔に右手を向ける。
「安らかに。」
ゴオッッ!!
アザゼルの右手から一筋の光がのびる。
そして次の瞬間、視界を埋めていた悪魔の二割ほどが消滅した。
遅れてやってきた轟音に、こちらに迫っていた悪魔が全員驚愕し、目の前の現実に戦慄した。
「カキクケコ。」
アザゼルがカキクケコの方を見る。カキクケコはばか面でアザゼルを見ている。
「警戒すべきはあいつらなのだよ。」
視界を埋め尽くすほどの悪魔たち。ファルファレロの一言でほとんどの悪魔が襲いかかってきたが……そうしない奴もいた。ただただじっとこちらを見ている。流されず、静かにたたずむ悪魔たち。数は十体。
「あれが本当の猛者なのだよ。ついでに言えば……一番最初に襲いかかってきた如何にも雑魚のやられ役みたいなファルファレロが……この中では一番強いのだよ。」
「へ……へぇ……そうかよ……」
「ルーマニアくん。俺私拙者僕がうしろの雑魚を一掃するのだよ。」
「わかった。」
「……始めて見たぜ……これがアザゼルの二つ名の由来か……」
カキクケコがばか面+あほ声で呟く。他の面々も息をのんでいる。ムームーム以外は。
「《ホルンいらずのアザゼル》だね♪」
いつからそう呼ばれ出したのかは分からないが、アザゼルはそう呼ばれている。

《ホルンいらずのアザゼル》。ここで言うホルンとは《ギャラルホルン》のことだ。確か……んん?何年前だったか忘れたな。ま、とにかくめっちゃ昔に《ラグナロク》っつう平たく言やぁ上の連中の大喧嘩があった。その大喧嘩の開幕を知らせたのが《ギャラルホルン》っつう笛。《ラグナロク》は「この世の終わりの戦い」だとか「最終戦争」だとか呼ばれるくらいに激しいものだった。つまり、《ホルンいらずのアザゼル》というのは《ギャラルホルン》なしで《ラグナロク》を起こすぐらいすごいアザゼルさんという意味。なんの合図も無しに突然世界の終わりの戦いを引き起こすほどの力を持つってことなわけだ。ちなみにオレ様はもうひとつの二つ(一人でラグナロク)がお気に入りだ。

「んじゃやんぜお前ら。あの一〇体から好きなの選んで倒してくれ。」
「適当ねぇ、ルーマニア。」
「数があいませんしね。」
「余ったのをオレ様が担当する。」

「お前に選択権はないぞルシフェル!」

ファルファレロが迫る。オレ様は黒い炎を両手から出し、その形を剣にして迎え撃つ。
「オレ様に勝てると思ってんのか?あぁ?オレ様を誰だと思ってやがる!」
「裏切り者だろうがぁ!!」
「元・てめぇらのトップだボケェッ!!」


 あたしは拍子抜けしていた。晴香の考えた作戦がとても上手くいってる証拠なんだけども……なんというか、レベルを十分に上げて装備も充実させて準備万端でボスに挑んだのにそのボスがとっても弱かった……みたいな。
 一言で言えばリッドは逃げ回っている。飛んでくる銃弾と岩は少し受けたりしているけどマグマだけは完璧に避けてる。逃げながらあたしたちに砲撃をしてくるけど今のあたしたちには当たらない。
「……時間の問題ってやつかしら?」
 そんな優勢でも……というか優勢だからこそかしらね、あたしは不安を感じる。何かを狙ってるんじゃないかって。チャンスをうかがっているんじゃないかって。
 だからあたしは次のステップに進めることにした。
「南部!」
 あたしの声に反応して南部が近づく。
「花飾くん……ぼくは一応きみより年上なんだけどなぁ……」
「知らないわよそんなこと。それよりも。例のやつを頼むわ。」
「追い打ちをかける気かい?」
「……あんたは思わないの?あまりに拍子抜けだって。うまく行きすぎって。」
「なるほど。相手の出方を見るわけだ。了解。」
 南部は両手を前に出して表情を強張らせる。

 晴香が南部に頼んだことは二つ。一つは《世界方眼紙計画》を発動させること。もう一つは手で触れなくても物の個数を操れるようになること。
 あの顔合わせで見せた「ストローを一本から三本に増やす」という行為の応用。リッドへの集中砲火、銃弾と岩とマグマの個数を増やすっていう作戦のために。
 触れずに個数を操るっていうのはそこまで無理難題ではないみたい。力石みたいに操るのがそもそも目に見えない《エネルギー》とかじゃなくて目に見える光景の話だしね。

「今のぼくじゃぁ一を四に変えるのが限界だよ?」
「良いわよ。それでも単純に攻撃が四倍に増えんだから。」
「それじゃいくよ!」
南部の声と同時に、視界いっぱいに飛び交っていた銃弾やらなんやらが一瞬でその個数を四倍に増やした。
「なぁっ!?」
リッドの驚愕はすぐにかき消され、大量の銃弾と岩がその身に注がれた。
岩が砕ける音、銃弾が金属に当たったような音が響く中、リッドはウイングからジェットを噴射させて飛びまわる。どうもマグマを避けることを最優先にしているみたいで、それだけは全て避けている。でも代わりにその他は全てくらっている。
「いい様ですわねぇ!このアタシを敵にまわしたことを後悔なさい!」
「このまま押し込むぜーっ!」
 クロアと力石が撃ちまくり、飛ばしまくる。
 あたしの考えすぎだったのかしら?リッドは見た目通り、追い詰められていたの?
 あたしは飛びまわるリッドを目で追う。砕けた岩の中を粉塵を引きながら飛んでいる。その顔は……苦戦している感じの顔だった。
「やっぱり考えすぎ……」
 瞬間、あたしが言うのもあれだけど……あたしは違和感を覚えた。あれれ?変……よねぇ?うん?何が変なの?考えてあたし。絶対的におかしい部分があるわ。でもそれが何なのかわからない?
「……落ち着くのよ……」
 あたしは《変》のゴッドヘルパー。《変》という感情を引き起こす原因を探すのなんかわけない。記憶を検索、常識を参照、光景を認識。照らし合わせて結論を……
「あ。」
 あたしは思わず声をだす。それに反応したのは南部。
「どうしたの?」
「……あたしってばなんて勘違いをしてるのかしら。」
「勘違い?」
「……あたしたちって……本当に優勢なの?」
「えっ?」
「だってさ……リッドは無傷じゃない。」
 そう……そうなのよ。ウイングで飛んだりキャノン砲撃ったりしてくるから常識がうやむやになってたけど……銃弾や岩が直撃してるのになんで無傷なのよ?アザゼルが言ってた。イギリスで戦ってる時も銃弾が当たってもピンピンしていたって。
「《反応》の力?《反応》の力でダメージを無くしてる?それならなんでマグマは必死に避けんのよ。ダメージの種類で対応できるものとできないものがあるってわけ?」
「そう言われると……確かにおかしいね……あれだけの攻撃で無傷……」
「それに無傷ってことは効かないってことでしょ?マグマだけは効くとしてもその他は完全に無視できる……だったら銃弾も岩もお構いなしにもっとガンガン攻めてこれるはずよ。それこそ……あんな上からじゃなくてもっと近づいてから至近距離で砲弾を撃てるはず……!」
「それもそうだね……それに、ぼくとしてはこの音もおかしく思うよ。」
「音?」
「ほら、弾とかがリッドに当たった時の音だよ。」
 岩が砕ける音、銃弾が金属に当たったような音。
「別にぼくが銃弾飛び交う戦場に言ったことあるわけじゃないけど、イメージというかなんというか……弾が当たった時の音がさ、まるで金属の塊にぶつかったみたいな音でしょ。」
「しかも岩は当たったら砕けてる……」
「そう・・まるでリッド・アークがすごく「硬い」かのような……」

「そのとーりだぜ!」

 リッドが突然叫び、あたしたち一人ずつに砲弾を撃ちこむ。もちろん全員がそれを避けたけど、その瞬間にこっちの集中砲火は止まった。
「そっちの頭脳は《天候》だけかと思ってたんだけどなぁ!キレる奴が他にもいたか。」
「……よくあたしたちの会話が聞こえたわね。随分すてきな地獄耳を持ってるようねぇ?」
「ほめても何もでねーぞ?」
さっきまで必死に逃げ回っていた奴とは思えない余裕の笑みで、リッドは空中でホバリングしてる。
「だがまぁ……気付くのが遅すぎたな。俺の目的は達成されちまったぜ。」
「目的……?」
「お前ら、いろいろと力をかけ合わせてその目と運動能力を手に入れてんだろ?そして……その手に入れた力の内、どれかひとつでも欠けるとお前らは無力となる。だがしかしだ、どれかひとつを俺が使えなくするにしてもやっぱり攻撃があたらねーと意味ねぇーわけだ。だからよ、俺は攻撃をあてる方法を考えたわけだ。」
リッドはあたしたち、ひとりひとりを見る。
「砲撃をした時の避け方。砲弾の見方。いろんなものを観察し、お前ら全員に共通する項目をピックアップした。結果、お前らの視界には砲弾の軌道が映っているということがわかった。」
「な……そんなことを観察しただけでわかるわけないでしょ!」
「お前のものさしじゃわかんねーかもな。だが俺のならわかる。経験と性能の差だな。」
 リッドはキャノン砲をあたしたちに向ける。すると、キャノン砲の砲身が真ん中あたりで膨らんだ。まるで……蛇が得物を丸のみした時みたいに。
「そういう視界を持っている場合、こういうのに弱いと思うぜ?」
砲身の膨らんだ部分がゆっくりと砲口に移動してく。そして、

「キロ・サウザントォ!!」

 今まで放たれていた砲弾の一〇倍はある砲弾が発射された。
 軌道は見えた。砲弾は誰にも当たらないポイントに向かっていくことがわかる。視界に砲弾が描くであろう軌跡が見えるからだ。でも……問題はそこじゃなかった。
 あたしの視界に映っている軌道はひとつじゃない。今まではあまり問題にならなかった「砲弾が地面に当たった時に飛んでくる瓦礫」の軌道も見えちゃっている。砲弾が大きくなった分、瓦礫も大きくなるから、この《世界方眼紙計画》があたしのことを守るために視界に表示しているのだろうけど……瓦礫の数が半端じゃないから視界に映る軌道も半端じゃない。つまり、視界が「予測される軌道」で埋まってしまっているわけで……だから……その……少なくとも……今見ている視界の中には逃げ場がないということをあたしの目は言っているわけで。
「っ!?」
刹那、砲弾が地面に着弾した。今までとは比べ物にならない轟音が響き、予測通りに瓦礫がとび散る。
「こっちだ!」
南部があたしの肩をひっぱってうしろに倒す。いくつもの瓦礫があたしの頭をかすめていき、一拍遅れて砂埃が舞った。

「……いいねぇ。」
 リッドが呟きとも叫びともとれる音量で言った。あたしは髪についた砂埃を掃いながら立ち上がる。目の前にはいつだったか、晴香と相楽先輩が戦ったときに道に出来たのの三倍はあるクレーターがあった。
「やられましたね……」
山本のおじさんが片手で頭を抑えながら立っている。顔の半分が赤く染まっていた。
「ちょっ……」
「ああ、大丈夫ですよ。ちょっとかすめただけですから……」
 まわりを見ると愛川と力石がそれぞれお腹と肩をおさえている。瓦礫が当たったみたいだ。
「ふつーなら。」
リッドがニヤニヤしながら言う。
「目の前に何かでかい物が落ちてくる場合、後ろに逃げるよなぁ?影響を受けないようによ。だがしかし?今のお前らはその目に頼っていた。その目があれば大丈夫ってなぁ。それが突然……どうだ?軌道で埋まったら?今まで信頼していた物が回避不可能を告げる。そりゃあ立ちつくしちまうよなぁ?うしろに引きゃあよかったのにな。お前らの今の運動能力なら余裕だったのに。」
 あたしたちの作戦を逆手に取った攻撃。特に、愛川がダメージを受けたのは深刻だ。あのダメージで動きも鈍るだろうから、リッドの攻撃を受けやすくなった。《視力》の力が消えたとき、あたしたちは軌道が見えなくなる。
「お前らの致命的な欠点は、一度でも攻撃を受けると行動に大きな支障が出るっつう素人っぷりさ。」
「あんたはプロってわけ?だからいくら攻撃を受けても無傷ってわけ?」
「んん?さっき答えたじゃねーか。そのとーりって。」
 さっき?……あいつが「そのとーり」って言う寸前に言っていたことは……
「……あんたがすごく硬いって?」
「ああ。」
「それも《反応》の力ってわけ?いろんな応用ができんのねぇ?」
「遠まわしに言えば正解だが……たぶんお前が思っていることははずれだ。硬いことそのものに俺の力は関係ないぜ?」
 ……何を言っているんだこのおもしろ未来人は。
「そうだなぁ……そこで腹おさえてる《視力》に聞くといいぜ?」
 あたしは愛川を見る。愛川はなんのことやらという顔で叫ぶ。
「おれが何を知ってるってんだよ。」
「俺のことをじっくり見るとわかるぜ。お前ならな。」
 リッドの言葉に怪訝な顔をしつつ、愛川は目をカッと開く。お得意の透視でもしているのかしらと思っていると愛川は突然その顔を驚愕の表情で埋めた。
「……!?……はっ?……んだ、お前……!?」
「愛川!なにが見えたのよ!」
 愛川は信じられないと言う顔であたしを見た。
「こいつ……人間じゃねぇ!!」
「はぁ?何言ってんのよ!ちゃんと説明しなさいよバカ!」
「こ……こいつ……こいつの体……機械で出来てるんだよ……・」
 ……なんだって?機械でできてる?
「ほほう、さすがだなぁ、《視力》。女の裸も見放題ってわけか。うらやましいかぎりだぜ。」
 愛川は女性の透視はできないんだけど……てかそんなことはどうでもいいのよ!本人が認めた!?こいつは機械!?
「正確には眼球と脳みそ以外だがな。脳みそは俺が俺であるために、眼球はその性能から残してる。知ってっか?人間の目って実はすんげー高性能なんだぜ?ただその性能に頭がついてこれねーんだとよ。だから脳みそと眼球をつなぐ回線をちょちょっといじれば最高性能のカメラになんだなぁ、これが。」
「……何言ってんのあんた?ジェットで空飛んでキャノン砲を撃ったと思ったら今度は自分はサイボーグですって?バカにすんのも大概にしなさいよ!」
「だが理解できるだろう?俺の体は鉄よりも硬い物質で出来てんだ。だから銃弾も岩石も気にしない。ただまぁ、マグマの高温だけはどうなるかわからねーから避けたけどよ。」
「本格的にあんたは……未来から来たのね……」
「違う違う。俺はちゃんとこの時代の人間だし、俺の体を形作る技術も現代のものだぜ?」
「どの口が言うんだか……」
「ま、驚くのも無理はないか。でもこれは事実。これこそがマイスウィートエンジェル、青葉結の力なんだからな。」
「力……?」
「んあ?教えてやろうか?マイスウィートエンジェルの操る《常識》はなぁ―――」


火花が散る。わたしの刀と青葉の光の剣。撃ち合う度にバチバチッという音が響く。
「あは。あはははは!すごいわねん、あなたの刀はん!」
「そういうお前の剣もかっこいいな。だがしかし、そういう輝く武器は正義が持つべき武器だ!お前に持つ資格はない!」
「おもしろいわねん。この、見る人が見ればよだれがでちゃう程の技術を正義の武器とはねん。」
 正直、青葉は強い。あの光の剣には切っ先がない。棒状に伸びる光、その全てが刃となっている。だから角度も向きも関係なく振りまわしてくる。青葉自信も相当な手だれのようで、戦う術を身につけている。
「やっぱりこっちに来なさいよん。あったしがその力を有効に使うからん。」
 わたしの刀を弾いて距離を取った青葉は腰に手をあてながらそう言った。
「使う?」
「そうよん。あったしは技術者よん?《金属》を操る力なんて魅力的過ぎるわん。」
「そうか……お前があの空に浮かぶ戦艦やリッド……なんとかの武器や翼を作ったのだな。」
「リッド・アークねん。覚えてちょうだい、あったしのダーリンなんだからん。」
「お前は……何のゴッドヘルパーなんだ?《技術》か?それとも《漫画》か、《アニメ》か。」
「ふぅん……あなたにはこの技術が全て漫画やアニメにしか出てこないようなものに見えるのねん?」
「当り前だ!あんなもの見たことない!」
「それはまちがいよん。」
 青葉は構えていた光の剣を下げて剣を持っていない方の手を上げて人差し指をくるくるまわしながら言う。
「人間が考えることの全ては実現可能なのよん。ただ、それを現実のものにするには莫大なエネルギーやバカみたいな性質をもつ物質が大量に必要だったりするだけ。揃うものが揃えば人間に作れないものはないのよん?」
「……だから、その莫大なエネルギーとかが現実的じゃないって言うんだろう……」
「そこを補うのがあったしの力よん。」
「お前の……力。」
「ねぇ……あなたはこういう「技術」っていう概念が結局どういう形に収まるか知ってるかしらん?」
「……わたしは頭が悪い。簡単に言ってくれ。」
「あらそう?じゃ答えを言うわねん。正解は原因と結果よん。」
「原因と結果……?」
「そうよん。例えば今あったしが持ってるこの剣。光の刃を出現させる方法。形の維持の方法。エネルギーの貯蔵方法。いろいろな技術が入っては来るけど結局は「スイッチを入れ」たら「光の刃が一定の長さまで伸びる」ってだけでしょん?」
「まぁ……そこだけ見れば……」
「原因である「スイッチを入れる」と結果の「光の刃が一定の長さまで伸びる」の間にあるのは何であろうと全て……「過程」としてまとめられるわん。そして、技術者的に言えば……それはつまり、《仕組み》よん。」
「《仕組み》……」

「あったしは《仕組み》のゴッドヘルパーよん。」

「《仕組み》?そんなものに常識があるのか?」
「今言ったじゃない、「《仕組み》は原因と結果の間にある」これがひとつの常識でしょん?」
「ああ……そっか。」 
 わたしは青葉の剣を見る。つまりあの剣は《仕組み》の力で機能している現代の技術の塊であるわけで……ってあれ?
「……それで結局お前は《仕組み》を使って何をしているんだ?」
「うん?《仕組み》を無くしているだけよん。」
「……わ、わかりやすく言うと?」
「そうねん……簡単に言うと原因、《仕組み》、結果の三段階を二段階にしているのよん。だから莫大なエネルギーだとかがいらないのよん。」
「……もう一息……」
「えぇっとねん。ゴッドヘルパーっていうのはシステムに干渉できるからこそこういう非常識なことができるってことはわかるわよねん?」
「もちろんだ。」
「あなたを例にするとねん、あなたは《金属》王国の王様で、その国の国民である《金属》はあなたの思い通りにできるのよん。生死でさえもねん。」
「生死?……まさか!」
「気付いたかしらん?そ、あったしたちはその《常識》をコントロールできると同時にそんなものはなかったって定義することもできるのよん。まぁ、システムそのものの破壊は出来ないけど、一時的にシステムを停止させることはできるってわけよん。」
「えぇっと……つまりお前は《仕組み》っていう《常識》をなかったことにしているってことか?」
「正確には省いているのよん。あったしはその技術の全貌を完璧に理解して、何がどうなってそうなっているのかを理解できたならその《仕組み》を省略できるのよん。あったしは《仕組み》のゴッドヘルパーだから《仕組み》という概念そのものを消せるのよん。」
「《仕組み》を省くと……そんな剣が作れたりするのか……?」
「そうよん。」
「そうなのか…………?」
「例をあげましょうかん?今あったしの目の前に電池と導線とスイッチと豆電球があるとするわねん?」
「ああ。」
「これらを接続して、「スイッチを入れると豆電球が光る」回路を作ったとするわねん。なんで豆電球が光るかわかるかしらん?」
「……スイッチを入れると電気の通り道がちゃんとつながって電気が豆電球に流れることができるから……?」
「正解よん。ではこの場合の原因と結果は何か。答えは「スイッチを入れる」ことと「豆電球が光る」ってことよねん?それ以外の「導線の中を電流が走る」だとか、「電池内部の電気エネルギーが消費される」だとかいうことはつまり《仕組み》。あったしはそれを省くことが出来るのよん?」
「じゃ……じゃあお前はスイッチと豆電球があれば豆電球を光らせることができるっていうのか!?」
「そうよん。」
 そうか。やっと理解できたぞ。リッドが装着しているキャノン砲もウイングも、あそこで浮いてる戦艦も光の剣も。現代の技術で作ろうと思えば作れるんだけど、実際に作ったらエネルギーとか強度だとかの問題でものすごく巨大なものになっちゃたり、一度しか使えないような物になってしまったりするんだ。そう言った「問題となる《仕組み》、めんどうな過程」を青葉は省略できるわけか。
「ま、《仕組み》のシステムとあったしの頭脳があって初めて実現可能な現象よん。なんにせよ、一度は完全に理解しなくちゃいけないんだからねん。」
「なるほどなるほど。わかりやすい説明だった。学校の教師もこれくらいわかりやすい説明ならなぁ……」
「教師っていうのは全体的に教えていかなきゃいけないからねん……もしもあなたと一対一で教えることが出来たらその教師はあなたを素晴らしい生徒だと思うにちがいないわよん?」
「?なんでだ?」
「あったしの話もきちんと考えながら聞いていたでしょん?わからないことはわからないと言うし、飲み込みもなかなか早い。教えがいのある生徒よん。実際あったしもあなたのその態度に釣られてついつい全部しゃべっちゃったものねん。能力をばらすなんて不利な状況にしかならないのにん。」
知識のある人間はその知識を披露する機会を常にうかがっているのよねん、と言いながら肩をすくめる青葉は嬉しそうなため息をついた。
「さぁてとん?こんだけ教えたんだから……こっち側に」
「そっちには行かないぞ。わたしの正義はこちらにあるのだ。」
 わたしは刀を構える。青葉もやれやれという感じに剣をかまえる。
「むん!」
 わたしは踏み込む。青葉との距離は一〇メートルといったところだがそのぐらいなら一瞬で縮められる。刀の柄を持つ手の位置をずらし、つま先から脚を回転、遠心力と慣性で青葉に斬りかかる。
「雨傘流一の型、攻の三!《扇》!!」
 青葉がわたしの攻撃を後ろに倒れる形で避け、同時に鋭い蹴りを放つ。あごを狙った一撃だがわたしは顔を横に軽くずらすことでそれを避ける。横に振るった刀の慣性で一回転し、わたしはさっきより低い位置に刀を走らせたが、青葉は後ろに倒れる流れでバク転をして刀を避けて距離を取る。
 わたしが刀を振るった態勢からいつもの構えに戻る前に、青葉は距離をつめて来る。気付いたときには眼前に光の剣による「突き」がわたしの体に向かって放たれていた。わたしはとっさに刀を横にし、それを防ぐ。
弾ける火花で一瞬目が眩むわたしに、間髪いれずに青葉は縦、横、ななめ、あらゆる軌跡で剣を振る。防ぐ度に火花が散る。時折顔に飛んでくる火花に熱さを覚えるがそんなことにかまっている余裕がないほどのラッシュが青葉から放たれる。
「このぉっ!」
 わたしはノーモーションで刀の刃から極薄の刃を発射する。青葉は突然射出されたワイヤー状の刃に押されて後ろにさがる。
「ふぅん。《金属》の力って便利ねぇん。」
 絡まる極薄の刃を光の剣から振りほどく。
 何かの「型」があるわけではない。わたしから見れば完全にデタラメな動きなのだが、とにかく攻撃が速く、一発目を許すとそこから途方もない手数が叩きこまれる。わたしはまだ血液の加速を行っていないのだがそれをしてもついて行けるかどうかという速度だ。この速度はあのなんだかカッコイイ服装のおかげなのかな……
「というかん……そもそもこの剣を弾いている時点ですごいんだけどねん。」
「……刀と剣がぶつかっているのだから当たり前じゃないか。」
「それは互いが《金属》で出来ている場合よん。あったしの剣の主成分は光よん?高出力のレーザーを最高の反射率の鏡で反射させてそれをまた反射させることで二つの鏡の間に出現させたのがこの光。《仕組み》を省いてるからわかりにくいかもしれないけどこれはただの光。光子よん?それが《金属》とぶつかることができているっていうのはだいぶぶっとんだ現象なのよん?」
「よくわからないが……光だって鏡で反射できるんだからぶつかることもできるだろう……?」
「限度があるって話よん。あなたは快晴の日に道路で「うっ、太陽光がぶつかってくるから車が前に進まない!」なんていう光景を見たことあるぅ?」
「……ないなぁ……」
「本来ならこの超高温の光に触れた瞬間に刃の部分の《金属》は溶けるはずなのよん。それをさせないっていうのはつまりあなたの力なわけねん?」
「よくわからないが……わたしの刀は絶対に折れないし曲がらない!溶けもしない!この形を保ち、最高の切れ味をここに実現させ続けるのだ!」
「……《金属》のゴッドヘルパーがそう思っているのだからそうなる……か。あったしが《光》のゴッドヘルパーだったならその刀も溶かせたかもねん。」
 青葉は剣を持っていない方の手を腰の後ろにまわす。そこから取り出されたのは懐中電灯のような棒状の物。
「!まさかお前!」
 新たに出てきた懐中電灯のような棒から同じ光の剣が出現する。
「残念ねん。」
 突然青葉の肩辺りについていたプロテクターのようなアーマーのようなものから腕が出てきた。
人間の腕ではなく……機械の腕が両肩から一本ずつ伸びる。機械で出来た腕、その手が「パー」の形に開かれると手の平からも光の剣が伸びた。
「二刀流じゃなくて四刀流でしたん。」
「……すごく「悪役」っぽくていいんじゃないか?」


