北の海の魔女 60.0~70.0

60.0~70.0

†††60.0

「いよいよだな」
「ああ」
ホルトゥンと少年はアヴィンの関所にいる。そこの城壁から西の国の軍勢がアヴィンを目指してくるのを見ているのだ。

アヴィンは城下町の一つ。アヴィン城の統治下にある町だ。ホルトゥンと少年はアヴィン城に陛下より派遣された客兵、という扱いになっている。
アヴィンは東の国と西の国の境界にほど近くにあり、首都への交通も容易なため、防衛上の重要拠点である。
アヴィン、及びアヴィン城は平地にあり、防御において特筆すべき事柄は無い。

特筆すべきはアヴィンよりも更に国境沿いに存在する「アヴィンの関所」である。

アヴィンの関所とは国境沿いにある二つの山を利用した関所である。
関所であるため、平時は入国者の管理などを担う場所でもある。
しかし戦時下においては優秀な要塞と化すのである。

山を二つ脇に従え、堅固な城壁、城門を有する。
山という障害があるため、大群での攻撃が限りなく困難、という特性を持つ。

攻め手としては関所を無理矢理突破するよりも山を迂回する、山を越える、という選択肢を取ることが上策、と考えられるようになった。

ただし、山の迂回は山の幅の広さ、沼地の存在、などのためあまり良策ではない。
そこでアヴィン攻略において敵が取る戦法は「山を越える」となることが大半だった。
今回もこの作戦で来るだろう、というのがアヴィンでの大方の予想だ。

その場合の対処法もあるのだが、一度確認しなければならないことがあるので、そちらをまず述べておこう。

我らが客兵、ホルトゥンと少年に王様より下された命令は、
「アヴィンを攻める軍を全滅させること」
であった。

†††

地形について説明しましたが多分完全に理解できなくても話にはついていけます。
アヴィンの関所は攻めにくい、程度に思っていれば十分のはずです。

†††61.0

時間は少し戻って、アヴィン城からアヴィンの関所へと向かう道中。

「ねえ、ホルトゥン」
「なんだい?」
少年はぼきっ、と森から拾ってきた薪の枝を適当な長さにそろえている。一方で魔法使いは火打ち石で火を点けようと奮闘していた。
「君の魔法って幻影、ってやつでいいの?」
「ああ。皆『幻影(ファントム)』って呼んでる。ついでに僕のことも
ね」
そこでようやく火の粉が上手く燃えやすい枯れ草につき、小さな火ができた。
ほっとしてわずかに肩の力を抜くホルトゥンに少年は忠告がてら話を進める。
「油断しちゃだめだよ。・・・・・・『幻影』についてちゃんと説明して欲しいんだけど」
「そうだね。一度話しておくべきかな。関所に着く前に」
ホルトゥンがようやく付いた小さな火に大きな薪をくべようとしたところ、少年が横からその薪をひょいっと取り上げた。
「こんな大きなのからくべたら火が消えちゃうよ。最初は小さいやつからでないと」
言いつつ少年は先ほどから整えていた薪の中からいくつかを選んで火にくべた。
「へえ、そうだったのか。よく知ってるね」
「まあ、伊達に長いこと旅をしてないからね」
少年はほんの少し自慢げにそう言いました。

