heaven'sDoor<the Deathwing>

璃玖

  1. Ⅰ<葵>
  2. Ⅱ<干渉>
  3. Ⅲ<回想>
  4. Ⅳ<再会>
  5. Ⅴ<京紫>

俺の周りで何度となく繰り返された『別れ』の瞬間。
その度に、気付かないうちに関わっていた存在がいたらしい。

そいつと俺とは、いわゆる『腐れ縁』と言うヤツなのだろうか。

死神ってヤツとの腐れ縁なんて
まっぴらゴメンなんだけどなぁ。

Ⅰ<葵>


きっかけに特別な状況があった訳ではない。
日常のほんのひと時の合間に落ちていたものだ。
しかし、それを見つけるか否か

それだけで、俺の人生は変わってきたんだと思う。



「あれ、隼杜(はやと)。バイク買うの?」

まったりと雑誌をめくっていた隼杜の手元を覗きこんで、(あおい)が声をかける。
誌面から視線を上げると、愛らしく笑む彼女の顔を目の当たりにした。
思わず、顔を赤らめつつ応える。
「まぁ・・いずれ ね」
本当ならもう少し気の利いた台詞を吐きたいのだが、
彼女を前にすると どうも脳内が真っ白になってしまう。
強いフラッシュをたかれたかのように、眼の奥がチカチカとして、ついでに言葉も見失う。

それが何を意味しているのか、隼杜にだって解ってはいる。

「いいなぁ。私も早く免許取りたいなぁ」
「お前・・バイクに乗りたいの?」
「何その顔?私が乗ったらダメなの?」
先の笑顔を一転させて、葵が頬をふくらませる。
隼杜は全力で否定した。

「いやいやいや!そうじゃなくて・・

何か・・意外だなって思った」

昼休みの図書室に爽やかな風が入り込んでくる。
例年よりも早めに梅雨が明け、期末テストも終わり
周囲は一気に夏休みモードだ。
天気も気分も快晴な生徒たちは、昼食をテキトウに済ませ
早々に校庭に繰り出している。
この学校の生徒たちは、高校生の割に 小学生並の大騒ぎで遊ぶ輩が多い。

室内に残っているのは隼杜たちを含めて、十数人。
外の喧騒を遠くに聞きながらでも、静かに読書が出来る。

「そぉ?」

2学年下の葵を初めに見つけたのが、図書室だった。
それ以来、さり気なく訪れては本や雑誌を物色していた。

動機が思いきり不純な事は認めざるを得ない。
でも、隼杜は基本的に本を読むのが嫌いではない。
そして狙い通り、こうして葵と仲良く話をする事も出来ている。

「昔からあんまり外に出られなかったから、憧れてるのよ」
「・・・そっか」
何度か話すうちに聞いた事だが、彼女は少し身体が弱いらしい。
休み時間に図書室に居る事が多いのも、きっとそのせいだろう。
彼女の言葉を受けて隼杜が途端に表情を変えたので、今度は葵が慌てて否定した。
「ああ!ゴメン、気にしないで」
懸命に話題を切り替える。

「夏休みの始めの楽しみはね、鈴鹿の8耐なのよねー」
「マジ?俺も毎年 中継観てるよ!」
「ホント?嬉しいなー

ねぇ、今年は一緒に観ない?」
思いもよらぬ申し出に隼杜の頭が再び真っ白になる。
心なしか、葵の頬も紅いような気がして必然的に胸が高鳴った。

やった!
感謝します 神様、ケビン・シュワンツ様!

独り興奮する隼杜に気付いているのかどうか。
葵はふと視線を誌面に戻して言った。


「ねぇ
コレって、隼杜とおんなじ名前だね」



例えば、誰かの何気ない一言が
その後の自分に多大なる影響を与えるとか
当時に理解しているはずもない。


「『隼(ハヤブサ)』かぁ・・そう言えば気付かなかったな」

改めてその車体を眺めてみる。
贔屓目無しには見ていないだろうが、確かにそれは
隼杜が目指すバイクの理想形と言っても良かった。

『隼』は、一緒に楽しく走れそうな予感がした。
ついでにタンデムしている葵の姿をふと想像してしまい、
隼杜の心は一気にハヤブサ購入を決意したのだ。

皮算用から、高い目標が決まる事もある。
それで自らが尽力出来るのであれば、悪い事ではないではないか。

設定された目標の為に、隼杜の夏休みは勢いよく動き出した。



「やっぱ、新車は無理だろうなぁ・・」

ピカピカのマシンをうっとりと眺めながら、独りごちる。
こんなに近くで見ているのに、ハヤブサはとても遠くにいるようだった。
アルバイトを幾分増やしてみても、学生の身分に新車のバイクはやはり高嶺の花だ。
暇を見てはこうして、近所のバイクショップに入り浸って、華麗な花を眺めている。

「なら、中古でも探してみればいいんじゃないか?
状態がいい掘り出しモンも結構あるぞ」

学生服姿で熱心に通うバイク小僧を気に入ってくれたようで、店主はこの所よく話しかけてくれる。
きっと自らにも同じ時期があったのだろう。
懐かしむような柔和な表情で声を掛けてくるのだ。
現在のバイク小僧が視線をあげた。「ホント?」