《カルセオラリア》は空中に浮いている。それに対して私は地面に立っている。
「……私、飛べないんで下から援護しますね。」
 隣に立つジュテェムさんに呟く。《重力》を操れるのだから飛べるのだろう、うらやましい。
ジュテェムさんはにっこりと笑って私を見る。
「御心配なく。」
 確かに。《重力》のゴッドヘルパーなら援護はいらないかもしれない。なにせあの《重力》なわけだし。私の《天候》よりも強力な《常識》だ。
「あま……雨上も飛べるようにしますから。」
 確かに。《天候》のゴッドヘルパーなら飛べるかもしれない。なにせあの《天候》なわけだし。…………うん?
「わたくしの力でね。」
 そう言うとジュテェムさんは私の頭にポンと手を置く。
「はい、これで雨上は飛べます。」
「え……えぇっ!?」
「雨上が飛びたい方向に《重力》が働いてひっぱるようにしました。姿勢の制御等も《重力》でしますから安心して飛んで下さい。では行きましょうか。」
 私がジュテェムさんの言葉を咀嚼しようと頑張っている横でジュテェムさんはふわりと浮いた。そして一気に加速し、《カルセオラリア》と同じ高度に達する。
「えぇっと……うんと……と……飛べぇ~……?」
 私は両手を上に上げてつま先立ちする。
 すると突然浮遊感が私を襲う。気付いたら私はとんでもない速度で上昇していた。
「うわわわわわわわわわわわ????!!!」
 がらじゃない声をあげて飛んでくる私をジュテェムさんが捕まえて同じ高さに立たせて(立っているわけではないが)くれた。
「ゆっくり慣れて下さい。」
「慣れるって!浮いてる!私が!」
「あはは。」
「笑いごとじゃ……」
 イマイチ感覚がわからない。ふらふらしながら私は正面を見る。
 ちょうど《カルセオラリア》の砲台の一つが私たちに向いた所だった。
「ちょっ!」
 私が背中にゾッとしたものを感じた瞬間、視界が光で埋まった。
「大丈夫です。」
 放たれたビームは私たちに直撃するかと思われたが、手前で直角に曲がり、空の彼方へと飛んで行った。
「ええぇ……何ですか今の……」
 私が目をパチクリしながら聞くとジュテェムさんは笑いながら答えた。
「ビームのちょっと上あたりに高重力を発生させただけですよ。」
 さも当然のように言われてしまった。
 ジュテェムさんは《カルセオラリア》を見る。たっぷり一〇秒ほど視線を送ると私の方を困った顔で見てきた。
「これは厄介ですね。」
「何がですか?」
「今、高重力を上下からかけて潰そうとしてみたり、重力を切って宇宙の彼方に飛ばそうとしてみたりしましたけどびくともしませんでした。」
「この一瞬にそんなことが!?」
「どうやらあっちも重力を制御して浮いているみたいですね。それを応用することで重力操作を無効化しています。」
 確かに……この戦艦にはジェットもなければプロペラもないのでどうやって浮いているのか疑問だったのだが……まさか重力を制御しているとは。一体どういう仕組みなんだ?
「とりあえずこいつの重力制御さえ止めてしまえばわたくしが宇宙まで飛ばすのでまずはそれを目標にしますが、その際にひとつ注意事項があります。」
 ジュテェムさんがしゃべっている間もビームは放たれる。だがそれらは直前で直角に曲がって宇宙へ向かう。
「注意事項ですか。」
「ええ。こちらの攻撃にせよ、相手の攻撃にせよ。さらにはあいつを破壊した時の破片でさえも、決して下には落とさないようにして下さい。」
「そ……そうですね。下にやってしまうと集まった人に当たってしまいますしね……」
「まぁ……そうなんですけど。正確にはできるだけ元に戻さなければいけないものを増やさないようにして欲しいのです。」
「?」
「例えばですけど……メリーさんがある人の時間を一分間巻き戻すとした時、その人が一分間ぼけっと立っているだけの場合と一分間全力疾走している場合ではメリーさんにかかる負担が違うのです。」
「え……そうなんですか。」
「戻す対象が増えますからね。今の例で言えば全力疾走した場合はその人の体力とか移動距離とかですね。ただでさえ体力を使う「全世界の時間操作」ですから……できるのなら怪我人、死人とかは出さない方がいいわけなのです。だから下には。」
「わ……わかりました。」
 ふと前を見ると《カルセオラリア》の砲台は全てこちらを向いていた。
「……あま、雨上はとりあえずいろんな《天候》を試してみてください。わたくしがサポートしますので。」
「了解です。」
 私は《カルセオラリア》の上に視線を送る。今の私は一つの《天候》を起こすのに一秒もかからない。
「雷!」
 一瞬で雷雲が広がり、《カルセオラリア》に雷が落ちた。
 ピシャアッ!という音とゴロゴロという雷鳴が重なって轟音となる。
 クリス戦で放ったような「一撃でビルを一棟消し炭にする」ような雷は放てないものの、それなりに威力のある一撃だった。だが《カルセオラリア》は少しの帯電もせずに雷を弾く。
「なら!」
 《カルセオラリア》を四方向から囲む竜巻を発生させる。それぞれの風向きのベクトルは異なり、全てを受ければその物体は粉々になる。
 だが《カルセオラリア》は少し揺れた程度でそこにあり続ける。
 《カルセオラリア》の上部についたいくつかの箱のようなものが開き、そこから煙を尾に引くいくつものミサイルが発射された。
「お……同じことです!」
 飛来するミサイルは全弾軌道を変更し、遥か上空へと飛んで行き、ある一か所で互いにぶつかって爆発する。
「さすがですね。」
「いえ……雨上の《天候》に比べたら微々たるものですよ……」
 信じられないものを見るような目でジュテェムさんが私を見てくる。
「あんな速度であんなものを放たれたらどんな力を持っていても対処できない気がしますね……」
「そんなすごいものを見るように言わないで下さい……私からすればジュテェムさんの《重力》の方がよっぽどすごいんですから……」
 しっかしどーすればいいんだか。私の雷も風も効かないとなると……あとは……
「ジュテェムさん、ちょっと力を貸して下さい。」
「ええ。」
「あいつを中心に出来るだけ大きな重力をかけてください。」
「かけるのはいいですけど……かけたままにすると下にあるものとかが超速であれにぶつかることになるので一瞬ですよ。」
「それでいいです。」
 私は再び《カルセオラリア》の上に雲を発生させる。
大きさは《カルセオラリア》よりも小さくし、雲の温度を下げる。
「はっ!」
 私の声を合図に雲から雹がこぼれ出す。
大きさは五センチ程。本来ならその落下速度は一〇〇キロを超える程で、かなりの被害を生む威力を持っているがそれは対象が家屋や生き物である場合だ。相手があんな戦艦ではこころもとない威力しかないが……
「ジュテェムさん!」
「はい!」
 ジュテェムさんが片手を落下する雹に向ける。すると雹の落下速度が一瞬で視認できないレベルにまでなった。
 ドガガガガガガガガッ!!
 銃が乱射されたような音が響く。
 見ると雹のほとんどは《カルセオラリア》に当たった瞬間に粉々に砕けていく。だが、いくつかはその艦体にめり込んでいる。《カルセオラリア》を包む装甲にも不完全な部分があるようだ。
「設計上、どうしても装甲を薄くしないといけないような場所ですね。これだけ現代の科学を無視したものにもそういうものがあるとは!」
 ジュテェムさんは笑いながら弾かれたり砕けたりして下に落ちようとしている氷を空の彼方へと飛ばしている。おそらく再び落ちてくることがないくらいに高度な所へ飛ばしているのだろう。
「行けそうですね!」
 私が勝機に喜んでいると、《カルセオラリア》がビームを放った。
 さっきまでと同様にジュテェムさんが曲げるかと思った。だがなぜかジュテェムさんは焦り顔で私にものすごい速度で近付き、手を引っ張って横に移動させた。
 ビームは直進して行った。幸い、ビルとかが壁となるような高度ではなかったので何も壊さずに行ったが……
「ジュ……ジュテェムさん?」
「なんてことだ……」
 ジュテェムさんは驚愕でその顔を埋めている。
「さっきも言いましたけど、高重力は長い間発生させると他の物も引き寄せるので一瞬しか発生させられません。だからあれの砲身が光った瞬間からタイミングを測って発生させていたのですけど……今あいつ、フェイントをしてきました。」
「フェイント?」
「撃つふりをして一瞬わたくしの重力を発生させるタイミングとずらしてきたんです。」
 撃つふり?それはつまり……あの戦艦がかなりの頭脳を持っているということであり、学習したということだ。
「これはだいぶ忙しくなりますね……あのビームを避けつつ、さっきみたいな雹を喰らわせていく……今のとこ策はこれだけですし。」

『策など無い。のである。』

 突如耳にくぐもった低い声が聞こえた。ジュテェムさんを見るとジュテェムさんも首を傾げている。今の声は……?
『こっちこっち。である。』
「……まさか……」
 私はおそるおそる《カルセオラリア》を見る。するとその黒い艦体の上部、上から見ればちょうど真ん中あたりに頭が出現していた。
 四角と三角を上手い具合にかっこよく組み合わせたような頭。その中心には赤い目が一つ光っている。
「「しゃべった!」」
 私とジュテェムさんが息をぴったり合わせて驚くとその頭……《カルセオラリア》は言う。
『もう一度言う。のである。策など無い。のである。装甲の薄い部分は我が創造者のロマンを実現させるためのもの。である。故に、そのロマンを起動させた時、その装甲の薄い部分は弱点にはならない。のである。』
「ロマン……?」
 私はそのロマンが少しわかってしまう故に訊き返した。
 こんな大きな戦艦だもの……あれをしないわけがない……
『そう。である。いざ、変形!である。』
 予想通りに《カルセオラリア》は変形し出した。
 戦艦の後部が真ん中で分かれ、真横に折れる。そして戦艦前方部が少し伸びると同時に横に折れた後部が回転して腕になっていく。伸びた前方部は先端で折れたり回転したりして脚に。ちょうど胸の位置にあたる場所にあったいくつかの砲台もその場所を移動してその下から実に頑丈そうな胸板が出現する。その後細かい部分が緻密に変形し、最後に頭が来るべき場所に移動した。
『完成。である。』
 さっきまでそこに浮いていた威圧的な戦艦はこどものおもちゃみたいなロボットへと変形した。
「……創造者……青葉か。なかなかのデザインセンスだなぁ……」
「雨上、何を感心してるんですか……」
 かっこいいはかっこいいのだが……この変形は実用的じゃない。こんな大きなロボットと同等の大きさを持ったロボットなんて要るわけがないから人型にした所で肉弾戦もできないし。
「だがしかし……それがロマンだもの。」
「雨上?」
『行くぞ!である。』
 《カルセオラリア》がパンチを放つ。ゆっくりと迫ってくる……と思ったら肘のあたりからジェットが噴射され、一気に加速する。
「うわっ!」
 私はとっさに避けようとしたがわたわたするだけで体が移動しない。
「グラビティ・シールド!」
 私が謎の踊りをしている横でジュテェムさんが両腕を前に出してなにやらかっこいい技名を叫んだ。すると迫っていた《カルセオラリア》の拳がまるで壁に向かって投げつけたスーパーボールのように跳ね返った。
 《カルセオラリア》は『おう?である。』と言いながら突然跳ね返った拳のせいで崩したバランスを直している。
「かっこいい技名ですね。」
「……雨上もこういう物を一つや二つは作るといいですよ?」
「技名をですか?」
「ええ。わたくしのグラビティ・シールドの内容は「こちらに向かってくる物体の進行方向とは逆方向に力がかかるように重力を発生させる」というものです。今のように飛んでくるものが一つならいいですが複数の物が異なった方向から飛んでくる時に今の内容をそれぞれ個別に考えるのは無理ですからね。ですから一つのプログラムとして作動させるのです。」
「その技名を叫んだらその現象が起きるように頭に叩きこむというか……それを当たり前と思う必要がありますよね?それ。」
「そうですね。でもこの先も多くの戦いがあるでしょう、作っておいて損はないと思いますよ。」

 戦い。そう、戦いだ。私が戦う理由はリッド・アークとの会話によって明確になった。
 私の大切な友達がそういうのが好きだから。友達のいる側にいたいから。もっと言えば……友達にかかる負担の軽減というかなんというか……要はけがして欲しくないから。
 最初がどうであれ、今の私はそういう目的で戦う。そしてサマエルを倒すまで戦いは続く。

 私の今までの戦いは戦いとは呼べないと思う。なぜなら私がしてきたのはとある《天候》を起こすという一言で尽きるからだ。なまじ《天候》そのものの力が強大だからなんの戦闘技術も学ぶことも無く今までこれた。そもそも言うほど戦ってもいないし。
 だけどこれからはそうもいかないかもしれないわけだ。何をどうしたらそうなるんだよっていうぐらいにおかしなことになっているリッド・アーク。《天候》なんて相手にならないかもしれない《空間》。そんな強敵が確実にいるのだから。
 私が起こす《天候》は言ってしまえば過去の現象だ。私が起こす《天候》……さっきのような四つの竜巻とかは全て過去にあった《天候》の災害を参考にしている。
ちょっと調べればゴロゴロと出てくる災害の記録。それに目を通して「へぇ、こんな《天候》があったんだ。」と理解すれば私はそれを起こせる。それだけでもすごい威力であることは確かだ。町を瓦礫に変える竜巻、人間が動くことを許さない吹雪、死人さえ生む雹、回避も予測も不可能な落雷。
 そこからもう一歩踏み込んでみませんか?とジュテェムさんは言っている。私だけの、私だからこそイメージできる《天候》。そんなものを。

 『うむ。である。さすが我が創造者の所属する組織を幾度となく邪魔してきた組織のメンバー。である。さきほどは失礼をした。のである。並のゴッドヘルパーならば戦艦形態でも十分だった。のである。しかし相手は《重力》。である。軽いフェイントなどでどうにかなるとは思わなかった故に変形した。のである。だが片手間程度の攻撃をしてしまった。のである。すまんがきちんと準備運動をするまで待って欲しい。のである。』
「フェイントだけでも結構びくびくしてたんですがね……」
 ジュテェムさんの独り言をよそに《カルセオラリア》は横を向いてボクサーのように両腕を構えた。
『むん。である。』
 一回、二回、両腕を前に出したり戻したりする。
「……ずいぶん遅いワン・ツーだなぁ。」
 と、私が呟いたのを合図にしたかのように、突如腕の出し戻しが加速した。ジェットの噴射、逆噴射を絶妙のタイミングで行い、驚異的な速度でジャブ、ストレートがその巨体から繰り出される。 
まるでプロボクサーのシャドーを超巨大スクリーンで見ているかのようだ。
『ほあ!である。』
 しまいには蹴りまで繰り出す始末だ。
「……ジェットを使っているということは腕や脚そのものには重力制御がないわけです。ただ質量がさっきのビームとは段違いですから《重力》でそらすことはできません。ですから全てを防ぐことになるでしょう。わたくしはあれを防ぐのに専念しつつ反撃のチャンスを伺います。雨上はさっきの雹などを使って攻撃を。合図をくれれば《重力》によるサポートもしますので。」
「……ジュテェムさん、同時に色々なことをやってません?」
「わたくし、これでも第二段階になってからうん十年と経ってますから。それと、飛ぶ時は行きたい方向を思い浮かべればいいだけですよ。軌道をイメージするのがコツです。」
『準備運動終了。である。』
 《カルセオラリア》が両腕を構えてこちらに向き直る。
『あたたたたたたぁ!である。』
「グラビティ・シールド!」
 跳ね返す……いや、引っ張るか。それ自体では音はでない。ただジェットの噴射の音がボボボボボボボッ!とすごい連続で響いている。襲いかかる無数の拳と蹴りを防ぐジュテェムさん。
 私は両腕をあげ、語りかける。
「行くよ、空。」
『はい、はるか。』


 俺私拙者僕は変な光景を見ている。火がそこにあると明るい。そんなことは当たり前なのだよ。だがしかしバット、辺りは燃えているのに暗いというのが現状だったりするのだよ。
 黒い炎は辺りを暗くする炎なのであーる。
「ぜああああああああっ!!」
 ファルファレロが剣を振るうのをヒョイヒョイとかわしながら黒い炎をぶちまけるルーマニアくん。傍から見れば墨汁を撒き散らかしてる謎の人なのだよ。
「おらおらどうーしたぁ!そんなもんかよ!」
 そんなもんかよとか言ってるけんども、振るわれる剣は三メートル程の大剣でその速度は軽く音速を超えているのだよ。振るうたんびにチュドーン、バコーンって衝撃波が!
「ファンタジーな人々なのだよ。」
「よそ見してる暇があるのかアザゼル!!」
 そんなハチャメチャな人々を眺める俺私拙者僕に向かって振り下ろされる幅五メートルはあるバカみたいな拳。その光景はまるでメテオなのだよ。
「暇があるからよそ見をしているのだよ。」
 俺私拙者僕は片手でちょちょっと魔法陣を空中に描いてアザゼルスペシャルを発射!地球を木っ端微塵にしようとした隕石は消滅!俺私拙者僕は地球を救った英雄となりました。めでたしめでたし。
「がぁぁぁああああぁぁっ!」
 さっきまで腕があった場所をおさえながら呻く悪魔その一さんは俺私拙者僕を睨む。
「くそ……これがアザゼルの実力か!」
 その時悪魔その一さんの横に降り立った悪魔その二さんはスライム状の身体でとても気持ちよさそうだったのだよ。
「こちら側に来た時はなんてすごい奴が味方になったのかしらと感動したわ。それを……あんな裏切り方!」
 どーやら女性のようなのだよ。ボンッキュッボンのナイスバディを自由自在とは御見それしました。
「『ルシフェルくんについて来ただけだからルシフェルくんが帰るなら俺私拙者僕も帰るのだよ。』とか言って!ふざけた奴よ!」
「んん?でもでも俺私拙者僕が堕天した理由として表向き言ってたことはあながち間違いではないのだよ?」
 俺私拙者僕はルシフェルくんを見守るべく、一緒に堕天したわけだけども……ルシフェルくんについてきまーすってのはカッコ悪いかな?と思って表向きにちゃんと理由をつけたのだよ。
 ずばり、「人間の女の子って可愛いよねー。」であーる。
 人間の女の子に人気者になるために俺私拙者僕は天界の知識をそれはもうたくさん教えたのだよ。いやーウハウハでした。
……まじめな話、神様は人間に知識を与えたくなかったみたいだけど……俺私拙者僕が与えてあげたいと思ったのは確かなのだよ。知識を得たら彼らはどういう風に進化するのか。それが知りたかったのだよ。
んまぁそのおかげで彼らは素晴らしいものを作り出してくれました!マンガ万歳!アニメ万歳!ゲーム万歳!ありがとう人間!
「でも……俺私拙者僕が当時所属してたグリゴリのみんなが「人間の女の子って可愛いよねー。」って言った時に「実は俺も……」とか言った時はびっくりしたのだよ。まぁみんな堕天してから幸せそうだったからいいけどもねー。」
「そんな思い出話は聞いてないわよ!」
 悪魔その二さんが口(どこが口だかわからないけども?)からビームを発射。俺私拙者僕は軽くデコピンをしてビームを砕く。
「みんなは大丈夫かな……?」
 まわりを見るとみんな頑張っていたのだよ。ジオくんが悪魔たちを殴り飛ばして、ランドルトくんが光の雨を降らして同時にたくさんの悪魔を攻撃して、セイファちゃんがにこにこしながらサーベル状の光で悪魔を切り刻んで、ナガリちゃんがムチをビシバシ振りまわして悪魔を弾けさせている。いやーすごいすごい。
 ムーちゃんはネズミみたいにちょこまかと走りながら目にも止まらぬスピードのパンチとキックをぶちかましながらバッタバッタと悪魔をなぎ倒してる。
「すごいのだよー。俺私拙者僕も頑張るのだよー。」
「バカにしやがってぇぇっ!」
 さきほどの腕なし悪魔その一さんがもう片方の腕を振る。んでもってスライムの悪魔その二さんが全身からトゲをはやして突っ込んでくる。
「ううぅん……いい加減気付くのだよ……」
 さっきよりちょこっと複雑な魔法陣を描いてスーパーアザゼルスペシャルを発射。悪魔その一さんとその二さんはそこで消滅した。
「力の差にさ。」

 ファルファレロは強い。
 オレ様の脳裏に浮かんだのはそんな言葉だった。

 昔々。まだオレ様が悪魔の王として君臨していた頃。神様率いる天使軍はそれはそれは規律のとれた陣形で戦っていた。どこの所属のなにがし天使さんがどういう時にどういう攻撃をするのかということがきっかりと決まってて、当初悪魔軍は苦戦を強いられた。
 しかし元々天使軍だったオレ様はその陣形の弱点を知っていた。
 実は陣形を形作っている天使はその全てが下級の天使だ。まぁそもそも一騎当千の天使なら陣形なんぞ組まずに一騎当千すりゃいいわけだし。ようは天使軍はその陣形で倒せる悪魔はそれで倒してしまって、後に控える猛者を一騎当千の天使が叩くという戦法だったわけだ。雑魚相手に力は使いたくないっつう天使らしい考えだ。
 このままやっていっては結果として悪魔軍の中では弱いとされる悪魔たちが先に死んでゆき、全力の天使に猛者がボコされるという展開しかない。そこでオレ様は考えた。
 開戦と同時に天使軍の陣に突っ込んで下級の天使を殲滅する役割を。これを実行することで悪魔軍の全員が天使軍の上級天使に挑めるようになり、勝率はグンと上がる。突然陣形を崩されるわけだしな。実際これをやった最初の頃は全戦全勝だった。
 だがしかし、その役割を任される奴は相当な危険を伴う。下級とは言え、ものすごい数の天使を同時に相手にするわけだからな。だから、その役割を担うのは必然的に「強い奴」になった。
 この役割に選ばれるということは即ち強さの証。悪魔軍の中ではだんだんとその役割が名誉あるものとなり、その役割になったものを全ての悪魔が尊敬の眼差しで見た。
 そしてその役割は《シュバイロス》と呼ばれるようになった。
 しかもこの《シュバイロス》は思いもよらない効果をもたらした。
 悪魔にも階級的なものがある。簡単にそいつが持つ魔力量で下級、中級、上級、最上級に分けられていた。なぜなら魔力量が強さに比例することが多いからだ。ちなみに最上級っていうのは指揮官クラスで戦闘に参加する時は相手が大天使とかの時のみでオレ様やアザゼルがそれだった。んまぁ……だから《シュバイロス》にも最初は上級悪魔がなってたんだが……ちょっと違うんじゃないか?という意見が出た。
 大量の魔力を持っているけど上手く使えない奴と少ない魔力を補う高い戦闘技術がある奴。どっちが良いかっつうと後者になるわけで。ようは《シュバイロス》とは真の実力者がなるものだと。つまり……階級なんぞかんけーない。実力があれば《シュバイロス》になれる。そういう感じになった。これにより、下級悪魔たちもその誉れ高い《シュバイロス》になって一旗あげようと頑張りだした。戦闘において、全ての悪魔が勝利を求め、互いに競い合う。そんな状況になったもんだから悪魔軍は天使軍がビビるぐらいに強くなっていった……