†††62.0

「で、『幻影』って?」
「ああ、そうだったね」
ホルトゥンは長い木の棒で火をいじりながら少年の問いに応えました。
「『幻影』は認識をいじる魔法なんだよ」
「認識?」
そう、と応えつつホルトゥンはすこしずつ燃えだしてきた火に扇で風を送りました。
「僕の魔法、『幻影』はあまり離れていないところにいる人の認識を狂わせるんだ。まあ、五感だね。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、試したことはないけど多分味覚も」
「実体を出したりはしないの?」
「?どういうことだい?僕は何も出さないよ。煙とかを人の形にしてとかも無い。現実には何も変わらないけどただ認識だけが狂うんだ」
少年は近くの川から汲んでおいた水や持ってきていた食材を簡易のテーブルの上で調理し始めました。
その調理の合間にも質問を重ねます。
「味方には効かないようにできる?」
「そいつは難しいね。なんせ範囲内にいる人間には必ず作用するから。僕にさえ効くんだ」
「え?」
少年はホルトゥンの言葉に思わずナイフの手を止めました。
「それって大丈夫なの?自分で自分にだまされたりとか・・・・・・」
「ああ、それは大丈夫さ。僕には現実も平行して『視えてる』からね。僕自身が『幻影』かどうかわからなくなることはないよ」
ホルトゥンは勢いづいてきた焚き火に二、三本薪をくべてながら言いました。
「そうか。でも味方にも『視せて』しまうのか・・・・・・。あ、そうだ。もし『幻影』の兵士の槍で敵の兵士を突いたらどうなるの?怪我もするの?」
少年は食材片手に、まだナイフの手を止めたまま質問しました。
「怪我か・・・・・・。『幻影』で怪我を演出すれば本人は『怪我を負った』と認識することはする。ただ実際に、現実的な意味での怪我はしない。そうだな、僕の『幻影』で攻撃はあまりしない方がいい」
「どういうこと?」
ホルトゥンのその言葉に少年は眉をひそめました。

†††63.0

「僕の『幻影』で攻撃したときの反応に個人差がありすぎるんだよ。ある兵士は本当に攻撃されたと思いこんでしまってショックに陥ったり、また別の奴は違和感に気づいて看破しちゃったり」
「違和感?そんなものがあるの?」
とうとう少年は食材とナイフを簡易テーブルの上に置いて焚き火を挟んでホルトゥンの正面に座り込みました。
「あるさ。極端な場合だけど・・・・・・壁を作ったとしようか。兵士たちの前に遮るような壁を」
ふんふん、と少年がうなずくのを確認してホルトゥンは続けます。
「で、兵士たちがその壁に体当たりしてしまったとする。その時、兵士たちはほぼ確実に壁を通り抜けてしまう」
「なるほど」
「僕が作れるのは壁の幻影であって、実体じゃない。だから体当たりの衝撃を殺すことはできないんだ」
うーむ、と少年が難しい顔をする。
「ややこしいなあ・・・・・・」
「ははは、よく言われるよ。わかりにくい上に使い勝手が悪いって。うまく使えば良い魔法だと思うんだけどなあ」
ホルトゥンはおそらく国の大臣連中のことを言っているのだろう。ホルトゥンの『幻影』をないがしろにするような発言をした連中のことである。
「やっぱりわかりにくいよ。いつもどんな風に使ってるの?」
「いつも?」
「戦争の時はいつもどんな風に?」
ああ、とホルトゥンは苦笑いしつつ頭を掻き、言い放った。

「僕、今回が初陣だよ!」

†††64.0

「え・・・・・・?今回が初陣?初めてなの?」
「そうだよ。どうかしたの?」
少年はホルトゥンのきょとんとした顔をまじまじと見つめました。
「・・・・・・じゃあ、大臣たちが魔法を評価してたのは?」
「演習に参加したことがあるんだよ。そのときの話さ」
少年の顔はちょっと青ざめました。
「大丈夫かい?顔色が悪いけど・・・・・・」
「う、うん。いや、てっきり何度か戦にでたことがあるんだと思ってたから」
少年の言葉にホルトゥンがにこりと笑みを浮かべます。
「ああ、そういうことか。僕が戦に慣れている、とか経験豊富とか思ってたんだろ?それで、僕が君の指示を多少なりとも補助するだろう、とも。残念でした」
ホルトゥンは少年におどけた顔で舌を出してみせた。
「僕は君の指示を助けたりはしない。たとえ思いついたとしてもね。今回の戦で君は君の実力を陛下に示さなければならない。なのに僕がしゃしゃり出て君の作戦に口出しするのはおかしいだろう?」
人によってはおかしくない話だとは思う。なにせ少年の指示には人の命がかかるのだ。
とはいえ、宮廷魔法使いの言に一理あるのもまた確かだった。
少年は深くため息をついた。
「わかった。がんばって君の『幻影』を最大限に使えるような作戦を考えるよ」
「頼りにしてるよ」
まだにやにやと笑みを浮かべているホルトゥンの顔が少年にはちょっと憎たらしく思えた。