「ああ、何なら俺のつてを当たってやろうか。
信用出来る奴らばっかりだぜ」

「ホントに?!」
隼杜の両眼がきらきらと輝いた。
こうなれば店主だって、悪い気はしない。
純粋な少年の為にひと肌脱いでやろうと意気込んだ。
今はショップのオーナーでも、バイク好きの精神というものは 根本的には昔から変わらない。
同じように憧れ、悩む若者を見たら黙っていられないのが人情だ。


「待ってな。
必ずいいの見つけてやるよ」
力強い店主の声音は
ますます隼杜を希望の光に包んでくれた。


一度転がり出した運命は、勢いを増していく。
時には自分の手を離れ、他人の力で転がされることも
まま あったりするものだ。


夏の暑さが影響したのか、葵が体調を崩したのは
その年の夏休みが終わりそうな時期だった。


2学期が始まってから、葵の姿を見ない事が気がかりで
彼女のクラスメイトから聞き出した話によれば
どうやら入院してしばらく養生するとの事だった。

病院の場所を聞いて見舞いに行こうか悩んだ。
ただ、そこまでしてしまうのは厚かましい気がして
隼杜はついに聞く事をしなかった。

そうこうする間にも、俺の運命は転がっていく。

その日は
気の好いショップの店主が満面の笑みで隼杜を迎えた。

「よぉ隼杜!待ってたぜ!
お前に合いそうな“美人”が見つかったぞ!」

「マジ?!」隼杜もつられて声が高くなる。
遠くにあった夢が 一気に距離を詰めて来た。そんな高揚感が抑えきれない。


とりあえず週末、その“美人”を見に行く事に決め
浮かれた気分で憂鬱な授業も課題もやり過ごす。

ひとつだけ、心底に引っ掛かりを覚えていたが。



土曜日。
半日だけの授業は気もそぞろで、目や耳はもはや公式や法則を受け入れてはいなかった。

隼杜は終礼と共に教室を出た。
「おい、隼杜!メシ食いに行かないのかよ!」
いつもつるんでいる仲間の誘いも聞き流す。
「悪い!今日は先約があるんだ、またな!」


それでも、ふと階下の下駄箱に向かう途中で
気になって踵を返した。

渡り廊下を経て、別棟の図書室へ足を向け直す。

居る訳ないと思うのに
やっぱりほんの少しだけ、期待をしてしまう。

終礼直後、室内にまだ生徒の姿は見当たらない

ハズ だったのだが。



「・・・あ」

物語の中でもあるまいし
我ながら、バカみたいだな なんて思いながら引き戸を開けて
隼杜は驚きで心臓が止まる思いをした。

「・・やっぱり、来てくれたね」

心持ち力の無い笑顔ではあったが、確かに彼女がそこにいた。

他には誰もいない。白い壁と開け放った窓から射し込む陽光で美しく彩られた室内に、葵はぽつんと座っていたのだ。

「葵・・」
「昨日、退院出来たの」
隼杜は何故だか足が震えた。
自分がこれほど情けないとは。たかだか女の子一人を前にしただけで、何でこんなに震えてるんだ。

きっと、俺は今この上なく情けない顔をしてるだろうな。

そんな彼の動揺に気付いているのか
葵は悪戯っぽく笑う。
「学校は来週からって言われたんだけどさ

ココに居たら、隼杜 ビックリするだろうなって」
「・・ああ・・ビックリしたね」
9月とは言え、まだまだ現役の蝉が残暑を盛り上げる。
それでも、室内に入り込んでくる風は涼やかだった。
カーテンが舞う。

隼杜は気を静めようと、室内を一通り見まわした。
彼女以外に視線を定めようと試みた。

「作戦成功」
彼女は心底嬉しそうに言う。「でも・・」隼杜が口を開く。
ようやく、少し平静なフリが出来そうだ。

「俺がココに来るって保障は無かったろ?」
彼は、一目散にバイク屋に行くつもりだったのだ。
あの時もう少し迷っていたら、図書室には寄らなかった。

少しだけ抱えた期待が、彼の中で主張をするまでは。

「来なければ仕方ないじゃない。会うのが少し遅れるだけよ

・・結果的には、ちゃんと来てくれたでしょ」

はにかむ彼女の表情を、もっと近くで見たいと思った。
ずっと、一緒にいたいと

その瞬間、爆発的に思ったのだ。



「これからさ、ハヤブサを見に行くんだ」
「え?」
「バイク屋のおっちゃんが見つけてくれたんだよ。
とびっきりの美人だって」
「ホント?」
隼杜は足の震えがいつの間にか止まっていた事を、おそらく気付いていない。
ゆっくりと 彼女の方へ歩み始める。

「お前も、一緒に来ないか?」

近づくと、葵の顔は少し紅潮していた。
病みあがりに動いたから熱でも出たんじゃないだろうな・・
隼杜はすぐ脇へ寄り添い、掌を彼女の額に当てた。
ぴくりと肩を震わせる。顔色とは裏腹に、触れた彼女は少し冷たかった。

「もし、具合が悪くなければ・・だけど」
葵は首を横に振り、応えた。

「平気。行きたい

ねぇ、一緒に連れてって」

転がり出した運命は、再び自分の手に戻り
そうして改めて見ると
以前よりも少しだけ 輝きを増しているように思えた。

Ⅱ<干渉>

彼女は 彼が来るのを待っている。
私はそれを知りながら、
やりきれない気持ちのやり場に困っている。
まったく、何て因果な生き物だ。

・・彼女がか?

