じゃんけん大会―紅の鎖―

二作目も書いてますので、ぜひ

はじまりの朝日

 光一つ入らないように、カーテンがこの空間を保ってくれている。そんな空間の中央で、俺は身を委ねていた。
「…………」
 しかしそれを打開するように、その音は唐突に鳴り響く。
 目覚まし時計だった。八割がたまだ寝ている感覚で、俺は時計の上に手を振り下ろす。
 まだ寝ていたい気分だったからだ。
「……真、起きろ」
 しばらくして聞こえてきたのは、いかにも低い男の声。無理やり起こされてしまったことに、俺は心底腹が立った。
「勝手に部屋に入ってくるなよ」
「たしかに今日は春休みだ。でも、お前にとっては違う。少しは急ぐべきだな」
 そうとだけ言い残し、あいつは部屋から、そして家から出て行った。仕事に向かったんだ。今日一日、恐らくあいつの顔を見ることはもうないだろう。
 徐々に慣れていく視界に、ほんのりと光が差し込んでくる。
 勝手にカーテン開けるなよな……。
 どうやら二度寝は不可能だろうと、俺の脳が悟ったので、仕方なく重い体を起こし上げた。
 二つの針は、程よい時間を示している。
「まだ八時か……いくらなんでも早すぎだろ……」
 机に広げられた手紙には見向きもせず、俺は静かな部屋を後にした。最後に残ったのは、ドアの余韻だけだった。
『新生徒会長の選抜について
 この手紙はあなたを含めた十二人の生徒にお送りしました。
 あなたはその一人です。次の水曜日、本校の体育館にて、
 次期生徒会長を決める大切な選抜を行います。
 必ず、九時までに会場にいるようにして下さい。
 詳しい説明は当日に行います。
 すべては、よりよい学園にするために――
                    紅鎖ヶ峰学園』

参加生徒名簿
 二年一組        
 朝日 雄(あさひ ゆう) 
 夜切 優(やぎり ゆう) 
 二年二組
 黒木 一也(くろき かずや)
 園原 千尋(そのはら ちひろ)
 勇谷 真 (ゆうや まこと)
 二年三組
 西条 幸希(さいじょう こうき)
 新堂 拓巳(しんどう たくみ)
 椿  響子(つばき きょうこ)
 平野 俊佑(ひらの しゅんすけ)
 二年三組
 早乙女 夏美(さおとめ なつみ)
 皇木 芹奈(すめらぎ せりな)
 緑川 葵 (みどりかわ あおい)

一日目―発端―

 紅鎖ヶ峰学園には、いわゆる制度みたいなものがある。
【生徒会長になった者は、卒業後、自分の進路が約束される】
 それはまさに何でもだった。自分が入りたい学校、会社、企業、果てには公にできない組織まで、あらゆる進路を学園側がサポートしてくれる。
 実際、超有名企業の社員になれた人もいるらしい。
 それ故に、生徒会長の情報についてはトップシークレットで、一部の上位関係者を除いて、それが誰なのかは知られていない。
 ただ、生徒会長になると言っても、かなりの修羅場を潜り抜かけなければならないし、そもそもその権利を手に入れても、結局は新人としてそれら企業に参入することは変わらない。
 すべては学園の創始者が考案したものだった。
 まったくもって、俺には理解できないな。

 学園へは歩いて向かう。
 やることも特になかったし、朝食もとった。ちゃんと歯を磨いたし、服も着替えた。少し早いが問題はない。
 本当に生徒会長になるだけで進路が約束されるなら、殆どニートの俺にはチャンスはこれしかないはずだ。
 いつもと変わらない見慣れた風景。学園へと続く綺麗な街路樹は、俺一人だけの一本道となっていた。

 気づいたら目の前には一つの扉。この先には、一体何があるのだろうか。期待とも不安とも言えないぐちゃぐちゃな感情を払拭し、俺は勢いよくその扉を開いた。
 体育館に足を踏み入れ、まもなくしてその声は飛んでくる。
「あっ! 勇谷クンっ!」
 すぐにわかった。朝日だった。朝日は俺の元に笑みを浮かべながら駆け寄ってくる。
「お前も来ていたんだな」
「まあね。……でも良かったよ、気軽に話せる人がいてくれて。だってほら、みんななんかピリピリしてるでしょ?」
「そうか?」
 館内を見回すと、そこには全部で十一人の生徒が集まっていた。手紙には十二人と書いてあったから、あとは一人だけ。
「それと……あれ」
 そう言って朝日は指を指す。
「園原も来たんだよ。一応幼馴染なんだし、まだ時間もあるんだから、挨拶くらいしてきたら?」
 見ると、そこには一人でポツンと立っている千尋がいた。
「じゃあそうしようかな」
 適当に朝日をあしらうと、俺は千尋の元へと向かった。
「よう、千尋」
「うん? ……あ、なんだ真か」
「緊張してるのか?」
「まあ、そりゃあね。……私がいていいのかなって」
「そんなに落胆することもないだろう? いつもみたいに、マイペースにやっていればいいんだからさ」
「うん、そうだよね」
 千尋の言葉に、俺は笑顔で返事をする。
 どうやら大丈夫みたいだな。
「……なあ、千尋。アレってなんだ?」
 舞台前と舞台上には、それぞれプロジェクターとスクリーンが用意されていた。真っ白な画面が投影されている。
「説明は当日にするって書いてあったし、その時に使うんじゃないかな?」
「なるほどな。……でも、もう五十九分だろ。そろそろ始めてもいいんじゃないか」
「まだ全員じゃないからでしょう」
 威圧的な言い方をしたのは早乙女だった。
「それくらい、いくらあなただってわかるはずよ」
 俺の殆どニートはもはや公式だ。その辺を突いているんだろう。授業中、俺はまったく話を聞いていない。
「……あと一人。そいつが来ないとダメってことだ」
 相変わらず西条は落ち着いた様子だった。
「そうだけどさ、こんな日に限って遅刻とか、そいつはどういうつもりなんだよ?」
「ちょっと静かにして、集中できないから」
 生徒会長候補、絵に描いたような真面目、夜切が、すかさず俺の疑問を切り落とす。
 体育館の時計はついに九時を指し示した。
 扉の方に違和感はない。すると、遠くの方から弾けるような足音が近づいてくる。それは確実に大きくなっていき、
「はーい! ぎりぎりセーフ!」
 そこから飛び出してきたのは、親友の一也だった。
『セーフじゃない。七秒遅刻だ。』
 それを遮るように、カタカタとキーボードの音がこだまする。
『じゃ、始めるか。じゃんけん大会。』

「……じゃんけん?」
 これほどに場違いな言葉だと違和感を覚えたのは、恐らく俺だけじゃなかったはずだ。耳にすることすら久しぶりだった。
「生徒会長をじゃんけんで決めるってことか……?」
 自分がした質問も、ふざけているようにしか聞こえない。
『そういうことだ。』
 スクリーンには綺麗なグリットで文字が並べられている。パソコンの画面をそのまま写しているかのようだった。
「はぁ、はぁ、ッんん……とりあえず俺はセーフなんだよな?」
 反応はない。それはつまり、無言イコール肯定ということ。
「おい、一也」
「おー真、なんかよくわかんないことになってるわけだが」
「みんなそうだよ。……ところでお前、息すごい上がってるな」
「全速力だったからな……、もう走りたくないわ」
 そんな中、冷静に西条は続けた。
「で、どうやってやるんだよ?」
『今から説明する。』
「――ちょっと待って!」
 しかし夜切はそれを許さなかった。
「じゃんけんで生徒会長を決める……って、なんでそんな話になってるんですか? おかしいじゃないですか」
『そういうのはいいんだよ。』
『やらないなら、辞退するってことでいいんだな?』
「そうじゃなくって……!」
 まあ当然か。夜切が納得するわけないもんな。
『色々言いたいこともあるかもしれないが、俺からは一つだけだ。生徒会長はじゃんけん大会で決める。』
『異論はないな?』
 沈黙が続く。生徒会長に楽になれるという事実が、みんなの気持ちをゆらがせていた。異論を唱える者はいなくなった。
「……わかったよ、変に叫びたくないし……」
『適応力のある奴は生徒会長に向いてるかもな。』
『ではまず、選抜全体におけるルールを提示させてもらう。』
 呼吸を一つ置くように、スクリーン向こうの男は続けた。
『一、選抜の途中棄権を禁止する。』
『二、選抜期間内の遅刻行為を禁止する。』
『三、スクリーン及びプロジェクター等、学園の機器の破壊を禁止する。』
『四、選抜中は無断で体育館を離れてはならない。』
『これらを守れなかった場合、そいつを退学とする。』
「退学?」
 四つのルールもそうだったが、特におかしいのはそこだった。選抜に落ちるだけでなく、退学させられるというのだ。
「守ればいいだけの話だ。いちいち疑問符浮かべるなよ」
「それで、どのようにしてじゃんけんすればいいの?」
 早乙女は冷静に聞き返す。
『シンプルだよ。全部で三回戦のトーナメント方式。』
『勝てば上がれて、負けたらそこで終わり。簡単だろ?』
 どうやら、じゃんけん大会という言葉は本気だったらしい。
『じゃんけんは一試合につき一回限り。勝ち、負け、あいこ、いずれ場合になってもそれは同じだ。』
「あいこになった時はどうするんだ?」
『すべての試合が終わってから再戦する。』
『おまえたちゆとり世代には休養が必要だろう?』
「一言多い奴だな……」
 返ってきた答えに、西条は物静かに対応した。
『そしてもう一つ、おまえたちに渡すものがある。』
『腕時計だよ、全員分用意してある。』
「これか?」
 舞台前ですでにそれを嵌めている一也がそう言った。
 手を掲げる一也の後ろには、同じものが並べられている。
 みんなはざわざわと舞台の方へ移動し、各々その時計を腕に嵌める。カチャという、強制感ある装着音が鳴り響いた。
 すると表示されるのは、三つの算用数字。
「一……分?」
『違うな、一時間だ。』
「――つまりこれは、何かの制限時間を表しているわけね」
 優秀な生徒はすぐに理解する。考えれば単純なことだった。
『そう、試合は一回につき一時間。それを示している。』
「はあぁっ? 一試合で一時間も使うの?」
 みんなのどよめきを前に、男は質問には答えなかった。

 説明は以上だ。男はそう制してから、次なる言葉を紡ぎ出す。
『最後に一つ言わせてもらう。』
 スクリーンには淡々と文字が投影されていった。
『俺はこの学園の生徒会長だ。』
「え?」
『俺が生徒会長である以上、この状況で俺は絶対的なんだよ。』
『それだけは忘れるなよ。』
「それってどういう……」
『一回戦 第一試合 新堂 拓巳 対 皇木 芹奈』
『終わったら後でくる。じゃあな。』
 スクリーンに光の色が消え失せる。
「えっと、終わった……?」
「いや、むしろ始まったんだろ」
 時計を確認した新堂は、だるそうにそう言った。
 時計の表示はワンカウント分減っていた。
「で、これからどうしよっか?」
 ずっと黙っていた椿が、元気よく質問を投げかける。
「私、自己紹介とか考えたんだけど、どう?」
 なるほど、椿の考えそうな提案だ。
「たしかに二年間を過ごした仲間ではあるけど、お互いのことをよく知らない人だっているでしょ?」
 つまりそのための自己紹介。それが椿の言い分だ。
「うん、いいんじゃないかな。どうせ一時間もあるんだから、ついでにそれぞれ、生徒会長になるための決意表明とか」
 夜切の後押しも加わって、みんなはそれに賛成の様子だった。
 ただ、一人を除いて。
「俺はパス。そんな面倒くさいことに付き合うつもりはない」
「自己紹介しないってことか、新堂?」
 放っておけなくて、俺はつい口に出していた。
「だからさあ、いちいち疑問符浮かべるなって言ってるだろ?偽物の絆に流されるとか、お前らどんだけ哀れなんだよ」
 鼻で笑いながら、新堂はこちらをぐるりと見回した。
「そんなことないよ、拓巳。拓巳も一緒にしよ?」
「……響子、お前もそっち側か」
「話さなくてもいいから。みんなのを聞くだけ。いいよね?」
「……今日のお前、気持ち悪いな」
 一つ大きな溜息をつく。どうやら了承ということだった。
 俺にはわかる。だって、俺と新堂は友達だったから。