 ファルファレロは強い。なぜならこいつは《シュバイロス》だから。しかも階級は上級。つまり、魔力の量を過信せず、確実な戦闘技術を磨いてきた真の猛者。
 ファルファレロは強い。そんなことはわかっていた。わかっていた……んだがなぁ……

 オレ様は片膝をついている。全身には無数の切り傷。
「さっきまでの余裕はどうしたんだ?ルシフェル。」
 オレ様の放つ黒い炎の威力はそんじょそこらの魔法とはわけが違う。受けた瞬間にこころと身体が一瞬で黒く染まる。肉体の破壊と精神の破壊を同時に行う攻撃。なんとも傲慢な技なわけなんだが……その全てをこいつは避けやがった。
 オレ様もこいつの剣は避けた……避けたはずなんだがいつのまにか斬られてる。たぶんそういう特殊な魔法を使ってたりするんだろうが……
「あえて言ってやろうか?ルシフェル。お前、腕が落ちたな。」
「……一度見についた技術っつうのは忘れねーもんだがな。戦闘技術然りよぉ……」
「時間が経ち過ぎてんだよ。お前が前線から離れてから何百年経ってると思ってんだ?ブランクがあり過ぎんだアホ。」
「お前は……そうじゃないみてーだな?」
「ああ。お前を殺すために日々、鍛錬を欠かさなかったからな。」
 ファルファレロは剣をクルクル振りまわしながら言う。
「まずいな。あれをやるしかねーか?」


 「うぅりゃりゃりゃりゃりゃあぁぁ!」
 リッドの砲弾が飛び交う。あたしはさっきの一撃で動きの鈍くなった愛川をサポートしつつ、リッドの言ったことを整理する。
 青葉 結。《仕組み》のゴッドヘルパーである彼女はあらゆる技術の《仕組み》と呼ばれる部分を省くことでその技術を原因と結果のみで完結させることができる。それゆえの超技術。それゆえの……
「リッドのあの装備……身体ってわけね……」
 リッドたる肉体は眼球と脳だけであとは全部機械……か。
「でもそれってどうなのかしらね……」
 マグマ、銃撃、岩による対空砲火は続いてる。あたしたちの作戦は何もこれが全てってわけじゃあないけど、次のステップに進むために必要な行為。
 そう、音切勇也から合図が来るまでは。
 それまでなんとかしてこの状態を維持しなきゃいけない。
 音切勇也の方をちらりと見たあたしは横にいる愛川に聞く。
「ケガ、大丈夫なの?」
「そんな大けがでもねぇよ……つかよ、さっきのことを音切勇也に伝えなくていいのかよ。」
「伝える以前に……もう知ってると思うわよ?今、音切勇也がしていることを考えるとね。」
「それもそうか……」
 それはそれとして……少し困ったことになっているわね。大丈夫そうにしてるけど愛川はだいぶ辛そう。あたしたちはゴッドヘルパーであるだけで体をすごく鍛えてるとかそういうわけじゃないから実際すごく痛いと思うし。
 ……ある程度時間稼ぎをするか……
「リッド!あんたは何かしてるわけ!?」
「はぁ?」
 リッドは質問の意味がわからないという顔であたしを見る。同時に砲撃は止まる。
 あたしは対空砲火をしている面々に目配せをして少し手を止めてもらう。
「あんたの身体も、その武器も、全部青葉の作品っていうならあんたは何をしたのって訊いてんのよ。だってあんたたち恋人同士なんでしょ?女から一方的にしてもらうってのはどうなのよ!」
「言っておくが今の俺という存在は俺とマイスウィートエンジェルとの愛の結晶だ。互いの力があってこそのこの形だ。」
「あんたが実験動物よろしく身体を差し出したって言いたいわけ?それがあんたの愛?」
 リッドは聞き捨てならないという顔であたしを睨みつける。やっぱり青葉関連の話には食いついてくるか。
「マイスウィートエンジェルは……結は天才的な技術者だ。その力と頭脳でたくさんの技術を実現させた。そして結は一つの目標でもあった「人と機械の融合」に手を出し始めた。しかし、そこで大きな壁にぶつかった。」
 さっきまでの表情豊かなバカ面とは違う真面目な顔でリッドは語る。
「結にとっては人の身体と同等の精度で動く物を作るなんて朝飯前だった。だがな……お前、人間が突然眼球と脳以外を機械に変えられてまともに動けると思うか?寝たきりだった奴が動くのにもリハビリがいる……元から持っている身体でさえしばらく使わないとそのザマなのにいきなり機械だ。動かすのは不可能に近い。」
 最近じゃぁ腕の無い人のために電気信号で動く義手があるとかっていう話だけど、それだってつけた瞬間に自由自在に動かせるわけじゃない……
「よって、徐々に身体を機械化する必要があるわけだ。今回は腕を機械にしましょう。次は脚を機械にしましょうってな具合にな。だがここに結にとっての壁があった。その壁を取り除くことができたのが俺というわけだ。」
「壁……?あによそれ。」
「腕とかならまだいい。だが臓器とかとなると問題が生じる。他の器官とつなぐために、機械と細胞の接続がいる。……神経とかなら使用するのが電気信号だから結にとっては問題にならないんだが細胞ともなるとどうしても生じるある問題が壁となる。」
「問題?」
「拒絶反応だ。」
 拒絶……《反応》……
「身体は体外から来たものを嫌う。例え同じ人間の細胞であっても拒絶することがあるんだから機械ならなおさらだ。結は工学系の知識なら右に出る者がいないぐらいだが生物学となるとそうはいかない。拒絶反応の正確な《仕組み》がわからないから結の力でもどうしようもなかった。」
「なるほど……そこであんたってわけ?」
「そうだ。俺なら拒絶反応を抑えることが可能だ。この《反応》のゴッドヘルパーならな。ゆっくりと身体を機械化していき、拒絶反応も抑え、長い年月をかけて完成したのが俺、リッド・アークだ。」
「……あんたはそれで満足なわけ?人とは違う存在になってさ……」
「満足だ。愛する人の願いを叶えることになんの不満がある?」
 イチャイチャしてるだけのバカップルじゃない。なんか変に悔しいけど……こいつらは本物ね。少なくともこのリッドは……青葉が死ねば死ぬ。《仕組み》を操っている奴が消えたらこいつは崩壊する。もしかしたら青葉の方もリッドが死んだら死ぬような《仕組み》を体内に埋め込んでるかもしれない。そんな気がした。
「敵ながらあっぱれっていうやつね。感心したわ。」
「そりゃぁよかった。」
 そういうとリッドはキャノン砲を空へと向ける。砲身の真ん中あたりがまた膨らむ。
「折角対空砲火が止まってるからな。大技いくぜ?」
 あたしはビクッとしてから全員に砲火を促す。

「メガ・ミリオン!」

 まるで花火のように、一発の砲弾が空へと放たれた。
 視界に軌道が見える。だけどその軌道は一つじゃなかった。
「……!あの砲弾、散弾かよ!」
 愛川がわめくと同時に空の一点で小さな爆発が起きる。そして、雨のように小さな何かが落ちてくる。
 銃弾のごとき速度で。
「オレが!」
 あたしたち全員のちょうど真ん中にあたる場所に速水が移動、空に向けて目にも止まらぬどころか目にも映らないアッパーを放った。
 ボッ!という音とともに降り注ぐ何かを跳ね返した。
「やっ―――」
 たーと言う前に跳ね返った何かはその場で爆発した。
ドドドドドドドッ!!
小さな衝撃が重なって大きなものになり、あたしたちを吹き飛ばした。
「いったぁ……」
 あたしは手のひらを少しすりむいた。たぶん速水が跳ね返さなかったらそれどころじゃなかったと思う。要は小型の爆弾が降り注いだんだから……
「ほほー!《速さ》のゴッドヘルパーはすげーんだな。今のは衝撃波かぁ?」
 リッドは少し上昇した所であっはっはと笑う。
 時間稼ぎのために話をしたけど……こっちがちょっとでも手を休めるとこれか。やってらんないわね。
 その時、戦いが始まってからしばらく経った時点から聞きたくてしょうがなかった声が耳に聞こえた。

「準備完了だっ!」

 まるで真横にいるんじゃないの?と思う程近くから聞こえる声。
 音切勇也の声。
 たぶん《音》を操って耳元に直接声を送ってるんだろうけど……なんだか得した気分だわ。
「いよっしゃあ!」
 全員に声を送ったらしく、力石が雄たけびをあげた。
「こっからが本番ですね!」
 速水が足首をぐりぐりとまわす。
「このアタシの真価の発揮ですわね!」
 クロアは唯一何のダメージも負っていない状態で不敵に笑う。

 作戦は次のステップへ移行した。

「んだ?急に元気に―――」
 リッドのセリフが終わる前に上空に瞬間移動した力石がパンチを放った。
 リッドのほっぺにめり込んだパンチはリッドをとんでもないスピードでふっとばし、地面へと叩き落とした。地面にヒビがいくつも走って瓦礫がとび散る。
 ま、力石が実は隠れマッチョでしたーってわけはないわけで。リッドに触れた瞬間に運動エネルギーを与えて勝手に飛んでってもらったんでしょう。
「んあ!?いきなりなん―――」
 軽く陥没した地面から起きあがったリッドの目の前にはいつのまにか拳を振った後の状態で立っている速水がいて。
 ズドオォッ!という音が速水の拳とリッドの間で爆発みたいに響いたと思ったらリッドがこれまたとんでもない速度で横に飛んで行って一つのビルに突っ込んだ。ガラスとか売り物の服とかをぶちまけながらビル……っていうか店の中に突っ込んでいった。
「おーっほっほっほっほっほーっ!」
 クロアがリッドの突っ込んだ店内に向けて銃を乱射する。速水の力でバカみたいな威力になってる銃弾が壁とかをまるで豆腐みたいにやすやすとえぐりながら店内を破壊していく。
「こーんのアタシに何度も何度も敗北を味あわせてくれましたお礼はた~っぷりとさせてもらいますわよ!後悔なさい!今まで勝利してしまったことを!理解なさい!あなたが敵にまわした相手が誰なのかを!優しいこのアタシはあなたの申し訳程度の脳みそに今一度刻んであげますわぁ!このアタシの名前は!クロア・レギュエリスト・セッテ・ロウ!偉大なるロウ家の未来を担うものですわ!そもそもロウ家の歴史は今からざっと千年前から始まり―――」
 年表の端から端までをつらつらと読むみたいにロウ家の歴史を叫びながら銃を撃ちまくるクロアはなんか気持ちのいい笑顔だった。
「一発一発はそれほど脅威じゃねーんだがよぉ……」
 この銃声と破壊の音が渦巻く中で妙にはっきりと聞こえる呟きは店の中から聞こえた。無数の弾丸をその身に受けつつゆっくりと歩いてくるのはもちろんリッド。
「うっぜぇんだよぉ!!」
 また砲身がふくらんだ。さっきまでの膨らみ方とは規模が違う異様な膨らみ。今まで肩腕で撃ってたのに今は空いている方の手をキャノン砲に添えてる。

「ギィガ・ビリオォォンッ!!!」

 漫画みたいにバカバカしい大きさの砲弾が発射される。底の直径だけでかるくリッドの身長の三倍はある超巨大砲弾がクロアに向かって飛来する。
「それがどうしたのですわぁぁ!」
 砲弾はクロアに直撃。だけど砲弾はクロアを吹っ飛ばしたり粉々にしたりはしないで……クロアに当たった瞬間に砕けた。
 無傷。世界トップクラスの大富豪のお嬢様は完全無傷。
「くっそ!ふざけた力―――」
 リッドが砲弾を発射した状態から普通の立ち姿に戻る途中、リッドのキャノン砲があたしの視界の中でぶれた。ブーブー震えるケータイみたいに。
「あん?」
 リッドが自分のキャノン砲に視線を落とした瞬間、キャノン砲は粉々に砕けた。
 目を見開くリッドはキャノン砲のなくなった右腕を見る。
「は……?」
 そして背中のウイングもキャノン砲同様に震え……砕けた。
「…………何をした?」
 冷めた声がリッドの口からもれる。

「俺の仕業さ!」

 音源がどこかよくわからない感じにあたしたちがいるあたりに音切勇也の声が響く。
「俺が雨上くんから受けた指令は「リッド・アークの武器破壊」だ!どういう理屈でその武器が存在し、稼働しているかは不明だが破壊することに損はないからな!」
 リッドはキョロキョロとまわりを見まわした後、遠くの方で清水と立ってる音切勇也を睨む。
「全ての物体には固有振動数というのが存在する。物体はその振動数を受けると理論上、振幅が無限大となる!つまりは粉々に砕けるのさ!」
 音切勇也は《音》のゴッドヘルパー。望んだ振動数を持つ《音》を作るくらい朝飯前。
《金属》のゴッドヘルパーの鎧があのキャノン砲がどういった《金属》でできてるかを調べればもっと早かったんだけど……まぁ、鎧に《金属》の知識なんてないからわからないわけで。
だから音切勇也は戦線からは離れた所にいて、そこからいろんな振動数の《音》を飛ばしてキャノン砲とウイングの固有振動数を調べてたってわけ。なんかそのためにとか言ってカスタネットを持ってたけど……口笛とかじゃダメだったのかしら?
「なるほど……《音》が戦いに参加してないのは気になってたんだが……まさかそんなことをなぁ。」
「いやしかし俺もビックリした。なんせお前の身体が人間ではありえない《音》の反射をするもんだからな。身体の方はあまりにいろいろな《金属》……部品があったから固有振動数っていうのを調べられなかったけど。」
 あたしはリッドを見る。キャノン砲の中にはちゃんと右腕があって、動きを確かめるように手を開いたり閉じたりしてる。
 キャノン砲とウイングがきれいに無くなったリッドは普通以外の何物でもなかった。街を歩けばどっかで出会いそうな赤い髪で赤いアロハの男。とても機械とは思えない。
「いきなり元気に攻撃してきたのは俺の動きを止めるためか。特定の固有振動数をぶつけるなんてなかなかデリケートだろうからなぁ。……でかい一発なんか撃たなきゃよかったぜ。」
 そういうとリッドは何故か脱ぎ出した。
 特徴的な真っ赤なアロハがポイッと脱ぎ捨てられると、リッドのかなり立派な上半身があらわになった。細マッチョってやつね。
「へぇ……いい身体してるわね……って言いたいとこだけど、それが青葉が作った身体ならそういうとこも自在だもんね?」
「言っとくがマイスウィートエンジェルは筋肉大好き女の子じゃねーからな。かと言って俺自信がマッチョな身体を求めたわけでもない。」
「突然の筋肉自慢かと思ったらそうじゃないって?じゃああんで脱いだのよ。そういう趣味なのかしら?」
「ちょっと頭ぁひねればわかると思うがな。」
 リッドがケタケタ笑う。
「青葉もリッドも別に筋肉好きじゃないってことはさ……」
 力石が軽く身構えながら呟いた。
「あの筋肉に見えるふくらみの下には筋肉じゃないものがあるってことだよな……」
「……武器でも入ってるのかしら?」
「正解。」
 次の瞬間、リッドの両の二の腕あたりから何かが発射された。それはあたしの目の前を通り過ぎてブーメランみたいな軌道を描いてリッドの手元に収まった。
「な……」
 あたしは混乱した。だって……全然見えなかったから。何かが飛んできたことはわかったけど……問題は軌道が視界に表示されなかったということ。今のあたしたちに見えないって一体どういう……
「ああ……見えねーのか。これは予想外だな。」
 リッドの手を見るとそこには輪っかがあった。確かチャクラムとかいう名前の武器だったかしら?ただ、刃の部分はなんか青く光ってるけど。
 そして同時に、あたしの「1990」メガネが鼻あての部分で真っ二つになった。そんでもってあたしの髪を結んでたゴムも全部切れた。ようはあたしはいつもの顔と髪型になったわけ。
「変な格好だからあれだったが……やっぱお前美人だな。もったいない奴。」
 リッドはチャクラムをくるくる回しながら告げる。
「俺の武器は何もキャノン砲だけじゃない。地上戦だってできるように出来てんだ。今までは遠距離攻撃で攻撃してたからお前らも避けれたろうが……こっからは近距離、白兵戦。どこまでやれるか楽しみだな?」
 するとリッドの全身に電流が走りだした。どっかのアニメでありそうな紫電を帯びた状態。んでもってリッドの両脚のふくらはぎあたりがシャコンと開いて内側から数枚のフィンがのぞき、飛行機のエンジンの音みたいなカン高い音がし出す。
「飛ぶことはできねーが……音速ぐらいは超えられるぜ?」
 近距離戦。それってつまり戦う技術が必要になる戦いってこと。あたしたちの中に戦う技術を持ってる奴なんていない。速水ならついていくことはできるだろうけど……相手は戦いのプロ。対する速水はついこの前まで下着泥棒してただけのただの中学生。無理があるわ……
「でも……」
 飛びまわってる時はうまくできなかったけど……今ならあたしの感情操作ができる!
 キッとあたしがリッドを見るとリッドはあたしが何をしているのかを理解したのか、フッと鼻で笑った。
「俺に感情操作はきかねーぞ?」
「……は?」
「おいおい……俺らの組織にだって感情系のゴッドヘルパーはいるさ。加藤も含めてな。そんな状態で……マイスウィートエンジェルが感情系の感情操作の《仕組み》を調べないわけがねーだろ?」
「……まさか……」
「マイスウィートエンジェルは感情操作の《仕組み》を教えてもらい、それを理解した。感情領域という概念、陣取り合戦という方法。そしてマイスウィートエンジェルが《仕組み》を理解してるっつーことは……わかるよなぁ?」
「《仕組み》のゴッドヘルパーだもんね……それを理解したなら対抗策も万全ってわけ?」
「そのとーり。」
「……教えてもらうことで理解できるなら拒絶反応も克服できそうだけど……」
「言っただろう?理解することが大事なんだ。お前は先生の言ったことを一発で理解できるのか?国語も数学も全部よ。マイスウィートエンジェルにとっては生物分野は意味わからんらしいぜ?機械みたいに単純な《仕組み》で動いていないくせにやってることは単純なことってとこが理解できないらしい。俺にはさっぱりだがな。」
「ふぅん。そのくせ空間は理解できんのね。」
 あたしのその言葉にリッドは軽く驚く。
「んん?気付いたか。そ、俺らが最初にお前らを襲ったときに使った「隔離された空間」はマイスウィートエンジェルが鴉間さんから《仕組み》を教わって理解したからできたことだ。……だけど……瞬間移動とかは理解できないって言ってたな。何が違うんだかな。空間には違いないと思うんだが……」
 リッドはあごに手をあてて唸る。……要は余裕ってわけ。こっちに策がないからこんな会話にも参加してくれる……むかつくけど実際万事休すなのよね……どうしたら……

「どうやらこのアタシの出番のようですわね!」

 あたしがどうしようかとだいぶ焦ってるとクロアがゆっくりと歩いてきた。
「お嬢様か。」
「今までは……あなたがハエのようにブンブン飛びまわっていたから一方的に攻められていましたけど……あなたは飛べなくなりましたわ!この時点でこのアタシの勝利が確定しているのですわ!さぁ、負けるために戦いなさい!」
 クロアは……アザゼルによるとどんな攻撃も通用しない。正確に言えばクロアが「これを受けたら死んでしまう」「これは避けなければ大けがをする」とか思った攻撃だっけか。まぁ……今のリッドから繰り出される攻撃は全部そういうものになりそうだし……もしかしたら余裕かも。
「下々はこのアタシのためにステージを整える係になりなさい!」
「要は援護ね。でもさ、クロアの銃弾じゃあリッドには傷すらつけられなかったじゃない。」
「同じ地平に立って初めて狙える場所というのがありますわ。確か……眼球と脳だけは機械じゃないんでしたわよね?」
 あたしたちは一歩下がり、クロアは前に出た。リッドもなかなか倒せない敵とこういう場でぶつかりあえるのが嬉しいのかもしれない……なんかニヤニヤしてる。
「今日こそ地獄に送ってやんよ、お嬢様!」
「おバカね!このアタシが行くとしたら天国以外ありえませんわ!」


 四刀流。カッコよすぎないか?とも思ったけどやっぱり刀は二刀流がマックスだとわたしは思う。
「なぜなら今までの戦隊ものにはそんなヒーローもロボットもいないからだ!」
 わたしは刀の長さを変えつつ、血液を加速させつつ、青葉の連撃に応戦する。さすがに四つの刃が同時に襲いかかるというのは恐ろしいものだ。なんだか四人と戦ってる気分になってくる。
「あなたは変なことに楽しい意見を持つのねん?」
 青葉は青葉ですごい動きをしている。さっきまでもすごかったのだが今はもっとすごい。何か今は……飛んだり跳ねたり空中でクルクルまわったりカポエラみたいに逆立ち状態で剣を振るったり。サーカスの人ですか?と聞きたくなるようなアクロバティックな動きだ。
 そういえばこんなすごい動きでヒーローを翻弄する敵が第十二代目戦隊の―――
「あったしの攻撃にここまで耐えたのはあなたが初めてじゃないかしらん?でも、あったしの底はこれじゃないのよん。」
 そう言うのと同時に青葉の光の剣が伸びた。これでもかってぐらいに。
「……長すぎると思うんだが……」
「光の重さなんて無いも同然だもの、どれだけ長くしようと攻撃のスピードは変わらないわん。」
 ざっと……五メートルぐらいあるか?視界の隅にちらちらと映る黒い炎の中で戦ってる西洋の甲冑が持ってる剣より長そう……というか何だ?あのカッコイイ奴は?
 青葉は長すぎる光の刃が地面に触れることも気にせずに四本の剣をブンブン振りまわす。
 あれが例えばわたしの刀みたいに《金属》なら地面に食い込んでしまうことはだいぶまずいことなんだが、あの剣には関係がないみたいだ。
「ふふん。この剣は「斬る」んじゃなくて「溶かす」だからねん。さっきも言ったでしょん?この剣を「阻む」ことができるってことはイレギュラーだって。あなた実感してないからあれだけどこれはどんなものでも一瞬で溶かせるのよん。」
 ……武道の道を歩む者としての目で見ると……あんな長い武器を操る時の難点は……「自分を攻撃してしまう」ことだ。それを……
「はぁっ!」
 青葉はさっきと同じように動く。手……というか武器の軌道は同じ。ただ、自分に剣が向かってくる時は身体をぐりんぐりん捻って曲げて自分の攻撃を避けている。
 達人と呼ばれる領域に達した者の動きというのはあんな感じだ。だけど青葉には決まった型はない。つまり……完全に独学というか、自然に身についた動きという印象だ。
 一体どれだけの敵を葬ってきたのか……
「あなたの《雨傘流》っていうのはすごいのねん。刀を持つ所を変えたりするのは見ればわかる。すごいのは的確なフェイントや攻撃を繰り出すことでこっちに無意識に足を一歩踏み出させたりすることで間合いを支配することねん。」
 なんてことか。《雨傘流》の極意を見抜くとは。
「でもん?間合いを支配することで有利になるのは相手の武器が「普通の間合い」を持っている場合だけよねん?」
「確かに……そんなバカみたいな長さのものにはあまり意味がないな。」
 わたしの腕を斬り落とす軌道で迫る剣をいなしながら答える。
「しかし!そんなお前にぴったりの技がある!」
 わたしは全力で後ろに下がる。一瞬で青葉との距離が一〇メートル程になる。
「正義の力!ヒーローの技を受けるがいい!」
「クリスを倒した技のことかしらん?でもそれは《天候》がいないとできないんじゃないかしらん?」
 青葉はわたしがとった距離を縮めようとはしない。こちらの動きを待っているようだ。
「はっはっは!確かに特殊なエフェクトが弾ける必殺技はできないな。だが晴香が教えてくれたのだ。そういうものが無い技ならば!ヒーローはわたしに力を貸してくれると!」
 わたしは刀を鞘におさめ、呼吸を整えつつ自然体で立つ。
 目の前に立つ青葉を視界の真ん中にとらえ、叫ぶ。
「七代目戦隊ヒーロー〈武者戦隊 サムライジャー〉!第二三話「武士とは」より!」
 わたしは思い出す。ヒーローの雄姿を。
「敵の名前は超獣・ネバグモラー。手が六本ある怪人で、六種類の武器を使って攻撃してくる強敵だった。」
 わたしは思い出す。勇者のこころを。
「五人のメンバーの内、四人がやられてしまった状態でサムライブルーのみが立っている。そこで放たれた技!」
 わたしは思い出す。正義のカッコよさを。
「一瞬で六本の腕を全て斬り落とした一撃!」
 わたしは思い出す!サムライブルーの技を!
「『武の道はさまざまだ。故に武器もさまざま。近くで斬るためのもの、遠くから撃つためのもの。それぞれにそれぞれの長所があり短所がある。だからオレは他人の武道に対して否定的な感情を抱いたりはしない。』」
「それは……セリフなのかしらん?」
「『だが!お前には言わせてもらおう!お前は六つの武器を……その武器の攻撃力をあてにして振りまわしているだけに過ぎない!武器を持って戦うものならばその武器の真価を引き出せるようになるまで精進するのが武人というものだ!』」
「敵に説教するのがヒーローなのん?」
「『適当に使われてきた貴様の武器……貴様には見えないのか!?そいつらの涙が!』」
「涙って……」
「『このオレが見せてやろう……武人と武器の完成形を……武士というものを!』」
「武人なのか武士なのかどっちかにして欲しいわねん。」
「『瞬雷絶刀!』」
「あ。やっと構えたわ―――」