いや、違う。
因果なのは、この私だ。



私が彼女を迎えに行けるのは、
彼女が死を迎える その時だけ。



「ご気分は如何ですか?」

看護師に適当な辞令を述べられ、彼女もテキトウに相槌を打つ。
「ええ、今日はいつもより調子が好さそう」

カーテンが開けられる。日差しが眩しくて 思わず目を逸らす。
太陽の光を忌々しく感じるようになったのは、
この病室に来てからだ。
よりにもよって、この窓際。
漫画のヒロインよろしく、落ちてゆく枯葉に自分の寿命を投影しろと言うのか。


もう、皮肉しか浮かばない。
彼女はそんな自分を嘲った。


空気が動くのを感じて、彼女は薄く眼を開いた。

誰もいない4人部屋の病室に、足音が迫る。
誰が来たのかすぐに気がついて、彼女は起き上がる素振りをする。

「あ、悪い 起しちゃったか」

申し訳なさそうに相手が言うと、空気がふっと和らいだ。
「ううん。平気よ」
彼の笑顔のせいだ。張り詰めた空気が一気に緩む。
薄暗い空間に、柔らかな春の香が迷い込む。彼が来ると、いつもそんな安心感を覚える。

「少し顔色が好いな。何かいいことあった?」
おどけて尋ねる彼に、彼女は微笑んで
隼杜(はやと)が来てくれた」 応えた。

隼杜は笑って、彼女の頭を撫でる。

「嬉しい?」 「嬉しいよ」

そうやって、少し子供扱いする所も
心地好い音量と声音で、気を遣って話しかけてくれる所も
どんな不安さえ、笑顔で包み込んでくれる所も、
彼の全てが好きだった。
その優しさに触れられる事が、幸せだった。

(あおい)」 「はい?」

「元気になって、早く海に行こうな」

例えばそれが、叶わぬ夢だとしても。
「うん 約束ね」
人は、そんな約束にすがらなければ 生きていく事は とても難しいから。

「その時は、“ハヤブサ”も一緒だよ」




ハヤブサは、主人が帰ってくるのをじっと待っている。
陽光がホイールに反射してキラキラと輝く。

傍らに佇む男が一人。

彼の周りだけ、何もないかのように光が素通りして行く。
普通なら、誰にも認められない存在。
常人では見えるはずのない彼の姿。
彼は彼女を迎えに来たのだ。


駐輪場に着くとすぐさま、隼杜はただならぬ冷気を感じて身ぶるいした。

「・・・」 何だろう、この嫌な感じは。
エンジンもすっかり冷え切って待ち惚けている愛機を見やる。

「何か、居たのか?」

よくは判らない。が、何か“生き物”の気配がしたのだ。 

もちろん、ハヤブサは黙って待っているばかり。
諦めてイグニッション・キーを回す。少しだけ駄々をこねたが、愛機はすぐに火を噴いた。
アクセルを回し、少し回転を上げ いつもより念入りに暖機する。
病院の脇は比較的大きな国道で 多少のエンジン音ならばさほど目立たなかった。
夕刻、通りは帰宅の車両で少しずつ混み出していた。


少し慎重に走った方がよさそうだな・・。
隼杜はゆっくりと発進し、混雑した道路へ滑り込んだ。



果たして彼の感じた気配は、おおよそ正解だった。 
ひとつ訂正されるとすれば、それが“生き物”ではないということくらいだ。

死神は走り去る彼を見送ると、病院の方へと踵を返す。

見てはいけないのだ。
人間たちの生温い感情など、
自分たちの『仕事』に何の役にも立たない。

なのに、何故
彼は見てしまうのだろう。
最期を迎える生命(いのち)が、最後に誰を呼びたいのか。

それは『死神』と呼ばれる京紫(きょうむらさき)の、唯一の悪い癖だった。


葵は、少し前からその存在に気が付いていた。

闇の中に感じる その冷たい存在に。
認めるのは、やはり怖い。全身がざわつきながらも
彼女は寝返りを打つ事をしなかった。

気配が少し 近づいてきた。
冷や汗が背中を伝う。もう まどろみさえ感じない。
夢ではない感覚が彼女を支配した。

「怖がらなくていい」

京紫は努めて穏やかに、言葉を発した。
それが彼女に聞こえているのかは定かでない。
一瞬、その背中が引きつった。

「俺はお前さんを迎えに来たものだ」

冷たい指先が葵の頬に触れると、全身が強張った。
これ以上ない緊張感の中で、風も無いのに髪が揺れる。
違う。 何かが私の髪に触れているのだ・・



そうか
私は もうすぐ・・
連れて行かれるのね。

そう悟ってしまうと、
今まで感じていた恐怖や緊張が 嘘のように引いていった。
呼吸が次第に楽になる。

「・・隼杜(あいつ)に逢いたいか?」

きっと、死神の声ははっきりと聞こえてはいない。
しかし彼女は 肯定の意味であろう涙を流した。


「少しだけ、待ってやる」
多分、もうすぐ・・

彼女は、彼を待っていた。

もちろん こんな夜更けに黙って待っていても
彼が来るはずはない。
解っている。

それでも もしかしたら。



窓の外に音がしたのはその時だ。

ほんのわずかな音がした。
「・・隼杜」葵は起き上がる。
気ばかり焦って、身体は思うように動かない。
でも、隼杜の“音”だ。
いつも身につけている愛機のキーの音。

「隼杜・・!」

窓を開ける。
真っ暗な中庭に、居るはずのない影を探す。
少しずつ眼が慣れてくる。
葵は祈りながら、小さく声に出して呼んでみた。
「隼杜・・」



「葵・・?」

待っていた温かさがそこにあった。

「隼杜!」彼女はベランダから身を乗り出す。
「馬鹿!よせ、危ない!」二階とは言え、落ちたらただでは済まない。
隼杜は駆け寄り、暗闇に少し注意を払って、何処からか昇れないか探し出した。
幸い、地階のベランダを足がかりにして、少し頑張ればいけそうな気がする。

