原稿用紙一枚の物語【オリジナル】

001 天国への階段

 少年には祖父がいた。祖父は以前、名うての建築家であったが、妻を亡くしてからは日に日に衰え、今では何のためか、屋外に螺旋階段を作り、天へと伸ばしていた。階段はいつか、街で一番高い建造物と化していた。
 周囲の人間は、彼を狂人と嘲った。しかし、いくら少年が懇願しても、祖父はうわごとのように妻の名を呼ぶだけで、けしてその手を止めようとはしなかった。だがしばらくして、その祖父も病に倒れ、体を動かせなくなった。少年は、祖父を看病して暮らした。
 ある日、少年が家に帰ると、祖父の姿がなかった。少年は、慌てて階段を登った。いくら登っただろう。頂上が見えた頃、階段の半ばで祖父が倒れていた。既に息はなかった。
 ふいに、地響きが聞こえた。大きな津波だった。少年は、夢中で頂上へ駆け上った。下の方で、祖父の死体が流れていくのが見えた。その顔は安らかで満足気だった。少年は水に沈んだ街を、いつまでも眺めていた。

002 痴漢ラブストーリー

 私は痴漢に遭っている。毎日、部活が終わって、下校の途中、同じ電車、同じ時間で。
 だけど、私は、その人を訴えようとは思わない。思えば小さい頃から男女と言われてきた私。そんな私にも、魅力を感じてくれる人がいる。それがとても嬉しかったから。
 今日痴漢にあったら、私は、彼に告白しようと思っていた。たとえ下心からでもいい。私を好きになってくれた人に……。
 傾く夕日。揺れる電車。汗ばむジャージ。いつもの光景の中、私は王子様を今か今かと待ちわびる。……来た。お尻に手の感触。いつもの触り方。私は勇気を振り絞った。
「あの、私……! あなたのことが!」
「えっ!? き、君は……」
 王子様は一瞬、驚いて――こう言った。
「女じゃないか! 冗談じゃない、俺はホモなんだ! 糞、騙しやがって! 女の尻なんて誰が好き好んで触るか! 訴えてやる!」
 私は訴えられた。そして普通に勝った。

003 一日神様

「こんにちは。この度、人間代表として一日神様に任命されました、田中と申します」
「ようこそおいで下さいました。今日はこの私、天使ミカエラが補助をさせて頂きます」
「よろしくお願いします。早速ですが、神様って、何をすれば?」
「はい。人を見守るだけです」
「えっ、それだけ? 人を助けたりは」
「しません」
「ええと、有り難い言葉を残したりは」
「しません」
「では、奇跡を起こしたりは」
「できません。神様にはそんなちから、ありませんから」
「あの。……じゃあいったい、神って何のためにいるんです?」
「そうですね。神様は、いるだけでよいのです。後は、人間達が勝手に、神様のおかげにしたり、責任をなすり付けたりしますから」
「なるほど。ご迷惑をおかけしております」

004 一日パイロット

「こんにちは。この度一日パイロットに就任しました、タナカと言います」
「どうも。私はこの対巨大宇宙生命体人型ロボ、KINGーKK(キンーケーツー)の開発担当主任です。本日はオペレーターをさせて頂きます」
「よろしく。ところでもう目の前に怪獣がいるんだけど、銃とか剣はどこです?」
「すいません。予算の関係で」
「えっ、ないの。じゃあ、ミサイルは?」
「すいません。予算の関係で」
「じゃ、じゃあ、ビームは? 電撃は? ロケットパンチは?」
「そんなの、あるわけないじゃないですか」
「じゃあ、どうやって戦うんですか!」
「ご心配なく。武器はありませんが、パワーは桁外れです!」
「それを先に言って下さい! よし、行……あれ? あの、動かないんですけど」
「あー……電池切れですね。すいません、予算の関係で」

005 毎日神様

 神は落胆していた。地球の、いや、人間の醜さに。いっそ滅んじゃえとか考えながら。
「そこんとこどうよ、ミカエラ」
「さあ。私に聞かれても。て言うか神様、どうもこうも、何も出来ないじゃないですか」
「そうなんだよなあ……もう地球作るときに力使い果たしちゃったんだよね」
「ふむ。それでしたら、神様。ほら、ちょうどいいところに隕石が飛んでいますよ」
「えっ、マジ? あ、ホントだ。なあミカエラ、あれの軌道変えたり出来る?」
「え、あ、はい。ちょっとやってみます――ふん!」
「あっ。別の惑星に当たった」
「……。で、でも、神様。激突の衝撃で出た破片が、いい具合に地球に向かってます」
 こうして、空には多くの穴が出来た。ついでに、着水の衝撃で大津波とかも起きた。
「……そんでさ。この穴。どうすんの?」
「……さあ。私に聞かれても。蜘蛛とか詰めとけばいいんじゃないです。雲とかけて」