「『蒼斬!』」

 わたしは刀を鞘におさめる。同時に後ろから音が響く。
 わたしの一撃が青葉の肩から出る機械の腕を切断した音。
 機械の腕が地面に落ちる音。
「……え……?」
 そして青葉の声。
「さすがに生身の腕を斬らないさ。だが、これで二刀流にはなったな。」
 わたしが得意げにふりかえると青葉はわなわなした声で言った。
「あなた……今、何をしたのん……?」
 青葉がこちらを見る。カッコイイヘルメットみたいなので顔は見えない。だが、その声は「驚愕」そのものだった。
「……あったしのこれにはそんじょそこらのカメラとはわけが違う超高性能カメラが付いているわん。相手の動きを一瞬で分析して先読みをする……どんなに速く動こうが見逃すわけがないわん。」
「へぇ。すごいんだな。」
「でも。今あなたの動きは見えなかった……なにもとらえることが出来なかった……瞬間移動なんてもんじゃない……これは時間を止めて移動したとしか思えないような動きよん?どういうことかしらん?そしてなんていう皮肉かしらん?あなたの今の攻撃には過程……《仕組み》がまったくない……あなたの今の動きには原因と結果しか見えなかったわん。」
「《仕組み》と言われてもな……こういう技なんだよ。こうな……画面の左にサムライブルーが立ってて、中央にネバグモラーがいて。技名を叫んだ時にはネバモグラーの後ろにいるんだよ。カッコイイだろう!」
「そんな……まさか……」
 青葉が驚き過ぎたのかなんなのか、光の剣を落とした。そして空いた手で頭を抱える。
「なんてこと……ふふっ、あははははははは!」
「……わたし、今何か面白いこと言ったか?」
「面白いなんてもんじゃないわん!どんだけ強いイメージ力なのん?どんだけ戦隊ものが好きなのん?ばかばかしいったらありゃしないわん!でもそう、あなたのやっていることこそがゴッドヘルパーの真価よねん?あはははは!」
「そんなに面白いことなのか?〈瞬雷絶刀 蒼斬〉が。カッコイイことは確かだけど……」
「撮影され、編集されたことによって映像となった「例えゴッドヘルパーの力でも実現が難しい現象」を実現させる。」
 青葉はわたしをビッと指差す。
「あなたは恐ろしい存在ねん。戦隊ものの技を刀を使うということだけで《金属》とつなげて実現させてしまう。あの、悪者を問答無用で倒してしまう技を。そのままの性質で。そりゃクリスも負けるはずよん。クリスがあなたにとって敵として認識された時点で勝敗は決まっていたようなものねん。」
 青葉は落とした剣を拾いながら呟いた。

「だってそれはもはや「空想を現実に変える力」だものねん。」

 青葉が言っていることの半分も理解できなかった気がする。あとで晴香に聞いてみよう。
「でも……あなたはあったしが倒すわん。あなたがあっちに加勢に行ってしまったら、マイダーリンでも苦しくなると思うからん。」
 わたしは青葉があっちと言った方を見る。
 リッド・アークとクロアが激しくぶつかり合っていた。
 リッド・アークにはいつの間にかキャノン砲とウイングがなかった。今は上半身裸になって、全身から紫電を発している。手にしているのは……確かチャクラムという名前の武器だ。それをブーメランみたいに投げたり、持ったままパンチしたりしている。脚からはジェットが出ていてすごいスピードで動いている。
 クロアは二丁の拳銃で戦っている。晴香が教えてくれたんだがクロアには……よくわからないが何も効かないらしい。でも本人は知らないとか。何も効かないのなら何もしなくていいと思うのだが、クロアは飛んでくるチャクラムを撃ち落としたり避けたりしている。そして……何故かリッド・アークの顔ばかり狙っている。
 よくわからないことばかりだが……とりあえず、
「うん、晴香の作戦は上手くいったみたいだな。」
 わたしは自分の役割をこなすため、今一度刀を強く握った。
「わたしもがんばらねば。」
「こっちとしてはあまり頑張って欲しくないわねん。」
 青葉はさっき落とした二本の光の剣を拾い上げ、片方のスイッチを切った。そして、切った方を未だ光の刃を出し続けている方の下にくっつけた。
「……持つところを増やした……?」
「違うわよん。」
 青葉は下にくっつけた方のスイッチを再度入れた。すると、伸びていた光の刃の輝きが増し、刃の幅が倍になった。さっきまで真っすぐに伸びていた刃は揺らぎ、燃え盛る炎のような形状になる。
「出力をあげたわん。さっきまでとは比べ物にならないわよん?」
 武器のパワーアップか。カッコイイなぁ。
「そしてもう一つん。」
カシュッという音がした。その後、青葉の着ているスーツから一回、煙のようなものがあちこちから吹き出す。プシュウという音がし、青葉は光の剣を構えた。
「さぁ……行くわよん!」
 青葉が踏み込む。瞬間、バキィッ!という音と共に地面に亀裂が入った。
「!」
 わたしがビックリした時にはすでに目の前に青葉がいた。
「つああああああああああっ!」
 青葉の咆哮。とんでもない速度で振り下ろされる光の刃。わたしはとっさに刀で受け止める。
「っつ!?」
 次の瞬間、わたしは手にものすごい高温を感じた。まるであつあつの鉄板に肌をこすりつけているような熱さ。そして同時に、わたしの腕からはビキィっという音が聞こえた。
「くっ!」
 わたしは即座に攻撃を受け流す。方向を変えられた青葉の攻撃はわたしの横を通り過ぎ、光の刃は地面に叩きつけられる。
 全力で距離をとったわたしの目に映ったのはどろどろに溶けた地面から剣を抜く青葉。
 さっきまでとは段違いだ。剣の打ちあいの中、青葉の剣が近付くと確かに、ある程度の熱は感じた。だがそれはせいぜい焚火に手をかざす程度の熱さだったはずだ。
 手の方を見ると真っ赤になっている。確実に火傷している。
 身体能力もハンパない。移動速度も力も倍以上だ。もしもさっき、受け止めた状態があと一秒でも続いていたらわたしの腕はぐしゃぐしゃになっていただろう。
でも何で突然……?
「はぁぁああっ!!」
 爆発的な加速。急接近しつつの横なぎの一撃。それを刀で受け流しつつ後退する。
「受け流すだけでもこの衝撃かっ……!」
 おそらくそう何度も受け流せないだろう。今ので腕がしびれているのがわかる。
 わたしがかわしたことで青葉はわたしの横を通り過ぎた。そのものすごい速度を止めるためか、両脚で踏ん張りながら地面を滑っていく。
 その時変なことがおきた。
「っつあ……」
 青葉は止まった。そして肩で息をしている。よく見ると脚が震えている。
「(……そうか……)」
 良く考えれば確かにそうだ。いくらすごい技術で身を固めても中身は人間だ。わたしが身体に負担をかけているのと同じように、青葉も身体にダメージをためながら戦っていたんだ。あんなアクロバティックな動きで武器を振りまわしているのだから当然と言えば当然。
 もしも青葉がリッド・アークと同じように身体を改造しているのなら話は別だっただろうけど……それならそもそもあんなスーツを着る必要が無い。
 そして今、そのスーツの……出力?を上げたんだろう。わたしを倒すために。
 青葉は短期決戦をしかけてきたのだ。
「(どうするか……)」
 再び青葉が地面を蹴る。超速でふるわれる光の剣はそこらの地面をどろどろにしながらわたしに迫ってくる。
「!」
 連撃。あのアクロバティックな動きをさっきよりも速く、強くして行われる攻撃は凄まじいの一言につきる。少しでも油断すればどろどろになるのはわたしだ。
 腕の感覚がなくなっていく。そして手の皮膚の色も変わっていく。ジュウという音が聞こえる程にわたしの手はひどいことになっていった。
青葉のこの状態があとどれだけ続くかはわからない。あと数秒かもしれないし、数分かもしれない。でも青葉は頭のいい人間だ。残り時間を考慮した攻撃をしていると思う。だからわたしがこの攻撃を耐え続けるのはきっと無理だ。
「ならばわたしも覚悟を決めねば!!」
 距離をとる。全力のバックステップで後ろにさがり、刀を構えなおす。
 あの攻撃はもう受け流せないし、防げない。手が限界だ。だから……この一撃であの武器をなんとかする!
「あああああああああああっ!!!」
 地面を蹴る青葉。その後ろには砕けた地面が舞っている。
 突き出された光の剣。攻撃の部類は「突き」。
 超速で迫る光の剣と青葉はもはやレーザービームだ。わたしの視界には光しか見えない。
 あの剣が届くまで一秒もない。

 ゴッドヘルパーの力は想像する力、イメージする力、考える力。
 「わたしの刀は折れない。」それは実現している。
 なら……ならば……!

「わたしの刀にぃっ!」
 迫りくる光の剣に意識を集中。攻撃の直線上から右に一歩ずれる。
「斬れないものはぁっ!」
 しかし、すさまじい速度の攻撃はわたしの回避を許さず、わたしを貫く。肩にものすごい高温が突き刺さる。だがそれを無視して光の剣の横にまわる。
「なぁぁああぁいっ!!」
 わたしは刀を振り下ろした。
刃が光に触れる。バキィンッ!!という音が響く。

そして、砕けた光がわたしの視界を埋めた。

「っつ!?」
 青葉から声が漏れる。その時、彼女がどんな表情をしていたかはヘルメットで見えない。
「はあああああああああああっ!」
 身体があげる悲鳴を聞きながら、わたしは身体を捻って青葉に全力の峰打ちを叩きこんだ。
 ミシミシと刀が青葉の身体に食い込む。
 そして青葉はくの字に曲がりながら、数メートルとんで地面にごろごろと転がった。
 光の剣は青葉がとんで行った衝撃で手から離れ、地面を溶かしながら転がっていった。

「……はぁ。」
 青葉は動かない。
 峰打ちとは言っても鉄の棒で思いっきり叩かれたに等しいから……それなりのダメージを負っているはずだ。……致命傷になりそうな所は避けたから生死には関わらない。
「終わったか……」
 一息ついた瞬間、手から刀が落ちた。手に……腕に力が入らない。火傷の痛みも酷い。左肩からもものすごい痛みを感じる。見ると皮膚が黒く焼けていて、ブスブスと煙をあげていた。たぶん、穴があいている。だがだんだんと痛みが遠のいていく。マヒしてきたらしい。
「……服が黒焦げだ……」
 あまりに現実離れした傷跡で逆に冷静になるわたし。
 わたしは身体のあちこちを動かして現状を確認する。
「……火傷は天使に治してもらえるからいいけど、少なくともこの戦いの中では治してもらえないだろう。あっちも戦っている。」
 両腕が動かない。血液の加速のせいか、どっと疲労も襲う。
わたしはその場に倒れ込んだ。
 空を見ると晴香がでかいロボットと戦っていた。
「……応援には行けないな。あとはみんなにまかせよう。わたしはここでリタイアだ。」


 「結っ!!」
 突然リッドが叫んだ。あたしはリッドの視線を追う。するとそこには倒れている青葉がいた。
「鎧が勝った……のかしら?」
 少し離れたところには鎧も倒れている。勝敗はわからない。だけどたぶん、青葉は動けなくなったと思う。鎧がきちんと自分の役割を果たしたんだ。
「……っつ。」
 リッドの背中から鉛筆くらいの長さの四本の棒が飛び出し、青葉の方へ飛んで行った。
 棒は青葉を囲むように地面に突き刺さると、上部が花みたいに開く。すると青葉は青い光に包まれた。
「……バリアー?」
「……どんな流れ弾が飛んでいくかわからねーからな。」
 今すぐにでも傍に駆けよりたいんだろう、今まで見せたことのない苦悶の表情だ。
「……行かないの?」
「勝ったにせよ負けたにせよ、青葉は《金属》を足止めした。それを無駄にはできない。」
 ……んま、ここで駆けよるのがいいのか駆けよらないのがいいのかはあたしにはわからないけどさ。
「このアタシを前にして他人を守る余裕を見せるとはね?いい度胸ですわ。」
 不機嫌そうな声だけど顔は笑っているクロアが二丁の拳銃をリッドに向ける。
「お前も愛する人を見つけりゃわかると思うぜ!」
 投げられたチャクラムはグネグネと蛇行しつつクロアに迫る。それをかわし、撃ち落としてクロアは連射する。リッドの顔面……もっと言えば外から狙える唯一のリッドの生身、「目」に向けて。
「お嬢様は俺の弱点に気付いたわけだが……」
仮にも銃弾。しかもだいぶ加速されているにもかかわらず、リッドはそれを避ける。
そして……もっとも恐れていたことを口にした。
「俺も、お嬢様の違和感に気付いたぜ?」


 まるで映画の中の宇宙戦争だと私は思った。
 《カルセオラリア》の中国の達人もびっくりな徒手空拳はともかくとして、同時に放たれるミサイルやビーム。それを高重力を駆使して上空へと受け流すジュテェムさん。
 そして同時に、ジュテェムさんは私の攻撃のサポートもしてくれている。
 私が雹を降らせる雲を私の隣ぐらいに作り出せば、重力を操って真横に飛ぶ雹を実現させてくれる。おかげで直接的に狙った場所に打ちこむことができている。
 腕や脚の関節、ミサイルを放つ時に開く場所、砲台の根元。いろいろな「弱そうな所」にものすごい速さで飛来する雹をぶつけている。だけどぜんぜん意味がないみたいだ。
「……違う方法で攻めないとダメかもしれないな……」
『なんども言わせるな。である。策など無い。のである。お前たちに勝ち目はない。のである。』
 ジェットで加速されたパンチを放つ《カルセオラリア》。それを重力で引っ張って跳ね返すジュテェムさん。
「……それなら……」
 ジュテェムさんが瞬間移動と言ってもいいような速度で私の横に来た。
「雨上。少しだけあれの足止めをお願いできますか?」
「……やってみます。」
 イメージする。《カルセオラリア》が嵐の中にいるのを。
「はぁあっ!」
 瞬間、《カルセオラリア》を暴風が襲った。一つの大きな竜巻の中に《カルセオラリア》が閉じ込められ、その中にさらに小さな竜巻が五、六個渦巻く。そして同時に雨と雪と雹が吹きあられ、雷がその中を引き裂く。
 大きな竜巻の中で起きていることなので外には漏れない限定的な嵐。だがもしもその中に人が入れば数秒ともたずにズタボロになるだろうし、建物は崩壊するだろう。そんな嵐を起こした。
だけども。
『うわわ。である。バランスがとりづらい。である。姿勢の制御が大変!である。』
 バランスを崩すだけの《カルセオラリア》だった。
 しかしそのちょっとした時間で十分だったみたいだ。
「グラビティ・ボールッ!」
 私より少し上の所にいるジュテェムさんは両腕を高くあげていて、そこには中心部分が真っ黒でそのまわりが紫色をしたバスケットボールぐらいの球体が浮いていた。
「健康に悪そうな色ですね……」
「面白い感想ですね、雨上?」
 ちょっと笑ったジュテェムさんはその球体を嵐の中の《カルセオラリア》に向けて投げつけた。
『む。である。』
 嵐の中を物ともせず進むジュテェムさんの攻撃は《カルセオラリア》の左腕に当たった。
 ベコォッ!
 ものすごい音がした。ドラム缶を一息でぺちゃんこにしたらこんな音がするんじゃないかと思うような音。
 《カルセオラリア》の左腕はジュテェムさんの攻撃が当たった場所を中心にしてグシャリと潰れた。それはもう原形をとどめないというのはこういうことを言うんだろうというぐらいに。
『……左腕損傷。である。』
 何もなかったかのように告げる《カルセオラリア》は潰れた左腕を切り離す。瞬間、ジュテェムさんがそれを空の彼方へと飛ばした。
『ちょっと驚いた。のである。』
微妙に声のトーンが落ちた気がする。
「高重力は一瞬しか出せないとわたくしは言いましたね。」
 ジュテェムさんが私の横に来る。
「ではそれを超える重力は?答えは簡単、一瞬でも出したらその辺の地面という地面が建物ごとめくれます。それは困りますから、超高重力を起こす時はまわりを同等の重力場で包んで攻撃したいところ以外への被害を防ぐ必要があるんですよ。」
「それがあの球体ですか……」
「ええ。あの球体の中心にはそれはそれは数に表せば小学生が口にするようなバカみたいな桁数の数字になる程の重力がかかっているんですよ。」
「すごいですね……ともかく、片腕を奪いましたよ。」
「雨上が足を止めてわたくしが攻撃。こっちの方がいいかもしれませんね。というか雨上が本気で足止めをするとああなるんですね……最初からこの方法で攻めていればよかったかもしれません。」
「私はあれほどのことを起こしてもバランスを崩すだけのあいつにびっくりですけどね。」
「あはは。雨上がそんな態度ですからわたくしもついつい《天候》を過小評価してしまいました。最初に出した四本の竜巻が全力なのかと思ってましたよ。」
 戦いの最中に世間話でもするように会話をする私たちを気にも留めず、《カルセオラリア》は呟く。
『ふぅむ。である。《天候》の攻撃はそれほど脅威ではない。のである。だから攻撃目標はさっきと変わらず《重力》だが……脅威でないとは言え、《天候》も野放しは危険。である。』
 《カルセオラリア》が残っている右手をあごにあてて何かを考えている。
『切り札というのは最後の最後まで取っておくもの……しかしこの場をそれとすれば問題はない。である。』
……切り札……?
『出撃。である。』
 《カルセオラリア》の両脚の側面がパコパコと開いた。そして、中から小型の何かがたくさん出てきた。一つ一つは小さい……とは言っても一つが私の身長ぐらいある。
それは戦闘機を小さくしてデフォルメした感じの子どものおもちゃみたいなデザインの飛行機だ。ただし、その両翼には小さい砲身が見える。
 そして、それらはその小さい砲身からビームを一斉に放った。
「っつ!!」
 ジュテェムさんが両腕を前に突きだす。ジュテェムさん自身に向かってくるビームも私の方に向かってくるビームも全て曲げる。
『この小型機にはそれほど高度な頭脳は無い。のである。だからフェイントとかはできない。のである。だが……数で勝負。である。』
 《カルセオラリア》が攻撃を再開する。左腕がなくなってもおとろえない徒手空拳の嵐。ミサイルにビームの雨あられ。それに加えて今は小型機のビーム。
「はああああっ!」
 ジュテェムさんはその全てを《重力》を使って防ぐ。私に飛んでくるものも全て。今ジュテェムさんの頭の中はどうなっているのか。どれだけの速度で情報を処理しているのか。目に映る数を数えるだけでも大変な攻撃の嵐に対処している。それがどれほどすごいことか。
 これが長い時間を生きて経験を積んできたゴッドヘルパーってことなのか……?
「……っつ、しっかりするんだ私!」
 攻撃はジュテェムさんが防いでくれている。フリーなのは私だけ。そしてさっきまでやってきた《天候》の使い方では《カルセオラリア》に効果が無い。
 今ここで新たな攻撃方法を考えなくちゃいけないわけだ。
「どうすれば……空。」
『わたしははるかのそうぞうをぐげんかするよ。いくらでもちからをかすよ。でもあたらしいことをかんがえることはにがてかな。』
「……そうだ。私は第三段階っていうやつなんだ。なんでもできるはず。あとはイメージするだけ。思いつくだけなんだ。」
 考えるんだ。ジュテェムさんがもちこたえている間に。
 イメージのヒントは?何かないか…………
「……ビーム……」
 ジュテェムさんが軌道をずらしているビームが目に留まる。
「ジュテェムさん!そのビームをそのままあいつに返せますか!?」
 攻撃の対処に集中しているからだろう、途切れ途切れ答えが返ってくる。
「ちょっと……できませっ、んね。一八〇度向きを変えるにはっ……さっきの超高重力以上の重力が必要ですっ……それを安全な状態で発生させるにはさっき……のようにボールを作らないと……いけ……ませんからすごく時間がかかって……結局無防備になります……ざっと一分はいりますから……。」
 私の嵐で稼げた時間はせいぜい一五秒ぐらいだったと思う。そもそもこの猛攻撃の中そんな時間を作る余裕はない。
 ロボット戦の基本として、自身が装備する武器は相手を破壊するためにあるからそれはもちろん自分自身も破壊できる。(と、とある主人公が言っていた。)
「あれをはね返すことができればてっとり早かったんだけど……」
 そこまで考えて私は思った。
 私も頑張ればビームが撃てるんじゃないか?と。
「そうだ……目の前に本物のビームがあるんだからイメージはし易い……雷を真っすぐに、真横に飛ばすイメージだ……さっきジュテェムさんのおかげで雹が真横に飛ぶ光景を見たから……本来なら「降ってくる」ものが「横に飛ぶ」イメージは出来るはずだ……!」
 折れ曲がる軌道を真っすぐに。
 上から下を右から左に。
「上にある空を横に寝かせるイメージ……いや、そうするよりは……」
 そう、私は前に手の中に収まる小さな空を感じたことがある。クリスとの戦いで私が目にしたのは手の平サイズの青色の球体から雷が発射される光景だ。あれも上から下ではなく下から上だったし、途中で曲がったりもした。軌道も操れるはず。
「あれを……もう一度……!」
『わかったよ、はるか。』
 あの時の感覚を思い出す。あの空をこの手につかむ感覚……いや違う。切り取る感覚。決して支配じゃない。すこし分けてもらう感じ。
全ての《天候》を内包する球体。感情の宝箱。
「名前をつけるなら……」
 名前。それの持つ意味の大きさはジュテェムさんが教えてくれた。少し違う使い方だが名前をつける。名前をつけることでイメージを明確にする。私がこの手の平に出現させたいのは……

