黒猫と入江のみぎはうす氷つつ

2012/01/29

 空が壊れてしまったような雪が降り続けて視界は悪く、雲が山から降りてきたのではないかと疑ってしまう。見渡す限りの暗雲に、心も少しばかり重さを増して暗くなる。除雪を行わなければ、足先が埋まる程度には積もっているのではなかろうか。庭に広がる池の波打ち際は薄く氷り、白い気泡が閉じ込められてしまったようだ。吐く息も白く、季節がいつの間にか冬へと移り変わっていることを実感する。
 大きな暖炉の備え付けられた部屋にばかり籠っていると、季節を忘れてしまいそうだった。折しも暦が変わる冬には外出する用もないから、雪景色を楽しむ暇はあまりない。
 白く大きな塊が止むことなく降り続けるから、雲はなくなってしまうのではないかと思う。伸ばした手に触れる雪が瞬く間に消えてしまうように、頭上の雲に触れると消えてしまうのだろうか。この手に触れたものが、そもそも本当に在ったものなのか、それすら曖昧な程に掻き消えてゆく。
 小さな氷の結晶が集って、雪になる。その小さな六角の花は生まれてすぐに枯れてしまうから、冬は寒くて苦しい。どれほどの数が咲いているのか。すべての色を塗り替えて、大地を埋め尽くすように、この世界は銀色の花弁で埋められてしまう。抵抗することのできない空の御心を表しているようだった。
 頬から雪の雫が流れ落ちると、まるで涙のようだと思った。空がこの身を白く塗り替えるのが先か、それとも雪が溶けて消えてしまうのが先かと空を見上げた。体に寄り添う水滴が溶けてゆくのと共に、溶けてしまえるような気がした。世界の輪郭が失われる。

「なにをしている」
 耳を劈く声が聞こえると、霞んでいた視界が明瞭になってしまった。最近はあまり聞かない、恐ろしい声だ。
 屋根の下に引き寄せられて、体中から雪の雫が滴る。五感が戻ると急に寒くなり、四肢の震えて止まらなくなった。
 所在なく見上げると、大層怒りに満ちた目がこちらを見下ろしていたので、身が竦んでしまう。悪気はなかったのだが、心配をかけるようなことをしてしまったと悔やむ。何の言い訳もできず、駆けつけた侍女たちにされるがままに引っ剥がされて、風呂まで入れられて、結局暖炉の前に戻されてしまった。すでに雪は止んで、夜の闇が辺りを覆っていた。
 謝らなければと思うのだが、風邪でもないのに毛布に包まれた上に、部屋から出るなと命じられてしまった。最後に馬鹿者という言葉まで付いていた気もする。できる限り、この場所を覚えようとはするのだが、攫われてしまうと、戻って来れないことがある。元の場所に戻るための依り代を探さなければならない。
 立ち上がると侍女に止められ辺りが騒然としたが、太々しく開いた扉から仏頂面が現れたので、部屋は不自然に静まり返る。不機嫌な顔が椅子に腰を落ち着けた所為で、その周囲には茶やら菓子が慌ただしく整えられた。そして人さし指だけで来いと手招きをするから、傍に寄らなければならない。無造作に首を掴まれると驚いて身を引きそうになるが、動くなと厳しく諌められる。その手が離れた場所には、紅玉の首飾りが輝いていた。
「首輪だ」
 そう言って彼は満足そうに笑う。

黒猫と入江のみぎはうす氷つつ

続きません。

いつか物語になればと思います。

黒猫と入江のみぎはうす氷つつ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-29

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