残された者の詔

2012/01/25

 謁見の間に敷かれた赤いベルベットの絨毯の上に、その男は跪いていた。このような堅苦しい建物が似合わないと、前々から思ってはいたものの、何度見ても相応しくはない様子である。しかし端正な容貌がこちらを向くと、周囲の風景が色めき立つような香りが漂った。天の加護を受けた者の風格とやらを見ている気もしたが、他人をどうこう言えた身ではないと思い直す。
 その見上げた赤い瞳は、以前のような怯えた色が感じられなかった。この敏感な種族から、本能か脊髄反射で警戒されることに慣れてしまった所為か、このように月並みの友好を持ち込まれると、何やらくすぐったいが、悪い気はしない。この男を信頼しきってしまったことは迂闊ではあったが、友人のひとりくらい、居ても良いではないか。
「頼みがある」
 その言葉に男は眉を寄せて、命令ではありませんかと小言を呟く。しかしこれは、頼みだ。願いと言い換えても構わないし、断っても咎めない。そのために近衛を全員下がらせているのだ。
「この国の行く末を、詩歌に記してはくれまいか」
 増々意味が分からないという目つきをしている。大層露骨な表情をするようになったものだ。面構えだけで会話ができるような間柄になったつもりはなかったが、どうやら思い違いだった。話の続きを待っているのだろう。
「私は恐らくあと数日で死ぬ」
 驚かせるつもりで言っているというのに、あまり怪訝そうな顔つきで止まられては困るものだ。口元が小さく動いているのは、絶句して声も出ないという意味だろうか。
 嘘ではない。頭痛や吐気は日増しに強くなり、耳が聞こえない時もある。指先の感覚など、もうほとんどない。この身が、この国にとって必要のない存在になったのだということは悟っていたが、短い生涯でこの国に存在した意味などあっただろうか。来るべき時代の変遷見届けることが不可能なのであれば、この身の役目を受け継いではくれまいか。
 思考のどこからかが、声となって零れ出てきているようだった。目の前の男はこちらが紡ごうとする言葉を遮るように、御意と告げる。
 小憎らしい態度ではあるが、それでも構わない。脈々と結われてきた血の迎える終末はあまりに重責で、ひとりで受け止めるには億劫だった。多少この男の手を借りる程度の甘えは許されたい。先祖代々、この赤目の種族に頼り切っていたのだから、誰も文句など言えまい。なんと有能で従順な種族であることか、そして彼らと共に過ごさなかった時間を思うと悔やまれる。
 そこまで考えを巡らせると、思い当たった事実があった。有能で従順な赤い目は、ずっと傍に居たではないか。無くしかけたものを、態々拾い戻してやったのだから、悔やむことでもないのだ。
 肘掛けに付いた頬杖が離せない程に頭が重かった。しかしその頭を退けて、惰性のように腕を懐に伸ばすと、掴んだ紅玉の首飾りを投げつける。彼はことも無げに受け取ったようだったが、それとこちらを見比べて目を見開いている。
 受け取れ。見覚えはあるだろう。対価としては十分すぎるがな。

 この血の時代は終焉を迎える。しかし民はこの国で生き続けるのだろう。

残された者の詔

続きません。

いつか物語になればと思います。

残された者の詔

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-01-26

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