006 空とくも

 いつからか空に出来た、いくつもの巨大な穴。今ではそこを繕うように、蜘蛛の糸が張り巡らされていた。街のどこにいても、ふと見上げればどこかに、蜘蛛の巣が見えた。
 同時にこんな都市伝説が存在した。希に、天から蜘蛛の糸が垂れている。それに掴まることが出来れば、天国にいける……と。
 まるで、芥川の世界だ。半信半疑の少年は、その真偽を確かめるべく、古くからこの街にあるという、どんな建物よりも高い螺旋階段を登った。どこまでも、どこまでも。
 やがて、少年は頂上近くまで到達した。雲が手に取れるほど近いそこで、彼は驚くべき光景を見た。天に架かった蜘蛛の巣では、鬼のような顔をした蜘蛛が、糸に掛かった人間を喰っていたのだ。天国など、とんでもない。あの糸は、地獄への招待券だったのだ。
 天国などなかった。簡単に手に入る幸せなど、どこにも。もし、あるとすれば……。
 生きよう。少年は、固く心に誓った。

007 陸の王者

 陸の王と呼ばれた者がいた。もはや地上で彼にかなう者はなく、全てが彼の思いのままだった。何不自由なく好物を手に入れ、何にも怯えることなく睡眠をとった。陸に生きる全ての存在が、頂点を前にひれ伏した。
 彼は間違いなく幸せだった。富、力、名声。すべてに満足していた。もう何も、望む必要もない。……だというのに、彼は同時に、一抹の違和感を持っていた。何かが足りない。欠けている……。
 ある時、川辺で寝ている王の体の上を歩き回る者があった。彼はそれを捕らえようとした。するとそれは、素早く川へ飛び込み、逃げた。王さえも及ばぬほどの俊敏さだった。
 王はそれを追った。しかし追いつけない。それは彼にとって、初めての経験だった。
 いつしか王は、海へと出ていた。水面は荒れ狂い、音を立てている。王は気付いた。
(そうか。私が求めていたのは……挑戦、なのだ……)
 やがて王は、波の中へと消えていった。

008 植物人間

 遙か未来。最早地球上の表面に大地と呼ぶべき場所は存在せず、代わりにほとんどを、コンクリや鉄が覆っていた。当然、人間以外の多くの生物は住処を追われた。中でも、植物の受けた被害は特に甚大だった。では、物言わぬ植物種達は、本当にそのまま押し黙ってしまったのか? ……否。
 植物は、今やその繁殖の地を、人間の体に頼っていた。まるで、自分達の住処を奪った者達を糾弾するかのように。
 人間は当然、早急に対処を試みた。しかしどうしようもなかった。植物の根は完全に人間の脳や肉体と一体化していて、発達した医学や科学を以てしても手の出しようがなかった。もう人類に未来は無いように思えた。
 が、そんなことはなかった。植物がまた栄えたことにより、深刻な酸素不足が解消された。動物も戻ってきた。食糧問題が解決して、争いが減ったりもした。寿命も延びた。 こうして人は、また生き残ってしまった。
 

009 原稿用紙一枚の物語

 一枚の原稿用紙で、何が描けるだろうか。
 たった二〇×二〇=四〇〇文字の空間。改行や空白を除けばそれ以下。小学校の読書感想文よりもずっと少ないそこに、人の心を動かす何かは生み出せるのだろうか。
 しかし、最近、ふと思った。書く文が全て、人の心を動かすものである必要なんてないんじゃないか。たとえ何にも中身のない、くだらない文章でも、それが人に届くなら。
 高級なレストランで食べる、料理人が手間暇をかけた料理は確かにおいしいし、記憶にも残る。でも、だからといって、そればかりでは胸やけをする。お金もかかる。たまには、適当に作られた、安いジャンクフードでもつまんでみたくなる。そういうもの。
 これは、そんな感じの物語達。
 気持ちは満たせない。感動も与えられない。でもせめて、仕事の合間の、自販機のコーヒーくらいの、小さな楽しみになれたら。
 それはとても、嬉しいこと。