「中で待ってな」そう言って、なるべく音を立てないように動き出す。

二階のベランダの柵を越え、ようやく彼は彼女の元へとたどり着いた。

「隼杜・・!」白くやせ細った腕は それでも精一杯、彼の身体にしがみつく。

生きたい。

そう言っているような気もした。
「ごめんな。何か、やな予感がして」言う事を一瞬ためらったが、隼杜は気持ちを口にする。


「お前にもう逢えなくなるような気がして」

二人の空間に水を差さない様に、京紫は病室から外に出た。
約束の時間は、とうに過ぎている。
少し焦りを感じながらも、バカバカしさを感じながらも、死神は二人に最期の時間を与えてやった。


それは彼自身が、彼女に寄せる想いからとも言える。
彼はそれに気付かないふりをしている。

彼女の気持ちは、死神には向かない。
当たり前だ。彼女は、その存在すら認めることはなかったのだから。

「ハヤブサの音がしなかったよ」
葵が問うと、隼杜は少し困ったような顔をして
「この時間だからなー。 少し離れた場所に停めて来たよ」
暗がりの中で交わす会話は、あまりにも日常的で 明日でも明後日でも、続きそうな気さえする。

でも、きっと もう。
「ハヤブサと早く、海に行きたいな・・」葵が深く息を吐く。

「横になれ。もう休んだ方がいい」

起こしてしまった贖罪の気持ちに苛まれ、彼女をゆっくりとベッドへ横たえる。
「その時は、俺も一緒に行ってもいいのかな?」
おどける隼杜を見て
苦しそうだった葵の顔に笑みが浮かぶ。

「当たり前じゃない。ハヤブサは隼杜がいなかったら走れないよ」
「そうだな」


来た道を再びこっそり戻り、空が白ける少し前に彼は病院を後にした。

「またな」

別離ではない、再会の期待を込めた最後の一言を彼女に捧げて。


死神が彼女を連れて病室を出たのは、それから少し後。




「朝焼けがキレイだね」

葵が呟いた。「隼杜も見てくれてるかな」


これから先も、彼女は彼を想いながら 『旅』を続けるのだろう。
その心の隙間に入り込めない 悔しさとも言える複雑な感情を抑え、京紫は努めて平静に応える。

「見てるさ。愛機と走りながらな」

「そうだね」葵の柔らかい表情を見て、言いようもない気恥ずかしさに襲われる。
死神にとって、この上ない無意味な会話をしているにも関わらず、何だか満たされる感覚を覚えたからだ。

満たされる。
この気持ちは確か、そういう表現だったはずだ。


「ね。
京紫さんが隼杜を連れてきてくれたの?」
彼女は死神をきちんと名前で呼んだ。


死神は予想外の呼びかけと想定内の質問にしばらく沈黙を守り、やがて言葉を紡ぐ。

「・・成仏してくれないと、こっちの仕事が難儀になるからな

言ってみれば、効率のいい方法を選んだだけだ」

続けざまに言葉をつなぐ。
動揺を悟られていそうな気もして、ばつが悪い。

「ただ、本当に来るかどうかは、あいつの気持ち次第だったけれど」
慌てて、こうも付け加えた。

「うん
そうだよね」

そんな彼の不器用さを包み込むように微笑み、
彼女は
「ありがとう」

彼と、地上に残してきた最愛の人へ
そう一言だけ残した。

Ⅲ<回想>

遠い記憶の中にいる。
ああ 私はまた、思い出している。



彼が一体何処から発生したものか
一体いつから、この『役目』を負っているのか

生息するのは暗い闇。

・・いや、もとい
彼らは『生きて』いる訳ではない。


あらゆる生命の統制を司る
彼らは俗に言う『死神』という類のものである。




彼に授けられた唯一の能力は、
最期を迎えんとする魂の匂いをかぎわける事だ。



ある時、彼はひとつの魂を見つける。
だいぶ弱っている、小さな命の灯りが見えた。

一軒の屋敷の奥に設けられた広い子供部屋。
相当の資産が無ければ、こんな暮らしは出来なかろうな。
当時の彼は、そう思っていた。

どうやら、その辺り 人間社会の事情は理解していたらしい。

広い部屋の真ん中で布団を敷き、少女は寝込んでいた。
すっと、その脇に降り立つ。

・・・子供か。

彼は眼の前の事実を一つひとつ、認識していった。
見つめるのは、ただひたすら冷たい漆黒の瞳。
射るようにその横たわる姿を捉えている。



彼女は薄眼を開けて、隣に居た『誰か』を見つけた。
立ち尽くし、じっとこちらを見ている。
睨んでいる風でなく、
慈愛に満ちている訳もない。
それはただ、『見つめている』。