「――からですっ!」
 皇木の搾り出すような声を最後に、自己紹介は終了した。
「やっと終わったか。どうでもいいことばかり並べやがって」
「あんたね、少しは仲間意識ってものを持ちなさいよ!」
 態度の変わらない新堂に緑川は不服みたいだった。
「うるせえな。参加してやったのにまだなんかあるのかよ。 いいからさっさと始めようぜ。最初は俺と皇木だろ?」
「あ、うん」
 そんな緑川をさらりと流し、二人は正面で見合った。
「――なあ皇木、お前パー出せよ」
「え?」
「あんた……いきなり何言ってんの?」
 皇木と緑川は、二人同時にその言葉に疑問符を浮かべた。
「んで、俺がチョキを出す。そうすれば俺が勝つ。簡単だろ」
「簡単かどうかじゃなくて……あんた、自分の言ってる言葉の意味、ちゃんとわかってる?」
「そりゃもちろん。……いいからパー出せよ。もし余計なことをしたりしたら、その時は……わかるよな?」
 完全なる脅しだった。皇木はおびえながら、うんと頷く。
「ダ、ダメよ! 芹奈、こんな奴の言うことなんて聞かなくていい!」
 緑川が二人の間に割って入る。
「本当に邪魔だな、お前。はい除外」
 適当に緑川を押し倒す。女の力で止められるはずもなかった。
「もう一度言う。パーを出せ。お前に選択の余地はない」
 そして、
「……うん」
 その時は来た。
「じゃんけん――」
 新堂 チョキ
 皇木 パー
 新堂が勝った……?
「よし、まずは一回戦勝利!」
 当の本人はガッツポーズを構えて喜んでいる。
「そ、そんな……」
 あっけなく決まってしまった結果に、緑川は呆然としていた。
「なんで、言うことを聞いて……ねえ! 芹奈!」
「別にいいんだ。私は本心から、生徒会長になれるとは思ってなかったし。私みたいな臆病者がなれるわけないでしょ?」
「そんなことない。私より芹奈の方が……」
 緑川はそれ以上は言わなかった。
 それよりも先に唐突に現れる。
『終わったか。』
「ああ、そうだ。俺が勝ったんだよ、生徒会長」
『敗者 皇木』
「本当に退学なんですか?」
 普段とは違うきっぱりとした顔で皇木は問いた。
『そうだよ。ただ、退学って言っても、単純に学園から去るわけじゃない。』
 どういうことだ……?
『この世の中。そのものから消えてもらう。』
「それ……って……」
 緑川は震えるように皇木のことを見た。
『処刑方法 刺殺』
「芹奈ッ! 逃げてっ!」
「へ?」
 それはあっというまだった。まさに刹那の出来事。
 一瞬にして皇木の胴体は長い槍によって貫かれていた。
「あ、あれ……?」
 体育館のどこから飛び出してきたのかはわからない。
 しかしその鉄槍は、確実に急所を射抜いていた。
「なんでっ……こんなものが……っ、あっく」
 皇木は膝から崩れ落ち、槍でつっかえた体勢になる。
「何……コレ? 何が起こって……。しっかりして、芹奈!」
 一面血まみれの皇木に、緑川はすがりように駆け寄った。
「なんでよ、なんで芹奈がこんなことになってるのっ!」
『負けたからさ。』
「たった……それだけのことで?」
『あまい。おまえたち甘過ぎる。』
『そんな簡単になれるわけないだろ。』
『それなら、補足してやるよ。』
『負けた奴には死んでもらう。それでいいか?』
 負けた奴は死ぬなんて……いくらなんでも狂ってる……。
「…………」
 新堂は無言だった。何を考えているのかすらわからない。
「違うって! あれは新堂が無理やり負けさせたの! 無理やりやらされたことなのっ! 試合として成立していない!」
「あお……い……」
 重力に伴い、槍は深く差し込まれていく。
『関係ない。負けたことは負けたんだよ。』
「だから違う! ――お願い芹奈、しっかりして! こんなところで死んじゃダメ! 生きるの、芹奈ッ!」
 おかしい。この空間は徹底的におかしい。
 なんで同級生が、いまにも死にそうな姿でいるんだろう。
「あおい……絶対、生徒会長になってね……。葵は優しいから……優し過ぎるくらいだから……きっと、なれる……よ……」
「違う……違う……死なないでよ! ……そうだ、救急車。 誰か、救急車を! 早くしないと、ホントに死んじゃう!」
 辺りに首を振り回し、緑川は必死に呼びかけた。
 でも、無理だった。
「必ず生きて……葵……」
 皇木の息遣いが――止まった。
「そんな……」
 吹き飛ばすような悲痛な叫びが、体育館内に響き渡った。
『泣いて、どうする?』
「……うくっ、え?」
『泣いたからってどうなるわけでもないんだよ。』
 それでも、緑川はただ泣き続けていた。

「生徒会長。それで、次は?」
この状況を洗い流すように新堂はそう言った。
『一回戦 第二試合 黒木 一也 対 勇谷 真』
 そうして続けて映像は途切れる。
「それで? ……だって? ふざけるなよ、新堂!」
 こらえきれない怒りを原動力に、俺は新堂の胸倉を掴んだ。
「なんだよ勇谷。今度はお前が喚く……」
「お前、自分のしたことをわかってるのか!」
「……ハッ、知らねえよ。俺は純粋に勝ちを目指しただけだ。皇木がああなるなんて知らなかったんだ、仕方ないだろ」
「仕方なくなんかない! 全部お前のせいだろ!」
「じゃあ何か。お前は俺に死ねって言うのか? 結局どっちかは死んでたんだ。そうだろう?」
「方法はある」
「方法?」
 俺の言葉に一也は反応する。
「あいこにすればいい。そうすればどっちも死ななくて済む」
 新堂から手を放し、俺は身なりを整えた。
「ならそうしよう真。俺はお前のことを信じてるからさ」
「ああ」
 一也に返事をしてから視線を戻す。
 新堂はすでに、ここから離れた所へ移動していた。
「放っておけよ。あいつの言っていることだって一理ある。 新堂だけ責めたって仕方ないだろう?」
「そうかもな……」
 悪いのは生徒会長。保守的に考えるならそれが普通なのかもしれない。でも、俺はやっぱり許すことはできなかった。
「あいこだったな。それならグーでいいか。真もいいだろ?」
「わかった、グーだな」
 その結果、俺と一也は引き分けになった。
 ずっとこうしていれば、誰の犠牲者も出さないで済む。

『あいこか。なるほど。今日はもう帰っていいぞ。』
「え? どういうこと?」
 久しぶりに朝日が声をあげる。
「帰っていいとか、そんなこと聞いてない。どうして私達をこんな目にあわせるの?」
 それに椿が続いた。
『理由を聞きたいのか。まあ当然か。』
『でも残念。それはまだ教えられないな。』
「教えない? やっぱり何かあるんだな?」
 珍しく平野が敵意を向けている。
「理由なんて後で聞けばいいでしょ。僕からの質問は一つだけ。――ねえ、本当に帰ってもいいの?」
『もちろんだ。』
『ただ、明日、同じ時間までにここに集合しろ。』
「それって、今日の続きをやるってこと?」
「何言ってるの、私達が明日も来ると思う?」
 椿は振り払うように言い返す。
『来るさ、必ず。』
「どういうことだ?」
 生徒会長は、平野に説明するように言葉を連ねていった。
『なあ、おまえたち腕時計つけてるだろ?』
『それ、別に時間を確認させるためのものじゃないんだ。』
『実はな、その時計には毒薬と爆弾が仕掛けてあるんだ。』
「だったら外せばいいだけでしょ」
 みんなに動揺が広がらないように、椿は強気で言った。
「いや、それはやめた方がいい。どうせ無理して外そうとすると、爆弾が作動するようになってるんだろう」
 平野の言葉で、椿の熱は冷めていく。
『そのとおり。よくわかってるじゃないか。』
「なら、どうすればいいの?」
 代わりに平野が朝日に答える。
「俺達はもう、逃げられないってことだ」
 気づいた時には、プロジェクターの電源は切れていた。

 夜、俺は一人、ベッドの上で考えていた。
 明日はどうなるんだろう。また人が死ぬんだろうか。
 これはいつまで続くんだろうか。生徒会長は誰なんだろうか。
 グルグルと様々な考えが混ざり合っていく。
 俺達は逃げられない。殺しあわなくちゃならない。
 クソッ……なんでこんなことになってるんだよ。
 二年生最後の春休みは、最大で最悪の春休みだった。

二日目―規則―

 嫌味なほどに、今日は朝から晴天だった。

「よっ、真。珍しく今日は早いなあ」
「昨日遅刻したお前がそれを言うか」
 起きてすることがない以上は、学園に来るしかない。
「あんなことがあったんだしな。みんなも同じだろ」
 見ると、そこにはすでに殆どの生徒が集まっていた。まだ十分前にも関わらずだ。覚悟を決めたのかもしれない。
「……死体、なくなってるな」
 思い出したように俺はそう言った。
「生徒会長が片付けたらしい。死体があると嫌だろうって」
「うざい奴だな」
 一也も同じ気持ちだったらしい。小さく頷いていた。
「いいから早く来いって!」
 そこで一人の叫び声が響く。新堂だ。
「何が大丈夫だ! そんな甘い考えで行動するな!」
 ケータイを耳に当てている。相手は椿だろう。
「とにかく早くここに来てくれ。お前を死なせたくない」
 険しい表情ながらも通話は終了する。
 あの新堂が、椿のことで焦っていたのか……。
 椿は新堂の彼女だけど、あまり見ない一面だった。

 もう少しで十分が経とうとしている。
「遅いな、あいつ……」
「椿はそういう奴だから仕方ないだろ」
 西条と平野は淡白に呟いていた。
「遅刻は許されないって言ってたはずだ。そう単純じゃない」
 さらに西条は主張を続けていく。
「たしかにな」
 そんな二人のやりとりを聞いて、明らかに新堂の表情が曇ったのがわかった。やっぱりあいつは焦っている。
「来てくれ、響子。頼む……!」
 それから何秒経ったのかはわからない。気づくと、体育館の扉は大きく開け放たれていた。
「……間に合った……」
 息を切らしている椿。その光景に既視感を覚える。
「遅えよ響子。何してた?」
「いやあ、ギリギリセーフだね」
 そこでそれは、唐突に映し出されていった。
『違うな。二秒遅刻だ。』
「はあ? そんなの誤差の範囲でしょ!」
「なあ生徒会長。頼む、今回は大目にみてくれないか?」
 新堂はあまりにも低姿勢過ぎていた。
『ダメだ。遅刻は遅刻だ。ルール違反なんだよ。』
「生徒会長! いいからやめろ!」
『規則も守れない奴は必要ない。』
『失格者 椿』
「なんで……なんで、なんでだよ!」
『処刑方法 圧殺』
「へ? あっさ――」
 次の瞬間、椿はプチリと潰れていた。
 人間が指でアリを押しつぶすように、あっけなく潰れていた。
 バスケットゴールが落ちてきて、生きていられるわけがない。
 飛び散る赤い液体が、俺のワイシャツにあとをつくった。
 さっきまで元気に振舞っていた椿は、目の前で死んでいた。
「うそだ……なんで響子が……」
 うなだれたまま、新堂は何か言おうとはしなかった。

『全員揃ったな。では今日の試合を開始する。』
『一回戦 第三試合 椿 響子 対 夜切 優』
「響子と優?」千尋が反応する。
『ただし今回の場合、椿はすでに失格しているため、例外として、夜切は不戦勝ということになる。』
「ホントに? やったあ! ――って、あはは……」
 夜切は、素直に喜びたい気持ちもあったのだろうが、新堂のことを考えると、小さく笑ってごまかした。
 