010 山の神

 その村には、因習があった。季節が変わるごとに一人、若者を山奥に置いてこなければならない。もし怠れば、山の神の怒りに触れ、大災害が起きる、というものだ。
 あるとき、また一人の若者が捧げられようとしていたところ、旅の僧が通りかかった。僧は事情を聞くと、自分が代わりに山へ入るよう申し出た。村人は彼を頼ることにした。
 そして、夜。彼の目の前に、黒い、陰のような像が浮かび上がった。僧には自然と、これが山の神なのだと分かった。神は言った。
「私はずっとここで、地震を食い止めている。しかしそのために、エネルギーが必要なのだ。いつも若い者達を、すまない……」
 僧は村へ戻り、このことを話した。しかし村人は誰一人として信じなかった。それどころか、僧が無事に帰ってきたことで安心したのか、もう生け贄は出さないことになった。僧は仕方ないと諦め、村を出て行った。
 その村はもう、地図には載っていない。

011 感情の水

 人の心をコップとして。
 感情という水を注ぎ込む。色は何でも。怒り。悲しみ。寂しさ。嬉しさ。憎しみ。喜び。慈しみ。ときめき。善意。悪意……。
 次第にそれは、自然と溢れてこぼれ出る。やり場がないので、受け止める。紙や、喉や、掌で。すると勝手に、それは何かを描き出す。形になる。ほかの心までをも打つ。
 そうして生まれたものを、人は度々、傑作だとか、名品という。あふれ出る感情の、選りすぐりの一滴を。人は崇める。賞賛する。
 だが、暫くすると、水はなくなる。なくなれば、増えることはない。コップの中にあった水も、次第に、乾いて、蒸発していく。衰退の瞬間。引き際と呼ばれるライン。
 だが、以前の感覚が忘れられない者がいる。溢れる一滴の、掬いあげる感覚を。そういう者が、コップを倒す。残り少ない水を、最早腐った粗悪な水を、世に流し続ける。
 それが、表現者と呼ばれる存在である。

012 書いてて死にたくなった

「来るな! 僕の意志は変わらないぞ!」
 ビルの屋上の端に、少年がいた。何故こんな所にいるのか? 言わずもがな、自殺志願者である。だが、その気の弱さが災い(幸い?)して、中々決意が固められず、幼なじみである少女に発見されてしまったのだ。
「馬鹿な真似はやめなさい!」少女が叫ぶ。
「イヤだ!」負けじと少年。「僕なんて生きている価値がないんだ! 何の才能も、取り柄もない! 僕が死んだって世界は何も変わらない! どうでもいい存在なんだ僕は!」
「そうかもね」少女が言った。「あんたが思う程、あんたは世界で重要な存在じゃない」
「や、やっぱり!」「でもね」「えっ……わっ!」一瞬。少女の手が、少年を捉えてーー「あんたが思うより、あんたは誰かに必要とされているのよ」ーー唇を、重ねた。
「……!?!?」唇が離れる。困惑する少年に、彼女は頬を赤らめ、優しく微笑んだ。
「例えば、そう……私とかに、ね」

013 ボーイ・ミーツ・ガール

 空から美少女が降ってきた。
 比喩表現でも何でもない。言葉の通りだ。大きな眼に高い鼻。綺麗な黒髪に艶やかな唇。そして真っ赤に染まった頬。おまけに、スタイルまで抜群と来ている。正直なところ、タイプど真ん中だった。
 ところで俺はというと、どこにでもいる冴えない学生だ。成績も運動神経も並程度、趣味は音楽を聴くことと読書、彼女いない歴はもちろん年齢ときている。まさに、平々凡々って奴だ。
 そんな俺の目の前に、突然、美少女が現れた。これはもう、運命という物を信じざるを得ない。俺はこれから、彼女に関わる、多くのいざこざに巻き込まれて、彼女のことを、より深く知って行くのだろう。ただひとつ、惜しむらくは……。
「……あ、もしもし。警察ですか。人が降ってきました。ええ、飛び降りかと……」
 それは多分、取り調べ的な意味でだ。