「空の……空だけの……《箱庭》……」

 すると右手に温かみを感じた。とても穏やかで、優しい風が私の手の平の中心に集まる。風が渦を巻き、球体へと変わり、色が付く。
 風が解けると、そこには青い球体があった。
手の平から一センチほど浮いた状態で固定されたそれは、やはりというか何というか、とても不安定だった。
「安定……しない……」
 大きくなったり小さくなったり、時に消えてしまいそうになる球体を安定させるため、私は集中する。これは当たり前なのだと。それほど特別なことではないと。
 友達が消しゴムをかしてくれたくらいの……ことなのだと。

 その時、わたくしはとても落ち着かないプレッシャーを受けました。一瞬、《カルセオラリア》の攻撃を防ぎ損ねてわたくしに攻撃が飛んできたのかと思いましたが……そうではありませんでした。
 《カルセオラリア》の攻撃はおとろえる気配がなく、このままではわたくしが疲労し、処理が鈍って決着してしまう。そう考えているところでした。雨上が何か打開策を見つけてくれないだろうかと期待していました。そう考えた瞬間のこのプレッシャー。
 この感じは以前にも経験があります。わたくしがこころを奪われた女性が底なし沼のようになったコンクリートに沈んだとき。助けに行こうと思った瞬間、地面をつきやぶる雷が放たれ、そこから出てきた青色の球体。中には彼女がいました。その時に感じたものと同じでした。
気配の大きさで言えばその時の方が大きかったですが質は同じ。確か、このプレッシャーをメリーさんはこう表現していました。
『まりゅで魂がふりゅえていりゅみたいだね。』
 その力に対する恐怖なのか、憧れなのか、敬意なのか。内容はわかりませんが確かに感じるこのプレッシャー。
 この気配こそが……第三段階。

 横向きの空は用意できた。あとは真っすぐに雷を撃つだけ。だけど球体自体が不安定でとても雷の軌道を制御できるとは思えなかった。
「雨上!」
 なんとか制御しようと四苦八苦している私をジュテェムさんが呼ぶ。見ると、ジュテェムさんが肩越しに私を見ていた。そして目が合うとジュテェムさんはコクンと頷いた。
 ジュテェムさんがタイミングを決めてくれるのか、それともこちらに合わせるのかは分からなかったがこれだけはわかった。私にその力を放てと言っていると。
「……!」
 放つ。これで決める。そうだ……私には雷を落としたい場所に落とす方法がある……!
 これが……私の、私だけの《天候》!
「はぁっ!」
 私は青い球体……《箱庭》を《カルセオラリア》の方へ突きだし、私から《カルセオラリア》へ、横方向に伸びる竜巻を放つ。
 竜巻の直径は五メートル程。《箱庭》というよりは私の身体のまわりから放たれた竜巻。それを合図にしてか、ジュテェムさんが行動に出る。
「ふんっ!」
 その時放たれていた全ての攻撃を防ぎつつ、《カルセオラリア》を《重力》で引っ張って竜巻の伸びて行く直線上に誘導する。
『おう?である。』
 突然場所を移動させられた《カルセオラリア》のちょうど胸あたりに竜巻がぶつかる。
 その瞬間、世界が止まった気がした。
 コンマ数秒の世界がひどく鮮明に見える。
 その程度では揺らぎもしないと、不思議そうに自分の胸にぶつかる竜巻へとその赤く光る目の視線を移動させる《カルセオラリア》。
 《カルセオラリア》を移動させた後、真横に伸びる竜巻に目を丸くしているジュテェムさん。
 ああ、なるほど。
 第三段階……なるほどなるほど。
 そういえばチェインさんが言っていたなぁ。
『あなたはこの地球という星を包む、地面と宇宙との間にある空間の支配者なのよ?』
 空の下で起きることを全て《天候》と定義するなら……確かに私は支配者たりえるんだな。
 でも……それはなんかいやだな。
 苦笑いをしながら私は右手の《箱庭》にお願いを送り、漫画の主人公のように叫んだ。

「くらぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!」

 《箱庭》から青白い光が音も無く放たれる。雷の通り道として用意した竜巻を……中を通るどころか飲み込みながら突き進んだ光は《カルセオラリア》の胸に直撃する。

 そして何の抵抗もなく貫いた。

 一拍遅れて響く轟音。雷鳴と呼ぶにはあまりに強大な破壊力を持った音。
光によって膨張する空気が爆発し、私は宙を舞う。
視界がグルグルと回る中、私は確かに見た。
赤く光っていた《カルセオラリア》の目が……消えるのを。
ぐらりと、突然糸を切られた操り人形のように後ろへ倒れていく《カルセオラリア》。そのまま下のビル等を破壊しながら落下するかと思ったところでぴたりと落下が止まる。
風とかを使ってなんとか体勢を立て直した私の目に映ったのは肩腕を前に突き出しているジュテェムさんと空中で止まる《カルセオラリア》。《重力》で止めているのだろう。
「……宇宙旅行を楽しんできて下さいね。」
 ジュテェムさんがそう言った瞬間、《カルセオラリア》は瞬間移動でもしたんじゃないかと思うスピードで空の彼方へと飛んで行った。それはまるで空から降ってくる隕石が逆向きに飛んでいるかのような……そんな光景だった。
「……狙ったんですか?雨上。」
 ジュテェムさんはゆっくりと降下しながら同様に下りていく私に尋ねる。
「なにがですか?」
 貫いただけであっさりと終わった戦いに若干呆けている私は特に考えもせずに答える。
「重力制御装置ですよ。あの貫いた場所がちょうどそこだったみたいでしたよ?穴が開いた瞬間にわたくしの《重力》が全体的に効くようになりましたから。」
「うぇっ!?いやぁ……偶然ですね。完璧に。」
 地面に立つ。なんだか久しぶりに……こう言うと変だが身体に《重力》を感じる。
「やっぱり……《重力》ってすごいですね。」
 今回は相手が重力制御なんてことをしてきたからあれだったけど……普通の敵なら相手にすらならない。だって一瞬で空の彼方へと飛ばされるのだから。
「そう思うのは現象がシンプルだからですよ。」
 ジュテェムさんは真っすぐに私を見る。
「わたくしの力なんて……物理の世界では「g」の一文字で表されるような簡単なものなんです。シンプル故に扱いも簡単。だからすぐに扱えるようになり、強くなりますが……そこで終わりなんですよ。根本的にはたった一文字の現象ですからね。でも雨上、あなたは違います。《天候》を式で表すなんて不可能です。その分、可能性が広がっています。今のビームのような雷のように。真横に飛びだす竜巻のように。」
「でも……私は空の彼方に飛ばされたらそれで終わりですよ?」
「そうでしょうか?宇宙に飛び出す前にあらゆる《天候》を駆使してあなたは地上に戻って来る気がしますけどね。」
 ジュテェムさんはゆっくりと言う。
「あなたが戦う理由はわかりませんが……もっと自分の力に自信を持ってもいいと思いますよ?《天候》はその昔、人が神の所業と思った程の物なのですから。」
 強くなれる可能性……か。友達を守るためには強い方がいいことはわかる。今後、いつかどこかで自分の非力に涙する時だってくるかもしれない。そのために私は強くなる必要が……ある。
 強くなること自体は歓迎するべきことだろうけど……抵抗があるのは何故だろうか?
 私は《天候》を……空をそんな風に使いたくないのかもしれないな。
「……なにはともあれ……勝利しました。それに、《天候》の力を間近で見れました。わたくしは満足です。しかし戦いはまだ終わっていません。雨上は……あちらの方の所へ行ってあげては?」
「あちら?」
 ジュテェムさんが指差す方を見るとそこにはしぃちゃんが倒れていた。
「しぃちゃん!」
 私はあわてて走り出した。


 「……なんだかんだで何もなかったな。」
「何かあって欲しかったの?ホっちゃんは。」
「そうじゃぞ。もしものための備えなど使わないのが一番なんじゃからな。」
「ホっちゃんのこちょだからもにょ足りないって思ってりゅんでしょ?」
 わたくしがてくてく歩いているとそんな声が聞こえてきました。
「おちゅかりぇ、ジュテェム。」
 弾ける笑顔でメリーさんが迎えてくれました。
「ジュテェムのおかげで……こっちには何も落ちてこなかったわよ。」
「こういう時、物理法則系の力はいいよなぁ。」
 メリーさんに何かあってはこと。そういう理由で今までここにいた皆さん。
「これで……こちら側に何かが飛んできたりする可能性はほとんど無くなりましたね。これからどうしますか?援護に行きますか?」
 わたくしの質問に答えたのはチェイン。
「そうね。ここで突然の伏兵って言うのはちょっと考えにくいものね。」
「そうとは限らねーぜ?ホントに最後の最後まで出てこねー奴がいる可能性はあんだろ?例えばメリーさんを倒すことだけが目的の奴とかな。」
「そうじゃなぁ……援護に行きたいのは山々じゃが……もしもという可能性がのう。まぁ、そんなことを言っていたら何も出来んのじゃがな……」
「手はだしゃなくていいよ。」
 わたくしたちが迷っているとメリーさんが言いました。
「だって……しょんにゃ必要がにゃいもにょ。」


 「《カルセオラリア》が負けたか……」
 クロアの銃弾を防ぎつつリッドがそんなことを言ったからあたしは空を見た。
「あのでかいのがいなくなってるわ。なんかさっき青い光が一瞬光った気がしたし……きっと晴香がすごい雷を撃ったんだわ。」
 ま、《天候》は伊達じゃないわよね。さすが晴香。
「どういうことですの!!」
 クロアはリッドのさっきの一言を聞いてからだんだんとイラついているみたい。
「言ったろ?違和感に気付いたって。」
 リッドはさっきまでとは違う攻撃の仕方をしてる。クロアに直接チャクラムを投げたりはしないで辺りの建物の看板とかを切断してクロアの頭上に落としたり、地面にすごい力でパンチして瓦礫を飛ばしたりしてる。
「さっきから!このアタシをなめているんですの!?」
「いんやぁ?」
 たぶん、クロアの力に……《常識》に気付きつつある。かなりヤバイ状況。あたしたちが援護をしたいんだけど……
「あんで?あんでリッドの武器の動きが見えないのよ!」
 砲弾とは違ってパンチとかは放ってからこっちに来るまでの時間がめちゃくちゃ短い。だからたとえ軌道が見えても避けられない。でもあのチャクラムは遠距離攻撃。あれは避けれる範囲の攻撃。
 クロアを援護するにはあのチャクラムを避けれないと話にならないんだけど……なぜかあれは軌道が見えない。
「南部!」
「……たぶんぼくのイメージのせいだね……」
「あんたのイメージ?」
「《世界方眼紙計画》は視界に物の軌道とか、物体の重さとかを一度に表示するもの。それを行うにあたって……ぼくが参考にしたイメージっていうのがある。」
 今あたしの視界に見えてる世界の元……イメージの柱……
 あたしは感情系だからイマイチわからないけど、晴香とか鎧が言うにはイメージっていうのが大事なんだとか。何かこう……非常識なことを起こすには。
「ぼくのイメージは……コクピットなんだよ。」
「コクピット?」
「ロボットアニメとかでさ、主人公たちが乗るロボットのコクピットには敵の位置だとか残りの弾数とかが表示されてるモニターがあるだろう?」
「ああ……敵をロックオンしたりすると十字マークが出たりするあれ?」
「そう。だから……ぼくのイメージはズバリ機械の目なんだよ。そして、見えないっていうことはつまり機械の目では見えないような何かがあれにはあるってことなんだよ。」
「もしかして……前に晴香の部屋で見たステルスとかいう飛行機みたいな感じ?」
「たぶん。なまじ機械の目をイメージし過ぎたからそんなことまで忠実に再現しちゃってるんだ。きっとぼくにとっても無意識の、それでいてぼくにとっては《常識》であるこの現象を。」
 ゴッドヘルパーの力が裏目に出た感じね……


 私はしぃちゃんの横にしゃがむ。
「しぃちゃん!?大丈夫ですか!?」
「晴香か。大丈夫だ。」
「いや、でも、肩に……穴が……」
 目を背けたくなる痛々しい傷。すごい嫌なにおいがしている。
「うん……痛すぎてマヒしてる感じだな。それよりも伝えることがあるぞ。」
 そこで私は青葉の力をしぃちゃんに教えてもらった。
 《仕組み》のゴッドヘルパー。
 なるほど。あの未来の技術かと思うしかなかったあれはそういう経緯で存在していたのか。
 私はリッド・アークを見る。
 作戦通りに武器を失っている。でも新たな武器を出して……なんかロボットみたいに脚からジェットを出している。なんだあれは?あれも青葉の力……?
「雨上くん!」
 振り向くと音切さんと清水さんが横に立っていた。
「作戦通りに武器を破壊した。でも見ての通りだ。想定されてなかった事態が起きた。」
「あれは……どういうことなんですか?」
 そして私は音切さんからリッド・アークの身体のことを教えてもらった。
 機械の身体。
 それであんなことになっている訳か……
「でも……一番大事なのは……」
「ああ。それは大丈夫そうだ。《音》を拾って会話を聞いたりしてわかったことだが、どうやらあいつ、脳と目が機械じゃないらしい。」
 脳と……目。
 私は清水さんを見る。
 もともと大人しい性格だからか、この状況にびくびくしているみたいだった。でも、清水さんこそが私の考えた作戦の要。
 考えてた時と状況が違うけどそこは変わらない。
 私は翼たちの方を見る。クロアさんがリッドと戦っている。たぶん、目を狙ってるんだろう、クロアさんが……と言うよりはリッド・アークが顔を守りながら戦っている。
 たぶん、あのままじゃあたらない。アザゼルさんの話によれば銃弾を避けていたとのことだから……いくら速度が上がってもあたらないと思う。身体が機械なら全身が銃弾を防ぐ盾になるわけだし。仮に腕とかをかいくぐっても、目を閉じるだけで防がれる可能性だってある。
 やっぱり必要なのは清水さんの力。
 問題は……タイミング。


 俺私拙者僕はルーマニアくんを見ていたのだよ。
「あれま。なんだか苦戦してるのだよ。このままじゃ……あれになるかもしれないのだよ。うぅん……あれをやるならこの辺に防壁を張らないといけないのだよ。」
 この辺一帯が……たぶん《空間》のやった空間遮断も粉砕してクロアちゃんたちがいる辺りにも被害が出るのだよ。
「でもまぁ……あれを見ればみんなあきらめれてくれそうなのだよ。」
「アザゼルゥゥゥ!!」
 久しぶりに攻撃を避ける俺私拙者僕。超圧縮された炎の塊が槍のように飛んできたのだよ。
「おやおやまあまあ。サタナエルくんジャマイカ。おひさなのだよ。」
「おひさじゃない!裏切り者めぇ!」
 彼は堕天使サタナエルくん。俺私拙者僕が所属してたグリゴリのメンバーの一人なのだよ。
「お前が……お前が「人間の女の子って可愛いよねー。」と言った時!おれは……おれは涙が止まらなかった!わかってくれる奴がいたかと感動したものだ!」
「いやいや。実際可愛いと思っているのだよ?ただ……俺私拙者僕はクロアちゃんくらいの年齢が好みなのだよ……」
「くっ!そのことでお前と何度も議論したことはおれにとってはいい思い出だ!しかしお前は裏切ったぁ!」
「だぁって……小学生くらいの女の子捕まえて「おれをお兄ちゃんと呼ぶがいいあっはっはー」とか言ってる人と一緒にいたくなくて……」
「そこじゃねぇ!おれが言ってんのはお前が神の側に戻ったことだ!お前の人間に対する愛は偽物だったのだろう!」
「むむ?聞き捨てならないのだよ?俺私拙者僕の愛は本物なのだよ。彼らが好きだからこそ、毎日彼らの文化に触れているのだよ!アニメ万歳!」
「そっちでもねぇ!おれたちを捨てて戻ったことを言ってんだ!」
「……きみたちは幸せそうだったのだよ。天界にいるよりも。天使として生まれたから神の命令を機械のように聞くなんて全然幸せじゃないのだよ。きみたちはきみたちの幸せをつかむために動いたのだよ。それでいいんのだよ。ただ……俺私拙者僕にとっての幸せは友達と一緒にいることだった……それだけなのだよ。」
「うっ……」
「言葉よりも戦いで示すのだよ。感情任せの行動こそが本質を表すのだよ。さぁ、前みたいにぶつかり合おうジャマイカ!このロリコンめ!」
「やかましい!おれらから見れば人間なんか全員年下だろうが!」
 自らの信念を通すため。
俺私拙者僕は一つの山ぐらいなら消し飛ばせるほどの光を。
サタナエルくんは世界一の湖ぐらい一秒で蒸発させられる炎を。
 それぞれの右手にまとい、ぶつける!
「大人と子供の境目という絶妙なポジションにいる時、曖昧なこころが存在することでツンとかデレとかが発生し!そこに世界最強の女の子を生むのだよぉぉ!!」
「汚れを知らないピュアなハートこそが!その先に待ち受ける苦難を乗り越えるために力を蓄える時こそが!一番輝く女の子を生むのだぁぁ!」

 オレ様はどこからともなくアホな会話を聞いた気がして力が抜けた。
「……この力の抜け具合はアザゼルだな……」
「グリゴリの連中はふざけたやつばかりだな。」
 ファルファレロがあきれた感じで呟く。
 オレ様の首を片手でつかみながら。
 オレ様を地面から三〇センチぐらい浮いた場所に固定しながら。
「苦しいんだが?」
「自分の弱さを呪えルシフェル。」
 目の前に剣先が突きつけられる。
「三メートルはある剣の剣先が見えるって、一体ファルファレロはどこを持ってんだよ!」って突っ込まれそうだがオレ様の言っていることは間違ってない。三メートルある剣は今もファルファレロの手の中だ。ただ、オレ様には向けられてない。オレ様に向けられてんのは……どっからか出現したバカでかい剣だ。その辺に建ってるビルくらいはある剣。
完璧に負けた奴の構図だぜこりゃ。
「グリゴリと言えば……シェミハザはどーしてんだ?」
「サマエルに忠誠を誓っている。ようは……お前を今も待っている連中の一人となっている。馬鹿げてるよなぁ?本人がこの様だっつーのによ?」
 バカでかい剣が黒いオーラをまとう。かなりの量の魔力が剣に注がれていくのがわかる。
「……その剣でオレ様を殺そうと?」
「そうだ。首一つですむとは思うなよ?身体は塵すら残らない。」
 オレ様は剣先を見る。……はっ、何度も見た光景だぜ……
「懐かしい奴を思い出したぜ。オレ様と幾度となくやり合った相手。宿敵ってやつだな。」
「状況を理解出来ているか?突然思い出話とはな。いよいよ狂ったか。」
「まぁ聞けよ。《シュバイロス》が出来あがってからは天使との戦いもそれなりに有利になったが……やっぱり強い天使は強い。オレ様達が大天使を相手にすること自体は変わらなかったよな。」
「それがどうした。」
「オレ様は悪魔のトップ。そんなオレ様を相手にするんだから神でなくちゃ釣り合いがとれねーよと思ったが……神はあの戦いには一切顔を出さなかった。代わりにオレ様の相手をしたのは大天使中の大天使。天使のトップ。かつてオレ様の隣に座ってた奴だった。」
「何が言いたい?」
「わざわざ思い出しやすいようにしてやったのに……思いださねーのか?そいつとオレ様の戦いをよ。」
「……?」
 首を傾げるファルファレロ。
「んん?まさか見たことねーのか?オレ様の本気。たぶん雨上だって知ってんぞ?」
「何の……ことだ……」
「ああ!そうかそうか。確かあいつ、オレ様と戦う時はいつも強力な結界を作ってオレ様を閉じ込めた後にその中で戦ってたな。そうかそうか。それじゃぁ……上級悪魔ごときじゃ入れなかったか。たぶんサマエルは知ってるぜ?」
「何のことだっつってんだ!」
 ファルファレロがオレ様をさらに上へ持ち上げる。それに連動してか、バカでかい剣が少し後ろに下がってオレ様を突く態勢に入る。
「んあぁ……要はな。」
 オレ様は笑う。ニンマリと。

「オレ様を殺したいならミカエルの奴でも連れてくんだな。」

 サタナエルくんをやっつけた(足元に転がっているのだよ)俺私拙者僕は感じ慣れた凶悪な気配を感じたのだよ。
「!!っ、ルーマニアくんのアホォォ!!」
残りの魔力の全てを使って結界を作る。事態に気付いたムーちゃんも協力してくれたのだよ。
「ルーマニアの奴、あれになったのね。」
「まったく、自分の力の強大さをわかって欲しいのだよ。成るだけで世界に亀裂が走るとさえ言われたモードなのに。」
 実際、俺私拙者僕たちだけじゃ力不足なのだよ。やっぱりミカエルくんクラスの結界は作れないのだよ……
 ルーマニアくんを中心に黒い衝撃が広がったのだよ。まわりで戦っていたランドルトくんとかその他の悪魔の皆さんが吹っ飛んだのだよ。
 俺私拙者僕とムーちゃんも踏ん張らないと飛んでいっちゃうくらいのバカげた量の魔力の奔流なのだよ。
「ルーマニアくん……本気モードなのだよ。」
 空を覆いつくすかと思うほどの大きな二枚の翼。
 ちょっと振るだけで天使の軍が吹き飛ぶ尻尾。
 一本の武器を除いてあらゆる攻撃をはね返す絶対硬度の身体。
 天使のあらゆる武装を引き裂く爪。
 目にしたものの精神を崩壊させると言われる紅の瞳。

 人間たちが記した神話の中に登場するミカエルくんはよく竜と戦う姿を描かれるのだよ。
 人間の皆さんはその竜を悪魔の象徴として扱っているのだよ。
 しかし、人間の皆さんだってわけも無く悪魔を竜として描くことはないのだよ。つまり、その竜にはちゃーんとモデルがいるのだよ。
 さてさて、じゃあ実際はその竜が一体誰なのかというお話なのだよ。
 大天使ミカエルくんと死闘を繰り広げた存在。
 またの名をサタンとする大悪魔。

 悪魔の王・ルシフェルが黒き竜となって俺私拙者僕らの眼前に現れたのだよ。

 「うわぁぁああぁぁっ!!」
 情けない子どもみたいな叫び声はルシフェルくんの足元から聞こえたのだよ。
 ものすごく大きな剣を振りまわすファルファレロくん。
 振るわれた剣はルシフェルくんの首を切断しようと迫ったのだよ。
 でも、あっけなく砕けたのだよ。
 さらに振りまわされる三メートルくらいの剣も砕けたのだよ。
 ルシフェルくんが吠えたのだよ。
 それだけでその甲冑をひびだらけにしながら飛んで行くファルファレロくん。
 例え《シュバイロス》であっても関係ないのだよ。戦闘技術程度では埋められない絶対的な力の差というものがそこにはあるのだよ。
「悪いなファルファレロ。」
 ルシフェルくんが呟くのだよ。
「悪魔を裏切ったのは確かだ。オレ様がその時信じた幸せに向かって突き進んだ結果だ。オレ様の幸せで振りまわしちまって悪いと思っている。だがな、悪いと思ってもやめる気はない。オレ様は……傲慢だからな。」
 ルシフェルくんの口から黒い炎が放たれたのだよ。その炎はファルファレロくんを飲み込み、消滅させたのだよ。そして。
「あ……あれがルシフェル……!」
「勝てるわけがねぇよ!くそっ!」
「に……逃げろォ!!」
 さっきまでこちらを攻めていた悪魔の皆さんが一斉に逃げていくのだよ。一体が魔界への扉を開いたと思ったらそこに悪魔が殺到したのだよ。
 一分も経たない内に、この場にいた悪魔はいなくなったのだよ。
「最初っからこうしてくれればよかったのにね♪」
 ムーちゃんがため息をつく。
 黒い竜は黒い炎に包まれ、いつの間にかいなくなり、いつものとんがり頭のルーマニアくんがそこに立っていたのだよ。
 スタスタとルーマニアくんはこっちに向かって歩いてきてこう言ったのだよ。
「できればやりたくなかったんだけどな。あれやると大変だから。」
「わかってるのなら一言声をかけてからにして欲しかったのだよ。」
「何とかなったからいいんじゃない?」
 俺私拙者僕、ルーマニアくん、ムーちゃんがあははと笑っているのを他の天使が呆然と見ているのだよ。
 そして、嬉しそうに笑う堕天使が一人。
「素晴らしい!!」
 ずっと宙に浮いて下を眺めてたサマエルくんが叫んだのだよ。
「そのお姿!一体いつ以来か!私は感動のあまりに涙が出てしまいましたよルシフェル様!」
 サマエルくんは狂気ともとれる嫌な笑顔をしているのだよ。
「圧倒的!ああ、私などが今は悪魔の王として君臨しているのが恥ずかしいです!やはり貴方でなくてはいけません!ああ……」
 サマエルくんはとても嬉しそうなのだよ。