生気のない青白い顔に乗るのは
切れ長の双眼、筋の通った鼻と薄い唇。
瞳と同じく髪は漆黒。流れるような美しさだ。

お人形さんみたい。

彼女は思った。「だぁれ?」
声を掛けた。だが相手は応えない。

やっぱり、お人形さんかしら・・。

「・・・」

「そこにいるの、だぁれ?」
子供はもう一度問うた。
仕方ないので、彼も応える。


「・・・お前たちが『死神』と呼ぶ類のものだ」
薄い、紅い唇が冷たい言葉を吐き出した。


「『死神』ってお名前?」子供は横になったまま質問を続ける。
「名前ではない。そうだな・・・『死神』というのは、役割とでも言えばいいのだろうか」
「やく・・?」

子供はほとんど理解してはいなかったが、彼もこれ以上説明するつもりはなかった。

「じゃぁ、お名前はなんていうの?」
「・・・名前など、無い」
「じゃぁ、何て呼んだらいいのか分かんない」
子供はたいそう困った顔をした。

「呼ぶ必要はないだろう」彼が応える。
「どうして?」
「それほど長く、私と共にいる訳ではない。お前はもうすぐ」


「死を迎えるのだからな」

そう言った所で、子供に理解できるはずもなかった。



しかし。

困った事に、彼女はすぐに臨終を迎える訳では無かった。
患っていた大病に回復の兆しが見え、起き上がれるようになったのだ。奇跡と言って良かったかも知れない。
しかし、『死神』としては大きな見当違いだった。
死を迎える匂いは、その魂が「いつ、時が来るのか」まで報せてくれる訳ではなかったようだ。

期せずして彼は、しばらく彼女に付きまとうことになる。


彼らには『記憶』という概念がない。
忘れる事が無い故に、『思い出す』ことも無い。
経験は全て事実として事象として、ただそこに並べられていくだけだ。

しかし、私はまた思い出している。
あの頃の『記憶』を。
私という『個性』が生まれたのは、あの少女のせいなのだ。


「ねぇ、いつになったら私を連れて行くの?」
「さぁな。どういった訳か、お前はまだしばらく連れて行く事が出来ないようだ」
「じゃぁまだ、貴方と一緒にいられるのね?」
「ん?」

死期がずれたのなら、本当ならこの魂に関わる必要は無いのだが。
何故だか、彼はその場を離れる気になれなかった。

「それなのに、貴方にお名前が無いのはやっぱりおかしいわ」
起き上がれるようになっても、やはり床に伏す時間は長い。
少女には相変わらず、彼が見えていて 語りかける。

若干うんざりしながら、彼は投げやりに言い放った。

「ならば、お前がつければいい」

「本当?」
ぱっと顔を輝かせ、よいしょと起き上がる。
そんなに嬉しいことなのだろうか・・。
彼には、子供の気持ちが理解できなかった。

「じゃぁねぇ・・私の名前を貸してあげる」
「お前の?」
そう言えば、この子は人の名前にこだわる割には
自分の名前を明かしていない。彼女は枕元に置いてあった筆記具を引いてくる。

「私は“しの”っていうの。漢字を覚えたのよ。
“紫”色に“乃”って書くの」言いながら、書き記す。

彼は黙ってその様を見つめていた。

「貴方に、紫色を貸してあげる」
「・・・紫色とは、どんなものだ?」
「知らない?」
「ああ」

今度は布団から出て、部屋の隅にある机の上から
千代紙を何枚か持ってきた。
「これが、紫色」
少しずつ違う色の何枚かをじっと眺め、彼は問うた。
「こんなにあるのか?みんな違うぞ」
「紫だけど、みんなそれぞれちょっとずつ違うの。
名前も違うのよ」

紫乃の小さな手の中を彩るその一枚を指差して、訊ねた。
「これは?」

京紫(きょうむらさき)色」


「綺麗だな」

「じゃぁ、それをお名前にしたらいいわ!
京紫!素敵ね!」
少女は心底嬉しそうに笑ってみせた。
まるで関心の無かった話だが、何だか悪い気はしなかった。



「お前は何故、あの子供のそばを離れないのだ」

ある時、“同業者”から問い詰められた。
そう言えば何故だろうと“京紫”は考えた。

「死の匂いを感じた以上、近いうちに迎えが必要になるだろう」
「だからと言って、暇を見つけて入り浸るなんて行為は認められていない。
お前・・何故あの子供に執着している?」

執着している。

そうか、俺はあの子に執着しているのか。
「いいか。無駄な事はするな。馬鹿な事はするな。おかしな行動はいずれ露呈する。
そうなればお前は罰を受ける事になるぞ」
「・・・」
もしかしたら、相手は自分の身を案じているのだろうか。
我々にそんな感情のようなものなど、無かったはずだが。
何処か他人事のように京紫は思っていた。

そして、ふと思い立つ。

「おい」
「何だ」
「お前の身体の色は本当に美しいな」
「・・・何だと?」
「知ってるか?その色は“常盤(ときわ)色”と言うらしい」
ついに気でも触れたのか。京紫の戯言を相手は驚きの様相で聞いていた。