†††65.0

そして時は戻り、現在。
アヴィンの関所。
二人は城壁の上にて西の国が進行してきている平野を見下ろしている。

「作戦に変更はないね?」
「うん。ないよ」
少年はホルトゥンの問いかけにうなずいた。
「ふーっ。じゃあ、いっちょ、がんばろうか!」
ホルトゥンが思いっきり伸びをして、気合いのかけ声を入れる。
そんなホルトゥンを少年はじいっとみつめた。
「どうしたんだい?」
少年の様子が少し変なことに気づいてホルトゥンは少年を見つめ返す。
「・・・・・・き、緊張してないの?」
その言葉を聞いてホルトゥンは興味深そうに目を見開いた。
「へえ・・・・・・」
「な、なんだよ」
そんなホルトゥンの視線が気味悪くて少年はすこし仰け反った。
「いやいや、君からそんな言葉が出るとはね」
「え?」
ホルトゥンがおかしそうに口を歪めるのを見て少年はぽかん、と口を開いた。
「アウルの奴から聞いてるよ。君は盗賊にも一切臆さなかったそうじゃないか。その君が今緊張してるのかい?」
くくく、とホルトゥンがなおも笑い続けているのを見て少年はいささか腹が立った。
「あー、はいはい。わかったよ。で、緊張してるの?してないの?」
ホルトゥンはにやけ顔のままで手のひらをひらひらさせた。
「してるよ。当たり前だろ」
少年はそんなホルトゥンの顔を見、ふと視線を下へ反らした。
「・・・・・・もう一つ、いいかな」
「言ってみなよ」
少年はゆっくりと顔を上げホルトゥンと目を合わせる。ホルトゥンも少年の目をしっかりと見据えた。
「・・・・・・君はこの作戦うまくいくと思う?」
ホルトゥンはしばらく少年を見つめ、表情を崩し、笑顔を作った。
「僕はこれ以上の作戦は無いと思ってるよ」

†††66.0

「あれが噂に聞くアヴィンの関所か・・・・・・」
将軍が右隣の将軍補佐官に声をかけた。将軍らしく厳めしい鎧に身を包んでいる。
「噂通りなら相当に攻めづらそうですが、どうするのですか?」
将軍は豊かなあごひげを撫でた。
「まあ、まだ何とも言えんな。ここでは遠すぎる。しかし・・・・・・」
途中で将軍は言いよどむ。
「しかし、なんです?」
「うむ・・・・・・。ここまで敵兵を全く見ていない。偵察の者すら、だ。何というか・・・・・・気味が悪くてな」
「なるほど・・・・・・。あなたはどう思いますか、グルップリー」
補佐官は将軍の左隣、馬に乗り、緑色の帽子、緑色のローブに身を包んだ男に声をかけた。

†††67.0

「なるほど。あなたはどう思いますか、グルップリー?」
補佐官に声をかけられた。
まだ、特に異常は見られない。魔法の罠も、無い。
「しばらくは大丈夫でしょう。もう少し進軍しても、問題ないかと」
「魔法で攻撃されるとして・・・・・・どの辺りまでが安全に進軍できる?」
次はあごひげをいじり続けている将軍に質問された。
「あの関所から魔法の遠距離攻撃を仕掛けようとしているなら・・・・・・
あと一時間は行軍を続けてよいでしょう」
「間に・・・・・・ここから関所までの間に敵が潜んでいる、ということはないのか?」
補佐官が前方を指さす。
「私は魔法が使われた場合、その位置が視認できます。それがどんな魔法であっても私の視野の中であればわかります。今は何の魔法も使われていないため、魔法による小細工は現時点で皆無です」
「魔法の罠、とかは無いのか?」
次はあごひげの質問か。
「罠、と言っても完全に静止した罠はありません。誰かが多少の出力を行っていない限り、魔法というものは発動しません」
「動力が無ければ・・・・・・ということか」
あごひげが目を細める。
私はあごひげの問いかけに、はい、と答え、前方をにらんだ。