 オレ様は笑うサマエルを無視する。
「んで、今はどういう状況なんだ?」
 オレ様が訊くとムームームが答えた。
「ルーマニアが変身したおかげで空間の隔離みたいのは解けてるよ。今なら援護に行けるね♪」
「ただまぁ……見たところ援護もいらなそうなのだよ……」
 さっきまで空に浮いてた戦艦(途中でロボットになってた気がしたが……)はいなくなってるし、青葉だったか、あいつも倒れてる。ただ、なんかバリアーみたいのが張られてっからこっそり記憶消去もできなさそうだ。リッド・アークの仕業か?
「ルーマニア!!」
 オレ様が辺りをキョロキョロと見てると雨上の声が聞こえた。見ると鎧が倒れてる横にしゃがんでる。どーも鎧がケガをしてるみてーだ。
 だいぶ危険な傷と見たのか、ムームームがそれに気付くと超ダッシュで近付いて治癒に入った。
 オレ様は雨上に近づいて状況を尋ねた。
「ご覧の通りだ。残す敵はリッド・アークのみってとこだな。これ以上の敵が現れなければ。」
「無いとは思うんだがな。」
「とうかルーマニア。さっきドラゴンになってなかったか?真っ黒な。」
「んあぁ。なったが。」
「そうか……んじゃぁ神話を書き換える必要があるな。」
「そうなのか?ミカエルとオレ様の死闘が違う形で書かれてのか?」
「……そもそもミカエルが竜と戦うっていうイメージが生まれた大元は……ミカエルとサマエルの死闘ってことになってたはず。少なくとも私が読んだ神話はな。」
「ひでぇなぁ……」
 オレ様はまだ笑ってるサマエルに話しかける。
「おいサマエル!お前の自慢のゴッドヘルパーはリッド・アークだけになったぞ?こっちの数は言わなくてもわかるよなぁ?まだ勝ち目があると思ってんのか?」
「リッド・アークだけ……ですか。いえいえ、まったく問題ありませんよ。むしろこの状況を待っていた感じですので。」
「なに……?」
「ゴッドヘルパーの脅威。青葉の技術もそうですけど……もっとわかりやすい圧倒的な力がリッド・アークにはあるんですよ。」
 満面の笑みのサマエルはオレ様達にオレ様達の考えの根底を覆す一言を放った。

「リッド・アーク一人でここにいるゴッドヘルパー全員を倒せますので。」

 オレ様達は花飾たちの元へと走る。


 「晴香!応援に来てくれたのね!」
 翼が嬉しそうに私を見る。つまりは……今、苦戦しているということだ。
「やばいのよ……リッドのやつがクロアの力に気付きつつあんの。」
 クロアさんの力。《ルール》のゴッドヘルパーの力。
 クロアさんの場合は《ルール》、《当たり前》を否定する力を指す。
 砲弾をその身に受けたら人は死ぬ。そんな《当たり前》をクロアさんは否定できる。でも同時に、デコピンなんか受けても死なない、そんな《当たり前》も否定してしまう。
 本人に話してしまうと逆に危険度が上がるからアザゼルさんも話せていない力。
 もしもリッド・アークがそれに気づいてしまったら逆に利用される可能性は高い。下手したらデコピンしかしてこなくなるかもしれない。そうなったらクロアさんはわけもわからず大ダメージを受けることになる。
 そうなる前に、クロアさんの力が有効な内に、援護をして一緒にリッド・アークを倒さなくちゃならない。
「でもね、ちょっとした偶然が重なって……南部の力じゃ見えない攻撃があんのよ。それであたしたちは近付けなくてさ……」
「あの輪っかのこと?」
「そうよ。」
 あの武器は遠距離武器っぽい。私たちが遠くから援護をしようとして、それに気付いたリッド・アークがあれを飛ばしてきたら……下手したら避けれずにまともに受けることになる。なにせ《視力》の力が無ければ速く動けるだけのただの人なのだから。それにまだ隠してる武器がある可能性もある。
「それなら心配ないんじゃねーか?」
 ルーマニアが両手を前に出して私に笑いかけた。
「オレ様達天使が動けるようになったんだ、それぞれがパートナーについて障壁を張れば……」

「そうは行きません。」

 サマエルの声がした。と思ったら突然ルーマニアに鎖が巻きついた。
「ルーマニア!?」
「これは……《グレイプニール》か!」
 なんだ、聞いたことある名前だな……なんだったかな……
「天界のとある獣を動けなくするときに使われた鎖なのだよ。」
 同様に縛られているアザゼルさんが言った。見ると他の天使も縛られている。
「これを破るのはちょっと俺私拙者僕らじゃ無理なのだよ……」
「ルーマニア、さっきの変身をすれば。」
「いやだめだ……あれはまわりに被害を抑える結界を張らねーと……変身しただけでお前たちが死ぬことになる。そういう凶悪な力なんだあれは……」
「すみませんルシフェル様。これも私の今日の目的のため。お叱りは後で受けます故。」
「くそっ!」
 ルーマニアたちの援護も受けられない。どうすれば……
「援護なんて必要ありませんわ!」
 クロアさんの声が響く。
「こんなガラクタ、このアタシだけでどうとでもなりますわ!!」
「さぁてどうかねぇ、お嬢様?」
 ジェットで加速された鋭い回し蹴りがクロアさんの横っ腹を打つ。クロアさんは数メートル飛んだ先で何事もなかったように立ち上がる。
「こうやって近くでぶつかるとよ、空からじゃ気付かなかったことが見えてきてよ。んでもって今までの戦いをふりかえると……違和感を感じるわけだ。」
「イラつきますわね!一体何が違和感なのか言って御覧なさい!ガラクタの言葉でも理解しようと努力してあげますから!」
 バンバンと放たれる銃弾をかわす(たぶんかわしてる。なにぶん私には銃弾が見えないから)リッド・アークは輪っかを投げつつ語り始める。
「最初に会った時、俺はお嬢様に砲弾をぶちまかました。とりあえず動けなくするかってな具合で脚に……こう、軽くかする感じで撃った。もしかしたらいい人材の可能性もあるからな。引き抜くことも考えてあんまり重傷は負わせないようにしたんだが……まさかの無傷ときた。」
 投げられた輪っかがクロアさんに迫るが、きれいに撃墜され、またリッド・アークの手元に戻っていく。
 ……クロアさんが……わざわざ撃ち落としているってことは……クロアさんはあの攻撃をさほど脅威に思っていないってことなのか?脅威と思っているなら何もせずに立っていればいいわけだから。いや、違うか。クロアさんは自分の力の詳細を知らないはずだ。
 完全無敵と信じているのなら防御なんてしないはず。そう自分で言っていたのにそうしないということは……無意識下で防げる攻撃とそうでない攻撃を判別してることになる。つまり、自分に大ダメージを与えるものかそうでないかを。
 今私が思ったことをたぶんリッド・アークも感じたのだろう。だとすれば、クロアさんの天邪鬼な力を攻略されるのも時間の問題……
 やっぱりなんとかして援護をしないとダメだ。でもどうしたらいいんだ?
 身体能力が超人並でも中身は普通の人。だから攻撃を避ける技術とかはない。それを補っていたのが南部さんの《数》の力だ。それが使えないとなると援護はできなくなる。この問題を解決しないと……
「いや……まてまて……」
 そうか。避けなきゃいいんだ。
「俺はとりあえず離れて砲弾を乱射した。その時……ん?」
 にやにやしながらしゃべってたリッド・アークが身構えた私を見る。
「おいおい《天候》。理解は追いついてるか?お前の作戦は破綻したんだ。この武器の軌道が見えないんだろ?」
 例の輪っかをクルクルまわしながらリッド・アークが言う。
「俺はそこらの軍隊なら一人で潰せるくらいの力を想定してマイスウィートエンジェルに作られたんだ。砲弾は攻撃力と連射性を重視した結果何もしてないが、その他の俺の武器は全てレーダーに映らないような《仕組み》がついてる。それが影響して見えない。だろ?」
 クロアさんの銃撃を横目で見ながら避けながら説明するリッド・アークは余裕の一言だ。
「援護をするようなら俺はお前にも攻撃をするぞ?それをお前は避けられない。だからちょっと待ってろよ。折角のお嬢様との決着なんだからよ。」
「クロアさんが戦っているのに凡人平民の私たちが見てるだけは失礼ですよ。」
 私が笑いながら言うとクロアさんがニンマリと笑った。
「何か策があるのかしら?あるなら惜しみなくこのアタシのために働きなさい!」
「もちろんですよ。それにね、リッド・アーク。」
「あん?」
「もう、その武器は避ける必要が無いんですよ。」
 リッド・アークが眉間にしわをよせるのを無視して私は叫ぶ。
「行きますよクロアさん!」
 私は風を起こしてクロアさんを後ろから押す。クロアさんはそれに即座に対応し、ものすごい加速で飛びながらリッド・アークに銃弾を撃ち込む。
「ちっ!」
 リッド・アークは両腕で銃弾を弾きながら輪っかを投げる。
 片方はクロアさんに。もう片方は私に。
 私は自分を中心に竜巻を発生させる。飛んできた輪っかは私の直前で曲がり、どこかへ飛んでった。
「!……そういうことか!」
 クロアさんの方に飛んでった輪っかが撃ち落とされたことを確認すると、リッド・アークは背中から同じ輪っかを取り出しながらジェットを噴射させて加速、クロアさんに迫る。
「はっ!」
 私はリッド・アークに向けて風を放つ。リッド・アークは突然の強風にバランスを崩す。
「!!」
 一瞬のすきをついてクロアさんが銃口をリッド・アークの顔面に叩きつけ、それと同時に銃を発射する。
 ガンッ!という音と共に飛んで行くリッド・アークは二、三回転がった後、ガバッ起きあがる。それを見たクロアさんが軽く舌打ちした。
「相変わらずの人間離れした精密さですこと……」
 立ちあがったリッド・アークの手から銃弾が落ちる。
「とっさに顔と銃口の間に手を挟むなんてね?」
「こちとらリアルに人間離れしてるんでな。」
 リッド・アークが左腕を前に突きだす。すると左腕が肘あたりでポッキリと折れ、中から砲口が伸びる。
「くらえ!」
 リッド・アークの上半身に帯電していた紫電が一瞬でその左腕に収束し、一発の電気のかたまりが放たれた。
「平民!」
 そう叫ぶとクロアさんがその電気のかたまりに向かって走り出す。私はその背中に何の手加減もしていない全力の風を叩きこむ。
 さっきよりも高速で飛ぶクロアさんは電気のかたまりに突っ込み、反対側から目にも止まらないスピードで飛びだす。
「ぐっ!?」
「もらいましたわ!!」
 身体を横へ傾けるリッド・アークと銃を構えた状態で飛来するクロアさん。
 銃声と共に交差する二人。
「ぐああああっ!」
 がりがりと地面を削りながら着地したクロアさんの後ろでリッド・アークが片眼を抑えて呻いた。
「惜しいですわね。」
 この戦いで初めて……リッド・アークが血を流した。
 左目から血が流れている。
「まぁ?真正面から撃ちこむと脳みそまでぶち抜いてしまいますので……横にかすらせる形ではありますけど……それで左目は潰れましたわ。」

 この戦いが始まる前にみんながそれぞれのパートナーである天使に言われたこと……
殺さないように倒せ。
 根本的な話として、天使の使命は暴れるゴッドヘルパーを協力者と共になんとか行動不能にして記憶を消すということがある。
 クロアさんも銃を振りまわしてはいるけど……急所をダイレクトに狙うことはしていない。

「両目が潰れれば……何も見えなくなりますもの。勝ち目は無くなり、このアタシの勝利になりますのよ?」
 おーほっほっほと笑いそうな立ち方と表情でクロアさんがリッド・アークを見る。
「今みたいな攻撃には迷わず突っ込むのに対し……チャクラムは撃ち落とすってか……」
 リッド・アークが左目を抑えながら呟いた。
「砲弾を乱射した時も……飛んでくる瓦礫とかは頑張って避けるし、転んで膝をすりむいたりしてたのに……いざ真正面から狙って撃つと効果が無いときた。」
 今リッド・アークが言っている内容……これはクロアさんの能力に関することだ。
 リッド・アークが正解を言った瞬間、クロアさんの力が不安定になる可能性がある……!
「クロアさん!構わずに攻撃を―――」
 言い終わる前にリッド・アークの背中から無数の輪っかが発射され、私に向かって飛んできた。
「っ!!」
 慌てて竜巻を起こす。しかし今回飛んできた輪っかはリッド・アークが手で投げた時よりも速かった。だから……
「いっつ!」
 多少は方向が変わりはしたが、何個かが吹き飛ばされずに私を斬った。
「晴香!」
 翼が悲鳴にも似た叫び声をあげて駆けよってくる。
 それほど深くはないが……右腕と左脚に赤い線がスゥッと入っている。
「……お嬢様のその力……万能じゃねぇんだろう?」
「なにを言っているのやら。このアタシは無敵ですわ。」
「ならなんで避ける攻撃がある?なんでダメージを受ける時がある?」
「……?そういえば何でかしらねぇ?」
 クロアさんが首を傾げる。それを見たリッド・アークは驚愕した。
「……ふざけんなよ?まさか……ホントにわかんねーのか?んなわけあるか。自分が何のゴッドヘルパーかを考えれば無意識下の行動にも説明ができるはずだろが……」
「やかましいガラクタですわね。このアタシは自分が何のゴッドヘルパーかなんてわからなくても無敵ですのよ?アザゼルがそう言いましたもの。」

 その一言が決定打となった。

「ぶっ……はっはっはっは!!」
 リッド・アークが大笑いし出した。
「なんてこった!お嬢様は自分が何のゴッドヘルパーか知らないってか!それを本来伝えるはずの天使がそれをしていない?それはつまり……言ってしまうと面倒なことになるからだろう?天使の目的は協力者の力を借りてゴッドヘルパーを倒すことだ。ってことは……言ってしまうとお嬢様の戦う力が無くなるってことだよなぁ!」
 まずい……!リッド・アークが完全に気付いた……!
「本人が知ってしまうだけで影響が出る力ってことは思い一つで変化を生む力ってことだ。それに今までの矛盾した行動を考えれば……お嬢様の弱点がわかるってもんだぜ!」
 クロアさん自身は首を傾げたままだ。
「クロアさん!リッド・アークの言うことを何も聞かないで下さい!」
「どういうことなのかしら?」
 クロアさんが私を見る。その一瞬でリッド・アークがクロアさんの目の前に移動する。
「!」
「ようお嬢様?ビンタって知ってか?」
 決して人間離れした速度ではない、普通の速さでリッド・アークの右手がクロアさんの左のほっぺに向かう。
 ぺち。
 この戦いの中で放たれた数ある攻撃の中で……最弱であろう攻撃。なんの迫力も無いただのビンタがクロアさんに当たった。

 次の瞬間、放たれたビンタの威力や迫力を全て否定するかのようにクロアさんがとんでもないスピードで横に飛んだ。

 十メートルは飛んだクロアさんはその場に倒れた。
「あっはっはっはっはっ!傑作だな!今まで見てきたゴッドヘルパーの中で一番おもしろいぞ、お嬢様!俺が言えたことじゃねーかもしれんが……何をどうしたらそうなるんだ?」
 だめだ……今の現状、リッド・アークとまともにやり合うことが出来たのはクロアさんだけなのに。そのクロアさんの弱点がばれた。
 リッド・アークの弱点は目。そこは生身。両目を潰せばリッド・アークには何も見えなくなる。たぶん予備の感覚器官はない。でなければあそこまで必死に目を守ろうとはしないと思う。
それに……「痛み」を感じているようだった。
全身に武器を仕込んでいる完全戦闘型の身体に「痛み」なんて必要ない。
「痛み」は人間の身体が発する救難信号みたいなものだってテレビで見たことがある。機械の身体にしてまでそういうものを「痛み」にする必要はないはずなのだ。
それでも「痛み」を感じるってことは……目だけは特別ってことなのだ。
弱点はわかっている。なのにそこを的確に攻撃できる人がやられる……
「ビンタ一発でこれか。今まで全力の砲弾をぶっ放してきた俺はなんなんだよ……」
 しかめっ面のリッド・アークは残りの敵を確認するかのようにまわりを見渡す。
 ……残りは右目。そうだ、残りは右目だけだ。それなら……なんとかなるかもしれない。
 たった一度だけ使える作戦。あれを使えば……
「みんな!」
 私が叫ぶと呆然と立ち尽くしていたみんなが私を見た。
「私にもあれを!《視力》と《速さ》と《数》を!」
 言うと、速水くんが一瞬で私の横に移動する。速水くんの手が肩に触れた瞬間、身体が軽くなる。
 続いて愛川さんがやってきて私の目の横辺りに触れる。一気に視界が鮮明になり、いろいろな数値が視界の中を舞う。
「いいねぇ。まだ何かしてくれんのか。飽きさせねーな、《天候》。」
 リッド・アークが手を開いたり閉じたりしながら私の方に身体を向ける。
「しぃちゃん。」
 さっき倒れていた場所からルーマニアが運んでくれたのでしぃちゃんは縛られて動けないルーマニアの足元に寝っ転がっている。ムームームちゃんの治療のおかげか、肩の穴はふさがっている。それでもやっぱり疲労はとれないらしく、まだぐったりとしている。
その場所まで一瞬で移動した私は自分の作戦の効果を今さらながら実感しながらしぃちゃんに話しかける。
「しぃちゃんの刀……借りていいですか?」
「別にいいけど……どう使うにしても初心者にはちょっと重いし長いかな。」
 そう言いながらしぃちゃんが自分の刀を鞘から引き抜く。すると中から出てきたのは包丁よりも少し短いぐらいの長さになった刃だった。
「ありがとうございます。」
 私は刀を受け取る。
 これで……リッド・アークの右目を斬る。
 始めて実感することになる「人を傷つける」という行為。
私は刀を握り締める。
「ほう、それで俺の右目を潰そうってか。だがそれをするには俺と近距離でぶつかる必要があるな。いくら目がよくても近距離で飛んでくる攻撃には反応出来ない。砲弾とはわけがちがう。お前は俺を斬ることなく俺に殴られることになるが?」
「どうでしょうかね。」
 私はリッド・アークを正面に捉える。
「それにぶつからずともこのチャクラムを飛ばせばお前は避けられずに切り刻まれる。さっきみたいなかすり傷じゃすまないぜ?」
「どうでしょうかね。」
「はっ、上等だ。」
 リッド・アークが態勢を低くする。
「お手並み拝見だ!」
 ジェットが噴射される。リッド・アークの背後でものすごい量の煙があがる。
 私の目には超速で迫るリッド・アークが見えている。ほとんど身体が地面と水平になっている。
 背中が数箇所、ゆっくりと開いていく。
 おそらくあの輪っか(チャクラムとか言ってたか)を飛ばそうとしている。
 私はイメージする。一つの《天候》を。
 発動する。最後の作戦を。

「快晴っ!」

 度重なる砲弾、その他の大きな攻撃のせいで舞っていた砂煙が一瞬で吹き飛ばされる。
 空に浮かんでいた全ての雲がいなくなる。
空にあるのは太陽のみ。
急激に明るくなった戦場で私は刀を構える。
リッド・アークは目を見開いている。驚愕の表情というよりは何が起きているのか理解できないという顔だ。
私の方に飛ばすはずだったチャクラムが全てあらぬ方向に飛んで行く。目に軌道が映らなくてもわかる。あの向きで飛んで行ったら私には当たらない。
 そしてリッド・アーク本人も真っすぐに私の方に向かっていたはずなのに左に逸れていく。
 右目を狙う私としてはちょうどいい方向に。
 例え放たれる攻撃の全てを避けることができなくとも、それが自分の方に来ないのなら何もしなくても当たらない。
「はぁぁぁぁああっ!!」

 すれ違いざま、私はリッド・アークの右目を斬った。

「がぁぁぁぁあああぁぁっ!!」
 そのままの速度でビルに突撃したリッド・アークからはそんな声が聞こえた。見ると両目を抑えて呻いている。
「くそぉ!何をした《天候》!!」
 抑えていた両手を離し、血の涙を流しながら両腕をふりまわすリッド・アークはまわりの瓦礫を砕きながら叫んだ。
「何だあの光はぁ!」
「はは……何も見えなかったでしょう。」
 ちらりと清水さんを見ると「わたし、やりましたよ!」というような顔をしていた。私は笑みを返し、リッド・アークの方に身体を向ける。
「そっちは私たちの側にどんなゴッドヘルパーがいるかを把握していた。だから援護としては最適な力……《明るさ》をうまく使えないと思ったんです。」
 相手にとっての《明るさ》を操る力は何をするにしても有効な力だ。だけどその存在が知られているのなら「突然(明るさ)が変わっても気にしない。」と意識するだけで攻略されてしまうようなモロイものでもある。それに清水さん本人には戦う力がないからそれを鬱陶しいと思われれば真っ先にやられてしまう。
「だから……私はこの戦いの中で《明るさ》のゴッドヘルパーの存在を忘れさせることにしました。」
 徹底的に清水さんには何もしないでもらう。最後の最後、ここぞというタイミングで活躍してもらう。清水さんは私の作戦の切り札的な存在だったのだ。
 リッド・アークたちが真っ先に清水さんを潰そうとしなかったのは幸いというかなんというかだが。一応音切さんを傍につけておいたがここだけは幸運だった。
「実際、あなたは《明るさ》のゴッドヘルパーの存在を知っていたのに今、それの影響を受けて攻撃をはずしました。その存在を忘れていたからですよ。」
 私が清水さんにお願いしたのは……私が《天候》を快晴にしたら相手にとっての「お日様の《明るさ》」を操作して相手に何も見えない状況を作ること。
 《明るさ》の認識を逆転させて真っ暗と認識させても、その《明るさ》を最大限まで上げて明るすぎて見えないと認識させてもどちらでも良かった。どうやら清水さんは眩しくする方を選んだみたいだったが。
「まぁ……この心理的な作戦の考案者は私じゃないですけどね。」
 私がちらりとルーマニアを見ると「やったな!」という顔でにんまり笑っていた。
 ルーマニアは天使の軍と戦っていた悪魔のトップだった。こういう戦略とかそういうものは意外とお手の物だったりするのだ。
「なにはともあれ……これであなたには何も見えない。替えの目もないでしょう?」
 私がそう言うと……目を閉じているので読み取りづらいがリッド・アークは驚いた。
「どうしてそう思う?」
「全身機械なのに目だけは生身って変ですよ。」
「人間の目って案外と高性能なんだぜ?」
「それでも……機械にした方が見えるものが増えるはずですし、こう言うのもあれですけどメンテナンスも簡単なはずです。それなのにそうしないってことは……目だけは特別ってことです。」
 そう言うとリッド・アークはふっとため息をつき、頭をかきながら呟く。
「…………俺は機械の身体になったことで……人間の五感っつうものを失うことになったんだが……目だけは俺のものがいいと思ったんだ。」
 リッド・アークは暴れるのを止め、私の方を向く。声で私の場所を捉えているのだろう。
「人間は外部の情報の大部分を目から得ている。機械の身体になること自体は嫌じゃなかった。だが、そうなると……俺はマイスウィートエンジェルを感じられなくなる。触れた時の感覚、声、臭い……そういうものが全て機械を通したただの情報とでしか俺は認識できなくなる……だから俺は……せめてその姿だけは俺の目で見たいと思ったんだ。」
 苦笑いをしながらリッド・アークは腕をあげ、自分の左耳をつかむ。
 そして左耳をとった。
「なっ!?」
 私が驚くのをまるで気にせずに……とれた左耳をポイッと投げる。そして左耳のあった場所に人差し指を突っ込んだ。
 指の付け根まで深々と差し込まれる人差し指。気分が悪くなってきた私にようやくリッド・アークが話しかけてきた。
「なぁ《天候》。《常識》っていつ頃身についたんだと思う?」
「いつ頃って……」
「お前だけじゃない。多くのゴッドヘルパーが感じたであろうジレンマ。自分の頭の中には明確なイメージがあるっていうのに頭の奥底にある《常識》が邪魔をするせいで引き起こしたい現象が引き起こせない。」
 もっと小さな雲で雷とかを起こせないかと頑張っていた時、確かにそれを感じた。
 自分の中に昔からある《常識》が邪魔をする感覚。何とも言えない感覚だ。
「そういう《常識》ってさ、もし無かったらどんなゴッドヘルパーも無敵になれるよな。知ってるか?かつて炎を操る《水》のゴッドヘルパーがいたんだとよ。」
 指を突っこんだまま、ふらふらとおぼつかない足取りでリッド・アークが歩いてくる。
「資料を読んだぜ?お前が最初に戦った……《光》のゴッドヘルパー。あいつみたいにその《常識》について知りつくし、完璧にそれを操ってくる奴ってのは確かに厄介だ。でもやっぱり……何の《常識》にも縛られないゴッドヘルパーが最強だよな。そこでさっきの質問。」
 リッド・アークが近付くにつれて音が聞こえてくる。まるでドリルがまわっているような……キュイーンという音。
「答えは生まれた時からだ。生まれてから今まで、俺たちは色んな《常識》を持ってしまった。もう今の俺らにはたどり着けない境地ってのがあるわけだが……それを覆すことができるのがマイスウィートエンジェルの力。」
 仮に形容するのなら……「頭のねじを締めているかゆるめている」……そんな感じの音と光景だ。
「本来なら俺の身体は俺の脳からの命令で動く。その接続を一時的に切断し、別の脳に切り替える。その別の脳ってのは……USBみてーな記憶媒体でな、好きなプログラムを組み込めるんだ。」
 私の五メートル手前で立ち止まるリッド・アーク。
「人間みたいな……感情とかの表現は出来ねーが、命令を忠実に実行するような脳を作ることができるんだな。今俺はそこにプログラムを書き込んでる。」