「お前の名は、“常盤色”だな」

半ば呆れ、ある種の空恐ろしさすら覚え(一応、彼らにも恐怖心のようなものはあるようだ)
鮮やかな緑色をした一羽の鳥が、京紫の元を飛び立っていく。

「愚かになり下がったものだな、お前は」



彼は彼女に出逢ったことで、『感情』を持ってしまった。

彼女は彼に『個性』を与えてしまった。

死神と分類されるものにとって不必要なそれらを見咎められ、『京紫』には罰を与えられた。


『忘れる』こと
それに伴い、『思い出す』こと。


遠い記憶に呼び戻され、悔恨や悲哀の感情を噛みしめることになった。

もっとも、彼にはその罰さえ『楽しむ』感情も芽生え
相変わらず“風変わりな”死神を満喫している。


件の少女はその後“だいぶ長い間”迎えの必要なく生き続ける。
こればかりは京紫の見当違いと言わざるを得ないが、
後年の様々な魂との出逢いの為に、必然的な要素だったのではないか・・
死神は、感傷的にもそんな事を考えてしまうのだった。

Ⅳ<再会>

約束したつもりはなかったが
彼は彼女からの『頼み』を思い出した。

皮肉にもそれは、
彼女が最期まで一番に愛していた命が
消えかかっている時だった。



暑かった夏がそろそろ終わりを迎え、蝉の声よりも
鈴虫やこおろぎあたりがこぞって唄い出す頃。

週末の休日を利用して、久々に峠にでも出てみようかと
隼杜(はやと)は思い立つ。


(あおい)との約束が果たせなかった海へは
まだ、どうしても走り出す事が出来ないでいた。

彼女と“別れ”てから3年が経とうとしている。

早朝、彼の愛機 ハヤブサを見つめてふっと息をついた。

あの日も、確かこんな
心地好い風が吹く朝だった。



「・・・来たぜ、葵。
  海だ」

昇りかけた太陽が水面に穏やかな色を滲ませる。
何て、優しい朝なのだろう。


早朝の東名高速は比較的順調に流れ、小田原まで着くのにもさほど時間はかからなかった。
隼杜はそこから、敢えて“山側の”道を選んで走る。

箱根新道から湯河原と熱海の峠を抜けて
伊豆スカイラインに乗る。
片方に山、もう一方に海を眺めつつ走れる快走路だ。

標高が上がるにつれてやがて見えてくる相模湾。

「待ってな。もう少し近くまで連れて行ってやるから」
その反対側を向くと、富士山が臨める。
海も山も一度に楽しめる 隼杜のお気に入りの道のひとつだ。
葵を連れてくる初めの場所も、伊豆にしようと考えていた。



思ったよりもハヤブサを購入するまでに時間がかかってしまった。
その間に葵の体調が悪化し、隼杜は浪人生となり、
2人の生活はバイクどころではなくなってしまったのだ。

隼杜は二浪後 大学に合格し、ようやくハヤブサを手にする事も出来たが、
葵の方は時折快方に向かうものの
なかなか体調が安定する事がなかった。

「元気になって、ハヤブサと走ろうな」
隼杜は常にそう言い聞かせ、彼女を励ましていた。
「海に行きたい」
葵はそう応え、彼と窓の外に停まるハヤブサを見つめる。

タンデムでこの道を走るシーンを、何度夢に見たろうか。


朝陽を浴び始める富士山を背に、キラキラと輝く海に向かい
隼杜は再び走り出す。

天城高原の出口から一般道に降り、伊豆高原を下って
国道135号線に出る。

此処からは海岸線をなぞるように走る。
感覚は無かったが、彼女はきっと一緒にいる
そう、信じてゆっくりと流していく。


東伊豆から下田までひたすら走り、
帰りは海沿いの道へ別れを告げ
天城街道を沼津へ向かい 上っていく。

その頃から
少しずつ空に雲が増えてきていた。



「・・・この辺りか?」
暗い峠道に降り立つ気配があった。

降りしきる雨の粒が、何故だかその一角だけを避けるように落ちる。

そこには、一人の男の姿があった。
“彼”を避けるように雨が降っている。
雨粒が当たる訳では決してないようだが、その眉目秀麗な顔をしかめ 天を仰いだ。
眼に映る雨がノイズのように鬱陶しいのだろう。


“彼”はこの世のものではない。

“彼”の仕事は、死を迎える魂を見つけ導いていくこと。
一般的に『死神』と呼ばれる類のものであった。



「急な雨だったからな・・車の事故でもあるのだろう」

長年、人間の社会を眺めて仕事をしてきた。
死を迎える気配を察知したのち
その経緯を類推するようなクセが身についていた。


雨は幾筋もの流れをつくり、下方へ向かっていく。
その雨に混じって、どす黒い液体が流れているのが見えた。

「・・・あれか」

“彼”が、流れの元をたどる。

そこには
横転したバイクと一人の青年の姿が見受けられた。


自らに当たっては流れていく雨の滴を
隼杜はぼんやりと感じ、共に流れている血液の赤色も
認めていた。

少し離れた先に、ハヤブサがいた。
愛機からも、雨と共に黒い液体が少しずつ確実に流れ出ていた。


ああ
俺、ココで死ぬのかな・・。


不思議と痛みも寒さも感じない。
自分の現況を淡々と見つめ、静かに時間が来るのを待っている。

これ以上、何をする気にもならなかった。


倒れていたその顔を見つめ、
死神は 何処かで見たような顔だと思った。


どういう事だ?