『一回戦 第四試合 園原 千尋 対 緑川 葵』
「あ、私?」
 表示された内容に、またも千尋は頓狂な反応を見せる。
 さて、とうとう来てしまったな。
 千尋も参加者なんだから当然のことではある。でも千尋にはやって欲しくなかった。相手が緑川なのは救いだった。
「なあ、緑川」
「わかってる、あいこにしろって言うんでしょ?」
「そのとおりなんだけど、その……大丈夫なのか?」
 昨日の惨劇が脳裏をよぎる。
「大丈夫じゃないよ。でも、みんなを信じないと前に進めないでしょ? ――それとも何? 千尋を信用してくれるのかって話? それって、むしろ千尋に失礼なんじゃない?」
 元気はあるみたいだな。
「千尋もそれでいいな」
 二人は快く返事をし、結果はあいこで引き分けになった。

『なるほどな。やるじゃないかおまえたち。』
『でもさ、その友情ごっこもいつまで続くかな。』
 そして、二つの機器の電源は同時に切れた。
「なんでわざわざ付き合わなくちゃいけないのかしらね」
今日の分は終わり。早乙女はいち早く出て行った。

「ちょっといい、勇谷?」
 不意に誰かに声を掛けられる。
「おお、緑川。なんだ、俺に何か用か?」
「あの、付き合って欲しいことがあって……」
「なんで俺なんだよ。他にも丁度いい奴がいるだろう?」
「勇谷の方が色々といいの。一人じゃ心細いし」
 いくらなんでも返答が中途半端過ぎないか……?
「いいよ。どうせ暇だし、付き合ってやるよ」
 そもそもそこを狙っていたのかもしれないな。
「ありがとう勇谷! じゃあ後でまた学園に集合で」
 緑川はにっこりと笑う。心から嬉しそうな笑顔だった
 すっかり元気になったようで、俺もつられて笑みがこぼれた。

「で、ここに来たと」
 堂々と聳え立つ建物を前に、俺は呆れたようにそう言った。
 この町でもそれなりの大きさを誇る警察署だ。
「そういうこと。さ、なかに入ろう」
 とりあえず緑川についていくべきだろう。

「つまり君達はこう言いたいのかい? 学園で残虐な殺人が行われていると」
「残虐という表現が合っているかどうかわからないですけど、同級生が殺されていることは本当です」
「……うーん、君達の言うことは信じたいんだけど、殺された二人の死体が実際にないんじゃあなあ……。事件が起きないと警察は動けないんだ。それだと、行方不明扱いで限界かな」
 この刑事さんは真摯に話を聞いてくれている。だけどそれが現状だった。これではどうすることもできない。
「この時計は? これには毒薬と爆弾が仕込まれているって」
 昨日からずっと手に嵌めている腕時計を見せる。
 ていうかさっきから緑川が話してるし、俺はいらないよな?
「そういえば二人とも同じものをつけてるよね。毒とか爆弾とか突拍子もないけど、うそついてるわけじゃないんだよね?」
「もちろんです! 信じてください」
 緑川が訴えても、刑事さんはうなりを上げるばかりだ。
「仲間が殺されていることは事実です。でも俺達にはどうすることもできなかった。お願いします! 力を貸してください!このまま何もしないまま、終わるわけにはいかないんです!」
 見ていられてくて、俺はいつの間にか身を乗り出していた。
「……わかったよ。学園について、色々調べるだけでいいんだよね? たしかにあの学園は色々秘密も多いからなあ。できる限りのことはやってみるよ」
「ありがとうがとうございます!」
 緑川は立ち上がり、深く頭を下げた。

「あの人、結構いい人だったな。門前払いもいいところなのに」
「そうだね、これで少しは希望を持てたかな」
 次に合うのは三日後。そこで成果について話してくれるということだった。それまでは待ち続けるしかない。
 そこでふと緑川は立ち止まる。
「ねえ、勇谷。今日は、その……ありがとね」
「いきなりどうしたんだよ」
「ううん、なんでもないの。ただお礼を言いたくって」
 その割にはもじもじしている。
「私が死んだ後は、勇谷に任せるからさ。これでも私、勇谷のこと頼りにしてるんだから」
「変なこと言うなよ。ちゃんと一緒に生きるんだろ。希望を持てたって言ったばかりじゃないか」
「あ、うん、そうだね……」
「だからさ、そんな後ろ向きなこと言うなよ」
 俺達が諦めてはダメだ。立ち向かわなくちゃいけない。
「それじゃ、私こっちだから、また明日」
 軽く手を振ると、緑川は逃げるように角を曲がっていった。
 そして、俺も反対方向に歩き始めた。

三日目―快楽―

 朝、体育館に入るなり、一也と千尋の姿が目に届く。
「おっ真、警察に行ってきたらしいな」
 なんで知ってるんだよ。
「それでどうだったの? 何か進展はあった?」
「今度また会いに行く。それを約束したくらいだよ」
 二人して残念そうな顔をした。

 体育館の床の上は、一面、不自然なほどにまっさらだった。
 椿の死体はおろかあのバスケットゴールもきれいさっぱり消えている。血痕も一つ残らずまったくない。
 俺達は仲間を弔うこともできないんだな。
 一方の新堂はあれから様子がおかしかった。今だって隅の方でぼんやりとしている。ルール上仕方なく参加しているようだ。

『今日でようやく一周目が終わる。』
『おまえたちもそろそろ慣れてきただろう。』
 慣れたくはない。それはみんな同じなはずだ。
『一回戦 第五試合 西条 幸希 対 平野 俊佑』
「とうとう来たか。西条、さっさと済ませようぜ」
「そうだな」
 二人はそそくさとあいこにして終わらせる。
 西条と平野自体は、俺と一也に負けないくらいの友情を持っている。……って、俺が言うことでもないんだけどな。
『三回連続であいこ。これはもう快挙だな。』
『すごいなおまえたち。』
「何がすごいだ。悪意ありまくりの人選にしやがって」
 平野はそう吐きすてた。

『一回戦 第六試合 朝日 雄 対 早乙女 夏美』
「よーし、やっとボクの番だね」
 朝日は立ち上がって、体育館中央に進み出る。
「ねえ早乙女、ここはボク達もあいこにしようよ」
「それは無理な提案ね」
「え……。何言ってんさ! こんなところで本当に殺しあってどうするんだよ! みんなの行動を見てきたろ? やっぱりここは、あいこにするべきなんだ」
「そうね。でもそれは、あいて次第でしょう?」
「ど、どういうことだよ……」
「私があなたを信じる要素が一つもない」
 それはみんなが予想していた言葉だった。
「な……何言ってるんだよ、早乙女!」
「黒木も西条も、あいてがあの二人だったから信じてあいこにしたんでしょう? それは今回の限りではない」
「ボクを信じられないってこと?」
「そうね」
「ちょっと待て二人とも。今はそんなこと言ってる場合じゃない。人の命がかかってるんだ」
 いてもたってもいられず、俺は二人に止めに入った。
「だからこそよ。私は朝日なんかに殺されたくない」
「早乙女、お前……」
 ふざけんなよ! そう口に出そうになった。
「わかったよ、早乙女がそう言うならしょうがないもんね」
「朝日まで……落ち着けよ! 争ってる場合じゃ……」
「いいんだよ、勇谷クン。ボクはそれでも構わない。早乙女が信じなくても、ボクはみんなのことを信じてるからさ」
 朝日は一年のときからそういう奴だった。大会があったら、一位になるくらいにいい奴で、何よりあいてを信用する。
「ボクはグーを出す。だから早乙女も、できればグーを出してくれると嬉しいかな。……信じてるからさ」
「……いくわよ」
 その合図で二人はじゃんけんの姿勢をとった。
 そして、その結果――
「あ、ボクが負けた……?」
 朝日はあいこにしようとした。だけど早乙女はしなかった。
 だから朝日は、早乙女に負けた。
「あなたって、本当に救いようのないバカね」
「だから言ったんだ、早乙女はこういう奴なんだ」
 クソッ! また一人仲間が減るなんて……!
「そっか、負けか……」
 しかし案の定、朝日は落ち着いていた。
「怖くないのか?」
「覚悟はしてたからね。一人しか生き残れない以上、殆ど死んだも同然だし。いつかは負けると思っていたから」
「違う! どうしそうなるんだよ。みんなで生きるんだよ! 黒幕の正体を明かして、こんなの終わらせるんだ」
「終わらせる?」
「俺達は今まで、何もしていなかった。……必ず黒幕を暴く!みんな最後まで生き残る! そうだろ朝日!」
「……ま、せいぜい頑張ってよみんな」
 それは朝日なりの激励だったのだろう。
 小さく笑ってから、朝日はスクリーンに向き直った。
「じゃあ始めちゃってよ、処刑って奴」
『敗者 朝日』
『処刑方法 撲殺(他殺)』
「かっこ……他殺?」
 朝日を含めたみんなが、表示された内容に首をかしげた。
『おまえたちの闘争心をはかるための新しいやり方だ。』
『早乙女、おまえが朝日を処刑しろ。』
「私が?」
『とにかくおまえが殺せばいい。』
『できないというなら、おまえが失格になる。』
 闘争心をはかる。あまりにもふざけた提案だった。
 まとまろうとしていた、みんなの輪をくずすための方法。
 文字が消えたことで、とうとうそれは現実おびていく。
「私が殺す? ……でないと、私が死ぬ?」
 ぶつぶつと独り言を続けたかと思うと、ふいに早乙女は歩き出す。その先にあるのは――パイプイス。
「止まって夏美! 本当にやるの?」
 そんな早乙女を呼び止めたのは緑川だった。早乙女、皇木、緑川。この三人はいつも行動を共にしている。仲良しかどうかまではわからない。今となってはもはやバラバラだ。
「葵、あなたは私に死ねって言うの?」
「そうじゃない。でも、夏美に人殺しなんてさせたくない」
 早乙女は返事をしながらも、その歩みを止めようとしない。
「言ってることが支離滅裂ね。……私は絶対に生き残る」
 パイプイスを手に取ると、早乙女は振り返る。
「朝日、私からあなたにお願いがあるの。おとなしく私に殺されてくれないかしら? あなたは私に負けた。ここで私が殺さなくても、いずれ後で処刑される。それなら、私を生かすために死ぬべきだと思わない?」
「……うん、わかった」
「ダメよ夏美! 仲間同士で殺しあうなんて……」
「どうせ私が殺したって、証拠は何も残らない」
 緑川の言葉は早乙女には届かなかった。
「さようなら、朝日」
 早乙女は渾身の力で、パイプイスを頭へ振り下ろす。
「うぐっ……」
 乾いた音が辺りに響き、朝日はその場に倒れ伏せた。

 それから、早乙女はパイプイスで、朝日を何度も殴った。
 何度も何度も何度も殴った。
 最初は肉感的な音だった。
 だけど、途中から別の音がまざっていった。
 床を叩くような音。最終的にはその音だけになっていく。
 いつまでも早乙女は殴り続けた。

 朝日の頭は原型がなくなっていた。
 早乙女は息を切らし、真っ赤に染まった鉄くずを下ろす。
『終わったな。』
「今日で三人が死んだ。お前はいつまで続ける気だ」
『最後の一人になるまで。それがじゃんけん大会だろう?』
 朝日もたしかにそう言っていた。生き残るのは一人だけ。
「俺は絶対に、お前の正体を暴く!」
『やってみろよ。』
 スクリーンから光が消え失せる。
 一番最初に帰って行ったのは早乙女だった。
 赤い塊を残していく。みんなは黙ったままだった。

「真、大丈夫か?」
 意気消沈している俺に声をかけてくれたのは一也だった。
「お前はこの状況でそんな風に思うのか?」
「思わないね。俺もお前と同じ気持ちだよ」
「警察が学園について調べてくれている。でもそれじゃ遅い」 
 あと三日ある。それまでにまた死んでいくかもしれない。
「もう三人が死んだんだ。もっと危機感を持つべきなんだ」
「そうだけどさ……気分転換も必要じゃないか?」
「何言ってんだよ、こんなときに……」
「こんなときだからだよ。久しぶりに三人でどこか行こう?」
 座ったまま振り返ると、そこには千尋も立っていた。
「呑気だなお前ら」
「たまには呑気になることも必要さ」
「至極、一也の言うとおり!」
 二人は笑う。俺も一緒に笑う。
 俺の傍には、素晴らしい仲間がいた。