「……ご覧ください、ルシフェル様。」

「内容はこの場のゴッドヘルパーの殲滅。もちろん結や加藤は除く。」

「あれがお見せしたかったものです。」

「使用するのは俺の身体と……《反応》を管理するシステム。」

「ルシフェル様に気付いてもらうために起こしたこの戦いの締めくくり。」

「あんまり長く本来の脳と切り離すとまずいんで……切り替え時間は五分。」

「あれが……ゴッドヘルパーの真の力です。」

「これが俺の全力。今から五分間。俺は最強になる。」
 言い終わると同時にリッド・アークの頭ががくんと下を向く。突き刺していた指も抜け、だらんと腕が垂れる。
 まるでゾンビのような格好。
 カチリ。
 音がした。何かが斬り変わるような……スイッチを入れたかのような音が。
 リッド・アークが顔をあげる。目は閉じたまま。そこには何の表情も無い。
 ただ一言、小さく開いた口からこんな言葉を発した。

「プログラム開始。」

 次の瞬間、リッド・アークの全身がパカパカと開く。そして無数の兵器が発射された。
「!!」
 後ろに跳んだ私を追ってくるのはクレヨンのような小さいロケット。
『はるかっ!』
 空が私のお願いを待たずに強力な竜巻で私を包む。ロケットは風に流され、竜巻の渦にそって上へ昇っていき、そこで爆発した。
 爆風も吹き飛ばす竜巻の中にいる私は自分に影響がないことを確認して、あわててまわりを見た。
 誰も倒れていない……いや、死んでいないと言うべきか。そんなことが奇跡に思える光景だった。全員が思い思いに避けたりかわしたりした結果、辺りが惨状となった。
 無数の刃が地面に突き刺さり、いたるところにクレーターが出来ており、アスファルトは剥がれている。
「あによ今の!!」
 翼がしぃちゃんを抱えて走っていた。動けなかったしぃちゃんの安全を確認し、そこで天使たちも動けないということに気付く。
「ルーマニア!」
「大丈夫だ!動けないだけで自分を守る障壁ぐらいは張れる!心配すんな!」
 砂煙で見えないがルーマニアの声が聞こえたのでほっとする。
「……今ので全部だといいな……」
 私が呟くと隣に速水くんが来た。
「先輩……あれはどういうことなんですか!?」
「私に聞かれてもわからないよ。ただ……あれが全力と言ったからには今まで以上に強いってことだよ……」

「目標を検索。発見。」

 リッド・アークがぼそりと呟く。
 発見ってどういうことだ?見えないはずなのに!
 そう思うのもつかの間、リッド・アークは超速で砂煙から飛びだし……メリーさんたちの方へ飛んで行った。
「なっ!?」
 何故今になってメリーさん達を!?
 突如迫ったリッド・アークにリバースさんが反応し、メリーさんの前に移動して両手を前に出す。
 リバースさんは《抵抗》のゴッドヘルパー。バリアーのようなものを作れるらしい。
 確かに迫りくるリッド・アークはリバースさんの直前で何かにぶつかったかのように止まった。
 だが、その停止も一瞬だった。
 驚愕するリバースさんを飛び越え、リッド・アークは拳を振り下ろす。
 狙いはメリーさん。
 だがその拳が届く前にリッド・アークとメリーさんの間の空気がグニャッ歪み、リッド・アークが吹き飛ばされる。それと同時にメリーさんたち五人が何かに引っ張られるように私の真横に一瞬で移動してきた。
「っつ!なんなんですかあれは!」
 たぶん《重力》を使って全員を移動させたのだろう、ジュテェムさんが息を荒くしている。
「わしのバリアーが……無効化された……」
 リバースさんは自分の両手をわなわなとふるえながら見ている。
「はりゅかちゃん。」
 メリーさんが私に話しかける。
「あちょこだと聞こえにゃかったんだけど……あいちゅはなんて言ってたにょ?」
「なんてって……脳を切り替えるだとか……最強になるだとか……」
「あいちゅは機械の身体なにょよね……脳を切り替えりゅ……なりゅほど。考えたわにぇ。」
「えっ……メリーさん、まさかあのゴッドヘルパーは前に《細胞》がやったあれを……!?」
 チェインさんが目を見開いてメリーさんに尋ねる。《細胞》?
「まずいことになったわよ、ハーシェル。」
 その呼び方はちょっと引退したいのだが……そんなことを考えてる場合じゃない。
「何か知ってるんですか?」
「あれと似たような状態を、あたくしたちは前に見たことがあるのよ。」
「状態……?」
「自分の頭の中にある《常識》をリセットすることで、何にも縛られない自由な発想とイメージを実現させる状態。人工的な第三段階……いえ、あれはもはやそれ以上……第四段階と言った方がいいのかもしれないわね。」
「じゃ、じゃあ今のリッド・アークは……」
「どんな現象であろうと、それが《反応》という言葉で示すことのできる現象なら……自由自在にコントロールできる状態ってところかしら?いつもなら頭の中の《常識》が邪魔して出来ないんでしょうけど……今はそれが可能になっている。」
「わしのバリアーも……それで消されたのか……」
「ええ……たぶん、「バリアーに自分がぶつかる」という行為の《反応》として起きる「自分の前進が止まる」という現象を「バリアーを打ち破る」という現象に変えたんでしょうね……」
「な……なんですかそれ!むちゃくちゃじゃないですか!」
「そうね……でも《反応》なんて突きつめればそういうことなのかもしれないわ。Aという現象が起きたらBという現象が起きる。それが《反応》でしょう?」
 なんの皮肉なのか。いや、最高のパートナーと言うべきなのか。青葉が原因と結果の間の《仕組み》を支配するなら、リッド・アークは結果の部分を支配できるのだ。《反応》という形で。
 吹き飛ばされて地面に叩きつけられたリッド・アークが立ちあがる。だらんと腕を垂らして立ちあがるその姿に私は恐怖する。
 まるで目の前に獰猛な獣がいるかのような。
「ここはわたくしたちがおさえます!」
 そう言うとジュテェムさん、リバースさん、ホットアイスさんが駆けだす。
「爆ぜろ!」
 ホットアイスさんがそう言うとリッド・アークのまわりの空気が歪み、ドッという音が連続して響く。
 空間のある一点の《温度》を急激に上昇させることで引き起こす爆発。その爆風に吹き飛ばされグルングルン回転するリッド・アーク。だが脚からのジェット噴射で姿勢を正す。
「はっ!」
 リッド・アークが着地した所にジュテェムさんの《重力》が圧し掛かる。リッド・アークを中心に地面に放射状の亀裂が走る。
 高重力に抗うようにリッド・アークが脚を踏ん張った瞬間、リバースさんが地面に触れる。すると氷の上にいるかのようにリッド・アークの脚が滑った。
 バランスを崩したリッド・アークに何かが飛んでくる。凸レンズを覗いた時に見えるような丸い歪みがボールのようにリッド・アークに当たる。するとその歪みがまるでシャボン玉が割れるように消滅し、轟音と共にすさまじい威力の衝撃波でリッド・アークを吹き飛ばす。
「たたみかけんぞ!」
「了解です!」
 ホットアイスさんがパチンと指を鳴らす。すると宙を舞っているリッド・アークを中心に五メートルくらいの空間が一気に歪む。そのまま爆発すれば私も吹き飛ばされていただろうその攻撃はジュテェムさんがパンと手を叩くことで、一瞬で圧縮された。
 爆発しようとしている……正確には膨張しようとしている空気を《重力》で押さえつける。力尽くで押さえつけられた爆発は圧縮されたことでその威力を増し、さらに強力な爆発となる。
「今じゃ!」
 リバースさんが両腕を前に出して叫ぶ。それを合図にジュテェムさんとホットアイスさんがリッド・アークから離れる。
 次の瞬間、鼓膜が破れるかと思うぐらいの大音量が響き渡った。だが、その大規模爆発は私たちの方へは衝撃波を飛ばしてこない。まるで見えない壁に遮られているかのように、爆発はドーム状に起き、一定のラインから先には被害を出さなかった。
 ただ、その中にいるリッド・アークだけを爆破した。
「す……すごい……」
 私は思わず言葉が漏れる。
 三人がそれぞれ強力な力を持っていることはもちろんだが、やはり驚くべきはそのコンビネーションか。
 やはりこの人たちは強い。あれではリッド・アークもひとたまりもないだろう。そう思ったのだが……
「……ふざけた奴だぜ……」
 ホットアイスさんが舌打ちしながら呟く。
爆心地のど真ん中にいたはずのリッド・アークが完全無傷で粉塵の中から出てきたのだ。
「厄介ね……」
 私の隣に立つチェインさんが苦い顔をする。
「《反応》の力と本人の強度。あれじゃあ……」
「ど……どうすればいいんですかあんな化け物……」
 私が少し上ずった声で言うとチェインさんが私を見る。
「策が……無いわけでもないのよ。」
「え……?」
「突くべき弱点は二つ。」
 ものわかりの悪い生徒に教える先生のように、ゆっくりとチェインさんはしゃべる。
「一つは人間的思考が出来ない……機械的な思考しかしないために行動が単純だってこと。さっき、全方位に発射された攻撃があったでしょう?あれを何で全員が避けられたと思う?」
 私の方に飛んできたのはクレヨンみたいなロケットミサイル。もちろん、その軌道は見えなかった。
「答えは簡単。まっすぐ飛んできたからよ。さっきまで投げてたチャクラムとかはそれなりにトリッキーな動きをするからあれだったけど……まっすぐ飛んでくるなら話は別でしょう?」
 そうか。別に軌道が見えないだけで、何が飛んでくるかは確かに見えている。その飛んでくるものを投げたのが戦闘のプロであったから予想もつかない軌道を描いた。そのために素人である私たちには避けられなかったのだが……ただまっすぐ飛んでくるだけなら避けるのは簡単だ。
 つまり、今のリッド・アークは何の考えもなしに武器をふりまわすぐらいの思考能力しかない……というわけだ。
「もう一つは……《反応》のゴッドヘルパーであることね。」
「え?」
「さっきも言ったけど……Aという現象が起きたらBという現象が起きる。それが《反応》よ。つまり、《反応》の力を使うには必ずAという現象が必要なのよ。ホっちゃんの爆発もね、例えば爆発が一秒続くものとすると……〇・一秒はもろに受けて、残りの〇・九秒を《反応》で打ち消した……そんな感じ。」
「……《反応》で無効化するにしても……一回はその攻撃をまともに受ける必要があるってことですか。」
「そういうこと。銃弾を撃ちまくっても倒れない。なぜなら最初の一発を耐えれば残りは無効化できるのだから。ならば倒す方法は一つ。」
「……一撃で倒す……ですか。」
「先輩。」
 隣で話を聞いていた速水くんが提案する。
「山本さんのマグマならイケるんじゃないっすか?あれだけは必至で避けてましたし。」
「……マグマ自体は山本さんの管理下ではないから制御ができない。飛んでいる時はまだしも今リッド・アークは地面に立っているから狙いも正確にできない。」
「?なんの話ですか?」
「リッド・アークを……殺しかねないってことだよ。地面に立っているってことはマグマって言う銃弾の発射口に立っているに等しいから正確に……脚だけとか腕だけとかを狙えないと思う。」
 マグマの噴火、その火柱の太さって言うのは山本さんの火山のイメージが強いから突然細くしたりはできないだろう。
 つまりは大砲で遠くにいる人の腕だけを狙うのと砲口の目の前に立っている人の腕だけを狙うのとでは後者に無理があるって話なのだ。
「じゃあ……先輩の雷は?オレ見ましたよ?ほら、さっきあのでかいのを貫いたビームみたいなあれは?あれを細くしてお腹を貫けば……」
「今の私じゃ……あれをするには竜巻で照準を決める必要があるんだ。その照準を決めるための竜巻を標的にぶつけてから雷を撃つまでにラグがあるから……竜巻を無効化されて雷があらぬ方向に飛んでくのがオチだね……」
 あれは……強いて言えば相手が《カルセオラリア》だったから当たったようなものなのだ。
「じゃ……じゃあどうすれば……」
 一撃で……あの高重力や爆発を一瞬とは言え防いでしまうような身体を一撃で砕く攻撃……?そんなものがあるわけが……
 私は自分の脚が震えるのを感じた。作戦は上手くいっていた。というか全て成功した。それでもまだリッド・アークは倒れていない。私の力では無理なのだ。《金属》や《変》、《エネルギー》に《ルール》、《山》、《明るさ》、《視力》、《数》、《音》……これだけそろえば敵はいないと思っていた。なのに倒せない敵。それどころか……《重力》のような圧倒的な力でも倒せない。

「私たちじゃ……勝てないのかもしれない……」

 私がそう呟くとチェインさんがぷっと吹き出した。
「な……なにがおかしいんですか!」
「あはは。ごめんなさい。だってあたくしは既に勝利を確信しているから。」
私の頭の中を完全否定するセリフだった。
「だってあなたがいるものね。」
「っ……買いかぶりすぎです。私は……」
「ハーシェルこそ、自分を過小評価しすぎよ?」
 チェインさんが余裕のあるにこやかな顔で私を見る。
「そもそも……そうね、ハーシェルはちょっと間違えていると思うのよ。」
「何をですか……」
「力の使い方。」
 力……私に繋がっている《天候》を管理するシステム……それの使い方が違う……?
「あなたは第三段階なのに第二段階として力を使ってるでしょう。」
「……はい?」
「やっぱり。理解してないわね?あなたの相方はこんな大事なことを教えてないの?」
 ちらりとルーマニアを見たチェインさんは視線をリッド・アークと戦う三人に向ける。
「この場にいるゴッドヘルパーはあなた以外は第二段階。あたくしたちが《非常識》なことを起こすやり方っていうのは……自分の中でその《非常識》を《常識》と認識し、そのことをシステムに読み取らせることで、システムに「ああ、これは《常識》なのか。」と思わせ、《常識》を上書きさせるというもの。」
 チェインさんが私の方に視線を戻す。
「対して第三段階は……まぁメリーさんから聞いた話だけど……ゴッドヘルパー=システムという構図。」
 もはやシステムと同義となったゴッドヘルパー。それが第三段階と呼ばれる状態。
「この二つには大きな違いがある。第二段階は管理者にお願いすることで《非常識》を引き起こすのに対して第三段階は管理者そのものってわけなのよ。だからね、第三段階であるハーシェルは第二段階とは違う方法で《非常識》を引き起こすのよ。仕組みが違うの。」
 空は言った。私の願いを具現化すると。
「で……でも私は……まだイメージとかがちゃんとなってないと《天候》を操れませんし……さっきだって……」
「それはあなたがそう思っているから。意識を変革するのよハーシェル。あなたは《天候》を操るんじゃなくて《天候》なんだから。」
「私は……」
「《天候》は最早あなたにとっては身体の一部みたいなもの。手を動かすのにイチイチ強いイメージが必要?違うでしょう?」
 そう言うとチェインさんがリッド・アークの方に歩きだす。
「じゃあ、あたくしたちが何とかしてる間にお願いね?」
「チェインお姉ちゃん、ちゃぶんあいつは……」
「わかってるわ、メリーさん。だからあたくしがいい援護になるのよ。」
 にっこりとメリーさんに笑いかけ、視線を前に戻すとチェインさんはよく通る声で叫んだ。
「三人とも!ちょっと離れて!」
 チェインさんがそう言うとジェテェムさん達はその場から後退する。
「タネはわかってるのよ、リッド・アーク!」
 チェインさんが両手をバッと横に広げる。だが、特に何も起きない。
 《食物連鎖》のゴッドヘルパー。その力は基本的に生物のいる所じゃないと真価を発揮しない。一体何をしたのかと私が疑問に思っていると突然リッド・アークがキョロキョロし出した。まるで道に迷った人のように。
「グッジョブだぜ、チェイン!」
「気休め程度よ。せいぜいちょこっと狙いをそらす程度。」
「いえいえ。十分な援護ですよ。それに、わたくしたちがトドメをさすわけではありませんし。」
「というかできんしのう。」
 四人は四人しかわからない現象をきっかけに再び攻め始めた。

 「……どうして私にそんなに期待するんだろう……」
 私はどうしようもなく立っている。何をすればいいのかわからない。意識の変革と言われてもそんな突然はできないだろうし……何を何に変革すればいいんだ……
「むじゅかしく考えにゃくてもいいと思うにょよ。」
 微妙に聞き取り辛いしゃべり方のメリーさんがボソッと言った。
「やり方とか、ぐちゃいてきな攻撃ほーほーとかは置いておいちぇ……しょうね、とりあえじゅ片手にかんがえりゃれる悪天候をちゅめこんでみちゃら?」
 考えられる悪天候。片手に詰め込む。

 ……ええぃもう、こなったらやけくそだ。私は第三段階!それだけで理由は十分!

「空、私の想像を頑張って具現化してくれる?」
『あは。なんでもいいよ。どんとまかせてね。』
 さっき《カルセオラリア》にぶつけた嵐以上のものをぶつけてやる。
 風速はカテゴリー5。
 雷は十億ボルト、五十万アンペア。
 雹嵐、吹雪、何でもござれ。
「地球をひっくり返す《天候》をこの手に!空!」
『あはは。』
 《箱庭》が私の右手に生まれる。ただその色は青ではなく、どんよりとした黒だ。
「……しゅごいにょ作ったね……」
 メリーさんが目をまんまるにしている。作れと言った本人が。

 まったく、なんで私はそんなに期待されているんだ?第三段階っていうのがどれほどすごいのかなんて私にはわからない。そんなに戦いの経験があるわけじゃないし。でも、適当にイメージした嵐は確かに右手に出来た。きちんとしたイメージなんかしてないのに。
 さっきまでうんうん考えて雷とか落としてた私はなんだったんだか。
 いや……違うか。あれはたぶんきちんとしたイメージがないとできないんだろう。でも今のこれはただ単に悪天候を詰め合わせただけだ。内容で言えばこっちのほうがはるかに単純だ。
 しっかし……こんなにやけくそになったのは久しぶりだなぁ。どうとでもなれというやつだな。小さい子が腕を振りまわして突撃するようなもんだ。だけど……今の私にはそれぐらいしか出来ることが残ってない。

 なら……みんなの期待通り、ぶつかってあげましょう!
 その分みんなは私を助けくださいね!

