神の愛し子

2012/01/28(2012/01/30修正)

 兄上が女性を連れて、宮に帰ってきた。だが誰にも顔を見せてはいないらしく、いつも大きな頭巾の付いた上着を冠っているせいで、顔どころが全体的によく分からない。いわゆる神官の正装ではあるので、まだ賓客の扱いなのだろう。神殿の関係者が王宮に入ってくることは珍しくはないが、今回ばかりは階級が高すぎて干渉できる人間もいない。噂に尾ヒレや背ビレどころか、エラまで付いてくるせいで、話が途方もないところに発展していて、実際の人物像が全く想像できない。入内を済ませて神官ではなくなる頃には拝顔できるだろうが、今のところ名前以外に正確そうな情報はない。
 戦時に隣国から贈られた姫が、兄上のひとりめの妃だ。ふたりの世継ぎの皇子の母で、姫もいる。その兄上に位の高い神官が嫁げば、世継ぎ争いになるかもしれない。新しい妃がどんな人物なのだか知らないが、今の妃は業突く張りであるから、それは大変な騒ぎになるのではないだろうか。彼女が入内の障害になりそうだと専らの噂ではあるが、宮と神殿を敵に回してまで我が儘を振り回されては、何人分の堪忍袋の緒が切れるか、さだかではない。国事の将軍まで口を出すようであれば、国間の戦争まで発展してしまうが、それを狙う軍部も存在するのだから情けないものだ。どの歴史を鑑みても証明しているのだが、利権から争いがはじまるようであれば国家の存続に関わる。火種を避けて生活するにも、王族である以上限界がありそうだ。
 見下ろした中庭には、夏の日射しが降り注ぎ、昼の最中の光で輝いている。流石にこの陽射に刺されようとは思えない程の暑さに辟易としているが、絵柄にしてみると美しく整えられた庭だとは思う。一定の長さで刈り揃えられた芝の上に木が植えられ、花壇には時期に合わせた花が用意されている。庭師も腕によりをかけて中庭に手を入れるため、密かな人気を持ちはじめているのは、面白いことだ。そのうち、腕の良い庭師を自分の宮に就かせる者が出るのではないだろうか。庭師の奪い合いでご夫人方が騒動を起こす様子が目に浮かび、ここにも着火剤があると頭を抱えた。
 その芝に佇み燦々と太陽の光を浴びる白磁色の手が、花壇の花に伸びている。吹き抜ける風は彼女の金糸の髪を翻し、絹の装束を輝かせていた。日光の寵愛を一身に受けているその姿は、色素の薄い太陽の化身のようで、眩しい。王族以外には許されない宝玉を各所に光らせても引けをとらない容姿に、見覚えはなかった。
 彼女を呼ぶ声が聞こえて顧みると、兄が立っていた。彼女が噂の、高層の神官だろうか。侍女の数が尋常ではない辺りに、兄の過保護な性格が描写されているような気がした。確かに保護をしたくなる願望を引き出す容姿ではあるが、階級の高い神官は総じて並々ならぬ能力がある。あの華奢な体のどこに、高官となる強かさがあるのか些か疑問ではあるが、両手離しで従いたくなるような、畏怖を感じることは間違いない。 太陽に愛され、草木と調和できる人間はそう簡単にいるものではない。
 しかしこんな所で頭巾のない彼女を拝めるとは、予期せぬ展開だ。不慮の事故と言い換えても良い。
「絶望的な美女ですね。神も随分と不公平な采配を揮われたようで」
 後頭部から聞こえた声を無視しようとしたが、視界に乱入されると、聞かなかった振りが許されそうもない目線を感じてしまう。そうだな、と適当な言葉を返して、その場を離れる算段を図るも、退路を断たれ敢えなく敗退の白旗を振り上げた。
「厄介だ。争乱でも起こされてみろ。勝ち目はない」
「あの顔に争乱を起こされたら、立ち直れる気がしませんね」
「顔で決めるな、顔で。少しは性格も加味しておけ。どんな傾向だか知らんがな」
「それを調べるのが僕らの任務です」
「俺を入れるな。ひとりでやれ」
 どうせ暇なんだからご一緒にと、殴りたくなる台詞が返ってきた。暇という至福の時間にどうせ、という副詞を付けられたくはない。片目を細めて睨んでみるが、図太いその心にはかすり傷すら付いていないようだった。絶望的な厚かましさとても言ってやりたい。
「兄上が呼んでいます。行きましょう、紹介して頂きますよ」
 階下で手招きをしているようで、首根を掴まれて引きずられるように立ち上がって歩き出す。面倒なことになりそうだ。

神の愛し子

続きません。

いつか物語になればと思います。

神の愛し子

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-30

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