 最近の俺は、家と学園以外にどこかへ出向いたことがなかった。ましてや春休みに入ってからは一切ない。
「なるほど、ゲーセンか。でも俺、あまり金持ってきてないぞ」
 こんなところに来たとしても、そういう反応しかできない。
「いいよ別に、それなりに持ってきてるなら」
「千尋は?」
「先に遊んで待ってるってさ。俺達も何かやるか」
 そうしてプレイすることになったのはガンシューティング。 せまりくるゾンビ達を銃で倒すというポピュラーなゲームだ。ゲームはよくやる方だけど、こればかりはあまり経験がない。
 それぞれ百円ずつ投入し、ゲームがスタートする。

「…………」
 あっけなく死んでしまった……。
 というか俺狙いで襲ってきたような気もする。
 一也は未だプレイ中だ。すばやく敵を倒していく。
 千尋を探してくると告げると、適当に返事をされた。

「さて、千尋はどこだ……」
 ゲームセンター奥から、入り口に移動するように探していく。
「……お」
 すると、千尋が熱心にゲームをしているのが目に入った。
 両手にバチを持っている。こちらはリズムゲームのようだ。
 曲を演奏し終えたところで、俺は程よく声をかけた。
「千尋、なかなか上手いな」
「あ、真。結構つかれるねこれ」
 千尋はピアノを習っていたから、リズム感は割とある方だ。だけどこればかりは、体力を消耗するから仕方ない。
「二人でもプレイできるんだよな。一緒にやるか」
 ここで千尋に勝って、幼馴染の威厳を見せてやろう!
 今なら俺でも対等に渡れるはず……。
「私は別にいいけど……よし、じゃ始めよっか」

「え、うそ?」
 クリア、クリア失敗。画面にはそう表示されている。
 失敗したのは紛れもなく俺の方だ。
「まあ、よくやった方じゃない?」
 ついには愛想笑いまでされる始末。
 途中から、大量の玉っころが流れてきて意味不明だった。
「千尋……お前はまさに達人だな……」
「いや、でもレベルは普通だよ?」
 俺の扱うキャラクターが、画面の中で悔しそうにしていた。

 その後、俺と千尋は一也と合流し、三人でこの時間を楽しんだ。協力プレイ、対戦、時にはスゴ技も炸裂した。
 夕日は瞬く間に沈んでいく。
「真、楽しかった?」
「ああ、楽しかったよ」
「うし、明日からも頑張ろうな!」
 三つの影が同じ方向に伸びていく。
 たまにはこういう休息もありかもしれないな。

四日目―無力―

 今日は朝から天気が悪い。台風の接近が予報されていた。

『今日から再戦を行う。』
 今のところ、引き分けている試合は全部で三つある。
『一回戦 第二試合 勇谷 真 対 黒木 一也』
「また来たか。よし真、今回も同じでいいだろ」
 結果は引き分け。ずっとこうしていればもう誰も死なない。
 そうして時間を稼ぐしか、俺達に方法はなかった。

『一回戦 第四試合 園原 千尋 対 緑川 葵』
 やけに画面が速く移り変わる。
「緑川。今回も引き分けで頼む」
「あ、ああ引き分け……うん」
「どうしたんだよ、緑川」
「どうもしないよ。あいこににすればいいんだよね?」
 早乙女の傍にいた緑川は、千尋の近くに歩み寄る。
「葵、ホントに大丈夫?」
「う、うん。いくよ――」
 それでも緑川はぎこちないままだった。そして俺は思い知る。
 引き分けが続けられるほど、この大会は甘くないんだって。
「……どういうこと?」
 驚きの声を上げたのは二人同時だった。
 あいこにする手はずだったのに、なぜか緑川が負けている。
「葵、なんであいこにしなかったの?」
「うそよ! ……私が負けるなんて」
 自分の右手を凝視したまま、緑川はぶるぶる震えている。
「どういうこと夏美! 千尋が裏切るって……」
「うそに決まってるじゃない」
 緑川の顔が絶望に染まっていくのが見えた。
「私を騙したの……?」
「でもあなたもあなたよね。私が葵に言ったのは、千尋が裏切って勝ちにくる、ということだけ。つまり裏を返せば、あいこにさせることもできたのよ。でもあなたは、裏切る千尋に勝とうとして、結果、こうして負けてしまった」
 結果を見るだけなら緑川は負けたことになる。
 しかしその本質はもっと複雑なものだった。
「なかなかのクズだな、お前」
 一也が怒りをあらわにする。
「どうしてだ、緑川。どうしてこんなことをしたんだ!」
「だって、千尋に殺されるって思って……だったらやられる前にやるしかないと思って……」
「それだけの理由で……?」
「生き残るのは一人だけ。あなた達の絆なんて、所詮その程度のものだったのよ。そうよね? 新堂」
 新堂は何も答えない。あの日からずっと変わらない。
「残念ね、葵。まさかこんな簡単に二人して死んでいくなんて思わなかった。芹奈によろしく言っておいて」
「夏美ぃ……」
『敗者 緑川』
 こうして俺達は、また仲間を失っていく――
『処刑方法 絞殺』
 中央で立ち尽くしていた緑川の首元に、フッとロープが落ちてくる。頭より大きい輪っかは、緑川の首にかけられる。
 首の後ろの方には金具のようなものがついていた。
「何これ?」
 緑川は一部を手に取り、ネックレスのようにそれを見つめた。
 緑川はロープを外そうとする。すると、それは突然だった。金具の部分が、ロープを締めるように輪を小さくさせ始めたのだ。頭より小さくなってしまい、外すことができなくなる。
「緑川!」
 慌てて俺は駆け寄った。すぐさまロープを外そうとする。
 しかし俺の指も巻き込まれそうにになって、やむなくその手を放す。ロープは緑川の首を締め上げる。
「クソッ! なんだよこれ!」
「真! 早く外せ!」
「無理なんだ! 外せないんだ!」
 一也と二人がかりでなんとかしようとするがやはり不可能。
 緑川の顔色に焦りが出始める。
「勇谷、ゴメンね……千尋に勝とうとして、殺そうとして」
「それどころじゃないだろ! どうする? 外せない!」
「真……もう、あきらめるしか……」
「うるさい! 明日だろ! 明日二人でまた一緒に行くんだ。 こんなところで死なせない!」
「言ったじゃん、任せるって。後はよろしくね、勇谷……」
 それを最後に、緑川の表情は痛々しくも様変わりしていった。
 ロープは無理やり首を締め上げる。
「うっ、うぐぅううううう……!」
 ついには、ロープをひっかくように手を暴れさせ、体全体で息を吸おうと抵抗する。しかしそんなことはかなわなかった。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッ!」
 じたばたともがき、苦しんで。
 でも俺にはどうすることもできなくて。
「痛い痛い痛い痛いッ……か、あ……」
 再生を終了するように、緑川は一瞬にして静かになった。
「ちくしょう……ちくしょう!」
 拳で強く床を叩いた。痛みよりも怒りの方がまさっている。
 緑川の顔を直視できなくて、俺はその瞳を手で閉じさせた。
 端から見ると眠っているようだった。
 今までの三人よりは、死んだという実感は湧いてこなかった。

生徒会長は本日の終了を告げる。
早乙女は早々に帰ったらしい。むしろその方が良かった。
「これで四人目だ。黒幕を暴く手がかりなんてあるのかよ」
 みんなに問いかけるように、平野は大きめの声で呟いた。
「さすがにこのままじゃマズイんじゃないか」
「つまり、現状を打破するための何かが必要なんだよね?」
 平野と西条の発言を受けて、夜切は一つ提案した。
「ここにはまだ七人の仲間がいる。時間だってたっぷりある。生徒会長について、みんなで一度、話し合ってみようよ」
 生徒会長が誰か、それがわかれば俺達にも武器ができる。
 早速話し合いが始まった。

「じゃ、まずみんなに聞きたいんだけど、生徒会長が誰か知ってる人はいる?」
 無論、反応はなし。ここまでは当然の結果だ。
「次、学園に年上の兄弟がいる人は?」
 夜切の問いに千尋が手を上げる。
「お姉ちゃんならいる。生徒会長の話をしたことはない」
「ていうか、そんなこと聞く意味があるのか?」
 ふと思った疑問を俺は口に出していた。
「生徒会長は、私達を選んで手紙を送ったんだ。身内で何かあった可能性もある。でもそっか、その可能性はないみたい」
「いや、たしか西条には兄貴がいたはずだ」
 平野は、黙っていた西条を代弁するように言った。
「いないな。お前の勘違いじゃないか」
「そんなことない。たしかにお前から聞いた記憶がある」
「人違いだろ。とにかく俺に兄弟はいない」
 西条が動揺している様子は特にない。
「それより、今はいないけど、皇木にも兄貴がいるらしいぞ」
「そうなんだ。なんで西条が知ってるの?」
「大掃除の時に一緒になってな。そのとき聞いたんだ」
「なるほど。結局こうしてみてもあまりわかんないかなあ」
 夜切はうーんとうなりを上げる。
「ねえ、誰か、他に気になることはない?」
「…………」
「やっぱり、ここまでで手詰まりか……」
「そういえば真は警察に色々調べてもらってるんだろ?」
「あ、ああ……うん」
 明日また会いに行く。一人で、会いに行くんだ。
「それを待つしかないな。できることなんてそれくらいだ」
「でもそれじゃ、また……」
「大丈夫だって。あいこにし続けていれば、時間は稼げる。お前もそう言っただろ。きっとなんとかなるさ」
 俺は一也のことを信用している。
 だけど、そんな簡単にことが進むとも思えない。
 結局、一歩前に進めたとは言えなかった。

 夜、一人で食事をとっていると、珍しくあいつが帰ってくる。
 リビングを通り過ぎようというところで、俺は話しかけた。
「なあ、あんたは学園について何か知らないのか?」
「なんだ、いきなり。俺にそれを聞くのか」
「そうだよ」
「……あの学園はいかれてるよ」
「いかれてる?」
「よりよい学園にするためにどんなことでもやってくる」
「キャッチコピーのことか」
「知り合いに、正義感で殴ってしまって、そのまま行方不明になった奴がいた。いい奴だったんだが……。学園の存続のためならなんでもする、あの学園はそういうところだ」
 変わらない喋り方。
 そうとだけ言い残し、あいつはまた家を出て行った。
「忙しい奴だな」
 テレビでは、高校生行方不明のニュースが扱われていた。
 俺の知っている顔ぶれが、画面には映されていた。

五日目―銃声―

 今朝は土砂降りだった。いよいよ台風が直撃したらしい。
 できれば外に出たくなかった。

 みんなが揃うと、予想だにしなかった言葉が表示される。
『ルールを追加する。』
「この期に及んでルールを増やすんですか?」
 みんなの意見を夜切が代表した。
「それで、今度はどうしようって言うんだよ」
『あいこに関してのルールだ。それに追加する。』
 あいこ……? 嫌な予感がした。
引き分けにすることが、唯一の手だったからだ。
『あいこが三回続いた場合、その時点で双方を失格とする。』
「なっ……」
 俺は返ってきた答えに愕然とした。狙ったとしか思えない。
『選抜をすばやく終わらせるためだ。』
『一回戦 第六試合 西条 幸希 対 平野 俊佑』 
 西条と平野は二回目のあいこを行った。