「行きますよーっ!」
 私はありったけの声で戦う四人に向かって叫んだ。そして四人の反応を待たずに走る。
 四人が動く。その絶妙なコンビネーションでリッド・アークが私の走る直線上に出る。
 リッド・アークは突然走ってきた私に気付き、四人に押されるまま私に向かって走り出す。いや、走るというよりは跳ぶか。
 単純な機械的思考しかできない。そのせいなのか、強化された私の目には何の構えもせずに突っ込んでくるリッド・アークが見える。さっきまでと同じように、一発目を自分の硬さで防いで《反応》で反撃するつもりなのか。
「だけど。」
 そんなことは許さない。一発で終わる。
「これは。」
 なぜならこれは私の考え得る全ての悪天候。
「たぶん。」
 未だに予報しかできない《天候》の……
「史上最悪の、」
 私の本気。
「災害だから。」

 私の右手が。《箱庭》が。黒い球体が。
 一瞬ぐらいなら防げるとやってきたリッド・アークのちょうどお腹に触れる。
 破裂した《箱庭》から放たれる雷が触れた部分を消し炭にし。
 黒くなった部分を超高速で回転する氷の粒がやすりのように削る。
 それの繰り返し。
 結果として。

 リッド・アークの胸から下は消滅した。


 「俺は……負けたのか。」
 私の足元には上半身だけのリッド・アーク。そして、私たち二人を囲むようにみんなが集まっている。ケガを受けている人はそれぞれのパートナーから治療を受けつつ眺めている。
 リッド・アークの横には青葉と加藤もいるが共に意識はない。
「サマエル……」
 ルーマニアが呟く。
 サマエルは……よくわからない。リッド・アークが倒れた時は確かにいた。リッド・アークの名前を叫んでいた。負けたのが信じられないというような表情だった。
 そのままサマエルとも戦うことになるかと私は身構えたのだが……突如その表情をさらなる驚愕に変え、そこには何もないのにサマエルには見えているかのように、数秒私たちから視線を外し、横を見た。そして忌々しそうに顔を歪め、リッド・アークをちらりと見た後に……その場から消えた。
「最初っから最後まで……」
 サマエルのことも気にはなっていたのだが、リッド・アークがぽつぽつとしゃべり出したので私の意識はそちらに向く。
「お前にかき回されっぱなしだったな……《天候》。」
「私は途中から驚きの連続でしたけど……」
「今回の戦いは……ゴッドヘルパーの存在を世間に知らしめ、サマエル様が尊敬するルシフェルとかいう天使にゴッドヘルパーの力を見せつけることだった。だからよ、後者はただ戦えばいいからいいとしても……前者を実行するには《時間》を真っ先に倒す必要があったわけだ。」
 《時間》のゴッドヘルパー。メリーさんの力でこの大騒ぎを無かったことにする。それが私たちの最終的な目的。
「開戦と同時に《時間》を攻撃しようとしたら……俺の方に大人数がやってきて、対空砲火されたわけだ。何とかお前らの能力を解明して避けられない攻撃とかを撃ったら……キャノン砲とウイングが木端微塵。あげくお嬢様が本気でぶつかって来た。結はバカみたいに《常識》を捻じ曲げる剣士にやられ、《カルセオラリア》は宇宙旅行。本戦前に加藤は倒れるし……何一つ上手くいかなかったぜ。」
「それで……あの状態を?」
「五分間。俺は最強になれる。仲間が全員やられた時点で作戦を完遂させようとしたらあれしかねーわけだ。とりあえず《時間》だけは消そうとしたんだが……ほっといた《天候》にやられた。まったく……」
「ああ……聞きたいんですけど、両目が見えないのにどうやって?」
「普段はわからねーが……あの状態になると感じ取れる《反応》があんだ。生活反応って知ってるか?生きてるだけで生き物は《反応》してるんだよ。」
 生活反応。そんなものがあるのか……
「んで……?この後は?」
「てめーのゴッドヘルパーとしての記憶を消す。《仕組み》も《優しさ》もな。」
 ルーマニアが例の輪っかを片手にやってくる。だがそれをリッド・アークはなんとも楽しそうに見ている。
「最後の反撃だ、《天候》。」
 私はドキッとしながらリッド・アークを見る。
「俺はこんな状態になっても生きてるが……それは結の力があってこそだ。仮に俺の身体を修理したとしても結の《仕組み》の力がないと俺は死ぬ。」
「死っ……」
「対して結も、身体の中にとある異物を埋め込んでいる。俺の力なしには拒絶反応が起きて死んでしまうようなものが相応の場所にな。」
「なんでそんなことを……」
「俺が機械になった時に気付いたんだよ。ほれ、愛し合う者としては死ぬ時も一緒が良いだろう?結が死ぬと俺は死ぬがその逆は違うわけだ。結もな、俺が死ぬ時に死にたいって言ってそうした。」
「狂ってやがるなお前ら……」
 ルーマニアの意見には賛成だが……そういう愛の形っていうのもあるのかもしれない。私にはまだわからない世界だ。
「さぁ、どうする?天使的にも人間的にも人殺しは気分悪いだろ?」
「あちゃしは。」
 私とルーマニアが何か言う前にメリーさんが言った。
「天使の協力者じゃにゃいから……別にあんちゃらが死んでみょ構わにゃいんだけど。」
 メリーさんがリッド・アークに手をかざす。
「ここで殺しちゃらそこの《天候》の気分が悪くなって世界中雨になりかねにゃいからこうすりゅ。」
 メリーさんが手をかざしたと思ったら……リッド・アークの身体が元に戻りだした。まるでビデオの巻き戻しのようにみるみると。
「メリーさん!?」
「大丈夫よ《天候》。もっと戻すかりゃ。」
 五体満足の状態になったと思ったら赤いアロハが突然出現し、右腕にキャノン砲、背中にウイングが装着される。そして……
「まさか……《時間》、てめぇ……」
 装着されたキャノン砲とウイング。それらが再び消えて。そして……いきなり右脚が消えた……と思ったらすぐに出現。そんな現象が身体のあちこちで起き始めた。
「……これで終わり。」
 メリーさんがふぅと息をつく。目の前にはただの赤毛で赤いアロハの男が一人。
「……まさかな……俺を人間に戻すたぁな……」
 その言葉の意味する所は……つまり機械の身体じゃなくなったということだ。リッド・アーク本来の肉体に戻されたわけだ。
「ふん。みんにゃが頑張ったからそんなに《時間》を巻き戻す必要が無くなったかりゃ……特別にゃにょよ。」
 そういうとメリーさんは青葉の方にも歩いていく。その異物が埋め込まれる前に戻すのだろう。
「……最初っからメリーさんが戦ってれば良かったんじゃ……」
 私が呟くとジュテェムさんが答えた。
「さすがのメリーさんもあんな風にびゅんびゅん空を飛びまわれたら《時間》を戻すのに狙いが定まらないんですよ。」
 私がなるほどーという顔をするとリッド・アークが鼻で笑った。
「ったく……せっかくの元気な身体なのにな……この人数相手にして勝てるわけねーしなぁ……くっそ、だまって記憶消されるだけかよ……」
「でも……ゴッドヘルパー関連の記憶だけですから青葉さんの事は忘れませんよ。」
「まぁ……それだけで十分……か?夢はかなわねーがな。」
「夢?」
「俺らがサマエル様の下についた理由だ。」
「聞いてもいいですか?」
「死ぬ時は一緒っつったが……できれば死にたくはない。長く長く愛し合っていたい。そこに立ってる天使らの年齢は知ってっか?サマエル様は《常識》のゴッドヘルパーになったら天使とかのそういうバカ長い寿命を俺らに適応させてやると約束してくれたんだ。」
「……最初っから最後まで愛ですか。」
 私が笑うとリッド・アークは真面目な顔で言った。
「愛こそが全て。そう感じる時がお前にも来るだろうぜ。」
 その言葉を最後に、リッド・アークの記憶の消去が始まった。

「さて……ちょっとの間このままだ。」
 青葉と加藤にも同じような輪っかが乗っけられている。
「それじゃあちゃしの仕事もやっちゃうね。」
 メリーさんはポケットから子どもの手に収まる程度の大きさの懐中時計を取り出した。
「世界の巻き戻し。開始。」
 めまいとか吐き気とか……違和感すら感じない。ただ目で見てわかるのは亀裂の入った地面や建物が修復され行くこと。そしてまわりに大勢いた野次馬の皆さんが突如後ろ歩きし出したことだ。
「ホントに巻き戻しなんですね……」
 ぎゅんぎゅん巻き戻る世界。あっという間に戦いの前の状態に戻る交差点。そしてある時点で巻き戻しが止まり、世界が止まった。
「それじゃ……かいしゃんだね。」
 このまま《時間》が動き出すと交差点のど真ん中に変な集団がいるという構図になる。とりあえず全員がばらけた方がいいわけで、それが自然と解散になるわけだ。
「メリーさん……?お前らには世話になったな。」
 ルーマニアが話しかけるとメリーさんは少し厳しい顔で答えた。
「……根本的に、あちゃしらとあにゃたらは考え方が違う。こんどは敵かもしれにゃいね?」
 メリーさん達はいい形でゴッドヘルパーの存在を公にしたいと願っている。今回はたまたま利害が一致しただけ……か。
「まぁ……こっちとしてもそっちちょは戦いちゃくないけどね。さっきの《天候》、あれがそれなりの大きさになっちゃら一つの国を滅ぼせるものね。」
 そう言いながら私を笑顔で見るメリーさんは少し怖かった。

 その後、《時間》は動きだし、交差点には始めの人混みが戻る。
 私たちに近づいて何か言う人も、写真を撮ろうとする人もいない。全てがなかったことになったのだ。
 ぐったりとしているしぃちゃんと私と翼はしぃちゃんの家の広い畳の部屋に寝っ転がった。
「……疲れた。」
 大きな戦いが一つ終わった。わからないことは多いし、謎だらけなこともある。それでもとりあえず、私たちはそこで眠りに落ちた。


 一週間後、私が戦艦のプラモを《カルセオラリア》のことを思い出しながらいじっているといつものように窓辺にルーマニアが現れた。
「事後報告だ。」

 あの後、私はネットや新聞なんかを注意して見ていたのだがあの戦いのことはこれっぽっちもなかった。メリーさんが《時間》を巻き戻したのだから当然なのだが……あれだけのことが世間的には「なかったこと」っていうのがやっぱり信じられない。
「とりあえず……全て元通りにはなった。」
 ルーマニアの言う元通りというのは私たちのことだ。一時的に終結した関東担当のゴッドヘルパーと天使は再びそれぞれの持ち場に戻った。ルーマニアの言う通り、担当者がいない間に事件が起きた所はなかった。サマエルの性格とは言え、これはありがたい。
 私たちの高校に転校してきた(別に他の学校にいたわけではないから転校とは言わないのかもしれないが)アザゼルさんは……転校した。先生の所に突然電話がかかってきて、「転校するのだよ。」の一言で切れたそうだ。まぁ実際はクロアさんと一緒にイギリスに帰ったわけなのだが。
「別にイギリスに住んでるわけじゃねーがな。今までイギリスで暴れてたリッド・アークがいなくなったからか、あいつ暇そうにゲームしてたぞ。」
 クロアさんと言えば、しぃちゃんと仲良くなったらしく、しぃちゃんが「海外にようかんを送るにはどうすればいいんだ?」とか聞いてきた。
 クロアさんの力……こうなったからにはアザゼルさんも何のゴッドヘルパーであるかは教えただろうけど……どうなったかな。
「……少し気になってたんだけど。」
「何がだ?」
「クロアさんがあんなデタラメな力を持ってたから納得しちゃってたけど……南部さんの《数》の力が効かないあの輪っか……チャクラムだっけ?なんであれを正確に撃ち落とせたんだろう?」
 軌道は見えないはず。元々銃を使って戦ってたからそれぐらい朝飯前ですわとか言われたらそれまで……ってそんなわけない。
 そもそもイギリスでリッド・アークと戦ってた時はどうやって戦ってたんだ?クロアさん自身はただのお嬢様じゃ……?まさか最近のお嬢様は戦闘技術まで!?
「ああ、それか。どーもそれもクロアの力らしい。」
「というと?」
「リッド・アークに初めて会った時、クロアの奴はこう言われたらしい。『か弱いお嬢様が戦闘ねぇ……なんかの漫画の設定でありそうだな。』って。」
「……それを否定したのか……」
「その瞬間、か弱くないお嬢様が誕生したってわけだ。」
「デタラメだなぁ……」
 それじゃぁリッド・アークは自分でわざわざ強力な敵を作ったってことになる。なんてこった。
「次に速水と音切だが……」
 天使から協力者になってくれないかと頼まれたわけではないのに戦ってくれた二人。特に速水くんなんかは突然の突然であの戦いだったから、我ながらキツイことお願いしたなと思った。思っていたら速水くんが「それじゃあこう……可愛い子を紹介して下さいよ。できれば胸が大きい……」なんてことを頼まれてしまった。
「速水はまだだが……音切にはパートナーがついたぞ。」
「芸能人はいざって時に動けないから面倒って言ってたよな?」
「それでもいいって奴が……というか歌手っていう仕事に興味を持った奴がいてな。聖歌隊ってわかるか?」
「アーメンアーメン言いながら教会とかで歌う人達のことか?」
「アーメンアーメン言いながら歌う聖歌隊は見たことねーな。まぁそんなとこだ。その人間達の聖歌隊っていう文化の大元はオレ様達でな。」
 ルーマニアが言うに、どうやら天使たちの戦いをサポートするために力の込められた言葉を歌う天使たちっていうのがいるらしい。
「その中の一人が人間の歌に興味があるとか何とか言ってな。」
 なるほど、歌手ペアか。どんな人……天使なんだろう?楽しみだな。
「リッド・アークたちは無事記憶を無くして……普通に生活してるな。」
「無事記憶をなくしてって……変な話だな。」
「そんで……メリーさんたちはな……」
 《すごいぞ強いぞ頼りになるぞスーパーハイパーアルティメットジャスティスな私たちはみんなの笑顔を守るため悪い奴らをバッタバッタとなぎ倒し平和で愉快な世界を作ろうとがんばる絶対無敵の救世主だぜいぇい》(メモを見ながら)の人々は姿を消したとか。天使たちに見つけられないって時点でやっぱりすごいなぁ。敵になるかもとか言ってたが、私だって嫌だ。
 ちなみに《情報屋》も消えたらしい。音切さんとのつながりもなくなった今、もう二度と会うことはないかもしれない。紙袋の下の素顔を見たかったなぁ。
「最後にサマエル。」
 リッド・アークを置いて急にいなくなったサマエル。どうやら世界各地に出現しているらしい。何をしているのかはわからないが今まで以上に見つけやすくなったとか。
「何を焦ってんのかわかんねーが……身を隠す魔法の一つも発動させずに来るからな、何度か天使の軍とぶつかったらしい。だがまぁそこは現役の悪魔の王。天使軍はボコボコだとよ。」
 サマエルがそんなんだからか、世界各地で起きていた「ゴッドヘルパーにゴッドヘルパーであることを教えて、呪いをかけたりして操る」という行為が減ってきているとか。逆に今までに自覚した奴が暴れるのを見て、自分で気付いてしまう奴が多くなっているらしい。
「もしかしたらサマエルの傘下じゃないゴッドヘルパーが興味半分で暴れて、オレ様らの仕事になるかもな。」
「面倒だな。」
「面倒だ。」
 ルーマニアがふぅとため息をつきながら思いついたように聞いてきた。
「おう、そういやお前のとこの生徒だっつーあの三人はどうなったよ。」
「勝又さんたちか?何もないよ。普通に戻った。」
「そうか。そりゃよかった。」
「……私も「そういえば」で聞いておきたいんだが。」
「んん?」
「ほら、確かあの戦いでルーマニア、ドラゴンになったじゃないか。あれについては怒られたりしなかったのか?」
 改めて神話を調べてみると「黒い竜」はそうとうな大物……ルーマニアの言う「上の連中」が文句を言ったりしないんだろうか?
「ああそれか。下であれになるのは確かにまずいかなーとは思ってたんだがな、どーもあれになったことで上の連中がオレ様っつう存在の恐ろしさを思い出したみてーでな、なんか突然敬語になったりしたぞ。」
「それは……よかったな。」



 所変わり、ロシア。
 辺り一面銀世界。そこには大地を覆う雪しかない。
 その大雪原を駆け抜ける者達がいた。
 その数は千人。老若男女問わず駆ける彼らは個々に走っているわけではない。
 横に二〇人並んだ列が五〇列。きれいな長方形を少しも乱さずに走っている。見ればその足並み、手の振りからあごの角度から呼吸まで、ありとあらゆるものがそろっている。
 どこかの軍隊のような彼らの前方には数人の人影。
 こちらは協調性の「き」の字も見られない程に個々が独特な格好をしている。
 その中の一人が迫りくる千人の方へ一歩踏み出す。
 そいつは女だった。年齢は二十代後半あたりか。腰のあたりまで届く長い銀髪はまったく手入れをしていないのか、髪の毛の一本一本が思い思いの方向に伸びており、正面から見ると扇子を広げたように広がっている。水色の瞳がきれいな顔に収まっており、白い肌が美しさを引き立てている。
着ているのは足首まで隠れる白いコート。そのままなら彼女は保護色としてこの場所では雪の中にまぎれて姿を見つけられないだろう。だがそうはならない。
 女にはひもが巻きついている。たすきのようにかかっているもの、腰に巻きついているもの、首にかかっているものと色々だ。そしてそのひもには尋常じゃない数のメガネがかかっている。それらはカラフルなレンズをしており、サングラスのように黒いものもあれば左右で色が違ったり、レンズに変な模様が入っているものもある。そんなメガネが身体のあちこちにかかっているので白いコートは適当に絵具をぶちまけたような色合いになっている。
 女は身体に巻きつくメガネの中から一つを乱暴に掴み、それをかけた。
 レンズの色は赤。
 女は迫り来る彼らを見た。すると突然、先頭の五列が雪を舞いあがらせつつきれいに吹き飛んだ。
そのことも異常だが、それよりも異常なのが後列の彼らだ。吹き飛ばされた百人など見向きもせずに走る彼らのペースはまったく落ちない。
 だがそんな彼らも女が軽く首を傾げるだけで前列と同じように吹き飛ぶ。
 十数秒後、女の前には千人の老若男女が横たわっていた。
「バカ正直に突っ込んでくるバカがいるぅ?バーカ。」
 その容姿からは想像できない乱暴な口調で女が一人呟くと後ろに立っている人物が口を開いた。
「その「バカ正直」を実行させてしまうのが彼の実力。と、小生は思っているが如何に?」
 その人物は頑固そうな厳しい顔をした男だった。強いて言うならフランケンシュタインのような顔である。それに加えて屈強そうな身体もより一層、男をフランケンシュタインに近付けている。
これで上半身が裸だったりすると化け物感が増すのだがさすがにそれはなく、いたって普通の格好で、厚手のコートにマフラーをしている。それだけなら少し図体のでかいだけの男性だが、男はリュックを背負っている。漫画に出てくるような「家財道具一式詰め込みました」的にまるくふくらんだリュックである。何が入っているのかはわからないが明らかにリュックの許容量を超えている。
「あぁん?んなことあたしに聞いてどうすんだよ、バーカ。」
「言い争いをしてる場合か?」
 凛とした声で会話に入った来たのは細い男だ。
「まわりを見ろ。操り人形が立ち上がりつつある。」
 男の指摘でまわりを見る銀髪の女の目に映ったのはさきほど宙を舞った彼らが無言で立ちあがる光景だった。
「従順。いい力だよなぁ?殺しちまうのが惜しいっつーんだよ、バーカ。」
「その「バーカ」は誰に対するものなんすか?」
 銀髪の女、リュックの男、細い男、その他数人の面々の中心に立っていた男が笑いながら言う。
 真っ黒なスーツに身を包み、サングラスをかけた男。髪はオールバックで耳にはピアス。この極寒の地でピアスをするという命知らずの名前は……鴉間 空。
「んん?あたしらとあのバカに対してに決まってんじゃん、バーカ。」
「今のはあっしにっすね。」
 特に気にしていないのか、にっこりと笑いながら鴉間は前を見た。そこには千人の彼ら。彼らは鴉間たちをきれいに円形に囲み、じっとしている。
 そしてそこに、千一人目が歩いて来た。
「説明はあるんでしょうね?」
 ヨーロッパの貴族が着ていたような派手な装飾が目立つ服を身にまとい、仮面をつけた人物が千人の彼らの後方に現れた。顔は見えないが、その声でこの人物が男であるとわかる。
「目的はなんですか?」
 その男がつけている仮面は目の所に穴があいているだけの真っ白なものであり、見る側に恐怖を与える。
「はん!あえて言うなら、あんたの素顔を見に来たんだよ、バーカ。」
「そうっすねぇ。あっしも気になる所っすよ。」
「鴉間。貴方が何故こんなことを……」
 仮面の男は銀髪の女のことなど眼中にないかのように、鴉間だけをじっと見ている。その態度に気付いた銀髪の女が舌打ちと共に首を鳴らす。すると仮面の男のいた所が吹き飛ぶ。
「舐めた態度とってんじゃねーぞ、バーカ。」
「貴女こそ、ここで私に勝てるとでも?」
 仮面の男はいつのまにか千人の彼らを飛び越え、鴉間たちの目の前に移動していた。
「《仮面》のゴッドヘルパー。通称、ミスター・マスカレード。あなたもこちらに来ないっすか?」
 鴉間のその言葉を合図にしたかのように、千人の彼らが一斉に跳びかかる。仮面の男はこれまたいつのまにか移動し、千人の彼らの後ろにいた。
「人海戦術はあっしには効果ないっすよ?」
 鴉間がそう言った瞬間、千人の彼らの身体が一人残らず上半身と下半身に切断された。
 雨のように降り注ぐ鮮血はなぜか鴉間たちを避けて降り、銀世界を赤く染めた。
「ちょっと、グロイんだよ、バーカ。」
「そうっすね。」
 鴉間がくいっとあごを出すと、内臓と血液を巻き散らかす肉塊は一瞬で消えた。
「とりあえずサメの名所に捨ててきたっす。サメたち大喜びっすね。」
 残ったのは赤い雪のみとなった。
「《仮面》をつける理由は何か?自分であるということを隠すため?別の何かになりたいがため?理由はいろいろっす。でもこれだけは言える……《仮面》をつけるということは特定の集団の中で一つの統率された集団の下に入るということ……確かそう言ってたっすよね?」
「……人間は社会に属している時点で《仮面》をつけている。社会に適応するために自分の本能を押し殺し、がまんにがまんを重ね、自分を偽りながら生きている。その偽りという名の《仮面》は社会によって統率されている。故に……全ての人間が他人と同じように生まれ、育ち、食べ、眠り、働き、生み、死ぬ。《仮面》とは隠す、だますの代名詞であり、かつ統率された集団というモノの象徴だ。」
「それがあなたの力……何であろうと、一つの集団ならば同じ《仮面》をかぶせることで統率し、コントロールしてしまう……すごいっすよね。同時に千人もの人間を操れるんすから。」
「同時に千人殺せる貴方も十分すごいと思うが。さて、もう一度問う。何故こんなことを?」
 仮面の男……ミスター・マスカレードの質問に鴉間は笑いながら答えた。
「あっしは《空間》のゴッドヘルパーっす。そしてゴッドヘルパーという存在はシステムが管理する《常識》の影響を受けてその性格や思考パターンが作られるっす。」
「何をいまさらな……それが何か?」
「生まれた時からまわりの《空間》を感じ、把握出来てしまう《空間》のゴッドヘルパーは一体どんな性格になると思うっす?」
「……?」

「答えは―――っすよ。」

「っ……!」
 雪が動く。降り積もった雪は一つの集団と見なされ、ミスター・マスカレードによって統率された。
「そんな理由でこんなことを!!」
 ミスター・マスカレードの立っていた雪が盛り上がり、一瞬で数十メートルはある雪の巨人が出来あがる。
「まさか他のメンバーも……!」
「そこまではしてないっすよ。仲間にすると心強い力を持っているゴッドヘルパーに声をかけているだけっす。」
「断ったメンバーはどうしてきたんですか!」
 雪の巨人の拳が振るわれる。拳は鴉間たちが立っていた場所に突き刺さった。
「どうしたって……」
 当然のように避けた鴉間たち。そして鴉間は瞬間移動し、ミスター・マスカレードと同じ高さにいた。
「死んでもらったに決まってるじゃないっすか。」
 鴉間が腕を横に振る。ただそれだけで雪の巨人は粉々に砕け散った。
「なんてことを……」
 ミスター・マスカレードは巧みに雪を操って着地する。が、その目の前にはすでに鴉間がいた。
「こんなことをしても……無駄だと思いますが。」
「なぜっすか?」
「サマエル様は《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパー。貴方が如何に強くともそれはあの方の前では意味を持たない。」
 その時、鴉間は笑った。その笑みを見たミスター・マスカレードは動けなくなる。鴉間の口がゆっくりと開いた。

「いくら《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーと言っても……所詮は第二段階っすよ。」

 鴉間がサングラスに手をのばし……外す。
 雪が舞った。鴉間とミスター・マスカレードを中心として雪が吹き飛び、そこだけ茶色い地面が覗く。
「そ……そんなことが……バカな……」
 ドサッと地面に座り込んだミスター・マスカレードは鴉間を見上げる。
「別にカッコつけるためにこれしてるわけじゃないんすよ。」
 鴉間の顔がミスター・マスカレードに近づく。互いの息が届く距離だ。
「あっしがしているのはあなたを誘うということっす。」
 あまりの圧力、存在感にミスター・マスカレードの仮面にひびが入る。

「さぁ……返事を聞かせてくれっす。」



つづく

今日の天気 第3章 ~RED&BLUEハリケーン~

友人に読んでもらった際、「まさかこいつが裏切るとは……」という感想をいただきました。
いきあたりばったりで書いていた私としては、彼にはとある立場であって欲しかったわけでして、その為の裏切りなのですが……

読んで下さった方々は、どう感じたのでしょうか。

今日の天気 第3章 ~RED&BLUEハリケーン~

頼もしい仲間と、強力な敵。そんな二つに出会った雨上さん。 今回、雨上さんを危険視した敵はとうとう悪者チームでも上位に入る実力者を雨上さんに向かわせます。 そして姿を現す敵のリーダーにして、今回の事件の首謀者。 明らかになる首謀者の目的。 「複数」対「複数」の大混戦の総力戦 しかしそんな裏でとある人物が思わぬ行動を…… 起承転結で言うならば、「承」と「転」の間でしょうか。 そんな感じの第3章です。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-01

Copyrighted
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  1. 今日の天気 第3章 ~RED&BLUEハリケーン~ 前編
  2. 今日の天気 第3章 ~RED&BLUEハリケーン~ 後編