基本的に彼ら死神は『忘れる』事をしない。
一度対面した事象は一つ一つ、ハッキリとした『記録』として自らの内に残されている。

が、“彼”だけは特別な罰を与えられた身により
『忘れる』という概念を与えられている。

“彼”は旧い『記憶』を辿って
何かを『思い出そう』としていた。



そんな死神の鼻腔から、先まではり付いていた『死の匂い』が
ふっと消えた。「・・?」

おかしいな・・。

そう思った次の瞬間に入り込んできた匂いが
あのバイクから流れ出たガソリンの匂いだと思い到る。
青年を取り巻いていたはずの『死の匂い』が、取って代わられたようだった。


「・・お前は、“まだ俺の客ではない”と言う事か?」

死神は青年に向かってつぶやいた。

彼の独り言が、その耳に届いた訳ではないだろうが
固まったままだった右手の指先が
ぴくりと反応したかに見えた。


「どのみち、
このままでは生き延びる事も難しいか」


彼は何故だか、この青年の事が気にかかり
少しだけどうにかしてやろうと思い立ってしまう。

勿論、これは死神の仕事ではない。
むしろ、してはいけない人間への干渉だ。

だから、周囲からはいつも嘲られる。
彼は 人間に肩入れし過ぎてしまうのだ。



けれど、どうしても気になって仕方なかった。
雨に打たれるこの人間の顔が、遠い記憶を呼び覚ます。



一台の車がその峠にさしかかったのは、
死神が姿を消してから 数分後の事であった。


『隼杜』
誰かが呼んでいる。
・・・葵か?
『隼杜。お前は、まだ眠っちゃいけないよ』

・・・ばぁちゃん?

京紫(きょうむらさき)は、私のお願いを
忘れないでいてくれたんだねぇ』

・・・何? 誰の事?



懐かしい祖母の声を聞いたと思った。
そして、隼杜は目を覚ました。
ぼんやりとした視界がまず捉えたのは、病院の白い天井と
意識を取り戻した彼に気付き
涙を流して喜んでいる両親の姿だった。



死神が
彼女の『頼み事』を思い出したのかどうかは分からない。
ただ、結果的に 彼女が一番愛していた魂を
身捨てる事をしなかった。

それは、死神もまた
彼女に何処かで恩義を感じていたからなのかもしれないが
彼自身、それに気付く事はないのだった。


救われた“彼女の孫”の魂は
その後何度となく
この“風変わりな死神”と対峙していく事になる。



「おい、どうした死神」

呼びかけられ、はっと我に返る。見慣れた光景が彼の視界に広がる。
病院の宿直室だ。
記憶の旅から帰ってきた彼は、声の主を見る。

いつものように、空いた時間で“冷やかし”に来た。
もう少しすれば、またお呼びがかかる。

「・・ああ、何でもない」

そう言った死神の顔が笑ったように見え、思わず口にする。
「お前でも笑う事があるんだな」
「え?」

「・・・いや。気付いてないなら別にいいよ」

笑う、か。

そう言えばあの子供によく、同じような事を言われたな。
「笑って、京紫」

おかしな子供だったな。

「お前は紫乃によく似ているな 隼杜」
「・・・そうかなぁ
まぁ、血は繋がってるからな」

彼女の孫を見て昔を懐かしむなど、
他の死神には出来ない芸当だ。

与えられた“罰”を、京紫はむしろ誇りに思っている。

Ⅴ<京紫>

「・・・あれ」

隼杜(はやと)が目を覚ますと、辺りは薄暗く
照明のついていない室内より 窓の外からの
夕陽の明るさの方が眩しかった。

部屋の真ん中で、大の字になって寝ていたようだ。


ここんとこ忙しかったからな・・

ようやく取れた非番日に、あと一日だけ有休を足してもらった。
連休出来るなんて何カ月・・
いや、うっすら一年ぶりになるかな。

それにしても
一体いつから寝こけてしまったのか

だいぶ 長い夢を見ていたような気がした。


立ち上がり、外を眺めた。
開け放ったままの窓から ひんやりとした夕方の風が吹き込んでくる。
真っ赤な夕焼けと共に
街に本格的な秋の到来を悟らせるようだった。

この季節になると、隼杜はいつも 
潰されそうな程の寂寥感を抱えながら過ごさなければならない。



テーブルに放りっぱなしの煙草の箱を確かめる。
2本残っていた。一本をくわえ、火をつけた。
ゆっくりと煙を吸い込み、更にゆっくりと吐き出す。
体内に澱む気持ちを 一緒に吐き出そうと試みた。


よほどの事がなければ、隼杜は毎年一日だけ
必ず休みを取る日がある。

(あおい)の、命日だ。今年は明日。

明日は朝から出掛ける予定だったから、今日のうちに
家の事をいろいろと済ませておこうと思っていたのだが。

結局、朝イチで洗濯したくらいだったなぁ

刻々と変わっていく空の色を眺めながら
そう呟いて苦笑した。


翌日、墓参りを済ませて時計を見ると まだ昼を少し過ぎた所だった。
隼杜はふと思い立って、帰路とは違う電車に乗った。

葵がいつも行きたがっていた 海を再び目指す事にした。
新宿で私鉄に乗り換えれば、後は一本で 海まで行けたハズだ。


平日昼下がりの車内は、嬉しくなるほど空いている。
隼杜は乗り込んだ車輌の真ん中に陣取るように、席に座ってやった。

あくせくとした時間に縛られないであろう
老人や母子連れがぽつぽつと乗り合っている。
まったりとした空気が 隼杜を包み込んだ。



バイクに乗らなくなって、まる一年くらいは経ったろうか。
こうして、公共の交通機関を利用する事にも慣れてきた。


常に周囲に気を配って走り続ける必要も無く
ただぼんやりと揺られ、目的地を目指す。
慣れてしまえば、これほど便利なツールはない。
都心部を抜ける前に、猛烈な眠気に襲われ
隼杜はいつのまにか 眠りに落ちていた。