『一回戦 第二試合 黒木 一也 対 勇谷 真』
 俺は呆然としていた。
 あいこを続けることはできない。最悪の通告。
 ここであいこにしたら三回目になる。二人共々殺される。
 俺は死にたくない。でも一也を殺したくない。
 頭の中で、二つの考えが反発していた。
「真、しっかりしろよ」
「一也……」
「聞いたよな、今の。……俺が負けるよ」
「は?」
「千尋の傍には、お前がいてやらないとダメなんだ。だからここは俺が負ける。どっちかが死なないとダメなんだ」
「だからって、なんで一也が死ななくちゃいけないんだ?」
「俺がお前に生きてほしいから」
 そんなの理由になってねえよ……!
「一也はそれで本当にいいの?」
「千尋も、真の傍にいてやれよ」
「う、うん……」
「俺さ、お前達と会えて本当に良かったと思ってる。この二年間、俺すごく楽しかった。ホント、いろんなことがあった」
 ケンカして、仲直りして。協力して、助け合って。
 今思い出せば、それはすべていい思い出ばかりだった。
「一也は怖くないのか? 死ぬのが怖くないのかよ」
「怖いよ。怖いに決まってるだろ。でも俺は……それ以上に、お前達に生きていてほしいんだ。それに等しいだけのものを、俺はもらってきたんだからな」
 俺は一也とじゃんけんをする。一也は俺に負けるようにする。
 俺は一也に勝つ。そして一也を見殺しにする。
「絶対に生き残れよ、みんな」
 最後まで一也は一也のままで。一也は俺に手を差し出す。
「ありがとな、親友!」
「……おう!」
 次の瞬間、一也の頭を弾丸が貫いた。甲高い音がこだまする。
 外では大雨が降っていて、異様な静けさが支配していた。
『敗者 黒木』
『処刑方法 銃殺』
 俺は一也を見殺しにした――

 生徒会長がまた現れると、俺は絞り出すように声を出した。
「生徒会長。あんたは一体誰なんだよ」
『優勝したら教えてやるさ。』
「あんたは一体何がしたいんだ」
『ある奴を探している。そいつがおまえたちの中にいる。』
『そいつはもう死んだかもしれない。』
『だけど、そいつの正体が分かるまで、この選抜は続く。』
「だったら、それって誰なんだよ! いいからさっさと名乗り出ろよ! お前のせいでまた仲間が死んだんだぞ!」
 俺は何も悪いことをしていない。
 ここに残る俺以外の六人に、俺は怒鳴り散らした。
『今日の分は終了だ。』
 そんな大声を、キーボードの音がかき消した。

「今日は君一人なんだね」
 放課後、一人で警察署に向かうと、この前と同じ人が対応してくれた。ただし今回は俺一人だけだ。
「……色々あって。それで、どうだったんですか?」
「うん、結構いろんなことが知れたよ」
「というと?」
「紅鎖ヶ峰学園が、とある事件を隠蔽した痕跡が見つかった。それと、最近話題の高校生行方不明の事件。同じ学校の生徒が三人もいなくなってるっていう……」
 一也は今日死んだ。緑川は昨日だから、まだ事件として取り上げられていない。そう考えれば三人は妥当だろう。
「それも関係あるんでしょ? 同級生が殺されてるって」
「え? 信じてくれるんですか?」
「今頃こんなこと言う資格があるのかわかんないけど、調べているうちに思ったんだ。この学園はとんでもないことをしてるんじゃないかって。だからもう少しだけ、学園について調べてみることにするよ。まだ何か、裏がある気がするんだ」
 俺は一つ、救われた気がした。
暗い絶望の中に光明が差してくるような。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「やめてくれよ。自分で勝手に気になってるだけなんだから」
 それでも俺は嬉しかった。

 三日前と同じ帰り道。だけど今日は緑川の姿はない。
 生徒会長は俺達に容赦はない。
 生き残れよ、みんな。一也がみんなに残した言葉。
 このまま感傷にふけっているままか。
 それともこれを乗り越えていくか。俺にはよくわからない。
 たしかに悲しいけど、悔しいけど。
 こんなんじゃダメなんだ。立ち止まってちゃダメなんだ。
 ……俺は絶対に生き残ってみせる。
 そんな自問自答を俺は繰り返した。

六日目―親友―

 生き残っているのは全部で七人。
 時間は九時を回ろうとしている。
 それなのに平野が来ていない……?
 平野ははっきり言って、優等生と言える生徒じゃない。
 その生活態度はかなり適当で、学年でも結構有名だ。
 だけど、同時に八方美人にいい奴ってことでも有名だった。
 ましてやこんなときに遅刻するような奴じゃない。
「やっぱりあいつならそうするよな……」
 西条はわかっていたようにそう呟いた。

『一回戦 第六試合 西条 幸希 対 平野 俊佑』
『一回戦最後の試合だ。』
『しかし、どうやらまだ一人きていないな。』
それが平野。時間は九時になっていた。
『遅刻だ。平野を失格とする。』
「待て、生徒会長」
 処刑が執行される前に、西条は割って入った。
「まだ遅刻じゃない。あいつはまだ登校していない。遅刻っていうのは、当事者が遅れて登校した瞬間に成立するものだ」
『屁理屈だな。途中棄権は認められない。』
「棄権はしていないだろ。まだ来てないだけだ」
『それでお前はどうするんだ?』
「俺が平野に会いに行く」
『無断で離れるのは違反行為だ。』
「だったらお前が許可しろ。外にいる平野を殺すには、腕時計を使うしかない。ここで無闇に外で殺して、証拠が残るのは、お前としても避けたいことのはずだ」
 反応が一旦止まる。考えているのだろうか。
「外で決着をつけても勝ち負けは決まる。問題ないはずだ」
 内容は無茶苦茶だが、言っていることは筋が通っている。
『わかった。いいだろう、許可してやるよ。』
『ただし一時間の制限時間は変わらない。』
『それがリミットだ。』
「ありがとう生徒会長」
 西条は平野と対照的に、優秀ということで有名だった。
 でも、同時に周りと関わり合おうともしない。
 反対に位置する人間だからこそ、理解し合えるのだろう。
「新堂、お前ケータイ持ってるよな。電話番号を教えてくれ」
 新堂は特に聞き返したりもせず、西条に番号を教えた。
 西条は体育館の扉から走り去って行った。

     *

 西条は平野の家を目指して走っていた。
 西条持ち前の体力があれば、これくらいはどうってことない。
 平野の家のインターホンを押し、中に入れてもらう。

 平野の部屋のドアには、カギがかけられていた。
「平野。お前ならこうすると思ったよ」
 ドアの向こうに話しかける。
「西条か。よく俺の家に来れたな」
 西条はそのままドアの前に立ち尽くす。向こう側から、平野がドアに背中をもたせて座っているような気配がした。
「たかが生徒会長だ」
 笑いながら西条は言った。
「相変わらずだな、お前は」
「……なんで来なかった?」
「わかってるんだろ。今日で三回目のあいこになる。どっちかが死ぬんだ。……俺は覚悟を決めた」
「何が覚悟を決めただ。だったら学園で俺に負けて、潔くその場で死ねばいい」
「お前は学園に行ったんだな。つまり生きたかったってことだ。それならそれでいい。西条が俺の分まで生きろよ」
「……ああ、俺は生きたい。生きたいけど……」
 西条は俯いてしまう。
「平野、ここを開けてくれ。決着がつけられないだろ?」
「無理だ」
「なんでだよ……! 頼む、開けてくれ」
 西条はドアに拳をついて、できる限り訴えた。
「……こうすればいいんだ。っうぐっ……!」
 突然、平野の悲鳴が聞こえて、西条は顔を上げた。
 何もかも西条の予想通りだった。
「……そうだよな、やっぱりお前ならそうするよな」
西条はわかっていた。平野はこういう奴だから。
「悪いな西条。俺、お前に負けるとか耐えられないわ。もうこれ以上負けたくない……っく」
 鋭利な刃物を肉体に突き刺す音。荒げる息づかい。
「ふざけるもたいがいにしろ。……いいからここを開けろ! 話すことがあるなら目の前で言え!」
「それはできない」
「なんでだよ……そういうのやめてくれよ……!」
西条はドアに頭を押し付けて、溢れそうな感情をこらえた。
「お前はいつも優秀だったな。成績も良くて、運動神経抜群で、勝てる要素がまったくない……」
「バカだよ、お前。俺は一度も、お前に勝ってるなんて思ったことはない。今までずっと、お前の方が勝ってるんだよ」
「そうだったのか……はは、ざまあみろ……」
 平野はさらに深く突き刺したようで、中身を掻きまわすような音まで聞こえてくる。親友が死んでいく音だった。
「家族に伝えてくれよ……ダメな息子で悪かったって」
「自分で言え、それくらい……」
 一層それは激しくなり、液体が垂れる音も鮮明になる。
「ごめんな、自分勝手な親友で……。勝手に死ぬような、バカ野郎で。本当にすまない……」
 振り絞ったような微かな声を、西条はしっかり胸に刻んだ。
「たしかにお前はバカだったけど、それと同時に目標だった。俺が目指しているものを……お前は持っていたんだよ!」
「……俺もだよ……」
 平野は最後に小さく笑った。
 だけどそれきり、もう何も喋らなかった。
 西条はゆっくり崩れ落ちる。
 ケータイを取り出し、先聞いた番号を入力した。
「生徒会長に伝えてくれ。……平野は死んだ」 
 西条の頬を、一筋の滴が伝う。
「ああ、結局俺は……お前には勝てなかったよ……」

     *

『失格者 平野』
 西条からの知らせを聞いて、画面に真っ先に表示されたのは、平野が死亡したという事実だった。
「平野が死んだ……?」
 実感が湧いてこなかった。死体が目の前にあるわけじゃない。
 俺の知らないところで、またこうして仲間が死んでいった。
『今日を持って、一回戦のすべての試合が終了した。』
『明日から準決勝を行う。』
 しかし、俺達に休憩している暇はない。
「準決勝になってからも、ルールは今までどおりなの?」
 早乙女に悲しんでいる様子はない。
『当日説明する。』
 そうそうに映像は途切れた。
 それを確認すると、早乙女はそそくさと帰ろうとする。
「早乙女、お前はなんとも思わないのか?」
「死ぬべくして死んでいったのよ。私には関係ない」
 一回戦が終わったからといって、喜べるわけがなかった。
 半分死んだ。半分がいなくなってしまったんだ。
 俺達に突きつけられたのは、絶望だけだった。

 それからどれくらい経っただろう。
 今なら新堂の気持ちも、少しはわかる気がしていた。
 大切な人を失うということが、どれだけ悲しいことなのか。
「新堂、話がある」
 舞台脇についている階段に、新堂は座っていた。
「なんだよ今さら。不幸人として、仲間になりましたってか」
 雰囲気も喋り方も今までどおりだった。
「新堂はどう思ってる? どうするべきだと思ってる?」
「響子のことは忘れない。俺は必ず生き残る。それだけだ」
 新堂は俺を避けるように帰っていった。

 体育館に残っているのは三人だけ。
 最初にいたのは十二人だったんだ、少なく感じて当然だ。
「なあ、二人とも」
 残っていた千尋と夜切に声をかける。
「昨日、警察に話を聞いたんだ。それをみんなにも話そうと思ったんだけど……今は三人しかいないな」
 自嘲するように俺は笑った。
「なんて言っていたの?」
 夜切は冷静に聞いてくれている。
「あのさ、その前に、今は話しても大丈夫なのかな? 生徒会長に聞かれていないかな?」
千尋が気になっていたようで、俺は自分の考えを主張した。
「それなら心配ないだろう。一昨日にも似たようなことをした。話を聞いていたなら、それなりの反応をしてくるはずだ」
「でも、敢えてそうしているのかもしれないし……」
「そうかもしれない。でも俺はこう考えてる。きっと生徒会長は忙しいんだと思う」
「忙しい? どういうこと?」
 夜切は意味がわからないという様子だった。
「何か他にもやっていることがある。だからもうここにはいない。決まって一日二試合だったことも、それで説明ができる」
その何かはわからない。だからここで話し合うということだ。
「ふーん、勇谷も色々考えているわけだ」
「まあ、一応な」
「それで、なんて言っていたの?」
「どうやら紅鎖ヶ峰学園では二つの事件があったらしいんだ」
「事件? そんなの聞いたことがないけど……あ」
 千尋は自分でその違和感を理解したらしい。
「そう、隠蔽されてる」
「学園が事件を隠してるなんて……」
「実際にどんなことがあったの?」
 夜切はやけに熱心だった。
「学園のある生徒が、生徒会にいじめを受けていたらしくて、最終的にその生徒が自殺した」
「いじめがあったってこと? 大問題じゃん」
「そして、その数日後、生徒会の生徒が全員殺された」
「まるで復讐みたいだね」
「でもそれなら私達が知っていてもおかしくないんじゃ?」
 理解の早い夜切が、千尋に説明する。
「千尋は、生徒会長がトップシークレットなのは知ってるよね? 生徒会の生徒も、そこまではいかないけど、身内以外にはあまり知られていないようになっているの」
「そう、だから隠すのはそう難しくない。でも、完全に隠せるわけじゃないことも事実だ。そこを上手く崩して調べてくれたんだろうな」
 本当に、あの人には感謝してもしきれない。
「生徒会がいじめをしていて、復讐のようにして全員殺される。そして、生徒会長はある一人を探している……」
「まさか……!」
「生徒会を殺した生徒が、私達の中にいる?」
 千尋の質問に俺はうなずいた。
「この学園はなんだってする。犯人を排除するためなら皆殺しにだってする。生徒会長も学園も、犯人が誰かわからないから、そいつを探してるんだ」
 優勝した一人を生かす理由はまだわからない。
「きっと犯人はまだ生きてる。そんな気がする」
 そこはあくまで、俺の勘だった。