014 電気の切れかけた部屋

 とある場所。男が夜間警備の勤務をしていた。するとふと、向かいのマンションの、上の方の部屋の電気が明滅していることに気がついた。「電灯が切れかけてんのかな」男は呟いたが、だからと言って何をするわけでもなく、ただいつも通り、勤務を続けた。
 しかし、また翌日も、その次の日も、それは直らなかった。奇妙に思った男は、交代で来る勤務の同僚に、その話をした。すると同僚は、それを一緒に見ようと提案してきた。男も、特に断ることはしなかった。
 男が教えた場所を、同期ははじめ、何の気なしに眺めていたが、突然、弾かれたように「モールスだ」と言った。
 それが信号の一種である事は、男も知っていた。ただ、解読法までは知らない。「何て言ってるんだ?」男は同僚に訊いた。
 しかし何故か、その顔はひどく青ざめていた。同期は、震える声でそれを読み上げた。
「かんきんされてる たすけて……」

015 電話

 女性が一人、マンションに住んでいた。この春上京したての新社会人だ。
 だが彼女は今、人間関係でも、金銭面でもなく、別のことに頭を抱えていた。
 無言電話、だ。自宅の固定電話に、かなりの頻度でかかってくる。いつも同じ番号。気味が悪くてしょうがない。これが、都会。彼女は早くも、心を折られかけていた……。
 一方、とある田舎。高齢の女性が、不釣り合いな携帯電話を一生懸命に操作していた。
「ばあさん、また電話かい」
「あら。いいじゃないですか、あなた」
「一日中触ってるじゃないか。だいたいお前、あの子に携帯買ったって言ったのか?」
「まだですよ。びっくりさせたいの」
「へえ、まあいいや。で、つながったのか」
「いえ、この辺は電波が悪いらしくて、出てはくれるんだけど声が聞こえないの。ああ、早くあの子と話がしたいわ。もう一度、かけてみましょ……」

016 永遠のプロポーズ

「死んでも、生まれ変わって君に出会う」
 そう言った彼が本当に死んでしまったのはいつのことだったか。私は、その時もらった指輪を、ずっとはめ続けている。
 ところが最近、その指輪によく蠅が寄ってくる。気がついたら止まっていることもある。偶然、にしては余りに頻度が高い。蠅は殺しても何度でも沸いてきた。私は気味が悪くなり、とうとう指輪を売ってしまった。
 思い出の品とはいえ、仕方がない。そう思っていたある日、突然、家の前にカラスが止まった。そして、何かを置いて去った。
 あの指輪だった。私は戦慄した。「生まれ変わって……」彼の言葉が蘇る。私は、指輪を掴むと、近くの用水路へと投げ捨てた。
 暫くして私は、指輪のことなど綺麗に忘れ、新しい彼とランチに来ていた。ご機嫌の私の前に、鮮やかな魚料理が運ばれてくる。私は早速それを、口の中へと放り込んだ。
 かちん、と。金属のような食感がした。

017 ちいさいやつ

 僕は蟻を潰すのが好きだ。趣味と言ってもいい。奴らは僕に何も出来ない。現実では非力な僕でさえ、奴らの前では神同然だ。
 逃げまどう奴。恐怖で動けない奴。立ち向かってくる奴もたまにいる。そんな奴らを、まとめてこの手や足で蹂躙するのだ。こんなに楽しいことはほかになかった。
 その日も僕は、蟻潰しに勤しんでいた。……が、何かが変だ。そう感じた瞬間、ふと僕の頭に、幼い日の母の言葉が蘇った。
「やめなさい。蟻だって生きているの。もし自分が同じ立場だったら、どう思う?」
 ……知るか。きっと母だって、知らないうちに、蟻の一匹や二匹潰しているはずだ。意識しているかいないかの違いでしかない。
 そう。僕に見つかったこいつらが悪いんだ。僕は再び、足を大きく振り上げた。
 急に、辺りが暗くなった。雨だろうか。気になった僕は、空を見上げた。
 僕の上に、巨大な靴底が迫っていた。

018 vault that borderline!

 あの壁を越えた向こうには、何があるのだろう。ずっと、それだけが疑問だった。
「決してあの壁を越えたいと思ってはいけない」……ずっと聞かされてきた言葉だ。僕だけじゃない、ここに生きる誰もがそう教わっていた。だからみんな当然のように、壁を越えることは悪いことだと思っている。
 だけど僕は違う。僕は信じている。あの向こうには素晴らしい世界が広がっていて、それを隠す為に、僕にそんなことを言っているのだ。僕は壁を越えるため、高跳びの練習をした。今では誰も、僕より高くは跳べない。
 さあ、準備は万端だ。今こそ、ここを出るときだ。未だ見ぬ未来へ、境目のその先へ。あの空に向かって――僕は跳んだ!
 ん? く、苦しい! 息が、できないっ!
「あーあー、あれ程出るなって言ったのに」
 こ、え……? ああ、ダメ、だ。薄れゆく意識の中で僕は、最後の言葉を聞いた。
「ったく。アロワナ飼うのも楽じゃないな」