初秋の海風はさすがに冷たい。
ジャケットの前を閉めて、気持ち程度に防寒をする。


波は比較的穏やかで 波打ち際で遊ぶ子供には持って来いだったが
せっかく仕事をオフにして来たであろうサーファー達には、
若干の期待はずれ感は否めないだろう。

ぷかぷかと浮かんで波待ちをしている姿が
黒く点々として、隼杜の眼にも届いている。


その背筋に、急激な寒気を感じた。

はっとして振り返る。
同時に不思議な感覚にとらわれた。

「波乗りにも興味があるのか」
振り返った先に、まず声が聴こえた。
「・・・」
隼杜は返事をせず、黙ったまま声のした方を睨む。


少しの沈黙。海風が通り抜けた。

「・・やはり、お前さんの耳には
私の声が聴こえるようだな」

そうしてようやく、声の主が姿を現した。

「・・・聞くつもりはないんだけどね」

漆黒の髪は中途半端な長さだったが、うまい具合に男の顔を隠していた。
図っているのか、表情が読めない程度に隠されている。

顔色が恐ろしい程、白い。
まるで生気がなかった。

隼杜はそこまで観察してから
およそ生きているものの現れ方ではないよな と一人納得した。



しかし 何故だろうか
非現実的な何かが起ころうとしているのに、
隼杜の精神は驚くほど落ち着いていた。

それは、『当り前の事象』として 
彼の頭で捉えられているようだった。

「恋人の墓参りに行っただろう」
「・・・ああ」
「その後、電車に乗って ココまで来た」
「・・・つけて来たのか?」
隼杜はいぶかしんで聞いた。

一体、こいつは何が言いたいんだ?

・・・いや、そもそも
こいつは一体 何なんだ・・?



「私は“京紫(きょうむらさき)”。お前さんたちの世界では
『死神』などと呼ばれている類のものだ」

生気のない薄い唇が、そう動いた。

「死神・・?」
死神に関する伝説やら何やら、雑多にではあるが
一応の情報は 隼杜の頭の中にもしまわれていたハズだ。
やみくもに引っ張り出してみて まず掴んだのは

「姿を見た人間には、近々死が訪れるとか言う・・アレ?」
そんな話だった。

京紫と名乗った男は、瞬間 眉をひそめたようだった。
黒髪が邪魔して、はっきりとは見えないが。

そして、小さく笑った。
低い笑い声は、やはり薄気味悪さを感じさせる。

「そうか。お前さんたちの世界では、そんな噂もあるのか」

「違うの?」
「あながち間違いではない。正確に言えば
原則我々は 近々死を迎えるものの前にしか姿を現さないのだ」

「・・はぁ」 解ったような、解らないような・・

「姿を現さなくとも 我々は常にこの世界に存在しているのだ。
姿形など、いくらでも変えられる。
今はお前さんが認識しやすいように 人の形を借りているだけだ」
「・・ふーん・・」

何処か興味がなさそうに相槌を打つ隼杜に、
死神はどうやら 気分を害したらしい。

「私の説明は、つまらんか?」むっとしたような調子で言った。

「は?・・いや、そういう訳じゃなくて・・」
慌てて否定しながらも、隼杜は どうして俺がフォローしなきゃならないんだ・・と思った。


何となく、おかしなヤツだな・・


「まぁいい。
安心しろ。今はお前さんを迎えに来た訳ではないから」

「・・えと・・
じゃぁ 何でアンタ、俺の前に姿を現したの?」

隼杜から当たり前の指摘を受けて、
京紫は ばつが悪そうに視線をそらす。

やがて、答えをこぼし出した。

「・・・・
どういう訳だか、私は今までの“仕事”の先々で お前さんの”影”を見ていたのだ。
お前さん自身に死の影は見当たらないのだが、何故だか関わってしまう」

そんな事を言われても、隼杜自身にはまったく心当たりのない話だ。
何しろ、この死神の存在を 今初めて知ったのだから。


「今日も、野暮用で向かった先に たまたまお前さんが居たのでな

何と言うか・・つい」

「つい?」
予想外のフレーズを耳にして、隼杜は思わず間髪いれずに聞き返した。

「波長を合わせてしまったようだ」
京紫はそこまで言うと、さも心外だと言わんばかりの深いため息をついた。

いや、ため息をつきたいのは この俺なんだけど・・

自らでも、何をやってるんだ とか思ったのだろうか。
隼杜はその死神の様子を見て、無性におかしくなった。

「・・・アンタ、呆れた死神(ヤツ)だなぁ」


それでも、何故だろうか
隼杜はこの奇妙な死神に 何処かで好感を抱いていた。
少し見ているだけでも
この死神は 所作や言動がどうにも人間臭い。


 
確かにこいつとは、初めて逢ったような気がしない。
それどころか
探していた旧い友人に逢えたような
懐かしさに似た感情が湧いている。


そのおかしな状況と感情に伴い
この季節にいつも感じていた 凍える程の寂しさが
いつの間にか薄らいでいる事に、隼杜はまだ気づいていない。

heaven'sDoor<the Deathwing>

『The Deathwing』の登場人物・隼杜の小話をひとつにまとめたものです。

heaven'sDoor<the Deathwing>

『The Deathwing』の番外的お話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2014-10-28

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