一回戦終了 途中結果――
 第一試合・敗者  皇木  刺殺
 第二試合・敗者  黒木  銃殺
 第三試合・失格者 椿   圧殺
 第四試合・敗者  緑川  絞殺
 第五試合・敗者  朝日  撲殺(他殺)
 第六試合・失格者 平野  自殺

七日目―宿命―

歩道の所々に水たまりが残っている。
昨日と打って変わって、心地よい朝だった。

準決勝。言葉の響きはいいかもしれないが、それは、この選抜が続くことを意味している。
『本日より準決勝を行う。』
 六人の生徒が、体育館に集まっていた。
『そして、今回からルールが変更される。』
「またですか?」
『一日につきの試合回数を一回までにする。』
『制限時間は変わらない。』
『あいこのルールも禁止にする。』
大幅なルールの変更だった。
「ちょっと待てよ! いくらなんでもおかしいだろ!」
 それって、あいこにしてはいけないってことだろう?
「うるさいんだよ。騒いでんじゃねえ」
 新堂が前に進み出た。

『準決勝 第一試合 新堂 拓巳 対 勇谷 真』
 スクリーンを見てから新堂は言った。
「俺とお前の番なんだからな……」
「お前……」
「言っとくけど、俺は黒木みたいに、お前を生かしたいなんて言わないからな」
正真正銘、本気の勝負だ。
「昨日言ったよな、どう思ってるか。それならお前はどう思ってる?」
「なんのことだ?」
「とぼけるなよ! 俺のことを裏切った分際で! 俺はお前を許したつもりはない! だから絶対にぶっ潰す!」
 俺と新堂は友達だった。
「……こんな選抜はクソだ。響子のことを、お前は殺した!」
 スクリーンに向かって新堂は叫んだ。反応はない。
「ぜってえ死なねえ……。響子の仇は俺が取る」
「復讐するのか?」
 そこで俺は、昨日の会話を思い出す。
 生徒会が皆殺しにされた事件。
「さあな、本人に会ってから決めるよ」
「でも、俺も生きるって決めたんだ。全力で勝たせてもらう」
 あいこになれば二人が死ぬ。そうはさせない。
「いくぞ――」
 俺と新堂は同時に息を潜めた。
 そして、人生最大の命がけのじゃんけんをした。 
 それは端から見るとバカで、滑稽で、生死をかけたようには見えないかもしれない。
 だけど、俺は絶対に勝たなければならなかった。
「…………」
 次に訪れるのは静寂。俺はつい口をこぼしてしまった。
「……勝った」
 俺は勝った。新堂に勝ったんだ!
「マジ、かよ……負けた? ……ちくしょう!」
 その拳を握り締めて、新堂は込み上げそうな気持ちを抑えた。
「結局、俺はどうすることもできないのか……!」
『敗者 新堂』
「生徒会長。そうやってお前は、今度は俺を殺すのか」
『処刑方法 斬殺』
「俺は死なないよ。殺せるもんなら殺してみろよ」
 そのときだった。
 新堂の右腕が、マネキンのようにずり落ちる。
「は? ……う、うああああああっ!」
 さすがの新堂も、反射的にその場に崩れてしまう。
「……やってくれたな、クソ野郎……」
 息は一様に上がっていった。
「ははっ、こんなもんか? 斬殺なんだろ?」
 新堂はなんとかして立ち上がろうとする。
 しかし、次に切り落とされたのは左足だった。
「くっ……え? なんで……?」
 今度はうつむせに倒れ込み、顔面から床に直撃した。
 辺りを見ると、キラキラした糸のようなものが確認できる。
 おそらくピアノ線だろう。二、三本巡らされていて、特に新堂の周囲のピアノ線は、赤い液体が付着していた。
「……俺は死なない! 絶対に……!」
 二箇所の断面から大量の血が流れ出す。
「新堂……」
「絶対に……絶対に……死な、ねえ……」
 新堂の意志に反して、表情に生気はなくなっていき、
「響子…………」
 それが最後の言葉。新堂はそのまま動かなくなった。
 血は未だ流れ続けている。
 新堂は死んだ。あっけなく死んでしまった。
 どうせ後で片付けられる死体なんだ。
 放っておいても問題はない。
 心の中では、別の考えがふつふつと浮かんでいた。

 俺と新堂は友達だった。いつからこうなってしまったのか。
 小学生のときに転校してきて、仲良くなったのが新堂だった。
 ――よろしくなっ!
 今思えば、あの頃は人生を楽しんでいたんだと思う。
 でも、両親が離婚してから、俺という人格は少しずつ変わっていた。元々俺の精神は強くない。ただの小学生だったこともあって、いつの間にか、何をするのも嫌になっていた。
 ――なあ、どうしたんだよ。学校に来いよ。
 絵にかいたような引きこもり。
 それ以来、俺は誰とも関わらないようになっていった。
 ――悩みがあるなら相談しろよ。俺達友達だろ?
 ――ごめん、今そういうのどうでもいいんだ。
 それでも千尋は、俺に関わろうとしてきた。一也とは高校で出会って意気投合する。きっと、だから今の俺がいるんだろう。
 同時に新堂とも再会したけど、二年生になってからも、殆ど会話することはなかった。
 あのときの俺は、ただの真っ暗な人間だった。

「――そんなことがあったんだ」
 夕方になって川原に行ってみると、そこには千尋がいた。
 俺はここが好きだった。
 小さいときは、放課後には必ず通っていた。
「たしかにあのときは大変だったよね」
 新堂との過去について俺は話した。
 人の生き死にを間近に見てきて、思い出というものに、感慨深くなっているのかもしれない。
 女々しい奴だよな、俺。
「真はいいの? そのこと、まだ謝ってないんでしょ?」
「……うん」
 最後まで俺は謝れなかった。新堂はもう死んでしまった。
「俺が弱かったばっかりに、俺はあいつを傷つけてしまった」
「真だけの責任じゃない。きっと私が真だったら、そう簡単に立ち直れなかったと思う」
「…………」
「今の真なら乗り越えられる。みんなの死を乗り越えて、必ず最後まで生きるんだよ」
「無理だよ。俺にそんなことができるわけがない。俺は一也を見殺しにした。新堂のことを裏切った。千尋まで失うなんて ……そんなの俺には耐えられない!」
 俺達が学園について知れたところで、何も変わらなかった。
 ただ死んでいくだけ、何もできていない……。
「最初から一人しか生き残れない。むしろ真は頑張ったんだ。もっと胸を張らなくちゃ」
「うん、わかったよ……」
 それはただあいまいな返事で。そこにはなんの意志もない。
 うすくて平べったい、その場限りの言葉。
 空は真っ赤な夕日だった。二つの影が伸びていく。
 川原では、二人の小学生が、楽しそうに遊んでいた。

 帰りに、適当に何か夕食になるものを買っていく。
 そもそもこれが本来の目的だ。
「またその弁当食べるの? 体壊すよ?」
「いいんだ。これが一番うまいんだから」
 そういえば、昔はこれで、一也と早食い競争をやったな……。
 喉をつまらせて死にそうになった記憶がある。
「もう遅いし、家まで送っていこうか?」
「あ、ううん、大丈夫。心配しなくていいよ」
「そうか、じゃあな」
 さよならを済ませると、千尋は俺から離れていく。
「……よし!」
しばらく立ち尽くした後で、俺は走り出した。
「ん? どうしたの真?」
 千尋のとなりに追いついて一緒に歩く。
「やっぱりついていくよ。最近物騒だって言うし」
「ありきたりな理由だね……」
「そんなことないぞ。これでもニュースは見てるんだからな」
 いつもならいるはずの一也の姿はないけれど。
 俺の傍には千尋しかいないけれど。
 だからこそ俺は、今を大切にしようと思った。
 このかけがないのない時間が、いつまでも続くように。

八日目―深紅―

 空の色は淀んでいた。最近は天気が安定していない。

『準決勝 第二試合 夜切 優 対 園原 千尋』
 千尋の番がまた来てしまった。
 今回ばかりはあいこにはできない。
「千尋、本気で勝負しよう。あいこは許されない。最悪の結果になっちゃうから。だから、本気で勝つ勝負をしよう」
「うん、そうだね」
 二人ともそれは承知のことで、覚悟を決めていたようだった。
「いくよ――」
 同じ言葉で身を構え、二人は同時に右手を出した。
「…………」
 直後、二人は目を閉じる。そして同時に目を開いた。
「うそ……? そんなことって……」
 負けたのは夜切だった。
「なんで、うそ? どうして、え、え?」
『敗者 夜切』
「待って下さい! ……もう一度やらせてくれませんか?」
 夜切の予想外の反応に、みんなは驚いた様子だった。
「だって千尋は後出ししたんですよ! おかしいですって! だから、ね? ……もう一回、やりましょうよ……」
 千尋は後出しなんかしていない。それは誰もがわかっている。
 往生際の悪い、ただの言い訳だった。
『処刑方法 焼殺』
「うそだうそだうそだ! 嫌だ、私はまだ死にたくないぃ!」
 それが夜切の、内に秘めていた本心。
 夜切は慌てた様子で、千尋の肩に掴みかかった。
「お願い、千尋。千尋からも言って、もう一回やり直そうって」
 当の千尋は、どうしたらいいのかわからないようだった。
「私を助けてよぉ、まだ死にたくないの……」
 そこで突然、バケツの水を被るように、夜切の頭から、大量の液体がかけられる。館内は、その液体のにおいで充満した。
「えっ? な、何これ?」
 ガソリンだった。
 火のついたマッチのようなものまで落ちてくる。
 それは夜切の服に触れると、瞬く間に引火した。
「う、うあ、あああああ! やだよ! 助けてよ!」
 必死に消そうと努力するが、そう簡単に消えはしない。
 火は背中を上り、お腹や足の方にも広がっていく。
「いやあああああ! 熱い、熱いよお……助けて……」
 ついには全身が炎で包まれる。
夜切の悲鳴が聞こえてなかったら、さながらパフォーマンスのような燃え盛り方だった。
「水、水ぅううううう!」
 体育館の扉に駆け寄ろうとするが、その途中で倒れてしまう。
「死にたくない……助けて……」
 夜切は両手で体を引き摺りながら、前へと進もうとした。
「千尋ぉ……あなたも、道連れにして……やる」
 千尋の足に手を伸ばす。しかし夜切はそこで力尽きた。
 深紅の炎で、メラメラと燃え続けていた。

『無様だな。』
 夜切は優秀だった。生徒会長候補とも言われていた。
 そんな夜切りが見せた、最後の表情。
 いや、本当はあれが普通なんだ。
 誰だって、死が迫ってると知ったらああなるに決まってる。
「そう? 私は素晴らしい死にっぷりだったと思うけど?」
「相変わらずだな、お前も。少しはおとなしくしろ」
 西条が早乙女を抑制した。
『一試合だとさすがに速いな。』
 本日の終了を、生徒会長は告げた。
 夜切の体は、まだ燃え続けていた。

 他の三人はもう帰った。俺は一人で学園に残っていた。
 最初は十二人もいたんだ。もう三分の一しかいない。
 おかしいよな、なんでこんなに減ってるんだろう……。
 そんなことを考えながら、校内を一人で歩いていく。
 今は春休みだから、生徒は誰一人いない。俺だけの独壇場だ。
 一年生の教室を回っていく。
 一年一組、一年二組と歩いてきたところで、足が止まった。