†††68.0

確かに今のところ敵は何の魔法も使用していない。
ように思える。

正直なところ、敵が魔法をすでに使っているかなんて知ったこっちゃない。
あごひげ・・・・・・将軍と補佐官に言ったことに偽りは無いが、敵が新しい魔法を開発してるとかそんな可能性もある。
それについては敢えて言及しなかった。

意味がないからだ。
例え可能性について言及したとしても進まなければならないことは決まっている。
もしもこの二人に少しでも不安材料を与えればどうなるか、など考えたくもない。

優柔不断で、質問しかしない髭と補佐は役に立たない。
それが都を出て以来、この二人の傍にずっといた私の結論だ。

道中、この二人はあろうことか関所すら見ずに山を迂回しよう、などと言い始めた。
迂回路は確かに敵軍との接触を避けられるし、意表も突けるだろう。
しかし、どれだけ意表を突いたところで、長い沼を越えて満身創痍となったこちらの軍が敵軍に蹴散らされることは明白だ。
あの時二人を説き伏せるのにどれほど苦労したことか。

私の役目は魔法の使用及び魔法使いの発見と魔法による攻撃。
・・・・・・のはずだったのだが。
正直、ここまでのことを考えると、髭と補佐を勇気づける、という役割がほとんど・・・・・・だったように思える。

私はそこまで思考を巡らせ、深くため息をついた。
そして、隣の髭と補佐、次に後ろの兵たちを見た。

もしも、この二人が戦場においても役立たずだったなら・・・・・・、わかっていますね、将軍。
私はこの二万の兵を守るためなら何でもしますよ。

†††69.0

そのまま進軍を続け一時間が経ち、再三に渡るヒゲの確認に私は頑なにGOサインを出し続けた。私が意固地になっていたわけではなく、逆にヒゲと補佐がが意固地になったのである。
私だって魔法使いにしろ、一般兵にしろ、あまりにも敵の姿が見えないので不安だが、かと言って進軍を止めるわけにも行かない。先ほど出した斥候もまだ戻る時間ではない。

そうしてさらに三十分移動した後、補佐官がとんでもないことを報告した。
覗いていた望遠鏡を下ろして彼は一言、
「将軍、関所がもぬけの殻です」
そう言った。

†††70.0

関所に一人の兵もいないということが確認されたのはそれから三十分後、斥候が戻ったときのことだった。
その兵が言うには関所の門は開いており、中に入ってみたところ兵の一人も見当たらなかった、とのことだった。
「どういうことだ・・・・・・?」
ヒゲは思案顔でヒゲをなでた。
「将軍、罠です。間違いありません」
補佐は馬上でおろおろと落ち着きを失くしていた。
「将軍、左右の山に敵兵が潜んでいるかどうか、調べては?」
私は左右の山を指さした。
「そうだな」
ヒゲは補佐に合図し隊をいくつか山へ偵察に送らせた。

これが罠なら・・・・・・いや、罠だ。それは間違いない。
この守りやすい関所を放棄する利点は全くない。敵兵は必ずどこかにいるはずだ。

この罠のねらいはおそらくは我々の軍を城門から誘い入れ、左右の山に潜ませた兵に挟み撃ちさせる。
こちらの軍は二つの山の間を細い隊列で通ることになるので効果は抜群である。

しかし、これでは・・・・・・あまりに単純すぎる。こんなに幼稚な作戦であるはずがない。
何かもっと別の何かがあるはずだ・・・・・・。

今日は無人の城を目の前にして野営することとなった。

†††

北の海の魔女 60.0~70.0

北の海の魔女 60.0~70.0

魔女にさらわれてしまった妹を捜し出すために兄は旅に出ることにした……。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-09

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