019 消しゴム

 けしごむくんはとってもお人好しでした。なので、頼まれごとをすると、断ることができませんでした。誰かが間違える度に、けしごむ君は笑ってそれを直しました。来る日も来る日も、笑って直しました。そして、そのたび、けしごむくんのからだは、黒く、小さくなっていくのでした。けしごむくんは、ほんとうはいやでしたが、優しいので、それでもずっと笑っていました。
 そしてとうとう、けしごむくんは、文字を消すことができなくなりました。途端に、けしごむくんに話しかける人はいなくなりました。前は、あんなに忙しかったのに。そしてけしごむくんは、捨てられてしまいました。
 暗いごみ箱の中で、けしごむくんは思いました。『僕って、なんだったんだろう』けしごむくんは笑おうとしましたが、できませんでした。心から笑うことを、知りませんでした。そのとき、けしごむくんは初めて泣きました。誰にも知られず、泣いたのでした。

020 バトル・ロワイヤル

 とある場所に、数十人の男女が集められていた。互いに顔も知らない男女たちだ。
 彼らは皆、理由は異なれど、同じ目的の元に集まっていた。あるものを得るためだ。そこには、表面上には見えない想いや願い、そして欲望が渦巻いていた。
 これから、何が始まるのか。決まっている。戦いだ。彼らはこれから、他者を騙し、欺き、出し抜く、骨肉の争いを、誰かが残るまで続ける。勝ち組になるため。生き残るため。彼らは、人生を賭けて挑むのだ。
 今は、この場にいる誰もが、笑顔で談笑を交わしている。しかし、参加者はこの後、一人残らず、それがただの社交辞令と知るだろう。その証拠に、皆、目が笑っていない。獲物を狩る、獣の眼差しをしていた。
 やがて、アナウンスのスイッチが入った。途端に、空気が変わる。静まり返る会場。
その最中に、開戦を告げるゴングが鳴った。
“これより、婚活パーティを始めます!”

021 少女植物

 店先に並んだ少女達。花のからだの植物少女。爪先は根。腕の代わりには蔓と葉が。髪の中には花が咲く。観賞用の女の子。
「私、綺麗でしょ?」「ねえ、水をちょうだい」「私の実を食べて!」「私を抱いて」「私を愛して」今日も主人を願う声。甘い吐息は蜜の匂い。虫も狂わす、魔性の香り。
 その日も、一輪の少女が売れた。買った男は彼女に誓う。“一生君を大切にするよ”
 ああでも彼は知らないのだ。花の寿命は長くない。もってもせいぜい、一年半。
 そして彼女も恋をした。不運、二人は結ばれた。哀れ、誓いは片道切符。次第に枯れ行く少女の姿。だけれど花は、最後に言った。
「それでも、私、幸せだった」
 男は再びあの店へ。少女を手に取り、こう言った。“一生君を大切に……”
 今日も花達は、主人を待つ。わずかな瞬間(とき)を咲き乱れる。儚い命に匂い立つ。
 全ては、愛を知るために。

原稿用紙一枚の物語【オリジナル】

原稿用紙一枚の物語【オリジナル】

「文字を読むのが嫌い」「集中力が続かない」「時間がない」 そんなあなたのための小説。 一編が原稿用紙一枚、つまりたった20×20=400文字。 ちょっとした空き時間や暇つぶしにどうぞ。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 001 天国への階段
  2. 002 痴漢ラブストーリー
  3. 003 一日神様
  4. 004 一日パイロット
  5. 005 毎日神様
  6. 006 空とくも
  7. 007 陸の王者
  8. 008 植物人間
  9. 009 原稿用紙一枚の物語
  10. 010 山の神
  11. 011 感情の水
  12. 012 書いてて死にたくなった
  13. 013 ボーイ・ミーツ・ガール
  14. 014 電気の切れかけた部屋
  15. 015 電話
  16. 016 永遠のプロポーズ
  17. 017 ちいさいやつ
  18. 018 vault that borderline!
  19. 019 消しゴム
  20. 020 バトル・ロワイヤル
  21. 021 少女植物