「真―、一緒に部活入ろうよー」
「そんなの面倒くさいだけだろ」
「どうせ家帰ったってゲームなんでしょ? 高校生だよ高校生! もっと有意義に過ごさなくちゃ」
「勇谷、園原、何話してるんだ?」
「あ、黒木も言ってやってよ。真、何も成長してないじゃん」
「なんだ勇谷、お前は寡黙キャラを目指してるのか?」
「静かにしてくれ」
「じゃあ見学でも行くか。三人なら恥ずかしくないだろ」
「いいね、それ。ありがとう黒木。真もそうしよう!」

 一年二組の教室。今でもその会話は鮮明に思い出せる。
 結局、俺はなんの部活にも入らなかったけど、そのかわり、一也という親友をつくることができたんだ。
 この学園に来て、俺は恵まれていたんだろう。
 二階に上がり、二年生の教室を回っていく。
 二年一組。個性がないのが個性のクラスで、なんだかひたむきに、一生懸命頑張っていた。
 二年二組。最高の一年を与えてくれたクラス。勉強をもっと真面目にするべきだったかもしれない。
 二年三組。学年の中では一番荒れていると有名だった。でも、体育祭の活躍はすごく、圧倒的優勝を収めていた。
 二年四組。常に勝利へとまい進していた。特に合唱コンクールでは、女子のソプラノが圧巻だった。
 どのクラスも、それぞれ違う何かを持っていた。
 教室の中も雰囲気が違う。
 一年生のときも、二年生のときも、まさかこの学園で、こんな殺しあいが行われるなんて思わなかった。
 当然だよな。今だって信じられない。
 俺はそろそろ決断しなくちゃならない。
 俺はどうするべきなのか。

九日目―鈍痛―

     *

 早乙女は一番早く学園に来ていた。
 十分前だが他には誰もいない。
 数日前には、殆どの生徒がこの時間に集合していた。
 慣れたということなのか。
 しばらく立って待っている早乙女。相変わらず静かなままだ。
「……? あなたも来たのね」
 二人目がやって来たのを確認すると、早乙女は声をかける。
 しかし相手は反応しない。
「無視するつもり? さすがにそれは酷いんじゃない?」
 相手は真正面から間合いを詰めていった。
「どうしたのよ、何か言ったら――」
 あっというまの出来事で早乙女は理解できなかった。
 腹部に鈍い痛みが広がっていく。そこに何かが刺さっている。
「っく……なるほど、そういう手に出ようってわけね……」
 それでも相手は無言のままだ。
 それどころか、手に持ったナイフを押し付けていく。
「ぐぅう、私を殺そうなんて……」
 早乙女は相手の手を握り、なんとか抵抗しようとする。
 お互いの手が真っ赤に濡れていった。
「死……ぬ……」
 早乙女の力ではどうにもできず、そのまま相手に向かって倒れる。血は流れ続けている。
 犯人は早乙女の体を受け止めると、静かにその場に横にさせた。そして、ナイフを抜き取ると、体育館を後にした。

     *

「なんだあれ?」
 体育館に入って真っ先に目が止まったのは、倒れている誰かの姿だった。様子が明らかにおかしい。
 ……あれは早乙女か?
 にしては服装が赤いような気がする。
 異質なものを見つけたように、俺は少しずつ、それに近づいていった。いよいよそれは鮮明になっていく。
「は……? 何だよこれ? ……おい! しっかりしろ!」
 紛れもなく、早乙女の死体だった。

「残っているのは俺と千尋と西条しかいない。いくらなんでも外部の犯行とは考えられない。俺達の中に犯人はいるはずだ」
「最初にお前が見つけたんだな?」
 その場でずっと待っていると、遅れて二人がやって来た。
 俺は絶対に仲間を殺さない。
 だから犯人はこの二人のどちらかなんだ。
「ああ、そうだよ」
 西条に俺は返事をする。
「あのさ、生徒会長が殺したとは考えられないかな?」
「どうしてそうなる」
 相変わらず、千尋の考えはわかりにくい。
「だってみんなを殺したのは生徒会長なんだよ。別におかしくはないっていうか……」
「今になって、直接手を下す必然性はない」
「単純に、敵を減らすために身内がやったんだろう」
「そうなると怪しいのはお前だな。早乙女の相手は西条だったはずだ。夜切のときみたいに、不戦勝を狙った可能性はある」
「あくまで憶測だ。お前ら二人がやった可能性だってある」
 決定的な手がかり存在しない。
 ここにきて内部で殺人が起こるなんて、予想していなかった。

『予定より少し遅いスタートだが、そろそろ始めるぞ。』
 九時を少し過ぎたところで、生徒会長は現れた。
「待っていたのか」
 西条はそう呟いた。
『といっても、その必要はないみたいだな。』
『準決勝 第三試合 西条 幸希 対 早乙女 夏美』
『ただし、早乙女についてはすでに死亡が確定している。』
『そのため、西条は不戦勝となる。』
 改めてそれを見て俺は思った。
 やはり犯人は西条ではないか?
 千尋が人を殺したりするはずがない。
 そうだとしたら、あとは西条としか考えられない。
「…………」
 本人は沈黙を語るばかり。
 考えすぎなのかもしれないな……。

『明日は決勝戦。』
 準決勝は今日ですべて終わったことになる。
 俺達はついに最後を迎えようとしていた。
「同じように、ここに来ればいいんだろう?」
『そのとおりだ。』
生徒会長は西条の質問に解答していく。
『今までどおりに登校しろ。』
『明日、また元気に会おうじゃないか。』
 文字は一瞬にして消えてなくなった。
 残った静寂が館内を支配する。
「それでどうするの?」
「どうしようもできないだろ。俺は帰る」
「そうだな、そうするか……」
 その後、俺は千尋と、いくらか話を交わしてみた。
 だけど、最後まで早乙女を殺した犯人はわからなかった。

 夜になって、俺はふと外を眺めていた。
 きれいだな……。
 明日になっても、この景色を見ることはできるのだろうか。
 俺は果たして死ぬのだろうか。
 本当は、短い春休みのはずだったんだ。
 適当に過ごして、あっというまに終わるはずだった。
 だけどどうしてだろう……。
 こんなに長い二週間は初めてだった。
 この選抜が始まって、明日は十日目。
 どんな結果でも受け入れる。俺は覚悟を決めていた。

十日目―結末―

 春らしい真っ青な大空。
 朝から走り回りたくなるような晴天だった。

 さわやかな風が頬をなでる。
 両手にはなんの荷物も持たず、ただ街路樹を歩いていく。
 この前の台風のせいで、殆どの花は散ってしまっていた。
 通路は掃除されているから問題ない。
 まだ朝ということもあって、人通りはめっきり少なかった。

 俺は体育館の扉を勢いよく開いた。
「やっと来た」
「少し遅いんじゃないか?」
「時間には間に合ってるから別にいいだろ」
 そこにいたのは、仲間を犠牲にして、だけど必死にこの殺しあいを生き抜いてきた二人だった。
 自分達がしたことを責めようとは思わない。 
 同時に、それらを正当化しようとも思わなかった。 

『永きに渡って行われてきたこの選抜もついに終わる。』
『決勝戦。生き残るのは一人だけだ。』
「ルールを説明しろ」
 西条は強気だった。
『完全に吹っ切れたって感じだな。』
『いいだろう。これから説明する。』
 俺達は息を潜めた。辺りはしんと静まり返る。
『どのようにしゃんけんしても構わない。』
『とにかく一人の勝者を決めろ。』
 二人の面持ちも変わっていく。
『そいつがこの大会の優勝者だ。』
『そして、新生徒会長の権利を手に入れる。』
 それが決勝戦のルール。
 最後のじゃんけんのルールだった。
『これより決勝戦を開始する。』
『決勝戦 勇谷 真 対 園原 千尋 対 西条 幸希』
 十日目のじゃんけんが始まった。

「三人で行うのか……制限時間一時間が、初めてリアリティを持ったな。どうやって決着をつける?」
「西条は生きたいか?」
「当たり前だ。だからここまで頑張ってきたんだろ」
「千尋は?」
「私は……真を殺してまで生きたくない」
 聞くだけ聞いても結局ムダだった。
 どうあがいたって、一人しか生き残ることはできない。
「真、私と勝負して」
「え?」
「違うよ。私に勝って欲しいんだ。私が負けるからさ」
「お前まで一也みたいなことを言うのか!」
 俺は千尋の肩を揺さぶった。
 千尋を殺したくない。俺だってそう考えてる。
 でも本心はもっと違うはずだ。
 本当は喜んでる。自分が死なずに済みそうで喜んでるんだ。
 俺は最低の人間だった。
 自分の大切な人を、また見殺しにしようとしているんだから。
「千尋……くそ……」  
 だけど、そうだとしてもそう簡単に納得することはできない。
 殺したくない気持ちの方が圧倒的に大きい。
「何もためらわなくていいんだよ」
「ためらうに決まってるじゃないか……」
「私はグーを出すから、真はパーを出して。お願い」
「決勝戦に限っては、あいこのルールについて説明してない。今回は引き分けることもできるはずだ」
 それは口を突いて出た、なんの説得力もない考え。
「……お願い、真」
「無理だ……無理なんだよ!」
「真!」
「……っ」
「今までありがとう」
 涙を抑え切れなかった。
 できない。勝つなんてできるわけない。
 ……あいこにしよう。あいこにしてこの試合がひとまず終われば、千尋も落ち着いてくれるはずだ。
「いい? 真?」
「ああ」
 だけど、そんな俺の考えは、やっぱり浅はかなものだった。
「じゃんけん――」
 落ち着いて考えるべきなのは、俺の方だったんだ――
「…………?」
 決定的におかしい結果に、俺の目は丸くなる。
「チョキ……?」
 俺はグーを出した。あいこにしようとした。
 だけど千尋はチョキを出している。
「あ、あはは……負けちゃった……」
 愛想笑いで返してくる始末。わけがわからない。
「どういうことだよ、千尋。グーを出すんじゃなかったのか?」
「う、うん……ごめんね、真……」
「は? 今のごめんはなんだ! 何に対して謝ってんだよ!」
『敗者 園原』
「勝手に進行するな! 千尋の話を聞いていない!」
「ううん、話すことなんてないよ」
「だから、何を言ってんだよ……」
「ごめんね、真……こんな私で……」
『処刑方法 毒殺』
 その文字が表示された直後に、千尋が小さなうめき声を上げた。腕時計の毒薬を使ったのだろう。
「意味わかんねえよ! どうなってんだよ!」
「うっ……」
「千尋!」
 倒れる千尋の元に俺は駆け寄り、その体を支えてやった。
「教えてくれよ。どうしてグーを出さなかった?」
 そこだけが理解できない。
 俺の頭の中には、大きく食い違う、二つの仮説があった。
「お前は俺を助けたのか? それとも裏切ろうとしたのか? どっちなのか教えてくれよ……」
 たしかめずにはいられない。
 最悪の終わり方を迎えたくなかった。
 千尋の体から生気がなくなっていく。
「本当、ごめん……」
「やめてくれよ! 答えてくれよ! ……千尋!」
 千尋は俺の顔に手を伸ばし、優しく頬を撫でた。
 そして最後に微笑むと、火が消えるように、ゆっくりと目を閉じた。さらりと千尋の手が落ちていく。
「千尋? ……千尋? 千尋……!」
 千尋はもう返事をしない。
「なんだよこれ! なんなんだよこれ!」
 そうか……俺が千尋を殺したのか……。
 こんな終わり方なのかよ……。
 俺は覚悟を決めていた。決めていたはずだった。
 なのに……なのに……!
 いくらなんでも、これはあんまりだ……。
 こうして俺は、大切な人を失っていくんだ。

「おい、いつまで泣いてる? いつかはこうなるって覚悟していたはずだ。今さら悔やんでも仕方ないだろ」
「仕方ない? 千尋が死んだのに、仕方ないで済ませるな!」
「それが結果だ。俺に当たるなよ」
 こんな馬鹿げた終わりが結果なんだ。
 そういう風に決まってしまった。
「なあ、もし俺があんなことをしていなかったら、こんなことにはならなかったのかな……」
 突然、西条の様子がおかしくなる。
「でも無理だった。俺はああするしかできなかった。それが一番だと思っていた。――俺は生徒会の全員を殺した」
「え?」
「平野が言ってただろ。俺には兄貴がいるって。いたよ、たしかに存在した。……自殺したんだ。生徒会のいじめが原因でな」
 一つ目の事件は、学園のある生徒が、生徒会にいじめを受けて、最終的にその生徒が自殺した。
「復讐だよ。大地の復讐で、生徒会の全員を皆殺しにしたんだ」
 そして、その数日後、生徒会の生徒が全員殺された。
「生徒会長が俺を探してるのはすぐにわかった」
「それならなんで黙っていたんだよ。そのせいでみんなが死んだんだぞ?」
「俺は死にたくなかった。大地の分まで生きていくって決めた以上、死ぬわけにはいかなかった。何より俺は、死ぬのが怖かったんだ」
 完璧のようで完璧じゃない。西条だってそれは同じ。
「たしかにもっと早く名乗り出るべきだった。そうすれば全員死ななくて済んだ。……本当にすまなかった……」
「なんで今になって名乗り出た? 死にたくなかったんだろ」
「見ていられなかった。仲間が死んでいって、悲しむ奴がいて。気づいたら、過去の自分と照らし合わせていた。終わらせるべきだと思った。でも、さすがに遅すぎだよな……」
「当たり前だ! もっと早くそうすればよかったんだ!」
 そうすれば千尋は死ななくて済んだ。
「俺が一番クズなのかもな……。兄弟を助けられなくて、復讐で人殺しまでして、しかも仲間まで見殺しにした」
 それが西条の主観で歩んできた道。
「もういいんだ。だから、お前が優勝しろ」
「西条はそれでいいのか?」
「残ったのは俺とお前だけだ。お前が生き残れよ」
「死ぬわけにはいかないって言ったばかりだろ? 本当にいいのかよ――」
「いいんだ! もういいんだ! 俺はやってはならないことをした! やるべきことをしなかった! もういいんだ……」
 それが西条の導きだした答え。
 それが答えというのなら、俺はそれに従おう。
 みんなの分まで、背負って生きていこう。
「わかった、お前の言うとおりにする」
「そうしてくれ」
 西条はこくりと頷いた。
「これが最後のじゃんけんだ。命懸けの殺しあいも、これでとうとうすべてが終わる」
「そうだな」
 最後のじゃんけん。
 その言葉を聞いて、俺は右手を振り下ろした。
 西条も同じように振り下ろす。
 悲しみ、苦しみ、怒り、嘆き。
 そんな頭のおかしいじゃんけん勝負は、これで終わりだ。
 結果がスクリーンに表示される。
『敗者 西条』 
「これでいいんだよな、西条」
「ああ、これでいい」
『処刑方法 爆殺』
 西条はゆっくりと座り込んだ。
 背中を壁に預け、高い天井を見上げている。
 腕時計のランプが点滅していた。
「俺は死ぬのか……」
「……西条」
「結局死ぬんだよな……馬鹿みたいだ」
 俺は最後まで西条のことを見届けようとしていた。
「俺は、間違っていたのか」
 ランプの点滅が徐々に速くなっていく。
「間違ってるよ。お前がやってきたことは何一つ合っていない。……でも、それでもお前は、最後まで必死に貫いた。そこだけは否定しない。お前は俺達と同じ、同級生だ」
 もう変に言葉を繕ったりはしない。
 俺はありのままの気持ちをぶつけた。
 西条は俺を見て小さく言った。
「……そうか……」
 すべて終わる。それと同時に爆発する。
 腕時計の電子音が一際鳴り響き、直後、そこは爆発していた。西条は痛みすら感じずに死んだのだろう。
 木っ端微塵とまではいかない。辺りは酷く延焼していた。
 火薬が鼻につんとくる。涙は流れてこなかった。
 俺一人だけが、その場に立ち尽くしていた。
『おめでとう。』
『勇谷 真、お前が優勝だ。』
 俺はこの選抜を生き抜いた。
『新生徒会長の権利も与えられる。』
「そんな権利なんて、とっくに忘れた」
『優勝したお前に話がある。』
「そんなことはどうでもいい。俺のことも殺せ」
 俺は小さな声で呟いた。気力がまったくなかった。
『午後に屋上に来い。』
 表示された文字とともに、光が消え失せていく。
 生徒会長は俺の頼みを聞き入れない。
「殺せっつってんだよ!」
 俺の感情は不安定だった。みんながいなくなったことを実感した途端、止め処ない罪悪感に襲われていた。
「殺せ! いいから殺せ!」
 台に乗せられたプロジェクターを蹴り飛ばす。
 スクリーンに向けてパイプイスを放り投げる。
「規則違反なんだろ! さっさと俺を殺せ!」
 器機を破壊し、大声で叫ぶ。
 しかし返ってくるのは腕時計の電子音だった。
 勝手にロックが外れてこぼれ落ちる。
 優勝した事実がありありと感じられた。
「……頼む、殺してくれ……なんで俺一人だけなんだ。なんでみんな死んだんだよ……」
 俺一人が生き残った。そしてみんなは死んでいった。
 それが生き残るための代償だったんだ。

選抜終了 最終結果――
 準決勝 第一試合・敗者  新堂  斬殺
     第二試合・敗者  夜切  焼殺
     第三試合・失格者 早乙女 他殺
 決勝戦 ―――― 敗者  園原  毒殺
     ―――― 敗者  西条  爆殺


 夕日は少しずつ沈んでいき、空はオレンジ色に染まっている。
 屋上に入ると、向こう側に一人の生徒の姿が見えた。
 制服は紛れもなく、学園のものだ。
 向こうは別の棟の屋上だから、こちらから向こうに行くことはできない。
「戻らなくていい。このまま話したいんだ」
 となりの棟に移動しようとしたところで呼び止められる。
「この方が話しやすい。お前もそうだろう?」
 俺は近くの段差の部分に腰を下ろした。
 屋上故に、風が勢いよく流れていく。
「生徒会長は俺だ。お前と口で話すのは初めてだな」
「なんでこんな所に呼んだんだよ」
「むしろ話がしたかったんじゃないか? どうしてこの選抜を行ったのか」
「…………」
 屋上に来るように言ったのは生徒会長だ。
 ただ、俺も真実が知りたかった。
「……西条大地は俺の友達だった。いじめが原因で自殺した。あいつは俺の目の前で飛び降りたんだ。今でも鮮明に思い出せる。でもまさか、その弟が復讐に出るなんてな」
 同じ三年生の同級生として友達だったのだろう。
「それを学園側が知ったとき、最初にあいつらは言ったんだ。お前達、十二人を殺せってな」
「なんで俺達なんだ?」
「生徒会の生徒が殺されたとき、お前達だけが学園に残っていたんだ。警備は厳重だ。外部からの犯行はありえない。十二人の中に犯人がいるという考えに至った」
 ならば教師の可能性もあるのではないか?
 結論からするとないという。その時間帯に学園にいた教師はごくわずかで、全員が職員室で仕事していたらしい。
「だから本当は、すぐに全員殺されるはずだったんだ。でも俺はそれに反対した。お前に信じてもらえるかわからないけど、俺はお前達のことを一人として殺したくなかったんだよ」
「殺したくないって……それならなんで選抜を行った?」
「そのために必要だった。お前達を助けるために必要だった。すぐに殺せと言われて、俺は必死に抗議した。そしてなんとかこの選抜を行うようにした。生徒会長の権利をちらつかせたら、全員すぐに集まったな」
 いわゆる代案。皆殺しにするのではなく、選抜を行って殺せばいい、そう提案したそうだった。
「あいこのルール。あれを使えば、お前達は時間を稼ぐことができる。そのうちに俺が犯人を突き止めるつもりだったんだ。じゃんけんっていう、簡単な勝負にしたことも意味がある。じゃんけんなら、余計な詮索はしにくくなる。だけどお前達は、予想以上に勝ちにこだわっていった。こればかりはどうしようもなかった」
「途中からルールが変わったのは?」
「もちろん学園側の意向だよ。こう着状態になるのは避けたかったんだろう。犯人を一刻も早く排除するのが、目的だったんだからな」
 生徒会長はそれでも反対し続けた。
 でも、結局は従うしかなかったらしい。
「西条の弟は最後まで名乗り出なかった。最終的に俺はお前達を殺すことになった。俺にはそれで精一杯だったんだ」
 それが、生徒会長が十日間で通ってきた道。
「一人だけなら生かしても構わない。学園側はそう言っていた。けど、本当にこうなるなんて……」
「あんたは悲しいのか? 悔しいのか?」
「どうかな。名前も知らない後輩が死んだところで、本気で泣ける気にはなれないな。やれるだけのことはやったんだ」
 開き直ったわけじゃない。正直な気持ちを伝えただけ。
 生徒会長は念を押した。
「お前はどうなんだ? 俺を恨んでるか? 俺を殺したいか? 今すぐこっちに来て刺し殺したいか?」
「…………」
「許してもらおうとは思わない。でもそれが真実なんだ」
 俺は返事をしない。どんな言葉も思いつかなかった。
「悪かったな……」
 生徒会長の姿は、フェンスの向こうに消えていった。

終わりの月明かり

 自分の気持ちがわからなかったんだ。
 俺は本当に悲しんでいるのか?
 正義人ぶっているだけじゃないか?
 悲劇の不幸人を演じているんじゃないか?
 同級生が死んだところで、どうとも思っていないんじゃないか?
 人間なんてそんなものだ。
 最初から最後まで、人間はそんな生き物なんだ。

「…………おい? 聞いてるか?」
「なんだよ……」
「久しぶりに一緒に飯くってるんだ。もっと楽しそうにしたらどうだ?」
「あんたと夕飯なんて、どこが楽しいんだよ」
 そもそもなんで、今日に限ってこんなに帰りが早いんだ。
 テレビではニュースが流れている。
「最近多いな。これで行方不明は十人だろう? 重傷を負った奴もいるみたいだし」
「話題も思いつかないのかよ」
 すると、映像が切り替わり、次のニュースが表示される。
 そのニュースでは、学園の二つの事件について報道されていた。あのときの刑事さんが、学園側を起訴したらしい。
「あの学園も終わりだな」
 ニュースの内容に鼻で笑っている。
 でも、選抜についての情報は流れなかった。
 死体がない以上、あの選抜が明るみに出ることはないだろう。
「ごちそうさま」
 早々に食事を終わらせる。さっさと逃げたい気分だった。
「待て、真」
 部屋から出て行くところを呼び止められる。
「頑張ったな」
「…………」
 それだけを聞くと、俺は二階に上がっていった。

 自分の部屋に入る。
 カーテンは開けられていて、空にきれいな満月が昇っていた。
 昨日よりもずっときれいな夜空だった。
 ベッドに座り込み、なおも外を眺め続ける。
 様々な思いが込み上げていた。
 俺の本心はどうなんだろう。学園での出来事について、俺は告発するべきなのか。それがみんなのためになるのだろうか。
 ……深く考えるのは一旦やめよう。
 ふとカレンダーに視線が泳ぐ。日付は四月に変わっていた。
 春休みもそろそろ終わりか……。

     *

 机に置かれたパソコンの横に、一つの名簿が置いてある。
『生徒会名簿 生徒会長・皇木宇宙(すめらぎ そら)
 ――通知、次期生徒会長・勇谷真(ゆうや まこと)』

じゃんけん大会―紅の鎖―

じゃんけん大会―紅の鎖―

サバイバルサスペンス。某O様ゲームのようなストーリーです。

  • 小説
  • 中編
  • サスペンス
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-11-22

Copyrighted
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  1. はじまりの朝日
  2. 一日目―発端―
  3. 二日目―規則―
  4. 三日目―快楽―
  5. 四日目―無力―
  6. 五日目―銃声―
  7. 六日目―親友―
  8. 七日目―宿命―
  9. 八日目―深紅―
  10. 九日目―鈍痛―
  11. 十日目―結末―
  12. 終わりの月明かり